特許第5989597号(P5989597)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社奥村組の特許一覧

特許5989597既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造及びその施工法
<>
  • 特許5989597-既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造及びその施工法 図000002
  • 特許5989597-既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造及びその施工法 図000003
  • 特許5989597-既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造及びその施工法 図000004
  • 特許5989597-既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造及びその施工法 図000005
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5989597
(24)【登録日】2016年8月19日
(45)【発行日】2016年9月7日
(54)【発明の名称】既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造及びその施工法
(51)【国際特許分類】
   E04G 23/02 20060101AFI20160825BHJP
【FI】
   E04G23/02 F
【請求項の数】12
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2013-99986(P2013-99986)
(22)【出願日】2013年5月10日
(65)【公開番号】特開2014-218858(P2014-218858A)
(43)【公開日】2014年11月20日
【審査請求日】2015年10月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】000140292
【氏名又は名称】株式会社奥村組
(74)【代理人】
【識別番号】100094042
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 知
(72)【発明者】
【氏名】平野 晋
(72)【発明者】
【氏名】床 圭司
(72)【発明者】
【氏名】小山 慶樹
(72)【発明者】
【氏名】秋竹 壮哉
【審査官】 西村 隆
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−308979(JP,A)
【文献】 特開2008−057189(JP,A)
【文献】 特開2000−120297(JP,A)
【文献】 特開2008−057190(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E04G 23/02
E04H 9/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
上下の梁と左右の柱で取り囲んだ内部に耐震壁を設けた既設架構に免震装置を設置して免震化するときに、これら左右の柱に、中間部を切除して該柱の上部と下部との間に免震装置の設置用空間を形成し、該耐震壁に、これら左右の設置用空間を結んで、当該耐震壁を該柱の上部に接合された上壁部と該柱の下部に接合された下壁部とに分断する横スリットを形成するようにした既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造であって、
上記横スリットを跨いで、上記左右の柱の間に、かつ一方の該柱の上方柱梁接合部と他方の該柱の下方柱梁接合部の間に位置させて、上部を上記上壁部に上記設置用空間よりも上方位置で、下部を上記下壁部に該設置用空間よりも下方位置で撤去可能に接合して仮設ブレースユニットを設けたことを特徴とする既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造。
【請求項2】
上下の梁と左右の柱で取り囲んだ内部に耐震壁を設けた既設架構に免震装置を設置して免震化するときに、これら左右の柱に、中間部を切除して該柱の上部と下部との間に免震装置の設置用空間を形成し、該耐震壁に、これら左右の設置用空間を結んで、当該耐震壁を該柱の上部に接合された上壁部と該柱の下部に接合された下壁部とに分断する横スリットを形成するようにした既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造であって、
上記左右の柱の上記設置用空間が上下に位置ずれして左右横方向でそれらの位置が重ならない場合に、上記上壁部及び上記下壁部のいずれか一方から左右の該柱を分離すると共に、左右の上記設置用空間と上記横スリットとを接続する縦スリットを形成し、
上記横スリットを跨いで、上下端が上記上壁部と上記下壁部に撤去可能に接合される仮設壁拘束プレートを設け、
これら上壁部及び下壁部のいずれか他方に、上記左右の柱の間に、かつ一方の該柱の上方柱梁接合部と他方の該柱の下方柱梁接合部の間に位置させて、上部を上記設置用空間よりも上方位置で、下部を該設置用空間よりも下方位置で撤去可能に接合して仮設ブレースユニットを設けたことを特徴とする既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造。
【請求項3】
前記仮設ブレースユニットの下部は、前記下梁に構築される床スラブとの間に隙間を空けて位置されることを特徴とする請求項1または2に記載の既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造。
【請求項4】
前記仮設ブレースユニットの上部は、前記上梁との間に隙間を空けて位置されることを特徴とする請求項1〜3いずれかの項に記載の既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造。
【請求項5】
前記仮設ブレースユニットの上部及び下部と前記柱の上部及び下部との間には、横方向に伸縮自在に、水平力を伝達するジャッキが設けられることを特徴とする請求項1〜4いずれかの項に記載の既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造。
【請求項6】
前記仮設ブレースユニットは、左右一対の縦材に、上下一対の横材を接合して形成される枠体と、これら横材と縦材の隅角部と接合して上記枠体内部に設けられるX字状材とから構成されることを特徴とする請求項1〜5いずれかの項に記載の既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造。
【請求項7】
前記仮設ブレースユニットは、前記上横材及び前記下横材が前記耐震壁に撤去可能に接合されることを特徴とする請求項1〜6いずれかの項に記載の既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造。
【請求項8】
前記仮設ブレースユニットと前記耐震壁との間には、両者間の空隙を埋めるグラウト材が充填されることを特徴とする請求項1〜7いずれかの項に記載の既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造。
【請求項9】
前記横スリットを跨いで、上下端が前記上壁部と前記下壁部に撤去可能に接合される仮設壁拘束プレートを備えたことを特徴とする請求項1に記載の既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造。
【請求項10】
請求項1に記載の既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造の施工法であって、
前記耐震壁に前記横スリットを形成する横スリット施工工程と、前記左右の柱に前記設置用空間を形成する設置用空間施工工程と、前記耐震壁のこれら上壁部及び下壁部にわたって前記仮設ブレースユニットを取り付けるブレースユニット取付工程と、上記設置用空間へ免震装置を設置した後に、上記仮設ブレースユニットを前記耐震壁から撤去するブレースユニット撤去工程とを備えることを特徴とする既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造の施工法。
【請求項11】
前記横スリットを跨いで、上下端が前記上壁部と前記下壁部に撤去可能に接合される仮設壁拘束プレートを用い、
前記ブレースユニット取付工程の前に、上記仮設壁拘束プレートを前記耐震壁に取り付ける壁拘束プレート取付工程と、前記ブレースユニット撤去工程の際に上記仮設壁拘束プレートを上記耐震壁から撤去する壁拘束プレート撤去工程とを含むことを特徴とする請求項10に記載の既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造の施工法。
【請求項12】
請求項2に記載の既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造の施工法であって、
前記耐震壁に前記縦スリットを形成する縦スリット施工工程と、前記耐震壁に前記横スリットを形成する横スリット施工工程と、前記左右の柱に前記設置用空間を形成する設置用空間施工工程と、前記仮設壁拘束プレート及び前記仮設ブレースユニットを前記耐震壁に取り付ける壁拘束プレート及びブレースユニット取付工程と、上記設置用空間へ免震装置を設置した後に、上記仮設壁拘束プレート及び仮設ブレースユニットを前記耐震壁から撤去する壁拘束プレート及びブレースユニット撤去工程とを備えることを特徴とする既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造の施工法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐震壁を備えた既設架構に適切に仮設ブレースを設置することが可能で、免震化工事施工中の既設架構の耐震性能を高めて安全性を向上することができる既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造及びその施工法に関する。
【背景技術】
【0002】
既設建物の免震化工法では、柱の中間部を切除して、柱の上部と下部との間に免震装置の設置用空間を形成するようにしている。この際、耐震壁が設置されている場合には、この耐震壁を横スリットで上壁部と下壁部に分断するようにしている。これにより、既設建物は、柱の上部及び上壁部を含む上部架構と、柱の下部及び下壁部を含む下部架構とに分断され、設置用空間への設置が完了した免震装置を、上部架構と下部架構との間で適切に機能させることができる。
【0003】
他方、設置用空間や横スリットの形成後から、免震装置が機能するまでの免震化工事施工期間中は、地震等に対し既存建物が無防備となることから、仮設の補強として、設置用空間に柱負担荷重を仮受けする仮設支持材を設置したり、その他の仮設補強部材を上部架構と下部架構との間に施工することが行われている。この種の補強対策技術が特許文献1に開示されている。
【0004】
特許文献1の「既設建物の免震化工法」は、対象柱から仮設支持材に柱負担荷重を載せ替え、切断した対象柱に免震装置を設置し、その後、仮設支持材から免震装置に柱負担荷重を載せ替えて当該仮設支持材を撤去する作業を、全ての対象柱のうちの一本もしくは適宜本数毎に順次完了していく既設建物の免震化工法であって、仮設支持材から免震装置に柱負担荷重を載せ替えた後で、免震装置が機能することを規制するための柱用水平変位拘束手段を取り付ける作業を行う。仮設支持材から免震装置に柱負担荷重を載せ替える前から、柱用水平変位拘束手段の取り付け後にわたって、仮設水平力支持手段を設置するようにしている。仮設水平力支持手段は、柱と梁で取り囲まれた開口部に設置される仮設ブレースである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−308979号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
建物架構が上下の梁と左右の柱で構成される場合、増設されるブレースは筋交いとして機能するように、通常、一方の柱の柱頭部周りの柱梁接合部と、他方の柱の柱脚部周りの柱梁接合部との間に斜めに架け渡して設置される。これら柱梁接合部から入力される水平方向の力は、ブレースに軸力として作用し、当該ブレースはこの軸力を斜め方向に伝達して負担する。既設架構を仮設ブレースで補強する場合も同様である。
【0007】
仮設ブレースで補強しようとする既設架構の内部に、開口部が形成されず、耐震壁が設置されていると、仮設ブレースを取り付ける柱梁接合部の取付面である柱側面や梁下面の寸法が、耐震壁の壁厚分だけ小さくなる。図4に示すように、柱aの幅寸法Pは梁bの幅寸法Qよりも一般に幅広であって、仮設ブレースcの幅寸法Rに対し、相当の壁厚Sを有する耐震壁dから張り出す柱の張出寸法Pxは大きく確保できても、耐震壁dから張り出す梁の張出寸法Qxは小さく狭い。
【0008】
仮設ブレースcの幅寸法Rに対して、梁の張出寸法Qxが小さいと、仮設ブレースcから梁bに上下方向の力成分(分力)を十分に伝達できるように、仮設ブレースcを梁bに取り付けることができない。
【0009】
耐震壁dを解体・除去して既設架構の内部に開口部を形成すれば、この開口部に仮設ブレースcを設置できるが、耐震壁dの解体・除去には大きな騒音や振動が伴い、特に、居ながら施工を遂行することはできない。
【0010】
このように、壁厚Sを有する耐震壁dが設置されていて、梁の張出寸法Qxが仮設ブレースcの幅寸法Rよりも小さい既設架構を、仮設ブレースcで適切に補強することが困難であるという課題があった。
【0011】
本発明は上記従来の課題に鑑みて創案されたものであって、耐震壁を備えた既設架構に適切に仮設ブレースを設置することが可能で、免震化工事施工中の既設架構の耐震性能を高めて安全性を向上することができる既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造及びその施工法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明にかかる既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造の第1は、上下の梁と左右の柱で取り囲んだ内部に耐震壁を設けた既設架構に免震装置を設置して免震化するときに、これら左右の柱に、中間部を切除して該柱の上部と下部との間に免震装置の設置用空間を形成し、該耐震壁に、これら左右の設置用空間を結んで、当該耐震壁を該柱の上部に接合された上壁部と該柱の下部に接合された下壁部とに分断する横スリットを形成するようにした既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造であって、上記横スリットを跨いで、上記左右の柱の間に、かつ一方の該柱の上方柱梁接合部と他方の該柱の下方柱梁接合部の間に位置させて、上部を上記上壁部に上記設置用空間よりも上方位置で、下部を上記下壁部に該設置用空間よりも下方位置で撤去可能に接合して仮設ブレースユニットを設けたことを特徴とする。
【0013】
本発明にかかる既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造の第2は、上下の梁と左右の柱で取り囲んだ内部に耐震壁を設けた既設架構に免震装置を設置して免震化するときに、これら左右の柱に、中間部を切除して該柱の上部と下部との間に免震装置の設置用空間を形成し、該耐震壁に、これら左右の設置用空間を結んで、当該耐震壁を該柱の上部に接合された上壁部と該柱の下部に接合された下壁部とに分断する横スリットを形成するようにした既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造であって、上記左右の柱の上記設置用空間が上下に位置ずれして左右横方向でそれらの位置が重ならない場合に、上記上壁部及び上記下壁部のいずれか一方から左右の該柱を分離すると共に、左右の上記設置用空間と上記横スリットとを接続する縦スリットを形成し、上記横スリットを跨いで、上下端が上記上壁部と上記下壁部に撤去可能に接合される仮設壁拘束プレートを設け、これら上壁部及び下壁部のいずれか他方に、上記左右の柱の間に、かつ一方の該柱の上方柱梁接合部と他方の該柱の下方柱梁接合部の間に位置させて、上部を上記設置用空間よりも上方位置で、下部を該設置用空間よりも下方位置で撤去可能に接合して仮設ブレースユニットを設けたことを特徴とする。
【0014】
上記第1及び第2の構造に対し、前記仮設ブレースユニットの下部は、前記下梁に構築される床スラブとの間に隙間を空けて位置されることを特徴とする。
【0015】
上記第1及び第2の構造に対し、前記仮設ブレースユニットの上部は、前記上梁との間に隙間を空けて位置されることを特徴とする。
【0016】
上記第1及び第2の構造に対し、前記仮設ブレースユニットの上部及び下部と前記柱の上部及び下部との間には、横方向に伸縮自在に、水平力を伝達するジャッキが設けられることを特徴とする。
【0017】
上記第1及び第2の構造に対し、前記仮設ブレースユニットは、左右一対の縦材に、上下一対の横材を接合して形成される枠体と、これら横材と縦材の隅角部と接合して上記枠体内部に設けられるX字状材とから構成されることを特徴とする。
【0018】
上記第1及び第2の構造に対し、前記仮設ブレースユニットは、前記上横材及び前記下横材が前記耐震壁に撤去可能に接合されることを特徴とする。
【0019】
上記第1及び第2の構造に対し、前記仮設ブレースユニットと前記耐震壁との間には、両者間の空隙を埋めるグラウト材が充填されることを特徴とする。
【0020】
上記第1の構造に対し、前記横スリットを跨いで、上下端が前記上壁部と前記下壁部に撤去可能に接合される仮設壁拘束プレートを備えたことを特徴とする。
【0021】
本発明にかかる既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造の施工法の第1は、上記第1の構造の施工法であって、前記耐震壁に前記横スリットを形成する横スリット施工工程と、前記左右の柱に前記設置用空間を形成する設置用空間施工工程と、前記耐震壁のこれら上壁部及び下壁部にわたって前記仮設ブレースユニットを取り付けるブレースユニット取付工程と、上記設置用空間へ免震装置を設置した後に、上記仮設ブレースユニットを前記耐震壁から撤去するブレースユニット撤去工程とを備えることを特徴とする。
【0022】
前記横スリットを跨いで、上下端が前記上壁部と前記下壁部に撤去可能に接合される仮設壁拘束プレートを用い、前記ブレースユニット取付工程の前に、上記仮設壁拘束プレートを前記耐震壁に取り付ける壁拘束プレート取付工程と、前記ブレースユニット撤去工程の際に上記仮設壁拘束プレートを上記耐震壁から撤去する壁拘束プレート撤去工程とを含むことを特徴とする。
【0023】
本発明にかかる既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造の施工法の第2は、上記第2の構造の施工法であって、前記耐震壁に前記縦スリットを形成する縦スリット施工工程と、前記耐震壁に前記横スリットを形成する横スリット施工工程と、前記左右の柱に前記設置用空間を形成する設置用空間施工工程と、前記仮設壁拘束プレート及び前記仮設ブレースユニットを前記耐震壁に取り付ける壁拘束プレート及びブレースユニット取付工程と、上記設置用空間へ免震装置を設置した後に、上記仮設壁拘束プレート及び仮設ブレースユニットを前記耐震壁から撤去する壁拘束プレート及びブレースユニット撤去工程とを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
本発明にかかる既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造及びその施工法にあっては、耐震壁を備えた既設架構に適切に仮設ブレースを設置することができ、免震化工事施工中の既設架構の耐震性能を高めて安全性を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】本発明に係る既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造及びその施工法の第1実施形態を示す、免震化工事施工中の既設架構の正面図である。
図2図1中、A−A線矢視断面図である。
図3】本発明に係る既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造及びその施工法の第2実施形態を示す、免震化工事施工中の既設架構の正面図である。
図4】従来の課題を説明するための既設架構における梁周辺の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に、本発明にかかる既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造及びその施工法の好適な実施形態を、添付図面を参照して詳細に説明する。図1は、第1実施形態にかかる既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造及びその施工法が適用される免震化工事施工中の既設架構の正面図であり、図2は、図1中、A−A線矢視断面図である。以下、施工手順に従って、説明する。説明中の上下左右は、図示の上下左右である。
【0027】
上下の梁1,2と左右の柱3,4で構成される既設架構5を免震化する場合は従来周知のように、柱1,2に免震装置6が組み込まれる。既設架構5は、RC造やSRC造など、各種の構造形式で構築される。下梁2には、RC造等の床スラブ7が一体的に構築される。本実施形態は、上下の梁1,2と左右の柱3,4で取り囲んだ内部に耐震壁8を設けた既設架構5を対象としている。耐震壁8もRC造等で構築され、柱3,4及び梁1,2に一体的に接合されている。
【0028】
耐震壁8を備える既設架構5では、免震装置6を柱3,4に組み込んで免震化する前に、耐震壁8に、これを上下に分断する横スリット9を形成する横スリット施工工程が実施される。横スリット9は、次工程で形成される免震装置6の設置用空間10の高さ位置に合わせて、上下の梁1,2と平行に横方向に形成され、これにより耐震壁8は、横スリット9上の上壁部8aと、横スリット9下の下壁部8bとに分けられる。
【0029】
次に、左右の柱3,4に免震装置6の設置用空間10を形成する設置用空間施工工程が実行される。設置用空間10は、免震装置6を挿入するための高さ寸法で柱3,4の中間部を切除することで、柱3,4の上部3a,4aと下部3b,4bとの間に相当の高さ寸法で形成される。設置用空間10には通常、そしてまた必要に応じて、柱3,4近傍の上下の梁間(図1中、断面で示されている手前側及び奥側の上下の梁間)には、免震装置6の設置作業を完了するまでの間、上下方向の柱負担荷重を仮支持する仮設支持材(図示せず)が設置される。免震化工事施工中における上下方向の力成分(分力)の支持は主として、この仮設支持材によって受け持たれる。
【0030】
設置用空間10は、横スリット9とつながるように、横スリット9の高さ位置に設定される。言い換えれば、横スリット9は、設置用空間10の高さ位置に合わせて形成される。これにより、左右の柱3,4の設置用空間10は、横スリット9により結ばれる。これら横スリット9及び設置用空間10の形成により、耐震壁8は、左右の縁辺が左右の柱3,4の上部3a,4aに、上方の縁辺が上梁1に一体的に接合された上壁部8aと、左右の縁辺が左右の柱3,4の下部3b,4bに、下方の縁辺が下梁2に一体的に接合された下壁部8bに分断される。
【0031】
この分断により、下壁部8b、下梁2及び柱3,4の下部3b,4bからなる下部構造と、上壁部8a、上梁1及び柱3,4の上部3a,4aからなる上部構造とが構造的に独立し、設置用空間10に免震装置6を設置することで、当該既設架構5を備える階層は免震層となる。横スリット9の上下方向寸法は、免震装置6の設置用空間10を形成したときに見込まれる柱3,4の上部3a,4aの沈み込み、すなわち上壁部8aの沈み込みによって横スリット9が塞がれない程度に設定される。
【0032】
次に、横スリット9を上下方向に跨いで、耐震壁8のこれら上壁部8a及び下壁部8bにわたって、仮設壁拘束プレート11を取り付ける壁拘束プレート取付工程を実行する。仮設壁拘束プレート11は、鋼製等の金属製板材で形成される。仮設壁拘束プレート11は、上端が上壁部8aに、下端が下壁部8bに、撤去可能にボルト接合(図中、符号12で示す)される。
【0033】
ボルト接合は、耐震壁8の表側から裏側に貫通するボルト孔に貫通させたボルトにナットを締結するようにしてもよいし、耐震壁8に埋設したアンカーボルトにナットを締結するようにしてもよい。また、仮設壁拘束プレート11を撤去するときには、ボルトからナットを外してもよいし、ボルトを破断するようにしてもよい。
【0034】
図示例にあっては、仮設壁拘束プレート11は、横スリット9に沿って互いに間隔を隔てて複数枚設置される。仮設壁拘束プレート11は、免震装置6の設置が完了するまでの間、上壁部8aと下壁部8bの相対変位を拘束して、耐震化補強する機能を発揮する。仮設壁拘束プレート11の取り付けは、必要に応じて行えばよく、取り付けを行わなくてもよい。
【0035】
次に、耐震壁8のこれら上壁部8a及び下壁部8bにわたって、仮設ブレースユニット13を取り付けるブレースユニット取付工程を実行する。仮設ブレースユニット13は、上下方向及び左右方向に対して斜め向きの一対の斜材14a,14bを主体として、当該斜材14a,14bを枠体15内部に組み込んで構成される。
【0036】
枠体15は、左右一対の縦材16,17と、上下一対の横材18,19からなり、縦材16,17の上下端に横材18,19の左右端をそれぞれ接合して、長方形状に構成される。各斜材14a,14bは、縦材16,17と横材18,19を組むことで形成される枠体15の隅角部の間に、右下がりにあるいは左下がりに、対角に掛け渡して設けられる。従って、斜材14a,14bは、枠体15内部にX字状に配設されて、X字状材を構成する。縦材16,17、横材18,19及び斜材14a,14bは、H形鋼などの形鋼で形成される。
【0037】
図示例では、斜材14a,14bから構成されるX字状材は、図示するように、一方の長尺な斜材14bに対し、その両側から、他方の斜材14aを構成する二つの短尺材を突き当てて、これらを一体的に接合することで形成されている。
【0038】
仮設ブレースユニット13は、左右の柱3,4の間に位置させて、横スリット9を跨いで耐震壁8に設けられる。具体的には、仮設ブレースユニット13は、左右一対の縦材16,17及び一対の斜材14a,14bからなるX字状材が横スリット9を上下方向に跨ぎ、仮設ブレースユニット13の上部に位置する上横材18が上壁部8aに、下部に位置する下横材19が下壁部8bに位置される。
【0039】
仮設ブレースユニット13の各斜材14a,14bは、一方の柱3(4)の上方柱梁接合部と他方の柱4(3)の下方柱梁接合部の間に位置させて設けられる。上方柱梁接合部は、柱3,4の柱頭部周りにおける柱3,4の上部3a,4aと上梁1との接合部であり、下方柱梁接合部は、柱3,4の柱脚部周りにおける柱3,4の下部3b,4bと下梁2との接合部である。
【0040】
右下がりの斜材14aは、左の柱4の上方柱梁接合部と右の柱3の下方柱梁接合部の間に、左下がりの斜材14bは、右の柱3の上方柱梁接合部と左の柱4の下方柱梁接合部の間に配置される。これら斜材14a,14bは、上方柱梁接合部と下方柱梁接合部を結ぶ直線上に沿って配置することが好ましい。
【0041】
仮設ブレースユニット13は、その上部の上横材18が上壁部8aに対し、設置用空間10よりも上方位置に配置され、その下部の下横材19が下壁部8bに対し、設置用空間10よりも下方位置に配置される。仮設ブレースユニット13は、上横材18が上壁部8aに、下横材19が下壁部8bにボルト接合(図中、符号20で示す)されて、耐震壁8に取り付けられる。斜材14a,14b及び縦材16,17は、耐震壁8に対し接合されない。これら上横材18等の上壁部8a等へのボルト接合は、上述した仮設壁拘束プレート11と同様であり、仮設ブレースユニット13は耐震壁8に撤去可能に接合される。
【0042】
さらに、仮設ブレースユニット13の下部(下横材19)は、下梁2、そして特に下梁2に構築される床スラブ7に対して応力負担が生じないように、これら下梁2や床スラブ7との間に隙間を空けて位置される。耐震壁8の壁厚で張出寸法が狭い下梁2上に直接仮設ブレースユニット13を設置すると、床スラブ7上に仮設ブレースユニット13が迫り出し、これにより床スラブ7が応力を負担して破損されるおそれがあるため、床スラブ7から隙間を空けて仮設ブレースユニット13を設置する。これによって、床スラブ7の破損を防止することができる。
【0043】
仮設ブレースユニット13の上部(上横材18)は、上梁1との間に隙間を空けて配置される。上梁1に密着させて仮設ブレースユニット13を設置することも可能であるが、高い取付精度が要求されるため、また図4に示したように、梁の張出寸法が小さく狭いことから、密着させたとしても上下方向の力成分を十分に伝達できないことから、上梁1から隙間を空けて仮設ブレースユニット13が設置される。これにより、容易な作業で短時間に仮設ブレースユニット13の取付施工を完了することができて、既設架構5の無防備な期間を短縮して安全性を向上することができる。
【0044】
仮設ブレースユニット13の枠体15を構成する上横材18及び下横材19の各端部位置と、柱3,4の上部3a,4a及び下部3b,4bの柱側面との間には、横方向に伸縮自在なジャッキ21が設けられる。ジャッキ21は、コンクリートよりも剛性の高い金属製であって、柱3,4の上部3a,4a及び下部3b,4bと仮設ブレースユニット13との間で水平方向の力を伝達する。
【0045】
ジャッキ21の伸縮作用により、仮設ブレースユニット13の横方向設置位置を自在に調整しながら、適切に仮設ブレースユニット13を耐震壁8に設けることができる。また、ジャッキ21により、仮設ブレースユニット13と柱3,4の上部3a,4a及び下部3b,4bとの間で水平方向の力を適切に伝達できて、仮設ブレースユニット13に確実に荷重負担させることができる。
【0046】
仮設ブレースユニット13の各縦材16,17を柱3,4の上部3a,4a及び下部3b,4bに密着させて設置することも可能であり、この場合には、ジャッキ21は不要であるが、上梁1と上横材18との関係と同様、高い取付精度が要求される。ジャッキ21を用いて、柱3,4の上部3a,4a及び下部3b,4bから隙間を空けて仮設ブレースユニット13を設置することにより、容易な作業で短時間に取付施工を完了することができて、既設架構5の無防備な期間を短縮して安全性を向上することができる。
【0047】
ジャッキ21を用いずに、縦材16,17を柱3,4の上部3a,4a等に直接密着させて仮設ブレースユニット13を設置する場合には、これら両者をボルト接合した上で両者間にグラウト材を充填し、これにより強固に一体化する。この場合には、柱3,4に貫通孔を設けることになり、仮設ブレースユニット13の撤去後に、柱3,4を補修する必要がある。
【0048】
上述したように、既設架構5に作用する水平方向の力は、柱3,4の上部3a,4a及び下部3b,4bから直接、もしくはジャッキ21を介して、仮設ブレースユニット13に入力される。仮設ブレースユニット13に入力された水平方向の力は、斜材14a,14bに斜め方向の軸力として作用し、そのうちの上下方向の力成分は、上下の横材18,19に施されるボルト接合を介して、上壁部8aもしくは下壁部8bから上梁1または下梁2に伝達される。
【0049】
仮設ブレースユニット13に主として入力される水平方向の力は、斜材14a,14bからなるX字状材によって荷重負担される。従って、筋交いとして機能するX字状材を取り囲む枠体15は、ブレースの一般的な取付位置である既設架構5の上下の柱梁接合部に代わる、X字状材の取付用治具として機能する。
【0050】
仮設ブレースユニット13を耐震壁8に取付固定するための、そしてまた斜材14a,14bが水平方向の力を軸力として負担する際に生じる上下方向の力成分が伝達される横材18,19と、上壁部8a及び下壁部8bとの間には、空隙が設定され、両者間の空隙には、横材18,19と上壁部8a及び下壁部8bとを強固に一体化するために、少なくともボルト接合範囲にグラウト材が充填される。もちろん、横材18,19の設置範囲全体にわたってグラウト材を充填してもよい。ボルト接合のためボルト孔等にも、グラウト材が充填される。
【0051】
取付用治具として機能し得る枠体15が不要である場合には、斜材14a,14bで構成したX字状材のみで仮設ブレースユニット13を構成してもよい。この場合、斜材14a,14bの上下方向上端及び下端を、一方の柱3(4)の上部3a(4a)及び他方の柱4(3)の下部4b(3b)に当接して、水平方向の力を伝達させ、かつこれら上端及び下端を上壁部8a及び下壁部8bに一体的に接合して、仮設ブレースユニット13の耐震壁8への取付固定を確保すればよい。これにより、上下方向の力の伝達も確保することができる。
【0052】
以上の仮設施工により、既設架構5の免震化工事施工中の仮設耐震化構造が完成される。免震化工事施工中に地震などが発生した場合、柱3,4の上部3a,4aに作用した水平方向の力は、ジャッキ21を介して仮設ブレースユニット13に入力され、仮設ブレースユニット13は、この水平方向の力を負担しつつ、柱3,4の下部3b,4bに伝達し、下梁2等がこれを受け止めることができる。また、仮設ブレースユニット13に流れる斜め方向の力の上下方向成分は、枠体15の下横材19を介して下壁部8bにも伝達され、下梁2で受け止められて、これにより柱3,4の下部3b,4bへ伝達することができる。
【0053】
次に、設置用空間10へ、免震装置6を設置し、柱3,4の上部3a,4aと下部3b,4bとの間で免震化して、当該既設架構5の階層を免震層とする。
【0054】
次に、仮設ブレースユニット13を耐震壁8から撤去するブレースユニット撤去工程を実行する。その後、仮設壁拘束プレート11を撤去する壁拘束プレート撤去工程を実行し、仮設支持材を撤去する。これら工程では、ボルト接合した箇所を破壊するなどして、仮設ブレースユニット13及び仮設壁拘束プレート11を耐震壁8から取り外す。撤去した仮設ブレースユニット13及び仮設壁拘束プレート11は、他の施工場所へ転用することができる。
【0055】
第1実施形態にかかる既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造及びその施工法にあっては、横スリット9を跨いで、左右の柱3,4の間に、かつ一方の柱3(4)の上方柱梁接合部と他方の柱4(3)の下方柱梁接合部の間に位置させて、上部を上壁部8aに設置用空間10よりも上方位置で、下部を下壁部8bに設置用空間10よりも下方位置で撤去可能に接合して仮設ブレースユニット13を設けたので、耐震壁が設置されていて、梁の張出寸法が仮設ブレースの幅寸法よりも小さい既設架構を、仮設のブレース等で補強する際に、水平方向の力等を負担する仮設ブレースユニット13の設置・固定を耐震壁8に対して適切に確保して、これにより免震化工事施工中の既設架構5の耐震性能を高めて安全性を向上することができる。
【0056】
仮設ブレースユニット13の上部を上壁部8aに設置用空間10よりも上方位置で、下部を下壁部8bに設置用空間10よりも下方位置で接合したので、柱3,4の上部3a,4a、上梁1及び上壁部8aからなる上部構造、並びに柱3,4の下部3b,4b、下梁2及び下壁部8bからなる下部構造それぞれに対し、水平方向や上下方向の力を、仮設ブレースユニット13で適切に伝達し、負担させることができる。
【0057】
すなわち、金属製の剛性の高い仮設ブレースユニット13をRC造のコンクリート製の上壁部8a及び下壁部8bに添設した形態であるので、柱3,4の上部3a,4aや下部3b,4bに作用する水平方向の力は、上壁部8a等のコンクリートだけでなく、当該コンクリート強度の制限を受けることなく、柱3,4から直接または金属製の剛性の高いジャッキ21を介して、当該仮設ブレースユニット13により支持することができ、構造上、既設架構5が負担できる応力を増大することができて、優れた耐震化構造を構成することができる。
【0058】
仮設ブレースユニット13を撤去可能に設けたので、免震装置6による免震化後に撤去することで、既設架構5の機能を復元することができると共に、仮設ブレースユニット13を他の施工場所へ転用することができる。また、大きな騒音の発生は、ボルト施工程度であって、居ながら施工を遂行することができる。
【0059】
仮設ブレースユニット13を、左右一対の縦材16,17に、上下一対の横材18,19を接合して形成される枠体15と、これら横材18,19と縦材16,17の隅角部と接合して枠体15内部に設けられるX字状材(斜材14a,14b)とから構成したので、枠体15を、水平方向の力を負担する斜材14a,14bからなるX字状材の取付用治具として利用することができ、既設架構5への取付施工を容易な作業で短時間に完了することができて、既設架構5の無防備な期間を短縮して安全性を向上することができる。
【0060】
また、枠体15によっても、水平方向及び上下方向の力を負担することができ、効果的に免震化施工中の既設架構5を補強し、耐震化構造とすることができる。
【0061】
仮設ブレースユニット13は、上横材18及び下横材19が耐震壁8に接合されるので、上壁部8a及び下壁部8bに対する仮設ブレースユニット13の接合面積を広く確保することができ、両者の一体性を高めて構造安全性を高く確保することができる。
【0062】
仮設ブレースユニット13と耐震壁8との間には、両者間の空隙を埋めるグラウト材が充填されるので、両者間の力の伝達を確実にして優れた耐震性能を確保できると共に、強度を高く確保することができる。
【0063】
横スリット9を跨いで、上下端が上壁部8aと下壁部8bに撤去可能に接合される仮設壁拘束プレート11を備えたので、上壁部8aと下壁部8bの相対変位を規制する抵抗力を生じさせることができ、仮設ブレースユニット13の荷重負担を軽減できると共に、仮設ブレースユニット13を備えて構成される仮設耐震化構造の構造性能を向上することができる。
【0064】
仮設ブレースユニット13は、耐震壁8の片面にだけ設置してもよいし、耐震壁8の両面に設置してもよい。仮設ブレースユニット13及び仮設壁拘束プレート11の上壁部8a及び下壁部8bへの接合は、両者の隙間やボルトとボルト孔との隙間へのグラウト注入によって一体に接合してもよく、あるいは高力ボルトによる摩擦接合としてもよい。
【0065】
本実施形態にかかる既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造及びその施工法は、図1中、二点鎖線で示したように、耐震壁8が開口部22を備えている場合であっても、適切に適用することができる。この場合には、仮設ブレースユニット13及び仮設壁拘束プレート11は、開口部22の位置での接合を行うことなく、上壁部8a及び下壁部8bに取付固定される。
【0066】
次に、本発明にかかる既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造の第2実施形態について説明する。図3は、第2実施形態にかかる既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造及びその施工法が適用される免震化工事施工中の既設架構の正面図である。以下、上記第1実施形態と異なる部分を中心に説明する。
【0067】
既設架構5が居室と階段室との間に位置しているなど、耐震壁8が異なる構造形式の境界に位置しているときには、左右の柱3,4で免震装置6の設置高さ位置を変更する必要がある。第2実施形態は、左右の柱3,4で、免震装置6の設置用空間10が上下に位置ずれして左右横方向でそれらの位置が重ならない場合に対応するものである。
【0068】
このような場合には、横スリット施工工程の前に、耐震壁8に縦スリット23を形成する縦スリット施工工程を実行する。縦スリット23は、耐震壁8を横スリット9で分断して形成される上壁部8a及び下壁部8bのいずれか一方から左右の柱3,4を分離するために形成される。
【0069】
図示例では、耐震壁8と左右の柱3,4の上部3a,4aとの接合を維持して、耐震壁8を柱3,4の下部3b,4bから分断するように、後の工程で施工される設置用空間10の形成位置から各柱3,4の下部3b,4bに沿って下梁2上まで縦スリット23が左右一対形成されている。各縦スリット23は、後工程で設置用空間10と接続される。もちろん、耐震壁8と柱3,4の下部3b,4bとの接合を維持して、耐震壁8を柱3,4の上部3a,4aから分断するようにしてもよい。
【0070】
次に、横スリット施工工程を実行する。第1実施形態の横スリット9は、左右の設置用空間10を結ぶように上下の梁1,2に沿って平行に横方向に形成するものであったが、第2実施形態では、横スリット9で左右の設置用空間10を直接結ぶことができない。第2実施形態の横スリット9は、左右の縦スリット23とつながるように、上下の梁1,2に沿って平行に横方向に形成される。これにより、横スリット9は、左右の縦スリット23を介して、左右の設置用空間10と接続される。
【0071】
横スリット9の形成高さ位置は、耐震壁8を柱3,4の下部3b,4bから分離するときには、設置用空間10よりも下方位置に形成され、柱3,4の上部3a,4aから分離するときには、設置用空間10よりも上方位置に形成される。
【0072】
図示例のように、耐震壁8を柱3,4の下部3b,4bから分離する場合には、横スリット9で分断された上壁部8aは、柱3,4の上部3a,4a及び上梁1に接合された状態となり、下壁部8bは、下梁2にのみ接合された状態となる。縦スリット23は、下壁部8bと柱3,4の下部3b,4bとの接合状態を保てるように、横スリット9の形成位置までで止めるようにしてもよい。この施工段階では、柱3,4が上部3a,4aと下部3b,4bに分断されていないので、既設架構5は相当の強度を備えている。
【0073】
次に、第1実施形態と同様に、左右の柱3,4に免震装置6の設置用空間10を形成する設置用空間施工工程を実行する。設置用空間10の形成により、下壁部8b、下梁2及び柱3,4の下部3b,4bからなる下部構造と、上壁部8a、上梁1及び柱3,4の上部3a,4aからなる上部構造とは構造的に独立し、設置用空間10に免震装置6を設置することで、当該既設架構5を備える階層は免震層となる。
【0074】
引き続き、仮設壁拘束プレート11及び仮設ブレースユニット13を耐震壁8に取り付ける壁拘束プレート及びブレースユニット取付工程を実行する。仮設壁拘束プレート11と仮設ブレースユニット13の取付は、どちらを先行してもよいが、横スリット9で分断した上壁部8aと下壁部8bの構造を早期に安定させるために、仮設壁拘束プレート11を先に取り付けることが好ましい。仮設壁拘束プレート11の取付は、第1実施形態と同様である。
【0075】
第2実施形態における仮設ブレースユニット13の取付については、横スリット9を跨がない点を除き、第1実施形態と同様である。横スリット9を跨がない仮設ブレースユニット13は、設置用空間10の上方位置から下方位置にわたって接合されるように、必然的に設置用空間10と隣接する上壁部8aもしくは下壁部8bのいずれか一方、図示例では上壁部8aに設置される。
【0076】
以上の仮設施工により、既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造が完成される。第2実施形態と第1実施形態の構造形式が異なる点は、第1実施形態では、柱3,4の下部3b,4b及び下梁2に対する下壁部8bの接合が保たれているのに対し、第2実施形態の図示例では、下壁部8bは、柱3,4の下部3b,4bからは切り離され、下梁2だけに接合されている。
【0077】
構造形式は異なるものの、第2実施形態であっても、免震化工事施工中に地震などが発生した場合、柱3,4の上部3a,4aに作用した水平方向の力は、ジャッキ21を介して仮設ブレースユニット13に入力され、仮設ブレースユニット13は、この水平方向の力を負担しつつ、柱3,4の下部3b,4bに伝達し、下梁2等がこれを受け止めることができる。また、仮設ブレースユニット13に流れる斜め方向の力の上下方向成分は、枠体15から上壁部8a、仮設壁拘束プレート11を介して下壁部8bに伝達され、下梁2で受け止められて、これにより柱3,4の下部3b,4bへ伝達することができる。下壁部8bと柱3,4の下部3b,4bとの接合を維持する場合には、第1実施形態の構造形式とほぼ同様である。
【0078】
その後は、第1実施形態と同様に、仮設支持材を撤去した設置用空間10へ、免震装置6を設置する。これにより、柱3,4の上部3a,4aと下部3b,4bとの間で免震化されて、当該既設架構5の階層が免震層とされる。引き続き、仮設ブレースユニット13を耐震壁8から撤去するブレースユニット撤去工程及び仮設壁拘束プレート11を撤去する壁拘束プレート撤去工程を実行する。
【0079】
第2実施形態にかかる既設架構の免震化工事施工中の仮設耐震化構造及びその施工法にあっては、上壁部8a及び下壁部8bのいずれか一方から左右の柱3,4を分離すると共に、左右の設置用空間10と横スリット9とを接続する縦スリット23を形成し、横スリット9を跨いで、上下端が上壁部8aと下壁部8bに撤去可能に接合される仮設壁拘束プレート11を設け、これら上壁部8a及び下壁部8bのいずれか他方に、左右の柱3,4の間に、かつ一方の柱3(4)の上方柱梁接合部と他方の柱4(3)の下方柱梁接合部の間に位置させて、上部を設置用空間10よりも上方位置で、下部を設置用空間10よりも下方位置で撤去可能に接合して仮設ブレースユニット13を設けたので、耐震壁が設置されていて、梁下面の張出寸法が仮設ブレースの幅寸法よりも小さい既設架構を、仮設のブレース等で補強する際に、左右の柱3,4の設置用空間10が上下に位置ずれして左右横方向でそれらの位置が重ならない場合であっても、第1実施形態と同様に、水平方向の力等を負担する仮設ブレースユニット13の設置・固定を耐震壁8に対して適切に確保して、これにより免震化工事施工中の既設架構の耐震性能を高めて安全性を向上することができる。
【0080】
さらに、第1実施形態が奏する種々の作用効果を、第2実施形態が奏することはもちろんである。
【0081】
仮設ブレースユニット13や仮設壁拘束プレート11の撤去は、設置する耐震壁8に接続する柱3,4に免震装置6を設置した直後でもよく、あるいは免震層の全柱3,4に免震装置6を設置した後であってもよい。また、上記実施形態では、耐震壁8に接合する仮設ブレースユニット13の上下の横材18,19をH形鋼として、そのフランジ面を耐震壁8に向かい合わせて平行に配置しているが、これら横材18,19は溝形鋼等であってもよく、この場合には、ウェブ面を耐震壁8と平行に配置すればよい。
【符号の説明】
【0082】
1,2 梁
3,4 柱
3a,4a 柱の上部
3b,4b 柱の下部
5 既設架構
6 免震装置
7 床スラブ
8 耐震壁
8a 上壁部
8b 下壁部
9 横スリット
10 免震装置の設置用空間
11 仮設壁拘束プレート
13 仮設ブレースユニット
14a,14b 斜材
15 枠体
16,17 縦材
18,19 横材
21 ジャッキ
23 縦スリット
図1
図2
図3
図4