【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一の態様である窒化珪素質焼結体は、(a)β-窒化珪素の結晶と、(b)La及びAlを含む粒界相と、(c)Ti、Zr、Hf、W、Mo、Ta、Nb、V及びCrからなる群から選択される1種以上の元素を含む粒子とを有し、前記(a)の長径における平均粒径が3μm以下であり、長径における最大粒径が30μm以下であり、かつアスペクト比が5以下であり、前記(b)において、酸化物換算した酸化アルミニウムと酸化物換算した酸化ランタンとの重量比が1:0.3〜1:4であり、前記(c)の平均粒径が3μm以下であり、マイクロポアの集合体の直径が100μm以下であることを特徴とする。
【0008】
前記窒化珪素質焼結体において、前記(b)の粒界相は、La及びAlを含んでいる。すなわち、焼結助剤として用いる希土類元素としてLaを採用している。そして、LaとAlとを前記特定の重量比としている。そのため、焼結時における前記(a)のβ-窒化珪素粒子の粒成長をLa−Al系粒界相によって効果的に抑制することができる。
【0009】
これにより、β-窒化珪素粒子の粒径をより小さく、より等軸状にする(アスペクト比を小さくする)ことができる。そして、β-窒化珪素粒子の長径における平均粒径が3μm以下、長径における最大粒径が30μm以下、かつアスペクト比が5以下という条件を容易に満足させることができる。
【0010】
その結果、β-窒化珪素粒子と粒界相との間におけるマイクロポアの生成を抑制すると共に、生成するマイクロポアの集合体の大きさをより小さくすることができ、マイクロポアの集合体の直径が100μm以下という条件を容易に満足させることができる。そして、窒化珪素質焼結体の耐剥離性、耐摩耗性を向上させることができ、例えばベアリング用転動体等に用いた場合には、剥離が生じにくくなり、転がり寿命特性を向上させることができる。
【0011】
さらに、β-窒化珪素粒子の粒界相をLa−Al系粒界相とし、β-窒化珪素粒子の粒径やアスペクト比を小さくすることにより、マイクロポアの生成を抑制する効果以外にも、加工時の傷や剥離を抑制することができ、加工面の仕上がりが良くなるという効果も得られる。これにより、窒化珪素質焼結体を例えばベアリング用転動体等に用いるために加工した場合には、表面粗さ及び真球度に優れたものとなる。
【0012】
また、前記窒化珪素質焼結体は、前記(c)Ti、Zr、Hf、W、Mo、Ta、Nb、V及びCrからなる群から選択される1種以上の元素を含む粒子(以下、適宜、分散粒子という)を有する。そのため、焼結時におけるβ-窒化珪素粒子の粒成長を分散粒子のピン止め効果によってさらに抑制することができる。
【0013】
また、前記(c)の分散粒子は、平均粒径が3μm以下である。そのため、β-窒化珪素粒子の粒成長を分散粒子によって抑制するという前述の効果を十分に発揮することができる。また、窒化珪素質焼結体を例えばベアリング用転動体等に加工する際に、研削速度を増加させても粗大な傷がつきにくく、剥離が生じにくくなる。これにより、加工性を向上させることができる。
【0014】
また、前述のとおり、焼結助剤として用いる希土類元素としてLaを採用している。そのため、焼結助剤として用いられる他の希土類元素と比較して安価であって入手しやすく、コスト低減を図ることができる。また、Laを採用することによって容易に緻密化を図ることができ、低温焼成が可能となる。そのため、コスト低減を図ることができると共に、粒子形状等軸化(低アスペクト化)及び低温焼成化によりマイクロポアの生成を抑制する効果を得ることができる。
【0015】
本発明の他の態様である窒化珪素質焼結体の製造方法は、(A)α率が70%以上の窒化珪素と、(B)酸化ランタン及び水酸化ランタンの少なくとも一方と、(C)酸化アルミニウム及び窒化アルミニウムの少なくとも一方と、(D)平均粒径3μm以下の粉末であって、Ti、Zr、Hf、W、Mo、Ta、Nb、V及びCrからなる群から選択される1種以上の元素の窒化物、炭化物、珪化物及び酸化物のうちの1種以上とを、全原料に対して前記(A)及び(D)を除いた残りの重量が3〜30重量%の範囲内となるように混合して成形体を作製し、該成形体を、窒素を含む非酸化雰囲気中において1500〜1800℃の温度で焼成することを特徴とする。
【0016】
前記窒化珪素質焼結体の製造方法は、前記(A)の窒化珪素と、焼結助剤としての前記(B)及び(C)と、分散粒子としての前記(D)とを特定の重量比となるように混合して成形体を作製する。そして、その成形体を特定の雰囲気中において特定の温度範囲で焼成する。これにより、前述したような耐剥離性、耐摩耗性、転がり寿命特性、加工性に優れた安価な窒化珪素質焼結体を得ることができる。
【0017】
本発明のさらに他の態様であるベアリング用転動体は、前記窒化珪素質焼結体からなり、ベアリングに用いられることを特徴とする。
前記ベアリング用転動体は、前記窒化珪素質焼結体からなる。すなわち、前述したような転がり寿命特性や加工性に優れた窒化珪素質焼結体からなる。そのため、ベアリング用転動体は、転がり寿命特性や加工性に優れたものとなる。これにより、ベアリング用転動体の転がり疲労による剥離を防止することができる。また、ベアリング用転動体の表面粗さをより小さくし、真球度をより高めることができる。
【0018】
以上のように、本発明によれば、耐剥離性、耐摩耗性、転がり寿命特性、加工性に優れた安価な窒化珪素質焼結体及びその製造方法、並びにベアリング用転動体を提供することができる。
【0019】
なお、前記窒化珪素質焼結体において、前述のとおり、前記(a)β-窒化珪素粒子の長径における平均粒径が3μm以下であり、長径における最大粒径が30μm以下であり、かつアスペクト比が5以下である。前記(a)のβ-窒化珪素粒子の長径における平均粒径が3μmを超える場合、長径における最大粒径が30μmを超える場合、アスペクト比が5を超える場合には、β-窒化珪素粒子の粒成長を抑制し、マイクロポアの生成を抑制するという効果を十分に得ることができない。
【0020】
また、前述のとおり、前記(c)の分散粒子の平均粒径が3μm以下である。前記(c)の分散粒子の平均粒径が3μmを超える場合には、焼結時におけるβ-窒化珪素粒子の粒成長を分散粒子のピン止め効果によって抑制するという効果を十分に得ることができない。また、加工時の傷の大きさが大きくなり、加工性低下の原因となる。
【0021】
また、前記(c)の分散粒子としては、例えば、TiN、TiC、ZrN、ZrC、HfC、W
5Si
3、WSi
2、WC、W
2C、MoSi
2等が挙げられる。微細な分散粒子が得られるとの理由から、Ti系化合物、W系化合物が特に好ましい。
【0022】
また、前述のとおり、マイクロポアの集合体の直径が100μm以下である。マイクロポアの集合体の直径は、20μm以下であることがより好ましい。この場合には、耐剥離性、耐摩耗性、転がり寿命特性、加工性をより一層高めることができる。マイクロポアの集合体の直径が100μmを超える場合には、耐剥離性、耐摩耗性、転がり寿命特性、加工性を十分に確保することができない。
【0023】
ここで、マイクロポアとは、焼成時に生成する結晶粒子と粒界相との隙間を意味する。また、マイクロポアの集合体の直径とは、最終的に製品の表面となる部分(特には部材と摺動する面、部材と接する面等)について測定した場合のマイクロポアの集合体の直径のことである。例えば、焼成後に所定の深さ(例えば、200〜500μm)を研磨して製品とするのであれば研磨後の表面を測定し、焼成後に研磨をしないのであれば焼成後の表面を測定する。マイクロポアの集合体の直径の測定は、例えば、表面を鏡面研磨した後、光学顕微鏡にて観察することによって行う。
【0024】
窒化珪素粒子は針状形状であるため、特に粒子のアスペクト比が大きく粒径が大きいほど、粒子が3次元的にからみあい、焼成時に隙間(マイクロポア)が多くなってしまう。マイクロポアが多くなると、偏析のようにマイクロポア集合体として存在する。マイクロポア集合体の大きさ(径)が大きくなると、加工時に傷、剥離が生じやすくなり、加工性が低下する原因となる。また、例えばベアリング用転動体等として用いた場合には、転がり疲労による剥離が生じやすくなり、転がり寿命特性が低下する原因となる。また、切削工具、摺動部材、耐摩耗部材等として用いた場合でも、寿命特性(耐剥離性、耐摩耗性)が低下する原因となる。
【0025】
前記窒化珪素質焼結体において、前記(a)のアスペクト比が3以下であることが好ましい。この場合には、β-窒化珪素粒子がより等軸状に近い形状となるため、β-窒化珪素粒子と粒界相との間におけるマイクロポアの生成をより一層抑制することができる。
【0026】
また、前記(a)の長径における平均粒径が1μm以下であることが好ましい。この場合には、β-窒化珪素粒子の粒成長を抑制し、マイクロポアの生成を抑制するという効果をより一層十分に得ることができる。
【0027】
また、前記(c)の平均粒径が1μm以下であることが好ましい。この場合には、β-窒化珪素粒子の粒成長を前記(c)の分散粒子によって抑制するという前述の効果をさらに高めることができる。
【0028】
また、前記(b)が占める面積の比率が8%以上であることが好ましい。この場合には、粒界相が一定以上存在することにより、窒化珪素粒子との隙間(マイクロポア)がより一層生成しにくくなり、窒化珪素質焼結体の耐剥離性、耐摩耗性を向上させることができる。
【0029】
前記(b)が占める面積の比率が8%未満の場合には、窒化珪素粒子との隙間(マイクロポア)が生成しやすくなり、窒化珪素質焼結体の耐剥離性、耐摩耗性が低下するおそれがある。一方、30%を超える場合には、強度を十分に確保することができないおそれがある。したがって、前記(b)が占める面積の比率が30%以下であることが好ましい。
【0030】
また、前記(b)が結晶化していないことが好ましい。この場合には、結晶化していないことにより、窒化珪素粒子との隙間(マイクロポア)がより一層生成しにくくなり、窒化珪素質焼結体の耐剥離性、耐摩耗性を向上させることができる。なお、前記(b)の粒界相が結晶化していないとは、例えば、前記(b)の粒界相がガラス相(結晶化していない相)である場合をいう。具体的には、焼結体そのもの又は焼結体を粉砕した粉末をX線回折により分析したときに、結晶相のピークが確認できない場合をいう。
【0031】
前記窒化珪素質焼結体は、密度が3g/cm
3以上かつ相対密度が95%以上であることが好ましい。例えば、α率が70%以上かつ平均粒径が1μm以下の窒化珪素粉末を用い、適切な焼成条件で焼成を行うことにより、密度及び相対密度を前記特定の範囲とすることができる。焼成温度が低すぎると窒化珪素質焼結体が緻密化しないため、焼成温度を一定温度以上にする必要がある。
【0032】
また、前記窒化珪素質焼結体は、ヤング率が260〜320GPaの範囲内であることが好ましい。ヤング率が260GPaよりも小さい場合には、窒化珪素質焼結体の強度を十分に確保することができないおそれがある。一方、ヤング率が320GPaよりも大きい場合には、研削性が悪化すると共に、窒化珪素質焼結体と軌道部材との面圧が高くなるおそれがある。
【0033】
なお、ヤング率は、窒化珪素質焼結体を製造する際に用いる焼結助剤(例えば、酸化ランタン、水酸化ランタン、酸化アルミニウム、窒化アルミニウム等)の量を多くすることにより、低くすることができる。焼結助剤量は、窒化珪素質焼結体の全原料に対し、5〜30重量%の範囲が好ましい。また、ヤング率は、窒化珪素質焼結体を製造する際の混合粉砕条件や焼結条件にも依存する。
【0034】
また、前記窒化珪素質焼結体は、3点曲げ強度が700MPa以上であることが好ましい。焼成条件を、焼結助剤の組成及び量に合わせた適切な焼成条件とすることにより、曲げ強度を前記特定の範囲内にすることができる。焼成温度が高すぎると、含有する結晶粒子が粒成長するため、強度が低くなってしまう。そのため、焼成温度を一定温度以下にする必要がある。
【0035】
また、前記窒化珪素質焼結体は、破壊靱性が4.5MPa√m以上であることが好ましい。本来ならば、破壊靱性が高いほうがより好ましいが、破壊靱性をより高くするためには、La以外の希土類元素を用いる等の方法で窒化珪素粒子を粒成長させて、アスペクト比を高める必要がある。その場合、マイクロポアの集合体が大きくなってしまうおそれがある。そのため、破壊靱性はある一定以上の水準であればよい。
【0036】
前記窒化珪素質焼結体の製造方法において、前記(A)窒化珪素は、α率が70%以上であり、好ましくは90%以上である。α率が70%未満の場合には、緻密化しにくくなり、強度が低下するおそれがある。ここで、「α率」とは、窒化珪素全体に対するα-窒化珪素の割合である。
【0037】
また、前記(A)窒化珪素としては、平均粒径が1μm以下の粉末が好ましい。平均粒径が1μmを超える場合には、緻密化しにくくなり、強度が低下するおそれがある。さらには、マイクロポア集合体も大きくなるおそれがある。
【0038】
また、全原料に対する前記(A)窒化珪素の重量比は、70〜95重量%の範囲が好ましい。この範囲内であることにより、窒化珪素質焼結体が奏する前述の効果が一層顕著になる。なお、α-窒化珪素は、焼成の際に大部分がβ-窒化珪素に変化する。このとき、完全にβ-窒化珪素に変化してもよいし、α-窒化珪素が一部残ってもよい。また、粒界相中のAl成分の一部がβ-窒化珪素へ固溶してもよい。
【0039】
前記(B)の酸化ランタン、水酸化ランタン、前記(C)の酸化アルミニウム、窒化アルミニウムは、焼結助剤として機能する。全原料に対する前記(B)の重量比は、2〜20重量%の範囲が好ましい。この範囲内であることにより、窒化珪素質焼結体が奏する前述の効果が一層顕著になる。2重量%未満の場合は、緻密化を十分に図ることができないおそれがあり、また強度も十分に確保することができないおそれがある。一方、20重量%を超える場合には、粒界相が過量となり、強度が低下するおそれがある。
【0040】
全原料に対する上記(C)の重量比は、1〜20重量%の範囲が好ましい。この範囲内であることにより、窒化珪素質焼結体が奏する前述の効果が一層顕著になる。1重量%未満の場合は、緻密化を十分に図ることができないおそれがあり、また強度も十分に確保することができないおそれがある。一方、20重量%を超える場合には、粒界相が過量となり、強度が低下するおそれがある。
【0041】
前記(D)平均粒径3μm以下の粉末であって、Ti、Zr、Hf、W、Mo、Ta、Nb、V及びCrからなる群から選択される1種以上の元素の窒化物、炭化物、珪化物及び酸化物のうちの1種以上は、焼結性向上、高強度化、マイクロポア抑制、色むら防止の効果を奏する。全原料に対する前記(D)の重量比は、5重量%以下の範囲が好ましく、3重量%以下の範囲がさらに好ましい。この範囲内であることにより、窒化珪素質焼結体が奏する前述の効果が一層顕著になる。
【0042】
前記窒化珪素質焼結体の製造方法において、前記成形体は、例えば、金型成形、鋳込み成形、ラバー成形、射出成形、押出し成形、シート成形等の方法を用いて作製することができる。
【0043】
前記焼成体の焼成は、例えば、常圧焼成、ガス圧焼成、熱間静水圧プレス(HIP)焼成、ホットプレス焼成等により行うことができる。安価な焼成方法として常圧焼成が好ましいが、常圧焼成で焼成した後に10MPa以下の圧力でガス圧焼成してもよい。特に10MPa以下の圧力でのガス圧焼成であれば、10MPa以上のHIP焼成よりも処理量が増加するため、HIP焼成より安価になることから有用である。焼成温度は、1500〜1800℃とすることができる。
【0044】
前記ベアリング用転動体は、例えば、ベアリングの内輪と外輪との間に位置する球状、円筒状等の転動体である。