特許第5989602号(P5989602)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5989602窒化珪素質焼結体及びその製造方法、並びにベアリング用転動体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5989602
(24)【登録日】2016年8月19日
(45)【発行日】2016年9月7日
(54)【発明の名称】窒化珪素質焼結体及びその製造方法、並びにベアリング用転動体
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/584 20060101AFI20160825BHJP
   F16C 33/32 20060101ALI20160825BHJP
   F16C 33/34 20060101ALI20160825BHJP
   B23B 27/14 20060101ALN20160825BHJP
【FI】
   C04B35/58 102K
   F16C33/32
   F16C33/34
   !B23B27/14 B
【請求項の数】7
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-113119(P2013-113119)
(22)【出願日】2013年5月29日
(65)【公開番号】特開2014-231460(P2014-231460A)
(43)【公開日】2014年12月11日
【審査請求日】2014年12月8日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004547
【氏名又は名称】日本特殊陶業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】関口 豊
(72)【発明者】
【氏名】中山 裕子
(72)【発明者】
【氏名】光岡 健
【審査官】 佐溝 茂良
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−173509(JP,A)
【文献】 特開2011−016716(JP,A)
【文献】 特開2000−072553(JP,A)
【文献】 特開2000−247750(JP,A)
【文献】 特開2002−241178(JP,A)
【文献】 特開2008−069031(JP,A)
【文献】 特開2002−263917(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/584
F16C 33/32
F16C 33/34
B23B 27/14
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)β−窒化珪素の結晶と、
(b)La及びAlを含む粒界相と、
(c)Ti、Zr、Hf、W、Mo、Ta、Nb、V及びCrからなる群から選択される1種以上の元素を含む粒子とを有し、
前記(a)の長径における平均粒径がμm以下であり、長径における最大粒径が30μm以下であり、かつアスペクト比が5以下であり、
前記(b)において、酸化物換算した酸化アルミニウムと酸化物換算した酸化ランタンとの重量比が1:0.3〜1:4であり、
前記(c)の平均粒径が3μm以下であり、
全重量に対して前記(a)及び(c)を除いた残りの重量が〜30重量%であり、
マイクロポアの集合体の直径が100μm以下であることを特徴とする窒化珪素質焼結体。
【請求項2】
前記(a)のアスペクト比が3以下であることを特徴とする請求項1に記載の窒化珪素質焼結体。
【請求項3】
前記(c)の平均粒径が1μm以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の窒化珪素質焼結体。
【請求項4】
前記(b)が占める面積の比率が8%以上であることを特徴とする請求項1〜のいずれか1項に記載の窒化珪素質焼結体。
【請求項5】
前記(b)が結晶化していないことを特徴とする請求項1〜のいずれか1項に記載の窒化珪素質焼結体。
【請求項6】
(A)α率が70%以上の窒化珪素と、
(B)酸化ランタン及び水酸化ランタンの少なくとも一方と、
(C)酸化アルミニウム及び窒化アルミニウムの少なくとも一方と、
(D)平均粒径3μm以下の粉末であって、Ti、Zr、Hf、W、Mo、Ta、Nb、V及びCrからなる群から選択される1種以上の元素の窒化物、炭化物、珪化物及び酸化物のうちの1種以上とを、
前記(B)及び(C)において、酸化物換算した酸化アルミニウムと酸化物換算した酸化ランタンとの重量比が1:0.3〜1:4となるように、かつ、全原料に対して前記(A)及び(D)を除いた残りの重量が〜30重量%の範囲内となるように混合して成形体を作製し、
該成形体を、窒素を含む非酸化雰囲気中において1500〜1800℃の温度で焼成することを特徴とする窒化珪素質焼結体の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜のいずれか1項に記載の窒化珪素質焼結体からなり、ベアリングに用いられることを特徴とするベアリング用転動体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、ベアリング用転動体、切削工具、摺動部材、耐摩耗部材等として用いられる窒化珪素質焼結体及びその製造方法、並びにベアリング用転動体に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、窒化珪素質焼結体を転動体としたベアリングは、軸受鋼製ベアリングに比べ軽量であり、強度、耐熱性、耐摩耗性及び絶縁性が高く、熱膨張しにくいという特性を有し、高速回転での転動体と金属との耐焼付け性に優れている。そのため、工作機用スピンドルモーター、ファンモーター、風力発電用モーター等のベアリングに広く採用されている(特許文献1参照)。
【0003】
窒化珪素質焼結体は、原料である窒化珪素に焼結助剤を添加して焼結を行っている。添加する焼結助剤としては、例えば、Y23等の希土類酸化物やAl23、MgO等の酸化物を組み合わせて用いる。そして、1500℃以上の高温下で焼結を行った窒化珪素質焼結体は、主として、窒化珪素粒子と焼結助剤からなる粒界相とにより構成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2011−16716号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、窒化珪素質焼結体は、焼結後において窒化珪素粒子と粒界相との間に少なからず欠陥(マイクロポア、気孔等)が残存する。そのため、例えば、窒化珪素質焼結体をベアリング用転動体として用いた場合、残存する欠陥の影響により、短時間で転がり疲労による剥離が生じ、転がり寿命を十分に確保することができないという問題がある。
【0006】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、耐剥離性、耐摩耗性、転がり寿命特性、加工性に優れた安価な窒化珪素質焼結体及びその製造方法、並びにベアリング用転動体を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一の態様である窒化珪素質焼結体は、(a)β-窒化珪素の結晶と、(b)La及びAlを含む粒界相と、(c)Ti、Zr、Hf、W、Mo、Ta、Nb、V及びCrからなる群から選択される1種以上の元素を含む粒子とを有し、前記(a)の長径における平均粒径が3μm以下であり、長径における最大粒径が30μm以下であり、かつアスペクト比が5以下であり、前記(b)において、酸化物換算した酸化アルミニウムと酸化物換算した酸化ランタンとの重量比が1:0.3〜1:4であり、前記(c)の平均粒径が3μm以下であり、マイクロポアの集合体の直径が100μm以下であることを特徴とする。
【0008】
前記窒化珪素質焼結体において、前記(b)の粒界相は、La及びAlを含んでいる。すなわち、焼結助剤として用いる希土類元素としてLaを採用している。そして、LaとAlとを前記特定の重量比としている。そのため、焼結時における前記(a)のβ-窒化珪素粒子の粒成長をLa−Al系粒界相によって効果的に抑制することができる。
【0009】
これにより、β-窒化珪素粒子の粒径をより小さく、より等軸状にする(アスペクト比を小さくする)ことができる。そして、β-窒化珪素粒子の長径における平均粒径が3μm以下、長径における最大粒径が30μm以下、かつアスペクト比が5以下という条件を容易に満足させることができる。
【0010】
その結果、β-窒化珪素粒子と粒界相との間におけるマイクロポアの生成を抑制すると共に、生成するマイクロポアの集合体の大きさをより小さくすることができ、マイクロポアの集合体の直径が100μm以下という条件を容易に満足させることができる。そして、窒化珪素質焼結体の耐剥離性、耐摩耗性を向上させることができ、例えばベアリング用転動体等に用いた場合には、剥離が生じにくくなり、転がり寿命特性を向上させることができる。
【0011】
さらに、β-窒化珪素粒子の粒界相をLa−Al系粒界相とし、β-窒化珪素粒子の粒径やアスペクト比を小さくすることにより、マイクロポアの生成を抑制する効果以外にも、加工時の傷や剥離を抑制することができ、加工面の仕上がりが良くなるという効果も得られる。これにより、窒化珪素質焼結体を例えばベアリング用転動体等に用いるために加工した場合には、表面粗さ及び真球度に優れたものとなる。
【0012】
また、前記窒化珪素質焼結体は、前記(c)Ti、Zr、Hf、W、Mo、Ta、Nb、V及びCrからなる群から選択される1種以上の元素を含む粒子(以下、適宜、分散粒子という)を有する。そのため、焼結時におけるβ-窒化珪素粒子の粒成長を分散粒子のピン止め効果によってさらに抑制することができる。
【0013】
また、前記(c)の分散粒子は、平均粒径が3μm以下である。そのため、β-窒化珪素粒子の粒成長を分散粒子によって抑制するという前述の効果を十分に発揮することができる。また、窒化珪素質焼結体を例えばベアリング用転動体等に加工する際に、研削速度を増加させても粗大な傷がつきにくく、剥離が生じにくくなる。これにより、加工性を向上させることができる。
【0014】
また、前述のとおり、焼結助剤として用いる希土類元素としてLaを採用している。そのため、焼結助剤として用いられる他の希土類元素と比較して安価であって入手しやすく、コスト低減を図ることができる。また、Laを採用することによって容易に緻密化を図ることができ、低温焼成が可能となる。そのため、コスト低減を図ることができると共に、粒子形状等軸化(低アスペクト化)及び低温焼成化によりマイクロポアの生成を抑制する効果を得ることができる。
【0015】
本発明の他の態様である窒化珪素質焼結体の製造方法は、(A)α率が70%以上の窒化珪素と、(B)酸化ランタン及び水酸化ランタンの少なくとも一方と、(C)酸化アルミニウム及び窒化アルミニウムの少なくとも一方と、(D)平均粒径3μm以下の粉末であって、Ti、Zr、Hf、W、Mo、Ta、Nb、V及びCrからなる群から選択される1種以上の元素の窒化物、炭化物、珪化物及び酸化物のうちの1種以上とを、全原料に対して前記(A)及び(D)を除いた残りの重量が3〜30重量%の範囲内となるように混合して成形体を作製し、該成形体を、窒素を含む非酸化雰囲気中において1500〜1800℃の温度で焼成することを特徴とする。
【0016】
前記窒化珪素質焼結体の製造方法は、前記(A)の窒化珪素と、焼結助剤としての前記(B)及び(C)と、分散粒子としての前記(D)とを特定の重量比となるように混合して成形体を作製する。そして、その成形体を特定の雰囲気中において特定の温度範囲で焼成する。これにより、前述したような耐剥離性、耐摩耗性、転がり寿命特性、加工性に優れた安価な窒化珪素質焼結体を得ることができる。
【0017】
本発明のさらに他の態様であるベアリング用転動体は、前記窒化珪素質焼結体からなり、ベアリングに用いられることを特徴とする。
前記ベアリング用転動体は、前記窒化珪素質焼結体からなる。すなわち、前述したような転がり寿命特性や加工性に優れた窒化珪素質焼結体からなる。そのため、ベアリング用転動体は、転がり寿命特性や加工性に優れたものとなる。これにより、ベアリング用転動体の転がり疲労による剥離を防止することができる。また、ベアリング用転動体の表面粗さをより小さくし、真球度をより高めることができる。
【0018】
以上のように、本発明によれば、耐剥離性、耐摩耗性、転がり寿命特性、加工性に優れた安価な窒化珪素質焼結体及びその製造方法、並びにベアリング用転動体を提供することができる。
【0019】
なお、前記窒化珪素質焼結体において、前述のとおり、前記(a)β-窒化珪素粒子の長径における平均粒径が3μm以下であり、長径における最大粒径が30μm以下であり、かつアスペクト比が5以下である。前記(a)のβ-窒化珪素粒子の長径における平均粒径が3μmを超える場合、長径における最大粒径が30μmを超える場合、アスペクト比が5を超える場合には、β-窒化珪素粒子の粒成長を抑制し、マイクロポアの生成を抑制するという効果を十分に得ることができない。
【0020】
また、前述のとおり、前記(c)の分散粒子の平均粒径が3μm以下である。前記(c)の分散粒子の平均粒径が3μmを超える場合には、焼結時におけるβ-窒化珪素粒子の粒成長を分散粒子のピン止め効果によって抑制するという効果を十分に得ることができない。また、加工時の傷の大きさが大きくなり、加工性低下の原因となる。
【0021】
また、前記(c)の分散粒子としては、例えば、TiN、TiC、ZrN、ZrC、HfC、W5Si3、WSi2、WC、W2C、MoSi2等が挙げられる。微細な分散粒子が得られるとの理由から、Ti系化合物、W系化合物が特に好ましい。
【0022】
また、前述のとおり、マイクロポアの集合体の直径が100μm以下である。マイクロポアの集合体の直径は、20μm以下であることがより好ましい。この場合には、耐剥離性、耐摩耗性、転がり寿命特性、加工性をより一層高めることができる。マイクロポアの集合体の直径が100μmを超える場合には、耐剥離性、耐摩耗性、転がり寿命特性、加工性を十分に確保することができない。
【0023】
ここで、マイクロポアとは、焼成時に生成する結晶粒子と粒界相との隙間を意味する。また、マイクロポアの集合体の直径とは、最終的に製品の表面となる部分(特には部材と摺動する面、部材と接する面等)について測定した場合のマイクロポアの集合体の直径のことである。例えば、焼成後に所定の深さ(例えば、200〜500μm)を研磨して製品とするのであれば研磨後の表面を測定し、焼成後に研磨をしないのであれば焼成後の表面を測定する。マイクロポアの集合体の直径の測定は、例えば、表面を鏡面研磨した後、光学顕微鏡にて観察することによって行う。
【0024】
窒化珪素粒子は針状形状であるため、特に粒子のアスペクト比が大きく粒径が大きいほど、粒子が3次元的にからみあい、焼成時に隙間(マイクロポア)が多くなってしまう。マイクロポアが多くなると、偏析のようにマイクロポア集合体として存在する。マイクロポア集合体の大きさ(径)が大きくなると、加工時に傷、剥離が生じやすくなり、加工性が低下する原因となる。また、例えばベアリング用転動体等として用いた場合には、転がり疲労による剥離が生じやすくなり、転がり寿命特性が低下する原因となる。また、切削工具、摺動部材、耐摩耗部材等として用いた場合でも、寿命特性(耐剥離性、耐摩耗性)が低下する原因となる。
【0025】
前記窒化珪素質焼結体において、前記(a)のアスペクト比が3以下であることが好ましい。この場合には、β-窒化珪素粒子がより等軸状に近い形状となるため、β-窒化珪素粒子と粒界相との間におけるマイクロポアの生成をより一層抑制することができる。
【0026】
また、前記(a)の長径における平均粒径が1μm以下であることが好ましい。この場合には、β-窒化珪素粒子の粒成長を抑制し、マイクロポアの生成を抑制するという効果をより一層十分に得ることができる。
【0027】
また、前記(c)の平均粒径が1μm以下であることが好ましい。この場合には、β-窒化珪素粒子の粒成長を前記(c)の分散粒子によって抑制するという前述の効果をさらに高めることができる。
【0028】
また、前記(b)が占める面積の比率が8%以上であることが好ましい。この場合には、粒界相が一定以上存在することにより、窒化珪素粒子との隙間(マイクロポア)がより一層生成しにくくなり、窒化珪素質焼結体の耐剥離性、耐摩耗性を向上させることができる。
【0029】
前記(b)が占める面積の比率が8%未満の場合には、窒化珪素粒子との隙間(マイクロポア)が生成しやすくなり、窒化珪素質焼結体の耐剥離性、耐摩耗性が低下するおそれがある。一方、30%を超える場合には、強度を十分に確保することができないおそれがある。したがって、前記(b)が占める面積の比率が30%以下であることが好ましい。
【0030】
また、前記(b)が結晶化していないことが好ましい。この場合には、結晶化していないことにより、窒化珪素粒子との隙間(マイクロポア)がより一層生成しにくくなり、窒化珪素質焼結体の耐剥離性、耐摩耗性を向上させることができる。なお、前記(b)の粒界相が結晶化していないとは、例えば、前記(b)の粒界相がガラス相(結晶化していない相)である場合をいう。具体的には、焼結体そのもの又は焼結体を粉砕した粉末をX線回折により分析したときに、結晶相のピークが確認できない場合をいう。
【0031】
前記窒化珪素質焼結体は、密度が3g/cm3以上かつ相対密度が95%以上であることが好ましい。例えば、α率が70%以上かつ平均粒径が1μm以下の窒化珪素粉末を用い、適切な焼成条件で焼成を行うことにより、密度及び相対密度を前記特定の範囲とすることができる。焼成温度が低すぎると窒化珪素質焼結体が緻密化しないため、焼成温度を一定温度以上にする必要がある。
【0032】
また、前記窒化珪素質焼結体は、ヤング率が260〜320GPaの範囲内であることが好ましい。ヤング率が260GPaよりも小さい場合には、窒化珪素質焼結体の強度を十分に確保することができないおそれがある。一方、ヤング率が320GPaよりも大きい場合には、研削性が悪化すると共に、窒化珪素質焼結体と軌道部材との面圧が高くなるおそれがある。
【0033】
なお、ヤング率は、窒化珪素質焼結体を製造する際に用いる焼結助剤(例えば、酸化ランタン、水酸化ランタン、酸化アルミニウム、窒化アルミニウム等)の量を多くすることにより、低くすることができる。焼結助剤量は、窒化珪素質焼結体の全原料に対し、5〜30重量%の範囲が好ましい。また、ヤング率は、窒化珪素質焼結体を製造する際の混合粉砕条件や焼結条件にも依存する。
【0034】
また、前記窒化珪素質焼結体は、3点曲げ強度が700MPa以上であることが好ましい。焼成条件を、焼結助剤の組成及び量に合わせた適切な焼成条件とすることにより、曲げ強度を前記特定の範囲内にすることができる。焼成温度が高すぎると、含有する結晶粒子が粒成長するため、強度が低くなってしまう。そのため、焼成温度を一定温度以下にする必要がある。
【0035】
また、前記窒化珪素質焼結体は、破壊靱性が4.5MPa√m以上であることが好ましい。本来ならば、破壊靱性が高いほうがより好ましいが、破壊靱性をより高くするためには、La以外の希土類元素を用いる等の方法で窒化珪素粒子を粒成長させて、アスペクト比を高める必要がある。その場合、マイクロポアの集合体が大きくなってしまうおそれがある。そのため、破壊靱性はある一定以上の水準であればよい。
【0036】
前記窒化珪素質焼結体の製造方法において、前記(A)窒化珪素は、α率が70%以上であり、好ましくは90%以上である。α率が70%未満の場合には、緻密化しにくくなり、強度が低下するおそれがある。ここで、「α率」とは、窒化珪素全体に対するα-窒化珪素の割合である。
【0037】
また、前記(A)窒化珪素としては、平均粒径が1μm以下の粉末が好ましい。平均粒径が1μmを超える場合には、緻密化しにくくなり、強度が低下するおそれがある。さらには、マイクロポア集合体も大きくなるおそれがある。
【0038】
また、全原料に対する前記(A)窒化珪素の重量比は、70〜95重量%の範囲が好ましい。この範囲内であることにより、窒化珪素質焼結体が奏する前述の効果が一層顕著になる。なお、α-窒化珪素は、焼成の際に大部分がβ-窒化珪素に変化する。このとき、完全にβ-窒化珪素に変化してもよいし、α-窒化珪素が一部残ってもよい。また、粒界相中のAl成分の一部がβ-窒化珪素へ固溶してもよい。
【0039】
前記(B)の酸化ランタン、水酸化ランタン、前記(C)の酸化アルミニウム、窒化アルミニウムは、焼結助剤として機能する。全原料に対する前記(B)の重量比は、2〜20重量%の範囲が好ましい。この範囲内であることにより、窒化珪素質焼結体が奏する前述の効果が一層顕著になる。2重量%未満の場合は、緻密化を十分に図ることができないおそれがあり、また強度も十分に確保することができないおそれがある。一方、20重量%を超える場合には、粒界相が過量となり、強度が低下するおそれがある。
【0040】
全原料に対する上記(C)の重量比は、1〜20重量%の範囲が好ましい。この範囲内であることにより、窒化珪素質焼結体が奏する前述の効果が一層顕著になる。1重量%未満の場合は、緻密化を十分に図ることができないおそれがあり、また強度も十分に確保することができないおそれがある。一方、20重量%を超える場合には、粒界相が過量となり、強度が低下するおそれがある。
【0041】
前記(D)平均粒径3μm以下の粉末であって、Ti、Zr、Hf、W、Mo、Ta、Nb、V及びCrからなる群から選択される1種以上の元素の窒化物、炭化物、珪化物及び酸化物のうちの1種以上は、焼結性向上、高強度化、マイクロポア抑制、色むら防止の効果を奏する。全原料に対する前記(D)の重量比は、5重量%以下の範囲が好ましく、3重量%以下の範囲がさらに好ましい。この範囲内であることにより、窒化珪素質焼結体が奏する前述の効果が一層顕著になる。
【0042】
前記窒化珪素質焼結体の製造方法において、前記成形体は、例えば、金型成形、鋳込み成形、ラバー成形、射出成形、押出し成形、シート成形等の方法を用いて作製することができる。
【0043】
前記焼成体の焼成は、例えば、常圧焼成、ガス圧焼成、熱間静水圧プレス(HIP)焼成、ホットプレス焼成等により行うことができる。安価な焼成方法として常圧焼成が好ましいが、常圧焼成で焼成した後に10MPa以下の圧力でガス圧焼成してもよい。特に10MPa以下の圧力でのガス圧焼成であれば、10MPa以上のHIP焼成よりも処理量が増加するため、HIP焼成より安価になることから有用である。焼成温度は、1500〜1800℃とすることができる。
【0044】
前記ベアリング用転動体は、例えば、ベアリングの内輪と外輪との間に位置する球状、円筒状等の転動体である。
【発明を実施するための形態】
【0045】
以下、本発明を実施するための形態について説明する。
(実施例)
本例は、様々な条件で窒化珪素質焼結体を作製し、これを各種評価したものである。以下に、窒化珪素質焼結体の作製方法及び評価方法を説明する。
【0046】
<窒化珪素質焼結体の作製>
以下の(A)〜(D)を、表1に示す配合比に従って配合し、ボールミル等で粉砕混合して、混合粉末を作製した。ここでは、試料1〜試料22の22種類の混合粉末を作製した。
(A)α率が92%、平均粒径が0.7μmの窒化珪素の粉末(表1では「Si34」と表示)
(B)水酸化ランタン又は酸化イットリウム(表1では「希土類」と表示)
(C)酸化アルミニウム(表1では「Al23」と表示)
(D)WO3、WSi2、TiO2のうちのいずれか(表1では「その他」と表示)
【0047】
【表1】
【0048】
表1において、(A)〜(D)の単位は重量%(Wt%)である。また、「希土類」である(B)の種類は、試料19が平均粒径1μm以下のY23、それ以外が平均粒径1μm以下のLa(OH)3である。また、「その他」である(D)の種類は、試料1〜試料15、試料22が平均粒径1μm以下のWO3であり、試料17、試料20、試料21が平均粒径1μm以下のWSi2であり、試料18が平均粒径1μm以下のTiO2であり、試料16、試料19が「なし」である。また、(B)及び(C)は、焼結助剤である。また、表中の「希土類酸化物/Al23」は、酸化物換算した場合のAl23に対する希土類酸化物の重量比率である。
【0049】
次に、試料1〜試料22のそれぞれについて、30MPaの成形圧力でプレス成形した後、150MPaの静水圧力(CIP)で成形し、球状の成形体を作製した。そして、表1に示す焼成条件(温度、時間、気圧)で成形体を焼成し、Φ10mmの窒化珪素質焼結体を作製した。なお、成形体の焼成は、窒素を含む非酸化性雰囲気中で行った。また、成形体の焼成は、1次焼成と2次焼成とを順次行った。
【0050】
<窒化珪素質焼結体の評価>
まず、試料1〜試料22の窒化珪素質焼結体について、結晶相の同定をX線回折法により行った。その分析の結果、(a)β−窒化珪素の結晶(試料1〜試料22)と、(c)W5Si3及びW2C(試料1〜試料15、試料22の場合)、WSi2(試料17、試料20、試料21の場合)、TiN(試料18の場合)の結晶相のピークが認められた。
【0051】
次に、試料1〜試料22の窒化珪素質焼結体について、密度、相対密度、ヤング率、3点曲げ強度(表2では「強度」と表示)、破壊靱性を評価した。また、β-窒化珪素の長径における平均粒径(表2では「Si34平均粒径」と表示)、アスペクト比(表2では「Si34アスペクト比」と表示)、長径における最大粒径(表2では「Si34最大粒径」と表示)、(c)の平均粒径(表2では「分散粒子平均粒径」と表示)を評価した。その結果を表2に示す。
【0052】
ここで、窒化珪素質焼結体の密度は、アルキメデス法により測定した。また、相対密度は、測定した密度を相対密度に換算して求めた。また、ヤング率は、JIS−R1602に準拠して、超音波パルス法により測定した。また、3点曲げ強度は、JIS−R1601に準拠して、3×4×40mmの試験片を用い、30mmスパンにて測定した。また、破壊靱性は、ASTM F2094−06に準拠して、ビッカース圧子を用い、圧入荷重20kgf、保持時間30秒の条件で測定を行い、新原の式を用いて計算した。
【0053】
また、β-窒化珪素の長径における平均粒径及び最大粒径は、窒化珪素質焼結体の表面を250μm研削し、鏡面研磨を行った試料表面をSEM(走査型電子顕微鏡)にて観察し、β-窒化珪素の結晶粒子の長径を100個測定し、その平均値及び最大値をとることで算出した。また、β-窒化珪素のアスペクト比は、同様にβ-窒化珪素の結晶粒子100個の長径及び短径を測定して各粒子のアスペクト比を導き出し、その平均値をとることで算出した。また、(c)の平均粒径は、窒化珪素質焼結体をTEM(透過型電子顕微鏡)又はSEMにて観察し、(c)の粒子を30個測定し、その平均値をとることで算出した。
【0054】
次に、試料1〜試料22の窒化珪素質焼結体について、その窒化珪素質焼結体の表面を250μm研削し、鏡面研磨を行った試料表面において、マイクロポア集合体の直径、粒界相が占める面積の比率(表2では「粒界相の比率」と表示)、X線回折による粒界相の同定、加工性、転がり寿命を評価した。その結果を表3に示す。
【0055】
ここで、マイクロポア集合体は、鏡面研磨を行った試料表面を光学顕微鏡にて観察すると、倍率20倍〜300倍で白い樹状模様として観察される。この白い樹状模様は、SEM又はTEMにおいては粒界の隙間(欠落)として観察される。このマイクロポア集合体の直径を30個測定し、その平均値をとることで、マイクロポア集合体の直径を算出した。
【0056】
また、粒界相が占める面積の比率は、鏡面研磨を行った試料表面をプラズマエッチング装置によって処理した後、SEMによって観察し、全体の面積に対する粒界相が占める面積の割合を算出した。また、粒界相は、X線回折によりガラス相(結晶相ピークが無い)か結晶相(結晶相ピークが有る)かを確認した。
【0057】
また、加工性は、窒化珪素質焼結体の表面を250μm研削し、最後に定盤砥石(番手:#20000)を用いて湿式精密機械研磨し、得られた窒化珪素質焼結体の表面粗さRaを測定した。そして、加工性の評価は、表面粗さRaが0.02μm未満である場合を「○」、表面粗さRaが0.02μm以上の場合を「×」とした。
【0058】
また、転がり寿命は、ボールとしての転がり疲労寿命をスラスト型試験で評価した。具体的には、窒化珪素質焼結体をスラスト試験用平板形状に鏡面研磨加工し、その上に保持器と軸受用の玉3個(軸受鋼SUJ2製、直径9.525mm)とを組み合わせ、油中で1000rpm、500kgfの条件で評価を行った。そして、転がり寿命の評価は、1000時間以上で剥離が無い場合には「◎」、300時間以上1000時間未満で剥離が無い場合には「○」、50時間以上300時間未満で剥離が見られた場合には「△」、50時間未満で剥離が見られた場合には「×」とした。
【0059】
【表2】
【0060】
【表3】
【0061】
表2及び表3の評価結果からわかるように、試料2〜試料6、試料8〜試料13、試料15、試料17、試料18は、加工性の評価が「○」、転がり寿命の評価が「○」か「◎」であり、加工性、転がり寿命特性において優れていた。特に、試料8〜試料12、試料17、試料18は、マイクロポア集合体の直径が20μm以下又はマイクロポア集合体が「なし」であったため、転がり寿命の評価が「◎」であった。ここで、表3において、マイクロポア集合体が「なし」とは、光学顕微鏡で観察した場合にマイクロポア集合体を確認できない(確認できないほどマイクロポア集合体が小さい)ことを示す。
【0062】
また、試料1は、加工性の評価が「○」であったが、粒界相の比率が6%であったため(粒界相の比率が8%以上という条件を満たしていないため)、転がり寿命が「△」となった。また、試料22は、加工性の評価が「○」であったが、粒界相に結晶相ピークが確認されたため(粒界相が結晶化していないという条件を満たしていないため)、転がり寿命が「△」となった。どちらの試料も転がり寿命が「△」であるが、転がり寿命特性を十分に有している。
【0063】
一方、試料7は、希土類酸化物/Al23が0.3未満である。そのため、マイクロポア集合体の直径が100μmを超え、加工性や転がり寿命の評価も「×」であった。
また、試料14は、希土類酸化物/Al23が4を超えている。そのため、強度や破壊靱性が低い値となり、加工性や転がり寿命の評価も「×」であった。
【0064】
また、試料16は、分散粒子である(c)を添加していない。そのため、マイクロポア集合体の直径が100μmを超え、加工性や転がり寿命の評価も「×」であった。
また、試料19は、粒界相にLaが含まれていない。つまり、焼結助剤としての希土類としてLaではなくYを用いている。また、分散粒子である(c)を添加していない。そのため、Si34平均粒径が3μmを超え、Si34アスペクト比が5を超え、Si34最大粒径が30μmを超え、マイクロポア集合体の直径が100μmを超えた。そして、加工性や転がり寿命の評価も「×」であった。
【0065】
また、試料20は、分散粒子平均粒径が3μmを超えている。そのため、マイクロポア集合体の直径が100μmを超え、加工性や転がり寿命の評価も「×」であった。
また、試料21は、焼結温度が1800℃以上である。そのため、Si34平均粒径が3μmを超え、Si34アスペクト比が5を超え、Si34最大粒径が30μmを超え、マイクロポア集合体の直径が100μmを超えた。そして、加工性や転がり寿命の評価も「×」であった。
【0066】
なお、本発明は、前記実施形態になんら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々の態様で実施しうることはいうまでもない。