(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5989777
(24)【登録日】2016年8月19日
(45)【発行日】2016年9月7日
(54)【発明の名称】ポリスルフィド蒸煮液を用いたクラフト蒸煮法
(51)【国際特許分類】
D21C 3/00 20060101AFI20160825BHJP
D21C 3/02 20060101ALI20160825BHJP
D21C 3/22 20060101ALI20160825BHJP
【FI】
D21C3/00 Z
D21C3/02
D21C3/22
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2014-528324(P2014-528324)
(86)(22)【出願日】2011年8月30日
(65)【公表番号】特表2014-525519(P2014-525519A)
(43)【公表日】2014年9月29日
(86)【国際出願番号】SE2011051038
(87)【国際公開番号】WO2013032377
(87)【国際公開日】20130307
【審査請求日】2014年5月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】514052704
【氏名又は名称】ヴァルメト アクチボラグ
(74)【代理人】
【識別番号】100064388
【弁理士】
【氏名又は名称】浜野 孝雄
(72)【発明者】
【氏名】リンドストローム,ミカエル
(72)【発明者】
【氏名】ウィルゴットソン,フレドリック
【審査官】
細井 龍史
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2010/137535(WO,A1)
【文献】
米国特許第07828930(US,B1)
【文献】
特公昭54−002282(JP,B1)
【文献】
特表平10−506687(JP,A)
【文献】
特開平05−148782(JP,A)
【文献】
特開2000−336587(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D21C 1/00−11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリスルフィド蒸煮液を用いたリグニン含有のセルロース材からの高いパルプ収率でのクラフトパルプの製造方法であって、
前記リグニン含有のセルロース材を50ないし100℃の範囲の温度に加熱し、続いて、ポリスルフィド蒸煮液を第一の含浸段階に加え、次に、蒸煮段階により40未満のカッパー価を有するクラフトパルプを得る方法において、
前記含浸段階を、2.0ないし3.2の範囲の蒸煮液/セルロース材比のポリスルフィド蒸煮液を用いて、前記ポリスルフィド蒸煮液を添加したときに60g/Lを超える高アルカリ濃度にて、低温にて、且つ、前記ポリスルフィド蒸煮液を加えたときに3g/Lを超えるか、又は0.09mol/Lを超える高ポリスルフィド濃度にて、行うこと、並びに、
前記含浸段階の2ないし20の範囲の、好ましくは2ないし10の範囲のHファクター(H−factor)を生ずる保持時間中、前記温度が80ないし120℃であり、
40未満の意図したカッパー価に対して前記蒸煮段階の完了に必要な蒸煮液の全供給量の90%を超える量を、前記第一の含浸段階に供給し、そして、セルロース材1トン当り、軟材については少なくとも175kgの有効アルカリ量(NaOHとしてのEA)及び硬材について160kgの有効アルカリ量を供給し、
温度を蒸煮温度に上げたときに前記第一の含浸段階の終結におけるアルカリ濃度よりも低いアルカリ濃度を有する追加の蒸煮液を加えることによって、少なくとも8g/Lだけ前記アルカリ濃度を低下させる方法であって、前記追加の蒸煮液はその一部に黒液を含有する、
ことを特徴とする、前記製造方法。
【請求項2】
前記第一の含浸段階に黒液を添加しない、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記第一の含浸段階に加えるポリスルフィド蒸煮液は、100g/Lを超えるアルカリ濃度及び4g/Lを超えるポリスルフィド濃度を有する、請求項2に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の分野
本発明は、ポリスルフィド蒸煮液を用いた、リグニン含有のセルロース材からの高いパルプ収率でのクラフトパルプの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
連続蒸解器における1960年代から1970年代に実施された従来のクラフト蒸煮においては、蒸解器の頂部に白液の全量が供給されていた。高い蒸煮温度で成立する高アルカリ濃度がパルプ粘度にとって悪影響であることが、やがて明らかとなった。
【0003】
それ故、蒸煮の開始における悪影響のある高アルカリ濃度ピークを低減させ、そしてそれによって、MCC、EMCC、ITC及びLo−Solids蒸煮のような蒸煮方法において行われる蒸煮中にアルカリ供給量を分割するための蒸煮方法が、開発された。
【0004】
木材の酸性度を中和するために、且つチップをスルフィドで含浸するために、黒液中の残存アルカリが用いられる、蒸煮段階の前に黒液含浸を用いる他の蒸煮方法が行われた。メトソ(Metso)により売り込まれている一つのそのような蒸煮方法が、比較的高い残存アルカリ濃度を有する黒液が、蒸煮の初期局面から引き出され、且つ前の含浸段階に供給される、コンパクト蒸煮(Compact Cooking)である。
【0005】
蒸煮プロセス、即ち、含浸を包含するプロセスの間中のアルカリ消費の一つの局面は、アルカリ消費の大部分が木材酸性度の初期中和に依存しており、そして全アルカリ消費のほぼ50ないし75%が当該中和プロセス中に生じている、ということである。それ故、当該初期中和に供給されるよう、多量のアルカリが必要とされる。このことが、従来の蒸煮における蒸解器の頂部に供給された場合に高アルカリ濃度がパルプ粘度に悪影響を及ぼすことが見出されるため、厄介な問題を成立させている。高アルカリ消費及び蒸解器の頂部のアルカリ濃度を低減させる必要性に見合った一つの解決策が、多量のアルカリ処理液、好ましくは残存アルカリ内容物を有するが、低アルカリ濃度を有する黒液であって、木材1kg当り比較的多量の全アルカリであるが、依然として低アルカリ濃度の存在中に生じる、黒液を供給することであった。
【0006】
特許文献1(=欧州特許第1458927号明細書)において、メトソは、黒液処理前にポリスルフィド蒸煮液を用いた前処理段階を開示した。当該プロセスにおいては、当該前処理段階後であって、且つ黒液処理の開始前に、ポリスルフィド処理液が除かれた。当該ポリスルフィド処理段階はまた、好ましくは、2ないし10分間の処理時間で短く保持された。
【0007】
最近登録された特許文献2において、ポリスルフィド液、即ちオレンジ液(orange liquor)の形態にある蒸煮液の100%が、蒸解器の頂部、つまり含浸段階の開始に供給される、クラフト蒸煮プロセスの例が示されている。それにはまた、ポリスルフィド処理段階の開始において、60℃から120℃まで温度が上げられる。しかしながら、実施例1に示されるように、液と木材との比がおよそ3.5であることが、適量の水を添加することによる蒸解器の頂部において、確立する。この、液/木材比が、確固たるプロセスに必要な連続蒸煮における標準的な液/木材比として、しばしば認識されている。当該提案に従うと、比較的高アルカリ濃度の残存ポリスルフィド処理液の一部が除かれ、そして蒸煮段階の開始における比較的低アルカリ濃度の蒸煮液で置き換え、そして当該除かれた残存ポリスルフィド処理液が、蒸煮の後期の段階で添加される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】米国特許第7270725号明細書
【特許文献2】米国特許第7828930号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そのため、蒸煮の開始における両方のアルカリ濃度が低下し、且つ、炭水化物を安定化させるポリスルフィド蒸煮液のとりわけ添加を用いるために当該蒸煮プロセスからの高収率が求められる、蒸煮方法の継続的な開発がされてきた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の概要
本発明は、一般的に用いられるよりもずっと低い液/木材比を用いて、蒸煮前の比較的長い保持時間での低温前処理段階において、ポリスルフィドの濃度が高く維持されるべきである、という驚くべき発見に基づいている。およそ3.5である従来の液/木材比の代わりに、およそ2.9の液/木材比を用いた場合に、及び全ての他の条件を同様にした場合に、炭水化物の安定化効果、ポリスルフィド添加のための主要目的が劇的に改良されることが示される。この低い液/木材比の比例しない効果は、ポリスルフィド蒸煮液を用いた蒸煮収率の改良のための多数の提案にもかかわらず、それ以前に開示も実現もされていなかった。
【0011】
本発明の一の目的は、ポリスルフィド蒸煮液を用いたリグニン含有のセルロース材からの高いパルプ収率でのクラフトパルプの製造のための改良された方法であって、前記リグニン含有のセルロース材を50ないし100℃の範囲の温度に加熱し、続いて、ポリスルフィド蒸煮液を、第一の含浸段階に加え、次に、蒸煮段階により40未満のカッパー価を有するクラフトパルプを得る方法において、前記含浸段階を、2.0ないし3.2の範囲の蒸煮液/木材比のポリスルフィド蒸煮液を用いて、高アルカリ濃度、低温及び高ポリスルフィド濃度にて行い、そして前記温度は、前記含浸段階の2ないし20の範囲の、そして好ましくは2ないし10の範囲の
H−ファクター(
H−Factor)を生ずる保持時間中、80ないし120℃である、製造方法を提供することである。この低い
H−ファクターは、第一の含浸段階において、蒸煮又は脱リグニン効果が得られず、そしてそれ故、高アルカリ濃度のより高温の蒸煮段階において見られるようなパルプ粘度の低下が無いことを示す。
【0012】
本方法の一の好ましい態様に従うと、ポリスルフィド蒸煮液を添加したときの含浸段階中の有効アルカリ濃度は、60g/Lを超える。
【0013】
本方法の他の好ましい態様に従うと、ポリスルフィド蒸煮液を添加したときの含浸段階中のポリスルフィド濃度は、3g/Lを超えるか、又は0.09mol/Lを超える。
【0014】
本方法のさらなる態様に従うと、40未満の意図したカッパー価に対して蒸煮段階の完了に必要な蒸煮液の全供給量の90%を超える量を、前記第一の含浸段階に供給し、そして、チップ1トン当り、軟材については少なくとも175kgのアルカリ(NaOHとしてのEA)及び硬材についてチップ1トン当り160kgのアルカリが供給される。
【0015】
本方法のさらに他の態様に従うと、アルカリ濃度は、温度を蒸煮温度に上げたときに第一の含浸段階の終結におけるアルカリ濃度よりも低いアルカリ濃度を有する追加の蒸煮液を加えることによって、少なくとも8g/Lだけ低下し、前記蒸煮液はその一部に黒液を含有する。
【0016】
本方法の最も好ましい態様においては、第一の含浸段階に黒液が添加されない。
【0017】
本発明の方法を用いる場合、好ましくは、第一の含浸段階に添加される白液は、100g/Lを超えるアルカリ濃度及び4g/Lを超えるポリスルフィド濃度を有する。
【0018】
本方法において用いられるリグニン含有のセルロース材は、適切には、軟材、硬材、又は一年生植物である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】
図1は、本発明の方法を実施し得る概略的な蒸煮システムを示す。
【
図2】
図2は、本発明の方法により確立されたアルカリプロファイルの例である。
【
図3】
図3は、ポリスルフィド濃度を0.15mol/Lよりも高く上げた場合の収率増加の劇的な効果を示す。
【
図4】
図4は、含浸段階中の液/木材比の関数としての炭水化物の相対的安定化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の詳細な記載
図1においては、第一の水圧含浸容器B及び第二の蒸気/液相蒸解器Cを有する2容器クラフト蒸煮システムであって、本発明の方法が実施され得るシステムが示されている。この型のシステムにおいては、初めに、リグニン含有のセルロース材Chが容器Aに供給され、そこで、蒸気Stの添加によってセルロース材が50℃ないし100℃の範囲の温度に加熱される。リグニン含有のセルロース材は、好ましくは、ウッドチップであり得る。その後、容器Aのより低部から、加熱されたチップが、高圧水路フィーダー(sluice feeder)SFの上に位置する落とし樋Cの処理液中に懸濁される。ここで、処理液は、好ましくは、ポリスルフィド蒸煮液WLのみであり、且つ、好ましくは、ここで供給される蒸煮プロセスに必要とされる蒸煮液の全供給量である。
【0021】
処理液中に懸濁されたチップは、水路フィーダーに供給され、そしてその代わり、液が水路フィーダーの底部出口から排出され、そして低圧循環中に落とし樋に戻る。水路フィーダー中のチップは、容器Bからの戻り流により加圧され、そして容器Bの頂部の頂部セパレータTSに排出される。
【0022】
こうして、第一の含浸段階が容器B中で、且つ好ましくは、ポリスルフィド蒸煮液、並びに、木材水分、蒸気凝縮物のようなできるだけ少量のさらなる液体と共にのみ、並びにとりわけ、黒液も、他の水分も、濾過物も無く、行われる。結果として、確立された液/木材比は2.0ないし3.2の範囲にあるべきであり、且つ、温度は80℃ないし120℃の範囲にあるべきである。
【0023】
含浸段階の2ないし20の範囲のHファクター(H−factor)を生ずる保持時間を有するべきである、容器B中での十分な保持時間後、含浸されたチップは、残存する処理液と一緒に、蒸気/液相蒸解器Cに供給される。ここに、容器Cの頂部の頂部セパレータTSから引き出された処理液を用いた、容器Bの底部の希釈による慣用の移送システムが示される。現時点で、セルロース材の種類に応じ、140℃ないし170℃の範囲の完全な蒸煮温度までチップ懸濁液が加熱され、そして現時点でアルカリ濃度を低下させるための追加の液が添加される。この態様において、黒液を引き出し、そして当該黒液の一部を回収RECに送る遮蔽部から得られた黒液の添加が示されている。それ故、パルプ粘度への悪影響が、黒液による希釈によっては生じない。この態様において、第一の遮蔽部の上の第一の蒸煮ゾーン及び蒸解器の底部の最終遮蔽部の上の第二の蒸煮ゾーンの、2つの同時蒸煮ゾーンを有する蒸解器Cが示される。慣用の手法において、最終の向流洗浄ゾーンが、洗浄水/Washの添加によって蒸解器の底部で実行される。40未満のカッパー価を有する最終パルプが、流れPu中に底部から排出される。
【0024】
図2において、含浸容器中のおよそ110kg/BDT、容器C中の第一の蒸煮ゾーン中の45kg/BDT及び容器C中の最終蒸煮ゾーン中の15kg/BDTのアルカリ消費とともに、
図1に開示されるようなシステムで確立され得るアルカリ濃度プロファイルが開示されている。第一の含浸容器Bの頂部において、およそ67g/Lのアルカリ濃度が確立され、そして、当該アルカリ濃度が容器Bの底部においておよそ32g/Lに低下され、そこでは、底部に添加される戻り流によって希釈が行われる。蒸解器Cの頂部における黒液を用いた希釈との組み合わせによって、蒸解器の頂部における蒸煮は、およそ22g/Lのアルカリ濃度で開始する。しかしながら、およそ6.5の液/木材比までの希釈によっても、十分なアルカリ全量が存在する。蒸煮中、アルカリ濃度は、最初に、第一の引出し遮蔽部においておよそ16g/Lの濃度に均一に低下し、そして最終的に、最終引出し遮蔽部においておよそ8g/Lまで低下する。およそ16g/Lの濃度の引き出された黒液の一部は、容器Cの頂部に再循環されることが留意される。このアルカリプロファイルによって、高アルカリ濃度で、低温で及び高ポリスルフィド濃度で第一の含浸段階において使用されるため、ポリスルフィドの改良された使用法が得られる。
【0025】
図3においては、およそ1%リグニンが、いまだパルプ中に存在する場合の、ポリスルフィド濃度の関数としての改良された炭水化物収率を開示している。ここには、ポリスルフィド濃度を0.15mol/Lよりも高く上げた場合の収率の劇的な増加が示されている。当該濃度が0ないし0.15mol/Lの間で増加した場合に、おおむね、直線的に収率が増加している。この初期の範囲においては、およそ45%からおよそ46.2%まで収率が増加している。しかしながら、当該濃度が0.2mol/Lに到達すると、収率はおよそ48.3%に増加する。
【実施例】
【0026】
実施例
およそ117g/Lのアルカリ濃度及びおよそ6g/Lのポリスルフィド濃度を有する白液を用いて、
図1に示すとおりのシステムをシミュレートする一連の試験を行った。第一の含浸段階への流れの供給は、流れの部a〜eを用いた試験♯1ないし7にある。液/木材比における結果は、L/W列において示した。確立したそれぞれの濃度をf列ないしj列に示した。
【0027】
S
nS
2− 種々の数のポリスルフィドイオンの存在にもかかわらず、各々のポリスルフィドイオンは、1個の原子“硫化物硫黄”、即ち、通常の酸化状態S(−II)にある硫黄、及びポリスルフィド“過剰硫黄”、即ち、通常の酸化状態S(0)にある硫黄のn個の原子からなると考えられ得る。
[S(−II)]=[HS
−]+Σ[S
nS
2−]
[S(0)]=Σn[S
nS
2−]
最終的に、Xs係数は、式:
Xs=[S(0)]/[S(−II)]
を用いて算出され、且つ、炭水化物安定度は、式
*
Log[S(0)]+1.7log[OH
−]−1.6log(1/Xs−1/4)
を用いて算出される。
(
*Teder,A.(1965):Svensk Papperstidn.68:23,825を参照のこと。)
【0028】
【表1】
【0029】
図4において、含浸中の液/木材比の関数としての上記実施例からの相対的な炭水化物安定度を開示している。試験♯3は、対照として、即ち100%として用いた。相対的な炭水化物安定度は、含浸中の液/木材比が5.2から3.7に低下すると、おおむね直線的に向上した。しかしながら、液/木材比が低下し、そしてさらに3.2未満になると、劇的に改良された。液/木材比が5.2から3.7に低下すると、相対的な炭水化物安定度はおよそ19からおよそ68に向上した一方で、それぞれ3.2、2.9及び2.6の液/木材比においては、驚くべきことに、100、そしてさらに、およそ134及び220まで向上した。