特許第5991680号(P5991680)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5991680オキシフルオロライト系正極活物質の製造方法およびオキシフルオロライト系正極活物質
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5991680
(24)【登録日】2016年8月26日
(45)【発行日】2016年9月14日
(54)【発明の名称】オキシフルオロライト系正極活物質の製造方法およびオキシフルオロライト系正極活物質
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/48 20100101AFI20160901BHJP
   H01M 4/58 20100101ALI20160901BHJP
   H01M 4/36 20060101ALI20160901BHJP
【FI】
   H01M4/48
   H01M4/58
   H01M4/36 E
【請求項の数】7
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-521648(P2013-521648)
(86)(22)【出願日】2012年6月22日
(86)【国際出願番号】JP2012066071
(87)【国際公開番号】WO2012176907
(87)【国際公開日】20121227
【審査請求日】2015年4月17日
(31)【優先権主張番号】特願2011-138850(P2011-138850)
(32)【優先日】2011年6月22日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、革新型蓄電池先端科学基礎研究事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099634
【弁理士】
【氏名又は名称】平井 安雄
(74)【代理人】
【識別番号】100087675
【弁理士】
【氏名又は名称】筒井 知
(72)【発明者】
【氏名】岡田 重人
(72)【発明者】
【氏名】喜多條 鮎子
(72)【発明者】
【氏名】小松 秀行
(72)【発明者】
【氏名】イリーナ ディ ゴチェヴァ
(72)【発明者】
【氏名】智原 久仁子
(72)【発明者】
【氏名】山木 準一
【審査官】 神野 将志
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2009/143324(WO,A1)
【文献】 N. PEREIRA et al.,Journal of The Electochemical Society,2009年,156(6),pp.A407-A416
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/48 、4/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
FeOFを主成分とする正極活物質の製造方法であって、酸化鉄Feとフッ化鉄FeFとを共に固体状態で混合し、不活性ガス雰囲気下で溶融急冷する工程を含むことを特徴とする正極活物質の製造方法。
【請求項2】
高周波誘導加熱と単ロール急冷を用いて溶融急冷を行い、酸化鉄Feに対するフッ化鉄FeFのモル比を1以上10以下とすることを特徴とする請求項1に記載の正極活物質の製造方法。
【請求項3】
FeOFが50%(重量比)以上99%(重量比)以下であり、残部がフッ化鉄FeFのみから成る、FeOFを主成分とすることを特徴とする正極活物質。
【請求項4】
FeOFが50%(重量比)以上であり、残部がフッ化鉄FeFおよび/または酸化鉄Feから成り、前記FeOFが格子定数c=3.09〜3.14Åのルチル型正方晶系構造であり、FeOFを主成分とすることを特徴とする正極活物質。
【請求項5】
FeOFが50%(重量比)以上であり、残部がフッ化鉄FeFのみからなる、FeOFを主成分とすることを特徴とする請求項4に記載の正極活物質。
【請求項6】
CuKα線を用いるX線回折測定において、FeOFの(110)面の(101)面に対する回折ピークの強度比が2.6以上であることを特徴とする請求項3に記載の正極活物質。
【請求項7】
CuKα線を用いるX線回折測定において、FeOFの(110)面の(101)面に対する回折ピークの強度比が2.6以上であることを特徴とする請求項4に記載の正極活物質。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非水電解質二次電池の技術分野に属し、特に、非水電解質二次電池用の正極活物質を低コストで効率よく製造する新規な製造方法および新規な正極活物質に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電気自動車用搭載電源やスマートグリッド等への応用を目指して、大容量且つ経済的な大型のリチウムイオン二次電池の開発が求められている。このような中、高い電圧とエネルギー密度を同時に達成できる二次電池として、非水電解液(電解質を有機溶媒等の非水溶媒に溶かした電解液)を用いる非水電解質二次電池が盛んに研究されている。
【0003】
非水電解質二次電池の正極としてはフッ化物または酸化物から成る正極活物質が広く使用されている。例えば、鉄をベースにした低コストで安全性の高いFeF(非特許文献1参照)やFe(非特許文献2参照)が、リチウムイオン二次電池用の正極活物質として提案されている。
【0004】
FeFはリチウム負極に対して約1.7Vという高い平均放電電圧を有し、3電子反応で712mAh/gの理論容量(理論エネルギー密度1210mWh/g)を示すのに対し、Feは平均放電電圧こそ1Vどまりであるが、6電子反応で理論容量は1007mAh/g(理論エネルギー密度1006mWh/g)もの値を示す。これらFeFおよびFeに対して、FeOFは、平均放電電圧約1.4V、理論容量は3電子反応で885mAh/gというこれらの中間の値であるが、平均放電電圧と理論容量の積算値、すなわち電池として利用可能なエネルギー密度はこれらのうちで最も高い1239mWh/gとなる。そのため、これらの有意な特徴を併せ持つ興味深い正極活物質として、フッ素元素と酸素元素を共に含有するオキシフルオロライト系の鉄化合物であるFeOFから成る正極活物質が注目されている。
【0005】
オキシフルオロライト系の鉄化合物から成る正極活物質としては、リチウム元素を含有するものが開示されている(特許文献1参照)が、FeOFを正極活物質とする例は少ない。特に、FeOFをその構成元素を含む化合物から従来より一般的に用いられているような固相焼成で合成すると、加熱炉およびFeOF自体への損傷を招いてしまうため、FeOFを固相焼成で合成するという報告例はこれまでのところ見当たらない。さらに、非水電解質二次電池に用いられ、充放電特性に優れたFeOFを主成分とする正極活物質は見当たらない。正極活物質としてのFeOFを得るための固相焼成に代替する方法として、例えば、FeOClの塩素元素をフッ素元素に置換するイオン交換法(非特許文献3参照)や、酸素雰囲気下でのケイ素含有化合物(FeSiF・6HO)の熱分解を用いる熱分解法(非特許文献4参照)が提案されている。この他に、単にFeOFを得るために高温高圧下でFeOFの単結晶を得る方法(非特許文献5参照)が見出される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009?64707号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】F.Badway, F.Cosandey, N.Pereira, G.G.Amatucci, Journal of The Electrochemical Society, 150(10) A1318-A1327(2003).
【非特許文献2】Hao Liu, Guoxiu Wang, Jinsoo Park, Jiazhao Wang, Huakun Liu, and Chao Zhang, Electrochimica Acta 54,(2009) 1733-1736.
【非特許文献3】Nadir Recham, Lydia Laffont-Dantras, Michel Armand & Jean-Marie Tarascon, ECS Meeting Abstracts 802, 594 (2008).
【非特許文献4】N.Pereira, F.Badway, M.Wartelsky, S.Gunn, G.G.Amatucci, Journal of The Electrochemical Society, 156(6) A407-A416(2009).
【非特許文献5】Marcus Vlasse, Jean Claude Massies, Gerard Demazeau, Journal of Solid State Chemistry, 2(8) 109-113(1973).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、イオン交換法(非特許文献3)を用いて正極活物質としてのFeOFを製造する場合には、合成時間に10時間以上という長時間を要することから製造コストが高くなるという課題がある。さらに、得られる合成物については、原料であるLiFeOClが不純物として残留してしまい、歪んだルチル相のFeOF(a≒b≒4.65Å、c=3.046Å)が生成されてしまう。このような不純物の残留により電極としての性能が低下し、電気化学特性も約2.5Vの電圧値(対Li:Li)においてFeOFの理論容量の高々80%に止まっている。
【0009】
また、熱分解法(非特許文献4)を用いて正極活物質としてのFeOFを製造する場合にも、合成時間に10時間以上という長時間を要することから製造コストが高くなるという課題がある。さらに、得られる合成物については、酸素元素とフッ素元素の配合比率がまばらなオキシフルオロライト(FeO2?x)(0<x<1)が生成され、純粋なFeOFを製造できるまでには至っていない。また、原料であるFeSiFが不純物として合成物に残留してしまい、電極としての性能が低下してしまう。例えば、非特許文献4のFigure6に示されるサイクル数に対する放充電容量の実験結果(対金属Li;1.5?4.5V;定電流50mA/g;60℃)からも示されるように、一般式FeO2?xが純粋なFeOFに最も近いケース(250℃、8時間の焼成;c=3.03Å)の場合であっても、上記不純物FeSiFの残留により電極としての性能が低下しており、放充電容量は、サイクル数が増加するとともに低下する一方で、最大でも初回の380mAh/g程度に止まっている。
【0010】
また、高温高圧法(非特許文献5)でFeOFを製造する場合は、酸化鉄Feとフッ化鉄FeFを出発原料とするが、原料に含まれるフッ素原子由来のフッ素ガスが揮発することを防ぐために、6GPa(60kbar)という極めて高いガス圧が要求され、とても量産に向くものではない。さらに当該方法は専らFeOFの単結晶の作製を目的とするものであり、単結晶FeOFを非水電解質二次電池の正極活物質として使用することの当否については何ら言及されておらず、正極活物質としての電池特性に関して立証されたデータも示されていない。
【0011】
本発明は、上記課題を解決するために提案されたものであり、従来の方法よりも短時間で簡便に製造することができ、十分な放充電容量を有するFeOFを主成分とする正極活物質の製造技術およびFeOFを主成分とする正極活物質を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、鋭意研究の結果、非水電解液を用いる二次電池に好適なFeOFを主成分とする正極活物質を製造する方法ならびにFeOFを主成分とする正極活物質を新たに見出した。さらに、負極活物質を選択して、このFeOFを主成分とする正極活物質と組み合わせることにより、稼動安定性の高い非水電解質二次電池を構築できることを見出した。
【0013】
すなわち、本発明に従えば、FeOFを主成分とする正極活物質の製造方法であって、酸化鉄Feとフッ化鉄FeFとを共に固体状態で混合し、不活性ガス雰囲気下で溶融急冷する工程を含むことを特徴とする正極活物質の製造方法が提供される。さらに、本発明に従えば、FeOFが50%以上であり、残部がフッ化鉄FeFおよび/または酸化鉄Feから成るFeOFを主成分とすることを特徴とする正極活物質も提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明に係る高周波誘導加熱/単ロール急冷装置装置、ペレット電極、および塗布電極の概略図を示す。
図2】Fe:FeF=1:2.33の原料モル比で本発明により製造されたFeOFを主成分とする正極活物質のXRDパターン結果と放充電結果を示す。
図3】Fe:FeF=1:2.33の原料モル比で本発明により製造されたFeOFを主成分とする正極活物質の電流密度に対する容量の関係、およびサイクル数に対する容量の関係を示す。
図4】Fe:FeF=1:1.86、1:2.13、1:2.33、1:5、1:10の原料モル比で本発明により製造されたFeOFを主成分とする正極活物質のXRDパターン結果を示す。
図5】Fe:FeF=1:1.86、1:2.13、1:2.33、1:10の原料モル比で本発明により製造されたFeOFを主成分とする正極活物質の放充電結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明に従えば、酸化鉄とフッ化鉄とを共に固体状態で混合し、不活性ガス雰囲気下で溶融急冷することによりFeOFを主成分とする正極活物質を製造することができる。すなわち、原料となる酸化鉄とフッ化鉄とを混合して不活性ガス雰囲気下で溶融急冷することにより、フッ素を可及的に固体状態の酸化鉄と結合させ、目的となる酸素元素およびフッ素元素を含む正極活物質FeOFを含有する生成物を得る。
【0016】
このように、不活性ガス雰囲気下で溶融急冷することにより、気化しやすいフッ素を含むフッ化鉄を酸化鉄と溶融状態で結合させ、目的となる酸素元素およびフッ素元素を含む正極活物質FeOFを得ることができる。
【0017】
本発明に従えば、溶融急冷(法)により目的の正極活物質を製造する。すなわち、原料
となる酸化鉄とフッ化鉄とが溶融して混合している状態から、構成成分(特にフッ素)の
揮散がないように可及的速やかに冷却を行うことにより、目的となるFeOFを主成分とする生成物を得る。このような溶融急冷には、従来から知られている各種の溶融(加熱)手段と急冷手段とを組み合わせて用いることができる。
【0018】
例えば、溶融手段としては、高周波誘導加熱法またはアーク溶解法等の公知の溶解法を使用することができる。急冷手段としては、単ロール急冷法、双ロール急冷法、アトマイズ急冷法またはスプラット急冷法等の公知の急冷法を使用することができる。このうち特に、本発明の目的を達成するのに好ましいのは、高周波誘導加熱/単ロール急冷を使用することであるが、この他、上記に示した公知の溶解法および急冷法を組み合わせてもよい。
【0019】
例えば、高周波誘導加熱/単ロール急冷を使用する場合には、反応容器に予め投入された原料金属を誘導コイルで溶融した後、溶融された原料金属を溶融ノズルから単ロール表面上に射出することで急冷して生成物を得ることができる。加熱温度としては、原料の酸化鉄が溶融する温度(例えば1300℃)であればよい。本発明に係る溶融急冷処理は、生成物の純度を高める観点から、特に、原料金属からのフッ素の気化による脱離を抑制するために、可及的速やかに冷却する。このような操作により、本発明に従えば、目的とするFeOFを主成分とする生成物を極めて短時間(一般的には1分以内、例えば40秒)に生成することができる。
【0020】
一例として、本発明で用いられる高周波誘導加熱/単ロール急冷装置は、図1(a)に示すように、石英管1と、石英管1の内部に載置された下穴付き坩堝2と、石英管1の周囲を巻く銅製の銅チューブコイル3と、固体冷却媒体としての銅ロール4とから構成することができる。
【0021】
石英管1の内部に載置された下穴付き坩堝2の中に原料を入れ、下穴付き坩堝の下穴から落下する原料金属が銅チューブコイル3により誘導加熱(図中のAで示される)され、この誘導加熱された原料金属がガラスリボン状試料Bとなって金属製水冷ロールとしての銅ロール4に接触することにより急冷される。
【0022】
本発明に従う溶融急冷処理は、一般に、窒素ガスやアルゴンガスのような不活性ガス雰囲気下で行うが、取扱いの容易さからアルゴンガスを用いることが好ましい。
【0023】
溶融急冷処理の条件、例えば、処理時間、金属製水冷ロール(銅ロール)の回転速度、誘導加熱速度、冷却速度などは、XRDなどにより生成物を分析・確認して、可及的に不純物が少なく且つ目的の正極活物質の結晶が多く生成し得るように定めればよい。
【0024】
本発明に従えば、以下の反応により、非水電解質二次電池用の正極活物質の主成分となるFeOFが生成されるものと考えられる。
【0025】
〔化1〕
Fe+FeF→ 3FeOF
【0026】
かくして、本発明に従えば、原料となるフッ化鉄FeFと酸化鉄Feの割合を化学量論比(等モル比)とすることによりFeOFを得ることができる。しかしながら、実際には、溶融急冷の際にフッ素が、フッ化鉄から気化して脱離しやすい性質をもつため、フッ化鉄と酸化鉄の割合は、化学量論比よりもフッ素過剰となるようにすることが好ましい。その割合は、採用する溶融(加熱)手段と急冷手段およびその実験条件に依る。例えば、実施例に示すような、高周波誘導加熱/単ロール急冷を用いて溶融急冷を行った場合は、酸化鉄に対するフッ化鉄のモル比(フッ化鉄/酸化鉄)は、酸化鉄に対するフッ化鉄のモル比(フッ化鉄/酸化鉄)を、1(化学量論比)以上であるが10以下とすることが好ましい。但し、フッ化鉄を過剰に入れ過ぎた場合には、得られた正極活物質の初回の放電容量が低下する傾向がある。
【0027】
さらに、本発明に従えば、例えば上述の方法によって製造され、FeOFを主成分とする正極活物質が提供される。本発明者が見出したところによれば、FeOFを主成分として50%以上含有していれば残部がフッ化鉄(FeF)および/または酸化鉄(Fe)であっても、非水電解質二次電池用正極活物質として充分な電池特性を有するものが得られる。前述したように、電池として利用可能なエネルギー密度を増大させるという観点から、FeOFの含有量が多い程、電池特性が良好になるので、60%以上が好ましいが、100%でなくても優れた電池特性を発揮する正極活物質が得られている。すなわち、本発明の態様に従えば、FeOFが50%以上、好ましくは60%以上であって、99%以下、特に好ましくは96%以下であり、残部がFeFおよび/またはFeから成る正極活物質が提供され。
【0028】
さらに、FeOFを主成分とする本発明の正極活物質は、CuKα線を用いるX線回折測定において、FeOFの(110)面の(101)面に対する回折ピークの強度比が2以上となっていることによっても特徴づけられる、当該回折ピークの強度比は、好ましくは2以上20以下であり、より好ましくは2以上10以下である。
【0029】
如上の本発明に係るFeOFを主成分とする正極活物質は、初回の放電容量が900mAh/gものほぼ理論容量に匹敵する放充電特性を有するものである(後述の実施例参照)。
【0030】
本発明に係るFeOFを主成分とする正極活物質は、非水電解質二次電池の正極としてそのまま用いてもよいが、電極のレート特性を向上させるために、公知の導電材との複合体を形成させてもよい。
【0031】
すなわち、本発明に従えば、レート特性を向上させる観点から、本発明に係るFeOFを主成分とする正極活物質を、不活性ガス雰囲気下で炭素微粒子と共に粉砕・混合することにより、カーボンコートすることができる。該炭素微粒子としては、ファーネスブラック、チャンネルブラック、アセチレンブラック、サーマルブラック等を使用することができるが、電極として使用する際の導電性の高さからアセチレンブラックが好適である。不活性ガスとしては、窒素ガスやアルゴンガス等を用いることができ、例えば、アルゴンガスを用いることができる。
【0032】
カーボンコートの際の粉砕・混合に適用される具体的手段は、特に限定されるものではなく、固形物質の粉砕・混合の目的で従来から用いられている各種の手段が適用可能であるが、好ましいのは、ボールミルであり、そのうち特に、原料を充分に粉砕・混合することができる点から遊星型ボールミル(planetary ball milling)を用いることが好ましい。
【0033】
本発明に従えば、非水電解質二次電池用のFeOFを主成分とする正極活物質、該正極活物質を含む二次電池正極、および該正極に負極を組み合わせた二次電池が提供される。
【0034】
本発明に従う正極を作製する際には、上記の正極活物質を用いるほかは公知の電極の作製方法に従えばよい。例えば、上記活物質の粉末を必要に応じてポリエチレン等の公知の結着材、さらに必要に応じてアセチレンブラック等の公知の導電材と混合した後、得られた混合粉末をステンレス鋼製等の支持体上に圧着成形したり、金属製容器に充填したりすることができる。このような正極の例として、ペレット電極がある。ペレット電極としては、例えば、図1(b)に示すように、ペレット電極10aと、スペーサー11aと、コインセル容器(下蓋)12と、ニッケル製のニッケルメッシュ13とから構成することができる。ペレット電極10aは、例えば、10mmの厚さとすることができる。スペーサー11aは、ニッケルメッシュ13を載置し、このニッケルメッシュ13上にペレット電極10aを載置する。
【0035】
また、例えば、上記混合粉末をトルエン等の有機溶剤と混合して得られたスラリーをアルミニウム、ニッケル、ステンレス、銅等の金属基板上に塗布する等の方法によっても本発明の正極を作製することができる。このような正極の例として、塗布電極がある。塗布電極としては、例えば、図1(c)に示すように、塗布電極10bと、スペーサー11bと、コインセル容器(下蓋)12とから構成することができる。塗布電極10bは、例えば、10mmの電極径とすることができる。スペーサー11bは、上面中央部に塗布電極10bがスポット溶接される。
【0036】
以上の正極と組み合わせて用いられる負極(負極活物質)としては、リチウムの化合物またはその合金などを用いることができる。
【0037】
負極の作製は公知の方法に従えばよく、例えば、正極に関連して上述した方法と同様にして作製することができる。すなわち、例えば、負極活物質の粉末を必要に応じて、既述 の公知の結着材、さらに必要に応じて、既述の公知の導電材と混合した後、この混合粉末をシート状に成形し、これをステンレス、銅等の導電体網(集電体)に圧着すればよい。また、例えば、上記混合粉末を既述の公知の有機溶剤と混合して得られたスラリーを銅等の金属基板上に塗布することにより作製することもできる。
【0038】
その他の構成要素としては、公知の非水電解質二次電池に使用されるものを構成要素として使用できる。例えば、以下のものが例示できる。
【0039】
電解液は通常、電解質及び溶媒を含む。電解液の溶媒としては、非水系であれば特に制限されず、例えば、カーボネート類、エーテル類、ケトン類、スルホラン系化合物、ラクトン類、ニトリル類、塩素化炭化水素類、エーテル類、アミン類、エステル類、アミド類、リン酸エステル化合物等を使用することができる。これらの例としては、1,2?ジメトキシエタン、1,2?ジエトキシエタン、テトラヒドロフラン、2?メチルテトラヒドロフラン、エチレンカーボネート(EC)、ビニレンカーボネート、メチルホルメート、ジメチルスルホキシド、プロピレンカーボネート、アセトニトリル、γ?ブチロラクトン、ジメチルホルムアミド、ジメチルカーボネート(DMC)、ジエチルカーボネート、スルホラン、エチルメチルカーボネート、1,4?ジオキサン、4?メチル?2?ペンタノン、1,3?ジオキソラン、4?メチル?1,3?ジオキソラン、ジエチルエーテル、スルホラン、メチルスルホラン、プロピオニトリル、ベンゾニトリル、ブチロニトリル、バレロニトリル、1,2?ジクロロエタン、リン酸トリメチル、リン酸トリエチル等を挙げることができる。これらは1種または2種以上で用いることができ、例えば、ジメチルカーボネート(DMC)およびエチレンカーボネート(EC)を使用することができる。
【0040】
電解液に含まれる電解質としては、上記の溶媒に、負極活物質中のリチウムイオンが、上記正極活物質又は正極活物質及び負極活物質と電気化学反応するための移動を行うことができる電解質物質、例えば、LiClO、LiPF、LiBF、LiCFSO、LiAsF、LiB(C、LiCl、LiBr、CHSOLi、CFSOLi、LiN(SOCF、LiN(SO、LiC(SOCF、LiN(SOCF等を使用することができ、例えばLiPFを使用することができる。
【0041】
本発明に係る非水電解質二次電池は、セパレータ、電池ケース他、構造材料等の要素についても従来公知の各種材料を使用することができ、特に制限はない。本発明に係る非水電解質二次電池は、上記の電池要素を用いて公知の方法に従って組み立てればよい。この場合、電池形状についても特に制限されることはなく、例えば円筒状、角型、コイン型等種々の形状、サイズを適宜採用することができる。
【0042】
以下に、本発明の特徴をさらに具体的に示すために実施例を記すが、本発明は以下の実施例によって制限されるものではない。
【0043】
(実施例1)
溶融急冷法によるFeOFを主成分とする正極活物質の合成
出発物質には、酸化鉄Fe(添川理化学)とフッ化鉄FeF3 (添川理化学)を使用した。出発物質はグローブボックス内で、FeとFeFがモル比で1:2.33(Fe:FeF)になるよう秤量し、瑪瑙乳鉢により充分に混合した。混合した前駆体出発物質は下穴付き白金坩堝(高さ50 mm, 穴直径12 mm)の高さ約1/3となるまで入れた後、当該白金坩堝を石英管(高さ約100 mm, 直径約15 mm)の内壁と約1mmのギャップ(壁間隔)で、石英管の内部に導入し、単ロール溶融急冷装置にセットした。石英管内部の空気を約10分間脱気して圧力を10?3torrとした後、アルゴンガス雰囲気として封鎖した。誘導加熱し、約5秒間で約1300℃(石英管の長手方向に長さ15mmで石英管の周囲に巻かれたチューブコイルの隙間から石英管に光を照射することで測定)に昇温させた。この温度を約40秒間維持した。原料が溶融した後に上記下穴から滴下したのを見計らって、アルゴンガスを石英管に約1分間追加注入し、2000rpmで回転する銅ロール上に上記下穴から射出させてガラスリボン状のサンプルを得た。試料の大気暴露を避けるため、得られたサンプルはグローブボックス内で瑪瑙乳鉢を用いて粉末状にして正極活物質とした。なお、試料の合成における大気暴露は単ロール急冷装置への白金坩堝の設置およびその後の試料回収時のみとした。
【0044】
XRD測定
(測定の方法)
得られた正極活物質サンプルをCuKα線を用いてX線回折測定(リガクTTRIIIを使用)した。
(測定の結果)
XRD回折測定により得られた結果を図2(a)に示す。サンプルは、既に報告されている空間群P4/mnm(ルチル型正方晶系構造)のFeOFに帰属された。この結果から、溶融急冷法によってFeOFが合成されたことが示された。
【0045】
電極の作製
溶融急冷により得られた正極活物質サンプルを瑪瑙乳鉢で粉砕後、重量比でFeOF:アセチレンブラック:PTFE結着剤を70:25:5で秤量し、f10mmディスク(約30mg)に収納してペレットに成型して正極とした。この正極に、リチウム金属を負極として、電解液に1 mol dm-3 ヘキサフルオロリン酸リチウム/エチレンカーボネート+ジメチルカーボネート[LiPF/ EC+DMC(体積比EC:DMC=1:1)]を用いてステンレス製の2032型コインセル(直径20×3.2mm)を作成し、以下の放充電試験を行った。
【0046】
充放電試験
充放電測定モードはCCVモードで行った。測定条件は、1Li脱離の理論容量を1時間で充放電する電流密度を1Cレートとし、電流密度0.2 mA/cm2、電圧範囲1.3 V?4.0 Vで行った。第1サイクルと第2サイクルにおける放充電特性の結果を図2(b)に示す。同図の結果から、放電能力は404mAh/gに達したことが示された。
【0047】
図3(a)に、リチウム金属に対するFeOFの電流密度と放電容量の結果を示す。同図(a)の結果から、電流密度が1/4C(図中の横軸0.25)の場合にも350mAh/gを維持していることが示された。さらに、同図(b)に、電圧ごとに測定した充放電容量の結果を、サイクル数を横軸にして示す。同図(b)中の(A)電圧(1.3?4.0V)で測定した充放電容量の結果から、FeOFの放電容量は、FeOFあたり1.8Liに相当する550mAh/gに達しており、さらに10サイクル経過後も、431mAh/gを維持していることが示された。また、同図(b)における(B)および(C)は、それぞれ1Li定電流放電(定電流60mA/g;電流密度0.11mA/cm)で測定した充放電容量の結果および電圧(2.0?4.0V)で測定した充放電容量の結果を示したものであるが、これらの結果から、10サイクル経過後も、放充電によって容量が低下することなく一定の容量が維持されたことが示された。
【0048】
(実施例2)
異なる原料比でのFeOFを主成分とする正極活物質の合成
上述の実施例1と原料のモル比を変えて正極活物質を作製した。すなわち、FeとFeFのモル比を変えて(具体的には、酸化鉄Fe:フッ化鉄FeF=(1:2.13)、(1:1.86)、(1:5)、(1:10)を選定)秤量し、上記の実施例1と同様の手順でFeOFを主成分とする正極活物質を作製した。
【0049】
また、実施例1と溶融時間を変えて、45秒の溶融時間で得られた正極活物質サンプルに対してもX線回折測定を行った
【0050】
組成の算出および回折ピークの強度比の算出
(算出の方法)
得られた正極活物質サンプルの組成および回折ピークの強度比は、上述のCuKα線を用いたX線回折測定の結果から算出した。
すなわち、得られた正極活物質サンプルにおけるFeOFおよび残部成分(FeFおよびFe)の組成(%)は、得られた正極活物質サンプルをCuKα線を用いてX線回折測定した際に現れるFeOF、FeFおよびFeのそれぞれに由来するメインピークの強度比(ピークハイト比)から算出した(後述の表1参照)。
また、回折ピークの強度比については、CuKα線を用いてX線回折測定した際に現れるFeOFの(110)面および(101)面のそれぞれに由来するメインピークの強度比(ピークハイト比)から算出した(後述の表2参照)。
【0051】
上述したXRD測定結果(チャート)を、実施例1の結果(原料の組成比が酸化鉄Fe:フッ化鉄FeF=1:2.33の場合)を含めて図4(a)に示す。また、図4(b)には、原料の組成比が酸化鉄Fe:フッ化鉄FeF=(1:2.33)、(1:1.86)で溶融時間を45秒にした場合に得られた正極活物質サンプルのXRD測定結果(チャート)を示す。
図中、横軸の2θの値について、aで示されるピークがFeFに由来するメインピークであり、bで示されるピークがFeに由来するメインピークであり、cで示されるピークがFeOFの(110)面に由来するメインピークであり、dで示されるピークがFeOFの(101)面に由来するメインピークである。例えば、図4(a)から、原料の組成比がFe:FeF=1:10の場合については、FeOF、FeFおよびFeのそれぞれに由来するメインピークの強度比(ピークハイト比)がFeF:Fe:FeOF=a:b:c=4:0:6となっていることから、その組成比については、FeOFが60%でありFeFが40%であると算出した。また、図4(a)から、当該原料の組成比の場合について、FeOFの(110)面および(101)面のそれぞれに由来するメインピークの強度比(ピークハイト比)は、FeOF(110):FeOF(101)=5.9:1を算出した。
【0052】
(算出の結果)
上述のように、得られたFeOFを主成分とする正極活物質に含まれる各成分の組成(%)について、XRD回折測定により算出した以下の結果が得られた。
【0053】
【表1】
【0054】
上記の結果から、原料の組成比が酸化鉄Fe:フッ化鉄FeF=1:1.86の場合の生成物にFeの存在が認められた。また、この組成比(酸化鉄Fe:フッ化鉄FeF=1:1.86)よりもフッ化鉄FeFの配合割合を増やした場合には、生成物にFeの存在は認められなかった。このことから、化学量論比よりも過剰のフッ化鉄FeFを配合することによって、酸化鉄Feの残存が抑制されたものと考えられる。
【0055】
さらに、上述のように、得られたFeOFを主成分とする正極活物質におけるFeOFの(110)面の(101)面に対する回折ピークの強度比から以下の結果が得られた。
【0056】
【表2】
【0057】
上記の結果から、本発明によれば、CuKα線を用いるX線回折測定において、FeOFの(110)面の(101)面に対する回折ピークの強度比が高く2以上であるFeOFを主成分とする正極活物質が得られたことがわかった。
【0058】
また、図4(b)から、実施例1の溶融時間を45秒に変えた場合には、実施例1では残存しなかった原料の酸化鉄Feが、生成物に残存する傾向があった。このため、実施例1の実験条件に関しては溶融時間が40秒であることが好適であることがわかった。
【0059】
充放電試験
得られた正極活物質について実施例1と同様に充放電試験を実施した。その結果を図5に示す。
先ず、酸化鉄Fe:フッ化鉄FeF=(1:1.86)、(1:2.13)、(1:2.33)から得られた正極活物質に関して、1.3V?4.0V(0.2mA/cm、1 M LiPF6、 EC:DMC=1:1)の放充電特性を図5(a)に示す。同図から、いずれの原料の場合においても二次電池の正極として十分な品質のFeOFを主成分とする正極活物質が得られている。
【0060】
また、酸化鉄Fe:フッ化鉄FeF=1:10から得られた正極活物質に関して、0.7V?4.0V(10mA/g(0.035mA/cm)、1 M LiPF6、 EC:DMC=1:1)の放充電特性を、図5(b)に示す。同図(b)から、初回の放電容量が800mAh/g近傍まで到達しており、二次電池の正極として十分な品質のFeOFを主成分とする正極活物質が得られていることが示された。特にFeF由来のインサーション電位である3.2VとFeOF由来のインサーション電位である2.5Vで放充電曲線が平坦となっていることがわかった。このことから、FeFとFeOFの優れた特性を併せ持つ従来に無い正極活物質が得られることがわかった。
【0061】
上記図5(a)に示した正極活物質のうち、最も良好な結果を示した酸化鉄Fe:フッ化鉄FeF=1:2.33から得られた正極活物質に関しては、さらに、0.7V?4.0V(10mA/g(0.035mA/cm)、1 M LiPF6、 EC:DMC=1:1)における放充電特性を確認した結果を図5(c)に示す。同図(c)から、上述した同図(b)の場合(原料が酸化鉄Fe:フッ化鉄FeF=(1:10)の場合)と比較して、さらに優れた初回の放電容量900mAh/g(ほぼ理論容量に匹敵)という驚くべき放充電特性が得られたことが分かった。
【0062】
以上のように、FeOFを主成分とし、残部がフッ化鉄FeFおよび/または酸化鉄Feから成る本発明に係る正極活物質は、極めて良好な電池特性を示すことがわかった。
【符号の説明】
【0063】
1 石英管
2 下穴付き坩堝
3 銅チューブコイル
4 銅ロール
10a ペレット電極
10b 塗布電極
11a スペーサー
11b スペーサー
12 コインセル容器(下蓋)
13 ニッケルメッシュ
図1
図2
図3
図4
図5