【実施例】
【0038】
以下、実施例を挙げて、本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0039】
(実施例1) プライマーセットおよびプローブの菌種特異性
爪白癬の起因菌のリボゾーマルDNAのITS1領域の配列に特異的なプライマーセットおよびプローブを用いて、リアルタイムPCRを行い、菌種特異性を検討した。プライマーセットは、(1)配列番号1の塩基配列を有するプライマーと配列番号2の塩基配列を有するプライマーとからなるプライマーセット(dermaF/dermaR)、および、(2)配列番号3の塩基配列を有するプライマーと配列番号4の塩基配列を有するプライマーとからなるプライマーセット(dermaF2/dermaR2)の2種類を使用した。インターナルコントロール用プライマーセットとして、配列番号8の塩基配列を有するプライマーと配列番号9の塩基配列を有するプライマーとからなるプライマーセット(MS2−TM3−F/MS2−TM3−R)を使用した。プライマーは全てシグマアルドリッチジャパン株式会社より購入した。
dermaF: 5’-TAACAAGGTTTCCGTAGGTGAACCT-3’
dermaR: 5’-TCGCTGCGTTCTTCATCGA-3’
dermaF2: 5’-SSCCCCATTCTTGTCTACMTYAC-3’
dermaR2: 5’-AACGCTCAGACTGACAGCTCTTC-3’
MS2-TM3-F: 5’- GGCTGCTCGCGGATACCC-3’
MS2-TM3-R: 5’-TGAGGGAATGTGGGAACCG -3’
【0040】
プローブは、(1)配列番号5の塩基配列の5’末端にFAM(商標)蛍光色素、3’末端にNFQおよびMGBによって標識したTaqMan(商標)プローブ(TME−ITS1F)、(2)配列番号6の塩基配列の5’末端にVIC(商標)蛍光色素、3’末端にNFQおよびMGBによって標識したTaqMan(商標)プローブ(TRU−ITS1V)、(3)配列番号7の塩基配列の5’末端にNED(商標)蛍光色素、3’末端にNFQおよびMGBによって標識したTaqMan(商標)プローブ(FU−ITS1N)の3種類を使用した。(4)インターナルコントロール用プローブとして、配列番号10の塩基配列の5’末端にCy5蛍光色素、3’末端にBHQ3によって標識したTaqMan(商標)プローブ(MS2−TM2−Cy5)を使用した。なお、NFQ(Non−fluorescent Quencher;商標)もBHQ3(Black Hole Quencher 3;商標)も非蛍光性消光剤(クエンチャー)である。プローブはアプライドバイオシステムズジャパン株式会社およびシグマアルドリッチジャパン株式会社より購入した。
TME-ITS1F: 5’-[FAM]-CTCTCTTTAGTGGCTAAAC-[NFQ-MGB]-3’
TRU-ITS1V: 5’- [VIC]CGCGCTCCCCCTGC-[NFQ-MGB]-3’
FU-ITS1N: 5’- [NED]TTYAACAAYGGATCTCT-[NFQ-MGB]-3’
MS2-TM2-Cy5: 5’-[Cy5]-ACCTCGGGTTTCCGTCTTGCTCGT-[BHQ3]-3’
【0041】
皮膚糸状菌などの様々な常在菌を各菌株保存施設より入手した。これらの菌株を通常の培養方法にしたがって培養し、フェノール/クロロホルム法で全DNAを抽出した。それぞれの全DNAをインビトロジェン社Qubit定量キットにより定量し、0.3pg(概ね100コピーのリボソーマルDNA遺伝子に相当する量)を鋳型とし、リアルタイムPCRシステム7500Fast(アプライドバイオシステムズジャパン株式会社)を用いてリアルタイムPCRを行った。反応液(19μL×50反応分)の組成は以下の通りである。ウェルに19μLずつ分注し、上記抽出したDNAを1μLずつ入れた。
水 357 μL
プライマー(30μM)×4 6.5 μL×4
ROX Reference Dye II 20 μL
プローブ(〜15)μM)×4 20 μL×4
Premix 500 μL
合計 950 μL
【0042】
リアルタイムPCRシステムの操作はメーカ取扱説明書に従った。初期ホールドは95℃、30秒、PCR反応は、95℃で10秒、60℃で30秒を60サイクル行った。リアルタイムPCRの結果は表1に示した。増幅が見られた場合(陽性)を「+」で示し、増幅が見られなかった場合(陰性)を「−」で示した。
【0043】
【表1】
【0044】
表1から、本検出系では、ITS1領域の全長を増幅するdermaF/dermaRプライマーとFU−ITS1Nプローブにより広範囲の真菌を検出した。また、dermaF/dermaRまたはdermaF2/dermaR2とプローブとのセットで、共に毛瘡白癬菌(Trichophyton mentagrophytes)、および、紅色白癬菌(Trichophyton rubrum)を特異的に検出できた。さらに、菌種特異的なプローブは当該菌種のみに反応し、それ以外の菌種には全く反応しなかった(種特異性100%)。
【0045】
(実施例2) リアルタイムPCRの検出感度
爪白癬の起因菌のリボゾーマルDNAのITS1領域の配列に特異的なプライマーセットおよびプローブを用いて、本発明の同定方法の検出感度を検討した。ポジティブコントロールとして、インビトロジェン社TOPO TA Cloning Kitに付属するpCR2.1ベクターに、Trichophyton rubrum、Trichophyton mentagrophytes、およびAspergillus fumigatusのITS1領域をクローニングしたものを使用した。鋳型濃度を希釈して検出感度の下限を調べた。
【0046】
本検出系においては、各濃度あたり4回繰り返しのレプリケートで再現性を確認した。結果は表2に示した。1回の増幅を「+」で示し、4回測定において全て増幅が見られた場合、「++++」で示した。
【0047】
【表2】
【0048】
鋳型が非常に希薄な領域においては有限な時間と少数の分子が関与する確率的なPCR増幅現象(ポアソン過程)となるため、陰性/陽性ではなく確率的な値、すなわち検出率で表した。検出系やそれぞれの立場で値は上下するが、一般的にリアルタイムPCR検出系での検出感度は90〜95%が境界として採用されているため、本検出系では100%検出された鋳型濃度をその最低検出感度とした。本検出系において、リボソーマルDNA3〜50コピーの鋳型があれば100%増幅する結果となった。これは白癬などの真菌でおよそ1〜2細胞分に相当するため、実用的には十分な感度であると推定される。また、この検出感度は、100〜500コピーを必要とするnested−PCR法よりも2〜166倍感度が高いことが分かった。
【0049】
(実施例3 本発明の同定方法を用いた臨床試験)
爪真菌症未治療の皮膚科患者に熟練した医師により直接鏡検を行い、感染の有無を確認した。感染が確認された患者の爪に対してエタノール消毒後、爪の遠位側を爪切りまたはニッパーで切り取り採取した。採取した爪をビーズショッカー(多検体細胞破砕機)(安井器械株式会社)で粉砕し、糸状菌バッファー(200mM Tris−HCl,pH 8.0,25mM EDTA,0.5%SDS,250mM NaCl)中で100℃10分間煮沸後、フェノール/クロロホルム抽出し、次いでエタノール沈澱してDNAを抽出した。DNAを50μLの超純水に溶解して保存した。得られたDNA含有液25μLを鋳型DNAサンプルとし、既知の濃度のポジティブコントロールと共に、実施例1の方法と同様にリアルタイムPCRを行った。
【0050】
結果を表3に示した。表中、C
Tは増幅カーブより得られる情報であり、設定された閾値に相当するPCRサイクル数を示す。C
Tよりは検量線法または比較C
T法のいずれかを使用することにより鋳型量の定量的な見積ができる。今回は、大量検体に適した比較C
T法を採用し、そこから算出される鋳型数を示した。なお、比較C
T法はPCR効率が100%であると仮定して、既知のポジティブコントロールとのC
Tの差を利用して鋳型数を概算する方法である。この方法は増幅効率の差による定量誤差が生じるというデメリットがあるが、対数的な挙動を示すPCRにおいては些末な問題であると考えられる。そして臨床検体においてはソフトウェアLinRegPCR(Ruijter JMら、Amplification efficiency: linking baseline and bias in the analysis of quantitative PCR data.Nucleic Acids Res. 2009 Apr;37(6):e45. Epub 2009 Feb 22.)により増幅効率を確認したところ、実際には差がほとんどなかったため、比較C
T法を使用した場合において増幅効率は殆ど問題でなく、鋳型のコピー数の概算量を求めることが可能であると判断した。
【0051】
対照として健常人の爪7人分を本発明の同定方法に付したところ、最大でも100コピー程度の真菌の鋳型量しか検出されなかったため、100コピー程度は通常でも常在しているものと考え、それ以上を爪白癬診断の目安とした。また、実際に臨床検体で検出された鋳型量はどれも100コピーを大幅に上回ったため、この基準が適当であると考えた。
【0052】
表3より、熟練した医師により直接鏡検陽性と判断された33例の爪白癬爪検体を本発明の同定方法で診断したところ、全例が陽性となった(検出精度100%)。一方、培養法にて菌種が同定された検体は15例であり、そのうち13例が本発明の同定方法の判定結果と一致した。不一致の2例については、本発明の同定方法が種特異性100%であることから、培養法が誤同定である可能性が考えられた。したがって、培養法による菌種同定が39%であったのに対し、本発明の同定精度が100%であった。また、培養法で菌種が同定できなかった残りの16例については全て菌種同定された。一方、健常爪を本発明の同定方法に付しても白癬菌由来のシグナルは全く検出されず(7例全例)、擬陽性判定がないことも示された。なお、表3中、TRはTrichophyton rubrumを表し、TMはTrichophyton mentagrophytesを表し、NDは検出されなかったことを表し、また、ITS1は、一応増幅バンドが見られたものの、同定には至らなかったものを表す。
【0053】
【表3】
【0054】
同様な方法で、皮膚白癬の起因菌を同定した結果は表4に示した。
【表4】