(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5992922
(24)【登録日】2016年8月26日
(45)【発行日】2016年9月14日
(54)【発明の名称】耳管鼓膜チューブ
(51)【国際特許分類】
A61F 11/00 20060101AFI20160901BHJP
A61F 2/18 20060101ALI20160901BHJP
【FI】
A61F11/00
A61F2/18
【請求項の数】15
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2013-545977(P2013-545977)
(86)(22)【出願日】2012年11月24日
(86)【国際出願番号】JP2012080399
(87)【国際公開番号】WO2013077438
(87)【国際公開日】20130530
【審査請求日】2015年10月30日
(31)【優先権主張番号】特願2011-257280(P2011-257280)
(32)【優先日】2011年11月25日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503406055
【氏名又は名称】守田 雅弘
(74)【代理人】
【識別番号】100104639
【弁理士】
【氏名又は名称】早坂 巧
(72)【発明者】
【氏名】守田 雅弘
【審査官】
沼田 規好
(56)【参考文献】
【文献】
特表2005−501659(JP,A)
【文献】
特開2008−161545(JP,A)
【文献】
米国特許第4015607(US,A)
【文献】
欧州特許出願公開第0379962(EP,A1)
【文献】
米国特許第5851199(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61F 11/00
A61F 2/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鼓膜を横切ってこれに装着される,相対的に外寸の小さい中央部と相対的に外寸の大きい前端部及び後端部とを含み該前端部と該後端部とが貫通穴により連通している,短寸のチューブ状部材である鼓膜チューブ部材と,
鼓室側から耳管内に挿入し耳管峡部を通して軟骨部耳管内に臨ましめるための先端と,鼓膜を横切って装着された該鼓膜チューブ部材の該貫通穴を通して外耳道内において鼓膜外に出しておくための後端と,を有する細長いチューブであって,後端側開口と少なくとも1個の先端側開口とを備え,それらの開口が管腔により連通しているものである人工耳管部材と
を含んでなり,該人工耳管部材の後端部が,該鼓膜チューブ部材の貫通穴の内径より大きい外寸を有する部位である外寸拡大部を備えるものである,耳管鼓膜チューブ。
【請求項2】
人工耳管部材の先端部が,先端側開口に代えて,空気及び/又は水の移動を許容する素材又は篩状構造で構成された領域を含んでなるものである,請求項1の耳管鼓膜チューブ。
【請求項3】
該外寸拡大部が,人工耳管部材の外径の拡大部である,請求項1又は2の耳管鼓膜チューブ。
【請求項4】
該外寸拡大部が,該後端部に形成されたフランジ又は該後端部の外周の一部から側方へ延びた少なくとも1個の突出部によるものである,請求項1又は2の耳管鼓膜チューブ。
【請求項5】
該外寸拡大部が,人工耳管部材の後端部に形成されたフランジであり,該フランジが,少なくとも1個の切り欠き部を含み,該鼓膜チューブ部材が,該切り欠き部内にスナップ式に係合することのできる後方へ向いた突出部を後端部に備えるものである,請求項4の耳管鼓膜チューブ。
【請求項6】
該外寸拡大部が,人工耳管部材の後端部の外周の一部から側方へ延びた少なくとも1個の突出部によるものであり,該鼓膜チューブ部材が,該突出部をスナップ式に収容する形状の陥凹部を後端部に備えるものである,請求項4の耳管鼓膜チューブ。
【請求項7】
該人工耳管部材が,チューブの管腔とチューブの外部とを連通する横穴を側面に有するものである,請求項1〜6の何れかの耳管鼓膜チューブ。
【請求項8】
該外寸拡大部の前方において,該人工耳管部材の側面に少なくとも1個の突起が,該鼓膜チューブ部材の該貫通穴に該人工耳管部材が通されたとき該鼓膜チューブ部材が該突起と該外寸拡大部との間に挟まれた形で該人工耳管部材を保持することを許容する位置である第1の位置に設けられており,該突起が,該鼓膜チューブ部材の該貫通穴を通過することができ且つ該貫通穴の縁とはスナップ式に係合するように構成されているものである,請求項1〜7の何れかの耳管鼓膜チューブ。
【請求項9】
該突起が該人工耳管部材の外周に沿って1〜6個設けられているものである,請求項8の耳管鼓膜チューブ。
【請求項10】
該第1の位置の前方において,該人工耳管部材の側面に少なくとも1個の更なる突起が,該鼓膜チューブ部材が該更なる突起と該第1の位置にある突起との間に挟まれた形で該人工耳管部材を保持することを許容する位置である第2の位置に,設けられており,該更なる突起が,該鼓膜チューブ部材の該貫通穴を通過することができ且つ該貫通穴の縁とはスナップ式に係合するように構成されているものである,請求項8又は9の耳管鼓膜チューブ。
【請求項11】
該更なる突起が該人工耳管部材の外周に沿って1〜6個設けられているものである,請求項10の耳管鼓膜チューブ。
【請求項12】
該外寸拡大部の前方において,該人工耳管部材の側面に少なくとも1個の突起が,該鼓膜チューブ部材の該貫通穴に該人工耳管部材が通されたとき該鼓膜チューブ部材が該突起と該外寸拡大部との間に挟まれた形で該人工耳管部材を保持することを許容する位置である第1の位置に設けられており,且つ該鼓膜チューブ部材の該貫通穴の内周面に,該突起を受け入れて前後に通過させることができる縦溝が形成されているものである,請求項1〜7の何れかの耳管鼓膜チューブ。
【請求項13】
該突起が該人工耳管部材の外周に沿って1〜6個設けられているものである,請求項12の耳管鼓膜チューブ。
【請求項14】
該第1の位置の前方において,該人工耳管部材の側面に少なくとも1個の更なる突起が,該鼓膜チューブ部材が該更なる突起と該第1の位置にある突起との間に挟まれた形で該人工耳管部材を保持することを許容する位置である第2の位置に,設けられており,且つ該更なる突起は,該鼓膜チューブ部材の該貫通穴の内周面に形成されている該縦溝を前後に通過できるものである,請求項12又は13の耳管鼓膜チューブ
【請求項15】
該更なる突起が該人工耳管部材の外周に沿って1〜6個設けられているものである,請求項14の耳管鼓膜チューブ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,耳管を含む中耳の治療のために後端を鼓膜外に出した状態でヒトの耳管内に埋め込んでおかれる人工耳管に関する。
【背景技術】
【0002】
耳は,外耳,中耳及び内耳で構成される。外耳と中耳とは,外耳道の内端に位置する鼓膜によって仕切られている。中耳は,鼓膜と前庭窓(内耳の前庭に通じる)とを連絡する耳小骨(ツチ骨,キヌタ骨及びアブミ骨)を収容した空間である鼓室(中耳腔)と,鼓室から延びて咽頭に開口する耳管とからなる。耳管は,鼓室前庭に始まり(鼓室耳管口),上後外側から下前内側に向かって斜めに延びて咽頭側壁において開口(耳管咽頭口)する。耳管は全長約33mmで,上側約1/3は側頭骨の中を通っており,下側約2/3は軟骨で包まれている。骨部耳管は,狭まった鼓室耳管口を通って一旦やや広がった後次第に細くなり,軟骨部の入口部位で最も細くなり(耳管峡部),この位置で通常は閉じている。耳管峡部より下方では耳管は次第に太くなってラッパ状に耳管咽頭口に開いている。耳管の機能の1つとして換気機能が挙げられる。これは,欠伸や嚥下の際に口蓋帆張筋の収縮により軟骨部の下壁が下方に引かれて耳管峡部の内腔が一時的に開き,咽頭から鼓室へと空気が流入するという能動的なものと,外界の圧変化に伴って受動的に換気が行われる受動的なものとに分けられる。健常な耳では,耳管の換気機能,特に能動的な換気機能のため,鼓室内圧は外気圧と等しく保たれている。また耳管は,中耳の分泌物を咽頭へと排泄する機能をも有する。これらの機能が障害されている状態,すなわち耳管機能不全症としては,耳管狭窄症(耳管閉塞症),耳管開放症,耳管閉鎖不全症が挙げられる。
【0003】
耳管狭窄症は,嚥下や欠伸等で起こる筈の耳管の開大が,何らかの原因で障害され,耳管を介する中耳の換気が障害された状態である。その原因としては,上咽頭の炎症等による耳管の器質的な狭窄と,口蓋裂のように耳管開大筋(口蓋帆張筋)の機能不全による機能的狭窄とがある。耳管狭窄により中耳の換気が妨げられると,鼓室中の酸素は周囲粘膜から吸収され,鼓室内が陰圧となり鼓膜は内陥する。その結果,耳閉感,難聴,自声強聴等の症状をきたす。また耳管狭窄が持続すると,滲出性中耳炎に移行することがある。これは鼓室内の陰圧状態が持続する結果,中耳腔に滲出液が漏出する疾患であり,鼓室に滲出液が充満し伝音性難聴や耳閉塞感を生じるほか,反復性の急性中耳炎にも罹患し易くなる。このほか,鼓室が慢性的且つ不可逆的な陰圧状態に置かれると,鼓膜が中耳壁に癒着する極めて難治性の疾患である癒着性中耳炎,あるいは,本来上皮ではない中耳腔で鼓膜の角化扁平上皮が増殖しその過程で周囲の骨を破壊していく疾患である真珠腫性中耳炎の原因ともなる。
【0004】
耳管狭窄症の治療には,耳管咽頭口にカテーテルを挿入して通気させる,いわゆる耳管通気療法が頻用されている。また,その他の処置治療として,咽頭側あるいは鼓室側からステロイドホルモンを耳管内に注入する方法や,耳管咽頭口周囲にステロイドホルモンを粘膜下に注射する方法があるが,効果が客観的に確立されたものとはなっていない。投薬による保存的治療では,消炎酵素製剤や抗アレルギー作用を有する薬剤の全身投与や,ステロイド剤の点鼻が行われているが,長期間の投薬を要するほか,中等度以上の症例では効果が十分得られない場合が多いという問題がある。薬物療法で効果が得られない症例に対しては,鼓室の換気を確保するため鼓膜チューブ留置術も行われている。鼓膜チューブとは,鼓膜にあけた穿孔又は切開の部分に嵌められるチューブであり,種々のサイズや形状のものが市販されている。約3mm程度の長さを有する,中央の括れたチューブが一般に用いられているものの一つである。しかし鼓膜チューブによっては,鼓室の換気は得られるが,耳管狭窄そのものはこれでは充分に改善されず,耳管を通した換気や排泄機能は必ずしも回復しない。薬剤による治療に抵抗する症例に対し,最近では,レーザ(炭酸ガスレーザ,KTPレーザ)によって,耳管咽頭口側から耳管内粘膜を焼灼するという治療方法が開発されている。しかしながら,耳管峡部に近い奥の部分を焼灼した場合の周囲組織への影響については不明な点も多く,耳管焼灼術を施すには,十分な解剖学的知識と高度な外科的技術をマスターすることが必須であり,広く手軽に行われるには至っていない。
【0005】
また耳管開放症は,耳管が常に開放した状態にあるものをいい,患者の自覚症状としては,自分の声が耳管を介して中耳に到達することによる自声強聴,自分の呼吸音が聞こえること,耳閉感等があり,めまいを訴える例もみられる。患者の鼓膜は正常であるが,呼吸に伴って前後するのが観察される。耳管開放症の原因として,加齢や神経疾患による鼻粘膜の萎縮,体重減少による耳管周囲粘膜の萎縮,アデノイド手術後の瘢痕化などが挙げられるが,多くは原因不明である。
【0006】
耳管開放症の薬物療法としては,硼酸とサリチル酸の混合粉末を耳管カテーテルで耳管内に噴霧するものであるベゾルト法(Bezold),ゼラチンスポンジ溶液の耳管内腔への注入等が挙げられ,外科的療法としては,液状シリコーンの注射,耳粘膜焼灼,口蓋帆張筋移動,耳管周囲への軟骨片あるいは脂肪組織の埋め込みやコラーゲン注入等が挙げられるが,薬物療法は,長期間の継続的治療を必要とし,外科療法は効果が不十分であるという問題があった。なお,耳管開放症,耳管閉鎖不全症の治療のための器具として,中耳管内腔へと,鼓膜から5〜15mm程度奥まで留置される,テーパを有する扁平形状の耳管ピンが提案されている(特許文献1)が,これは耳管の断面を塞ぐように働くものであり,耳管狭窄症には適用できない。
【0007】
また,いわゆるフロッピーチューブが耳管機能の面から最近注目されている。フロッピーチューブとは,閉塞し易いと共に開放状態にもなり易い耳管であり,欠伸や嚥下をきっかけに耳管開放状態となり,自声強聴や耳閉感を生ずる。これらの不快症状を解消するために患者は無意識に鼻すすり(これにより鼓室が陰圧になり耳管が閉鎖される)をすることが多くなるが,これが習慣化して鼓室が慢性的且つ不可逆的な陰圧状態に置かれると耳管狭窄症との関連で前述したように,滲出性中耳炎,癒着性中耳炎及び真珠腫性中耳炎の原因ともなる。
【0008】
以上のように耳管機能の異常が中耳の種々の疾患の原因となるが,耳管狭窄症,耳管開放症あるいは閉塞と開放の両方を起こすフロッピーチューブを効果的に且つ簡便に治療でき,また,癒着性中耳炎の治療,滲出性中耳炎手術後の鼓膜の癒着防止や真珠種の再発防止等のために用いることのできる確かな治療方法が求められている。
【0009】
この目的のため,本発明は,所定形態のチューブを,鼓膜を通して鼓室側から耳管峡部に挿入して先端を軟骨部耳管内に位置させる一方,管壁の開口を鼓室内に位置させ,チューブの後端を,鼓膜に取り付けた鼓膜チューブに通して鼓膜外に出しておくようにした人工耳管を提案している(特許文献2)。
【0010】
更に,本発明者は,軟骨部耳管から鼓室にかけて,鼓膜より内側に埋め込む形で配置するように設計された人工耳管(特許文献3),及び,そのように鼓膜より内側に埋め込むことにもまた後端を鼓膜から突出させておくことにも適合させた人工耳管も提案している(特許文献4及び5)も提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2002−224157
【特許文献2】WO 2005/044161
【特許文献3】WO 2005−082303
【特許文献4】WO 2006−049131
【特許文献5】WO 2006−118072
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
人工耳管のうち,先端部を耳管峡部まで到達させて軟骨部耳管内に臨ましめる一方,後端部は鼓膜に嵌めた鼓膜チューブを通して外耳道内に突出しているように配置されるタイプのものは,装着後,必要に応じて容易に抜去できるという,完全な埋め込みタイプの人工耳管にはない利点を有する。このタイプの人工耳管は,患者に合った適切なサイズのものが耳管に挿入されている限り,挿入後一定の位置に留まっており,鼓膜から奥に落ち込んでしまう等の位置ずれが起こる可能性は殆どない。しかしながら,人工耳管の位置が一層確実に保たれることを保証できるものであることが望まれる。
【0013】
上記背景において,本発明は,先端部を耳管峡部まで到達させて軟骨部耳管内に臨ましめる一方,後端部は鼓膜に嵌めた鼓膜チューブ部材を通して外耳道内に突出しているように配置されるための,軟骨部耳管に先端が臨む深さまで挿入される細長いチューブである人工耳管部材と,これを通した状態で鼓膜の穿孔に嵌められる鼓膜チューブ部材とからなる耳管鼓膜チューブであって,患者の耳管に装着した後も必要に応じて何時でも人工耳管部材を鼓膜チューブ部材から容易に抜きとることができる一方,人工耳管部材と鼓膜チューブ部材との位置関係が偶発的にずれる虞が実質的に回避でき,特に人工耳管部材の後端が鼓膜より奥に落ち込んでしまう虞がない,耳管鼓膜チューブの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的は,以下に提供する発明により達成される。すなわち:
1.鼓膜を横切ってこれに装着される,相対的に外寸の小さい中央部と相対的に外寸の大きい前端部及び後端部とを含み該前端部と該後端部とが貫通穴により連通している,短寸のチューブ状部材である鼓膜チューブ部材と,
鼓室側から耳管内に挿入し耳管峡部を通して軟骨部耳管内に臨ましめるための先端と,鼓膜を横切って装着された該鼓膜チューブ部材の該貫通穴を通して外耳道内において鼓膜外に出しておくための後端と,を有する細長いチューブであって,後端側開口と少なくとも1個の先端側開口とを備え,それらの開口が管腔により連通しているものである人工耳管部材と
を含んでなり,該人工耳管部材の後端部が,該鼓膜チューブ部材の貫通穴の内径より大きい外寸を有する部位である外寸拡大部を備えるものである,耳管鼓膜チューブ。
2.人工耳管部材の先端部が,先端側開口に代えて,空気及び/又は水の移動を許容する素材又は篩状構造で構成された領域を含んでなるものである,上記1の耳管鼓膜チューブ。
3.該外寸拡大部が,人工耳管部材の外径の拡大部である,上記1又は2の耳管鼓膜チューブ。
4.該外寸拡大部が,該後端部に形成されたフランジ又は該後端部の外周の一部から側方へ延びた少なくとも1個の突出部によるものである,上記1又は2の耳管鼓膜チューブ。
5.該外寸拡大部が,人工耳管部材の後端部に形成されたフランジであり,該フランジが,少なくとも1個の切り欠き部を含み,該鼓膜チューブ部材が,該切り欠き部内にスナップ式に係合することのできる後方へ向いた突出部を後端部に備えるものである,上記4の耳管鼓膜チューブ。
6.該外寸拡大部が,人工耳管部材の後端部の外周の一部から側方へ延びた少なくとも1個の突出部によるものであり,該鼓膜チューブ部材が,該突出部をスナップ式に収容する形状の陥凹部を後端部に備えるものである,上記4の耳管鼓膜チューブ。
7.該人工耳管部材が,チューブの管腔とチューブの外部とを連通する横穴を側面に有するものである,上記1〜6の何れかの耳管鼓膜チューブ。
8.該外寸拡大部の前方において,該人工耳管部材の側面に少なくとも1個の突起が,該鼓膜チューブ部材の該貫通穴に該人工耳管部材が通されたとき該鼓膜チューブ部材が該突起と該外寸拡大部との間に挟まれた形で該人工耳管部材を保持することを許容する位置である第1の位置に設けられており,該突起が,該鼓膜チューブ部材の該貫通穴を通過することができ且つ該貫通穴の縁とはスナップ式に係合するように構成されているものである,上記1〜7の何れかの耳管鼓膜チューブ。
9.該突起が該人工耳管部材の外周に沿って1〜6個設けられているものである,上記8の耳管鼓膜チューブ。
10.該第1の位置の前方において,該人工耳管部材の側面に少なくとも1個の更なる突起が,該鼓膜チューブ部材が該更なる突起と該第1の位置にある突起との間に挟まれた形で該人工耳管部材を保持することを許容する位置である第2の位置に,設けられており,該更なる突起が,該鼓膜チューブ部材の該貫通穴を通過することができ且つ該貫通穴の縁とはスナップ式に係合するように構成されているものである,上記8又は9の耳管鼓膜チューブ。
11.該更なる突起が該人工耳管部材の外周に沿って1〜6個設けられているものである,上記10の耳管鼓膜チューブ。
12.該外寸拡大部の前方において,該人工耳管部材の側面に少なくとも1個の突起が,該鼓膜チューブ部材の該貫通穴に該人工耳管部材が通されたとき該鼓膜チューブ部材が該突起と該外寸拡大部との間に挟まれた形で該人工耳管部材を保持することを許容する位置である第1の位置に設けられており,且つ該鼓膜チューブ部材の該貫通穴の内周面に,該突起を受け入れて前後に通過させることができる縦溝が形成されているものである,上記1〜7の何れかの耳管鼓膜チューブ。
13.該突起が該人工耳管部材の外周に沿って1〜6個設けられているものである,上記12の耳管鼓膜チューブ。
14.該第1の位置の前方において,該人工耳管部材の側面に少なくとも1個の更なる突起が,該鼓膜チューブ部材が該更なる突起と該第1の位置にある突起との間に挟まれた形で該人工耳管部材を保持することを許容する位置である第2の位置に,設けられており,且つ該更なる突起は,該鼓膜チューブ部材の該貫通穴の内周面に形成されている該縦溝を前後に通過できるものである,上記12又は13の耳管鼓膜チューブ
15.該更なる突起が該人工耳管部材の外周に沿って1〜6個設けられているものである,上記14の耳管鼓膜チューブ。
【発明の効果】
【0015】
上記の各構成になる本発明の耳管鼓膜チューブは,耳管狭窄症(耳管閉塞症),耳管開放症,耳管閉鎖不全症)の何れの患者に対しても,またフロッピーチューブを持つ患者に対しても,耳管の換気機能と排泄機能とを適切に回復させ,これら耳管機能不全症に因る種々の中耳疾患を根本治療するのに有効である。また,本発明の耳管鼓膜チューブは,人工耳管部材の後端部が鼓膜チューブ部材を通過できないため,人工耳管部材が鼓膜チューブ部材の外部に確実に止まり,鼓膜チューブ部材から鼓室側へ抜け落ちる虞をなくすことができる。
【0016】
また,人工耳管部材の後端部の外寸拡大部と鼓膜チューブ部材とがスナップ式に係合するようにしたものは,人工耳管部材が外耳道側に抜ける虞もなくすことができる。
【0017】
また,鼓膜チューブ部材の貫通穴の縁にスナップ式係合する突起を人工耳管部材の側面に設けたものも,鼓膜チューブ部材に対し人工耳管部材を同様に安定に保持するほか,それらの突起を人工耳管部材の前後方向に多段的に設けたものは,それらの突起間又は最後尾の突起と人工耳管部材の後端部の外径拡大部の間,という複数の位置で鼓膜チューブ部材と警護することができ,人工耳管部材の保持を安定化しつつ挿入深度の変更が可能となる。
【0018】
更に,人工耳管部材の側面の突起と,貫通穴にそれらの突起が通過できる縦溝の形成された鼓膜チューブ部材とを組み合わせたものは,突起が鼓膜チューブ部材の貫通穴を通過した後に人工耳管部材を鼓膜チューブ部材に対し適宜の角度だけ回すことで,突起と鼓膜チューブ部材とを係合させることができ,操作が更に容易となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】
図1は,実施例1の耳管鼓膜チューブを構成する,(a)人工耳管部材及び(b)鼓膜チューブ部材の斜視図である。
【
図2】
図2は,実施例2の耳管鼓膜チューブを構成する人工耳管部材の斜視図である。
【
図3】
図3(a)は,実施例2の耳管鼓膜チューブを構成する人工耳管部材の後側端面図であるり,
図3(b)は,その変形の後側端面図である。
【
図4】
図4は,実施例2の耳管鼓膜チューブを構成する鼓膜チューブ部材の斜め後方からの斜視図である。
【
図5】
図5は,実施例2の耳管鼓膜チューブにおける人工耳管部材と鼓膜チューブ部材の係合関係を示す,部分的な斜視図である。
【
図6】
図6は,実施例2の人工耳管部材と鼓膜チューブ部材とが一体に係合した状態の耳管鼓膜チューブの全体を示す斜視図である。
【
図7】
図7は,実施例3の耳管鼓膜チューブを構成する人工耳管部材の斜視図である。
【
図8】
図8は,実施例3の耳管鼓膜チューブを構成する鼓膜チューブ部材の斜め後方からの斜視図である。
【
図9】
図9は,実施例3の耳管鼓膜チューブにおける人工耳管部材と鼓膜チューブ部材の係合直前の状態を示す斜視図である。
【
図10】
図10は,実施例3の耳管鼓膜チューブにおける人工耳管部材と鼓膜チューブ部材の係合関係を示す,部分的な斜視図である。
【
図11】
図11は,実施例3の人工耳管部材と鼓膜チューブ部材とが一体に係合した状態の耳管鼓膜チューブの全体を示す斜視図である。
【
図12】
図12は,実施例3の耳管鼓膜チューブの一変形としての実施例4の耳管鼓膜チューブの全体示す斜視図である。
【
図13】
図13は,実施例5の耳管鼓膜チューブを構成する人工耳管部材の斜視図である。
【
図14】
図14は,実施例6の耳管鼓膜チューブを構成する人工耳管部材の斜視図である。
【
図15】
図13は,実施例7の耳管鼓膜チューブを構成する,(a)人工耳管部材及び(b)鼓膜チューブ部材の斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の耳管鼓膜チューブは,鼓膜チューブ部材の貫通穴に通した人工耳管部材を,鼓室側から患者の耳管内に挿入し,先端を軟骨部耳管に臨ましめ,後端は,鼓膜チューブ部材に保持された状態で,患者の外耳道内に留め置かれる。取り扱い易さを考慮すれば,人工耳管部材の全長は20〜40mmの範囲であることが好ましい。但し,使用時に患者の中耳のサイズに適した長さとなるよう先端側を適宜切除して用いることもできるから,人工耳管部材の全長には,特に上限はない。
【0021】
人工耳管部材は,鼓膜側から患者の耳管内に挿入される関係上,全体とし細長い形状のものである,ヒトの耳管の形状に沿うよう全体として湾曲させたものであってもよいが,柔軟な素材で形成されている限り,全体として直線的に延びていてもよい。。人工耳管部材の外径は,鼓膜チューブ部材に固定される後端部を除き,最も太い部位でも,好ましくは約0.8〜2mmの範囲内にある。外径は長手方向に沿って一定であってもなくてもよいが,先端に向けて僅かなテーパがかかっていることが好ましいが,必須ではない。
【0022】
人工耳管部材は,後端側開口と少なくとも1個の先端側開口とを有し,これらの開口は人工耳管部材の管腔で連通されている。
【0023】
人工耳管部材の先端部にある先端側開口は,管腔の軸方向に(すなわち前方へ)開いたものとしても,また,先端で管腔を軸方向に閉じておき(盲端),先端部の側方に先端側開口を設けてもよい。また,先端側開口として,管腔の軸方向に開いたものと先端部の側方に設けられたものとの双方を含むこともできる。
先端側開口を先端部の側方に設ける場合,そのような側方の開口は1個設ければよいが,複数設けてもよく,例えば,管腔の先端部の両側に1対の開口として設けてもよい。先端部の側方に先端側開口を設ける場合,その位置は,軟骨部耳管内に人工耳管部材を余り長く突出させる必要がないよう,人工耳管部材の先端の近く,例えば先端から3mm以内,より好ましくは先端から2mm以内に,先端側開口の少なくとも前縁が入るように設けておくことが好ましい。また,人工耳管部材の後端側開口は,人工耳管部材の後端で管腔が軸方向に開いたものとすればよい。
【0024】
また,人工耳管部材の先端部は,その部位における空気及び/又は水の移動が図れる限りにおいて,先端部開口を備える必要はなく,先端部開口を設ける代わりに,空気及び/又は水の移動を許容する素材(多孔質素材,例えば,ゴアテックス(登録商標)等のような多孔質素材の複合体)で構成された,或いは,空気及び/又は水の移動を許容する篩状構造(例えば,網目状構造,格子状構造等)で構成された領域を先端部に設けて。
【0025】
また,必須ではないが,人工耳管部材は,管腔と連通した横穴を側面に有していることができ,そのような横穴は,鼓室内に滲出液がある場合管腔を介してこれを鼻腔側へと排出するのを容易にするという利点がある。そのような横穴の位置及び個数は任意であってよいが,例えば,耳管峡部に挟持させる部位のすぐ後方となる位置,或いは,人工耳管部材の先端から20〜25mm付近等とすることができる。側面に設ける横穴は1個でもよいが,複数設けてもよい。
【0026】
人工耳管部材の管腔は,人工耳管部材が側面に上記横穴を有する場合には,軟骨部耳管と(従って,鼻腔と)と鼓室との間で空気及び滲出液の流通をはかられ,患者本来の耳管の機能を果たす流路が構成される。この流路は,内径が少なくとも0.20mm以上であることが好ましい。これは,管腔の径が余り狭いと,その中の空気(及び場合により滲出液)の流れに抵抗を生じ得るが,0.20mm以上であれば実質的にその懸念が少ないためである。逆に,流路の内径が全長に亘って余りに大きいと,自声が鼓室内に空気伝導するおそれが生じる。これを防止するためには,当該流路の少なくとも何れかの部分の内径を好ましくは0.9mm以下,より好ましくは0.8mm以下としておけばよい。そのような部分を設けておくことにより,流路の残り部分の径がより大きい場合でも,自声が鼓室へ空気伝導されるのが確実に防止される。ガイドワイヤーを用いて挿置する際の取り扱い易さをも考慮すれば,管腔の内径は,通常,0.6〜0.9mmの範囲とするのが好ましい。
【0027】
人工耳管部材の断面形状は特に限定されず,通常は円形とすればよい。耳管峡部の断面は扁平である。例えば耳管狭窄症の場合,概略円形の先端部断面を有する人工耳管部材を耳管峡部に挿入すると,それによって耳管峡部の扁平な内周面を幾らか押し広げることとなるため,人工耳管部材の先端部外壁と耳管峡部内壁との間に僅かな隙間を形成し,鼓室内の分泌液の排泄流路を確保する上で有利である。また,人工耳管部材は,楕円のような扁平な横断面のものとすることもできる。また断面形状は人工耳管部材の全長にわたって同じであってもよいが,そうでなくてもよく,例えば全長の大部分において円形で一部(例えば,先端から耳管峡部に挟持させる部位まで)において楕円形であっても,また全長の大部分において楕円形で一部(例えば,先端から耳管峡部に挟持させる部位まで)において円形であってもよい。耳管峡部の断面は,左右より前後方向に伸びた扁平な形状であるため,人工耳管部材が楕円形の断面を有する場合,耳管峡部の内周面の大部分に密着する。様々なタイプの患者に対して,できるだけ数少ない寸法規格の人工耳管部材で対処できるためには,楕円形のような扁平な断面形状の場合も,長軸/短軸比は,5までに止めるのが好ましい。例えば5,4,3,2等とすることができる。人工耳管部材のうち,どのような断面形状及び寸法のものを選択するかは,治療すべき患者の耳管の形態及び状態に合わせて担当医師により個々に決定される。なお,本発明において,人工耳管部材が楕円形等の扁平な断面形状を有する場合,その「外径」及び「内径」というときの「径」は,長い方の径(長軸)を意味する。
【0028】
人工耳管部材は,鼓室及び骨部耳管側から耳管峡部を通して軟骨部耳管内に先端を臨ましめ,耳管峡部に挟持された状態で,患者の耳管内に挿置しておくための部材である。装着に際しては,軟骨部耳管のおよその長さ(耳管全体の約2/3)を考慮し,人工耳管部材の先端が耳管咽頭口に接近し過ぎない適宜の位置に来るように人工耳管部材の長さが選択される。
【0029】
人工耳管部材の後端部は,それより前方の部分に比して大きい外寸を有する部分である「外寸拡大部」を備えている。これに対応させ,鼓膜チューブ部材としては,人工耳管部材の後端部が通過できないがそれより先端側の部分は通過できる内径のものが選ばれる。この外寸拡大部は,人工耳管部材の他の部分は鼓膜チューブ部材の貫通穴を通過できるが後端部のみは通過できないようにするためのものであるから,後端部の外寸を増大させる仕方,従って外寸拡大部の形状は任意であり,増大させる程度も,人工耳管部材の取り扱い易さを考慮して適宜設定できる。例えば,人工耳管部材の端部において管それ自体の外径が拡大していることによるものであっても,また人工耳管部材が管部分の後端部において側方への突出部を有することによるものであってもよい。管から側方への突出部の例としては,管の後端の全周を放射状に取り囲むように突出したフランジが挙げられるが,フランジは,そのような全周にわたって突出した形態でなく全周の一部で完全に欠けていてもよい。またそのようなフランジの代わりに,全周の一部の領域のみに外方へ延びる突出部が形成されていることによるものであってもよい。耳管鼓膜チューブを患者に装着した後,人工耳管部材のみを除去する必要がない場合には,装着後,人工耳管部材の後端部を鼓膜チューブ部材に接着剤(例えば,アロンアルファ:登録商標)で接着してもよい。接着した場合は,人工耳管部材が鼓室側へ抜け落ちる虞はもとより,外耳道側へ抜ける虞もなくなる。
【0030】
本発明において,鼓膜チューブ部材は,鼓膜の内外を通じる貫通穴を確保するために鼓膜に固定される太短い部材であり,鼓膜にあけた穿孔又は切開部分を横切って配置しておく,相対的に外寸の小さい中央部とこれを挟む相対的に外寸の大きい両端部とを有し,両端間の貫通穴を含んだ部材である。耳鼻科の分野において種々の形状の鼓膜チューブが周知であり,販売もされている。それらの鼓膜チューブから,貫通穴の内径が適切なものを適宜選択して,本発明における鼓膜チューブ部材として用いることができる。また,鼓膜チューブ部材の基本構造は,中央部に較べて大きな外寸の両端部を有するチューブである,ということであり,そのような構造で且つ本願発明における人工耳管部材をと共に用いるのに適した具体的構造のものを適宜製造して使用すればよい。
【0031】
また,人工耳管部材の後端部と鼓膜チューブ部材とを,両者が相互に係合するように形成しておけば,人工耳管部材を引きぬく方向の外力が偶発的に作用した場合にも,人工耳管部材の位置を安定に維持できる。このためには,例えば,人工耳管部材の後端部と鼓膜チューブ部材との接触部位に,両者がスナップ式に係合できる突出部と陥凹部(又は切り欠き部)とを設けておけばよい。
【0032】
人工耳管部材の後端部と鼓膜チューブ部材との間のそのようなスナップ式の係合のための具体的な形態について特に限定はなく,適宜設計すればよい。
【0033】
そのようなスナップ式係合の具体例の1つとして,人工耳管部材の後端部に外周に切り欠き部を有するフランジを形成しておき,これに対応させて鼓膜チューブ部材の後部に,後方へ向けて,当該切り欠き部内にスナップ式に嵌め込むことのできるよう途中の幅をやや広げた突出部(後方突出部)を少なくとも1個形成したものが挙げられる。フランジの切り欠き部は後方突出部の個数分だけあれば足りるが,それより多く設けておくこともでき,通常1〜6個の範囲とすればよい。
【0034】
またスナップ式係合の別の具体例の1つとして,人工耳管部材の後端部に,その外周の一部から側方へ延びた突出部(側方突出部)を少なくとも1個形成しておき,これに対応させて,鼓膜チューブ部材の後部に当該側方突出部をスナップ式に嵌め込んで収容することのできる陥凹部を形成したものが挙げられる。そのような陥凹部は側方突出部の個数分だけあれば足りるが,それより多く設けておくこともでき,通常1〜6個の範囲とすればよい。
【0035】
人工耳管部材と鼓膜チューブ部材とを相互に係合させるための別の一方法として,人工耳管部材の側面に1個又は複数個の一群の突起を設けておき,人工耳管部材を鼓膜チューブ部材に通したとき,チューブ及び/又はそれらの突起が(例えば,人工耳管部材の及び/又は鼓膜チューブ部材の弾性変形により)鼓膜チューブ部材の貫通穴をくぐり抜け,貫通穴から出たとき鼓膜チューブ部材の貫通穴の縁にスナップ式に係合するという形態にすることもできる。その場合,突起は,これが鼓膜チューブ部材の貫通穴の縁に係合したとき鼓膜チューブ部材が外径拡大部と突起との間に挟まれた形で人工耳管部材を保持することとなる位置(第1の位置)に,設けることができる。突起の数は1個でもよいが,人工耳管部材の外周に沿って,複数個の一群の突起,例えば2個,3個,4個,5個,6個等を,外周に沿って,例えば放射状に,配置してもよい。
【0036】
また,更なる1個の突起又は複数個の一群の突起を,上記第1の位置より前方に,該第1の位置との間に鼓膜チューブ部材の長さ受け入れられる距離だけ離れた位置(第2の位置)に設け,それにより,第1及び第2の位置に夫々設けられた突起の間に挟まれた形でも鼓膜チューブ部材が人工耳管部材を保持可能にすることができる。そうすることにより,鼓膜チューブ部材に人工耳管部材を取り付ける位置を,これら2通りの位置から適宜選択することが可能になる。同様に,同じ距離だけ更に前方の位置に1個の突起又は複数個の一群の突起を追加で設けることにより,同様に,その追加の突起とその直ぐ後方に位置する突起との間に挟まれた形でも鼓膜チューブ部材が人工耳管部材を保持可能となるようにしてもよい。また,これらの突起が仕切る区間の中間を分割(2分割,3分割等)する位置に,夫々同様な突起を設けてもよい。そのようにして人工耳管部材の前後方向に沿って,より狭いピッチで突起を配置することで,鼓膜チューブ部材に人工耳管部材を保持させる位置の選択肢を増やし,患者の耳管の長さに合わせて人工耳管部材の挿入の深さを微調整することが可能となる。このように,人工耳管部材上の突起が,鼓膜チューブ部材の長さに較べて狭いピッチで配置されている場合,前記微調整によれば鼓膜チューブ部材の貫通穴内に最終的に留まることになる突起は,必要に応じ術時に切除すればよい。人工耳管部材は可撓性材料で形成されているから,何れの突起も簡単に切除できる。
【0037】
このように,人工耳管部材の前後方向に沿った複数の位置に夫々1個又は複数個の突起を設ける場合,各位置に設ける突起の個数はそれらの位置毎に適宜決めればよく,また各位置に設ける突起の方向は,各位間で前後方向に相互に重なっていてもよく,そうでなくても(例えば,互い違いであっても)よい。
【0038】
また,人工耳管部材と鼓膜チューブ部材とを相互に係合させるための更なる別の一方法として,外寸拡大部の前方において該人工耳管部材の側面に1個又は複数個の一群の突起を,それらの突起と人工耳管部材の外寸拡大部との間に鼓膜チューブ部材が挟まれた形で人工耳管部材を保持することとなる位置(第1の位置)に設け,同時に,鼓膜チューブ部材の貫通穴の内周面にそれらの突起を受け入れて前後に通過させることができる溝(縦溝)を形成しておくことができる。この場合,人工耳管部材を鼓膜チューブ部材に挿入する際には突起を縦溝に合わせて鼓膜チューブ部材の貫通穴を通過させ,突起の通過後,鼓膜チューブ部材を人工耳管部材に対し適宜の角度だけ回すことにより,突起を,縦溝の位置から円周方向に離して貫通穴の縁に係合させることができる。縦溝は,例えば,鼓膜チューブの貫通穴の内周面に形成された,内周面の両端を貫通して前後に直線的に延びる溝である。但し,縦溝を形成する目的は,鼓膜チューブ部材の内周面に突起の通過経路を設けることにあるから,その目的が達成できる限り,鼓膜チューブ部材の内周面に曲線的に形成した溝であってもよい。
【0039】
また,更なる1個の突起又は複数個の一群の突起を,上記第1の位置より前方に,該第1の位置との間に鼓膜チューブ部材の長さ受け入れられる距離だけ離れた位置(第2の位置)に,且つ鼓膜チューブ部材の貫通穴の内周面に形成されている縦溝を通過できる配置及び寸法で設け,それにより,第1及び第2の位置に夫々設けられた突起の間にに挟まれた形でも鼓膜チューブ部材が人工耳管部材を保持可能にすることができる。同様に,同じ距離だけ更に前方の位置に1個の突起又は複数個の一群の突起を追加で設けることにより,その追加の突起とその直ぐ後方に位置する突起との間に挟まれた形でも鼓膜チューブ部材が人工耳管部材を保持可能となるようにしてもよい。また,これらの突起が仕切る区間の中間を分割(2分割,3分割等)する位置に,夫々同様な突起を設けて,人工耳管部材の前後方向に沿って,より狭いピッチで突起を配置してもよいことは,上述の例と同様である。
【0040】
人工耳管部材の前後方向に沿った複数の位置に夫々1個又は複数の突起を設ける場合,各位置に設ける突起の個数(例えば,1個,2個,3個,4個,5個,6個等)及びそれらの相互配置は,鼓膜チューブ部材の貫通穴の内周面の縦溝をそれらの突起が通過できるものである限り,各位置毎に適宜決めればよい。
【0041】
なお,本発明の耳管鼓膜チューブの挿入は,典型的には,鼓膜チューブ部材の貫通穴に人工耳管部材を通した状態で,その後端側から人工耳管部材の管腔を貫いてガイドワイヤーを通し,これによって支持しつつ耳管内に挿入して先端部を耳管峡部に通し,先端を軟骨部耳管に臨ましめ,鼓膜チューブがその中央部で鼓膜を横切っている状態とした後,ガイドワイヤーのみを抜去することにより行うことができる。
【0042】
人工耳管部材及び鼓膜チューブ部材を構成する素材としては,生体適合性の,すなわち生体に有害な異物反応などを惹起するおそれがなく,かつ生体内で分解,劣化等を起こすおそれのない,可撓性の材料を用いることができる。そのような材料として,従来医療用途で生体内埋込や留置等に用いられることのある種々のものを,人工耳管部材及び耳管チューブ部材の作製に適宜用いてよい。例えば,可撓性の合成樹脂として,塩化ビニル,シリコーン,フッ素樹脂,ポリエチレン,ポリプロピレン,ポリペンテン,ポリウレタン系樹脂その他が挙げられるが,それらに限定されない。一部(例えば括れ部)には金属(例えばチタン)やセラミックを用いることもできる。また,人工耳管部材のためには,体温まで加温されたとき柔らかさを増すように設計された樹脂は,挿入時に適度の硬さを保ち得るので扱い易い一方,挿入後は体温で一層柔らかくなるため患者に異物感を与えるおそれがないことから,人工耳管部材を構成する材料として一層好ましい。更には,人工耳管部材を構成する材料として,生体材料,例えば,培養して形成した自家軟骨を用いることで,より安全性に優れた人工耳管部材を得ることもできる。更に,それらの安定な素材とは逆に,人工耳管部材の比較的短期間の挿置で治療が完了しその後の挿置は不要であると,と見込める場合には,人工耳管部材は,生分解性材料で形成されたものとすることもできる。生分解性材料としては,ポリ乳酸,ポリグリコール酸,及び乳酸・グリコール酸共重合体,セルロース,及びゼラチンが挙げられるが,これらに限定されない。
【0043】
また,所望により,人工耳管部材は,ステロイド剤,抗生物質その他,耳管の治療に適した薬物を含浸させて耳管内に挿置できるような素材で成形してもよい。そのような素材として,上記の上述の合成樹脂を多孔質状に形成したものが挙げられる。また,生分解性材料で人工耳管部材を形成する場合には,安定性の高い薬物であれば,生分解性材料自体に直接混合しておいてもよい。
【実施例】
【0044】
以下,典型的な実施例を参照して本発明を更に具体的に説明するが,本発明がそれらの実施例に限定されることは意図しない。
【0045】
〔実施例1〕
図1(a)は,実施例1の耳管鼓膜チューブの人工耳管部材1の斜視図であり,人工耳管部材1は,後端部の外寸がフランジ3の形成によって残り部分の外寸に比べて拡大している。人工耳管部材1は,全長約40mmで,管腔5(破線で示す)を備え,管腔5は,先端側開口7と後端側開口9において,それぞれ軸方向に外部に開いている。
図1(b) は,人工耳管部材1と一体で使用される鼓膜チューブ部材10の斜め後方からの斜視図である。鼓膜チューブ部材10は,前端部12,後端部14,及びこれらの間に位置する中間部16を含み,これら全体を貫通穴18が通っている。前端部12と後端部14は,中間部16に較べて外径が大きいため,鼓膜チューブ部材10は,中間部16でヒトの鼓膜を横切るように鼓膜穿孔に取り付けられると自然には脱落し難い。前端部12の外径は,鼓膜の穿孔に嵌め込み易いよう,前方へ向けて狭められている。
【0046】
人工耳管部材1は,耳管チューブ部材10の貫通穴18に後方から挿入されフランジ3の位置まで耳管チューブ部材10が通された状態で,先端側から患者の鼓膜に設けた穿孔又は切開を通して挿入され,先端側開口が軟骨部耳管内に臨む位置で,患者の鼓膜に鼓膜チューブ部材10が嵌められることで,患者への挿置が完了する。耳管チューブ部材10は,後端部のフランジ3のため,鼓膜に取り付けられた鼓膜チューブ部材10の貫通穴18を通過できず,このため耳の奥へと落ち込む落ち込む虞がない。
【0047】
〔実施例2〕
【0048】
図2は,実施例2の耳管鼓膜チューブを構成する人工耳管部材21の斜視図であり,人工耳管部材21は,管腔25,それぞれ軸方向に外部に開いた先端側開口27及び後端側開口29を含み,後端部に,複数の切り欠き26を含んだフランジ23が形成されている。
図3(a)は,人工耳管部材21の後側端面図であり,フランジ23の,元々は円形の輪郭に沿って,6個の円弧状の切り欠き26が設けられている。
図3(b)は
図3(a)のフランジの変形例であり,各切り欠き26’が人工耳管部材の環状部分の外周面(破線で示す)にまで達している。(なお,この場合,フランジは,最早,管状部部の外周に沿って連続していないが,本明細書では,このような形態のものも切り欠き部を含むフランジと呼ぶ。)
【0049】
図4は,本実施例において人工耳管部材21と一体で使用される鼓膜チューブ部材30の斜め後方からの斜視図である。鼓膜チューブ部材30は,前端部32,後端部34,及びこれらの間に位置する中間部36を含み,これら全体に貫通穴38が通っている。また,鼓膜チューブ部材30の後端部34には,その後面に後方突出部40が形成されている。後方突出部40は,鼓膜チューブ部材30に本実施例における人工耳管部材21を通したとき,人工耳管部材21のフランジ23に備えられた複数の切り欠き26の1つに嵌まり込むことができる位置及びサイズのものである。後方突出部40は,その基部に較べて端部へ向けて途中で外径がやや膨らんだ隆起領域42を有しており,この領域42の外寸のみが,フランジ23の切り欠き26の内寸よりやや大きい。このため,後方突出部40は,フランジ23の切り欠きにスナップ式に係合し,一旦係合すると,通常,自然に離れることはない。
【0050】
図5は,鼓膜チューブ部材30の貫通穴38に人工耳管部材21を通し,鼓膜チューブ部材30の後方突出部40を人工耳管部材21のフランジ23の切り欠き26の1つに嵌めて係合させた状態を示す部分的な斜視図であり,
図6は,その状態の全体を示す斜視図である。このように,一体化させた人工耳管部材21と鼓膜チューブ部材30からなる耳管鼓膜チューブは,患者の耳管内に挿入されて鼓膜チューブ部材30により後端部が鼓膜に取り付けられる。本実施例の耳管鼓膜チューブでは,人工耳管部材21は,耳の奥へと落ち込む落ち込む虞がないと同時に,後端部で鼓膜チューブ部材30とスナップ式に係合しているため,外耳道側に抜ける可能性も取り除かれている。
【0051】
〔実施例3〕
図7は,実施例3の耳管鼓膜チューブを構成する人工耳管部材51の斜視図であり,後端部に,側方に延びた一対の突出部(側方突出部)53が形成されている。管腔55,それぞれ軸方向に外部に開いた先端側開口57及び後端側開口59の形状及び相互関係は,実施例1及び2のものと同様である。人工耳管部材51は,更に,耳管鼓膜チューブが挿置されたときに鼓室内に配置されることとなる位置に,横穴58を備える。横穴58は,管腔55と連通しており,従って,先端側開口57及び後端側開口の何れとも連通している。
【0052】
図8は,本実施例における人工耳管部材51と一体で使用される鼓膜チューブ部材60の斜め後方からの斜視図である。鼓膜チューブ部材60は,前端部62,後端部64及びこれらの間に位置する中間部66を含み,これら全体に貫通穴69が通っている。後端部64には,人工耳管部材51の側方突出部53を収容できる陥凹部70が形成されている。陥凹部70の表面には,人工耳管部材50の側方突出部53が前後方向に通過するときが乗り越えなければならない隆起部72が形成されており,側方突出部53と陥凹部70とをスナップ式に係合させることができる。
【0053】
図9は,鼓膜チューブ部材60の貫通穴69に人工耳管部材51を通す直前の両者の後方からの斜視図であり,
図10及び11は,両者がスナップ式に係合して一体化した状態の,それぞれ部分的斜視図及び全体の斜視図である。本実施例の耳管鼓膜チューブでは,人工耳管部材51は,耳の奥へと落ち込む落ち込む虞がないと同時に,後端部で鼓膜チューブ部材60とスナップ式に係合しているため,外耳道側に抜ける可能性も取り除かれている。
【0054】
〔実施例4〕
図12は,実施例3の一変形を示す斜視図である。本実施例においては,人工耳管部材51は,先端が盲端となっており,先端側開口57’が,先端部の側方に設けられている点において実施例3の構成と異なっている。
【0055】
〔実施例5〕
図13は,実施例5の耳管鼓膜チューブを構成する人工耳管部材1aの斜視図であり,
図1(a)に示した人工耳管部材1とは,本実施例において側面に突起80,81が設けられている点でのみ相違する。突起80は,フランジ3との間に鼓膜チューブ部材を挟んでおける距離だけフランジから前方に離れた位置に設けられており,人工耳管部材1aを鼓膜チューブ部材(例えば,
図1中の10)に最後まで通したとき,鼓膜チューブ部材の貫通穴の縁に係合させることができる。突起の頂点は,鼓膜チューブ部材の貫通穴(例えば,
図1中の18)の内径より僅かに突出しているが,鼓膜チューブ部材の貫通穴への人工耳管部材1aの挿入に際し,両者の一方又は双方の弾性変形により後退して貫通穴を通過することができる。通過後は,突起80が元の位置に復帰し,鼓膜チューブ部材の貫通穴の縁に係合するから,人工耳管部材1aは,フランジ3と突起80との間で鼓膜チューブ部材により安定して保持される。突起80より先端側に設けられた突起81は,突起80と同様の構成であり,突起80と間に鼓膜チューブ部材を挟んでおける距離だけ突起80から離して配置されている。従って人工耳管部材1aは,突起80と81との間でも,鼓膜チューブ部材により安定して保持されることができる。
【0056】
〔実施例6〕
図14は,実施例6の耳管鼓膜チューブを構成する人工耳管部材51aの斜視図であり,
図7に示した人工耳管部材51とは,本実施例において側面に突起85,86,87が設けられている点でのみ相違する。これらの突起の構成は,実施例5のものと同様である。本実施例では,更に前方側の突起87が設けられているから,人工耳管部材51aは,実施例5の場合より更に前方の位置,すなわち突起86と87との間でも鼓膜チューブ部材を安定して保持することが。
【0057】
〔実施例7〕
図15において,(a)は,実施例7の耳管鼓膜チューブを構成する人工耳管部材1bの斜視図であり,(b)は,人工耳管部材1bと一体で使用される鼓膜チューブ部材10bの斜め後方からの斜視図である。人工耳管部材1bは,
図1(a)に示した人工耳管部材1とは,本実施例において側面に突起90,91,92が設けられている点でのみ相違する。これらの突起は,鼓膜チューブ部材の貫通穴を通過するのに下記の縦溝を利用できるから,実施例6の突起よりやや大きいものであることができる。また。鼓膜チューブ部材10bは,
図1(b)に示した鼓膜チューブ部材10とは,本実施例において一対の前後方向の溝(縦溝)95が形成されている点においてのみ相違する。人工耳管部材10bの突起90は,フランジ3との間に鼓膜チューブ部材10bを挟んでおける距離だけフランジ3から離して配置されている。突起90と91,及び突起91と92の前後の位置関係も同様である。鼓膜チューブ部材10bの縦溝95は,その中を突起90,91,92が通過できる大きさの断面を有している。本実施例においては,鼓膜チューブ部材10bは,縦溝95に突起を通すことでフランジ3,突起90,91,92間の何れかの位置を任意にとることができる。その位置で人工耳管部材1bを適度に回して突起を縦溝の位置から円周方向に離すことにより,鼓膜チューブ部材に隣接する突起が縦溝を通れなくなるため,人工耳管部材はその位置で鼓膜チューブ部材により保持される。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明によれば,耳管狭窄症,耳管開放症あるいは閉塞と開放の両方を起こすフロッピーチューブの効果的且つ簡便な治療や,癒着性中耳炎の治療,滲出性中耳炎手術後の鼓膜の癒着防止や真珠種の再発防止のために使用でき,且つ患者の耳に挿置されている間の位置の安定性に優れたタイプの人工耳管が提供できる。
【符号の説明】
【0059】
1,1a,1b:人工耳管部材
3:フランジ
5:管腔
7:先端側開口
9:後端側開口
10,10b:鼓膜チューブ部材
12:前端部
14:後端部
16:中間部
18:貫通穴
21:人工耳管部材
23:フランジ
25:管腔
26:切り欠き
27:先端側開口
29:後端側開口
30:鼓膜チューブ部材
32:前端部
34:後端部
36:中間部
38:貫通穴
40:後方突出部
42:隆起領域
51,51a:人工耳管部材
53:側方突出部
55:管腔
57,57’:先端側開口
58:横穴
59:後端側開口
60:鼓膜チューブ部材
62:前端部
64:後端部
66:中間部
69:貫通穴
70:陥凹部
72:隆起部
80,81,85,86,87,90,91,92:突起
95:縦溝