(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
一般に、薄板を被加工材としてプレス成形品を熱間成形するに際しては、加熱した薄板を金型でプレス加工し、成形品を製造することとなる。係るプレス成形において、プレス成形を繰り返し行った場合、金型の表面に被加工材の表面の一部が凝着する現象が発生する(例えば、
図8(a)を参照)。このような凝着が頻発するようなプレス成形を行うと、金型が傷んだり、最悪は所望とするプレス成形品が製造できないといった不都合が生じることになる。
【0003】
金型への凝着を起こり易さを評価するために有益と思われる技術が、特許文献1として開示されている。
特許文献1は、第1試験面を有する第1試験片を保持する第1保持手段と、この第1試験面に対峙する第2試験面を有する第2試験片を保持する第2保持手段と、両試験面の接触部分に繰返荷重を印加する荷重印加手段と、繰返荷重が印加された際に、両試験面を繰返し安定的に接触させる接触安定化手段とを備えている凝着摩耗試験装置を開示している。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示された技術は、各種材料の凝着磨耗性に特化して試験、評価できるものと解される。この技術は、材料の温度を制御し、お互いを断続的に点接触または線接触で圧着することのみで凝着を評価している。
しかしながら、車体部品の熱間成形において、金型への凝着が頻発する箇所の近傍は、被加工材と金型との接触状態が面接触であり、また、曲げ、圧着、被加工材と金型との相対滑りなどが一連のプロセスで起こり、その結果として金型への凝着が発生する。よって、特許文献1に開示された技術は接触状態、凝着プロセスの点で、金型でのプレス成形を模擬できておらず、実際の金型(実金型)の耐凝着性を評価することができないものと考えられる。
【0006】
なお、実際のプレス成形にて耐凝着性を評価する場合、金型そのものが巨大かつ高価であり、また、凝着発生までに数千〜数万ショットもの成形回数を要するため、簡易に金型の耐凝着性を評価する方法が切望されている現状もある。
本発明は、上述の問題に鑑みてなされたものであり、金型の耐凝着性を簡易に且つ正確に評価する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明では以下の技術的手段を講じている。
即ち、本発明の金型の耐凝着性の評価方法は、薄板である被加工材を熱間でプレス成形する金型の耐凝着性を評価する方法であって、前記被加工材を金型でプレスし、プレス後の金型の表面に設定した検査領域における被加工材の凝着分布と、前記検査領域における力学的又は熱的な負荷分布と、を求め、求めた凝着分布と負荷分布とを基に、金型の耐凝着性を評価することを特徴とする。
【0008】
好ましくは、前記金型は、上金型と下金型とを有しており、前記検査領域は、上金型と下金型とが対面する領域であって被加工材の強加工領域に対応する領域とされているとよい。
好ましくは、前記凝着分布は、検査領域内における凝着の個数の分布又は凝着の面積の分布とされているとよい。
【0009】
好ましくは、前記力学的な負荷分布は、検査領域内における面圧の分布とされているとよい。
好ましくは、前記力学的な負荷分布として、検査領域内における面圧の逆数を採用すると共に、前記凝着分布として、検査領域内における凝着の個数を採用した上で、前記凝着分布と力学的な負荷分布との積算値を基に、金型の耐凝着性を評価するとよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の評価方法を用いることで、簡易に且つ正確に、金型の耐凝着性を評価することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明に係る金型の耐凝着性の評価方法について、図を基に説明する。
図1は、本発明に係る金型2の耐凝着性の評価するに際して使用するプレス装置1を示したものである。このプレス装置1は、実際のプレス装置と略同じ構成を有し、プレス元材W(被加工材)を熱間でプレス成形して所望する形状のプレス成形品を製造するための金型2を有している。
【0013】
金型2は、下金型2aと、この下金型2aに向かって下方へ移動し下金型2aに嵌り込むことで、所望する形状を有したプレス成形品を製造する上金型2bを有している。上金型2bは図示しない圧下手段により、所定の圧下速度、圧下荷重で下金型2aに嵌り込むようになっている。
図1のプレス装置1に備えられた金型2は、実際のプレス成形に使用される金型(実金型)であってもよく、実金型の数分の一程度の大きさを有するモデル金型であってもよい。いずれにしても、評価に用いる金型2は、凝着発生状況が評価したい実金型と略同様に発生する必要がある。
【0014】
また、
図1のプレス装置1は、被加工材を熱間でプレス成形するものであるため、雰囲気の温度や金型2自体の温度を調整するための温度調節手段3(ヒータ)を備えるものとなっている。
プレス元材Wは、鋼、アルミ、チタンなどからなる薄板であって、例えば、3mm以下の板厚を有している。このプレス元材Wには、例えば、メッキ処理などにより亜鉛皮膜が施されており、金型2には、PVD処理などによりTiC(チタンカーバイト)などの表面皮膜が形成されている。
【0015】
上記した金型2を用いて、所望とするプレス成形品を作る際に、数千〜数万回のプレスを行うと、金型2の表面(上金型2bであれば下金型2aと嵌合する面、下金型2aであれば上金型2bと嵌合する面)に、プレス元材Wの表面に形成された表面皮膜、乃至はプレス元材Wの母材が凝着するようになる。凝着が頻発した場合、金型2が傷んだり、最悪は所望とするプレス成形品が製造できないといった不都合が生じることになる。そこで、金型2における凝着の起こり易さ、言い換えれば、金型2の耐凝着性を正確に評価することができれば、プレス時の雰囲気温度を下げたり、プレス圧下速度を遅くするなどの対策を施すことで、金型2での凝着を回避しつつ、プレス加工を実施することができる。
【0016】
このような状況を鑑み、本発明は、金型2の耐凝着性を正確に評価する評価方法を提供するものである。
さて、金型2への凝着が頻発する箇所は、プレス元材Wと金型2との接触状態が面接触
であり、プレス元材Wに対して引張力もしくは圧縮力が付与された状態で圧下が行われ、プレス元材Wと金型2との相対滑りなどのプロセスが、実金型2と略同様に発生する所とされている。
図2の金型2は、側面視で左右方向中央部が凹部となっており、両側部が凸部となっている。この凸部と凹部との境の斜面で、上記したプレス元材Wと金型2との相対滑りが発生するものとなっている。
【0017】
図4の斜視図に示すように、評価に用いられる金型2は、同側面形状で奥行き方向に所定の長さを有するものとなっている。
このような金型2(モデル金型)を用いて、
図2、
図3に基づいて、耐凝着性の評価を行う。
図2、
図3に示すように、まず、金型2に備えられた上金型2b(パンチ)、下金型2a(ダイ)の間に、プレス元材Wを配置し、温度調節手段3にて一定温度まで加熱する。
【0018】
図2は、鋼板(溶融亜鉛メッキ材)をプレス元材Wとした場合の例であり、
図2(a)の如く、温度調節手段3にて金型2近傍の温度(装置内温度)を所定の温度になるまで加熱する(
図3のS1)。なお、プレス元材Wとしては、例えば、板厚1.4mm、590MPa級の薄鋼板などが採用可能であり、温度調節手段3にて金型2近傍の温度(装置内温度)を、例えば760℃になるまで加熱する。なお、この温度調節手段3は、金型2の温度調整(冷却など)を実現するように構成されていることが好ましい。
【0019】
次に、
図2(b)の如く、加熱状態で上金型2b、下金型2aを相対移動させ、プレス元材Wをプレス成形する。例えば、装置内温度を760℃に保ったまま、圧下荷重1tonで上金型2bを下金型2aへ押し付け、20秒間保持する(
図3のS2)。モデル金型2は、実金型2と略同じプレス加工状況が再現される凹凸部が形成されているため、モデル金型2によるプレス時には、プレス元材Wに実際のプレス時と略同じ曲げ、引張り、金型2〜材料間での圧着、相対滑りが発生する。
【0020】
20秒の圧下後は、
図2(c)の如く圧下状態が解除される。このプレス後の金型2の表面の一部に対して、「検査領域S」を設定し、この検査領域Sで、凝着分布を計測する。詳しくは、
図4に示すように、モデル金型2の凸部から凹部に差し掛かる斜面(凹部の内側壁斜面)に対して、検査領域Sを設定する。
検査領域Sは、上金型2bと下金型2aとが対面する領域であってプレス元材Wに強加工が生じる部分に面する部位に設定することが必須とされる。
図2に示すモデル金型2の場合、凹部の内側壁斜面が該当する。なお、検査領域Sは、斜面である必要はなく、また完全なフラット面である必要もない。一部が曲がっていたり張り出していたりする面であってもよい。プレス元材Wと金型2との接触状態が面接触であり、プレス元材Wに強加工が生じ、プレス元材Wと金型2との相対滑りが発生している部分に対応する金型2の表面を検査領域Sとするよい。このように検査領域Sを設定することで、当該検査領域S内にもっとも凝着が発生することになる。
【0021】
図4には、検査領域Sを詳細に示した図が開示されている。すなわち、モデル金型2の凹部の内側壁斜面に設定された検査領域Sは、斜面方向及び奥行き方向に複数に分割された格子面(例えば、1mm四方に区切られた単位領域)に分割され、各格子面ごとに凝着の有無を記録することで、凝着の数の分布を定量化する。以上、
図3のS3の工程である。
【0022】
図5は、下金型2aにおける検査領域Sでの凝着数の記録結果を示したものである。
図5のグラフの横軸は、内側壁斜面に設定された検査領域Sの斜面に沿った位置であり、格子の番号で示されている。縦軸は凝着数Nであって、凝着が存在する格子点の個数を奥行き方向(同じ横軸の値)に積算したものである。この
図5を参照すれば、格子2の位置に7個の凝着が存在し、格子3の位置に4個の凝着が存在し、格子4の位置に6個の凝着が存在することが判る。
【0023】
一方で、モデル金型2に対する数値シミュレーション(成形力学モデルを用いたシミュレーションなど)を行い、検査領域Sにおける面圧Kを算出する。その上で、検査領域Sにおける面圧の逆数K
−1の分布を求める(
図3のS4)。
図6は、2次元成形力学モデルを用いたシミュレーションを行った結果で求められた面
圧の逆数の分布K
−1を示している。シミュレーションにおいては、プレス元材Wは弾塑性体、金型2は弾性体として計算を行っており、力学的負荷分布は、面圧の逆数K
−1を検査領域S全体で正規化した分布とされている。なお、面圧の逆数K
−1の正規化は必須ではなく、後述する耐凝着性スコアの数値が適切なものとして算出されるのであれば、正規化は必要ない。
【0024】
凝着数Nの分布、及び、面圧の逆数K
−1の分布が求まった後は、凝着の数の分布と面圧の逆数K
−1の分布とを掛け合わせ積分する(分布の同一点の値を積算し総和をとる)ことで、耐凝着性スコアを得ることができる(
図3のS5)。この耐凝着性スコアが低いほど、金型2での凝着が起こりにくく、耐凝着性は高いことになる。
本実施形態の耐凝着性スコアは、以下のような意味を持つ指標である。
【0025】
本来、プレス成形を行う金型2においては、プレス元材Wの凝着を完全に避けて通ることはできない。金型2のいずれかの部位(例えば、高い面圧が発生する円弧部など)に凝着が起こることは避けがたい。逆に、金型表面で面圧が低い領域には、凝着が起こり難いことは知見されている。
このような知見の基、金型2の耐凝着性を考えてみると、金型形状が比較的急峻に変化する部分であったり、面圧が高い部分に凝着が発生することは想定の範囲内であり、このような凝着の発生をもってして、金型2の耐凝着性が低いとは考えるのは性急な判断である。一方で、金型2の表面の面圧が低い部分において凝着が発生することは由々しきことであり、低面圧部での凝着が発生する場合には、金型2の耐凝着性が低いと見なせる。
【0026】
すなわち、
図6において面圧の逆数の分布を採用したのは、過去の知見から面圧が高いほど凝着が起こりやすい事が判っており、凝着が起こりにくい領域に凝着が起こることを確実に評価したいためである。「凝着が起こりにくい領域に凝着が起こる、すなわち、耐凝着性が低い」という事実を評価指標内に定量的に取り込むためである。
このような状況を確実に反映する指標として、凝着の数Nの分布と面圧の逆数K
−1の分布とを掛け合わせ積分することで得られる、本実施形態の耐凝着性スコアは有益である。
【0027】
図7は、幾つかの金型2において、耐凝着性スコアを求めた結果である。
金型2の表面に何も皮膜が無く、凝着が起こりやすい金型2(
図7の未皮膜)は、耐凝着性スコア=13.2と高数値であり、耐凝着性が低いことになる。一方で、金型2の表面に耐凝着用の皮膜が形成された金型2は、耐凝着性スコア=7.81(
図7の皮膜A)、耐凝着性スコア=4.57(
図7の皮膜B)と低数値であり、耐凝着性が高いことがわかる。つまり、金型2の耐凝着性が相対的に評価できており、また実際の凝着の目視評価(
図8)とも一致する結果が得られている。
【0028】
以上述べたように、熱間プレス成形用の金型2の耐凝着性を評価する方法において、プレス元材Wを金型2でプレスし、プレス後の金型2の表面に設定した検査領域Sにおけるプレス元材Wの凝着分布と、検査領域Sにおける力学的負荷分布とを求め、求めた凝着分布と力学的負荷分布とを基に、金型2の耐凝着性を評価することにより、金型2の耐凝着性を簡易に且つ正確に知ることができるようになる。言い換えれば、本発明の評価方法を用いる事で、単なる目視評価だけでなく、力学的な凝着の起こりやすさも内包した指標(耐凝着性スコア)で各種被膜を施した金型2の耐凝着性を定量的に相対評価する事ができる。また、本発明の評価方法おいては、凝着を再現しやすいモデル金型を採用することで、少ない成形回数(1〜10回程度)で凝着を発生させることができ、短時間での凝着評価が可能となる。
【0029】
なお、今回開示された実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。特に、今回開示された実施形態において、明示的に開示されていない事項、例えば、運転条件や操業条件、各種パラメータ、構成物の寸法、重量、体積などは、当業者が通常実施する範囲を逸脱するものではなく、通常の当業者であれば、容易に想定することが可能な値を採用している。
【0030】
例えば、検査領域Sにおける力学的負荷分布として、面圧の逆数K
−1を採用したが、それに代えて、熱的負荷分布(例えば、検査領域Sにおける温度分布の逆数T
−1)を採
用してもよい。求めた熱的負荷分布と凝着分布とを基に、金型2の耐凝着性を評価してもよい。
また、力学的負荷分布として、検査領域Sにおける歪み、滑り量、応力等などを採用することもできる。凝着分布として、検査領域S内における凝着の面積の分布を採用してもよい。