【実施例1】
【0020】
本発明の密閉型冷媒圧縮機及びこれに用いる軸受部材の実施例1を
図1〜
図8により説明する。
図1は密閉型冷媒圧縮機の一種であるスクロール圧縮機の縦断面図であり、空気調和機、冷凍機、或いは給湯機などの冷凍サイクル装置に用いられるものである。この
図1により、本実施例の密閉型冷媒圧縮機を説明する。
【0021】
密閉型冷媒圧縮機10は、密閉容器1内に、冷媒を圧縮する圧縮機部2、この圧縮機部2に接続された回転軸7、この回転軸7を介して前記圧縮機部2を駆動する電動機9、前記回転軸7を支持する軸受(主軸受6、副軸受12)、前記密閉容器1に溶接などにより固定され前記圧縮機部2及び前記主軸受6を支持する上フレーム13、及び前記密閉容器1に溶接などにより固定され前記副軸受12を支持する下フレーム14などを主要構成要素として備えている。
【0022】
前記冷媒としては塩素を含まない冷媒、例えば、R410A、二酸化炭素、プロパンなどの何れか1つの冷媒が用いられている。前記密閉容器1の底部には、潤滑油が貯留される油溜り部15が設けられている。
前記電動機9は、密閉容器1に固定されたステータ9aと、前記回転軸7の主軸部7aに固定されて、前記ステータ9aの内側に回転自在に配置されたロータ9bとを備えている。
【0023】
前記圧縮機部2は、台板5aに渦巻状ラップ5bが直立するように形成された固定スクロール5と、台板4aに渦巻状ラップ4bが直立するように形成された旋回スクロール4とが、前記両ラップ5b,4bを互いに噛み合うように配置されている。これにより前記固定スクロール5と前記旋回スクロール4との間には圧縮室が形成される。
【0024】
また、前記固定スクロール5の外周部には吸入口5cが形成され、更にその中央部には吐出口5dが形成されている。この固定スクロール5は、前記上フレーム13にボルトにより固定されている。前記旋回スクロール4は、前記固定スクロール5と前記上フレーム13との間に配置され、自転防止機構としてのオルダム継ぎ手8により旋回可能に設けられている。このオルダム継ぎ手8は、前記旋回スクロール4が固定スクロール5に対して自転することなく旋回運動をするように、旋回スクロール4の台板4a背面に設けられたキー溝4dと、前記上フレーム13の台座に設けられたキー溝に、それぞれ摺動自在に係合されている。
【0025】
前記固定スクロール5及び旋回スクロール4並びに前記上フレーム13は、鋳鉄、またはSiを5〜15重量%含むAl基合金などにより構成されている。
前記回転軸7は、前記ロータ9bと結合された前記主軸部7aと、この主軸部7aの上側端部に一体に設けられ、偏心回転するクランク部7bとから構成されている。このクランク部7bは、前記圧縮機部2の旋回スクロール4の台板4aの反ラップ側に突出して形成されたボス部4cに旋回軸受16を介して係合されている。これにより、前記電動機9が駆動されると、回転軸7のクランク部7bは偏心回転し、これに伴って前記旋回スクロール4は旋回運動を行うように構成されている。前記旋回軸受16は前記旋回スクロールのボス部4cに固定して設けられている。
【0026】
前記回転軸7の主軸部7aの下端部には油導入管17が装着され、また前記回転軸7には、この回転軸7を軸方向に貫通するように油通路7cが形成されている。更に、前記回転軸7の主軸部7aにはバランスウエイト3が固設されている。なお、前記回転軸7は、クロムモリブデン鋼(SCM材)で浸炭熱処理によりビッカース硬さがHV700以上のものが使用されている。また、前記回転軸7の主軸部7aは前記ロータ9bの上側が前記主軸受6で支持され、下側が前記副軸受12で支持されている。
前記主軸受6は、クランク部7b側の上側主軸受6aと、電動機9側の下側主軸受6bとで構成されている。
【0027】
上記構成の冷媒圧縮機において、電動機9により回転軸7が回転されて冷媒圧縮機10が起動されると、クランク部7bの偏心回転により、旋回スクロール4は、自転することなく、固定スクロール5に対し旋回運動を行う。これによって、冷凍サイクルの冷媒ガスは吸入管11から導入され、吸入口5cから圧縮機部2に吸入され、圧縮機部2の圧縮室で圧縮されて吐出口5dから密閉容器1内の吐出室18に吐出される。この吐出された冷媒ガスは、前記圧縮機部2の下部の電動機室19に流れて、電動機9を冷却すると共に潤滑油を分離して、前記電動機室19に連通するように前記密閉容器1に設けられた吐出管20から前記冷凍サイクルに吐出される。
【0028】
前記密閉容器1内は高圧の冷媒ガスで満たされることにより、密閉容器1底部の前記油溜り部15に溜まっている潤滑油は、吸入圧と吐出圧との差圧により、油導入管17及び油通路7cを介して、前記副軸受12、前記主軸受6、前記旋回軸受16及び圧縮機部2の摺動部などに供給され、これらの摺動部を潤滑する。しかし、圧縮機の起動時や圧縮機の吐出側の圧力が高い場合、前記軸受6,12,16への潤滑油の供給が不足して、摩耗や焼付きなどの損傷が発生し易い。軸受の面圧が高くなる高負荷運転時には、特に前記摩耗や焼付きなどの損傷が発生し易い。
【0029】
そこで、本実施例においては、潤滑油の供給が不足したり、軸受の面圧が高くなる高負荷運転が為されても、前記軸受6,12,16の摩耗や焼付きなどの損傷が発生し難くなるように、前記軸受、特に主軸受6や旋回軸受16に、非晶質カーボンと黒鉛からなるカーボン基材の気孔に、純銅、若しくは不可避的な組成の不純物を含むCu−Sn合金を含浸させた軸受部材を用いている。
【0030】
次に、
図1に示した前記主軸受6或いは前記旋回軸受16の製造方法について説明する。
先ず、炭素質のカーボン基材は、CIP(冷間静水圧加圧成形)、材料を型に入れて圧力をかけて成形する型押し成形などで成形される。また、炭素質のカーボン基材は、ニアネットシェイプ成形を用いることにより円柱形状に成形され、例えば、ニアネットシェイプの一個押し成形法により、円筒体又は円柱体に成形するようにしてもよい。
【0031】
これらの方法で成形された炭素質のカーボン基材を所定の温度で焼成し、更に高温下で黒鉛化処理を行う。これらの工程を経た前記CIPや型押し成形で製作されたカーボン基材は短冊状に切断される。また、前記ニアネットシェイプ成形で製作された円柱形状のカーボン基材(一個押し成形法により製作されたものを除く)は、適用される軸受に対応して、小円筒や小円柱に切断される。
【0032】
前記所定の温度で焼成し、更に高温下で黒鉛化処理を行なわれた前記カーボン基材には多数の気孔が形成され、この気孔はカーボン基材の内外を連通し、軸受として使用されたときに油膜形成ができなくなるため、前記気孔に金属を含浸する。この金属の含浸工程は、まず真空炉中で、金属や合金の素材を入れたるつぼを、これらの金属や合金の溶融温度に対して100℃高い温度に加熱し、これらの金属や合金を溶湯状態にする。次いで、これらの金属や合金の溶湯中に、所定の長さの円柱体や長方体に構成された黒鉛を含む前記カーボン基材を浸し、窒素ガスによって加圧することにより、前記炭素質のカーボン基材の気孔にこれらの金属や合金を含浸させる。その後、るつぼから炭素質のカーボン基材を取出し、この短冊状のカーボン基材や、二アネットシェイプで製作した小円筒や小円柱のカーボン基材(一個押し成形法により製作されたものを除く)を、更に切削加工して円筒形状に形成する。これにより、前記主軸受6や前記旋回軸受16となる軸受部材を製造することができる。
【0033】
このようにして製造されたカーボン基材による軸受部材で構成された軸受6,16において、前記カーボン基材に含浸させる金属が低融点の場合には、過酷環境化での摺動による発熱により前記金属が溶け出し、耐摩耗性の低下を引き起こす。このため、軸受摺動部の発熱や過酷な摺動状態に対応できるものとして、高硬度なカーボン基材に高融点のCu−Sn合金を含浸した軸受部材が用いられている。
【0034】
この軸受部材は、高硬度なカーボン基材の気孔にCu−Sn合金を含浸していることから、全体的に加工性が悪くなり、製作コストが高くなる。前記Cu−Sn合金の含浸率を少なくすれば加工性は改善されるものの耐摩耗性が低下する。これは、カーボン基材に存在する気孔に前記合金を含浸させることにより、前記気孔が封じされる封孔度合いが変わるが、その封孔度合いに応じて、前記回転軸と前記カーボン軸受間の摺動面での油膜の形成状態が異なるためである。
【0035】
また、カーボン基材の硬さは、その黒鉛化度によっても異なる。黒鉛化度が大きいほどその硬さは軟らかくなり、加工性も改善される。
そこで本実施例は、軸受部材を、高い耐摩耗性と耐焼付き性を有し、加工性も向上させて低コストで製作できるものとし、この軸受部材を密閉型冷媒圧縮機に用いることにより、その信頼性を向上させ、且つ長寿命化も図れるようにしたものである。
【0036】
即ち、本実施例の密閉型冷媒圧縮機では、以下の構成(A)の軸受部材を使用することを基本構成としている。
(A)非晶質カーボンと黒鉛からなるカーボン基材の気孔に、純銅、若しくは不可避的組成の不純物を含むCu−Sn合金を含浸させた軸受部材で構成され、該軸受部材に対する前記Cu−Sn合金の含浸率を体積%で15〜40%としている。
このような軸受部材とすることにより、加工性を損なわずに耐摩耗性を向上することができる。本実施例では、更に加工性を損なわずに耐摩耗性を向上するために、以下の(B)〜(D)の構成も備えている。
(B)不可避的組成の不純物を含む前記Cu−Sn合金は、Snを5〜15重量%含有するものとしたこと。
(C)前記カーボン基材の黒鉛化度は60〜90%としたこと。なお、前記黒鉛化度は、X線回折などの手段により確認することができる。
(D)非晶質カーボンと黒鉛からなるカーボン基材の気孔に、純銅、若しくは不可避的な組成の不純物を含むCu−Sn合金を含浸させた前記軸受部材の窒素透過量が、0.49MPaの窒素ガス圧力における窒素透過試験で0〜0.10cc/minであること。
【0037】
上記のような構成にすることにより、軸受摺動部の油膜が消失したり薄くなる境界潤滑状態や混合潤滑状態で使用された場合でも、低摩擦で、齧りや焼付きが生じ難い安定した摺動特性が得られる。しかも、加工性も良いので、軸受の製作コストも低減できる。従って、本実施例によれば、軸受部材を、高い耐摩耗性と耐焼付き性を有し、加工性も向上させて低コストで製作できるので、この軸受部材を密閉型冷媒圧縮機に採用することにより、その信頼性を向上し、長寿命で低コスト化も実現できる。
【0038】
次に、密閉型冷媒圧縮機に用いられている主軸受6や旋回軸受16を構成する軸受部材の本実施例における試験例1〜4を、比較例5〜9と比較して説明する。
表1は、本実施例における試験例1〜4と、比較例5〜9の含浸金属、含浸率、黒鉛化度及び窒素透過量を示している。
【0039】
【表1】
【0040】
この表1における本実施例における試験例1〜4はショア硬度が66、比較例5〜7のものはショア硬度が103、比較例8はショア硬度が74、比較例9はショア硬度が63である。
【0041】
図2は、Cu−Sn合金を含浸した前記試験例1〜4及びCu−Sn合金を含浸した前記比較例5と6の摩耗試験結果である。横軸は、非晶質カーボンと黒鉛からなるカーボン基材の気孔へのそれぞれの含浸率、縦軸は、前記カーボン基材の摩耗量を示している。
【0042】
この
図2での摩耗試験条件は、試験速度(摺動面の相対速度)が1.2m/s、面圧は30MPaで、エステル油とR410A冷媒との混合液中において、SCM415の浸炭焼入れ材(回転軸に相当)と、前記試験例1〜4及び比較例5,6のそれぞれとを、5時間連続で摺動させてそれらの摩耗量を測定することで比較したものである。
【0043】
この摩耗試験の結果、比較例5の摩耗量は12.4μm、比較例6の摩耗量は8.0μmであったのに対し、試験例1の摩耗量は5.0μm、試験例2の摩耗量は4.7μm、試験例3の摩耗量は5.0μm、試験例4の摩耗量は5.5μmであった。
【0044】
上記
図2から、軸受部材の摩耗量は、本実施例での試験例1〜4が、比較例の5,6のものよりも少なくなっていることがわかる。比較例6のようにCu−Sn合金の含浸率が12%と低い場合や、比較例5のように含浸率が0%のカーボン基材のものでは摩耗量が増加しているが、これはカーボン基材の焼成時に生じる気孔の封孔が完全でないため、カーボン基材とSCM材との摺動面に形成されるべき油膜が薄く不十分となって油膜圧力が発生せず、境界潤滑状態や混合潤滑状態になり易いためである。
【0045】
このように、非晶質カーボンと黒鉛からなるカーボン基材の気孔に不可避的組成を含むCu−Sn合金の含浸率が体積%で15〜40%としたカーボン軸受と、SCM材による回転軸との組合せとすることにより、齧りや焼付きの発生を防止して耐摩耗性も向上できることがわかった。
なお、非晶質カーボンと黒鉛からなるカーボン基材に純銅を含浸した場合も
図2と同様の結果になる。
【0046】
図3は、Cu−Sn合金を含浸した軸受部材の前記試験例1〜4と、Cu−Sn合金を含浸した前記比較例6、7及び含浸率が0%の前記比較例5の摩耗試験結果を比較したものである。横軸は、非晶質カーボンと黒鉛からなるカーボン基材の気孔へのそれぞれの含浸率、縦軸は、前記カーボン基材の摩耗量を示す。
【0047】
この
図3での摩耗試験条件は、試験速度が1.2m/s、面圧は9.8MPaで、R410A冷媒のみの雰囲気中(即ち、エステル油などの潤滑油が存在していない条件)において、前記各軸受部材と、SCM415の浸炭焼入れ材とを、5時間連続で摺動させてそれらの摩耗量を測定したものである。
【0048】
この摩耗試験の結果、比較例5の摩耗量は4.0μm、比較例6の摩耗量も4.0μm、試験例1の摩耗量は3.0μm、試験例2の摩耗量は2.9μm、試験例3の摩耗量は3.5μm、試験例4の摩耗量は4.0μmであったのに対し、比較例7の摩耗量は9.0μmとなった。
【0049】
上記
図3から、比較例7のように、非晶質と黒鉛のカーボン基材に不可避的組成を含むCu−Sn合金を42%含浸させたものでは、カーボン基材の面積が減少し、カーボン基材に含まれる自己潤滑性の黒鉛の量が少なくなるため、起動/停止時のように、十分な量の潤滑油が摺動部に供給されず油膜が薄くなるような境界潤滑状態や混合潤滑状態では、相手材であるSCM材の表面が荒れて粗くなり、その表面が粗くなったSCM材と軸受部材(カーボン基材)が摺動するために、軸受部材の摩耗が進行することがわかった。
なお、非晶質カーボンと黒鉛からなるカーボン基材に純銅を含浸した場合も
図3と同じ傾向になる。
【0050】
図4は、非晶質カーボンと黒鉛からなるカーボン基材に不可避的組成を含むCu−Sn合金を含浸した軸受部材の前記試験例1〜4と、前記比較例5〜7における切削工具の摩耗量を比較した結果を示す図である。
【0051】
切削条件としては、ダイヤモンドのバイト(切削工具)を使用し、切削速度は80m/minとし、同一条件で切削工具の摩耗試験を実施した。この切削工具の摩耗試験の結果、比較例5を切削した場合の切削工具の摩耗量は0.4mm、比較例6の場合の摩耗量は0.6mm、試験例1の場合の摩耗量は0.7mm、試験例2の場合の摩耗量は0.8mm、試験例3の場合の摩耗量は0.85mm、試験例4の場合の摩耗量は1.0mmであったのに対し、比較例7の場合の切削工具の摩耗量は2.5mmとなった。
【0052】
この図から、前記切削工具(バイト)の摩耗量は、Cu−Sn合金の含浸率が小さい方が少ないことがわかる。特に、前記含浸率が40%を超える比較例7では、急激に工具の摩耗量が増加しており、加工性が低下することがわかる。
【0053】
この
図4の試験結果と、前記
図2及び
図3の試験結果から、加工性も考慮した不可避的組成を含むCu−Sn合金の含浸率は15〜40%とするのが良く、より好ましくは20〜30%で、特に20%前後が最も良い。
なお、非晶質カーボンと黒鉛からなるカーボン基材に純銅を含浸した場合も
図4と同じ傾向になる。
【0054】
図5は、本実施例における前記試験例2と、前記比較例6及び9とを、R410A冷媒雰囲気中で摩耗試験したときの摩耗量を比較したものである。
試験条件は、面圧が9.8MPa、試験速度は1.2m/s、試験時間(摺動時間)は2時間である。本試験は、油が存在しない境界潤滑状態での試験である。
【0055】
この摩耗試験の結果、試験例2の摩耗量は0.91μmであったのに対し、比較例6の摩耗量は3.3μm、比較例9の摩耗量は3.4μmとなった。
【0056】
上記
図5に示す結果から、非晶質カーボンと黒鉛化度71%の自己潤滑性の黒鉛を含むカーボン基材に、不可避的組成を含むCu−Sn合金を20%含浸した本実施例における試験例2の軸受部材が、前記比較例6,9の軸受部材と比べ、摩耗量が格段に少なくなっていることがわかる。なお、図示はしていないが、本実施例における他の試験例1,3,4と比べても試験例2のものが最も摩耗量が小さくなることがわかった。
なお、非晶質カーボンと黒鉛からなるカーボン基材に20%の純銅が含浸された軸受部材とした場合も同様の結果となる。
【0057】
図6は、本実施例における前記試験例2と、前記比較例6及び9を、R410A冷媒雰囲気中で摩耗試験を実施して求めた平均摩擦係数を比較して示す図である。本試験も、油が存在しない境界潤滑状態での試験結果である。
この摩耗試験の結果、試験例2の平均摩擦係数は0.054であったのに対し、比較例6の平均摩擦係数は0.089、比較例9の平均摩擦係数は0.073であった。
【0058】
上記
図6から、非晶質カーボンと71%の自己潤滑性の黒鉛を含むカーボン基材に不可避的組成を含むCu−Sn合金を20%含浸した本実施例における試験例2の軸受部材が、前記比較例6,9の軸受部材と比べ、前記平均摩擦係数が最も低くなっていることがわかる。
【0059】
なお、前記平均摩擦係数は、硬さが高く黒鉛量が25%と少ない前記比較例6よりも、含浸金属がPbで硬さが低く、黒鉛量が91%の前記比較例9の方が低くなっている。これは含浸金属であるPbと黒鉛の自己潤滑作用によるものである。
なお、非晶質カーボンと黒鉛からなるカーボン基材に20%の純銅が含浸された軸受部材とした場合も同様の結果となる。
【0060】
図7は、本実施例における前記試験例2の軸受部材と、前記比較例6,8,9の軸受部材との、耐荷重試験における摩耗量を比較したものである。
試験条件は、エステル油とR410A冷媒との混合液中において、試験速度が1.2m/sで、最大面圧が70MPaになるまで、0.15MPa/sで面圧を増加させていった時の各軸受部材の摩耗量であり、前記混合潤滑状態や境界潤滑状態を模擬した過酷な試験である。
【0061】
この摩耗試験の結果、試験例2の摩耗量は2.5μmであったのに対し、比較例6の摩耗量は1.8μm、比較例8の摩耗量は112μm、比較例9の摩耗量は245μmとなった。
【0062】
上記
図7から、非晶質カーボンと黒鉛からなるカーボン基材に不可避的組成を含むCu−Sn合金を含浸した前記試験例2や前記比較例6の軸受部材の方が、Zn合金を含浸させた比較例8やPbを含浸させた比較例9の軸受部材よりも、摩耗量が二桁少なくなっていることがわかる。
【0063】
なお、不可避的な組成を含むCu−Sn合金のSnの量は5〜15重量%が好ましく、より好ましくは12〜13重量%が良い。不可避的組成を含むCu−Sn合金は、Snの含有量の増加と共に熱伝導度が著しく低下し、硬くて脆いε相の増加と共に機械的性質が低下するため、Sn含有量は前述した範囲とすることが好ましい。
【0064】
自己潤滑性を有する黒鉛の量(カーボン基材の黒鉛化度)は、圧縮機の起動/停止時のように、油膜が薄くなる境界潤滑条件や混合潤滑条件における齧りや焼付きを抑制するために、60〜90%にするのが良く、より好ましくは71%とするのが良い。
【0065】
図8は、本実施例における代表例としての前記試験例2と、前記比較例6との窒素透過試験結果を比較して示す図である。測定条件は、水置換法で、窒素圧力を0.1MPa、0.22MPa及び0.49MPaとした場合について、それぞれ任意の一定時間測定した。
【0066】
この窒素透過試験の結果、比較例6の窒素透過量は、窒素圧力が0.1MPa、0.22MPa及び0.49MPaとした場合に対して、それぞれ0.015cc/min、0.036cc/min及び0.12cc/minであったのに対し、試験例2の窒素透過量は、窒素圧力が0.1MPa、0.22MPa及び0.49MPaの何れの場合に対しても0.01cc/min以下(本実験結果では何れも0cc/min)であった。
【0067】
上記
図8から、窒素透過量は、加圧力が大きくなるほど差が開き、前記試験例2の方が比較例6のものより小さくなっていることがわかる。また、試験例2のものは加圧力が増大しても窒素透過量が増加していないことがわかる。軸受部材の窒素透過量は、摺動部における油膜保持性の観点から小さい方が良く、0〜0.10cc/minのものが好ましい。より好ましくは、本実施例における試験例2のように0cc/minとなる軸受部材を選定するのが良い。
【0068】
以上説明した本実施例によれば、軸受の高い耐摩耗性と耐焼付き性を維持しつつ加工性も向上して、製作コストも低減できる密閉型冷媒圧縮機及びこれに用いる軸受部材を得ることができる。
【0069】
即ち、高負荷領域における境界潤滑状態や混合潤滑条件においても、高い耐摩耗性と耐焼付き性を維持できるように、非晶質カーボンと黒鉛からなるカーボン基材の含有黒鉛量(黒鉛化度)を、60〜90重量%、好ましくは71重量%にする。これによりカーボン基材中の黒鉛が摩擦により薄く劈開することで摩擦係数を低減することができ、耐摩耗性の高い軸受を得ることができる。
【0070】
黒鉛の含有量が90重量%より多いと、高荷重条件下では非晶質カーボン基材自体が軟質化して変形抵抗が増大し、この結果摩擦が増大して摩耗し易くなる。一方、黒鉛の含有量を60重量%未満にした場合、カーボン基材が硬くなり、摺動する相手金属材(回転軸)を摩滅させてしまう。
【0071】
また、本実施例では、潤滑油中で油膜を形成させ易くするため、非晶質カーボンと黒鉛からなるカーボン基材の気孔に、高融点の純銅や不可避的組成を含むCu−Sn合金を15〜40%、好ましくは20〜30%含浸させた軸受部材を使用している。
【0072】
上記のように、Cu−Sn合金を15〜40%含浸させ、黒鉛化度も60〜90重量%とした軸受部材を使用することにより、加工性を損なわずに耐摩耗性を向上できるから、製作コストも低減できる。
【0073】
更に、含浸される金属がCu−Sn合金の場合、Sn量は、硬さの向上や機械的特性を安定にするため、5〜15重量%、好ましくは12〜13重量%としている。このようなCu−Sn合金を含浸させることにより、油膜の薄い境界潤滑条件や混合潤滑条件での摺動面での発熱による含浸金属の溶融を防ぐことができる。
【0074】
このような軸受部材を用いることにより、高い耐摩耗性と耐焼付き性を維持しつつ加工性も向上できる軸受部材を得ることができ、この軸受部材を密閉型冷媒圧縮機に適用することによりその信頼性を向上して製作コストも低減できる。