(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態を説明する。本実施形態は、日常運転領域から稼動するハンドル操作に連係した加減速を自動的に行い、限界運転領域での安全性能向上を図るための技術および装置に関するものである。
【0017】
本実施形態は、日常運転領域から稼動するハンドル操作に連係した加減速を自動的に行い、限界運転領域で横滑りを確実に低減させるという、違和感が少なく、安全性能向上を可能とする技術および装置を提供することを目的とする。
【0018】
そのために、日常領域から働く「G−Vectoring制御」と限界領域で働く「横滑り防止装置」の融合と非干渉化が必要となる。
【0019】
車両運動を平面上の運動として考えると、A.前後運動,B.横運動、そして重心点廻りの回転、すなわちC.ヨーイング運動で記述できる。
【0020】
横運動に連係した加減速を実現する「G−Vectoring制御」は、A.前後方向の加減速を制御するものであり、直接的にはC.ヨーイングモーメントを制御するものではない。
すなわちヨーイングモーメントに関しては、「任意」であり自由度を有する。
【0021】
また、「横滑り防止装置」は直接C.ヨーモーメントを制御するものであり、A.前後方向の加減速を制御するものではない。すなわち、前後加減速度については「任意」であり自由度を有する。
【0022】
したがって、これらの制御の融合を実現するためには、「G−Vectoring制御」が決定する横運動に連係した加減速指令に従ってA.前後加速度を制御し、「横滑り防止制御装置」が決定するヨーモーメント制御指令に従ってC.ヨーイングモーメントを制御すればよい。
【0023】
具体的には、以下のような2つのモードをもつように装置を構成する。
1)横滑りが顕著ではない通常領域においては、「G−Vectoring制御」指令に基づいて、左右輪に略同一の制動・駆動力を発生させる(第1のモード)。
2)横滑りが大きくなって、「横滑り防止制御」が決定するヨーモーメント制御指令により左右異なる制動・駆動力を発生させる(第2のモード)。
【0024】
そして、第2のモードの状態となった場合に、例えば四輪の制動・駆動力により発生する前後加速度が、「G−Vectoring制御」にて決定される前後加速度指令と異なる場合は、その差分加速度を発生させるために車両に加えるべき制動・駆動力を算出し、それを等配分したものを左右輪に足し合わせればよい。これにより指令されたヨーイングモーメントを保ちながら、指令された加減速を実現することができる(2つの制御の融合と非干渉化の実現)。
【0025】
また、例えば二輪駆動の場合、あるいは、ブレーキ制御のみで、ヨーモーメントを制御する場合、所望の駆動力を発生できない場合もありうる。この場合は、「横滑り防止制御」を優先させ、確実にモーメントを発生させ、安全性の確保を図る構成とする。
【0026】
これにより、通常運転領域でメリットのあるハンドル操作に連係した加減速を自動的に行い、限界運転領域で横滑りを確実に低減させるという、違和感が少なく、安全性能向上を可能とする技術および装置を実現できる。
【0027】
図1に、本発明の第一実施例の全体構成を示す。
【0028】
本実施例において車両0はいわゆるバイワイヤシステムで構成され、ドライバと操舵機構,加速機構,減速機構の間に機械的な結合は無い。
【0029】
<駆動>
車両0はモータ1により左後輪63,右後輪64を駆動するとともに、左前輪モータ121で左前輪61を、右前輪モータ122で右前輪62を駆動する四輪駆動車(All Wheel Drive:AWD車)である。モータ1に連接して、モータのトルクを左右輪に自由に配分することが可能な駆動力配分機構2が装着されている。ここで、特に電気モータや内燃機関などの動力源の差異は問わない。本実施形態を示す、最も好適な例として、また、あとで示す四輪独立ブレーキと組み合わせることにより、四輪の駆動力および制動力を自由に制御できるような構成となっている。以下、詳細に構成を示していく。
【0030】
左前輪61,右前輪62,左後輪63,右後輪64には、それぞれブレーキロータ,車輪速検出用ロータと、車両側に車輪速ピックアップが搭載され、各輪の車輪速が検出できる構成となっている。そして、ドライバのアクセルペダル10の踏み込み量は、アクセルポジションセンサ31により検出され、ペダルコントローラ48を経て、中央コントローラ40で演算処理される。この演算処理の中には本実施形態の目的としての「横滑り防止制御」に応じたトルク分配情報も含まれている。そしてパワートレインコントローラ46は、この量に応じて、モータ1,左前輪モータ121,右前輪モータ122の出力を制御する。また、モータ1の出力はパワートレインコントローラ46により制御される駆動力配分機構2を経由し、最適な比率にて左後輪63,右後輪64に分配される。
【0031】
アクセルペダル10にはまた、アクセル反力モータ51が接続され、中央コントローラ40の演算指令に基づき、ペダルコントローラ48により、反力制御される。
【0032】
<制動>
左前輪51,右前輪52,左後輪53,右後輪54には、それぞれブレーキロータが配備され、車体側にはこのブレーキロータをパッド(図示せず)で挟み込むことにより車輪を減速させるキャリパーが搭載されている。キャリパーは油圧式、あるいはキャリパー毎に電機モータを有する電機式である。
【0033】
それぞれのキャリパーは、基本的には中央コントローラ40の演算指令に基づき、ブレーキコントローラ451(前輪用),452(後輪用)により制御される。
【0034】
ブレーキペダル11にはまた、ブレーキ反力モータ52が接続され、中央コントローラ40の演算指令に基づき、ペダルコントローラ48により、反力制御される。
【0035】
<制動・駆動の統合制御>
本実施形態においては、横滑り角情報に基づいて左右輪に異なる制動力や駆動力を発生させることになるが、ヨーモーメントとして寄与するのは左右の制動力あるいは駆動力の差分である。したがってこの差分を実現するために片側は駆動して、反対側を制動するなどの通常とは異なる動作もありうる。このような状況での統合制御指令は中央コントローラ40が統合的に指令を決定し、ブレーキコントローラ451(前輪用),452(後輪用),パワートレインコントローラ46,モータ1,駆動力配分機構2を介して適切に制御される。
【0036】
<操舵>
車両0の操舵系はドライバの舵角とタイヤ切れ角の間に機械的な結合の無い、ステアバイワイヤ構造となっている。内部に舵角センサ(図示せず)を含むパワーステアリング7とステアリング16とドライバ舵角センサ33とステアリングコントローラ44で構成されている。ドライバのステアリング16の操舵量は、ドライバ舵角センサ33により検出され、ステアリングコントローラ44を経て、中央コントローラ40で演算処理される。
そしてステアリングコントローラ44はこの量に応じて、フロントパワーステアリング7、リアパワーステアリング8を制御する。
【0037】
ステアリング16にはまた、ステア反力モータ53が接続され、中央コントローラ40の演算指令に基づき、ステアリングコントローラ44により、反力制御される。
【0038】
ドライバのブレーキペダル11の踏み込み量は、ブレーキペダルポジションセンサ32により検出され、ペダルコントローラ48を経て、中央コントローラ40で演算処理される。
【0039】
<センサ>
つぎに本実施形態の運動センサ群について述べる。本実施形態における車両の運動を計測するセンサについては、絶対車速計,ヨーレイトセンサ、加速度センサなどを搭載している。これに加え、車速,ヨーレイトについては車輪速センサによる推定,ヨーレイト,横加速度については、車速と操舵角と車両運動モデルを用いた推定などを同時に行っている。
【0040】
車両0にはミリ波対地車速センサ70が搭載されており、前後方向の速度Vxと横方向の速度Vyは、独立して検出可能である。また、ブレーキコントローラ451,452には前出したように各輪の車輪速が入力されている。これら4輪の車輪速より前輪(非駆動輪)の車輪速を平均処理することにより絶対車速を推定することができる。本実施形態においては、特開平5−16789号公報で開示されている方法を用い、この車輪速および車両前後方向の加速度を検出する加速度センサの信号を加えることにより四輪同時に車輪速度が落ち込む場合でも、絶対車速(Vx)を正確に測定するように構成されている。また前輪(非駆動輪)の左右輪速度の差分をとることにより車体のヨーレイトを推定するような構成も内包しており、センシング信号のロバスト性の向上を図っている。そしてこれらの信号は中央コントローラ40内にて、共有情報として、常にモニタリングされている。推定絶対車速は、ミリ波対地車速センサ70の信号と比較・参照されいずれかの信号に不具合が生じたときにお互いに補完しあうように構成されている。
【0041】
図1に示すように、横加速度センサ21と前後加速度センサ22およびヨーレイトセンサ38は、重心点近辺に配置されている。また夫々の加速度センサの出力を微分して加加速度情報を得る、微分回路23,24が搭載されている。さらにヨーレイトセンサ38のセンサ出力を微分してヨー角加速度信号を得るための微分回路25が搭載されている。本実施例では微分回路の存在を明確化するために各センサに設置しているように図示したが、実際は中央コトローラ40に直接加速度信号を入力して各種演算処理をしてから微分処理をしてもよい。したがって、先の車輪速センサから推定されたヨーレイトを用い中央コントローラ40内で微分処理をして車体のヨー角加速度を得ても良い。
【0042】
また、加加速度を得るために、加速度センサと微分回路を利用しているが、特願2002−39435号公報で開示されている加加速度センサを用いても良い。
【0043】
また、本実施例においては、横加速度,横加加速度を推定する方法も採用している。
【0044】
図2を用いて、操舵角δから横加速度推定値Gyeと横加加速度推定値Gyeを推定する方法について述べる。
【0045】
まず車両横運動モデルにおいて、操舵角δ[deg]と車両速度V[m/s]を入力として、動的特性を省略した定常円旋回時のヨーレイトrを算出する。
【0047】
この式において、スタビリティファクタA,ホイールベースlは車両固有のパラメータであり、実験的に求めた固定値である。また、横加速度Gyは以下の式で表される。
【0049】
βは車両の横すべり角変化速度であるが、タイヤ力の線形範囲内の運動であり小さいとして省略する。以上のようにヨーレイトrと車速Vを乗じて、横加速度Gyを算出する。
この横加速度は低周波領域では応答遅れ特性を有する車両の動的特性を考慮していない。
これは以下の理由による。車両の横加加速度情報Gyを得るためには横加速度Gyを離散時間微分する必要がある。この際に信号のノイズ成分が増強される。この信号を制御に用いるためにはローパスフィルター(LPF)を通す必要があるが、これは位相遅れを発生させてしまう。そこで動的特性を省略した、本来の加速度よりも位相の早い加速度を算出し、離散微分を行った後で時定数TlpfeのLPFを通すという方法を採用し、加加速度を得ることにした。これはLPFによる遅れで横加速度の動的特性を表現し、得られた加速度を単に微分したと考えても良い。横加速度Gyも同じ時定数TlpfのLPFに通す。これで加速度に対しても動的特性を与えられたことになり、図は省略するが、線形範囲においては、実際の加速度応答を良く表現できていることを確認している。
【0050】
以上のように、操舵角を用いて横加速度および横加加速度を算出する方法は、ノイズの影響を抑え、かつ横加速度と横加加速度の応答遅れを小さくするという利点がある。しかしながら本推定方法は、車両の横滑り情報を諸略したり、タイヤの非線形特性を無視したりしているため、横滑り角が大きくなってきた場合には、実際の車両の横加速度を計測して利用する必要性がある。
図3は、横加速度センサ21の検出信号を用いた横加速度,横加加速度情報を得る方法を示している。路面の凹凸などのノイズ成分を含んでいるために、センサ信号についてもローパスフィルター(時定数Tlpfs)を通す必要がある(ダイナミクス補償ではない)。
【0051】
上述のような、横加速度,加加速度の推定,計測のそれぞれのメリットを両立させるため、本実施例においては、
図4に示すように両者の信号を相補的に用いる方法を採用している。推定信号と検出信号は、横滑り角情報に基づいて可変となるゲインを掛けて足し合わせることになる。この、推定信号に対する可変ゲインKe(Ke<1)は、横滑り角が少ない領域において大きな値をとり、横滑りが増加してくると小さな値をとるように変更される。また、検出信号に対する可変ゲインKs(Ks<1)は、横滑り角が少ない領域において小さな値をとり、横滑りが増加してくると大きな値をとるように変更される。このように構成することにより、横滑り角が小さい通常領域から、横滑りが大きくなった限界領域までノイズが少なく、制御に適した加速度,加加速度信号を得ることができるような構成となっている。なお、これらのゲインは、横滑り情報の関数、あるいはマップにより決定する。
【0052】
ここまでは本発明の第一実施例の装置構成および、横加速度,横加加速度を推定する方法(これらは、中央コントローラ40内のロジックとして内包されている)について述べた。さて、ここからは「横運動に連係した加減速制御指令」と「車両の横滑り情報から算出したヨーモーメント制御指令」について述べる。
【0053】
<横運動に連係した加減速制御指令:G−Vectoring>
横運動に連係した加減速制御の指針は、例えば非特許文献1に示されている。
【0055】
基本的に横加加速度GyにゲインCxyを掛け、一次遅れを付与した値を前後加減速指令にするというシンプルな制御則である。これによりエキスパートドライバの横と前後運動の連係制御ストラテジの一部が模擬できることが非特許文献2で確認されている。この式のGx_DCは横運動に連係していない減速度成分である。前方にコーナーがある場合の予見的な減速、あるいは区間速度指令がある場合に必要となる項である。また、sgn(シグナム)項は、右コーナー,左コーナーの両方に対して上記の動作が得られるように設けた項である。具体的には、操舵開始のターンイン時に減速し、定常旋回になると(横加加速度がゼロとなるので)減速を停止し、操舵戻し開始時のコーナー脱出時に加速する動作が実現できる。横加加速度に応じて加減速するということは、横加速度が増加するときに減速し、横加速度が減少するときに加速すると捉えることができる。また、数式2,数式3を参考にすると、操舵角が増加するときに減速し、操舵角が減少するときに加速すると解釈することもできる。
【0056】
さて、このように制御されると、前後加速度と横加速度の合成加速度(Gと表記)が、横軸に車両の前後加速度、縦軸に車両の横加速度をとるダイアグラムで、時間の経過とともに曲線的な遷移をするように方向付けられる(Vectoring)のため、「G−Vectoring制御」と呼ばれている。
【0057】
数式1の制御を適用した場合の車両運動に関して、具体的な走行を想定して説明する。
図5は、直進路A,過渡区間B,定常旋回区間C,過渡区間D,直進区間Eという、コーナーへの進入、脱出の一般的な走行シーンを想定している。このとき、ドライバによる加減速操作は行わないものとする。また、
図6は操舵角,横加速度,横加加速度,数式1にて計算した加減速指令、そして四輪(61,62,63,64)の制動,駆動力について時刻暦波形として示した図である。後で詳細に説明するが、前外輪(左旋回においては62となる)と前内輪(61),後外輪(64)と後内輪(63)は、左右(内外)それぞれ同じ値と成るように制動力・駆動力が配分されている。
【0058】
まず直進路区間Aから車両がコーナーに進入する。過渡区間B(点1〜点3)では、ドライバが徐々に操舵を切増すに従い、車両の横加速度Gyが増加していく(横加加速度Gyが正)。このとき、数式1より、制御車両は横加速度Gyの増加に伴い、減速(Gxcは負)する。その後、車両が定常旋回区間C(点3〜点5)に入ると、ドライバは操舵の切増しを止め、操舵角を一定に保つ。このとき、横加加速度Gyは0となるため、加減速指令Gxcは0となる。つぎに、過渡区間D(点5〜7)では、ドライバの操舵の切戻し操作によって車両の横加速度Gyが減少していく。このとき車両の横加加速度Gyは負であり、数式1より加減速指令Gxcは正となり車両は加速される。また直進区間Eでは横加加速度Gyが0となるため加減速制御は行われない。以上のように、操舵開始のターンイン時(点1)からクリッピングポイント(点3)にかけて減速し、定常円旋回中(点3〜点5)には減速を止め、操舵切戻し開始時(点5)からコーナー脱出時(点7)には加速する。このように、車両にG−Vectoring制御を適用すれば、ドライバは旋回のための操舵をするだけで、横運動に連係した加減速という車両運動を実現することが可能となる。また、この運動を前後加速度を横軸、横加速度を縦軸にとり、車両に発生している加速度様態を示す“g−g”ダイアグラムに表すと、滑らかな曲線状に遷移する特徴的な運動になる。この曲線状の遷移は左コーナーについては、図に示すように時計回りの遷移となり、右コーナーについては、Gx軸について反転した遷移経路となり、その遷移方向は半時計回りとなる。このように遷移すると前後加速度により車両に発生するピッチング運動と、横加速度により発生するロール運動が好適に連係し、ロールレイト、ピッチレイトのピーク値が低減される。
【0059】
<ヨーモーメント制御指令>
つぎに、左右輪駆動・制動力配分によるヨーモーメント制御について図面を用いて簡単に示す。
図7は車両0の反時計回りの旋回標準状態(A)から旋回を促進する方向(正)のヨーモーメント制御指令を入力した状況を示す模式図である。まず、標準状態での車両0の横方
向の運動方程式とヨーイング(回転)運動の方程式を示す。
【0062】
ただしm:車両0の質量,Gy:車両0に加わる横方向の加速度,Fyf:前2輪の横力、Fyr:後2輪の横力,M:ヨーモーメント,Iz:車両0のヨーイング慣性モーメント,r:車両0のヨー角加速度(rはヨーレイト),lf:車両0の重心点と前車軸間の距離,lr:車両0重心点と後車軸間の距離である。定常円旋回状態ではヨーイング運動は釣り合い(ヨーモーメントがゼロ)を示し、角加速度はゼロとなる。
【0063】
この状態から(B)は内側の後輪(左後輪63)のみにブレーキを掛け制動力(Fxfl)を与えた例、(C)はこれに加え内側の前輪にもブレーキを掛け制動力(Fxrl)を与えた例、(D)は(C)に加え外側前後輪に駆動力(Fxfr,Fxrr)を与えた例である。
【0066】
のヨーイングモーメントが働くことになる。ここで、前進方向、すなわち駆動方向の力を正とし、制動方向の力を負としており、dは左右輪間の距離(トレッド)を表している。
さらに、左側前後輪の合成制動・駆動力をFxr、右側前後輪の合成制動・駆動力をFxlとしている。
【0067】
また、同様に
図8は負のモーメント、すなわち左旋回しているときに、負の方向の、すなわち時計回りの(復元側の)ヨーモーメント制御指令を発生させる制動・駆動力の配分である。この場合も、ヨーイング運動の方程式は数式6となる。
【0068】
車両0においては、中央コトローラ40の指令により四輪のそれぞれに、自由に制動、駆動力を発生させることができるため、正負両方のヨーモーメント制御指令を発生することができ
る。
【0069】
さて、つぎに具体的な走行を想定して、このようなヨーモーメント制御の「横滑り防止」への適用について、その稼動条件の概要も含めて説明する。
図9は、直進路A,過渡区間B,定常旋回区間C,過渡区間D,直進区間Eという、コーナーへの進入,脱出の走行シーンについて、以下のように「アンダーステア」、「オーバーステア」が発生して車両に横滑りが発生し、コースから逸脱する状況において、「横滑り防止制御」を行った結果を示している。
【0070】
図10の3つのヨーレイト,横滑り角を用いて、「アンダーステア」,「オーバーステア」の判定について簡単に説明する。
図10は操舵角、「横滑り防止制御」介入条件に用いる、推定値を含むヨーレイト,推定車両横滑り角、そしてこれらから求めたヨーモーメント制御指令、そして四輪(61,62,63,64)の制動,駆動力、このときの車両前後加速度,横加速度について時刻暦波形として示した図である。
【0071】
まず操舵から求めたヨーレイトrδであるが、これは数式2を用いて、スタビリティファクタA,ホイールベースl,車両速度V,操舵角δを用いて算出したものである。ドライバの操舵角を入力としているため、ドライバの意思を最も良く反映したものと捉えることができる。
【0072】
つぎに、横加速度から求めたヨーレイトrGyであるが、これは数式3と同様に、横滑り角変化βを省略して数式7のようにし横加速度を車両速度で除して求めたものである。
【0074】
この値は、車両の公転速度を示していると考えられ、車両旋回限界を示す量と考えられる。
【0075】
さらにヨーレイトセンサ38で検出したヨーレイトrsは、車両の実際の自転速度を示している。
【0076】
横滑り角βは、定義としては車両の前後方向の速度uと車両の横方向の速度vを用いて、逆正接arctan(v/u)であるが、車両と進行方向のなす角と考えることができる。例えば
図7,
図8の車両重心を通る矢印は車両進行方向を示しており、これと車両の前後方向とのなす角が横滑り角で、車両固定座標系反時計回りが正とおいている。
図7においては横滑り角が負で大きな状態でオーバーステア→スピンを誘発するような状態を示している。また、
図8はこれとは逆に横滑り角が正で大きな状態でアンダーステア→経路はみ出しを誘発するような状態を示している。
【0077】
操舵から求める横滑り角βδは、車両運動モデルを用いて以下のように計算できる。
【0079】
ここで、mは車両質量、Krは、後輪の単位横滑り角に対する横力のゲインを現すコーナリングスティフネスである。
【0080】
横滑り角は、ミリ波対地車速センサ70で、前後方向の速度Vxと横方向の速度Vyを独立して検出し、
【0084】
のような、積分法、あるいは車両運動モデルを用いたオブザーバー推定手法との併用により推定精度を向上させてもよい。
【0085】
これらの操舵から求めたヨーレイトrδ,横加速度から求めたヨーレイトrGy,ヨーレイトセンサ38で検出したヨーレイトrs、そして、操舵から求めた横滑り角βδ,検出、あるいは推定値から求めた横滑り角βを用いて、A.「横滑り防止制御」介入条件,B.ヨーモーメント制御量が決定される。
【0086】
A.介入条件
横加速度から求めたヨーレイトと実ヨーレイトを比較して、実ヨーレイトが小さいときは、アンダーステア、大きいときはオーバーステア、さらに横滑り角が負で大きい場合はオーバーステアであると判断される。このときの閾値,不感帯などは、テストドライバなどの感応試験により調整される。
【0087】
B.ヨーモーメント制御量
基本的には操舵から求めたヨーレイトと、横滑り角に実際の値が近くなるようにヨーモーメントを加える。さらには横滑り角微分値などにフィーリングに合うように調整されたゲインを掛け合わせ、これらを足し合わせた値を用いて補正を行っている。
【0088】
さて、本実施例でのアンダーステア、オーバーステア発生状況、それに対する「横滑り防止制御」について
図10を用いて示す。まず、コーナー進入時の過渡区間Bの位置2〜3において、アンダーステアが発生しコースを逸脱してしまう可能性が生じている。これは、横加速度から求めたヨーレイトrGyに対し、実ヨーレイトrsが小さいことから検出することができる。そこで、旋回を促進する方向(正)のヨーモーメント制御指令が算出される。そして本実施例においては、左(内側)後輪に制動力を発生させ、旋回を促進する方向(正)のモーメントを加えている。
【0089】
また、定常旋回区間Cにおいて、最大横加速度状態で相対的に後輪の等価的なコーナリングスティフネスが低下し、オーバーステアが発生してスピンを誘発しそうな状況となっている。これは、横加速度から求めたヨーレイトrGyに対し、実ヨーレイトrsが大きいことから検出することができ、さらには横滑り角が閾値であるβthよりも、大きくなって大きな横滑り角となっていることから検出することができる。過剰なヨーイング運動を復元するために、本実施例においては右側(外側)輪に制動力を発生させ、時計回りのモーメントを加えている。
【0090】
ヨーモーメント制御指令が存在しているときだけ、前外輪(左旋回においては62となる)と前内輪(61)、後外輪(64)と後内輪(63)は、左右(内外)それぞれ異なる値となるように制動力が配分されている。
【0091】
さて、このように左右、それぞれ異なる値となるように制動力(駆動力)を制御することにより、車両の横滑り防止のためのヨーモーメント制御を実現することができ、車両の操縦性(回頭性)と安定性を確保することができる。しかしながら、このとき
図10に示すように、横滑りの発生状況に応じて減速度が加わることになる。当然、速度変化なども発生するため、
図10のように滑らかにハンドルを操舵しても横加速度にも変動が発生することになる。この運動を前後加速度を横軸、横加速度を縦軸にとり、車両に発生している加速度様態を示す“g−g”ダイアグラムに表すと、
図9下に示すように1から5までの間で、反時計回りのループを2箇所生じてしまうことになる。これでは、ピッチング運動とローリング運動が非同期となり、
図5のG−Vectoring制御時の運動に比べ、ギクシャクした運動となってしまう。いわゆるドライバ入力によって生じる横運動に連係していない加減速運動となってしまう。これが失速感,違和感の生じる所以である。本実施形態はこのような課題に対し、日常運転領域から稼動するハンドル操作に連係した加減速を自動的に行い(G−Vectoring)、限界運転領域で横滑りを確実に低減させる(横滑り防止制御)制御の融合を図ることにより、違和感が少なく、安全性能向上を可能とするものである。以下、具体的な制御装置の構成、および方法について開示していく。
【0092】
<G−Vectoring制御と「横滑り防止制御」の融合>
図11は、中央コントローラ40の演算制御ロジックと、車両0,センサ群およびセンサからの信号をもとに(中央コントローラ40内で演算するのであるが)横滑り角を推定するオブザーバーの関係を模式的に示したものである。ロジック全体はおおまかに、車両運動モデル401,G−Vectoringコントローラ部402,ヨーモーメントコントローラ部403,制動力・駆動力配分部404にて構成されている。
【0093】
車両運動モデルは、ドライバ舵角センサ33から入力された舵角δと、車速Vから数式2,数式3あるいは数式8を用いて推定横加速度(Gye),目標ヨーレイトrt,目標横滑り角βtを推定する。本実施例では、目標ヨーレイトrtは、先に述べた、操舵から求めたヨーレイトrδと同一とするような設定となっている。
【0094】
G−Vectoringコントローラ402に入力する横加速度,横加加速度については
図4に示すように両者の信号を相補的に用いるロジック410を採用している。G−Vectoringコントローラ402は、これらの横加速度,横加加速度を用いて数式1に従い、目標前後加速度指令GXtのうち、現在の車両横運動に連係した成分を決定する。さらには現在の車両横運動に連係していない減速度成分であるGx_DCを足し合わせて、目標前後加速度指令GXtを算出し、制動力・駆動力配分部404に出力する。
【0095】
ここでGx_DCは、前方にコーナーがある場合の予見的な減速、あるいは区間速度指令がある場合に必要となる項である。区間速度指令は、自車が存在している座標により決定される情報であるため、区間速度指令が掲載されているマップ情報に対し、GPSなどで得られた座標データを照合することにより決定できる。つぎに前方コーナーに対する予見的な減速であるが、本実施例では検出の詳細は省略するが例えば、単眼,ステレオなどのカメラや、レーザー,ミリ波などの測距レーダー、あるいはGPS情報など、自車より前方の情報を取り入れ、現時点ではまだ顕在化していない将来の横運動(横加加速度)に応じて加減速を行うという方法で実現できる。前方注視距離・時間での経路と、自車到達予想位置での偏差情報を用いて、操舵角を決定するいわゆる「ドライバモデル」と同様に、将来の操舵角を推定する。そして、この操舵操作により車両に発生するであろう将来の横加加速度に応じて、数式1同様にG−Vectoringを行うことにより(Preview G-Vectoring)前方コーナーに対する予見的な減速が可能となる。
【0096】
つぎに、ヨーモーメントコントローラ403については、先に述べたようなロジックにしたがって、目標ヨーレイトrt(rδ),目標横滑り角βtと、実ヨーレイト,実(推定)横滑り角との偏差Δr,Δβに基づいて、目標ヨーモーメントMtを算出し、制動力・駆動力配分部404に出力する。
【0097】
制動力・駆動力配分部404は、目標前後加速度指令GXt,目標ヨーモーメントMtに基づいて、車両0の四輪の制動・駆動力(Fxfl,Fxfr,Fxrl,Fxrr)を決定する。以下では、まず基本的な配分則を示し、これに加えて本実施形態における「G−Vectoring」制御で特徴的な、間接的なヨーモーメント制御(IYC:Indirect Yaw-moment Control)効果について概説し、制動力・駆動力配分における特徴的な留意点について述べる。
【0098】
まず、
図12を用いて、前後運動,横運動,ヨーイング運動の運動方程式について考える。ここで式の見通しをよくするために、制動・駆動力,タイヤ横力について、以下のように二輪分の力を再定義する。
【0109】
さらに、目標ヨーイングモーメントと各輪制動・駆動力についての記述は、
【0111】
となる。ここで、前後運動の数式15とヨーイングモーメントの数式18を連立させると、未知数2つ、式2本で、以下のように解析的に解くことができる。
【0114】
これで、「G−Vectoring」制御による加減速指令と「横滑り防止制御」によるモーメント指令を両立できる、右側前後輪2本分の制動力・駆動力と左側前後輪2本分の制動力・駆動力を配分することができた。つぎにこれらを、前後輪の垂直荷重比に応じて前後輪に配分する。今、車両0のバネ上重心点の地面からの高さをhとし、車両0がGxtで加減速しているとすると、前輪と後輪の2輪分の荷重(Wf,Wr)は、それぞれ次のようになる。
【0117】
よって、荷重比に応じて配分された四輪の制動・駆動力は以下のようになる。
【0126】
これが、本実施形態の基本配分則である。数式23から数式26を見ると、「G−Vectoring」制御指令値Gxtがゼロのときは、「横滑り防止制御」によるヨーモーメント制御指令を前後輪の静的荷重に応じて配分しており、「G−Vectoring」制御指令値Gxtがゼロでないときには、その前後加速度を実現するための制動力・駆動力が、余分なモーメントを発生しないように、左右輪には同一の値として、前後には荷重配分比に分配されていると解釈できる。
【0127】
さて、本実施形態における「G−Vectoring制御」と「横滑り防止制御」の融合において、もうひとつ考慮すべき点がある。それは、タイヤ横力の荷重依存性に起因する、間接的なヨーモーメント制御(IYC:Indirect Yaw-moment Control)効果である。この効果について
図13を用いて概説する。今、簡素化のためにlf(重心点から前軸までの距離)とlr(重心点から後軸までの距離)が等しいと仮定する。すなわち前輪と後輪の静止時の前後輪荷重は等しいとする。
【0128】
タイヤ横力は、
図13に示すようにタイヤ横滑り角に対して、横滑り角が小さいときには比例関係があり、大きいときには飽和特性を持つ。前後輪の荷重が等しいと仮定しているので、同一横滑り角に対しては同一の横力を発生することになる。ここで、車両0が「G−Vectoring」制御値Gxtに基づいて減速すると、数式21に示すように前輪荷重が増加し、数式22に示すように後輪荷重が減少する。結果として、旋回中に減速すると前輪の横力Fyfが増加し、後輪の横力Fyrが減少することになる。この現象を数式17のヨーイング運動方程式をもとに考えると、旋回を促進するモーメントが働くことになる。また、旋回中に加速すると
図13下段のように復元側のヨーモーメントが働くことになる。
【0129】
横運動に連係した「G−Vectoring」制御においては、横加速度が増加していくとき、すなわち旋回を開始するときに減速するので、旋回を促進する方向のヨーモーメントが働くことになる。また、横加速度が減少していくとき、すなわち旋回を終了するときに加速するので、旋回を復元し直進へ向かう方向のヨーモーメントが働くことになる。これらは、それぞれ操縦性向上と安定性向上のポテンシャルを有していることを示している。
【0130】
さて、このような「G−Vectoring制御」に「横滑り防止制御」のためのヨーモーメントを加えた場合、制御量が多すぎて不具合を生じる可能性がある。それは例えば、コーナー進入時に。「横滑り防止制御」の観点からアンダーステア防止制御のためのヨーモーメント制御指令を入力し、これにさらに「G−Vectoring」制御を加えた場合などに発生する可能性がある。アンダーステア防止のための制御量が大きすぎて、ニュートラルステアを通り越してオーバーステアとなることも懸念される。このような状況を回避するために、本実施例においては、
図14に示すようにG−Vectoring制御が稼動しているときには、ヨーモーメント制御量がある閾値を超えない限り、制動力・駆動力の左右配分を行わないようなロジックを内包するように構成している。これにより、ヨーモーメント制御指令が小さいときは、一つ目のモード(G−Vectoring)で稼動し、ヨーモーメント指令が大きいときは、二つ目のモード(横滑り防止制御)で稼動する。また、四輪のうちの左右輪に異なる制駆動力を発生する二つ目のモード(横滑り防止制御)で実現される車両前後加速度が、(G−Vectoring)の加減速制御指令との差が近くなるように四輪のうちの左右輪に略等しい制駆動力を加えるように補正制御されていることがわかる(数式23から数式26も参照)。しかしながら、制動・駆動配分が自在にならない、たとえば通常の二輪駆動車でかつ、ブレーキ制御のみを行うなどの他の実施例を考えると、必ずしも四輪のうちの左右輪に異なる制駆動力を発生する二つ目のモード(横滑り防止制御)で実現される車両前後加速度が、(G−Vectoring)の加減速制御指令と一致するものではない。例えば、G−Vectoring指令がゼロのときに、ブレーキ制御を行うと、どうしても減速度が発生してしまう。しかしながら、G−Vectoring制御の指令が、横滑り防止制御指令により発生する現速度よりも大きいときには、G−Vectoring制御の指令との差が近くなるように四輪のうちの左右輪に略等しい制駆動力を加えるように補正制御を行うことができ、本実施形態の課題を解決する場面が存在し、本実施形態の範囲内である。
【0131】
最後に本実施形態の効果について
図15,
図16,
図17を用いて説明する。
図15,
図16,
図17は、
図9,
図10にて示した、「横滑り防止制御」のみを適用したシーンについて本実施形態を適用した例である。また、
図16は
図10,
図15に対して、「アンダーステア」「オーバーステア」が発生する地点は同じであるが、より軽微なステア特性の変動であった場合を想定している。
【0132】
図15は、操舵角に応じて発生する横運動に応じて決定された加減速指令,ヨーモーメント制御指令,各輪制動・駆動配分、それにより実現される車両ヨーモーメント,車両前後加速度,車両横加速度を示している。このとき、アンダーステア,オーバーステア低減のためのヨーモーメント制御指令は、制御稼動閾値Mthよりも絶対値が大きな値となっている(「横滑り防止制御」稼動)。各輪の制動力,駆動力を示す図において、点線は「G−Vectoring」制御のみの加減速指令信号で、破線が「横滑り防止制御」のヨーモーメント制御指令に基づく減速量である。本実施形態を適用した制動・駆動力配分により地点1から3に掛けて四輪に制動力が加わり、旋回促進モーメントが発生するととみに地点2以降では、後内輪のみ大きな制動力が加わり、他の輪の制動力が低減され、「G−Vectoring」制御の指令に前後加速度が追従するとともに、「横滑り防止制御」が要求するヨーモーメントも実現できていることがわかる。また、地点4から5においては、前外輪,後外輪の制動力が低減され、前内輪,後内輪に駆動力が与えられ、車両前後加速度とヨーモーメントが指令どおりに追従していることがわかる。
【0133】
図16においては、地点2から3に掛けて、アンダーステア低減のためのヨーモーメント制御指令が発生しているが、加減速指令がある状態で、かつヨーモーメント制御指令が閾値Mthより小さいために、左右輪独立制動・駆動制御は省略されている(左右輪で同じ制動力)。これに対し、地点4から5においては、ヨーモーメント指令は閾値Mthより小さいが、「G−Vectoring」による加減速制御指令が無く前後輪での荷重移動が発生しないため、「横滑り防止制御」を稼動している例を示している。
【0134】
図15,
図16のように、四輪の制動力・駆動力が制御されると、
図17に示すように「横滑り防止」のためのヨーモーメント制御を行いながら、「G−Vectoring」制御と同様に“g−g”ダイアグラム上を、滑らかな曲線状に遷移する特徴的な運動を実現することができる。この曲線状の遷移は左コーナーについては、図に示すように時計回りの遷移となり、右コーナーについては、Gx軸について反転した遷移経路となり、その遷移方向は半時計回りとなる。このように遷移すると前後加速度により車両に発生するピッチング運動と、横加速度により発生するロール運動が好適に連係し、ロールレイト、ピッチレイトのピーク値が低減される。
【0135】
もちろん前方の車両が急に止まったり、道路に障害物があるという情報を受けたりして、システムあるいはドライバが減速指令を出す状況を考える必要がある。このような状況では、最優先にこれらの指令を反映させる必要がある。これは、
図11のロジック図におけるGx_DCを加える部分からシステム入力すると良い。
【0136】
以上のように、本実施形態によると、日常運転領域から稼動するハンドル操作に連係した加減速を自動的に行い、限界運転領域で横滑りを確実に低減させるという、違和感が少なく、安全性能向上を可能とする技術および装置を提供することが可能となる。