特許第5994077号(P5994077)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5994077複合糸及びそれを用いた布帛並びに複合糸の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5994077
(24)【登録日】2016年9月2日
(45)【発行日】2016年9月21日
(54)【発明の名称】複合糸及びそれを用いた布帛並びに複合糸の製造方法
(51)【国際特許分類】
   D02G 3/38 20060101AFI20160908BHJP
   D03D 15/00 20060101ALI20160908BHJP
【FI】
   D02G3/38
   D03D15/00 D
   D03D15/00 E
【請求項の数】6
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-55351(P2012-55351)
(22)【出願日】2012年3月13日
(65)【公開番号】特開2013-189718(P2013-189718A)
(43)【公開日】2013年9月26日
【審査請求日】2015年1月28日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度経済産業省、戦略的基盤技術高度化支援事業「微少領域表面加工技術を利用したフレキシブルアンテナ内蔵RFIDファイバー開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】592029256
【氏名又は名称】福井県
(74)【代理人】
【識別番号】100111855
【弁理士】
【氏名又は名称】川崎 好昭
(72)【発明者】
【氏名】針井 知明
(72)【発明者】
【氏名】関口 雅人
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 好博
(72)【発明者】
【氏名】田嶋 詠士
(72)【発明者】
【氏名】増田 敦士
(72)【発明者】
【氏名】村上 哲彦
(72)【発明者】
【氏名】雲竜 常宗
【審査官】 加賀 直人
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−239817(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/161336(WO,A1)
【文献】 特開2010−129200(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D02G 3/38
D03D 15/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維材料からなる糸本体と、前記糸本体に巻き付けて固定された支持体と、前記支持体に取り付けられて固定された電子部品と、前記電子部品及び前記支持体が固定された前記糸本体の周囲に巻きつけられるとともに前記電子部品の少なくとも一部を被覆して保持する保持糸を備えており、前記糸本体および保持糸はマルチフィラメント糸からなり、前記保持糸の繊度が前記糸本体の繊度の1/10以下であるとともに沸水収縮率が5%以上15%以下である複合糸。
【請求項2】
前記保持糸が巻き付けられた前記糸本体の周囲を被覆する樹脂層を備えている請求項1記載の複合糸。
【請求項3】
前記糸本体を構成するマルチフィラメント糸が撚糸からなり、前記保持糸を構成するマルチフィラメント糸が無撚糸または甘撚糸からなる請求項1又は2記載の複合糸。
【請求項4】
前記糸本体には、複数個所に導電性パターンが形成されており、前記電子部品は、前記導電性パターンの間に接着固定されており、前記支持体は、前記電子部品の両側に延設された端子部分を備えているとともに前記導電パターンに巻き付けて接着固定されている請求項1から3のいずれかに記載の複合糸。
【請求項5】
前記電子部品は、前記導電性パターンを介して信号を送受信するRFI用ICチップである請求項4に記載の複合糸。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の複合糸を備える布帛。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子部品等の物品を担持可能な複合糸及びそれを用いた布帛並びに複合糸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より衣料品に用いられる糸や布帛に電気的な性質を付与して電子部品を担持させる試みが行われている。例えば、糸にRFID(Radio Frequency Identification)等の無線通信技術で使用する電子部品を衣料品に実装することで、個別認証を行うことが提案されている。こうした無線通信技術に用いられるアンテナとしては、金属線、金属箔等の金属材料の他に、導電ペーストを印刷した樹脂フィルム材料といったものが使用されている。近年無線通信技術に使用するICタグの小型化が進展して様々な用途開発が図られているが、ICタグ自体は、糸に担持することを想定して開発されていないため、細く柔軟性を有するとともに引張強度及び屈曲性に優れた耐久性を有するといった糸に担持するために必要な特性を備えるものは、ほとんど実用化されていないのが現状である。
【0003】
こうしたICタグを、衣服等の既存の物品に取り付けることを想定して、糸に担持させる方法が提案されている。例えば、特許文献1では、ICタグの表裏をポリエステルフィルムで覆った箔糸や糸状フィルムにICチップを接着した芯糸にカバーリング加工を施した複合糸を用いて織物を製造する点が記載されている。また、特許文献2では、長繊維糸を組紐状に組み合わせて内部に電子部品を内蔵した複合糸が記載されている。また、特許文献3では、複数のICタグチップを等間隔に配置してテープ状にした媒体を導体である芯線上に絶縁物を介して螺旋巻きつけを行い、芯線の任意の場所でICタグチップのIDを認識することを可能とした点が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−226165号公報
【特許文献2】国際公開第2006/123133号
【特許文献3】特開2011−010382号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述した特許文献1では、糸状フィルムにICチップ等を接着して複合糸を構成しており、生産効率の面からみると実用的であるが、こうした複合糸を合成繊維等からなる地糸とともに製織・製編する場合に伸長性、熱収縮性といった糸の特性の違いによりICチップの破損が生じやすい。例えば、製織中の張力により複合糸が引き伸ばされて切断されたり、地糸の収縮に対応できずに織物の内部で複合糸が撓む現象が生じる。また、製織の際に複合糸を経糸に用いた場合筬打ち等の衝撃が接着されたICチップに加わって剥離しやすくなるといった課題がある。そして、糸状フィルムにICチップを接着した状態でカバーリング加工する場合、ICチップの接着部分とフィルムのみの部分との間に強度及び伸縮特性に大きな差異があるため、2つの部分の境界にカバーリング加工による応力が集中して破損する可能性が高く、実用的ではない。
【0006】
また、製造された織物を湾曲したり折り曲げたりする場合に、ICチップがフィルムに接着されているので、ICチップ又はICチップとの接続部に応力負荷がかかりやすくなり、ICチップが破損したり剥離したりするといった問題がある。
【0007】
また、特許文献2に記載されているように電子部品を内蔵する場合、電子部品が内部で動きやすくなって一定の配置状態に固定しにくく、インレットのようにアンテナ回路を有する短冊状の部品を内蔵することは難しいといった制約がある。
【0008】
また、特許文献3では、導体芯線にアンテナを介して相互に連結したテープ状ICタグに巻き付けており、屈曲性を向上させている。この場合には、搭載対象物がケーブルのような太い芯線であり、そのまま単体で使用する場合が大半である。一般的に糸のような直径1mm以下の細い材料では、織成加工又は編成加工のように曲率の大きい屈曲変形が加えられるため、アンテナを設けたICタグを糸に取り付けた場合に屈曲や伸長等の変形によりアンテナが破損するため実用的でない。
【0009】
そこで、本発明は、電子部品等の物品を担持するとともに、織成加工又は編成加工の加工中及び加工後の柔軟性、耐伸縮性及び耐屈曲性に優れた複合糸を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
繊維材料からなる糸本体と、前記糸本体に巻き付けて固定された支持体と、前記支持体に取り付けられて固定された電子部品と、前記電子部品及び前記支持体が固定された前記糸本体の周囲に巻きつけられるとともに前記電子部品の少なくとも一部を被覆して保持する保持糸を備えており、前記糸本体および保持糸はマルチフィラメント糸からなり、前記保持糸の繊度が前記糸本体の繊度の1/10以下であるとともに沸水収縮率が5%以上15%以下である。
前記保持糸が巻き付けられた前記糸本体の周囲を被覆する樹脂層を備えている。
前記糸本体を構成するマルチフィラメント糸が撚糸からなり、前記保持糸を構成するマルチフィラメント糸が無撚糸または甘撚糸からなる。
前記糸本体には、複数個所に導電性パターンが形成されており、前記電子部品は、前記導電性パターンの間に接着固定されており、前記支持体は、前記電子部品の両側に延設された端子部分を備えているとともに前記導電パターンに巻き付けて接着固定されている
さらに、前記電子部品は、前記導電性パターンを介して信号を送受信するRFI用ICチップである
【発明の効果】
【0012】
本発明は、上記のような構成を有することで、電子部品等の物品を担持するとともに、柔軟性、耐伸縮性及び耐屈曲性に優れた複合糸を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明に係る実施形態に関する概略構成図である。
図2】糸本体への電子部品の固定方法に関する説明図である。
図3】樹脂層で被覆した複合糸に関する概略構成図である。
図4】布帛に複合糸を織り込んだ部分の拡大図である。
図5】曲げ試験機に関する概略構成図である。
図6】耐屈曲性に関する測定結果を示す表である。
図7】純曲げ試験機を用いた曲げ剛性の測定結果を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係る実施形態について詳しく説明する。図1は、本発明に係る実施形態を模式的に示す概略構成図である。複合糸は、糸本体1、担持される小型の物品である電子部品2、電子部品2の両側に取り付けられた一対の支持体3、及び、糸本体1の周囲に巻き付けられた保持糸4を備えている。この例では、糸本体1には、電子部品2と電気信号を通信可能な状態で接着する導電性パターン5が電子部品2の両側に形成されている。
【0015】
図2は、糸本体1に電子部品2を固定する方法に関する説明図である。電子部品2の両側には細幅のテープ状の支持体3が延設されるように取り付けられており、図2(a)に示すように、電子部品2を糸本体1に形成された導電性パターン5の間に接着する。その際に、支持体3の延設する方向が糸本体1の糸長方向と傾斜するように接着する。そして、図2(b)に示すように、支持体3を糸本体1に螺旋状に巻き付けて接着固定する。糸本体1の太さと電子部品2のサイズ及び支持体3の幅がほぼ同じ大きさである場合には、支持体3の糸本体1の糸長方向に対する傾斜角度は10度〜20度に設定すると、電子部品2に無理な力がほとんど加わらずに支持体3を巻き付けることができる。
【0016】
糸本体1としては、合成繊維材料としては、ポリエステル、ナイロン、アクリル、ポリプロピレン、パラ系アラミド、メタ系アラミド、ポリアリレート、ポリベンゾイミダゾール等が挙げられ、天然繊維材料としては、綿、ウール、麻等が挙げられ、無機繊維材料としてはガラスが挙げられる。そして、これらの繊維材料を混合したものであってもよい。電子部品を担持する場合には、絶縁性を有する繊維材料からなるものを用いるとよい。
【0017】
また、糸本体としては、モノフィラメント糸、マルチフィラメント糸又は紡績糸が用いられるが、フィラメント糸で構成されたものが好ましい。糸本体は、構成する繊維材料がばらけないように10回/m〜300回/mの撚りを付与しておくとよい。糸本体の太さは、0.05mm〜1mmに設定するとよい。糸本体の太さが0.05mmより細くなると、ICチップ等の電子部品のサイズよりも小さくなるため実装が困難となり、1mmよりも太くなると、糸本体の柔軟性が低下して複合糸の取り扱いが難しくなる。
【0018】
この例では、糸本体1の表面に、糸長方向に所定の長さの範囲で金属メッキ層からなる一対の導電性パターン5が所定間隔を空けて形成されている。電子部品2としてICチップが使用されており、支持体3にはICチップと接続する端子部分が形成されている。そして、電子部品2が一対の導電性パターン5の間に位置決めされて接着剤等で実装され、支持体3に形成された端子部分が導電性パターン5に接着して電気信号が通信可能な状態となっている。電子部品2が実装可能な導電性パターンは、抵抗が30Ω/cm以下に設定すればよく、より好ましくは10Ω/cm以下に設定するとよい。導電性パターンが30Ω/cmを超えると、電子部品2との間の電気信号の通信状態が不安定となり、例えば無線通信を行う場合の送受信の精度が低下する。
【0019】
導電性パターン5を形成する場合、絶縁性を有する樹脂材料からなる糸本体1の表面を易接着処理し、易接着処理された表面に対して粘度50mPa・s〜10000mPa・sに調整した触媒インクを導電性パターンに対応する範囲に付与して乾燥し、触媒インクが付与された表面に無電解メッキ処理により金属メッキ層からなる導電性パターンを形成することができる。易接着処理としては、プラズマ処理、コロナ放電処理又はスパッタリング処理、エポキシやウレタン樹脂などのプライマ剤、ポリエステル繊維には有効なアルカリ減量処理のいずれかの処理を行えばよい。このように導電性パターンを形成することで、耐伸縮性及び耐屈曲性を有する導電性パターンを形成することができる。
【0020】
また、導電性パターン5は、線状、矩形状、円形状、楕円形状といった配線パターンに用いられる形状に形成され、特に限定されない。そして、導電性パターン5を糸本体1の周囲に形成するようにしてもよく、周方向に広幅に形成したり、らせん状に形成することもできる。導電性パターン5を周方向に形成することで、複数の電子部品2を糸本体の周囲に3次元に配置することも可能となり、用途に合わせて導電性パターンの形状及び電子部品の組み合せを変更することができる。
【0021】
また、電子部品2がRFIDに使用される超小型のICチップの場合、導電性パターン5を無線通信で使用するアンテナ形状に形成することができる。導電性パターン5の糸長方向の長さを送受信する電波の周波数に対応させて設定することで、導電性パターン5を介して電子部品2が信号を送受信することができる。また、インレット付きのRFID用ICチップの場合には、アンテナ素子部分が支持体に相当し、アンテナ素子部分を導電性パターンに巻き付けて固定すれば、導電性パターンがアンテナとして機能するようになる。また、センサー機能を備えたICチップの場合にも、導電性パターン5をアンテナとして使用して受信電波による電力供給を受けることができ、こうしたICチップを内蔵した複合糸を通常の糸と同様に布帛に取り付けるか布帛を構成する糸の一部に用いられて、環境や身体の状態を容易にセンシングすることが可能となる。
【0022】
なお、糸本体1に担持する物品としては、電子部品以外のものでもよく、芳香剤、特定波長を検出する蛍光剤、薬物や放射線に反応する色素や蛍光体を含む薬剤を封入したマイクロカプセル、植物の種子や肥料の粒子といった物品を支持体3に取り付けて巻き付けるようにすることもできる。支持体3としては、糸本体1に巻き付け可能な柔軟性を有するとともに糸本体1の伸縮に対して耐久性を備えた材料を用いることができる。具体的には、ポリエステル、ナイロン、アクリル、ポリプロピレン、パラ系アラミド、メタ系アラミド、ポリアリレート、ポリベンゾイミダゾール、ポリイミド等の合成樹脂材料が挙げられる。
【0023】
糸本体1に電子部品2及び支持体3を巻き付けて固定した後保持糸4を巻き付けて糸本体1に電子部品2及び支持体3が密着した状態で保持されるようにする。そのため、複合糸を細く柔軟性を有するものにすることができる。また、複合糸が湾曲変形したり、給糸の際にローラに接触した場合でも電子部品2が破損したり脱落することを確実に防止できる。また、後述するように、樹脂層を形成する樹脂加工の際にも電子部品2が保持糸により保護されているため、樹脂層を均一な薄い層に形成して細く柔軟性のある複合糸に仕上げることができる。
【0024】
保持糸4は、2本の糸でダブルカバーリング加工により巻き付けてもよく、また複数の糸を組み合せて組紐状に巻き付けてもよい。保持糸4としては、ポリエステル、ナイロン、アクリル、ポリプロピレン、パラ系アラミド、メタ系アラミド、ポリアリレート、ポリベンゾイミダゾール等の合成繊維材料、綿、ウール、麻等の天然繊維材料、ガラス等の無機繊維材料が挙げられる。そして、これらの繊維材料を混合したものであってもよい。電子部品を担持する場合には、絶縁性を有する繊維材料からなるものを用いるとよい。また、保持糸として熱収縮する繊維材料を使用すれば、糸本体に保持糸を巻き付けた後に加熱処理して保持糸を熱収縮させることで、糸本体に保持糸が圧着して電子部品及び支持体を密着させた状態にすることができ、また複合糸を細く柔軟性を有するものに仕上げることが可能となる。この場合の保持糸の沸水収縮率としては、5%〜15%が好ましい。ここで、沸水収縮率(BWS)は、繊維を沸騰水中に30分間浸漬したときの収縮率である。沸水収縮率が5%より小さいと保持糸が糸本体表面に十分密着した状態とならず、電子部品等の物品の保持が不安定になり、沸水収縮率が15%より大きいと熱収縮により電子部品等の物品が破損するおそれがある。
【0025】
また、保持糸としては、モノフィラメント糸、マルチフィラメント糸又は紡績糸が用いられるが、フィラメント糸で構成されたものが好ましい。フィラメント糸を無撚糸かそれに近い甘撚糸で使用することで、保持糸を巻き付けた際に繊維が拡がった扁平状態となって表面を被覆するため保持効果を高めることができる。保持糸の繊度は、糸本体の1/10以下であることが好ましい。繊度が糸本体の繊度の1/10を超えた太い糸を用いると、複合糸が硬くなって柔軟性が失われ、また巻き付ける力が強くなって電子部品等の物品を破損する等の不具合が生じるようになる。また、保持糸のフィラメント単糸繊度は、小さい方が巻き付けた際に幅広く扁平に潰れやすくなって電子部品等の物品を確実に被覆して固定することができ、また複合糸の柔軟性を維持することができる。具体的には、保持糸のフィラメント単糸繊度は、0.3dtex〜2.5dtexであることが好ましく、より好ましくは0.3dtex〜1.5dtexである。保持糸による糸本体表面の被覆率が30%〜90%となるように巻き付けるのが好ましい。30%より被覆率が下がると電子部品等の物品が保持糸の間に露出して外れる可能性があり、90%を超えると複合糸としての柔軟性が失われる。
【0026】
カバーリング加工による保持糸を糸本体に巻き付ける場合には、担持する物品のサイズに合わせて撚り数を設定するとよい。例えば、0.5mm〜0.7mmのサイズの電子部品の場合には、S撚り及びZ撚りのダブルカバーリング2,000T/m以上の撚り数で加工すれば、少なくとも1回は電子部品に対して保持糸を巻き付けるようにすることができる。保持糸のフィラメント単糸繊度を0.3dtex〜2.5dtexに設定した場合には、物品に対して1.5回以上巻き付けるように撚り数を設定すれば、保持糸が潰れて幅広に物品を覆うように巻き付いて物品が複数個所で保持されるようになるため、確実に固定することができる。図1に示す例では、2本の保持糸4を二重に巻き付けるダブルカバーリング加工を施している。
【0027】
図3は、図1に示す複合糸の周囲を樹脂層6で被覆した例に関する概略構成図である。この例では、複合糸の周囲を樹脂層6で被覆することで、耐薬品性、耐湿性、耐熱性といった保護層を設けることができる。樹脂層6を形成する場合の塗布量は、塗布する樹脂の種類によって異なるが、糸本体に対する重量比で10%〜200%の範囲に設定することが好ましい。樹脂層に使用する樹脂材料としては、一般に保護層に使用されている樹脂材料で被覆すればよく、例えば、ポリエステル系樹脂、ポリオレフィン系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリウレタン系樹脂、ゴム系樹脂、シリコン系樹脂といった公知の樹脂材料を用いることができる。樹脂材料としては、複合糸の特性に影響を及ぼさないように柔軟性、伸縮及び屈曲等の変形に対して耐久性を備えているものを使用すればよい。
【0028】
図4は、織成された布帛に複合糸10を織り込んだ部分の拡大図である。複合糸10が緯糸20の間に配列されており、経糸21が複合糸10の上下に交互に交差して緯糸20と同様に挟持されている。そのため、複合糸10が布帛に密着保持されて抜け落ちることはない。また、複合糸10が柔軟性及び伸縮性を有しているため、布帛が変形してもそれに追従して変形することができ、破損等のトラブルが生じることはない。複合糸10の糸本体として緯糸20と同じものを使用すれば、複合糸の力学特性を緯糸20とほぼ同様に設定することができ、布帛の変形に対して複合糸10がよりスムーズに追従することが可能となる。なお、上述した例では、複合糸10を緯方向に配列しているが、経方向に配列して保持することもできる。
【0029】
複合糸を通常の糸と同様に織物に織り込んだり、編物に編み込むためには、織成動作又は編成動作の際に生じる複合糸の伸縮に対して導電性パターンが物理的及び電気的に影響を受けることなく伸縮する必要がある。通常の織成動作及び編成動作の場合、糸の伸度5%以上でも破断することがなく、3%伸長後の残留歪みが1%以下であれば、通常の糸と同様に取り扱うことが可能であり、こうした糸の伸縮の際にも電子部品2及び支持体3の破損や脱落等生じることなく導電性パターン5の抵抗が30Ω/cm以下に維持される耐伸縮性を備えていれば、複合糸を織物や編物等の布帛に使用することができる。また、複合糸を給糸体から繰り出す際に複合糸に捩れが生じるが、上述したように、糸本体1に電子部品2及び支持体3を螺旋状に固定することで、こうした捩れに対しても十分な耐久性を備えるようになる。
【0030】
また、複合糸が織成動作又は編成動作に対して通常の糸と同様の耐久性を備えるためには、複合糸は繊維軸に対して等方的な柔軟性を備える必要がある。そのためには、繊維軸に対して疑似同心円形状であり、柔軟性も繊維軸に対してすべての方向でほぼ等しい柔軟性を備えることで、通常の糸と同様に取り扱うことが可能となる。具体的には、疑似同心円形状の場合断面形状が扁平率で2以下であればよく、疑似円が最も好ましい。扁平率が2を超えると、曲がる方向によって柔軟性に差が生じて通常の糸と同様の取り扱いが難しくなる。また、柔軟性については、純曲げ試験機(カトーテック株式会社製KES FB2-AUTO-A)で測定した場合、異なる方向の変位量が平均値に対して50%以下であればよい。50%を超えると、通常の糸と同様の取り扱いが難しくなる。そして、複合糸がこうした柔軟性を備えることで、布帛の状態においても通常の糸と柔軟性に差異がなく、衣料に用いた場合でも違和感なく使用することが可能となる。
【0031】
複合糸の耐屈曲性については、複合糸の電子部品及び支持体の固定部位を糸本体の繊維軸に対して左右90度の角度まで屈曲させる負荷動作を繰り返し行うことで評価することができる。負荷動作を1000回繰り返した後に導電性パターンの抵抗が30Ω/cm以下に維持されて電子部品の性能が影響を受けることがなければ、通常の糸と同様に取り扱っても導電性パターンの破断や電子部品の剥離等の影響を受けることがなく、十分な耐屈曲性を有すると評価できる。耐屈曲性については、135度の角度まで屈曲させる負荷動作を10000回繰り返した後に導電性パターンの抵抗が30Ω/cm以下に維持されることがより好ましい。
【実施例】
【0032】
糸本体の繊維材料として、ポリエステルからなるマルチフィラメント(1100dtex/250f;帝人株式会社製)に100回/mのS撚りをかけ、撚り止めの熱セットを115℃スチームで30分処理した糸を準備した。糸本体の太さは0.7mmであった。
【0033】
<導電性パターンの形成>
次に、準備した糸に導電性パターンを形成するために、易接着処理として大気圧プラズマ処理を施した。大気圧プラズマ処理では、プラズマを噴出するために室内空気を使用した。常圧プラズマ装置として日本プラズマリート株式会社製ジェネレータFG5001を使用し、ノズルPFW―10のシングルノズル2台を用いてプラズマノズルの先端より5mmの位置に準備した糸を位置決めし、糸長方向と直交する方向からプラズマを照射した。常圧プラズマの照射エアー圧力は20mmBrに設定し、準備した糸に5Nの張力を加えた状態で搬送速度200m/分に設定して連続搬送しながらプラズマ処理を行った。
【0034】
処理した糸の表面の剥離強度について測定を行った。測定方法としては、処理した糸に粘着テープを1kg/cm2の荷重を加えて貼り合わせた後、テンシロン万能試験機におけるロードセル10Nを使用し、つかみ間隔を50mmに設定してT型剥離強度を測定した。比較のため、プラズマ処理していない糸についても同様にT型剥離強度を測定した。測定結果は、プラズマ処理した糸では剥離強度が1.0Nであったのに対し、プラズマ処理していない糸では、0.84Nであった。したがって、プラズマ処理により易接着処理が行われて、密着性が向上したことがわかる。また、プラズマ処理に用いる空気に窒素ガスを毎分50リットル混合して同様に準備した糸にプラズマ処理したところ、剥離強度が2.1Nとなり、窒素ガスの混合により剥離強度が向上することがわかった。このように、準備した糸をプラズマ処理することで、以後の触媒インクの付着及び無電解メッキ処理における糸表面の密着性を向上させることができる。
【0035】
次に、易接着処理を施した糸の表面に、メッキ前処理を施した。触媒インクとして市販のスズ銀インク(溶剤タイプ)を準備し、粘度調整剤として大日本インキ株式会社製のポリウレタン溶剤系樹脂液(商品名;クリスボン2116)を用いた。スズ銀インクにポリウレタン溶剤系樹脂液を添加して粘度を50mPa・s〜100mPa・sに調整した。
【0036】
プラズマ処理した糸に3Nの張力を加えた状態で導電性パターンに対応した領域にスズ銀インクを付着させた。導電性パターンは、ダイポール型のアンテナ形状で、糸長方向にそれぞれ25mmの長さの一対の直線領域を2mmの間隔を空けて設定した。
【0037】
スズ銀インクの付着には、武蔵エンジニアリング株式会社製ディスペンサML808FXcomCEを使用し、ノズルMIN10で糸本体の表面にスズ銀インクを導電性パターンに対応させて塗布した。ノズルの移動速度は40mm/秒、エアー圧力は120kPa、ワーク間距離は150μmに設定した。
【0038】
スズ銀インクの付着状態を目視で確認したところ、25mmの長さで均一かつ正確に付着していた。スズ銀インクを付着させた糸を50℃で30秒間乾燥処理して、触媒であるスズ銀を糸の表面に定着させた。
【0039】
触媒であるスズ銀が定着した糸に5Nの張力を加えた状態で無電解メッキ処理を行った。無電解メッキ処理は、奥野製薬工業株式会社製OPC750Mの標準レシピに基づいて25℃で15分の無電解銅メッキ処理を行った。メッキ処理後糸を水洗し、50℃で10分間乾燥処理した。得られた糸本体は、スズ銀が定着した領域に銅メッキ層が均一に形成されており、銅からなるダイポール型アンテナ形状の導電性パターンが形成されていた。
【0040】
形成された導電性パターンについて抵抗値を測定した。測定には、HIOKI社製ミリオームハイテスタ3540を使用し、プローブ端子(型番9287-10 CLIP TYPE LEAD)を端子間距離1cmに設定して測定した。測定結果は、3.6〜4.8Ω/cmで、30Ω/cmより低い抵抗値であった。そのため、電子部品を実装した場合でも信号の送受信に関して十分な導電性を有していることが確認できた。
【0041】
<電子部品の実装>
電子部品として、日立化成工業株式会社製RFID用ICチップ(ミューチップ(登録商標)インレット付き;幅1.5mm×長さ54mm×厚さ0.2mm)を幅0.5mmで長さ30mmのサイズにカットしたものを準備した。この場合、チップ部分が電子部品に相当し、チップ部分から両側に延設されたアンテナ素子部分が支持体に相当する。そして、図2に示すように、ダイポール型アンテナ形状の導電性パターン(長さ25mmで間隔6mm)が形成された糸本体に対して、導電性パターンの間のスペースにチップ部分を接着剤(東亜合成株式会社製瞬間接着剤(商品名;ボンドアルファ―一般用))により接着固定し、アンテナ素子部分を糸本体の糸長方向と約15度傾斜させた状態で巻き付けて接着固定した。
【0042】
<保持糸の巻き付け>
保持糸の繊維材料として、ポリエステルからなるマルチフィラメント(33dtex/24f;帝人株式会社製B30−42−T、330S)を使用した。カバーリング加工機(片岡機械株式会社製PF−D−230型、D4)を用いて、撚り数を上撚(s2500T/m、504rpm)及び下撚(z3000T/m、606rpm)に設定して、保持糸を糸本体にダブルカバーリング加工した。
【0043】
保持糸の被覆率については、デジタルマイクロスコープ(ソニック株式会社製BS-D8000)を用いて保持糸を巻き付けた表面を観察し、観察した拡大画像について単位面積当たりの表面における保持糸の被覆面積の割合を被覆率として算出した。なお、保持糸がバラけた状態で巻き付いている状態でも保持糸の全幅にわたって被覆しているものとして被覆面積を算出した。算出した結果、この例では、被覆率は約77%となった。
【0044】
<ICチップの動作確認>
カバーリング加工して得られた複合糸についてRFIDとしての動作確認を行った。RFID用の読取器として、リーダーにはシーデックス社製UR13A−#5(23dBm)、アンテナにはアンテノーバ社製B4844(2.2dB)を使用し、読取可能な最大距離を測定して動作確認を行った。比較のため、カット前のRFID用ICチップについても測定した。複合糸について測定したところ、カット前のRFID用ICチップと同じ140mmの読取距離までID情報を繰り返し正確に読み取ることができ、複合糸に担持されたICチップが正常に動作していることを確認できた。
【0045】
<樹脂層のコーティング処理>
ICチップが実装された複合糸について導電性パターン及びRFID用ICチップを保護するために、樹脂層で複合糸の周囲を被覆した。樹脂材料として耐熱温度の高いポリエステル樹脂を使用した。コーティング処理には、ホットメルト塗工設備(株式会社パーカーコーポレーション製GS20)を使用し、1.6mmのノズルを使い複合糸の周囲を樹脂でコーティングした。ポリエステル樹脂は、東レ・デュポン株式会社製ハイトレルSB704(ポリエステルエラストマ系)を使用し、溶融温度185℃、樹脂供給量11.7g/分、繊維の搬送速度6.5m/分でコーティング処理したところ、糸の重量比にして平均82%の樹脂量で複合糸の周囲を均一な樹脂層で薄く被覆することができた。
【0046】
<ICチップの動作確認>
樹脂層が形成された複合糸についてRFIDとしての動作確認を行った。RFID用の読取器として、リーダーにはシーデックス社製UR13A−#5(23dBm)、アンテナにはアンテノーバ社製B4844(2.2dB)を使用し、読取可能な最大距離を測定して動作確認を行った。比較のため、カット前のRFID用ICチップについても測定した。複合糸について測定したところ、カット前のRFID用ICチップとほぼ等しい130mmの読取距離までID情報を繰り返し正確に読み取ることができ、複合糸に担持されたICチップが正常に動作していることを確認できた。
【0047】
<保持糸に関する試験>
保持糸による効果について試験を行った。上述したようにICチップを実装した複合糸に保持糸を巻き付けない状態で上述した樹脂層のコーティング処理を行ったところ、ICチップの正常な動作を確認できなかった。コーティング処理を行う前には正常な動作を確認できていたため、コーティング処理によりICチップに何らかの不具合が生じたものと考えられる。また、上述したようにICチップを実装した複合糸に、ポリエチレンテレフタレート(PET)からなる糸(33dtex)により撚り数1000T/m及び2000T/mでダブルカバーリング加工し、上述した樹脂層のコーティング処理を行った。撚り数が1000T/mの場合にはICチップの正常な動作を確認できなかったが、2000T/mの場合には正常な動作を確認することができた。これらの試験結果からみると、撚り数を2000T/m以上とすることで、ICチップを保持糸により確実に保持して樹脂層のコーティング処理による影響を避けることができると考えられる。
【0048】
<物性評価>
製造した複合糸について、耐伸縮性、耐屈曲性及び柔軟性の評価を以下の通り行った。
【0049】
(1)耐伸縮性の評価
株式会社島津製作所製オートグラフAGS−1KNG型を使用し、複合糸の耐伸縮性を評価した。長さ40mmの複合糸に10mm/分の定長伸長速度で引張荷重18Nを印加して10秒維持し、除荷重後RFIDの読取動作を確認した。5回の伸長試験を繰り返した後でも正常に動作することを確認できた。
比較のため、日立化成工業株式会社製RFID用ICチップ(ミューチップ(登録商標)インレット付き)を用いて同様の試験を行ったが、アルミニウム製のインレットが破断して動作が確認できなかった。そこで、引張荷重を2/3に減少して12Nを印加して同様の伸長試験を行ったが、3回以上の伸長試験で読取動作を確認できなくなり、耐伸縮性を有していないことがわかった。
【0050】
(2)繰り返し耐屈曲性の評価
複合糸の耐屈曲性を評価する試験機として曲げ試験機を用いた。図5は、曲げ試験機に関する概略構成図である。一対のステンレス棒(直径5mm)30を水平に配置し、ステンレス棒30を0.5mmの間隔で互いに平行となるように設定した。ステンレス棒30の上方には把持部材31が配置されており、把持部材31は、ステンレス棒30の間の中間線を通る回転中心軸Oを中心に回動可能となるように設定されている。複合糸Fは、その上端を把持部材31に固定して下端に荷重9.8cNを加えて垂下した状態とし、ステンレス棒30の間を通過してステンレス棒30の軸方向とほぼ直交するように設定する。そして、耐屈曲性を評価する部分(導電性パターン及び電子部品を配置した部分)をステンレス棒30に当接するように複合糸Fの位置を調整する。複合糸Fをセットした後、把持部材31を、矢印で示すように、所定の曲げ角度θで左右に往復回動させて複合糸Fを屈曲させる負荷動作を繰り返して試験を行う。
曲げ角度を135度に設定して複合糸を屈曲させる負荷動作を繰り返し行い、負荷動作を行った後複合糸の担持するRFID用ICチップの読取動作を行い、読取動作が可能な距離を測定した。測定結果を図6に示す。測定結果をみると、市販のミューチップでは100回を超える屈曲回数では読取動作を確認できなくなった。複合糸の場合には、1000回以上の屈曲回数でも読取可能な距離が短くなるものの読取可能であった。
【0051】
(3)柔軟性の評価
純曲げ試験機(カトーテック株式会社製KES FB2-AUTO-A)を使用し、複合糸のICチップが実装された領域において曲げ剛性を測定した。測定条件は、最大曲げ曲率2.5cm-1で、糸をその周方向に90度ずつ回転させて4方向の曲げ方向で測定を行い、曲げる時と戻す時の曲げ剛性の平均値を算出した。測定結果を図7に示す。測定結果をみると、複合糸の異なる方向の曲げ剛性値は、平均値に対するずれは50%以下であることがわかる。各方向の平均値で比較すると、平均値とのずれは10%以下であり、曲げに対して等方性材料であることがわかる。
【符号の説明】
【0052】
1・・・糸本体、2・・・電子部品、3・・・支持体、4・・・保持糸、5・・・導電性パターン、6・・・樹脂層、10・・・複合糸、20・・・緯糸、21・・・経糸
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7