【実施例】
【0032】
糸本体の繊維材料として、ポリエステルからなるマルチフィラメント(1100dtex/250f;帝人株式会社製)に100回/mのS撚りをかけ、撚り止めの熱セットを115℃スチームで30分処理した糸を準備した。糸本体の太さは0.7mmであった。
【0033】
<導電性パターンの形成>
次に、準備した糸に導電性パターンを形成するために、易接着処理として大気圧プラズマ処理を施した。大気圧プラズマ処理では、プラズマを噴出するために室内空気を使用した。常圧プラズマ装置として日本プラズマリート株式会社製ジェネレータFG5001を使用し、ノズルPFW―10のシングルノズル2台を用いてプラズマノズルの先端より5mmの位置に準備した糸を位置決めし、糸長方向と直交する方向からプラズマを照射した。常圧プラズマの照射エアー圧力は20mmBrに設定し、準備した糸に5Nの張力を加えた状態で搬送速度200m/分に設定して連続搬送しながらプラズマ処理を行った。
【0034】
処理した糸の表面の剥離強度について測定を行った。測定方法としては、処理した糸に粘着テープを1kg/cm
2の荷重を加えて貼り合わせた後、テンシロン万能試験機におけるロードセル10Nを使用し、つかみ間隔を50mmに設定してT型剥離強度を測定した。比較のため、プラズマ処理していない糸についても同様にT型剥離強度を測定した。測定結果は、プラズマ処理した糸では剥離強度が1.0Nであったのに対し、プラズマ処理していない糸では、0.84Nであった。したがって、プラズマ処理により易接着処理が行われて、密着性が向上したことがわかる。また、プラズマ処理に用いる空気に窒素ガスを毎分50リットル混合して同様に準備した糸にプラズマ処理したところ、剥離強度が2.1Nとなり、窒素ガスの混合により剥離強度が向上することがわかった。このように、準備した糸をプラズマ処理することで、以後の触媒インクの付着及び無電解メッキ処理における糸表面の密着性を向上させることができる。
【0035】
次に、易接着処理を施した糸の表面に、メッキ前処理を施した。触媒インクとして市販のスズ銀インク(溶剤タイプ)を準備し、粘度調整剤として大日本インキ株式会社製のポリウレタン溶剤系樹脂液(商品名;クリスボン2116)を用いた。スズ銀インクにポリウレタン溶剤系樹脂液を添加して粘度を50mPa・s〜100mPa・sに調整した。
【0036】
プラズマ処理した糸に3Nの張力を加えた状態で導電性パターンに対応した領域にスズ銀インクを付着させた。導電性パターンは、ダイポール型のアンテナ形状で、糸長方向にそれぞれ25mmの長さの一対の直線領域を2mmの間隔を空けて設定した。
【0037】
スズ銀インクの付着には、武蔵エンジニアリング株式会社製ディスペンサML808FXcomCEを使用し、ノズルMIN10で糸本体の表面にスズ銀インクを導電性パターンに対応させて塗布した。ノズルの移動速度は40mm/秒、エアー圧力は120kPa、ワーク間距離は150μmに設定した。
【0038】
スズ銀インクの付着状態を目視で確認したところ、25mmの長さで均一かつ正確に付着していた。スズ銀インクを付着させた糸を50℃で30秒間乾燥処理して、触媒であるスズ銀を糸の表面に定着させた。
【0039】
触媒であるスズ銀が定着した糸に5Nの張力を加えた状態で無電解メッキ処理を行った。無電解メッキ処理は、奥野製薬工業株式会社製OPC750Mの標準レシピに基づいて25℃で15分の無電解銅メッキ処理を行った。メッキ処理後糸を水洗し、50℃で10分間乾燥処理した。得られた糸本体は、スズ銀が定着した領域に銅メッキ層が均一に形成されており、銅からなるダイポール型アンテナ形状の導電性パターンが形成されていた。
【0040】
形成された導電性パターンについて抵抗値を測定した。測定には、HIOKI社製ミリオームハイテスタ3540を使用し、プローブ端子(型番9287-10 CLIP TYPE LEAD)を端子間距離1cmに設定して測定した。測定結果は、3.6〜4.8Ω/cmで、30Ω/cmより低い抵抗値であった。そのため、電子部品を実装した場合でも信号の送受信に関して十分な導電性を有していることが確認できた。
【0041】
<電子部品の実装>
電子部品として、日立化成工業株式会社製RFID用ICチップ(ミューチップ(登録商標)インレット付き;幅1.5mm×長さ54mm×厚さ0.2mm)を幅0.5mmで長さ30mmのサイズにカットしたものを準備した。この場合、チップ部分が電子部品に相当し、チップ部分から両側に延設されたアンテナ素子部分が支持体に相当する。そして、
図2に示すように、ダイポール型アンテナ形状の導電性パターン(長さ25mmで間隔6mm)が形成された糸本体に対して、導電性パターンの間のスペースにチップ部分を接着剤(東亜合成株式会社製瞬間接着剤(商品名;ボンドアルファ―一般用))により接着固定し、アンテナ素子部分を糸本体の糸長方向と約15度傾斜させた状態で巻き付けて接着固定した。
【0042】
<保持糸の巻き付け>
保持糸の繊維材料として、ポリエステルからなるマルチフィラメント(33dtex/24f;帝人株式会社製B30−42−T、330S)を使用した。カバーリング加工機(片岡機械株式会社製PF−D−230型、D4)を用いて、撚り数を上撚(s2500T/m、504rpm)及び下撚(z3000T/m、606rpm)に設定して、保持糸を糸本体にダブルカバーリング加工した。
【0043】
保持糸の被覆率については、デジタルマイクロスコープ(ソニック株式会社製BS-D8000)を用いて保持糸を巻き付けた表面を観察し、観察した拡大画像について単位面積当たりの表面における保持糸の被覆面積の割合を被覆率として算出した。なお、保持糸がバラけた状態で巻き付いている状態でも保持糸の全幅にわたって被覆しているものとして被覆面積を算出した。算出した結果、この例では、被覆率は約77%となった。
【0044】
<ICチップの動作確認>
カバーリング加工して得られた複合糸についてRFIDとしての動作確認を行った。RFID用の読取器として、リーダーにはシーデックス社製UR13A−#5(23dBm)、アンテナにはアンテノーバ社製B4844(2.2dB)を使用し、読取可能な最大距離を測定して動作確認を行った。比較のため、カット前のRFID用ICチップについても測定した。複合糸について測定したところ、カット前のRFID用ICチップと同じ140mmの読取距離までID情報を繰り返し正確に読み取ることができ、複合糸に担持されたICチップが正常に動作していることを確認できた。
【0045】
<樹脂層のコーティング処理>
ICチップが実装された複合糸について導電性パターン及びRFID用ICチップを保護するために、樹脂層で複合糸の周囲を被覆した。樹脂材料として耐熱温度の高いポリエステル樹脂を使用した。コーティング処理には、ホットメルト塗工設備(株式会社パーカーコーポレーション製GS20)を使用し、1.6mmのノズルを使い複合糸の周囲を樹脂でコーティングした。ポリエステル樹脂は、東レ・デュポン株式会社製ハイトレルSB704(ポリエステルエラストマ系)を使用し、溶融温度185℃、樹脂供給量11.7g/分、繊維の搬送速度6.5m/分でコーティング処理したところ、糸の重量比にして平均82%の樹脂量で複合糸の周囲を均一な樹脂層で薄く被覆することができた。
【0046】
<ICチップの動作確認>
樹脂層が形成された複合糸についてRFIDとしての動作確認を行った。RFID用の読取器として、リーダーにはシーデックス社製UR13A−#5(23dBm)、アンテナにはアンテノーバ社製B4844(2.2dB)を使用し、読取可能な最大距離を測定して動作確認を行った。比較のため、カット前のRFID用ICチップについても測定した。複合糸について測定したところ、カット前のRFID用ICチップとほぼ等しい130mmの読取距離までID情報を繰り返し正確に読み取ることができ、複合糸に担持されたICチップが正常に動作していることを確認できた。
【0047】
<保持糸に関する試験>
保持糸による効果について試験を行った。上述したようにICチップを実装した複合糸に保持糸を巻き付けない状態で上述した樹脂層のコーティング処理を行ったところ、ICチップの正常な動作を確認できなかった。コーティング処理を行う前には正常な動作を確認できていたため、コーティング処理によりICチップに何らかの不具合が生じたものと考えられる。また、上述したようにICチップを実装した複合糸に、ポリエチレンテレフタレート(PET)からなる糸(33dtex)により撚り数1000T/m及び2000T/mでダブルカバーリング加工し、上述した樹脂層のコーティング処理を行った。撚り数が1000T/mの場合にはICチップの正常な動作を確認できなかったが、2000T/mの場合には正常な動作を確認することができた。これらの試験結果からみると、撚り数を2000T/m以上とすることで、ICチップを保持糸により確実に保持して樹脂層のコーティング処理による影響を避けることができると考えられる。
【0048】
<物性評価>
製造した複合糸について、耐伸縮性、耐屈曲性及び柔軟性の評価を以下の通り行った。
【0049】
(1)耐伸縮性の評価
株式会社島津製作所製オートグラフAGS−1KNG型を使用し、複合糸の耐伸縮性を評価した。長さ40mmの複合糸に10mm/分の定長伸長速度で引張荷重18Nを印加して10秒維持し、除荷重後RFIDの読取動作を確認した。5回の伸長試験を繰り返した後でも正常に動作することを確認できた。
比較のため、日立化成工業株式会社製RFID用ICチップ(ミューチップ(登録商標)インレット付き)を用いて同様の試験を行ったが、アルミニウム製のインレットが破断して動作が確認できなかった。そこで、引張荷重を2/3に減少して12Nを印加して同様の伸長試験を行ったが、3回以上の伸長試験で読取動作を確認できなくなり、耐伸縮性を有していないことがわかった。
【0050】
(2)繰り返し耐屈曲性の評価
複合糸の耐屈曲性を評価する試験機として曲げ試験機を用いた。
図5は、曲げ試験機に関する概略構成図である。一対のステンレス棒(直径5mm)30を水平に配置し、ステンレス棒30を0.5mmの間隔で互いに平行となるように設定した。ステンレス棒30の上方には把持部材31が配置されており、把持部材31は、ステンレス棒30の間の中間線を通る回転中心軸Oを中心に回動可能となるように設定されている。複合糸Fは、その上端を把持部材31に固定して下端に荷重9.8cNを加えて垂下した状態とし、ステンレス棒30の間を通過してステンレス棒30の軸方向とほぼ直交するように設定する。そして、耐屈曲性を評価する部分(導電性パターン及び電子部品を配置した部分)をステンレス棒30に当接するように複合糸Fの位置を調整する。複合糸Fをセットした後、把持部材31を、矢印で示すように、所定の曲げ角度θで左右に往復回動させて複合糸Fを屈曲させる負荷動作を繰り返して試験を行う。
曲げ角度を135度に設定して複合糸を屈曲させる負荷動作を繰り返し行い、負荷動作を行った後複合糸の担持するRFID用ICチップの読取動作を行い、読取動作が可能な距離を測定した。測定結果を
図6に示す。測定結果をみると、市販のミューチップでは100回を超える屈曲回数では読取動作を確認できなくなった。複合糸の場合には、1000回以上の屈曲回数でも読取可能な距離が短くなるものの読取可能であった。
【0051】
(3)柔軟性の評価
純曲げ試験機(カトーテック株式会社製KES FB2-AUTO-A)を使用し、複合糸のICチップが実装された領域において曲げ剛性を測定した。測定条件は、最大曲げ曲率2.5cm
-1で、糸をその周方向に90度ずつ回転させて4方向の曲げ方向で測定を行い、曲げる時と戻す時の曲げ剛性の平均値を算出した。測定結果を
図7に示す。測定結果をみると、複合糸の異なる方向の曲げ剛性値は、平均値に対するずれは50%以下であることがわかる。各方向の平均値で比較すると、平均値とのずれは10%以下であり、曲げに対して等方性材料であることがわかる。