(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
近年、自動車安全部品の一つとして急速に装着率が向上しているエアバッグは、自動車の衝突事故の際、衝撃をセンサーが感知し、インフレーターから高温、高圧のガスを発生させ、このガスによってエアバッグを急激に展開させて、運転者や同乗者の身体、特に頭部がハンドル、フロントガラス、ドアガラス等に衝突することを防止し保護する目的で使用される。近年、自動車用エアバッグは、運転席、助手席用のみならず、ニーエアバッグ、サイドエアバッグ、カーテンエアバッグ等の実用化が進み、複数のエアバッグが装着されることが一般的となっている。
【0003】
搭載されるエアバッグの部位、数量が増えるにつれ、エアバッグシステムの更なる軽量化、コンパクト化の要求が高まり、システムの各部品は小型化、軽量化を目指して設計されてきている。このような背景から、エアバッグについては細繊度糸を使用した基布を用いる方策、あるいはコーティング織物のエラストマーの種類、塗布量を低減する方策が検討されてきた。
【0004】
例えば、エアバッグ用コーティング基布に使用するフィラメントの繊度は、940dtexから470dtexへと細くなり、近年では繊度が350dtexのフィラメントを用いた基布へと変更されている。
【0005】
また、エアバッグ用コーティング基布に塗布されるエラストマー樹脂についても、クロロプレンからシリコーン樹脂に変更されてきている。また、その塗布量も90〜120g/m
2から40〜60g/m
2に変更され、近年では25〜40g/m
2にまで低減されてきた。これらの手段により収納性の点ではかなり向上したものの満足出来るレベルではなく、更なる塗布量の低減による収納性改善、軽量化が要望されている。
【0006】
一方で、とりわけ内圧保持性が要求されるサイドエアバッグ、カーテンエアバッグ、ニーエアバッグ等には、シリコーンなどの合成ゴムや樹脂を被覆したコーティング織物が主に使用されているが、20g/m
2以下に樹脂量を低減すると、表面に位置する樹脂量が極端に低減し、樹脂膜の破れが発生し易く高度な低通気性を確保するのが困難という問題を有していた。
【0007】
そこで、シリコーン樹脂の塗布量を低減したエアバッグ用コーティング基布として、エラストマー樹脂が織物を構成する織糸部1.0に対して、織物目合い部に3.0以上の膜厚比で偏在させたエアバッグが開示されている(特許文献1を参照)。
しかしながら、上記エアバッグは、収納性については改善されているものの、20g/m
2以下の塗布量に調整した場合、上記のように樹脂が偏在している状態では、樹脂膜の破れが発生し易く、特に内圧保持性能が要求されるエアバッグに対して低通気性を十分に満足するのは困難であった。
【0008】
また、合成繊維織物の樹脂被覆面に位置する経糸および緯糸の断面外周が該樹脂により90%以上包囲され、樹脂の塗布量が20g/m
2以下であるエアバッグ用コーティング基布が開示されている(特許文献2の請求項2を参照)。
しかしながら、樹脂が含浸することにより、基布と樹脂の接着性は向上するものの、織物表面に位置する樹脂膜が薄いため、同様に樹脂膜の破れが発生し易く、特に内圧保持性能が要求されるエアバッグに対して低通気性を十分に満足するのは困難であった。
【発明を実施するための形態】
【0014】
前記の課題を解決することができる本発明のエアバッグ用コーティング基布は、以下の構成よりなる。
1.合成繊維フィラメントから構成された織物の少なくとも片面に、20g/m
2以下のシリコーン樹脂が塗布されてなるエアバッグ用コーティング基布において、コーティングされた基布の経クリンプ率が緯クリンプ率より小さく、経クリンプ率が4%以下、緯クリンプ率と経クリンプ率の差が0.8〜3.0%であり、コーティング基布の100kPa差圧下での通気度が0.02L/cm
2/min以下であることを特徴とするエアバッグ用コーティング基布。
2.合成繊維フィラメントから構成された織物の少なくとも片面に、20g/m
2以下のシリコーン樹脂が塗布されてなるエアバッグ用コーティング基布において、コーティング前のベース基布の経クリンプ率が緯クリンプ率より小さく、経クリンプ率が4%以下であり、コーティング基布の100kPa差圧下での通気度が0.02L/cm
2/min以下であることを特徴とするエアバッグ用コーティング基布。
3.製織時の基布の経糸テンションが0.16cN/dtex以上0.40cN/dtex以下であることを特徴とする、上記1または2のいずれかに記載のエアバッグ用コーティング基布。
4.織物を構成するフィラメントの総繊度が、200〜470dtexである上記1〜3のいずれかに記載のエアバッグ用コーティング基布。
5.織物のカバーファクターが、1,800〜2,500である上記1〜4のいずれかに記載のエアバッグ用コーティング基布。
6.上記1〜5のいずれかに記載のエアバッグ用コーティング基布の製造方法であって、樹脂の塗布方法がナイフコート方式であり、使用するナイフの先端半径が0.5mm以下であり、ナイフコーティング時における織物の長さ方向の張力が0.10cN/dtex以下である事を特徴とするエアバッグ用コーティング基布の製造方法。
【0015】
以下本発明を詳述する。
本発明において、合成繊維フィラメントから構成された織物とは、合成繊維フィラメント糸条を用いて製織される織物を意味する。織物は、機械的強度に優れ、厚さを薄くできるという点で優れている。織物の組織は、例えば、平織、綾織、朱子織およびこれらの変化織、多軸織などが適用でき、なかでも機械的強度により優れる平織物が特に好ましい。
【0016】
合成繊維としては、特にナイロン66、ナイロン6、ナイロン46、ナイロン12等の脂肪族ポリアミド繊維、アラミド繊維のような芳香族ポリアミド繊維、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレートやポリブチレンテレフタレートなどのポリエステル繊維が使用される。他には、全芳香族ポリエステル繊維、ポリパラフェニン・ベンゾビス・オキサゾール繊維(PBO繊維)、超高分子量ポリエチレン繊維、ポリフェニレンサルファイド繊維、ポリエーテルケトン繊維等が挙げられる。ただし、経済性を勘案すると、ポリエステル繊維、ポリアミド繊維が好ましく、特に好ましくはポリアミド66である。また、これらの繊維はその一部または全部が再利用された原材料より得られるものでもよい。
【0017】
また、これらの合成繊維には、原糸製造工程や後加工工程での工程通過性を向上させるために、各種添加剤を含有させてもよい。添加剤としては、例えば、酸化防止剤、熱安定剤、平滑剤、帯電防止剤、増粘剤、難燃剤等が挙げられる。また、この合成繊維は原着糸や製糸後染色したものでもよい。また、単糸の断面は、通常の丸断面のほか、異形断面であってもよい。合成繊維は、72フィラメント以上のマルチフィラメント糸を用いることが、柔軟性、コート面の平滑性の点から好ましい。
【0018】
本発明のコーティング基布は、織物の両面にコーティングされた両面コーティング基布であってもよいが、収納性の点から、片面にのみにコーティングされる片面コーティング基布がより好ましい。
【0019】
コーティング樹脂は、耐熱性、耐寒性、難燃性を有するシリコーン系樹脂が最適である。シリコーン系樹脂の具体例としては付加重合型シリコーンゴム等が挙げられる。例えば、ジメチルシリコーンゴム、メチルビニルシリコーンゴム、メチルフェニルシリコーンゴム、トリメチルシリコーンゴム、フロロシリコーンゴム、メチルシリコーンレジン、メチルフェニルシリコーンレジン、メチルビニルシリコーンレジン、エポキシ変性シリコーンレジン、アクリル変性シリコーンレジン、ポリエステル変性シリコーンレジンなどが挙げられる。なかでも、硬化後にゴム弾性を有し、強度や伸びに優れ、コスト面でも有利な、メチルビニルシリコーンゴムが好適である。
【0020】
シリコーン樹脂を使用する場合には、反応硬化剤を用いても良く、例えば、白金粉末、塩化白金酸、四塩化白金酸等の白金系化合物や、パラジウム化合物、ロジウム化合物、ベンゾイルパーオキサイド、パラクロルベンゾイルパーオキサイド、オルソクロロパーオキサイドなどの有機過酸化物等を用いることができる。
【0021】
シリコーンゴムと基布との接着性を向上させるために、シリコーン樹脂に接着助剤を含有させることが好ましい。接着助剤としては、例えば、アミノ系シランカップリング剤、エポキシ変性シランカップリング剤、ビニル系シランカップリング剤、クロル系シランカップリング剤、およびメルカプト系シランカップリング剤よりなる群から選ばれる少なくとも1種以上が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0022】
シリコーンゴムに加える無機質充填剤は、従来からシリコーンゴムの補強、粘度調整、耐熱性向上、難燃性向上などを目的とする充填剤として使用されている。最も代表的な充填剤はシリカ粒子である。シリカ粒子の比表面積は、50m
2/g以上が好ましく、より好ましくは50〜400m
2/g、特に好ましくは100〜300m
2/gである。該比表面積がこの範囲にあると、得られたシリコーン硬化物に優れた引裂強度特性を付与しやすい。比表面積はBET法により測定される。シリカ粒子は、単独で用いても二種以上を併用してもよい。本発明で使用できるシリカ粒子としては、例えば、石英、水晶、珪砂、珪藻土等の天然品、乾式シリカ、シリカヒューム、湿式シリカ、シリカゲル、コロイダルシリカ等の合成品が挙げられる。
【0023】
上記のシリカ粒子は、シリコーンゴムと添加剤を含む樹脂組成物に対してより良好な流動性を付与させやすくするため、粒子の表面を疎水化処理された疎水性シリカ粒子を使用することが好ましい。例えば、トリメチルクロロシラン、ジメチルジクロロシラン、メチルトリクロロシラン等のメチルクロロシラン類、ジメチルポリシロキサン、ヘキサメチルジシラザン、ジビニルテトラメチルジシラザン、ジメチルテトラビニルジシラザン等のヘキサオルガノジシラザンなどの有機ケイ素化合物が好ましい。
【0024】
シリカ粒子の含有量は、全シリコーン樹脂に対して10〜20質量%が好ましく、より好ましくは12〜20質量%である。シリカ粒子の含有量が10質量%未満の場合、シリコーンゴムの機械的強度が低下しやすくなる。一方、シリカ粒子の含有量が20質量%を超える場合、樹脂組成物の流動性が低下しやすくなり、コーティング作業性が悪化するばかりか、樹脂が脆くなり、接着性が低減する傾向がある。
【0025】
本発明のコーティング基布は、100kPa差圧下での通気度が0.02L/cm
2/min以下であることが必要である。通常のエアバッグの展開時には30〜50kPaの内圧がかかるが、更にインフレータの火薬による熱の影響もあるため、布帛を標準状態で測定するときには100kPa差圧下での通気度を議論する必要がある。より好ましくは、0.01L/cm
2/min以下である。100kPa差圧下での通気度が0.02L/cm
2/minより高いと、とりわけ内圧保持性能が要求されるサイドエアバッグ、カーテンエアバッグ、ニーエアバッグでは、乗員拘束性能を満足できないため好ましくない。
【0026】
通常、樹脂の付着量を少なくすると、基布表面に存在する樹脂の膜厚も薄くなるため、例えば100kPa差圧下のような高圧下ではコーティングされた樹脂膜が破れやすく、通気度が増大する問題点を有していた。しかしながら、塗布量が20g/m
2以下の少量であっても、コーティング前のベース基布のクリンプ率を所定の範囲に制御することにより、コーティング後の基布のクリンプ率が所定の範囲となることで、樹脂の低塗布量化と高圧下での通気度特性とを両立させる、従来技術では解決できていなかった新規な技術思想を本発明者らは見出したものである。具体的には、コーティング前の基布の経クリンプ率が4%以下であり、経クリンプ率が緯クリンプ率より小さく、この差が0〜3%となるベース基布であり、コーティング時の基布張力を所定の範囲とすることで、コーティング後の基布の経クリンプ率が緯クリンプ率より小さく、経クリンプ率が4%以下、緯クリンプ率と経クリンプ率の差が0.8〜3.0%であり、コーティング基布の100kPa差圧下での通気度が0.02L/cm
2/min以下であるエアバッグ用コーティング基布を提供するものである。
【0027】
エアバッグ用のベース基布のようなカバーファクターが1800を越えるような高密度織物を製造する場合、緯糸を多く打ち込む為に経糸のクリンプ率は緯糸のクリンプ率より大きくなることが従来知られていた。しかし本発明において、経クリンプ率が緯クリンプ率より小さく、経クリンプ率が4%以下であり、経緯クリンプ率差が0〜3%に設計する事により、コート布として樹脂の低塗布量化と高圧下での通気度特性とを両立させる方法を見出したものである。コート前の基布の経クリンプ率が緯クリンプ率より小さくし、かつ経糸クリンプ率が4%以下とする方法としては特に制限は無いが、例えばAJLのように製織時に緯糸方向の張力が比較的低い織機を用い緯糸方向のクリンプ率を高める方法、製織後の精練、乾燥工程において、布走行方向におけるテンションを出来るだけ高くする方法等が考えられるが、製織時の経糸テンションを可能な範囲で高くする方法が好ましく用いられる。従来の製織時の経糸テンションとしては、カバーファクターが2000前後においては0.15cN/dtex以下が好ましく用いられているが、本願発明では0.16cN/dtex以上、より好ましくは0.18cN/dtex、さらに好ましくは0.20cN/dtex以上が用いられる。上限は特に制限しないが、高すぎると糸切れによる毛羽の発生がみられるため、0.40cN/dtex以下、より好ましくは0.36cN/dtex以下が好ましい。これらの方法に加え、製織時の経糸方向の織密度を緯糸方向に対して2%以上、好ましくは3%以上、より好ましくは3.5%以上小さくなるように設計することで、経方向のクリンプ率が緯方向に対して本願発明の範囲のクリンプ率になりやすく好ましい。経緯方向での織密度差は10%を越えると基布の等方性を失うため好ましくは9%以下、より好ましくは8%以下、さらに好ましくは6%以下である。
また、基布製織時の経糸本数を減らすことにより、経糸へのテンションが係りやすくなるため、クリンプ率が本願発明範囲に入りやすくなると考えられる。
【0028】
コーティング時においても織物の長さ方向に張力をかけるが、この張力は0.01〜0.10cN/dtexとすることが好ましい。この範囲とすることで、コーティング後の基布のクリンプ率が本願記載の範囲となり、樹脂の低塗布量化と高圧下での通気度特性とを両立することが出来る。高圧下での通気度特性を達成できる理由は定かではないが、コーティング時にかかる張力が繊維軸方向に対して垂直方向である緯糸は、コーティング時の経糸の移動に伴い、布の走行方向に緯糸のフィラメントが広がるために基布の空隙を埋める方向となり、コーティング後の基布の通気性は低く維持出来る、と考えられる。
【0029】
コーティング前の基布の経緯クリンプ率差が3%より大きい場合、経糸が伸びきっているか緯糸のクリンプ率が大きすぎることを示し、コーティング時の経糸の移動に伴う緯糸の移動が十分に行えず、基布の空隙を埋める事ができなくなる。より好ましくは、0〜2.5%である。またコーティング前の基布における経クリンプ率を4%以下に設定する事で、ナイフによる接圧と、織物の長さ方向にかかる張力に対する基布の動きが抑制され、樹脂が織物内部へ浸透せずに基布表面を覆った形で、乾燥、硬化する事が出来る。この為に、コーティング後の基布の通気性は低く維持出来ると考えられる。経クリンプ率が4%より大きいと、コーティング前の基布自体の空隙が多く存在するため、樹脂が空隙に入り、20g/m
2以下の低塗布量が困難である。また、コーティング時に張力を与えても、経糸の動きが大きいため同じく空隙が生じ、20g/m
2以下の低塗布量は達成できても樹脂が内部に浸透しているため、基布表面を十分に覆う事が出来ない。このためコーティング後の通気性が好ましくない。
【0030】
コーティングされた基布の経クリンプ率が緯クリンプ率より小さく、かつ、緯クリンプ率と経クリンプ率の差が0.8〜3.0%であることが必要である。このクリンプ率差を有することで、基布表面は比較的平坦になると同時に基布繊維間の空隙が低減されており、20g/m
2以下の低塗布量においても、コーティング基布の100kPa差圧下での通気度が0.02L/cm
2/min以下を達成できる。好ましい緯クリンプ率と経クリンプ率の差は1.0〜2.9%であり、より好ましくは1.5〜2.8%である。
【0031】
本発明において使用されるシリコーン樹脂の粘度は15〜60Pa・secが好ましく、より好ましくは20〜50Pa・secである。一般的に、シリコーン樹脂の膜強伸度を高く設定する為には樹脂粘度を高くする事で達成出来るが、樹脂粘度が60Pa・sec以上になると20g/m
2以下の塗布量に調整することが困難になるという問題が生じる。一方で、樹脂粘度が15Pa・sec未満の場合、所望のシリコーン樹脂の膜物性が得られないばかりでなく、樹脂が織物内部に入りこむために、低通気を達成するのに必要な樹脂厚みを確保することが困難となる。上記の粘度の範囲内に調整できるのであれば、溶剤系、無溶剤系どちらでも構わないが、環境への影響を考慮すると、無溶剤系が好適である。
【0032】
なお、本発明では、樹脂以外の添加剤を含有する樹脂組成物の場合、樹脂組成物の粘度も「樹脂の粘度」と定義する。
【0033】
本発明において、樹脂の塗布量が20g/m
2以下の少ない塗布量で、低通気性を実現するコーティング基布を設計するためには、樹脂の塗布方法が重要である。
樹脂を塗布する方法としては、従来の公知の方法が用いられるが、コート量の調整の容易さや異物(突起物)混入時の影響の点から、ナイフコートが最も好ましい。本発明において、ナイフコートの際に使用されるナイフは、その刃の先端形状として、半円状、角状等が使用できる(
図1を参照)。
【0034】
ナイフコートを用いて、樹脂の塗布量を20g/m
2以下に低減させるためには、接圧、特に織物の長さ方向の基布張力を高めることが有効である。しかしながら、従来のナイフコートの際に従来用いられてきたナイフ刃では、先端部が半円状の場合、鋭利なものでも先端部半径(R)が0.7mm程度である。そのため、樹脂の塗布量を20g/m
2以下に低減させるためには、織物の長さ方向の基布張力を相当高める必要があった。その結果、経緯のクリンプ率の差が大きくなり、クリンプ率が大きい方向の樹脂膜の厚みが低減する現象が生じた。この結果、コーティング前のベース基布の経緯クリンプ率差を3.0%以上に設計しても、コーティング後の圧力緩和時に経糸方向及び緯糸方向のクリンプ率の差が大きくなり、クリンプ率が大きい方向の樹脂膜の厚みが低減する現象が生じた。この結果、コーティング前のベース基布の経クリンプ率が緯クリンプ率より小さく、経クリンプ率が4%以下であり、かつ経緯クリンプ率差を0〜3%に設計したとしても、圧力負荷時に被膜が破れるため、低い通気度を維持することが出来なかった。
【0035】
一方、本発明では、ナイフコートを用いて、コーティング基布を製造する際に、先端部半径(R)が0.5mm未満のナイフ刃を使用することが好ましく、更に好ましくはRが0.3mm以下のナイフ刃を用い、基布張力を低減させた条件でコーティングを行うことが好ましい。このように、従来のナイフ刃よりも鋭利なナイフ刃を用いることにより、基布の張力を高めなくても樹脂の付着量を低減させることが出来るため、経糸方向及び緯糸方向クリンプ率を均一にすることができる。結果、織物表面におけるシリコーン樹脂の膜厚を厚く制御することができるため、高い通気性能を保持する事が可能になる。なお、ナイフ刃の先端部半径は、ラディアスゲージや、レーザー光を用いた変位測定装置にて測定することができる。
【0036】
ナイフコーティングにおける織物の長さ方向の張力は、0.10cN/dtex以下が好ましく、特に好ましくは0.08cN/dtexである。織物の長さ方向の張力が0.10cN/dtexより大きいとコーティング前のベース基布の経クリンプ率が緯クリンプ率より小さく、経クリンプ率が4%以下であり、かつ経緯クリンプ率差を0〜3%に設計したとしても、ナイフ下で圧力負荷時に織物の長さ方向にかかる張力に対する基布の動きが大きくなり、低通気度を維持出来なくなる。
【0037】
塗布量を決定する条件としてはナイフの押し込み量も影響する。しかし、ナイフの押し込み量を上げ過ぎると、コーティング後の圧力緩和時に基布の動きが大きくなるため、20g/m
2以下の低塗布量では、膜厚を均一に塗布する事が困難となる。
【0038】
塗布後のコーティング剤を乾燥、硬化させる方法としては、熱風、赤外光、マイクロウェーブなど、一般的な加熱方法を使用することが出来る。加熱温度、時間については、シリコーン樹脂が硬化するのに十分な温度に達していればよく、好ましくは加熱温度が150〜220℃であり、加熱時間が0.2〜5分である。
【0039】
織物を構成するフィラメント糸条の総繊度は、200〜470dtexであることが好ましい。総繊度が470dtexを超えると、基布の厚さが増大し、エアバッグの収納性が悪化しやすくなする。一方、総繊度が200dtex未満では、コーティング基布の引張強力や引裂機械特性などのエアバッグ作動時の機械特性が低下しやすくなる。
【0040】
基布となる織物のカバーファクターは、1,800〜2,500が好ましく、特に好ましくは1,900〜2,450である。カバーファクターが1,800未満であると、エアバッグとして必要な物理特性(引張強力や引裂強力)が低下する。一方、カバーファクターが2,500を超える場合には、製織時、並びに収納性による限界がある。なお、カバーファクターCFは、下式により算出する。
CF=√(経糸の総繊度)×経糸密度+√(緯糸の総繊度)×緯糸密度
なお、総繊度の単位はdtex、織密度の単位は本/2.54cmである。
【実施例】
【0041】
以下、実施例を用いて本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。なお、実施例中における各種評価は、下記の方法にしたがって評価した。
【0042】
(1)繊度
JIS L−1095 9.4.1記載の方法で測定した。
(2)フィラメント数
フィラメント糸条の断面写真よりフィラメント数を数えた。
【0043】
(3)織物の密度
JIS L−1096 8.6.1記載の方法で測定した。
(4)クリンプ率
JIS L−1096 6.7 B法記載の方法で測定した。
【0044】
(5)シリコーン樹脂膜強伸度
シリコーン樹脂の0.5mmの一様な厚さの膜を作製し、チャック間10mmにて10mm/minの速度で引張試験を行い、破断時の強度及び伸度を測定した。樹脂の乾燥温度、時間は、実際に布帛に塗布し、樹脂を硬化させる際の条件を採用した。
【0045】
(6)塗布量
JIS L 1096 8.4.2記載の方法にしたがって、コーティング基布の質量を測定した。次に、ブランク試料として、樹脂を塗布せずにコーティング時と同じ条件で加工処理を行った後、JIS L 1096 8.4.2記載の方法にしたがってブランク試料の質量を測定した。その後、コーティング基布の質量とブランク試料の質量との差を塗布量として算出した。なお、塗布量は、1m
2あたりの質量(g/m
2)で表した。
【0046】
(7)通気度
100kPa圧力下での通気度を高圧通気度測定機(OEMシステム(株)製)を用いて測定した。
【0047】
(8)コーティング時張力
コーティング時において、所定の張力となるよう、布巻き取り側のローラーのトルクから示される張力を用いて設定した。この値を布幅、経糸の織密度、繊度で割り返した値を用いた。
(9)製織時の経糸張力
糸の張力測定装置を用い、織機稼動中に経糸ビームとバックローラーとの中間において、経糸一本当たりに加わる張力を測定した。製織稼動時間10分間の最大値5点と最小値5点を抽出し平均を取ることで経糸一本当たりの張力とし繊度で割り返した値を用いた。
【0048】
(実施例1)
総繊度が470dtex、72フィラメントのポリアミド66マルチフィラメント糸を、平織りにてウォータージェットルームにて製織した。次いで、沸水にて収縮加工した後、110℃で乾燥仕上げをし、経密度45本/2.54cm、緯密度47本/2.54cm、カバーファクターが1,994の織物を得た。この時、経クリンプ率は3.1%、緯クリンプ率は5.6%であった。この織物の片面に、シリコーン樹脂の膜強度が4.8MPa、膜伸度が378%であり、樹脂の粘度が22Pa・secに調整した無溶剤系シリコーン樹脂を、先端形状が半円状で、先端部半径Rが0.3mmのナイフを用い、コーティング時の織物の長さ方向の張力を0.07cN/dtexに設定し、フローティングナイフコートにて塗布した。さらに190℃で2分間硬化処理し、塗布量を15g/m
2にしたコーティング基布を得た。得られたコーティング基布の特性を評価し、表1に示した。得られた基布は、低塗布量にも関わらず、極めて低い通気度を示した。
【0049】
(実施例2)
総繊度が470dtex、144フィラメントのポリアミド66マルチフィラメント糸を、平織りにてウォータージェットルームにて製織した。次いで、沸水にて収縮加工した後、110℃で乾燥仕上げをし、経密度45本/2.54cm、緯密度47本/2.54cm、カバーファクターが1,994の織物を得た。この時、経クリンプ率は3.9%、緯クリンプ率は4.7%であった。この織物の片面に、実施例1同様のシリコーン樹脂及びコーティング方法、条件にて塗布し、塗布量を14g/m
2にしたコーティング基布を得た。得られたコーティング基布の特性を評価し、表1に示した。得られた基布は、低塗布量にも関わらず、極めて低い通気度を示した。
【0050】
(実施例3)
総繊度が470dtex、144フィラメントのポリアミド66マルチフィラメント糸を、平織りにてウォータージェットルームにて製織した。次いで、沸水にて収縮加工した後、110℃で乾燥仕上げをし、経密度50本/2.54cm、緯密度52本/2.54cm、カバーファクターが2,211の織物を得た。この時、経クリンプ率は3.6%、緯クリンプ率は5.1%であった。この織物の片面に、実施例1同様のシリコーン樹脂を用い、先端形状が半円状で、先端部半径Rが0.3mmのナイフを用い、コーティング時の織物の長さ方向の張力を0.06cN/dtexに設定し、フローティングナイフコートにて塗布した。さらに190℃で2分間硬化処理し、塗布量を16g/m
2にしたコーティング基布を得た。得られたコーティング基布の特性を評価し、表1に示した。得られた基布は、低塗布量にも関わらず、極めて低い通気度を示した。
【0051】
(実施例4)
総繊度が350dtex、108フィラメントのポリアミド66マルチフィラメント糸を、平織りにてウォータージェットルームにて製織した。次いで、沸水にて収縮加工した後、110℃で乾燥仕上げをし、経密度54本/2.54cm、緯密度56本/2.54cm、カバーファクターが2,058の織物を得た。この時、経クリンプ率は3.5%、緯クリンプ率は5.4%であった。この織物の片面に、実施例1同様のシリコーン樹脂を用い、先端形状が半円状で、先端部半径Rが0.3mmのナイフを用い、コーティング時の織物の長さ方向の張力を0.05cN/dtexに設定し、フローティングナイフコートにて塗布した。さらに190℃で2分間硬化処理し、塗布量を18g/m
2にしたコーティング基布を得た。得られたコーティング基布の特性を評価し、表1に示した。得られた基布は、低塗布量にも関わらず、極めて低い通気度を示した。
【0052】
(実施例5)
実施例1と同様の織物の片面に、実施例1同様のシリコーン樹脂を用い、先端形状が半円状で、先端部半径Rが0.2mmのナイフを用い、コーティング時の織物の長さ方向の張力を0.08cN/dtexに設定し、フローティングナイフコートにて塗布した。さらに190℃で2分間硬化処理し、塗布量を10g/m
2にしたコーティング基布を得た。得られたコーティング基布の特性を評価し、表1に示した。得られた基布は、低塗布量にも関わらず、極めて低い通気度を示した。
【0053】
(比較例1)
総繊度が470dtex、72フィラメントのポリアミド66マルチフィラメント糸を、平織りにてウォータージェットルームにて製織した。次いで、沸水にて収縮加工した後、110℃で乾燥仕上げをし、経密度46本/2.54cm、緯密度46本/2.54cm、カバーファクターが1,994の織物を得た。この時、経クリンプ率は5.6%、緯クリンプ率は3.9%であった。この織物の片面に、実施例1同様のシリコーン樹脂を用い、先端形状が半円状で、先端部半径Rが0.3mmのナイフを用い、コーティング時の織物の長さ方向の張力を0.03cN/dtexに設定し、フローティングナイフコートにて塗布した。さらに190℃で2分間硬化処理し、塗布量を20g/m
2にしたコーティング基布を得た。得られたコーティング基布の特性を評価し、表1に示した。得られた基布は、通気性能が極めて悪かった。これは、コート時に生じる基布の動きによりコーティング樹脂が内部まで浸透したため、付着量が20g/m
2を越えると同時に通気度低減のための所定の位置にコーティング皮膜が形成されず、通気度低減が達成されなかったと考えられる。
【0054】
(比較例2)
総繊度が470dtex、72フィラメントのポリアミド66マルチフィラメント糸を、平織りにてウォータージェットルームにて製織した。次いで、沸水にて収縮加工した後、110℃で乾燥仕上げをし、経密度46本/2.54cm、緯密度46本/2.54cm、カバーファクターが1,994の織物を得た。この時、経クリンプ率は5.0%、緯クリンプ率は4.2%であった。この織物の片面に、実施例1同様のシリコーン樹脂を用い、先端形状が半円状で、先端部半径Rが0.3mmのナイフを用い、コーティング時の織物の長さ方向の張力を0.12cN/dtexに設定し、フローティングナイフコートにて塗布した。さらに190℃で2分間硬化処理し、塗布量を12g/m
2にしたコーティング基布を得た。得られたコーティング基布の特性を評価し、表1に示した。得られた基布は、通気性能が極めて悪かった。これは、コーティング時に与えた基布のテンションが高く、織物を構成する経緯の糸の動きが生じることにより空隙が生じ、付着量は12g/m
2と低減されたものの通気度低減のための所定の位置にコーティング皮膜が形成されず、通気度低減が達成されなかったと考えられる。
【0055】
(比較例3)
総繊度が470dtex、144フィラメントのポリアミド66マルチフィラメント糸を、平織りにてウォータージェットルームにて製織した。次いで、沸水にて収縮加工した後、110℃で乾燥仕上げをし、経密度46本/2.54cm、緯密度47本/2.54cm、カバーファクターが2,016の織物を得た。この時、経クリンプ率は4.5%、緯クリンプ率は3.5%であった。この織物の片面に、実施例1同様のシリコーン樹脂を用い、先端形状が半円状で、先端部半径Rが0.3mmのナイフを用い、コーティング時の織物の長さ方向の張力を0.07cN/dtexに設定し、フローティングナイフコートにて塗布した。さらに190℃で2分間硬化処理した後の塗布量が22g/m
2であるコーティング基布を得た。得られたコーティング基布の特性を評価し、表1に示した。得られた基布は通気性能が良好であったものの、塗布量20g/m
2以下を達成出来なかった。これは、コート時に生じる基布の動きによりコーティング樹脂が内部まで浸透したため、付着量が20g/m
2を越えると同時に通気度低減のための所定の位置にコーティング皮膜が形成されず、通気度低減が達成されなかったと考えられる。比較例1とでは、基布クリンプ率、コーティングテンション等が本願発明に近い条件であるため、dpfが低いことによる付着量増大は見られるものの、低通気度が達成されたと考えられる。
【0056】
【表1】