【実施例】
【0047】
実施例1〜4、参考例1および比較例1〜2
[試料および供試動物]
パルプは、針葉樹由来の溶解パルプ(実施例1:NDP)(商品名「NT」日本製紙ケミカル(株)社製)、広葉樹由来の溶解パルプ(実施例2、4)および広葉樹由来のクラフトパルプ(実施例3:LBKP)(商品名「LBKP」日本製紙(株)社製)を用いた。広葉樹由来の溶解パルプは、乾燥させたもの(実施例2:LDP)(商品名「LT」日本製紙ケミカル(株)社製)と乾燥工程を経ずに一部圧搾脱水したもの(実施例4:湿LDP)を調製した。なお、実施例1、2および4のパルプはいずれも、サルファイト法により製造された木材由来のパルプである。
【0048】
パルプからセロビオースを製造する過程で産生されるセルロース断片も飼料として用いた(参考例1:セロビオース残渣)。セロビオース残渣の製造は、下記の方法によった。100kgの湿LDP(含水量70%)を5%となるように600Lの水中に分散し、塩酸またはアルカリでpH5に調整した。セルラーゼ(商品名「セルクラフト」:ノボエンザイム社製)を対パルプ3%となるように加え、50℃で24時間反応し、その後、全体を遠心分離(3000rpm)にて、溶液と固形分を分離した。溶液部分は、濃縮後、晶析し、その後乾燥してセロビオース4kgを得た。固形分は、80℃で20時間乾燥、粉砕してセロビオース残渣13kgを得た。
【0049】
NDP、LDPおよびLBKPの結晶化度(Segal法)はそれぞれ89.7%、88.0%および85.5%で、重合度はそれぞれ1570、1540および1500であった。
【0050】
なお、結晶化度の測定は、以下のようにして行った。適当量の試料をガラスセルに乗せ、X線回折測定装置(RAD−2Cシステム、理学電気社製)に供した。Segalらの手法(L.Segal,J.J.Greely etal,Text.Res.J.,29,786,1959)、およびKamideらの手法(K.Kamide et al,Polymer J.,17,909,1985)に基づき、X線回折測定から得られた回折図の2θ=4°〜32°の回折強度をベースラインとして、002面の回折強度と2θ=18.5°のアモルファス部分の回折強度から次式1により、結晶化度を算出した。
〔式(1)〕 χc=(I
002C−Ia)/I
002C×100
χc:結晶化度(%)
I
002C:2θ=22.6°、002面の回折強度
Ia:2θ=18.5°、アモルファス部分の回折強度
【0051】
対照試料としては、粗飼料および濃厚飼料を代表するものとして、それぞれバミューダグラス乾草(比較例1)および加熱圧片トウモロコシ(比較例2)を用いた。
実施例及び比較例の各飼料の組成を表1に示した。表1中の空欄については、未測定であることを示す。
【0052】
供試動物としてルーメンフィステル装着ホルスタイン雌乾乳牛(体重630kg)1頭を用いた。飼料としてバミューダグラス乾草、トウモロコシおよび大豆粕をそれぞれ70、20および10重量%の割合で給与した。給与量は日本飼養標準(乳牛、2006)で日増体量0.5kgを充足する量とし、自由飲水とした。
【0053】
【表1】
【0054】
[分析方法および統計]
試料の一般成分分析は常法に従った(AOAC International 2000)。
【0055】
中性デタージェント繊維(NDF)はVan SoestとWine(1967)の方法に、酸性デタージェント繊維(ADF)と酸性デタージェントリグニン(ADL)の分析はVan Soest(1962)の方法に、それぞれ従って求めた。NDFおよびADFはFiber Analyzer(A200、ANKOM Technology Corp.、Fairport、NY、USA)を用いて求めた(Vogelら 1999)。NDFは耐熱性アミラーゼを用いたが亜硫酸ナトリウムは添加しない値として表した(Mertens 2002)。
【0056】
中性デタージェント不溶性蛋白質(NDICP)および酸性デタージェント不溶性蛋白質(ADICP)はそれぞれ中性デタージェント(ラウリル硫酸ナトリウム主体の中性洗剤溶液)および酸性デタージェント(セチルトリメチルアンモニウムブロミドの硫酸溶液)で処理した残渣中の蛋白質を測定することで求めた。
【0057】
インビトロ培養試験におけるガス圧測定は、内圧測定用圧力計(A型、GLサイエンス、東京)を用いて行った。ガス組成は、TCD装着ガスクロマトグラフ(GC−8A、島津製作所、京都)を用いて、ステンレスカラムに充填したPolapack type Q(80/100メッシュ、Waters Associates,Inc.、Milford、MA、USA)とアルゴンガスで分離して測定した。
【0058】
またVFAは、FID装着ガスクロマトグラフ(7890A、Agilent Technologies,Inc.、Santa Clara、CA、USA)を用いて、ガラスカラムに充填した5% Thermon 1000と0.5%H
3PO
4(80/100メッシュのChromosorb Wに吸着、和光純薬、大阪)とヘリウムガスで分離して定量した。
【0059】
インビトロ培養試験において得られる発酵関連の測定値は、変動に試料間差が見られたことから、Mann−Whitneyのノンパラメトリック法を用いて差の検定(P<0.10)を行った(Campbell 1974)。
【0060】
試験飼料の化学成分(乾物中%)を表2に示す。なお、表2中の「%」は「重量%」を示す。
【0061】
【表2】
【0062】
[インシチュ試験]
試料のルーメン内消化性をin situ法で測定した(Nocek 1988)。
【0063】
供試動物のルーメン内に試料各5g(風乾重)を秤量したポリエステルバッグ(#R1020、ポリエステル、10cm×20cm、平均孔径50±15μm、ANKOM Technology Corp.、Fairport、NY、USA)を経時的に投入した。分解時間は、飼料の入ったポリエステルバッグを投入後、2時間、4時間、8時間、24時間、48時間、72時間とした。
【0064】
各時間経過後、ルーメン内からポリエステルバッグを取り出した後、水で洗浄し、60℃で乾物恒量を求めた。また、ルーメン内には投入せず、水で洗浄しただけの飼料の入ったポリエステルバッグを、分解時間0時間の試料とした。
【0065】
各試料の測定は実施日の異なる3連で行った。
【0066】
飼料の乾物消化曲線の推定にはΦrskovとMcDonald(1979)が示した以下の一次反応式(式(2))を、測定した平均値に適用した。
〔式(2)〕 p=a+b×(1−e
-ct)
【0067】
式(2)中、pは分解時間t(時間)における乾物消化率(%)、cは可消化成分(b)の消化速度(/h)を示している。
【0068】
パラメーターa、b、cは、8時間、24時間、48時間経過時における実測値と推定値との偏差平方の和が最小になるように設定した。8時間未満と48時間より後の偏差を考慮しなかったのは、8時間までは分解までのラグタイムの存在により分解が安定しない試料が多いためと、消失速度(消化速度+通過速度)が5%/h程度でも48時間より後には可消化物の90%以上は計算上消失してしまうためである。
【0069】
また式1のaは本来、飼料中の可溶性成分の割合(%)を、bは、飼料中の、微生物による可消化成分の割合(%)を、それぞれ表すものであるが、実際の計算においては最適な適合を優先するために現実的でない値が得られる場合が多い。そこでaとは別に、可溶性成分(可溶性画分、DMs)として、2時間、4時間、8時間経過時においてそれぞれ測定算出される、微生物による可溶性成分の消化率(3連の試験から得られる各数値)の回帰式から求めた切片の値を算出した。またbとは別にルーメン微生物による消化可能な成分(可消化成分)として72時間経過時の試料における、ルーメン微生物による分解率の合計から可溶性成分のみの分解率を差し引いた値を算出しDMbとした。
【0070】
試験飼料のルーメン内分解パラメーターを表3に示す。
【0071】
【表3】
【0072】
〔表3の脚注〕
a DMs〔可溶性画分、可溶性成分〕:2時間,4時間,および8時間経過時における各消化率の値から求めた回帰式により算出される数値である。
b DMb〔微生物に分解可能な飼料中の成分(画分)〕:分解時間72時間における、微生物による全消化率から、微生物による可溶性成分の消化率を差し引いて得られる数値である。
c a、bおよびc:式1を最適化する条件でもとめた値。分解速度(c)は、可消化成分(b画分)の1時間当たりの消化速度を、b画分の重量に対する割合で示した数値である。
d 分解速度(c’):b画分の消化速度を試料全体に対する割合で示した数値である。
e LagT:式1がDMsを示すときの時間である。
【0073】
表3から以下のことがわかる。
【0074】
式1で求めた各試料の可消化画分の消化速度は、表3にcの値で示したが、トウモロコシとバミューダグラス乾草の両対照試料、およびLBKPが3%/h以上、NDPとLDPが2.5%/h以上、および湿LDPとセロビオース残渣が2%/h以下であった。これらを分解時間72時間における可消化画分の消化率(DMb)と比較すると、DMbの高い湿LDPで低く、DMbの低いバミューダグラス乾草で高くなっているという逆転現象が見られた。これは消化速度cが、可消化部分であるb画分の重量に対する割合で表されていることに起因する。例えば同じ分解速度を示していても、可消化部分が100%近い試料と50%しかない試料とでは、実際の単位時間あたりの可消化養分の溶出量は倍近い差が出てくることになる。
【0075】
そのためこの試験では、可消化画分(b)に関し、NDP、湿LDPおよびLBKPでは相対的に過小評価され、反対にバミューダグラス乾草やセロビオース残渣では、過大評価される。そこでその矛盾を解決するために、可消化画分(b)の消化速度を試料全体に対する割合として、表2にはc’で表した。c’は可消化画分(b)が、1時間あたり、試料全体の何パーセントずつ消化されていくかを表したものである。c’により、試料中の可消化部分の多少にかかわらず、例えば試料1kgあたりどの程度の分解速度で可消化画分が分解されるかを比較できる。ちなみにこのc’に従えば、NDP、LBKPおよび湿LDPはどれも2.8〜3.0%/hを示し、トウモロコシの分解速度2.0%/hよりも高い値であった。またLDPの分解速度も他のパルプと比べるとやや低い値を示したが、それでも2.2%/hとトウモロコシと同程度の値であった。
【0076】
各試験試料についての各分解時間のインシチュ乾物消化率(%)を表4に示す。
【0077】
【表4】
【0078】
上記表4の各試験試料のインシチュ乾物消化率(%)の結果をグラフ化し、
図1に示した。
【0079】
表4および
図1の結果から、以下のことが分かる。
【0080】
実施例1〜4の結果は、本発明の飼料は、消化速度及び消化率と共に濃厚飼料並みに高いが、分解開始までのラグタイムがあることから急激な発酵が抑えられるため、アシドーシスを防止することができることを示す。また、実施例2と実施例4の結果から、本発明の飼料の消化速度および発酵速度は、水分調節によりより適切な範囲に調整することができることが分かる。
【0081】
[インビトロ培養試験]
試験試料のルーメン内分解特性を基本的に梶川らのin vitro培養法(1993)に基づいて測定した。
【0082】
すなわち試験動物のルーメンから内容液をポンプで吸引採取し、30分静置後に中間層の溶液からプロトゾアを遠心で除いた部分をルーメン細菌液とした。これをK
2HPO
4(1.4mM)、KH
2PO
4(1.8mM)、NaCl(2.1mM)、MgSO
4・7H
2O(0.1mM)、CaCl
2・2H
2O(0.01mM)、システイン−HCl(5.7mM)、レサズリンナトリウム(5mM)およびNa
2CO
3(47mM)を含む、pHを6.5に調整した培地を用いて5倍希釈した。それを、試験試料100mg(乾物)を秤量したブチルゴムおよび穴あきスクリューキャッブ付試験管(20ml、三紳工業、横浜)に10mlずつ分注して39℃で嫌気培養を行った。培養液の調製は全てCO
2ガス吹き込み下の嫌気的条件で行った。
【0083】
培養は実施日の異なる3連で行い、培養時間は2時間、4時間、8時間、24時間および48時間とした。培養終了後、室温でのガス圧測定および氷冷してガス組成の測定、消化残渣の秤量、および培養液中のpH測定ならびに揮発性脂肪酸(VFA)測定用試料の調製を行った。
【0084】
消化残渣はろ過ロート(平均孔径45μm、三紳工業、横浜)で予備濾ろ後、定量ろ紙(No.5A、アドバンテック、東京)でろ過して求めた。
【0085】
表5に、ガス産生量の変化、表6にメタン産生量の変化、表7にpHの変化、表8に総VFA濃度の変化をそれぞれ示す。なお、表7及び表8中の空欄は、未測定であることを示す。
【0086】
【表5】
【0087】
【表6】
【0088】
【表7】
【0089】
【表8】
【0090】
表5から表8の結果をもとに粗飼料型、濃厚飼料型およびアシドーシス型の発酵という視点で各試験試料の発酵を見てみると、VFAの最終濃度では、LBKP(広葉樹クラフトパルプ)がバミューダグラス乾草とトウモロコシの間のいわゆる濃厚飼料と粗飼料との中間的な特性を示し、急激な発酵によるアシドーシスの発生には結びつかないものと考えられる。また他の試料ではセロビオース残渣がバミューダグラス乾草と同等の濃度を示した。経時的なVFA濃度の変化を見ていくと、セロビオース残渣はバミューダグラス乾草と同等な変化を示したが、他のパルプ類はインシチュ消化性の変化と同様に長いラグタイムの後に発酵が開始された。この点からもアシドーシスを引き起こす可能性は低いものと考えられる。ガスの総産生量もVFAと基本的には同様な傾向を示している。発酵ガスとしては二酸化炭素、メタンおよび微量の水素が産生されるが、このうち二酸化炭素は炭酸緩衝液を使用していることもあり、pHの低下に伴って培地より発生するものも含まれている。
【0091】
セロビオース残渣は、消化、発酵性はパルプより低く、粗飼料と同等もしくは粗飼料と濃厚飼料の中間程度であるが、メタン産生を抑制する効果を示す。セロビオース残渣はラグタイムこそ短いものの、24時間でメタン産生の増加が停滞して48時間ではバミューダグラス乾草よりも低い値となった。メタン産生は、嫌気発酵の過程で生じる還元価(電子あるいは代謝性水素)を処理する働きを持つため、メタン産生菌の増殖が抑制されると、水素ガスの多量発生や、中間代謝化合物であるピルビン酸の還元を通じて乳酸、コハク酸およびプロピオン酸の産生増加につながる。
【0092】
メタンはルーメン内発酵に特徴的な酢酸優勢型発酵に付随して産生されるものであり、いわゆる自然で正常な発酵を維持するための重要な要因と考えられる。しかし近年、メタンは温室効果ガスとして地球温暖化を低減するためにも制御すべき物質としてリストにあがっている。そのため家畜の生産を低下させることなくルーメンからのメタン産生を抑制する技術が求められている。本実施例で明らかになったセロビオース残渣のメタン産生抑制効果は、この物質が反芻家畜からのメタン産生を抑制する資材として有望なことを示唆している。