【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで、本発明者等は、炭素鋼、合金鋼などの切削加工において、耐クラック性にすぐれ、チッピング、欠損等の異常損傷の発生を低減することができ、その結果、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮する被覆工具を提供すべく、鋭意研究を行った結果、以下の知見を得た。
【0011】
上記特許文献1〜4に示されるように、従来のcBN被覆工具においては、硬質被覆層への圧縮残留応力の付与、硬質被覆層の配向性の特定等により耐チッピング性、耐欠損性の向上が提案されていたが、本発明者は、硬質被覆層の結晶粒組織と耐クラック性の関連性について検討したところ、TiとAlの複合窒化物(以下、TiAlNで示す)層からなる硬質被覆層を蒸着形成したcBN被覆工具において、そのすくい面およびホーニング面の表面領域に形成された硬質被覆層のTiAlN結晶粒については、基体表面と平行な方向に横長のアスペクト比が1〜6である結晶粒を、表面領域の全結晶粒数の90%以上の個数割合を占めるように形成した場合には、
図1に模式図で示すように、表面領域におけるTiAlN結晶粒の結晶粒界が基体表面と平行な方向に形成されるため、切削加工時、すくい面およびホーニング面の硬質被覆層にクラックが発生したとしても、発生したクラックの層内(層厚方向)への進展が抑制され耐クラック性が向上するため、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性、耐欠損性を発揮するようになることを見出したのである。
【0012】
さらに、X線回折により、(200)面からの回折強度I(200)と、(111)面からの回折強度I(111)を測定した場合、すくい面のTiAlN結晶粒については3<I(200)/I(111)<5を満足し、一方、逃げ面のTiAlN結晶粒については、I(200)/I(111)<3を満足するようにTiAlN層を形成することから、適度な硬度を備えるようになるため、この発明のcBN被覆工具は、すぐれた耐クラック性と同時に、すぐれた耐摩耗性を発揮するようになることを見出したのである。
【0013】
この発明は、上記の知見に基づいてなされたものであって、
「(1) 立方晶窒化ほう素の含有量が50〜85容量%の立方晶窒化ほう素基超高圧焼結材料からなる工具基体の表面に、平均層厚が2〜6μmのTiとAlの複合窒化物層からなる硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆切削工具において、
(a)上記硬質被覆層を
組成式:(Ti
1−XAl
X)N
で表した場合、Xの値は、0.30〜0.75(但し、原子比)であり、
(b)上記表面被覆切削工具のすくい面およびホーニング面において、その表面領域に形成された硬質被覆層のTiとAlの複合窒化物結晶粒は、基体表面と平行な方向の結晶粒径が0.08〜0.5μmであって、かつ、基体表面と平行な方向の横長のアスペクト比が1〜6である結晶粒が、上記表面領域の全結晶粒数の90%以上の個数割合を占め、
(c)上記表面被覆切削工具のすくい面およびホーニング面の表面領域の下部の硬質被覆層、及び逃げ面の硬質被覆層のTiとAlの複合窒化物結晶粒は、柱状結晶により構成されていることを特徴とする表面被覆切削工具。
(2) 上記表面被覆切削工具の硬質被覆層のTiとAlの複合窒化物結晶粒について、X線回折により回折パターンを測定し、(200)面からの回折強度I(200)と(111)面からの回折強度I(111)の比の値を求めた場合、すくい面の硬質被覆層のTiとAlの複合窒化物結晶粒については、3<I(200)/I(111)<5を満足し、一方、逃げ面の硬質被覆層のTiとAlの複合窒化物結晶粒については、I(200)/I(111)<3を満足することを特徴とする前記(1)に記載の表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
【0014】
つぎに、この発明の被覆工具について詳細に説明する。
cBN(立方晶窒化ほう素):
cBN被覆工具の工具基体中に含有されるcBNは、きわめて硬質で、焼結材料中で分散相を形成し、そしてこの分散相によって耐摩耗性の向上が図れるが、その配合割合が50容量%より少ない所望のすぐれた耐摩耗性を確保することができず、一方、その配合割合が多くなり85容量%を超えると、cBN基材料自体の焼結性が低下し、この結果切刃にチッピングが発生しやすくなることから、cBNの含有量は、50〜85容量%と定めた。
【0015】
硬質被覆層(TiAlN層):
TiAlN層からなる硬質被覆層におけるTi成分は高温強度の維持、Al成分は高温硬さと耐熱性の向上に寄与することから、硬質被覆層を構成するTiAlN層は、所定の高温強度、高温硬さおよび耐熱性を具備する層であって、切削加工時における切刃の耐摩耗性を確保する役割を基本的に担う。ただ、TiAlN層の組成を、組成式:(Ti
1−XAl
X)Nで表した場合、Alの含有割合Xが75原子%を超えると、Ti含有割合の相対的な減少によって、高温強度が低下しチッピングを発生しやすくなり、一方、Alの含有割合Xが30原子%未満になると、高温硬さと耐熱性が低下し、その結果、耐摩耗性の低下がみられるようになることから、Alの含有割合Xの値を0.30〜0.75と定めた。
また、TiAlN層の平均層厚が2μm未満では、自身のもつ耐熱性、高温硬さおよび高温強度を硬質被覆層に長期に亘って付与できず、工具寿命短命の原因となり、一方その平均層厚が6μmを越えると、チッピングが発生し易くなることから、その平均層厚を2〜6μmと定めた。
【0016】
すくい面およびホーニング面の(Ti,Al)N層:
本発明のcBN被覆工具のすくい面およびホーニング面において、その表面領域に形成された硬質被覆層のTiAlN結晶粒は、基体表面と平行な方向の結晶粒径が0.08〜0.5μmであって、かつ、基体表面と平行な方向の横長のアスペクト比が1〜6である結晶粒が、上記表面領域の全結晶粒数の90%以上の個数割合を占め、一方、表面領域の下部の硬質被覆層のTiAlN結晶粒は、柱状結晶により構成する。
本発明でいう「表面領域」とは、硬質被覆層の最表面から、深さ方向に0.5μmまでの深さ領域をいう。
すくい面およびホーニング面の表面領域に形成された硬質被覆層において、基体表面と平行な方向の結晶粒径が0.08μm未満のTiAlN結晶粒が存在する場合、工具基体表面に垂直な方向の結晶粒界が多く存在するため、クラック発生の起点が多くなるばかりか、発生したクラックが切削時に進展するため、耐クラック性が低下する。
一方、すくい面およびホーニング面の表面領域に形成された硬質被覆層において、基体表面と平行な方向の結晶粒径が0.5μmを超えるTiAlN結晶粒が存在する場合、残留応力が大きすぎるため耐チッピング性が低下するようになる。
また、すくい面およびホーニング面の表面領域に形成された硬質被覆層において、基体表面と平行な方向の横長のアスペクト比が1未満(これは、工具基体表面と垂直な方向に縦長に成長した縦長のアスペクト比が、1を超えるTiAlN結晶粒を意味する)のTiAlN結晶粒が存在する場合、すくい面およびホーニング面の硬質被覆層にクラックが発生した場合、層内(層厚方向)への進展を抑制する効果が弱いため、耐チッピング性が低下するようになる。また、基体表面と平行な方向の横長のアスペクト比が6を超えるTiAlN結晶粒が存在する場合、切削初期での耐クラック性には有効であるが、アスペクト比が6を超える結晶粒が摩耗により消失しやすく、表面領域が消失するため耐クラック性が低下するようになる。
さらに、すくい面およびホーニング面の表面領域に形成された硬質被覆層において、基体表面と平行な方向の結晶粒径が0.08〜0.5μmであって、かつ、基体表面と平行な方向の横長のアスペクト比が1〜6のTiAlN結晶粒の、表面領域の全結晶粒に占める個数割合が90%未満の場合、クラックが発生した場合の層内(層厚方向)への進展を抑制する効果が弱い、及び表面領域が薄すぎるため切削進行後の摩耗により消失後の耐クラック性が弱い効果が相乗され、耐チッピング性が低下するようになる。
したがって、本発明では、cBN被覆工具のすくい面およびホーニング面において、その表面領域に形成されたTiAlN結晶粒は、基体表面と平行な方向の結晶粒径が0.08〜0.5μmであって、かつ、基体表面と平行な方向の横長のアスペクト比が1〜6である結晶粒が、上記表面領域の全結晶粒数の90%以上の個数割合を占めるように定めた。
【0017】
すくい面およびホーニング面の表面領域以外の(Ti,Al)N層と、逃げ面の(Ti,Al)N層:
すくい面およびホーニング面の表面領域の硬質被覆層(TiAlN層)については、上記のとおりであるが、すくい面およびホーニング面の表面領域以外の箇所の硬質被覆層(TiAlN層)については、柱状結晶からなるTiAlN結晶粒で構成することが必要である。
これは、
図1の概略模式図にも示されるとおり、すくい面およびホーニング面の表面領域以外の箇所の硬質被覆層を、すくい面およびホーニング面の表面領域と同様な結晶組織として形成した場合には、切削中に、例えば、逃げ面については、被削材の切り屑が工具基体に平行方向に流出するため、硬質被覆層の表面領域の粒界の方向と衝突する方向が同一の方向となるため、粒界に沿ったクラックが発生しやすくなり、耐衝撃性を緩和する効果が少なくなり、耐クラック性向上の役割を果たすことができず、チッピングが発生し易くなるという理由による。
また、すくい面およびホーニング面の表面領域の下部の硬質被覆層を、柱状結晶のTiAlN結晶粒で構成するのは、硬質被覆層の硬さが高くなりすぎ、また、残留応力が増加することによって、耐チッピング性が低下することを防止するという理由による。
ここで「柱状結晶」とは、基体表面と平行な方向の結晶粒径が0.08〜1.0μmであって、かつ、基体表面と垂直な方向に縦長に成長した縦長のアスペクト比が1を超えるTiAlN結晶粒であることを意味する。なお、柱状結晶内の結晶粒径は、工具基体表面と平行な方向に直線を引いた場合、結晶粒断面で最も長い直径を粒径と定義する。アスペクト比は、工具基体表面と垂直な方向に直線を引いた場合、結晶粒断面で最も長い直径(長辺)とそれに垂直な最も短い直径(短辺)の長さの比を、長辺を分子、短辺を分母として算出するものとする。
【0018】
I(200)/I(111)の比:
本発明のcBN被覆工具は、すくい面及び逃げ面のTiAlN結晶粒について、X線回折により回折パターンを測定し、(200)面からの回折強度I(200)と(111)面からの回折強度I(111)の比の値を求めたところ、3<I(200)/I(111)<5の関係を満足するものであった。
そして、上記I(200)/I(111)の値と工具性能の関係を調べたところ、次に述べるような関係があることを見出した。
すなわち、X線回折により求めた回折強度I(200)と(111)面からの回折強度I(111)について、すくい面のI(200)とI(111)の比の値I(200)/I(111)が3<I(200)/I(111)<5を満足し、一方、逃げ面のI(200)/I(111)の値がI(200)/I(111)<3である場合に、すぐれた耐クラック性、耐欠損性、耐摩耗性を発揮するが、すくい面におけるI(200)/I(111)の値が3以下であると、硬質被覆層の硬さが高くなりすぎるために耐欠損性が低下し、一方、I(200)/I(111)の値が5以上であると、硬質被覆層の硬さが低下するため耐摩耗性が劣化するようになる。
したがって、すくい面におけるI(200)/I(111)の値は、3<I(200)/I(111)<5とすることが必要である。
また、逃げ面の硬質被覆層のTiAlN結晶粒については、I(200)/I(111)の値が3以上であると、逃げ面に要求される硬さを下回り、逃げ面耐摩耗性が低下することからI(200)/I(111)<3とすることが必要である。
【0019】
硬質被覆層((Ti,Al)N層)の形成法:
本発明のcBN被覆工具は、例えば、以下の方法によって作製することができる。
(a)まず、所定量のcBN粒子を配合した原料粉末から、圧粉体を作製し、この圧粉体を、予備焼結体、超高圧焼結し、WC基超硬合金製チップ本体にろう付けし、切刃部にホーニング加工を施し、工具基体を作製する。
【0020】
(b)ついで、上記工具基体を洗浄後、アークイオンプレーティング装置に装入し、アルゴンイオンによってボンバード洗浄し、窒素ガス反応雰囲気中にて、−50V以下の直流バイアス電圧を印加し、Ti−Al合金とアノード電極との間にアーク放電を発生させて、所定平均層厚かつ所定組成(組成式:(Ti
1−XAl
X)Nで表した場合、原子比で0.30≦X≦0.75)のTiAlN層を蒸着形成する。
【0021】
(c)ついで、上記TiAlN層をその表面に蒸着形成した工具基体に、例えば、粒子径40μmのαAl
2O
3粒子を、ブラスト圧力:0.1〜0.15MPa、ブラスト時間:5〜20sec、入射角:すくい面に対して45°に照射という条件でブラスト処理し、その後、逃げ面のみを、研磨処理(例えば、ラップ盤にて5000番の砥石を280rpm×10sec研磨)し、逃げ面の硬質被覆層の表面を約0.5μmの深さにわたって除去する。
【0022】
上記で示した本発明のcBN被覆工具の作製法の工程(b)において、印加するバイアス電圧が−50Vを超えると、蒸着形成される硬質被覆層が粒状結晶のTiAlN結晶粒で構成されるようになり、硬さ、残留応力が共に大きくなるため耐チッピング性に低下傾向がみられるようになることから、バイアス電圧は−50V以下とすることが望ましい。
【0023】
上記で示した本発明のcBN被覆工具の作製法の工程(c)において、ブラスト圧力が0.1MPa未満では、すくい面およびホーニング面の表面領域において、ピーニング効果により結晶粒内に転位が多数導入されることにより、粒界が多く形成されるため、基体表面と平行な方向の結晶粒径が0.08μm未満の微細なTiAlN結晶粒が、表面領域の全結晶粒数の10%を超えてしまい、工具基体表面に垂直な方向の結晶粒界が多く存在し、クラック発生の起点が多くなると同時に、発生したクラックの進展が容易になるため、耐クラック性は低下する。また、このようなブラスト処理を施した場合、あるいはブラスト処理を施さなかった場合には、すくい面におけるI(200)/I(111)の値が3以下となり、硬質被覆層の硬さが高くなりすぎて、耐欠損性も低下する。
【0024】
一方、上記で示した本発明のcBN被覆工具の作製法の工程(c)において、ブラスト圧力を0.15MPaより大きくした場合、すくい面およびホーニング面の表面領域において、ピーニング効果により結晶粒内に転位が多数導入されるが、ブラスト処理終了直後に、再結晶が起こり、基体表面と平行な方向の結晶粒径が0.5μmを超え、かつ、工具基体と平行な方向の横長のアスペクト比が1未満であるTiAlN結晶粒(これは、工具基体表面と垂直な方向に縦長に成長した縦長のアスペクト比が、1を超えるTiAlN結晶粒を意味する)が、表面領域の全結晶粒数の10%を超えるようになるため、表面領域の硬さ、残留応力が大きくなり耐チッピング性が低下する。
また、このようなブラスト処理を施した場合には、表面領域における結晶粒形状が変化することにより配向性が変化し、すくい面におけるI(200)/I(111)の値が5以上となり、硬質被覆層の硬さが低下するため耐摩耗性が劣化するようになる。
したがって、ブラスト圧力、ブラスト時間は、それぞれ、0.1〜0.15MPa、5〜20secとすることが望ましい。
【0025】
上記で示した本発明のcBN被覆工具の作製法の工程(c)において、逃げ面に研磨処理を施さず、硬質被覆層の表面を約0.5μmの深さにわたって除去しない場合には、逃げ面に、すくい面或いはホーニング面の表面領域と同様なTiAlN結晶粒が形成される。その場合、切削加工時、逃げ面には、被削材の切り屑が工具基体に平行方向に流出するため、クラックが発生した場合、結晶粒界に沿って進展しやすくなり、耐クラック性向上の役割を果たすことができず、チッピングが発生し易くなる。
また、逃げ面の硬質被覆層におけるI(200)/I(111)の値も3以上となるため、逃げ面に要求される硬さが十分でなく、逃げ面耐摩耗性が劣化するようになる。