特許第5995082号(P5995082)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5995082硬質被覆層が高速断続切削加工ですぐれた耐剥離性、耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5995082
(24)【登録日】2016年9月2日
(45)【発行日】2016年9月21日
(54)【発明の名称】硬質被覆層が高速断続切削加工ですぐれた耐剥離性、耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20160908BHJP
   C23C 16/30 20060101ALI20160908BHJP
【FI】
   B23B27/14 A
   C23C16/30
【請求項の数】2
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2012-285219(P2012-285219)
(22)【出願日】2012年12月27日
(65)【公開番号】特開2014-124754(P2014-124754A)
(43)【公開日】2014年7月7日
【審査請求日】2015年9月30日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100119921
【弁理士】
【氏名又は名称】三宅 正之
(74)【代理人】
【識別番号】100113826
【弁理士】
【氏名又は名称】倉地 保幸
(74)【代理人】
【識別番号】100076679
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 和夫
(72)【発明者】
【氏名】奥出 正樹
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 誠
(72)【発明者】
【氏名】山口 健志
(72)【発明者】
【氏名】長田 晃
【審査官】 五十嵐 康弘
(56)【参考文献】
【文献】 特開平09−174304(JP,A)
【文献】 特開平11−229144(JP,A)
【文献】 特開2007−160466(JP,A)
【文献】 特開2009−166216(JP,A)
【文献】 特開2010−173025(JP,A)
【文献】 特開2012−144766(JP,A)
【文献】 特開2014−054711(JP,A)
【文献】 特開2014−087862(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16
C23C 16/30
WPI
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、下部層と上部層からなる硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆切削工具において、
(a)上記下部層は、3〜20μmの合計平均層厚を有し、下地Ti化合物層、密着性TiCN層及び上部TiCN層の三層構造からなり、また、上記上部層は、2〜15μmの平均層厚を有し、化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有するAl層からなり、
(b)下部層の上記下地Ti化合物層は、TiC層、TiN層、TiCN層、TiCO層およびTiCNO層のうちの1層または2層以上からなり、合計平均層厚は0.5〜2.5μmであり、
(c)下部層の上記密着性TiCN層は、くさび形結晶組織を有し、該くさび形結晶組織の凹凸部の平均高低差が1〜3μm、凸部の平均間隔が1〜3μmであり、該くさび形結晶組織を有するTiCN結晶粒について、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用い、その断面研磨面の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記工具基体の表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である{110}面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで表わした場合、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在するとともに、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の40%以上の割合を占め、
(d)下部層の上記上部TiCN層は、その断面研磨面の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記工具基体の表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である{112}面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで表わした場合、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在するとともに、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を占めることを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
上記(c)のくさび形結晶組織は、平均粒径0.05〜1μmのTiCN結晶粒の集合体によって構成されていることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。



【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、各種の鋼や鋳鉄などの切削加工を、高速で、かつ、切刃に断続的・衝撃的負荷が作用する断続切削条件で行った場合でも、硬質被覆層がすぐれた耐剥離性、耐チッピング性を発揮し、長期に亘ってすぐれた耐摩耗性を示す表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金または炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットで構成された基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、
(a)下部層が、Tiの炭化物(以下、TiCで示す)層、窒化物(以下、同じくTiNで示す)層、炭窒化物(以下、TiCNで示す)層、炭酸化物(以下、TiCOで示す)層、および炭窒酸化物(以下、TiCNOで示す)層のうちの1層または2層以上からなるTi化合物層、
(b)上部層が、化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有する酸化アルミニウム層(以下、Al層で示す)、
以上(a)および(b)で構成された硬質被覆層を蒸着形成してなる被覆工具が知られている。
【0003】
しかし、上記従来の被覆工具は、例えば各種の鋼や鋳鉄などの連続切削や断続切削では優れた耐摩耗性を発揮するが、これを、高速断続切削に用いた場合には、剥離、チッピングが発生しやすく、工具寿命が短命になるという問題点があった。
そこで、被覆層の剥離、チッピングの発生を抑制することを目的として、硬質被覆層の層構造については各種の提案がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1に示すように、工具基体の表面に、内側層として、表面性状が平坦なTiC層、TiN層、TiCN層のうちの少なくともいずれか1種、外側層として、表面性状が平坦なAl層を被覆した被覆工具において、内側層と外側その間に、表面性状が先鋭化針状結晶のTiCO層、TiCNO層のうちの少なくともいずれかを中間層として形成することにより、耐チッピング性の改善を図ることが提案されている。
【0005】
また、例えば、特許文献2に示すように、工具基体の表面に、多層の硬質被覆層を被覆形成した被覆工具において、硬質被覆層として、Al等からなる酸化物層と、該酸化物層の直下に設けたTi炭化物等からなる強化層を備え、かつ、酸化物層と強化層の界面の凹凸差を0.2μm以上、凸部の平均間隔を3μm以下として構成し、酸化物層の密着性向上を図ることにより、硬質被覆層の破壊、剥離を防止することが提案されている。
【0006】
また、例えば、特許文献3に示すように、工具基体の表面に、密着性Ti化合物層と改質炭窒化チタン層からなる下部層、厚膜化改質α型酸化アルミニウム層からなる上部層を設けた被覆工具において、下部層の改質炭窒化チタン層については、表面研磨面の法線に対して、結晶粒の{112}面の法線がなす傾斜角を測定・集計した場合、0〜10度の傾斜角区分に最高ピークが存在し、かつ、該傾斜角区分内の度数割合は全体の45%以上とし、また、厚膜化改質α型酸化アルミニウム層については、表面研磨面の法線に対して、結晶粒の(0001)の法線がなす傾斜角を測定・集計した場合、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在し、かつ、該傾斜角区分内の度数割合は全体の45%以上とすることにより、耐チッピング性の改善を図ることが提案されている。
【0007】
さらに、例えば、特許文献4に示すように、工具基体の表面に、密着性Ti化合物層と縦長成長結晶組織を有する改質Ti系炭窒化物層からなる下部層と、Al層からなる上部層を被覆形成した被覆工具において、改質Ti系炭窒化物層について、表面研磨面の法線に対して、結晶粒の結晶面である{112}面、{110}面および{111}面の各法線がなす傾斜角を測定し、かつ、{112}面、{110}面および{111}面についての測定傾斜角が、表面研磨面の法線に対して0〜10度の傾斜角の範囲内にあるそれぞれの結晶粒子の総面積を、それぞれA、B、Cとした場合に、A/BおよびA/Cの値がいずれも2〜8である結晶配向性を示す改質Ti系炭窒化物層を形成することによって、耐チッピング性、耐摩耗性の向上を図ることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第3250134号公報
【特許文献2】特開平11−229144号公報
【特許文献3】特開2006−315154号公報
【特許文献4】特開2009−166195号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
近年の切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削加工は一段と高速化すると共に、断続切削等で切刃に高負荷が作用する傾向にあるが、上記特許文献1〜4に示される従来被覆工具においては、これを鋼や鋳鉄などの通常の条件での連続切削や断続切削に用いた場合には問題はないが、特にこれを高速断続切削条件で用いた場合には、硬質被覆層を構成するTi化合物層とAl層の付着強度が不十分となり、上部層と下部層間での剥離、チッピング等の異常損傷の発生により、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで、本発明者等は、上述のような観点から、Ti化合物層からなる下部層とAl層からなる上部層の付着強度を改善し、もって、剥離、チッピング等の異常損傷の発生を防止するとともに、工具寿命の長寿命化を図るべく鋭意研究を行った結果、
Ti化合物層からなる下部層を、下地Ti化合物層、密着性TiCN層及び上部TiCN層の三層構造として形成し、かつ、上記密着性TiCN層について、これをくさび形結晶組織を有する層として構成するとともに、該層の結晶粒の{110}面の法線が特定の傾斜角度数分布をとるようにし、さらに、上記上部TiCN層についても、該層の結晶粒の{112}面の法線が特定の傾斜角度数分布をとるようにした場合には、密着性TiCN層及び上部TiCN層間の密着性が向上することで、下部層全体の付着強度が向上することを見出したのである。
したがって、このような硬質被覆層を被覆形成した被覆工具を、高熱発生を伴うとともに、切刃に断続的・衝撃的な高負荷が作用する高速断続切削に用いた場合には、剥離、チッピング等の異常損傷の発生が抑えることができ、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮することを見出したのである。
【0011】
この発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、
「(1) 炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、下部層と上部層からなる硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆切削工具において、
(a)上記下部層は、3〜20μmの合計平均層厚を有し、下地Ti化合物層、密着性TiCN層及び上部TiCN層の三層構造からなり、また、上記上部層は、2〜15μmの平均層厚を有し、化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有するAl層からなり、
(b)下部層の上記下地Ti化合物層は、TiC層、TiN層、TiCN層、TiCO層およびTiCNO層のうちの1層または2層以上からなり、合計平均層厚は0.5〜2.5μmであり、
(c)下部層の上記密着性TiCN層は、くさび形結晶組織を有し、該くさび形結晶組織の凹凸部の平均高低差が1〜3μm、凸部の平均間隔が1〜3μmであり、該くさび形結晶組織を有するTiCN結晶粒について、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用い、その断面研磨面の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記工具基体の表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である{110}面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで表わした場合、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在するとともに、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の40%以上の割合を占め、
(d)下部層の上記上部TiCN層は、その断面研磨面の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記工具基体の表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である{112}面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで表わした場合、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在するとともに、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を占めることを特徴とする表面被覆切削工具。
(2) 上記(c)のくさび形結晶組織は、平均粒径0.05〜1μmのTiCN結晶粒の集合体によって構成されていることを特徴とする前記(1)に記載の表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
【0012】
以下に、この発明の被覆工具の硬質被覆層の構成層について詳細に説明する。
下部層:
図1に、その概略縦断面図を示すように、この発明の下部層は、3〜20μmの合計平均層厚を有し、下地Ti化合物層、密着性TiCN層及び上部TiCN層の三層構造として構成される。
下部層は、基本的にはα型の結晶構造を有するAl(以下、単に「Al」で示す)層の下部層として存在し、自身の具備するすぐれた高温強度によって硬質被覆層が高温強度を具備するようになるほか、工具基体、Al層のいずれにも密着し、硬質被覆層の工具基体に対する密着性を維持する作用を有する。
しかし、下部層の合計平均層厚が3μm未満では、前記作用を十分に発揮させることができず、一方その合計平均層厚が20μmを越えると、特に高熱発生を伴う高速断続切削では熱塑性変形を起し易くなり、これが偏摩耗の原因となることから、下部層の合計平均層厚は3〜20μmと定めた。
【0013】
(a)下部層の下地Ti化合物層:
工具基体表面の直上には下地Ti化合物層を形成するが、下地Ti化合物層は、従来から知られているTiC層、TiN層、TiCN層、TiCO層及びTiCNO層の内の一層又は二層以上から構成することができ、例えば、当業者に既によく知られている化学蒸着法によって形成することができる。
ただ、下地Ti化合物層の合計平均層厚が0.5μm未満の場合には、該くさび形結晶組織の凹凸部の高低差が十分に得られず、この上に形成される上部TiCN層との付着強度を十分に得ることができず、一方、その合計平均層厚が2.5μmを超えると、下部層の密着性TiCN層結晶粒の結晶面である{110}面の法線がなす傾斜角を測定した場合、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の40%以上にならず、所望の方位形態を得ることができないため、下地Ti化合物層の合計平均層厚は、0.5〜2.5μmとすることが必要である。
【0014】
(b)下部層の密着性TiCN層:
上記の下地Ti化合物層の上には、密着性TiCN層を形成するが、密着性TiCN層は、くさび形結晶組織という特異な組織を有するとともに、密着性TiCN層を構成する結晶粒の{110}面の法線が工具基体の表面の法線に対してなす傾斜角を測定した場合、特有の傾斜角度数分布を示す。
以下に、くさび型結晶組織について説明する。下部層の下地Ti化合物層上に成長した{110}面の法線がなす傾斜角が工具基体の表面の法線に対して0〜10度の範囲内にあるTiCN結晶粒について、それぞれ隣接する結晶粒相互間の界面における{112}面の法線同士の交わる角度を求め、角度差が20度未満の範囲にある場合は、互いがくさび型結晶構造をなしており、その角度差の範囲を外れた場合、その結晶粒界がくさび型結晶組織と後述する上部TiCN結晶粒を分ける箇所となる。
なお、図1に硬質被覆層の概略縦断面模式図を示すように、この発明で言うくさび形結晶組織とは、種々の粒径を持つTiCN結晶粒の集合体により形成されるものであり、くさび形結晶組織全体としては膜厚方向に凹凸を有した構造と定義される。
即ち、密着性TiCN層は、まず、上部TiCN層に面する表面がくさび形結晶組織を有しており、そして、該くさび形結晶組織の凹凸部の平均高低差は1〜3μmであり、また、凸部の平均間隔は1〜3μmである。
そして、密着性TiCN層は、このようなくさび形結晶組織を備えることによって、この上に形成される上部TiCN層との付着強度が改善され、その結果として、硬質被覆層の耐チッピング性、耐剥離性の向上が図られる。
ただ、くさび形結晶組織の凹凸部の平均高低差が1μm未満である場合には、
くさび形結晶組織を構成するTiCN結晶粒とその上に形成される上部TiCN層との接触界面の表面積の増大が見込めず、また平均高低差が3μmを超える場合には、その上層に成長する上部TiCN層の方位形態が所望のものとならなくなるため、くさび形結晶組織の凹凸部の平均高低差は、1〜3μmとすることが必要である。
また、くさび形結晶組織の凸部の平均間隔が1μm未満である場合は、くさび形結晶組織の凹部とその上部に成長する上部TiCN層の界面にポアが形成しやすくなり、また凸部の平均間隔が3μmを超える場合には、くさび形結晶組織を構成する密着性TiCN層のTiCN結晶粒と上部TiCN層のTiCN結晶粒の界面の接触する表面積の増大が見込めないため、凸部の平均間隔を1〜3μmとすることが必要である。
さらに、くさび形結晶組織は、種々の粒径を持つTiCN結晶粒の集合体により形成されるが、該集合体を構成する個々のTiCN結晶粒の平均粒径が0.05μm未満では、下部層の下地Ti化合物層表面の凹凸に対する密着性が悪くなるため、下部層の下地Ti化合物層と密着性TiCN層間の付着強度が低下する一方、集合体を構成する個々のTiCN結晶粒の平均粒径が1μmを超える場合には、その上に形成される上部TiCN層のTiCN結晶粒の粒径が大きくなり、耐チッピング性が低下するとともに、くさび形結晶組織を構成する密着性TiCN層のTiCN結晶粒と、上部TiCN層のTiCN結晶粒の界面にポアが形成されやすくなり、そのため硬さ、強度が低下し、また、密着性TiCN層と上部TiCN層の付着強度が低下するため、くさび形結晶組織を構成する密着性TiCN層のTiCN結晶粒の平均粒径は、0.05〜1μmの範囲内であることが望ましい。
【0015】
次に、上記の密着性TiCN層は、該層を構成するTiCN結晶粒について、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用い、該層の断面研磨面の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、工具基体の表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である{110}面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで作成した場合、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在するとともに、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の40%以上の割合を占める傾斜角度数分布を示す。
ここで、上記傾斜角度数分布グラフにおいて、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在しない場合、あるいは、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の40%未満の割合である場合には、密着性TiCN層の上に形成される上部TiCN層との付着強度が低下し、所望の耐剥離性を得ることができなくなることから、密着性TiCN層のTiCN結晶粒については、上記傾斜角度数分布グラフにおいて、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在するとともに、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の40%以上の割合を占める傾斜角度数分布を示すことが必要である。
上記くさび形結晶組織を有し、しかも、上記傾斜角度数分布形態を有する密着性TiCN層は、例えば、後記する化学蒸着条件によって形成することができる。
図2に、密着性TiCN層について測定して求めた傾斜角度数分布グラフの一例を示す。
【0016】
(c)下部層の上部TiCN層:
上部TiCN層は、上記密着性TiCN層の上に、例えば、後記する化学蒸着条件によって形成することができるが、上部TiCN層について、その断面研磨面の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、工具基体の表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である{112}面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフを作成した場合、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在するとともに、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を占める傾斜角度数分布を示す。
ここで、上記傾斜角度数分布グラフにおいて、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在しない場合、あるいは、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%未満の割合である場合には、所望の高温硬さや耐熱性を得ることができなくなる。
したがって、上部TiCN層のTiCN結晶粒については、上記傾斜角度数分布グラフにおいて、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在するとともに、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を占める傾斜角度数分布を示すことが必要である。
図3に、上部TiCN層について測定して求めた傾斜角度数分布グラフの一例を示す。
【0017】
(d)三層構造からなる下部層(下地Ti化合物層、密着性TiCN層及び上部TiCN層)の形成:
この発明では、三層構造からなる下部層を、例えば、以下に示す3段階の化学蒸着法によって形成することができる。
即ち、第1段階として、炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に所定層厚となるように下地Ti化合物層を蒸着形成し、次いで第2段階として、この上に密着性TiCN層を蒸着形成し、次いで、第3段階として上部TiCN層を蒸着形成することによって、三層構造からなる下部層を形成することができる。
より具体的にいえば、次のとおりである。
≪第1段階≫
通常の化学蒸着装置を用いて、工具基体の表面に、0.5〜2.5μmの合計平均層厚になるように通常の条件(例えば、後記表3に示されるような条件)でTiC層、TiN層、TiCN層、TiCO層およびTiCNO層のうちの1層または2層以上を蒸着形成する。
≪第2段階≫
次いで、
反応ガス組成(容量%):TiCl 3〜5%、N 15〜25%、
CHCN 0.2〜0.5%、残部H
雰囲気温度:900〜950 ℃、
雰囲気圧力:10〜20 kPa、
時間:5〜60 min、
という条件で蒸着する。
そして、上記条件による蒸着によって、所定のくさび形結晶組織を有するとともに、所定の傾斜角度数分布形態(即ち、工具基体の表面の法線に対して、結晶粒の{110}面の法線がなす傾斜角を測定・集計した傾斜角度数分布グラフにおいて、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在し、かつ、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフの度数全体の40%以上の割合を占める)を有する密着性TiCN層を蒸着形成することができる。
≪第3段階≫
次いで、
反応ガス組成(容量%):TiCl 3〜5%、N 15〜25%、
CHCN 0.6〜1.0%、残部H
雰囲気温度:800〜900 ℃、
雰囲気圧力:3〜10 kPa、
時間:(所定の目標合計平均層厚になるまで)
という条件で上部TiCN層を蒸着する。
そして、上記条件による蒸着によって、所定の傾斜角度数分布形態(即ち、工具基体の表面の法線に対して、結晶粒の{112}面の法線がなす傾斜角を測定・集計した傾斜角度数分布グラフにおいて、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在し、かつ、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフの度数全体の60%以上の割合を占める)を有する上部TiCN層を蒸着形成することができる。
上記で形成された三層構造からなる下部層は、密着性TiCN層はくさび形結晶組織という特異な組織を有するとともに、密着性TiCN層を構成する結晶粒の{110}面の法線が工具基体の表面の法線に対してなす傾斜角を測定した場合、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の40%以上の割合を占め、上部TiCN層は結晶粒の結晶面である{112}面の法線がなす傾斜角を測定し、0〜10度の範囲内の傾斜角区分に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の60%以上の割合を占めるという特徴を持っている。各層が示す度数の合計割合の値がこれらの値を得られない場合、密着性TiCN層と上部TiCN層の結合が弱くなり、所望の付着強度が得られなくなる。
【0018】
(e)上部層のAl層:
上記で蒸着形成した下部層の上に、例えば、通常の化学蒸着装置を用い、
反応ガス組成(容量%):AlCl 1〜3%、CO 3〜7%、
HCl 1.0〜2.5%、HS 0.1〜0.25%、残部H
反応雰囲気温度:980〜1020℃、
反応雰囲気圧力:3〜10kPa、
時間:(目標とする上部層層厚になるまで)
という条件で蒸着することにより、Al層からなる上部層を蒸着形成することができる。
ここで、上記上部層は、特定のくさび形結晶組織を有し、かつ、特定の傾斜角度数分布形態を有する密着性TiCN層と、さらに、特定の傾斜角度数分布形態を有する上部TiCN層の上に蒸着形成されることによって、密着性TiCN層及び上部TiCN層間の密着性が向上することで、下部層全体の付着強度が向上する。また、下部層の最表面で結晶粒の{112}面の法線が特定の傾斜角度数分布をとる場合、その上に成長する上部層とのエピタキシャル関係を保つことで、付着強度が向上するとともに、被覆層自体の強度も向上する。その結果、高熱発生を伴うとともに、切れ刃に衝撃的・断続的な高負荷が作用する高速断続切削加工においても、すぐれた耐剥離性、耐チッピング性が発揮される。
なお、上部層の平均層厚が、2μm未満であると長期の使用にわたってすぐれた高温強度および高温硬さを発揮することができず、一方、15μmを越えると、チッピングが発生し易くなることから、上部層の層厚は2〜15μmと定めた。
【発明の効果】
【0019】
この発明の被覆工具は、下部層と上部層からなる硬質被覆層において、下部層が、下地Ti化合物層、密着性TiCN層及び上部TiCN層の三層構造として形成され、しかも、密着性TiCN層は、特定のくさび形結晶組織と特定の傾斜角度数分布形態を有し、さらに、上部TiCN層も特定の傾斜角度数分布形態を有することから、下部層間における付着強度が高められ、また、硬質被覆層自体の強度も向上し、その結果、高熱発生を伴うとともに、切れ刃に衝撃的・断続的な高負荷が作用する高速断続切削条件においても、剥離・チッピングの発生もなく、長期の使用にわたってすぐれた切削性能を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明被覆工具の硬質被覆層の概略縦断面模式図を示す。
図2】本発明被覆工具1の密着性TiCN層について測定したTiCN結晶粒の傾斜角度数分布グラフを示す。
図3】本発明被覆工具1の上部TiCN層について測定したTiCN結晶粒の傾斜角度数分布グラフを示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
つぎに、この発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0022】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末、TiN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、切刃部にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO・CNMG120412に規定するインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Fをそれぞれ製造した。
【0023】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、Mo2 C粉末、ZrC粉末、NbC粉末、TaC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1540℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分に幅:0.1mm、角度:20度のチャンファーホーニング加工を施すことによりISO規格・CNMG120412のインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体a〜fを形成した。
【0024】
ついで、これらの工具基体A〜Fおよび工具基体a〜fのそれぞれを、通常の化学蒸着装置に装入し、
(a)まず、表3(表3中のl−TiCNは特開平6−8010号公報に記載される縦長成長結晶組織をもつTiCN層の形成条件を示すものであり、これ以外は通常の粒状結晶組織の形成条件を示すものである)に示される条件にて、表6に示される目標層厚で、下部層の下地Ti化合物層を蒸着形成し、
(b)ついで、表4に示される条件にて、所定の目標層厚で、表7に示す下部層の密着性TiCN層を蒸着形成し、さらに、表5に示される条件にて、下部層の所定の目標合計平均層厚になるまで同じく表7に示す上部TiCN層を蒸着形成し、
(c)ついで、上記で蒸着形成した下地Ti化合物層、密着性TiCN層及び上部TiCN層の三層構造からなる下部層の表面に、表3に示される条件にて、表7に示す所定の目標平均層厚のAl層からなる上部層を蒸着形成することにより、
表7に示す本発明被覆工具1〜13(但し、硬質被覆層の下地Ti化合物層については表6参照)をそれぞれ製造した。
【0025】
また、比較の目的で、上記本発明被覆工具1〜13と同一の条件(表3に示す条件)で表6に示す下地Ti化合物層を蒸着形成した後、上記本発明被覆工具1〜13の上記工程(b)から外れる条件(表4、5で、それぞれ本発明外として示す)で密着性TiCN層、上部TiCN層を蒸着形成することにより、表8に示す比較被覆工具1〜13(但し、下地Ti化合物層については表6参照)を製造した。
【0026】
ついで、硬質被覆層の下部層の密着性TiCN層のTiCN結晶粒についての傾斜角度数分布を、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用いて測定した。
すなわち、上記の本発明被覆工具1〜13、比較被覆工具1〜13の下部層の密着性TiCN層と下地Ti化合物層の界面から密着性TiCN層の厚み方向へ0.3μm、また、工具基体表面と平行方向に50μmの断面研磨面の測定範囲(1μm×50μm)を、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットし、前記研磨面に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、それぞれの前記研磨面の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に照射して、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折像装置を用い、TiCN結晶粒について、0.3×50μmの測定領域を0.1μm/stepの間隔で、工具基体の表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である{110}面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで表し、測定傾斜角が0〜10度である結晶粒の度数の合計を測定することによって求めた。
表7、表8にこれらの値を示す。
図2に、本発明被覆工具1について測定した密着性TiCN層のTiCN結晶粒の傾斜角度数分布グラフを示す。
【0027】
また、本発明被覆工具1〜13、比較被覆工具1〜13の硬質被覆層の下部層の上部TiCN層の結晶粒については、上部TiCN層と上部層の界面から上部TiCN層の深さ方向へ0.3μm、また、工具基体表面と平行方向に50μmの断面研磨面の測定範囲(1μm×50μm)を、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用い、前記と同様、その断面研磨面の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記工具基体の表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である{112}面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで表し、その傾斜角が0〜10度である結晶粒の度数の合計を測定することによって求めた。
表7、表8にこれらの値を示す。
図3に、本発明被覆工具1について測定した上部TiCN層のTiCN結晶粒の傾斜角度数分布グラフを示す。
【0028】
また、本発明被覆工具1〜13、比較被覆工具1〜13の硬質被覆層の下部層の密着性TiCN層の結晶粒について、電界放出型走査電子顕微鏡と電子線後方散乱回折装置を用い、前記と同様、その断面研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射することで、くさび形結晶組織の凸部の平均間隔、凹凸部の平均高低差、くさび形結晶組織を構成するTiCN結晶粒の平均粒径を算出した。
くさび形結晶組織の凸部の平均間隔は図1のa部に示すように、本発明で述べた、くさび型結晶組織の隣あう凸部間の距離を測定し、5点測定の平均値を凸部の平均間隔とした。くさび形結晶組織の凹凸部の平均高低差は図1のc部に示すように、本発明で述べた、結晶群の凹部と一つ隣の凸部の距離を測定し、5点測定の平均値を凹凸部の平均高低差とした。くさび形結晶組織を構成する密着性TiCN結晶粒の平均粒径は、下部層Ti化合物層直上の{110}配向TiCN結晶粒における横方向の線分測定点10箇所の測定値の平均から、くさび形結晶組織を構成するTiCN結晶粒の横方向平均粒径を求めた。
表7、表8にこれらの値を示す。
【0029】
さらに、本発明被覆工具1〜13、比較被覆工具1〜13の硬質被覆層の各構成層の厚さを、走査型電子顕微鏡を用いて測定(縦断面測定)した。
以下に密着性TiCN層と上部TiCN層の構成について説明する。
密着性TiCN層に関しては、図1に示すように、下地Ti化合物層との界面から膜厚方向にくさび型結晶組織の凹部頂点までの距離bと、くさび形結晶組織の凹凸部の平均高低差cを測定し、それぞれの5か所測定の平均値を表7、8に記した。
上部TiCN層に関しては、図1に示すように、Al層との界面から膜厚方向に密着性TiCN層のくさび型結晶組織の凸部頂点までの距離dを測定し、その5か所測定の平均値を表7、8に記した。
本発明被覆工具1〜13、比較被覆工具1〜13の硬質被覆層の各構成層の厚さはいずれも目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
表6〜表8にこれらの値を示す。
なお、下部層の合計厚みは、図1によれば、「下地Ti化合物層+b+c+d」となる。
【0030】
【表1】

【0031】
【表2】

【0032】
【表3】

【0033】
【表4】

【0034】
【表5】

【0035】
【表6】

【0036】
【表7】

【0037】
【表8】

【0038】
つぎに、上記の本発明被覆工具1〜13、比較被覆工具1〜13の各種の被覆工具について、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、
被削材:JIS・SCM440の長さ方向等間隔8本縦溝入り丸棒、
切削速度:380m/min、
切り込み:1.5mm、
送り:0.3mm/rev、
切削時間:7分、
の条件(切削条件Aという)での合金鋼の湿式高速断続切削試験(通常の切削速度は、200m/min)、
被削材:JIS・45Cの長さ方向等間隔8本縦溝入り丸棒、
切削速度:380m/min、
切り込み:1.8mm、
送り:0.3mm/rev、
切削時間:7分、
の条件(切削条件Bという)での炭素鋼の湿式高速断続切削試験(通常の切削速度は、200m/min)、
被削材:JIS・FCD700の長さ方向等間隔8本縦溝入り丸棒、
切削速度:300m/min、
切り込み:1.5mm、
送り:0.3mm/rev、
切削時間:7分、
の条件(切削条件Cという)でのダグタイル鋳鉄の湿式高速断続切削試験(通常の切削速度は180m/min)、
を行い、いずれの切削試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
表9にこの測定結果を示した。
【0039】
【表9】

【0040】
表6〜9に示される結果から、本発明被覆工具1〜13は、いずれも、下部層の密着性TiCN層はくさび形結晶組織を示すとともに該層のTiCN結晶粒は特定の傾斜角度数分布を示し、また、下部層の上部TiCN層のTiCN結晶粒も特定の傾斜角度数分布を示すことから、高熱発生を伴い、かつ、切刃に断続的・衝撃的負荷が作用する高速断続切削条件に用いた場合でも、硬質被覆層の耐剥離性が優れるとともに、耐チッピング性にも優れる。
これに対して、比較被覆工具1〜13では、高速断続切削加工においては、硬質被覆層の剥離発生、チッピング発生により、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0041】
上述のように、この発明の被覆工具は、各種鋼や鋳鉄などの通常の条件での連続切削や断続切削は勿論のこと、高熱を発生し、切刃に断続的・衝撃的な高負荷が作用する高速断続切削という厳しい切削条件下でも、硬質被覆層の剥離、チッピングが発生することはなく、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。





図1
図2
図3