【実施例】
【0034】
次に、本発明に係るサーミスタ用金属酸化物材料及びその製造方法並びにサーミスタ素子について、上記実施形態に基づいて作製した実施例により評価した結果を、
図4から
図13を参照して具体的に説明する。
【0035】
本発明の実施例及び比較例として、表1及び表2に示す様々な組成比で、上記製造方法に基づいて焼結温度1150℃で焼結体ブロックを作製し、厚さ0.5mmの焼結体ウエハにスライス加工したものを、さらに850℃,24h,大気中でアニール処理をした。このように作製したサーミスタ用金属酸化物材料の焼結体ウエハの両面にAg電極を850℃で焼き付け、さらに所定の大きさにダイシング切断してサーミスタ素子を作製した。このように作製した各サーミスタ素子について、電気測定を実施した結果を表1及び表2に示す。なお、表1及び表2では、各組成比(x,y,z)をmol%で記載している。
なお、サーミスタの組成比は、EPMA(電子プローブ微小分析器)にて調査し、x,y,zそれぞれ、±0.5mol%の定量精度内で、仕込みの組成比と同等であることを確認した。なお、EPMAの分析条件は、15kV、50nAであり、30μmφの領域を組成分析している。結晶構造の異なる2相の材料に対しては、30μmφの領域における平均の組成比として定量している。
【0036】
【表1】
【表2】
【0037】
上記実施例及び比較例について、B定数(25℃−50℃)と25℃の抵抗率との関係を、
図4及び
図5に示す。これらの図からわかるように、本発明の実施例では、低い電気抵抗率(上記効果(1))であると共に、高いB定数(上記効果(2))が得られている。また、これら実施例では、高温域のB定数が低温域のB定数より大きい(上記効果(3))。
なお、
図4及び
図5中の低抵抗かつ高B定数の範囲にプロットされている比較例は、上記効果(3)が実現されていない。これは、
図8及び
図9に示すように、Mn/(Mn+Co)比が0.53よりも小さいことに起因する。
また、上記実施例及び比較例について、B定数の温度変化とMn/(Mn+Co)比との関係を、
図6及び
図7に示す。これらの図からわかるように、本発明の実施例では、Mn/(Mn+Co)比が0.53〜0.57(53mol%〜57mol%)の組成時に、高温域のB定数が低温域のB定数より大きく(上記効果(3))、上記効果(1)〜(3)を同時に達成している。
なお、
図6及び
図7中の、ΔB>0%が実現されている比較例のデータのうち、Mn/(Mn+Co)比が0.57よりも大きいデータについては、電気抵抗率が3000Ωcmよりも大きく、上記効果(1)が実現されていない。これは、Mn/(Mn+Co)比が0.57よりも大きく、スピネル酸化物中の電子の電気伝導が小さくなっていることに起因する。
また、
図6及び
図7中の、ΔB>0%が実現されている比較例のデータのうち、Mn/(Mn+Co)比が0.53〜0.57の範囲内のデータについては、B定数が4000Kよりも小さく、上記効果(2)が実現されていない。これは、Cu/(Mn+Co+Cu)比、もしくは、Ni/(Mn+Co+Ni)比が0.02よりも大きいことに起因する。
【0038】
次に、上記実施例及び比較例について、Mn/(Mn+Co)比とCu/(Mn+Co+Cu)比との関係を
図8に示すと共に、Mn/(Mn+Co)比とNi/(Mn+Co+Ni)比との関係を
図9に示す。なお、これらの図では、分かり易くするために上記効果(1)(2)(3)の各達成の有無についても図中に表記している(達成できていない効果は取消線により消している。)。
【0039】
これらの図からわかるように、Mn/(Mn+Co)比が0.57(57mol%)よりも大きい領域では上記効果(2)(3)を達成できるが、上記効果(1)は達成できず、Mn/(Mn+Co)比が0.53(53mol%)よりも小さい領域では上記効果(1)(2)を達成できるが、上記効果(3)は達成できない。また、Cu,Ni量が0.02(2mol%)よりも大きい領域では上記効果(1)(3)を達成できるが、上記効果(2)は達成できない。しかしながら、本発明の実施例で示した領域では、3つの上記効果(1)(2)(3)を全て達成している。
【0040】
次に、850℃、大気中でのアニール処理の有無による電気特性変化を調べた結果を、表3に示す。
表3に示すように、アニール処理前後で特性に差異がみられる。すなわち、アニール処理をすることで、B定数が上昇すると共に、B定数の温度変化(ΔB)も大きくなっている。また、後述するXRD回折実験の結果により、アニール処理することで結晶相が2相になり、そのことがΔBを大きくすることに効果的であることが判明している。
【0041】
なお、表3において、アニール処理品は、予め大気中で850℃、24hのアニール処理を実施した焼結体ウエハに対して、850℃でAg電極をベルト炉で焼付したものである。また、アニール未処理品は、焼結体ブロックをスライス加工した焼結体ウエハを熱処理することなく、電極を取り付けたものである。なお、加熱することなく電極を接続する方法として、本実施においては、Auのスパッタにより電極をとりつけた。
【0042】
【表3】
【0043】
次に、結晶相を同定するため、粉末によるX線回折をX線回折装置(Panalytical Empyrean)で実施し、電気特性との相関を調べた結果を、表3に示す。また、アニール未処理品(比較例)とアニール処理品(実施例)とにおけるXRD回折によるXRDプロファイルパターンを
図10から
図13に示す。
なお、このXRD回折では、管球をCuとし、2θ=15〜100度の範囲で測定した。また、Cu管球を用いた場合、Co,Mnは蛍光X線が励起しやすい物質であるので、蛍光X線除去モードにて、XRD回折データを取得した。
【0044】
XRD回折を調べた実施例及び比較例は、スピネル立方晶(空間群Fd3m)の単相、スピネル正方晶(空間群I41/amd)の単相、スピネル正方晶(空間群I41/amd)を2相含む相のいずれかであった。このうち、上記効果(1)(2)(3)を同時に満たす組成の結晶構造は、スピネル正方晶(空間群I41/amd)を2相含む相であった。
【0045】
ここでは、リートベルト解析を実施し、スピネル単相、スピネル2相それぞれの格子定数を算出した。スピネル2相を含む相については、第1相と第2相との比率も求めた。
ここでは、算出された格子定数を用いて、格子定数の比率:c軸長/(√2×a軸長)を求めた。本実施例においては、スピネル結晶構造内の格子歪の量を、この格子定数の比率として定義することにより、格子歪量を評価した。
格子歪=c軸長/(√2×a軸長)
なお、この格子歪が1.00のときは、立方晶であり、本定義における格子歪がないことに相当する。すなわち、立方晶は、a軸方向とc軸方向との格子定数が同じであり、正方晶(空間群I41/amd)よりも対称性の大きい、立方晶、空間群Fd3mとして指数づけられる。
この評価の結果、アニール未処理品(1150℃焼結後未処理品)と850℃でアニール処理を実施したアニール処理品(実施例)とにおいて、結晶相の差異がみられた。
【0046】
すなわち、アニール未処理品(比較例)は、
図10(MnCoCu系)及び
図12(MnCoNi系)に示すように、スピネル正方晶(空間群I41/amd)の単相であり、格子歪は1.07程度であった。一方で、850℃でアニール処理を実施したアニール処理品(実施例)は、
図11(MnCoCu系)及び
図13(MnCoNi系)に示すように、スピネル正方晶(空間群I41/amd)を2相含む相であった。それぞれの格子歪は、1.14程度(第1相)と1.01程度(第2相)とであった。なお、上記第2相は、立方晶に近い格子歪であったため、リートベルト解析の際、第2相の結晶系を立方晶として実施したが、その結果、リートベルト解析評価に用いられるRwp値およびS値(=Rwp/Re値)が大きくなったため、本実施例は第2相も正方晶と結論付けた。
【0047】
なお、リートベルト解析を実施した結果、第1相と第2相との比率は、50%(±5%):50%(±5%)であった。したがって、アニール処理前は格子歪が1.07程度であり、アニール処理後に格子歪1.14の正方晶と格子歪1.01の正方晶とに同程度の量に相が分かれていると考えられる。
参考データとして、アニール前後におけるスピネルの単位格子体積を算出した。単位格子体積は、リートベルト解析により得られた格子定数の値を用いて算出した。まず、アニール処理前のスピネル単相の単位格子体積と、アニール処理後のスピネル2相の平均の単位格子体積とが、定量精度の範囲内で同じであった。
実施例8(MnCoCu系)のアニール処理前のスピネル単相の単位格子体積=0.2947±0.0002nm
3
実施例8(MnCoCu系)のアニール処理後のスピネル2相の平均単位格子体積=0.2948±0.0002nm
3
実施例16(MnCoNi系)のアニール処理前のスピネル単相の単位格子体積=0.2945±0.0002nm
3
実施例16(MnCoNi系)ののアニール処理後のスピネル2相の平均単位格子体積=0.2946±0.0002nm
3
また、得られた単位格子体積と組成値とを用いて、理想密度を算出し、サーミスタの相対密度を評価した。アニール処理前、アニール処理後のサンプルともに、相対密度は97%以上あり、緻密なサーミスタ焼結体が得られていることを確認した。
【0048】
次に、Mn/(Mn+Co)比と格子歪と上記効果(1)(2)(3)との関係について調べた結果を、表4に示す。なお、上記格子歪は、表4において「c/√a」と表記している。
【0049】
【表4】
【0050】
この結果からわかるように、Coに対してMn量が多い単一相では、格子歪が1.14以上となっており、このとき、高B定数である(上記効果(2)を達成)と共に、高温域のB定数が大きくなっている(上記効果(3)を達成)。スピネル酸化物におけるBサイトのMnイオンに着目すると、a軸方向に比べて、c軸方向の結晶軸が大きくなっているため(本実施例にて定義した格子歪が大きくなっているため)、BサイトのMnイオンが中心に位置するBO6八面体(Oは酸素イオン)がc軸方向に伸びていると考えられる。いわゆるMnイオンのヤーンテラー効果が大きくなっていることを示唆し、このことが低温域よりも高温域のB定数が大きくなっている要因であると考えられる。また、Co量が少ないために、B定数が大きくなっていると考えられる。ただし、この場合、スピネル酸化物中の電子の電気伝導が小さくなってしまい、電気抵抗率が大きくなってしまう。つまり、格子歪が1.14以上の単一相であると、上記効果(1)を達成することができない。
【0051】
一方で、Mnに対してCo量が多い単一相では、低い電気抵抗率である(上記効果(1)を達成)と共にB定数は4000K以上(上記効果(2)を達成)を確保している。しかしながら、格子歪が小さくなっているため、低温域に比べて高温域のB定数が小さくなる。すなわち、上記効果(3)を実現できていない。その理由は、Mnイオンの数が少なくなったためにヤーンテラー効果が小さくなり、その結果、格子歪が小さくなったためと考えられる。
これらに対して、本発明の実施例で示した正方晶2相の領域では、格子歪が1.14と大きい上記効果(2)(3)を含む相と、格子歪が1.01と小さい上記効果(1)(2)を含む相との両方の相が含まれるため、3つの上記効果(1)(2)(3)を同時に創出することができている。
【0052】
次に、
図8に示すMn/(Mn+Co)比とCu/(Mn+Co+Cu)比との相図と、
図9に示すMn/(Mn+Co)比とNi/(Mn+Co+Ni)比との相図とからわかるように、Cu,Niを添加すると、B定数が減少して上記効果(2)が小さくなる。
B定数4000K以上を確保するには、Cu量(=Cu/(Mn+Co+Cu)比)、Ni量(=Ni/(Mn+Co+Ni)比)を、2%以内の添加に抑えなければならない。
【0053】
Cu,Niを加えると、B定数が減少し、かつ、電気抵抗率が減少しており、MnCo2元系の結果より、上記効果(3)が小さくなると予想されたが、上記結果は、Cu,Niを2%以内の微量添加に抑えることで、特に上記効果(3)を維持しながら、上記効果(1)の抵抗率を小さくすることが有効であることが示された。
【0054】
なお、本発明の技術範囲は上記実施形態及び実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。