(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記超音波発生部は、超音波振動する振動子と、前記振動子の超音波振動を前記挿入体に伝えるよう、前記振動子と前記挿入体とを連結し、前記振動子に接する一端部から前記挿入体に接する他端部に向かって、外径が徐々に小さくなるよう形成された振動伝達部材とを有することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の薬剤注入装置。
【背景技術】
【0002】
従来、患者の脳の局所への薬剤注入方法として、CED(Convection−enhanced delivery)が開発されている。CEDは、脳内に留置した注入用の針から、薬剤を脳細胞間隙に持続して微量注入することにより、脳局所へ高濃度かつ広範囲に薬剤を投与する方法である。CEDによれば、血液脳関門をバイパスして薬剤を注入することができるため、効率的に脳内に薬物を送達することができる。
【0003】
この従来のCEDを用いて、本発明者等により薬剤注入の実験が行われている。この実験では、カニクイザル(Macaca fuscicularis)の脳内に、薬剤として4%のエバンスブルー色素(4% Evans blue dye)300μLを、所定の注入パターンで140分かけて注入したとき、脳内の300〜700mm
3の領域に薬剤が広がったことが確認されている(例えば、非特許文献1参照)。
【0004】
しかし、従来のCEDでは、薬剤を約1〜5μL/分の注入速度で微量注入していくため、必要量を投与するためには通常、数日かかってしまう。そこで、CEDで薬剤を注入する際に、脳表に超音波振動を与えることにより、薬剤注入効率を向上させる方法が開発されている(例えば、非特許文献2参照)。また、CEDで薬剤を注入する針の根元に超音波振動子を取り付け、脳表で超音波振動子を振動させるとともに、脳内に配置した針にも超音波振動を伝えることにより、薬剤注入効率を向上させる装置も開発されている(例えば、非特許文献3または特許文献1参照)。
【0005】
なお、脳内での薬剤送達には、80〜180kHzの超音波振動を与えるのが効果的であるとの報告があるが、実際には1.34MHzの超音波振動でしか実験が行われておらず、真偽は不明である(例えば、非特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Sugiyama S.,et al., ”Safety and feasibility of convection-enhanced delivery of nimustine hydrochloride co-infused with free gadolinium for real-time monitoring in the primate brain”, Neurological Research, 2012, 34(6), 581-7
【非特許文献2】Liu Y., et al., “Ultrasound-Enhanced Drug Transport and Distribution in the Brain”, AAPS PharmSciTech, September 2010, Vol.11, No.3, p.1005-1017
【非特許文献3】Lewis G.K.Jr., et al., “Ultrasound-assisted convection-enhanced delivery to the brain in vivo with a novel transducer cannula assembly”, J Neurosurg, December 2012, Volume 117, p.1128-1140
【非特許文献4】Mitragotri S., et al., “Healing sound: the use of ultrasound in drug delivery and other therapeutic applications”, Nature Reviews, March 2005, Volume 4, p.255-260
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開WO2011/109735号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献2に記載の、脳表に超音波振動を与える方法では、脳表付近にある病変には有効であるが、悪性脳腫瘍などの腫瘍や、パーキンソン病などの神経変性疾患のような脳の深部への薬剤注入が必要な病変には、超音波振動による薬剤注入効率の向上はほとんど期待できないという課題があった。また、非特許文献3や特許文献1に記載の、薬剤を注入する針にも超音波振動を伝える装置では、中空の針を伝わる際に、音圧の低下や周波数変化など、超音波振動の特性が変化してしまうため、針の振動による薬剤注入効率の向上はほとんど得られないと考えられる。このため、脳表での超音波振動の効果しか得られず、非特許文献2と同様に、脳の深部への薬剤注入が必要な病変には、超音波振動による薬剤注入効率の向上はほとんど期待できないという課題があった。なお、脳内への薬剤注入だけでなく、他の実質臓器への薬剤注入においても、同様の課題が存在すると考えられる。
【0009】
本発明は、このような課題に着目してなされたもので、脳などの実質臓器の深部での薬剤注入効率を高めることができ、脳などの実質臓器の深部への薬剤注入が必要な病変に対する治療効果を高めることができる
薬剤注入装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、本発明に係る薬剤注入装置は、患者の実質臓器に薬剤を注入するための薬剤注入装置であって、先端部を前記実質臓器に挿入可能に設けられた、内部が充実した細長い挿入体と、超音波振動を発生し、前記挿入体に前記超音波振動を加える超音波発生部と、先端から前記実質臓器に前記薬剤を吐出可能なチューブとを
有し、前記実質臓器に挿入した前記挿入体の先端部を、前記薬剤の注入位置の近傍で超音波振動させることにより、前記実質臓器を振動させて前記薬剤を前記実質臓器の内部で広げるよう構成されていることを特徴とする。
【0011】
本発明に
関し、薬剤注入方法は、患者の実質臓器に薬剤を注入する薬剤注入方法であって、前記実質臓器に前記薬剤を注入しつつ、内部が充実した細長い挿入体の先端部を前記実質臓器に挿入して超音波振動させることを特徴とする。
【0012】
本発明に
関し、薬剤注入方法は、本発明に係る薬剤注入装置により好適に実施することができる。本発明に係る薬剤注入装置および
本発明に関する薬剤注入方法は、先端部を実質臓器に挿入した挿入体を超音波振動させることにより、その実質臓器に注入された薬剤を、実質臓器の内部で広げることができる。このとき、挿入体が注射針のように中空ではなく、挿入体の内部が詰まって充実しているため、音圧が低下したり周波数が変化したりすることなく、薬剤伝達に効果的な特性のまま超音波振動を挿入体の先端部に伝えることができる。このため、効果的に薬剤を広範囲に広げることができ、薬剤注入効率を高めることができる。
【0013】
特に、薬剤の注入位置の近傍で挿入体の先端部を超音波振動させることにより、より効果的に薬剤を広範囲に広げることができ、薬剤注入効率をより高めることができる。脳などの実質臓器の深部であっても、その部位に挿入体の先端部を挿入して超音波振動させながら薬剤を注入することにより、薬剤注入効率を高めることができる。このため、脳などの実質臓器の深部への薬剤注入が必要な病変に対する治療効果を高めることができる。
【0014】
なお、実質臓器は、例えば、大脳、小脳、脳幹部などの中枢神経系や、下垂体、甲状腺、副腎などの内分泌腺、耳下腺や鍔下線といった唾液腺、膵臓、肝臓などの消化器、腎臓、卵巣や睾丸といった性腺などの尿路生殖器、胸腺、脾臓、リンパ節などの免疫器官、骨、筋などの骨格・運動器、眼球などの感覚器などである。超音波振動は、いかなる構成で発生させてもよいが、圧電素子などを使用することにより、振動数や振幅を制御可能であることが好ましい。
【0015】
挿入体は、内部が中空ではなく充実していればよく、円形や楕円形、多角形などいかなる断面形状を成していてもよい。また、断面に凹凸を有する形状を成していてもよい。挿入体は、実質臓器に挿入しやすくなるよう、先端が尖っていてもよく、丸みを帯びていてもよい。挿入体は、一般的な注射針とほぼ同じ太さになるよう、外径が200μm〜1mmであることが好ましい。挿入体は、対象とする実質臓器のあらゆる深さの位置に先端部を挿入可能に、長さが数cm〜20cm程度であることが好ましい。また、挿入体は、長さが異なる複数のものを準備しておき、挿入深さに応じて取り換えて使用するようになっていてもよい。
【0016】
本発明に係る薬剤注入装置は、前記挿入体の先端部が200〜700kHzで超音波振動することが好ましい。本発明に
関し、薬剤注入方法は、前記挿入体の先端部を200〜700kHzで超音波振動させることが好ましい。この場合、特に薬剤注入効率を高めることができる。
【0017】
本発明に係る薬剤注入装置で、前記超音波発生部は、超音波振動する振動子と、前記振動子の超音波振動を前記挿入体に伝えるよう、前記振動子と前記挿入体とを連結し、前記振動子に接する一端部から前記挿入体に接する他端部に向かって、外径が徐々に小さくなるよう形成された振動伝達部材とを有していることが好ましい。この場合、振動伝達部材により、振動子の超音波振動を効率良く挿入体に伝えることができ、エネルギー効率が良い。振動伝達部材は、例えば、底面側が振動子に接し、先端側が挿入体に接続した錐体から成ることが好ましい。なお、振動伝達部材は、超音波振動を効率良く伝達して挿入体に入力可能であれば、他の形状や構成を有していてもよい。
【0018】
本発明に係る薬剤注入装置で、前記挿入体は、少なくとも先端部の側面に、長さ方向に沿った溝を有し、前記チューブは、先端部が前記溝に挿入されていてもよい。この場合、挿入体の先端部とチューブの先端部とを一体化することができ、挿入体と同時にチューブを実質臓器に挿入することができる。また、薬剤を吐出するチューブの先端開口を、挿入体の先端部の位置に揃えることにより、薬剤の注入位置の極近傍で挿入体の先端部を超音波振動させることができ、薬剤注入効率をより高めることができる。
【0019】
また、本発明に係る薬剤注入装置は、患者の実質臓器に薬剤を注入するための薬剤注入装置であって、先端部を前記実質臓器に挿入可能に設けられた、内部が充実した細長い挿入体と、超音波振動を発生し、前記挿入体に前記超音波振動を加える超音波発生部とを有し、前記挿入体は、側面に長さ方向に沿って先端部まで伸びるよう設けられた溝と、前記溝が先端で開口するよう、前記溝の上方を覆う被覆材とを有し、前記溝に前記薬剤を通し、前記溝の先端の開口から前記実質臓器に前記薬剤を吐出可能
であり、前記実質臓器に挿入した前記挿入体の先端部を、前記薬剤の注入位置の近傍で超音波振動させることにより、前記実質臓器を振動させて前記薬剤を前記実質臓器の内部で広げるよう構成されていてもよい。この場合にも、挿入体と同時に、薬剤を注入する部位を実質臓器に挿入することができる。また、薬剤の注入位置の極近傍で挿入体の先端部を超音波振動させることができ、薬剤注入効率をより高めることができる。チューブを溝に挿入する場合と比べて、チューブの肉厚分を省略することができ、薬剤を流す流路の断面積を大きくすることができる。このため、挿入体を細径化するときに有利である。なお、被覆材は、薄い膜状のものから成ることが好ましく、シート形状を成し、溝の上方のみを覆うよう取り付けられていてもよく、筒形状を成し、内部に挿入体を挿入して取り付けられていてもよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、脳などの実質臓器の深部での薬剤注入効率を高めることができ、脳などの実質臓器の深部への薬剤注入が必要な病変に対する治療効果を高めることができる
薬剤注入装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の実施の形態の薬剤注入装置の(a)側面図、(b)挿入体およびチューブの断面図、(c)変形例を示す挿入体の断面図である。
【
図2】
図1に示す薬剤注入装置の(a)超音波振動を加えたときの挿入体の先端での周波数特性を示すグラフ、(b)挿入体の共振周波数250〜300kHzでの印加電圧と音圧との関係を示すグラフ、(c)挿入体の共振周波数520〜540kHzでの印加電圧と音圧との関係を示すグラフである。
【
図3】
図1に示す薬剤注入装置によるラットの脳内への薬剤の注入試験の(A)超音波振動を加えないとき、(B)周波数252kHz、印加電圧30V、(C)周波数252kHz、印加電圧60V、(D)周波数532kHz、印加電圧30V、(E)周波数532kHz、印加電圧60Vの超音波振動を加えたときの、ラットの脳内の顕微鏡写真(20倍)である。
【
図4】
図1に示す薬剤注入装置によるラットの脳内への薬剤の注入試験の、異なる超音波振動に対する薬剤の広がりを示すグラフである。
【
図5】
図1に示す薬剤注入装置によるラットの脳内への薬剤の注入試験の、(A)超音波振動を与えないとき、(B)周波数260kHz、印加電圧60Vの超音波振動を加えたときのMRI画像、(C)異なる信号強度の範囲の面積を測定した結果を示すグラフである。
【
図6】
図1に示す薬剤注入装置によるカニクイザルの脳内への薬剤の注入試験の、薬剤の注入位置を示す平面図である。
【
図7】
図1に示す薬剤注入装置によるラットの脳内への薬剤の注入試験の、挿入体とチューブとを別々に挿入したときの薬剤の広がりを示すグラフである。
【
図8】超音波振動を加えたときの(a)
図1に示す薬剤注入装置の長さ15cmの挿入体、(b)長さ4cmの挿入体、(c)長さ15cmの中空の針の、先端での周波数特性を示すグラフである。
【
図9】(a)
図1に示す薬剤注入装置の長さ15cmの挿入体、(b)長さ15cmの中空の針をアガロースゲルに挿入し、超音波振動を加えたときの、先端での周波数特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面に基づき、本発明の実施の形態について説明する。
図1乃至
図9は、本発明の実施の形態の薬剤注入装置および
本発明の実施の形態に関する薬剤注入方法を示している。
図1(a)および(b)に示すように、薬剤注入装置10は、患者の実質臓器に薬剤を注入するための薬剤注入装置10であって、挿入体11と超音波発生部12とチューブ13とを有している。
【0023】
図1(a)に示すように、挿入体11は、先端部11aを実質臓器に挿入可能に、細長い棒状を成している。
図1(b)に示すように、挿入体11は、ほぼ円形の断面形状を成し、内部が注射針のような中空ではなく、充実している。また、挿入体11は、側面に、先端部11aから他端部まで長さ方向に沿って伸びる溝11bを有している。
【0024】
図1(a)に示すように、超音波発生部12は、圧電素子から成る振動子21と、円錐体形状を成す振動伝達部材22とを有している。振動子21は、振動数や振幅を制御可能に、超音波振動するよう構成されている。振動伝達部材22は、底面22aに振動子21が取り付けられ、先端22bに挿入体11の他端部が取り付けられ、振動子21と挿入体11とを連結している。振動伝達部材22は、底面22aから先端22bに向かって外径が徐々に小さくなっており、振動子21の超音波振動を効率良く挿入体11に伝達可能になっている。なお、振動伝達部材22は、超音波振動を効率良く伝達して挿入体に入力可能であれば、他の形状や構成を有していてもよい。
【0025】
図1(a)および(b)に示すように、チューブ13は、先端の開口から薬剤を吐出可能に構成され、先端部が挿入体11の溝11bに挿入されている。チューブ13は、先端の開口を、挿入体11の先端部11aの位置に揃えて取り付けられている。
【0026】
なお、
図1(a)および(b)に示す具体的な一例では、挿入体11は、外径が600〜650μm、溝11bの深さが200μmである。また、挿入体11は、長さが4cmと15cmの2種類があり、挿入深さに応じて取り換えて使用可能になっている。
【0027】
本発明の実施の形態
に関する薬剤注入方法は、薬剤注入装置10により好適に実施することができる。本発明の実施の形態
に関する薬剤注入方法では、まず、患者の実質臓器の所望の部位に、挿入体11の先端部11aを挿入する。このとき、チューブ13が挿入体11の溝11bに挿入されているため、挿入体11と同時にチューブ13を実質臓器に挿入することができる。その部位で、チューブ13の先端の開口から薬剤を注入しつつ、超音波発生部12により挿入体11の先端部11aを超音波振動させる。これにより、実質臓器の所望の部位に薬剤を注入し、その薬剤を実質臓器の内部で広げることができる。
【0028】
本発明の実施の形態の薬剤注入装置10および
本発明の実施の形態に関する薬剤注入方法では、挿入体11が注射針のように中空ではなく、挿入体11の内部が詰まって充実しているため、薬剤伝達に効果的な特性のまま超音波振動を挿入体11の先端部11aに伝えることができる。このため、効果的に薬剤を広範囲に広げることができ、薬剤注入効率を高めることができる。また、薬剤の注入位置の近傍で挿入体11の先端部11aが超音波振動するため、より効果的に薬剤を広範囲に広げることができ、薬剤注入効率をより高めることができる。
【0029】
本発明の実施の形態の薬剤注入装置10および
本発明の実施の形態に関する薬剤注入方法では、実質臓器の深部であっても、その部位に挿入体11の先端部11aを挿入して超音波振動させながら薬剤を注入することにより、薬剤注入効率を高めることができる。このため、実質臓器の深部への薬剤注入が必要な病変に対する治療効果を高めることができる。また、長さの異なる挿入体11を、薬剤を注入する部位の深さに応じて取り換えて使用することにより、効率的な薬剤注入を行うことができる。
【0030】
なお、
図1(c)に示すように、薬剤注入装置10は、チューブ13の代わりに、溝11bが先端で開口するよう、溝11bの上方を覆う被覆材31を有し、溝11bに薬剤を通し、溝11bの先端の開口から実質臓器に薬剤を吐出可能に構成されていてもよい。被覆材31は、薄い膜状のものから成り、筒形状を成し、内部に挿入体11を挿入して取り付けられている。この場合、挿入体11と同時に、薬剤を注入する部位を実質臓器に挿入することができる。また、薬剤の注入位置の極近傍で挿入体11の先端部11aを超音波振動させることができ、薬剤注入効率をより高めることができる。チューブ13を溝に挿入する場合と比べて、チューブ13の肉厚分を省略することができ、薬剤を流す流路の断面積を大きくすることができる。このため、挿入体11を細径化するときに有利である。
【実施例1】
【0031】
図1(a)および(b)に示す薬剤注入装置10について、長さ4cmの挿入体11を使用し、振動子21で発生させる超音波振動の周波数を約100kHz〜800kHzまで変化させながら、挿入体11の先端での振動の測定を行った。測定により得られた、挿入体11の先端での振動の周波数と音圧との関係を、
図2(a)に示す。
図2(a)に示すように、挿入体11の先端の共振周波数が、250〜300kHz、および、520〜540kHzであることが確認された。
【0032】
次に、共振周波数の250〜300kHzおよび520〜540kHzでの、振動子21に加える電圧と、挿入体11の先端での音圧との関係を調べ、その結果をそれぞれ
図2(b)および(c)に示す。
図2(b)および(c)に示すように、音圧は印加電圧に比例して大きくなることが確認された。また、250〜300kHzの印加電圧60Vでの音圧が、520〜540kHzの印加電圧30Vでの音圧とほぼ等しいことも確認された。
【実施例2】
【0033】
図1(a)および(b)に示す薬剤注入装置10について、長さ15cmの挿入体11を使用して、ラットの脳内への薬剤の注入試験を行った。試験では、薬剤として4%のエバンスブルー色素(4% Evans blue dye)を使用し、ラットの脳内に薬剤10μLを注入しつつ挿入体11の先端を超音波振動させて、脳内での薬剤の広がりを目視で測定した。また、超音波振動として、252kHzの周波数で、印加電圧30Vおよび60V、524kHzの周波数で、印加電圧13V、30V、および60Vの5種類の振動を与えた。
【0034】
ラットの脳内での薬剤の広がりの観測結果の一例を
図3に、異なる超音波振動に対してそれぞれ6回ずつ試験を行った結果を表1に、その試験の平均値(Mean)と標準偏差(SD)とをグラフに表したものを
図4に示す。なお、比較のため、超音波振動を与えないときの薬剤の広がりについても試験を行い、その結果も示している(
図3、表1、
図4中の「Control」)。また、
図4(A)および(B)では、各データに対して、1元配置分散分析(One−way ANOVA)で、テューキーの多重比較検定(Tukey’ multiple comparison test)を行っている。また、
図4(C)では、2標本のスチューデントのt検定(Unpaired student’s t−test)を行っている。
【0035】
【表1】
【0036】
図3、表1、
図4(A)および(B)に示すように、超音波振動を加えることにより、超音波振動を加えない場合と比べて、薬剤が広がっていることが確認された。また、
図4(A)に示すように、超音波振動が252kHzのときは、印加電圧が大きくなるに従って、薬剤の広がりも大きくなっているが、
図4(B)に示すように、超音波振動が524kHzのときは、印加電圧が大きくなっても、薬剤の広がりはほとんど変わらないことが確認された。また、
図4(C)に示すように、音圧がほとんど同じである、周波数が252kHz、印加電圧が60Vのときと、周波数が524kHz、印加電圧が13Vのときとでは、前者の方が薬剤の広がりが大きいことが確認された。このことから、同じ音圧では、周波数が小さい超音波振動を加えた方が、薬剤の広がりを大きくすることができるといえる。
【0037】
次に、薬剤として、5mMのGd−DTPA造影剤を使用し、超音波振動として、周波数が260kHz、印加電圧が60Vの振動を加えたときの、ラットの脳内での薬剤の広がりをMRIで観測した。また、比較のため、超音波振動を与えないときの薬剤の広がりについても同様に観測を行った(「Control」)。これらの試験結果の一例を、
図5(A)および(B)に、薬剤の広がりとして、造影剤の信号強度が10%以上、20%以上、30%以上、40%以上の範囲を、MRI画像から自動で測定した結果を
図5(C)に示す。なお、比較のため、
図4に示す4%のエバンスブルー色素(4% EBD)での結果も
図5(C)に示す。また、
図5(C)では、2標本のスチューデントのt検定(Unpaired student’s t−test)を行っている。
【0038】
図5(A)乃至(C)に示すように、超音波振動を加えることにより、超音波振動を加えない場合と比べて、薬剤が広がっていることが確認された。また、MRI画像からでも薬剤の広がりを測定することができ、臨床での応用が可能であることも確認された。
【実施例3】
【0039】
図1(a)および(b)に示す薬剤注入装置10について、長さ15cmの挿入体11を使用して、カニクイザル(Macaca fuscicularis)の脳内への薬剤の注入試験を行った。試験では、薬剤として4%のエバンスブルー色素(4% Evans blue dye)を使用し、非特許文献1と同様の注入パターンで、
図6に示す4箇所(図中の○印の位置)で注入を行った。具体的な注入パターンとしては、0.2μL/分で10分間、0.5μL/分で10分間、0.8μL/分で10分間、1.0μL/分で10分間、1.5μL/分で10分間、2.0μL/分で10分間、3.0μL/分で80分間の順に、140分かけて300μLを注入した。また、
図6の注入位置は、頭部の中心位置(図中の星印の位置)から、それぞれ前後左右に1cmずつ、ずれた位置である。
【0040】
また、超音波振動として、周波数263kHz、印加電圧60V、および、周波数551kHz、印加電圧60Vの2種類の振動を与えた。薬剤の広がりを、MRI画像から目視で測定した場合と、MRIの信号強度が10%以上の範囲を自動で測定した場合とについて、測定結果をまとめ、表2に示す。なお、測定は、各振動について、3〜4回ずつ行い、その平均値(Mean)と標準偏差(SD)とを求めている。
【0041】
【表2】
【0042】
非特許文献1において、超音波振動を加えずに同様の試験を行った結果、脳内の300〜700mm
3の領域に薬剤が広がったことが確認されている。これに対し、表2に示すように、超音波振動を加えることにより、脳内の800〜1400mm
3の領域に薬剤が広がったことが確認された。このことから、超音波振動により薬剤を広範囲に広げることができ、薬剤注入効率を高めることができるといえる。また、表2から、同じ印加電圧であれば、超音波振動の周波数が小さい方が、薬剤の広がりを大きくすることができることも確認された。
【実施例4】
【0043】
薬剤注入装置10として、長さ15cmの挿入体11を使用し、挿入体11の溝11bにチューブ13を挿入せず、別々にラットの脳内に近接して挿入し、薬剤の注入試験を行った。試験では、薬剤として4%のエバンスブルー色素(4% Evans blue dye)を使用し、ラットの脳内に薬剤10μLを注入しつつ挿入体11の先端を超音波振動させて、脳内での薬剤の広がりを目視で測定した。また、超音波振動として、周波数532kHz、印加電圧30Vの振動を与えた。
【0044】
測定は5回行い、その測定結果を表3に、その平均値(Mean)と標準偏差(SD)とをグラフに表したものを
図7に示す。なお、比較のため、超音波振動を与えないときの薬剤の広がりについても9回の測定を行い、その結果も示している(表3、
図7中の「Control」)。また、
図7では、2標本のスチューデントのt検定(Unpaired student’s t−test)を行っている。
【0045】
【表3】
【0046】
表3および
図7に示すように、挿入体11とチューブ13とを一体化しなくとも、薬剤の注入位置の近傍で挿入体11の先端部11aを超音波振動させることにより、効果的に薬剤を広範囲に広げることができ、薬剤注入効率を高めることができることが確認された。
【実施例5】
【0047】
薬剤注入装置10の長さ15cmおよび4cmの挿入体11、ならびに、非特許文献3や特許文献1で使用されているものと同様の、長さ15cmの中空の針について、超音波振動を与えたときの先端での振動の測定を行った。測定では、印加電圧を30Vとし、超音波振動の周波数を約100kHz〜800kHzの範囲で変化させた。測定結果を、
図8に示す。なお、使用した挿入体11および中空の針は、外径が600〜650μmであり、ほぼ同じ外径を有している。
【0048】
図8(a)および(b)に示すように、15cmの挿入体11では、200kHz〜700kHzで音圧が高くなり、4cmの挿入体11では、200kHz〜800kHz、特に500kHz〜700kHzで音圧が高くなることが確認された。これに対し、
図8(c)に示すように、中空の針では、700kHz以下では、音圧が高くならず、700kHzより周波数が高いとき、音圧が高くなることが確認された。このように、内部が詰まって充実している挿入体11は、中空の針よりも低い周波数の超音波振動を伝えやすいといえる。このため、実施例2や実施例3の結果から、挿入体11は、中空の針に比べて、薬剤を広範囲に広げることができ、薬剤注入効率が高いといえる。
【0049】
次に、脳内での超音波振動に対する周波数特性を調べるために、脳内組織とほぼ同じ密度を有するアガロースゲルに、薬剤注入装置10の長さ15cmの挿入体11および長さ15cmの中空の針を挿入して、同様の測定を行った。その測定結果を、
図9に示す。
図9(a)に示すように、15cmの挿入体11では、200kHz〜800kHzで音圧が高くなることが確認された。これに対し、
図9(b)に示すように、中空の針では、300kHz近傍と800kHz近傍でやや音圧が高くなっているが、全体的に音圧が低いことが確認された。このことから、脳内で使用するとき、内部が詰まって充実している挿入体11は、中空の針よりも超音波振動を伝えやすく、薬剤を広範囲に広げることができ、薬剤注入効率が高いといえる。なお、
図8および
図9の結果から、中空の針では、音圧の低下や周波数の変化が発生していると考えられる。