(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
切断予定線の近傍で、且つ該切断予定線と平行に板ガラスをレーザー溶断することにより、該切断予定線に沿う位置に、引張応力領域を形成する溶断工程と、前記切断予定線と前記板ガラスの端部との交点に初期クラックを形成する初期クラック形成工程とを含み、前記溶断工程を実行する前に、前記切断予定線との交点を含んだ前記板ガラスの端部を、前記レーザー溶断に伴って引張応力で自然に発生する切断を防止するための加工を行う加工工程が実行された状態とすると共に、前記溶断工程を実行した後に、前記初期クラック形成工程を実行することを特徴とする板ガラスの切断方法。
前記加工工程は、前記板ガラスに対して行う前記切断予定線と交差する方向へのレーザー割断、レーザー溶断、又は曲げ応力割であることを特徴とする請求項1に記載の板ガラスの切断方法。
前記初期クラック形成工程が、前記溶断工程によって溶断された両板ガラスの対向する端部を互いに衝突、又は摺動させることにより実行されることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の板ガラスの切断方法。
前記溶断工程によって、前記引張応力領域に隣接して形成される圧縮応力領域に印加された圧縮応力の大きさが、20MPa以上で、且つ1GPa以下であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の板ガラスの切断方法。
前記加工工程の実行後で、且つ前記溶断工程の実行前に、前記切断予定線を含んだ前記板ガラスの端部を、徐冷点以上に加熱する加熱処理工程を実行することを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の板ガラスの切断方法。
【背景技術】
【0002】
周知のように、液晶ディスプレイ、プラズマディスプレイ、エレクトロルミネッセンスディスプレイ、有機ELディスプレイ等のフラットパネルディスプレイ(FPD)や、太陽電池、その他の電子デバイス等に使用される板ガラス製品の製造工程では、大面積の板ガラス(マザーガラス)から小面積の板ガラスを切り出したり、板ガラスの辺に沿う縁部をトリミングしたりする。
【0003】
このように板ガラスを切断するための手法の一つとしては、レーザー溶断が公知となっている。このレーザー溶断は、切断の対象となる被加工物の面に延びた切断予定線に沿ってレーザーを照射すると共に、レーザーによる加熱で溶融した部位を除去することで、被加工物を溶断(切断)する方法である。
【0004】
ところで、このレーザー溶断には、以下のような難点がある。すなわち、溶断の進行中において、レーザーを照射された部位が、当該レーザーによる加熱で熱膨張し、その周辺部位を押し広げて圧縮する。この作用に起因して、溶断後の被加工物における端部は、歪が残留した状態下に置かれる。
【0005】
そのため、このレーザー溶断を板ガラスの切断に適用した場合には、残留した歪が板ガラスの割れを誘発する等、最終的に製造される板ガラス製品の品質に悪影響を与えることから、溶断後の板ガラスの一枚一枚に対して、歪の除去を実施する必要が生じる。これにより、板ガラス製品の製造効率が悪化するという問題があった。
【0006】
そこで、このようなレーザー溶断の問題点を解消し得る技術として、特許文献1に開示されるような方法が提案されている。詳述すると、同文献には、
図7に示すように、切断予定線Xの近傍で、且つこの切断予定線Xと平行に板ガラスGをレーザー溶断することによって、当該切断予定線Xに沿う位置に、引張応力が印加された引張応力領域Wを順次に形成すると共に、当該引張応力領域Wの形成に伴い、レーザー溶断の開始位置を含んだ板ガラスGの端部Gsから、切断予定線Xに沿って自然に切断部CUを進展させることで、溶断により板ガラスGに形成された端部Ga(以下、溶断端部Gaという)を、当該板ガラスGから順次に分離させる方法が開示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に開示された方法によれば、切断部CUが進展する(溶断端部Gaが板ガラスGから分離する)のに伴って、印加されていた引張応力が解放されていく(引張応力領域Wが消滅していく)ため、当該板ガラスGに残留した歪を効率よく除去することができる。この結果、溶断後の板ガラスGに対し、歪を除去することを目的として、改めてアニール(徐冷)等を実施する手間を省くことができ、上述の製造効率の問題を好適に解消することが可能である。
【0009】
しかしながら、同文献に開示された方法によっても、未だ解決すべき問題が残存している。すなわち、切断予定線Xに沿う位置に形成される引張応力領域Wは、当該切断予定線Xと平行に進行するレーザー溶断の開始位置側から終了位置側に向かって、溶融ガラス部(レーザーの加熱によりガラスが溶融した部位をいう)Mと並走するように順次に形成されていく。そして、切断部CUは、この引張応力領域Wに追随するように進展する。
【0010】
このとき、溶融ガラス部Mと切断部CUとが近接した位置関係にあることによって、切断部CUの進展によって分離した溶断端部Ga、及びその破片Kが、溶融ガラス部Mを横切り、板ガラスGに対するレーザーの照射を遮ってしまう場合がある。このような事態を生じると、レーザー光でガラスを溶融させることができず、溶断が途中で停止する等の不具合を生じ、安定した板ガラスGの溶断が困難、或いは、不可能となってしまう。
【0011】
その上、板ガラスGから分離される溶断端部Gaは、切断部CUの進展に伴って、順次に板ガラスGから分離される態様であるため、分離途中の溶断端部Gaが、この分離によって板ガラスGに形成される端部Gb(以下、切断端部Gbという)と衝突したり、擦れたりしてしまい、切断端部Gbに傷が生じる場合がある。そのため、切断端部Gbの品質の低下、ひいては、板ガラスGにおける品質の低下をも招く結果となっていた。
【0012】
上記事情に鑑みなされた本発明は、板ガラスのレーザー溶断を実行すると共に、溶断端部を当該板ガラスから分離する場合に、安定した溶断の実行を可能とし、且つ分離後の板ガラスにおける品質の低下を回避できる改良技術の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するために創案された本発明に係る板ガラスの切断方法は、切断予定線の近傍で、且つ該切断予定線と平行に板ガラスをレーザー溶断することにより、該切断予定線に沿う位置に、引張応力領域を形成する溶断工程と、前記切断予定線と前記板ガラスの端部との交点に初期クラックを形成する初期クラック形成工程とを含み、前記溶断工程を実行する前に、前記切断予定線を含んだ前記板ガラスの端部に対し、前記レーザー溶断に伴って引張応力で自然に発生する切断を防止するための加工を行う加工工程を実行することに特徴付けられる。
【0014】
このような方法によれば、溶断工程を実行する前に、加工工程を実行していることで、溶断工程において、板ガラスの端部からレーザー溶断を進行させる際に、切断予定線に沿って順次に形成される引張応力領域によって、溶融ガラス部(レーザーの加熱によりガラスが溶融した部位をいう)と並走して、切断部(引張応力領域に印加された引張応力で板ガラスが切断予定線に沿って切断された部位をいう)が自然に進展するような事態の発生を防止することができる。これにより、切断部が全く進展していない状態下において、切断予定線の全長に亘って引張応力領域を形成することが可能となる。また、切断予定線と板ガラスの端部との交点において、初期クラックの形成が完了することで初めて、初期クラックを起点として、板ガラスからの溶断端部の分離(切断部の進展)が開始される。その結果、レーザー溶断の進行と溶断端部の分離とを別々に実行することができ、切断部の進展によって分離した溶断端部、及びその破片が、溶融ガラス部を横切り、板ガラスに対するレーザーの照射を遮るような事態の発生が防止されるため、安定して板ガラスを溶断することが可能となる。また、溶断端部を分離させる際には、切断予定線の全長に亘って形成された引張応力領域により、切断部を一時に進展させ、溶断端部を板ガラスから一時に分離させることができるため、溶断端部が、切断端部と衝突したり、擦れたりすることが防止され、分離後の板ガラスの品質の低下を回避することが可能となる。
【0015】
上記の方法において、前記加工工程は、前記板ガラスに対して行う前記切断予定線と交差する方向へのレーザー割断、レーザー溶断、又は曲げ応力割であることが好ましい。ここで、「レーザー割断」とは、板ガラスにレーザーを照射し、当該板ガラスに加熱部を形成すると共に、レーザーに追随させた冷媒によって加熱部を冷却し、これに起因して発生した熱応力により、板ガラスに形成された初期クラックを起点として、割断部を進展させて当該板ガラスを切断する、或いは、割断部を進展させてスクライブ線を形成した後に、例えば、曲げ応力を加えることで折り割る態様を意味する。また、「レーザー溶断」とは、板ガラスにレーザーを照射すると共に、レーザー熱で溶融した溶融ガラス部を除去することで、当該板ガラスを切断する態様を意味する。また、「曲げ応力割」とは、板ガラスを湾曲させ、曲げ応力を作用させると共に、当該板ガラスに形成された初期クラックを起点として、曲げ応力により割断部を進展させて切断する態様を意味する。
【0016】
このようにすれば、初期クラックの形成位置となる切断予定線の一端を含んだ板ガラスの端部を、微小クラック等の欠陥が可及的に存在しない状態下に置くことができる。そのため、板ガラスの端部からレーザー溶断を進行させる際に、切断予定線に沿って順次に形成される引張応力領域によって、溶融ガラス部と並走して、欠陥を起点とした切断部が、自然に進展するような事態の発生を、より効果的に防止することが可能となる。
【0017】
上記の方法において、前記溶断工程の際に、レーザーの加熱により溶融した溶融ガラス部に対してアシストガスを噴射することが好ましい。
【0018】
このようにすれば、レーザー溶断(溶断工程)の際に、アシストガスの圧力によって、溶融したガラスを円滑に飛散させることができる。そのため、溶融ガラス部を高速で除去することが可能となり、レーザー溶断に要する時間を短縮することができる。この結果、板ガラスの製造効率を向上させることが可能となる。また、アシストガスを噴射することで、引張応力領域に印加される引張応力の大きさを、より大きくできることが判明している。
【0019】
上記の方法において、前記初期クラック形成工程が、前記溶断工程によって溶断された両板ガラスの対向する端部を互いに衝突、又は摺動させることにより実行されていてもよい。
【0020】
このようにすれば、両板ガラスの対向する端部の衝突、又は摺動に起因して、両板ガラスの双方において、切断予定線と板ガラスの端部との交点に初期クラックが形成されると共に、当該初期クラックを起点として、切断部が切断予定線の一端から他端まで一時に進展するため、板ガラスからの溶断端部の分離を、溶断後の両板ガラス間で同時に実施することが可能となり、板ガラスの製造効率を、さらに向上させることができる。なお、この場合、以下の(i),(ii)のようにすれば、対向する溶断端部の衝突、又は摺動を促進することが可能である。(i)対向する溶断端部におけるレーザー入射側の面、或いは、出射側の面に対してガスを噴射する。(ii)溶断後の両板ガラスに、上下振動や超音波振動を発生させる領域を通過させる。
【0021】
上記の方法において、前記溶断工程によって、前記引張応力領域に隣接して形成される圧縮応力領域に印加された圧縮応力の大きさが、20MPa以上で、且つ1GPa以下であることが好ましい。
【0022】
このようにすれば、圧縮応力領域に印加された圧縮応力によって、板ガラスが破損することを回避できる。また、溶断端部の分離時に、初期クラックを起点として切断部が切断予定線に沿って進展する際、当該切断部が切断予定線から逸脱した状態で進展してしまうことを防止できる。すなわち、圧縮応力領域に印加された圧縮応力の大きさが1GPaを超えると、引張応力領域に印加される引張応力が大きくなりすぎ、切断部の進展速度が過剰に速くなるため、切断予定線から逸脱しやすくなる。一方、圧縮応力の大きさが20MPa未満となると、引張応力が小さくなりすぎ、切断部を進展させること自体が困難となるため、溶断端部を板ガラスから分離させることができなくなる恐れがある。なお、圧縮応力の大きさは、50MPa以上で、且つ1GPa以下とすることがより好ましく、このようにすれば、引張応力の大きさが、より適正な値の範囲となり、この引張応力によって進展する切断部の進展速度を、さらに適切なものとすることが可能となる。
【0023】
上記の方法において、前記板ガラスの厚みが500μm以下であることが好ましい。
【0024】
このようにすれば、板ガラスの厚みが薄いことにより、板ガラスの溶断(溶断工程)に伴って形成される引張応力領域によって、板ガラスからの溶断端部の分離を容易に行うことが可能となる。
【0025】
上記の方法において、前記加工工程の実行後で、且つ前記溶断工程の実行前に、前記切断予定線を含む前記板ガラスの端部を、徐冷点以上に加熱する加熱処理工程を実行することが好ましい。
【0026】
このようにすれば、加工工程を実行した際、或いは、その後に板ガラスの端部に発生した欠陥を、溶断工程の実行前に可及的に取り除くことができる。このため、板ガラスの端部からレーザー溶断を進行させる際に、切断予定線に沿って順次に形成される引張応力領域により、溶融ガラス部と並走して、欠陥を起点とした切断部が自然に進展するような事態の発生を、さらに効果的に防止することが可能となる。
【発明の効果】
【0027】
以上のように、本発明によれば、板ガラスのレーザー溶断を実行すると共に、溶断端部を当該板ガラスから分離する場合に、安定した溶断の実行が可能となり、且つ板ガラスにおける品質の低下を回避することができる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施形態について添付の図面を参照して説明する。なお、本実施形態において、切断の対象となる板ガラスの厚みは500μm以下であることが好ましく、より好ましくは300μm以下であり、さらに好ましくは200μm以下、最も好ましくは100μm以下である。
【0030】
図1は、本発明の実施形態に係る板ガラスの切断方法を示す平面図である。本実施形態においては、まず、板ガラスGに対して、同図に示すような加工工程を実行する。詳述すると、板ガラスGの長手方向に延びる二本の切断予定線Xと直交する二つの経路XX(切断予定線Xの一端側、及び他端側の経路XX)に沿って、レーザーLの照射により加熱した加熱部Hと、レーザーLに追随する冷媒としての冷却水Fにより加熱部Hの一部を冷却した冷却部Iとを順次に形成していく。
【0031】
そして、この加熱部Hと冷却部Iとの温度差に起因して発生する熱応力により、板ガラスGの幅方向(長手方向と直交する方向)における端部(同図において、切断予定線Xと平行に延びた二つの端部のうち、左側の端部)に予め形成しておいた初期クラックを起点とした割断部を進展させ、当該板ガラスGをレーザー割断する。これにより、後述するレーザー溶断(溶断工程)の開始位置S、終了位置E、切断予定線Xと経路XXとの交点Xs,Xeを含んだ板ガラスGの端部Gs,Geが、切断予定線Xの一端側、他端側に形成される。この一端側、及び他端側に形成された端部Gs,Geは、微小クラック等の欠陥が可及的に存在しない状態下とすることができる。
【0032】
ここで、上述の加工工程(レーザー割断)は、例えば、
図2(a)に示すような装置を用いて実施することができる。同図に示すように、この装置は、板ガラスGの幅方向(同図において、紙面に鉛直な方向)に移動しつつ、当該板ガラスGに延びる経路XXに沿ってレーザーLを照射するレーザー照射器1と、冷媒としての冷却水Fを噴射しながらレーザー照射器1に追随して移動する冷却水噴射器2とで構成される。
【0033】
また、欠陥が可及的に存在しない板ガラスGの端部Gs,Geを形成するための加工工程として、上述のレーザー割断の他、当該板ガラスGに対して、レーザー溶断、或いは、曲げ応力割を実行してもよい。さらには、板ガラスGにスクライブ線を形成して、当該板ガラスGを折り割った後、エッチング処理等を行うことで、欠陥が可及的に存在しない端部Gs,Geを形成してもよい。
【0034】
レーザー溶断は、例えば、
図2(b)に示すような装置を用いて実施することが可能である。同図に示すように、この装置は、板ガラスGの幅方向(同図において、紙面に鉛直な方向)に移動しつつ、当該板ガラスGに延びる経路XXに沿ってレーザーLを照射するレーザー照射器1と、レーザーLの照射によって溶融した溶融ガラス部Mに対し、アシストガスAを噴射することで、当該溶融ガラス部Mを飛散させて除去するアシストガス噴射ノズル3とで構成される。アシストガス噴射ノズル3は、レーザー照射器1と並走して移動すると共に、板ガラスGの表裏面に対して傾斜した姿勢をとっている。なお、このアシストガス噴射器3は、必ずしも設置しなくともよい。
【0035】
曲げ応力割は、例えば、
図2(c)に示すような装置を用いて実施することが可能である。同図に示すように、この装置は、板ガラスGを長手方向(同図において、左右方向)に湾曲させ、曲げ応力を作用させた状態で保持することが可能な図示省略の保持器と、当該板ガラスGの端部と経路XXとの交点に、初期クラックCを形成する図示省略の初期クラック形成器とを備える。そして、初期クラックCを起点とした割断部を、板ガラスGにおける厚み方向に進展させることで、当該板ガラスGを経路XXに沿って切断するように構成されている。
【0036】
加工工程の実行によって板ガラスGに形成された端部Gs,Geは、後述する溶断工程の実行前に、加熱処理工程として、徐冷点以上に加熱してもよい。このようにすれば、加工工程を実行した際、或いは、その後に板ガラスGの端部Gs,Geに発生した欠陥を、レーザー溶断(溶断工程)の実行前に可及的に取り除くことができる。なお、この加熱処理工程は、必ずしも端部Gs,Geの双方に対して実行する必要はなく、端部Gsのみに対しての実行としてもよい。
【0037】
加熱処理工程が完了すると、溶断工程として、
図3(a),(b)に示すように、レーザー溶断の開始位置Sを含んだ端部Gsから、終了位置Eを含んだ端部Geに向かって板ガラスGをレーザー溶断する。なお、このレーザー溶断は、
図2(b)に示した装置と同様の構成を有する装置を用いて実行することができる。
【0038】
そして、レーザー溶断(溶断工程)の実行により、レーザーLを照射された部位は、レーザーLによる加熱で熱膨張し、その周辺部位を押し広げる。そのため、溶断された板ガラスGの対向する溶断端部Gaには、板ガラスGの幅方向において、圧縮応力が印加された圧縮応力領域Vと、圧縮応力の反作用としての引張応力が印加された引張応力領域Wとが、隣接して形成される。
【0039】
このとき、溶断工程を実行する前に、加工工程、及び加熱処理工程を実行していることにより、レーザー溶断の開始位置Sや、板ガラスGの端部Gsと切断予定線Xとの交点Xsは、欠陥が可及的に取り除かれた状態下に置かれている。そのため、溶断工程において、端部Gsからレーザー溶断を進行させる際に、切断予定線Xに沿って順次に形成される引張応力領域Wによって、溶融ガラス部(レーザーLの加熱によりガラスが溶融した部位)と並走して、端部Gsに存する欠陥を起点とした切断部(引張応力領域Wに印加された引張応力で板ガラスGが切断予定線Xに沿って切断された部位をいう)が自然に進展するような事態の発生を防止することができる。従って、切断部が全く進展していない状態下において、切断予定線Xの全長に亘って引張応力領域Wを形成することが可能となる。
【0040】
ここで、溶断工程において、レーザーLの焦点から切断予定線Xまでの距離は、0.5〜5mmであることが好ましい。また、アシストガスAの噴射圧力は、0.01〜1.0MPaであることが好ましい。さらに、アシストガスAの噴射方向と板ガラスGの表裏面とがなす角は、0〜60°であることが好ましく、より好ましくは、0〜30°である。
【0041】
引張応力領域Wに印加された引張応力は、領域内の幅方向において、溶断端部Ga寄りの位置でその大きさが最大となる。そして、この引張応力領域Wは、圧縮応力領域Vと比較して広範囲に広がっており、印加された引張応力の値を直接的に測定することが困難である。そのため、溶断端部Gaに印加すべき引張応力の値を決定する場合、引張応力領域Wと隣接し、且つ当該溶断端部Gaにおいて限定的に存在し、直接的に測定することが容易な圧縮応力領域Vに印加される圧縮応力の値を、引張応力に代えて決定する。なお、この引張応力と圧縮応力とは、比例関係を有する。
【0042】
この圧縮応力領域Vに印加すべき圧縮応力の値としては、20MPa以上で、且つ1GPa以下であることが好ましく、50MPa以上で、且つ1GPa以下であることが、より好ましい。このようにすれば、圧縮応力領域Vに印加された圧縮応力によって、板ガラスGが破損することを回避できると共に、後述の切断部CUが切断予定線Xに沿って進展する際に、切断予定線Xから逸脱した状態で進展してしまうことを防止できる。
【0043】
なお、レーザー溶断(溶断工程)を実行する際に、アシストガスAが噴射されていることにより、以下のような効果をも得ることができる。すなわち、アシストガスAの圧力により、溶融したガラスを円滑に飛散させることができるため、溶融ガラス部を高速で除去することが可能となる。これにより、レーザー溶断に要する時間が短縮されるため、板ガラスGの製造効率を向上させることができる。
【0044】
また、アシストガスAを噴射することで、引張応力領域Wに印加される引張応力の大きさを、より大きくし得ることが判明している。なお、溶断時にアシストガスAの圧力によって飛散した溶融ガラスは、
図3(a)に示すように、ドロスDとして溶断端部Gaに付着しやすい。
【0045】
溶断工程が完了すると、初期クラック形成工程として、ダイヤモンドチップ、サンドペーパー等による傷の刻設や、超短パルスレーザーによるアブレーション等によって、
図4(a)に示すように、切断予定線Xと板ガラスの端部Gsとの交点Xsに初期クラックCを形成する。この初期クラックCを起点とした切断部CUは、切断予定線Xの全長に亘って形成された引張応力領域Wに印加された引張応力により、一時に進展する。
【0046】
このように、既に形成済の引張応力領域Wに、初期クラックCが形成されることによって初めて、初期クラックCを起点として切断部CUが進展し、板ガラスGからの溶断端部Gaの分離が開始される。そのため、レーザー溶断の進行と溶断端部Gaの分離とを別々に実行でき、
図4(b)に示すように、切断部CUが進展する際においても、当該切断部CUの進展によって分離した溶断端部Gaや、その破片Kが、溶融ガラス部を横切り、板ガラスGに対するレーザーLの照射を遮ることがなく、安定した板ガラスの溶断が可能となる。
【0047】
また、溶断端部Gaを分離させる際には、切断予定線Xの全長に亘って形成された引張応力領域Wにより、切断部CUを一時に進展させ、溶断端部Gaを板ガラスから一時に分離させることができるため、溶断端部Gaが、当該溶断端部Gaの分離に伴って板ガラスGに形成される切断端部Gbと衝突したり、擦れたりすることが防止され、板ガラスGの品質の低下を回避することが可能となる。
【0048】
さらに、圧縮応力領域Vに印加された圧縮応力の値が、上述の値の範囲内にあることによって、切断部CUを好適な状態で進展させることができる。すなわち、圧縮応力領域Vに印加された圧縮応力の大きさが1GPaを超えると、隣接した引張応力領域Wに印加される引張応力が大きくなりすぎ、切断部CUの進展速度が過剰に速くなるため、切断部CUが切断予定線Xから逸脱しやすくなる。一方、圧縮応力の大きさが20MPa未満となると、引張応力が小さくなりすぎ、切断部CUを進展させること自体が困難となるため、溶断端部Gaを板ガラスから分離させることができなくなる恐れがある。
【0049】
そして、板ガラスGから溶断端部Gaが順次に分離され、当該溶断端部Gaの分離が完了すると板ガラスGの切断が完了する。この際、
図4(b)に示すように、溶断端部Gaに印加されていた圧縮応力、及び引張応力が、溶断端部Gaの分離(切断部CUの進展)に伴って解放され、板ガラスGに生じた歪を効率よく除去することが可能となると共に、圧縮応力領域V、及び引張応力領域Wが順次に消滅する。その結果、
図5に示す切断完了後の切断端部Gbにおいて、歪の残留を可及的に防止することができ、切断完了後の板ガラスGに対し、改めて歪を除去するためのアニールを行う手間を省くことが可能となる。
【0050】
なお、初期クラックCは、
図4(a)に示すように、切断予定線Xと板ガラスGの端部Gsとの交点Xsではなく、切断予定線Xと端部Geとの交点Xeに形成してもよい。さらに、このように初期クラックCを形成した場合においては、
図6(a),(b)に示すように、加工工程を実行した後、溶断工程を実行する前に、初期クラック形成工程を実行できる。この場合、端部Geに形成された初期クラックCを起点とした切断部CUは、
図6(c)に示すように、溶断工程によって端部Gs側から端部Ge側に向かって順次に形成されていく引張応力領域Wが、端部Geまで到達することで、すなわち、切断予定線Xの全長に亘って引張応力領域Wが形成されることで初めて、
図6(d)に示すように、進展を開始するからである。加えて、同様の理由により、溶断工程を実行している途中で、初期クラック形成工程を実行することもできる。
【0051】
なお、以上に説明した板ガラスの切断方法によれば、レーザー溶断時に飛散した溶融ガラスがドロスDとして付着しやすい溶断端部Gaを分離することになるため、切断完了後の板ガラスG、特に切断端部GbにドロスDが残留するような事態の発生を抑制する効果も副次的に得ることができる。さらには、溶断端部Gaが引張応力によって分離されていることにより、切断端部Gbに欠陥が生じることも可及的に回避できる。
【0052】
ここで、本発明に係る板ガラスの切断方法は、上記の実施形態で説明した態様に限定されるものではない。例えば、上記の実施形態では、切断予定線の一端側と他端側との双方に存する経路に沿って、加工工程(上記の実施形態においては、レーザー割断、レーザー溶断、又は曲げ応力割)を実行する態様となっているが、一端側のみについて加工工程を実行し、当該加工工程により形成された板ガラスの端部を開始位置として、溶断工程(レーザー溶断)を実行する態様としてもよい。このようにしても、本発明に係る板ガラスの切断方法の効果を得ることが可能である。また、上記の実施形態において、切断予定線の一端側、及び他端側に存する経路と、当該切断予定線とが直交する態様となっているが、この限りではなく、少なくとも当該経路が、切断予定線と交差する態様であればよい。
【0053】
また、上記の実施形態においては、加工工程として、板ガラスに対するレーザー割断、レーザー溶断、又は曲げ応力割を実行する態様となっている。換言すれば、板ガラスを切断することによって、レーザー溶断の開始位置を含んだ端部を形成している。しかしながら、これらの他、加工工程としては、切断を伴わずに、レーザー溶断の開始位置を含んだ板ガラスの端部に対し、エッチング等を実行する態様とすることができる。このようにしても、引張応力で自然に発生する切断を防止することが可能である。
【0054】
さらに、上記のエッチング等のように板ガラスの切断を伴わない加工工程を実行する場合には、上記の実施形態とは異なり、加工工程を実行するより前に、初期クラック形成工程を実行することもできる。この場合、レーザー溶断の終了位置を含んだ板ガラスの端部と切断予定線との交点に初期クラックを形成すれば、加工工程の実行後、溶断工程を実行した際に、順次に形成されていく引張応力領域が、レーザー溶断の終了位置を含んだ板ガラスの端部まで到達することで、すなわち、切断予定線の全長に亘って引張応力領域が形成されることで初めて、切断部が進展を開始するからである。なお、この場合においては、同様の理由により、初期クラック形成工程は、加工工程の実行後、溶断工程を実行するより前に実行してもよいし、溶断工程を実行する途中で実行してもよい。
【0055】
また、上記の実施形態においては、溶断後の両板ガラスに対して、ダイヤモンドチップ等により傷を刻設することで、初期クラックを形成しているが、溶断後の両板ガラスの対向する端部を衝突、又は摺動させることによって、初期クラック形成工程を実行する態様としてもよい。このようにすれば、両板ガラスの対向する端部の衝突、又は摺動に起因して、両板ガラスの双方において、切断予定線と板ガラスの端部との交点に初期クラックが形成されると共に、当該初期クラックを起点として、切断部が切断予定線の一端から他端まで一時に進展するため、板ガラスからの溶断端部の分離を、溶断後の両板ガラス間で同時に実施することが可能となり、板ガラスの製造効率を、さらに向上させることが可能となる。
【0056】
以下、溶断後の両板ガラスの対向する溶断端部を互いに衝突、又は摺動させることで初期クラックを形成するための装置の構成を例示する。溶断端部を衝突させるための構成としては、例えば、切断予定線と平行に延び、且つ当該切断予定線を挟んで設けられる一対の板ガラスの支持台を、互いに接近、及び離反可能な構成とすることが挙げられる。このような構成によれば、溶断後の対向する溶断端部を、両支持台の接近に伴って衝突させることができる。また、溶断端部を摺動させるための構成としては、両支持台を、互いに接近、及び離反可能とすると共に、溶断端部が延びる方向と平行な方向において、互いが相反する方向に移動可能な構成とすることが挙げられる。このような構成によれば、溶断後の対向する溶断端部を、両支持台の接近に伴って接触させることができると共に、互いが相反する方向に移動することで、摺動させることができる。なお、上記の実施形態のように、アシストガスを噴射する構成とした場合には、溶断後の板ガラス、或いは、その溶断端部を振動させることができ、この振動により、対向する端部同士の衝突、又は摺動を促進することが可能である。
【0057】
また、初期クラック形成工程は、溶断の際に飛散したドロスの一部を、切断予定線と板ガラスの端部との交点に付着させることで、実行する態様としてもよい。この場合、例えば、予めドロスが飛散しやすい溶断の条件を明らかにしておき、板ガラスに対する溶断の終了位置を溶断する際に、この条件の下で溶断を実行する。このようにすれば、飛散したドロスの一部が、切断予定線と板ガラスの端部との交点に付着し、その際の熱衝撃や物理衝撃により初期クラックが形成される。
【0058】
さらに、初期クラック形成工程としては、以下のような態様によっても実行することが可能である。すなわち、レーザー溶断の終了位置に位置する溶断端部を、溶断時の熱で溶着させることにより、溶着部を形成した後、溶断端部同士を引き離し、溶着部を破損させることで、切断予定線と板ガラスの端部との交点に、初期クラックを形成することができる。
【0059】
加えて、上記の実施形態において、レーザー溶断を用いた加工工程を実行することが可能な装置の構成として、板ガラスの表裏面に対して傾斜した姿勢とされたアシストガス噴射ノズルを設置しているが、このアシストガス噴射ノズルは、板ガラスの表裏面に対して垂直な姿勢をとるように設置してもよい。
【0060】
また、本発明に係る板ガラスの切断方法は、例えば、オーバーフロー法やフロート法により成形されたガラスリボンを連続的に切断する場合や、ガラスリボンをロール状に巻き取ったガラスロールを用いて、ロールtoロール(ガラスロールからガラスリボンを巻き外して所定の加工を施した後、加工後のガラスリボンを再びガラスロールとして巻き取る態様)により切断を実施する場合にも適用することができる。この場合においては、初期クラックを起点とした切断部の進展が、先行する溶融ガラス部(レーザー溶断の進行)に追いついて、これらが並走することがないように、初期クラック形成工程を実行するタイミングに留意する必要がある。