【実施例】
【0064】
以下、本発明を、実施例を挙げてより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。実施例中、G0s2タンパク質を、単にG0s2ともいう。
【0065】
試験例1
I.方法及び試薬
1.試薬及び抗体
試薬は以下の購入品を試験に用いた:オリゴマイシンA(シグマアルドリッチ、セントルイス、MO);2−デオキシグルコース(シグマアルドリッチ);Mito Tracker(登録商標) Red(インビトロジェン)。
【0066】
抗体は以下の購入品を用いた:抗F
0F
1-ATP合成酵素複合体(Complex V)(ミトサイエンス、ユージーン、OR)、抗F
0F
1-ATP合成酵素サブユニット F
1-α(プロテインテックグループ社)、F
1-β(モレキュラープローブス、ユージーン、OR)、F
1-γ(アブカム、ケンブリッジ、UK)、F
0-b(プロテインテックグループ社);抗α-チューブリン(シグマアルドリッチ);抗Flag M2抗体(シグマアルドリッチ);ワサビペルオキシダーゼ結合ヒツジ抗ウサギ及び抗マウスIgG(horseradish peroxidase-coupled sheep anti-rabbit and anti-mouse IgG)(Cappel、オーロラ、OH);Alexa 488-及びAlexa 568-ラベル二次抗体(モレキュラープローブス)。
【0067】
抗F
0F
1-ATP合成酵素cサブユニット(F
0-c)抗体は、ヒトF
0-cサブユニットに相当するペプチドを用いて免疫付与することにより作製した。G0s2に対するポリクロナル抗体及びモノクロナル抗体は、ウサギ及びマウスそれぞれのG0s2のアミノ酸配列(a.a. 93-103, CSRALSLRQHAS(配列番号7))に相当するペプチドを用いて免疫付与することにより作製した。
【0068】
2.細胞培養及びトランスフェクション
HeLa細胞及び239T細胞は、10%のウシ胎児血清及び1%のペニシリン‐ストレプトマイシンを含むダルベッコ変法イーグル培地(DMEM;ギブコ)で、5%CO
2中37℃で維持した。一過性トランスフェクションは、HeLa細胞にはFuGENE(登録商標)(プロメガ)を、239T細胞にはLipofectamine(登録商標) 2000(インビトロジェン)を用いて、製造者の指示に従って実施した。
【0069】
3.新生仔ラット心筋細胞の初代培養
1又は2日齢のウィスターラットから得た心筋細胞を、O. Seguchi et al., J. Clin Invest 117, 2812 (2007)に記載の方法により調製し、10%のFBSを含有したDMEMの中で培養した。特に記載がない場合、低酸素状態(1%O
2及び5%CO
2)は、マルチガスインキュベーター(型式MCO-5M、三洋電気)を用いて実現した。
【0070】
4.構築
マウスG0s2遺伝子のコード配列(NM_008059.3、配列番号3)は、マウスの心臓cDNAライブラリーからPCRによって増幅し、pENTR(登録商標)/D-TOPO(登録商標)ベクター(インビトロジェン)へサブクローンした(pENTR/G0s2)。pENTR-G0s2を、Gatewayテクノロジー(インビトロジェン)を使用してpEF-DEST51/Flag(C末端 Flagタグ)ベクターに組み換えた(pEF-DEST51/G0s2-Flag)。G0s2欠失変異体は、pENTR-G0s2(終止コドンなし)を鋳型に用いたPCRによって作製し、次いでpEF-DEST51/Flagベクターへ組み換えた(pENTR-G0s2 ΔN、ΔTM及びΔC)。ΔN、ΔTM及びΔCは、それぞれ、G0s2のN末端部位、膜貫通部位、C末端部位の欠失変異体を意味する。
【0071】
5.遺伝子組み換えアデノウイルスの作製
アデノウイルスコンストラクトは、製造者の指示に従い、過剰発現についてはViraPower(登録商標)Adenoviral Expression System(インビトロジェン)を、shRNAについてはBLOCK-iT(登録商標)Adenoviral RNAi Expression System(インビトロジェン)を用いて作製した。G0s2-Flagをコードするアデノウイルス構築のため、pENTR-G0s2(終止コドンあり)中のG0s2コード領域のC末端を有するフレーム内にFlag配列を挿入し、続けて、LRクロナーゼを用いてpAd/CMV/V5-DEST(登録商標)デスティネーションベクターへ組み換えた。ATeamをコードするアデノウイルス構築のため、pcDNA-ATeam1.03(Cyto-ATeam)又はpcDNA-CoxVIII2-AT1.03(Mit-ATeam)のXhoI-PmeIフラグメントを、pENTR-1Aベクター(インビトロジェン)へSalIとEcoRVの間にサブクローンし、その後、pAd/CMV/V5-DEST(登録商標)デスティネーションベクターへ組み換えた。shRNAをコードするアデノウイルス構築のため、標的シーケンスを含むオリゴヌクレオチドをpENTR-U6ベクターへサブクローンし、その後pAd/BLOCK-iT(登録商標) DESTベクターへ組み換えた。G0s2(#1)及び(#2)に対するshRNAの標的は、それぞれラットG0s2のコード領域及び3’-UTRである。標的シーケンスは以下の通りである。: G0s2(#1)へのshRNAはGGAAGCTAGTGAAGCTGTACG(配列番号8); G0s2(#2)へのshRNAはGCAGCATGCACTGTGATTTGT(配列番号9); LacZへのshRNAはGCTACACAAATCAGCGATTT(配列番号10)。
【0072】
6.RNAの抽出及び定量PCR
全RNAは、製造者の指示に従い、RNA-Bee(登録商標)RNA分離試薬(RNA isolation)(Tel-Test Inc.)を用いて心筋細胞から調製し、Omniscript(登録商標) RT kit(キアゲン)を用いてcDNAへと変換した。定量PCRは、TaqMan(登録商標) technology及びStepOnePlus(登録商標) Real-Time PCR Systems(アプライドバイオシステムズ)を用いて実施した。全ての試料を、2回ずつ調製した。それぞれの転写のレベルは、βアクチンを内標準として用い、threshold cycle(Ct)法により定量した。
【0073】
7.RNAの調製及びオリゴヌクレオチドアレイへのハイブリダイゼーション
全RNAは、低酸素(1%O
2)状態に置いた心筋細胞から、異なる3つの時点(0、2及び12時間目)で調製した。その際、Affymetrix Gene Chip technologyを用いた。cDNAを全RNAから合成し、T7-oligo-dTプライマーへアニールした。逆転写は、Superscript(登録商標) II 逆転写酵素(インビトロジェン)を用いて実施した。cDNAの二本目の鎖の合成は、適切な試薬を用い、DNAポリメラーゼIによって行った。ビオチン標識されたcRNAの合成は、MEGAscript(登録商標) T7 IVT kit(Ambion, Inc.)を用いて、in vitro転写にて実施した。このcRNAを断片化し、GeneChip(登録商標) Rat Genome 230 2.0 arrays(アフィメトリクス)にハイブリダイズさせた。ハイブリダイゼーション、プローブの洗浄、染色及びプローブ配列のスキャンは、アフィメトリクス社から提供された実験実施要綱に従って実施した。
【0074】
8.マイクロアレイデータ解析
データの解析及び標準化は、GeneSpring Gx11.5 bioinformatics software(製品名、アジレント・テクノロジー)を用いて実施し、全ての配列の中で原信号(raw signal)(<50)を有するプローブセットを除いた。有意でない遺伝子プローブによって生じた、バックグラウンドのノイズを縮減するための質的フィルタリングを実行した後、有意なp値を持った遺伝子のグループとなった、フィルター済みの遺伝子リストをOne-way ANOVA試験に供した。GeneSpring Gx11.5でヒートマップを作成した。さらに、ミトコンドリアの酸化的リン酸化に関する遺伝子に対するプローブを、IPA(インジェヌイティーシステムズ)で抽出した。
【0075】
9.タンパク質と結合したG0s2の精製
心筋細胞に、G0s2-Flag又はLacZ(コントロール)をコードするアデノウイルスを感染させた。感染48時間後に、30mMのMOPS、pH7.4、150mMのNaCl、10%のグリセロール、1mMのEDTA、10mMのNaF、25mMのβグリセロリン酸、1mMのオルトバナジウム酸塩及び1%のCHAPS、及びプロテアーゼ阻害薬混合溶液(ナカライテスク)を含有する緩衝溶液Aで細胞を溶解させた。すべての細胞ライセートを、抗Flag M2 アガロース(シグマ)を用いて、4℃で1時間穏やかに振とうしながら免疫沈降させた。緩衝溶液Aを用いて3回、及び25mMのTris-HCl、pH8.0、100mMのNaCl、10%のグリセロール、1%のTween-20、及び1mMのジチオスレイトールを含有する溶出バッファーを用いて1回洗浄した後、250μg/mLのFlagペプチドを含む溶出バッファーで、4℃で一晩タンパク質を溶出させた。溶出させたタンパク質を、4−12%のNuPAGE(登録商標) Bis-Trisゲル(インビトロジェン)で電気泳動させ、銀で染色した。
【0076】
10.In-gel消化及び精製蛋白質の質量分析
銀染色をしたゲルから特定のバンドを含むゲル切片を切り出し、30mMのフェリシアン化カリウム及び100mMのチオ硫酸ナトリウムの1:1溶液で洗浄して脱染し、200mMの重炭酸アンモニウムで20分間平衡化してpH8.0とした。酵素消化の前に、ゲル切片を、10mMのジチオスレイトールを含む50mMの重炭酸アンモニウム溶液で、37℃で30分間還元し、次いで、55mMのヨードアセトアミドを含む50mMの重炭酸アンモニウム溶液中で30分間処理してアルキル化し、アセトニトリルを加えて脱水した。還元され、アルキル化されたゲル切片を、50mMのTris-HCl、pH9.0、及び0.5μg/mLのシークエンシンググレードの修飾トリプシン(ロシュ・ダイアグノスティックス、ドイツ)中で再水和した。まずこの溶液をゲル切片に完全に吸収させ、酵素を含まないTris-HCl bufferをゲル切片が浸るまで加えた。試料を37℃で16時間消化し、アセトニトリル及び50%のギ酸で20分間抽出した後、SpeedVac遠心分離機(サーモサイエンティフィック)を用いてアセトニトリルを減圧留去した。トリプシンの消化物を、C18-StageTips(SPE C-TIP、日興テクノス、東京、日本)によって脱塩し、SpeedVac遠心分離機によって濃縮し、0.1%のギ酸を加えて再構成させた。各試料を、0.1mm×100mm C18 nano-ESI-column(日興テクノス、東京、日本)を装着したQ-TOFタンデム質量分析計(SYNAPT G2ウォーターズ、ミルフォード、MA)と連結させたnano-ultraperformance液体クロマトグラフィーに供した。移動相Aとして0.1%のギ酸水溶液を、移動相Bとして0.1%のギ酸を含むアセトニトリル溶液を用いた。各試料を、2%の移動相Bで平衡化したカラムにロードした。2−40%の移動相Bのグラジエントで、流速500nL/minで20分以上流し、ペプチドをカラムから溶出させ、その後90%の移動相Bで4分間リンスして、初期条件で12分間安定化させた。ナノエレクトロスプレーイオン化源を備える、positive V modeに設定したQ-Tof Premier(登録商標) instrument(ウォーターズ)を用いて、[Glu1]-fibrinopeptide B solution(流速300nl/minで200fmol/μL)をNanoLockSpray sourceのreference sprayer に流して校正した後に、質量分析によってペプチドフラグメントを分析した。MS分析はData dependent acquisition(DDA)modeで行った。MSデータは、Protein Lynx Global Server(登録商標)(PLGS)software version 2.4(ウォーターズ、ミルフォード、 MA)で処理した。European Bioinfomatics Institute-International Protein Index database(version 3.77)を使用し、以下のパラメーターでデータベースを調査した:peptide tolerance, 20 ppm;fragment tolerance, 0.1 Da;trypsin missed cleavages, 1;variable modifications, carbamidomethylation and oxidation of methionine。
【0077】
11.共焦点顕微鏡法
心筋細胞を、コラーゲンをコーティングした35mmのガラス皿(旭テクノグラス)に播種した。播種から24時間後、LacZ又はG0s2を標的とするshRNAをコードするアデノウイルスを細胞に感染させた。50nMのMito Tracker(登録商標) Red(インビトロジェン)で4時間処理した後、まず、予熱したPBSで細胞を洗浄して、100%のメタノールで−20℃で15分間処理して固定した。次に、0.01%Triton X-100を含むPBSを用いて室温で10分間細胞を透過処理し、その後、ウサギ抗G0s2ポリクロナル抗体及びマウス抗 F
0F
1-ATP 合成酵素βサブユニットモノクロナル抗体を用いて一時間免疫染色した。G0s2-Flagを染色するために、抗Flag M2モノクロナル抗体(シグマアルドリッチ)を用いた。二次反応には、Alexa 488 又は568でラベルされた二次抗体(インビトロジェン)を使用した。蛍光画像は、油浸対物レンズHCX PL APO 63X、開口数(numeric aperture(NA))1.40を使用する共焦点顕微鏡Leica TCS SP5(製品名、ライカ)、又は油浸対物レンズPL APO 60X, 1.35 NAを使用する共焦点顕微鏡Olympus FV1000D(製品名、オリンパス)によって記録した。
【0078】
12.Mit-ATeam及びCyto-ATeamを使用する、ミトコンドリアマトリックス及び細胞質ゾルのATP濃度のFRETに基づいた測定
ATP濃度の測定において、細胞質ゾル又はミトコンドリアそれぞれのATP濃度変化を測定するため、FRET基盤ATP指示薬(FRET-based ATP indicator)であるAT1.03又はmit AT1.03をコードするアデノウイルスを、心筋細胞に感染させた。細胞の広領域観察は、油浸対物レンズPL APO 60X, 1.35 NAを用いるOlympus IX-81倒立型蛍光顕微鏡(製品名、オリンパス)によって行った。ATeamからの蛍光放出は、ダイクロイックミラー510 nm及び2つの放出フィルター(CFPについて483nm/32nm及びYEPについて542nm/27nm、型番 A11400-03、浜松ホトニクス)を有するデュアル冷却電荷結合素子(dual cooled charge-coupled device)(CCD)カメラ(型番ORCA-D2、浜松ホトニクス)を使用して画像化した。CoolLED pE-1 excitation system(CoolLED)によって、波長425nmで細胞を照射した。顕微鏡上ではステージトップインキュベーター(東海ヒット)を使って細胞を37℃に保持した。低速度撮影中の酸素濃度の調節に関して、酸素(1%)及び正常(定常)酸素(20%)状態を作り出すためにステージトップインキュベーター用のデジタルガス混合装置GM8000(東海ヒット)を用いた。画像分析は、MetaMorph(登録商標、モレキュラーデバイス)によって行った。YFP/CFP放出比は、バックグラウンドを差し引いた後に、YFP画像をCFP画像と共に画素ごとに分割することで算出した。
【0079】
13.ミトコンドリア膜電位の測定
ミトコンドリア膜電位は50nMのテトラメチルローダミンエチルエステル(TMRE、モレキュラープローブス)を、37℃で30分間ロードすることによって測定した。画像は冷却CCD CoolSNAP-HQカメラ(ローパーサイエンティフィック)を備えた倒立顕微鏡(オリンパス、型番IX-81)によって、対物レンズPL APO 40X, 0.95 NA又は油浸対物レンズPL APO 60X, 1.35 NA(型番、オリンパス)を使用して撮影した。TMREの蛍光画像はfilter set Semrock FF01-575/25-25 excitation filter、FF 604-Di01 dichroic mirror、及びFF01-624/40-25 emission filterによって観察した。ミトコンドリアの領域を設定するために、画像を二値化した。オリジナル画像を、二値化した画像を用いて算術的に拡大させた。TMREの統合強度(integrated intensity)を、二値化画像から測定したミトコンドリアの領域ごとに細分化した。これらのデータの算術的な処理は、MetaMorph(登録商標、モレキュラーデバイス)によって実施した。
【0080】
14.透過処理細胞のATP合成活性の測定(MASC assay)
HeLa細胞におけるATP合成活性を、原形質膜を透過処理するためストレプトマイシンOを利用する、最近改良した測定方法(M. Fujikawa, M. Yoshida, Biochem Biophys Res Commun 401, 538 (2010))によって測定した。ジギトニン(50μg/mL)を心筋細胞の原形質膜を透過処理するために使用した。
【0081】
15.組み換え体G0s2タンパク質の精製
全長のマウスG0s2 cDNAをpMAL-c2Pベクター(pMAL-c2e(ニュー・イングランド・バイオラボ)のエンテロキナーゼ認識部位をPreScissionプロテアーゼ認識部位で置換したもの)にサブクローンし、MBP融合G0s2のコード配列をpET21aベクター(ノバジェン)にクローニングした(pET21a-MBP-G0s2と名付けた)。pET21a-MBP-G0s2を用いて大腸菌BL21-Star(DE3)(インビトロジェン)を形質変換し、0.5mMのIPTGを加えて37℃で4時間処理をしてMBP-G0s2タンパク質の発現を誘導した。超音波処理により細胞を溶解させ、発現したMBP-G0s2タンパク質を、アミロース樹脂(ニュー・イングランド・バイオラボ)を用いて精製し、続いて、MBP tagを切断するためにPreScissionプロテアーゼと共にインキュベートした。タグがついていないG0s2をProtein-R逆相カラム(4.6 x 250 mm、ナカライテスク)でさらに精製した。溶出フラクションを、遠心エバポレーターで乾燥させ、30mMのMOPS、pH7.5、150mMのKCl、及び0.01%のn-ドデシル-β-D-マルトシド(DDM)を加えて再構成した。
【0082】
16.In vitroでのATP加水分解試験
活性は、100mLのKCL、1mMのMgCl
2、1mMのATP、及びATP再生システム(0.1mg/mLのピルビン酸キナーゼ、0.1mg/mLの乳酸脱水素酵素、2.5mMのホスホエノールピルビン酸及び0.2mMのNADH)を含む50mMのHEPES/KOH(pH7.5)の中で、37℃で測定した。ATPの加水分解量は、340nmの吸光度を測定して、NADHの酸化量によって評価した。ヒトF
0F
1-ATP合成酵素のF
1サブユニット(ヒトF
1)を最終濃度0.6μMで添加することで反応を開始させた。ヒトF
1は、大腸菌で発現された組み換え体酵素を精製したものである。
【0083】
17.細胞生存率
12-wellプレートに播種した9×10
4細胞の心筋細胞に、アデノウイルスshRNAを48時間、又はアデノウイルスLacZもしくはG0s2-Flagを24時間感染させ、その後、低酸素状態に18時間暴露した。低酸素状態(0.1%未満)は、AnaeroPack(登録商標)System(三菱ガス化学)によって実現した。低酸素状態の後、2μg/mLのヨウ化プロピジウム(シグマ)及び2μg/mLのHoechst 33342(同仁化学)によって、37℃で30分細胞を染色した。染色した細胞核はその後、BZ-8000蛍光顕微鏡(キーエンス)を用いて可視化した。プレート上の4つの領域(1領域あたり、〜400の細胞)を計測し、全体の細胞核中のヨウ化プロピジウム陽性細胞核のパーセンテージとしてデータを表した。
【0084】
18.ミトコンドリアの精製
インタクトなミトコンドリアの精製のため、1.2×10
7細胞の心筋細胞を10cmの組織培養皿に播種し、G0s2-Flag又はLacZをコードするアデノウイルスを48時間感染させた。それぞれの群につき、10cmの皿を2つずつ用意した。ホモジナイゼーションバッファー(6.6mMのイミダゾール、pH7.0、83mMのスクロース及びプロテアーゼ阻害薬)を使用前に4℃に冷却し、4℃で遠心分離を行った。細胞を回収し、Dounceホモジナイザーを用いて8mLのホモジナイゼーションバッファーの中でホモジナイズし、以下の2種の遠心分離を実施した;まず初めに1,300×gで3分間の遠心分離を行った後、次に上澄み液を15,000×gで10分間遠心分離。インタクトなミトコンドリアをペレットの状態で回収し、ホモジナイゼーションバッファーに再懸濁した。タンパク質の濃度は、Lowry法によって測定した。
【0085】
19.ブルーネイティブ(BN)-PAGE 及び in-gel ATP加水分解試験
精製したミトコンドリア(ウェスタンブロット用にタンパク質を25μg、又はin-gel ATP加水分解試験用にタンパク質を1,000μg)を100μLのミトコンドリア可溶化バッファー(50mMのイミダゾール、pH7.0、50mMのNaCl、5mMの6−アミノヘキサン酸及びDDM)で穏やか可溶化させた。界面活性剤濃度は、タンパク質に対してDDM1.5mgに調整した。氷上に10分間置いた後に、試料を100,000×g、4℃の条件で15分間遠心分離した。界面活性剤/色素の比率を4とするためにクーマシーG-250を上澄み液に加えた。20μLの試料(ウェスタンブロットにはタンパク質5μg、又はin-gel ATP加水分解試験にはタンパク質200μg)を4−20%のネイティブPAGEグラジエントゲルにロードし、カソードバッファー(50mMのトリシン、7.5mMのイミダゾール、pH7.0、及び0.02%のクーマシーG-250)及びアノードバッファー(7.5mMのイミダゾール、pH7.0)を用いて、150Vの一定電圧を30分間ゲルに掛けた。その後カソードバッファーを、低濃度のクーマシーG-250を用いたカソードバッファー(50mMのトリシン、7.5mMのイミダゾール、pH7.0、及び0.002%のクーマシーG-250)に交換し、ゲルに150Vの一定電圧を、さらに75分間掛けた。ゲルは、2つのうちいずれかの方法で使用された;ウェスタンブロットでは、PVDF膜(0.45μm、ミリポア)に転写した;又はin-gel ATP加水分解試験で使用した。ATPの加水分解を、E.Bisetto, F. Di Pancrazio, M.P. Simula, I. Mavelli, G. Lippe, Electrophoresis 28, 3178 (2007)に記載されたものに少しの変更を加えた1D BN-PAGEで測定した。BN-PAGEの後直ちに、270mMのグリシン、35mMのTris-HCl、pH8.0、及び14mMのMgSO
4の中で、ゲルを室温にて2時間あらかじめインキュベートした。その後、270mMのグリシン、35mMのTris-HCl、pH8.0、14mMのMgSO
4、2mMのATP、及び0.2%(w/v)の硝酸鉛の中で、ゲルを室温で一晩インキュベートした。表面に析出した過剰の鉛を取り除くため、ゲルを10%の酢酸で簡単に(2分間)洗浄し、その後蒸留水で10分間洗浄した。析出物をCCD camera-based detection system(ImageQuant LAS-4000、GEヘルスケア)を用いて光反射モードで記録し、複製した3つのゲルのF
0F
1バンド中の析出物量について濃度測定評価を実施した。
【0086】
20.動物
全ての手順は、実験動物の管理と使用に関する指針(Guide for the care and use of laboratory animals)(NIH publication no. 85-23, revised 1996)に従って行われ、実験動物の使用に関する大阪大学委員会に認可された。
【0087】
21.統計解析
取得データは、少なくとも3回の独立した実験の、平均の標準誤差で表現した。二つのグループ間における違いの解析には、スチューデントt検定の両側検定を使用した。p値<0.05であったときに、統計的有意差ありと判断した。
【0088】
II.結果
1.G0s2の発現は、心筋において低酸素状態によって急速かつ一過的に誘導された。
新しいATP産生制御のレギュレーターの調査を行うにあたり、本発明者らは低酸素ストレスの間に急速に発現誘導される遺伝子に焦点を当てた。モデル系として、ミトコンドリアを豊富に有しており、全ての初代細胞の中で最も高いレベルのATPを産生する心筋細胞を選択した。培養ラットの心筋細胞の遺伝子の発現プロフィールを、低酸素状態の間の3つの異なる時点(0、2及び12時間目)で比較した。その結果、数多い低酸素誘導遺伝子の中で、3つの遺伝子(Adamts1、Cdkn3及びG0s2)のみが、低酸素状態2時間持続後に発現が急増し、低酸素状態12時間持続後に減少する発現パターンを示した。この急性的かつ一過的な発現のタイムコースは、これらの遺伝子が低酸素ストレスに対する適応反応において明らかに調節的な役割を果たすことを示唆していた。本発明者らは、エネルギー制御におけるその役割が知られていないこと、及び酸素消費の多い心臓などの臓器において大量発現していることから、さらなる詳細な研究の対象としてG0s2を選択した。G0s2のmRNA及びタンパク質レベルの両方が、低酸素状態2〜6時間持続中は増加し、その後低酸素状態12時間持続後に減少することを確認した。
【0089】
G0s2は多くの組織で広く発現しており(F. Zandbergen et al., Biochem J 392, 313 (2005))、G0s2タンパク質の一次構造は一つの膜貫通領域と、進化的に保存されたアミノ末端を持つと予測されている。免疫細胞化学的解析では、G0s2はミトコンドリアに局在していることが示された。1%酸素で4時間インキュベートすると、G0s2の染色は顕著に増加したが、そのミトコンドリア局在は不変であった。
【0090】
2.F
0F
1-ATP合成酵素は、G0s2の結合パートナーであると同定された。
G0s2の生物化学的標的を特定するため、G0s2が結合するタンパク質のスクリーニングを実施した。
図1のA〜Cは、G0s2を発現させた心筋細胞の免疫染色画像である。心筋細胞の中で発現したC末端にFlagタグを付けた(C-terminally Flag-tagged) G0s2(G0s2-Flag)は、内因性のG0s2と同様にミトコンドリアに局在した(
図1のA〜C)。
図1のAは、細胞を抗Flag抗体(
図1のA)を用いて染色した免疫染色の顕微鏡写真であり、
図1のBは、細胞をMitoTracker(登録商標) Red(インビトロジェン)によってラベルした場合の顕微鏡写真である。
【0091】
アフィニティ精製したG0s2結合タンパク質の銀染色ゲルの写真を、
図2に示す。F
0F
1−ATP合成酵素の複数のサブユニットは、G0s2-Flagと免疫共沈降した(
図2)。
図2では、G0s2-Flag又はLacZを発現させた心筋細胞からの細胞ライセートを、抗Flagアフィニティゲルによって精製した。質量分析により同定されたF
0F
1-ATP合成酵素複合体のポリペプチドは、G0s2-Flagタンパク質と一緒に存在していることが示された。
【0092】
F
0F
1−ATP合成酵素のG0s2-Flagへの結合は、F
0F
1−ATP合成酵素のいくつかのサブユニットに対する抗体を用いた免疫ブロットによって確認された(
図3)。
図3に結果を示す実験では、G0s2-Flag又はLacZを発現させた心筋細胞からの細胞ライセートを、抗Flag抗体と免疫沈降させ、次いでF
0F
1-ATP合成酵素のサブユニットに対する抗体を用いて免疫ブロットを行った。
【0093】
逆に、人工的に発現させたG0s2-Flag及び内因性G0s2はいずれも、F
0F
1−ATP合成酵素複合体全体に対する抗体と、免疫共沈降した。この結果を、
図4及び
図5に示す。
図4及び
図5中、アスタリスクは、非特異性のバンドを意味する。
図4は、
図3の免疫沈降反応に対する相互免疫沈降反応の結果を示す。
図4に結果を示す実験では、細胞ライセートを、抗F
0F
1-ATP合成酵素複合体抗体又はコントロールの抗体(IgG)を用いて免疫沈降させ、次いでF
0F
1-ATP合成酵素の各サブユニットに対する抗体又は抗Flag抗体を用いて免疫ブロットを行った。
【0094】
さらに、低酸素刺激は、F
0F
1−ATP合成酵素へ結合するG0s2の量を顕著に増加させたものの、F
0F
1−ATP合成酵素サブユニットの全体量は変化しなかった(
図5)。
図5に結果を示す実験では、心筋細胞を定常酸素(-)又は低酸素(+)で4時間培養した。細胞ライセートを、F
0F
1-ATP合成酵素複合体全体に対する抗体又はコントロールの抗体(IgG)と免疫沈降させ、次いで、F
0F
1-ATP合成酵素サブユニットに対する抗体又は抗G0s2抗体を用いる免疫ブロットを行った。これらの結果は、内因性のG0s2がF
0F
1−ATP合成酵素のβサブユニットと完全に共存していることを示した免疫細胞化学的解析によって裏付けられた(
図6)。また、データは示さないが、G0s2は、293T細胞やHeLa細胞中のF
0F
1−ATP合成酵素と結合することも示された。このように、
図1〜
図6に示す結果から、F
0F
1-ATP合成酵素は、G0s2の結合パートナーであると同定された。
【0095】
F
0F
1−ATP合成酵素との結合に重要なG0s2ドメインを特定するために、
図7に模式図を示す3種の部分欠失変異体G0s2を作製した(
図7)。これらの変異体の中でG0s2ΔTMを除くG0s2ΔC及びG0s2ΔNがF
0F
1−ATP合成酵素複合体と結合したことから(
図8のA及び
図8のB)、G0s2の膜貫通部位がF
0F
1−ATP合成酵素との結合に必要であると示された。
図8は、293T細胞(
図8のA)又は心筋細胞(
図8のB)で発現させた、G0s2変異体の免疫沈降反応の結果を示す。
図8に結果を示す実験では、細胞ライセートを抗Flag抗体と免疫沈降させ、F
0F
1-ATP合成酵素サブユニットに対する抗体又は抗Flag抗体を用いて免疫ブロットを行った。
【0096】
3.G0s2はF
0F
1−ATP合成酵素を活性化させることで、ミトコンドリアのATP産生を高める。
G0s2のF
0F
1−ATP合成酵素への結合が低酸素状態で急激に増加することから、G0s2がATP枯渇時のF
0F
1−ATP合成酵素の活性に影響を与えることが示唆された。哺乳動物のF
0F
1−ATP合成酵素は、側面及び中心にある軸(a peripheral and a central stalk)によって連結された膜外F
1及び膜内F
0領域を含む、18のタンパク質の複合体である(J.E. Walker, Angewandte Chemie International Edition 37, 5000 (1998)、P. Dimroth, C. von Ballmoos, T. Meier, EMBO Rep 7, 276 (2006)、A.E. Senior, Cell 130, 220 (2007)、M. Yoshida, E. Muneyuki, T. Hisabori, Nat Rev Mol Cell Biol 2, 669 (2001))。F
0領域の環構造のプロトン駆動力による回転は、同時に中心軸を回して回転力を生み出し、触媒作用に関するF
1領域に立体構造上の変化をもたらして、ATPを合成する(W. Junge, H. Sielaff, S. Engelbrecht, Nature 459, 364 (2009)、H. Noji, R. Yasuda, M. Yoshida, K. Kinosita, Jr., Nature 386, 299 (1997)、J.P. Abrahams, A.G. Leslie, R. Lutter, J.F. Walker, Nature 370, 621 (1994)、K. Adachi et al., Cell 130, 309 (2007)、T. Uchihashi, R. Iino, T. Ando, H. Noji, Science 333, 755 (2011))。このF
1領域はATPの加水分解及びATPの合成の両方の活性を有する。
【0097】
したがって、まず、G0s2がATP加水分解活性に影響を与えるか否かについて確認した。精製したヒトF
0F
1−ATP合成酵素F
1領域を用いて、組換え型のG0s2(recombinant G0s2)がF
1領域におけるATPの加水分解活性には影響を与えないことを見出した(データは示さず)。加えて、Blue-Native PAGEを使用したin-gelでのATP加水分解の測定によっても、G0s2がATP加水分解活性に関して影響を及ぼさないことが証明された(データは示さず)。
【0098】
ATP加水分解の試験とは対照的に、ATPの合成は、プロトン駆動力が生み出されるインタクトなミトコンドリア膜でのみ観測することが可能であった。まず、ATP検出用のFRET(蛍光共鳴エネルギー移動)をベースにした指示薬(indicator)であり、最近改良されたATeam(
adenosine 5’-
triphosphate indicator based on
epsilon subunit for
analytical
measurements)を用いた(H. Imamura et al., Proc Natl Acad Sci U S A 106, 15651 (2009))。ATeamによる測定では、細胞質ゾルにおけるATP濃度の測定(すなわちCyto-ATeam測定)、ミトコンドリアへの標的シグナルが指示薬と結びついた場合はミトコンドリア内ATP濃度の決定(すなわちMit-ATeam測定)の両方が可能である。興味深いことに、in vivoでミトコンドリアのATP合成速度を決定する場合には、Mit-ATeam測定の方がCyto-ATeam測定に比べて、はるかに感度が高かった。
【0099】
例えば、
図9のAに示すように、Mit-ATeam測定では、F
0F
1−ATP合成酵素の特異的な阻害物質であるオリゴマイシンAをごく少量(0.01μg/mL)投与すると、10分以内にYFP/CFP放出比が減少した(
図9のA)。一方、同量のオリゴマイシンAを投与しても、Cyto-Ateam測定ではYFP/CFP放出比の減少は緩やかであった(
図9のB)。これらの結果から、オリゴマイシンAの投与は少量でもF
0F
1−ATP合成酵素の活性を十分に弱めるが、細胞質ゾルのATP濃度の減少は、細胞質ゾルに存在する解糖系酵素、アデニル酸キナーゼ、クリアチンキナーゼなどのATP代謝産物の緩衝酵素(buffering enzyme)によりほぼ遮蔽されることが示された(V. Saks et al., J Physiol 571, 253 (2006))。ミトコンドリアマトリックスにおけるATP濃度は上記の酵素によりあまり影響されないため、Mit-ATeam測定はCyto-ATeam測定よりF
0F
1−ATP合成酵素の活性を高感度に測定できる。
【0100】
なお、
図9に結果を示す実験では、様々な濃度(0.001、0.01、0.1、1及び10μg/mL)のオリゴマイシンA又はDMSO(コントロール)を、開始5分の時点(矢印)で添加した(n=3)。すべての計測値は、0分の時点におけるYFP/CFP放出比で標準化した。データは平均±標準誤差で表される。
【0101】
従って、心筋細胞内のG0s2をshRNAによってノックダウンした場合のF
0F
1−ATP合成酵素の活性を評価する方法として、Mit-ATeam測定を採用した。この場合においてミトコンドリアのATP濃度は、コントロールのshRNAの場合と比較して、24時間以内に明らかに減少した。そして、ATP減少の経時変化はG0s2の消失とよく一致した(
図10)。
【0102】
重要なことに、
図11の結果に示されるように、G0s2ΔTMではなく、G0s2 WTの大量発現によってATPレベルが正常に戻った。繰り返すが、この時間枠におけるG0s2不活性化によって生じた著しい影響を、Cyto-ATeam測定では検出できなかった。G0s2の低減及び大量発現のいずれも、テトラメチルローダミンエチルエステル(TMRE)によって測定したミトコンドリア内膜の膜電位を変化させなかった。これらの結果から、G0s2はF
0F
1−ATP合成酵素を活性化させることによってATPの産生量を増加させることが示された。
【0103】
G0s2の活性をさらに明らかにするため、ミトコンドリアからのATP産生量がG0s2の大量発現によって増加しうるか否かについて検証した。しかしながら、Mit-ATeam測定によっても増加は確認できなかった。過剰量のミトコンドリアのATPは速やかに多量のATP緩衝酵素(ATP buffering enzyme)を含むミトコンドリアマトリックスの外へ移行するため、Mit-ATeam測定はATP産生の増大を検出するのには適していないのではないように推測された。この問題を解決し、ミトコンドリアにおけるATP産生速度を直接測定するため、最近改良が加えられた(M. Fujikawa, M. Yoshida, Biochem Biophys Res Commun 401, 538 (2010))、MASC(
mitochondrial
activity of
streptolysin O permeabilized
cells)測定法と呼ばれる、セミインタクト(semi-intact)細胞システムを用いた。この測定法では、クレアチンや解糖系の基質などの細胞質ゾルの構成成分をすべて洗い落とすために原形質膜を透過処理する一方、ミトコンドリアはインタクトな状態で残した。さらに、アデニル酸キナーゼを完全に阻害するために、P
1,P
5-ジアデノシン−5’五リン酸(P
1,P
5-di(adenosine-5’) pentaphosphate)で細胞を処理した。同時にこれらのステップによって、そのほとんどがミトコンドリアのF
0F
1−ATP合成酵素からである、ATPの産生速度を測定することが可能となった。
【0104】
MASC測定法によって、内因性G0s2を欠いているHeLa細胞でG0s2を発現させた場合に、ATP産生速度が著しく増加することが明らかとなった(
図12のA)。単独の分子がミトコンドリアのATP産生能力を劇的に増加させるという観察結果は驚くべきものであった。心筋細胞においては、shRNAによってG0s2を不活性化するとミトコンドリア内でのATP産生速度が減少し、またG0s2ΔTM変異体ではなくG0s2 WTの発現によってATP産生速度が正常に戻った(
図12のB)。MASC法によって検出されたATP産生は、オリゴマイシンAによってほぼ完全に阻害されることから、F
0F
1−ATP合成酵素によって合成されたものと思われた(
図12のA及びB)。加えて、同一かつ飽和量の基質を添加していたことから、プロトン駆動力は全ての試験において同等であった(M. Fujikawa, M. Yoshida, Biochem Biophys Res Commun 401, 538 (2010))。従って、これらの結果から、G0s2はF
0F
1−ATP合成酵素を活性化させ、プロトン駆動力を変えることなくミトコンドリアでのATP産生を増加させることができることが示された。
【0105】
4.G0s2は、ミトコンドリアのATP産生を増進させることによって、細胞を低酸素ストレスから保護する。
次に、低酸素状態によって誘導される内因性のG0s2も、同様にATP産生を増進させるかどうかを確認することによって、G0s2の生理学的役割を評価した。あらかじめ低酸素状態で4時間調整した心筋細胞においてG0s2の発現は大きく増加しており、該心筋細胞は、正常な酸素条件に置いた細胞よりも多量のATPを産生した(
図13のA及びB)。
【0106】
G0s2の不活性化によってこのATP産生速度の増加が減衰したことから、低酸素状態の結果生じるATP産生の増進は、主に内因性G0s2の発現の増加によるものであることが示された。低酸素ストレスの条件下において、G0s2を欠失させた細胞はコントロールの細胞よりも早く死滅したことから、上記のG0s2発現の増加は細胞の生存に必須であった(
図14)。
図14に結果を示す実験においては、shLacZ又はshG0s2#2を発現させた心筋細胞を、定常酸素下又は低酸素状態下で18時間培養した。細胞核をヨウ化プロピジウム(PI)及びHoechst 33342で染色した後、その数を数えた。細胞死(%)は、PI陽性の細胞核/総細胞核の割合で表した(n=7)。
【0107】
なお、
図13、14、16及び17において、データは平均±標準誤差で表される。*はP<0.05、**はP<0.01及び***はP<0.001である。
図14及び
図17において、n.s.の記載は、有意差なし(not significant)を表している。
【0108】
最後に、低酸素ストレスに曝す前にG0s2発現を増加させることで、低酸素ストレスによって誘発されるATPの枯渇を抑制できるかを試験した。低酸素状態を維持している間、Mit-ATeamにより測定されるATPの産生は徐々に低下した。しかしながら、低酸素状態を開始する前に過剰発現させたG0s2は、上記のミトコンドリアでのATP産生速度減少を緩和し、これにより細胞では、再酸素化(re-oxygenation)後速やかにATPのレベルが正常に戻った(
図15及び
図16)。さらに、低酸素に先立って大量発現させたG0s2は、細胞を低酸素状態に曝している間の細胞生存率を保持した(
図17)。この結果から、低酸素状態の前にG0s2発現を増加させることで、低酸素条件下におけるミトコンドリアのATP産生の減少を抑制して細胞を保護することが可能であることが示された。
【0109】
これまでに、F
0F
1−ATP合成酵素が、二つの分子ナノモーターが繋がった構造を持つこと、それぞれが同調してATPを産生することが明らかになってきている(H. Noji, R. Yasuda, M. Yoshida, K. Kinosita, Jr., Nature 386, 299 (1997)、K. Adachi et al., Cell 130, 309 (2007)、H, Itoh et al., Nature 427, 465 (2004)、及びY. Rondelez et al., Nature 433, 773 (2005))。これらの物理的に異なる構造は、F
0F
1−ATP合成酵素に対する活性化分子が存在することを示唆していた。
【0110】
G0s2はF
0F
1−ATP合成酵素ナノモーターの潤滑剤として作用し、プロトン駆動力は同等なままでF
0F
1−ATP合成酵素を活性化させた。換言すると、プロトン駆動力が減少した場合であっても、G0s2を発現する細胞は、G0s2を少量しか発現しないか又は全く発現しない細胞よりも、多くのATPを産生することができる。低酸素状態の間G0s2発現を顕著に増加させることが、プロトン駆動力が低下した状況下で十分に高いATP濃度を維持するために必要であると考えられる。
【0111】
持続的なATP産生は、細胞の生存に必須である。事実、心筋細胞におけるG0s2の欠乏は、低酸素ストレス下における細胞の死を早める。また、外因性のG0s2を大量発現させると細胞保護作用があることが観察された。これらの結果を合わせると、G0s2の治療学的な潜在能力を示唆している。実際、ミトコンドリアの酸化的リン酸化をターゲットとすることが、様々な病気に対して治療学的に有効であるとする証拠が増加している(Q. Chen, A. K. Camara, D. F. Stowe, C. L. Hoppel, E. J. Lesnefsky, Am J Physiol Cell Physiol 292, C137 (2007)、R. Huber, T. Spiegel, M. Buchner, M. W. Riepe, J Neurosci Res 75, 441 (2004)、S. Bonnet et al., Cancer Cell 11, 37 (2007))。しかしながら、ミトコンドリアの呼吸に関わる酵素を活性化しうる化合物は、これまで報告されていなかった。したがって、G0s2は、ミトコンドリアの疾患、代謝疾患などの低酸素状態に関連する疾患に対して、新しい予防及び治療のために使用できるものである。