(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項1の装置であって、前記第一及び第二の発生確率が、それぞれ、前記解析窓内に於ける単位時間毎の光強度値と前記第一及び第二の状態を仮定した場合の前記単位時間毎の期待値とに基づいて算出されることを特徴とする装置。
請求項2の装置であって、前記単位時間毎の光強度値が前記単位時間毎の前記期待値を有するポアソン分布に従うものとして前記単位時間毎の光強度値の単位時間発生確率が算出され、前記第一及び第二の発生確率がそれぞれ対応する前記単位時間発生確率を用いて算出されることを特徴とする装置。
請求項1乃至3の装置であって、前記第二の発生確率が前記第一の発生確率より大きい解析窓の時間に前記光検出領域内に前記単一粒子が存在したと判定されることを特徴とする装置。
請求項1の装置であって、前記単一粒子が所定の特性値を有し、前記光検出部が前記光検出領域からの光の少なくとも二つの互いに異なる成分を別々に検出し、前記信号処理部が、前記成分の各々の時系列の光強度データを生成し、更に、前記信号処理部が、前記成分の各々の前記第一及び第二の発生確率を算出し、前記成分の各々の前記第二の発生確率が前記所定の特性値の関数であり、前記成分毎の前記第一及び第二の発生確率の発生確率に基づいて前記時系列の光強度データ上にて前記所定の特性値を有する前記単一粒子の存在を表す信号が検出されることを特徴とする装置。
請求項5の装置であって、前記単一粒子が互いに異なる所定の特性値を有する複数の種類の単一粒子を含み、前記単一粒子の種類毎に、前記互いに異なる所定の特性値の関数である前記成分の各々の前記第二の発生確率が算出され、前記成分の各々の前記第一の発生確率と前記複数の種類の単一粒子の各々の前記成分の各々の前記第二の発生確率とに基づいて前記時系列の光強度データ上にて前記単一粒子の種類毎に該単一粒子の存在を表す信号が検出されることを特徴とする装置。
請求項1乃至4の装置であって、前記単一粒子が検出波長帯域にて発光しない粒子であり、前記光検出領域からの光が背景光を含み、前記単一粒子の各々の存在を表す信号が前記背景光からの光強度の一時的な低減であることを特徴とする装置。
請求項11の方法であって、前記第一及び第二の発生確率が、それぞれ、前記解析窓内に於ける単位時間毎の光強度値と前記第一及び第二の状態を仮定した場合の前記単位時間毎の期待値とに基づいて算出されることを特徴とする方法。
請求項12の方法であって、前記単位時間毎の光強度値が前記単位時間毎の前記期待値を有するポアソン分布に従うものとして前記単位時間毎の光強度値の単位時間発生確率が算出され、前記第一及び第二の発生確率がそれぞれ対応する前記単位時間発生確率を用いて算出されることを特徴とする方法。
請求項11乃至13の方法であって、前記第二の発生確率が前記第一の発生確率より大きい解析窓の時間に前記光検出領域内に前記単一粒子が存在したと判定されることを特徴とする方法。
請求項11の方法であって、前記単一粒子が所定の特性値を有し、前記光検出領域からの光の少なくとも二つの互いに異なる成分が別々に検出されて、前記成分の各々の時系列の光強度データが生成され、更に、前記成分の各々の前記第一及び第二の発生確率が算出され、前記成分の各々の前記第二の発生確率が前記所定の特性値の関数であり、前記成分毎の前記第一及び第二の発生確率の発生確率に基づいて前記時系列の光強度データ上にて前記所定の特性値を有する前記単一粒子の存在を表す信号が検出されることを特徴とする方法。
請求項15の方法であって、前記単一粒子が互いに異なる所定の特性値を有する複数の種類の単一粒子を含み、前記単一粒子の種類毎に、前記互いに異なる所定の特性値の関数である前記成分の各々の前記第二の発生確率が算出され、前記成分の各々の前記第一の発生確率と前記複数の種類の単一粒子の各々の前記成分の各々の前記第二の発生確率とに基づいて前記時系列の光強度データ上にて前記単一粒子の種類毎に該単一粒子の存在を表す信号が検出されることを特徴とする方法。
請求項11乃至14の方法であって、前記単一粒子が検出波長帯域にて発光しない粒子であり、前記光検出領域からの光が背景光を含み、前記単一粒子の各々の存在を表す信号が前記背景光からの光強度の一時的な低減であることを特徴とする方法。
請求項21のコンピュータプログラムであって、前記第一及び第二の発生確率が、それぞれ、前記解析窓内に於ける単位時間毎の光強度値と前記第一及び第二の状態を仮定した場合の前記単位時間毎の期待値とに基づいて算出されることを特徴とするコンピュータプログラム。
請求項22のコンピュータプログラムであって、前記単位時間毎の光強度値が前記単位時間毎の前記期待値を有するポアソン分布に従うものとして前記単位時間毎の光強度値の単位時間発生確率が算出され、前記第一及び第二の発生確率がそれぞれ対応する前記単位時間発生確率を用いて算出されることを特徴とするコンピュータプログラム。
請求項21乃至23のコンピュータプログラムであって、前記第二の発生確率が前記第一の発生確率より大きい解析窓の時間に前記光検出領域内に前記単一粒子が存在したと判定されることを特徴とするコンピュータプログラム。
請求項21のコンピュータプログラムであって、前記単一粒子が所定の特性値を有し、前記光検出領域からの光の少なくとも二つの互いに異なる成分が別々に検出されて、前記成分の各々の時系列の光強度データが生成され、更に、前記成分の各々の前記第一及び第二の発生確率が算出され、前記成分の各々の前記第二の発生確率が前記所定の特性値の関数であり、前記成分毎の前記第一及び第二の発生確率の発生確率に基づいて前記時系列の光強度データ上にて前記所定の特性値を有する前記単一粒子の存在を表す信号が検出されることを特徴とするコンピュータプログラム。
請求項25のコンピュータプログラムであって、前記単一粒子が互いに異なる所定の特性値を有する複数の種類の単一粒子を含み、前記単一粒子の種類毎に、前記互いに異なる所定の特性値の関数である前記成分の各々の前記第二の発生確率が算出され、前記成分の各々の前記第一の発生確率と前記複数の種類の単一粒子の各々の前記成分の各々の前記第二の発生確率とに基づいて前記時系列の光強度データ上にて前記単一粒子の種類毎に該単一粒子の存在を表す信号が検出されることを特徴とするコンピュータプログラム。
請求項21乃至26のコンピュータプログラムであって、前記単一粒子が発光粒子であり、前記単一粒子の各々の存在を表す信号が光強度の一時的な増大であることを特徴とするコンピュータプログラム。
請求項25又は26を引用する請求項27のコンピュータプログラムであって、前記所定の特性値が前記単一粒子の偏光異方性であることを特徴とするコンピュータプログラム。
請求項25又は26を引用する請求項27のコンピュータプログラムであって、前記所定の特性値が前記単一粒子の互いに異なる発光波長帯域の発光強度の比であることを特徴とするコンピュータプログラム。
請求項21乃至24のコンピュータプログラムであって、前記単一粒子が検出波長帯域にて発光しない粒子であり、前記光検出領域からの光が背景光を含み、前記単一粒子の各々の存在を表す信号が前記背景光からの光強度の一時的な低減であることを特徴とするコンピュータプログラム。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の特許文献9〜11に記載の走査分子計数法では、典型的には、光検出領域からの光強度の時系列データ(時系列光強度データ)に於いて、釣鐘状の光強度の変化が観測対象となる単一粒子の存在に対応するとの仮定の下、かかる釣鐘状の光強度の変化の検出が行われる。例えば、観測対象粒子が発光粒子である場合には(後述の如く、観測対象粒子が検出波長帯域の光を発しない粒子(非発光粒子)である場合もあり得る。)、時系列光強度データに観測された釣鐘状又はパルス状の光強度の増大のうち、発光粒子が光検出領域内を通過した際に想定される光強度の増大のプロファイル(ピーク強度、半値全幅等)の条件に適合する光強度の変化が粒子の存在を表す信号として検出される。そして、発光粒子の光強度の増大のプロファイルの条件に適合しない光強度の増大は、ノイズとして判定される。
【0008】
しかしながら、時系列光強度データに於いて上記の如き釣鐘状の信号を検出する場合、粒子の信号の大きさが弱くなると、粒子の信号とノイズ信号との識別が困難となる。
【0009】
後述の実施形態の欄に於いてより詳細に説明される如く、光強度の測定は、観測対象粒子による微弱な光強度又はその変化を捉えるために、典型的には、フォトンカウンティングにより実行され、時系列光強度データは、離散的なフォトンカウンティングデータとなる(
図2(A)参照)。その場合、釣鐘状の信号の検出を容易にするために、好適には、時系列光強度データが時間について平滑化され、平滑化された時系列光強度データに於いて粒子の光強度の変化のプロファイル条件に適合する釣鐘状の信号が検出される。しかしながら、かかる態様に於いては、粒子の信号の強度変化が小さいとき、その信号は、フォトンカウンティングデータの段階でノイズに埋もれてしまい、平滑化処理後に於いても、粒子の光強度の変化の釣鐘状のプロファイルの特徴を呈さず、粒子の信号として検出されないこととなる。特に、粒子の存在に対応する信号の大きさは、光検出領域内での粒子の通過経路によって変化し、光検出領域の周辺部を通過する粒子の信号の強度変化は小さい。従って、微弱な多くの光検出領域の周辺部を通過する粒子の信号が見落とされ、或いは、ノイズ信号が微弱な粒子の信号として誤判定されることとなり、このことが、走査分子計数法の感度又は精度の向上の妨げの一つとなっていた。
【0010】
かくして、本発明の主な課題は、上記の走査分子計数法に於いて、その感度及び/又は精度の更なる向上を可能にする新規な粒子信号の検出手段又は手法を提供することである。
【0011】
また、本発明のもう一つの課題は、上記の走査分子計数法に於いて、微弱な粒子の信号とノイズ信号とのより精度の良い識別を可能にする新規な粒子信号の検出手段又は手法を提供することである。
【0012】
上記の課題に関して、本発明の発明者は、走査分子計数法の時系列光強度データに於いて、粒子の信号に対応する部分と、ノイズ信号の部分とでは、光強度の時間変化(光子数列)の発生パターンに違いがあることを見出した。即ち、ノイズ信号の場合には、常にランダムに光子が検出されるのに対して、粒子の信号の場合には、光子が時間的に集中して検出される。本発明に於いては、かかる光強度の時間変化の発生パターンの違いを検出可能な新規なアルゴリズムにて走査分子計数法に於ける粒子の信号の検出精度の向上が図られる。また、光強度の時間変化の発生パターンは、粒子の特性(偏光特性や発光波長特性)によっても変化するので、光強度の時間変化の発生パターンの違いに基づいて、異なる特性の粒子の識別も試みられる。
【課題を解決するための手段】
【0013】
かくして、本発明によれば、上記の課題は、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する単一粒子を検出する光分析装置であって、試料溶液内に於ける顕微鏡の光学系の光検出領域の位置を移動する光検出領域移動部と、光検出領域からの光を検出する光検出部と、試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動させながら光検出部にて検出された光検出領域からの光の時系列の光強度データを生成し、時系列の光強度データに於いて単一粒子の各々の存在を表す信号を個別に検出する信号処理部とを含み、信号処理部が、時系列の光強度データ上に時系列に設定される解析窓の各々に於ける光強度値の時間変化の、光検出領域内に単一粒子が存在していない第一の状態を仮定した場合に於ける第一の発生確率と、光検出領域内に単一粒子が存在している第二の状態を仮定した場合に於ける第二の発生確率とを算出し、第一及び第二の発生確率に基づいて時系列の光強度データ上にて単一粒子の各々の存在を表す信号を検出することを特徴とする装置によって達成される。
【0014】
上記本発明の構成に於いて、「試料溶液中にて分散しランダムに運動する単一粒子」とは、試料溶液中に分散又は溶解した原子、分子又はそれらの凝集体などの粒子であって、基板などに固定されず、溶液中を自由にブラウン運動している粒子であれば任意の粒子であってよい。観測対象となる単一粒子は、光を発する粒子(発光粒子)であっても、(検出波長帯域に於いて)光を発さない粒子(非発光粒子)であってもよい。観測対象粒子が発光粒子である場合には、「単一粒子の各々の存在を表す信号」は、発光粒子がその光検出領域内の通過時に発する光に対応した時系列光強度データ上に於ける「光強度値の一時的な増大」となる。発光粒子は、典型的には、蛍光性粒子であるが、りん光、化学発光、生物発光、光散乱等により光を発する粒子であってもよい。また、観測対象粒子は非発光粒子であってもよく、その場合には、光検出領域からの光が有意な背景光を含み、「単一粒子の各々の存在を表す信号」が、背景光からの光強度の一時的な低減となる(反転型走査分子計数法)。なお、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系の「光検出領域」とは、それらの顕微鏡に於いて光が検出される微小領域であり、対物レンズから照明光が与えられる場合には、その照明光が集光された領域に相当する(共焦点顕微鏡に於いては、特に対物レンズとピンホールとの位置関係により確定される。発光粒子が照明光なしで発光する場合、例えば、化学発光又は生物発光により発光する粒子の場合には、顕微鏡に於いて照明光は要しない。)。また、典型的には、光検出部は、所定の計測単位時間(ビンタイム)毎に到来する光子数を計数するフォトンカウンティングにより光検出領域からの光を検出し、その場合、時系列の光強度データが時系列のフォトンカウントデータとなる。
【0015】
上記から理解される如く、本発明の装置に於いては、基本的には、特許文献9〜11に記載の「走査分子計数法」と同様に、試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動しながら、即ち、試料溶液内を光検出領域により走査しながら、逐次的に、光の検出及び時系列の光強度値を表す時系列光強度データの生成が為され、時系列光強度データ上に於いて、単一粒子の存在を表す信号が検出される。かかる単一粒子の存在を表す信号の検出に際して、本発明では、単に光強度値の増減量が所定量を越えたか否かに基づいて単一粒子の信号の検出が実行されるのではなく、時系列光強度データ上の光強度値の時間変化のパターンが、光検出領域内に単一粒子がない場合と光検出領域内に単一粒子が有る場合とのいずれに於いて発生し易いパターンであるかが時系列に評価される。即ち、既に触れた如く、時系列光強度データに於いて、粒子の信号に対応する部分とノイズ信号の部分とでは、光強度の時間変化の発生パターンに違いがあるので、時系列光強度データ上の或る部分に於ける光強度値の時間変化のパターンが、光検出領域内に単一粒子がない場合に発生し易いパターンであるときには、その部分は、ノイズ信号のみの部分であると判定でき、光検出領域内に単一粒子がある場合に発生し易いパターンであるときには、その部分は、粒子の信号に対応する部分であると判定できることとなる。そして、或る光強度値の時間変化のパターンが、光検出領域内に単一粒子がある場合又はない場合のいずれに発生し易いパターンであるかは、その光強度値の時間変化のパターンが、光検出領域内に単一粒子がある場合及びない場合のそれぞれに於いて発生する確率によって判定することができる。
【0016】
かくして、本発明の装置では、時系列光強度データ上で光検出領域内に粒子が存在した部分、即ち、単一粒子の存在を表す信号を検出するために、上記の如く、「時系列の光強度データ上に時系列に設定される解析窓の各々に於ける光強度値の時間変化の、光検出領域内に単一粒子が存在していない第一の状態を仮定した場合に於ける第一の発生確率と、光検出領域内に単一粒子が存在している第二の状態を仮定した場合に於ける第二の発生確率」とが算出される。ここで、「解析窓」とは、時系列光強度データ上に於ける任意の時間幅の領域であり、「解析窓」は、時系列光強度データ上にて逐次的に又は時系列に設定される。また、「第一の発生確率」は、光検出領域内に単一粒子が存在していない場合に、「解析窓」に於いて計測された光強度の時間変化が発生する確率であり、「第二の発生確率」は、光検出領域内に単一粒子が存在している場合に、「解析窓」に於いて計測された光強度の時間変化が発生する確率である。そして、光検出領域内に単一粒子が存在していれば、「第二の発生確率」が「第一の発生確率」に対して相対的に増大することとなるので、「第一の発生確率」と「第二の発生確率」とを参照することによって、時系列の光強度データ上にて光検出領域内に単一粒子の存在した時間領域が決定され、これにより、単一粒子の各々の存在を表す信号の検出が可能となる。
【0017】
なお、上記の構成に於いて、解析窓の幅は、例えば、単一粒子が光検出領域を通過するのに要する時間以上の任意の幅に設定されてよい。また、解析窓は、時系列光強度データ上に於いて、単位時間毎に或いは所定の時間間隔毎に設定されてもよく(この場合、時系列に設定される解析窓は互いに重複する。)、或いは、時系列光強度データを所定の時間幅にて分割することにより設定されてもよい。「単位時間」とは、光計測に於いて一つの光強度値を与える幅の時間であり、フォトンカウンティングの場合であれば、1つ又はそれ以上の数のビンタイムの幅の時間であってよい。
【0018】
上記の構成に於いて、第一及び第二の発生確率は、それぞれ、解析窓内に於ける第一及び第二の状態を仮定した場合の光強度値の時間変化の平均のパターンからの実際に計測された光強度値の時間変化のパターンのずれに基づいて決定することができる。平均のパターンからの実測値のパターンのずれが小さいほど、その実測値のパターンの発生する確率が高くなる。従って、第一及び第二の発生確率は、それぞれ、解析窓内に於ける単位時間毎の検出された光強度値と第一及び第二の状態を仮定した場合の単位時間毎の期待値とに基づいて算出することが可能である。また、時系列光強度データ上に出現する光強度値は、光検出領域内から放出される光子数又はこれに比例する量であるので、単位時間毎の光強度値は、ポアソン分布に従うと考えられる。そこで、上記の構成に於いて、好適には、単位時間毎の光強度値が単位時間毎の期待値を有するポアソン分布に従うものとして単位時間毎の光強度値の単位時間発生確率が算出され、第一及び第二の発生確率がそれぞれ対応する単位時間発生確率を用いて算出されてよい。
【0019】
かくして、上記の装置では、簡単には、第二の発生確率が第一の発生確率より大きい解析窓の時間に光検出領域内に単一粒子が存在したと判定されてよい。また、第一及び第二の発生確率の比又はオッズ比を時系列に算出し、かかる確率の比又はオッズ比の値に基づいて光検出領域内に単一粒子が存在した時間が決定されてもよい。
【0020】
ところで、上記の走査分子計数法に於いて、光検出領域からの光の少なくとも二つの互いに異なる成分を別々に検出して成分の各々の時系列の光強度データを生成することが可能である。その場合、検出される成分のデータに於いて、単一粒子の任意の特性が反映されるように、検出される成分を選択することが可能である。例えば、検出される複数の成分として、偏光方向が互いに異なる成分を選択すれば、複数の成分の時系列光強度データに於いて、粒子の偏光特性が反映される。また、検出される複数の成分として、互いに異なる波長帯域の光成分を選択すれば、複数の成分の時系列光強度データに於いて、粒子の発光波長特性が反映される。そして、複数の成分の時系列光強度データに於ける光強度値の時間変化のパターンに於いても、観測対象粒子の前記の如き特性が反映されることとなる。
【0021】
そこで、上記の本発明の装置は、更に、光検出部が光検出領域からの光の少なくとも二つの互いに異なる成分を別々に検出し、信号処理部が、前記の成分の各々の時系列の光強度データを生成し、更に、信号処理部が、成分の各々の第一及び第二の発生確率を算出できるよう構成されていてよい。かかる構成に於いては、検出成分を適宜選択することにより、観測対象となる単一粒子の有する所定の特性値を検出された光の成分の各々の第二の発生確率に反映させること、即ち、第二の発生確率を単一粒子の有する所定の特性値の関数とすることが可能となる。そして、成分毎の第一及び第二の発生確率の発生確率を参照して、所定の特性値の関数である第二の発生確率が相対的に高い領域に於いて、所定の特性値を有する粒子が存在したと判定できることとなる(所定の特性値を有していない粒子が存在していた場合、所定の特性値の関数である第二の発生確率は低くなる。)。即ち、成分毎の第一及び第二の発生確率の発生確率を用いることにより、単に光検出領域内の粒子の存在の有無だけでなく、時系列の光強度データ上にて光検出領域内に所定の特性値を有する粒子が存在している時間が決定され、所定の特性値を有する粒子の存在を検出することが可能となる。
【0022】
更に、上記の如き、少なくとも二つの互いに異なる成分毎の第一及び第二の発生確率の発生確率を用いる態様によれば、単一粒子として互いに異なる所定の特性値を有する複数の種類の単一粒子が含まれる場合、それぞれの種類の単一粒子について、時系列の光強度データ上にて粒子の存在した時間が決定できることとなる。即ち、単一粒子の種類毎に、それらの互いに異なる所定の特性値の関数である成分の各々の第二の発生確率を算出し(第一の状態では粒子が存在していないので、第一の発生確率には、粒子の特性値は反映されない。)、複数の成分の各々の第一の発生確率と複数の種類の単一粒子の各々の成分の各々の第二の発生確率とを参照したとき、相対的に高い値の第二の発生確率を与える種類の粒子が光検出領域内に存在していると推定することができる。かくして、単一粒子が互いに異なる所定の特性値を有する複数の種類の単一粒子を含む場合、上記の本発明の装置は、単一粒子の種類毎に、互いに異なる所定の特性値の関数である成分の各々の第二の発生確率を算出し、成分の各々の第一の発生確率と複数の種類の単一粒子の各々の成分の各々の第二の発生確率とに基づいて時系列の光強度データ上にて単一粒子の種類毎に該単一粒子の存在を表す信号を検出するよう構成されていてよい。要すれば、かかる構成により、試料溶液中に複数の種類の単一粒子が含まれている場合に、種類を識別しながら、粒子の検出が可能となる。
【0023】
なお、上記の第二の発生確率に反映させるべき粒子の特性値としては、既に触れた如く、単一粒子の偏光特性を表す指標値、例えば、蛍光異方性や、単一粒子の発光波長特性を表す指標値、例えば、互いに異なる発光波長帯域の発光強度の比などであってよい。
【0024】
上記の本発明の装置に於ける試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、観測対象の単一粒子の特性又は試料溶液中の数密度又は濃度に基づいて適宜変更可能となっていてよい。光検出領域の移動速度が速くなると、単一粒子が発光粒子である場合には、一つの発光粒子から得られる光量は低減することとなり、また、単一粒子が非発光粒子である場合には、一つの非発光粒子の存在による光強度値の低減量が小さくなる。従って、光検出領域の移動速度は、単一粒子による光強度値の変化が精度よく又は感度よく計測できるように、適宜変更可能となっていることが好ましい。また、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、好適には、検出対象となる単一粒子の拡散移動速度(ブラウン運動による粒子の平均の移動速度)よりも高く設定される。上記に説明されている如く、本発明の装置では、検出された光強度値の時間変化のパターンを、光検出領域内に粒子が無い場合と有る場合(第一及び第二の状態)を仮定して算出された時間変化パターンの(第一及び第二の)発生確率を用いて評価するところ、粒子の光検出領域内の通過時に粒子がブラウン運動により移動することも考慮すると、第二の発生確率の算出が複雑となる。そこで、本発明では、粒子の光検出領域内の通過中に於ける粒子のブラウン運動による効果が無視できるように、光検出領域の移動速度が検出対象となる単一粒子の拡散移動速度よりも速く設定されていることが好ましい。なお、拡散移動速度は、単一粒子によって変わるので、上記の如く、その特性(特に、拡散係数)に応じて、本発明の装置は、光検出領域の移動速度が適宜変更可能であるよう構成されていることが好ましい。
【0025】
試料溶液内での光検出領域の位置の移動は、任意の方式で為されてよい。例えば、レーザー走査型光学顕微鏡に於いて採用されているガルバノミラーを用いるなどして、顕微鏡の光学系の光路を変更して光検出領域の位置が変更されるようになっていてよく、或いは、試料溶液の位置を(例えば、顕微鏡のステージを移動するなどして)動かして、光検出領域の試料溶液内に於ける位置を移動するようになっていてよい。光検出領域の位置の移動軌跡は、任意に設定されてよく、例えば、円形、楕円形、矩形、直線及び曲線のうちから選択可能であってよい。特に、顕微鏡の光学系の光路を変更して光検出領域の位置が変更される場合、光検出領域の移動は、速やかであり、且つ、試料溶液に於いて機械的振動や流体力学的な作用が実質的に発生しないので、検出対象となる単一粒子が力学的な作用の影響を受けることなく安定した状態にて、光の計測が可能である点で有利である。
【0026】
上記の本発明の実施の態様の一つに於いては、信号の数を計数して光検出領域に包含された単一粒子の数を計数するようになっていてよい(粒子のカウンティング)。その場合、検出された単一粒子の数と光検出領域の位置の移動量と組み合わせることにより、試料溶液中の同定された単一粒子の数密度又は濃度に関する情報が得られることとなる。具体的には、例えば、複数の試料溶液の数密度若しくは濃度の比、或いは、濃度若しくは数密度の基準となる標準試料溶液に対する相対的な数密度若しくは濃度の比が算出されるか、又は、濃度若しくは数密度の基準となる標準試料溶液に対する相対的な数密度若しくは濃度の比を用いて、絶対的な数密度値又は濃度値が決定されてよい。或いは、任意の手法により、例えば、所定の速度にて光検出領域の位置を移動するなどして、光検出領域の位置の移動軌跡の全体積を特定すれば、単一粒子の数密度又は濃度が具体的に算定できることとなる。
【0027】
上記の本発明の装置に於いて試料溶液内に於ける光検出領域の位置を移動させながら光検出を行い、単一粒子からの信号を個別に検出する光分析技術であって、検出された光強度値の時間変化のパターンが発生する確率(第一及び第二の発生確率)を参照して、単一粒子の有無を決定する光分析技術の処理は、汎用のコンピュータによっても実現可能である。
【0028】
従って、本発明のもう一つの態様によれば、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する単一粒子を検出するための光分析用コンピュータプログラムであって、試料溶液内に於いて顕微鏡の光学系の光検出領域の位置を移動する手順と、試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動させながら光検出領域からの光の強度を測定して光強度データを生成する手順と、時系列の光強度データ上に時系列に設定される解析窓の各々に於ける光強度の時間変化値の、光検出領域内に単一粒子が存在していない第一の状態を仮定した場合に於ける第一の発生確率と、光検出領域内に単一粒子が存在している第二の状態を仮定した場合に於ける第二の発生確率とを算出する手順と、第一及び第二の発生確率に基づいて時系列の光強度データ上にて単一粒子の各々の存在を表す信号を検出する手順とをコンピュータに実行させることを特徴とするコンピュータプログラムが提供される。この場合に於いても、本発明の装置と同様に、典型的には、光検出領域からの光を検出して時系列の光強度データを生成する手順に於いて、計測単位時間(ビンタイム)毎に到来する光子数を計数するフォトンカウンティングにより光検出領域からの光が検出され、時系列の光強度データが時系列のフォトンカウントデータである。「解析窓」は、本発明の装置の場合と同様に設定されてよい。観測対象となる粒子が、発光粒子である場合には、時系列光強度データ上に於ける「光強度値の一時的な増大」が「単一粒子の各々の存在を表す信号」となる。また、観測対象となる粒子が、(検出波長帯域に於いて)非発光粒子である場合には、光検出領域からの光が有意な背景光を含み、背景光からの光強度の一時的な低減が「単一粒子の各々の存在を表す信号」となる。なお、コンピュータプログラムは、コンピュータ読み取り可能な記憶媒体に記憶されて提供される。コンピュータは、記憶媒体に記憶されているプログラムを読み出して、情報の加工・演算処理を実行することにより、上記の手順を実現する。ここで、コンピュータ読み取り可能な記録媒体とは、磁気ディスク、光磁気ディスク、CD−ROM、DVD−ROM、半導体メモリ等であってよい。更に、上述のプログラムは、通信回線によってコンピュータへ配信され、この配信を受けたコンピュータがプログラムを実行するようにしても良い。
【0029】
上記の構成に於いても、典型的には、第一及び第二の発生確率は、それぞれ、解析窓内に於ける単位時間毎の光強度値と第一及び第二の状態を仮定した場合の単位時間毎の期待値とに基づいて算出され、より具体的には、単位時間毎の光強度値が単位時間毎の期待値を有するポアソン分布に従うものとして単位時間毎の光強度値の単位時間発生確率が算出され、第一及び第二の発生確率がそれぞれ対応する単位時間発生確率を用いて算出されてよい。そして、第二の発生確率が第一の発生確率より大きい解析窓の時間に光検出領域内に単一粒子が存在したと判定されるか、第二の発生確率と第一の発生確率とのオッズ比に基づいて、光検出領域内に単一粒子が存在した時間領域が決定されてよい。
【0030】
また、上記のコンピュータプログラムも、光検出領域からの光の少なくとも二つの互いに異なる成分が別々に検出されて、かかる成分の各々の時系列の光強度データが生成され、更に、成分の各々について、第一の発生確率と、観測対象である単一粒子の所定の特性値の関数である第二の発生確率が算出され、成分毎の第一及び第二の発生確率の発生確率に基づいて時系列の光強度データ上にて所定の特性値を有する単一粒子の存在を表す信号が検出されるよう構成されていてよい。そして、単一粒子が互いに異なる所定の特性値を有する複数の種類の単一粒子を含む場合には、上記のコンピュータプログラムに於いて、単一粒子の種類毎に、互いに異なる所定の特性値の関数である成分の各々の第二の発生確率が算出され、成分の各々の第一の発生確率と複数の種類の単一粒子の各々の成分の各々の第二の発生確率とに基づいて時系列の光強度データ上にて単一粒子の種類毎に該単一粒子の存在を表す信号が検出されてよい。
【0031】
更に、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、単一粒子の特性、試料溶液中の数密度又は濃度に基づいて適宜変更可能となっていてよく、好適には、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、検出対象となる単一粒子の拡散移動速度よりも高く設定される。試料溶液内での光検出領域の位置の移動は、任意の方式で為されてよく、好適には、顕微鏡の光学系の光路を変更して或いは試料溶液の位置を動かして光検出領域の位置が変更されるようになっていてよい。光検出領域の位置の移動軌跡は、任意に設定されてよく、例えば、円形、楕円形、矩形、直線及び曲線のうちから選択可能であってよい。
【0032】
更に、上記のコンピュータプログラムに於いても、個別に検出された単一粒子からの信号の数を計数して光検出領域の位置の移動中に検出された単一粒子の数を計数する手順及び/又は検出された単一粒子の数に基づいて、試料溶液中の単一粒子の数密度又は濃度を決定する手順が含まれていてよい。
【0033】
上記の本発明の装置又はコンピュータプログラムによれば、試料溶液内に於ける光検出領域の位置を移動させながら、個々の発光粒子の光の検出を行う光分析方法であって、検出された光強度値の時間変化のパターンが発生する確率(第一及び第二の発生確率)を参照して、単一粒子の有無を決定する新規な方法が実現される。
【0034】
かくして、本発明によれば、更に、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する単一粒子を検出する光分析方法であって、試料溶液内に於いて顕微鏡の光学系の光検出領域の位置を移動する過程と、試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動させながら光検出領域からの光の強度を測定して光強度データを生成する過程と、時系列の光強度データ上に時系列に設定される解析窓の各々に於ける光強度値の時間変化の、光検出領域内に単一粒子が存在していない第一の状態を仮定した場合に於ける第一の発生確率と、光検出領域内に単一粒子が存在している第二の状態を仮定した場合に於ける第二の発生確率とを算出する過程と、第一及び第二の発生確率に基づいて時系列の光強度データ上にて単一粒子の各々の存在を表す信号を検出する過程とを含むことを特徴とする方法が提供される。この場合に於いても、本発明の装置と同様に、典型的には、光検出領域からの光を検出して時系列の光強度データを生成する過程に於いて、計測単位時間(ビンタイム)毎に到来する光子数を計数するフォトンカウンティングにより光検出領域からの光が検出され、時系列の光強度データが時系列のフォトンカウントデータである。「解析窓」は、本発明の装置の場合と同様に設定されてよい。観測対象となる粒子が、発光粒子である場合には、時系列光強度データ上に於ける「光強度値の一時的な増大」が「単一粒子の各々の存在を表す信号」となる。また、観測対象となる粒子が、(検出波長帯域に於いて)非発光粒子である場合には、光検出領域からの光が有意な背景光を含み、背景光からの光強度の一時的な低減が「単一粒子の各々の存在を表す信号」となる。
【0035】
上記の構成に於いても、典型的には、第一及び第二の発生確率は、それぞれ、解析窓内に於ける単位時間毎の光強度値と第一及び第二の状態を仮定した場合の単位時間毎の期待値とに基づいて算出され、より具体的には、単位時間毎の光強度値が単位時間毎の期待値を有するポアソン分布に従うものとして単位時間毎の光強度値の単位時間発生確率が算出され、第一及び第二の発生確率がそれぞれ対応する単位時間発生確率を用いて算出されてよい。そして、第二の発生確率が第一の発生確率より大きい解析窓の時間に光検出領域内に単一粒子が存在したと判定されるか、第二の発生確率と第一の発生確率とのオッズ比に基づいて、光検出領域内に単一粒子が存在した時間領域が決定されてよい。
【0036】
また、上記の方法も、光検出領域からの光の少なくとも二つの互いに異なる成分が別々に検出されて、かかる成分の各々の時系列の光強度データが生成され、更に、成分の各々について、第一の発生確率と、観測対象である単一粒子の所定の特性値の関数である第二の発生確率が算出され、成分毎の第一及び第二の発生確率の発生確率に基づいて時系列の光強度データ上にて所定の特性値を有する単一粒子の存在を表す信号が検出されるよう構成されていてよい。そして、単一粒子が互いに異なる所定の特性値を有する複数の種類の単一粒子を含む場合には、上記の方法に於いて、単一粒子の種類毎に、互いに異なる所定の特性値の関数である成分の各々の第二の発生確率が算出され、成分の各々の第一の発生確率と複数の種類の単一粒子の各々の成分の各々の第二の発生確率とに基づいて時系列の光強度データ上にて単一粒子の種類毎に該単一粒子の存在を表す信号が検出されてよい。
【0037】
更に、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、単一粒子の特性、試料溶液中の数密度又は濃度に基づいて適宜変更可能となっていてよく、好適には、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、検出対象となる単一粒子の拡散移動速度よりも高く設定される。試料溶液内での光検出領域の位置の移動は、任意の方式で為されてよく、好適には、顕微鏡の光学系の光路を変更して或いは試料溶液の位置を動かして光検出領域の位置が変更されるようになっていてよい。光検出領域の位置の移動軌跡は、任意に設定されてよく、例えば、円形、楕円形、矩形、直線及び曲線のうちから選択可能であってよい。
【0038】
更に、上記の方法に於いても、個別に検出された単一粒子からの信号の数を計数して光検出領域の位置の移動中に検出された単一粒子の数を計数する過程及び/又は検出された単一粒子の数に基づいて、試料溶液中の単一粒子の数密度又は濃度を決定する過程が含まれていてよい。
【0039】
上記の本発明の光分析技術は、典型的には、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、糖鎖、アミノ酸若しくはこれらの凝集体などの生体分子、ウイルス、細胞などの粒子状の生物学的な対象物の溶液中の状態の分析又は解析の用途に用いられるが、非生物学的な粒子(例えば、原子、分子、ミセル、金属コロイドなど)の溶液中の状態の分析又は解析に用いられてもよく、そのような場合も本発明の範囲に属することは理解されるべきである。
【発明の効果】
【0040】
かくして、本発明によれば、走査分子計数法に於いて、単に、時系列光強度データ上の光強度値の増減を参照するのではなく、光強度値の時間変化のパターンが発生しやすい状態を決定して光検出領域内に単一粒子が存在しているか否かが推定される。かかる構成によれば、単一粒子による光強度値の変化が比較的小さく、光強度値変化の絶対値のみでは、粒子による信号かノイズ信号かが判断が難しい場合でも、より精度良く、粒子の信号とノイズ信号との識別が可能となることが期待される。また、粒子の信号とノイズ信号との識別の精度が向上されることにより、走査分子計数法に於いて検出可能な試料溶液中の単一粒子の濃度範囲の低濃度側への拡大が期待される。更に、観測対象となる単一粒子の所定の特性値を考慮して算出された光強度値の時間変化の発生確率を用いる場合には、観測対象となる単一粒子とそれ以外の粒子との識別も可能となり、不純物等が混在する試料溶液に於いても計測の精度又は感度の向上が期待される。
【0041】
本発明のその他の目的及び利点は、以下の本発明の好ましい実施形態の説明により明らかになるであろう。
【発明を実施するための形態】
【0044】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0045】
光分析装置の構成
本発明による光分析技術を実現する光分析装置は、基本的な構成に於いて、
図1(A)に模式的に例示されている如き、FCS、FIDA等が実行可能な共焦点顕微鏡の光学系と光検出器とを組み合わせてなる装置であってよい。同図を参照して、光分析装置1は、光学系2〜17と、光学系の各部の作動を制御すると共にデータを取得し解析するためのコンピュータ18とから構成される。光分析装置1の光学系は、通常の共焦点顕微鏡の光学系と同様であってよく、そこに於いて、光源2から放射されシングルモードファイバー3内を伝播したレーザー光(Ex)が、ファイバーの出射端に於いて固有のNAにて決まった角度にて発散する光となって放射され、コリメーター4によって平行光となり、ダイクロイックミラー5、反射ミラー6、7にて反射され、対物レンズ8へ入射される。対物レンズ8の上方には、典型的には、1〜数十μLの試料溶液が分注される試料容器又はウェル10が配列されたマイクロプレート9が配置されており、対物レンズ8から出射したレーザー光は、試料容器又はウェル10内の試料溶液中で焦点を結び、光強度の強い領域(励起領域)が形成される。
【0046】
観測対象となる単一粒子が発光粒子である場合、試料溶液中には、発光粒子、典型的には、蛍光性粒子又は蛍光色素等の発光標識が付加された粒子が分散又は溶解され、かかる発光粒子が励起領域に進入すると、その間、発光粒子が励起され光が放出される。一方、観測対象となる単一粒子が非発光粒子である場合、試料溶液中には、典型的には、検出波長帯域にて発光しない粒子と、背景光を生ずる任意の発光物質が分散又は溶解され、検出波長帯域にて発光しない粒子が励起領域に進入していないときには、発光物質が励起されて実質的に一定の光が放出されて、背景光となり、検出波長帯域にて発光しない粒子が励起領域に進入すると、背景光が低減することとなる。
【0047】
かくして、励起領域から放出された光(Em)は、対物レンズ8、ダイクロイックミラー5を通過し、ミラー11にて反射してコンデンサーレンズ12にて集光され、ピンホール13を通過し、バリアフィルター14を透過して(ここで、特定の波長帯域の光成分のみが選択される。)、マルチモードファイバー15に導入されて、光検出器16に到達し、時系列の電気信号に変換された後、コンピュータ18へ入力され、後に説明される態様にて光分析のための処理が為される。なお、当業者に於いて知られている如く、上記の構成に於いて、ピンホール13は、対物レンズ8の焦点位置と共役の位置に配置されており、これにより、
図1(B)に模式的に示されている如きレーザー光の焦点領域、即ち、光検出領域内から発せられた光のみがピンホール13を通過し、光検出領域以外からの光は遮断される。
図1(B)に例示されたレーザー光の焦点領域は、通常、1〜10fL程度の実効体積を有する本光分析装置に於ける光検出領域であり(典型的には、光強度が領域の中心を頂点とするガウス様分布となる。実効体積は、光強度が中心光強度の1/e
2となる面を境界とする略楕円球体の体積である。)、コンフォーカル・ボリュームと称される。また、本発明では、1つの発光粒子からの光、例えば、一つの蛍光色素分子からの微弱光又は非発光粒子の存在による背景光の低減が検出されるので、光検出器16としては、好適には、フォトンカウンティングに使用可能な超高感度の光検出器が用いられる。光の検出がフォトンカウンティングによる場合、光強度の測定は、所定時間に亘って、逐次的に、計測単位時間(BIN TIME)毎に、光検出器に到来するフォトンの数を計測する態様にて実行される。従って、この場合、時系列の光強度のデータは、時系列のフォトンカウントデータである。また、顕微鏡のステージ(図示せず)には、観察するべきウェル10を変更するべく、マイクロプレート9の水平方向位置を移動するためのステージ位置変更装置17aが設けられていてよい。ステージ位置変更装置17aの作動は、コンピュータ18により制御されてよい。かかる構成により、検体が複数在る場合にも、迅速な計測が達成可能となる。
【0048】
更に、上記の光分析装置の光学系に於いては、光検出領域により試料溶液内を走査する、即ち、試料溶液内に於いて焦点領域、即ち、光検出領域の位置を移動するための機構が設けられる。かかる光検出領域の位置を移動するための機構としては、例えば、
図1(C)に模式的に例示されている如く、反射ミラー7の向きを変更するミラー偏向器17が採用されてよい(光検出領域の絶対的な位置を移動する方式)。かかるミラー偏向器17は、通常のレーザー走査型顕微鏡に装備されているガルバノミラー装置と同様であってよい。或いは、別の態様として、
図1(D)に例示されている如く、試料溶液が注入されている容器10(マイクロプレート9)の水平方向の位置を移動し、試料溶液内に於ける光検出領域の相対的な位置を移動するべくステージ位置変更装置17aが作動されてもよい(試料溶液の絶対的な位置を移動する方式)。いずれの方式による場合も、所望の光検出領域の位置の移動パターンを達成するべく、ミラー偏向器17又はステージ位置変更装置17aは、コンピュータ18の制御の下、光検出器16による光検出と協調して駆動される。光検出領域の位置の移動軌跡は、円形、楕円形、矩形、直線、曲線又はこれらの組み合わせから任意に選択されてよい(コンピュータ18に於けるプログラムに於いて、種々の移動パターンが選択できるようになっていてよい。)。なお、図示していないが、対物レンズ8又はステージを上下に移動することにより、光検出領域の位置が上下方向に移動されるようになっていてもよい。
【0049】
観測対象物となる発光粒子又は背景光を与える物質が多光子吸収により発光する場合には、上記の光学系は、多光子顕微鏡として使用される。その場合には、励起光の焦点領域(光検出領域)のみで光の放出があるので、ピンホール13は、除去されてよい。また、発光粒子又は背景光を与える物質が化学発光や生物発光現象により励起光によらず発光する場合には、励起光を生成するための光学系2〜5が省略されてよい。発光粒子又は背景光を与える物質がりん光又は散乱により発光する場合には、上記の共焦点顕微鏡の光学系がそのまま用いられる。更に、光分析装置1に於いては、図示の如く、複数の励起光源2が設けられていてよく、発光粒子又は背景光を与える物質の励起波長によって適宜、励起光の波長が選択できるようになっていてよい。
【0050】
また更に、光検出器16も複数個備えられ、各々の光検出器16が光検出領域からの光のうちの互いに異なる成分を別々に検出するよう構成されていてよい。後により詳細に述べる如く、検出する成分を適宜選択することにより、特定の発光特性を有する単一粒子を選択的に検出することが可能となる。そのような光検出領域からの光のうちの互いに異なる成分を検出する場合には、ピンホール13の通過後の検出光光路に於いては、光路を任意の態様にて分割するための機構が設けられる。例えば、光検出領域からの光を互いに異なる偏光成分に分けて検出する場合には、検出光光路の符号14aが付された部位に偏光ビームスプリッタ14aが挿入される。この場合、励起光光路には、ポーラライザ(図示せず)が挿入される。また、検出光光路の部位14aに、検出光光路に特定の波長帯域の光を反射し、別の波長帯域を透過するダイクロイックミラー14aが挿入されることにより、互いに異なる波長帯域の光成分が別々に検出可能となる。
【0051】
コンピュータ18は、CPUおよびメモリを備え、CPUが各種演算処理を実行することにより、本発明の手順を実行する。なお、各手順は、ハードウェアにより構成するようにしてもよい。本実施形態で説明される処理の全て或いは一部は、それらの処理を実現するプログラムを記憶したコンピュータ読み取り可能な記憶媒体を用いて、コンピュータ18により実行されてよい。即ち、コンピュータ18は、記憶媒体に記憶されているプログラムを読み出して、情報の加工・演算処理を実行することにより、本発明の処理手順を実現するようになっていてよい。ここで、コンピュータ読み取り可能な記録媒体とは、磁気ディスク、光磁気ディスク、CD−ROM、DVD−ROM、半導体メモリ等であってよく、或いは、上記のプログラムを通信回線によってコンピュータに配信し、この配信を受けたコンピュータがプログラムを実行するようにしても良い。
【0052】
本発明の光分析技術の原理
「発明の概要」の欄に記載されている如く、本発明の光分析技術に於いては、端的に述べれば、走査分子計数法又は反転型走査分子計数法に於いて、光検出領域の位置を移動しながら計測して得られた時系列光強度データから観測対象となる単一粒子の信号を検出する際に、単に、時系列光強度データ上の光強度値の増減を参照するのではなく、計測された光強度値の時間変化のパターンが、光検出領域内に粒子が存在する場合と存在しない場合とのいずれに於いて、より高い確率で発生するパターンであるかが推定される。そして、その推定結果に基づいて、時系列光強度データ上で観測対象となる単一粒子の信号の存在の有無及び/又はその数が検出される。以下、本発明の走査分子計数法及び観測対象となる単一粒子の信号の検出の原理について説明する。
【0053】
1.走査分子計数法の原理
走査分子計数法に於いて実行される基本的な処理に於いては、特許文献9〜11に記載されている如く、端的に述べれば、光検出領域の位置を移動するための機構(ミラー偏向器17)を駆動して光路を変更し、或いは、試料溶液が注入されている容器10(マイクロプレート9)の水平方向の位置を移動して、
図2(A)にて模式的に描かれているように、試料溶液内に於いて光検出領域CVの位置を移動しながら、即ち、光検出領域CVにより試料溶液内を走査しながら、光検出が実行される。そうすると、観測対象粒子が発光粒子である場合、光検出領域CVが移動する間(図中、時間to〜t2)に於いて1つの発光粒子の存在する領域を通過する際(t1)には、発光粒子から光が放出され、
図2(B)に描かれている如き時系列の光強度データ上に有意な光強度(Em)のパルス状の信号が出現することとなる。そこで、上記の光検出領域CVの位置の移動と光検出を実行し、その間に出現する
図2(B)に例示されている如きパルス状の信号(有意な光強度)を一つずつ検出することによって、発光粒子が個別に検出され、その数をカウントすることにより、計測された領域内に存在する発光粒子の数、或いは、濃度若しくは数密度に関する情報が取得できることとなる。
【0054】
また、観測対象となる粒子が非発光粒子である場合、上記の走査分子計数法による光計測に於いて、光検出領域から背景光を放出させ(或いは、光検出領域を照明光にて照明し)、観測対象となる粒子が光検出領域に進入した際の検出される背景光の低下を捉えることにより、非発光粒子の存在を検出することが可能となる(反転型走査分子計数法)。この場合、より具体的には、
図2(C)にて模式的に描かれているように、試料溶液内に於いて光検出領域CVの位置を移動しながら、光検出が実行される。ここで、試料溶液中には発光物質が分散させておくと、光検出領域CV内には、多数の発光物質が存在し、光検出領域CVの移動中(図中、時間to〜t2)、それらの発光物質からの光が略一様に検出される。しかしながら、光検出領域CVが移動する間に単一の非発光粒子の存在する領域を通過する際(t1)には、発光物質の存在領域の体積が低減するので、発光物質の放出する光の総量が低減し、
図2(D)に描かれている如く、時系列の光強度データ上に、釣鐘型のパルス状の有意な光強度(Em)の低下が出現することとなる。かくして、上記の光検出領域CVの位置の移動と光検出を実行し、その間に出現する
図2(D)に例示されている如きパルス状の有意な光強度の低下、即ち、非発光粒子の存在を表す信号を一つずつ検出することによって、非発光粒子が個別に検出され、その数をカウントすることにより、計測された領域内に存在する単一粒子の数、或いは、濃度若しくは数密度に関する情報が取得できることとなる。
【0055】
ところで、上記の如き走査分子計数法に於いて、実際に計測された時系列光強度データ上には、発光粒子の信号の他に、熱ノイズ、迷光、水のラマン散乱等による光強度値の増大(ノイズ信号)が存在する。また、反転型走査分子計数法の場合には、背景光の強度のゆらぎによる光強度値の低減(この場合も、以下、ノイズ信号と称する。)が存在する。そこで、時系列光強度データ上に於いて単一粒子の信号の検出を行う際には、まず、パルス状の信号を検出し、しかる後に、検出されたパルス状の信号の強度、時間幅及び形状が検査され、単一粒子が光検出領域を通過した場合に得られるべき信号の強度、時間幅及び形状の条件に適合している信号のみが、単一粒子の信号として判定され、それ以外の信号はノイズ信号として判定される。
【0056】
しかしながら、単一粒子の信号の強度値が弱くなると、信号の強度、時間幅及び形状に基づく単一粒子の信号とノイズ信号との識別は、困難となる。特に、観測対象粒子が発光粒子である場合、発光粒子から放出される光子数が微量であり、且つ、光子は確率的に放出されるので、光強度値のプロファイルは、実際には、
図2(B)に描かれている如き滑らかな釣鐘状にはならず、
図3(A)左にて例示されている如く、離散的になる。従って、発光粒子から放出される光子数が少なくなると、その場合の光強度データ上の信号の強度、時間幅及び形状(
図3(A)中)は、粒子が存在せずノイズ信号のみ存在する光強度データ(
図3(A)右)の場合と区別がつき難くなる。また、光検出領域に於ける発光粒子から放出され検出される光の強度値は、発光粒子の位置が光検出領域の略中心から離れるほど低下し(
図3(D)参照)、且つ、光検出領域の略中心から離れるほど発光粒子の数は多くなるので、ノイズ信号との識別が困難な粒子の信号の数が大きくなる。同様の状況は、観測対象粒子が非発光粒子である反転型走査分子計数法に於ける背景光の光子数の低下の場合にも生ずる。
【0057】
走査分子計数法及び反転型走査分子計数法に於いて、その精度及び/又は感度は、光検出領域の或る移動距離当たりの粒子信号の検出精度と検出数が高いほど、向上される。しかしながら、上記の如く、粒子信号の検出数を多くすべく、信号の強度の判定基準値を低減すると、ノイズ信号を誤って粒子信号と判定する可能性が増大し、粒子信号の検出精度を向上すべく、信号の強度の判定基準値を増大すると、多くの輝度の低い粒子信号が検出されないこととなる。そこで、本発明に於いては、信号の強度、時間幅及び形状によってはノイズ信号との識別が困難な単一粒子の信号の検出がより精度良く達成可能とする新規なアルゴリズムが提案される。
【0058】
2.単一粒子の信号の検出
時系列光強度データがフォトンカウントデータである場合に於いて、光強度値は、ビンタイム当たりの検出光子数となる。従って、
図3(A)に模式的に例示されているように、光強度値は、時間軸方向に離散的に分布する。その場合、輝度が大きい粒子信号は、ノイズ信号の影響が少なく、略釣鐘状のプロファイル(左図)を有するが、輝度の小さい粒子信号は、強度値がノイズ信号と略同様となり、更に、ノイズ信号が重畳するので(中図)、略釣鐘状のプロファイルを抽出することが困難となり、粒子のないノイズ信号のみが存在する時間領域(右図)との識別が困難となる。しかしながら、輝度の小さい粒子信号の存在する時間領域とノイズ信号のみが存在する時間領域とでは、光子が検出される事象(光子数が1以上となる事象)の発生頻度とパターンに違いを有する。即ち、図からも理解される如く、ノイズ信号の場合は、常にランダムに光子検出の事象が生ずるのに対し、粒子信号の場合は、光子検出の事象が時間的に集中し、特に、その中央付近の強度値が高くなる傾向を有する。同様の現象は、非発光粒子の信号と背景光のゆらぎとの間にも観察される。
【0059】
かくして、本発明では、かかる光子検出の事象の発生頻度とパターンの違いに着目して、粒子信号を選択的に検出することが試みられる。そのために、本発明による新規な単一粒子信号の検出のためのアルゴリズムに於いては、時系列光強度データ上の所定の時間幅毎の光強度値の時間変化(光子数列)について、光検出領域内に粒子が存在していたと仮定した場合に前記の光強度値の時間変化が発生する確率(発生確率(粒子存在時)、第二の発生確率)と、光検出領域内に粒子が存在していなかったと仮定した場合に前記の光強度値の時間変化が発生する確率(発生確率(粒子不在時)、第一の発生確率)とが算出される。そして、高い発生確率を与える状態が実際の状態であると推定される。
【0060】
より具体的には、まず、
図3(B)を参照して、時系列光強度データに於いて、任意の時間幅の区間(以下、解析窓と称する。)が設定される。この解析窓は、単位時間(通常は、ビンタイムであってよい。)ti(i=1,2,… 以下、同様)毎に、検出された光子数Ciを有する。ところで、各単位時間内に於いて生ずる光子検出の事象の数は、その単位時間に於ける期待値を有するポアソン分布に従うと考えられるので、任意の単位時間tiに於いて、検出光子数Ciとなる確率(単位時間発生確率)は、
【数1】
により与えられる。ここで、Eiは、単位時間tiに於ける光子数の期待値である。そして、解析窓にn+1個の単位時間が含まれるとき、解析窓内に於ける検出光子数列Ciが発生する確率P(発生確率)は、
【数2】
により与えられる。
【0061】
上記の各単位時間tiに於ける光子検出事象の発生数の期待値Eiは、光計測中の解析窓に対応する時間領域に於ける光検出領域内の粒子の有無によって決定される。かくして、光検出領域内に粒子が存在していない場合、光子検出の事象は、常にランダムに生ずるので、各計測単位時間tiに於ける期待値Eniは、
Eni=Bg …(3)
と設定されてよい。ここで、Bgは、観測対象粒子が発光粒子である場合は、ノイズ信号の時間平均値であり、観測対象粒子が非発光粒子である場合は、背景光の時間平均値である。従って、式(3)の値を式(1)に代入して、各計測単位時間tiに於ける単位時間発生確率Pniが時系列に算定され、更に、式(2)により、光検出領域内に粒子が存在していない状態を仮定した場合に実際の検出光子数列が発生する確率Pn(第一の発生確率)が算出される。
【0062】
一方、光検出領域内に粒子が存在していた場合、光検出領域CVの位置は移動しているので、粒子は、
図3(C)に模式的に描かれている如く、光検出領域CV内を通過することとなる。かかる過程に於いて、光検出領域に於ける粒子から放出され検出される光の強度値又は光検出領域内に粒子が存在することによって低減する背景光の低減量は、
図3(D)に示されている如く、粒子の位置が光検出領域の略中心から離れるほど低下する。従って、光検出領域内に粒子が存在していた場合の各単位時間tiに於ける期待値Epiも、時間を変数とする釣鐘状の関数として表される。ここで、その釣鐘状の関数がガウス関数で近似されるとすると、期待値Epiは、
【数3】
により与えられる。ここで、ガウス関数は、解析窓内の任意の時間tc(例えば、解析窓の中心)にてピーク強度Qを有すると仮定されている。また、式(4)のガウス関数の半値全幅は、移動速度vの光検出領域が、
図3(D)に例示されている如き、光検出領域に於ける粒子から放出され検出される光の強度値又は光検出領域内に粒子が存在することによって低減する背景光の低減量の半径r方向の分布の半値全幅dを通過する時間d/vに等しく、この条件から、wは、
【数4】
により与えられる。なお、
図3(D)の半値全幅dは、光学系から決定可能である。
【0063】
式(4)中のピーク強度Qは、観測対象粒子が発光粒子の場合、解析窓内の光子数の総計が式(4)の期待値の総計に一致すると仮定すると、
【数5】
により与えられる。また、観測対象粒子が非発光粒子の場合には、光子数の低減量の絶対値の期待値が式(4)に従うと設定して、ピーク強度Qは、
【数6】
により与えられる。かくして、式(4)の値を式(1)に代入して、各計測単位時間tiに於ける単位時間発生確率Ppiが時系列に算定され、更に、式(2)により、光検出領域内に粒子が存在していた状態を仮定した場合に実際の検出光子数列が発生する確率Pp(第二の発生確率)が算出される。そして、粒子が存在していた状態を仮定した場合の検出光子数列の発生確率Ppが粒子が存在していなかった状態を仮定した場合の検出光子数列の発生確率Pnを所定の程度上回るとき、その解析窓に於いて、粒子の信号が存在していると判定される。
【0064】
図4(A)は、上記の一連の処理の例を示している。同図を参照して、図の例に於いて、図中中段の如く、時間軸(矢印)上の単位時間(長方形)の各々に順に光子数が[00011100]となる光子数列が検出されているとき、背景光の平均が0.1であるとすると、上段右図の如く、粒子が存在していないと仮定した場合の各単位時間の期待値は全域に亘って0.1となる。一方、粒子が存在していると仮定した場合の各単位時間の期待値は、検出光子数を用いた式(6)と、更にその結果を用いた式(4)とから、上段左図の如き釣鐘状のプロファイルを有する値となる。かくして、単位時間毎の検出光子数と期待値を用いた式(1)により、単位時間毎に、検出光子数が発生する確率(ビンタイム毎の発生確率)が、粒子が存在していないと仮定した場合(下段右)と粒子が存在していたと仮定した場合(下段左)とのそれぞれについて算出される。そして、かかる検出光子数が発生する確率をそれぞれ式(2)に従って総乗して、検出された光子数列について、粒子が存在していないと仮定した場合の光子数列の発生確率Pnと粒子が存在していたと仮定した場合光子数列の発生確率Ppとが算出される。図示の例では、発生確率Pp>発生確率Pnとなるので、検出光子数列が粒子の信号として判定される。
【0065】
なお、実施の態様に於いては、解析窓内に粒子の信号が存在するか否かの判定は、発生確率Ppと発生確率Pnとのオッズ比OR
OR=Pp(1−Pn)/(1−Pp)Pn …(8)
を算出し、その大きさが所定値を越えたときに、解析窓内に於ける粒子の信号の存在が判定されてよい。
【0066】
上記の粒子の信号の検出処理過程に於いて、解析窓は、好適には、単一粒子が光検出領域内を通過するのに要する時間以上に設定される。半径rの光検出領域が速度vにて移動しているとすれば、解析窓の時間幅は、
2r/v …(9)
よりも長く設定される。また、解析窓は、好適には、時系列光強度データ上にて単位時間毎に順に設定されてよい。かかる設定によれば、発生確率Pp、発生確率Pn及び/又はオッズ比ORが時系列光強度データに沿って算出されることとなる。しかしながら、その場合、演算量が多くなるので、数個の単位時間毎に解析窓が設定されるようになっていてもよい。更に、時系列光強度データ上を解析窓の時間幅にて分割して解析窓を設定してもよい。この場合、解析窓は、互いに重複せずに設定されることとなる。
【0067】
解析窓が単位時間毎に設定される場合には、一つの粒子信号が存在するとき、粒子の信号の存在の判定が連続する解析窓に於いて継続することとなる。即ち、一つの粒子の信号は、粒子の信号の存在の判定が継続する一つの区間に対応することとなる。従って、粒子の信号の存在の判定が継続する区間の数を計数することにより粒子の信号の計数が可能となる。また、上記の粒子の信号の検出処理過程に於いて、ビンタイムは、単一粒子が光検出領域内を通過するのに要する時間(式9)以下に設定される。これは、単一粒子が通過する際の信号を複数のビンタイムに亘って捉えて、単一粒子が通過する間の光強度値の時間変化のパターンが検出できるようにするためである。(もしビンタイムが式9の時間よりも長いと単一粒子が通過する間の光強度値の時間変化のパターンが捕捉できない。)
【0068】
3.複数の光成分の計測を用いた単一粒子信号の検出
上記の発生確率Pp、Pnを用いた単一粒子信号の検出手法は、互いに異なる複数の光成分を別々に計測して成分毎に時系列光強度データを生成する場合に拡張することが可能である。その場合、観測対象となる単一粒子の発光特性が、成分毎の時系列光強度データに反映されるように、検出成分を選択することにより、かかる観測対象となる単一粒子の発光特性の反映された信号を選択的に検出することが可能となる。以下、単一粒子の発光特性の反映された信号を選択的に検出する例のいくつかについて説明する。
【0069】
(i)特定の偏光特性を有する単一粒子の信号の検出
一定の方向に偏光した光を励起光とし、検出光として、発光粒子の蛍光のp波とs波を別々に検出する場合、特定の偏光特性を有する粒子の信号を選択的に検出することが可能となる(
図4(B)上参照)。まず、或る発光粒子の蛍光異方性Rは、蛍光のp波とs波の光強度Cp、Csを用いて下記の如く与えられる。
R=(Cp−Cs)/(Cp+Cs) …(10)
従って、全蛍光強度(Cp+Cs)に対する蛍光のp波とs波の光強度の割合は、それぞれ
Cp/(Cp+Cs)=1/2+R/2 …(11a)
Cs/(Cp+Cs)=1/2−R/2 …(11b)
により与えられる。ところで、
図4(B)下段に模式的に描かれている如く、蛍光のs波とp波の光強度の和について、粒子が存在している場合の或る解析窓内に於ける光強度の各単位時間の期待値Epiは、式(4)と同様であるから、ピーク強度Qは、
【数7】
により与えられる。ここで、Cpi、Csi、Bgp、Bgsは、それぞれ、単位時間毎のp波とs波の光子数、s波とp波の背景光の強度である。また、蛍光のp波とs波のそれぞれの各単位時間の期待値Eppi、Epsiは、
Eppi=(1/2+R/2)Epi+Bgp …(13a)
Epsi=(1/2−R/2)Epi+Bgs …(13b)
により与えられる。ここで、Epiは、式(4)に於いて、Qを式(12)により与え、BgをBgp+Bgsにより与えて得られた値である。かくして、粒子が存在していると仮定した場合の蛍光のp波とs波に於ける単位時間毎の検出光子数の発生確率Pppi、Ppsiは、式(1)と同様に
【数8】
により与えられる。従って、蛍光異方性Rを有する発光粒子が存在していたと仮定した場合の解析窓内の検出光子数列の発生確率Ppは、発生確率Pppi、Ppsiの総乗となるので、
【数9】
により与えられる。一方、粒子が存在していないと仮定した場合、解析窓内の検出光子数列の発生確率Pnは、
【数10】
となる。ここで、Pnpi、Pnsiは、各成分の単位時間毎の発生確率であり、それぞれ、背景光Bgp、Bgsを期待値として用いて、式(1)と同様に
【数11】
となる。
【0070】
かくして、発光粒子の蛍光のp波とs波を別々に検出する場合、p波及びs波の時系列光強度データのそれぞれに於いて、式(14)及び(17)による単位時間毎の発生確率を算出した後、式(15)、(16)による解析窓に於ける発生確率Pp、Pnを算出して、これらの発生確率を比較することにより、蛍光異方性Rを有する粒子の信号の有無が検出できることとなる。なお、この場合、蛍光異方性Rは、既知数である。従って、蛍光異方性Rの値は、任意の手法にて実験的又は理論的に決定した値が用いられてよい。理論的に蛍光異方性Rの値を算出する場合、例えば、非特許文献5に記載されている如く、粒子の分子量Mを用いて、下記の如く推定することができる。
R=Ro/(1+τθ) …(18a)
ここで、Roは、粒子が運動していないときの異方性の値(=0.3)であり、τは、回転相関時間である。θは、下記の式にて与えられる。
θ=ηM(V+h)/RoT …(18b)
ここで、η、V+h、Ro、Tは、それぞれ、粘度、水和体積、気体定数、温度である。
【0071】
また、上記の如く、特定の蛍光異方性を有する単一粒子の信号を検出する態様によれば、試料溶液内に複数の互いに蛍光異方性の異なる複数種類の発光粒子が混在している場合に、種類を識別しつつ粒子の信号の検出が可能となる。即ち、粒子の種類の識別を行う場合には、各解析窓の光子数列について、上記の如き粒子が存在していると仮定した場合の発生確率が、蛍光異方性の値毎に算出される。そして、互いに異なる蛍光異方性の値を用いて得られた発生確率のうち、最も高い発生確率を与える蛍光異方性を有する粒子が、解析されている光子数列上に存在していると推定できることとなる。
【0072】
(ii)特定の発光波長特性を有する単一粒子の信号の検出
光検出領域からの光を検出する際に、互いに異なる波長帯域の光成分を別々に計測する場合、各波長帯域の成分の光強度値の大きさは、発光粒子の発光波長特性に依存して変化することとなる。例えば、
図4(C)に示されている如く、互いに異なる発光波長スペクトルを有する発光粒子D1、D2について、図中、点線枠にて示された波長帯域の光成分をそれぞれ別々にCh1、Ch2として検出する場合、Ch1及びCh2の各々に於いて検出される各発光粒子の光は、各発光粒子の発光波長スペクトルのうち、Ch1及びCh2の検出波長帯域と重複する部分(陰影のつけられた部分)となり、それぞれの光量は、陰影のつけられた部分の面積となる。従って、図から理解される如く、Ch1及びCh2に於ける光量の比は、発光粒子の発光波長スペクトルのプロファイルに依存して変化することとなる。
【0073】
上記の如き発光粒子の発光波長スペクトルに依存した互いに異なる検出波長帯域にて検出された光強度(光子数)の比は、走査分子計数法による時系列光強度データ上の光子数に反映される。そこで、上記の光子数列の発生確率の算出に於いて、かかる光子数の比を所定の特性値として考慮することにより、特定の発光波長特性を有する発光粒子の信号を選択的に検出することが可能となる。
【0074】
具体的には、まず、或る発光粒子について、Ch1及びCh2の検出波長帯域にて検出される光の成分の強度比α、βは、それぞれ、
α=Sα/(Sα+Sβ);β=Sβ/(Sα+Sβ)…(19)
により与えられる。Sα、Sβは、それぞれ、Ch1及びCh2の検出波長帯域に於ける発光粒子の発光波長スペクトル強度の積分値(面積)である。
【0075】
Ch1及びCh2の検出光子数の総和について、粒子が存在している場合の或る解析窓内に於ける光強度の各単位時間の期待値Epiは、式(4)と同様であり、ピーク強度Qは、
【数12】
により与えられる。ここで、Cαi、Cβi、Bgαp、Bgβは、それぞれ、単位時間毎のCh1とCh2の光子数、Ch1とCh2の背景光の強度である。従って、Ch1とCh2の光子数のそれぞれの期待値Epα、Epβは、
【数13】
により与えられ、粒子が存在していると仮定した場合のCh1及びCh2に於ける単位時間毎の検出光子数の発生確率Ppαi、Ppβiは、式(1)と同様に
【数14】
により与えられる。従って、Ch1とCh2の光強度比がα:βとなる発光波長特性を有する発光粒子が存在していたと仮定した場合の解析窓内の検出光子数列の発生確率Ppは、発生確率Ppαi、Ppβiの総乗となるので、
【数15】
により与えられる。一方、粒子が存在していないと仮定した場合、解析窓内の検出光子数列の発生確率Pnは、
【数16】
となる。ここで、Pnαi、Pnβiは、各成分の単位時間毎の発生確率であり、それぞれ、背景光Bgα、Bgβを期待値として用いて、式(1)と同様に
【数17】
となる。
【0076】
かくして、発光粒子の互いに異なる発光波長帯域の成分を別々に検出する場合、各検出波長帯域の時系列光強度データのそれぞれに於いて、式(22)及び(25)による単位時間毎の発生確率を算出した後、式(23)、(24)による解析窓に於ける発生確率Pp、Pnを算出して比較することにより、特定の発光波長特性を有する粒子の信号の有無が検出できることとなる。なお、この場合、Ch1とCh2の光強度比α:βは、既知数である。かかる強度比は、任意の手法にて実験的又は理論的に決定した値が用いられてよい。また、上記の手法によれば、特定の発光波長特性を有する粒子の信号を選択的に検出できることとなるので、試料溶液内に複数の互いに発光波長特性の異なる複数種類の発光粒子が混在している場合に、種類を識別しつつ粒子の信号の検出が可能となる。即ち、粒子の種類の識別を行う場合には、各解析窓の光子数列について、上記の如き粒子が存在していると仮定した場合の発生確率が、Ch1とCh2の光強度比(α:β)毎に算出される。そして、互いに異なる光強度比を用いて得られた発生確率のうち、最も高い発生確率を与える光強度比を有する粒子が、解析されている光子数列上に存在していると推定できることとなる。
【0077】
走査分子計数法の処理操作過程
図1(A)に例示の光分析装置1を用いた本発明に従った走査分子計数法の実施形態に於いては、具体的には、(1)単一粒子を含む試料溶液の調製、(2)試料溶液の光強度の測定処理、(3)単一粒子信号の検出処理が実行される。
図5は、フローチャートの形式にて表した本実施形態に於ける処理を示している。
【0078】
(1)試料溶液の調製
本発明の光分析技術の観測対象物となる粒子は、溶解された分子等の、試料溶液中にて分散し溶液中にてランダムに運動する粒子であれば、任意のものであってよく、例えば、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、糖鎖、アミノ酸若しくはこれらの凝集体などの生体分子、ウイルス、細胞、或いは、金属コロイド、その他の非生物学的分子などであってよい。観測対象物となる粒子が発光粒子であり、その粒子が、元来、光を発する粒子でない場合には、発光標識(蛍光分子、りん光分子、化学・生物発光分子)が観測対象物となる粒子に任意の態様にて付加されたものが用いられる。試料溶液は、典型的には水溶液であるが、これに限定されず、有機溶媒その他の任意の液体であってよい。
【0079】
反転型走査分子計数法を行う場合、観測対象物となる非発光粒子であるが、発光粒子の場合と同様に任意のものであってよい。なお、粒径が光検出領域の径の好適には15%以上、より好適には、35%以上であることが見出されている。また、背景光を与える発光物質としては、任意の発光分子、例えば、蛍光分子、りん光分子、化学・生物発光分子であってよく、発光物質は、光検出領域内に常に数分子以上存在する濃度にて試料溶液中に溶解又は分散される。試料溶液は、典型的には水溶液であるが、これに限定されず、有機溶媒その他の任意の液体であってもよい。
【0080】
(2)試料溶液の光強度の測定(
図5−ステップ100)
本実施形態の走査分子計数法又は反転型走査分子計数法による光分析に於ける光強度の測定は、測定中にミラー偏向器17又はステージ位置変更装置17aを駆動して、試料溶液内での光検出領域の位置の移動(試料溶液内の走査)を行う他は、FCS又はFIDAに於ける光強度の測定過程と同様の態様にて実行されてよい。操作処理に於いて、典型的には、マイクロプレート9のウェル10に試料溶液を注入して顕微鏡のステージ上に載置した後、使用者がコンピュータ18に対して、測定の開始の指示を入力すると、コンピュータ18は、記憶装置(図示せず)に記憶されたプログラム(試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動する手順と、光検出領域の位置の移動中に光検出領域からの光を検出して時系列の光強度データを生成する手順)に従って、試料溶液内の光検出領域に於ける励起光の照射及び光強度の計測が開始される。かかる計測中、コンピュータ18のプログラムに従った処理動作の制御下、ミラー偏向器17又はステージ位置変更装置17aは、ミラー7(ガルバノミラー)又は顕微鏡のステージ上のマイクロプレート9を駆動して、ウェル10内に於いて光検出領域の位置の移動を実行し、これと同時に光検出器16は、逐次的に検出された光を電気信号に変換してコンピュータ18へ送信し、コンピュータ18では、任意の態様にて、送信された信号から時系列の光強度データを生成して保存する。なお、典型的には、光検出器16は、一光子の到来を検出できる超高感度光検出器であるので、光の検出が、フォトンカウンティングによる場合、時系列光強度データは、時系列のフォトンカウントデータであってよい。また、互いに異なる光成分を別々に検出する場合には、複数の光検出器16の各々が、それらの光成分の光強度値(光子数)をそれぞれ同時に検出し検出された互いに異なる成分毎に時系列光強度データが生成される。
【0081】
ところで、光検出領域の位置の移動速度は、好適には、単一粒子のランダムな運動、即ち、ブラウン運動による移動速度よりも速い値に設定される。光検出領域の位置の移動速度が粒子のブラウン運動による移動に比して遅い場合には、粒子が光検出領域内をランダムに移動することとなる。そうすると、粒子が存在している状態を仮定して算定する発生確率のための期待値の演算が複雑となり、また、精度も低下し得る。そこで、好適には、
図3(C)に描かれている如く、粒子が光検出領域を略直線に横切り、光強度の変化のプロファイルの期待値が、
図3(D)に描かれている如き粒子の位置が光検出領域の略中心から離れるほど低下するプロファイルと同様の釣鐘状となるように、光検出領域の位置の移動速度は、粒子のブラウン運動による平均の移動速度(拡散移動速度)よりも速く設定される。
【0082】
具体的には、拡散係数Dを有する単一粒子がブラウン運動によって半径rの光検出領域(コンフォーカルボリューム)を通過するときに要する時間Δτは、平均二乗変位の関係式
(2r)
2=6D・Δτ …(26)
から、
Δτ=(2r)
2/6D …(27)
となるので、単一粒子がブラウン運動により移動する速度(拡散移動速度)Vdifは、概ね、
Vdif=2r/Δτ=3D/r …(28)
となる。そこで、光検出領域の位置の移動速度は、かかるVdifを参照して、それよりも十分に早い値に設定されてよい。例えば、単一粒子の拡散係数が、D=2.0×10
−10m
2/s程度であると予想される場合には、rが、0.62μm程度だとすると、Vdifは、1.0×10
−3m/sとなるので、光検出領域の位置の移動速度は、その10倍以上の15mm/sと設定されてよい。なお、単一粒子の拡散係数が未知の場合には、光検出領域の位置の移動速度を種々設定して光強度の変化のプロファイルが、予想されるプロファイル(典型的には、励起光強度分布と略同様)となる条件を見つけるための予備実験を繰り返し実行して、好適な光検出領域の位置の移動速度が決定されてよい。
【0083】
(3)単一粒子の信号の個別検出(ステップ110〜160)
時系列光強度データが生成されると、まず、時系列光強度データ上にて背景光の強度値の算出が行われる(ステップ110)。背景光の強度値は、時系列光強度データ上に於いて、粒子の信号が存在していない領域の強度値(光子数)の平均値であってよい。かくして、背景光の強度値の算出の一つの手法に於いては、通常の走査分子計数法の場合(観測対象粒子が発光粒子である場合)には、得られた時系列光強度データ上の光強度値のうち、高い方から所定の割合(例えば、20%)のデータを除いた全強度値の平均値が背景光の強度値として採用されてよい。これは、光強度値の高い方から所定の割合のデータが粒子の信号であると考えられるためである。また、反転型走査分子計数法の場合(観測対象粒子が非発光粒子である場合)には、得られた時系列光強度データ上の光強度値のうち、低い方から所定の割合(例えば、20%)のデータを除いた全強度値の平均値が背景光の強度値として採用されてよい。これは、光強度値の低い方から所定の割合のデータが粒子の信号であると考えられるためである。時系列光強度データが複数の成分のそれぞれに生成されているときは、成分毎に背景光の強度値の算出が行われる。なお、背景光の強度値は、観測対象の粒子を含まない試料溶液を用いて得られた時系列光強度データ上の光強度値の平均であってもよい。
【0084】
次に、本実施形態の処理過程に於いては、時系列光強度データ上に於いて解析窓の設定が実行される(ステップ120)。既に触れた如く、一つの解析窓の長さは、光検出領域の大きさと移動速度とから決定されてよい(式(9)参照)。また、解析窓は、好適には、ビンタイム毎に時系列に設定されてよい。しかしながら、演算量を低減する目的で、数個のビンタイム毎に設定されてもよく、或いは、解析窓が互いに重複しないように設定されてもよい。
【0085】
かくして、解析窓の設定が為されると、上記に説明された原理に従って、光検出領域内に粒子が無いと仮定した場合の解析窓内の光強度値列又は光子数列の発生確率Pn(ステップ130)、光検出領域内に粒子が有ると仮定した場合の解析窓内の光強度値列又は光子数列の発生確率Pp(ステップ140)がそれぞれ算出され、発生確率Pnと発生確率Ppとが比較され、解析窓内に粒子が存在しているか否かが判定される(ステップ150)。かかる判定に於いては、発生確率Pnと発生確率Ppのオッズ比が算出され(式(8)参照)、オッズ比が所定値以上のとき、粒子が存在していると判定されてよい。互いに異なる複数の成分について時系列光強度データが得られ、粒子の所定の特性値を考慮して発生確率Ppが得られている場合、所定の特性値を有する粒子の信号の有無が選択的に検出されることが理解されるべきである。
【0086】
なお、光検出領域内に粒子が有ると仮定した場合の発生確率Ppの算出に於いて、強度値の期待値は、解析窓の中心に強度のピークが存在するものと仮定されてよい。実際には、粒子の信号のピークは、解析窓の中心に存在しないことが殆どであるが、実際の粒子の信号のピークの位置が解析窓の中心から離れるほど、発生確率Ppの値が低減するが、実際の粒子の信号が存在していないときの発生確率Ppの値よりは、高い値となる。
【0087】
上記のステップ130〜150の処理に於ける解析窓内の発生確率Pp、Pnの算出及び粒子信号の検出は、光強度データに設定された全ての解析窓に於いて実行されてよい(ステップ160)。
【0088】
(5)粒子濃度その他の分析
かくして、上記の処理により、各解析窓に於ける粒子信号の有無が判定されると、光強度データ上に於ける粒子信号の計数や濃度の算出等の分析が行われてよい(ステップ170)。既に触れた如く、各解析窓に於ける粒子信号の有無が判定されると、一つの粒子信号が存在する解析窓が連続することとなる。従って、連続する粒子信号が存在する解析窓の組を計数することにより、粒子の数が得られることとなる。
【0089】
また、粒子の数の決定が為されている場合、任意の手法にて、光検出領域の通過した領域の総体積が算定されれば、その体積値と単一粒子の数とから試料溶液中の単一粒子の数密度又は濃度が決定される。光検出領域の通過した領域の総体積は、励起光又は検出光の波長、レンズの開口数、光学系の調整状態に基づいて理論的に算定されてよい。また、実験的に、例えば、粒子濃度が既知の溶液(対照溶液)について、検査されるべき試料溶液の測定と同様の条件にて、上記に説明した光強度の測定、単一粒子の検出及び計数を行うことにより検出された粒子の数と、対照溶液の粒子の濃度とから決定されるようになっていてよい。具体的には、例えば、粒子濃度Cの対照溶液について、対照溶液の粒子の検出数がNであったとすると、光検出領域の通過した領域の総体積Vtは、
Vt=N/C …(29)
により与えられる。また、対照溶液として、粒子の複数の異なる濃度の溶液が準備され、それぞれについて測定が実行されて、算出されたVtの平均値が光検出領域の通過した領域の総体積Vtとして採用されるようになっていてよい。そして、Vtが与えられると、粒子の計数結果がnの試料溶液の発光粒子の濃度cは、
c=n/Vt …(30)
により与えられる。なお、光検出領域の体積、光検出領域の通過した領域の総体積は、上記の方法によらず、任意の方法にて、例えば、FCS、FIDAを利用するなどして与えられるようになっていてよい。また、本実施形態の光分析装置に於いては、想定される光検出領域の移動パターンについて、種々の標準的な粒子についての濃度Cと粒子の数Nとの関係(式(29))の情報をコンピュータ18の記憶装置に予め記憶しておき、装置の使用者が光分析を実施する際に適宜記憶された関係の情報を利用できるようになっていてよい。なお、互いに異なる複数の成分について時系列光強度データが得られ、粒子の所定の特性値を考慮して発生確率Ppが得られている場合、所定の特性値を有する粒子の信号の計数と濃度の算出が可能であることが理解されるべきである。従って、試料溶液中に互いに異なる特性値を有する複数の種類の粒子が混在している場合、粒子の種類を識別しながら、種類毎に粒子の計数と濃度の算出が可能である
【0090】
上記に説明した本発明の有効性を検証するために、以下の如き実験を行った。なお、以下の実施例は、本発明の有効性を例示するものであって、本発明の範囲を限定するものではないことは理解されるべきである。
【実施例1】
【0091】
走査分子計数法に於いて、本発明による時系列光強度データ上の光子数列の発生確率Pp、Pnに基づいて粒子信号の検出を行った。
【0092】
試料溶液として、トリス緩衝液(10mM Tris-HCl(pH8.0)、0.05% Tween20を含む)に発光粒子としてATTO647N(シグマ)を種々の濃度にて含む溶液を調製した。光の測定に於いては、光分析装置として、共焦点蛍光顕微鏡の光学系とフォトンカウンティングシステムを備えた1分子蛍光測定装置MF20(オリンパス株式会社)を用い、上記の「(2)試料溶液の光強度の測定」にて説明した要領に従って、上記の試料溶液について、時系列光強度データ(フォトンカウントデータ)を取得した。
【0093】
光計測後のデータ処理に於いては、まず、取得された時系列フォトンカウントデータに於いて、「(3)単一粒子の信号の個別検出」及び
図5のステップ110〜160に記載された要領に従って、背景光強度の算出、解析窓の設定、光検出領域内に粒子が無いと仮定した場合の解析窓内の光子数列の発生確率Pn及び光検出領域内に粒子が有ると仮定した場合の解析窓内の光子数列の発生確率Ppの算出、発生確率のオッズ比の算出を順に実行し、単一粒子の信号を検出し計数した。なお、本実施例に於いては、時系列光強度データは、一つの検出波長帯域の成分のみであるので、発生確率Pn、発生確率Ppは、「2.単一粒子の信号の検出」の欄に記載された式(1)、(2)、(6)等を用いて算出した。
【0094】
図6は、時系列光強度データの一部(A)と、(A)を平滑化して得られたデータ(B)と、(A)から本発明の教示に従って算出された発生確率Pn、Ppのオッズ比(C)の一つの例を示している。同図のデータの取得に於いては、励起光は、633nmのレーザー光を用い、バンドパスフィルターを用いて、660−710nmの波長帯域の光を測定し、時系列フォトンカウントデータを生成した。試料溶液中に於ける光検出領域の位置の移動速度は、3000rpm(7.5mm/秒)とし、BIN TIMEを10μ秒とした。発生確率Pn、Ppの算出に於いては、背景光の強度は、図示の時間領域の周辺1m秒の全データの光子数のうちの光子数の高い方と低い方の20%を除いた全データの光子数の平均値とした。粒子が存在していると仮定した場合の光子数の期待値の算出に於いて、期待値の分布を表すガウス関数(式(4))の半値全幅(d/v)は、80μ秒とした。また、解析窓の時間幅は、300μ秒とした。試料溶液中のATTO647Nの濃度は、1pMとした。
【0095】
図6を参照して、平滑化して得られたデータ(B)に於いて、特許文献9〜11に記載されている如き、平滑化データに於ける信号強度の大きさが所定の閾値による粒子信号の判定処理では、パルス状の信号の強度が所定の閾値を越えたか否かにより、粒子の信号か否かが判定される。所定の閾値は、典型的には、光子数1に設定されるので、図の略中央の(a)にて示した光子数の増大の除き、全てノイズとして判定される。(a)にて示したパルス状信号のピーク値は、光子数〜1であるので、粒子信号であると思料されるところ、判定結果は誤差の影響で変わってしまい、ノイズ信号として判定される場合もあり得る(即ち、結果が不安定となる。)。
【0096】
一方、発生確率Pn、Ppのオッズ比(C)に於いては、(a)にて示した信号に対応する領域に於いて、値の顕著な増大が見られ、従って、安定的に粒子信号であると判定できることとなる。
【0097】
図7は、
図6と同様の時系列光強度データの別の一部を示した図である。同図のデータの取得に於いては、試料溶液中に於ける光検出領域の位置の移動速度は、6000rpm(15mm/秒)とした。
図7を参照すると、平滑化して得られたデータ(B)に於いて、(a)にて示したパルス状信号の他に有意なパルス状の信号が観察されるが、発生確率Pn、Ppのオッズ比(C)に於いて(a)にて示したパルス状信号に対応する領域以外には、有意な増大は見られなかった。このことは、本発明の教示に従って算出された発生確率Pn、Ppに基づく判定によれば、粒子信号とノイズ信号との識別が明確となり、粒子判定の安定性が向上されることを示唆している。
【0098】
図8は、種々の濃度の発光粒子を含む試料溶液について本発明による発生確率Pn、Ppのオッズ比を用いて粒子信号の判定を行った場合の発光粒子濃度と検出粒子数との関係を示している。なお、本実験に際しては、励起光は、642nmのレーザー光(3mW)を用い、バンドパスフィルターを用いて、560−620nmの波長帯域の光を測定し、時系列フォトンカウントデータを生成した。試料溶液中に於ける光検出領域の位置の移動速度は、12000rpm(90mm/秒)とし、BIN TIMEを10μ秒とし、光の測定時間を600秒間とした。発生確率Pn、Ppの算出に於いては、背景光の強度は、各解析窓の周辺1m秒のデータのうちの光子数の高い方と低い方の20%を除いた全データの光子数の平均値とした。粒子が存在していると仮定した場合の光子数の期待値の算出に於いて、期待値の分布を表すガウス関数(式(4))の半値全幅(d/v)は、50μ秒とした。また、解析窓の時間幅は、350μ秒とした。そして、オッズ比>10
8を越える領域に粒子信号が存在するものと判定した。
図8から理解される如く、1fM以上の濃度域に於いて、検出粒子数は、発光粒子濃度と共に増大した。このことは、本発明の粒子信号の検出手法により、時系列フォトンカウントデータ上の粒子の信号を検出できること、また、試料溶液中の粒子濃度を1fM以上の濃度域に於いて決定できることを示している。
【実施例2】
【0099】
反転型走査分子計数法に於いて、本発明による時系列光強度データ上の光子数列の発生確率Pp、Pnに基づいて粒子信号の検出を行った。
【0100】
試料溶液として、背景光を生成する発光物質として、1mM ATTO647Nを含むトリス緩衝液(10mM Tris-HCl(pH8.0)、0.05% Tween20を含む)にポリスチレンビーズ(直径4μm)を分散した溶液を調製した。光の測定に於いては、光分析装置として、共焦点蛍光顕微鏡の光学系とフォトンカウンティングシステムを備えた1分子蛍光測定装置MF20(オリンパス株式会社)を用い、上記の「(2)試料溶液の光強度の測定」にて説明した要領に従って、上記の試料溶液について、時系列光強度データ(フォトンカウントデータ)を取得した。
【0101】
光計測後のデータ処理に於いては、まず、取得された時系列フォトンカウントデータに於いて、「(3)単一粒子の信号の個別検出」及び
図5のステップ110〜160に記載された要領に従って、背景光強度の算出、解析窓の設定、光検出領域内に粒子が無いと仮定した場合の解析窓内の光子数列の発生確率Pn及び光検出領域内に粒子が有ると仮定した場合の解析窓内の光子数列の発生確率Ppの算出、発生確率のオッズ比の算出を順に実行し、単一粒子の信号を計数した。なお、本実施例に於いては、時系列光強度データは、一つの検出波長帯域の成分のみであるので、発生確率Pn、発生確率Ppは、「2.単一粒子の信号の検出」の欄に記載された式(1)、(2)、(7)等を用いて算出した。
【0102】
図9(A)、(B)、
図10は、得られた時系列光強度データの一部を順に拡大した図(上段)とそのオッズ比を示している。同図のデータの取得に於いては、励起光は、633nmのレーザー光(50μW)を用い、バンドパスフィルターを用いて、660−710nmの波長帯域の光を測定し、時系列フォトンカウントデータを生成した。試料溶液中に於ける光検出領域の位置の移動速度は、6000rpm(15mm/秒)とし、BIN TIMEを50μ秒とした。発生確率Pn、Ppの算出に於いては、背景光の強度は、各解析窓の周辺1m秒のデータのうちの光子数の高い方と低い方の20%を除いた全データの光子数の平均値とした。粒子が存在していると仮定した場合の光子数の期待値の算出に於いて、期待値の分布を表すガウス関数(式(4))の半値全幅(d/v)は、100μ秒とした。また、解析窓の時間幅は、300μ秒とした。ビーズの濃度は、100fMとした。
【0103】
これらの図を参照して、オッズ比の増大は、フォトンカウントデータ上の背景光の低減部分と対応していることが理解される。これにより、本発明の粒子信号検出の手法は、反転型走査分子計数法にも適用可能であることが示唆された。
【0104】
図11(A)は、種々の濃度のビーズを含む試料溶液について本発明による発生確率Pn、Ppのオッズ比を用いて粒子信号の判定を行った場合の粒子濃度と検出粒子数との関係を示している。なお、本実験に際しては、励起光は、633nmのレーザー光(50μW)を用い、バンドパスフィルターを用いて、660−710nmの波長帯域の光を測定し、時系列フォトンカウントデータを生成した。試料溶液中に於ける光検出領域の位置の移動速度は、9000rpm(90mm/秒)とし、BIN TIMEを10μ秒とし、光の測定時間を200秒間とした。発生確率Pn、Ppの算出に於いては、背景光の強度は、各解析窓の周辺1m秒のデータのうちの光子数の高い方と低い方の20%を除いた全データの光子数の平均値とした。粒子が存在していると仮定した場合の光子数の期待値の算出に於いて、期待値の分布を表すガウス関数(式(4))の半値全幅(d/v)は、100μ秒とした。また、解析窓の時間幅は、300μ秒とした。そして、オッズ比>10
10を越える領域に粒子信号が存在するものと判定した。なお、比較のため、
図11(B)は、同一のデータについて、特許文献9〜11に記載の如く時系列フォトンカウントデータを平滑化した後、ガウス関数をフィッティングしてピーク光子数≧5であるパルス状信号を検出して得られた検出粒子数と粒子濃度との関係を示している。
【0105】
図11(A)、(B)を参照して、図示の濃度域(1aM〜1fM)に於いて、平滑化された時系列フォトンカウントデータに於いてガウス関数をフィッティングして得られた結果(B)の場合、濃度の増大に対して検出粒子数の増大が観察されるが、ばらつきが比較的大きかった(近似直線の相関係数r
2=0.93)。これに対し、本発明による粒子信号の検出手法による結果(A)に於いては、検出粒子数は、粒子濃度に概ね比例した(近似直線の相関係数r
2=0.99)。また、同図から、試料溶液中の粒子濃度を50aM以上の濃度域に於いて決定できることを示している。((B)の場合は、決定可能な濃度範囲は、500aM以上である。)
【実施例3】
【0106】
蛍光異方性の異なる二種類の発光粒子について、本発明による走査分子計数法により種類毎に粒子の検出が可能であることを検証した。
【0107】
試料溶液として、リン酸緩衝液(0.05% Tween20を含む)に蛍光色素TAMRA(M.W.430.45 Sigma-Aldrich Cat.No.C2734)を100fMにて含む溶液(蛍光色素溶液)と、リン酸緩衝液に1pMのプラスミド(pbr322 2.9MDa タカラバイオ株式会社 Cat.No.3035)と10nMのDNAインターカレータ蛍光色素SYTOX Orange(インビトロジェン社 Cat.No.S-11368)を含む溶液(プラスミド溶液、SYTOX Orangeが単一のプラスミドに結合して単一の発光粒子となる。)を調製した。光の測定に於いては、光分析装置として、共焦点蛍光顕微鏡の光学系とフォトンカウンティングシステムを備えた1分子蛍光測定装置MF20(オリンパス株式会社)を用い、上記の「(2)試料溶液の光強度の測定」にて説明した要領に従って、上記の試料溶液について、s偏光成分及びp偏光成分の時系列光強度データ(フォトンカウントデータ)を同時に且つ別々に取得した。その際、TAMRA溶液及びプラスミド溶液の両方について、励起光は、543nmのレーザー光を用い、バンドパスフィルターを用いて、560−620nmの波長帯域の光を検出した。また、励起光の偏光方向は、検出光のp偏光成分と同じ方向となるよう設定した。試料溶液中に於ける光検出領域の移動速度は、6000rpm(15mm/秒)と設定し、BIN TIMEを10μ秒とし、測定時間は、2秒間とした。上記の試料溶液について、時系列光強度データ(フォトンカウントデータ)を取得した。
【0108】
光計測後のデータ処理に於いては、まず、取得された時系列フォトンカウントデータに於いて、「(3)単一粒子の信号の個別検出」及び
図5のステップ110〜160に記載された要領に従って、背景光強度の算出、解析窓の設定、光検出領域内に粒子が無いと仮定した場合の解析窓内の光子数列の発生確率Pn及び光検出領域内に粒子が有ると仮定した場合の解析窓内の光子数列の発生確率Ppの算出、発生確率のオッズ比の算出を順に実行し、単一粒子の信号を計数した。なお、本実施例に於いては、p波とs波の二成分の時系列光強度データから、蛍光異方性を既知のパラメータとして含む発生確率Pn、発生確率Ppを、「3.複数の光成分の計測を用いた単一粒子信号の検出(i)特定の偏光特性を有する単一粒子の信号の検出」の欄に記載された式(15)、(16)等を用いて算出した。その際、背景光の強度は、各解析窓の周辺1m秒のデータのうちの光子数の高い方と低い方の20%を除いた全データの光子数の平均値とした。粒子が存在していると仮定した場合の光子数の期待値の算出に於いて、期待値の分布を表すガウス関数(式(4))の半値全幅(d/v)は、120μ秒とした。また、解析窓の時間幅は、400μ秒とした。また、発生確率Ppに関しては、プラスミドの蛍光異方性の0.4を用いた値と、TAMRAの蛍光異方性の0.32を用いた値とを算出し(即ち、一つの解析窓について、二つの発生確率Ppが算出される。)、それぞれについて、発生確率Pnとのオッズ比が20を越えたとき、その解析窓に対応する種類の粒子の信号が存在するものと判定した。(プラスミドの発生確率Ppのオッズ比とTAMRAの発生確率Ppのオッズ比とが共に20を越えたときには、オッズ比の高い種類の粒子信号が存在するものとした。)
【0109】
図12は、プラスミド溶液と蛍光色素溶液について上記の走査分子計数法により得られた時系列光強度データに於いて、発生確率Pnと互いに異なる蛍光異方性を用いて得られた発生確率Ppとのオッズ比を用いて、粒子信号の存在を判定し、粒子の種類毎に粒子数を計数した結果を示している。同図を参照して、図から理解される如く、それぞれの溶液に於いて、大半の検出された粒子信号がそれぞれの種類に対応して検出された。(プラスミド溶液中では、421個の粒子信号が検出され、そのうち、TAMRAとして誤検出された数は、82個であった。一方、蛍光色素溶液中では、279個の粒子信号が検出され、そのうち、プラスミドとして誤検出された数は、58個であった。)この結果は、本発明の手法により、種類を識別しつつ試料溶液中の単一粒子の検出が可能であることを示唆している。
【0110】
かくして、上記の実施例の結果から理解される如く、本発明の教示に従って、走査分子計数法に於いて時系列光強度データに於ける光強度値列の発生確率を、粒子が存在したと仮定した場合と粒子が存在していなかったと仮定した場合とのそれぞれについて、算出し、算出された発生確率に基づいて、粒子の信号の有無を判定することにより、粒子の信号の検出精度又はS/N比が向上され、また、検出感度(許容可能な精度にて粒子の信号が検出可能な試料溶液の粒子濃度の範囲)が改善できることが示された。