【実施例】
【0057】
以下、図面を参照して本発明の実施形態の具体例について説明する。ただし、これらの実施例は本発明を実現するための一例に過ぎず、本発明を限定するものではない。
【0058】
[実施例1]
本実施例は、シート状の細胞群から中に含まれるmRNAの位置情報を保持した形で2次元cDNAライブラリーシートを細孔アレーシート(遺伝子発現解析用デバイスの一例)中に構築して用いた例である。以下、細孔が2次元状に多数形成されたシートを細孔アレーシートと呼び、そこにcDNAライブラリーが形成されたものをcDNAライブラリー細孔アレーシートと呼ぶことにする。この方法の概念図と、使用する遺伝子発現解析用デバイス(細孔アレーシート)の構成例及び使用態様を
図1と
図2に示した。
【0059】
この方法では、シート状に配置した細胞2の位置情報を保存した状態でmRNAの抽出と細孔アレーシート1内部に固定化されたDNAプローブ6へのmRNA 4の捕捉(
図1(a))、シート1内部での逆転写(1st cDNA鎖9の合成)によるcDNAライブラリーの作製(
図1(b))、引き続き、2nd cDNA鎖21の合成(
図2(c),(d))、及びPCR増幅(
図2(e))から構成される。
【0060】
細胞の位置情報を保存してcDNAライブラリーを作製するために、細胞2の直下へmRNA 4を抽出し、シート1内部でmRNA 4を捕捉する必要がある。これを行うために、細胞の破砕と核酸(mRNA 4)の電気泳動を同時に行う。捕捉したmRNAが元々存在していた細胞の位置の情報を配列情報に転写するために、シート1内部に固定されたDNAプローブ6は、シートの位置又は領域によって異なる配列を有する細胞認識用タグ配列を含み、このDNAプローブでmRNAを捕捉する。
図1(a)中の細孔アレーシート1上の異なるパタン3は異なる細胞認識用タグ配列を有するDNAプローブ6が固定されていることを示す。このmRNA捕捉用DNAプローブ6は、5’末端方向から、PCR増幅用共通配列(Forward方向)、細胞認識用タグ配列、分子認識用タグ配列、及びオリゴ(dT)配列で構成される。PCR増幅用共通配列をDNAプローブへ導入することで、後続のPCR増幅工程においてこの配列を共通プライマーとして利用することができる。また、細胞認識用タグ配列(例えば5塩基)をDNAプローブへ導入することによって、4
5=1024の位置又は領域(例えば4
5=1024個の単一細胞)を認識することが可能となる。すなわち、一度に1024個の単一細胞からcDNAライブラリーを調製することができるため、試薬コスト及び労力が1/1024へ削減できる効果があるとともに、最終的に得られる次世代シーケンサーの配列データが、どの細胞又は位置若しくは領域由来であるかを認識することが可能となる。さらに、分子認識用タグ配列(例えば15塩基)をDNAプローブへ導入することにより、4
15=1.1x10
9の被検分子(ここではmRNA)を識別することができるため、次世代シーケンサーで得られる膨大な解読データが、どの分子由来であるかを識別することが可能となる。すわなち、増幅工程ではDNAの配列や長さ、増幅反応を行う容積などにより増幅効率にバイアスが生じるが、分子認識用タグ配列を利用することにより増幅工程で生じた遺伝子間の増幅バイアスを修正することができるため、始めに試料中に存在していたmRNA量を高い精度で定量することが可能となる。最も3’側に位置するオリゴ(dT)配列は、被検核酸捕捉用配列であり、mRNAの3’側に付加されているポリAテールとハイブリダイズし、mRNAを捕捉するために利用される(
図1(a))。ここでは、DNAプローブ6として、30塩基のPCR増幅用共通配列(Forward方向)、5塩基の細胞認識用タグ配列、15塩基のランダム配列からなる分子認識用タグ配列、及び18塩基のオリゴ(dT)配列+2塩基のVN配列を含めた(配列番号1)。
【0061】
本実施例ではmRNAを解析するために捕捉用DNAプローブの一部にポリT配列を用いたが、microRNAやゲノム解析を行う場合には、ポリT配列の代わりにランダム配列や解析対象の配列と相補的な配列の一部を用いてもよい。
【0062】
次に、cDNAライブラリーシート作製方法について詳述する。cDNAライブラリーを作製するための細孔アレーシートとしては、多孔質のガラスからなるモノリスシート、毛細管を束ねてスライスしたキャピラリープレート、ナイロンメンブレン又はゲル薄膜など種々のものを用いることができるが、ここではアルミナを陽極酸化して得た細孔アレーシートを用いた。このようなシートは陽極酸化により自作することもできるが、孔径20nm〜200nmのものが市販品として入手可能である。ここでは孔径200nmで厚さが60μm、直径25mmの細孔アレーシート1を用いた例について説明するが、細孔アレーのシートの形状はこれに限定されるものではない。シート1に形成された細孔5はシート1の厚さ方向に貫通しており、細孔同士は完全に独立である。表面は親水性で、表面へのタンパク質の吸着が極めて少なく、酵素反応が効率よく進む。まず、細孔アレーシート1の表面をシランカップリングなどの処理をしてDNAプローブ6を細孔表面に固定する。DNAプローブ6は平均30〜100nm
2に一個の割合で表面に固定されるので、4〜10x10
6個のDNAプローブが1つの孔に固定される。次いで表面吸着を防止するために表面コート剤で表面をコートする。この表面コートはプローブ固定と同時に行ってもよい。このDNAプローブ密度はこの空間を通過するmRNAをほぼ100%の効率でDNAプローブに捕獲できる密度である。
【0063】
次に、細胞群からmRNAを抽出し、cDNAライブラリーを細孔アレーシートに作製する方法について記す。細胞膜を破壊するための細胞溶解試薬7(たとえば表面活性剤と酵素の混合液)を含むゲルを、細孔アレーシート1の上部に
図1(a)に示すように設置する。ここで2はサンプルの細胞群であり、7が細胞溶解試薬を含むゲルである。次いで、シート状の細胞サンプルを載せた上部を、電解質を含んだ溶液と接触させる。もちろん直接細胞が電解質に触れてもよいがゲルなどを通して接触させてもよい。一方、下部のゲル8も細孔を通って電解質を含んだ溶液と接触させ、細胞シート1の上下方向に電界がかかるようにする。負に帯電しているmRNA 4は細孔5を通して下部に電気泳動するが、細孔5の中でmRNA 4のポリAテールがDNAプローブ6のオリゴ(dT)配列に捕捉される。
図1(a)の右側に示すように、mRNA 4を細孔5中に捕獲した後、サンプル及びゲルシート7は取り除くが、ゲル材料として温度により相変化するゲルである低融点アガロースゲルを用いると都合が良い。すなわち、温度を上げることにより液状になるので洗い流すことが可能になる。
【0064】
続いて、細孔5中のDNAプローブ6により捕捉したmRNA 4を鋳型にして1st cDNA鎖9を合成するが、本工程では逆転写酵素及び合成基質を含む溶液で細孔部5を満たし、50℃にゆっくり昇温して50分ほど相補鎖合成反応を行う(
図1(b))。反応終了後、RNaseを細孔5を通して流してmRNA 4を分解除去する。次いでアルカリ変性剤を含む液及び洗浄液を細孔5に通して流し、残存物及び分解物を除去する。ここまでのプロセスで細孔5内には組織細胞の位置を反映した
図1(b)に示すようなcDNAライブラリーシートが構築される。
【0065】
続いて、PCR増幅用共通配列(Reverse)が付加された複数(〜100種)のターゲット遺伝子特異的配列プライマー20を1st cDNA鎖9へアニールさせ(
図2(c))、相補鎖伸長反応により2nd cDNA鎖21を合成させる(
図2(d))。すなわちマルチプレックス条件で2nd cDNA鎖合成を行う。これにより、複数のターゲット遺伝子について、PCR増幅用共通配列(Forward/Reverse)を両端に持ち、細胞認識用タグ配列、分子認識用タグ配列、及び遺伝子特異的配列がその中に含まれる2本鎖cDNA 22が合成される。また本実施例では、一例として、20種類(ATP5B、GAPDH、GUSB、HMBS、HPRT1、RPL4、RPLP1、RPS18、RPL13A、RPS20、ALDOA、B2M、EEF1G、SDHA、TBP、VIM、RPLP0、RPLP2、RPLP27及びOAZ1)のターゲット遺伝子について、ターゲット遺伝子のポリAテールから109±8塩基上流部分の20±5塩基を遺伝子特異的配列として用いた(それぞれ配列番号3〜22)が、これは、後続のPCR増幅工程において、PCR産物サイズを約200塩基に統一するためである。PCR産物サイズを統一することで、煩雑なサイズフラクション精製の工程(電気泳動→ゲルの切り出し→PCR産物の抽出・精製)を回避することができ、1分子からの並列増幅(エマルジョンPCRなど)へ直接利用できる効果がある。続いて、PCR増幅用共通配列(Forward/Reverse)を利用してPCR増幅を行い、複数種の遺伝子由来のPCR産物を調製する(
図2(e))。この工程において、遺伝子間又は分子間で増幅バイアスが生じたとしても、次世代シーケンサーデータ取得後に、分子認識用タグ配列を利用して増幅バイアスの補正を行うことができるため、高精度な定量データを得ることができる。
【0066】
なお、1細胞当りのmRNAの数はおおよそ10
6個であり、細胞のサイズを模式的に直径10μmの円形とすると1細胞当たりに用いる細孔の数は2500ほどとなる。すなわち1細胞中に発現しているmRNA数が1000コピー以下の場合には、平均として1つの細孔内に1コピーのcDNAができることになる。それより多い場合には同一mRNA種について複数コピーのcDNAが1つの細孔に生成することになる。細孔のサイズを小さくすると1つの細孔あたり各種類のmRNAについて1コピー以下とすることもできる(また、細胞を1つずつ処理して1細胞当たりのcDNAライブラリー作製領域を大きくすると1細胞あたり1コピー以下にすることもできる)。各細孔には平均として400個の種々のcDNAが生成することになる。ここで生成したcDNA(1st cDNA鎖)から、PCR増幅用の共通配列が付加されている数十種類の遺伝子特異的配列プライマーを用いて2nd cDNA鎖を合成し、ここでは、PCR増幅する例を開示する。もちろんローリングサークル増幅(RCA)、NASBA、LAMP法など他の増幅法を用いてもよい。
【0067】
次に、cDNAライブラリーシートの細孔内部へのDNAプローブ固定化方法について詳細に説明する。シート内部の細孔の表面は、高密度にDNAプローブが固定化されると同時に、mRNAやPCR増幅用プライマーなどの核酸、そして逆転写酵素やポリメラーゼなどのタンパク質を吸着しない表面である必要がある。本実施例では、DNAプローブを固定化するためのシランカップリング剤と吸着を防止するシラン化されたMPCポリマーとを適切な割合で同時に細孔表面に共有結合にて固定して、DNAの高密度固定と核酸やタンパク質の安定した吸着抑制を実現した。実際には、まずアルミナ製の細孔シート1をエタノール溶液に3分浸漬後、UVO3処理を5分行い、超純水で3回洗浄する。次に平均分子量9700(重合度40)のシラン化MPCポリマーであるMPC
0.8-MPTMSi
0.2(MPC: 2-Methacryloyloxyethyl phosphorylcholine/MPTMSi: 3-Methacryloxypropyl trimethoxysilane)(例えば、Biomaterials 2009, 30:4930-4938、及びLab Chip 2007, 7:199-206)3mg/mlと0.3mg/mlのシランカップリング剤GTMSi(GTMSi:3-Glycidoxypropyltrimethoxysilane信越化学)、及び酸触媒である0.02%酢酸を含む80%エタノール溶液に2時間浸漬した。エタノールで洗浄後、窒素雰囲気で乾燥し、オーブンにて120℃で30分間加熱処理した。次にDNAを固定化するために、1μM 5’アミノ基修飾されたDNAプローブ(配列番号1)と7.5%グリセロールと0.15M NaClを含む0.05Mホウ酸バッファ(pH 8.5)をシート上にインクジェットプリンタと同じ技術によって、100pLずつ25μm×25μmの領域毎に異なる細胞認識用タグ配列(1024種類)を含むDNAプローブを吐出した。その後、加湿チャンバ内において25℃で2時間反応させた。最後に未反応グリシド基をブロックし、過剰なDNAプローブを除去するために、十分量の10mM Lysと0.01%SDSと0.15M NaClを含むホウ酸バッファ(pH 8.5)で5分間洗浄し、この洗浄液を除去した後、0.01%SDSと0.3M NaClを含む30mMクエン酸ナトリウムバッファ(2xSSC, pH 7.0)を用いて60℃にて洗浄し、過剰DNAを除去した。これによって、DNAプローブの固定と表面処理を完了した。
【0068】
以下、これまで記述した、細胞アレーからcDNAライブラリシートを作製し、次世代(大規模)シーケンサーで遺伝子発現プロファイルを得るための装置システムを説明する。細胞アレーを例に説明するが、組織切片を用いた場合も同様である。1000個程度以下の細胞を500μLの1×PBSで細胞を傷つけないように洗浄後、できる限りPBSが残らないように溶液を除去し、4℃に冷却された1×PBSを50μL加えた。このサンプルをシート1上にアレー状に配列させる。具体的には、0.1μmの細孔を持つ60μmの厚みのシート上に25ミクロン間隔で正に帯電した20μm直径の領域を表面処理により設ける。細胞は表面が負に帯電しているので細胞をこの表面に流すと25μm間隔で表面に捕獲される。すなわち、1つの細胞が捕捉される領域に4種類の細胞認識用タグ配列が固定されていることになる。実際に細胞を流して捕獲した場合には20%程度の位置に細胞を一個ずつ捕獲することができた。
【0069】
図3は細胞を捕獲する(すなわち細胞アレーを作製する)のに用いた反応セルの一例である。反応セルを用いることによって直径25mmのシート1の上に細胞2を1つ1つ固定し、細孔の内部を溶液で満たすことができる。シートの周囲が溶液で満たされるようにシート1の周辺部分にポリプロピレン製の保護リング300を設けて、シート1の上下の内側に透明(ITO)電極がスパッタリングによって形成された上蓋301及び下蓋302によって挟んで、反応溶液で満たすための上部反応領域303及び下部反応領域304を形成する。電極を透明にしている理由は、細胞を光学顕微鏡で観察できるようにするためであり、今回使用したITO透明電極は400〜900nmの波長範囲で40%以上の透過特性を有する。インレット305からバッファ液を注入し、上部アウトレット306及び下部アウトレット307から排出して内部を溶液で満たした。次に反応セルを振とうしながら細胞流路(インレット308)から細胞群を反応セル内に流入させた。細胞は正に帯電した部分に捕獲されるが、もちろん細胞が1個入るような容器又は区画を用いて細胞を捕獲してもよい。次いで温度によりゲル状態と液体状態を相変化する低融点アガロースゲル(SeaPrep Agarose; 2%のときゲル化温度19℃、融点45℃)に細胞溶解試薬を混和した溶液を用いてシート上での細胞の位置を固定した状態で細胞膜及び細胞組織を破壊してmRNAを抽出する。
【0070】
4%SeaPrep Agarose(Cambrex Bio Science Rockland, Inc.)溶液250μLとLysis Solution 495μL(TaqMan MicroRNA Cell-to-CT Kit; Applied Biosystems Inc.)とDNase I 5μLを40℃にてよく混和した。次にシート1の温度を4℃に設定し、反応領域303及び304の溶液を抜いてから、インレット305から上記細胞溶解試薬溶液を注入する。シート上の溶液がゲル化したことを確認し、シート温度を20℃まで上げて、8分間反応させた後、Stopping Solution(DNaseを失活させる溶液)50μLをゲルの上に添加し、5分間反応させ、4℃に冷却した。次に、分子量60万の0.03%PEO(ポリエチレンオキシド)と分子量100万の0.03%PVP(ポリビニルピロリドン)、及び0.1%Tween 20を含む10mM Tris Buffer(pH 8.0)0.5mLを加えた。このとき上部電極301と下部電極302間の距離は2mmとし、シート上部及び下部の空隙(反応領域303及び304)は前記Tris bufferで完全に満たされている。シート及び溶液温度を4℃に維持したまま、上部電極301を陰極(GND)、下部電極302を陽極として、電源311を用いて+5Vを2分間印加し、負電荷を持つmRNAを細胞内部から304の方向へ電気泳動する。(電気泳動条件はDC電圧印加の代わりにオンレベル10V、オフレベル0V、周波数100kHz、デューティー50%のパルス電気泳動を用いてもよい)。
【0071】
この過程でmRNAはシート中の細孔に固定されたDNAプローブのオリゴ(dT)部分にほとんどトラップされる(
図1(a))。しかし、一部のmRNAは2次構造によってトラップされずにシート下部のバッファ中(304)に移動してしまう。mRNAを完全にDNAプローブにてトラップするために、シート1及び溶液の温度を70℃まで上げて5分保持した後、1分毎に下部電極302に印加する電圧の極性を反転させながら-0.1℃/secで4℃まで冷却した(最初は-5Vを1分間印加し、その後+5V→-5Vで1分ずつ10回繰り返し印加)。次にインレット305から上記tris bufferを導入し、アウトレット306から排出することによって、シート1上部の領域303中の溶液を交換しながら、溶液及びシート1の温度を35℃まで上げてアガロースゲルを溶解させて、必要のない細胞組織とアガロースを洗浄し、除去した。さらに、0.1%Tween20を含む10mM Tris Buffer(pH=8.0)585μLと10mM dNTP 40μLと5xRT Buffer(SuperScript III, Invitrogen社)225μLと0.1M DTT 40μLとRNaseOUT(Invitrogen社)40μLとSuperscript III(逆転写酵素, Invitrogen社)40μLを混和し、シート1を満たしている溶液をアウトレット306及び307から排出し、直ちに逆転写酵素を含む上記溶液をインレット305から注入した。その後、溶液とシート1を50℃に上げて、50分間保つことによって逆転写反応を完了させ、mRNAに対して相補的な配列を持つ1st cDNA鎖を合成した(
図1(b))。
【0072】
ここでは1つの細胞あたり約1万個の細孔を用いてcDNAを作製している。細孔の1細胞当たりの全表面積は約0.7mm
2である。100nm
2当たり1個以上のDNAプローブが固定されているので、プローブ総数は約7x10
9個であり、1細胞中のmRNA(総数10
6程度)を捕獲するには充分な量である。細孔内では核酸は表面に吸着しやすいので、上述のように表面コート剤としてMPCポリマーを用い、細孔表面を覆って吸着を防いでいる。
【0073】
以上の操作から、細胞ごとに多くの細孔の表面に固定されたcDNAをライブラリーとして得た。これはいわば1細胞cDNAライブラリーシートというべきものであり、これまでの多くの細胞から得られる平均化されたcDNAライブラリーとは根本的に異なるものである。
【0074】
このように得られたcDNAライブラリーシートから種々遺伝子について遺伝子ごとの発現量を定量的に計測する。1つの細胞当たり1万個の細孔があるので、1つの細孔当たりのcDNAの個数は平均で100個である。1種類のcDNAについて、1細胞当たりのcDNAコピー数が1万個以下の場合には、1つの細孔当たり平均としてcDNAは1個以下となる。
【0075】
1st cDNA鎖を合成した後、85℃にて1.5分保ち逆転写酵素を失活させ、4℃に冷却後、RNase及び0.1%Tween20を含む10mM Tris Buffer(pH = 8.0)10mLをインレット305から注入し、アウトレット306及び307から排出することによって、RNAを分解し、同量のアルカリ変性剤を同様に流して細孔内の残存物及び分解物を除去・洗浄した。続いて、滅菌水690μLと10xEx Taq Buffer(TaKaRa Bio社)100μLと2.5mM dNTP Mix 100μLと各10μM PCR増幅用共通配列(Reverse、配列番号2)が付加された20種の遺伝子特異的配列プライマーMix(配列番号3〜22)100μLとEx Taq Hot start version(TaKaRa Bio社)10μLを混和し、シートを満たしている溶液をアウトレット306及び307から排出し、直ちに逆転写酵素を含む上記溶液をインレット305から注入した。その後、溶液とシートを95℃3分間→44℃2分間→72℃6分間の反応を行い、1st cDNA鎖9を鋳型としてプライマー20の遺伝子特異的配列をアニールさせた後(
図2(c))、相補鎖伸長反応を行い、2nd cDNA鎖21を合成させた(
図2(d))。
【0076】
続いて、滅菌水495μLと10x High Fidelity PCR Buffer(Invitrogen)100μLと2.5 mM dNTP mix 100μLと50mM MgSO
4 40μLと10μM PCR増幅用共通配列プライマー(Forward、配列番号23)100μLと10μM PCR増幅用共通配列プライマー(Reverse、配列番号2)100μLとPlatinum Taq Polymerase High Fidelity(Invitrogen社)15μLを混和し、シートを満たしている溶液をアウトレット306及び307から排出し、直ちに上記溶液をインレット305から注入した。その後、溶液とシートを30秒間94℃に保ち、94℃30秒間→55℃30秒間→68℃30秒間の3段階工程を40サイクル繰り返し、最後に68℃3分間保った後、4℃に冷却してPCR増幅工程を行った(
図2(e))。このような温度サイクルを実現するために、ヒーター付きヒートブロック309(アルミ合金又は銅合金)と温度コントローラ310を備える構成とした。これにより、20種のターゲット遺伝子の目的部分が増幅されるが、いずれもPCR産物サイズは200±8塩基とほぼ均一である。シートの細孔内部及び外部の溶液中に蓄積されたPCR増幅産物溶液を回収する。この溶液中に含まれるフリーのPCR増幅用共通配列プライマー(Forward/Reverse)や酵素などの残留試薬を除去する目的で、PCR Purification Kit(QIAGEN社)を用いて精製する。この溶液をemPCR増幅又はブリッジ増幅適用後、各社(例えばLife Technologies(Solid/Ion Torrent)、Illumina(High Seq)、Roche 454)の次世代シーケンサーに適用して配列を解析する。
【0077】
次に、分子認識用タグ配列を用いた増幅バイアスの低減方法について説明する。
図4には、分子認識用タグ配列以外は同じ配列としてシーケンシングされたデータが得られた状態を模式的に示している(得られたシーケンシングデータの関連部分を模式的に図示)。
図4中で401、402、403、404及び405はランダム配列である分子認識用タグ配列も含めて同じ配列であり、それぞれ1、7、4、2、2リード(見かけ上の分子数カウント)が得られている場合を示している。これらの配列は、
図2(d)で2nd cDNA鎖が合成された時点ではすべて1分子であり、その後のPCR増幅で分子数が増大すると同時に、異なる分子数になっている。それゆえ、分子認識用タグ配列の同じリードは同じ分子としてみなしてよく、すべて1分子とみなされる。その結果、2nd cDNA鎖が合成された後の工程のPCR増幅や、溶液を外部に取り出すときに細孔アレーシート内部への吸着による配列ごとの分子数の偏りは、分子認識用タグ配列の利用によって解消される。
【0078】
ここで作製したシートは繰り返し利用可能であり、発現量を知る必要がある遺伝子群については、PCR増幅用共通配列プライマー(Reverse、配列番号2)が付加された遺伝子特異的配列プライマーMix溶液を作製し、上記と同様に2nd cDNA鎖の合成、PCR増幅、及びemPCRを施し、次世代シーケンサーにて解析を行えばよい。すなわち、cDNAライブラリーを繰り返し利用することによって、高精度な発現分布測定を必要な種類の遺伝子について行うことが可能である。
【0079】
あるいは、cDNAライブラリー細孔アレーシートからcDNAライブラリー(cDNA鎖)を回収して、増幅工程を液相において行ってもよい。
【0080】
[実施例2]
本実施例は、シート状の細胞群から中に含まれるmRNAの位置情報を保持した形で2次元cDNAライブラリーシートを細孔アレーシート中に構築して用いた例で、PCR増幅の代わりに転写因子T7のプロモーターを用いた場合の例である。
【0081】
本実施例の方法における実施例1との変更点を
図5、6及び7に示す。シート内部に固定されたDNAプローブ50(配列番号24)は、5’末端方向からT7プロモーター配列(塩基1〜42番)、増幅用共通配列(Forward方向)(塩基43〜72番)、細胞認識用タグ配列(塩基73〜77番)、分子認識用タグ配列(塩基78〜92番)、及びオリゴ(dT)配列(VN配列が付加されている)(塩基93〜102番)で構成される。T7プロモーター配列をDNAプローブへ導入することで、後続のIVT(In Vitro Transcription)によるcRNA 63の増幅工程(
図6(e))によるターゲット配列の増幅が可能となる。すなわち、T7プロモーター配列はT7RNAポリメラーゼにより認識され、その下流配列から転写(cRNA 63増幅)反応が開始される。同様に増幅用共通配列を導入することで、後続のemPCR増幅工程において共通プライマーとして利用することができる。また、細胞認識用タグ配列(例えば5塩基)をDNAプローブへ導入することによって、4
5=1024の領域又は位置(すなわち4
5=1024個の単一細胞)を認識することが可能となることは実施例1と同様である。さらに、分子認識用タグ配列(例えば15塩基)をDNAプローブへ導入することにより、4
15=1.1x10
9分子を識別することができるため、次世代シーケンサーで得られる膨大な解読データが、どの分子由来であるかを識別することが可能となることも実施例1と同様である。すわなち、IVT/emPCRなどの増幅工程で生じた遺伝子間の増幅バイアスを修正することができるため、始めに試料中に存在していたmRNA量を高い精度で定量することが可能となる。最も3’側に位置するオリゴ(dT)配列は、mRNAの3’側に付加されているポリAテールとハイブリダイズし、mRNAを捕捉するために利用される(
図5(a))。
【0082】
次に、反応の各ステップを順に説明する。
図5(a)に示すように、mRNA 4は実施例1と同様にmRNA 4の3’末端のpoly A配列に相補的な配列である18塩基のpolyT配列によって捕捉する。次に1st cDNA鎖9を合成し、cDNAライブラリーを構築する(
図5(b))。次に定量したい遺伝子に対応する複数(〜100種)のターゲット遺伝子特異的配列プライマー60を1st cDNA鎖9へアニールさせ(
図6(c))、相補鎖伸長反応により2nd cDNA鎖61を合成させる(
図6(d))。すなわちマルチプレックス条件で2nd cDNA鎖合成を行う。これにより、複数のターゲット遺伝子について、増幅用共通配列(Forward/Reverse)を両端に持ち、細胞認識用タグ配列、分子認識用タグ配列、及び遺伝子特異的配列がその中に含まれる2本鎖cDNAが合成される。また本実施例では、一例として、20種類(ATP5B、GAPDH、GUSB、HMBS、HPRT1、RPL4、RPLP1、RPS18、RPL13A、RPS20、ALDOA、B2M、EEF1G、SDHA、TBP、VIM、RPLP0、RPLP2、RPLP27、及びOAZ1)の遺伝子について、ターゲット遺伝子のポリAテールから109±8塩基上流部分の20±5塩基を遺伝子特異的配列として用いたが(それぞれ配列番号3〜22)、これは、後続のIVTによる増幅工程において、増幅産物サイズを約200塩基に統一するためである。増幅産物サイズを統一することで、煩雑なサイズフラクション精製の工程(電気泳動→ゲルの切り出し→増幅産物の抽出・精製)を回避することができ、1分子からの並列増幅(エマルジョンPCRなど)へ直接利用できる。続いて、T7RNAポリメラーゼを細孔中に導入し、cRNA 63を合成する(
図6(e))。この過程によって、約1000コピー程度のcRNA 63が合成される。さらに、emPCRのための2本鎖DNAを合成するために、増幅されたcRNA 63を鋳型として、PCR増幅用共通配列(Reverse)が付加された複数(〜100種)のターゲット遺伝子特異的配列プライマー71をハイブリダイズさせ(
図7(f))、cDNA 72を合成する(
図7(g))。さらに、実施例1と同様に酵素を用いてcRNAを分解してから、PCR増幅用共通プライマー(Forward)を用いて2nd cDNA鎖を合成することによってemPCR用2本鎖DNA 73が合成される(
図7(h))。この増幅産物は、長さがそろっており、そのまま、emPCR、次世代シーケンサーにかけることができる。この工程において、遺伝子間又は分子間で増幅バイアスが生じたとしても、次世代シーケンサーデータ取得後に、分子認識用タグ配列を利用して増幅バイアスの補正を行うことができるため、高精度な定量データを得ることができることは実施例1と同様である(
図4)。
【0083】
次に一連の工程の具体的に記す。1st cDNA鎖を合成した後、85℃にて1.5分保ち逆転写酵素を失活させ、4℃に冷却後、RNase及び0.1%Tween20を含む10mM Tris Buffer(pH = 8.0)10mLをインレット305から注入し、アウトレット306及び307から排出することによって、RNAを分解し、同量のアルカリ変性剤を同様に流して細孔内の残存物及び分解物を除去・洗浄した。続いて、滅菌水690μLと10xEx Taq Buffer(TaKaRa Bio社)100μLと2.5mM dNTP Mix 100μLと各10μM PCR増幅用共通配列(Reverse、配列番号2)が付加された20種の遺伝子特異的配列プライマーMix(配列番号3〜22)100μLとEx Taq Hot start version(TaKaRa Bio社)10μLを混和し、シートを満たしている溶液をアウトレット306及び307から排出し、直ちに逆転写酵素を含む上記溶液をインレット305から注入した。その後、溶液とシートを95℃3分間→44℃2分間→72℃6分間の反応を行い、1st cDNA鎖を鋳型としてプライマーの遺伝子特異的配列をアニールさせた後(
図6(c))、相補鎖伸長反応を行って、2nd cDNA鎖を合成させた(
図6(d))。
【0084】
続いて、0.1%Tween20を含む10mM Tris Buffer(pH = 8.0)10mLをインレット305から注入しアウトレット306及び307から排出することによって、細孔内の残存物及び分解物を除去・洗浄した。さらに、滅菌水340μLとAmpliScribe 10X Reaction Buffer(EPICENTRE社)100μLと100mM dATP 90μLと100mM dCTP 90μLと100mM dGTP 90μLと100mM dUTP 90μLと100mM DTT、及びAmpliScribe T7 Enzyme Solution(EPICENTRE社)100μLを混和し、シートを満たしている溶液をアウトレット306及び307から排出し、直ちに逆転写酵素を含む上記溶液をインレット305から注入した。その後、溶液とシートを37℃に上げて、180分間保つことによって逆転写反応を完了させ、cRNA増幅を行った(
図6(c))。これにより、20種のターゲット遺伝子の目的部分が増幅されるが、いずれもcRNA増幅産物サイズは200±8塩基とほぼ均一である。シートの細孔内部及び外部の溶液中に蓄積されたcRNA増幅産物溶液を回収する。この溶液中に含まれる酵素などの残留試薬を除去する目的で、PCR Purification Kit(QIAGEN社)を用いて精製し、50μLの滅菌水に懸濁する。この溶液に、10mM dNTP mix 10μLと50ng/μLのランダムプライマー30μLを混和させ、94℃10秒加熱後0.2℃/秒で温度を30℃まで低下させ、30℃で5分間加熱し、さらに4℃まで低下させる。その後、5xRT Buffer(Invitrogen社)20μLと、0.1M DTT 5μLと、RNase OUT 5μLと、SuperScript III 5μLを混和させ、30℃で5分間加熱し、0.2℃/秒で温度を40℃まで上昇させる。この溶液中に含まれる酵素などの残留試薬を除去する目的で、PCR Purification Kit(QIAGEN社)を用いて精製し、emPCR増幅に適用後、各社(例えばLife Technologies、Illumina, Roche)の次世代シーケンサーに適用して配列解析する。
【0085】
[実施例3]
本実施例は、接着性の弱い血球細胞の細胞アレーを作製して、細孔アレーシートを用いてcDNAライブラリシートを構築し、遺伝子発現解析を行う例である。実施例1では細胞アレーを作製するために細孔アレーシートの表面処理を用いていた。そのため、細胞の接着性がある程度必要であった。本実施例では、細胞の接着性に頼らず溶液の流れによって細胞をアレー状に並べる構成を持つデバイス構造を持つ装置の例を説明する。
【0086】
図8(a)に細胞アレーデバイスの断面図を示す。本実施例では、測定対象は白血球800とし、測定対象としない赤血球は事前に赤血球細胞ライシスバッファを用いて溶解し、除去されているものとする。細胞のインレット308と試薬のインレット305及び上部アウトレット306及び下部アウトレット307は実施例1(
図3)と同様である。本実施例では細孔アレーシートは半導体プロセスを用いて作製したものを用いており、細胞インレット308から下部アウトレット307への溶液の流れを用いて、白血球を正方格子状に配列させるために、1辺15μmの正方形の領域のみ細胞が吸引されるように細孔アレーが形成されており、それ以外の部分は細孔がなく、シートの厚さも厚くすることによってデバイスの機械的強度を保つような構造となっている。
【0087】
ここで用いた細孔アレーシートはシリコン基板802上に厚さ10μmのSiO
2層を形成し、ドライエッチングを用いて、直径0.3μmの貫通孔を形成し、その後、シリコン基板を薄層化後、リソグラフィによって50μm周期の格子803を形成し、格子以外の領域をウェットエッチングによって貫通させることによって形成した。このようにして得られた細孔内壁には実施例1と同様にシランカップリング処理によってDNAプローブを固定することが可能である。
図8の(c)にB−B’での横断面図を示しており、異なるハッチングは異なる細胞認識用タグ配列が固定されていることを示している。また、
図8(b)にA−A’での横断面図を示している。貫通した細孔が露出している部分805は細胞が1つずつ収納されるような大きさのパタニングを行っている。
【0088】
図9には赤血球の分離をデバイスの中で行う場合を示している。細孔アレーシートは
図8と同じである(C−C’での横断面図を
図9(c)に示している)が、その上部に細胞フィルタ900を設けている。細胞フィルタ900上の横断面図を
図9(b)に示している。赤血球はその大きさが小さいことから通過させ、白血球やCTC(Circulating Tumor Cell)は大きさが大きいことからフィルタ900上部にトラップする貫通孔サイズとして6μmを選択している。
【0089】
[実施例4]
cDNAライブラリーを構築するデバイスとしては、細孔アレーシート以外に、ビーズを用いたデバイスでもよい。この場合はDNAプローブの固定はデバイス上で実行する必要がなく、DNA固定密度が高いという利点がある。
図10(a)にcDNAライブラリアレーシートを構築するデバイス部分のみの断面鳥瞰図を示した。
【0090】
デバイス上に一辺10μmの反応槽1000を設け、その中に、直径1μmの磁性ビーズ1001(ここではストレプトアビジンが表面に予め固定されたビーズを用いた)を詰める。この磁性ビーズ上には、mRNA捕捉用DNAプローブ6が固定されており、これは5’末端方向からPCR増幅用共通配列(Forward方向)、細胞認識用タグ配列、分子認識用タグ配列、及びオリゴ(dT)配列で構成される。ビーズ表面の拡大図を
図10の(b)に示した。ビーズ上に固定したmRNA捕捉用DNAプローブ6の細胞認識用タグ配列はデバイス上の反応槽の位置ごとに異なる配列になるように構成する。具体的には、異なる細胞認識用タグ配列をもったmRNA捕捉用DNAプローブ6を別々の反応チューブ中でビーズ1001と混和し、10分回転させながら結合反応させる。その後、個別にインクジェットプリンタヘッドに充填し、異なる配列が固定されたビーズ1001を個別に反応槽1000に充填する。
【0091】
上記反応槽1000は樹脂製のメッシュ1002と実施例1でも使用したアルミナ製の細孔アレーシート1003を熱融着によって接着した。ここで、細孔の直径は100nmのものを用いた。
【0092】
樹脂製メッシュはナノインプリント技術によって作製したが、市販のナイロンメッシュやトラックエッチメンブレンを用いてもよい。反応槽の底面がメッシュになっているのは溶液が貫通できることができるようにするためであり、アルミナ製の細孔アレーは親水性が高く、溶液は速やかに浸透する。
【0093】
また、この反応槽1000は半導体プロセスを用いて一体加工を行ってもよい。
【0094】
1つの反応槽1000中のビーズ1001の数は1000個とした。
【0095】
このようなデバイスを
図8の(a)のようなインレットとアウトレットが設けられたフローシステム中に設置し、細胞を導入する。溶液はビーズ及び細孔アレーを貫通して流れ、細胞がビーズ上部に捕獲され、実施例1と同様に細胞溶解試薬による細胞破砕とmRNAの電気泳動による抽出を同時におこなって、磁気ビーズ1001上にmRNA 4を捕捉する。
【0096】
[実施例5]
本実施例は、組織切片1101から2次元cDNAライブラリーシートを細孔アレーシート1中に構築して用いた例である。
【0097】
凍結させた組織サンプルを5〜20μm程度の厚さにミクロトームにて膜状のサンプルにして、
図11に示すようにアルミナ製の細孔アレーシート1上に組織切片1101を載せ、ただちに細胞溶解試薬を含む低融点アガロースで組織切片を覆う。アガロース溶液は35℃で溶液の状態を保っており、シート1を4℃に冷却してただちにゲル化させ、その後、
図3に示す反応セルにセットして、mRNAを実施例1と同様に抽出する。
【0098】
このとき、mRNA捕捉用のDNAプローブの細胞認識用タグ配列は、組織切片中に100万個程度までの細胞が存在してもそれらを識別できるようにするために、10塩基の長さに変更し、10μm間隔でインクジェットプリンタによって10pLずつ吐出した。
【0099】
[実施例6]
2次元cDNAライブラリーを用いた遺伝子発現解析では、細孔アレーシートなどの平面デバイス上の細胞の位置と遺伝子発現解析結果を対応させることができる。このとき、遺伝子発現解析のために細胞を破砕して詳細な遺伝子発現解析を行う前に、細胞が生きた状態での形状や蛍光染色による遺伝子やタンパク質の定量又はラマンイメージングを行っておき、これらのイメージングデータと遺伝子発現解析データを対応させることが可能となる。これを実現するためのシステム構成について以下で説明する。
【0100】
まず、
図12に2次元cDNAライブラリーを構築するために平面状のデバイス(細孔アレーシートなど)の上に配置した細胞サンプルについて、光学顕微鏡による計測と上記デバイスを用いた遺伝子発現解析結果を個々の細胞のデータについて対応させることによって細胞の動態を詳細に計測するためのシステム構成を示す。
【0101】
1200は細孔アレーシートに代表される平面デバイス及び細胞破砕前のそのデバイス上に配置された細胞サンプルを表しているとする。1201は
図3に代表される細胞からのmRNA抽出と核酸増幅を行うためのフローシステム(反応セル又はデバイス)である。矢印1208は核酸抽出過程を表す(物質の移動を太い矢印で表記した)。矢印1209は細胞への細胞溶解試薬の添加やその後の核酸反応のための試薬の添加を示している。これらを制御することによって、次世代(大規模)DNAシーケンサー1205で配列を決定するのに必要な量で一定の長さを持ち、末端に核酸処理前の情報を記したタグ配列を含む増幅産物が得られる。ここでも、矢印1211は増幅産物の移動を示している。一方、デバイス上の細胞は事前に細胞のデバイス上での位置を特定した形で顕微鏡1203による観察(1210)を行う。ここで細い矢印は情報の移動を示す。顕微鏡1203としては、位相差顕微鏡、微分干渉顕微鏡、蛍光顕微鏡、レーザ―走査共焦点蛍光顕微鏡、ラマン顕微鏡、非線形ラマン顕微鏡(CARS顕微鏡、SRS顕微鏡、RIKE顕微鏡)、IR顕微鏡等が挙げられる。これらの顕微鏡で得られる情報は遺伝子情報に関する限り、得られる情報が少ない。しかし、基本的には細胞が生きた状態での計測が可能であり、細胞の経時変化を計測することができ、刺激に対する細胞の応答をリアルタイムに計測することができる。デバイス上での位置情報を保存したデバイスを利用することによって、遺伝子発現に関する詳細情報と顕微鏡による時間変化を含む情報を対応させることができる。このことを実現するためには、次世代(大規模)DNAシーケンサーからの配列情報1212と顕微鏡像の情報1213とタグ配列に対応させた位置情報1214とを統合する情報システム1206をシステム内に設ける必要がある。本発明において、上記で説明した細胞の計測情報を統合するシステムの最小の構成は次世代(大規模)DNAシーケンサー1205以外の部分のシステム1207であり、DNAシーケンサーからの情報の入力とサンプル(核酸増幅産物)の出力を持っているものである。
【0102】
図13に、顕微鏡として蛍光顕微鏡を組み合わせた場合のシステム構成例を示す。この例では1201はフローシステムであり、1203は蛍光顕微鏡である。細孔アレーシート1上に細胞2が配置されている状態を示している。細胞2中には計測したいタンパク質(例えばp53)にGFPを発現させるか、免疫染色によって特定のタンパク質に蛍光体を導入している。このようにして得られる個々の細胞中の発現タンパク質量のデータは、細胞破砕後細孔アレーシート1上でサンプル処理されて、DNAシーケンシングによって定量されることによって得られる遺伝子発現データと細胞ごとに相関を取ることができる。このとき細胞を認識するために、DAPIによって核酸を染色し、細胞核を認識することによって、細胞位置を蛍光顕微鏡によって識別している。タンパク質量はGFPの発現で計測しているため、経時変化を追うことができるが、同時に計測可能なタンパク質の種類は数種類程度である。一方、シーケンシングによる遺伝子発現解析は一度に100程度は可能であり、必要数のプローブを用意すれば1000種類の解析も可能である。それゆえ、細胞内の詳細な遺伝子発現制御に関する情報が個々の細胞ごとに得られる。しかし、これについては経時変化をとらえることができない。両者を組み合わせることによって、どのようなタンパク質発現のときにどのような遺伝子発現であるかというデータが事前に得られていれば、タンパク質の発現データのみから、遺伝子制御に関する情報を推定することが可能となる。このような、蛍光顕微鏡データと遺伝子発現データの対応付けと遺伝子制御に関する情報の推定を情報システム1206で実行する。
【0103】
次に蛍光顕微鏡1203の構成の詳細を示す。1300は光源であり、ここでは水銀ランプである。1301は励起波長を決める励起フィルタ、1302はダイクロイックミラー、1303は受光波長を選択するエミッションフィルタである。細胞に複数種類の蛍光体が導入されて同時に計測するとき、1301、1302及び1303を制御1304によって選択し、特定の蛍光体からの光のみを計測するようにする。細胞の蛍光イメージは対物レンズ1305、結像レンズ1306、CCDカメラ1307によって行う。これらを制御、画像データ取得を行う制御コンピュータは1308である。
【0104】
次にフローシステム1201の制御系について説明する。フローシステムの制御コンピュータは1309であり、これはXYステージ1310を制御して、顕微鏡像を移動させる。このとき、制御コンピュータ1309では、細孔アレーシート1上の位置座標と細胞認識用タグ配列の配列データ、及びXYステージ位置座標を用いて計算される、顕微鏡像上の位置座標を対応させることができる。この制御コンピュータ1309は細胞のフローセルシステムへの細胞導入を制御する細胞導入制御装置1311、細胞の状態を変化させる分化誘導剤や細胞の応答を調べたい薬剤、細胞を破砕するための細胞溶解試薬やサンプル処理のための試薬の導入を制御する試薬制御装置1312、細胞培養条件、PCR時の温度サイクルを制御する温度及びCO
2濃度制御装置1313、不要な試薬や、細胞、培地交換などに用いる上部試薬排出装置1314、調製された核酸増幅産物を排出するための下部試薬排出装置1315を適切に制御している。最終的に得られた核酸増幅産物は次世代(大規模)DNAシーケンシングシステム1205に渡され配列解析を行う。このときシーケンシングのためのemPCRやブリッジアンプはこのシステムの中で実行されるものとしている。制御コンピュータ上で照合された画像の位置情報と細胞認識用タグ配列の配列情報は統合情報システム1206に送られ、蛍光イメージから得れれるタンパク質量と遺伝子発現量の対応付けを行う。さらに同じシステムで遺伝子発現解析データの経時変化推定を実行する。これによって、遺伝子発現ネットワークのダイナミクスを計測することが可能となる。
【0105】
また、この蛍光顕微鏡は細胞内の計測のみならず、細孔アレーシート中に導かれ、抗体によって捕捉サイトカイン等の細胞から分泌される物質を免疫蛍光染色してその量を計測するために用いてもよい。もちろん、同様にして、破砕後の遺伝子発現量の解析に用いてもよい。
【0106】
図14に、顕微鏡として微分干渉顕微鏡1203を組み合わせた例を示す。微分干渉顕微鏡像は蛍光試薬を用いず形状を計測するのみであるが、再生医療など体内に細胞を戻さなくてはならない場合にもっとも細胞への影響度が小さい計測方法の1つである。この画像から得られる細胞形状の変化と遺伝子発現の変化の間に対応を付けることができる場合はもっとも細胞ダメージが少なく、詳細な細胞分類ができる計測システムとなる。
【0107】
1401は光源で、ここではハロゲンランプである。1402は偏光子、1403及び1404はそれぞれWollaston フィルタ及びWollastonプリズムである。1405はコンデンサレンズ、1406は対物レンズである。
【0108】
図15に、顕微鏡としてCARS顕微鏡1203を用いた例を示す。CARS顕微鏡はラマン顕微鏡やIR顕微鏡と同様に、レーザ励起部分の化学種に対応したスペクトルが得られるため、微分干渉顕微鏡よりも細胞状態に対する情報量を増大させることができる。ただし、CARSは非線形過程で、ラマン信号に比べて信号強度が強く、比較的弱いレーザ励起強度で十分なシグナルを得ることができるため、細胞へのダメージが小さいというメリットがある。このようなCARSイメージと遺伝子発現解析データを対応させることによって、より詳細な細胞状態の判定が可能となる。
【0109】
1501は光源で、ここではパルスレーザ(マイクロチップレーザ)である。これをビームスプリッタ1502にて2つに分波し、一方を非線形ファイバ(フォトニッククリスタルファイバ)1503に導入し、ストークス光を生成する。もう一方の光はそのままポンプ光及びプローブ光として用いて、サンプル(細胞中)に水浸対物レンズ1504で集光してアンチストークス光を生成する。ハイパスフィルタ1505にてアンチストークス光のみを透過させて、分光器1506を通して、分光器用CCDカメラ1507でコヒーレントアンチストークスラマンスペクトルを取得する。カメラ1507で計測する位置は可動式xyzステージ1508によって、スキャニングし、xyzイメージを構築する。
【0110】
なお、本発明は上記した実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施例は本発明をわかりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加、削除又は置換を行うことが可能である。
【0111】
本明細書中で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願は、その全文を参考として本明細書中に取り入れるものとする。