【実施例】
【0095】
以下に実施例を挙げ、本発明についてさらに説明する。なお、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【0096】
<実施例1:ミトコンドリア膜電位の消失に応じてユビキチンがリン酸化される>
1−1.CCCP処理細胞におけるユビキチンのリン酸化
HeLa細胞は、1×非必須アミノ酸(ライフテック社製)、1×ピルビン酸ナトリウム(ライフテック社製)および10%ウシ血清(ライフテック社製)を添加したダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)(シグマ・アルドリッチ社製)中で、5%CO
2、37℃にて培養した。HeLa細胞を、15〜30μMのCCCP(和光純薬社製)により3時間処理した後、細胞抽出用バッファー(20mMのTris−HCl(pH7.5)、150mMのNaCl、1mMのEDTA、1%のNP−40)中に懸濁し、細胞溶解物を調整した。また、CCCP処理を行わずに、それ以外同様の手順により調製した細胞溶解物を陰性対照とした。
【0097】
得られた細胞溶解物は、50μMのPhos−tagアクリルアミド(和光純薬社製)および100μMのMnCl
2を含有する12.5−15%のポリアクリルアミドゲルに供され、電気泳動された。また、対照として、Phos−tagを含有しないポリアクリルアミドゲルによる電気泳動を行った。電気泳動後のゲルは、0.01%のSDSおよび1mMのEDTAを含有する転写バッファー中で10分間洗浄した後、EDTAを含有しない0.01%SDS転写バッファー中で10分間インキュベートした。その後、PVDF膜に転写し、抗ユビキチン抗体P4D1(セルシグナリングテクノロジー社製)(1:1000)を一次抗体として、ヤギ抗マウスIgG−AP抗体(サンタクルズバイオテクノロジー社製)(1:10000)を二次抗体として用いて、イムノブロットを行った。検出は、BCIP/NBT試薬(ナカライテスク社製)により行った。
【0098】
結果を
図1に示す。
図1左は、Phos−tagを含有しないポリアクリルアミドゲルにより電気泳動を行った結果であり、
図1右は、Phos−tagを含有するポリアクリルアミドゲルにより電気泳動を行った結果である。CCCP処理を行った細胞溶解物をPhos−tag含有ゲルで泳動したものには、泳動の遅れたバンド(図中、記号「*」により表示)が確認された。この結果から、CCCP処理を行った細胞では、ユビキチンがリン酸化されていることが示唆された。
【0099】
1−2.無細胞系におけるユビキチンのリン酸化
ミトコンドリアの膜電位消失によってユビキチンのリン酸化が起こることを確認するために、無細胞系におけるユビキチンのリン酸化アッセイを行った。HeLa細胞を、上記1−1と同様の手順によりCCCP処理した後、EDTAフリープロテアーゼインヒビターカクテル(ロシュ・ダイアグノスティックス社製)を添加した無細胞系アッセイ用バッファー(20mMのHEPES−KOH(pH7.5)、220mMのソルビトール、10mMのKAc、70mMのスクロース)中に懸濁した。細胞懸濁液を、25ゲージの注射針に30回通過させることにより細胞を破砕し、細胞ホモジネート液を得た。次いで、細胞ホモジネート液を、4℃、800×gにて10分間遠心分離し、核除去後上清を回収した。核除去後上清を、4℃、10,000×gにて20分間さらに遠心分離し、ミトコンドリアペレットを回収した。
【0100】
ミトコンドリアを、5mMのMgCl
2、5mMのATP、2mMのDTTおよび1%のグリセロールを添加した無細胞系アッセイ用バッファーにより調製された、終濃度40ng/μLのユビキチン(ボストンバイオケム社製)、HA−ユビキチン(ボストンバイオケム社製)、またはHis
6−ユビキチン(ボストンバイオケム社製)中で、30℃で1時間インキュベートした。その後、4℃、16,000×gにて10分間遠心分離し、ミトコンドリアを除去した。得られた上清について、上記1−1と同様の手順により、Phos−tagアッセイを行った。また、CCCP処理を行わずに調製したものを陰性対照とした。イムノブロットは、抗ユビキチン抗体(ダコジャパン社製)(1:500)を一次抗体として、ヤギ抗ウサギIgG−AP抗体(サンタクルズバイオテクノロジー社製)(1:5000)を二次抗体として用いて行った。検出は、BCIP/NBT試薬(ナカライテスク社製)により行った。
【0101】
結果を
図2に示す。CCCP処理を行った細胞から単離したミトコンドリアと反応させたユビキチンはリン酸化されたのに対し(
図2右、レーン8、「pUb」と表示されたバンド)、CCCP処理を行わなかった細胞から単離したミトコンドリアと反応させたユビキチンにはリン酸化は見られなかった(
図2右、レーン7)。なお、
図2中、記号「*」により表示されたバンドは、抗体の交差反応による。この結果から、ミトコンドリアの膜電位消失に応じてユビキチンのリン酸化が起こることが示された。また、ユビキチンのN末端にHAタグまたはHis
6タグを付加しても、ユビキチンのリン酸化は阻害されないことを確認した(
図2右、レーン10および12)。
【0102】
<実施例2:ユビキチンのリン酸化部位は65番目のセリン残基である>
2−1.質量分析法によるユビキチンのリン酸化部位の解析
ユビキチンのリン酸化部位を特定するために、液体クロマトグラフタンデム型質量分析法(LC−MS/MS)による解析を行った。ユビキチンは、上記1−2と同様にしてCCCP処理を行ったミトコンドリアと無細胞系において反応させた後、SDS−PAGEに供された。泳動後、ゲルをCCB染色によりバンドを検出した。ゲルを超純水により洗浄後、目的のバンドを切り出した。切り出されたゲル片を、1mm
2の小片に切り刻み、1mLの50mMの重炭酸アンモニウム/50%のアセトニトリル(ACN)中で1時間撹拌し、脱水した。その後、100%ACNによりゲル小片を完全に脱水した。50mMの重炭酸アンモニウム/5%のACN(pH8.0)を用いて20ng/μLに調製されたシークエンシンググレード改変トリプシン(プロメガ社製)をゲル小片に加え、37℃で一晩インキュベートし、ゲル内トリプシン消化を行った。
【0103】
消化反応後、50μLの50%ACN/0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)を添加し、1時間振盪することにより、断片化ペプチドの抽出を行った。抽出液を別のチューブに回収した後、さらに残ったゲル小片に対して50μLの70%ACN/0.1%TFAを加え、30分間振盪することにより、追加の抽出を行った。回収された抽出液は、SpeedVac(アイラ社製)により、20μLに濃縮された。濃縮された断片化ペプチドに20μLの0.1%TFAを加え、LC−MS/MS用サンプルとした。LC−MS/MSには、ナノフローUHPLC装置としてEasy−nLC1000(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、Q−Exactive質量分析計(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)およびを、解析ソフトウェアとしてXcalibur(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を使用した。断片化ペプチドのスペクトルは、MASCOT検索エンジンにより、UniProtデータベースにて検索した。
【0104】
結果を
図3に示す。CCCP処理を行った細胞から単離したミトコンドリアと反応させたユビキチン由来のペプチド断片について解析した結果、ユビキチンの55〜72番目のアミノ酸に相当するペプチド断片における65番目のセリンのリン酸化が確認された(TLSDYNIQKE(pS)TLHLVLR)。さらに、ユビキチンの64〜72番目のアミノ酸に相当するペプチド断片における65番目のセリンのリン酸化(E(pS)TLHLVLR)も確認された。上記のリン酸化ペプチド断片は、CCCP処理を行わなかった細胞から単離したミトコンドリアと反応させた対照からは検出されなかった。これらの結果から、ユビキチンの65番目のセリン残基(Ser65)がリン酸化部位であることが示された。
【0105】
2−2.無細胞系におけるユビキチンのリン酸化部位の解析
ミトコンドリア膜電位の消失に応じてユビキチンのSer65がリン酸化されることをさらに確認するために、Ser65に変異を導入した組換えユビキチンを用いて、上記1−2と同様の手順により、Phos−tagアッセイを行った。組換えユビキチンとして、Ser65をアラニンに置換したもの(S65A)と、Ser65をアスパラギン酸に置換したもの(S65D)を用い、対照として野生型(WT)を用いた。
【0106】
組換えユビキチンおよび野生型ユビキチンは、以下の手順により調製した。N末端にHis
6タグ配列を付加した上記変異型または野生型ユビキチンをコードするDNAを組み込んだpT7ベクター(シグマ・アルドリッチ社製)により、大腸菌Rosetta2(DE3)(ノバジェン社製)を形質転換した。得られた形質転換体は、100μg/mLのアンピシリンおよび24μg/mLのクロラムフェニコールを添加したLB培地20mL中で37℃にて一晩前培養し、その後200mLの培地に移した。37℃で2時間のインキュベーション後、終濃度1mMのIPTGを添加し、さらに6時間の培養を行った。回収した菌体を、20mMのTris−HCl(pH7.5)40mLに懸濁し、超音波処理により破砕した。8,000rpmにて10分間遠心分離後、上清を回収し、通常の方法により精製し、バッファーA(50mMのTris−HCl(pH7.5)/100mMのNaCl/10%グリセロール)に対して透析した。
【0107】
結果を
図4に示す。Ser65を有する野生型のユビキチンはリン酸化された一方(
図4右、レーン2)、Ser65が置換された組換えユビキチンには、いずれもリン酸化が見られなかった(
図4右、レーン4および6)。この結果から、ユビキチンのSer65がリン酸化部位であることが確認された。
【0108】
2−3.CCCP処理細胞におけるユビキチンのリン酸化部位の解析
上記1−1と同様の手順により、CCCP処理を行ったHeLa細胞の抽出液について、Phos−tagアッセイを行った。S65A組換えユビキチンおよびWTユビキチンは、それぞれをコードするDNAをpcDNA3ベクター(インビトロジェン社製)に挿入したものを、FuGENE6(ロシュ・ダイアグノスティックス社製)を用いてHeLa細胞に導入することにより発現させた。
【0109】
結果を
図5に示す。細胞内においても、野生型のユビキチンはリン酸化された一方(
図5右、レーン2)、S65A組換えユビキチンはリン酸化されなかった(
図5右、レーン4)。この結果からも、ユビキチンのSer65がリン酸化部位であることが確認された。
【0110】
<実施例3:PINK1がユビキチンをリン酸化する>
3−1.PINK1
−/−細胞におけるユビキチンのリン酸化
PINK1はキナーゼであり、ミトコンドリア膜電位の消失に応じて活性化されることが知られていることから、ユビキチンをリン酸化する酵素はPINK1である可能性が考えられる。この仮説を検証するために、PINK1
−/−ノックアウトマウスの胎児線維芽細胞(MEFs)を用いて、無細胞系におけるリン酸化試験を行った。
【0111】
PINK1
−/−のMEFsは、PINK1
−/−マウスの胎児から調製されたものを、Jie Shen博士(ハーバード大学)より分与していただいた。野生型PINK1、キナーゼ活性欠失(KD)変異PINK1、A168P変異PINK1またはG386A変異PINK1は、それぞれをコードする遺伝子をpMX−puroベクター(コスモバイオ社製)を用いてレトロウイルスにパッケージした。得られたレトロウイルスを、PINK1
−/−のMEFsに感染させることにより、野生型PINK1または変異PINK1発現細胞を作製した。それ以外は上記1−2と同様の手順により、Phos−tagアッセイを行った。
【0112】
結果を
図6に示す。CCCP処理したPINK1
−/−のMEFsから単離されたミトコンドリアはユビキチンのリン酸化を誘導しないが(
図6右、レーン2)、野生型PINK1を導入したPINK1
−/−のMEFsから単離されたミトコンドリアは、CCCP処理依存的にユビキチンのリン酸化が見られた(
図6右、レーン4)。一方、キナーゼ活性を持たない変異PINK1を導入したPINK1
−/−のMEFsから単離されたミトコンドリアは、いずれもユビキチンをリン酸化しなかった(
図6右、レーン6、8および10)。この結果から、ユビキチンのリン酸化はPINK1によるものであることが示された。
【0113】
3−2.CCCP処理細胞から単離されたPINK1によるユビキチンのリン酸化
PINK1がユビキチンをリン酸化するものであることをさらに確認するために、CCCP処理した細胞からPINK1を単離し、ユビキチンをリン酸化するかどうかを試験した。マウスレトロウイルス受容体であるmCAT1を一過性発現させたHeLa細胞に対し、上記3−1と同様の手順により、pMX−puroベクター(コスモバイオ社製)を用いてPINK1−3×Flag遺伝子を導入し、安定発現細胞を得た。細胞を、上記1−2と同様の手順により、無細胞系アッセイ用バッファー中に懸濁した。次いで、10mg/mLのジギトニンにより4℃で15分処理して細胞を可溶化した後、抗FLAG抗体2H8(トランスジェニック社製)をコンジュゲートさせたプロテインGセファロース4FastFlow(GEヘルスケア・ライフサイエンス社製)と4℃で1時間反応させ、免疫沈降を行った。反応後の免疫沈降物は、上記バッファーにより洗浄後、遠心分離により回収した。得られた免疫沈降物を、SDS−PAGE電気泳動後、上記1−1と同様にしてイムノブロットを行った。ミトコンドリアタンパク質の検出には、抗VDAC抗体ab2(カルビオケム社製)(1:1,000)、抗マイトフュージン2抗体ab56889(アブカム社製)(1:500)、抗FoF1−ATPase(上野博士より供与)(1:1,000)を使用した。
【0114】
結果を
図7に示す。免疫沈降反応の結果、PINK1のみが単離され、他のミトコンドリアタンパク質(VDAC、マイトフュージン2、FoF1−ATPase)は除去されたことが示された(
図7左)。
【0115】
次いで、ミトコンドリアに代えて単離PINK1を用いる以外は上記1−2と同様の手順により、Phos−tagアッセイを行った。また、ミトコンドリアを用いたものを対照とした。
【0116】
結果を
図7に示す。CCCP処理細胞から単離されたPINK1は、CCCP処理細胞から単離されたミトコンドリアと同様にユビキチンをリン酸化することが示された(
図7右、レーン4)。この結果から、PINK1がユビキチンをリン酸化していることが明確に示された。
【0117】
<実施例4:Ser65リン酸化ユビキチンはParkinの活性化因子である>
4−1.細胞内におけるリン酸化模倣型ユビキチンによるParkinの活性化(1)
PINK1が活性化されると、ParkinのE3酵素としての活性化とミトコンドリアへの移行が起こることが知られている。そこで、PINK1が活性化されてリン酸化されたユビキチンがどのような役割を果たしているのかを調べるために、リン酸化模倣型ユビキチンを用いてParkinを活性化することができるかどうかを試験した。
【0118】
リン酸化模倣型ユビキチンとしては、S65Dユビキチンを使用した。S65Dユビキチンは、S65DユビキチンをコードするDNAを挿入したpcDNA3ベクター(インビトロジェン社製)を、FuGENE6(ロシュ・ダイアグノスティックス社製)を用いてHeLa細胞に導入することにより発現させた。GFP−野生型Parkin(GFP−Parkin WT)またはGFP−組換えParkinも、同様にしてHeLa細胞に導入することにより発現させた。GFP−組換えParkinとして、E3酵素としての活性化とミトコンドリアへの移行に必須であるSer65のリン酸化を模倣したもの(GFP−Parkin S65E)と、部分的活性化型Parkinとして知られる403番目のシステイン残基をアラニンに置換したもの(GFP−Parkin W403A)を用いた。
【0119】
ParkinのE3酵素としての活性化は、Parkinの自己ユビキチン化に基づいて評価した。細胞内ユビキチン化アッセイは、GFP−ParkinまたはGFP−組換えParkinと、野生型ユビキチンまたはリン酸化模倣型ユビキチンとを含有するHeLa細胞の細胞質画分を、上記1−1の手順により単離して、イムノブロットすることにより行った。CCCP処理は、上記1−1と同様の手順により行った。
【0120】
結果を
図8に示す。S65D組換えユビキチンは、CCCP処理不在下、すなわちPINK1が活性化されない条件下では、野生型Parkinを活性化しなかった(
図8左、レーン3)。一方、S65E組換えParkinおよびW403A組換えParkinは、CCCP処理不在下であっても、S65D組換えユビキチンによって活性化されることが示された(
図8中央、レーン3および
図8右、レーン3)。この結果から、リン酸化されたユビキチンが、Parkinの活性化因子であることが示唆された。
【0121】
4−2.細胞内におけるリン酸化模倣型ユビキチンによるParkinの活性化(2)
リン酸化されたユビキチンのParkin活性化における役割をさらに調べるために、ポリユビキチン鎖の形成に必要であるユビキチンC末端のグリシン残基を欠失した組換えユビキチン(GGAAまたはGGVV)および組換えリン酸化模倣型ユビキチン(S65DGGAAまたはS65DGGVV)を用いて、上記4−1と同様の手順により、細胞内ユビキチン化アッセイを行った。
【0122】
結果を
図9に示す。C末端のグリシン残基を欠失したS65Dリン酸化模倣型ユビキチンも、C末端のグリシン残基を有するS65Dリン酸化模倣型ユビキチンと同様に、S65E組換えParkinおよびW403A組換えParkinを活性化することが示された(
図9、レーン4〜6)。この結果から、リン酸化されたユビキチンは、Parkinによって付加されるポリユビキチン鎖に使用されるのではなく、それとは独立のメカニズムにより、Parkinの活性化因子として機能するものであることが示唆された。
【0123】
<実施例5:ミトコンドリア上の基質タンパク質に付加されるユビキチンはリン酸化されていなくてもよい>
5−1.多重蛍光免疫染色によるミトコンドリアのユビキチン化の可視化解析
上記4−2から示唆される事項についてさらに検証するために、リン酸化されないS65A組換えユビキチンがミトコンドリア上の基質タンパク質に付加されるかどうかを試験した。上記2−3と同様の手順により、HeLa細胞にS65A組換えユビキチンを発現させた。また、野生型ユビキチンを発現させたものを対照とした。CCCP処理は、上記1−1と同様の手順により行った。
【0124】
細胞を、4%ホルムアルデヒドを用いて固定後、50mg/mLのジギトニンにより細胞を可溶化し、一次抗体として、抗GFP抗体ab6556(アブカム社製)(1:500)、抗Flag抗体2H8(トランスジェニック社製)(1:500)および抗Tom20抗体FL−145(サンタクルズバイオテクノロジー社製)(1:3,000)を用い、二次抗体としてAlexaFluor488または568標識抗マウスまたはウサギIgG抗体(インビトロジェン社製)(1:2,000)を用いて免疫染色を行った。染色後の細胞は、共焦点レーザースキャン顕微鏡システムLSM510(カールツァイス社製)により観察した。統計的分析は、3回の実験を通して100個以上の細胞を解析し、スチューデントのt検定により行った。
【0125】
結果を
図10に示す。リン酸化されないS65A組換えユビキチンも、野生型ユビキチンと同様に、ミトコンドリア上の基質タンパク質に付加されることが示された。この結果からも、Parkinによって付加されるポリユビキチン鎖がリン酸化されたユビキチンに由来するものに限られるわけではないことが確認された。
【0126】
<実施例6:Ser65リン酸化ユビキチンはParkinの完全な活性化に必須である>
6−1.無細胞系におけるSer65リン酸化ユビキチンによるParkinの活性化
最後に、組換えParkinと組換えユビキチンまたはSer65リン酸化ユビキチンを用いた無細胞系アッセイにより、Parkinの活性化を評価した。WT、S65EまたはW403AのGFP−Parkinは、CCCP処理されていないHeLa細胞またはPINK1
−/−のMEFsから、以下の手順により調製した。前記細胞を、EDTAフリープロテアーゼインヒビターカクテル(ロシュ・ダイアグノスティックス社製)を添加した無細胞系アッセイ用バッファー(20mMのHEPES−KOH(pH7.5)、220mMのソルビトール、10mMのKAc、70mMのスクロース)中に懸濁した。細胞懸濁液を、25ゲージの注射針に30回通過させることにより細胞を破砕し、細胞ホモジネート液を得た。次いで、細胞ホモジネート液を、4℃、800×gにて10分間遠心分離し、核除去後上清を回収した。核除去後上清を、4℃、16,000×gにて20分間さらに遠心分離し、上清を回収することで、ミトコンドリアを除去した細胞質画分を得た。この上清に、5mMのMgCl
2、5mMのATP、2mMのDTTおよび1%のグリセロールを添加した。WT、S65A、S65DのHis
6−ユビキチンまたはHis
6−Ser65リン酸化ユビキチンは、上記2−1、2−2の手順により調製した。
【0127】
ParkinのE3酵素としての活性化は、Parkinの自己ユビキチン化に基づいて評価した。無細胞系ユビキチン化アッセイは、GFP−ParkinまたはGFP−組換えParkinを含有するHeLa細胞の細胞質画分に、上記1−2、2−1の手順により調製された野生型ユビキチン、S65D組換えユビキチンまたはSer65リン酸化ユビキチン(終濃度50μg/mL)を添加し、30℃で2時間インキュベートすることにより行った。
【0128】
結果を
図11に示す。S65E組換えParkinおよびW403A組換えParkinは、膜電位の消失したミトコンドリアが存在せずとも、S65Dリン酸化模倣型ユビキチンによって活性化されるが(
図11上段、レーン12および18)、野生型Parkinは、S65Dリン酸化模倣型ユビキチンによって活性化されなかった(
図11上段、レーン6)。野生型ユビキチンあるいはS65A組換えユビキチンは、S65E組換えParkinおよびW403A組換えParkinを活性化しなかった(
図11上段、レーン10、16)。また、PINK1の影響を排除しても、全く同様の結果が得られた(
図11中段)。さらに、S65Dリン酸化模倣型ユビキチンに代えて、実際にSer65がリン酸化されたユビキチンを用いた場合にも同様の結果が確認された(
図11下段)。
【0129】
以上の実施例の結果から想定されるParkinの活性化メカニズムを
図12に示す。活性化されたPINK1は、Parkinとユビキチンの両方をリン酸化する。また、Parkinの活性化には、PINK1によるParkinのリン酸化が必要であるが、それのみでは部分的な活性化しか起こらず、完全にParkinが活性化されるためには、Ser65がリン酸化されたユビキチンの存在が必要である。
【0130】
このように、本発明に係るSer65リン酸化ユビキチンは、Parkinの活性化に必須の構成分子であり、パーキンソン病検出用バイオマーカーとして使用し得るものであることが確認された。また、本発明に係るパーキンソン病検出用バイオマーカーを使用することにより、パーキンソン病の治療薬または予防薬のスクリーニング方法を提供することができることが示唆された。さらに、Ser65リン酸化ユビキチンおよびSer65Aspリン酸化模倣型ユビキチンは、Parkinを活性化する効果を有し、パーキンソン病の治療薬または予防薬として使用し得るものであることが示唆された。
【0131】
<実施例7:抗Ser65リン酸化ユビキチン抗体の作製>
次いで、Ser65リン酸化ユビキチンに対して特異的結合能を有する抗体を作製した。リン酸化Ser65を含むユビキチン断片であるCNIQKE(pS)TLHをウサギに、CNIQKE(pS)TLHLVをモルモットに、2週間間隔で4〜5回にわたって免疫した後、全採血し、血清を得ることにより、ポリクローナル抗体を含有する抗血清を得た。
【0132】
ポリクローナル得られた抗体の結合能評価は、上記1−2と同様の手順により調製したユビキチンサンプルを用いて行った。また、陽性対照には、抗ユビキチン抗体Z0458(ダコ社製)を用いた。
【0133】
結果を
図13および
図14に示す。陽性対照では、リン酸化されたユビキチン(図中、記号「*」により表示)とリン酸化されていないユビキチン(図中、記号「**」により表示)の両方が検出されているのに対し、抗ユビキチンウサギポリクローナル抗体と抗ユビキチンモルモットポリクローナル抗体はいずれも、リン酸化されたユビキチンのみを特異的に検出した。
【0134】
このように、本発明に係る抗Ser65リン酸化ユビキチン抗体は、Ser65リン酸化ユビキチンに対して特異的な結合能を有し、上記パーキンソン病の検出方法に使用できるものであることが示唆された。
【0135】
<実施例8:質量分析法を用いたSer65リン酸化ペプチドの検出>
実際に生体内において、ミトコンドリア膜電位の消失に応じて、ユビキチンのSer65がリン酸化されるかどうかを確認するために、細胞抽出液についてLC−MS/MS測定を行った。細胞抽出液を、上記1−1と同様の手順により、CCCP処理されたまたは処理されていないHeLa細胞から調製し、SDS−PAGEに供した。次いで、ユビキチンの分子量に相当する付近のゲルを切り出し、上記2−1と同様にしてサンプルを調製し、LC−MS/MS機器を用いて質量分析解析に処した。ただし、プロテアーゼによる切断に際しては、トリプシン(プロメガ社製)に加えて、エンドプロテイナーゼLys−C(和光純薬社製)を用いた。LC−MS/MS測定後、ユビキチンの64〜72番目のアミノ酸に相当するリン酸化ペプチド(E(pS)TLHLVLR)および非リン酸化ペプチド(ESTLHLVLR)に由来するフラグメントイオンに関して、曲線下面積値(The area under the curves:AUC)を、PinPoint software(サーモフィッシャー社製)を用いて算出した。
【0136】
結果を
図15に示す。CCCP処理を行ったHeLa細胞の抽出液からは、リン酸化ペプチド断片(E(pS)TLHLVLR)に由来するシグナルが検出された一方、CCCP処理を行わなかったHeLa細胞の抽出液からは、リン酸化ペプチド断片は検出されなかった。非リン酸化ペプチド断片(ESTLHLVLR)に由来するシグナルはCCCP処理・未処理両方のHeLa細胞の抽出液から検出された。これらの結果から、実際に生体内において、ミトコンドリア膜電位の消失に応じたユビキチンのSer65のリン酸化を、質量分析法によって検出できることが示された。