【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用 発行者名:社団法人 高分子学会、刊行物名:第57回 高分子研究発表会(神戸)予稿集、第60頁(発行日:平成23年7月15日)、及び、発行者名:公益社団法人 日本化学会 コロイドおよび界面化学部会、刊行物名:第63回 コロイドおよび界面化学討論会 講演要旨集、第336頁(発行日:平成23年8月22日)に発表
【文献】
深見史郎,ほか,elastin類似ペプチドをグラフト鎖に有する新規刺激応答性高分子の合成とその特性,日本化学会講演予稿集,2009年 3月13日,Vol. 89, No. 1,p. 165,4 D1-20
【文献】
Colloids Surf B Biointerfaces, 2011, Vol. 85, No. 1, pp. 12-18
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明にかかる多重刺激応答型高分子及びその製造方法の好ましい実施形態について詳しく説明するが、本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更実施し得る。
【0017】
〔多重刺激応答型高分子〕
本発明にかかる多重刺激応答型高分子は、以下に詳述する第1の側鎖と第2の側鎖とを少なくとも有するものである。
【0018】
<第1の側鎖>
第1の側鎖は、イオン性官能基を含むものである。このイオン性官能基は、外部pHが変動したときに可逆的にイオン化するが、イオン化した際には、各イオン間で電荷による反発が生じる。この外部pHに依拠したイオン間反発の有無により、高分子にpH応答性を与える。
【0019】
イオン性官能基としては、例えば、カルボキシル基、リン酸基、スルホン酸基などのアニオン性官能基や、アミノ基、4級アンモニウム塩基などのカチオン性官能基が挙げられる。中でも、カルボキシル基又はアミノ基が好ましく挙げられる。
【0020】
<第2の側鎖>
第2の側鎖は、下記(1)で表されるアミノ酸配列を構成単位とするペプチド構造を含むものである。この第2の側鎖は、エラスチン類似の前記特定のペプチド構造を含むことにより、外部温度に応じて、ランダムコイルとβ−ターン構造の構造転移を示し、これにより、高分子に温度応答性を与える。
【0022】
(上記において、X
1及びX
2は、それぞれ独立して、任意のα−アミノ酸残基である。)
【0023】
ここで、第2の側鎖がイオン性官能基を有していると、第1の側鎖との間で電荷による相互作用が生じて、多重刺激応答性の制御が複雑化するおそれがあるので、このような制御の複雑化を避ける場合には、X
1、X
2として、非イオン性アミノ酸残基を選択することが好ましく、例えば、バリン残基、アラニン残基、イソロイシン残基、ロイシン残基、フェニルアラニン残基などの疎水性アミノ酸残基が好ましく挙げられる。中でも、バリン残基、アラニン残基、イソロイシン残基が好ましく挙げられる。
なお、上記(1)では、便宜上、X
1を左末端に、Glyを右末端に表示しているが、これはN末端側がX
1、C末端側がGlyでなければならないという意味ではない。すなわち、前記アミノ酸配列を構成するα−アミノ酸単位のいずれがN末端側にあってもよく、例えば、GlyがN末端側にあって、C末端側に向けて、順にX
2,Gly,X
1,Proが結合している場合も、上記(1)は含んでいる。
【0024】
また、前記ペプチド構造は、上記(1)で表されるアミノ酸配列からなる構成単位を1つのみ含むものであっても良いし、2以上含むものであっても良い。中でも、前記構成単位を1〜8含むものが好ましく、3〜5含むものがより好ましい。なお、2以上含む場合は、各構成単位におけるX
1,X
2は同一でも良いし、異なっていても良い。
【0025】
さらに、前記ペプチド構造は、主鎖に直接に結合していても良いが、適当なスペーサーを介して結合されていても良い。このようなスペーサーとしては、本発明の多重刺激応答性を害することなく主鎖と前記ペプチド構造を隔てて連結する働きを有するものであれば特に限定されないが、具体的には、両末端に反応性官能基を有する二官能化合物、例えば、アミノ酸、ジオール、ジアミン、ジカルボン酸などを用いて得られる有機鎖が導入し易く好ましい。アミノ酸は2以上組み合わせて(ペプチド鎖として)用いることもできる。
【0026】
<多重刺激応答型高分子>
本発明にかかる多重刺激応答型高分子は第1の側鎖と第2の側鎖とを少なくとも有するものであればよく、本発明の効果を害しない範囲であれば、第1の側鎖及び第2の側鎖以外の側鎖を有していても良い。第1の側鎖と第2の側鎖の割合については特に限定するわけではないが、例えば、モル比において、両者の合計を100としたとき、第2の側鎖の割合が15以上100未満であることが好ましい。いずれかが過剰でありすぎると、多重刺激応答性が十分に得られにくくなるおそれがある。
【0027】
なお、ここにいう側鎖とは、直鎖状の主鎖に結合したものだけでなく、例えば、デンドリマーにおけるデンドロンのごとき多分岐高分子における側鎖も含む。デンドリマーとしてはポリアミドアミン構造を有するものが広く知られており、特に限定するわけではないが、本発明においても、このポリアミドアミン構造を有するものが好適に採用できる。後述するが、ポリアミドアミンデンドリマーは、そのアミンの一部に第2の側鎖となるペプチド鎖を導入することで、本発明の多重刺激応答型高分子を比較的容易に得ることができる。
【0028】
直鎖状の主鎖に前記第1の側鎖及び第2の側鎖が結合した構造を有するものとしては、特に限定するわけではないが、例えば、下式(2)で表される多重刺激応答型高分子が好ましく挙げられる。
【0030】
上式(2)において、xは第1の側鎖と第2の側鎖とのモル比率に等しく、特に限定するわけではないが、上述のように、15以上100未満の範囲であることが好ましい。
nは高分子の重合度を表しており、特に限定するわけではないが、50〜15000の範囲であることが好ましい。
上式(2)において、第2の側鎖における括弧内の特定のアミノ酸配列は、上記(1)に記載の表現で言えば、X
1をN末端側に有し、C末端側に向けて、順に、Pro,Gly,X
2,Glyが結合しているものである。R
1、R
2は、前記(1)におけるα−アミノ酸残基X
1、X
2の種類によって自動的に定まるα−アミノ酸側鎖であって、例えば、バリン残基であればイソプロピル基であり、アラニン残基であればメチル基であり、イソロイシン残基であればsec−ブチル基である。
mは、上記特定のアミノ酸配列の繰り返し数であり、特に限定するわけではないが、上述したように、1〜8の範囲であることが好ましく、3〜5の範囲であることがより好ましい。
上記(2)で示される上記多重刺激応答型高分子では、スペーサーとしてアミノ酸が用いられている。すなわち、Yは、スペーサーとなるアミノ酸のアミノ酸残基に由来する構造部分であり、このような任意のアミノ酸残基としては特に限定されないが、例えば、β−アラニン残基(−Y−=−CH
2−CH
2−)などが好ましく挙げられる。
【0031】
〔多重刺激応答型高分子の製造方法〕
上述した本発明の多重刺激応答型高分子は、例えば、以下に詳述する本発明の製造方法により容易に製造することができる。
【0032】
すなわち、上述した本発明の多重刺激応答型高分子は、イオン性官能基を側鎖に有する高分子に対し、前記イオン性官能基の一部に、下式(3)で表されるペプチドのN末端もしくは下式(4)で表されるペプチドのC末端を直接に又はスペーサーを介して結合させてペプチド鎖をグラフトする、ことにより製造することができる。
【0035】
多重刺激応答型高分子について上述したように、mは1〜8の範囲であることが好ましく、3〜5の範囲であることがより好ましい。
R
1及びR
2はそれぞれα−アミノ酸残基の種類に応じて自動的に定まるα−アミノ酸側鎖である。
【0036】
高分子のイオン性官能基としては、多重刺激応答型高分子について上述したように、例えば、カルボキシル基、リン酸基、スルホン酸基などのアニオン性官能基や、アミノ基、4級アンモニウム塩基などのカチオン性官能基が挙げられる。中でも、カルボキシル基又はアミノ基が好ましく挙げられる。
【0037】
前記カルボキシル基を側鎖に有する高分子としては、特に限定するわけではないが、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、マレイン酸、クロトン酸、無水マレイン酸などのカルボキシル基含有ビニル系単量体の単独重合体もしくは共重合体、グルタミン酸やアスパラギン酸などの酸性アミノ酸を主たる構成アミノ酸とするポリペプチドなどが挙げられる。
【0038】
前記アミノ基を側鎖に有する高分子としては、特に限定するわけではないが、例えば、アリルアミンなどのアミノ基含有ビニル系単量体の単独重合体もしくは共重合体、リシンやキトサンなどの塩基性アミノ酸を主たる構成アミノ酸とするポリペプチドなどが挙げられる。また、ポリアミドアミンデンドリマーのごとき、アミノ基を側鎖に有する多分岐高分子も好ましく挙げられる。
【0039】
上記において、高分子のイオン性官能基の一部に、式(3)で表されるペプチドのN末端もしくは式(4)で表されるペプチドのC末端を「直接」結合する場合の例としては、例えば、カルボキシル基を側鎖に有する高分子の該カルボキシル基の一部に式(3)で表されるペプチドのN末端をアミド結合する場合、あるいは、アミノ基を側鎖に有する高分子の該アミノ基の一部に式(4)で表されるペプチドのC末端をアミド結合する場合などが好適に挙げられる。
【0040】
また、高分子のイオン性官能基の一部に、式(3)で表されるペプチドのN末端もしくは式(4)で表されるペプチドのC末端を「スペーサーを介して」結合する場合の例としては、例えば、スペーサーが1もしくは2以上のアミノ酸であれば、これを介して、カルボキシル基を側鎖に有する高分子の該カルボキシル基とペプチドのN末端、あるいは、アミノ基を側鎖に有する高分子の該アミノ基とペプチドのC末端とを連結することができる。
また、スペーサーがジオール、ジアミンなどであれば、これを介して、カルボキシル基を側鎖に有する高分子の該カルボキシル基とペプチドのC末端とを連結することができる。
さらに、スペーサーがジカルボン酸などであれば、これを介して、アミノ基を側鎖に有する高分子の該アミノ基とペプチドのN末端とを連結することができる。
このように、高分子が有するイオン性官能基の種類や用いるスペーサーの種類により種々の態様が有り得る。
このうち、アミノ酸をスペーサーとして用い、これを介して、カルボキシル基を側鎖に有する高分子の該カルボキシル基とペプチドのN末端、あるいは、アミノ基を側鎖に有する高分子の該アミノ基とペプチドのC末端とを連結するか、または、ジエチレングリコールをスペーサーとして用い、これを介して、カルボキシル基を側鎖に有する高分子の該カルボキシル基とペプチドのC末端とを連結することが好ましい。
【0041】
上記した種々の実施形態のうち、前記イオン性官能基を側鎖に有する高分子としてポリアクリル酸を用い、該ポリアクリル酸のカルボキシル基の一部に、上式(3)で表されるペプチドのN末端を直接に又は1もしくは2以上の任意のアミノ酸(例えば、β−アラニン酸)を介して結合させてペプチド鎖をグラフトする方法が特に好ましい。
【0042】
上式(3)や上式(4)で表されるペプチドは、Fmoc基(9−フルオレニルメチルオキシカルボニル基)やBoc基(tert−ブトキシカルボニル基)などの保護基を用いた固相ペプチド合成法などの従来公知の方法で合成することができる。
但し、第2の側鎖がイオン性官能基を有していると第1の側鎖との電荷による相互作用が生じて、多重刺激応答性の制御が複雑化するおそれがあるので、上式(3)で表されるペプチドはC末端がアミド化され、上式(4)で表されるペプチドはN末端がアセチル化されている。
上式(3)で表されるペプチドにおけるC末端のアミド化は、例えば、ペプチドアミン用レジンを担体として用いることで得ることができる。このようなペプチドアミン用レジンとしては、例えば、Fmoc−NH−SAL−MBHA樹脂、CLEAR−Amide樹脂などが知られている。
また、上式(4)で表されるペプチドにおけるN末端のアセチル化は、例えば、N末端に無水酢酸を作用させることで容易に行うことができ、具体的には、アセチル化を行う対象となるペプチドの溶液に対し、無水酢酸溶液、DIPC(ジイソプロピルカルボジイミド)溶液、HOAt( 1−ヒドロキシベンゾトリアゾール)溶液を加え、撹拌混合する方法などが挙げられる。この場合、溶媒としては、例えば、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)などが好適である。
【0043】
次に、前記高分子と前記ペプチドにおけるカルボキシル基とアミノ基との縮合反応も、従来公知の方法で行うことができる。通常、溶媒中で縮合剤の存在下で反応を行う。
【0044】
前記溶媒としては、たとえば、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、アセトニトリル、エタノールなどの有機溶媒、水などが挙げられる。溶媒は、1種単独であるいは2種以上を混合して用いることができる。
【0045】
縮合剤を用いる場合、例えば、4−(4,6−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチルモルホリン塩(DMT−MM)、ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDCまたはWSC)などが挙げられる。また、N−メチルモルホリン(NMP)、NHSなどの活性化剤を前記縮合剤と併用して用いることもできる。
前記縮合反応は、特に限定するわけではないが、例えば、0〜60℃の範囲の温度で、1〜48時間程度行うことができる。
【0046】
なお、本発明の多重刺激応答型高分子は、グラフト技術を用いた上記製造方法以外の共重合技術によっても得ることができる。
例えば、カルボキシル基やアミノ基などのイオン性官能基を有する単量体と、上記所定のペプチド鎖を有する単量体を別々に調製し、これらを共重合することにより得ることができる。この場合、共重合は、ランダム共重合でもブロック共重合でも良いが、ランダム共重合がより好ましい。ブロック共重合の場合、得られる多重刺激応答型高分子は、イオン性官能基を有する第1の側鎖同士が近接し、また、ペプチド構造を有する第2の側鎖同士が近接したものとなるので、両側鎖の挙動が個別に現れてしまって、これらの相乗作用に基づく所望の多重刺激応答性が得られなくなるおそれがあるからである。
【0047】
〔多重刺激応答型高分子の用途〕
本発明の多重刺激応答型高分子は、pH及び温度に応じて相転移を示すことから、DDS、細胞足場材料、アクチュエーター、分離材料などとして好適に利用することができる。
【実施例】
【0048】
以下、実施例を用いて、本発明にかかる多重刺激応答型高分子及びその製造方法について説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0049】
〔エラスチン類似ペプチドの合成〕
下記合成経路1に従い、合成例1〜3にかかるエラスチン類似ペプチド(ELP)を合成した。
【0050】
【化8】
【0051】
<合成例1>
以下に詳述するようにして、上記合成経路1に記載の最終生成物において、X=Valである合成例1のELPを得た。
すなわち、まず、Fmoc−NH−SAL−MBHA樹脂1.5g(0.67mmol/g)をDMF15mLにより一晩膨潤させた。このFmoc−NH−SAL−MBHA樹脂に対して、下記(1)脱保護基及び(2)アミノ酸鎖の伸長を逐次行った。
【0052】
(1)脱保護基(脱Fmoc基)
Fmoc基を除去するため、ピペリジン/DMF(体積比=1/4)15mLを加え撹拌した。この操作を3分×2回、20分×1回行った。その後、DMFで溶液が中性になるまで洗浄を繰り返した。
【0053】
(2)アミノ酸鎖の伸長(縮合反応)
伸長したいアミノ酸鎖に応じたFmoc−アミノ酸のDMF溶液(7mL)、DIPC:0.38g(3.02mmol)のDMF溶液(3mL)、HOAt:0.42g(3.02mmol)のDMF溶液(5mL)を加え、2時間撹拌することで所望のFmoc−アミノ酸鎖を縮合結合した。縮合後、DMFにより洗浄し、未反応のFmoc−アミノ酸を除去した。Fmoc−アミノ酸の使用量は、それぞれ、Fmoc−Gly−OH:0.9g(3.02mmol)、Fmoc−Val−OH:1.02g(3.02mmol)、Fmoc−Pro−OH:1.01g(3.02mmol)とした。
【0054】
上記(1)、(2)の手順を繰り返すことでFmoc−(Val−Pro−Gly−Val−Gly)
4−NH−SAL−MBHA樹脂を得た。
【0055】
その後、Fmoc−β−Ala−OH:0.936g(3.02mmol)をスペーサーとして導入し、Fmoc基を除去することでNH
2−β−Ala−(Val−Pro−Gly−Val−Gly)
4−NH−SAL−MBHA樹脂を合成した。
【0056】
次に、合成したNH
2−β−Ala−(Val−Pro−Gly−Val−Gly)
4−NH−SAL−MBHA樹脂をDMFおよびDCMにより洗浄したのち、デシケーター内で減圧乾燥させた。乾燥後、TFA/DCM(体積比=9/1)30mLで2時間×2回撹拌し、樹脂からのペプチドの切り出しを行った。その後、メタノールとTFAを共沸させることで減圧濃縮した。最後に、水に溶解させ凍結乾燥することで目的のエラスチン類似ペプチドNH
2−β−Ala−(Val−Pro−Gly−Val−Gly)
4−NH
2を得た。
【0057】
<合成例2>
Fmoc−アミノ酸の一つとしてFmoc−Ile−OH:1.07g(3.02mmol)を用いたこと以外は合成例1と同様にして、上記合成経路1に記載の最終生成物において、X=Ileである合成例2のELPを得た。
【0058】
<合成例3>
Fmoc−アミノ酸の一つとしてFmoc−Ala−OH:0.99g(3.02mmol)を用いたこと以外は合成例1と同様にして、上記合成経路1に記載の最終生成物において、X=Alaである合成例3のELPを得た。
【0059】
〔多重刺激応答型高分子の合成〕
下記合成経路2に従い、実施例1〜5にかかる多重刺激応答型高分子を合成した。
【0060】
【化9】
【0061】
<実施例1>
以下に詳述するようにして、上記合成経路2に記載の最終生成物において、x=36、X=Valである実施例1の多重刺激応答型高分子を得た。
すなわち、まず、ナスフラスコ内で前記合成例1のエラスチン類似ペプチド0.80g(0.46mmol)をDMFに溶解させ、さらに、トリフルオロ塩を除去するためにトリエチルアミン77μl(0.576mmol)を加えた。
ここに、重量平均分子量25万のポリアクリル酸(PAA)0.083g(0.00035mmol)を溶解させた。溶解後、縮合剤としてDMT−MM0.45g(1.44mmol)を用いて、DMF30ml中で縮合を行った。縮合は、室温で24時間行った。縮合後は、DMFを減圧除去し、超純水に溶解後、蒸留水中4℃下で分画分子量12000〜14000の透析膜を用いて透析を行い、未反応のペプチドおよび縮合剤を除去することで精製を行った。精製確認はUV−visスペクトルにより行った。具体的には、蒸留水を交換する際に透析後の外液を測定し、ペプチドのカルボニル基のπ−π
*遷移に基づく198nm付近のピークが消失したことから確認した。透析後、目的物の水溶液を凍結乾燥させることで実施例1の多重刺激応答型高分子を得た。この多重刺激応答型高分子について
1H−NMRスペクトルにより構造確認を行いグラフト率x=36(%)と算出した。
【0062】
<実施例2〜5>
実施例1において、合成例1のエラスチン類似ペプチドに代えて、合成例2,3のエラスチン類似ペプチドを用いるとともに、各仕込み量を表1に示す量としたこと以外は同様にして、ペプチド鎖の構成アミノ酸残基及びグラフト率が異なる実施例2,3にかかる多重刺激応答型高分子を得た。また、実施例1において、各仕込み量を表1に示す量としたこと以外は同様にして、グラフト率の異なる実施例4,5にかかる多重刺激応答型高分子を得た。
【0063】
【表1】
【0064】
〔物性及び性能の評価〕
<濁度測定による多重刺激応答性の評価>
(濁度の測定方法)
多重刺激応答性の評価は、濁度を測定することにより行い、この濁度測定は日本分光社製J−820型を用いて行った。光路長1cmの石英セルを用いるようにし、また、温度変化は日本分光社製PTC−423L型ペルチェ式恒温装置とLAUDA社製E200を用い、温度勾配1℃/minで行った。各温度での濁度は700nmの吸光度から求め、濁度が50%変化したときの温度をLCSTと定義した。
【0065】
(一定pH下での温度応答性)
実施例1の多重刺激応答型高分子を用い、これを、所定のpHの50mM、Na
2HPO
4/クエン酸緩衝溶液に溶解させてサンプル(高分子濃度=1wt%)を調製した。上記方法に従って、一定pH下(pH3.3)での濁度の温度依存性を測定した。同様にして、pH3.9,pH4.2,pH4.9,pH5.4,pH5.9,pH6.4のそれぞれについても測定した。
結果を
図1にまとめて示す(
図1下図)。
比較のため、従来の多重刺激応答型高分子の温度応答性も併せて
図1に示す(
図1上図。Allan S.Hoffman,Nature.373,49(1995)からの引用)。
この従来の多重刺激応答型高分子は、下式に示す構造を有するもので、ポリアクリル酸(重量平均分子量250000)にNIPAAm(重量平均分子量2200)がグラフトしたものである。
【0066】
【化10】
【0067】
図1に見るように、本発明の多重刺激応答型高分子は、従来の多重刺激応答型高分子(ΔpH2.5に対しΔLCST=18℃程度)と比べて、pH変化に対する温度応答性の感度が非常に大きい。
【0068】
次に、第2の側鎖のペプチド構造における構成アミノ酸残基(及びグラフト率)が異なる実施例2,3の多重刺激応答型高分子、グラフト率が異なる実施例4,5の多重刺激応答型高分子のそれぞれについても同様にサンプル(高分子濃度=1wt%)を調製し、上記方法に従って、pHを様々に変えて、一定pH下での温度応答性を測定し、LCSTを導出した。これらの結果を、実施例1の結果とともに、
図2にまとめた。
【0069】
図2に見るように、第2の側鎖のペプチド構造における構成アミノ酸残基やグラフト率を変化させることで、多重刺激応答性を損なうことなく応答域に変化を持たせることができることが分かる。
【0070】
(一定温度下でのpH応答性)
実施例1の多重刺激応答型高分子を用い、上記と同様にしてサンプル調製及び濁度の測定を行い、一定温度下(=35℃)でのpH応答性を測定した。
結果を
図3に示す。
【0071】
図3から、温度を一定としてpHを変化させた場合にも、溶解特性を変化させることができることが分かった。なお、pHを3.5から6.0に変化させた場合と、6.0から3.5に変化させた場合とでは、若干の違いが認められた。
【0072】
(酵素添加時の刺激応答性の挙動)
本発明の多重刺激応答型高分子が有する第2の側鎖は、エラスチン類似のペプチド構造を含む。この特徴的な構成に基づく特異な挙動について観察した。
すなわち、まず、実施例1の多重刺激応答型高分子を溶解した50mM、pH4.2、クエン酸/Na
2HPO
4緩衝液にパパインを溶解させてサンプル(高分子濃度=1wt%、酵素濃度=1mg/mL)を得た。このサンプルの濁度を上記方法に従って測定し、その経時変化を50℃(LCSTを超える温度)下で測定した。
結果を
図4に示す。
【0073】
得られた結果から、LCST以上の50℃という温度条件にあって、凝集状態にあった高分子が、酵素(パパイン)を添加して5分程度で溶解したことが分かった。
また、上記と同様にして、5℃(LCST未満の温度)のサンプル(高分子濃度=1wt%、酵素濃度=1mg/mL)を調製し、これを50℃(LCSTを超える温度)まで昇温したところ、
図5に示すように、もはや凝集が起こることはなかった。
以上の結果から、本発明の多重刺激応答型高分子は、生分解性という従来の多重刺激応答型高分子にない特性を有することが確認できた。このような特性を有することにより、例えば、温度やpHに関係なく、強制的かつ不可逆的に凝集性を失わせることができることが分かる。
【0074】
<立体配座の温度依存性>
上記のごとき本発明の多重刺激応答型高分子における特徴的な挙動が、特に第2の側鎖における特徴的なペプチド構造によってもたらされていることを、円偏光二色性(CD)スペクトル測定により立体配座の温度依存性を測定することにより確認した。
【0075】
このCDスペクトルの測定は日本分光社製J−820型を用い、光路長0.1cmの石英セルを用いて、積算回数4回、走査速度100nm/minで行った。
具体的には、測定対象となる各高分子をそれぞれ5mM、pH6.4、Na
2HPO
4/クエン酸緩衝溶液に溶解させ、ストック溶液とした。ストック溶液を緩衝溶液で希釈することでpH6.4のサンプル溶液の調製を行った。これらのサンプル溶液について、島津製作所製UV−2100分光光度計を用いて光路長1mmの石英セルでUV−visスペクトル測定を行い、198nm付近のペプチド結合に基づく吸収を測定することにより濃度を決定した(高分子濃度=40μM)。温度を変えてCDスペクトルの測定を行う際には、日本分光社製PTC−423L型ペルチェ式恒温装置とLAUDA社製E200を用い、温度勾配1℃/minで昇温するとともに、その温度に達してから50秒後に測定を行うようにした。
【0076】
上述のようにして測定した実施例1の多重刺激応答型高分子のCDスペクトルを
図6に示す。
また、実施例1〜5の多重刺激応答型高分子について、波長198nmでの温度ごとの測定値をプロットしたグラフを
図7に示す。
【0077】
図6,7に示す結果から、本発明の多重刺激応答型高分子においては、外部温度に依存して、可逆的にランダムコイルとβ−ターンの2つの立体配座をとることが分かり、これが第1の側鎖に基づくpH応答性と相俟って特徴的な多重刺激応答性を発現していることが分かる。上記実施例1〜5における前記立体配座の可逆的変化は、第2の側鎖におけるペプチド構造のバリン残基とXの各アミノ酸側鎖間の相互作用によるものであるから、これらバリン残基とXの種類を様々に変更することにより、多重刺激応答性を高い自由度で制御できることが実証された。