特許第5998751号(P5998751)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5998751
(24)【登録日】2016年9月9日
(45)【発行日】2016年9月28日
(54)【発明の名称】火花点火式直噴エンジン
(51)【国際特許分類】
   F02D 41/04 20060101AFI20160915BHJP
   F02D 45/00 20060101ALI20160915BHJP
   F02P 5/15 20060101ALI20160915BHJP
   F02D 43/00 20060101ALI20160915BHJP
   F02B 23/10 20060101ALI20160915BHJP
【FI】
   F02D41/04 335D
   F02D41/04 335F
   F02D41/04 345D
   F02D41/04 345F
   F02D45/00 312K
   F02D45/00 312N
   F02D45/00 364K
   F02D45/00 345B
   F02P5/15 B
   F02D43/00 301B
   F02D43/00 301G
   F02D43/00 301J
   F02B23/10 V
   F02B23/10 K
【請求項の数】3
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2012-188737(P2012-188737)
(22)【出願日】2012年8月29日
(65)【公開番号】特開2014-47630(P2014-47630A)
(43)【公開日】2014年3月17日
【審査請求日】2015年3月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】特許業務法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岩井 浩平
(72)【発明者】
【氏名】山川 正尚
(72)【発明者】
【氏名】長津 和弘
(72)【発明者】
【氏名】養祖 隆
(72)【発明者】
【氏名】荒木 啓二
【審査官】 藤村 泰智
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−292050(JP,A)
【文献】 特開2007−002795(JP,A)
【文献】 特開2006−307659(JP,A)
【文献】 特開2006−177181(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2007/0079798(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02D 41/00 〜 45/00
F02P 5/145 〜 5/155
F02B 23/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
気筒を有するよう構成されたエンジン本体と、
前記気筒内に燃料を噴射するように構成された燃料噴射弁と、
前記燃料噴射弁が噴射する前記燃料の圧力を設定するように構成された燃圧設定機構と、
前記気筒内に臨んで配設されかつ、前記気筒内の混合気に点火をするように構成された点火プラグと、
少なくとも前記燃料噴射弁、前記燃圧設定機構及び前記点火プラグを制御することによって、前記エンジン本体を運転するように構成された制御器と、を備え、
前記制御器は、前記エンジン本体の運転状態が、
所定の高負荷領域における低速域では、前記燃圧設定機構によって前記燃料の圧力を30MPa以上の高燃圧にしかつ、圧縮行程後期以降に燃料噴射を開始することによって、圧縮行程後期から膨張行程初期までの期間内で燃料噴射を行うように前記燃料噴射弁を駆動すると共に、当該燃料噴射の終了後に前記点火プラグを駆動して前記気筒内の混合気に火花点火を行い、
前記高負荷域における、前記低速域よりも回転数の高い高速域では、少なくとも吸気行程から前記圧縮行程中期までの期間内で燃料噴射を行うように前記燃料噴射弁を駆動しかつ、所定のタイミングで前記点火プラグを駆動して前記気筒内の混合気に火花点火を行い、
前記制御器は、前記燃料のオクタン価の相違に応じて前記点火プラグの点火時期を変更するように構成されており、前記高負荷領域における前記低速域での、前記オクタン価の相違に対応する前記点火時期の変更幅を、前記高速域での前記点火時期の変更幅よりも狭くする火花点火式直噴エンジン。
【請求項2】
請求項1に記載の火花点火式直噴エンジンにおいて、
前記制御器は、高負荷領域における前記低速域では、前記点火時期を、前記オクタン価の相違に拘わらず同じにする火花点火式直噴エンジン。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の火花点火式直噴エンジンにおいて、
前記気筒に往復動可能に内挿されたピストンには、その冠面に凹状のキャビティが形成されており、
前記制御器は、前記高負荷領域における前記低速域では、前記キャビティ内に前記燃料が噴射されるタイミングで、前記燃料噴射弁を駆動する火花点火式直噴エンジン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
ここに開示する技術は、火花点火式直噴エンジンに関する。
【背景技術】
【0002】
火花点火式ガソリンエンジンの理論熱効率を向上させる上では、その幾何学的圧縮比を高めることが有効である。例えば特許文献1には、幾何学的圧縮比を14以上に設定した高圧縮比の、火花点火式直噴エンジンが記載されている。
【0003】
特許文献2には、エンジンの運転状態に応じて、圧縮着火燃焼と火花点火燃焼とを切り替える火花点火式直噴エンジンエンジンにおいて、圧縮着火燃焼から火花点火燃焼への切り替え過渡時に、EGRの実施と空燃比のリッチ化とを行うことによって、ノッキングを回避する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−292050号公報
【特許文献2】特開2009−91994号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、特許文献1に記載されているような高圧縮比の火花点火式ガソリンエンジンは、熱効率の向上で有利になる反面、エンジンの運転状態が、中・高負荷域にあるときには、ノッキング(エンドガスノック)を招きやすいという問題がある。特許文献1にも記載されているように、ノッキング対策としては点火時期を遅らせることが一般的であるが、点火時期を遅らせると、トルクが減少してしまう。
【0006】
また、オクタン価の高い燃料(例えばハイオクガソリン)の使用を前提とした車両(いわゆるハイオク仕様の車)では、燃料のアンチノック性が高いため、点火時期が進角側に設定され、それによってトルクの向上が図られる。ところがこうしたハイオク仕様の車にオクタン価の低い燃料(例えばレギュラーガソリン)を供給したときには、ノッキングが生じ易くなるため、点火時期を遅らせることでノッキングを回避するノックコントロール制御が介入することになる。ノックコントロール制御が介入すると、トルクが目減りすることになる。
【0007】
ここに開示する技術は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、火花点火式直噴エンジンにおいて、高負荷領域における異常燃焼を抑制すると共に、供給される燃料のオクタン価が低いことに起因するトルクの目減りを抑制することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
ここに開示する技術は、火花点火式直噴エンジンに係り、気筒を有するよう構成されたエンジン本体と、前記気筒内に燃料を噴射するように構成された燃料噴射弁と、前記燃料噴射弁が噴射する前記燃料の圧力を設定するように構成された燃圧設定機構と、前記気筒内に臨んで配設されかつ、前記気筒内の混合気に点火をするように構成された点火プラグと、少なくとも前記燃料噴射弁、前記燃圧設定機構及び前記点火プラグを制御することによって、前記エンジン本体を運転するように構成された制御器と、を備える。
【0009】
そして、前記制御器は、前記エンジン本体の運転状態が、所定の高負荷領域における低速域では、前記燃圧設定機構によって前記燃料の圧力を30MPa以上の高燃圧にしかつ、圧縮行程後期以降に燃料噴射を開始することによって、圧縮行程後期から膨張行程初期までの期間内で燃料噴射を行うように前記燃料噴射弁を駆動すると共に、当該燃料噴射の終了後に前記点火プラグを駆動して前記気筒内の混合気に火花点火を行い、前記高負荷領域における、前記低速域よりも回転数の高い高速域では、少なくとも吸気行程から前記圧縮行程中期までの期間内で燃料噴射を行うように前記燃料噴射弁を駆動しかつ、所定のタイミングで前記点火プラグを駆動して前記気筒内の混合気に火花点火を行う。
【0010】
前記制御器は、前記燃料のオクタン価の相違に応じて前記点火プラグの点火時期を変更するように構成されており、前記高負荷領域における前記低速域での、前記オクタン価の相違に対応する前記点火時期の変更幅を、前記高速域での前記点火時期の変更幅よりも狭くする。
【0011】
ここで、「所定の高負荷領域」とは、エンジンの運転領域を負荷の高低について高負荷領域と低負荷領域との2つに分けた場合の高負荷領域としてもよいし、エンジンの運転領域を負荷の高低について高負荷領域、中負荷領域、及び低負荷領域の3つに分けた場合の高負荷領域、又は、高負領域及び中負荷領域としてもよい。
【0012】
また、「圧縮行程後期」及び「圧縮行程中期」はそれぞれ、圧縮行程を、初期、中期、及び後期の3つの期間に区分した場合の後期及び中期としてもよく、同様に、「膨張行程初期」は、膨張行程を、初期、中期、及び後期の3つの期間に区分した場合の初期としてもよい。
【0013】
さらに、「点火時期の変更幅」は、点火時期の変更時間としてもよいし、点火時期の変更クランク角としてもよい。
【0014】
前記の構成によると、エンジン本体の運転状態が所定の高負荷領域にあるときには、低速域では、燃料の圧力を30MPa以上の高燃圧にしかつ、少なくとも圧縮行程後期から膨張行程初期までの期間内で燃料噴射を行うように燃料噴射弁を駆動する。
【0015】
燃料圧力を高めることは、単位時間当たりに噴射される燃料量を多くする。同一の燃料噴射量で比較した場合に、高い燃料圧力は、気筒内に燃料を噴射する期間、つまり噴射期間を短縮する。このことは、燃料噴射の開始から圧縮着火までの時間を比較的短くする上で有利になる。
【0016】
また、高い燃料圧力は、気筒内に噴射する燃料噴霧の微粒化に有利になると共に、高い燃料圧力で気筒内に燃料を噴射することに伴い圧縮上死点付近にある気筒内の乱れが強まり、気筒内の乱れエネルギが高まる。これらの要因は、圧縮上死点付近にある気筒内における燃料のミキシング性を高め、可燃混合気を短時間で形成可能にする。
【0017】
そうして、燃料噴射終了後の所定のタイミングで点火プラグを駆動して気筒内の混合気に火花点火を行う。点火時期は、例えば圧縮上死点以降の所定時期としてもよい。
【0018】
前述したように、高い燃料圧力でもって気筒内に燃料噴射を行うことは、気筒内の乱れエネルギを高めるが、燃料の噴射時期を圧縮上死点付近にしていることで、噴射開始から火花点火までの期間が短くなり、高い乱れエネルギを維持した状態で火花点火燃焼を開始することが可能になる。このことは、火炎伝播を早くして火花点火燃焼の燃焼期間を短くする。
【0019】
このように、高負荷領域にあるときの低速域において、高い燃料圧力でかつ、圧縮上死点付近の比較的遅いタイミングで気筒内に燃料噴射を行うことは、噴射期間の短縮、混合気形成期間の短縮、及び、燃焼期間の短縮を可能にする。噴射期間、混合気形成期間、及び、燃焼期間を足し合わせた、混合気の反応可能期間を短縮させることは、過早着火やノッキング等の異常燃焼を有効に回避する。こうして、燃料の噴射形態の工夫によって異常燃焼を回避することが可能であるから、高負荷領域の低速域においては、異常燃焼を回避するために点火時期を遅角させる必要がなくなり、点火時期をできるだけ進角させることが可能になる。このことは、トルクの向上に有利になる。
【0020】
これに対し、高負荷領域の高速域では、少なくとも吸気行程初期から圧縮行程中期までの期間内で燃料噴射を行うと共に、所定のタイミングで点火プラグを駆動して気筒内の混合気に火花点火を行う。
【0021】
前述のように、燃料の噴射時期を圧縮上死点付近にまで遅らせると、圧縮行程中には気筒内に燃料が存在しないため、比熱比の高い空気を圧縮することになり、高負荷領域の高速域では、圧縮端温度が大幅に高くなってノッキングに不利になる。そこで、高負荷領域の高速域では、少なくとも吸気行程から圧縮行程中期までの期間内で燃料噴射を行う。ここで、燃料圧力は、前記と同様に、30MPa以上の高燃圧に設定してもよいが、そのような高燃圧に設定する必要性はない。比較的早いタイミングで気筒内に燃料を噴射することで、圧縮行程中には、比熱比が比較的低い、燃料を含むガスを圧縮することになるため、気筒内のガスの温度上昇が抑制され、圧縮端温度を低く抑えることが可能になる。その結果、高負荷領域の高速域においても、異常燃焼が有効に回避される。
【0022】
前記制御器はまた、燃料のオクタン価に相違に応じて、点火プラグの点火時期を変更させる。具体的には、オクタン価が高くてノッキングし難い燃料(例えばハイオクガソリン)がエンジン本体に供給されるときには、相対的に進角した時期に点火時期を設定する一方、オクタン価が低くて相対的にノッキングし易い燃料(例えばレギュラーガソリン)がエンジン本体に供給されるときには、相対的に遅角した時期に点火時期を設定することで、ノッキングを抑制すればよい。例えば高オクタン価燃料の供給を前提として点火時期を最適化しておく一方で、ノッキングを検出又は予測するノックセンサをエンジン本体に取り付け、そのノックセンサの検出結果に基づいて、ノッキングが生じ得るときに点火時期を遅角させるようにすれば、高オクタン価燃料がエンジン本体に供給されているときには、点火時期が最適化される一方で、低オクタン価燃料がエンジン本体に供給されたようなときには、ノッキングを回避するために、点火時期が、最適な時期よりも遅角することになる。結果として、燃料のオクタン価に相違に応じて、点火プラグの点火時期は変更する。
【0023】
そのような燃料のオクタン価に応じて点火時期を変更する制御において、制御器は、エンジン本体の運転状態が、前述した高負荷領域における低速域にあるときには、オクタン価の相違に対応する点火時期の変更幅を相対的に狭くする。
【0024】
「点火時期の変更幅を相対的に狭くする」を言い換えると、高オクタン価燃料に最適化した点火時期に対し、低オクタン価燃料が供給されたときでも、点火時期を遅角しない、又は、あまり遅角しないことである。なぜなら、前述の通り、エンジン本体の運転状態が、高負荷領域の低速域にあるときには、燃料の噴射時期を、少なくとも圧縮行程後期から膨張行程初期の遅い時期に設定しているためである。
【0025】
つまり、例えば吸気行程中に気筒内に燃料が噴射されるときには、圧縮行程期間中に温度及び圧力が次第に上昇する気筒内の環境下において、低オクタン価燃料は、高オクタン価燃料よりも化学反応速度が早くなる。その結果、火花点火によって燃焼が開始した後に、低オクタン価燃料の場合は、高オクタン価燃料よりもノッキングが生じ易くなる。これに対し、燃料の噴射時期を、少なくとも圧縮行程後期から膨張行程初期の遅い時期に設定することは、低オクタン価燃料の化学反応速度が早くなるような圧縮行程期間中の気筒内に、燃料がそもそも存在しない。そのため、高オクタン価燃料と低オクタン価燃料との、化学反応速度の相違が生じ難い。
【0026】
従って、エンジン本体の運転状態が、高負荷領域の低速域にあるときには、少なくとも圧縮行程後期から膨張行程初期の遅い時期に、高燃圧で燃料を噴射することにより、低オクタン価燃料であっても、高オクタン価燃料と同等に、ノッキングが生じ難くなる。そのため、燃料のオクタン価の相違に対して、点火時期を変更する幅は狭くなる(つまり、点火時期は変更されないか、又は、ほとんど変更されない)。このことは、高オクタン価燃料(例えばハイオクガソリン)の供給を前提としたエンジン本体(つまり、ハイオク仕様の車)に、低オクタン価の燃料(例えばレギュラーガソリン)が供給された場合でも、トルクの目減りを抑制する上で有利になる。
【0027】
これに対し、エンジン本体の運転状態が高負荷領域の高速域にあるときには、制御器は、オクタン価の相違に対応する点火時期の変更幅を相対的に広くする。言い換えると、高オクタン価燃料に最適化した点火時期に対し、低オクタン価燃料が供給されたときには、点火時期を遅角する。これは、高負荷領域の高速域では、前述の通り、燃料噴射時期が、少なくとも吸気行程初期から圧縮行程中期までの期間内に設定されるためであり、低オクタン価燃料が供給された場合は、相対的にノッキングが生じ易いためである。
【0028】
前記制御器は、高負荷領域における前記低速域では、前記点火時期を、前記オクタン価の相違に拘わらず同じにする、としてもよい。
【0029】
こうすることで、高負荷領域における低速域では、エンジン本体に供給される燃料のオクタン価の相違に拘わらず、点火時期は同じに設定されるため、例えばハイオク仕様の車に対してレギュラーガソリンが供給された場合でも、ノッキングを回避しつつトルクの目減りを抑制することが可能になる。
【0030】
前記気筒に往復動可能に内挿されたピストンには、その冠面に凹状のキャビティが形成されており、前記制御器は、前記高負荷領域における前記低速域では、前記キャビティ内に前記燃料が噴射されるタイミングで、前記燃料噴射弁を駆動する、としてもよい。
【0031】
高負荷領域における低速域においては、ピストンの冠面に形成されたキャビティ内に、高燃圧で燃料を噴射することにより、キャビティ内のガスの流動が高まる。このことは、空気利用率を高めつつ、可燃混合気を速やかに形成すると共に、燃焼期間の短縮にも有利になる。従って、キャビティ内の、言い換えるとコンパクトな燃焼室内で、混合気を速やかに燃焼させることが可能になり、ノッキング等の異常燃焼を、より効果的に回避し得る。このことは、低オクタン価燃料が供給されたときでも、ノッキング等の異常燃焼をより効果的に回避することを可能にするから、高オクタン価燃料を基準として最適化された点火時期を、ほとんど遅角させることがなくなり、トルクの目減りが抑制される。
【発明の効果】
【0032】
以上説明したように、この火花点火式直噴エンジンは、高負荷領域の低速域では、少なくとも圧縮行程後期から膨張行程初期までの期間内で、30MPa以上の高い燃料圧力で、気筒内に燃料を噴射し、火花点火を行うことにより、異常燃焼を回避しつつトルクの向上が図られる一方で、高負荷領域の高速域では、少なくとも吸気行程初期から圧縮行程中期までの期間内で燃料を噴射し、火花点火を行うことにより、異常燃焼を効果的に回避することができる。また、高負荷領域の低速域では、燃料のオクタン価の相違に拘わらず、点火時期をあまり変更しないことが可能になるため、異常燃焼を回避しながら、トルクの目減りを抑制することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1】火花点火式直噴エンジンの構成を示す概略図である。
図2】火花点火式直噴エンジンの制御に係るブロック図である。
図3】燃焼室を拡大して示す断面図である。
図4】エンジンの運転領域を例示する図である。
図5】(a)CI燃焼領域において吸気行程噴射を行う場合の燃料噴射時期の一例と、それに伴うCI燃焼の熱発生率の例示、(b)CI燃焼領域において高圧リタード噴射を行う場合の燃料噴射時期の一例と、それに伴うCI燃焼の熱発生率の例示、(c)SI燃焼領域において高圧リタード噴射を行う場合の燃料噴射時期及び点火時期の一例と、それに伴うSI燃焼の熱発生率の例示、(d)SI燃焼領域において吸気行程噴射を行う場合の燃料噴射時期及び点火時期の一例と、それに伴うSI燃焼の熱発生率の例示である。
図6】高圧リタード噴射によるSI燃焼の状態と、従来のSI燃焼の状態とを比較する図である。
図7】高圧リタード噴射によるSI燃焼を行った場合の、オクタン価の相違に対する熱発生率を比較する図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、火花点火式直噴エンジンの実施形態を図面に基づいて説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、例示である。図1,2は、エンジン(エンジン本体)1の概略構成を示す。このエンジン1は、車両に搭載されると共に、少なくともガソリンを含有する燃料が供給される火花点火式ガソリンエンジンである。エンジン1は、複数の気筒18が設けられたシリンダブロック11(尚、図1では、1つの気筒のみを図示するが、例えば4つの気筒が直列に設けられる)と、このシリンダブロック11上に配設されたシリンダヘッド12と、シリンダブロック11の下側に配設され、潤滑油が貯留されたオイルパン13とを有している。各気筒18内には、コンロッド142を介してクランクシャフト15と連結されているピストン14が往復動可能に嵌挿されている。ピストン14の頂面には、図3に拡大して示すように、ディーゼルエンジンでのリエントラント型のようなキャビティ141が形成されている。キャビティ141は、ピストン14が圧縮上死点付近に位置するときには、後述するインジェクタ67に相対する。シリンダヘッド12と、気筒18と、キャビティ141を有するピストン14とは、燃焼室19を区画する。尚、燃焼室19の形状は、図示する形状に限定されるものではない。例えばキャビティ141の形状、ピストン14の頂面形状、及び、燃焼室19の天井部の形状等は、適宜変更することが可能である。
【0035】
このエンジン1は、理論熱効率の向上や、後述する圧縮着火燃焼の安定化等を目的として、15以上の比較的高い幾何学的圧縮比に設定されている。尚、幾何学的圧縮比は15以上20以下程度の範囲で、適宜設定すればよい。
【0036】
シリンダヘッド12には、気筒18毎に、吸気ポート16及び排気ポート17が形成されていると共に、これら吸気ポート16及び排気ポート17には、燃焼室19側の開口を開閉する吸気弁21及び排気弁22がそれぞれ配設されている。
【0037】
吸気弁21及び排気弁22をそれぞれ駆動する動弁系の内、排気側には、排気弁22の作動モードを通常モードと特殊モードとに切り替える、例えば油圧作動式の可変機構(図2参照。以下、VVL(Variable Valve Lift)と称する)71が設けられている。VVL71は、その構成の詳細な図示は省略するが、カム山を一つ有する第1カムとカム山を2つ有する第2カムとの、カムプロファイルの異なる2種類のカム、及び、その第1及び第2カムのいずれか一方のカムの作動状態を選択的に排気弁に伝達するロストモーション機構を含んで構成されている。第1カムの作動状態を排気弁22に伝達しているときには、排気弁22は、排気行程中において一度だけ開弁される通常モードで作動するのに対し、第2カムの作動状態を排気弁22に伝達しているときには、排気弁22が、排気行程中において開弁すると共に、吸気行程中においても開弁するような、いわゆる排気の二度開きを行う特殊モードで作動する。VVL71の通常モードと特殊モードとは、エンジンの運転状態に応じて切り替えられる。具体的に、特殊モードは、内部EGRに係る制御の際に利用される。以下の説明においては、VVL71を通常モードで作動させ、排気二度開きを行わないことを、「VVL71をオフにする」といい、VVL71を特殊モードで作動させ、排気二度開きを行うことを、「VVL71をオンにする」という場合がある。尚、こうした通常モードと特殊モードとの切り替えを可能にする上で、排気弁22を電磁アクチュエータによって駆動する電磁駆動式の動弁系を採用してもよい。また、内部EGRの実行は、排気二度開きのみによって実現されるのではない。例えば吸気弁21を二回開く、吸気の二度開きによって内部EGR制御を行ってもよいし、排気行程乃至吸気行程において吸気弁21及び排気弁22の双方を閉じるネガティブオーバーラップ期間を設けて既燃ガスを気筒18内に残留させる内部EGR制御を行ってもよい。
【0038】
VVL71を備えた排気側の動弁系に対し、吸気側には、図2に示すように、クランクシャフト15に対する吸気カムシャフトの回転位相を変更することが可能な位相可変機構(以下、VVT(Variable Valve Timing)と称する)72と、吸気弁21のリフト量を連続的に変更することが可能なリフト量可変機構(以下、CVVL(Continuously Variable Valve Lift)と称する)73とが設けられている。VVT72は、液圧式、電磁式又は機械式の公知の構造を適宜採用すればよく、その詳細な構造についての図示は省略する。また、CVVL73も、公知の種々の構造を適宜採用することが可能であり、その詳細な構造についての図示は省略する。VVT72及びCVVL73によって、吸気弁21はその開弁タイミング及び閉弁タイミング、並びに、リフト量をそれぞれ変更することが可能である。
【0039】
シリンダヘッド12にはまた、気筒18毎に、気筒18内に燃料を直接噴射するインジェクタ67が取り付けられている。インジェクタ67は、図3に拡大して示すように、その噴口が燃焼室19の天井面の中央部分から、その燃焼室19内に臨むように配設されている。インジェクタ67は、エンジン1の運転状態に応じて設定された噴射タイミングでかつ、エンジン1の運転状態に応じた量の燃料を、燃焼室19内に直接噴射する。この例において、インジェクタ67は、詳細な図示は省略するが、複数の噴口を有する多噴口型のインジェクタである。これによって、インジェクタ67は、燃料噴霧が、燃焼室19の中心位置から放射状に広がるように、燃料を噴射する。図3に矢印で示すように、ピストン14が圧縮上死点付近に位置するタイミングで、燃焼室19の中央部分から放射状に広がるように噴射された燃料噴霧は、ピストン頂面に形成されたキャビティ141の壁面に沿って流動する。キャビティ141は、ピストン14が圧縮上死点付近に位置するタイミングで噴射された燃料噴霧を、その内部に収めるように形成されている、と言い換えることが可能である。この多噴口型のインジェクタ67とキャビティ141との組み合わせは、燃料の噴射後、混合気形成期間を短くすると共に、燃焼期間を短くする上で有利な構成である。尚、インジェクタ67は、多噴口型のインジェクタに限定されず、外開弁タイプのインジェクタを採用してもよい。
【0040】
図外の燃料タンクとインジェクタ67との間は、燃料供給経路によって互いに連結されている。この燃料供給経路上には、燃料ポンプ63とコモンレール64とを含みかつ、インジェクタ67に、比較的高い燃料圧力で燃料を供給することが可能な燃料供給システム62が介設されている。燃料ポンプ63は、燃料タンクからコモンレール64に燃料を圧送し、コモンレール64は圧送された燃料を、比較的高い燃料圧力で蓄えることが可能である。インジェクタ67が開弁することによって、コモンレール64に蓄えられている燃料がインジェクタ67の噴口から噴射される。ここで、燃料ポンプ63は、図示は省略するが、プランジャー式のポンプであり、エンジン1によって駆動される。このエンジン駆動のポンプを含む構成の燃料供給システム62は、30MPa以上の高い燃料圧力の燃料を、インジェクタ67に供給することを可能にする。燃料圧力は、最大で120MPa程度に設定してもよい。インジェクタ67に供給される燃料の圧力は、後述するように、エンジン1の運転状態に応じて変更される。尚、燃料供給システム62は、この構成に限定されるものではない。
【0041】
シリンダヘッド12にはまた、図3に示すように、燃焼室19内の混合気に点火する点火プラグ25が取り付けられている。点火プラグ25は、この例では、エンジン1の排気側から斜め下向きに延びるように、シリンダヘッド12内を貫通して配置されている。図3に示すように、点火プラグ25の先端は、圧縮上死点に位置するピストン14のキャビティ141内に臨んで配置される。
【0042】
エンジン1の一側面には、図1に示すように、各気筒18の吸気ポート16に連通するように吸気通路30が接続されている。一方、エンジン1の他側面には、各気筒18の燃焼室19からの既燃ガス(排気ガス)を排出する排気通路40が接続されている。
【0043】
吸気通路30の上流端部には、吸入空気を濾過するエアクリーナ31が配設されている。また、吸気通路30における下流端近傍には、サージタンク33が配設されている。このサージタンク33よりも下流側の吸気通路30は、各気筒18毎に分岐する独立通路とされ、これら各独立通路の下流端が各気筒18の吸気ポート16にそれぞれ接続されている。
【0044】
吸気通路30におけるエアクリーナ31とサージタンク33との間には、空気を冷却又は加熱する、水冷式のインタークーラ/ウォーマ34と、各気筒18への吸入空気量を調節するスロットル弁36とが配設されている。吸気通路30にはまた、インタークーラ/ウォーマ34をバイパスするインタークーラバイパス通路35が接続されており、このインタークーラバイパス通路35には、当該通路35を通過する空気流量を調整するためのインタークーラバイパス弁351が配設されている。インタークーラバイパス弁351の開度調整を通じて、インタークーラバイパス通路35の通過流量とインタークーラ/ウォーマ34の通過流量との割合を調整することにより、気筒18に導入する新気の温度を調整することが可能である。
【0045】
排気通路40の上流側の部分は、各気筒18毎に分岐して排気ポート17の外側端に接続された独立通路と該各独立通路が集合する集合部とを有する排気マニホールドによって構成されている。この排気通路40における排気マニホールドよりも下流側には、排気ガス中の有害成分を浄化する排気浄化装置として、直キャタリスト41とアンダーフットキャタリスト42とがそれぞれ接続されている。直キャタリスト41及びアンダーフットキャタリスト42はそれぞれ、筒状ケースと、そのケース内の流路に配置した、例えば三元触媒とを備えて構成されている。
【0046】
吸気通路30におけるサージタンク33とスロットル弁36との間の部分と、排気通路40における直キャタリスト41よりも上流側の部分とは、排気ガスの一部を吸気通路30に還流するためのEGR通路50を介して接続されている。このEGR通路50は、排気ガスをエンジン冷却水によって冷却するためのEGRクーラ52が配設された主通路51と、EGRクーラ52をバイパスするためのEGRクーラバイパス通路53と、を含んで構成されている。主通路51には、排気ガスの吸気通路30への還流量を調整するためのEGR弁511が配設され、EGRクーラバイパス通路53には、EGRクーラバイパス通路53を流通する排気ガスの流量を調整するためのEGRクーラバイパス弁531が配設されている。
【0047】
このように構成されたエンジン1は、パワートレイン・コントロール・モジュール(以下、PCMという)10によって制御される。PCM10は、CPU、メモリ、カウンタタイマ群、インターフェース及びこれらのユニットを接続するパスを有するマイクロプロセッサで構成されている。このPCM10が制御器を構成する。
【0048】
PCM10には、図1,2に示すように、各種のセンサSW1〜SW16の検出信号が入力される。この各種のセンサには、次のセンサが含まれる。すなわち、エアクリーナ31の下流側で、新気の流量を検出するエアフローセンサSW1及び新気の温度を検出する吸気温度センサSW2、インタークーラ/ウォーマ34の下流側に配置されかつ、インタークーラ/ウォーマ34を通過した後の新気の温度を検出する、第2吸気温度センサSW3、EGR通路50における吸気通路30との接続部近傍に配置されかつ、外部EGRガスの温度を検出するEGRガス温センサSW4、吸気ポート16に取り付けられかつ、気筒18内に流入する直前の吸気の温度を検出する吸気ポート温度センサSW5、シリンダヘッド12に取り付けられかつ、気筒18内の圧力を検出する筒内圧センサSW6、排気通路40におけるEGR通路50の接続部近傍に配置されかつ、それぞれ排気温度及び排気圧力を検出する排気温センサSW7及び排気圧センサSW8、直キャタリスト41の上流側に配置されかつ、排気中の酸素濃度を検出するリニアO2センサSW9、直キャタリスト41とアンダーフットキャタリスト42との間に配置されかつ、排気中の酸素濃度を検出するラムダO2センサSW10、エンジン冷却水の温度を検出する水温センサSW11、クランクシャフト15の回転角を検出するクランク角センサSW12、車両のアクセルペダル(図示省略)の操作量に対応したアクセル開度を検出するアクセル開度センサSW13、吸気側及び排気側のカム角センサSW14,SW15、及び、燃料供給システム62のコモンレール64に取り付けられかつ、インジェクタ67に供給する燃料圧力を検出する燃圧センサSW16である。
【0049】
また、図1に示すように、エンジン1のシリンダブロック11には、シリンダブロック11の振動を検出することによって、ノッキングの発生を検出又は予測するためのノックセンサSW17が取り付けられており、このノックセンサSW17の検出値も、図2に示すように、PCM10に入力される。
【0050】
PCM10は、これらの検出信号に基づいて種々の演算を行うことによってエンジン1や車両の状態を判定し、これに応じてインジェクタ67、点火プラグ25、吸気弁側のVVT72及びCVVL73、排気弁側のVVL71、燃料供給システム62、並びに、各種の弁(スロットル弁36、インタークーラバイパス弁351、EGR弁511、及びEGRクーラバイパス弁531)のアクチュエータへ制御信号を出力する。こうしてPCM10は、エンジン1を運転する。
【0051】
図4は、エンジン1の運転領域の一例を示している。このエンジン1は、燃費の向上や排気エミッション性能の向上を目的として、エンジン負荷が相対的に低い低負荷域では、点火プラグ25による点火を行わずに、圧縮自己着火によって燃焼を行う圧縮着火燃焼を行う。しかしながら、エンジン1の負荷が高くなるに従って、圧縮着火燃焼では、燃焼が急峻になりすぎてしまい、例えば燃焼騒音等の問題を引き起こすことになる。そのため、このエンジン1では、エンジン負荷が相対的に高い高負荷域では、圧縮着火燃焼を止めて、点火プラグ25を利用した火花点火燃焼に切り替える。このように、このエンジン1は、エンジン1の運転状態、特にエンジン1の負荷に応じて、圧縮着火燃焼を行うCI(Compression Ignition)モードと、火花点火燃焼を行うSI(Spark Ignition)モードとを切り替えるように構成されている。但し、モード切り替えの境界線は、図例に限定されるものではない。
【0052】
CIモードはさらに、エンジン負荷の高低に応じて3つの領域に分けられている。具体的に、CIモードにおいて負荷が最も低い領域(1)では、圧縮着火燃焼の着火性及び安定性を高めるために、相対的に温度の高いホットEGRガスを気筒18内に導入する。これは、VVL71をオンにして、排気弁22を吸気行程中に開弁する排気の二度開きを行うことによる。ホットEGRガスの導入は、気筒18内の圧縮端温度を高め、軽負荷である領域(1)において、圧縮着火燃焼の着火性及び安定性を高める上で有利になる。領域(1)ではまた、図5(a)に示すように、少なくとも吸気行程から圧縮行程中期までの期間内において、インジェクタ67が気筒18内に燃料を噴射することにより、均質なリーン混合気を形成する。混合気の空気過剰率λは、例えば2.4以上に設定してもよく、こうすることで、RawNOxの生成を抑制して、排気エミッション性能を高めることが可能になる。そうして、そのリーン混合気は、図5(a)に示すように、圧縮上死点付近において圧縮自己着火する。
【0053】
領域(1)における負荷の高い領域、具体的には、領域(1)と領域(2)との境界を含む領域では、少なくとも吸気行程から圧縮行程中期までの期間内において、気筒18内に燃料を噴射するものの、混合気の空燃比を理論空燃比(λ≒1)に設定する。理論空燃比にすることにより、三元触媒が利用可能になると共に、後述の通り、SIモードにおいても混合気の空燃比を理論空燃比にすることから、SIモードとCIモードとの間の切り替え時の制御が簡素化し、さらに、CIモードを高負荷側へ拡大可能にすることにも寄与する。
【0054】
CIモードにおいて、領域(1)よりも負荷の高い領域(2)では、領域(1)の高負荷側と同様に、少なくとも吸気行程から圧縮行程中期までの期間内において、気筒18内に燃料を噴射し(図5(a)参照)、均質な理論空燃比(λ≒1)の混合気を形成する。
【0055】
領域(2)ではまた、エンジン負荷の上昇に伴い気筒18内の温度が自然と高まることから、過早着火を回避するためにホットEGRガス量を低下させる。これは、吸排気弁21、22の開閉弁時期を調整することによって、気筒18内に導入する内部EGRガス量の調整することによる。また、EGRクーラ52をバイパスした外部EGRガス量を調整することによって、ホットEGRガス量が調整されることもある。
【0056】
領域(2)ではさらに、相対的に温度の低いクールドEGRガスを気筒18内に導入する。こうして高温のホットEGRガスと低温のクールドEGRガスとを適宜の割合で気筒18内に導入することにより、気筒18内の圧縮端温度を適切にし、圧縮着火の着火性を確保しつつも急激な燃焼を回避して、圧縮着火燃焼の安定化を図る。尚、ホットEGRガス及びクールドEGRガスを合わせた、気筒18内に導入されるEGRガスの割合としてのEGR率は、混合気の空燃比をλ≒1に設定する条件下で可能な限り高いEGR率に設定される。従って、領域(2)においては、エンジン負荷の増大に伴い燃料噴射量が増大するから、EGR率は次第に低下するようになる。
【0057】
CIモードとSIモードとの切り替え境界線を含む、CIモードにおいて最も負荷の高い領域(3)では、気筒18内の圧縮端温度がさらに高くなるため、領域(1)や領域(2)のように、吸気行程から圧縮行程中期までの期間内で気筒18内に燃料を噴射してしまうと、過早着火等の異常燃焼が生じるようになる。一方、温度の低いクールドEGRガスを大量に導入して気筒内の圧縮端温度を低下させようとすると、今度は、圧縮着火の着火性が悪化してしまう。つまり、気筒18内の温度制御だけでは、圧縮着火燃焼を安定して行い得ないため、この領域(3)では、気筒18内の温度制御に加えて、燃料噴射形態を工夫することによって過早着火等の異常燃焼を回避しつつ、圧縮着火燃焼の安定化を図る。具体的に、この燃料噴射形態は、従来と比較して大幅に高圧化した燃料圧力でもって、図5(b)に示すように、少なくとも圧縮行程後期から膨張行程初期までの期間(以下、この期間をリタード期間と呼ぶ)内で、気筒18内に燃料噴射を実行するものである。この特徴的な燃料噴射形態を、以下においては「高圧リタード噴射」又は単に「リタード噴射」と呼ぶ。このような高圧リタード噴射により、領域(3)での異常燃焼を回避しつつ、圧縮着火燃焼の安定化が図られる。この高圧リタード噴射の詳細については、後述する。
【0058】
領域(3)では、領域(2)と同様に、高温のホットEGRガスと低温のクールドEGRガスとを適宜の割合で気筒18内に導入する。このことにより、気筒18内の圧縮端温度を適切にして圧縮着火燃焼の安定化を図る。
【0059】
エンジン負荷の高低に応じて3つの領域に分けられたCIモードに対して、SIモードは、エンジン回転数の高低に応じて、領域(4)と領域(5)との2つの領域に分けられている。領域(4)は、図例においては、エンジン1の運転領域を低速、高速の2つに区分したときの低速域に相当し、領域(5)は高速域に相当する。領域(4)と領域(5)との境界はまた、図4に示す運転領域において、負荷の高低に対して回転数方向に傾いているが、領域(4)と領域(5)との境界は図例に限定されるものではない。
【0060】
領域(4)及び領域(5)のそれぞれにおいて、混合気は、領域(2)及び領域(3)と同等に、理論空燃比(λ≒1)に設定される。従って、混合気の空燃比は、CIモードとSIモードとの境界を跨って理論空燃比(λ≒1)で一定にされる。これは、三元触媒の利用を可能にする。また、領域(4)及び領域(5)では、基本的にはスロットル弁36を全開にする一方で、EGR弁511の開度調整により、気筒18内に導入する新気量及び外部EGRガス量を調整する。こうして気筒18内に導入するガス割合を調整することは、ポンプ損失の低減と共に、大量のEGRガスを気筒18内に導入することにより、火花点火燃焼の燃焼温度が低く抑えられ冷却損失の低減も図られる。領域(4)及び領域(5)では、主にEGRクーラ52を通じて冷却した外部EGRガスを、気筒18に導入する。このことによって、異常燃焼の回避に有利になると共に、Raw NOxの生成を抑制するという利点もある。尚、全開負荷域では、EGR弁511を閉弁することにより、外部EGRをゼロにする。
【0061】
このエンジン1の幾何学的圧縮比は、前述の通り、15以上(例えば18)に設定されている。高い圧縮比は、圧縮端温度及び圧縮端圧力を高くするため、CIモードの、特に低負荷の領域(例えば領域(1))では、圧縮着火燃焼の安定化に有利になる。一方で、この高圧縮比エンジン1は、高負荷域であるSIモードにおいては、過早着火やノッキングといった異常燃焼が生じやすくなるという問題がある。
【0062】
そこでこのエンジン1では、SIモードの低速側の領域(4)においては、前述した高圧リタード噴射を行うことにより、異常燃焼を回避するようにしている。より詳細には、領域(4)においては、30MPa以上の高い燃料圧力でもって、図5(c)に示すように、圧縮行程後期から膨張行程初期にかけてリタード期間内で、気筒18内に燃料噴射を実行する高圧リタード噴射のみを行う。
【0063】
次に、図6を参照しながら、SIモードにおける高圧リタード噴射について説明する。図6は、前述した高圧リタード噴射によるSI燃焼(実線)と、吸気行程中に燃料噴射を実行する従来のSI燃焼(破線)とにおける、熱発生率(上図)及び未燃混合気反応進行度(下図)の違いを比較する図である。図6の横軸はクランク角である。この比較の前提として、エンジン1の運転状態は共に高負荷の低速域(つまり、領域(4))であり、噴射する燃料量は、高圧リタード噴射によるSI燃焼と従来のSI燃焼との場合で互いに同じである。
【0064】
先ず、従来のSI燃焼では、吸気行程中に気筒18内に所定量の燃料噴射を実行する(上図の破線)。気筒18内では、その燃料の噴射後、ピストン14が圧縮上死点に至るまでの間に、比較的均質な混合気が形成される。そして、この例では、圧縮上死点以降の、白丸で示す所定タイミングで点火が実行され、それによって燃焼が開始する。燃焼の開始後は、図6の上図に破線で示すように、熱発生率のピークを経て燃焼が終了する。燃料噴射の開始から燃焼の終了までの間が未燃混合気の反応可能時間(以下、単に反応可能時間という場合がある)に相当し、図6の下図に破線で示すように、この間に未燃混合気の反応は次第に進行する。同図における点線は、未燃混合気が着火に至る反応度である、着火しきい値を示しており、従来のSI燃焼は、低速域であることと相俟って、反応可能時間が非常に長く、その間、未燃混合気の反応が進行し続けてしまうことから、点火の前後に未燃混合気の反応度が着火しきい値を超えてしまい、過早着火又はノッキングといった異常燃焼を引き起こす。
【0065】
これに対し、高圧リタード噴射は反応可能時間の短縮を図り、そのことによって異常燃焼を回避することを目的とする。すなわち、反応可能時間は、図6にも示しているように、インジェクタ67が燃料を噴射する期間((1)噴射期間)と、噴射終了後、点火プラグ25の周りに可燃混合気が形成されるまでの期間((2)混合気形成期間)と、点火によって開始された燃焼が終了するまでの期間((3)燃焼期間)と、を足し合わせた時間、つまり、(1)+(2)+(3)である。高圧リタード噴射は、噴射期間、混合気形成期間及び燃焼期間をそれぞれ短縮し、それによって、反応可能時間を短くする。このことについて、順に説明する。
【0066】
先ず、高い燃料圧力は、単位時間当たりにインジェクタ67から噴射される燃料量を相対的に多くする。このため、燃料噴射量を一定とした場合に、燃料圧力と燃料の噴射期間との関係は概ね、燃料圧力が低いほど噴射期間は長くなり、燃料圧力が高いほど噴射期間は短くなる。従って、燃料圧力が従来に比べて大幅に高く設定された高圧リタード噴射は、噴射期間を短縮する。
【0067】
また、高い燃料圧力は、気筒18内に噴射する燃料噴霧の微粒化に有利になると共に、燃料噴霧の飛翔距離を、より長くする。このため、燃料圧力と燃料蒸発時間との関係は概ね、燃料圧力が低いほど燃料蒸発時間は長くなり、燃料圧力が高いほど燃料蒸発時間は短くなる。また、燃料圧力と点火プラグ25の周りに燃料噴霧が到達するまでの時間は概ね、燃料圧力が低いほど到達までの時間は長くなり、燃料圧力が高いほど到達までの時間は短くなる。混合気形成期間は、燃料蒸発時間と、点火プラグ25の周りへの燃料噴霧到達時間とを足し合わせた時間であるから、燃料圧力が高いほど混合気形成期間は短くなる。従って、燃料圧力が従来に比べて大幅に高く設定された高圧リタード噴射は、燃料蒸発時間及び点火プラグ25の周りへの燃料噴霧到達時間がそれぞれ短くなる結果、混合気形成期間を短縮する。これに対し、同図に白丸で示すように、従来の、低い燃料圧力での吸気行程噴射は、混合気形成期間が大幅に長くなる。尚、多噴口型のインジェクタ67とキャビティ141との組み合わせは、SIモードにおいては、燃料の噴射後、点火プラグ25の周りに燃料噴霧が到達するまでの時間を短くする結果、混合気形成期間の短縮に有効である。
【0068】
このように、噴射期間及び混合気形成期間を短縮することは、燃料の噴射タイミング、より正確には、噴射開始タイミングを、比較的遅いタイミングにすることを可能にする。そこで、高圧リタード噴射では、図6の上図に示すように、圧縮行程後期から膨張行程初期にかけてのリタード期間内に燃料噴射を行う。高い燃料圧力で気筒18内に燃料を噴射することに伴い、その気筒内の乱れが強くなり、気筒18内の乱れエネルギが高まるが、この高い乱れエネルギは、燃料噴射のタイミングが比較的遅いタイミングに設定されることと相俟って、燃焼期間の短縮に有利になる。
【0069】
すなわち、燃料噴射をリタード期間内に行った場合、燃料圧力と燃焼期間内での乱流エネルギとの関係は概ね、燃料圧力が低いほど乱流エネルギが低くなり、燃料圧力が高いほど乱流エネルギは高くなる。ここで、仮に高い燃料圧力で気筒18内に燃料を噴射するとしても、その噴射タイミングが吸気行程中にある場合は、点火タイミングまでの時間が長いことや、吸気行程後の圧縮行程において気筒18内が圧縮されることに起因して、気筒18内の乱れは減衰してしまう。その結果、吸気行程中に燃料噴射を行った場合、燃焼期間内での乱流エネルギは、燃料圧力の高低に拘わらず比較的低くなってしまう。
【0070】
燃焼期間での乱流エネルギと燃焼期間との関係は概ね、乱流エネルギが低いほど燃焼期間が長くなり、乱流エネルギが高いほど燃焼期間が短くなる。従って、燃料圧力と燃焼期間との関係は、燃料圧力が低いほど燃焼期間は長くなり、燃料圧力が高いほど燃焼期間は短くなる。すなわち、高圧リタード噴射は、燃焼期間を短縮する。これに対し、従来の、低い燃料圧力での吸気行程噴射は、燃焼期間が長くなる。尚、多噴口型のインジェクタ67は、気筒18内の乱れエネルギの向上に有利であって、燃焼期間の短縮に有効であると共に、その多噴口型のインジェクタ67とキャビティ141との組み合わせによって、燃料噴霧をキャビティ141内に収めることもまた、燃焼期間の短縮に有効である。
【0071】
このように高圧リタード噴射は、噴射期間、混合気形成期間、及び、燃焼期間をそれぞれ短縮し、その結果、図6に示すように、燃料の噴射開始タイミングSOIから燃焼終了時期θendまでの、未燃混合気の反応可能時間を、従来の吸気行程中での燃料噴射の場合と比較して大幅に短くすることを可能にする。この反応可能時間を短縮する結果、図6の上段に示す図のように、従来の低い燃料圧力での吸気行程噴射では、白丸で示すように、燃焼終了時における未燃混合気の反応進行度が、着火しきい値を超えてしまい、異常燃焼が発生してしまうところ、高圧リタード噴射は、黒丸で示すように、燃焼終了時における未燃混合気の反応の進行を抑制し、異常燃焼を回避することが可能になる。尚、図6の上図における白丸と黒丸とで、点火タイミングは互いに同じタイミングに設定している。
【0072】
燃料圧力は、例えば30MPa以上に設定することによって、燃焼期間を効果的に短縮化することが可能である。また、30MPa以上の燃料圧力は、噴射期間及び混合気形成期間も、それぞれ有効に短縮化することが可能である。尚、燃料圧力は、少なくともガソリンを含有する、使用燃料の性状に応じて適宜設定するのが好ましい。その上限値は、一例として、120MPaとしてもよい。
【0073】
高圧リタード噴射は、気筒18内への燃料噴射の形態を工夫することによってSIモードにおける異常燃焼の発生を回避する。これとは異なり、異常燃焼の回避を目的として点火タイミングを遅角することが、従来から知られている。点火タイミングの遅角化は、未燃混合気の温度及び圧力の上昇を抑制することによって、その反応の進行を抑制する。しかしながら、点火タイミングの遅角化は熱効率及びトルクの低下を招くのに対し、高圧リタード噴射を行う場合は、燃料噴射の形態の工夫によって異常燃焼を回避する分、点火タイミングを進角させることが可能であるから、熱効率及びトルクが向上する。つまり、高圧リタード噴射は、異常燃焼を回避するだけでなく、その回避可能な分だけ、点火タイミングを進角することを可能にして、燃費の向上に有利になる。
【0074】
以上説明したように、SIモードでの高圧リタード噴射は、噴射期間、混合気形成期間及び燃焼期間をそれぞれ短縮することが可能であるが、CIモードの領域(3)で行う高圧リタード噴射は、噴射期間及び混合気形成期間をそれぞれ短縮することが可能である。つまり、気筒18内に高い燃料圧力で燃料を噴射することにより気筒18内の乱れが強くなることで、微粒化した燃料のミキシング性が高まり、圧縮上死点付近の遅いタイミングで燃料を噴射しても、比較的均質な混合気を速やかに形成することが可能になるのである。
【0075】
CIモードでの高圧リタード噴射は、比較的負荷の高い領域において、圧縮上死点付近の遅いタイミングで燃料を噴射することにより、例えば圧縮行程期間中の過早着火を防止しつつ、前述の通り、概ね均質な混合気が速やかに形成されるため、圧縮上死点以降において、確実に圧縮着火させることが可能になる。そうして、モータリングにより気筒18内の圧力が次第に低下する膨張行程期間において、圧縮着火燃焼が行われることで、燃焼が緩慢になり、圧縮着火燃焼に伴う気筒18内の圧力上昇(dP/dt)が急峻になってしまうことが回避される。こうして、NVHの制約が解消される結果、CIモードの領域が高負荷側に拡大する。
【0076】
SIモードの説明に戻り、前述の通り、SIモードの高圧リタード噴射は、燃料噴射をリタード期間内に行うことによって未燃混合気の反応可能時間を短縮させるものの、燃料噴射時期が圧縮上死点付近に設定されるため、圧縮行程においては、燃料を含まない筒内ガス、言い換えると比熱比の高い空気が圧縮されるようになる。その結果、高速域においては、気筒18内の圧縮端温度が高くなり、この高い圧縮端温度がノッキングを招くようになる。そのため、領域(5)においてリタード噴射を行うと、点火タイミングを遅角化してノッキングを回避しなければならない場合も起き得る。
【0077】
そこで、SIモードにおいて相対的に回転数の高い領域(5)では、図5(d)に示すように、リタード噴射を行わずに吸気行程期間内で気筒18内に燃料を噴射する。ここで言う吸気行程期間は、ピストン位置に基づいて定義した期間ではなく、吸気弁21の開閉に基づいて、吸気弁21が開弁している期間とすればよい。つまり、ここで言う吸気行程期間は、CVVL73やVVT72によって変更される吸気弁21の閉弁時期によって、ピストンが吸気下死点に到達した時点に対しずれる場合がある。領域(5)においては、吸気行程から圧縮行程中期までの期間内で燃料を噴射すると言い換えることが可能である。
【0078】
吸気行程噴射は、圧縮行程中の筒内ガス(つまり、燃料を含む混合気)の比熱比を下げ、それによって圧縮端温度を低く抑えることが可能になる。圧縮端温度が低くなることで、ノッキングを抑制することが可能になるから、点火タイミングを進角させることが可能になる。こうして、領域(5)においては、吸気行程噴射を行うことにより、異常燃焼を回避しつつ、熱効率を向上させることが可能になる。
【0079】
尚、高回転側の領域(5)において燃焼期間を短縮させるために、エンジン1に多点点火構成を設けてもよい。つまり、複数の点火プラグを燃焼室内に臨んで配置し、領域(5)においては、吸気行程噴射を実行すると共に、その複数の点火プラグのそれぞれを駆動することにより、多点点火を行う。こうすることで、燃焼室19内の複数の火種のそれぞれから火炎が広がるため、火炎の広がりが早くて燃焼期間が短くなる。その結果、高回転側の領域(5)において燃焼期間が短くなり、熱効率の向上に有利になる。
【0080】
(ノックコントロール制御)
PCM10は、ノックセンサSW17の出力信号に基づいて、エンジン1におけるノッキングの発生を検出又は予測してノッキングの発生を回避すべく、エンジントルクが最大となるように予め設定されたベース点火時期に対して、点火時期を遅らせるノックコントロール制御を行う。ここで、エンジン1に供給される燃料のオクタン価によって、アンチノック性が変わり、オクタン価が高い燃料(例えばハイオクガソリン)は、オクタン価が低い燃料(例えばレギュラーガソリン)に比べて、ノッキングし難い。このため、ハイオクガソリンの使用を前提としたハイオク仕様の車両では、前記のベース点火時期は、レギュラーガソリンの使用を前提とした車両と比較して、相対的に進角側に設定される。
【0081】
そうしたハイオク仕様の車両において、エンジン1にレギュラーガソリンが供給されたときには、通常の車両であれば、ノッキングが生じやすくなる。PCM10は、前述したノックコントロール制御の介入により、ノックセンサSW17の検出信号に応じて点火時期をベース点火時期よりも遅角させるようになる。
【0082】
ところが、前述したエンジン1を搭載した車両では、エンジン1の運転状態が領域(4)にあるときには、高圧リタード噴射を行うことによって、レギュラーガソリンであっても、ハイオクガソリンであっても、ノッキング等の異常燃焼が効果的に回避される。すなわち、例えば吸気行程中に気筒18内に燃料を噴射する場合は、その後の圧縮行程期間中に温度及び圧力が次第に上昇する気筒内の環境下において、相対的にオクタン価の低いレギュラーガソリンは、相対的にオクタン価の高いハイオクガソリンと比べて、化学反応速度が早くなる。その結果、火花点火により燃焼が開始した後に、レギュラーガソリンの場合は、ハイオクガソリンと比べてノッキングが生じ易くなる。
【0083】
これに対し、燃料の噴射時期を、少なくとも圧縮行程後期から膨張行程初期の遅い時期に設定するリタード噴射では、レギュラーガソリンの化学反応速度が早くなるような圧縮行程期間中の気筒18内に、燃料がそもそも存在しない。そのため、ハイオクガソリンとレギュラーガソリンとの化学反応速度の相違が生じ難い。
【0084】
従って、ハイオク仕様の車両において、エンジン1にレギュラーガソリンが供給されたときでも、エンジン1の運転状態が領域(4)にあるときには、ノッキングが生じ難いため、点火時期は、ベース点火時期よりも遅角しない、又は、ほとんど遅角しない。その結果、レギュラーガソリンが供給されることに伴うトルクの目減りは、抑制される。
【0085】
ここで、図7を参照しながら、レギュラーガソリンとハイオクガソリンとで、高圧リタード噴射によるSI燃焼を行った場合の熱発生率を比較する。図7において、実線は、91RON、つまりレギュラーガソリンに対応し、同図の破線は、100RON、つまりハイオクガソリンに対応する。尚、2種類の燃料について、燃料噴射期間は、同図に示すように、圧縮上死点付近において互いに同じに設定されており、点火時期もまた、圧縮上死点後の所定時期で互いに同じに設定されている。従って、2種類の燃料について、噴射開始時期から点火時期までの混合気形成期間は、同じである。
【0086】
先ず、ハイオクガソリンについて検討すると、前述の通り、圧縮上死点前の所定タイミングから気筒18内への燃料噴射が開始されることに伴い、その後の所定期間は、気筒18内に液滴燃料が存在することにより、熱発生率はマイナスとなる。ハイオクガソリンの場合は、マイナスの熱発生率のままで点火タイミングに至り、火花点火が行われることで熱炎反応が開始して熱発生率が立ち上がるようになる。
【0087】
これに対しレギュラーガソリンの場合は、ハイオクガソリンと同様に、圧縮上死点前の所定タイミングから気筒18内への燃料噴射が開始されることに伴い、マイナスの熱発生となるものの、レギュラーガソリンの場合は、燃料噴射期間の終了後に、低温酸化反応が生じ、熱発生率は上昇に転じるようになる。但し、高圧リタード噴射であることで、燃料噴射の開始から点火までの期間が短いため、自着火に至る前に火花点火が実行され、ハイオクガソリンの場合と同じタイミングで熱炎反応が開始し、熱発生が立ち上がる。図7の実線と破線とを比較すれば明らかなように、レギュラーガソリンの場合の熱発生率の立ち上がりと、ハイオクガソリンの場合の熱発生率の立ち上がりとに、実質的な差はない。言い換えると、高圧リタード噴射は、ハイオクガソリンの場合のように低温酸化反応が生じていなくても、火花点火により、所定の着火性が得られることになる。
【0088】
従って、ハイオク仕様の車両において、エンジン1にレギュラーガソリンが供給されたときでも、高圧リタード噴射のSI燃焼を行う領域(4)においては、点火時期を遅角しなくても、ノッキングの発生が回避され、また、トルクの目減りも回避されるようになる。
【0089】
これに対し、高圧リタード噴射を行わないSI燃焼領域である領域(5)では、吸気行程期間中に燃料噴射を行うため、レギュラーガソリンが供給されたときにはノッキングが生じ易くなる。PCM10は、ノックセンサSW17の検出信号に応じて、点火時期を遅角することになる。
【0090】
従って、このエンジン1では、高負荷側の低速域である領域(4)では、30MPa以上の高燃圧で、少なくとも圧縮行程後期から膨張行程初期までのリタード期間内で燃料噴射を行い、その燃料噴射の完了後、所定のタイミングで点火プラグを駆動する一方、高負荷側の高速域である領域(5)では、少なくとも吸気行程初期から圧縮行程中期までの期間内で燃料噴射を行い、圧縮上死点付近の所定のタイミングで点火プラグを駆動するが(図4及び図5(c)(d)参照)、領域(4)において、オクタン価の相違に対応して点火時期の相違させる幅、つまり、点火リタードのクランク角量、又は、点火リタードの時間は、領域(5)における点火リタードのクランク角量又は点火リタードの時間と比較して小さくなる。又は、領域(4)において、オクタン価の相違に対し点火時期は同じに設定される。
【0091】
また特に、前述したように、高圧リタード噴射時には、多噴口のインジェクタ67からピストン冠面のキャビティ141内に燃料が噴射されるから、キャビティ141内のガスの流動が高まり、空気利用率を高めつつ、可燃混合気を速やかに形成することが可能になる。また、キャビティ141内のコンパクトな燃焼室によって、混合気を速やかに燃焼させることが可能になる。こうして、相対的にオクタン価の低いレギュラーガソリンが供給されたときでも、ノッキング等の異常燃焼を、より効果的に回避し得るから、トルクが減少してしまうことが抑制される。
【0092】
尚、ここに開示する技術は、前述したエンジン構成への適用に限定されるものではない。例えば、吸気行程期間内における燃料噴射は、気筒18内に設けたインジェクタ67ではなく、別途、吸気ポート16に設けたポートインジェクタを通じて、吸気ポート16内に燃料を噴射してもよい。
【0093】
また、エンジン1は、直列4気筒エンジンに限らず、直列3気筒、直列2気筒、直列6気筒エンジン等に適用してもよい。また、V型6気筒、V型8気筒、水平対向4気筒等の各種のエンジンに適用可能である。
【0094】
さらに、前記の説明では、所定の運転領域において混合気の空燃比を理論空燃比(λ≒1)に設定しているが、混合気の空燃比をリーンに設定してもよい。但し、空燃比を理論空燃比に設定することは、三元触媒の利用が可能になるという利点がある。
【0095】
図4に示す運転領域は例示であり、これ以外にも様々な運転領域を設けることが可能である。
【0096】
また、高圧リタード噴射は、必要に応じて分割噴射にしてもよく、同様に、吸気行程噴射もまた、必要に応じて分割噴射にしてもよい。これらの分割噴射では、吸気行程と圧縮行程とのそれぞれにおいて燃料を噴射してもよい。
【符号の説明】
【0097】
1 エンジン(エンジン本体)
10 PCM(制御器)
14 ピストン
141 キャビティ
18 気筒
25 点火プラグ
62 燃料供給システム(燃圧設定機構)
67 インジェクタ(燃料噴射弁)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7