特許第6000233号(P6000233)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ エーリコン・トレイディング・アーゲー・トリューバッハの特許一覧

特許6000233少なくとも1つの複酸化物混合結晶皮膜を有する皮膜システム
<>
  • 特許6000233-少なくとも1つの複酸化物混合結晶皮膜を有する皮膜システム 図000012
  • 特許6000233-少なくとも1つの複酸化物混合結晶皮膜を有する皮膜システム 図000013
  • 特許6000233-少なくとも1つの複酸化物混合結晶皮膜を有する皮膜システム 図000014
  • 特許6000233-少なくとも1つの複酸化物混合結晶皮膜を有する皮膜システム 図000015
  • 特許6000233-少なくとも1つの複酸化物混合結晶皮膜を有する皮膜システム 図000016
  • 特許6000233-少なくとも1つの複酸化物混合結晶皮膜を有する皮膜システム 図000017
  • 特許6000233-少なくとも1つの複酸化物混合結晶皮膜を有する皮膜システム 図000018
  • 特許6000233-少なくとも1つの複酸化物混合結晶皮膜を有する皮膜システム 図000019
  • 特許6000233-少なくとも1つの複酸化物混合結晶皮膜を有する皮膜システム 図000020
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6000233
(24)【登録日】2016年9月9日
(45)【発行日】2016年9月28日
(54)【発明の名称】少なくとも1つの複酸化物混合結晶皮膜を有する皮膜システム
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/08 20060101AFI20160915BHJP
   C23C 14/24 20060101ALI20160915BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20160915BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20160915BHJP
【FI】
   C23C14/08 K
   C23C14/24 F
   B23B27/14 A
   B23C5/16
【請求項の数】46
【全頁数】26
(21)【出願番号】特願2013-258080(P2013-258080)
(22)【出願日】2013年12月13日
(62)【分割の表示】特願2009-531796(P2009-531796)の分割
【原出願日】2007年9月3日
(65)【公開番号】特開2014-77201(P2014-77201A)
(43)【公開日】2014年5月1日
【審査請求日】2013年12月13日
(31)【優先権主張番号】01614/06
(32)【優先日】2006年10月10日
(33)【優先権主張国】CH
(73)【特許権者】
【識別番号】507269681
【氏名又は名称】エーリコン・サーフェス・ソリューションズ・アーゲー・プフェフィコン
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【弁理士】
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100089037
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邊 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【弁理士】
【氏名又は名称】実広 信哉
(72)【発明者】
【氏名】ユルゲン・ラム
(72)【発明者】
【氏名】ベノ・ヴィードリヒ
(72)【発明者】
【氏名】ミハエル・アンテ
(72)【発明者】
【氏名】クリスティアン・ヴォーラブ
【審査官】 今井 淳一
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭62−218549(JP,A)
【文献】 特開昭58−185767(JP,A)
【文献】 特開2006−198731(JP,A)
【文献】 特開2004−131363(JP,A)
【文献】 特開2000−129445(JP,A)
【文献】 国際公開第2006/099758(WO,A2)
【文献】 国際公開第2006/099754(WO,A1)
【文献】 米国特許第05310607(US,A)
【文献】 カナダ国特許出願公開第02601722(CA,A1)
【文献】 特開平05−208326(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/08
B23B 27/14
B23C 5/16
C23C 14/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
加工物をコーティングするためのPVD皮膜システムであって、組成が(Me11−xMe2である複酸化物の混合結晶皮膜を少なくとも1つ含み、Me1は、Al,Cr,Fe,Mn,Nb,Ti,SbあるいはVのうちの少なくとも1つの元素であり、Me2は、Cr、Fe、Li、Mg、Mn、Nb、Ti、SbあるいはVのうちの少なくとも1つの元素であり、前記元素Me1およびMe2が、それぞれ異なっている皮膜システムにおいて、
前記混合結晶皮膜は、化学量論量よりも少ない量の酸素を含有し、
前記混合結晶皮膜の結晶格子は、コランダム型構造を有し、
前記コランダム型構造は、X線回折で測定された前記混合結晶皮膜のスペクトルにおいて、少なくとも3本の、好適には4本の、特に好適には5本の、コランダム型構造に特有のラインによって特徴づけられることを特徴とする皮膜システム。
【請求項2】
前記混合結晶皮膜の前記コランダム型構造が熱安定性を有しているため、前記混合結晶皮膜の格子パラメータaおよび/またはcは、少なくとも1000℃、もしくは少なくとも1100℃の雰囲気温度において30分後にも、最大で2%、好適には最大で1%変化することを特徴とする請求項1に記載の皮膜システム。
【請求項3】
前記酸素の含有量が、化合物の化学量論的組成よりも、最大15パーセントポイント、好適には最大10パーセントポイント、下回ることを特徴とする請求項1に記載の皮膜システム。
【請求項4】
前記混合結晶皮膜は微結晶質であり、晶子の平均的な大きさは0.2μmより小さい、好適には0.1μmより小さいことを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の皮膜システム。
【請求項5】
Me1はAlを、Me2はCr,Fe,Li,Mg,Mn,Nb,Ti,SbあるいはVのうちの少なくとも1つの元素を含み、0.2≦x≦0.98、好適には0.3≦x≦0.95であることを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の皮膜システム。
【請求項6】
前記混合結晶皮膜は、それぞれ2at%より少ない希ガスおよびハロゲンを含有することを特徴とする請求項1から5のいずれか一項に記載の皮膜システム。
【請求項7】
前記混合結晶皮膜における希ガスの含有量が最大で0.1at%、好適には最大で0.05at%であり、および/またはハロゲンの含有量が最大で0.5at%、好適には最大で0.1at%であり、もしくは、前記混合結晶皮膜は、好適には希ガスおよび/またはハロゲンを含有しないことを特徴とする請求項6に記載の皮膜システム。
【請求項8】
前記混合結晶皮膜の膜応力が少ないため、前記複酸化物の格子パラメータの、ベガード則によって決定される値からの偏差が、1%かそれより小さい、好適には0.8%かそれより小さいことを特徴とする請求項1に記載の皮膜システム。
【請求項9】
膜厚2μmの混合結晶皮膜で測定された前記膜応力は、±0.8GPaより小さい、好適には±0.5GPaより小さい圧縮応力あるいは引張応力であることを特徴とする請求項1から8のいずれか一項に記載の皮膜システム。
【請求項10】
前記混合結晶皮膜が、交互に堆積する、少なくとも2つの異なる複酸化物から成る多層皮膜を含むことを特徴とする請求項1から9のいずれか一項に記載の皮膜システム。
【請求項11】
前記混合結晶皮膜が、少なくとも1つの複酸化物と、さらなる酸化物とが交互に堆積した多層皮膜を含むことを特徴とする請求項1から10のいずれか一項に記載の皮膜システム。
【請求項12】
前記複酸化物は、アルミニウムともう一種類の金属から成る酸化物であり、特に(AlCr)あるいは(AlV)であることを特徴とする請求項1から11のいずれか一項に記載の皮膜システム。
【請求項13】
前記さらなる酸化物はHfO,Ta,TiO,ZrO,γ‐Alであり、特にCr,V,Fe,FeTiO,MgTiOあるいはα‐Alといった、コランダム型構造の酸化物であることを特徴とする請求項11に記載の皮膜システム。
【請求項14】
前記混合結晶皮膜に加えて、少なくとも1つの中間皮膜、特に接着皮膜および/または硬質皮膜が、加工物と混合結晶皮膜との間に設けられ、および/または保護皮膜が、前記混合結晶皮膜の上に設けられており、当該皮膜は好適には、周期表の4族、5族、6族元素、および/またはAl,Si,Fe,Ni,Co,Y,Laのうちの1つの金属、あるいは当該元素の混合物を含むことを特徴とする請求項1から13のいずれか一項に記載の皮膜システム。
【請求項15】
前記硬質皮膜および/または前記保護皮膜の金属が、N,C,O,Bとの化合物あるいは当該化合物の混合物であり、このとき、NもしくはCNとの化合物が好適であることを特徴とする請求項14に記載の皮膜システム。
【請求項16】
前記硬質皮膜はTiN,TiCN,AlTiN,AlTiCN,AlCrNもしくはAlCrCNを含み、前記保護皮膜はAlCrN,AlCrCN,CrあるいはAlを、特にγ‐Alあるいはα‐Alを含むことを特徴とする請求項14または15に記載の皮膜システム。
【請求項17】
前記中間皮膜および/または前記硬質皮膜が、多層皮膜を含んでいることを特徴とする請求項14から16のいずれか一項に記載の皮膜システム。
【請求項18】
中間皮膜と混合結晶皮膜とが、もしくは、保護皮膜と混合結晶皮膜とが、交互にそれぞれ多層皮膜を構成するように配置されていることを特徴とする請求項14から17のいずれか一項に記載の皮膜システム。
【請求項19】
前記皮膜システムは、全体の膜厚が10μmより大きい、好適には20μmより大きいことを特徴とする請求項14から17のいずれか一項に記載の皮膜システム。
【請求項20】
前記混合結晶皮膜は、5μmより大きい、好適には8μmより大きい膜厚を有することを特徴とする請求項14から17のいずれか一項に記載の皮膜システム。
【請求項21】
加工物上に複酸化物の混合結晶皮膜を含む、請求項1から20のいずれか一項に記載の皮膜システムを形成するための真空コーティング法であって、少なくとも1つの陽極と、ターゲットとして実施されているアークソースの陰極との間で、酸素を含有するプロセスガスの存在下で、アーク放電が行われる方法において、
前記ターゲットの表面には、前記ターゲット表面に対して垂直な外部磁界であって、垂直成分Bならびに、より小さい径方向あるいは表面に平行な成分Bを含む、蒸発プロセスを支援するための外部磁界は形成されないか、あるいは形成されても小さい磁界にとどまっており、
前記ターゲットは、合金のターゲットであって、前記混合結晶皮膜の金属組成が、金属全体の含有量で規格化すると、対応する金属の割合に関して、ターゲット組成の含有量から10%、好適には5%、特に好適には3%以上異ならず、
当該混合結晶皮膜はコランダム型構造で堆積することを特徴とする方法。
【請求項22】
前記ターゲット表面の前記垂直成分Bは、3〜50ガウス、好適には5〜25ガウスになるように調整されることを特徴とする請求項21に記載の方法。
【請求項23】
前記小さい磁界を形成するために、少なくとも1つの軸方向に分極したコイルから成る、前記ターゲットの外周面に似たジオメトリを有するマグネットシステムに、励磁電流が印加されることを特徴とする請求項21または22に記載の方法。
【請求項24】
スパーク放電、もしくは少なくとも1つのアークソースに、直流電流とパルス電流もしくは交流電流とが、同時に印加されることを特徴とする請求項21から23のいずれか一項に記載の方法。
【請求項25】
酸素を含むプロセスガスの存在下において、ターゲットとして実施されているアークソースあるいはスパッタリングソースから成る第一の電極と、第二の電極とを用いて、加工物上に皮膜を堆積させることによって、前記加工物上に複酸化物の混合結晶皮膜を含む、請求項1から20のいずれか一項に記載の皮膜システムを形成するための真空コーティング法であって、
前記ソースには、直流電流もしくは直流電圧と、パルス電流あるいは交流電流、もしくはパルス電圧あるいは交流電圧と、が同時に印加される方法において、
前記ターゲットは、合金のターゲットであって、前記混合結晶皮膜の金属組成が、金属全体の含有量で規格化すると、対応する金属の割合に関して、ターゲット組成の含有量から10at%、好適には5at%、特に好適には3at%以上異ならず、
当該混合結晶皮膜はコランダム型構造で堆積することを特徴とする方法。
【請求項26】
前記ソースはアークソースであり、前記第二の電極は前記アークソースから離間して、あるいは前記アークソースの陽極として配置されていることを特徴とする請求項25に記載の方法。
【請求項27】
両電極が、それぞれパルス電流供給装置に接続されて作動していることを特徴とする請求項26に記載の方法。
【請求項28】
前記第二の電極が、さらなるアーク蒸発ソースの陰極として作動しており、当該第二の電極は、やはり直流電流供給装置に接続されて作動していることを特徴とする請求項27に記載の方法。
【請求項29】
前記第二の電極は、スパッタリングソース、特にマグネトロンソースの陰極として作動しており、当該第二の電極は、やはり電流供給装置、特に直流電流供給装置に接続されて作動していることを特徴とする請求項27に記載の方法。
【請求項30】
前記第二の電極は蒸発るつぼとして構成されており、低電圧アーク蒸着の陽極として作動することを特徴とする請求項27に記載の方法。
【請求項31】
前記直流電流供給装置および前記パルス電流供給装置は、好適には少なくとも1つのブロッキングダイオードを有する電気的減結合フィルタによって減結合されることを特徴とする請求項25から30のいずれか一項に記載の方法。
【請求項32】
前記直流電流供給装置は、基本電流によって作動し、それによって、前記ソース、特に前記アーク蒸発ソースにおけるプラズマ放電は、中断されることなく維持されることを特徴とする請求項25から31のいずれか一項に記載の方法。
【請求項33】
前記パルス電流供給装置もしくはパルス電圧供給装置は、上昇率が2.0V/nsより大きいパルスエッジで作動しており、前記上昇率は好適には少なくとも0.02V/ns〜2.0V/nsの範囲、さらに好適には少なくとも0.1V/ns〜1.0V/nsの範囲にあり、大電流放電が発生することを特徴とする請求項25から32のいずれか一項に記載の方法。
【請求項34】
前記パルス電流供給装置は、周波数1kHz〜200kHzの範囲において作動することを特徴とする請求項25から33のいずれか一項に記載の方法。
【請求項35】
前記パルス電流供給装置は、様々なパルス幅の比率で調整され、作動することを特徴とする請求項25から34のいずれか一項に記載の方法。
【請求項36】
パルスが印加された磁界が、少なくとも1つのアークソースに印加されることを特徴とする請求項25から35のいずれか一項に記載の方法。
【請求項37】
前記磁界は、前記パルス電流によって、あるいは前記アークソースのパルス電流の一部によって、パルスを印加されることを特徴とする請求項36に記載の方法。
【請求項38】
少なくとも1つのアークソースは冷却されていないか、あるいは加熱されることを特徴とする請求項21から37のいずれか一項に記載の方法。
【請求項39】
前記ソースは、少なくとも80%、好適には90%、さらに好適には100%が酸素から成るプロセスガスによって作動することを特徴とする請求項21から38のいずれか一項に記載の方法。
【請求項40】
前記コーティング時の温度は、650℃より小さく、好適には550℃より小さくなるように設定されることを特徴とする請求項21から39のいずれか一項に記載の方法。
【請求項41】
請求項1から20のいずれか一項に記載の皮膜システムによってコーティングされていることを特徴とする、高温時および/または化学的高負荷時に使用するための工具または部品。
【請求項42】
前記工具は、少なくとも摩耗の作用を受ける領域において、基本材料として、工具鋼、高速度鋼、粉末冶金(PM)用鉄鋼、あるいは超硬合金(HM)、サーメット、立方晶窒化ホウ素(CBN)などの焼結材料が使用可能であり、前記部品は、少なくとも摩耗の作用を受ける領域において、基本材料として、冷間工具鋼、高速度鋼、粉末冶金(PM)用鉄鋼、あるいは超硬合金(HM)、サーメット、SiC、SiN、CBNなどの焼結材料、あるいは多結晶質のダイヤモンドが使用可能であることを特徴とする請求項41に記載の工具または部品。
【請求項43】
前記工具は切削工具であり、特に、高速度鋼、超硬合金(HM)、サーメット、CBN、SiN、SiC、あるいは粉末冶金(PM)用鉄鋼から成るスローアウェイチップ、あるいは、ダイヤモンドをコーティングしたスローアウェイチップであることを特徴とする請求項41に記載の工具。
【請求項44】
前記工具は成形工具であり、特に鍛造工具であることを特徴とする請求項41に記載の工具。
【請求項45】
前記工具は射出成形鋳型であることを特徴とする請求項41に記載の工具。
【請求項46】
前記部品は、内燃機関のコンポーネント、特に噴射ノズル、ピストンリング、バケットタペット、タービンブレードであることを特徴とする請求項41に記載の部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、請求項1のおいて書き部分に記載の、加工物をコーティングするためのPVD(物理蒸着法)皮膜システムと、請求項21および26のおいて書き部分に記載の、本発明に係る皮膜システムを形成するための方法と、に関する。さらに、本発明は、請求項42のおいて書き部分に記載の、本発明に係る皮膜システムによってコーティングされる加工物に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1もしくは特許文献2(Balzers)には、(Al,Cr)硬質皮膜と、コーティングが行われた工具と、当該皮膜の形成プロセスとが開示されている。低電圧アーク(NVB)放電の陽極として接続されたるつぼからは、アルミニウムおよびクロムの粉末が共に蒸発し、工具は、Ar/O雰囲気下、約500℃でコーティングされる。当該皮膜は内部圧縮応力を有し、概ねクロム含有率が5%より大きい混合結晶から成る。このとき、熱力学的な安定性は、アルミニウムの含有率が高いことによって改善され、アブレシブ摩耗に対する耐久性は、クロムの含有率が増大することによって改善される。前記皮膜は、202方向のラインが存在するとされているゆえに、含有クロムに応じた転位を有する酸化アルミニウム(コランダム)のα変態と称されるが、この解析には、コランダムのその他全てのラインに関する解析が不足している。上記の利点にも関わらず、当該皮膜は産業上の標準技術としては確立されなかった。なぜなら、上記のNVB法によって形成を行う場合、皮膜の絶縁特性ゆえに、連続的に実施すると、工程技術上の問題を生じるからである。
【0003】
前記工程技術上の問題を、少なくとも十分な伝導性を有する三元系窒化物皮膜の堆積と、後続の酸化ステップとによって回避することが、以下の3つの文献に記載されている。しかしながら、これら3つの文献は全て、α‐酸化アルミニウム皮膜を成長させるための基板として、酸化物皮膜もしくはコランダム型構造の堆積物を利用することに主眼を置いている。当該α‐酸化アルミニウム皮膜は、UBMS(Unbalanced−Magnetron−Sputtering)法によって、Ar/O雰囲気下で、費用面で負担の大きいプラズマエミッションモニター(PEM)によるプロセス制御のもとに形成される。それによって、アルミニウムのスパッタリングターゲットが、被毒すなわち酸化された表面と、金属表面との間の移行領域において維持される。
【0004】
特許文献3および特許文献4には、皮膜システムと、α‐酸化アルミニウムを含有する皮膜システムを形成する方法とが開示されている。当該方法では、例えばまず、TiAlN硬質皮膜およびAlCrN硬質皮膜が塗膜され、次に、少なくとも前記AlCrN硬質皮膜の表面が酸化され、それによって、コランダムに類似した、格子定数0.4779〜0.5nmの格子構造が、中間皮膜として形成される。当該中間皮膜上に、α‐酸化アルミニウム皮膜が堆積する(a=0.47587nm)。著者の主張によると、300〜500℃の温度でも、コランダム型構造の皮膜を、AIP法(アークイオンプレーティング法)と後続の酸化ステップ、さらに後続の酸化アルミニウムのUBMSによって、形成することができる。また、Ar/O雰囲気下で、やはりUBMSによって形成されるCr,(Al,Cr)もしくは(Fe,Cr)中間皮膜上に堆積した、酸化アルミニウム皮膜も開示されている。さらに著者は、特許文献5に関して、(Al,Cr)皮膜は、当該皮膜表面でクロムが、加工される材料に含まれる鉄と反応するため、鉄鋼の加工には適性が乏しいと指摘している。
【0005】
これに対し、同一出願人の異なる発明者は、より最近の出願となる特許文献6(Kobe)において、前記技術は、実際には650〜800℃の温度を必要とすると認めている。なぜなら、温度が低すぎると酸化が生じないからである。しかしながら、実際に開示されているのは、700〜750℃の例のみであり、少なくとも酸化ステップまたは酸化アルミニウム薄膜の堆積が、700℃以上の温度で実施される手法が記載されている。このとき、好適には、両方のステップが同じ温度で実施される。さらに、前記発明者は、好適には、TiN,TiC,TiCNといった、チタンを含有する拡散バリアを追加的に塗布することも開示している。プロセス中の温度が前記のように高温であると、酸化物皮膜を介して、基板に酸素が拡散するのだが、前記拡散バリアによって、当該酸素の有害な拡散が防止される。
【0006】
特許文献7(Kobe)でも、特許文献4に記載された発明を改良する必要があると考えられている。このとき、出発点となるのは、特許文献4に類似した実験であって、当該実験では、CrNが750℃で酸化され、続いて同じ温度で、酸化アルミニウムが、PEMで制御されたスパッタリングプロセスによって、Ar/O雰囲気下で堆積される。結果として、確かに結晶質の皮膜は得られるが、膜厚が大きくなるにつれて、粒子は益々粗くなり、したがってラフな皮膜となる。特許文献7では、実験を通じて、この問題に取り組んだ。当該実験では、酸化アルミニウムの結晶成長は、周期的な間隔で、Cr,Fe,(Al,Cr),(Al,Fe)といった、その他のやはりコランダム型構造で成長している金属酸化物による薄い酸化物皮膜によって、あるいは、少なくとも前記酸化物の周期的な堆積によって、中断される。このとき、その他の金属酸化物を含有する皮膜の領域は、10%より小さく保たれるべきであり、好適には2%より小さくても良いくらいである。ただ、前記皮膜を形成するためのコーティングにおいて、約2μmに約5時間を要するのは、産業プロセスとしては適性に乏しく思われる。
【0007】
非特許文献1には、300〜500℃の温度範囲における、コランダム型構造の酸化アルミニウムの成長と、三酸化二クロム型構造の酸化クロムの成長とが記載されている。酸化クロムの三酸化二クロム型構造は、酸化アルミニウムのコランダム型構造と同じであるが、格子パラメータが多少異なる。分子線エピタキシー法(MBE)を用いて、超高真空(UHV)で実施された試験は、コランダム型構造の酸化クロムを、酸化アルミニウムのコランダム高温相成長のための結晶化基板として利用することを目的としていた。このとき、酸素は、プラズマによって励起され、金属は、局所的に配置された単体のソースから分離して蒸発し、それによって、材料フローが同時に基板に衝突する。当該試験の温度範囲300〜500℃では、鉄鋼基板上には、アモルファス状の酸化アルミニウムのみが堆積可能であったが、これに対して酸化クロムは、鉄鋼基板の前処理の影響を概ね受けることなく、三酸化二クロム型構造の多結晶質皮膜として成長した。しかしながら、三酸化二クロム皮膜上に、純粋なα‐酸化アルミニウムを生成することはできなかった。なぜなら、前記温度範囲では、アルミニウムの原子百分率が35at%よりも大きくなると、わずかな原子層内部の結晶構造は、アモルファス状の酸化アルミニウムに傾くからである。続いて、半経験的モデルを用いたシミュレーション計算によって、この実際的な試験結果は、酸素欠乏箇所を介した、κ変態に有利な、α‐酸化アルミニウムの不安定化を予測するものであると確認された。
【0008】
特許文献8にはスパッタリングのプロセスが開示されている。当該プロセスにおいては、700℃より低い基板温度で、α相およびγ相の酸化アルミニウムから成り、完全に結晶質である皮膜が得られるが、当該皮膜の圧縮応力は少なくとも1GPaの大きさとなる。工具と酸化アルミニウム皮膜との間の中間皮膜としては、金属とO,N,Cとの化合物が挙げられる。
【0009】
要約すると、PVD法によってコランダム型構造の酸化物を生成する分野では、先行技術は、10年よりはるか以前から、α‐酸化アルミニウム皮膜を形成することに取り組んできた。それによって、以前からCVD法を用いると、ほぼ確実に形成可能であった皮膜に相当する皮膜を、CVD法に起因する障害を排して、提供可能にするためである。しかしながら、前記方法は複雑で、エラーが生じやすく、かつ、面倒であるため、今日まで、ただ一名の製造者によって、アモルファス状の酸化アルミニウム皮膜ではあるが、結晶質ではない、特にα‐酸化アルミニウム皮膜ではない皮膜が、工具コーティングの分野において提供されたのみである。同様の理由から、オキシナイトライド、オキシカーボンナイトライド、および類似物質の供給状況が、工具市場においては、熱化学的に耐性のあるコーティングの需要が大きいことを示してはいるものの、今日まで、その他の純粋な酸化物皮膜、特に膜厚の大きい酸化物皮膜が提供されたことはない。
【0010】
定義
本発明において「熱安定性を有する」皮膜とは、少なくとも900℃、好適には1000℃、さらに好適には1100℃までの雰囲気温度の範囲において、雰囲気に曝露されても、結晶構造に変化が認められず、したがって、X線回折の結果および格子パラメータに大きな変化が認められない皮膜と理解される。当該皮膜は、少なくとも1500HV、しかし好適には、少なくとも1800HVの、適切な基本硬度を有している限りにおいて、高熱への耐性を必要とする工具への使用に関して、特に興味をひくものである。なぜなら、作業プロセス中の相転移は予想されず、高温硬度は明らかに、その他の皮膜よりも優れているからである。
【0011】
「応力から自由な」皮膜とは、以下詳細に説明する試験方法において、応力を有していたとしても、わずかの圧縮応力もしくは引張応力を有する皮膜と理解される。それによって、例えば、(Al,Cr)皮膜の格子面間隔もしくは格子定数の転位から、二元化合物α‐Alおよびα‐Crの格子定数間の線形補間によって、当該皮膜のアルミニウムもしくはクロム含有量を直接推量することができる(ベガード則)。
【0012】
これは、例えば特許文献1もしくは特許文献8から知られているPVD法とは対照的である。両文献に記載されている皮膜は、希ガス原子の組み込みや、直流バイアスによって、あるいはその他の理由から、変形して成長するものであって、1GPaを超える範囲の、高い内部圧縮応力を有し、その結果、膜厚がより大きくなったときに、しばしば薄片となって崩壊しうる。
【0013】
それに対して、CVD法によって形成された皮膜に見られる引張応力は、通常、皮膜および基材の様々な熱膨張係数に基づいて、当該方法の特徴である高い堆積温度からの冷却を行う際に発生する。例えば、特許文献9によると、α‐Alの堆積には、950〜1050℃の温度が必要である。CVDコーティング法には、堆積プロセスにおいて、不所望の分解生成物(ハロゲンなど)が、不可避的に発生するという副次的な欠点があるが、前記温度を必要とするということは、当該方法の主要な欠点である。なぜなら、前記応力によって、稜などに亀裂が生じ、それゆえ、前記皮膜は、例えば、断続的な切削加工プロセスには適性に乏しいからである。
【0014】
本発明において「複酸化物」とは、2種類以上の金属と酸素との化合物を指す。さらに、1種類もしくは2種類以上の金属の酸化物で、BやSiのような半導体の性質を有する元素を1種類もしくは2種類以上、補足的に含有する酸化物も、複酸化物に含まれるものと理解される。当該酸化物の例としては、スピネルとして知られている、立方晶の、アルミニウムともう1種類の金属の酸化物、もしくはアルミニウムの複酸化物が挙げられる。しかし、本発明においては、前記酸化物は、(Me11−xMe2の組成で、α‐酸化アルミニウムと同形のコランダム型構造を有する酸化物に関する。このとき、Me1およびMe2には、それぞれ、Al,Cr,Fe,Li,Mg,Mn,Ti,SbあるいはVのうちの少なくとも1つの元素が含まれ、元素Me1とMe2とは、それぞれ異なるものである。
【0015】
測定手法
以下に、皮膜の明確な特性を特徴づけるために使用された、個々の手法および機器を、より比較しやすいように、簡単に説明する。
【0016】
X線回折測定
X線回折スペクトルを測定し、それを基に算定される格子定数を評価するために、Bruker AXS社の、湾曲多層膜ミラーと、ソーラスリットと、エネルギー分散型検出器と、を備えたX線回折装置D8が使用された。
【0017】
ブラッグ・ブレンターノ型デザインの回折装置において、試料をθ回転させると同時に、検出器を2θ回転させながら、CuKα線を用いて、斜入射は用いず、簡単な測定を行った。
角度範囲:20〜90°、基板は回転を行った。
測定時間:保持時間を0.01°で4秒と設定。7時間46分(=70°)に達した。
【0018】
皮膜内部応力の測定
皮膜の内部応力を測定するために、一方では、Stoneyによる、基板曲率から応力を求める手法で、超硬短冊基板を用いた(L=2r=20mm,D=0.5mm,E=210GPa,v=0.29)。前記膜応力は以下の式から求めた。
【0019】
【数1】
は基板のヤング率、Dは基板全体の厚さ、dは皮膜の厚さ、fはたわみ、fは試料の自由長を指す。
【0020】
他方では、円形基板を使用し、前記膜応力は以下の式から求めた。
【0021】
【数2】
L=2r=20mm,D=0.5mm,E=210GPa,v=0.29に設定。
【0022】
さらに、X線回折装置によって検知された、複酸化物の測定点の、ベガード則によって決定された直線からの偏差も、多層皮膜における内部応力を求める助けとなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0023】
【特許文献1】欧州特許出願公開第0513662号明細書
【特許文献2】米国特許第5310607号明細書
【特許文献3】米国特許第6767627号明細書
【特許文献4】特開2002−53946号公報
【特許文献5】特開平5−208326号公報
【特許文献6】米国特許出願公開第2005/0058850号明細書
【特許文献7】国際公開第2004097062号パンフレット
【特許文献8】欧州特許第0744473号明細書
【特許文献9】米国特許出願公開第2004/202877号明細書
【特許文献10】国際公開第2006099758号パンフレット
【特許文献11】国際公開第2006099760号パンフレット
【特許文献12】スイス特許出願01166/06号明細書
【特許文献13】独国特許出願公開第19522331号明細書
【非特許文献】
【0024】
【非特許文献1】Ashenford[Surface and Coatings Technology 116−119(1999)699−704]
【非特許文献2】W.Sitte[Mater.Sci.Monogr.,28A,React.Solids 451−456,1985]
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
本発明の課題は、これまで詳細に説明した先行技術の欠点を改善すること、かつ、少なくとも1つの、熱安定性を有する酸化物皮膜を含む、高温使用に適した皮膜システムと、前記皮膜システムによって保護される加工物、特に工具および部品を提供すること、とにある。さらなる課題は、前記皮膜システムの形成方法を開示することにある。当該方法においては、容易かつ確実に再現可能なやり方で、加工物をコーティングすることが可能であり、皮膜システムの特性を、様々な用途に応じて調整することが可能である。
【課題を解決するための手段】
【0026】
本課題は、加工物をコーティングするためのPVD皮膜システムによって解決される。当該皮膜システムは、組成が(Me11−xMe2である複酸化物による、少なくとも1つの混合結晶皮膜を含んでいる。Me1およびMe2には、それぞれ、Al,Cr,Fe,Li,Mg,Mn,Nb,Ti,SbあるいはVのうちの少なくとも1つの元素が含まれ、元素Me1とMe2とは、それぞれ異なるものである。前記混合結晶皮膜の結晶格子は、コランダム型構造を有しており、当該コランダム型構造は、X線回折あるいは電子線回折によって測定された、混合結晶皮膜のスペクトルにおいて、少なくとも3本、好適には4本、さらに好適には5本の、コランダム型構造に特有のラインを有することを特徴としている。特に適しているのは、Me1がAlで、Me2がCr,Fe,Li,Mg,Mn,Nb,Ti,SbあるいはVのうちの少なくとも1つの元素であり、0.2≦x≦0.98、好適には0.3≦x≦0.95である皮膜システムである。このとき、アルミニウムは、耐酸化性と高温硬度を高める元素として、特に重要である。とはいえ、あまりにもアルミニウムの含有量が多いと、特に前記皮膜を形成する際に問題となることがわかっている。なぜなら、特にコーティング温度が低いと、当該皮膜が形成する晶子は、次第に小さくなり、それにともなって、X線回折結果における反射の強度が失われるからである。
【0027】
可能な限り、皮膜の成長を阻害せず、応力から自由に皮膜を成長させるためには、いずれにせよ、混合結晶皮膜におけるハロゲンおよび希ガスの含有量を2%よりも少なくする必要がある。これは、少なくとも80%、好適には90%、さらに好適には100%までが酸素で構成されるプロセスガスによって、ソースが作動されることによって可能となる。したがって、混合結晶皮膜における希ガスの含有量も、最大で0.1at%、好適には最大で0.05at%、および/またはハロゲンの含有量は最大で0.5at%、好適には最大で0.1at%に制限可能である。もしくは、最も有利な場合、前記混合結晶皮膜は、好適には概ね希ガスおよびハロゲンを含有せずに形成される。
【0028】
混合結晶皮膜の構成に関しては、様々なバリエーションが考えられる。例えば、前記皮膜を、少なくとも2つの異なる、交互に堆積する複酸化物から成る単層あるいは多層皮膜として構成することができる。また、1つの複酸化物を、その他の酸化物と交互に堆積させることも可能である。このとき、特に耐熱性に優れていたのは、アルミニウム‐クロム合金、およびアルミニウム‐バナジウム合金のアーク蒸着もしくはスパッタリングによって生成された複酸化物であった。複酸化物と交互にコーティングを行うための、さらなる酸化物として、HfO,Ta,TiO,ZrO,γ‐Alが、しかし特に、Cr,V,Fe,FeTiO,Ti,MgTiOなどのコランダム型構造の酸化物が、そしてもちろん、特にα‐Alが、優れた高温特性を示している。
【0029】
皮膜システムを形成するときには、混合結晶皮膜の膜応力を小さく保つことが有利であると判明した。それによって、例えば、特に金属材料をすばやく回転加工する場合に必要となるような、膜厚の大きい皮膜の堆積も可能となるからである。当該皮膜システムに、例えば、硬化鋼を加工するための特定の内部応力特性や、より効果的にチップを除去するため、あるいは摺動部材に応用するための特別な減摩特性、様々な基板等に対する、より強化された接着力、といったさらなる特性を与える必要がある場合、これらの特性は、例えば、基板と混合結晶皮膜との間に設けられた、例えば少なくとも1つの接着皮膜および/または硬質皮膜から成る中間皮膜の適切な選択によって、もしくは当該混合結晶皮膜への1つまたは複数の保護皮膜の塗膜によって得られる。
【0030】
このとき、前記硬質皮膜もしくは保護皮膜は、好適には少なくとも、周期表の4族、5族、6族元素、もしくはAl,Si,Fe,Co,Ni,Co,Y,Laのうちの1つの金属、もしくは前記元素とN,C,O,Bとの化合物、あるいは前記化合物の混合物を含んでいるが、NもしくはCNとの化合物が特に好適である。特に硬質皮膜に適した化合物は、TiN,TiCN,AlTiN,AlTiCN,AlCrNもしくはAlCrCNであり、保護皮膜に特に適している化合物は、AlCrN,AlCrCN,CrあるいはAlであり、さらに適しているのはγ‐Alあるいはα‐Alである。混合結晶皮膜と同様に、中間皮膜および/または硬質皮膜も、多層皮膜を含むことができる。さらに、前記皮膜システムは、中間皮膜と混合結晶皮膜とが交互になる、もしくは保護皮膜と混合結晶皮膜とが交互になる多層皮膜としても構成可能である。
【0031】
コランダム型構造の混合結晶を形成するのに適しているのは、特別に設置された小さな垂直磁界を有さないアーク法もしくは当該磁界を有するアーク法と、パルスが重畳されるアーク法と、アーク蒸発ソースもしくはスパッタリングソースなどの材料ソースにインパルス大電流が印加されるような、もしくは直流の基本モードにインパルス大電流が重畳されるようなアーク法あるいはスパッタリング法といった、一般的な方法と、である。それによって、以下詳細に説明する制約条件が満たされる限りにおいて、被毒状態での作動もしくはターゲット面での合金の形成が可能である。
【0032】
本発明に係る皮膜システムを形成するため、特に酸化物による混合結晶皮膜を形成するためのアーク法に関しては、さらに、同一の出願人による、特許文献10、特許文献11、特許文献12に開示された出願も参照される。当該出願は、前記方法に関して、次なる先行技術をなすものである。全ての方法は、Balzers社のRCSコーティングシステムで行われた。
【0033】
いずれの方法においても、コランダム型構造の混合結晶を形成するために重要なのは、合金のターゲットを用いることである。ターゲットが合金でないと、堆積温度が650℃を下回る場合に、以下に詳細に説明するように、コランダム型構造の酸化物による混合結晶皮膜を堆積させることができないからである。極力容易に再現可能な方法としては、混合結晶皮膜における金属組成が、金属全体の含有量で規格化すると、対応する金属の含有割合に関して、ターゲットにおける金属組成の含有量から10%、好適には5%、特に好適には3%を超過しないように、当該方法のパラメータを選択すると有利である。前記パラメータの選択は、例えば、実験例において示されたパラメータを維持することによって、エバーハード効果などによる分離を防止するために、例えば100V未満の、むしろ低めの基板バイアスを選択することによって、可能となる。また、例えば、極めて大きな圧縮応力が必要となる場合には、当業者は、前記パラメータを、合金システムに応じて適合および変化させることもできる。
【0034】
基本的に、本発明に係る複酸化物を生成する方法としては、ターゲット表面に、当該表面に対して概ね垂直な外部磁界が印加されない、あるいは印加されるとしてもわずかに印加されるのみであるようなアーク法が適している。垂直成分Bを有する磁界が印加される場合、径方向、または表面に平行な成分Bは、少なくともターゲット表面の大部分に広がりながらも、Bより少なくとも70%以上、好適には90%小さくなるように調整すると有利である。このとき、垂直成分Bは、3〜50ガウス、好適には5〜25ガウスになるように調整される。前記磁界は、例えば、少なくとも1つの軸方向に分極したコイルから成る、ターゲットの外周面に似たジオメトリを有するマグネットシステムによって形成されうる。前記コイル面は、ターゲット表面の高さ、あるいは好適にはターゲット表面の背面に平行に配置することができる。以下詳細に説明する、ソースにパルスを印加する方法は、特に、上述のような弱い磁界を有するソース、または磁界を有さないソースを用いるアーク法として、特に有利に実施することができる。
【0035】
ソースにパルスを印加する以下の方法においては、コランダム型の結晶格子を有する複酸化物による、特に熱安定性を有する混合結晶皮膜を形成するために、少なくとも1つのアークソースに、直流電流と、パルス電流もしくは交流電流とが同時に印加される。このとき、アークソースあるいはスパッタリングソースによる、合金のターゲットとして構成された第一の電極と、第二の電極とによって、皮膜が加工物上に堆積する。前記ソースには、直流電流もしくは直流電圧と、パルス電流あるいは交流電流もしくはパルス電圧あるいは交流電圧とが、同時に印加される。このとき、ターゲットの合金は、概ね混合結晶皮膜の組成に対応する。パルスの周波数は、好適には1kHzから200kHzの範囲にあり、パルス電流供給装置は、様々なパルス幅の比率もしくはパルス間隔で作動可能である。
【0036】
第二の電極は、アークソースから離隔して、あるいはアークソースの陽極として配置可能であり、第一の電極および第二の電極はそれぞれ、個々のパルス電流供給装置と接続されて作動する。第二の電極がアークソースの陽極として作動しない場合、当該アークソースはパルス電流供給装置を介して、以下の材料ソースのうちの1つと接続可能、もしくは共に作動可能である:
‐同じく直流電流供給装置に接続されている、さらなるアーク蒸発ソース
‐同じく電流供給装置、特に直流電流供給装置に接続されている、スパッタリングソース、特にマグネトロンソースの陰極
‐同時に低電圧アーク蒸着の陽極としても作動される蒸発るつぼ
【0037】
このとき、直流電流の供給は、基本電流によって行われ、少なくともアーク蒸発ソースにおける、好適には全てのソースにおける、プラズマ放電は、概ね中断されることなく維持される。
【0038】
有利には、直流電流供給装置およびパルス電流供給装置はそれぞれ、好適には少なくとも1つのブロッキングダイオードを有する電気的減結合フィルタで減結合される。このとき、コーティングは、650℃よりも低い温度、好適には550℃よりも低い温度で行われる。
【0039】
この場合、コーティング温度が比較的低いにもかかわらず、また、場合によって、複酸化物皮膜の下に接着皮膜あるいは中間皮膜として位置する、例えば立方晶の金属窒化物あるいはカーボンナイトライドによる皮膜が存在しても、コランダム状の構造をなすように成長する。これは、先行実験において、アルミニウム単体のターゲットおよびクロム単体のターゲットを用いて、酸素の存在下で、加工物に同時に蒸着させても、アモルファス状の、例えば(Al1−xCr皮膜が形成できたのみであったことを考えると、驚くべきことである。ソースのコーティング領域が部分的に重なるように設定したときも、同様であった。合金のターゲットを用いたときに初めて、比較的低いプロセス温度でも、結晶質の、特にコランダム型構造の複酸化物を堆積させることが可能である。このとき、さらに、ターゲット上で十分に酸素が利用できるように注意すべきである。そのために、プロセスガスにおける酸素の含有量は、少なくとも80%、好適には90%と、高い割合に調整されるか、もしくは、後続の実施例1)のように、専ら酸素がプロセスガスとして使用される。ターゲット表面は、アークプロセスにおいて、すぐに薄い絶縁皮膜によって被覆される。発明者の見解によると、通常は非常に高い温度においてようやく可能となる結晶質の皮膜の成長、特にコランダム型構造での成長が、より低い温度で実現した理由は、ターゲット表面での複酸化物の生成に帰することができる。前記複酸化物は、プロセス中に蒸発し、まず加工物上に種結晶を形成し、最終的に皮膜の形成に関与する。上述の成長機構は、様々な理由から推量することができる。一方では、スパークによって発生したターゲット表面の温度は、合金の融点の範囲内にあり、それによって、酸素の濃度が十分に高い場合に、高温安定性を有する、コランダムに類似した構造の複酸化物を生成するための十分な前提がととのう。他方、上述したように、アルミニウム単体のターゲットとクロム単体のターゲットとを同時に蒸発させた場合に、混合結晶を形成することはできなかった。スパッタリング技術によって形成された酸化物皮膜の場合も同様である。本願発明者によって行われた、特許文献3に類似する実験においては、400〜650℃の温度範囲で、スパッタリングによって、酸化アルミニウム皮膜およびアルミニウム‐クロム酸化物皮膜が形成された。しかしながら、結晶質の酸化アルミニウムもしくはアルミニウム‐クロム酸化物によるコランダム型構造の皮膜は検出されなかった。合金のターゲットを用いても、やはり検出不可能であった。当該結果は、通常のスパッタリング法では起こらない基板表面上での熱励起の存在を示唆する一方で、ターゲット表面からはじき飛ばされるのは、化合物ではなく原子のみである、という事実を示している。
【0040】
本明細書において、前記成長機構を、スペクトル解析などによる実験によって例証することは不可能であり、かつ、その他の機構も重要である場合も考えられるけれども、本発明において、450〜600℃のコーティング温度で、明らかに検出されたコランダム型格子構造を有する複酸化物の生成に初めて成功したことは確かであると言えよう。
【0041】
ターゲット表面での熱励起をさらに高めるために、冷却しないターゲット、もしくは加熱したターゲットを用いて、酸素の存在下で、ほぼ赤熱しているターゲット表面から材料を蒸発させる実験を数回実施した。当該実験で形成された皮膜も、コランダム型の格子を有していた。同時に、前記プロセスにおいては、放電電圧の上昇による、プラズマのインピーダンス増大が確認され得た。当該インピーダンス増大は、ターゲット材料の蒸気圧の上昇と連動した、赤熱した表面からの電子放出の増加に起因するものであり、ソース電流へのパルス印加によって、さらに強められる。
【0042】
本発明に係る酸化物皮膜を形成する、さらなる可能性としては、少なくとも1つのソースを用いた大電流放電の実施が考えられる。当該放電は、例えば、パルスエッジの上昇率を、少なくとも0.02V/ns〜2.0V/ns、好適には0.1V/ns〜1.0V/nsの範囲に設定し、パルス電流もしくはパルス電圧供給装置を作動させることによって発生しうる。このとき、少なくとも20A、好適には60Aかそれ以上の電流と、60〜800V、好適には100〜400Vの電圧とが、同時に実施されている直流放電の電圧および電流に重ねて、もしくは当該電圧および電流に追加して、印加される。当該スパイク電圧は、例えば、直列に接続された1つあるいは複数のコンデンサによって発生しうるものであり、それによって、その他様々な利点の他に、基本電流供給の負荷も軽減可能である。しかし好適には、同時に直流で作動している2つのアークソースの間に、パルスジェネレータが接続される。驚くべきことに、アーク法においてスパイクを印加することによって、ソースの電圧を、印加された電圧信号の大きさに応じて、数μsにわたって増大させることができる。これに対して、より低いパルスエッジ上昇率のパルスは、予想通り、ソース電流の上昇に作用するのみである。
【0043】
第一の実験で示されたように、前記大電流放電によって、合金ターゲットのスパッタリングソースから、コランダム型、三酸化二クロム型、あるいは比較可能な六方晶の結晶構造を有する複酸化物を生成することも可能である。その理由は、おそらく、ターゲット表面における電力密度の増大と、それに伴う温度の著しい上昇と、に帰するものと考えられる。ここでも、上述のように、冷却しない、あるいは加熱したターゲットを用いると有利でありうる。前記大電流放電は、大電流アークのための前記プロセスに関しても、大電流スパッタリングのための前記プロセスに関しても、タウンゼントの電流と電圧に関する理論から知られている、不規則なグロー放電に類似した特徴を示している。このとき、当該領域への接近は、それぞれ、正反対の側から行われる。つまり、一方では、アーク法のアーク放電(低電圧、大電流)から、他方では、スパッタリング法のグロー放電(中電圧、弱電流)から接近が行われる。
【0044】
基本的には、大電流側、つまり「アーク側」から、不規則なグロー放電の領域への接近が望まれるとき、プラズマもしくはターゲット表面(上記参照)のインピーダンスを増大させる措置が必要となる。当該インピーダンスの増大は、上述したように、スパイクの重畳、ターゲット表面の加熱、あるいは当該措置の組み合わせによって可能となる。
【0045】
プラズマのインピーダンスを増大させる、さらなる可能性としては、ソース磁界のパルス印加が考えられる。当該パルス印加は、例えば、ソースのパルス電流によって実施可能である。前記パルス電流は、電流全体で、あるいは部分電流として、前記軸方向に分極したコイルから成るマグネットシステムによって伝導される。このとき、最大負荷が高くなるため、必要に応じて、巻数の少ない(1〜5)、冷却したコイルが用いられる。
【0046】
以上に引用され、以下に説明される実験から明らかなのは、本発明に係る皮膜システムは総じて、工具への応用に、著しい適性を有しているということである。それゆえ、有利には、前記皮膜システムは、冷間工具鋼、熱間工具鋼、高速度鋼、ならびに焼結材料、例えば粉末冶金(PM)用鉄鋼、超硬合金(HM)、サーメット、立方晶窒化ホウ素(CBN)、炭化ケイ素(SiC)もしくは窒化ケイ素(SiN)などの焼結材料、といった様々な材料から成る、フライス、ドリル、歯切機、スローアウェイチップ、切断ナイフ、ブローチなどの工具に塗膜可能である。しかしながら、特に適性に優れているのは、旋削作業や高速フライス加工といった、加工温度が高く、もしくは切断速度が大きく、硬質皮膜に摩耗負荷を与える他に、当該皮膜に高い熱化学的安定性を要求するような作業に供する工具への応用である。当該工具には、今日では、特にCVDコーティングが行われたスローアウェイチップが用いられる。このとき、膜厚は、しばしば、10〜40μmに設定される。被覆されたスローアウェイチップは、上述の特性ゆえに、本発明に係る皮膜の好適な応用例である。特に、粉末冶金(PM)用鉄鋼、超硬合金(HM)、サーメット、CBN、SiC、SiNなどの焼結材料から成るスローアウェイチップ、あるいは、多結晶質のダイヤモンドをプレコートしたスローアウェイチップが挙げられる。
【0047】
本発明を創作するにあたり、特に重要であったのは、切削工具に用いる保護皮膜の開発であるが、当該皮膜はもちろん、他の領域においても好適に使用可能である。例えば、金属もしくは合金の精密鍛造や型鍛造、あるいは射出成形といった様々な熱間成形プロセスに用いられる工具に優れた適性を示すと考えられる。前記皮膜は、高い化学的抵抗性を有するため、プレフォームの射出成形鋳型あるいは圧縮成形金型といった、プラスチック加工工具にも使用可能である。
【0048】
さらに、部品やコンポーネントのコーティングにも応用可能である。例えば、噴射ノズル、ピストンリング、バケットタペット、タービンブレードといった、熱の負荷が大きい内燃機関部品、および、同様に負荷を受けるコンポーネントなどに応用される。ここでも、上述のように、少なくとも摩耗の作用を受ける領域において、基本材料として、冷間工具鋼、高速度鋼、粉末冶金(PM)用鉄鋼、超硬合金(HM)、サーメット、あるいは立方晶窒化ホウ素(CBN)などの焼結材料が使用可能である。
【0049】
熱安定性を有するセンサ膜のためにも、本発明に係る方法で皮膜を堆積させることができる。例えば、四元系酸化物超伝導皮膜までの、圧電材料および強誘電材料のためにも堆積可能である。自明であることには、前記皮膜は、基板構造に結合されてはおらず、それゆえ、特にシリコン基板上のMEMSに接続して塗膜可能である。
【0050】
以下に本発明を図面に基づいて例を挙げて示す。図面に示すのは以下の通りである。
【図面の簡単な説明】
【0051】
図1A】(Al1−xCr皮膜のX線スペクトルを示した図である。
図1B】(Al1−xCr皮膜のX線スペクトルを示した図である。
図1C】(Al1−xCr皮膜のX線スペクトルを示した図である。
図2】(Al1−xCr皮膜の格子パラメータを示した図である。
図3】格子パラメータの熱挙動を示した図である。
図4】TiAlN皮膜の酸化挙動を示した図である。
図5】TiCN皮膜の酸化挙動を示した図である。
図6】TiCN/(Al1−xCr皮膜の酸化挙動を示した図である。
図7】(Al1−xCr皮膜の詳細を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【実施例1】
【0052】
以下、詳細に説明する実験1)では、ターゲット表面の領域に概ね垂直な弱い磁界を用いる、本発明に係るコーティング法が、全てのプロセスに渡って、実施された。
【0053】
2〜3回転可能なホルダに加工物を設置し、当該ホルダを真空処理装置内に取り付けた後、真空チャンバを約10−4mbarまで減圧する。
【0054】
プロセス温度を調整するために、隔壁によって分離された、熱陰極を有する陰極チャンバと、陽極に接続された加工物との間に、放射加熱によって支援された低電圧アーク(NVB)プラズマが、アルゴンおよび水素を含む雰囲気下で点火された。
【0055】
このとき、以下の熱パラメータが設定された:
放電電流 NVB:250A
アルゴンフロー:50sccm
水素フロー:300sccm
プロセス中の圧力:1.4x10−2mbar
基板温度:約550℃
プロセス時間:45分
【0056】
別の選択肢も当業者に知られている。この場合は、基板は好適には低電圧アークの陽極として接続され、好適にはさらに一極または双極にパルスが印加された。
【0057】
プロセスの次のステップとして、エッチングが開始される。このために、フィラメントと補助陽極との間で低電圧アークが作動する。ここでも加工物と物質との間に、直流、パルスが印加された直流、あるいは交流電流で作動する中波(MF)または高周波(RF)の供給装置を接続することができる。しかし、好適に加工物にはマイナスのバイアス電圧が印加された。
【0058】
このとき、以下のエッチングパラメータが設定された:
アルゴンフロー:60sccm
プロセス中の圧力:2.4x10−3mbar
放電電流 NVB:150A
基板温度:約500℃
プロセス時間:45分
バイアス:200−250V
【0059】
プロセスの次のステップでは、基板へのAlCrO皮膜およびTiAlN中間皮膜のコーティングが行われる。全てのコーティングプロセスは、より強い電離が必要な場合には、低電圧アークのプラズマによっても支援可能である。
【0060】
TiAlN中間皮膜の堆積にあたり、以下のパラメータが設定された:
アルゴンフロー:0sccm(アルゴンは付加せず)
窒素フロー:圧力を3Paに定める
プロセス中の圧力:3x10−2mbar
直流ソース電流 TiAl:200A
ソース磁界のコイル電流(MAG 6):1A
直流基板バイアス:U=−40V
基板温度:約550℃
プロセス時間:120分
【0061】
15分に渡る本来の機能皮膜への移行のために、AlCrアークソースは200Aの直流ソース電流に接続される。直流ソースの陽極は、ソースおよび物質の陽極リングと接続されている。基板には当該ステップの間、−40Vの直流基板バイアスが印加される。AlCr(50/50)ターゲットをターンオンした後5分で、酸素の導入が開始される。当該酸素は10分以内に50sccmから1000sccmになるように設定されている。同時に、TiAl(50/50)ターゲットはターンオフされ、窒素(N)は約100sccmに戻される。酸素の導入直前に、基板バイアスは、直流から双極パルスに切り替えられ、U=−60Vに上昇させられる。それによって、中間皮膜が完成し、機能皮膜への移行が完了する。ターゲットには、粉末冶金で形成されたターゲットが用いられた。別の選択肢としては、溶解冶金によるターゲットを用いることもできる。スパッタの発生頻度を低下させるために、特許文献13に開示されているように、単相のターゲットが使用可能である。
【0062】
基板への本来の機能皮膜のコーティングは、純粋な酸素の存在下で行われる。絶縁被膜がアルミニウム酸化物である場合、パルスが印加されたバイアス、あるいは交流バイアスの供給装置が用いられる。
【0063】
このとき、以下の主要な機能皮膜パラメータが設定された:
酸素フロー:1000sccm
プロセス中の圧力:2.6x10−2mbar
直流ソース電流 AlCr:200A
ソース磁界のコイル電流(MAG 6):0.5A(これによって、ターゲット表面に、概ね垂直な、約2mT(20Gs)の弱い磁界が形成された)
基板バイアス:U=60V(双極、−36μs、+4μs)
基板温度:約550℃
プロセス時間:60〜120分
【0064】
上述のプロセスによって、接着力に優れた硬質の皮膜が形成可能であった。回転装置およびフライス装置上で行った皮膜の比較試験の結果、粗度は明らかに、最適化された純粋なTiAlN皮膜よりも高かったにもかかわらず、耐用年数は明らかに、知られているTiAlN皮膜よりも改善されたことがわかった。
【0065】
【表1】
【0066】
表1に示された実験2〜22は、本発明に係る単純な皮膜システムに関するものである。当該皮膜システムはそれぞれ、450〜600℃のコーティング温度で形成された、(Al1−xCrタイプの複酸化物皮膜から構成されている。その他のパラメータは、上述の機能皮膜形成時パラメータと同一である。皮膜組成の化学量論比の測定は、ラザフォード後方散乱分析(RBS)を用いて行われた。表1の第2列に示されたターゲットの合金組成からの偏差が最大となるのは、実験10〜12においてであり、このとき、AlとCrとの比は70:30で、偏差は3.5パーセントポイントである。皮膜における金属の割合は、酸化物における金属全体の含有量に合わせて規格化される。これに対して、酸素の化学量論量については、8%を超えるほどの、より大きな偏差が見られる。それにもかかわらず、全ての皮膜は、明らかにコランダム状の格子構造を示している。それゆえ、好適には、本発明に係る皮膜は、酸素の含有量を、化学量論量よりも0〜10%少なくする方が良い。なぜなら、所望の格子構造は、酸素損失が約15%の領域であっても、依然として構成されるからである。
【0067】
図1A〜1Cに図示されているのは、本発明に係る、典型的なコランダム型構造を有する(Al1−xCr皮膜である。当該皮膜は、550℃で、様々な合金ターゲットを用いて(実験18ではAlとCrとの比が25:75、実験14では50:50、実験3では70:30)形成された。測定および解析は、X線回折法を用いて、上記、測定手法の段で詳細に説明したパラメータ設定で行われた。本図では、バックグラウンド信号の補正は行われていない。格子パラメータの決定は、電子線回折法など、他の手法でも行われうる。図1Aから1Cにかけて、膜厚が3.1μmから1.5μmに減少したため、マークを付けられていない基板のラインは、線でマークが付けられた、コランダム型構造の皮膜のラインに対して、著しく増加している。それにもかかわらず、スペクトルCにおいても、Y軸が直線ではあるものの、さらに7本のラインが、明らかにコランダム型格子のものであると特定可能である。残りのラインは、超硬合金の基本成分(WC‐Co合金)のものと特定される。とはいえ、結晶格子を明確に特定し、格子定数を決定するためには、少なくとも3本、好適には4〜5本のラインが明確に同定可能であった方が良い。
【0068】
前記皮膜の結晶構造は微結晶質であり、大部分は、晶子の平均的な大きさは0.2μmよりも小さいが、クロム含有量が多く、コーティング温度が650℃の場合にのみ、晶子の大きさは0.1〜0.2μmとなった。
【0069】
図2では、実験2〜22における、化学量論量のクロム含有量に関して、(Al1−xCrの結晶格子の格子定数a(実線)およびc(破線)が図示されており、ICDD(International Center for Diffraction Data)から抽出した3つの値DB1,DB2,DB3によってそれぞれ決定される、ベガード則による点線との比較が行われている。このとき、濃度範囲全体に渡って、ベガードの理想直線から、最大で0.7〜0.8%の偏差が見られる。異なる複酸化物皮膜での測定でも同様の結果となり、前記パラメータでの偏差は最大で1%であった。この結果はつまり、前記混合結晶皮膜の内部応力は非常に小さいということを示唆しており、それゆえ、その他多くのPVD皮膜とは対照的に、10〜30μm、場合によっては40μmまでの、比較的膜厚の大きい、接着力に優れた皮膜を堆積させることが可能である。当該皮膜において、より大きな応力が得られたのは、基板に高い電圧(>150)を印加した場合、および/または、Arの割合が大きいAr/O混合物をプロセスガスに用いた場合のみであった。特に、以下に詳細に説明する多層皮膜システムは、様々な応用に適しているため、必要に応じて多層構造をとる、加工物と混合結晶皮膜との間に設けられた中間皮膜および/または保護皮膜を選択することによって、必要な場合には、膜応力を大きな枠内で設定することができる。それによって、例えば、硬化加工プロセスのために皮膜の硬度を高めるべく、より大きな内部圧縮応力を設定することができる。したがって、アブレシブ摩耗が大きい産業上の分野で応用するためには、膜厚が10あるいは20μmよりも大きい、厚い皮膜システムが経済的に形成可能である。このとき、膜厚が好適には5μm、さらに好適には8μmよりも大きい混合結晶皮膜が選択される。
【0070】
前記試験と並行して、上述した方法(Stoneyによる、超硬短冊基板と円形基板とを用いて、基板曲率から応力を求める方法)にしたがって、膜厚2μmの混合結晶皮膜での試験が行われた。このとき、膜応力は、応力0から、圧縮応力あるいは引張応力が0.5GPa以下の範囲で測定された。しかしながら、膜厚の大きなPVD皮膜を堆積させるためには、膜応力が前記よりもやや大きい約0.8GPaの皮膜にも適性がある。さらなる可能性としては、引張応力もしくは圧縮応力で堆積する薄膜(≦1μm)を交互に連続させ、多層構造とすることが考えられる。
【0071】
【表2】
【0072】
表2によると、実験2では、堆積した(Al1−xCr皮膜のコランダム型構造の耐熱性および耐酸化性を調べるために、コバルト含有量を増加させた、被覆された超硬合金試料を、50分以内に1000℃もしくは1100℃まで加熱し、当該温度を30分保持した後、50分以内に300℃まで冷却した。雰囲気温度を下げた後、格子定数を新たに決定した。American Ceramic Societyの「相平衡ダイアグラム vol.XII 酸化物」に記載された相ダイアグラム(非特許文献2)によると、アルミニウムが約5〜70%の範囲内、すなわち、(Al0.05−0.7Cr0.95−0.30で、約1150℃までの温度において、非混和領域が見られ、当該非混和領域によって、(Al1−xCr混合結晶が、AlもしくはCrと、異なる組成の(Al1−xCr混合結晶とに分解されることが見込まれる。やはりダイアグラムから分かることには、本発明に係るプロセスによって、(Al1−xCr混合結晶皮膜の熱力学的形成温度を、1200℃から450〜600℃に引き下げることが可能である。驚くべきことには、本発明に係る混合結晶皮膜においては、赤熱プロセスによる格子定数の変化は最小限にとどまっており、2つの成分元素への分解も生じないことも明らかとなった。図3によると、コーティングプロセス後に雰囲気温度下で測定した格子パラメータaの値と、赤熱した試料の値との差異は、最大で約0.064%であり、cの値の場合は最大で0.34%である。その他様々な複酸化物に関する測定結果でも、皮膜は極めて高い熱安定性を示し、格子定数の偏差はせいぜい1〜2%という、小さい値を示した。
【0073】
図4および図5は、TiAlN皮膜もしくはTiCN皮膜の破面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した、知られている皮膜システムの酸化実験の結果を示している。前記皮膜は、上述のように、900℃まで加熱された後、30分間、当該温度において酸素の存在下で赤熱された。TiAlN皮膜では、200nmを超える領域において、表面構造に明らかな変化が認められる。膜厚130〜140nmの、概ね酸化アルミニウムから成る外側の皮膜には、膜厚154〜182nmの、アルミニウムが枯渇した多孔質の皮膜が続いている。図5に示されたTiCN皮膜の酸化挙動ははるかに劣悪である。当該皮膜は、前記処理によって、基板材料まで通して酸化されており、図5右側からは、皮膜の分離が始まっていることが見て取れる。前記皮膜は粗粒状であり、もともとTiCN皮膜に備わる柱状の構造はもはや示さない。
【0074】
図6および図7には、TiCN皮膜における同一の酸化実験の結果が示されており、当該皮膜は、本発明に係る、膜厚約1μmの(Al0.7Cr0.3皮膜によって保護されている。図6は、多層皮膜を5万倍に拡大して示したものである。TiCN皮膜の、知られている柱状構造と、より微結晶質に成長した(Al0.7Cr0.3皮膜とが、明らかに認識できる。このとき、(Al,Cr)皮膜の晶子の大きさは、例えば、よりアルミニウム含有量の多いターゲットを用いることで、さらに小さくすることができる。図7は、多層皮膜を15万倍に拡大して示したものであり、TiCN皮膜は画像下縁にのみ認められる。図4および図5の皮膜に比べて、(Al0.5Cr0.5皮膜の反応ゾーンは、厚さH2が最大で32nmと、はるかに狭く、視認可能な孔のない、密な構造を有している。本発明に係る様々な混合結晶皮膜を比較した、一連の実験の結果、先行技術に係る他の酸化物皮膜とは異なり、前記皮膜は、その下に位置する中間皮膜を保護し、それによって、皮膜システム全体に、優れた耐熱性と耐酸化性とを付与することが明らかとなった。基本的には、当該目的のために、本発明に係る、前記酸化試験において100nmを超える反応ゾーンを形成しなかった、全ての混合結晶皮膜が使用可能である。反応ゾーンが0〜50nmの混合結晶皮膜が好適である。
【0075】
(Al0.5Cr0.5皮膜の硬度を測定した結果、約2000HV50であった。その他の複酸化物、例えば(Al0.5Ti0.3Cr0.2,あるいは(Al0.6Ti0.4,(V0.5Cr0.5,(Al0.2Cr0.8で測定した結果は、1200〜2500HVであった。
【0076】
【表3】
【0077】
【表4】
【0078】
【表5】
【0079】
【表6】
【0080】
【表7】
【0081】
【表8】
【0082】
表3から表6には、本発明に係る皮膜システムで、多層構造のさらなる実施例が示されている。AlCrOもしくはAlCrON混合結晶皮膜を、4つのソースコーティングシステム(RCS)に形成するときのプロセスパラメータは表7に、様々な支持皮膜のために皮膜を一層ずつ形成するときのプロセスパラメータは表8に記載されている。
【0083】
表3および表4の実験23〜60は、皮膜システムに関するものであり、当該皮膜システムにおいては、酸化物の混合結晶皮膜は連続してコランダム型構造であり、たいていは単層として構成されている。実験25、29、31においてのみ、混合結晶皮膜は、異なる化学組成の単層を、2つ重ねて構成されている。実験29では、重ねられた2つの混合結晶皮膜は、アルミニウムとクロムとの構成比のみが異なる。
【0084】
表5および表6の実験61〜107は、皮膜システムに関するものであり、当該皮膜システムにおいては、混合結晶皮膜は、膜厚50nm〜1μmの非常に薄い皮膜を、5〜100層に重ねて構成されている。このとき、様々な化学組成で、コランダム型構造の酸化物による混合結晶皮膜も、その他の皮膜システムの、対応する混合結晶皮膜も、交互に重ねることが可能である。
【0085】
様々な回転試験およびフライス試験による比較実験の結果、実験23、24、61〜82の皮膜については、回転およびフライス作業において、TiAlN,TiN/TiAlNおよびAlCrNといった、知られている皮膜システムに対して、明らかに改善が見られた。CVD皮膜と比較したところ、やはり、フライス作業ならびに、回転の若干の応用において、工具の耐用年数の改善が認められた。
【0086】
上述したように、すでに多くの様々な皮膜システムが研究され、試験されてはいるものの、当業者は、本発明に係る皮膜システムの特定の特性を、特別な要求に適用することを望む場合に、知られている措置を必要に応じて用いるであろう。例えば、システムのそれぞれの皮膜、あるいは全ての皮膜に、特に混合結晶皮膜に、さらなる元素を加えることが検討可能である。例えば、少なくとも窒化物皮膜において、高温への耐性に関して有利に働くものとして知られている元素は、Zr,Y,LaあるいはCeである。
図1A
図1B
図1C
図2
図3
図4
図5
図6
図7