【実施例】
【0029】
以下、本発明の効果を確認した実施例を、本発明の要件を満たさない比較例と対比して具体的に説明する。なお、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
表1,2に示す組成のアルミニウム合金を溶解し、半連続鋳造法を用いて厚さ600mmの鋳塊を作製した(比較例のNo.12を除く)。この鋳塊の表層を面削し、均質化熱処理を施した後、続けて熱間粗圧延及び熱間仕上げ圧延を行った。その後中間焼鈍を施すことなく、熱間圧延材に対し冷間圧延(タンデム圧延機又はシングル圧延機)を行い、板厚0.27mmのアルミニウム合金板(コイル)とし、巻き取った。冷間圧延後の仕上げ焼鈍は行わなかった(比較例のNo.19を除く)。なお、比較例のNo.12は、フィルターの目詰まりのため、鋳造ができなかった。
表1,2に冷間圧延で用いた圧延機の種類、冷間圧延の総圧延率、冷間圧延後の巻き取り温度、巻き取り後のコイルの平均冷却速度(巻き取り温度から120℃まで)、冷間圧延後の仕上げ焼鈍の有無及び条件を記載した。タンデム圧延機で冷間圧延したケースでは、表1,2に記載した総圧延率は、1回の通板で達成した。
【0030】
【表1】
【0031】
【表2】
【0032】
製造した実施例No.1〜22及び比較例No.1〜11,13〜19のアルミニウム合金板を供試材とし、ベーキング後耐力及び転位密度を、以下に示す要領で測定した。その結果を表3に示す。
(アルミニウム合金板のベーキング後耐力)
供試材(アルミニウム合金板)に対し200℃×20分のベーキングを実施した後、圧延平行方向にJIS5号試験片を採取して、JISZ2241の規定に準じて引張試験を行い、0.2%耐力を測定した。この0.2%耐力が
251〜295MPaの範囲内のとき、合格と評価した。
【0033】
(アルミニウム合金板の転位密度)
本発明では、転移密度をX線回折により測定した。転位のうち、線状、筋状の転位が密集した領域(セル壁やせん断帯)は、透過型電子顕微鏡では判別しにくく、転位密度ρを求める際の測定誤差となりうる。これに対して、X線回折では、後述する通り、集合組織における各面からの回折ピークの半価幅から転位密度ρを算出するため、このような林立転位であっても誤差が少なくなる利点がある。
冷延などの塑性変形を加えて転位を導入した組織では、転位を中心に格子歪みが生じる。また、転位の配列により小傾角粒界、セル構造などが発達する。このような転位やそれに伴うドメイン構造をX線回折パターンからとらえると、回折指数に応じた特徴的な拡がり、形状が回折ピークに現れる。この回折ピークの形状(ラインプロファイル)を解析(ラインプロファイル解析)して、転位密度を求めることができる。
【0034】
先ず、供試材(アルミニウム合金板)の板厚中心部のX線回折により、同板厚中心部の集合組織における主要な方位の各面(各方位面)からの回折ピークの半価幅を求めた。転位密度ρが高いほど、これら各面の回折ピークの半価幅は大きくなる。
なお、X線回折試験は、株式会社リガク製のX線回折装置を用い、ターゲットにCuを用い、管電圧45kV、管電流200mA、走査速度1°/min.、サンプリング幅0.02°、測定範囲(2θ)30°〜145°の条件で実施した。
【0035】
次に、これらの各面の回折ピークの半価幅から、Williamson−Hall法により、格子ひずみ(結晶歪み)εを求めた上で、下記の式により転位密度ρを算出した。下記式において、bはバーガースベクトルの大きさであり、今回はb=2.8635×10
−10mを用いた。
ρ=16.1×ε
2/b
2
X線回折試験は、1供試材あたり任意の5箇所(いずれも板厚中心部)で実施し、得られた結果から平均の転位密度を算出した。
【0036】
続いて、実施例No.1〜22及び比較例No.1〜11,13〜19のアルミニウム合金板を用い、DI缶を作製した。作製方法として、まずアルミニウム合金板から直径140mmのブランクを打ち抜き、このブランクを絞り成形して直径90mmのカップを作製した。得られたカップに対し、汎用のアルミニウム缶胴成形機にてDI成形(再絞り+しごき加工)を行い、DI缶を作製した。
作製したDI缶は、外径が66.3mm、缶壁の最薄肉部(缶底から60mmの高さ)の肉厚が90μm、同部の加工率が66.7%(当初板厚:270μm)であった。
【0037】
前記アルミニウム缶胴成型機により、各実施例及び比較例とも10000缶を連続成形し、以下に示す要領でしごき加工性(DI加工性)の評価を行った。引き続き、その成形した缶を用いて、耐圧強度及び突き刺し強度の測定、並びに缶底しわの評価を、以下に示す要領で行った。その結果を表3に示す。なお、比較例No.6,10,16では、前記アルミニウム缶胴成型機による連続成形において、ティアオフが多発したため、耐圧強度及び突き刺し強度の測定は行わなかった。
【0038】
(しごき加工性)
連続成形した10000缶のうち、ティアオフ等の不具合が生じた缶が3缶以下のものを合格(○)、4缶以上のものを不合格(×)と評価した。
(缶の耐圧強度)
作製したDI缶(缶胴部)の開口部をトリミングして高さ100mmとし、200℃×20分のベーキングを実施した。次いで、水圧式の耐圧試験機(エーステック株式会社製の水圧式加減圧バックリングテスト装置、型式名WBT−500)を用いて、ベーキング後のDI缶に内圧を負荷し、缶底がバックリングしたときの最大内圧を測定した。
【0039】
図1に示すように、耐圧試験機は、機台1上に設置されたベース板2と、ベース板2の上に設置された円筒状のホルダー3と、ホルダー3の両側に配置された一対の固定部材4,4を備える。ホルダー3の高さ方向中間位置にO−リング5が設置されている。ホルダー3の内部にゴムチューブ6が設置され、該ゴムチューブ6はベース板2を通って下に延び、通水管路に連結され、水圧計及び切換弁等を介して水圧ポンプに連通している(いずれも図示せず)。ベース板2に穴7が形成され、該穴7は通気管路に連結され、切換弁等を介して真空ポンプに連通している(いずれも図示せず)。固定部材4,4はそれぞれ図示しない油圧シリンダにより進退する。
【0040】
耐圧試験は次のように行われる。
(1)
図1に示すように、缶8を、缶底を上にしてホルダー3に嵌めた後、固定部材4,4を所定のストローク前進させる。固定部材4,4が所定位置に達すると(
図2A参照)、固定部材4,4の先端が缶8の缶壁をO−リング5のやや下の位置で両側から押さえ、缶8をホルダー3に固定する。これにより、缶8の缶壁内面がO−リング5の周囲に密着し、ゴムチューブ6及び穴7の箇所を除き、ホルダー3内(缶8内)が密封される。
(2)前記真空ポンプを作動させ、穴7を通してホルダー3内(缶8内)を9.8kPa(0.1kgf/cm
2)以下に脱気し、次いで前記通気管路を閉じる。
【0041】
(3)前記水圧ポンプを作動させ、ゴムチューブ6からホルダー3内(缶8内)に水を供給する。ホルダー3内(缶8内)の水圧(前記水圧計で計測)は、供給開始からの経過時間にほぼ比例して上昇し、缶底のバックリングが発生した瞬間に低下する。缶底のバックリングが発生したときの最大内圧を、缶の耐圧強度とした。缶底のバックリングが発生したときの状態を
図2Bに示す。
この耐圧強度が618kPa以上(6.3kgf/cm
2以上)の場合を合格と評価した。
【0042】
(突き刺し強度)
作製したDI缶の開口部をトリミングして高さ100mmとし、200℃×20分のベーキングを実施した後、
図3に示すように、缶11の開口部をホルダー12に固定し、密封した。続いて通気管路13から缶内にエアーを供給して、内圧2kgf/cm
2を負荷し、先端が半径0.5mmの半球面である鋼製の突き刺し針14を、缶壁に対して垂直に、速度50mm/min.で突き刺した。突き刺し針14を突き刺した部位は、アルミニウム合金板の圧延方向と缶軸方向が一致しかつ缶底からの高さLが60mmの部位とした。突き刺し針14が缶壁を貫通するまでの荷重を継続して測定し、得られた最大荷重を突き刺し強度とした。突き刺し強度が35N以上のものを合格とした。
【0043】
(缶底しわの評価)
前記缶胴成形機で作製したDI缶の中から任意の30缶を選択し、各缶について缶底部の接地部から側壁にかけての範囲を目視で観察した。選択した30缶全てに缶底しわが1本も発生していなかった場合を合格(○)と評価し、選択した30缶のどれか1つでも缶底しわが1本でも発生していた場合を不合格(×)と評価した。なお、上記缶胴成形機において、再絞りは、しわ抑えエアー圧力50psi、再絞りダイスR2.0mmの条件で行われた。また、作製されたDI缶の缶底の接地部径はφ48mmであった。
【0044】
【表3】
【0045】
表3に記載した転位密度とベーキング後の耐力の値を、グラフ化して
図4に示す。
表1,3及び
図4に示すように、アルミニウム合金の成分組成、ベーキング後の耐力及び転位密度が本発明の規定範囲内の実施例No.1〜22のアルミニウム合金板は、しごき加工性が優れ、缶の耐圧強度及び突き刺し強度が大きく、缶底しわの発生もない。このように、実施例No.1〜22は缶壁の板厚が90μmと薄く、DI成形においてフィルムラミネートをしていないが、優れた耐突き刺し性を有し、かつ缶底しわの発生を防止できる。実施例No.1〜22はいずれも、先に記載した条件の範囲内で冷間圧延、巻き取り及び巻き取り後の冷却が行われている。
【0046】
なお、実施例No.1〜22のアルミニウム合金板が優れた耐突き刺し性を有するのは、缶壁の加工硬化能(=均一変形能)が向上し、突き刺し針4が押し込まれて缶壁が変形した際、缶壁の板厚減少(くびれ)が生じにくかったためと考えられる。実施例No.1〜22のアルミニウム合金板を用いてDI成形した缶は、充填後の缶壁に突起物が接触したときなどに、缶壁の破断を防止して、内容物の漏れが生じるのを防止できる。また、実施例No.1〜22のアルミニウム合金板で、缶底しわの発生が防止できたのは、材料の加工硬化能が向上したことで、缶胴成形機における再絞り加工の際に缶軸方向の成形力(張力)が増加し、その結果、缶周方向の座屈(=しわの発生)が抑制されたためと考えられる。
【0047】
一方、表2,3及び
図4に示すように、アルミニウム合金の成分組成、ベーキング後の耐力及び転位密度のいずれかが本発明の規定範囲外の比較例No.1〜11,13〜19のアルミニウム合金板は、しごき加工性、缶の耐圧強度、突き刺し性
及び缶底しわの評価のいずれかが本発明の基準を満たさない。
比較例No.1は、Si含有量が不足するため、しごき加工性が劣る。比較例No.2は、Si含有量が過剰なため、しごき加工性が劣り、耐突き刺し性も劣る。
比較例No.3は、Fe含有量が不足するため、しごき加工性が劣る。比較例No.4は、Fe含有量が過剰なため、しごき加工性が劣り、耐突き刺し性も劣る。
【0048】
比較例No.5,7,9は、それぞれCu,Mn,Mg含有量が不足するため、ベーキング後の耐力が不足し、缶の耐圧強度が劣る。比較例No.9は耐突き刺し性も劣る。比較例No.6,10は,それぞれCu,Mg含有量が過剰なため、ベーキング後のアルミニウム合金板の耐力が過大で、しごき加工性が劣る。比較例No.8,11は、それぞれMn,Cr含有量が過剰なため、しごき加工性が劣る。比較例No.8は耐突き刺し性も劣る。No.12はTi含有量が過剰なため、先に述べたとおり、鋳造ができなかった。
【0049】
比較例No.13は冷間圧延の総圧延率が不足したため、ベーキング後の耐力が不足し、耐圧強度が劣る。比較例No.14は総圧延率が過大なため、アルミニウム合金板の耐力が過大となり、しごき加工性が劣る。
比較例No.15は巻き取り温度が低く、動的回復及び巻き取り後の回復が不十分で、アルミニウム合金板の転位密度が高く、缶の耐突き刺し性が劣り、缶底しわが発生した。比較例No.16は、巻き取り温度が高く、アルミニウム合金板の転位密度が低下して、しごき加工性が劣る。
比較例17は、巻き取り温度から120℃までの温度域の冷却速度が大きく、巻き取り後の回復が不十分で、アルミニウム合金板の転位密度が高く、缶の耐突き刺し性が劣り、缶底しわが発生した。
【0050】
比較例No.18は、冷間圧延をシングル圧延機で実施し、かつパス間に時間を置いたため、巻き取り温度が低く、動的回復及び巻き取り後の回復が不十分で、アルミニウム合金板の転位密度が高く、しごき加工性及び缶の耐突き刺し性が劣り、缶底しわが発生した。比較例No.19は、冷間圧延をシングル圧延機で実施し、かつパス間に時間を置いたため、巻き取り温度が低く、動的回復及び巻き取り後の回復が不十分で、仕上げ焼鈍の効果も少なく、転位密度が高く缶の耐突き刺し性が劣り、缶底しわが発生した。