(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
改良型MS3性能は、パルス衝突ガスの導入とともに、低圧力LITにおいて得ることが可能である。大幅に修正された4000 Q Trapにおいて実験を実行した。試料は、100pg/μl カフェイン(138m/zおよび195m/z)、リドカイン(235m/z)、5−FU(129m/z)、およびタウリン酸(514m/z)を含んだ。10.0μl/minで試料を注入した。5ミリ秒から200ミリ秒の励起時間を使用してデータを収集し、マシューq=0.236で励起を実行した。
【0004】
イオンフラグメンテーションは、イオンをその構成要素の一部または全部に分解または解離する処理である。一般的に、これは、交流電位(RF電位)をトラップの電極に印加して、トラップ中のイオンに運動エネルギーを与えることによって、イオントラップにおいて実行される。加速イオンは、トラップ内の他の分子と衝突し、十分高い衝突エネルギーでは、イオンのフラグメンテーションをもたらすことが可能である。しかしながら、全てのRF電位が、イオンのフラグメンテーションをもたらすわけではない。いくつかのRF電位は、例えば、RF周波数、振幅、またはその両方に起因して、イオンがイオントラップの要素と衝突するか、またはトラップから放出されるようにイオンを軌道に置く。他の振動運動は、振幅が十分でない場合があるため、イオンのフラグメント化には不十分なエネルギーを与える場合がある。このような低振幅、低エネルギーの事例のいくつかでは、イオンは、衝突中に、エネルギーを損失さえする場合がある。加えて、例えば、10
−3トール以上の範囲における高衝突ガス圧力および/または、例えば、600mV(グランドからピーク)以上の範囲における高励起振幅が、高フラグメンテーション効率の達成に必要であると一般に考えられてきた。
【課題を解決するための手段】
【0005】
種々の実施形態では、従来の方法で使用するものよりも低い衝突ガス圧力および低いRF励起振幅を使用して、フラグメントイオンを産生するイオントラップを動作するための方法が提供される。種々の実施形態では、従来の方法で使用するものよりも低い衝突ガス圧力、低いRF励起振幅、および長い励起時間を使用する方法が提供される。種々の実施形態では、RF多重極を備える線形イオントラップとともに使用するための方法が提供され、この場合、多重極のロッド(半径方向閉じ込め電極)は、実質的に円形の断面を有する。
【0006】
種々の側面では、本教示は、約5x10
−4トール未満の圧力で、500ミリボルト(mV)(グランドからピーク)未満の励起振幅により、線形イオントラップにおいてイオンをフラグメント化するための方法を提供する。種々の実施形態では、約5x10
−4トール未満の圧力で、約500ミリボルト(mV)(グランドからピーク)未満の励起振幅により、約80%を超えるフラグメンテーション効率において、約25ミリ秒未満のイオン励起時間の間、線形イオントラップにおいてイオンをフラグメント化するための方法が提供される。
【0007】
種々の実施形態では、(a)約5x10
−4トール未満、(b)約3x10
−4トール未満、および/または(c)約1x10
−4トールから約5x10
−4トールの間の範囲のうちの1つ以上の衝突ガス圧力で、(a)約500mV(グランドからピーク)未満、(b)約250mV(グランドからピーク)未満、(c)約100mV(グランドからピーク)未満、(d)約50mV(グランドからピーク)未満、(e)約5mV(グランドからピーク)から約500mV(グランドからピーク)の間の範囲、および/または(f)約5mV(グランドからピーク)から約250mV(グランドからピーク)の間の範囲のうちの1つ以上の励起振幅を有する補助交流電場を使用して、イオントラップにおいてイオンをフラグメント化するための方法が提供される。種々の実施形態では、補助交流電場は、(a)約10ミリ秒(ms)を超える、(b)約20ミリ秒を超える、(a)約30ミリ秒を超える、および/または(c)約5ミリ秒から約25ミリ秒の間の範囲のうちの1つ以上である時間(励起時間)の間に印加される。
【0008】
種々の実施形態では、イオンがトラップに保持されている間、中性ガスは、約30ミリ秒未満の持続時間の間、例えば、パルス弁によるトラップへの注入によって供給される。種々の実施形態では、中性ガスの供給は、イオン保持時間の終了前に終了する。種々の実施形態では、補助交流電位は、トラップへの中性ガスの注入と実質的に同時に印加され、例えば、補助交流電位は、ガス注入の開始と実質的に同時に開始し、ガス注入の終了と実質的に同時に終了する。種々の実施形態では、補助交流電位は、中性衝突ガスの供給終了後に継続して印加される。励起時間の後、残存ガスは、イオンチャンバから排出可能であり、その結果、チャンバ内の圧力は、さらなるイオン処理に適切な、例えば、イオン冷却、イオン選択、イオン検出、励起、冷却、および質量分析を含むがこれらに限定されない後続のイオン処理に適切な第1の復元圧力に復元する。種々の実施形態では、第1の復元圧力値は、約2x10
−5トールから約5.5x10
−5トールの間の範囲にあることが可能である。
【0009】
種々の実施形態では、イオントラップは、非線形逆電位を有するイオントラップ場を産生可能である実質的に円形の断面図を含むロッド(半径方向電極)を有する4重極線形イオントラップを備える。種々の実施形態では、実質的に円形の断面の電極は、トラップRF場とイオン運動との位相のずれによる電極との衝突に起因する、イオンの損失の低減を促進する。
【0010】
種々の実施形態では、イオンをフラグメント化するための方法であって、a)保持時間間隔の間、イオントラップのイオン閉じ込め領域にイオンを保持することと、(b)第1の上昇圧力持続時間の間、約5.5x10
−5トールから約5x10
−4トールの間の範囲にある値を有する第1の可変上昇圧力に、イオン閉じ込め領域における圧力を上昇させるように、保持時間の少なくとも一部分の間、中性ガスをイオントラップ内に供給することによって、イオン閉じ込め領域内において非定常状態圧力増加を生成することと、(c)励起時間の間、約500mV
(0−pk)(ゼロからピーク)未満の振幅を有する補助交流電場をイオンに受けさせることによって、イオン閉じ込め領域内において、イオンの少なくとも一部分を励起することであって、励起時間は、保持時間未満であることと、(d)保持時間の終了前に、イオントラップ内の圧力を第1の復元圧力値に低下させることと、(e)保持時間の終了時に、イオントラップからイオンを放出することとを含む方法が提供される。種々の実施形態では、放出されたイオンは、さらなるイオン処理、例えば、イオン選択、イオン検出、励起、冷却、および質量分析を受ける。
【0011】
種々の実施形態では、背景圧力は、通常、圧力の上昇前、例えば、パルス弁の作動前に、約2x10
−5トールから約5.5x10
−5トールの間である。パルス弁が開放すると、圧力は、急速に増加する。どの値までかは、弁の背圧と、弁が開放する持続時間とに依存する。種々の実施形態では、局所的圧力を約2倍増加させることによって、衝突率が約2倍増加し、励起時間の短縮が約2倍になり得る。種々の実施形態では、本方法は、第1の上昇圧力持続時間の間、背圧圧力の約10%を超える圧力から、約5x10
−4トールの間の範囲にある値を有する第1の可変上昇圧力に、イオン閉じ込め領域における圧力を上昇させるように、保持時間の少なくとも一部分の間、中性ガスをイオントラップ内に供給することによって、イオン閉じ込め領域内において非定常圧力増加を生成する。
【0012】
種々の実施形態では、第1の可変上昇圧力は、(a)約5x10
−4トール未満、(b)約3x10
−4トール未満、(c)約5.5x10
−5トールから約5x10
−4トールの間の範囲、(d)約5.5x10
−5トールから約3x10
−4トールの間の範囲、および/または(e)約1x10
−4トールから約5x10
−4トールの間の範囲のうちの1つ以上である。多種多様の中性ガスを使用して、水素、ヘリウム、窒素、アルゴン、酸素、キセノン、クリプトン、メタン、およびそれらの組み合わせを含むがこれらに限定されない非定常状態圧力増加を生成することが可能である。
【0013】
種々の実施形態では、補助交流電位の振幅または励起振幅は、(a)約500mV(グランドからピーク)未満、(b)約250mV(グランドからピーク)未満、(c)約100mV(グランドからピーク)未満、(d)約50mV(グランドからピーク)未満、(e)約5mV(グランドからピーク)から約500mV(グランドからピーク)の間の範囲、および/または(f)約5mV(グランドからピーク)から約250mV(グランドからピーク)の間の範囲のうちの1つ以上である。種々の実施形態では、補助交流電位は、(a)約10ミリ秒(ms)を超える、(b)約20ミリ秒を超える、(a)約30ミリ秒を超える、および/または(c)約5ミリ秒から約25ミリ秒の間の範囲のうちの1つ以上である励起時間の間に印加される。補助交流電位の印加の持続時間は、中性ガスの供給に実質的に一致するように選択可能である。
【0014】
種々の実施形態では、補助交流電位の振幅は、励起されるイオンの特定の質量範囲および/または質量範囲に対応する事前に設定された範囲にあるように選択可能である。例えば、励起振幅は、約50Daから約500Daの間の範囲内にある質量を有するイオンについて、約10ミリボルト
(0−pk)から約50ミリボルト
(0−pk)の間の範囲にあることが可能であり、約500Daから約5000Daの間の範囲内の質量を有するイオンについて、約50ミリボルト
(0−pk)から約250ミリボルト
(0−pk)の間の範囲にあることが可能である。
【0015】
イオンを放出するステップの前にイオンをフラグメント化するための方法の種々の実施形態において、種々の実施形態では、本方法は、(i)約8x10
−5トールを超える圧力に、イオン閉じ込め領域における圧力を上昇させるように、イオン閉じ込め領域に中性冷却ガスを注入することと、(ii)イオン閉じ込め領域内において非定常状態圧力を生成することであって、非定常状態圧力は、第2の上昇圧力持続時間の間に、第2の上昇圧力値を超えて上昇することと、(ii)保持時間の終了前に、イオントラップ内の圧力を第2の復元圧力値に低下させることとを含む。種々の実施形態では、第2の上昇圧力値は、約1x10
−4トールを超える。種々の実施形態では、第2の復元圧力値は、約2x10
−5トールから約5.5x10
−5トールの間の範囲にある。
【0016】
本教示の前述のおよび他の側面、実施形態、および特徴は、添付の図面と併用して、以下の説明によってさらに十分に理解可能になる。当業者は、本明細書に説明する図面が、例証目的のためだけのものであることを理解されたい。図面において、同一の参照文字は、概して、種々の図面において同一の特徴および構造的要素を指す。図面は、必ずしも縮尺が一定ではなく、代わりに、教示の原理を図示する際に強調されている。図面は、本教示の範囲を限定することを決して意図されない。
例えば、本発明は、以下の項目を提供する。
(項目1)
イオンをフラグメント化するための方法であって、
(a)保持時間間隔の間、イオントラップのイオン閉じ込め領域に該イオンを保持することと、
(b)第1の上昇圧力持続時間の間、約5.5x10−5トールから約5x10−4トールの間の範囲にある第1の可変上昇圧力に、該イオン閉じ込め領域における圧力を上昇させるように、該保持時間の少なくとも一部分の間、中性ガスを該イオントラップ内に供給することによって、該イオン閉じ込め領域内において非定常状態圧力増加を生成することと、
(c)励起時間の間、約500mV(0−pk)未満の振幅を有する補助交流電場をイオンに受けさせることによって、該イオン閉じ込め領域内において、該イオンの少なくとも一部分を励起することであって、該励起時間は、該保持時間未満であることと、
(d)該保持時間の終了前に、該イオントラップ内の圧力を第1の復元圧力値に低下させることと、
(e)該保持時間の終了時に、該イオントラップから該イオンを放出することと
を含む、方法。
(項目2)
前記イオントラップは、RF4重極、RF6重極、およびRF多重極のうちの1つ以上を備える線形イオントラップを備える、項目1に記載の方法。
(項目3)
前記イオントラップは、断面が実質的に円形である半径方向閉じ込め電極を有する4重極線形イオントラップを備える、項目1に記載の方法。
(項目4)
前記中性ガスを供給することは、1つ以上のパルス弁からの前記中性ガスの注入を含む、項目1に記載の方法。
(項目5)
前記中性ガスは、水素、ヘリウム、窒素、アルゴン、酸素、キセノン、クリプトン、メタン、および組み合わせのうちの1つ以上を含む、項目1に記載の方法。
(項目6)
前記第1の可変上昇圧力は、約5.5x10−5トールから約3x10−4トールの間の範囲で変動する、項目1に記載の方法。
(項目7)
前記第1の可変上昇圧力は、約1x10−4トールから約5x10−4トールの間の範囲で変動する、項目1に記載の方法。
(項目8)
前記補助交流電位の前記振幅は、約250mV(0−pk)未満である、項目1に記載の方法。
(項目9)
前記補助交流電位の前記振幅は、約50Daから約500Daの間の範囲の質量を有するイオンについて、約10mV(0−pk)から約50mV(0−pk)の間の範囲にある、項目1に記載の方法。
(項目10)
ステップ(c)における前記補助交流電位の前記振幅は、約500Daから約5000Daの間の範囲の質量を有するイオンについて、約50mV(0−pk)から約250mV(0−pk)の間の範囲にある、項目1に記載の方法。
(項目11)
励起時間は、約5ミリ秒から約25ミリ秒の間の範囲にあり、第1の上昇圧力持続時間は、約5ミリ秒から約25ミリ秒の間の範囲にある、項目1に記載の方法。
(項目12)
ステップ(c)における前記イオンのうちの少なくとも一部分を励起することは、ステップ(b)における前記イオン閉じ込め領域における圧力が、約5.5x10−5トールを超えて上昇する時間と実質的に同時に開始する、項目1に記載の方法。
(項目13)
前記励起時間は、約10ミリ秒を超える、項目1に記載の方法。
(項目14)
前記励起時間は、約30ミリ秒を超える、項目1に記載の方法。
(項目15)
前記第1の復元圧力値は、約2x10−5トールから約5.5x10−5トールの間の範囲にある、項目1に記載の方法。
(項目16)
ステップ(c)の後およびステップ(e)の前に、
第2の上昇圧力持続時間の間に、約8x10−5トールを超える第2の上昇圧力値に、前記イオン閉じ込め領域における圧力を上昇させるように、該イオン閉じ込め領域内に中性冷却ガスを供給するステップと、
前記イオントラップ内の圧力を第2の復元圧力値に低下させるように、前記中性冷却ガスの一部分を排出するステップであって、該第2の復元圧力値は、約2x10−5トールから約5.5x10−5トールの間の範囲にある、ステップと
を含む、項目1に記載の方法。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本教示の種々の実施形態についてさらに説明する前に、本明細書および本技術分野において使用する種々の用語の使用について説明することが、その理解に有用になり得る。
【0019】
イオンフラグメンテーション処理に関連する性能指数の1つとして、「フラグメンテーション効率」が挙げられ、これは、フラグメントに変換される親分子の量の測定値である。100%のフラグメンテーション効率は、全ての親分子が、1つ以上の構成要素に分裂したことを意味する。追加の性能指数には、フラグメントを産生可能である速度と、後続のイオン処理にフラグメントが利用可能になる速度とが含まれる。
【0020】
多種多様のイオントラップが知られており、そのイオントラップのうちの1つの種類として、イオンの半径方向閉じ込めのためのRF多重極と、しばしばイオンの軸方向閉じ込めのための端部電極とを備える線形イオントラップが挙げられる。RF多重極は、一般的にロッドと呼ばれる偶数の細長い電極を備え、線形イオントラップにおいてしばしば見られる端部電極と区別するために、本明細書において半径方向閉じ込め電極とも呼ばれる。4つのロッドを備えるRF多重極は、4重極と呼ばれ、6つの場合は6重極、8つの場合は8重極等と呼ばれる。これらの電極(但し、一般的にロッドと呼ばれる)の断面は、必ずしも円形ではなく、むしろ、双曲線状の断面の電極(対向面が双曲線形状を有する電極)を当技術分野において考慮して、より良好な性能を提供する。例えば、John Raymond GibsonおよびStephen Taylorによる「Prediction of quadrupole mass filter performance for hyperbolic and circular cross section electrodes 」, Rapid Communications in Mass Spectrometry, Vol. 14, Issue 18, Pages 1669 − 1673 (2000)を参照されたい。種々の実施形態では、RF多重極を使用して、多重極のロッドにDC電位およびAC電位を印加することによって、イオンをトラップ、フィルタリング、および/または誘導することが可能である。電位のAC成分は、しばしばRF成分と呼ばれ、振幅および発振周波数により説明可能である。1つを超えるRF成分をRF多重極に印加することが可能である。イオントラップに関する種々の実施形態では、トラップRF成分を印加して多重極内にイオンを半径方向に閉じ込め、イオン励起時間間隔の間に多重極の2つ以上の対向ロッドに印加される補助RF成分を使用して、並進エネルギーをイオンに与えることが可能である。
【0021】
本明細書において使用する際、表記(0−pk)は、接地電位から測定される交流電位(RF電位)のピーク振幅を表し、イオントラップの極に印加される。例えば、
図2Bに示すような4重極イオントラップでは、ロッド210のうちの2つ、つまり右上および左下のロッドは、一方の極を形成し、他の2つのロッドは、第2の極を形成する。本例では、2つの極において印加される正5ボルトと負5ボルトとの間で交流する正弦波型交流電位は、5ボルト
(0−pk)と表わされる。
【0022】
本教示をさらに理解し易くするために、本方法の種々の側面および実施形態について、
図1および
図2A〜
図2Bに関連して説明する。
図1のブロック図は、イオントラップ120を備えるイオン分析装置を概略的に示し、イオントラップ120は、イオン源110とイオン後処理要素130との間に配置される。種々の実施形態では、イオン源110は、例えば、イオン化源(例えば、エレクトロスプレイの出口)、質量分析計の出口等であることが可能であり、後処理要素130は、例えば、質量分析計、タンデム量分析計、またはイオン検出装置であることが可能である。種々の実施形態では、イオントラップは、例えば、4重極LIT等の、線形イオントラップ(LIT)を備える。例えば、イオントラップ120は、例えば連続して配置されるいくつかの類似のイオントラップを備えることが可能である。イオントラップ120は、4重極線形イオントラップ、6重極線形イオントラップ、および多重極線形イオントラップが含まれるがこれらに限定されないいくつかの種類のイオントラップのうちの1つであることが可能である。種々の実施形態では、イオントラップ120は、イオン通路205に実質的に平行に配向されるイオン閉じ込め電極を有する4重極線形イオントラップである。種々の実施形態では、4重極線形イオントラップのロッド(半径方向閉じ込め電極)は、実質的に円形の断面を有する。
【0023】
典型的には、イオントラップを有するイオン分析装置では、イオン源110から生じるイオン(典型的には、ガス形態)は、実質的にイオン通路105に沿ってイオントラップ120内に輸送される。イオン輸送の通路は、しばしばイオン軸と呼ばれ、必ずしも直線状である必要はなく、すなわち、通路は、1回以上屈曲してもよい。イオントラップを通るイオン軸は、典型的には、トラップ内において軸方向であると考えられ、トラップ内においてイオン通路に垂直な方向は、半径方向と考えられる。イオントラップを使用して、イオンを空間的に拘束すること、およびイオンをある時間の間トラップ内に保持することが可能である。この保持時間中、例えば、電気的励起、フラグメンテーション、選択、化学反応、冷却、分光測定等の1つ以上のイオン関連動作を実行することが可能である。保持時間の後、イオンは、イオントラップから、例えば、検出器、質量分析計等のイオン後処理要素130内に放出される。例えば、LITからのイオンの放出は、例えば、イオントラップの軸105に沿ってイオン集団全体の放出を介して、質量選択軸方向放出(MSAE)を介して、トラップからの半径方向放出を介して等して発生することが可能である。
【0024】
動作中、イオン源からイオントラップへのイオンの輸送と、イオントラップから後処理要素へのイオンの輸送とは、典型的には、例えば、イオン損失、他のガスとのイオンの反応、過剰な検出器雑音等を回避するために、約10
−3トール未満の減少圧力下で発生する。この圧力は、しばしば、トラップにおいて処理動作が発生していない場合、例えば、衝突または冷却ガスがイオントラップに添加されていない場合の、イオントラップチャンバ120に存在する基準圧力または環境圧力と呼ばれる。種々の実施形態では、トラップからのイオンの放出時に、圧力は、約2x10
−5トールから約5.5x10
−5トールの間である。種々の実施形態では、圧力は、約2x10
−5トールから約7.5x10
−5トールの間である。種々の実施形態では、圧力は、約2x10
−5トールから約10
−4トールの間である。
【0025】
図2A〜
図2Bを参照すると、多重LITの種々の実施形態が概略的に示される。種々の実施形態では、多重極LITは、イオン通路105に実質的に平行にあるように構成される4つのロッド状電極210、半径方向閉じ込め電極と、イオンの軸方向閉じ込めを促進するエンドキャップ電極212とを備える。DC成分およびAC成分を含む電位は、ロッド210およびエンドキャップ電極に印加可能であり、イオンをトラップ内のイオン閉じ込め領域205に閉じ込める電場を生成する。
【0026】
イオン閉じ込め領域205内に保持されるイオンは、領域205の反対側に位置するロッド210の少なくとも2つに補助交流電位を印加することによって励起可能である。補助電位は、閉じ込め領域内に交流電場を生成し、これによりトラップ内におけるイオンの振動運動を加速する。イオンは、補助電位が印加される限り、運動エネルギーを得ることが可能である。得られた運動エネルギーは、イオンが、別の分子または原子との衝突を受ける場合に、内部イオンエネルギー(例えば、振動、回転、電子励起)に変換可能である。イオンの内部エネルギーは、複数の連続的な衝突により増加することが可能である。十分な内部エネルギーが利用可能である場合、フラグメンテーションがもたらされることが可能である。ロッドまたはエンドキャップ電極との衝突により、イオンの表面支援フラグメンテーションが、もたらされることが可能であるか、またはイオンの中和および損失がもたらされる可能性が高い。
【0027】
種々の実施形態では、本方法は、イオンをイオントラップ内に閉じ込め、中性ガスをイオントラップ105内に供給して、第1の上昇圧力持続時間の間、トラップの少なくとも一部分内において、約5.5x10
−5トールを超え、かつ約5x10
−4トール未満である非定常状態圧力を生成する。例えば、
図3を参照すると、種々の実施形態では、圧力は、基準動作圧力P
0からピーク値P
Pkに上昇する。種々の実施形態では、ピーク値は、ガス注入の終了に実質的に一致する時に到達可能であるか、またはガス供給の終了後に発生可能であり、ガス供給装置の構成と真空チャンバ幾何学的形状とに依存する。種々の実施形態では、圧力は、
図3の線322、324により境界付けられる領域として概略的に示す第1の上昇圧力持続時間の間、上昇圧力値P
2を超えて、かつピーク値(例えば、種々の実施形態において、5x10
−4トール)未満で上昇したままの第1の可変上昇圧力まで上昇され、最終的に、圧力は、基準動作圧力P
0に復元する。種々の実施形態では、イオンフラグメンテーション中に到達するピーク圧力P
pkは、約5x10
−4トール未満であり、上昇圧力持続時間は、約25ミリ秒未満であり、圧力値P
2は、約5.5x10
−5トールを超え、基準動作圧力P
0は、約3.5x10
−5トールであることが可能であり、種々の実施形態では、実質的に定常状態である。種々の実施形態では、本方法は、約5x10
−4トール未満、および/もしくは約3x10
−4トール未満の中性衝突ガス圧力P
Pkを使用し、ならびに/または種々の実施形態では、本方法は、約1x10
−4トールを超えるおよび/または約2x10
−4トールを超える上昇圧力値P
2を使用する。
【0028】
運動エネルギーをイオンに与え、かつ中性ガスとの衝突によりイオンをフラグメント化するために、補助交流電場をイオントラップに印加する。種々の実施形態では、約500mV
(0−pk)未満の励起振幅を有する補助交流電場が使用される。種々の実施形態では、補助交流電場の振幅は、約250mV
(0−pk)未満、約100mV
(0−pk)未満、約50mV
(0−pk)未満、約5mV
(0−pk)から約500mV
(0−pk)の間の範囲、および/または約5mV
(0−pk)から約250mV
(0−pk)の間の範囲である。種々の実施形態では、補助交流電場の印加は、イオントラップにおける圧力が、第1の上昇圧力(例えば、
図3における線322)に到達する時と実質的に同時に印加される。種々の実施形態では、補助交流電場は、ガス注入のためにパルス弁を開放する時と実質的に同時に印加され、補助電場は、弁の閉鎖時と実質的に同時に終了する。種々の実施形態では、補助交流電場の印加の持続時間、つまり励起時間は、上昇圧力値P
2を超える圧力上昇の持続時間を超えて延長する。
【0029】
種々の実施形態では、励起時間は、約10ミリ秒を超え、約20ミリ秒を越え、約30ミリ秒を越え、および/または約5ミリ秒から約25ミリ秒の範囲にある。種々の実施形態では、第1の上昇圧力持続時間は、約5ミリ秒から約25ミリ秒の間の範囲である。種々の実施形態では、第1の上昇圧力持続時間は、圧力が上昇圧力値P
2以上である時間に実質的に相当する。
【0030】
LITを用いる方法の種々の実施形態では、本方法は、断面が実質的に円形である半径方向閉じ込め電極(ロッド)210を有するLITに適用するために提供される。断面が実質的に円形であるトラップ電極を有するLITにおけるイオンの挙動の例について、B. A. Collingsら, J. Am. Soc. Mass Spec, Vol. 14, No. 6 (2003) pp. 622−634および米国特許第7,049,580号に記載されており、これらの両方は、参照によりその全体が本明細書に組み込まれる。断面が円形であるロッドは、双曲線状電極により産生される純4重極トラップ電位に追加された成分を有するイオントラップ電位を産生する。追加の電位成分は、印加された補助電位に対するイオン運動の位相のずれ、例えば、振動運動の減速および加速、ならびに非半径方向への運動の交差カップリングを引き起こし得る。種々の実施形態では、これらの効果は、イオンの前後運動の振幅を拘束し、トラップのロッドとの衝突防止を支援する。これは、双曲線状電極を使用する従来のイオントラップに関する状況とは異なる。これらの器具では、トラップ電位は、実質的に純粋に4重極であり、イオンの振動運動の振幅は、イオンが電極において終了するまで線形に増加する。
【0031】
種々の実施形態では、断面が実質的に円形であるロッドを有する多重極線形イオントラップとともに使用するための方法であって、(a)保持時間の間、線形イオントラップのイオン閉じ込め領域にイオンを保持することと、(b)第1の上昇圧力持続時間の間、約5.5x10
−5トールから約5x10
−4トールの間の範囲であるが、約1x10
−4トールを超える第1の可変上昇圧力に、イオン閉じ込め領域における圧力を上昇させるように、保持時間の少なくとも一部分の間、中性ガスをイオントラップ内に供給することによって、イオン閉じ込め領域内において非定常状態圧力増加を生成することと、(c)励起時間の間、約500mV
(0−pk)未満の振幅を有する補助交流電場をイオンに受けさせることによって、イオン閉じ込め領域内において、イオンの少なくとも一部分を励起することと、(d)保持時間の終了前に、線形イオントラップ内の圧力を第1の復元圧力値に低下させることと、(e)保持時間の終了時に、線形イオントラップからイオンを放出することとを含む方法が提供される。種々の実施形態では、本方法を使用して、断面が実質的に円形であるロッドを有する線形イオントラップにおいてイオンを励起することが可能である。
【0032】
イオンをフラグメント化するための方法の種々の実施形態では、イオントラップに保持されるイオンについて、約80%を超える、約90%を超える、および約95%を超えるフラグメンテーション効率を提供することが可能である。
【0033】
種々の実施形態では、本教示の方法は、低質量フラグメントイオンを産生するのに必要な時間を短縮することが可能であるため、トラップに関連する典型的な低質量カットオフ(LMCO)未満のフラグメントの検出が可能になる。イオントラップに関する低質量カットオフは、典型的には、それ未満においてイオンがトラップにおいて不安定な軌道を有し、トラップから放出される質量として定義される。イオンをフラグメント化する時間の短縮により、イオンの保持時間が短縮可能になるため、その不安定な軌道が低質量イオンをトラップから除去する前に、後続の処理(例えば、質量分析)のために低質量イオンを放出することが可能になる。4重極LITの典型的な低質量カットオフ(LMCO)は、本教示の実行を含まずに、
【0034】
【数1】
により求めることが可能であり、式中、mは、親イオンの質量であり、qは、後述のイオンおよびトラップ値に関連するマシュー安定性パラメータである。
【0035】
4重極を備える線形イオントラップでは、マシュー安定性qパラメータは、
【0036】
【数2】
によって表わされ、式中、eは、質量mのイオンの電荷を表わし、V
RFは、トラップRF電位の接地振幅への極を表わし、Ωは、RFの角駆動周波数であり、r
0は、電極の分離としてしばしば解釈される電場半径を表わす。
【0037】
本教示の方法の種々の実施形態は、中性ガスをイオントラップ内に供給することによって、イオントラップのイオン閉じ込め領域内において非定常状態圧力増加を生成する。多種多様の手段を使用して、中性衝突ガスをイオントラップのイオン閉じ込め領域に供給して、この非定常状態圧力増加を産生することが可能である。例えば、中性ガスは、トラップのイオン閉じ込め領域の近くに位置するパルス弁によりトラップ内に供給されることが可能である。再び
図2A〜
図2Bを参照すると、種々の実施形態では、ガス注入ノズル222を有するパルス弁230を使用して、例えば、管220により弁に連結されるガス供給部240からガスを供給する。ノズル222は、間に管220を含まずに弁230内に組み込み可能である。
【0038】
種々の実施形態では、パルス弁は、Lee Company, Westbrook, Connecticut, U.S.により供給される種類であって、約0.25ミリ秒の応答時間、約0.35ミリ秒の最小パルス持続時間、および約250x10
6サイクルの稼動寿命を有する種類であることが可能である。
図2Aを参照すると、種々の実施形態では、ノズルは、ロッド210から距離d
1262を置いて位置し、かつイオン閉じ込め領域205の中心から距離d
2364を置いて位置することが可能である。種々の実施形態では、d
1は約10mmであり、d
2は約21mmである。種々の実施形態では、パルス弁は、パルス弁の帯電を防止するために、実質的に導電性の材料、および/または実質的に伝導性の材料で塗膜される材料のうちの1つ以上から構成される。種々の実施形態では、パルス弁は、イオン閉じ込め領域の中心からロッド直径の2.25倍よりも近くに位置しない。種々の実施形態では、パルス弁は、隣接ロッドの分離よりも少なくとも3倍大きい距離を電極配列から置いて位置する。
【0039】
パルス弁230は、制御電子機器により遠隔動作して、ガスのイオントラップ内への噴出を導入することが可能である。注入された中性ガスは、衝突標的物をイオンに提供する。ガス注入のタイミングは、補助交流電位の印加に実質的に一致するように選択可能である。
【0040】
種々の実施形態では、ガスをノズル222から放出する際、ノズル222は、円錐状のプルームのガスを生成することが可能である。種々の実施形態では、ガス注入のために追加される装置は、プルーム224がイオン閉じ込め領域205に実質的に作用し、注入された分子とトラップされたイオンとの効率的な混合を促進するように、位置することが可能である。種々の実施形態では、ノズル自体は、所定のプルーム形状を供給するように設計されることが可能である。
【0041】
本教示の方法の種々の実施形態は、イオン保持時間の終了時に、トラップからイオンを放出する。種々の実施形態では、例えば、さらなるイオン光学系および/または処理要素へのイオンの移動を促進するために、放出前にトラップ中の圧力を第1の復元圧力値に低下させる。種々の実施形態では、例えば、装置に存在し得るイオン検出器により課される可能な動作圧力の小さい圧力に、および/または例えば、質量選択軸方向放出(MSAE)によってトラップからのイオンの効率的な放出のために選択される値に、第1の復元圧力値を選択することが可能である。概して、イオン検出器は、感圧器具であり、検出器の損傷を回避するために安全動作圧力未満で動作しなければならない。この安全動作圧力は、第1の復元圧力値として選択可能である。
【0042】
再び
図3を参照すると、第1の復元圧力値を、基準動作圧力、P
0に実質的に同等であるように選択することが可能であり、基準動作圧力、P
0は、種々の実施形態では、イオントラップと組み合わせて使用する任意のイオン検出器の安全動作圧力、P
1よりも低くなることが可能である。例えば、基準動作圧力は、5x10
−5トールであってもよく、安全動作圧力は、9x10
−5トールであってもよい。種々の実施形態では、イオン検出器は、衝突ガスの供給中に停止し、圧力が安全動作レベル、つまり、図面の時間線326により示されるP
1未満に降下する時に再び作動する。
【0043】
放出処理、例えば、質量選択軸方向放出MSAEは、それ自体、圧力依存性を有することが可能である。MSAE圧力依存性の例を、
図4の実験的に決定されたグラフにおいて示すことが可能である。本グラフは、概して、MSAE効率が、試験を受ける実験構成のための約3.5x10
−5トール未満の圧力について減少することを示す。種々の実施形態では、約5x10
−5トールを超える圧力で発生する過剰な検出器雑音は、MSAE測定に悪影響を及ぼす可能性がある。
【0044】
種々の実施形態では、MSAEは、約2x10
−5トールから約5.5x10
−5トールの間の圧力の範囲で実行される。種々の実施形態では、MSAEは、約2x10
−5トールから約7.5x10
−5トールの間の圧力の範囲で実行される。種々の実施形態では、MSAEは約2x10
−5トールから約1x10
−4トールの間の圧力の範囲で実行される。
【0045】
種々の実施形態では、中性衝突ガス供給により到達するピーク圧力P
pkは、イオントラップの基準動作圧力、P
0≦5x10
−5トールの約10倍以内である。種々の実施形態では、ピーク圧力の減少により、同一の体積および同一の真空ポンプ速度を有するイオンチャンバについて、圧力回復時間、例えば、チャンバが圧力P
1に復元する時間であって、
図3における線324と線326との間の時間を短縮することが可能であるため、種々の実施形態では、ピーク圧力上昇の低下の条件下でフラグメント化されたイオンは、より急速に後続のイオン処理に利用可能になることが可能である。
【0046】
(数値シミュレーション)
理論に縛られることなく、本教示の理解をさらに伝達および促進するために数値シミュレーションを提示する。例えば、双極子励起を介するイオンのフラグメンテーション率が、複雑に相互に関連する多数の変数に依存することが可能であることを理解されたい。例えば、励起振幅、励起の持続時間、衝突相手の質量、運動エネルギーから内部エネルギーへのイオンの変換効率、背景ガスとの減衰衝突によるイオンの内部エネルギー冷却率および/または放射冷却率、イオン内における内部エネルギーの再分布、衝突ガスの密度、ならびにフラグメント化する化学結合の種類等の全てが、要因であることが可能である。本明細書において、多種多様のイオン質量、ガス注入持続時間、励起振幅、励起時間、および圧力について実行した研究からの結果が提示される。
【0047】
イオンの内部自由度(振動および回転)への付与に利用可能なエネルギー量に対する上限は、イオンと衝突相手との間の質量中心衝突エネルギーを計算することによって推定可能である。質量中心衝突エネルギーE
cmは、数式、
【0048】
【数3】
により決定可能である。式中、m
1は、イオンの質量であり、m
2は、中性衝突相手の質量であり、E
labは、基準実験室枠におけるイオンの運動エネルギーである。双極子励起の処理中、例えば、イオントラップの電極への補助交流電位の印加中、エネルギーは、運動エネルギーの形態でイオンに供給されるが、イオンは、存在し得る衝突ガスにおける中性分子との衝突により運動エネルギーを損失して、イオンは、運動エネルギー、E’
labになる可能性があり、この場合、ダッシュ記号は、導関数を示すのではなく、変数E
labにより提供される値とは電位的に異なるエネルギー値を示すだけである。運動エネルギー損失量は、2つの値E
lab、E’
labの差異であり、以下の数式を使用して決定可能である。
【0049】
【数4】
数式(3)および数式(4)を使用して、E
cmのE
lossとの関係は、
【0050】
【数5】
として記述可能であり、これは、m
1>>m
2の場合に約0.5E
lossとなる。励起中、イオンは、イオンの軌道における位置に依存して、高いおよび低い運動エネルギーの両方を有することが可能である。熱エネルギー級の衝突エネルギーとの衝突、例えば、軌道の種々の低運動エネルギー領域は、イオンの内部エネルギーの増加または減少をもたらすことが可能である。内部励起に利用可能なエネルギーの量は、質量中心衝突エネルギーに比例する。
【0051】
励起処理中のイオンへのエネルギー入力率、E
cm/衝突/単位時間は、イオンのフラグメンテーション率に影響を及ぼす。熱化率よりも速くイオンへのエネルギー入力率が増加する場合、およびイオンが電極と衝突しないか、そうでなければトラップから損失されない場合、イオンのフラグメンテーション率は、増加することが可能である。電極との衝突は、例えば、イオンの大部分を中和し、その損失をもたらす。
【0052】
これらの処理および本教示についてより理解するために、イオン軌道シミュレータを使用して、イオンへのエネルギー入力率を調査した。シミュレータは、個々の衝突毎の質量中心衝突エネルギー、イオンと中性衝突ガスとの両方の熱運動速度の効果、RF閉じ込め場(トラップ交流電位)の効果、および4重極電極の円形断面形状による高次場の効果を考慮する。
【0053】
エネルギー入力率、E
cm/衝突/単位時間は、運動エネルギーからイオンの内部エネルギーに変換可能であるエネルギーの量に対して上限を提供する。この率が、トラップにおける圧力および励起振幅V
excに依存可能であることが分かっている。励起振幅、V
excは、本明細書において、4重極電極のうちの2つに印加される補助交流電位のゼロからピークの振幅として解釈される。イオンに関するエネルギー利得の持続時間は、励起振幅に依存することが可能であり、例えば、V
excが高過ぎる場合、イオンは、高横断振幅に到達することが可能であり、例えば、電極と衝突することが可能であり、エネルギー利得持続時間は短縮される。
【0054】
表1は、断面が実質的に円形であるロッドを有する線形ストラップ内において、A、B、およびCと示される3つの異なる条件下におけるイオンフラグメンテーションのシミュレーションからの結果を示す。第3の列に記載される励起振幅、V
excは、シミュレーションにおいて4重極ロッドのうちの2つに印加される補助交流電位のゼロからピークの振幅を表す。結果として生じるイオン軌道の平均持続時間は、第4の列に記載され、ロッドとの衝突前にトラップ内においてイオンが振動を受ける時間量を平均で表す。得られたエネルギー入力率、E
cm/衝突/単位時間、単位時間毎の衝突、衝突/単位時間、および得られる質量中心衝突総エネルギー、E
cmは、隣接する列に記載される。シミュレーションについて、衝突相手には、中性窒素分子が選ばれ、イオンには、レセルピン(m/z=609)が選択された。
【0055】
事例AおよびBでは、イオン閉じ込め領域内の圧力は、3.5x10
−5トールであり、可能な最大励起時間は、100ミリ秒であり、補助電位の振幅、V
excは、それぞれ7.5mV
(0−pk)および30mV
(0−pk)であった。事例Cでは、圧力は、3.5x10
−4トールまで上昇し、V
excは、30mV
(0−pk)であり、励起時間は、25ミリ秒であった。表の結果は、10個のイオン軌道の平均から得られ、その軌道の各々は、個々の組の初期開始条件を有する。シミュレーションについて、イオンは、トラップの軸の1.0mmの半径内でランダムに分布された。次いで、イオンは、5ミリトールの圧力で5ミリ秒の時間の間、冷却された。窒素が、中性衝突ガスとして使用され、280Åの衝突断面積が使用された。最終的な空間座標および運動エネルギーが、シミュレーションの次の段階のための入力として使用された。シミュレーションの次の段階では、衝突頻度、散乱角、および初期RF相がランダムに選択された。
【0056】
【表1】
事例Aに対応するシミュレーションでは、イオンは、電極との衝突に十分大きい横断運動を得る前に、平均で約93ミリ秒の間加速された。励起振幅を30mV
(0−pk)に増加させること(事例B)は、イオンへのエネルギー入力率、E
cm/衝突/単位時間を増加させるように確認されなかった。代わりに、イオン軌道は、1.8ミリ秒後に終了するようにシミュレーションにおいて確認され、衝突に利用可能なE
cmの総量は、大幅に減少した。事例Bでは、シミュレーションにおけるイオンの大部分は、トラップ内でフラグメント化するのに十分なエネルギーを受ける前にロッドと衝突した。
【0057】
シミュレーション(事例C)において、イオン励起中およびV
exc=30mV
(0−pk)における励起中に、圧力が3.5x10
−4トールに上昇することによって、イオン軌道のいずれもが25ミリ秒の時間上限の前に4重極ロッドで終了しないことが確認された。E
cm/衝突/単位時間の量は、事例AおよびBよりも約8倍増加したことが確認された。衝突に利用可能な合計E
cmは、シミュレーションにおける最大励起時間が、事例AおよびBの100ミリ秒から事例Cの25ミリ秒に減少したにもかかわらず、事例Aよりも2倍を上回って増加し、事例Bよりも125倍を上回って増加したことが示された。イオン軌道の平均持続時間は、事例Bから事例Cにおいて増加し、これは、中性ガス分子との衝突の増加によるものと考えられる。ゆえに、理論に縛られることなく、低圧力LITにおけるフラグメンテーション中の圧力の増加が、イオンへのエネルギー入力率における増加と、トラップからの損失によるイオンの大幅な損失、例えば、電極との衝突をもたらさない高めの励起振幅の使用とを提供することが可能であると考えられる。理論に縛られることなく、衝突ガスが、イオン軌道の横断運動を弱める緩衝剤としての役割を果たすことが考えられる。
【実施例】
【0058】
(実施例)
4重極線形イオントラップにおいてイオンフラグメンテーション実験を実行した。これらの実験の詳細および結果は、例として提示される。これらの実施例は、本教示の種々の実施形態を示すが、本教示の範囲を限定するように解釈されない。
【0059】
イオンフラグメンテーション実験は、改良型Applied Biosystems 4000 Q Trap(登録商標)4重極線形イオントラップにおいて実行された。イオントラップのイオン閉じ込めロッドの断面は、実質的に円形であった。パルス弁を使用して、衝突ガス(窒素)を供給し、配置は、
図2Aに示す配置と類似した。パルス弁は、Lee Company, Westbrook, Connecticut, U.S.からの弁であり、0.25ミリ秒の応答時間、2億5000万サイクルとして指定される動作寿命、および0.35ミリ秒の最小パルス持続時間を有する弁であった。ある時間の間、パルス弁を開放することにより、イオンの双極子励起中に、線形イオントラップの少なくとも一部分における圧力の増加が可能になる。実験は、5ミリ秒から100ミリ秒の範囲のガス注入パルス持続時間を使用して実行されたが、典型的な持続時間は25ミリ秒である。これらの実験では、真空と圧力との連動は、検出器を保護するために、9.5x10
−5トールの真空計の数値に設定された。真空計は、LITを収容する真空チャンバに取り付けられ、ゆえに、計器で測定された圧力は、ガス注入後のLITのイオントラップ領域における圧力値よりも低かった。圧力の差異は、ガス注入源、例えば、パルス弁からの距離と、注入されたガスの分散に起因した。パルス弁は、窒素の150トールの背圧を有し、弁は、0.076mmの直径の出口開口を有した。LITチャンバにおける基準圧力は、パルス弁が閉じた状態で、3.7x10
−5トールであった。パルス弁は、RFトラップ場を干渉せずに、可能な限り線形イオントラップに近くに配置した。実験では、弁のオリフィスは、4重極ロッド組立体の中心から約21mm置いて位置し、例えば、
図2Aにおける距離264は、約21mmであった。種々の実施形態では、弁またはその出力オフィリスのイオン閉じ込め領域に対する近位位置は、イオン閉じ込め領域内の所望の圧力上昇に必要な注入ガスの総量を減少させることが可能である。
【0060】
質量範囲が129m/zから514.7m/zに及ぶ表2に列挙する5つの化合物についてフラグメンテーション実験を実行した。解離後、質量分析計においてイオンフラグメントを分析した。実質的に表2に示す質量範囲におけるフラグメンテーション質量スペクトルを統合することによって、化合物毎にフラグメンテーション効率を計算した。試料(例えば、以下の表2の化合物の100pg/μl)を10μl/minで注入した。5ミリ秒から200ミリ秒の励起時間を使用してデータを収集し、マシューq=0.236で励起を実行した。
【0061】
【表2】
【0062】
(実施例1:カフェイン)
カフェインイオン、m/z=195のフラグメンテーションの中性衝突の中性衝突ガスの注入しない場合と、注入する場合との比較について
図5に示す。上部のスペクトル(a)は、フラグメンテーション中に衝突ガスが注入されない条件に対応し、3.7x10
−5トールの基準圧力において親イオンを12.5mV
(0−pk)振幅で励起する場合に、2.1%のフラグメンテーション効率を生じる。下部のスペクトルは、衝突ガスの注入に使用されるパルス弁により同一のイオンを21.5mV
(0−pk)の振幅で励起する場合の13.1%のフラグメンテーション効率を示す。各試行について、励起時間は、25ミリ秒であった。本実験では、衝突ガスの注入が、6倍を超えてフラグメンテーション効率を増加させた。
【0063】
(実施例2:リドカイン)
衝突ガスを注入しない場合、短い励起時間の間に、より少ないフラグメンテーションが観測された。
図6を参照すると、衝突ガス注入を行なう場合(白丸)および注入を行なわない場合(黒丸)のリドカインイオン、m/z=235のフラグメンテーション効率が示される。10ミリ秒の励起時間では、フラグメンテーション効率は、注入を行なわない場合、約10%であり、注入を行なった場合約75%であり、フラグメンテーション効率における利得は、約7.5であった。25ミリ秒の励起時間では、効率の利得は、約2.9に降下し、100ミリ秒では、利得は、またさらに約1.3まで降下する。データによると、本イオンについてガス注入を行なう場合のフラグメンテーション効率が、約25ミリ秒を超える励起時間では大幅に改善されることはないが、一方、同一のイオンについてガス注入を行なわないフラグメンテーション効率は、最大150ミリ秒の励起時間までは、徐々に改善されることが示される。しかしながら、本教示を使用する衝突ガスを含まない場合の150ミリ秒において見られる同一の効率が、本教示を使用する衝突ガスを含む場合の約25ミリ秒において得られることが可能である。
【0064】
(実施例3:励起時間)
2つの異なる励起時間について種々のm/z比率に関するガス注入を行なわない条件に比較して、衝突ガス注入の条件下でイオンフラグメンテーション効率における利得のグラフを
図7に示す。フラグメント化されたイオンは、表2に列挙されるイオンであった。2つのデータ組は、25ミリ秒(黒丸)と100ミリ秒(白丸)との励起時間に対応して示される。測定毎に、励起振幅は、親イオンのフラグメンテーションを最大化するように選択された。
図7のデータでは、短い励起時間および低イオン質量について、フラグメンテーション効率における観測利得が最大であることが示される。
【0065】
特許、特許出願、論説、書籍、論文、およびウェブページを含むがこれらに限定されない本出願に引用する全ての文献および類似の資料は、このような文献および類似の資料の形式にかかわらず、参照によりその全体が明示的に組み込まれる。定義された用語、用語の用法、説明する技法、またはその同等物を含むがこれらに限定されない組み込まれた文献および類似の資料のうちの1つ以上が本出願とは異なるか、または本出願に矛盾する場合、本出願が支配する。
【0066】
本明細書に使用する項の表題は、構成目的のためだけのものであり、説明する主題を限定するものとして決して解釈されない。
【0067】
種々の実施形態および実施例に関連して本教示について説明したが、本教示をこのような実施形態および実施例に限定することを意図しない。逆に、本教示は、当業者が理解する種々の代替、修正、および同等物を包含する。
【0068】
請求項は、その趣旨について記述がない限り、説明する順番または要素に限定されるものとして読まれるべきではない。添付の請求項の精神および範囲から逸脱することなく、形式および詳細における種々の変更を当業者が加えてもよいことを理解されたい。以下の請求項およびその同等物の精神および範囲内で生じる全ての実施形態は、請求される。