(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6000837
(24)【登録日】2016年9月9日
(45)【発行日】2016年10月5日
(54)【発明の名称】構造物の歪・応力計測方法及び歪・応力センサ
(51)【国際特許分類】
G01B 11/16 20060101AFI20160923BHJP
G01L 1/00 20060101ALI20160923BHJP
【FI】
G01B11/16 Z
G01L1/00 B
【請求項の数】6
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2012-270369(P2012-270369)
(22)【出願日】2012年12月11日
(65)【公開番号】特開2014-115219(P2014-115219A)
(43)【公開日】2014年6月26日
【審査請求日】2015年9月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】000173522
【氏名又は名称】一般財団法人ファインセラミックスセンター
(73)【特許権者】
【識別番号】000213297
【氏名又は名称】中部電力株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000394
【氏名又は名称】特許業務法人岡田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】奥原 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】水田 安俊
(72)【発明者】
【氏名】南原 健一
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 泰孝
【審査官】
櫻井 仁
(56)【参考文献】
【文献】
特開2011−127992(JP,A)
【文献】
特開平11−263970(JP,A)
【文献】
特開2007−145991(JP,A)
【文献】
特開2007−284275(JP,A)
【文献】
特開2003−262558(JP,A)
【文献】
米国特許第06072568(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01B 11/00−11/30
G01L 1/00− 1/26
25/00
C09K 11/64
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造物に、歪・応力の大きさに応じて励起光を照射したときの発光波長が変動し、且つ歪・応力の方向性に応じて発光波長の変動方向が異なる、Al2O3にMnを0.1〜10at%添加した酸化物系セラミックスからなる歪・応力センサを設置し、
前記歪・応力センサに励起光を照射して蛍光発光させ、該発光波長を波長計測手段によって計測し、前記構造物に歪・応力が作用していない状態における基準発光波長に対する発光波長変化量とその変化の方向を計測することで、構造物に生じた静的および動的な歪ないし応力の計測とその方向性の判定を行う、構造物の歪・応力計測方法。
【請求項2】
前記Mnの添加量が0.3〜6.0at%である、請求項1に記載の歪・応力計測方法。
【請求項3】
前記歪・応力センサが、前記酸化物系セラミックスを焼結したバルク体からなる、請求項1に記載の構造物の歪・応力計測方法。
【請求項4】
構造物に設置して該構造物に生じた引張及び圧縮方向の歪ないし応力を計測するための歪・応力センサであって、
歪・応力の大きさに応じて励起光を照射したときの発光波長が変動し、且つ歪・応力の方向性に応じて発光波長の変動方向が異なる、Al2O3にMnを0.1〜10at%添加した酸化物系セラミックスからなる、歪・応力センサ。
【請求項5】
前記Mnの添加量が0.3〜6.0at%である、請求項4に記載の歪・応力センサ。
【請求項6】
前記酸化物系セラミックスを焼結したバルク体からなる、請求項4または請求項5に記載の歪・応力センサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光を利用して構造物に生じた歪ないし応力を計測検知できる非接触式の歪・応力計測技術に関する。具体的には、与えられた歪・応力の大きさに応じて励起光を照射したときの発光波長が変動する酸化物系セラミックスからなる蛍光材料を使用した歪・応力計測方法と、これに使用する歪・応力センサに関する。
【背景技術】
【0002】
構造物の安全利用には当該構造物に作用する物理量の把握が重要であり、従来から多岐にわたるモニタリング技術の開発が進められている。この構造物に作用する物理量を計測するセンサとして、変位、歪、力、加速度、又はトルクなど、様々な物理量を対象としたセンサが利用されている。これらのセンサの原理として、上記種々の物理量を歪に変換し、それを歪センサにより計測しているケースが多い。すなわち、歪・応力場を計測できる歪センサは、様々な物理量のモニタリングに応用できる基本的なデバイスとなり得る。
【0003】
歪・応力場を計測する歪センサとしては、歪ゲージや圧電フィルムなどの電気的な方式を採用したセンサや、光学的な手法として光ファイバセンサなどが開発されている。しかし、これら従来の歪センサに共通する課題として、歪センサと計測者との間には電気的・光学的な信号ライン(ケーブルや導線)が必要であり、いわゆる接触式(有線)の計測というのが前提となる。これでは、信号ラインの配設にコストを要するばかりか、計測場所や計測対象も制約されてしまう。そこで、動的な応力が作用することで発光する特性を有する応力発光材料を使用した、いわゆる非接触式(無線)の歪センサとして、特許文献1ないし特許文献3がある。特許文献1ないし特許文献3では、応力発光材料が応力の大きさに比例して発光の「強度」が増大するという特性を利用している。具体的には、応力発光材料を構造物に貼着するなどして付与し、当該応力発光材料からの発光強度を計測することで、歪・応力の発生、大きさ、分布などを計測できるとしている。応力発光材料は、応力の動的変化をエネルギー源として発光し、動的な歪・応力に応答して発光強度を変えるため、外部からの電気的・光学的エネルギー供給を必要としない、という点が長所として挙げられる。
【0004】
一方、発光「強度」ではなく、発光「波長」を計測することで構造物の変位を計測する非接触型の歪・応力センサとして、本出願人も特許文献4を提案している。特許文献4の歪・応力センサは、歪・応力の大きさに応じて励起光を照射したときの発光波長が変動し、且つ歪・応力の方向性に応じて発光波長の変動方向が異なる、MAl
2O
4(M=Sr、Ca又はBa)に発光中心イオンとしてEuを0.1〜3.0at%添加した酸化物系セラミックスからなる。
【0005】
また、非特許文献1には、与えられた応力の大きさに応じて励起光を照射したときの発光(フォトルミネッセンスPhotoluminescence)の波長が変動する酸化物系セラミックスからなる蛍光材料が開示されている。ここでの酸化物系セラミックスは、Al
2O
3中に発光中心イオンとしてCr
3+が添加されている。この現象を応用した応力分布の解析技術として、非特許文献2がある。当該非特許文献2では、遮熱コーティングと金属基材の界面に生成するCr
3+添加Al
2O
3の発光波長の変化により、応力を検出する方法が提案されている。
【0006】
また、非特許文献3には、与えられた静水圧(等方的な圧縮応力)の大きさに応じて励起光を照射したときの発光波長が変動する酸化物系セラミックスからなる蛍光材料が開示されている。ここでの酸化物系セラミックスは、SrAl
2O
4やCaAl
2O
4中に発光中心イオンとしてEu
2+が1%添加されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004-85483号公報
【特許文献2】特開2005-307998号公報
【特許文献3】再表2006-85424号公報
【特許文献4】特開2011−127992号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】J. He, and D. R. Clarke, "Determination of the Piezospectroscopic Coefficients for Chromium-Doped Sapphire", J. Am, Ceram, Soc., 78 (5), 1347-1353 (1995)
【非特許文献2】川崎重工業株式会社, 「航空機エンジンのメンテナンスにおける蛍光分光による損傷測定技術の先導調査研究」独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 平成18年度成果報告書
【非特許文献3】C. E. Tyner and H. G. Drickamer, "Studies of Luminescence Efficiency of Eu2+ Activated Phosphors as a function of Temperature and High Pressure", J. Chem, Phys., 67 (9), 4116-4122 (1977)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1ないし特許文献3は、信号ラインが不要な非接触での歪・応力場のモニタリングを可能とする応力発光材料を使用した歪センサである。しかし、特許文献1ないし特許文献3では、応力発光材料の発光強度を計測することで動的な歪・応力の分布等を計測しているので、次のような問題がある。すなわち、応力発光材料における発光強度は、単純に応力や歪の大きさに依存するだけでなく、応力や歪の変化する速度にも大きく依存する。したがって、ある構造体に応力発光材料を付与して発光強度の分布が得られたとしても、それが歪・応力の大きさを反映した情報であるのか、それらの変化速度を反映したものであるのかの判定は不可能であり、対象物の何を診断しているのかを明らかとするのは難しい。また、応力発光材料によっては繰り返し応力によって発光強度が低下し、安定した特性を得るのが難しいものもある。さらに、応力や歪が変化しない場合には発光現象は止まってしまうため、そのままでは静的な歪・応力のセンシングは不可能である。これらの静的な歪・応力を診断するためには、初期の無応力状態から連続的なモニタリングを絶えず継続してその変化のデータを蓄積する必要があることから、コストの増大を招くなど大きな課題を抱える。
【0010】
これに対し特許文献4は、励起光を照射して発光させ、当該発光波長の変化を計測することで構造物の変位を計測しているので、上記のような問題はない。しかし、このような歪・応力センサにおいても、より歪感度の高いものが求められている。
【0011】
非特許文献1および非特許文献2の技術は、蛍光材料そのものの発光波長が応力に応じて変化することを利用するため、上記のような問題点はない。すなわち、動的な歪・応力だけでなく静的な歪・応力に対しても発光波長の変化を検出可能であって、蛍光材料面全体が発光するため計測対象である構造物の表面からの発光を捉えればよい。しかしながら、このCr
3+添加Al
2O
3における波長シフト量は、1GPaの圧縮応力に対して14429cm
-3(波長693.19nm)から14426cm
-3(波長693.05nm)への変化であり、応力感度(単位応力1GPaあたりの波長シフト量)は0.14nm/GPaとなる。Al
2O
3のヤング率を335GPaとすると1GPaに対する圧縮歪は0.3%となり、単位歪(1%)当たりの波長シフト量を歪感度と定義すると、Cr
3+添加Al
2O
3における歪感度は0.47nm/%となる。このように、非特許文献1および非特許文献2に記載のCr
3+添加Al
2O
3では、動的な歪・応力だけでなく静的な歪・応力に対する発光波長変化を検出可能という点で有意義であるが、その歪感度や応力感度が低いという課題を有する。これら歪感度や応力感度をより向上できれば、検出精度の向上、計測時間の短縮、さらには低コスト化など、様々なメリットが期待できる。
【0012】
非特許文献3の技術も、蛍光材料そのものの発光波長が静水圧(等方的な応力)に応じて変化することを利用するため、上記のような問題点はない。すなわち、静的な応力に対して発光波長の変化を検出可能である。しかしながら、この文献中では、静水圧下という等方的な圧縮応力に対する発光波長の応答性について記述されているのみである。一般的な構造物などの変形において、このような応力場が想定されることは少なく、1次元もしくは2次元方向の変形がほとんどであり、さらに、圧縮方向だけではなく引張方向に対する応答性も必須である。したがって、この文献に記載された材料系(SrAl
2O
4やCaAl
2O
4中に発光中心イオンとしてEu
2+を添加)が、現実的に構造物の歪・応力センサとして利用できるとは判断できない。
【0013】
そこで、本発明は上記課題を解決するものであって、動的のみならず静的な歪ないし応力とその方向性(引張方向又は圧縮方向)とを任意のタイミングでより高感度に計測できる非接触式の歪・応力計測方法と、これに使用する歪・応力センサを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
そのための手段として、本発明は、構造物に与えられた歪・応力の大きさに応じて励起光を照射したときの発光波長が変動し、且つ歪・応力の方向性(引張歪・応力か圧縮歪・応力か)に応じて発光波長の変動方向が異なる蛍光材料、すなわちAl
2O
3に発光中心イオンとしてMnを0.1〜10at%(好ましくは0.3〜6.0at%)添加した酸化物系セラミックスからなる歪・応力センサを設置し、任意のタイミングで前記歪・応力センサに励起光を照射して蛍光発光させ、このときの発光波長を波長計測手段によって計測し、予め計測しておいた前記構造物に歪・応力が作用していない状態における基準発光波長に対する発光波長変化量とその変化の方向(短波長側への変化か長波長側への変化か)を計測することで、構造物に生じた静的および動的な歪ないし応力の計測とその方向性(引張方向か圧縮方向か)の判定とを行う、構造物の歪・応力計測方法を提案できる。
【0015】
このAl
2O
3にMnを添加した酸化物系セラミックス(蛍光材料)においては、発光中心(Mn)イオンの電子軌道間もしくは欠陥準位において励起された電子が遷移する際に発光現象を引き起こす。この発光現象において、Al
2O
3の結晶構造に歪・応力が作用することで配位子場が変化することで電子軌道間もしくは欠陥準位のエネルギー状態が変化し、これによって発光特性が変化するという原理を応用している。そして、蛍光材料に引張もしくは圧縮方向の歪・応力を与えた状態で、フォトルミネッセンス(励起光照射)によって電子の励起−再結合過程における発光現象である蛍光発光させることで、動的のみならず静止した歪・応力場においても歪・応力の分布に応じた発光波長が得られるというコンセプトである。
【0016】
前記歪・応力センサは、前記酸化物系セラミックスを焼結したバルク体として前記構造物の表面へ接着すればよい。なお、バルク体とは、例えば板状(薄片状)や塊状など、一定の厚みを有する立体形状のものであり、具体的な形状は特に制限されない。構造物に作用した応力は、歪・応力センサによって求めた歪量から、計測対象物である構造物のヤング率をもとに計測することができる。
【0017】
また、構造物に設置して該構造物に生じた歪ないし応力を計測するための歪・応力センサであって、歪・応力の大きさに応じて励起光を照射したときの発光波長が変動し、且つ歪・応力の方向性に応じて発光波長の変動方向が異なる、Al
2O
3に発光中心イオンとしてMnを0.1〜10at%(好ましくは0.3〜6.0at%)添加した酸化物系セラミックスからなる歪・応力センサも提案できる。当該歪・応力センサとしても、前記酸化物系セラミックスを焼結したバルク体とすることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明の歪・応力センサは、Al
2O
3にMnを0.1〜10at%(好ましくは0.3〜6.0at%)添加した蛍光材料である酸化物系セラミックスからなり、与えられた歪・応力の大きさに応じた基準発光波長に対する発光波長のシフト量が大きい。したがって、この蛍光材料を使用した歪・応力センサによれば、構造物における歪ないし応力を高精度に計測可能となる。また、計測時間の短縮や低コスト化にも有利である。また、本発明の歪・応力センサでは、引張・圧縮という歪・応力の印加方向によって発光波長シフトの方向を変えること、さらに等方的な応力でなくても1次元もしくは2次元的な歪・応力場に対しても応答性を示すこと、が初めて見出されており、実際の構造体における変形診断を可能としている。すなわち、構造物に生じた引張方向のみならず圧縮方向における静的および動的な歪ないし応力の計測を確実に計測できる。しかも、その方向性の判定、すなわち引張方向の歪・応力か圧縮方向の歪・応力かを判定することができる。
【0019】
本発明の構造物の歪・応力計測方法は、蛍光材料の発光現象を利用した非接触式の計測方法なので、診断対象が広範囲にわたる大型構造体における多点計測、高所や立入り管理区域などの危険箇所における計測、真空中での計測、高速回転体における計測など、接触式のセンサでは困難もしくは不可能な診断対象に対しても高精度な計測が可能となる。また、集光・発散できるという光の性質により、計測点のサイズを微小なミクロ領域から任意のセンシング領域を選定でき、2次元的な走査によって平面内における歪・応力分布診断の高精度化・高速化にも有効となる。
【0020】
そのうえで、励起光を照射した際の蛍光発光波長の変化(シフト)量によって歪ないし応力を計測するので、従来技術のような動的な歪・応力場だけではなく、静的な歪・応力場における歪ないし応力も計測できる。すなわち、応力が作用している瞬間のみならず、応力が作用した後においても歪ないし応力を計測できる。静的な歪・応力場における歪・応力による波長変化を計測するので、動的な歪・応力場のように歪・応力の変化速度の影響はなく、的確に歪ないし応力を計測できる。また、励起光を照射すればいつでも発光するので、動的な歪・応力のように常時観測している必要は無く、任意のタイミングで歪ないし応力を計測できる。また、本発明では蛍光材料の構造変化に基づく発光波長変化を検出するので、グレーティングを使用する場合に比べて、集光などによって空間分解能を狭くすることもでき、発光の検出方向にも制約を受けない。
【0021】
本発明の歪・応力センサを、バルク体として構造物表面へ貼着する形態とすることで、製造も容易であって対象物の制約が小さく施工性がよい。構造物に貼着する場合には、その接着界面における耐熱性などを考慮する必要があるが、歪・応力センサを薄片状にすればこれを解決でき、また、歪の追従性や限界値の拡大にも有利である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】歪・応力計測方法の機構を示す模式図である。
【
図4】圧縮歪を与えた場合のPL発光スペクトルのシフト方向を示すグラフである。
【
図5】圧縮歪の大きさとこれに伴うPL発光スペクトルのシフト量との関係を示すグラフである。
【
図6】引張歪の大きさとこれに伴うPL発光スペクトルのシフト量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明は、与えられた歪・応力の大きさに応じて励起光を照射したときの発光波長が変動し、且つ歪・応力の方向性(引張方向又は圧縮方向)に応じて発光波長の変動方向が異なる酸化物系セラミックスからなる蛍光材料を歪・応力センサとして使用し、構造物に応力が作用した場合の動的又は静的な歪ないし応力を計測するものである。なお、以下の説明では、励起光照射による蛍光発光を、PL発光と称すことがある。
【0024】
本発明の歪・応力センサに使用する蛍光材料は、Al
2O
3にMnを添加したものである。すなわち、MnAl
2O
4単相からなるものではなく、Al
2O
3相とMnAl
2O
4相とが混在した結晶構造となっている。Mnの添加量は0.1〜10at%、好ましくは0.3〜6.0at%、より好ましくは4.0〜6.0at%とする。Mnの添加量が多すぎても少なすぎても、歪・応力感度が低下するからである。Mnの添加量が4.0〜6.0at%であれば、歪・応力感度が最も高くなる。
【0025】
また、上記酸化物系セラミックスには、歪・応力感度をより高めるための添加剤として、H
2BO
3を添加することも好ましい。その添加量は、0.5〜5.0at%、好ましくは1.0〜3.0at%程度とすればよい。
【0026】
当該蛍光材料におけるPL発光は、発光中心(Mn)イオンの電子軌道間もしくは欠陥準位において励起された電子が遷移する際に発光現象を引き起こす。そして、このような蛍光材料を歪・応力センサとして使用する場合、上記発光現象において、Al
2O
3の結晶構造に歪が作用することによって配位子場が変化することで発光中心イオンの電子軌道間もしくは欠陥準位のエネルギー状態が変化し、これによって発光特性、すなわちPL発光波長が変動(シフト)する原理を応用している。
【0027】
このような酸化物系セラミックスからなる歪・応力センサは、セラミックスの原料(出発原料)を焼成した焼結体(バルク体)とすればよい。代表的には、セラミックスの原料粉末を混合・焼成する公知の固相反応法によって製造できる。具体的には、各種出発原料を混合し、各出発原料の融点未満の温度で焼成して焼結体を得ればよい。このとき、必要に応じて各出発原料を混合した状態で、焼成(本焼)温度より低い温度で仮焼し、該仮焼後の焼結体を粉砕・成型したうえで、焼成(本焼)することが好ましい。組成の均一化や緻密化を図ることができるからである。
【0028】
このとき、母材(Al
2O
3)中の酸素欠損量がPL発光波長のシフト量だけでなく発光強度にも影響し、大気中で焼成するとPL発光強度が弱くなる傾向がある。したがって、焼成や必要に応じて行う仮焼を、酸化を防ぐために無酸素雰囲気で行う。好ましくは、還元雰囲気とする。還元雰囲気であれば、母材構造へ積極的に酸素欠損を導入でき、配位子場の変化に対してより発光エネルギー状態を変えやすいMnの価数状態、もしくは欠陥順位を形成できるからである。無酸素雰囲気としては、Arガスなどの不活性ガスや窒素ガス雰囲気とすればよい。より好適な還元雰囲気とする場合は、不活性ガス中に5%程度の水素ガスを混合した雰囲気とすればよい。
【0029】
酸化物系セラミックスのバルク体からなる歪・応力センサの形状は、構造物に設置できる形状であれば特に限定されないが、薄片状(例えば厚み0.1〜5mm程度)とすることが好ましい。薄片状であれば、構造物に生じた歪への追従性が良好であると共に、施工性も良い。または、一定の厚みを有する立体形状のバルク体とすることもできる。薄片状の歪・応力センサは、直接薄片状に焼結するほか、ある程度の厚みを有するバルク体を切断、切削、又は研削等の後加工によって薄片状とすることもできる。バルク体からなる歪・応力センサは、構造物の表面に接着することで設置することができる。このとき、構造物の任意の部位に凹みを設けて歪・応力センサを埋め込むように設置したり、構造物における二点の間に挟まれるように設置することもできる。構造物によって挟持されるように設置した場合は、圧縮応力の計測に適している。
【0030】
このようにして設置した歪・応力センサによって、構造物に生じた歪ないし応力の計測方法について説明する。
図1に示すように、構造物1に設置した歪・応力センサ10に励起光11を照射すると、当該歪・応力センサ10が蛍光発光するので、その蛍光発光12の発光波長を図外の波長計測手段によって計測する。照射する励起光11には、発光波長よりも高エネルギー(短波長)の光を使用する。具体的には、波長250〜500nm程度の励起光が挙げられる。波長計測手段としては、光の波長を計測できるものであれば特に限定されず、公知の機器を使用できる。代表的には、分光器が挙げられる。
【0031】
これを前提として、先ずは、構造物1に歪が生じていない状態における基準発光波長を予め計測しておく。基準発光波長は、歪・応力センサ10を構造物1に設置した直後、又は構造物1に設置する前に計測しておけばよい。そして、歪・応力センサ10を構造物1へ設置した後、任意のタイミング(任意の時間経過後)で蛍光発光12の波長を計測したとき、構造物1に歪が生じていれば、蛍光発光12の波長は基準発光波長とは異なる波長となっている。そこで、基準発光波長に対する発光波長変化(シフト量)を計測することで、構造物1に生じた歪を計測することができる。このとき、歪の方向性、すなわち引張方歪か圧縮歪かによって、発光波長変化の方向性が逆(短波長側へのシフトか長波長側へのシフトか)になるので、当該発光波長変化の方向性によって引張方向の歪か圧縮方向の歪かを判定することもできる。もちろん、構造物1に歪が生じていなければ、発光波長の変動は無い。また、歪と応力はヤング率を比例定数として比例関係にあるため、計測された歪値から応力を求めることもできる。同時に、引張応力か圧縮応力かも判定できる。基準発光波長は、波長計測手段に連結された情報処理装置に記憶しておき、基準発光波長と発光波長との対比も当該情報処理装置によって行うと効率的である。
【0032】
計測対象としては、応力が作用し得る構造物であれば特に限定されず、大型の構造物から小型の構造部位まで、種々の構造体が含まれる。特に、本発明の歪・応力計測方法は非接触式の計測方法なので、ダムやトンネルなどの診断範囲が広範囲にわたる大型構造体における多点計測、電波塔や送電塔などの鉄塔、高層ビル、発電所構造物など、高所や立入り管理区域などの危険箇所における計測、タービンやモータなど高速回転体における計測、真空中など密閉空間における計測など、接触式のセンサでは困難もしくは不可能な計測に好適である。
【実施例】
【0033】
歪・応力センサ用の試料として、Al
2O
3にMnを0.5at%添加したもの(実施例1)、5.0at%添加したもの(実施例2)、の2種類を使用した。さらに従来との比較対象として特許文献4のEu添加SrAl
2O
4(比較例1)の結果と比較した。
【0034】
出発原料として、a−Al
2O
3(高純度化学製、99.99%>、ALO12PB)と、MnO(高純度化学製、99.9%>、MNO01PB)の粉体を化学量論組成に合致するよう秤量した。また、ホウ酸H
3BO
3(関東化学製、99.9999%>、765−1M)を2.0at%加えた。エタノールを分散媒体としてこれらの原料をZrO
2ボールとともにPET容器にて1時間混合した。混合後のスラリーに対して、130℃雰囲気中にてエタノールを飛散させて混合粉を抽出し、乳鉢にて粉砕しつつメッシュサイズ250μmのふるいにて整粒した。その後、20mmφ×2mmtの形状に500kgf/mm
2の圧力にて一軸プレス成形した。さらに、この成形体に対してCIP処理によって2500kgf/mm
2の静水圧を加えた。この成形体について仮焼の工程を経ずに直接焼成するプロセスとし、その焼成では、昇温速度を200℃/hとして1400℃まで加熱し、その温度を12時間保持してから、炉冷速度にて降温させるプロセスとした。この本焼成のプロセスにおける雰囲気として、実施例1ではArとし、実施例2ではAr+4%H
2とした。最後に、得られた焼結体を厚み0.5mmtの薄片状に加工して、歪・応力センサとした。
【0035】
そのうえで、歪・応力センサに圧縮・引張歪を加えて、PL発光スペクトルの波長シフトについて検討した。具体的には、圧縮歪を与える場合には、
図2に示すように、模擬構造物としてのステンレス板1にて歪・応力センサ10を上下から挟み、その上下方向から圧縮応力を与えることで変形させ、このときの発光波長を計測した。一方、引張歪を与える場合には、
図3に示すように、模擬構造物としての長さ150mm×幅25mm×厚み2mmのステンレス板1に歪・応力センサ10を接着させ、そのステンレス板1を上下から掴んで引っ張ることで、歪・応力センサ10にも引張歪を作用させ、このときの発光波長を計測した。なお、発光波長を計測する分光器には、CCDリニアイメージセンサにより200〜950nmの波長を一度に分光検出可能な分光器(浜松ホトニクス製、C10027−1)を採用した。各試験片100に照射する励起光源としては、365nmに発光波長をもつUV−LED光源(浜松ホトニクス製、L9610)を使用した。
【0036】
歪・応力センサの作動状況を示す例として、実施例1の歪・応力センサに圧縮歪を増加(マイナス側へ増大)させた場合、
図4に示されるように、PL発光スペクトルのピーク波長は長波長側へ増加した。図示していないが、実施例2及び比較例1においても同様の傾向を示した。
【0037】
続いて、実施例1,2及び比較例1における上記PL発光スペクトルのシフト量を定量的に評価するために、圧縮歪の大きさに応じたPL発光スペクトルの波長をエネルギーに変換してガウス分布を仮定したフィッティングを行い、ガウス分布の中心波長としてピーク位置(波長)を同定した。そのピーク波長のシフト量(縦軸)と圧縮歪の大きさ(横軸)との関係をまとめた結果が
図5である。
【0038】
図5の結果の傾きから、実施例1における単位歪(1%歪)あたりの波長変化は−9.1nm/%、実施例2における単位歪(1%歪)あたりの波長変化は−14.7nm/%、比較例1における単位歪(1%歪)あたりの波長変化は−2.1nm/%と見積もることができ、従来のEu添加SrAl
2O
4からなる比較例1では歪感度が低いのに対して、Al
2O
3にMnを所定量添加した実施例1,2は歪感度が高いことが確認された。
【0039】
次に、歪・応力センサに引張歪を与えた場合のPL発光スペクトルのシフト量を定量的に評価するために、実施例1および比較例1の歪・応力センサに引張歪を作用させ、上記圧縮歪の場合と同様にしてPL発光スペクトルのピーク波長のシフト量(縦軸)と圧縮歪の大きさ(横軸)との関係をまとめた。その結果を
図6に示す。
【0040】
図6の結果より、歪・応力センサへ引張歪を与えると、PL発光スペクトルは圧縮歪を与えた場合とは逆の方向にシフトしていた。すなわち、歪・応力センサへ引張歪が作用すると、圧縮歪の場合とは逆にPL発光スペクトルは短波長側へシフトすることが確認された。これにより、与えられる歪が引張であるのか圧縮であるのかという判定を、波長シフトの方向性から的確に検出できることを見出した。実際の構造体においては、診断対象面が平面だけとは限らず局率をもった面も多く存在し、そういった環境では曲げ変形による引張や圧縮歪の作用を想定する必要がある。そういった環境でもこの蛍光材料の波長シフトによる方法では的確な検出が可能であるという点は適用性という観点からも非常に有利である。
【0041】
また、
図6の結果の傾きから、実施例1における単位歪(1%歪)あたりの波長変化は−7.9nm/%、比較例1における単位歪(1%歪)あたりの波長変化は−1.6nm/%と見積もることができ、圧縮歪の場合と同様に、従来のEu添加SrAl
2O
4からなる比較例1では歪感度が低いのに対して、Al
2O
3にMnを所定量添加した実施例1は歪感度が高いことが確認された。
【符号の説明】
【0042】
1 構造物
10 歪・応力センサ
11 励起光
12 蛍光発光