特許第6000898号(P6000898)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6000898
(24)【登録日】2016年9月9日
(45)【発行日】2016年10月5日
(54)【発明の名称】車両用ブレーキ装置
(51)【国際特許分類】
   B60T 8/17 20060101AFI20160923BHJP
   B60T 8/42 20060101ALI20160923BHJP
【FI】
   B60T8/17 B
   B60T8/42
【請求項の数】7
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2013-108565(P2013-108565)
(22)【出願日】2013年5月23日
(65)【公開番号】特開2014-227056(P2014-227056A)
(43)【公開日】2014年12月8日
【審査請求日】2015年11月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001379
【氏名又は名称】特許業務法人 大島特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松下 悟史
(72)【発明者】
【氏名】岡田 周一
(72)【発明者】
【氏名】大久保 直人
【審査官】 佐々木 佳祐
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−013068(JP,A)
【文献】 特開2004−216939(JP,A)
【文献】 特開2000−118372(JP,A)
【文献】 特開2012−225332(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60T 7/12− 8/96
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブレーキ入力装置の操作量である制動操作量に応じて液圧を発生するマスタシリンダと、前記マスタシリンダに液路を介して接続されたホイールシリンダと、前記液路に設けられ、前記ブレーキ入力装置が操作されたときに前記マスタシリンダと前記ホイールシリンダとの連通を遮断する常開型の電磁弁と、前記液路の前記電磁弁と前記ホイールシリンダとの間に接続され、電動アクチュエータによって前記制動操作量に応じた液圧を発生するスレーブシリンダとを有し、車載バッテリから電力の供給を受ける車両用ブレーキ装置であって、
前記ブレーキ入力装置が操作されている状態において内燃機関の始動装置を始動するイグニッションスイッチが操作された場合に、前記始動装置に前記車載バッテリから電力が供給されるより前に前記ホイールシリンダに供給される液圧を、通常時において前記制動操作量に対応して前記スレーブシリンダが発生する液圧よりも低下させることを特徴とする車両用ブレーキ装置。
【請求項2】
前記ブレーキ入力装置が操作されている状態において前記イグニッションスイッチが操作された場合に、前記始動装置に電力が供給されるより前に、前記液路の前記電磁弁と前記マスタシリンダとの間の部分の液圧である上流液圧と、前記液路の前記電磁弁と前記ホイールシリンダとの間の部分の液圧である下流液圧とが等しくなるように、前記ホイールシリンダに供給される液圧を、通常時において前記制動操作量に対応して前記スレーブシリンダが発生する液圧よりも低下させることを特徴とする請求項1に記載の車両用ブレーキ装置。
【請求項3】
前記ブレーキ入力装置が操作されている状態において前記イグニッションスイッチが操作された場合に、前記ホイールシリンダに供給される液圧は、前記イグニッションスイッチが操作されてから所定の時間が経過するまで、通常時において前記制動操作量に対応して前記スレーブシリンダが発生する液圧よりも低い状態に維持されることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の車両用ブレーキ装置。
【請求項4】
前記ブレーキ入力装置が操作されている状態において前記イグニッションスイッチが操作された場合に、前記ホイールシリンダに供給される液圧を、通常時において前記制動操作量に対応して前記スレーブシリンダが発生する液圧よりも低下させ、前記液路の前記電磁弁と前記マスタシリンダとの間の部分の液圧である上流液圧と、前記液路の前記電磁弁と前記ホイールシリンダとの間の部分の液圧である下流液圧とが等しくなった後に、前記始動装置に電力が供給されることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれか1つの項に記載の車両用ブレーキ装置。
【請求項5】
前記ブレーキ入力装置が操作されている状態において前記イグニッションスイッチが操作された場合に、前記スレーブシリンダは、前記制動操作量に対応して通常時に発生する液圧よりも低い液圧を発生させることによって、前記ホイールシリンダに供給される液圧を低下させることを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれか1つの項に記載の車両用ブレーキ装置。
【請求項6】
前記液路の前記電磁弁と前記ホイールシリンダとの間の部分には開閉弁によって閉じられたバイパス液路が設けられ、
前記ブレーキ入力装置が操作されている状態において前記イグニッションスイッチが操作された場合に、前記開閉弁を開き、前記バイパス液路に液圧を供給することによって、前記ホイールシリンダに供給される液圧を低下させることを特徴とする請求項1〜請求項5のいずれか1つの項に記載の車両用ブレーキ装置。
【請求項7】
シフト位置がパーキングである場合、及びサイドブレーキが作動している場合の少なくとも一方が成立する場合において、前記イグニッションスイッチが操作されることにより、前記始動装置に電力が供給可能になることを特徴とする請求項1〜請求項6のいずれか1つの項に記載の車両用ブレーキ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、運転者によるブレーキ入力装置の操作量を電気信号に変換してスレーブシリンダを作動させ、スレーブシリンダが発生する液圧によってホイールシリンダを作動させるBBW(ブレーキ・バイ・ワイヤ)式の車両用ブレーキ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
BBW式の車両用ブレーキ装置において、ブレーキペダルに機械的に連結され、ペダル操作量に応じて液圧を発生するマスタシリンダと、マスタシリンダに液路を介して接続されたブレーキディスクのホイールシリンダと、液路に設けられ、ブレーキペダルが操作されたときにマスタシリンダとホイールとの連通を遮断する常開型の電磁弁と、液路の電磁弁とホイールシリンダとの間に接続され、ペダル操作量に応じて液圧を制御する制動力制御装置(ポンプ、スレーブシリンダ)とを有するものがある(例えば、特許文献1)。このような車両用ブレーキ装置は、通常時にはペダル操作量が検出されたときに電磁弁を閉じ、制動力制御装置が発生する液圧によってホイールシリンダを作動させる。一方、制動力制御装置の失陥時には電磁弁を開き、マスタシリンダが発生する液圧によってホイールシリンダを作動させる。
【0003】
上記のような車両用ブレーキ装置は、内燃機関の始動装置であるスタータモータ(セルモータ)と共通の電源となる車載バッテリから電力の供給を受けている。そのため、イグニッションスイッチが操作されたときに、スタータモータに電流が流れ、車載バッテリの電圧が一時的に低下することがある。車載バッテリの電圧が低下すると、車両用ブレーキ装置の電子制御装置(ECU)がリセットされ、電磁弁が開かれたり、制動力制御装置が発生する液圧が低下したりする場合がある。車両の運転者は、ブレーキペダルを踏み込んだ状態でイグニッションスイッチを操作することがあるため、この場合にはイグニッションスイッチが操作される直前には、制動力制御装置がペダル操作量に応じた液圧を発生し、ホイールシリンダには比較的高圧の液圧が供給されている。この状態でイグニッションスイッチが操作され、車載バッテリの電圧低下に伴って電磁弁が開かれると、ホイールシリンダに供給された高圧の液圧がマスタシリンダに作用してペダルを押し戻す現象(いわゆるキックバックやペダルショック)が生じる。このようなキックバックは、運転者に違和感を与え、車両の商品性を低下させる虞がある。
【0004】
特許文献1に係る車両用ブレーキ装置は、上記のキックバックを抑制するために、運転者がブレーキペダルを操作しており、かつエンジンがアイドル回転数未満で運転されている場合に、ホイールシリンダに供給する目標液圧を通常時より低下させるようにしている。この構成によれば、ホイールシリンダ側の液圧とマスタシリンダ側の液圧の差が低減されるため、車載バッテリの電圧低下によって電磁弁が開かれても、キックバックが生じ難くなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4360142号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1のブレーキ装置は、エンジン回転数が0より大きい所定の回転域にあることを検出したときにホイールシリンダ側の液圧を低下させるようにしているため、スタータモータへの電力供給が開始された瞬間にはホイールシリンダ側の液圧は高い状態に維持されている。そのため、車載バッテリの電圧低下に伴って電磁弁が開かれる瞬間には、ホイールシリンダ側の液圧低下が間に合わず、キックバックが生じる虞がある。
【0007】
本発明は、以上の背景に鑑みてなされたものであって、車両用ブレーキ装置において、内燃機関の始動に伴う車載バッテリの電圧低下時に、ブレーキ入力装置の押し戻し(キックバック)を抑制することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明は、ブレーキ入力装置(2)の操作量である制動操作量に応じて液圧を発生するマスタシリンダ(3)と、前記マスタシリンダに液路(51、61)を介して接続されたホイールシリンダ(55、56、65、66)と、前記液路に設けられ、前記ブレーキ入力装置が操作されたときに前記マスタシリンダと前記ホイールシリンダとの連通を遮断する常開型の電磁弁(71、72)と、前記液路の前記電磁弁と前記ホイールシリンダとの間に接続され、電動アクチュエータ(40)によって前記制動操作量に応じた液圧を発生するスレーブシリンダ(4)とを有し、車載バッテリ(160)から電力の供給を受ける車両用ブレーキ装置(1)であって、前記ブレーキ入力装置が操作されている状態において内燃機関の始動装置(151)を始動するイグニッションスイッチ(154)が操作された場合に、前記始動装置に前記車載バッテリから電力が供給されるより前に前記ホイールシリンダに供給される液圧を、通常時において前記制動操作量に対応して前記スレーブシリンダが発生する液圧よりも低下させることを特徴とする。
【0009】
この構成によれば、始動装置に電力が供給されるより前にホイールシリンダに供給される液圧を、通常時において制動操作量に対応してスレーブシリンダが発生する液圧よりも低下させるため、始動装置への電力供給によって電源の電圧が低下し、車両用ブレーキ装置への供給電圧が低下することによって常開型の電磁弁が開いたとしても、ホイールシリンダに生じている液圧とマスタシリンダに生じている液圧との差が通常時より小さくなっているため、ブレーキ入力装置の押し戻しが生じ難くなる。
【0010】
また、上記の発明において、前記ブレーキ入力装置が操作されている状態において前記イグニッションスイッチが操作された場合に、前記始動装置に電力が供給されるより前に、前記液路の前記電磁弁と前記マスタシリンダとの間の部分の液圧である上流液圧と、前記液路の前記電磁弁と前記ホイールシリンダとの間の部分の液圧である下流液圧とが等しくなるように、前記ホイールシリンダに供給される液圧を、通常時において前記制動操作量に対応して前記スレーブシリンダが発生する液圧よりも低下させるとよい。
【0011】
この構成によれば、上流液圧と下流液圧とが等しくなるため、始動装置への電力供給によって、車両用ブレーキ装置への供給電圧が低下し、常開型の電磁弁が開いたとしても、ブレーキ入力装置の押し戻しが一層生じ難くなる。
【0012】
また、上記の発明において、前記ブレーキ入力装置が操作されている状態において前記イグニッションスイッチが操作された場合に、前記ホイールシリンダに供給される液圧は、イグニッションスイッチが操作されてから所定の時間が経過するまで、通常時において前記制動操作量に対応して前記スレーブシリンダが発生する液圧よりも低い状態に維持されるとよい。
【0013】
この構成によれば、始動装置への電力供給によって車両用ブレーキ装置に供給される電圧が低下する虞がある所定の期間の間だけ、ホイールシリンダに供給される液圧を低い状態に維持するため、制動力が低下する期間を最小限に限定することができる。
【0014】
また、上記の発明において、前記ブレーキ入力装置が操作されている状態において前記イグニッションスイッチが操作された場合に、前記ホイールシリンダに供給される液圧を、通常時において前記制動操作量に対応して前記スレーブシリンダが発生する液圧よりも低下させ、前記液路の前記電磁弁と前記マスタシリンダとの間の部分の液圧である上流液圧と、前記液路の前記電磁弁と前記ホイールシリンダとの間の部分の液圧である下流液圧とが等しくなった後に、前記始動装置に電力が供給されるとよい。
【0015】
この構成によれば、下流液圧が上流液圧と等しくなった後に始動装置への電力供給が開始されるため、電圧低下によって仮に電磁弁が開かれたとしても、そのときには下流液圧が上流液圧と等しくなっているため、ブレーキ入力装置の押し戻しが生じ難くなる。
【0016】
また、上記の発明において、前記ブレーキ入力装置が操作されている状態において前記イグニッションスイッチが操作された場合に、前記スレーブシリンダは、前記制動操作量に対応して通常時に発生する液圧よりも低い液圧を発生させることによって、前記ホイールシリンダに供給される液圧を低下させるとよい。
【0017】
この構成によれば、内燃機関の始動時には、制動操作量に対応してスレーブシリンダが発生する液圧が通常時よりも低くなるため、ホイールシリンダ側に供給される液圧が低下する。そのため、電圧低下によって電磁弁が開いたとしても、マスタシリンダ側の液圧とホイールシリンダ側の液圧との差が小さくなり、ブレーキ入力装置の押し戻しが生じ難くなる。
【0018】
また、上記の発明において、前記液路の前記電磁弁と前記ホイールシリンダとの間の部分には開閉弁(101、102)によって閉じられたバイパス液路(92、103)が設けられ、前記ブレーキ入力装置が操作されている状態において前記イグニッションスイッチが操作された場合に、前記開閉弁を開き、前記バイパス液路に液圧を供給することによって、前記ホイールシリンダに供給される液圧を低下させるとよい。
【0019】
この構成によれば、迅速にホイールシリンダ側の液圧を低下させることができる。
【0020】
また、上記の発明において、シフト位置がパーキングである場合、及びサイドブレーキが作動している場合の少なくとも一方が成立する場合において、前記イグニッションスイッチが操作されることにより、前記始動装置に電力が供給可能になる。
【0021】
この構成によれば、始動装置への電力供給が可能になるときは、シフト位置がパーキングである場合、及びサイドブレーキが作動している場合の少なくとも一方が成立する場合であり、車両に制動力が発生しているため、内燃機関の始動に伴う車載バッテリの電圧低下によって車両用ブレーキ装置に供給される電圧が低下しても車両は停止状態を維持することができる。
【発明の効果】
【0022】
以上の構成によれば、車両用ブレーキ装置において、内燃機関の始動に伴う車載バッテリの電圧低下時に、ブレーキ入力装置の押し戻しを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】車両用ブレーキ装置の油圧回路を示す図
図2】車両用ブレーキ装置の制御系の構成図
図3】車両用ブレーキ装置の制御ブロック図
図4】FI_ECUの制御フロー図
図5】ESB_ECUの制御フロー図
図6】ESB_ECUのPmax演算のフロー図
図7】車両用ブレーキ装置の内燃機関始動時における作用を示すタイミングチャート
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態を説明する。
【0025】
(基本構成)
図1は車両用ブレーキ装置1の油圧回路を示す図であり、図2は車両用ブレーキ装置の制御系の構成図である。図1及び図2に示すように、実施形態に係る車両用ブレーキ装置1は、車体に回動可能に支持されたブレーキペダル2と、ブレーキペダル2の操作に応じて油圧を発生するマスタシリンダ3及びスレーブシリンダ4と、マスタシリンダ3又はスレーブシリンダ4の油圧を受けて駆動されるディスクブレーキ5、6、7、8とを有している。
【0026】
マスタシリンダ3は、タンデム型のシリンダであり、円筒状のマスタ側ハウジング11と、マスタ側ハウジング11の内部に変位可能に収容されたマスタ側第1ピストン12及びマスタ側第2ピストン13とを有している。マスタ側第1ピストン12はマスタ側ハウジング11内の軸線方向に沿った後側に配置され、マスタ側第2ピストン13はマスタ側ハウジング11内の軸線方向に沿った前側に配置されている。マスタ側第1ピストン12とマスタ側第2ピストン13との間にはマスタ側第1液圧室15が区画され、マスタ側第2ピストン13とマスタ側ハウジング11の前端部との間にはマスタ側第2液圧室16が区画されている。マスタ側第1ピストン12とマスタ側第2ピストン13との間、及びマスタ側第2ピストン13とマスタ側ハウジング11の端部との間には、それぞれ圧縮コイルばねであるリターンスプリング17が介装されている。リターンスプリング17によって、マスタ側第1ピストン12及びマスタ側第2ピストン13はマスタ側ハウジング11の後方に付勢されている。この状態のマスタ側第1ピストン12及びマスタ側第2ピストン13の位置を初期位置とする。
【0027】
マスタ側第1ピストン12には、軸線方向に沿って延び、マスタ側ハウジング11から後方に突出するロッド19の一端が結合されている。ロッド19の突出端は、ブレーキペダル2に回動可能に結合されている。これにより、ブレーキペダル2を踏み込むと、マスタ側第1ピストン12及びマスタ側第2ピストン13がリターンスプリング17に抗してマスタ側ハウジング11の前側に移動する。
【0028】
マスタ側ハウジング11には、マスタ側第1液圧室15に連通するマスタ側第1出力ポート21と、マスタ側第2液圧室16に連通する第2出力ポート22とが形成されている。また、マスタ側ハウジング11には、マスタ側リザーバタンク23が設けられている。マスタ側リザーバタンク23は、マスタ側ハウジング11に形成された液路(符号省略)を介してマスタ側第1液圧室15及びマスタ側第2液圧室16にブレーキオイルを供給する。なお、マスタ側第1液圧室15及びマスタ側第2液圧室16とマスタ側リザーバタンク23との間には公知のシール部材(符号省略)が設けられており、加圧時にマスタ側第1液圧室15及びマスタ側第2液圧室16からマスタ側リザーバタンク23にブレーキオイルが流れないようになっている。
【0029】
スレーブシリンダ4は、タンデム型のシリンダであり、円筒状のスレーブ側ハウジング31と、スレーブ側ハウジング31の内部に変位可能に収容されたスレーブ側第1ピストン32及びスレーブ側第2ピストン33とを有している。スレーブ側第1ピストン32はスレーブ側ハウジング31内の軸線方向に沿った後側に配置され、スレーブ側第2ピストン33はスレーブ側ハウジング31内の軸線方向に沿った前側に配置されている。スレーブ側第1ピストン32とスレーブ側第2ピストン33との間にはスレーブ側第1液圧室35が区画され、スレーブ側第2ピストン33とスレーブ側ハウジング31の前端部との間にはスレーブ側第2液圧室36が区画されている。スレーブ側第1ピストン32とスレーブ側第2ピストン33とは、連結ロッド37によって所定の範囲で相対移動可能に連結されている。連結ロッド37はスレーブ側ハウジング31の軸線方向に沿って延び、前端がスレーブ側第2ピストン33に固着され、後端がスレーブ側第1ピストン32に対して変位可能に支持されている。これにより、スレーブ側第1ピストン32とスレーブ側第2ピストン33の間隔の最大値及び最小値が定められている。
【0030】
スレーブ側第1ピストン32とスレーブ側第2ピストン33との間、及びスレーブ側第2ピストン33とスレーブ側ハウジング31の端部との間には、それぞれ圧縮コイルばねであるリターンスプリング38が介装されている。リターンスプリング38によって、スレーブ側第1ピストン32及びスレーブ側第2ピストン33はスレーブ側ハウジング31の後方に付勢されている。
【0031】
スレーブシリンダ4は、電動サーボモータであるモータ40と、ギヤ列41を介してモータ40の回転力が伝達されるボールねじ機構42とを有している。ボールねじ機構42は、モータ40の回転に応じて、リターンスプリング38の付勢力に抗してスレーブ側第1ピストン32を前方に移動させる。初期位置では、スレーブ側第1ピストン32及びスレーブ側第2ピストン33が最も後方に配置されている。
【0032】
スレーブ側ハウジング31には、スレーブ側第1液圧室35に連通するスレーブ側第1出力ポート45と、スレーブ側第2液圧室36に連通するスレーブ側第2出力ポート46とが形成されている。また、スレーブ側ハウジング31にはスレーブ側リザーバタンク47が設けられている。スレーブ側リザーバタンク47は、スレーブ側ハウジング31に形成された液路(符号省略)を介してスレーブ側第1液圧室35及びスレーブ側第2液圧室36にブレーキオイルを供給する。マスタ側リザーバタンク23とスレーブ側リザーバタンク47とは、連通路48を介して互いに連通している。なお、スレーブ側第1液圧室35及びスレーブ側第2液圧室36とスレーブ側リザーバタンク47との間には公知のシール部材(符号省略)が設けられており、加圧時にスレーブ側第1液圧室35及びスレーブ側第2液圧室36からスレーブ側リザーバタンク47にブレーキオイルが流れないようになっている。
【0033】
マスタ側第1出力ポート21は、第1液路51、VSA装置52、左後輪液路53及び右後輪液路54を介して左右後輪のディスクブレーキ5、6のホイールシリンダ55、56に接続されている(第1系統)。マスタシリンダ3の第2出力ポート22は、第2液路61、VSA装置52、左前輪液路63及び右前輪液路64を介して左右前輪のディスクブレーキ7、8のホイールシリンダ65、66に接続されている(第2系統)。液路は、配管部材により構成されている。
【0034】
第1液路51の経路上には常開型電磁弁である第1マスタカットバルブ71が設けられ、第2液路61の経路上には常開型電磁弁である第2マスタカットバルブ72が設けられている。第1液路51の第1マスタカットバルブ71よりもVSA装置52側(下流側)の部分からは、第3液路73が分岐し、第3液路73の端部にはスレーブ側第1出力ポート45が接続されている。第2液路61の第2マスタカットバルブ72よりもVSA装置52側(下流側)の部分からは、第4液路74が分岐し、第4液路74の端部にはスレーブ側第2出力ポート46が接続されている。
【0035】
第2液路61の第2マスタカットバルブ72よりもマスタシリンダ3側(上流側)の部分からは、第5液路75が分岐し、第5液路75の端部にはストロークシミュレータ76が接続されている。ストロークシミュレータ76は、シリンダ77と、シリンダ77内に摺動可能に収容されたピストン78と、ピストン78とシリンダ77の内壁との間に介装され、ピストン78をシリンダ77の一側に付勢するスプリング79とを有する。ピストン78は、シリンダ77内を第5液路75に連通した第1液圧室81と、他の第2液圧室82とに区画している。スプリング79は、第1液圧室81が縮小する方向にピストンを付勢している。第5液路75の経路上には常開型電磁弁であるシミュレータバルブ84が設けられている。
【0036】
VSA装置52は、左右後輪のディスクブレーキ5、6(第1系統)を制御する第1ブレーキアクチュエータ85と、左右前輪のディスクブレーキ7、8(第2系統)を制御する第2ブレーキアクチュエータ86とを有する。第1及び第2ブレーキアクチュエータ86は同じ構造を有するため、代表して第1ブレーキアクチュエータ85について説明する。
【0037】
第1ブレーキアクチュエータ85は、第1液路51に接続される第1VSA液路91及び第2VSA液路92を有する。第1液路51と第1VSA液路91の間には、可変開度の常開型電磁弁よりなるレギュレータバルブ93と、レギュレータバルブ93に対して並列に配置されて第1液路51側から第1VSA液路91側へのブレーキ液の流通を許容する第1チェックバルブ94とが設けられている。第1VSA液路91と左後輪液路53との間には、常開型電磁弁よりなる第1インバルブ95と、この第1インバルブ95に対して並列に配置されて左後輪液路53側から第1VSA液路91側へのブレーキ液の流通を許容する第2チェックバルブ96とが設けられている。第1VSA液路91と右後輪液路54との間には、常開型電磁弁よりなる第2インバルブ98と、この第2インバルブ98に対して並列に配置されて右後輪液路54側から第1VSA液路91側へのブレーキ液の流通を許容する第3チェックバルブ99とが設けられている。
【0038】
左後輪液路53と第2VSA液路92との間には常閉型電磁弁よりなる第1アウトバルブ101が設けられ、右後輪液路54と第2VSA液路92との間には常閉型電磁弁よりなる第2アウトバルブ102が設けられている。第2VSA液路92には、リザーバ103が接続されている。リザーバ103は、第2VSA液路92に接続されたシリンダと、シリンダに変位可能に収容されたピストンと、ピストンを第2VSA液路92側に付勢するリターンスプリングとを有し(いずれも符号省略)、第2VSA液路92からブレーキ液が流入することによってピストンが変位するように構成されている。
【0039】
第2VSA液路92と第1液路51との間には、第2VSA液路92側から第1液路51側へのブレーキ液の流通を許容する第4チェックバルブ108と、常閉型電磁弁よりなるサクションバルブ109とが記載の順序で第2VSA液路92側から直列に設けられている。第2VSA液路92における第4チェックバルブ108とサクションバルブ109との間の部分は、ポンプ111を介して第1VSA液路91に接続されている。ポンプ111は、電動モータ112によって駆動され、第2VSA液路92側から第1VSA液路91側へブレーキ液を輸送する。ポンプ111の吸入側(第2VSA液路92側)及び吐出側(第1VSA液路91側)には、ブレーキ液の逆流を阻止する第5チェックバルブ113及び第6チェックバルブ114が設けられている。
【0040】
第1液路51における第1マスタカットバルブ71よりもマスタシリンダ3側の部分(上流側)には、液圧を検出する上流液圧センサ121が設けられている。第2液路61における第2マスタカットバルブ72よりもホイールシリンダ65、66側(VSA装置52側)の部分(下流側)には、液圧を検出する下流液圧センサ122が設けられている。また、第1液路51における第1マスタカットバルブ71よりもホイールシリンダ55、56側(VSA装置52側)の部分には、液圧を検出するVSA液圧センサ123が設けられている。上流液圧センサ121が検出する圧力を上流液圧P1、下流液圧センサ122が検出する圧力を下流液圧P2、VSA液圧センサ123が検出する圧力をVSA液圧P3とする。
【0041】
ブレーキペダル2にはブレーキペダル2のストローク(位置)であるペダルストロークPSを検出するペダルストロークセンサ124が設けられている。ペダルストロークセンサ124は、乗員によるブレーキペダル2の踏み込み操作がなされていない状態を初期状態(ペダルストロークPS=0)として、運転者の踏み込み量(制動操作量)をペダルストロークPSとして検出する。
【0042】
スレーブシリンダ4には、モータ40のモータ回転角θを検出するモータ回転角センサ125が設けられている。各車輪には、車輪速Vを検出する車輪速センサ126が設けられている。
【0043】
以上のように構成した車両用ブレーキ装置1の作用の概略について説明する。システムが正常に機能する正常時には、ブレーキ装置は、ブレーキペダル2の踏み込みを検出すると、常開型電磁弁である第1及び第2マスタカットバルブ71、72を励磁して閉弁し、常閉型電磁弁であるシミュレータバルブ84を励磁して開弁する。同時に、スレーブシリンダ4のモータ40が作動してスレーブ側第1ピストン32及びスレーブ側第2ピストン33を前進させ、スレーブ側第1液圧室35及びスレーブ側第2液圧室36にブレーキ液圧を発生させる。このブレーキ液圧は、第3液路73及び第4液路74、第1液路51及び第2液路61、レギュレータバルブ93及び第1及び第2インバルブ95、98が開弁されたVSA装置52を介して各ディスクブレーキ5〜8のホイールシリンダ55、56、65、66に伝達されて各車輪を制動する。
【0044】
このとき、常閉型電磁弁よりなるシミュレータバルブ84が励磁されて開弁するため、マスタ側第2液圧室16が発生したブレーキ液圧がストロークシミュレータ76の液圧室に伝達され、そのピストン78をスプリング79に抗して移動させることで、ブレーキペダル2のストロークを許容するとともに擬似的なペダル反力を発生させる。
【0045】
VSA装置52が作動していない状態では、レギュレータバルブ93が消磁されて開弁し、サクションバルブ109が消磁されて閉弁し、第1及び第2インバルブ95、98が消磁されて開弁し、第1及び第2アウトバルブ101、102が消磁されて閉弁する。従って、第1液路51及び第2液路61に発生したブレーキ液圧は、レギュレータバルブ93及び第1及び第2インバルブ95、98を経てホイールシリンダ55、56、65、66に供給される。
【0046】
VSA装置52の作動時には、サクションバルブ109が励磁されて開弁した状態でポンプ111が駆動され、第1液路51及び第2液路61からサクションバルブ109を通過してポンプ111で加圧されたブレーキ液が、第1VSA液路91に供給される。従って、レギュレータバルブ93を励磁して開度を調整することで、第1VSA通路のブレーキ液圧を調圧すると共に、そのブレーキ液圧を開弁した第1及び第2インバルブ95、98を介してホイールシリンダ55、56、65、66に選択的に供給することができる。これにより、運転者がブレーキペダル2を踏んでいない状態でも、四輪の制動力を個別に制御することができる。これにより、旋回性向上や、直進安定性向上、ブレーキのアンチロック制御を行うことができる。
【0047】
電源が失陥した場合には、常開型電磁弁である第1及び第2マスタカットバルブ71、72が自動的に開弁し、常閉型電磁弁であるシミュレータバルブ84が自動的に閉弁し、常開型電磁弁である第1及び第2インバルブ95、98およびレギュレータバルブ93が自動的に開弁し、常閉型電磁弁である第1及び第2アウトバルブ101、102及びサクションバルブ109が自動的に閉弁する。この状態では、マスタシリンダ3のマスタ側第1液圧室15及びマスタ側第2液圧室16に発生したブレーキ液圧は、ストロークシミュレータ76に吸収されることなく、第1及び第2液路61、VSA装置52を介して各車輪のディスクブレーキ5〜8装置のホイールシリンダ55、56、65、66を作動させ、支障なく制動力を発生させることができる。
【0048】
(制御系)
図2は、車両用ブレーキ装置の制御系の構成図である。図2に示すように、車両用ブレーキ装置1の電子制御ユニットであるESB_ECU130には、上流液圧センサ121、下流液圧センサ122、VSA液圧センサ123からの上流液圧P1、下流液圧P2、VSA液圧P3に対応する信号、ペダルストロークセンサ124からのペダルストロークPSに対応した信号、モータ回転角センサ125からのモータ回転角θに対応した信号、各車輪速センサ126からの車輪速Vwに対応した信号が入力される。ESB_ECU130は、これらの信号に基づいて、第1及び第2マスタカットバルブ71、72、シミュレータバルブ84、スレーブシリンダ4、VSA装置52を制御する。
【0049】
また、車両は、内燃機関のスタータモータ151や、図示しないインジェクタ、点火プラグ、スロットルバルブ等を制御するFI_ECU152を有している。FI_ECU152には、イグニッションスイッチ154から出力されるイグニッション信号IGと、図示しないトランスミッションのシフトレバーの位置を検出するシフト位置センサ155から出力されるシフト位置SPに対応した信号と、サイドブレーキ(パーキングブレーキ)の位置を検出し、サイドブレーキの使用状態(ON)及び不使用状態(OFF)を検出するサイドブレーキセンサ162から出力されるサイドブレーキ信号SBとが入力している。本実施形態におけるイグニッションスイッチ154は、押しボタンであり、操作開始から所定期間TAの間、イグニッション信号IGを出力するものである。他の実施形態では、イグニッションスイッチ154は、キー(鍵)を挿入して回し操作によってON信号を出力するものであってもよく、この場合にはイグニッションスイッチ154の操作が継続された間だけ、イグニッション信号IGを出力するようにしてもよい。
【0050】
ESB_ECU130及びFI_ECU152には、車載バッテリ160が接続されている。車載バッテリ160は、例えば電圧が12Vの鉛蓄電池である。ESB_ECU130は、車載バッテリ160から供給される電力をスレーブシリンダ4のモータ40、第1マスタカットバルブ71、第2マスタカットバルブ72、シミュレータバルブ84、VSA装置52の各バルブ及びポンプ111を駆動する電動モータ112に供給し、制御する。同様に、FI_ECU152は、車載バッテリ160から供給される電力をスタータモータ151に供給し、制御する。ESB_ECU130及びFI_ECU152は、車両の運転席のドアが開かれた際に、車載バッテリ160から電力の供給を受け、起動される。例えば、運転席のドアに開閉に応じて操作されるECUスイッチ150を設け、ECUスイッチ150から信号を受けた際にESB_ECU130及びFI_ECU152が起動される構成とするとよい。
【0051】
図3は、車両用ブレーキ装置の制御ブロック図である。図3に示すように、ESB_ECU130は、ドライバー要求液圧演算部171、目標液圧演算部172、目標モータ回転角演算部173、モータ制御部174、バルブ制御部175、スタータ対応制御部176、目標液圧上限値演算部177、及びVSA制御部178を有している。
【0052】
FI_ECU152は、シフト位置センサ153、サイドブレーキセンサ162及びイグニッションスイッチ154からの信号に基づいて、シフト位置SPがパーキングPである、及びサイドブレーキがONであるの少なくとも一方の条件が成立し、かつイグニッション信号IGがONの場合に、スタータ始動予告情報ISを所定の期間TB、ESB_ECU130のスタータ対応制御部176に出力する。すなわち、シフト位置SPがパーキングPにある、及びサイドブレーキ信号SBがONであるのいずれか一方の条件が成立することによって、車両に制動力が生じている場合において、イグニッションスイッチ154の操作により、運転者の内燃機関始動要求が入力されたときにスタータ始動予告情報ISを所定の期間TBだけ出力する。
【0053】
また、FI_ECU152は、スタータ始動予告情報ISを生成してから、所定の期間TC経過後にスタータモータ151に電力を供給し、スタータモータ151を始動してクランキングを行う。スタータモータ151への電力供給は、イグニッション信号IGが、OFFになると終了する。イグニッション信号IGは、ONになってから期間TAが経過した後にOFFになる。
【0054】
ESB_ECU130は、スタータ対応制御部176において、スタータ始動予告情報ISを受けており、かつ上流液圧P1が所定の閾値SH1以上の場合に、低圧指令SLを生成する。閾値SH1は、ブレーキペダル2が踏み込まれているか否かを判定するための値であり、0より大きい値であればよい。すなわち、スタータ対応制御部176は、スタータ始動予告情報ISを受け、かつブレーキペダル2が踏み込まれているときに、低圧指令SLを行う。スタータ対応制御部176は、スタータ始動予告情報ISを受けており、かつ上流液圧P1が閾値SH1以上であるという条件が成立しない場合には、指令を生成しない。
【0055】
ESB_ECU130は、目標液圧上限値演算部177において、低圧指令SLを受けている場合には、上流液圧P1に基づいてスレーブシリンダ4が発生する液圧の液圧上限値Pmaxを設定する。液圧上限値Pmaxは、上流液圧P1以下に設定されることが好ましい。本実施形態では、液圧上限値Pmaxは、上流液圧P1と同じ値に設定する。ESB_ECU130は、目標液圧上限値演算部177において、低圧指令SLを受けていない場合には、予め定められた通常時上限値PNを液圧上限値Pmaxに設定する。通常時上限値PNは、通常、上流液圧P1よりも大きく、例えばスレーブシリンダ4やホイールシリンダ55、56、65、66が許容することができる最大液圧に設定される。
【0056】
ESB_ECU130は、ドライバー要求液圧演算部171において、ペダルストロークPSに基づいて所定のマップを参照し、ペダルストロークPSに応じたドライバー要求液圧Pdを演算する。マップは、ペダルストロークPSが大きくなるにつれてドライバー要求液圧Pdが大きくなるように設定されている。また、マップは、ペダルストロークPSに加え、車輪速Vwの平均値である車速や、ペダルストロークPSの単位時間当たりの変化量であるペダル速度等も考慮してドライバー要求液圧Pdを演算するようにしてもよい。
【0057】
ESB_ECU130は、目標液圧演算部172において、液圧上限値Pmaxとドライバー要求液圧Pdとに基づいて、目標液圧Ptを演算する。目標液圧演算部172では、液圧上限値Pmaxとドライバー要求液圧Pdとが比較され、ドライバー要求液圧Pdが液圧上限値Pmaxより大きい場合には、液圧上限値Pmaxが目標液圧Ptに設定され、ドライバー要求液圧Pdが液圧上限値Pmax以下の場合には、ドライバー要求液圧Pdが目標液圧Ptに設定される。これにより、目標液圧Ptは、液圧上限値Pmax以下に設定される。
【0058】
ESB_ECU130は、目標モータ回転角演算部173において、目標液圧Ptに基づいて所定のマップを参照し、目標液圧Ptに対応したモータ40の目標モータ回転角θtを演算する。そして、ESB_ECU130は、モータ制御部174において、目標モータ回転角θtと実際のモータ回転角θとに基づいてモータ40に供給する電流を生成し、モータ40を駆動する。モータ40の駆動によって、スレーブ側第1ピストン32及びスレーブ側第2ピストン33が移動し、スレーブシリンダ4に液圧が発生する。
【0059】
ESB_ECU130は、目標液圧Ptが0より大きい場合に、バルブ制御部175において、第1マスタカットバルブ71及び第2マスタカットバルブ72を励磁して閉弁し、シミュレータバルブ84を励磁して開弁する。
【0060】
ESB_ECU130は、VSA制御部178において、目標液圧Vtが上流液圧P1に設定され、下流液圧P2が上流液圧P1より大きい場合に、VSA装置52の第1アウトバルブ101、第2アウトバルブ102の少なくとも1つを開く。これにより、第1液路51及び第2液路61の下流側の液圧は、第1VSA液路91を介して第2VSA液路92及び液圧がリザーバ103に供給され、下流液圧P2が低下する。これにより、目標液圧Vtが上流液圧P1に設定された場合に、下流液圧P2の低下が早められ、早期に目標液圧Ptが上流液圧P1に一致するようになる。なお、他の実施形態では、上述したVSA制御部178による下流液圧P2の低下制御は、省略してもよい。
【0061】
次に、図4図6を参照して車両用ブレーキ装置1の内燃機関始動時における作用を説明する。図4はFI_ECUの制御フロー図であり、図5はESB_ECUの制御フロー図であり、図6はESB_ECUのPmax演算のフロー図である。
【0062】
図4に示すように、FI_ECU152は、最初にステップS1においてイグニッション信号IGに基づいて、運転者による内燃機関の始動要求が発生したか否かを判定する。ステップS1における判定がNoの場合にはリターンに進み、判定がYesの場合にはステップS2においてシフト位置SPがパーキング位置(P)であるか否かを判定する。ステップS2の判定がYesの場合にはステップS3に進み、判定がNoの場合には、ステップS4に進む。ステップS4では、サイドブレーキ信号SBがONであるか否かを判定する。ステップS4における判定がYesの場合にはステップS3に進み、判定がNoの場合にはリターンに進む。
【0063】
FI_ECU152は、ステップS3において、スタータ始動予告情報ISを生成し、ESB_ECU130に出力する。スタータ始動予告情報ISは、期間TBの間、継続して生成され、ESB_ECU130に出力される。その後、FI_ECU152は、ステップS5において、スタータ始動予告情報ISを生成してから期間TC経過後にスタータモータ151に電力を供給し、スタータモータ151を駆動する。スタータモータ151への電力供給は、イグニッション信号IGがOFFになるまで継続される。
【0064】
以上の図4に示すFI_ECU152の制御フローによって、シフト位置SPがパーキング、又はサイドブレーキ信号SBがONのいずれかの場合にイグニッション信号IGが操作された際に、スタータ始動予告情報ISが期間TBの間生成される。すなわち、シフト位置SPがパーキング以外であり、かつサイドブレーキ信号SBがOFFの場合には、車両に制動力が生じていないとして、スタータ始動予告情報ISを生成せず、スタータモータ151も駆動せず、内燃機関の始動を禁止する。
【0065】
次に、図5及び図6を参照してESB_ECU130の制御について説明する。図5に示すように、ESB_ECU130は、ステップS11において、上流液圧P1及びスタータ始動予告情報ISに基づいて液圧上限値Pmaxを演算する。液圧上限値演算の内容については、図6に示すフローに基づいて行われる。その後、ESB_ECU130は、ステップS12において、ペダルストロークPSに基づいて、所定のマップを参照し、ドライバー要求液圧Pdを演算する。そして、ESB_ECU130は、ステップS13において、液圧上限値Pmaxとドライバー要求液圧Pdとに基づいて、目標液圧Ptを演算する。そして、ESB_ECU130は、ステップS14において目標液圧Ptに応じた目標モータ回転角θtを演算し、ステップS15において目標モータ回転角θtに基づいてモータ40を制御する。
【0066】
また、ESB_ECU130は、ステップS16において、下流液圧P2が目標液圧Ptより高い場合に、第1アウトバルブ101及び第2アウトバルブ102の少なくとも一方を開き、第2VSA液路92を介して第1液路51及び第2液路61の下流側の液圧をリザーバ103に供給する。これにより、下流液圧P2が目標液圧Ptより高い場合に、下流液圧P2を目標液圧Ptに迅速に一致させることができる。なお、他の実施形態において、ステップS16は省略してもよい。
【0067】
図6に示すように、ESB_ECU130は、液圧上限値演算処理のステップS21において、ペダルストロークPSが所定の閾値SH1以上であるか否かを判定する。この判定は、ブレーキペダル2が操作されている(踏み込まれている)か否かを判定する。ステップS21における判定がYesの場合にはステップS22に進み、判定がNoの場合にはステップS25に進む。
【0068】
ESB_ECU130は、ステップS22では、スタータ始動予告情報ISを受けているか否かを判定する。ステップS22における判定がYesの場合にはステップS23に進み、判定がNoの場合にはステップS25に進む。ESB_ECU130は、ステップS23において、最新の上流液圧P1を取得し、取得した上流液圧P1を液圧上限値Pmaxに設定する。
【0069】
ESB_ECU130は、ステップS24において、スタータ始動予告情報ISを受けているか再度判定する。スタータ始動予告情報ISは、生成開始から(イグニッション信号IGがONになってから)、期間TBを経過すると消失するため、ステップS24では未だスタータ始動予告情報ISが継続して生成されているか否かを判定する。ステップS24での判定がYesの場合には、ステップS23に戻り、最新の上流液圧P1を取得し、取得した上流液圧P1を液圧上限値Pmaxに設定する。ステップS24での判定がNoの場合には、ESB_ECU130は、ステップS25に進む。なお、ステップS24の処理は、他の実施形態では省略してもよい。この場合には、ESB_ECU130は、最初にスタータ始動予告情報ISを受け取ってからの時間を計測し、所定時間(例えば、期間TBと同じ長さ)が経過したときに、ステップS25に進むようにするとよい。
【0070】
ESB_ECU130は、ステップS25において、予め設定された通常時上限値PNを液圧上限値Pmaxに設定する。
【0071】
図6に示す液圧上限値演算処理では、ESB_ECU130は、ブレーキペダル2が所定量以上操作され、かつスタータ始動予告情報ISを受けている場合、すなわちブレーキペダル2が踏み込まれ、かつ内燃機関の始動(クランキング)が行われる場合に、最新の上流液圧P1を液圧上限値Pmaxに設定する。一方、ESB_ECU130は、それ以外の通常時には所定の通常時上限値PNを液圧上限値Pmaxに設定する。また、ESB_ECU130は、上流液圧P1を液圧上限値Pmaxに設定した場合には、スタータ始動予告情報ISが生成される期間TBが経過した後には、通常時上限値PNを液圧上限値Pmaxに設定し、液圧上限値Pmaxを通常時の値に戻す。
【0072】
次に、図7を参照して、車両用ブレーキ装置の内燃機関始動時における作用を説明する。図7は、車両用ブレーキ装置の内燃機関始動時における作用を示すタイミングチャートである。
【0073】
最初に時間T1において運転席のドアが開かれ、ECUスイッチ150がONされ、ESB_ECU130及びFI_ECU152が起動される。次に、時間T2において、運転者がブレーキペダル2を踏み込み、内燃機関の始動の準備を行う。ブレーキペダル2が踏み込まれると、ペダルストロークPSに応じて、第1マスタカットバルブ71及び第2マスタカットバルブ72が閉じられ、スレーブシリンダ4がペダルストロークPSに応じた液圧を発生する。これにより、下流液圧P2は上流液圧P1よりも大きくなる。
【0074】
時間T3においてイグニッションスイッチ154が操作され、イグニッション信号IGがONになる。このとき、シフト位置SPがパーキングP、又はサイドブレーキがONの場合には、スタータ始動予告情報ISが生成される。スタータ始動予告情報ISはイグニッション信号IGがONになり、生成が開始されてから期間TBの間、生成が継続される。スタータ始動予告情報ISが生成されると、ペダルストロークPSが所定値以上の場合には、上流液圧P1が液圧上限値Pmaxに設定される。これにより、スレーブシリンダ4の目標液圧Ptは上流液圧P1と同じ値に設定されるため、下流液圧P2は上流液圧P1と同じ値まで減少する。
【0075】
次に、時間T4において、スタータモータ151に電力が供給され、内燃機関の始動(クランキング)が開始される。時間T3から時間T4までの長さ(期間)は、下流液圧P2が上流液圧P1と同じ値になるのに十分な期間に設定されている。そのため、時間T4では、下流液圧P2と上流液圧P1とは同じ値になっている。スタータモータ151への電力供給が行われると、車載バッテリ160の電圧は低下する。車載バッテリ160の電圧低下は、スタータモータ151への電力供給の開始時が最も大きく、その後所定量回復する。
【0076】
時間T4において、スタータモータ151への電力供給の開始時における電圧の大きな低下が発生すると、ESB_ECU130に供給される電圧が低下し、ESB_ECU130がリセットされることがある。車載バッテリ160の電圧は、スタータモータ151への電力供給が開始された直後から所定量回復するため、時間T5においてESB_ECU130の動作が可能になり、ESB_ECU130は再び起動される。
【0077】
時間T5では、車載バッテリ160からスタータモータ151への電力供給開始に伴う大きな電圧低下が収束し、車載バッテリ160に電力の供給を受けてESB_ECU130が正常に動作可能になる。
【0078】
時間T6では、スタータ始動予告情報ISが生成開始から期間TBが経過することによって、スタータ始動予告情報ISの生成が停止される。これにより、ESB_ECU130は、スタータ対応制御部176において低圧指令SLを生成しなくなるため、通常時上限値PNが液圧上限値Pmaxに設定される。これにより、ESB_ECU130は、目標液圧演算部172においてドライバー要求液圧Pdと通常時上限値PNが設定された液圧上限値Pmaxとに基づいて、ドライバー要求液圧Pdが目標液圧Ptに設定される。これにより、下流液圧P2が、上流液圧P1から目標液圧Ptに応じた液圧に上昇する。時間T3からの経過時間である期間TBは、T3+TBがT5以上となるように設定されている。すなわち、車載バッテリ160の最も大きな電圧低下が収束し、ESB_ECU130の正常動作が可能になった後に、液圧上限値Pmaxが上流液圧P1から通常時上限値PNに変更される。
【0079】
時間T7では、イグニッション信号IGがONになってから時間TAが経過し、イグニッション信号IGがOFFになる。これにより、スタータモータ151への電力供給が終了し、車載バッテリ160の電圧が通常時の電圧(12V)に復帰する。
【0080】
以上の構成によれば、内燃機関の始動前に、ブレーキペダル2が踏み込まれることによって、下流液圧P2が上流液圧P1より高くなっている場合において、イグニッションスイッチ154が操作されると、スタータモータ151に電力が供給される前に、下流液圧P2が上流液圧P1まで低下する。そのため、スタータモータ151への電力供給によって車載バッテリ160の電圧低下が発生し、ESB_ECU130のリセットによる第1及び第2マスタカットバルブ71、72の意図しない開きが発生しても、下流液圧P2と上流液圧P1とは等しいため、ブレーキペダル2にキックバックは生じなくなる。
【0081】
内燃機関の始動時における下流液圧P2の低圧制御は、所定の期間TBのみ継続して発生されるスタータ始動予告情報ISに基づいて行われるため、期間TBのみ継続して行われる。そのため、低圧制御が不必要に長期間実行されることがなく、制動力が低下する期間は限定された期間になる。また、スタータ始動予告情報ISは、スタータモータ151への電力供給が停止されるよりも前に停止されるため、制動力が低下する期間は一層限定された期間になる。
【0082】
また、内燃機関の始動、及び始動時における下流液圧P2の低圧制御は、シフト位置SPがパーキングP、及びサイドブレーキ信号SBがONの少なくとも一方が成立しているときに行われるため、下流液圧P2の低圧制御が実行されても制動力が不十分になることはない。
【0083】
内燃機関の始動時における下流液圧P2の低圧制御において、下流液圧P2を目標液圧Ptである上流液圧P1に一致させる際に、VSA装置52の第1及び第2アウトバルブ101、102を開き、リザーバ103に第1及び第2液路51、61の下流側の液圧を供給するようにしたため、短期間の間に下流液圧P2を上流液圧P1まで低下させることができる。
【0084】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はその趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。例えば、上記実施形態の各構成は、独立して取捨選択することができる。例えば、上記実施形態では、シフト位置SPがパーキングP、及びサイドブレーキ信号SBがONの少なくとも一方の条件が成立しているときに、イグニッション信号IGがONされることによってスタータ始動予告情報ISを生成する構成としたが、他の実施形態ではシフト位置SP及びサイドブレーキ信号SBを考慮せずに、イグニッション信号IGがONされたときにスタータ始動予告情報ISを生成するようにしてもよい。
【0085】
また、上記実施形態は、内燃機関の始動時に下流液圧P2を上流液圧P1と等しくする制御の一例であり、その制御方法は様々な手法が考えられる。例えば、スタータ始動予告情報ISが生成された際に、液圧上限値Pmaxを考慮することなく、目標液圧Ptを所定の期間、上流液圧P1に設定してもよい。また、スタータ始動予告情報ISが生成された際に、目標液圧Ptを変更することなく、第1及び第2アウトバルブ101、102を開くことによって下流液圧P2を低下させ、下流液圧P2と上流液圧P1との差を小さくしてもよい。
【0086】
また、上記の実施形態では、スタータ始動予告情報ISが生成された際に、下流液圧P2を上流液圧P1と等しくするように制御したが、他の実施形態では、下流液圧P2を上流液圧P1に近付け、差を小さくする構成としてもよい。下流液圧P2と上流液圧P1との間に若干の差が生じていても、運転者がキックバックによる違和感を覚えない程度であれば問題は生じない。
【0087】
上記実施形態では、イグニッションスイッチ154が操作されてから期間TC後にスタータモータ151への電力供給が開始される構成としたが、期間TCの設定を省略し、下流液圧P2が上流液圧P1と等しくなった後に、スタータモータ151への電力供給が開始される構成としてもよい。この場合、スタータモータ151への電力供給が開始されるときには、確実に下流液圧P2が上流液圧P1と等しくなっているため、車載バッテリ160の電圧低下に伴うキックバックが確実に防止される。
【0088】
また、上記の実施形態では、ホイールシリンダ55、56、65、66側の液圧として下流液圧P2を用いて制御を行ったが、下流液圧P2に代えてVSA液圧P3を用いてもよい。
【0089】
なお、上記の実施形態では、ブレーキ入力装置に足で操作するブレーキペダル(フットブレーキ)を使用した例について説明したが、ブレーキ入力装置は手で操作するハンドブレーキ(ブレーキハンドル)であってもよい。
【符号の説明】
【0090】
1…車両用ブレーキ装置、2…ブレーキペダル(ブレーキ入力装置)、3…マスタシリンダ、4…スレーブシリンダ、5〜8…ディスクブレーキ、40…モータ(電動アクチュエータ)、51…第1液路、52…VSA装置、55、56、65、66…ホイールシリンダ、85…第1ブレーキアクチュエータ、86…第2ブレーキアクチュエータ、91…第1VSA液路、92…第2VSA液路(バイパス液路)、93…レギュレータバルブ、95、96…インバルブ、101、102…アウトバルブ(開閉弁)、103…リザーバ(バイパス液路)、109…サクションバルブ、111…ポンプ、121…上流液圧センサ、122…下流液圧センサ、123…VSA液圧センサ、124…ペダルストロークセンサ、125…モータ回転角センサ、126…車輪速センサ、130…ESB_ECU、151…スタータモータ(始動装置)、152…FI_ECU、153…シフト位置センサ、154…イグニッションスイッチ、155…シフト位置センサ、160…車載バッテリ、162…サイドブレーキセンサ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7