特許第6001211号(P6001211)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6001211熱変位補正量設定変更装置を備える工作機械
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6001211
(24)【登録日】2016年9月9日
(45)【発行日】2016年10月5日
(54)【発明の名称】熱変位補正量設定変更装置を備える工作機械
(51)【国際特許分類】
   B23Q 15/18 20060101AFI20160923BHJP
   G05B 19/404 20060101ALI20160923BHJP
【FI】
   B23Q15/18
   G05B19/404 K
【請求項の数】10
【全頁数】25
(21)【出願番号】特願2016-509226(P2016-509226)
(86)(22)【出願日】2015年10月8日
(86)【国際出願番号】JP2015078588
【審査請求日】2016年2月23日
(31)【優先権主張番号】特願2014-220562(P2014-220562)
(32)【優先日】2014年10月29日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000114787
【氏名又は名称】ヤマザキマザック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000062
【氏名又は名称】特許業務法人第一国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 敦
(72)【発明者】
【氏名】石田 恒一
(72)【発明者】
【氏名】奥田 敏人
【審査官】 中田 善邦
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−086326(JP,A)
【文献】 特開2002−239872(JP,A)
【文献】 特許第5295467(JP,B2)
【文献】 特開2006−116663(JP,A)
【文献】 特開2013−146823(JP,A)
【文献】 特許第3405965(JP,B2)
【文献】 特許第5490304(JP,B2)
【文献】 特開2002−307263(JP,A)
【文献】 特開2004−030421(JP,A)
【文献】 特開2009−238164(JP,A)
【文献】 特開昭60−228055(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23Q15/00−15/28,
G05B19/18−19/416,19/42−19/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワークを把持するワーク把持部と、工具を把持する工具把持部と、を備え、
前記ワーク把持部および前記工具把持部の少なくともいずれか一方を回転駆動し、
前記ワーク把持部および前記工具把持部の少なくともいずれか一方を所定の方向へ移動駆動する
ことにより、前記ワークを前記工具で加工する工作機械であって、
前記工作機械を構成する部材に装着した複数の温度センサと、
前記複数の温度センサが測定した温度値に基づき当該工作機械の外部の熱源に起因する環境温度系熱変位量を計算する環境温度系熱変位量推定部と、
前記環境温度系熱変位量を補償する計算上熱変位補正量に補正倍率を乗算して環境温度系熱変位補正量を求める補正倍率処理部と、
前記補正倍率を調整する補正倍率調整操作部と、
前記ワーク把持部および前記工具把持部の回転駆動状態および移動駆動状態に基づき当該工作機械自身が備える熱源に起因する駆動系熱変位量を計算する駆動系熱変位量推定部と、
前記駆動系熱変位量を補償する駆動系熱変位補正量と前記環境温度系熱変位補正量とを加算して合計熱変位補正量を出力する熱変位補正量加算部と
を設け、
前記合計熱変位補正量に基づいて熱変位補正制御を実行する
ことを特徴とする工作機械。
【請求項2】
前記環境温度系熱変位補正制御を実行した記録を環境温度系熱変位補正記録データとして記録し、
前記環境温度系熱変位補正記録データは、前記環境温度系熱変位補正量と、該補正量の算出に適用した前記補正倍率と、当該補正を実施した時刻と、を少なくとも含み、
前記環境温度系熱変位補正記録データに基づき環境温度系熱変位補正の時間的推移をグラフ表示し、
前記環境温度系熱変位補正記録データに記録された前記補正倍率である記録補正倍率を仮に変更する増減スイッチを設け、
該増減スイッチによって変更された仮補正倍率を前記環境温度系熱変位補正記録データに適用したときの環境温度系熱変位補正の時間的推移を、前記グラフに重ねてグラフ表示し、
前記補正倍率を前記仮補正倍率に変更する補正倍率決定スイッチを備える
ことを特徴とする請求項1に記載の工作機械。
【請求項3】
前記環境温度系熱変位補正記録データは、一定時間ごとに記録され、
前記環境温度系熱変位補正の時間的推移は、前記環境温度系熱変位補正量の時間的推移である
ことを特徴とする請求項2に記載の工作機械。
【請求項4】
前記環境温度系熱変位補正記録データは、監視対象の軸を意味する補正軸と、実績加工寸法と、加工時に適用された工具摩耗補正量と、を更に含み、
前記環境温度系熱変位補正の時間的推移は、工具摩耗補正を行わない場合の加工寸法の計算値の時間的推移である
ことを特徴とする請求項2に記載の工作機械。
【請求項5】
前記環境温度系熱変位補正記録データは、目標加工寸法を更に含み、
該環境温度系熱変位補正記録データに基づき、工具摩耗補正を行わない場合の加工寸法の計算値が前記目標加工寸法となる前記補正倍率を演算し、前記仮の補正倍率として設定する最適補正倍率算出部を備える
ことを特徴とする請求項4に記載の工作機械。
【請求項6】
前記環境温度系熱変位補正記録データは、1つの加工ワークにつき複数の加工部位における前記環境温度系熱変位補正記録データをそれぞれ記憶し、
前記複数の加工部位の内特定の加工部位における前記環境温度系熱変位補正記録データに基づいて取得した前記補正倍率を、前記特定の加工部位の加工時に有効とする限定設定と、該加工部位を含む前記ワーク全般の加工時に有効とする全般設定と、のいずれか一方を設定する
ことを特徴とする請求項4に記載の工作機械。
【請求項7】
前記実績加工寸法を計測装置により自動で計測して書き込む
ことを特徴とする請求項4に記載の工作機械。
【請求項8】
前記実績加工寸法を作業者が加工後の前記ワークを計測して入力する
ことを特徴とする請求項4に記載の工作機械。
【請求項9】
前記環境温度系熱変位補正記録データは、加工時に実行されるデータ記録指令により記録される
ことを特徴とする請求項4に記載の工作機械。
【請求項10】
前記環境温度系熱変位補正記録データは、前記温度センサが測定した温度値を更に含み、
前記環境温度系熱変位補正の時間的推移を表すグラフと同一時間軸ですべての前記温度値の推移をグラフ表示する
ことを特徴とする請求項3または4に記載の工作機械。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作機械の周囲環境の温度変化に伴う熱変位量を補正する熱変位補正制御を行うに当たって、現場作業者が熱変位補正に係る補正量の是正を容易に行える変更装置を備える工作機械に関する。
【背景技術】
【0002】
工作機械を稼働させることによって生じる熱および工作機械の周囲の熱による工作機械の各構成部材の熱膨張は、工具の刃先と加工ワークとの位置関係を狂わせ、加工精度を悪化させる大きな要因となっている。熱による工具の刃先と加工ワークとの位置関係の狂いは熱変位と称される。工作機械を制御するNC装置は、通常熱変位を補正する機能を備える。熱変位補正機能は、工作機械を構成する主要な部材に温度センサを設け、各部の温度に係数を乗じた値を合計して熱変位補正量とする方法が一般的に採用されている。しかし、熱変位の要因となる発熱源は種々多数あり、また、熱の影響を受けるすべての部材に関して、その熱膨張の程度や方向を考慮する必要がある。また、すべての要因を正確に解析して、高精度に熱変位補正を行うことは、極めて困難である。特に、工作機械の外部要因による温度変化は、原理的に解析不可能であり、熱変位を正確に補正することはできない。
【0003】
特許文献1に示される熱変位補正制御装置は、一定時間ごとに加工エリア外に設けられた基準球の位置を計測して、変位量を求め、そのときの各部位の温度とともに記録している。熱変位量を各部位の温度によって推定する計算式に用いる係数の値については、記録した複数の変位量と温度を推定計算式に代入して係数に対する方程式を作成し、それを解いて最適な係数の値を求めている。そして、基準位置を計測した変位量、現在有効な熱変位補正係数を用いて補正した場合の基準位置の変位量、および計算で求めた熱変位補正係数を適用した場合の基準位置の変位量をそれぞれグラフ表示させることにより、作業者に計算で求めた係数の採用の可否を選択させるようにしている。
【0004】
特許文献2に示される装置は、加工開始直後の熱的に安定するまでの間の加工寸法を時刻とともに記録し、後に、同一ワークの加工を行う時には記録された加工開始からの時間とその時の加工寸法に基づいて補正を行っている。これにより、加工開始直後の熱的に安定していない状態でも、良好な加工寸法が得られるようにしている。
また、特許文献3に示される装置は、主軸回転数および主軸負荷を検出し、前回推定した熱変位量に基づく演算式を用いて今回の熱変位量を推定して熱変位を補正するようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第5490304号公報
【特許文献2】特開昭60−228055号公報
【特許文献3】特開2006−116663号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1に示される装置では、熱変位量を計測する位置が固定であり、その上、その位置が加工位置から離れた位置に設定されている。そのため、実際に加工を行う位置の熱変位量を正しく計測しているとはいえない。また、刃先を同一位置に位置決めしても、機械の姿勢が異なることで刃先位置の熱変位量が異なるような事態については、想定されてはいない。更に、補正精度を高めるために補正係数の変更を促す機能を有するところ、作業者はあくまでも受動的であり、能動的に作業者の意思で補正係数を変更するものではない。
【0007】
特許文献2に示される装置では、加工開始直後の熱膨張の時間変化が極めて大きいときの熱変位を、実際に計測した加工寸法の変位量をそのまま熱変位補正量として使用しているが、同一ワークの加工に限定されており、汎用性に欠ける。
また、特許文献3に示される装置では、現在の主軸回転数および負荷を検出し、前回推定した熱変位量に基づく演算式を用いて今回の熱変位量を推定しているため、最大の発熱源である主軸の状態を正確に反映しているといえる。しかし、発熱源は主軸だけではなく、例えば環境温度の変化に伴う熱変位量も発生するが、それに関しては考慮されてはいない。
【0008】
更に、工作機械の環境温度系熱変位量は、工作機械が設置される環境に依存するため、メーカ出荷時の標準パラメータでは正確な環境温度系熱変位量が算出できないことが多かった。例えば、同一の工作機械であっても、冬場の締めきった環境で暖房をかけた場合、夏場の締めきった環境で冷房をかけた場合、および春季あるいは秋季で工場が開放された場合とでは、環境温度系熱変位量が大きく異なるが、工作機械が設置された環境の様々な条件を考慮に入れて環境温度系熱変位量を推定して補正するものは存在していなかった。そのため、環境温度系熱変位補正が正確に行われないときは、環境温度系熱変位量の推定演算式に用いられる係数を変更して対応する必要があるが、推定演算式を理解している専門技術者でなければ対応ができなかった。
【0009】
本発明は、こうした実情に鑑みて考案されたものであり、その目的は、これらの課題を改善することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
以下、上記課題を解決するための手段およびその作用効果について記載する。
技術的思想1:ワークを把持するワーク把持部と、工具を把持する工具把持部と、を備え、前記ワーク把持部および前記工具把持部の少なくともいずれか一方を回転駆動し、前記ワーク把持部および前記工具把持部の少なくともいずれか一方を所定の方向へ移動駆動することにより、前記ワークを前記工具で加工する工作機械であって、前記工作機械を構成する部材に装着した複数の温度センサと、前記複数の温度センサが測定した温度値に基づき環境温度系熱変位量を計算する環境温度系熱変位量推定部と、を設け、前記環境温度系熱変位量を補償する計算上熱変位補正量に補正倍率を乗算して得られる環境温度系熱変位補正量に基づいて環境温度系熱変位補正制御を実行することを特徴とする工作機械。
【0011】
上記工作機械は、推定された環境温度系熱変位量を補償する計算上熱変位補正量に補正倍率を乗算して求めた補正量で熱変位補正制御を行うようにしたので、工作機械が設置される様々な環境に応じて環境温度系熱変位量が変化しても、補正倍率を変更することで容易に補正量を変更することができ、多様な環境に対応が可能である。
【0012】
技術的思想2:前記ワーク把持部および前記工具把持部の回転駆動状態および移動駆動状態に基づき駆動系熱変位量を計算する駆動系熱変位量推定部を、更に設け、前記駆動系熱変位量を補償する駆動系熱変位補正量に、前記環境温度系熱変位補正量を加算して得られる合計熱変位補正量に基づいて熱変位補正制御を実行することを特徴とする技術的思想1に記載の工作機械。
【0013】
上記工作機械は、工作機械に生ずる熱変位を補正するにあたり、工作機械自身が備える熱源に起因する駆動系熱変位と、工作機械の外部の熱源に起因する環境温度系熱変位の2系統に分けてその熱変位量を推定し、それぞれの熱変位の補正量を合算して補正するようにしている。駆動系熱変位量は、工作機械自身が備える熱源による熱変位であるため、熱源の動作状態と熱変位量との関係の解析が進み、高精度に熱変位量を推定することが、近年可能となっているが、環境温度系熱変位量は、工作機械が設置される場所によって工作機械の周囲環境は千差万別であり、高精度に熱変位量を推定することが困難である。そこで上記工作機械は、高精度に補正することが困難な環境温度系熱変位に対して、推定した補正量に補正倍率を乗算して環境温度系熱変位補正を行うことにしたので、たとえ工作機械が想定外の環境下に置かれ、その結果熱変位補正が期待したように動作しなかったとしても、簡易的に改善を行うことが可能となる。
【0014】
技術的思想3:前記環境温度系熱変位補正制御を実行した記録を環境温度系熱変位補正記録データとして記録し、前記環境温度系熱変位補正記録データは、前記環境温度系熱変位補正量と、該補正量の算出に適用した前記補正倍率と、当該補正を実施した時刻と、を少なくとも含み、前記環境温度系熱変位補正記録データに基づき環境温度系熱変位補正の時間的推移をグラフ表示し、前記環境温度系熱変位補正記録データに記録された前記補正倍率である記録補正倍率を仮に変更する増減スイッチを設け、該増減スイッチによって変更された仮補正倍率を前記環境温度系熱変位補正記録データに適用したときの環境温度系熱変位補正の時間的推移を、前記グラフに重ねてグラフ表示し、前記補正倍率を前記仮補正倍率に変更する補正倍率決定スイッチを備えることを特徴とする技術的思想2に記載の工作機械。
【0015】
上記工作機械は、実施した環境温度系熱変位補正をデータで記録し、その時間的推移をグラフ表示する。更に、実施したときの補正倍率を仮に変更したとしたらどの様な補正となったかについて、計算して現状の推移を表すグラフに重ねてグラフ表示する。仮の補正倍率はスイッチで増減できるので、補正倍率を種々変更してグラフを確認することで、最適な補正倍率を決定することができる。すなわち、環境温度系熱変位補正の処理アルゴリズムを知らない作業者でも、最適な補正倍率を決定することができる。
【0016】
技術的思想4:前記環境温度系熱変位補正記録データは、一定時間ごとに記録され、前記環境温度系熱変位補正の時間的推移は、前記環境温度系熱変位補正量の時間的推移であることを特徴とする技術的思想3に記載の工作機械。
【0017】
ベテランの作業者は、経験に基づいて工具の実際の摩耗傾向を把握している。従って、加工公差を確保するために行う加工寸法の計測と、加工寸法を公差範囲内に抑えるための工具摩耗補正量の入力作業を通じて工作機械の熱変位の挙動を概略把握している。上記工作機械は、環境温度系熱変位補正量の時間的推移をグラフ表示するので、上記のように熱変位の挙動を概略把握しているベテラン作業者は、正しく熱変位補正が為されているか否かを感覚的に判断することができる。従って、もし熱変位補正が正確に実施されなくて、環境温度系熱変位補正のグラフがベテラン作業者の感覚に合致していない場合は、ベテラン作業者の感覚に近いグラフとなるように仮の補正倍率を調整することで、より精度よく熱変位補正が行われるように改善することができる。
【0018】
技術的思想5:前記環境温度系熱変位補正記録データは、監視対象の軸を意味する補正軸と、実績加工寸法と、加工時に適用された工具摩耗補正量と、を更に含み、前記環境温度系熱変位補正の時間的推移は、工具摩耗補正を行わない場合の加工寸法の計算値の時間的推移であることを特徴とする技術的思想3に記載の工作機械。
【0019】
加工によって生じる工具の摩耗量は、工作機械の熱変位量に比較すると極めて小さな値であるため、ここでは加工後の寸法を加工公差内に抑えるために入力する工具摩耗量を、熱変位を補償するデータとして捉え、仮に工具摩耗量がゼロとした場合の加工寸法を計算することで、熱変位による加工精度への影響をグラフ表示することができる。そして、加工時に適用された環境温度系熱変位補正量を、仮の補正倍率を増減して変更することで、上記計算上の加工寸法のグラフを変更することができ、目標寸法に近くなるような補正倍率を、グラフで確認しながら設定することができる。従って、ベテラン作業者のように工作機械の熱変位の挙動を概略把握できていない作業者であっても、補正倍率を最適に調整することができる。
【0020】
技術的思想6:前記環境温度系熱変位補正記録データは、目標加工寸法を更に含み、該環境温度系熱変位補正記録データに基づき、工具摩耗補正を行わない場合の加工寸法の計算値が前記目標加工寸法となる前記補正倍率を演算し、前記仮の補正倍率として設定する最適補正倍率算出部を備えることを特徴とする技術的思想5に記載の工作機械。
【0021】
上記工作機械は、工具摩耗量をゼロとした場合の計算上の加工寸法が目標加工寸法になる補正倍率を、最適補正倍率算出部が求めるので、経験の浅い作業者であっても、環境温度系熱変位補正量の是正を容易に行うことができる。
更に、加工寸法の計測値(実績加工寸法)を活用することで、最も加工精度を要する位置の熱変位量を計測したことになり、その値を用いて補正倍率を決定するため、加工精度が必要な位置において正確な補正が可能となる。
【0022】
技術的思想7:前記環境温度系熱変位補正記録データは、1つの加工ワークにつき複数の加工部位における前記環境温度系熱変位補正記録データをそれぞれ記録し、前記複数の加工部位の内特定の加工部位における前記環境温度系熱変位補正記録データに基づいて取得した前記補正倍率を、前記特定の加工部位の加工時に有効とする限定設定と、該加工部位を含む前記ワーク全般の加工時に有効とする全般設定と、のいずれか一方を設定することを特徴とする技術的思想5に記載の工作機械。
【0023】
上記工作機械は、複数の加工部位に対して、異なる補正倍率を設定することができるため、同一工具を用いて機械の姿勢を変更して加工した場合においても、機械の姿勢が異なることによる環境温度系熱変位量の相違に対応することができる。あるいは、長いストロークを要する軸において、加工精度を要する加工部位が離れている場合、加工部位によって環境温度系熱変位量が異なることがあるが、その様な場合であっても、加工部位によって補正倍率を変更することで、複数個所においても、適切な環境温度系熱変位補正を行うことができる。
【0024】
技術的思想8:前記実績加工寸法を計測装置により自動で計測して書き込むことを特徴とする技術的思想5に記載の工作機械。
【0025】
上記工作機械は、機械に備えられた計測装置を用いて、実績加工寸法を自動で計測して、前記環境温度系熱変位補正記録データの実績加工寸法を自動で入力することができるため、作業者の入力作業を行わなくてもデータの収集が可能である。
【0026】
技術的思想9:前記実績加工寸法を作業者が加工後の前記ワークを計測して入力することを特徴とする技術的思想5に記載の工作機械。
【0027】
上記工作機械は、加工中に実績加工寸法の計測を行おうとすると、切削に伴う熱がワークに滞留し、ワークが熱膨張しているときに計測することになり、正確な実績加工寸法が得られない場合がある。このような場合は、加工後の所定時間経過後に、作業者が実績加工寸法を手動で計測して、画面を通して実績加工寸法を入力することができる。
【0028】
技術的思想10:前記環境温度系熱変位補正記録データは、加工時に実行されるデータ記録指令により記録されることを特徴とする技術的思想5に記載の工作機械。
【0029】
上記工作機械は、加工プログラム中にデータ記録指令をプログラムすることで、ワーク加工時に自動的に必要なデータを取得することができる。また、仕上げ加工の直後に加工時状態データ記録指令をプログラムすることで、時々刻々と変化する環境温度系熱変位補正量のデータの、最も必要なタイミングでデータを取得することが可能となり、より正確な補正倍率を決定することが可能となる。
技術的思想11:前記環境温度系熱変位補正記録データは、前記温度センサが測定した温度値を更に含み、前記環境温度系熱変位補正の時間的推移を表すグラフと同一時間軸ですべての前記温度値の推移をグラフ表示することを特徴とする技術的思想4または5に記載の工作機械。
工作機械の各構成部材に装着された温度センサが故障すると、当然、環境温度系熱変位補正制御は正常には動作しない。また、工作機械の外周の特定の領域にエアコン等の風が直接当ると、想定された熱変位とは異なる挙動を示す。その場合、その環境に則した熱変位量を推定するようにパラメータや処理を変更するよりは、その様な事態を回避した方が、つまり、風が直接当らないように工作機械の外周に壁を設ける等の対策を施した方が、ユーザにとっても分かり易い解決策と言える。本機能は、温度センサの故障や、局所的な想定外の温度状態を、容易に判別が可能であり、処理アルゴリズムが難解な熱変位補正機能を正常に動作させようとして無駄な努力を行うことを回避することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1図1は、実施例に係る工作機械の構成を示す斜視図である。
図2図2は、実施例に係る工作機械に備えられたNC装置のハードウェア構成図である。
図3図3は、2系統の熱変位補正式を用いて熱変位補正量を推定するブロック図である。
図4図4は、系統の一方に補正倍率を考慮して熱変位補正量を推定するブロック図である。
図5図5は、実施例に係る工作機械で加工を行う加工図である。
図6図6は、実施例で用いる加工プログラムの例である。
図7図7は、実施例で内部に記録する加工時状態データのデータ構造を示す図である。
図8図8は、実施例1に係る補正倍率設定支援画面を説明する図である。
図9図9は、実施例1に係るグラフ表示を説明する図である。
図10図10は、実施例1に係るグラフ表示処理を行うときのフローチャートを示す図である。
図11図11は、実施例1に係る最適補正倍率算出を行うときのフローチャートを示す図である。
図12図12は、実施例1に係る補正倍率を手動で設定するときのフローチャートを示す図である。
図13図13は、実施例2に係る表示画面を説明する図である。
図14図14は、実施例3に係る表示画面を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明に係る実施の形態を実施例として、図面に基づいて説明する。また、補正倍率設定支援機能に関しては、実施例1〜実施例3に分けて説明する。
【0032】
<機械の構成>
図1は、本実施例の工作機械1の主要な構成を示す。工作機械1は、ベッド10、ベッド10に固定されたワーク主軸台20、ワーク主軸台20にC軸方向に回転自在に備えられたワーク主軸30、ベッド10上をY軸およびZ軸方向に移動可能に備えられたコラム40、コラム40上をX軸方向およびB軸方向に移動可能に備えられた工具主軸台50、工具主軸台50に回転自在に備えられた工具主軸60およびこれらの構成部材を制御するNC装置70、から構成される。工具把持部である工具主軸60に装着された工具によって、ワーク主軸30に装着されたワーク把持部である非図示のチャックに装着されたワークを加工する。また、図1に示されるように、上記それぞれの構成部材には温度センサ81〜90(図1の●印)が取り付けられている。具体的には、切削に伴う発熱の影響を大きく受ける加工領域直下のベッド10上端近傍と下端近傍に1個ずつ温度センサ81、82が装着されている。またベッド10にはその他3個の温度センサ83〜85が装着されている。ワーク主軸台20には、上下に2個の温度センサ86、87が、コラム40にも上下に2個の温度センサ88、89が装着されている。更に、工具主軸台50にも1個の温度センサ90が装着されている。それぞれ、各部材の姿勢変形に影響を与える部位の温度を計測するようにしている。
【0033】
図2は、工作機械1に備えられたNC装置70のハードウェア構成を示す図である。
NC装置70は、装置全体を制御するCPU100を有している。
CPU100には、バスライン110を介して、加工に関係するプログラムを格納する加工プログラムメモリ120、装置(システム)全体を制御するプログラムを格納するシステムプログラムメモリ121、作業用メモリ122、熱変位補正設定制御部123、ディスプレイの表示データを格納する表示データメモリ124、および加工時におけるNC装置70の内部状態等の記録である加工時状態データ250(図7)を格納する加工時状態データメモリ125が接続される。なお、加工時状態データ250は、環境温度系熱変位補正記録データの一例であって、環境温度系熱変位補正の時間的推移のグラフ表示に用いるデータである。
【0034】
また、CPU100には、バスライン110を介して、ディスプレイ201の表示を制御する表示制御部200、操作盤上のキーボード211からの入力およびディスプレイ201に配置したタッチパネル212からの入力を受け付ける入力制御部210が接続される。
【0035】
なお、表示データメモリ124には、ディスプレイ201に表示するための各種表示データ、本実施例では補正倍率設定支援画面400(図8)、401(図13)の加工時状態データ入力/表示部450、加工寸法グラフ表示部412、温度グラフ表示部421、その他加工プログラム等の画面表示イメージ情報が格納されている。
【0036】
また、CPU100には、バスライン110を介して、X軸制御部130、Y軸制御部140、Z軸制御部150、B軸制御部160、C軸制御部170、ワーク主軸制御部180および、工具主軸制御部190が接続されている。各軸制御部は、CPU100からの各軸移動指令を受けて、各軸への移動指令を各軸駆動回路、すなわちX軸駆動回路131、Y軸駆動回路141、Z軸駆動回路151、B軸駆動回路161、C軸駆動回路171、ワーク主軸駆動回路181および工具主軸駆動回路191に出力する。そして、各軸駆動回路は、この移動指令を受けて、X軸駆動モータ132、Y軸駆動モータ142、Z軸駆動モータ152、B軸駆動モータ162、C軸駆動モータ172、ワーク主軸駆動モータ182および工具主軸駆動モータ192を駆動する。
【0037】
以上のような構成要素でNC装置70は構成されるが、これに限定されるものではない。例えば、各種メモリを1つのメモリとしてメモリ内の領域を分割し、それぞれの領域に各種プログラムや各種データを格納するようにしてもよい。
なお、温度センサ81〜90は、図1に示されるように、工作機械1の各構成部材に装着され、各温度センサの温度検出信号は、インターフェース220およびバスライン110を介してCPU100に入力される。
【0038】
また、熱変位補正設定制御部123は、インターフェース220を介して得られる温度センサ81〜90からの計測温度値、および作業用メモリ122にNC制御の各処理中に作成される内部変数を、加工時状態データ250(図7)として加工時状態データメモリ125に記録する処理、熱変位補正量の設定変更を支援する画面イメージを作成して表示データメモリ124に書き込む処理等を行っている。
<熱変位補正量の計算>
【0039】
図3は、駆動系熱変位量推定部310と環境温度系熱変位量推定部320の2系統の熱変位量推定部により熱変位量を推定して熱変位補正制御を行うブロック図を示す。
駆動系熱変位量推定部310は、例えば特許文献3に記載された方法で、X軸、Y軸およびZ軸毎の駆動系熱変位量311、312および313を、駆動系の状態値や指令値、あるいは一部の温度計測値に基づいて、演算して求める。環境温度系熱変位量推定部320は、X軸、Y軸およびZ軸毎の環境温度系熱変位量321、322および323を、複数の温度計測値1〜nに基づいて、演算して求める。駆動系熱変位量推定部310および環境温度系熱変位量推定部320は、それぞれ独立して推定を行っている。
【0040】
それぞれの熱変位量推定部で演算された各軸の熱変位量311、312、313、および321、322、323は、変位量を補償する補正量を算出するため、それぞれ符号反転部314、315、316および324、325、326にて符号が反転され、駆動系熱変位補正量317、318、319、および計算上熱変位補正量327、328、329が算出される。
次に、駆動系熱変位補正量および計算上熱変位補正量を熱変位補正量加算部330において加算して、各軸の合計熱変位補正量331、332および333を算出して熱変位補正制御を実行する。
【0041】
前述したように、駆動系熱変位量の演算については高精度の演算値が得られるところ、環境温度系熱変位量の演算については、工作機械の設置環境等により高精度の演算値が得られない場合が少なくなかった。
【0042】
図4は、図3の処理ブロックに対して補正倍率処理350、360および370を加えて熱変位補正量を計算して熱変位補正制御を行うブロック図を示す。補正倍率処理350、360、370は、計算上熱変位補正量327、328、329に、各軸ごとに独立して設定される補正倍率Bx、By、Bzを乗算して環境温度系熱変位補正量351、361、371を算出する。その後は図3と同様に、駆動系熱変位補正量317、318、319、および環境温度系熱変位補正量351、361、371を熱変位補正量加算部330において加算して、各軸の合計熱変位補正量341、342、343を算出して熱変位補正制御を実行する。また、その補正倍率を決定するための補正倍率設定支援部380を備える。補正倍率設定支援部380の具体例である補正倍率設定支援画面400、401、402は、後述する。
【0043】
ここにおいて、環境温度系熱変位量を推定する式および係数は、作業者にとって未知あるいは理解困難であることが多い。作業者にとっては、推定される熱変位量が実際の熱変位量とは異なることは感覚的に把握することができるが、正確な熱変位補正のためには補正倍率をいくつに変更すればよいかを通常は判断できない。そのために、補正倍率設定支援部380は、作業者に対して、感覚的に判断が可能になるような分かり易い画面表示を行う。これにより、作業者による手動の設定を可能とし、また、自動で最適な補正倍率を計算する。
なお、環境温度系熱変位量および環境温度系熱変位補正量は、駆動系熱変位量および駆動系熱変位補正量に対応させた表現であって、その推定演算式に駆動系の要素を含まないことを意味する。駆動系の要素とは、移動体や回転体に関する、指令値、移動速度、回転数、駆動電流値、等をいう。
【0044】
また、図3および図4では、駆動系熱変位量推定部310を1個のボックスで表現したが、駆動系としては、ワーク主軸、工具主軸、X軸、Y軸、Z軸、B軸およびC軸が存在する。そして、それぞれの熱変位量が同じ構造の演算式で求められるわけではないので、各駆動系ごとに推定部を設けて各駆動系熱変位量を求め、結果を合算してもよい。更に、前記の系とは全く異なる発熱源または冷却装置を有する工作機械においては、これらに関する熱変位量推定部を追加することも可能である。
【0045】
<加工>
図5は、本実施例に係る加工ワークの加工図面である。
本実施例に係る加工ワークは、外径部に3段の段差および内径部に2段の段差を有し、一方端にネジが施される。外径部のφ65部および内径部φ40部には、公差範囲の指定がある。このように公差範囲の指定がある場合は、加工後の寸法を作業者が計測し、適宜に工具摩耗補正量を入力することで、加工寸法を公差範囲内に収めるようにしている。
【0046】
図6は、図5の加工図面に基づく加工を行う加工プログラムを示す。加工プログラムは加工プログラムメモリ120に格納されている。以下に、この加工プログラムの各ステップについて説明する。ただし、本実施例の説明に不要な部分は適宜省略している。
【0047】
「N1(BAR−OUT R)」は、外径荒加工工程の開始を示す。
「X82.0Z5.0」は、外径荒加工の切込開始点への移動指令である。
続く「G71」で始まる2行の指令は、外径荒加工を実施するための具体的な諸データを定義するものである。
【0048】
「G71」の1行目の「U3.0」と「R2.0」は、1回当りの切込量3.0mmと逃げ量2.0mmを定義している。外径荒加工サイクルの詳細については述べないが、X軸方向に1回当り3.0mm切り込んでZ軸方向への切削を行いながら、定義した形状に至るまで何度もX軸方向に切り込んでZ軸方向への切削を行うものである。ちなみに、「U」と「R」の引数の符号によって、外径荒加工サイクルと内径荒加工サイクルを切り替えたり、切削送りの方向を−Z方向と+Z方向(第1主軸把持のワークの加工方向と第2主軸把持のワークの加工方向)に切り替えたりもする。
【0049】
「G71」の2行目の「P100」と「Q200」は、荒加工サイクルで形成する製品形状の定義箇所を示している。すなわち、「N100」から「N200」の行が定義箇所である。また、「U0.3」、「W0.1」および「F0.3」は、X軸方向の仕上代0.3mm、Z軸方向の仕上代0.1mm、荒加工時の切削送り0.3mm/回転を定義している。
【0050】
続く「N100」から「N200」の行は、仕上げ加工時の動作設定を定義する。ここに、仕上げ形状やノーズR補正指令、仕上げ時の送り量などが定義される。
「N200」の直後の行、すなわち、「G40G00Z30.0M05」により、形状定義中に指令されたノーズR補正をキャンセルし(「G40」)、Z軸方向に逃がして主軸を停止させ、外径荒加工を終了させている。
【0051】
次に、「N2(BAR−OUT F)」は、外径仕上げ加工工程の開始を示す。
「X82.0Z5.0」は、外径荒加工と同様、外径仕上げ加工の切込開始点への移動指令である。
「G70P100Q200」は、「N100」から「N200」までで定義した加工形状を仕上げ加工する指令である。
【0052】
続く「M**A1B65.0」は、この指令を実行したときのNC装置の内部データを記録する加工時状態データ記録指令である。記録する内部データは、実行中のワーク番号、日付・時刻、その時点で使用中の工具番号、その時点で有効な工具摩耗補正量、およびその時点で有効な環境温度系熱変位補正量である。また、「M**」と同時に指令された「A」の引数に基づき、補正軸として、「A1」の場合はX軸を、「A2」の場合はY軸を、「A3」の場合はZ軸を記録する。更に、「B65.0」に基づき、目標寸法として65.0mmを記録する。記録は、後述する加工時状態データ250(図7)として、加工時状態データメモリ125に格納される。なお補正軸とは、環境温度系熱変位補正量の監視対象の軸を指定するものである。従って、記録する工具摩耗補正量は、X軸、Y軸、Z軸の各軸方向成分のうち、ここでは補正軸として指令された軸の軸方向成分である。また目標寸法は、補正軸として指令された軸の軸方向の寸法である。
【0053】
続く内径加工に関しては、外径部の加工とほぼ同様であるため詳細な説明を省略する。簡単に説明すると、「G71P300Q400」で内径加工の仕上げ加工を、「N300」から「N400」の行に基づいて行った直後に、「M**A1B40.0」でその時点の加工時状態データ250を加工時状態データメモリ125に格納する。
【0054】
<加工時状態データ>
図7(a)は、本実施例で記録する加工時状態データ250のデータ構造図である。
加工時状態データ250は、ワーク番号WNO、加工日DATE、加工時刻TIME、工具番号TNO、補正軸CAx、目標加工寸法TSz、実績加工寸法MSz、工具摩耗補正量A$WV、補正倍率A$B、環境温度系熱変位補正量X[A$HCX]、環境温度系熱変位補正量Y[A$HCY]および環境温度系熱変位補正量Z[A$HCZ]から構成される。図6で示した加工プログラムの「M**」が実行されるごとに、実行中のワーク番号WNO、加工日DATE、加工時刻TIME、その時点で使用中の工具番号TNO、「M**A*B*」にて指定された補正軸CAxと目標加工寸法TSz、その時に有効であった、工具摩耗補正量A$WV、補正倍率A$Bおよび環境温度系熱変位補正量A$HCX、A$HCY、A$HCZの各データが追加される。
【0055】
上記にて唯一追加されなかった実績加工寸法MSzは、その後に実行されるワーク寸法計測装置による自動計測動作によって得られる計測データから自動的に書き込まれるか、または、作業者が加工後にワークの寸法を計測して、後述する画面上の操作により手動で入力される。
【0056】
図7(b)は、加工時状態データセット251を抽出する様子を模式的に表現した図である。この加工時状態データセット251は、後述する補正倍率設定支援画面400の加工時状態データ抽出部430の選択データ誘導入力部433(図8)にて、すべての加工時状態データ250の中から抽出した、加工寸法グラフを表示するためのデータである。具体的には、加工時状態データセット251は、最初にすべての加工時状態データ250の中から、指定されたワーク番号WNO、工具番号TNOおよび補正軸CAxをすべて含むデータを抽出して、加工日DATE、加工時刻TIME順に並べ替える。次に、この操作によって抽出されたデータのうち、加工開始日として指定された加工日DATE、加工時刻TIMEのデータを先頭に、前後のデータの加工時刻の差が所定の時間間隔未満であるデータ群を更に抽出して、作成される。
【実施例1】
【0057】
<補正倍率設定支援画面>
補正倍率設定支援機能の実施例1として、図8に補正倍率設定支援画面400を示す。補正倍率設定支援画面400は、グラフ表示部410、加工時状態データ抽出部430、加工時状態データ入力/表示部450および補正倍率調整操作部470から構成される。
【0058】
グラフ表示部410は、上段に表示される加工寸法グラフ表示部412および下段に表示される温度グラフ表示部421から構成される。
加工時状態データ抽出部430は、データ抽出モードスイッチ432、選択データ誘導入力部433、補正軸変更/表示部435および工具番号変更/表示部437から構成される。
補正倍率調整操作部470は、補正倍率増減スイッチ472、最適補正倍率算出スイッチ474、補正倍率表示部476および補正倍率決定スイッチ478から構成される。
【0059】
次に、各構成部の機能について説明する。
加工時状態データ抽出部430を操作することにより、長期間に亘って蓄積された多数の加工時状態データ250の中から、補正倍率設定支援画面400にグラフ表示する加工時状態データセット251が抽出される。
【0060】
データ抽出モードスイッチ432を操作すると、選択データ誘導入力部433のワークNo.の列に、すべての加工時状態データ250に記録されている全ワーク番号が番号順に表示される。その他の列はすべて空欄となる。
【0061】
表示されたワーク番号WNOの中から特定のワーク番号を、画面上をタッチ等して指定することにより、指定されたワーク番号を有する加工時状態データ250のみが抽出される。そして、抽出された加工時状態データ250に存在する補正軸CAxと工具番号TNOの組合せが、選択データ誘導入力部433の補正軸と工具No.の列に表示される。
【0062】
表示された補正軸CAxと工具番号TNOの組合せの中から特定の組合せを、画面上をタッチ等して指定することにより、前記ワーク番号WNO、前記補正軸CAxおよび前記工具番号TNOのすべてを含む加工時状態データ250のみが抽出される。
【0063】
そして、抽出したデータを加工日DATE、加工時刻TIME順に並べ替える。並べ替えたデータに関しその前後のデータの加工時刻の差が所定の時間間隔未満のデータは、連続してその加工を行ったとする。また、その前後のデータの加工時刻の差が所定の時間間隔以上のデータは、その前後で連続加工が途切れたとして、複数の連続加工データ群に分割される。
【0064】
分割されたそれぞれの連続加工データ群について、先頭のデータの加工日DATEを加工開始日、最後のデータの加工日DATEを加工終了日として、選択データ誘導入力部433の開始日と終了日の列に一覧表示する。
表示された中から特定の開始日を、画面上をタッチ等して指定することにより、グラフ表示を行う加工時状態データセット251が確定される。
【0065】
補正軸変更/表示部435は、補正倍率の設定変更を行う対象の軸を変更し表示する機能を有する。
前述した選択データ誘導入力部433の操作により加工時状態データセット251が抽出されている場合は、抽出された加工時状態データセット251の補正軸CAxを表示している。この状態時に、変更スイッチを操作して補正軸を変更した場合は、上記で設定されたワーク番号WNOと工具番号TNOを有し、且つ変更された補正軸CAxを有するデータの直近の時刻を有する加工時状態データ250が、加工時状態データセット251として抽出される。
【0066】
また、新しい加工時状態データセット251が抽出された場合は、抽出条件のワーク番号WNO、補正軸CAxおよび工具番号TNOをすべて有する加工時状態データ250が抽出される。そして、加工日DATE、加工時刻TIME順に並び変えられ、加工開始日と加工終了日が加工時状態データ抽出部430に一覧表示され、最新の加工開始日を選択したマークが付された状態で表示される。
なお、設定されたワーク番号WNOと工具番号TNOを有し、且つ変更された補正軸CAxを有する加工時状態データ250がなかった場合は、アラームを表示するなどして、加工時状態データセット251の変更は行われない。ただし、変更された補正軸はそのまま表示され、次に説明する工具番号の変更時には、変更された補正軸と新しい工具番号で加工時状態データ250が抽出される。
【0067】
工具番号変更/表示部437は、補正倍率の設定変更を行う対象の工具番号TNOを変更し表示する機能を有する。
前述した選択データ誘導入力部433の操作により加工時状態データセット251が抽出されている場合は、抽出された加工時状態データセット251の工具番号TNOを表示している。この状態時に、変更スイッチを操作して工具番号を変更した場合は、上記で設定されたワーク番号WNOと補正軸CAxを有し、且つ変更された工具番号TNOを有するデータの直近の時刻を有する加工時状態データ250が、加工時状態データセット251として抽出される。
なお、設定されたワーク番号WNOと補正軸CAxを有し、且つ変更された工具番号TNOを有する加工時状態データ250がなかった場合は、アラームを表示するなどして、加工時状態データセット251の変更は行われない。
【0068】
加工時状態データセット251が抽出されると、抽出された加工時状態データセット251の実績加工寸法MSzと加工時刻TIMEに基づいて加工寸法のグラフが表示される。加工寸法のグラフ表示に関しては、後述する。
また、補正倍率設定支援画面400へ画面が切り替わる時には、前回抽出されていた加工時状態データセット251が保持されており、前に表示されていた加工時状態データセット251にて画面が表示される。
【0069】
加工時状態データ入力/表示部450により、抽出された加工時状態データセット251のデータが表示される。なお、加工寸法の欄にのみ、カーソルが移動可能であり、手動による数値入力が可能である。加工後にワークの寸法を計測した作業者は、この加工時状態データ入力/表示部450を用いて、加工時状態データ250の実績加工寸法MSzを入力することができる。加工寸法は、必ずしもすべての加工ワークを計測するものではなく、加工寸法のばらつきの傾向に応じて、毎回計測する場合もあれば、5回に1回とか、10分に1回とか、の頻度を決めて計測する場合もある。従って、実績加工寸法MSzは空欄のこともある。また、自動計測の場合は、加工完了時には実績加工寸法MSzは入力済みである。
【0070】
補正倍率調整操作部470の補正倍率増減スイッチ472は、補正倍率を0.1単位で増加または減少させるためのスイッチである。補正倍率表示部476には、補正倍率設定支援画面400に切り替えたときには、補正倍率Bが表示されており、補正倍率増減スイッチ472を操作することで補正倍率を変更することができる。
ただし、補正倍率変更後、補正倍率決定スイッチ478が押されるまでは、変更した補正倍率は実際の熱変位量の推定演算には用いられないため、補正倍率表示部476に点滅表示することにより、暫定的な補正倍率であることを明示している。この状態の補正倍率を「仮補正倍率B’」と称す。仮補正倍率B’は、後述する加工寸法グラフ表示部412に調整後加工寸法グラフ414を表示させるときの計算に用いられる。
なお、補正倍率増減スイッチ472により補正倍率を増減したり、最適補正倍率を算出する際に丸めたりするときの単位を0.1で説明したが、0.1に限定するものではない。パラメータ等で設定することにより、増減の単位を自由に設定することも可能である。
【0071】
また、補正倍率調整操作部470の最適補正倍率算出スイッチ474を操作することにより、最適な補正倍率が演算され、0.1単位で丸めた倍率が補正倍率表示部476に点滅表示される。すなわち、最適補正倍率算出スイッチ474を操作して演算された補正倍率は、仮補正倍率B’として設定され、加工寸法グラフ表示部412に調整後加工寸法グラフ414を表示させる。補正倍率決定スイッチ478を操作する前は、補正倍率増減スイッチ472による手動での調整も可能である。最適補正倍率の算出処理の詳細に関しては後述する。
【0072】
加工寸法グラフ表示部412には、抽出された加工時状態データセット251に基づき、加工寸法が時間の推移に伴って変化する様子がグラフ表示される。実線の調整前加工寸法グラフ413は、前記操作により抽出された加工時状態データセット251の実績加工寸法MSzに基づいて表示される。破線の調整後加工寸法グラフ414は、仮補正倍率B’を調整することで調整前加工寸法グラフ413の近傍で上下移動する形態で表示される。加工寸法グラフの表示処理に関しては後述する。
【0073】
温度グラフ表示部421には、工作機械に備えられたすべての温度センサ81〜90の測定温度値が時間の推移に伴って変化する様子が、上記の加工寸法グラフと同一の時間軸でグラフ表示される。なお、すべての温度センサ81〜90の測定温度値は、所定時間ごとに時刻とともに関連付けて記録されている。
【0074】
このグラフ表示により、異常な温度推移を示す温度センサを発見することができ、補正倍率の調整以前に対処を行うことが可能となる。例えば、環境温度系熱変位量の推定は、工作機械を構成する部材の特定個所が、外部要因によって熱を与えられたり、奪われたりすることを想定してはいない。そのため、空調機器や隣接する機械のブロアの風が工作機械の特定箇所に直接当たると、補正倍率で補正できないような熱変位が発生する場合がある。温度グラフ表示部421は、この様な事態を容易に発見することに有効であるため、補正倍率による本補正機能を運用する上で、重要な支援機能といえる。
【0075】
<加工寸法グラフ表示処理>
図9は、補正倍率設定支援画面400において加工寸法グラフを表示する処理を説明するための図である。ここで、補正軸CAxはX軸、目標加工寸法TSzはφ22.0mmであるところ、表中では省略している。
【0076】
まず、図9の表中のデータについて説明する。
TIMEは、加工時刻である。
MSzは、加工時状態データセット251中の実績加工寸法である。図9で実線で示すグラフMSzは、横軸に加工時刻をとり、実績加工寸法の時間変化を表現したものである。
A$WVは、加工時状態データセット251中の工具摩耗補正量である。
【0077】
T1、T2、T3およびT4は、加工機械の各部に備えられた温度センサの計測温度値である。ここでの説明は、温度センサが4個備えられた例で説明する。
X2は、MSzに対して同一時刻に有効であった工具摩耗補正量A$WVを考慮して、その工具摩耗補正量A$WVによる補正がなかった場合の加工寸法の計算値(以後、「工具摩耗補正なし計算上加工寸法」という)である。具体的には、X2=MSz−A$WVで計算される。
【0078】
S1は、加工時に適用された環境温度系熱変位補正量(以後、「適用済み熱変位補正量」という)である。補正軸CAxがX軸であるので、加工時状態データセット251中の環境温度系熱変位補正量A$HCXデータである。具体的には、S1=A$HCXである。
X4は、工具摩耗補正なし計算上加工寸法X2に対して、更に同一時刻の適用済み熱変位補正量S1を考慮して、その熱変位補正がなかった場合の加工寸法の計算値である。すなわち、工具摩耗補正も環境温度系熱変位補正も行わなかった場合の加工寸法の計算値である。以後、X4を「工具摩耗補正&熱変位補正なし計算上加工寸法」という。具体的には、X4=X2−S1で計算される。
【0079】
図9のグラフに示した矢印S1は、その時刻における適用済み熱変位補正量である。工具摩耗補正&熱変位補正なし計算上加工寸法X4を適用済み熱変位補正量S1で熱変位補正を行うことで、工具摩耗補正なし計算上加工寸法X2が得られることを示している。つまり、グラフX2は、熱変位補正を適用した状態で目標加工寸法TSzに位置決めしたときの、実際に位置決めされた刃先位置の座標値と言い換えることができる。すなわち、目標位置とのズレであり、熱変位補正を適用しているにも係らず補正しきれていない変位量がグラフX2として表れているのである。従って、この工具摩耗補正なし計算上加工寸法X2は、環境温度系熱変位補正の時間的推移の一例と言える。
【0080】
一方、時刻11:55における工具摩耗補正&熱変位補正なし計算上加工寸法X4の値(21.951)から目標加工寸法TSzの値(22.000)を減じて、符号を反転させると、時刻11:55における理想的な熱変位補正量(0.049)が得られる。この値を時刻11:55における適用済み熱変位補正量S1(0.030)の値で除すると、1.63が得られる。これは、補正倍率を1.63倍にすることにより、工具摩耗補正を行わなくともほぼ目標の加工寸法が得られることを示している。仮補正倍率B’は、手動設定時には0.1単位であるため、ここでは1.6に丸める。この結果の値が前述した最適補正倍率算出値である。
【0081】
S2は、適用済み熱変位補正量S1を仮補正倍率B’である1.6で乗算したものである。以後、S2を「仮補正倍率調整後熱変位補正量」という。
X3は、工具摩耗補正&熱変位補正なし計算上加工寸法X4を仮補正倍率調整後熱変位補正量S2で補正することにより求められる。すなわち、X3は、調整後の仮補正倍率を適用した場合の計算上の加工寸法である。以後、X3を「仮補正倍率調整後計算上加工寸法」という。
【0082】
図8の補正倍率設定支援画面400の加工寸法グラフ表示部412は、上記で説明した工具摩耗補正なし計算上加工寸法X2と仮補正倍率調整後計算上加工寸法X3を表示する。工具摩耗補正なし計算上加工寸法X2は、調整前加工寸法グラフ413であり、実線でグラフ表示される。また、仮補正倍率調整後計算上加工寸法X3は、調整後加工寸法グラフ414であり、点線でグラフ表示される。
【0083】
以上、仮補正倍率B’を自動計算した場合を説明したが、仮補正倍率B’を手動で設定する場合も同様である。すなわち、加工寸法グラフ表示する対象の加工時状態データセット251を抽出した直後は、調整前加工寸法グラフ413のみが表示されている。ここで、仮補正倍率B’を大きくすることにより、調整前加工寸法グラフ413の上側に調整後加工寸法グラフ414が表示される。仮補正倍率B’を大きくすればするほど、グラフを上に移動させることができる。逆に、仮補正倍率B’を小さくすることにより、調整前加工寸法グラフ413の下側に調整後加工寸法グラフ414が表示される。仮補正倍率B’を小さくすればするほど、グラフを下に移動させることができる。このように操作することで、調整後加工寸法グラフ414を目標加工寸法TSz近傍で推移する位置に移動させて、補正倍率を決定すればよいことになる。
【0084】
以上のようにして、調整後加工寸法グラフ414を上下に移動させた結果、調整後加工寸法グラフ414が目標加工寸法TSz近傍で推移しているか否かを視認することができる。すなわち、補正倍率による補正の効果が目で見える形に表現され、作業者は自信を持って補正倍率を決定することができる。
【0085】
図10は、加工寸法グラフ表示処理の手順を説明するフローチャートである。このフローチャートを図9に示されたデータに基づいて説明する。
補正倍率設定支援画面400において、表示すべき加工時状態データセット251が抽出されると、この処理が開始される。以下の各ステップにおける演算処理部分は、システムプログラムメモリ121に格納されている所定のプログラムを用いてCPU100により実行される。
【0086】
ステップS10において、CPU100は、加工時状態データセット251の実績加工寸法MSzと工具摩耗補正量A$WVから工具摩耗補正なし計算上加工寸法X2を計算する。すなわち、X2=MSz−A$WVの計算を行う。
【0087】
次にステップS20において、CPU100は、工具摩耗補正なし計算上加工寸法X2から工具摩耗補正&熱変位補正なし計算上加工寸法X4を計算する。工具摩耗補正&熱変位補正なし計算上加工寸法X4は、加工時に有効であった環境温度系熱変位補正量A$HCX、A$HCYおよびA$HCZによる環境温度系熱変位補正を行わなかった場合の加工寸法であり、前述したように、X4=X2−S1である。図9のデータの場合、補正軸CAxがX軸であるので、S1=A$HCXである。工具摩耗補正&熱変位補正なし計算上加工寸法X4は、後述する最適補正倍率算出処理や、手動設定時のグラフ表示に使用するため、予めこの時点で計算をしておく。
【0088】
最後にステップS30において、グラフ表示プログラムにより工具摩耗補正なし計算上加工寸法X2がグラフ表示される。このグラフが、図8の調整前加工寸法グラフ413である。ただし、工具摩耗補正&熱変位補正なし計算上加工寸法X4に関しては、グラフ表示はしない。
【0089】
図11は、最適補正倍率算出処理の手順を説明するフローチャートである。
表示すべき加工時状態データセット251が抽出されて調整前加工寸法グラフ413が表示されている状態で、作業者が最適補正倍率算出スイッチ474を操作すると、この処理が開始される。以下の各ステップにおける演算処理部分は、システムプログラムメモリ121に格納されている所定のプログラムを用いてCPU100により実行される。
【0090】
ステップS100において、CPU100は、仮補正倍率B’を計算する。すなわち、加工寸法グラフが表示されている最新時刻において、図10の処理中に計算済みとなった工具摩耗補正&熱変位補正なし計算上加工寸法X4の値と、目標加工寸法TSzの値との差(TSz−X4)をまず計算する。次に、CPU100は、その最新時刻において有効であった環境温度系熱変位補正量A$HCX(すなわち、S1)をその時刻において有効であった補正倍率A$Bで除した値(すなわち補正倍率1に換算した計算上熱変位補正量)で除して、0.1単位で丸めることにより、自動計算の仮補正倍率B’を得る。適用済み熱変位補正量S1を用いて表わすと、B’=ROUND((TSz−X4)/(S1/A$B)、1)となる。前記最適補正倍率を算出する計算処理が、最適補正倍率算出部である。工具摩耗補正&熱変位補正なし計算上加工寸法X4は、工具摩耗補正も熱変位補正もしていない場合の加工寸法であるので、目標加工寸法との差を熱変位補正量とすれば、工具摩耗補正を行わないでも目標加工寸法になるはずである。
仮補正倍率B’を決定した後に、ステップS110において、CPU100は、適用済み熱変位補正量S1を適用済み補正倍率A$Bで除算した値(すなわち補正倍率1に換算した計算上熱変位補正量)に仮補正倍率B’を乗算して、仮補正倍率を適用した環境温度系熱変位補正量S2を計算する。
なお、図9で加工寸法グラフ表示処理を説明するときは、分かり易くするために適用済み熱変位補正量は補正倍率が1であることを前提に説明したが、一度補正倍率を調整した後に加工を行って得た加工時状態データ250を用いて調整することもあるため、上記の適用済み補正倍率A$Bで除算する処理が付け加わる。
【0091】
ステップS120において、CPU100は、工具摩耗補正&熱変位補正なし計算上加工寸法X4に仮補正倍率を適用した環境温度系熱変位補正量S2を加算してX3を計算する。X3は、仮補正倍率を適用した場合の計算上加工寸法となる。
【0092】
ステップS130において、グラフ表示プログラムによりこのX3がグラフ表示される。このグラフが、図8の調整後加工寸法グラフ414である。
【0093】
ステップS140において、作業者は、このグラフ表示を見て、加工精度が向上したか否かを判断する。作業者が加工精度が向上したと判断した場合(OK)には、ステップS150において、作業者は補正倍率決定スイッチ478を操作してこの仮補正倍率B’を補正倍率Bに決定する。その後の熱変位補正は、決定された補正倍率Bを用いて計算され、環境温度系熱変位補正制御が行われることになる。
ステップS140において、作業者が調整後加工寸法グラフ414の加工精度に満足できない場合(NG)には、ステップS160に移り、後述する手動設定処理が実行されることになる。
【0094】
図12は、補正倍率を手動操作で設定する手動設定処理手順を説明するフローチャートである。この処理は、補正倍率設定支援画面400の補正倍率調整操作部470を操作すると実行される処理である。図11の最適補正倍率算出処理におけるステップS160においては、自動計算された補正倍率に満足できなかったときに実行され、すなわち補正倍率調整操作部470を用いて自動計算された補正倍率を手動で変更する場合である。
【0095】
補正倍率を増減する前は、前述したように図10の加工寸法グラフ表示処理により、加工寸法グラフ表示部412には、実線の調整前加工寸法グラフ413のみが表示されている。工具摩耗補正&熱変位補正なし計算上加工寸法X4については、グラフ表示はしないが計算は行われている。工具摩耗補正なし計算上加工寸法X2は、工具摩耗補正&熱変位補正なし計算上加工寸法X4に適用済み熱変位補正量S1を加算した値である。以下の各ステップにおける演算処理部分は、システムプログラムメモリ121に格納されている所定のプログラムを用いてCPU100により実行される。
【0096】
ステップS210において、作業者が補正倍率増減スイッチ472を操作することにより、仮補正倍率B’を手動変更する。
【0097】
ステップS220において、CPU100は、適用済み熱変位補正量S1を適用済み補正倍率A$Bで除算して得た値に、変更された仮補正倍率B’を乗算して、仮補正倍率を適用した環境温度系熱変位補正量S2を計算する。
【0098】
ステップS230において、CPU100は、工具摩耗補正&熱変位補正なし計算上加工寸法X4に仮補正倍率を適用した環境温度系熱変位補正量S2を加算して、仮補正倍率を適用した場合の計算上加工寸法X3を計算する。
【0099】
ステップS240において、グラフ表示プログラムにより仮補正倍率を適用した場合の計算上加工寸法X3がグラフ表示される。これが、図8の調整後加工寸法グラフ414である。
【0100】
ステップS250において、作業者が、調整後加工寸法グラフ414が採用可能か否かを判断する。作業者が採用不可(NG)と判断した場合には、ステップS210に戻って、作業者は仮補正倍率B’の再調整を行う。
作業者が採用可(OK)と判断した場合には、ステップS260に進み、作業者は補正倍率決定スイッチ478を操作する。これにより、仮補正倍率B’が補正倍率Bに設定され、その後の補正倍率Bが決定される。
【0101】
ここで、補正倍率増減スイッチ472の操作により仮補正倍率を増加した場合、適用済み熱変位補正量S1に補正倍率が乗算されるので、調整後加工寸法グラフ414の点線表示が、実線表示の調整前加工寸法グラフ413の上側に表れてくる。作業者は、補正倍率増減スイッチ472を操作して点線表示の調整後加工寸法グラフ414を上下させて、目標寸法に最も近づいて良好な補正倍率を決めて補正倍率決定スイッチ478を操作し、補正倍率を決定することができる。
【0102】
以上で説明したように、作業者は、補正倍率を調整することによって、調整後加工寸法グラフを目標寸法に近づけることができる。作業者にとってこの違和感のない作業が、環境温度系熱変位補正の補正量を是正することになる。したがって、従来作業者が熱変位補正に対して正確に補正されていないと感じていながらも補正することができなかったという問題点を解消することができる。
【0103】
しかも、作業者が加工寸法を計測する目的は、公差の指定があり精度を確保するためである。作業者による寸法計測値を環境温度系熱変位補正量の計算に活用することで、最も精度が必要な位置における熱変位量を計測したことになり、高精度な環境温度系熱変位補正を行うことが可能となる。
さらに、加工精度を保つために行う加工後の寸法計測は、作業者にとっては通常業務に過ぎない。その結果、作業者に新たな負担をかけることなく、環境温度系熱変位補正を高精度に調整できることになる。
【0104】
また、最適補正倍率算出機能を使用すれば、自動的に調整後加工寸法が目標値近傍となる最適補正倍率が計算される。このため、経験の浅い作業者にとっても環境温度系熱変位補正量の是正を容易に行うことが可能となる。
【実施例2】
【0105】
補正倍率設定支援機能に関する実施例2について、実施例1との相違点を中心に図面を参照しつつ説明する。
図13は、実施例2による補正倍率設定支援画面401を示す。実施例2では、複数の加工部位の加工時状態データ250を記録することができる。そのために、加工時状態データ抽出部431に補正倍率Bの有効範囲を設定し表示する補正倍率有効範囲設定/表示部434が追加されている。
また、選択データ誘導入力部433の表示の仕方が、実施例1の補正倍率設定支援画面400(図8)とは異なる。
【0106】
選択データ誘導入力部433の表示に関しては、同一加工中に複数の加工部位の加工時状態データ250を記録しているため、ワーク番号WNOと補正軸CAxを特定した後も、複数の加工部位による表示がなされる。例えば、図13では、2つの加工部位として、工具番号3による加工部位と工具番号6による加工部位が表示される。また、図13では工具番号が異なる例を示したが、工具番号が同一であったとしても、加工プログラムの「M**A*B**」のBで指定した目標加工寸法TSzが異なれば、当然加工部位も異なり、同一工具番号TNOが表示されることもある。そのため、選択データ誘導入力部433に目標寸法の欄が追加され、同一工具番号TNOであったとしても、加工部位を正しく選択できる。
【0107】
同一ワーク番号WNOで同一補正軸CAxの時に複数の加工部位の加工時状態データ250を記録した場合、一方の加工部位で記録された加工時状態データ250に基づいて補正倍率Bが設定されたとしても、他方の加工部位にとって理想的な補正倍率であるとは限らない。例えば、内径加工時と外径加工時では、工具主軸のB軸位置決め角度が異なることから熱変位量の方向や量が異なる場合がある。従って、加工部位ごとに補正倍率を変更可能とすることにより、工作機械を構成する部材の姿勢変化による熱変位量の相違に対応することができる。
【0108】
補正倍率有効範囲設定/表示部434は、複数の加工部位に関する加工時状態データ250に基づいて設定された複数の補正倍率について、それぞれの有効範囲を変更し表示するための操作手段である。
【0109】
補正倍率の設定を最初に行った場合、自動的に有効範囲は「全般」となる。これにより、すべての加工動作に対してその設定された補正倍率が適用される。2つ目の加工部位の加工時状態データ250に基づいて補正倍率を設定すると、自動的に有効範囲は「限定」となる。これにより、その加工部位の加工に対してのみ補正倍率が適用される。すなわち、その加工時状態データ250が記録されたときの仕上げ加工に対してのみ、限定される。3つ目以降も同様である。
【0110】
しかし、限定的に適用したい補正倍率が、設定作業の順番により全般的に適用されるように自動設定される場合もある。このような場合、「全般」が点灯している状態で「限定」スイッチを押すことにより、限定的な適用に変更が可能である。この操作により、すべての補正倍率が「限定」とされる。逆に、「限定」とされた加工部位を「全般」に変更することも可能である。この操作により、「限定」とされた加工部位は「全般」に変更されるとともに、「全般」とされていた他の加工部位は「限定」に自動的に変更される。なお、有効範囲として「全般」および「限定」が設定されているとき、「限定」とされた加工部位を除くその他全ての加工部位が「全般」の有効範囲である。
【実施例3】
【0111】
補正倍率設定支援機能に関する実施例3について、実施例1および2との相違点を中心に図面を参照しつつ説明する。
図14は、実施例3による補正倍率設定支援画面402を示す。補正倍率設定支援画面402のグラフ表示部411には、加工寸法グラフ表示部412に代わって補正量グラフ表示部416が表示される。補正量グラフ表示部416は、環境温度系熱変位補正量の時間的推移をグラフ表示する。
ベテランの作業者になると、加工精度を補償するために行う加工寸法の計測や、工具摩耗補正量の入力作業を通じて、熱変位量の傾向を概略把握していることが多い。そのような作業者にとっては、熱変位補正量が時間経過によってどのように推移しているかをグラフ表示するだけで、補正量が多いか少ないかを判断することができる。そのために、作業者が補正倍率調整操作部471の補正倍率増減スイッチ472を操作し、調整後の補正量グラフ418を表示することにより、補正値の是正を行えるようにする。
【0112】
この機能を実現するために、NC装置において一定時間ごとの時点において有効であった環境温度系熱変位補正量および補正倍率を時刻とともに、環境温度系熱変位補正記録データとしてメモリに格納する。そのために、別途環境温度系熱変位補正記録データメモリを用意する。このデータを用いて、調整前の補正量グラフ417は記録された環境温度系熱変位補正量をそのまま、また、調整後の補正量グラフ418は記録された環境温度系熱変位量を記録された補正倍率で除算した後に仮補正倍率B’で乗算して、グラフ表示させる。したがって、この補正倍率設定支援装置は、加工寸法の手動入力を必要としないため、作業者の負担が更に軽減されることになる。
【0113】
<その他の実施形態>
本発明の実施形態は、前記した各実施例に限定されるものではない。例えば下記のようにしてもよい。
前記実施例では、工作機械を直線3軸と回転2軸の合計5軸を制御する工作機械において具体化したが、直線2軸の旋盤や、直線3軸の立形または横形のマシニングセンタにおいても適用は可能である。また、旋削加工プログラムを用いて説明したが、工具を回転させて加工するプログラムにおいても適用可能である。
【0114】
前記実施例では、駆動系熱変位量推定部と環境温度系熱変位量推定部を用いて説明したが、駆動系熱変位量に代わって、または追加して、何らかの発熱部材を有する構成や、放熱部材を有する構成を備えた場合にも適用可能である。その場合には、特定の発熱または放熱部材に基づく熱変位量を推定し、環境温度系熱変位量と併せて総合的に補正を行ってもよい。
【0115】
また、加工時状態データを外部の記憶媒体に保存することも可能である。それにより、季節による環境変化に対しても、1年または過去数年間の加工時状態データに基づいて補正倍率を設定することが可能となり、工作機械の設置環境の変化に伴う環境温度系熱変位量の変化に対して事前に対策を施すことも可能となる。
【符号の説明】
【0116】
1…工作機械、10…ベッド、20…ワーク主軸台、30…ワーク主軸、40…コラム、50…工具主軸台、60…工具主軸、70…NC装置、81〜90…温度センサ、100…CPU、125…加工時状態データメモリ、250…加工時状態データ、400〜402…補正倍率設定支援画面、412…加工寸法グラフ表示部、413…調整前加工寸法グラフ、414…調整後加工寸法グラフ、421…温度グラフ表示部、430〜431…加工時状態データ抽出部、470〜471…補正倍率調整操作部、
【要約】
工作機械を構成する部材の温度に基づく環境温度系熱変位補正量を、作業者によって高精度に補正することができる工作機械を提供するため、ワークを把持するワーク把持部と、工具を把持する工具把持部とを備え、ワークおよび工具の少なくともいずれか一方を回転させ、ワークおよび工具の少なくともいずれか一方を所定の方向へ移動させることにより、ワークを前記工具で加工する工作機械であって、工作機械を構成する部材に装着した複数の温度センサと、複数の温度センサが測定した温度値に基づき環境温度系熱変位量を計算する環境温度系熱変位量推定部とを設け、環境温度系熱変位量を補償する計算上熱変位補正量に補正倍率を乗算して環境温度系熱変位補正量を求め、該環境温度系熱変位補正量に基づいて熱変位補正制御を実行する。また、補正倍率の調整を支援するグラフ表示機能を備える。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14