(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
成分が質量%で、C:0.20〜0.40%、N:0.1%以下、Mo:3%以下、Cr:12.0〜16.0%を含み0.3%≦C+N≦0.4%でPI値(=Cr+3.3Mo+16N)が18以上で、残部がFeおよび不可避的不純物であるマルテンサイト系ステンレス鋼を準備する手順と、1030℃ないし1140℃から焼き入れする手順と、サブゼロ処理する手順と、150℃以下で焼き戻しする手順により、表層の旧オーステナイト結晶粒径が30〜100μmで、表面硬度がHRc58〜62である高硬度、高耐食性マルテンサイト系ステンレス鋼による機構部品の製造方法。
熱処理を行う手順に続いて、研削や研磨などにより面粗さを向上させる手順を行うことを特徴とする前記請求項1記載の高硬度、高耐食性マルテンサイト系ステンレス鋼による機構部品の製造方法。
熱処理または、面粗さを向上させる手順に続いて、表面に酸化被膜を形成する手順を行うことを特徴とする前記請求項1ないし2記載の高硬度、高耐食性マルテンサイト系ステンレス鋼による機構部品の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に開示されている高Crステンレス鋼においては、結晶粒径を微細化するために、共晶炭化物を微細化してこれを利用することで、結晶粒の成長を制御していた。
しかしながらδフェライトの生成によって、特に高い耐食性を要求される用途には応用しにくい課題があった。
つまり、結晶粒の微細化により、単位面積(単位体積)当たりの界面の長さ(面積)は大きくなる。
これらの界面部分には共晶炭化物が存在するので、Cr濃度が低下してしまい発錆の起点となる可能性が高い。
この相乗作用により耐食性が向上しにくいという課題がある。
【0006】
特許文献2に開示されているマルテンサイト系ステンレス鋼においては、Cを0.35〜0.45としてSUS440Cより少なくしているが、0.6≦C+N≦0.65としているのでNの含有量が多くなっている。
通常マルテンサイト系ステンレス鋼は凝固時にδフェライト構造をとるので、窒素の溶解度が低く、通常は約0.1%程度が限界とされている。固溶できないNはブローホールを発生しやすいという課題がある。
ブローホールが表面に達していれば容易に発見できるが、内部に存在する場合には、超音波などによる探査をする必要があり、部品の製造品質の管理が煩雑になるなどの課題があった。
特許文献3に開示されているマルテンサイト系ステンレス鋼においては、表面硬度をHv≧550となるように構成されているが、機構部品として例えば、転がり軸受などに応用する場合には硬度がHRcにて58〜62程度とする必要があり、更なる高硬度が必要である。
【0007】
本発明は、上記従来の課題を解決するものであり、高硬度、高耐食性マルテンサイト系ステンレス鋼による機構部品の製造方法を提供するものであり、更にはこの製造方法による機構部品を用いた回転装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記目的を達成するために、成分が質量%で、C:0.20〜0.40%、N:0.1%以下、Mo:3%以下、Cr:12.0〜16.0%を含み0.3%≦C+N≦0.4%でPI値(=Cr+3.3Mo+16N)が18以上で、残部が実質的にFeおよび不可避的不純物であるマルテンサイト系ステンレス鋼を準備する手順と、1030℃ないし1140℃から焼き入れする手順と、サブゼロ処理する手順と、焼き戻しする手順により、表層の旧オーステナイト結晶粒径が30〜100μmで、表面硬度がHRc58〜62である高硬度、高耐食性マルテンサイト系ステンレス鋼による機構部品の製造方法である。表層とは例えば表面から約0.2mmの範囲をいう。この製造方法によれば、結晶粒は成長するが基地内にC、Nが確実に固溶されることによって、炭窒化物の生成を抑え、結晶粒が成長して微細化されないために、単位面積当たりの界面の長さを短くすることができる。
今、界面において錆が発生する可能性が単位長さ(面積)当たりで同じ程度であると仮定すると、界面の長さが短くなるに従って、発錆する可能性が低下すると考えられる。
これにより結晶粒が微細化された場合と比べて耐食性を向上することができる。
【0009】
更には、PI:Pitting Index(孔食指数==Cr+3.3Mo+16N)の値を18以上としているが、焼き入れ温度を1030℃ないし1140℃から行うことによって、焼き入れ温度がこの範囲より低い場合に多く発生する微細なCr炭化物による界面周辺のCr欠乏や焼き入れ温度がこの範囲より高い場合に発生するδフェライトによる孔食電位の低下を確実に抑制することによってPI値相当の孔食電位が得られ耐食性を確保できる。
焼き入れする手順により、結晶粒が成長し表層の結晶粒径が30〜100μmとすることができる。
【0010】
なお、素材は、通常、加工のために焼鈍されるが、素材中のCr炭窒化物の平均サイズを5μm未満にすることで、焼き入れ時の未固溶炭化物を防止できて、ほぼ均一な温度でマルテンサイト変態するため、変形を少なくすることができ、精度の高い製品を得るのに好適である。
【0011】
焼入れをする手順に続いてサブゼロ処理を行う。この手順により残留オーステナイトを確実に低減させることができる。硬度を高めるために炭素量を増やすとマルテンサイト変態完了終了温度(Mf)が低下し、常温でも残留オーステナイトが存在することが知られている。サブゼロ処理を行うことにより、残留オーステナイトを低減することで常温でのマルテンサイト変態を防止することができる。これにより、硬度の低下を防止でき高硬度のマルテンサイト系ステンレス鋼による機構部品が製造できる。
なお、常温でのマルテンサイト変態が防止できることで、寸法の経時変化を低減して、機構部品の安定化も実現できる。
次に、焼き戻しを行う手順により、歪みを取り、靱性を与えることにより、表面硬度が、HRcで58〜62の高硬度・高耐食のマルテンサイト系ステンレス鋼による機構部品が実現できる。
【0012】
また、熱処理を行う手順に続いて、研削や研磨などにより面粗さを向上させる手順を行うことを特徴とする。
この手順により機構部品の面粗さを向上させ、実表面の面積を低減することができる。
これにより、前述の界面の長さと同様に発錆の可能性を減少させることができ、より高耐食の機構部品を実現することができる。
また、熱処理または、面粗さを向上させる手順に続いて、表面に酸化被膜を形成する手順を行うことを特徴とする。この手順により通常の大気中の環境下で生成されるCrの酸化被膜と比べて、厚い膜を生成でき、高耐食性のマルテンサイト系ステンレス鋼による機構部品が実現できる。
【0013】
また、請求項1ないし3による製造方法で作成された機構部品は転がり軸受であって、耐食性を向上させることにより腐食環境下にさらされることを可能としたことを特徴とする回転装置としたものである。
この構成によりステンレス鋼を用いた転がり軸受の耐食性が向上でき、この軸受を組み込んだ回転装置としての耐食性を従来よりも向上させることができる。
【0014】
また、腐食環境は遊離塩素による滅菌であることを特徴とする回転装置としたものである。この構成により蒸気滅菌に加えて、遊離塩素による滅菌が可能となり、腐食環境にも対応できる回転装置を実現できるとともに滅菌方法の選択の自由度が向上する。これにより、回転装置の設計の自由度を向上させることも可能である。
【発明の効果】
【0015】
以上のように本発明は、上記目的を達成するために、成分が質量%で、C:0.20〜0.40%、N:0.1%以下、Mo:3%以下、Cr:12.0〜16.0%を含み0.3%≦C+N≦0.4%でPI値(=Cr+3.3Mo+16N)が18以上で、残部が実質的にFeおよび不可避的不純物であるマルテンサイト系ステンレス鋼を準備する手順と、1030℃ないし1140℃から焼き入れする手順と、焼き戻しする手順により作られることを特徴とする。この手順により、表層の旧オーステナイト結晶粒径が30〜100μmで、表面硬度(以下硬度と略す)がHRc58〜62で高硬度、高耐食性のマルテンサイト系ステンレス鋼による機構部品を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
まず、本発明におけるマルテンサイト系ステンレス鋼による機構部品は、高硬度でしかも高い耐食性が得られることを目的としている。
機構部品の例としては転がり軸受、すべり軸受、ガイドレール、リニアガイド、ボールねじ、シャフト、フランジなどの主に相対運動をする部品や、塩水中や蒸気環境などの物理的腐食性の高い環境に暴露される壁材、遮蔽板、甲板材などの部品や、食品関係などの容器や加工機などで味噌やしょうゆなどに含まれる塩や酢などの化学的アタックに耐える容器部品や、蟻酸や反応性の高い中間生成物などが含まれる燃料電池などの補機などに用いられるポンプや流路の部品などがある。更には医療用途などで体液や血液のコンタミが問題となる部材や、オートクレーブなどによる滅菌を必要とする部品などに用いられて耐食性向上を実現する。
【0018】
まずは、本発明におけるマルテンサイト系ステンレス鋼における成分についての説明を行う。Cは熱処理後の硬度を高めるために必要な主要成分で、熱処理後のビッカース硬度でHRc58以上を確保するために0.2%以上添加する。しかし、0.4%を超えて添加すると、粗大な粒界炭化物が析出して耐食性を劣化させることから0.4%以下としている。
【0019】
Crは耐食性を得る成分で、12.0%〜16.0%添加している。12.0%に満たないと良好な耐食性が得られなく、16.0%を超えるとδフェライトが存在するようになる。δフェライトが存在することによって、粒界界面においてCr炭化物が析出し、逆にCr濃度の低い領域が発生して耐食性を下げてしまう。このためにδフェライトが存在しないように16.0%以下としている。なお、高Cr濃度ではマルテンサイト変態開始温度(Ms)が下がり十分な焼入れが入らなくなることもある。この対策には焼き入れの手順の後にサブゼロ処理を行うことで対応することができる。
【0020】
Nはマルテンサイト系ステンレス鋼の表層のビッカース硬度をHRcで58以上を確保するために添加する。また、Nは表面が窒化することにより不動態被膜を構成するために表面における耐食性を向上させることが可能となる。またCr炭化物の析出を抑制することで、敏感化の抑制もできる。
しかし、0.1%を超えて添加すると凝固時に固溶できなくブローホールやボイドを発生しやすいので、0.1%以下としている。
【0021】
Moは不動態被膜の機能強化を行う元素で、Cr酸化膜の自己修復を助けることにより耐食性を高めることが可能となる。 また、焼戻し軟化抵抗を高めることができるが、3.0%を超えて添加すると、δフェライトが生成し耐食性を劣化させるとともに加工性等を低下させるので、3.0%以下としている。
【0022】
(実施の形態1)
さて次に、本発明における実施の形態について図面を参照しながら説明を行う。まずは熱処理における焼き入れの説明を行う。
図1は本発明の第1の実施の形態に係る焼き入れ温度と硬さを示す特性図、
図2は焼き入れ時の変形量に及ぼす素材のCr炭窒化物の平均サイズの影響、
図3は素材の代表的なCr炭窒化物の走査型電子顕微鏡(SEM)像、
図4は本発明の第1の実施の形態に係る焼き戻し温度と硬さを示す特性図である。
図5は本発明の第1の実施の形態に係るC+N含有量と硬さを示す特性図で、
図6は本発明の第1の実施の形態に係る硬さを測定した部分を示す模式図である。この評価で使用したマルテンサイト系ステンレス鋼のサンプルの組成の主な成分は、C:0.28%、N:0.08%、Mo:2.09%、Cr:13.5%としたサンプルを用いた。
まず、
図1においては、本発明のマルテンサイト系ステンレス鋼において焼き入れ温度を変化させた場合の焼き入れ温度とビッカース硬度の関係をプロットしてある。
図1によれば、焼き入れ温度を950℃以上とすると焼き入れ温度の上昇とともにビッカース硬度(HRc)が単調増加している。硬度の上昇はおよそ1075℃辺りでピークを示し、なだらかに低下してくる。硬度の例として、転がり軸受などで多用されているHRcで58〜62に対するようにHRc58の位置に矢印を付してあり、対応する焼き入れ温度の下限値を1030℃とする必要があることが分かる。
【0023】
また、
図2において、1030℃からストレートシャフトの約300mm長さのサンプルを焼き入れした時の変形(曲がり)に及ぼす素材のCr炭窒化物の平均サイズの影響を示してある。焼き入れ後にサンプルシャフトの一端をチャックしてゆっくりと回転させて、他端の全振れ(T.I.R(Total Indicator Reading))をプロットしてある。Cr窒炭化物の平均サイズが5μm未満でないと、最大振れが1mm以上となり、焼入れ時の変形量が大きくなり過ぎ後加工が必要で研磨代も大きくなり1mm以下とすることが好ましい。
図3に代表的な素材のCr炭窒化物の電子顕微鏡写真を示す。素材を縦断面に埋め込み、鏡面研磨した後に、電解エンチング(非水溶液中、例えば3%のマレイン酸+1%のテトラメチルアンモニウムクロイド+残部メタノール)して走査型電子顕微鏡で観察したものである。白い球状または棒状のコントラストがCr炭窒化物である。素材のCr炭窒化物が大きくなると、焼き入れ時にCr炭窒化物が未固溶となり、母材のCr、C、N濃度等が変化してマルテンサイト変態温度がサンプル部位により変化するためである。
【0024】
次に、マルテンサイト系ステンレス鋼においては焼き入れ状態では靱性が不足するために焼戻しを行う。
図4においても焼き入れの特性を評価した組成と同じサンプルを用いて評価を行った。
図1に示した、本発明のマルテンサイト系ステンレス鋼を1050℃で焼き入れした後に焼き戻し温度を変化させた場合に焼き戻し温度とビッカース硬度の関係をプロットしてある。
図4においては、焼き戻し温度の上昇に伴ってビッカース硬度(HRc)が単調減少している。前述の
図1と同様にHRc58の位置に矢印を付してあり、対応する焼き戻し温度の上限値をおよそ150℃とすれば良いことが分かる。
【0025】
さて、次に
図5は本発明の第1の実施の形態に係るC+N含有量と硬さを示す特性図である。焼き入れ温度は1050℃で焼き戻し温度は150℃としている。また、焼き入れに続いてサブゼロ処理としてドライアイスによるサブゼロ処理の有無の2水準で実験を行っている。サブゼロ処理には、液体窒素による約−200℃程度の極低温の処理やドライアイスによる約−80℃程度の比較的高い温度の処理が知られているが、本実施の形態においてはドライアイスによるサブゼロ処理を用いた。
図3において、サブゼロ処理を行ったものは塗りつぶしの丸印(●)で、サブゼロ処理を行わなかったものは白抜きの丸印(○)によりプロットしてある。この種のマルテンサイト系ステンレス鋼のビッカース硬度(HRc)については、C+Nによって整理できることが知られている。
ビッカース硬度に対するCとNによる寄与の近似式としては、いろいろな近似式が提案されている。例えば、C濃度の平方根に比例する近似式(1):α1+β1*√Cで(α1、β1は定数)、CがNに対して2ないし3倍ほど寄与が高い近似式(2):α2+β2*√(C+N/γ1)で(α2、β2、γ1は定数)、(C+N)に直線的になる近似式(3):α3+β3*(C+N)(α3、β3は定数)などが知られている。
【0026】
サブゼロ処理を行わない場合には、ビッカース硬度が(C+N)の増加により直線的に上昇するが、およそ0.26%位をピークとして低下している。一方、サブゼロ処理を行うと、(C+N)に対して0.4%までは直線で増加していることが確認された。従って、本発明においては、前述の近似式の(3)の直線近似によるものが良くフィットする。サブゼロ処理を行うことで、(C+N)が0.2〜0.4%の範囲においても、残留オーステナイト(残留γ)の発生を抑制され、硬度が(C+N)に従って上昇する。
図5によれば、硬さHRc58〜62を得るには(C+N)の含有量は0.3〜0.4%とすることで得られることが分かる。
【0027】
図6には本発明の第1の実施の形態に係る硬さを測定した部分を示す模式図を示してある。この硬さの測定には、転がり軸受のリングを意識して、外径(φ10mm)で中央に内径に相当する穴(φ4mm)の開いたリング状で厚さ(4mm)の円盤状としている。 硬さの測定は円盤の同じ側の面で内外径の中央部分(φ7mmの円周上)で概ね線対称に位置をマイクロビッカースで測定してロックウェルCスケール(HRc)に換算している。
【0028】
次に本発明による機構部品について、硬さに影響する残留オーステナイトおよび耐食性に影響するδフェライトの存在量について、(C+N)との関連をより詳しく調査した結果を
図7および
図8に示す。
図7は本発明の第1の実施の形態に係る(C+N)の含有量とδフェライト量を示す特性図である。
図中の丸印(●)はNを0.1%に固定してCを変化させた場合の(C+N)とδフェライトの体積%(Vol%)値をプロットしたもので、三角印(▲)はCを0.16%に固定してNを変化させた場合の(C+N)とδフェライトの体積%(Vol%)をプロットしたもので、星印(★)はCを0.2%に固定してNを変化させた場合の(C+N)とδフェライトの体積%(Vol%)値をプロットしたもので、四角印(■)はCを0.4%に固定してNを変化させた場合の(C+N)とδフェライトの体積%(Vol%)値をプロットしたものである。
理解しやすいようにそれぞれの測定点からδフェライトの予測線を描くと(C+N)の増加によって、δフェライトが単調減少しており、0.3%以上の領域おいてはδフェライトが存在しないことが理解できる。
δフェライトが存在すると、粒界の界面部分にCr炭化物(M
23C
6:ここでMはCr)が析出して、Cr濃度を低下させ発錆の起点となる可能性が高いので、発生を抑え込むことが重要である。
【0029】
図8は本発明の第1の実施の形態に係るC+N含有量と残留オーステナイト量を示す特性図である。
図7の場合と同様に、図中の丸印(○および●)はNを0.1%に固定してCを変化させた場合の(C+N)と残留オーステナイトの体積%(Vol%)をプロットしたものである。図中の三角印(△および▲)はCを0.16%に固定してNを変化させた場合の(C+N)と残留オーステナイトの体積%(Vol%)をプロットしたものである。図中の星印(☆および★)はCを0.2%に固定してNを変化させた場合の(C+N)と残留オーステナイトの体積%(Vol%)をプロットしたものである。図中の四角印(□および■)はCを0.4%に固定してNを変化させた場合の(C+N)と残留オーステナイトの体積%(Vol%)をプロットしたものである。尚、白抜きのプロット(○、△、☆、□)はサブゼロ処理がない場合で、塗りつぶしたプロット(●、▲、★、■)はドライアイスによるサブゼロ処理を行ったものである。
これも
図7の場合と同様に理解しやすいために、サブゼロ処理の有無によって、それぞれの白抜きのプロット(○、△、☆、□)および塗りつぶしのプロット(●、▲、★、■)に予測線を追記してある。これによれば(C+N)の増加によって、残留オーステナイトが単調増加してくることが理解できよう。サブゼロ処理がない場合には、およそ0.15%以上の(C+N)に対して残留オーステナイトが単調増加してくるが、サブゼロ処理を行うことによって、残留オーステナイトの発生を(C+N)として0.3%まで確実に抑えることができるとともに、(C+N)が0.4%でも残留オーステナイトの発生を抑制でき、硬度をHRcで58〜62とするとともに、残留オーステナイトによる弊害が少ないと考えられている10%以下の7%程度まで抑え込むことができている。
【0030】
次に錆の発生について、結晶の微細化と界面の関連について本発明における耐食性向上の考え方について説明する。マルテンサイト系ステンレス鋼において錆の発生は、旧オーステナイト結晶粒の粒界において、δフェライトが存在するとCr炭化物が粒界界面に析出してCr濃度を低下させCrの欠乏層が生じると容易に発錆することが知られている。
そこで、発錆の起点となる可能性が高い粒界の長さについて、
図9A、
図9Bにより説明する。
今、
図9A、
図9Bにおいては、マルテンサイト系ステンレス鋼における一辺の長さが単位長さLとする正方形の部分を仮定して考える。
図9Aにおいては結晶粒が小さくなっており、一辺の長さが単位長さLの1/6であるとする。
図9Bにおいては結晶粒が大きくなっており、一辺の長さが単位長さLの1/3であるとする。つまり結晶粒の一辺の大きさが倍・半分の関係とする。結晶粒の小さな
図9Aにおいて、縦方向の界面の長さは、単位長さLの6倍の6*Lの長さで、横方向も同様にして6*Lの長さとなる。従って、縦横の長さの和として12*Lが粒界の界面の長さとなる。
一方、結晶粒が大きな
図9Bについても同様にして求めると縦・横ともに3*Lとなる。よって、縦横の長さの和として6*Lが粒界の界面の長さとなり、界面の長さが半分となる。つまり結晶粒が大きな方が粒界の界面の長さが短くなる。
【0031】
今、旧オーステナイト結晶粒の粒界において発錆の起点となって発錆が進行するとして、発錆の起点となる確率が同程度と仮定すれば、結晶粒が大きい方が、発錆の確率を低下させることが可能であることが理解できる。平面において長さの簡易的な比較を行ったが、結晶粒は立体なので表面積の総和を比較する方がより現実的と考えられる。つまり相似比が2:1なので面積を比較すると相似比の2乗となり、発錆の確率として4倍程の差が出てくる可能性があると考えられる。従って、組織の微細化も特性改善に重要だが、錆びに関しては、発錆の起点が粒界にあると考えられるので、微細化は必ずしも良い方向とは考えられないと思われる。つまりCr炭化物を析出させないように基地内に固溶させておく制御が重要であると考えられる。
【0032】
次に、焼き入れ温度と組織の状態について説明を図面とともに説明する。
図10A〜
図10Eは本発明の第1の実施の形態に係る組焼き入れ温度と組織写真を示している。
図11A、Bは本発明の第1の実施の形態より低温(1020℃未満)で焼き入れした場合の組織写真、
図12は本発明の第1の実施の形態より高温(1150℃以上)で焼き入れした場合の組織写真を示している。
図10A〜
図10Eは焼き入れ温度1030℃から1140℃まで変化させて場合の組織の状態を光学顕微鏡で約400倍にて撮影したものである。
表面は#600番の研磨紙で研磨した後に、アルミナスラリーを用いて鏡面研磨してから塩化第二鉄+希硫酸の混酸によりエッチングしてある。表面研磨の方法やエッチング液については表面の観察状態により適宜変更することは可能である。
図10A〜
図10Eにおいては、何れもラスマルテンサイトの様態を示している。初期オーステナイトの結晶境界(オーステナイトのバウンダリー)の中にパケットの成長が良く認められる。ブロックについての成長は不十分のように見られる。更にパケットは
図10B〜
図10D(焼き入れ温度1050℃〜1080℃)の温度範囲で最も旧オーステナイト結晶粒が成長しているように見られる。成長した結晶粒径の大きさは写真からも分かるように30〜100μmとなっている。
【0033】
図11A、Bは本発明の第1の実施の形態より低温の1020℃未満で焼き入れした場合の組織写真である。
図11Aは約400倍にて撮影した光学顕微鏡の写真でパケットもブロックも成長してなく微細化が起こっている。結晶粒がブツブツしたいわゆるグラニュラでなくのっぺりした感じに見られる。
図11Bは
図11Aの電子顕微鏡写真で倍率は5,000倍と拡大してある。写真には1μm程の大きさの白い球状として見られるCr炭化物が未固溶で数多く認められる。
このCr炭化物によってパケットの成長が阻害されて微細な結晶粒となっていると考えられる。冷却時にピンニングされて微細化が進んだものと考えられる。
つまり、Crが旧オーステナイトの粒界内において析出することなく固溶されていれば、良く成長したパケットが認められるものと考えられる。旧オーステナイト結晶粒の大きさとしては、1020℃以下で焼き入れした場合には、30μm未満となっていることが写真より理解できる。
【0034】
図12は本発明の第1の実施の形態より高温の1150℃以上の高温で焼き入れした場合の組織写真である。
図12においては約400倍にて撮影した光学顕微鏡の写真で大きなδフェライトが認められる。δフェライトの存在は、界面でのCr炭化物を析出させることでCr濃度が低下して欠乏層を発生させるため、耐食性を下げてしまうことは、既に説明して通りである。
このように、本発明においては焼き入れ温度を適切な範囲とすることによって、Crを結晶粒内部に確実に固溶させることで、粒界においてCr炭化物の析出を抑えるとともに、δフェライトの発生を防止させている。焼き入れ温度を適切な範囲より低いと結晶粒径の大きさとしては、パケットが成長してなく分かりにくいが30μm未満であり、焼き入れ温度を適切な範囲より高いと特徴的に存在するδフェライトも20μm以下の大きさで、
図10A〜
図10Eに示される本発明の場合の結晶粒の状態とは明らかな差が見られる。
【0035】
さて次に、
図13により本発明のラスマルテンサイトについて説明する。
図13において、周囲の境界は初期のオーステナイトの結晶粒界で旧オーステナイト粒内にはパケットやブロックが観察される。ブロックとは、同じ結晶方位の集合体で、針状に見え、このブロックの集合体がパケットと呼ばれる。Nはブロックの幅にそれ程影響を与えないようだが、Cの増加につれてブロックの幅は細くなるようである。何れにせよ本発明において適切な焼き入れが行われた場合に特徴的な組織形態として出現することが確認されている。パケットサイズによって、靱性などの特性に影響を与えるが、本発明においては、マルテンサイト系ステンレス鋼による機構部品の適切な組成・適正な熱処理の判断に利用できるものと考える。
【0036】
図14は本発明の第1の実施の形態のマルテンサイト系ステンレス鋼の組成に対して適正焼き入れ温度範囲を示す模式図で、焼き入れ温度に対して、結晶粒径(パケットの成長)、Cr炭化物の発生、δフェライトの発生につい整理した模式図である。
図13において、旧オーステナイト結晶粒が成長することでパケットが良く成長して観察される。逆にパケットが成長し旧オーステナイト結晶粒径が30〜100μmとなった組織を呈する場合には焼き入れ温度が1030℃〜1140℃の適正な範囲で行われたと考えられる。
この焼き入れ温度範囲未満で焼き入れを行うと、前述のようにCr炭化物によって旧オーステナイト結晶粒の成長が抑制され微細化が進み、旧オーステナイト結晶粒のサイズが30μm未満となる。
同様にこの焼き入れ温度範囲より高い温度で焼き入れを行うと、δフェライトの発生が認められるとともに、パケットが成長してなく30μm未満となる。
従って、適切な温度範囲で焼き入れられたことと、パケットが成長して旧オーステナイト結晶粒径が30〜100μmとなることが表裏一体の関係となっていると考えられる。また、本発明において焼き入れ温度と結晶粒の成長については、先に示したようにパケットの成長がより進んでいる焼き入れ温度1050℃〜1080℃の温度範囲がより好ましい焼き入れ温度範囲であると考えられる。
【0037】
さて、次に耐食性について説明する。ステンレス鋼の耐食性については、孔食指数PI(Pitting Index=Cr+3.3Mo+16N)によって孔食電位との間に相関性があることが知られている。耐食性の高い代表的なステンレス鋼としては、オーステナイト系ステンレス鋼のSUS304が良く知られており、PI値としてはCr含有量により18.0〜20.0となっている。
マルテンサイト系ステンレス鋼においては、MoやNによる耐食性向上についても知られており、前述のPI値とよく符合する。PI値がおよそ18以上でSUS304程度の孔食電位を示すことも良く知られている。
しかしながら、δフェライトが存在すると、PI値が高くても耐食性(孔食電位)が著しく低下する。
従って、PI値をSUS304程度とすることに加えて、δフェライトが発生しないようにすることが肝要である。
本発明によれば適切な温度範囲で焼き入れ、サブゼロ処理を行うことでδフェライトの発生を抑えることができ、PI値に見合った孔食電圧が得られ、高い耐食性を確保することができる。
【0038】
次に、本発明におけるフローについて説明する。
図15は本発明の第1の実施の形態に係る機構部品の製造方法のフロー図である。
手順は1、2、3、4、4Aからなり、材料を準備する手順1、焼き入れに続きサブゼロ処理をする手順2、焼き戻しを行う手順3、研削または研磨により面粗さを向上させる手順4、表面に酸化被膜を形成して不動態化させる手順4Aにより構成されている。手順2、3をまとめて熱処理と呼ぶこととする。
また、カッコで囲んである手順4、4Aについては省略することも可能であることを示している。
まず手順1では本発明によるマルテンサイト系ステンレス鋼を準備する手順で、事前に所要の機構部品の形状を旋盤、フライス、マシニングなどの加工機により加工した部材を準備する。一般的に熱処理に伴って、反りや変形、表面の肌荒れ、汚れ(デント)などが発生するのでこれらを除去・修正するための研磨シロや研削シロなどを含んだ形状とする。
本発明では、焼入れによる反りや変形などが小さく、許容範囲で、必要とされる精度内に収まるため、このような研磨シロや研削シロなどの加工シロは、最小にすることが可能である。
【0039】
次に、手順2では前述のように所要の硬度が入り、有害なδフェライトの存在がないラスマルテンサイトとなるように、真空炉などで1030℃〜1140℃から焼き入れ行う。
この手順2によれば、機構部品に所要の硬さや金属組織を与えることができる。具体的には所要のラスマルテンサイトの組織を実現させることができる。焼き入れ温度において機構部品はオーステナイトの組織になっており、冷却に伴ってマルテンサイト変態を起こして高硬度のラスマルテンサイトの組織となる。
焼き入れの熱処理炉については特に指定しないが、一般的に用いられる真空炉で十分に焼き入れをすることが可能である。
冷却時には歪に基づく機構部品の反りや変形は、一般的に冷却時の温度の不均一に伴うマルテンサイトへの変態時間に差が生じるために発生することが知られている。従って、機構部品の質量・形状や熱処理炉の熱的な特性(熱容量、冷却能力)や投入数量(質量)などの条件を確認することも重要である。
【0040】
次に、焼き入れの手順に続いて、サブゼロ処理を行う。 焼き入れによるマルテンサイト変態は常温より高い温度で完了するが、(C+N)の量により残留オーステナイトが存在することがある。周知のように残留オーステナイトの存在はマルテンサイトの硬度を低下させるばかりでなく、経時的にマルテンサイトへの変態が進行する。オーステナイトとマルテンサイトでは結晶構造の違い(FCC/BCC)に起因する体積変化があるために機構部品としては寸法が変化したり、形状が歪んだりする。
このために残留オーステナイトは十分低減させることが望ましい。
残留オーステナイトはマルテンサイト変態開始点(Ms)の低下や冷却速度などにより変化するが、合金成分においてはC+Nの増加によっても引き起こされる。このために機構部品をより安定させるためにも、残留オーステナイトを低減することが有効であり、そのために焼き入れに続いてサブゼロ処理を行うことで、残留オーステナイトを確実に低減することができる。
このようにサブゼロ処理を行うことによって、(C+N)でおよそ0.28%程度まで残留オーステナイトの発生を抑えることができる。(C+N)が0.4%でも残留オーステナイトの発生を低減させる効果があり、硬さをHRcで58〜62とすることができる。また、残留オーステナイトによる弊害が少ないと考えられている10%以下の7%程度まで抑えられている。
【0041】
手順3では焼き入れにより高硬度のマルテンサイトとなった機構部品に所要の靱性を与え、歪を除去して安定化させる手順である。焼き戻し温度を高くすると硬度が低下してくる。焼き戻しには、硬さを優先して、靱性を付与するように200℃前後の比較的低温で行われる低温焼き戻しと、高い靱性を与えるために600℃前後で行われる高温焼き戻しがある。本発明においては、機構部品としてベアリングへの応用を視野に入れているので、硬度を優先し300℃以下の比較的低温の150℃で焼き戻しを行う。
より靱性を必要とする機構部品の場合には、600℃前後での高温の焼き戻しを行うことも可能であるが、その場合には硬度が低下するので、注意・検討が必要である。この手順3により、本発明の第1の実施の形態に係る機構部品の製造フローを終了させることができる。
【0042】
手順3の焼き戻しに続いて、手順4として機構部品の表面を研削や研磨を行うことにより面粗さを向上させる手順について説明する。
金属表面は粗面化すると表面積が増大することが知られており、例えば電解コンデンサのアルミ箔などでは表面を粗面化することで、投影面の3倍以上もの実表面積を増大して、静電容量を高くすることができる。逆に言えば、投影面積に対して実表面積は表面の面粗さを向上させることで低減させることができる。先述のように結晶粒径の微細化は発錆の起点となる粒界の長さ・面積を増大させる説明をしたが、この場合も同様に表面の面粗さを向上させることによって、実表面積の増大を防止でき、発錆の起点となる界面の面積を減少させることが可能となる。機構部品は既に手順3が終了しているので、熱処理が終了して硬度が高くなっている。従って、通常の切削工具などでは、加工が困難となっている。また、切削工具などの除去量の多い加工では、面粗さの向上があまり期待できない。そこで、砥石やスラリーなどによる研削や研磨をすることで、硬度の高い機構部の表面の面粗さを向上できる。なお研削や研磨以外にもバレル加工やバニッシュ加工や電解研磨などの硬度の高い表面の面粗さを向上させる加工方法を適宜用いることも可能である。
【0043】
続いて、手順4Aの表面に酸化被膜を形成する手順について説明する。手順3の焼き戻しに続いて、必要に応じて手順4を行うがその後に、手順4Aの表面に酸化被膜を形成する手順を行う。ステンレス鋼はCrの酸化被膜によって耐食性が高いことが知られているが、この酸化被膜をより積極的に構成してより高い耐食性を与える手順である。機構部品の表面を硬い酸化被膜で覆うことによって、表面を不動態化(パシベーション)させることである。Cr酸化膜は空気中で生成された場合には、5nm程度のごく薄い膜厚とされているが、酸化性の硝酸により強固な酸化被膜を構成させることが可能となる。この場合には、およそ2倍の10nm程度の厚さの酸化膜ができるとされている。
不動態化処理とは、例えば、5〜40%HNO
3溶液をベースに、必要に応じて、過酸化水素、過マンガン酸、クロム酸等の酸化剤を微量添加した溶液に、常温〜70℃で、製品を浸漬する処理である。
更には、硝酸で不動態化処理を行う手順に先んじて、表面を電解研磨することで耐食性をより向上させることができる。これは、手順4に記載されている界面の面積を減少させることに加えて、表面の尖った部が優先的に除去され、円滑な表面になるからと考えられる。
更には電解研磨により表層のFeが溶出するために、表面がCrリッチな組成となることによる。これにより表面ほど耐食性が高まるという組成となる。なお本発明のマルテンサイト系ステンレス鋼においては不動態被膜の機能強化を行う元素として知られるMoが含まれているので、Cr酸化膜の自己修復を助けることで耐食性を高めることも可能となっている。
【0044】
さて、耐食性の評価について
図16および
図17により説明する。
図16は本発明の第1の実施の形態に係る耐食試験としての塩水噴霧試験の結果の写真で、
図17は本発明の第1の実施の形態に係る耐食試験としてのCASS試験の結果写真である。評価対象としては、転がり軸受を用いている。軸受のリングとしては、本発明によるものと、転がり軸受で多用されているSUS440Cを用いて行ったものである。
【0045】
まず、塩水噴霧試験はJIS Z 2371(中性塩水噴霧試験)に準拠して行った。噴霧液としては塩化ナトリウムを濃度50+/−5g/Lを用いて、PH=6.5〜7.2、温度:35℃+/−2℃で噴霧量:1.5+/−0.5mL/Hにて実施した。50時間、100時間、250時間の外観の写真を示してある。本発明による軸受では250時間経過後においても発錆は確認されなかったが、SUS440Cの軸受においては、100時間で内外輪にべったりとした錆が認められる。250時間後には、軸受全体がしっかり錆びついているという状況となっており、本発明による高い防錆性が確認できる。
【0046】
続いて、CASS(Copper accelerated acetic Acid Salt Spray test)試験は、JIS Z 2371(キャス試験)準拠して行った。噴霧液としては塩化ナトリウムを濃度50+/−5g/Lと塩化銅(II) 0.205+/−0.015g/Lの混合液を用いて、PH=3.1〜3.3(酢酸酸性)、噴霧室内温度:50℃+/−2℃で噴霧量:1.5+/−0.5mL/Hにて実施した。50時間、100時間、250時間の外観の写真を示してある。CASS試験は塩水噴霧より厳しい試験であり、本発明による軸受では250時間経過後においてもリング部分には発錆は確認されなかった。
内外輪の間にあるオーステナイトステンレス製のSUS304製のシールド板に僅かな変色が認められた。これによれば、高い防錆性があるとされているSUS304より耐性性が高い試験結果が得られた。SUS440Cの軸受においては、50時間で内外輪にべったりとした錆が認められる。250時間後には、軸受全体が隙間なく錆びついて軸受自体の表面が認められない状況となっている。シールド板も、もらい錆びのようにしっかりと錆びが確認されている。これにより本発明によるリングでの高い防錆性が確認できる。
【0047】
さて、次に本発明のマルテンサイト系ステンレス鋼による転がり軸受の音響特性について
図18Aおよび
図18Bにより説明する。
図18Aおよび
図18Bはそれぞれ本発明と従来の比較例としてのSUS440Cによる転がり軸受で具体的にMR137(φ13×φ7×W4)およびMR148(φ14×φ8×W4)の各20個のアンデロン値を測定した度数分布を示している。詳細な説明は省略するが、グラフの右側には本発明による軸受、左側には従来例による軸受のデータが下から順にL、M、Hの各周波数バンドの測定値の度数で示している。何れの形式においても本発明による軸受の音響特性は従来品と比較して遜色なく、一部の帯域においては、従来品より静穏という結果となっている。
マルテンサイト系ステンレス鋼においては、音響特性を改善するために炭化物を微細化する改良が進められて来たが、本発明の成長した結晶粒においては、Cr、Cが良く固溶されているために音響的に良好な結果が得られたものと考えられる。
【0048】
(実施の形態2)
続いて、本発明における第2の実施の形態としてのストレートシャフトについて説明する。
シャフトは引抜により所要の径のバー材となっており、旋削によってφ4x60に仕上げてある。このシャフトは塩水の掛かる環境で使用される機構部品の例として図示しない部材を交換可能に固定する圧入ピンとして想定している。従って、発錆して取れなくなっては、部材を交換できないので、耐食性の高い圧入ピンであることが求められる。
そこで、本発明による手順4によりその表面の面粗さを向上させることによる耐食性向上の確認を行った。
【0049】
シャフトの条件は、
図15における手順においては手順1、手順2、手順3までは同じで、手順4の有無により2水準としており、手順4Aの表面に酸化被膜をつけることは行っていない。バー材は旋削加工して表面粗さがおよそRa=0.65程度に仕上げられている。手順4はセンタレス研磨により表面粗さをおよそRa=0.1として面粗さを向上されている。その他の条件は同としている。
試験方法は前述の塩水噴霧試験と同じ条件でJIS Z 2371に準拠しており、250時間経過後の写真を比較して示してある。右の旋削のみ(表面粗さを向上させていない)のシャフトでは、上部に僅かながら曇りのように点錆びの発生が認められる。一方左の表面粗さを向上しているシャフトでは発錆が認められない。このように、表面粗さを向上させることによって、耐食性が向上したものと考えられる。
これは、シャフトの表面の面粗さを向上させることによって、実表面積が低減でき、発錆の起点となる界面の面積を減少させることにより、耐食性が向上したものと考えられる。
【0050】
(実施の形態3)
次に本発明における第3の実施の形態として、表面に酸化被膜を付けるいわゆる不動態処理について軸受の耐食試験を
図20により説明する。
図20における軸受は本発明において、前述の手順4Aによる表面に酸化被膜を形成する手順の有無による差を、CASS試験の350時間での差を比較したものである。
その他の手順1、手順2、手順3、手順4については同様に実施している。
左の軸受はパシベーション(不動態処理)として酸化性の硝酸(HNO
3)をベースとして浸漬して行なっている。硝酸濃度や処理温度・時間などや処理液についても硝酸
−クロム酸や硝酸
−過マンガン酸などの混酸を用いることも適宜選択できる。本実験では12%HNO
3へ浸漬して表面のCr酸化膜によるパシベーションとした。
右のパシベーションなしの軸受において内輪内径部に僅かにクスミが認められる差となっている。左の軸受ではクスミも認められずに、きれいな表面となっている。パシベーションによる耐食性の差が認められるが、何れの軸受もCASSによる試験の結果から、耐食性はかなり良好と考えられる。
パシベーションを行った表面は酸化性の硝酸により、Feが溶出することで、Crリッチとなりより耐食性が向上したと考えられる。
【0051】
(実施の形態4)
次に、本発明における第4の実施の形態として、転がり軸受を用いた回転装置として釣り具におけるリールについて
図21により説明する。本実施の形態においては、いわゆるスピニングリールと呼ばれるものである。リール本体1は図示しないロッドなどと呼ばれる釣竿に装着されて使用される。ハンドル2をAの方向に回転させることによって、ロータ3が糸を巻き取るスプール4に対して回転する。ロータ3にはベール6と呼ばれる湾曲した棒状の部材と、ラインと呼ばれる図示しない道糸をガイドするラインローラ5が設けられており、ラインをスプール4に巻き取ることができる。このリールには図示しない内部に本発明の第3の実施の形態による転がり軸受が2個用いられている。更には、ラインローラ5には、本発明における第2の本実施の形態と同様の面粗さを向上させた機構部品を用いている。
この種のリールは、砂浜からの投げ釣りなどに多用されるため、塩水の掛かる環境下にさらされる。更には、ラインを巻き取る際にラインローラ5は、ラインに付着した砂により、あたかも研磨剤のように表面をアタックされる。これにより、ラインローラ5は塩水による化学的なアタックに加えて、砂により機械的にもアタックされる。本発明によれば、表面の硬度が高く耐食性が高いバルク材としてラインローラを構成できる。母材にメッキを施したラインローラではメッキが傷付く発錆しやすいので、耐食性が問題となる。チタンなどの耐食性が高い材料では高価で加工性が悪い。これらに比べて、本発明によれば、高硬度で耐食性の良いラインローラが安価に実現できる。耐食性がた高いので、メンテナンスも従来と比べて容易に行うことが可能となる。
【0052】
(実施の形態5)
次に、本発明における第5の実施の形態である、歯科用のハンドピースについて
図22A、
図22Bにより説明する。
図22Aは本実施の形態による回転装置としての歯科用ハンドピースの20の先端部分21を示している。先端部分21はストレートな把持部に続いて、口腔内に挿入されるテーパ部の先端にある。
【0053】
また、ハウジング22の軸心部には、本発明の第3の形態に示した転がり軸受23,23を介して、回転軸24が回転自在に支持されており、回転軸24の先端には砥石やドリルなどの加療用の工具25が着脱可能に装着されている。また、回転軸24には、タービン翼26が一体的に回転可能に固定して取り付けられている。このタービン翼26はハウジング22に設けられた気体供給部(導入路)27から供給される空気により高速回転するもので、その回転数は毎分30万回転以上に達する。
【0054】
回転軸24の安定した高速回転は、転がり軸受23,23の性能に大きく左右される。転がり軸受23の形式は特に限定されないが、ラジアル荷重とアキシアル荷重との両方を受けることができ、例えば開放形深溝玉軸受や開放形アンギュラ玉軸受等を代表的なものとしてあげることができる、尚、保持器が有るものと無いものとを使い分けることができ、両シールド付きの他、使用条件によっては片側シールド付きも用いられる。
【0055】
そして、本発明では内外輪を実施の形態1に示したマルテンサイト系ステンレス鋼製とする。また、転動体も同様に実施の形態1に示したマルテンサイト系ステンレス鋼製とすることもできるが、セラミックス製にすることが好ましく、特開平6−108117号公報に開示されている微小ボールの造粒法により製造したものが良い。造粒法による場合は、微小ボールの素材は、ブロック状のインゴットを粉砕し、篩分けした微小粒を球状化し、これを半焼結して篩分けされた一定範囲内のものを第一次素材とする。この第一次素材を核として、その周囲に、追加供給された原料粉末による付着層を形成する。次いでこの付着層が形成されたものを半焼結することにより成長粒とする。得られた成長粒を篩分けして一定範囲内に区分した後、焼結して微小ボール素材が得られる。
【0056】
転動体をセラミックス製のものにすることにより耐磨耗性や耐焼付性が向上し、潤滑剤の供給量が少なくなっても長時間運転が可能になる。また、セラミックス玉の比重はステンレス鋼球のそれより小さいので、より一層の高速回転が可能になり、その結果、歯科用ハンドピースによる歯の切削性能が増す。
【0057】
また、ハンドピースの発生する騒音対策の面でも、ステンレス玉の場合は軌道輪との金属同士の接触による音の発生が問題になるが、セラミックス玉の場合は異種材料の部材同士の接触であるから音が静かになる。
【0058】
保持器も特に限定はなく、冠形保持器の他、プレス保持器,もみ抜き保持器,成形保持器,ピン形保持器等のいずれでも良い。保持器の材質は、ステンレス鋼やセラミックス材料、樹脂組成物が可能である。
【0059】
ハンドピースは口腔内での出血などによるコンタミネーションなどがあるために使用後には滅菌処置がなされる。通常は高温・高圧による蒸気滅菌(オートクレーブ)が行われる。本実施の形態によれば、オートクレーブによる滅菌に耐えられる高耐食性の転がり軸受のためにハンドピースの長寿命化が可能となる。なお蒸気滅菌に加えて、次亜塩素酸ソーダなどによる、遊離塩素による滅菌に対しても高い耐食性を有するので利用することが可能である。
また、遊離塩素は浄水場における滅菌に用いられており、これらの設備に用いる部材などへの応用も可能である。
【0060】
なお、同様な腐食性の環境としては、蟻酸や反応性の高い中間生成物が含まれる燃料電池用のポンプや送風機などの補機やμ−TASなどに応用されるフルイディクス部材や流路部品などへの応用も可能である。
【0061】
さて、本発明において比較例として示したSUS440Cの400倍の組織写真を
図23に示す。
図23においては結晶粒が微細化されて、数μm以下となっており、ところどころに白く大きく見える粒はCrの炭窒化物で約5〜10μm程度となっている。
【0062】
以上のように本発明によれば、マルテンサイト系ステンレス鋼の中にCやNを良く固溶させることによって、結晶粒を成長させ、高硬度で高耐食性の機構部品を実現することが可能となる。実施の形態において開示した内容については、適宜変更は可能である。