(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
近年、エネルギ使用の効率化が進み、変圧器メーカなどを中心に、磁束密度が高く、かつ鉄損が低い電磁鋼板に対する需要が増してきている。
【0003】
磁束密度の向上に関しては、電磁鋼板の結晶方位をGoss方位へ集積させることにより達成することができる。
また、鉄損の低減に関しては、素材の高純度化、高配向性化、板厚低減化、SiおよびAlの添加並びに磁区細分化などの観点から、その対策が考えられてきた。しかしながら、一般に、磁束密度を高くすると、鉄損は劣化してしまうという傾向にある。というのは、結晶方位が揃うと静磁エネルギが下がるため、鋼板内の磁区幅が広がって、渦電流損が高くなるからである。
【0004】
この問題の解決策として、渦電流損の低減化が挙げられる。具体的には、鋼板表面に熱歪みを導入することによって磁区細分化を施す方法や、レーザや電子ビームを用いる方法などがあり、いずれも照射による鉄損の改善効果が極めて高いことが知られている。
【0005】
例えば、特許文献1には、電子ビーム照射によってW
17/50が0.8W/kgを下回る鉄損を有する電磁鋼板の製造方法が示されている。
また、特許文献2には、電磁鋼板にレーザ照射を施すことによって、鉄損を低減する方法が示されている。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を具体的に説明する。
本発明では、方向性電磁鋼板の幅端部からもう一方の幅端部まで、圧延方向に対して周期的、かつ直線状または曲線状に、また圧延方向に直角に分断するように、点列状に形成された磁区パターンを生じさせる歪み領域を導入する。このようにして生じた歪み領域を、以下、熱歪み導入線という。
本発明では、上記熱歪み導入線が、圧延方向に直角な方向(好適範囲は、直角な方向に対して±30度の範囲)に繰り返し導入され、所望の範囲に磁区細分化処理が施されるのである。
【0016】
本発明の歪み領域の導入には、局所的な急加熱が可能な、レーザ照射、電子ビーム照射、プラズマ炎照射といった熱・光・粒子線照射を用いることができるが、歪み領域の形状、サイズの制御性から、ビーム径を小さく制御できるレーザ、及び電子ビームが好ましい。
【0017】
レーザ照射や電子ビーム照射によって、鋼板の表面は急速に加熱されて熱膨張を生じるが、加熱時間が極めて短時間であるため、高温になる領域は局所に限定され、周辺の加熱されていない領域によって拘束されるために、当該熱歪みを受けた箇所は、大きな圧縮応力を受けて塑性歪みを生じる。
【0018】
この塑性歪みは、常温に冷却された後も残り、周辺に弾性応力場を形成する。ここで、
図1に、レーザや電子ビームが連続的に鋼板上を移動する場合の熱歪み導入線を模式的に示す。同図に示したように、熱歪み導入線は、塑性歪み領域と弾性歪み領域が帯状に形成される。一方、パルス的に熱歪みを導入した場合は、歪み領域の大きさによって、上記熱歪み導入線が、
図2、
図3、または
図4に示した形態を取る。
すなわち、レーザや電子ビームの照射条件によって、
図1〜4に示したような異なる歪み分布となる。
【0019】
ここに、鉄損という観点から見ると、上記
図1〜4は、磁区細分化による鉄損低減効果を同等にすることができる。すなわち、磁区細分化による鉄損低減効果が同等であっても、歪み分布が異なるものが存在することとなる。
【0020】
これら塑性歪み領域の範囲は、鋼板表面から測定したX線回折のデータを解析することよって求めることができる。すなわち、塑性歪み領域では不均一歪みにより、X線回折の半価幅が増加していることを利用して、半価幅が熱歪み導入箇所から十分に離れた点と比べて誤差の範囲よりも増加(概ね20%以上)している領域を塑性歪み領域とすることで、塑性歪み領域を定量化することができる。
【0021】
発明者らによる、各種の歪み分布を有した方向性電磁鋼板で作製した変圧器の特性を調査する試験の結果から、
図3および4に示したような、塑性歪み領域が断続的な分布で、しかも、図中に示した塑性歪み領域の長さ:dの大きさと、図中に示した塑性歪み領域の導入間隔:wの比d/wが特定の範囲にある場合に、鉄損低減と騒音抑制が両立できることが判明した。なお、パルス的に熱歪みを導入した場合であっても、塑性歪み領域が連続的に導入されている
図2の形態は、騒音抑制効果に乏しかった。
加えて、同様の歪み分布を有している場合であっても、レーザ照射より電子ビーム照射の方が、一層鋼板の低鉄損が得られることが併せて判明した。
【0022】
上記塑性歪み領域のそれぞれの長さ:dは、0.05mm以上、0.4mm以下とする。0.05mmよりも小さいと、十分な磁区細分化効果が得られず、鉄損低減効果が小さいからであり、一方、0.4mmよりも大きいと、ヒステリシス損の増大、あるいは変圧器での騒音増大を招くからである。
【0023】
また、本発明では、前記したように、塑性歪み領域が断続的な分布で導入されていることが重要である。その存在比は、塑性歪み領域の導入間隔:wの、熱歪み導入線1本当たりの合計をΣwとし、また塑性歪み領域の長さ:dの、熱歪み導入線1本当たりの合計をΣdとした時の比(Σd/Σw)で求めることができるが、その値を、0.2以上0.6以下とすることが肝要である。なお、百分率にすれば、20%以上、60%以下である。
上記存在比の限定理由であるが、(Σd/Σw)の百分率が20%よりも小さいと磁区細分化効果が得られず、鉄損低減効果が小さくなってしまうからであり、一方、上記百分率が60%よりも大きいと変圧器での騒音が増大するからである。なお、騒音抑制の観点から、上記百分率の好ましい範囲は40%以下である。
【0024】
さらに、本発明では、上記導入間隔と上記長さの個々の比d/wを、0.2以上0.6以下とすることが好ましい。というのは、個々の比が上記範囲を満足すると、前記した合計での場合よりも、さらに均一な磁区細分化が鋼板に対し付与されていることになるからである。なお、一般的なレーザ照射や電子ビーム照射の設備であれば、熱歪み導入線上の1箇所の塑性歪み領域の導入間隔:wおよびそれに対応する塑性歪み領域の長さ:d(
図3および4参照)を測定すれば、当該歪み導入線およびその後繰り返して形成された歪み導入領域(線)は、本発明において同じ効果を有するものと評価できる。
【0025】
ここに、塑性歪みを生じている領域の形態制御によって、変圧器での騒音を低減化できる理由は明確ではないが、発明者らは以下のように考えている。
上記問題は、前記長さ:dが0.4mmよりも大きい場合や、前記比(Σd/Σw)が0.6よりも大きい場合に、単板では、大きな磁気特性の劣化はみられないものの、変圧器に加工した場合には、騒音の増大が顕在化してしまうということである。
【0026】
ここに、単板と変圧器鉄心の違いを考えると、その違いは、鋼板が積層され、結束されていることにあり、特に、変圧器で騒音が劣化する条件のものは、結束のための締め付け力が大きいものである。その事実によれば、塑性歪み領域が過大な場合には、顕著な鋼板の幅方向の反りが生じることで、変圧器鉄心として結束、固定されて矯正された際に、鋼板に内部応力生じ、これが微細な磁区の生成と磁歪の増大とをもたらすから、騒音の増大が顕在化してしまうものと考えられる。
【0027】
なお、レーザ照射よりも電子ビーム照射の方が表面に同等の大きさの塑性歪み領域を形成した場合でも変圧器鉄損をより低減することができる。
これは、光であるレーザでは鋼板の表面のみを加熱するのに対して、電子ビームは鋼板内に入って加熱するため、レーザよりも深い領域にまで塑性歪み領域、および弾性歪み領域を形成するためと考えられる。
【0028】
本発明の方向性電磁鋼板は、鉄損を低減するために、圧延方向(L方向)に磁化容易軸を持ち(110)[001]方位の結晶粒で構成された集合組織鋼板であることが望ましい。しかし、実際に工業的に製造し得る方向性電磁鋼板における磁化容易軸は、圧延方向と完全に平行ではなく、圧延方向に対してずれ角度が存在する。また、方向性電磁鋼板の磁区細分化により鉄損を低減するためには、鋼板の磁化方向、つまり、磁化容易軸に対して直角方向に、連続的または所定間隔で鋼板表面に引張残留応力および塑性歪からなる歪領域を形成するのが有効であると考えられる。
【0029】
磁区細分化処理を施す方向性電磁鋼板は、二次再結晶の方位集積が高い方がより小さくなることが知られている。方位集積の目安としてB
8(800 A/mで磁化した際の磁束密度)がよく用いられるが、本発明に用いる方向性電磁鋼板は好ましくはB
8が1.88T以上、より好ましくは1.92T以上のものが好適である。
【0030】
さらに、電磁鋼板の表面には、張力コーティングが施されていることが好ましい。従来公知の張力コーティングで構わないが、リン酸アルミニウムやリン酸マグネシウム等のリン酸塩とシリカを主成分とするガラス質の張力コーティングであることが好ましい。
【0031】
前記した熱歪み導入線は、鋼板の幅方向(圧延方向と直交する方向)に線状に形成され、圧延方向には2mm以上、10mm以下の間隔で繰り返して形成することが好ましい。2mm未満では、鉄損の増加と変圧器騒音の増大が生じ易くなり、10mmよりも大きいと磁区細分化による鉄損低減効果が乏しいためである。
【0032】
塑性歪みを導入する装置としては、レーザ照射の場合、Qスイッチパルスや、ノーマルパルスを発振するレーザ発振器、または連続発振のスイッチングやチョッパーによる断続化を利用することができる。電子ビーム照射の場合は、ビーム電流をオン・オフするか、強弱の変調をかけて連続的に移動させるか、連続的に発生する電子ビームを移動・停止、または高速移動・低速移動を繰り返して幅方向に走査することで断続的な塑性歪み領域を形成することができる。
【0033】
本発明に用いる方向性電磁鋼板用スラブの成分組成は、特に制限はなく、二次再結晶が生じる成分組成であればよい。
また、インヒビターを利用する場合、例えばAlN系インヒビターを利用する場合であればAlおよびNを、またMnS・MnSe系インヒビターを利用する場合であればMnとSeおよび/またはSを適量含有させればよい。勿論、両インヒビターを併用してもよい。この場合におけるAl、N、SおよびSeの好適含有量はそれぞれ、Al:0.01〜0.065質量%、N:0.005〜0.012質量%、S:0.005〜0.03質量%、Se:0.005〜0.03質量%である。
【0034】
さらに、本発明は、Al、N、SおよびSeの含有量を制限した、インヒビターを使用しない方向性電磁鋼仮にも適用することができる。
この場合には、Al、N、SおよびSe量はそれぞれ、Al:100質量ppm以下、N:50質量ppm以下、S:50質量ppm以下、Se:50質量ppm以下に抑制することが好ましい。
【0035】
加えて、本発明の方向性電磁鋼板用スラブの基本成分および任意添加成分について具体的に述べると次のとおりである。
C:0.08質量%以下
Cは、熱延板組織の改善のために添加をするが、0.08質量%を超えると製造工程中に磁気時効の起こらない50質量ppm以下までCを低減することが困難になるため、0.08質量%以下とすることが好ましい。なお、下限に関しては、Cを含まない素材でも二次再結晶が可能であるので特に設ける必要はない。
【0036】
Si:2.0〜8.0質量%
Siは、鋼の電気抵抗を高め、鉄損を改善するのに有効な元素であるが、含有量が2.0質量%に満たないと十分な鉄損低減効果が達成できない、一方、8.0質量%を超えると加工性が著しく低下し、また磁束密度も低下するため、Si量は2.0〜8.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0037】
Mn:0.005〜1.0質量%
Mnは、熱間加工性を良好にする上で必要な元素であるが、含有量が0.005質量%未満ではその添加効果に乏しく、一方1.0質量%を超えると製品板の磁束密度が低下するため、Mn量は0.005〜1.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0038】
また上記の基本成分以外に、磁気特性改善成分として、次に述べる元素を適宜含有させることができる。
Ni:0.03〜1.50質量%、Sn:0.01〜1.50質量%、Sb:0.005〜1.50質量%、Cu:0.03〜3.0質量%、P:0.03〜0.50質量%およびMo:0.005〜0.10質量%のうちから選んだ少なくとも1種
Niは、熱延板組織を改善して磁気特性を向上させるために有用な元素である。しかしながら、含有量が0.03質量%未満では磁気特性の向上効果が小さく、一方1.50質量%を超えると二次再結晶が不安定になり磁気特性が劣化する。そのため、Ni量は0.03〜1.50質量%の範囲とするのが好ましい。
【0039】
また、Sn、Sb、Cu、PおよびMoはそれぞれ磁気特性の向上に有用な元素であるが、いずれも上記した各成分の下限に満たないと、磁気特性の向上効果が小さく、一方、上記した各成分の上限量を超えると、二次再結晶粒の発達が阻害されるため、それぞれ上記の範囲で含有させることが好ましい。
なお、上記成分以外の残部は、製造工程において混入する不可避的不純物およびFeである。
【0040】
次いで、上記した成分組成を有するスラブは、常法に従い加熱して熱間圧延に供するが、鋳造後、加熱せずに直ちに熱間圧延してもよい。薄鋳片の場合には熱間圧延しても良いし、熱間圧延を省略してそのまま以後の工程に進んでもよい。
さらに、必要に応じて熱延板焼鈍を施す。この時、ゴス組織を製品板において高度に発達させるためには、熱延板焼鈍温度として800〜1100℃の範囲が好適である。熱延板焼鈍温度が800℃未満であると、熱間圧延でのバンド組織が残留し、整粒した一次再結晶組織を実現することが困難になり、二次再結晶の発達が阻害される。一方、熱延板焼鈍温度が1100℃を超えると、熱延板焼鈍後の粒径が粗大化しすぎるために、整粒した一次再結晶組織の実現が極めて困難となる。
【0041】
熱延板焼鈍後は、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施した後、再結晶焼鈍を行い、焼鈍分離剤を塗布する。焼鈍分離剤を塗布した後に、二次再結晶およびフォルステライト被膜の形成を目的として最終仕上げ焼鈍を施す。
【0042】
最終仕上げ焼鈍後、平坦化焼鈍を行って鋼板の形状を矯正することが有効である。なお、鋼板を積層して使用する場合には、鉄損を改善する目的で、平坦化焼鈍前または後に、鋼板表面に張力コーティングを施すことが有効である。
【0043】
なお、本発明において、上述した工程や製造条件以外については、従来公知の方向性電磁鋼板の製造方法を適宜使用することができる。
また、鋼板表面にフォルステライト被膜を形成せずに平滑化することでヒステリシス損を低減する技術を適用した方向性電磁鋼板も使用することが出来る。
【実施例】
【0044】
〔実施例1〕
板厚が0.23mm、圧延方向の磁束密度B
8が1.94Tで、地鉄の表面に、フォルステライトを主成分とする被膜およびその上に無機物の処理液を焼き付けた被膜(シリカ・リン酸塩系コーティング)の2層の被膜を有する方向性電磁鋼板のコイルを用意した。
まず、このコイルから幅:100mm、長さ:400mmの単板試料を切り出し、Qスイッチパルス発振ファイバーレーザを照射して磁区細分化処理を行った。デフォーカスによりレーザのビーム径を0.05〜0.6mmの範囲で変化させ、幅方向の繰り返し間隔を0.1〜1.2mmとして、鉄損が最も低減される出力を探索した。
【0045】
ここで、塑性歪み領域の幅は、ビーム径を大きくし、面積の増大に応じて十分な熱歪みが導入されるに足るようにビーム出力を増大させることで大きくした。さらにビームを当てる1点での保持時間を増減することで、弾性歪み領域の大小をコントロールした。
また、歪み領域の圧延方向の繰り返し間隔を4.5mmとした。
歪み領域における塑性歪み領域の幅方向の分布は、CrのKα線を用いたX回折により、α-Feの{112}面の回折ピークの半価幅を測定することで求めた。半価幅がビーム照射位置から圧延方向に2mm離れた位置に比べて20%以上増大している領域を塑性歪み領域とした。
【0046】
次に、この調査で得られた最適なビーム出力として、コイルの全幅にレーザ照射を施すことで、鉄心材料となるコイルを製造し、さらに、このコイルを鉄心材料として変圧器を作製した。鉄心は、脚幅:150mm、重量:900kgの3相3脚積み鉄心で、変圧器の容量は1000kVA、油入変圧器である。
【0047】
50Hzで鉄心の磁束密度を1.7Tに励磁して無負荷損を測定し、鉄損の値とした。また、
図5に示すように、変圧器の前後、左右で、変圧器外面から30cmの位置で騒音を測定し、平均値を求めた。
【0048】
【表1】
【0049】
同表より、本発明の範囲にある条件では、鉄損:630W以下、変圧器騒音:53dB以下という優れた特性が得られた。
【0050】
〔実施例2〕
実施例1と同じ方向性電磁鋼板のコイルに電子ビームを照射して磁区細分化を行った。
電子ビームは、加速電圧:60kV、ビーム径:0.25mmとし、1箇所に10ms停止させた後、繰り返し間隔を0.34mmおよび0.5mmとして次の照射点に移動させ、その他は、表2に記載する条件で照射した。さらに、塑性歪み領域の幅が0.2mmになり、かつ鉄損が最小となる条件を探索し、これを実施例1と同じように変圧器鉄心を作製し、鉄損および騒音を測定した。
【0051】
【表2】
【0052】
実施例1のレーザ照射と比較すると、表2に示したように、電子ビームを照射したものの方が、鉄損値で22W以上小さい結果となった。