特許第6007928号(P6007928)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6007928粉末冶金用混合粉およびその製造方法ならびに鉄基粉末製焼結体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6007928
(24)【登録日】2016年9月23日
(45)【発行日】2016年10月19日
(54)【発明の名称】粉末冶金用混合粉およびその製造方法ならびに鉄基粉末製焼結体
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/00 20060101AFI20161006BHJP
   C22C 33/02 20060101ALI20161006BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20161006BHJP
【FI】
   B22F1/00 V
   C22C33/02 103A
   !C22C38/00 304
【請求項の数】9
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-32167(P2014-32167)
(22)【出願日】2014年2月21日
(65)【公開番号】特開2015-157974(P2015-157974A)
(43)【公開日】2015年9月3日
【審査請求日】2015年9月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】主代 晃一
(72)【発明者】
【氏名】前谷 敏夫
(72)【発明者】
【氏名】尾野 友重
(72)【発明者】
【氏名】尾▲崎▼ 由紀子
【審査官】 田中 永一
(56)【参考文献】
【文献】 特開平01−255604(JP,A)
【文献】 特開2009−035796(JP,A)
【文献】 特開平03−162502(JP,A)
【文献】 特開2012−144801(JP,A)
【文献】 特開2014−025109(JP,A)
【文献】 特開2010−053388(JP,A)
【文献】 特開平01−255603(JP,A)
【文献】 特開昭64−079302(JP,A)
【文献】 特開2001−214240(JP,A)
【文献】 特開2015−157973(JP,A)
【文献】 特許第5585749(JP,B1)
【文献】 特許第5904234(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00 − 7/08
C22C 38/00 − 38/60
C22C 33/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄基粉末、合金用粉末、切削性改善用粉末および潤滑剤を混合してなる粉末冶金用混合粉であって、
上記切削性改善用粉末が、カオリン粉末、マイカ粉末、アルカリ金属の硫酸塩粉末およびアルカリ土類金属の硫酸塩粉末のうちから選んだ少なくとも1種と、融点が1100℃以下である酸化物の粉末とを含み、該切削性改善用粉末の配合量が、上記鉄基粉末、上記合金用粉末および該切削性改善用粉末の合計量に対する質量%で、0.01〜1.0%の範囲である粉末冶金用混合粉。
【請求項2】
前記切削性改善用粉末の配合量に対し、融点が1100℃以下である酸化物の粉末の配合量が10〜80質量%の範囲である請求項1に記載の粉末冶金用混合粉。
【請求項3】
前記融点が1100℃以下である酸化物粉末中の金属成分が、B、Na、Li、K、Mn、Mg、Ca、BaおよびSiのうちから選んだ少なくとも1種である請求項1または2に記載の粉末冶金用混合粉。
【請求項4】
前記アルカリ金属の硫酸塩粉末の、アルカリ金属がLi、NaおよびKのうちから選んだ少なくとも1種であって、前記アルカリ土類金属の硫酸塩粉末の、アルカリ土類金属がMg、Ca、SrおよびBaのうちから選んだ少なくとも1種である請求項1乃至3のいずれか1項に記載の粉末冶金用混合粉。
【請求項5】
鉄基粉末、合金用粉末、切削性改善用粉末および潤滑剤を配合したのち、混合して混合粉とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の粉末冶金用混合粉の製造方法であって、 上記切削性改善用粉末が、カオリン粉末、マイカ粉末、アルカリ金属の硫酸塩粉末およびアルカリ土類金属の硫酸塩粉末のうちから選んだ少なくとも1種と、融点が1100℃以下である酸化物の粉末とを含むものとし、 上記切削性改善用粉末の配合量を、上記鉄基粉末、上記合金用粉末および該切削性改善用粉末の合計量に対する質量%で、0.01〜1.0%とし、
さらに、上記混合を、
鉄基粉末と合金用粉末に対し、切削性改善用粉末の一部または全部と潤滑剤の一部とを添加して加熱し、該潤滑剤のうち少なくとも1種を溶融させつつ混合したのち、冷却して固化させる一次混合と、
上記切削性改善用粉末および潤滑剤の残り粉末を添加して混合する二次混合とにより行う
粉末冶金用混合粉の製造方法。
【請求項6】
前記切削性改善用粉末の配合量に対し、融点が1100℃以下である酸化物の粉末の含有量を10〜80質量%の範囲とする請求項5に記載の粉末冶金用混合粉の製造方法。
【請求項7】
前記融点が1100℃以下である酸化物粉末中の金属成分を、B、Na、Li、K、Mn、Mg、Ca、Ba、Siのうちから選んだ少なくとも1種とする請求項5または6に記載の粉末冶金用混合粉の製造方法。
【請求項8】
前記アルカリ土類金属の硫酸塩粉末の、アルカリ土類金属をMg、Ca、SrおよびBaのうちから選んだ少なくとも1種とする請求項5乃至7のいずれか1項に記載の粉末冶金用混合粉の製造方法。
【請求項9】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の粉末冶金用混合粉を用いた鉄基粉末製焼結体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車焼結部品用などに好適な、鉄基粉末、合金用粉末、切削性改善用粉末および潤滑剤を混合した粉末冶金用混合粉とその製造方法、ならびに、この混合粉を成形、焼結して得られる鉄基粉末製焼結体に関するものであって、特に、鉄基粉末製焼結体の切削性改善を図ろうとするものである。
【背景技術】
【0002】
粉末冶金技術の進歩によって、高寸法精度で複雑な形状の部品をニアネット形状に製造することができるようになったため、粉末冶金技術を利用した製品が各種分野で利用されている。粉末冶金技術は、粉末を所望形状の金型に充填、成形した後、焼結を行うことから、形状の自由度が高いことが特徴となっている。そのため、形状が複雑な歯車等の機械部品に適用する事例が多い。
【0003】
また、鉄系粉末冶金の分野では、鉄基粉末(金属粉末)に、銅粉、黒鉛粉などの合金用粉末と、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸リチウム等の潤滑剤とを混合した鉄基混合粉を、所定形状の金型に充填したのち加圧成形して成形体とし、ついで、焼結処理を施して焼結部品を得ている。このようにして得られた焼結部品は、一般的に寸法精度が良いとされるが、近年では、極めて厳しい寸法精度が要求される場合があり、焼結した後に、さらに切削加工を施す必要が増えてきている。そして、この切削加工においては、旋盤による旋削や、ドリルによる穴あけなどの精密加工が、種々の切削速度で行われている。
【0004】
しかし、上記焼結部品は、空孔の含有比率が高く、溶解法による金属材料にくらべると、切削抵抗が高くなる傾向にある。そのため、従来から、焼結体の切削性を向上させる目的で、鉄基混合粉に、Pb、Se、Te等を、粉末で添加したり、鉄粉や鉄基粉末に合金化して添加したりすることが行なわれてきた。
ところが、Pbは融点が330℃と低いため、焼結過程で溶融するものの、鉄中には固溶しないので、基地中に均一分散させることが難しいという問題があった。また、SeやTeは、焼結体を脆化させるため、焼結体の機械的特性の劣化が著しいという問題があった。
【0005】
さらに、上述した空孔は、熱伝導性が悪いために、焼結体を加工すると加工時の摩擦熱が蓄積されて、工具の表面温度が上がりやすくなる。そのため、切削工具が損耗し易くなって短寿命となる結果、切削加工費が増大して、焼結部品の製造コストの上昇を招くという問題もあった。
【0006】
これらの問題に対し、例えば、特許文献1には、鉄粉に、10μm以下の微細な硫化マンガン粉末を重量%で0.05〜5%混合した焼結物体製造用鉄粉混合物が記載されている。
特許文献1に記載された技術によれば、大きな寸法変化および強度劣化を伴うことなく、焼結材の被削性(切削性)を改善できるとされている。
【0007】
特許文献2には、鉄基粉末に珪酸アルカリを添加する鉄基焼結体の製造方法が記載されている。
特許文献2に記載された技術によれば、珪酸アルカリを0.1〜1.0重量%添加することにより、大きな寸法変化および強度劣化を伴うことなく、快削性を改善できるとされている。
【0008】
特許文献3には、鉄粉を主体とし、アノールサイト相および/またはゲーレナイト相を有する平均粒径50μm以下のCaO−AlO−SiO2系複合酸化物の粉末(セラミックス粉末)を0.02〜0.3重量%含有する粉末冶金用鉄系混合粉末が記載されている。
特許文献3に記載された技術によれば、切削時に加工面に露出したセラミックス粉末が工具表面に付着して工具保護膜(ベラーク層)を形成し、工具の材質劣化を防止して切削性を改善することができるとされている。
【0009】
特許文献4には、鉄基粉末と、合金用粉末と、切削性改善用粉末として硫化マンガン粉とリン酸カルシウム粉および/またはヒドロキシアパタイト粉に加えて、潤滑剤を混合してなる鉄基混合粉が記載されている。ここで、硫化マンガンは切り屑の微細化に有効に作用する一方、リン酸カルシウム粉およびヒドロキシアパタイト粉は、切削時に工具の表面に付着してベラーク層を形成し、工具表面の変質を防止または抑制する効果があると記載されている。
すなわち、特許文献4に記載された技術によれば、焼結体の機械的特性の劣化を伴うこともなく、切削性を向上できるとされている。
【0010】
また、特許文献5によれば、鉄または鉄基合金に、硫酸バリウムあるいは硫化バリウムを単独あるいは合計で0.3〜3.0重量%添加することにより、切削抵抗を低下することができるので、機械加工性を向上させることができると記載されている。
【0011】
さらに、特許文献6によれば、800℃における粘性が105(poise)以下である複合酸化物を、混合粉末全質量に対し0.05〜1.5質量%の範囲で含有することによって、特許文献6に記載の鉄粉焼結体は、その切削中に、この複合酸化物が溶融して鉄粉界面が滑らかになることで、鉄粉焼結体の切り屑内のせん断変形力が低減して工具摩耗が抑制される、と記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開昭61−147801号公報
【特許文献2】特開昭60−145353号公報
【特許文献3】特開平9−279204号公報
【特許文献4】特開2006−89829号公報
【特許文献5】特公昭46−39564号公報
【特許文献6】特開2009−35796号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、特許文献1および4に記載された技術では、硫化マンガン(MnS)粉を含むため、焼結体外観の悪化の原因となるとともに、焼結体中に残留したSあるいはMnSは、焼結部品の発錆を促進し、その耐食性を低下させるという問題がある。
さらに、MnSは、切削速度が100m/min以下という低速域での切削性改善には優れているものの、200m/min程度の高速切削では、切削性改善効果が小さいという課題がある。
【0014】
また、特許文献2に記載された技術では、切り屑が微細化しないために、ドリル切削の場合は、切り屑の排除性が悪く、ドリルの切削性にはいまだ問題を残している。
【0015】
さらに、特許文献3に記載された技術では、粉体特性、焼結体特性の低下を防止するために、セラミックス粉末中の不純物を少なくし、かつその粒度を調整した粉末とする必要があって、材料コストが高騰するという問題がある。また、特許文献3に記載された技術では、高速での切削性改善には優れるものの、低速での切削では切削性改善効果が小さいという課題がある。
【0016】
加えて、特許文献3および4に記載されたベラーク層形成による切削性改善は、旋削加工では切削動力低減に有効であるものの、切り屑が微細化しないために、ドリル切削の場合は、やはり、切り屑の排除性が悪く、ドリルの切削性にはいまだ問題を残している。
【0017】
他方、特許文献5に記載された技術では、MnSを用いた技術と同様に、200m/min程度の高速切削における切削性改善効果が小さい、という課題がある。
【0018】
また、特許文献6に記載された技術では、融点の低い酸化物または化合物のみを含む場合を考えると、焼結体の切削時の発熱が大きく、焼結体の融点との差が顕著な高温状態なった場合、溶融物の粘度が下がりすぎて、工具と焼結体との潤滑効果が無くなってしまうという課題がある。
【0019】
本発明は、上記した従来技術の問題や課題を有利に解決し、優れた切削性、詳しくは、優れた旋盤切削性(以下、旋削性ともいう)および優れたドリル切削性を兼備した焼結体を得ることが可能な、粉末冶金用混合粉およびその製造方法を提供することを目的とする。また、本発明では、その粉末冶金用混合粉を用いる、優れた旋削性およびドリル加工性を兼備する切削性に優れた鉄基粉末製焼結体を併せて提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
発明者らは、上記した目的を達成するために、焼結体の切削性に及ぼす各種要因、とくに添加材の影響について鋭意考究した。その結果、混合粉中に、鉄基粉末や、合金用粉末、潤滑剤と共に加える切削性改善用粉末(添加材)として、焼結処理により生成した融液相に酸化物または化合物を反応させることによって、多様な切削条件において優れた快削性を発揮することができるようになり、旋盤での切削性(旋削性)とドリルによる切削性(ドリル切削性)とが同時に向上し、焼結体の切削性が改善できることを知見した。
【0021】
この改善機構について、現在までのところ明確になっているわけではないが、融液相と比較的硬質な酸化物または比較的軟質な硫酸塩の反応においては、混合物粒子の集合状態に応じた焼結反応によって、種々の融点や硬度を持った多種の酸化物と硫酸塩の固溶体が生成され、幅広い溶融温度範囲と硬度とを併せ持つことになるため、焼結体の切削条件に寄らず、快削性を示すことになるのではないかと考えている。
【0022】
例えば、融点の低い酸化物または化合物のみを含む場合、焼結体の切削時の発熱が大きくなって融点との差が顕著な高温での切削状態になると、溶融物の粘度が下がりすぎて、工具と焼結体との潤滑効果が低下する傾向が認められた。
また、融点の高い酸化物または化合物のみを含む場合、焼結体の切削時の発熱が小さく融点との差が顕著な低温での切削状態になると、酸化物または化合物は溶融せずに、工具と焼結体との潤滑効果は生じない。
【0023】
特に、アルカリ金属の硫酸塩およびアルカリ土類金属の硫酸塩は、融点が1000℃以下の酸化物と併用することで、優れたドリル切削性を発現することが分かった。
【0024】
以上得られた知見から、発明者らは、焼結処理により低温で液相を生成する酸化物または化合物と他の酸化物または化合物を、適宜組み合わせて併用することにより、前述した旋削性およびドリル切削性という異なる特性が要求される2つの切削性が同時に向上することを究明した。
【0025】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.鉄基粉末、合金用粉末、切削性改善用粉末および潤滑剤を混合してなる粉末冶金用混合粉であって、
上記切削性改善用粉末が、エンスタタイト粉末、タルク粉末、カオリン粉末、マイカ粉末、酸化マグネシウム(MgO)粉末、シリカ(SiO)と酸化マグネシウム(MgO)との混合粉末、アルカリ金属の硫酸塩粉末およびアルカリ土類金属の硫酸塩粉末のうちから選んだ少なくとも1種と、融点が1100℃以下である酸化物の粉末とを含み、該切削性改善用粉末の配合量が、上記鉄基粉末、上記合金用粉末および該切削性改善用粉末の合計量に対する質量%で、0.01〜1.0%の範囲である粉末冶金用混合粉。
【0026】
2.前記切削性改善用粉末の配合量に対し、融点が1100℃以下である酸化物の粉末の配合量が10〜80質量%の範囲である前記1に記載の粉末冶金用混合粉。
【0027】
3.前記融点が1100℃以下である酸化物粉末中の金属成分が、B、Na、Li、K、Mn、Mg、Ca、BaおよびSiのうちから選んだ少なくとも1種である前記1または2に記載の粉末冶金用混合粉。
【0028】
4.前記アルカリ金属の硫酸塩粉末の、アルカリ金属がLi、NaおよびKのうちから選んだ少なくとも1種であって、前記アルカリ土類金属の硫酸塩粉末の、アルカリ土類金属がMg、Ca、SrおよびBaのうちから選んだ少なくとも1種である前記1乃至3のいずれか1項に記載の粉末冶金用混合粉。
【0029】
5.鉄基粉末、合金用粉末、切削性改善用粉末および潤滑剤を配合したのち、混合して混合粉とする前記1乃至4のいずれか1項に記載の粉末冶金用混合粉の製造方法であって、
上記切削性改善用粉末が、エンスタタイト粉末、タルク粉末、カオリン粉末、マイカ粉末、酸化マグネシウム(MgO)粉末、シリカ(SiO)と酸化マグネシウム(MgO)との混合粉末、アルカリ金属の硫酸塩粉末およびアルカリ土類金属の硫酸塩粉末のうちから選んだ少なくとも1種と、融点が1100℃以下である酸化物の粉末とを含むものとし、
上記切削性改善用粉末の配合量を、上記鉄基粉末、上記合金用粉末および該切削性改善用粉末の合計量に対する質量%で、0.01〜1.0%とし、
さらに、上記混合を、
鉄基粉末と合金用粉末に対し、切削性改善用粉末の一部または全部と潤滑剤の一部とを添加して加熱し、該潤滑剤のうち少なくとも1種を溶融させつつ混合したのち、冷却して固化させる一次混合と、
上記切削性改善用粉末および潤滑剤の残り粉末を添加して混合する二次混合と
により行う
粉末冶金用混合粉の製造方法。
【0030】
6.前記切削性改善用粉末の配合量に対し、融点が1100℃以下である酸化物の粉末の含有量を10〜80質量%の範囲とする前記5に記載の粉末冶金用混合粉の製造方法。
【0031】
7.前記融点が1100℃以下である酸化物粉末中の金属成分を、B、Na、Li、K、Mn、Mg、Ca、Ba、Siのうちから選んだ少なくとも1種とする前記5または6に記載の粉末冶金用混合粉の製造方法。
【0032】
8.前記アルカリ土類金属の硫酸塩粉末の、アルカリ土類金属をMg、Ca、SrおよびBaのうちから選んだ少なくとも1種とする前記5乃至7のいずれか1項に記載の粉末冶金用混合粉の製造方法。
【0033】
9.前記1乃至4のいずれか1項に記載の粉末冶金用混合粉を用いた鉄基粉末製焼結体。
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、優れた旋削性と、優れたドリル切削性とを兼備する、切削性に優れた焼結体を安価に製造できるので、金属焼結部品の製造コストを顕著に低減するという、産業上格段有利な効果を有する。特に、低速から高速までの広範囲の切削条件で切削が可能なため、ドリルのように中心部と周端部とでその切削速度が大きく変わる加工にその効果を顕著に発揮する。
また、本発明によれば、成形時には、圧粉密度の低下や、抜出力の増大を招くことなく成形できるという効果もある。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明を具体的に説明する。
まず、本発明の粉末冶金用混合粉について説明する。
本発明の粉末冶金用混合粉(または、単に、混合粉という)は、鉄基粉末、合金用粉末、切削性改善用粉末および潤滑剤を混合してなる混合粉である。
【0036】
本発明に用いる鉄基粉末としては、アトマイズ鉄粉および還元鉄粉などの純鉄粉、合金元素を予め合金化した予合金鋼粉(完全合金化鋼粉)、あるいは鉄粉に合金元素が部分拡散し合金化された部分拡散合金化鋼粉、あるいは予合金化鋼粉(完全合金化鋼粉)にさらに合金元素を部分拡散させたハイブリッド鋼粉など、の鉄基粉末がいずれも適用できる。また、鉄基粉末としては、上記した鉄基粉末に加えてさらに合金用粉末、および潤滑剤を混合した鉄基粉末混合粉を用いてもよい。
【0037】
他方、本発明に用いる合金用粉末としては、黒鉛粉末や、Cu(銅粉末)粉、Mo粉、Ni粉などの非鉄金属粉末、また亜酸化銅粉末などが例示され、所望の焼結体特性に応じて選択して混合する。これらの合金用粉末を、鉄基粉末に混合させることによって焼結体の強度を上昇させることができ、所望の焼結部品強度を確保できる。なお、合金用粉末の配合量は、所望の焼結体強度に応じて、金属粉末、合金用粉末および切削性改善用粉末の合計量に対する質量%で、0.1〜10%の範囲が好ましい。合金用粉末の配合量が、0.1質量%未満では、所望の焼結体強度を確保できなくなる一方で、10質量%を超えて添加すると、焼結体の寸法精度が低下するからである。
【0038】
また、本発明では、切削性改善用粉末として、エンスタタイト粉末、タルク粉末、カオリン粉末、マイカ粉末、酸化マグネシウム(MgO)粉末、シリカ(SiO)と酸化マグネシウム(MgO)との混合粉末、アルカリ金属の硫酸塩粉末およびアルカリ土類金属の硫酸塩粉末のうちから選んだ少なくとも1種の粉末と、融点が1100℃以下である酸化物の粉末を併せて用いるところに特徴がある。
【0039】
ここで、エンスタタイト粉末、タルク粉末、カオリン粉末、マイカ粉末、酸化マグネシウム(MgO)粉末、シリカ(SiO)と酸化マグネシウム(MgO)との混合粉末は、少なくともSi、Mg、O元素(SiO、MgO)を含有する金属化合物粉末である。
【0040】
また、本発明において、切削性改善用粉末に含まれる、アルカリ金属の硫酸塩粉末およびアルカリ土類金属の硫酸塩粉末は、焼結処理により生成した融液相と反応するもの、または溶融して酸化物と反応するもののいずれかであればよいが、具体的には、硫酸リチウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸マグネシウム、硫酸カルシウム、硫酸ストロンチウムおよび硫酸バリウムなどが挙げられる。これら粉末は、いずれも、混合粉を成形した圧粉体を焼結する際に、SiO2および/またはMgOを含む粉末から生成する融液相と反応して、種々の組成の固溶体が生じ、それらは組成に応じた種々の融点や硬度を有するからである。
【0041】
本発明に用いられる、融点が1100℃以下である酸化物粉末中の金属成分は、B、Na、Li、K、Mn、Mg、Ca、BaおよびSiのうち少なくとも1種であり、具体的には、B2O3−Na2O−SiO2、B2O3−K2O、B2O3−Li2O、B2O3−Na2O等が挙げられる。
【0042】
また、融点が1100℃以下である酸化物は、焼結処理において融液相を生成し、この融液とエンスタタイト粉末、タルク粉末、カオリン粉末、マイカ粉末、酸化マグネシウム(MgO)粉末、シリカ(SiO)と酸化マグネシウム(MgO)との混合粉末、アルカリ金属の硫酸塩粉末およびアルカリ土類金属の硫酸塩粉末のうちから選んだ少なくとも1種の粉末が反応することによって、これら粉末の存在比率に応じて種々の組成の固溶体が生じ、それらは組成に応じた種々の融点や硬度を有すると考えられる。
故に、従来のような、融点が1100℃以下の酸化物を単一混合した際の、単一融点に応じた狭い切削適合範囲に対して、本発明は、種々の融点に応じた広い切削条件での良好な切削性を実現することができたと推察される。
【0043】
すなわち、本発明に従う鉄基粉末製焼結体は、これら種々の融点を有する固溶体を備えることによって、切削時の発熱により上昇する焼結体温度に応じた融点を有する固溶体が存在するので、工具と焼結体との潤滑効果が、切削状態によらず安定して得られるのである。
また、アルカリ金属の硫酸塩およびアルカリ土類金属の硫酸塩を加えると、硬質の組成物がアルカリ金属の硫酸塩やアルカリ土類金属の硫酸塩と化合物を作ることによって軟化するため、切り屑が微細化し、特に、ドリル切削の場合は、切り屑の排除性が向上し、大きなドリル切削性改善効果があるので有利である。
【0044】
以上述べた切削性改善用粉末に対し、融点が1100℃以下である酸化物の粉末、の配合量は、切削性改善用粉末の合計量に対する質量%で、10〜80%の範囲とすることが好ましい。配合量が10質量%未満では、上記した効果が期待できない一方で、80質量%を超える配合では高速での切削性改善効果が低下するからである。
【0045】
また、本発明に従う混合粉の切削性改善用粉末の配合量は、鉄基粉末、合金用粉末および切削性改善用粉末の合計量に対する質量%で、0.01〜1.0%の範囲とする必要がある。配合量が、0.01質量%未満では、切削性改善効果が不十分となる一方で、1.0質量%を超えて配合すると、圧粉体密度が低下し、その成形体を焼結して得た焼結体の機械的強度が低下するからである。このため、混合粉における切削性改善用粉末の配合量は、鉄基粉末、合金用粉末および切削性改善用粉末の合計量に対する質量%で、0.01〜1.0%の範囲に限定する。
【0046】
本発明に従う混合粉には、上記した鉄基粉末、合金用粉末、切削性改善用粉末に加えて、適正量の潤滑剤を配合する。配合される潤滑剤としては、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸リチウム等の金属石鹸、あるいはオレイン酸などのカルボン酸、ステアリン酸アミド、ステアリン酸ビスアミド、エチレンビスステアロアミドなどの、アミドワックスが好ましい。潤滑剤の配合量は、本発明ではとくに限定されないが、いわゆる外添加量として、鉄基粉末、合金用粉末、切削性改善用粉末の合計量100質量%に対し、0.1〜1.0質量%−外割とすることが好ましい。潤滑剤の配合量が、0.1質量%−外割に満たないと、金型との摩擦が増加して抜き出し力が増大して金型寿命が低下する一方で、1.0質量%−外割を超えて多量となると、成形密度が低下して焼結体密度が低くなってしまうからである。
なお、本発明に用いられる上記した粉末や、本発明の粉末冶金用混合粉は、いずれも、工業的に許容される種類や量の不可避的不純物の混入は問題ない。
【0047】
つぎに、本発明に従う混合粉を得るのに好ましい製造方法について説明する。
鉄基粉末に対して、上記した種類や配合量の粉末からなる合金用粉末、および上記した種類や配合量の粉末からなる切削性改善用粉末、さらには潤滑剤を、それぞれ所定量添加(配合)し、通常公知の混合機を用いて、一回に、あるいは二回以上に分けて混合し、混合粉(鉄基混合粉)とすることが望ましい。上記した切削性改善用粉末は、必ずしも全量を一度に混合する必要はなく、一部のみを配合して混合(一次混合)を行ったのち、残部(二次混合材)を配合して混合(二次混合)することもできる。なお、潤滑剤は、二回に分けて添加(配合)することが好ましい。
なお、鉄基粉末の一部または全部に対し、合金用粉末および/または切削性改善用粉末の一部または全部を結合材によって表面に固着させる偏析防止処理を施した鉄基粉末を用いても良い。ここで、偏析防止処理としては、特許第3004800号公報に記載の偏析防止処理を用いることができる。
【0048】
本発明では、混合粉に配合した種々の潤滑剤の融点の最低温度以上に加熱することで、前記潤滑剤のうち少なくとも1種類の潤滑剤を溶融させつつ一次混合したのち、冷却して固化させ、ついで、切削性改善用粉末と潤滑剤の残り粉末からなる二次混合材を添加して二次混合をすることが好ましい。
【0049】
また、混合手段としては、とくに制限はなく、従来公知の混合機のいずれもが使用できる。なお、加熱が容易な、高速底部撹拌式混合機、傾斜回転パン型混合機、回転クワ型混合機および円錐遊星スクリュー形混合機などは特に有利に適合する。
【0050】
つぎに、上記した製造方法で得られる粉末冶金用混合粉を用いた焼結体の好ましい製造方法について説明する。
まず、上記した方法で製造された本発明に従う粉末冶金用混合粉を、金型に充填して圧縮成形し、成形体とする。成形方法は、プレス等の公知の成形方法がいずれも好適に使用できる。本発明に従う粉末冶金用混合粉を用いることによって、成形圧力を294MPa以上と高圧にすることができ、さらに常温でも成形することができる。なお、安定した成形性を確保するためには、混合粉や金型を適正な温度に加熱したり、金型に潤滑剤を塗布したりすることが好ましい。
【0051】
また、圧縮成形を、加熱雰囲気中で行う場合には、混合粉や金型の温度は150℃未満とすることが好ましい。というのは、本発明の粉末冶金用混合粉は、圧縮性に富むため、150℃未満の温度でも優れた成形性を示すうえ、150℃以上になると酸化による劣化が懸念されるためである。
【0052】
上記成形加工により得られた成形体は、ついで焼結処理を施されて、本発明に従う鉄基粉末製焼結体となる。焼結処理の温度は、金属粉末の融点の約70%の温度で行うことが望ましい。
鉄基粉末の場合、焼結処理の温度は、1000℃以上であって、好ましくは1300℃以下とする。焼結処理の温度が1000℃未満では、所望の密度の焼結体とすることが難しくなるからである。一方、焼結処理の温度が1300℃を超えて高温になると、焼結中に異常粒成長が起こって、焼結体強度が低下しやすくなるので好ましくない。
【0053】
上記焼結処理の雰囲気は、窒素あるいはアルゴンなどの不活性ガス雰囲気、あるいは、これに水素を混合した不活性ガス−水素ガス混合雰囲気、あるいは、アンモニア分解ガス、RXガス、天然ガスなどの還元雰囲気とすることが好ましい。
焼結処理後、さらに、必要に応じて、ガス浸炭熱処理や浸炭窒化処理等の熱処理を施し、所望の特性を具備された製品(焼結部品等)とする。なお、切削加工等の加工を随時施し、所定寸法の製品とすることは言うまでもない。
【実施例】
【0054】
以下、実施例により、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、以下の例に何ら限定されるものではない。
鉄基粉末として、表1に示す鉄基粉末(いずれも平均粒径:約80μm)を使用した。なお、以下記載の平均粒径は、レーザ回折法を利用して求めたものである。
ここに、使用した鉄基粉末は、表1に示したとおり、アトマイズ純鉄粉(A)、還元純鉄粉(B)、鉄粉表面に合金元素としてCuを部分拡散させ合金化した部分拡散合金化鋼粉(C)、鉄粉表面に合金元素としてNi、Cu、Moを部分拡散させ合金化した部分拡散合金化鋼粉(D)、合金元素としてNi、Moを予合金化した予合金化鋼粉(完全合金化鋼粉)(E)、合金元素としてMoを予合金化した予合金化鋼粉(完全合金化鋼粉)(F)、および、合金元素として、Moを予合金化した完全合金化鋼粉にさらにMoを部分拡散合金化した鋼粉(ハイブリッド型合金鋼粉)(G)である。
【0055】
【表1】
【0056】
上記した鉄基粉末に、表2に示す種類、配合量の合金用粉末と、表2に示した種類、配合量の切削性改善用粉末と、さらに、表2に示した種類、配合量の潤滑剤とを、配合し、高速底部撹拌式混合機を利用して、一次混合を行った。なお、一次混合では、混合しながら140℃に加熱した後、60℃以下に冷却した。また、合金用粉末として配合した天然黒鉛粉は平均粒径:5μmの粉末とし、銅粉は平均粒径:20μmの粉末とした。
【0057】
【表2】
【0058】
一次混合したのち、さらに表2に示した種類、配合量の切削性改善用粉末、潤滑剤からなる二次混合材を配合し、混合機の回転数を1000rpmとし、1分間撹拌する二次混合を行なった。二次混合後、混合機から混合粉を排出した。なお、切削性改善用粉末は、一次混合と二次混合時の二回に分けて配合した。切削性改善用粉末の配合量は、鉄基粉末、合金用粉末、切削性改善用粉末の合計量に対する質量%で表示し、潤滑剤の配合量は、外添加とし、鉄基粉末、合金用粉末、切削性改善用粉末の合計量100質量%に対する質量%−外割で表示した。
以上の工程を経て、鉄基粉末、合金用粉末、切削性改善用粉末が、偏析を生じることなく、均一に混合された混合粉が得られた。
なお、比較例として、表2に示した種類、配合量で、鉄基粉末、合金用粉末、潤滑剤を配合し、V型容器回転式混合機を用いて、常温で混合し、混合粉を得た。
【0059】
引続き、得られた混合粉を、金型(旋盤切削試験用およびドリル切削試験用の2種)に充填し、加圧力:590MPaで圧縮成形し、成形体を得た。その得られた成形体に、RXガス雰囲気中で、1130℃×20minの焼結処理を施して、焼結体を得た。
得られた焼結体について、旋盤切削試験、ドリル切削試験を実施した。試験方法は次のとおりとした。
【0060】
(1)旋盤切削試験
得られた焼結体(リング状:外径60mm×内径20mm×長さ20mm)を3個重ねて、その側面を、旋盤を利用して切削した。切削条件は、サーメット製旋盤用切削工具を用いて、切削速度:100m/minおよび200m/min、送り量:0.1mm/回、切込み深さ:0.5mm、切削距離:1000mとし、試験後、切削工具の逃げ面の摩耗幅を測定した。ここで工具寿命を概ね0.25mmの磨耗量と規定し、切削距離1000m未満でこの工具寿命に達した場合は、1000m未達と記載した。従って、切削工具の逃げ面の摩耗幅が小さいほど、焼結体の切削性が優れていると評価される。
【0061】
(2)ドリル切削試験
得られた焼結体(円盤状:外径60mm×厚さ10mm)に、高速度鋼製ドリル(直径:2.6mm)で、回転数:5,000rpm、送り速度:750mm/minの条件で貫通穴を穿孔し、その際、切削動力計を用い、ドリル切削時の切削抵抗としてスラスト成分を測定した。スラスト成分が小さいほど、焼結体の切削性が優れていると評価される。
得られた結果を、表3にそれぞれ示す。
【0062】
【表3】
【0063】
表3に示したとおり、本発明に従う発明例はいずれも、切削工具逃げ面の摩耗幅が小さい結果を示しているので、旋盤切削性に優れていることが分かる。加えて、ドリル穿孔時のスラスト成分が低い値を示しているので、ドリル切削性にも優れた焼結体となっていることが分かる。一方、本発明の範囲を外れる比較例は、特に、ドリル切削性に劣った結果となっていた。