特許第6008042号(P6008042)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6008042厚肉鋼管用鋼板、その製造方法、および厚肉高強度鋼管
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6008042
(24)【登録日】2016年9月23日
(45)【発行日】2016年10月19日
(54)【発明の名称】厚肉鋼管用鋼板、その製造方法、および厚肉高強度鋼管
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20161006BHJP
   C22C 38/12 20060101ALI20161006BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20161006BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20161006BHJP
   B21B 1/38 20060101ALI20161006BHJP
   B23K 9/23 20060101ALI20161006BHJP
   B23K 9/02 20060101ALI20161006BHJP
   B23K 9/00 20060101ALI20161006BHJP
   B23K 9/025 20060101ALI20161006BHJP
   B23K 9/028 20060101ALI20161006BHJP
【FI】
   C22C38/00 301B
   C22C38/12
   C22C38/58
   C21D8/02 B
   C22C38/00 301Z
   B21B1/38 Z
   B23K9/23 A
   B23K9/02 K
   B23K9/00 501P
   B23K9/025 B
   B23K9/028 B
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-508085(P2015-508085)
(86)(22)【出願日】2014年3月27日
(86)【国際出願番号】JP2014001801
(87)【国際公開番号】WO2014156175
(87)【国際公開日】20141002
【審査請求日】2015年1月22日
(31)【優先権主張番号】特願2013-70955(P2013-70955)
(32)【優先日】2013年3月29日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126701
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 茂
(72)【発明者】
【氏名】太田 周作
(72)【発明者】
【氏名】嶋村 純二
(72)【発明者】
【氏名】石川 信行
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 茂
(72)【発明者】
【氏名】津山 青史
【審査官】 鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−077325(JP,A)
【文献】 特開2012−077327(JP,A)
【文献】 特開2013−007101(JP,A)
【文献】 特開2011−132601(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 8/00− 8/10
B21C 37/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で
C:0.030〜0.10%
Si:0.05〜0.19%
Mn:1.47〜1.80
P:0.005%以下
S:0.005%以下
Mo:0.20%以下(0%を含む)
Nb:0.01〜0.05%
Pcm*(%)(=C+Si/30+(Mn+Cu+Cr)/20+Ni/60+Mo/2+V/10:式において、各合金元素は含有量(質量%)を示し、含有しないものは0とする。)≦0.20
残部Feおよび不可避的不純物からなり、母材のベイナイト分率が81%以上かつ二相域再加熱粗粒域における島状マルテンサイト(MA)分率が5.0%以下であり、
板厚が30mm以上であることを特徴とする円周溶接の熱影響部のCTOD特性に優れた厚肉鋼管用鋼板。
【請求項2】
上記成分系に加え
Al:0.005〜0.1%
Cu:1.00%以下
Ni:1.00%以下
Cr:0.50%以下
V:0.05%以下
のうち1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の円周溶接の熱影響部のCTOD特性に優れた厚肉鋼管用鋼板。
【請求項3】
請求項1または2記載の厚肉鋼管用厚鋼板の製造方法であって、
請求項1または2記載の成分系の鋼を、連続鋳造法によってスラブとし、その後、1050〜1200℃の温度に再加熱後、熱間圧延し、熱間圧延終了から550〜250℃まで加速冷却を施すことを特徴とする円周溶接の熱影響部のCTOD特性に優れた厚肉鋼管用鋼板の製造方法。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の厚肉鋼管用鋼板を冷間成形により円形とした後、突合せ面に内外面1層のシーム溶接を施して鋼管とした円周溶接の熱影響部のCTOD特性に優れた厚肉高強度鋼管。
【請求項5】
円周溶接が、1パスあたりの入熱量が5〜70kJ/cmの多層溶接であることを特徴とする、請求項4記載の円周溶接の熱影響部のCTOD特性に優れた厚肉高強度鋼管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、厚肉鋼管用鋼板、その製造方法、および厚肉高強度鋼管に関する。本発明の厚肉高強度鋼管は、TSが500MPa以上の海洋構造物やラインパイプに好ましく用いられる。また、本発明の厚肉鋼管用鋼板の中でも、板厚が25mm以上の厚肉鋼管用鋼板は、特に、鋼管を連結する際の、多層盛溶接となる円周溶接の熱影響部のCTOD特性に優れる。
【背景技術】
【0002】
海洋構造物やラインパイプに用いられる鋼管は、構造物形成過程において、鋼管同士を接合させるために円周溶接される。円周溶接とは管円周方向の溶接であり、円周溶接は上記構造物形成過程において不可欠の工程である。そのため、上記鋼管は、構造物の安全性の観点から、母材自体の靭性に優れることに加え、円周溶接部の靭性にも優れることが要求される。
【0003】
上記円周溶接は、通常、小〜中入熱の多層盛溶接(多層溶接と言う場合がある)となる。多層盛溶接の場合、熱影響部は多様な熱履歴を受けた領域で構成される。
【0004】
多層溶接の最初の溶接熱サイクルで生じたボンド部、すなわち、溶接金属と熱影響部の境界部近傍の粗粒域では、次の溶接熱サイクルによって、フェライト−オーステナイト二相域(以下、単に二相域とも記す)に再加熱される領域(二相域再加熱粗粒域と言う場合がある)で、島状マルテンサイト(MA(Martensite Austenite constituentの略)という場合がある)が生成する。島状マルテンサイトが生成すると、靭性が著しく低下する。この二相域再加熱粗粒域が、多層溶接の熱影響部で、最も靭性が低い領域である。
【0005】
二相域再加熱粗粒域で靭性が低下するのを防ぐ対策として、C含有量を低くし、Si含有量を低くすることによりMAの生成を抑制するとともに、さらにCuを添加することにより母材強度を高める技術(例えば、特許文献1)が提案されている。
【0006】
また、ボンド部は溶融点直下の高温に曝されるため、ボンド部ではオーステナイト粒が最も粗大化する。また、引き続く冷却によりボンド部が上部ベイナイト組織に変態し易く靭性が劣化する。
【0007】
ボンド部の靭性向上策として、鋼中にTiNを微細分散させ、オーステナイトの粗大化を抑制したり、フェライト変態の核として利用したりする技術が実用化されている。
【0008】
特許文献2には、CaSの晶出を活用したフェライト変態生成核の微細分散により熱影響部を高靭性化させる技術が提示されている。また、特許文献2には、特許文献2に記載の上記技術と、Tiの酸化物を分散させる技術(例えば、特許文献3)やBNのフェライト核生成能を酸化物の分散とを組み合わせる技術が提示されている。さらには、特許文献2には、CaやREMを添加することにより硫化物の形態を制御して、高靭性を得る技術も提示されている。
【0009】
鋼の靭性の評価基準としては、従来、シャルピー試験による吸収エネルギーが主に用いられてきた。より信頼性を増すために、鋼の靭性評価として、CTOD試験(き裂開口変位(Crack Tip Opening Displacement)試験の略記)を行うことが要求される場合がある。CTOD試験は、疲労き裂を評価部に設けた試験片を3点曲げ試験して破壊直前のき裂底の口開き量(塑性変形量)を測定し、脆性破壊の発生抵抗を評価するものである。
【0010】
CTOD特性は、き裂底の微小な領域の靭性を表す。円周溶接により形成されたボンド部のCTOD特性に対する厳しい要求を満足するためには、熱影響部の靭性低下領域である、二相域再加熱粗粒域の靭性を高める必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平05−186823号公報
【特許文献2】特開2004−263248号公報
【特許文献3】特公平05−77740号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、近年使用される鋼管は、使用環境や構造物の大型化などに伴い、高強度厚肉化され、合金元素の添加量が増大する傾向にある。このため、熱影響部の靭性確保のための技術である、特許文献1記載の技術は適用しがたくなっている。
【0013】
また、合金元素の中でもNiは母材強度を上昇させ、熱影響部(本明細書において、熱影響部は溶接部の熱影響部を意味する。)の靭性を向上させる元素である。この観点からは厚肉鋼管用鋼板がNiを含有することは好ましい。しかし、Niは高価な合金元素であるため、Ni含有量の増加は製造コストの増加を招く。大量に製造される鋼管用原板に、多量のNiを含有させることは困難である。
【0014】
本発明は、このような従来技術の問題を解決し、多層盛溶接部の熱影響部(HAZ)のCTOD特性に優れた厚肉鋼管用鋼板、該厚肉鋼管用鋼板の製造方法、及び該厚肉鋼管用鋼板を用いて製造してなる厚肉高強度鋼管を提供することを目的とする。
【0015】
なお、本発明の「CTOD特性に優れた」とは、多層盛溶接部の熱影響部を対象とする、API Recommended Practice 2Z(以下API RP 2Zと略記)に準拠した、切欠位置(疲労き裂の位置)が二相域再加熱粗粒域であるCTOD試験の結果、得られた−10℃におけるCTOD値が0.30mm以上である場合を指す。これは、板厚76mm以下、規格下限の降伏応力が420MPaの鋼材においてAPI RP 2Zで定めるところでの値である。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者等は、熱影響部でのMAの生成を抑制して、CTOD値を向上させるため、成分組成とCTOD値の関係について、検討を行い、以下の知見を得た。
1.溶接割れ感受性組成:Pcmは溶接時の低温割れを評価する指数であり、一般に低Pcmの材料ほど熱影響部の靭性に優れることが知られている。しかし、CTOD試験の場合、低Pcm材でも低いCTOD値を示す場合がある。Mo含有量は、熱影響部の靭性に与える影響が大きい。
2.PcmにおいてMoの係数を変更した新たな式によるPcm*(%)(=C+Si/30+(Mn+Cu+Cr)/20+Ni/60+Mo/2+V/10、式において、各合金元素は含有量(質量%)を示す。含有しないものは0とする。)により多層盛溶接の熱影響部のCTOD値を調整できる。
【0017】
本発明は、上記知見をもとに更に検討を加えてなされたもので、具体的には以下の通りである。
1.質量%で、C:0.030〜0.10%、Si:0.05〜0.50%、Mn:1.00〜2.00%、P:0.015%以下、S:0.005%以下、Mo:0.20%以下(0%を含む)、Nb:0.01〜0.05%、Pcm*(%)(=C+Si/30+(Mn+Cu+Cr)/20+Ni/60+Mo/2+V/10:式において、各合金元素は含有量(質量%)を示し、含有しないものは0とする。)≦0.20、残部Feおよび不可避的不純物からなり、母材のベイナイト分率が50%以上かつ二相域再加熱粗粒域における島状マルテンサイト(MA)分率が5.0%以下であることを特徴とする円周溶接の熱影響部のCTOD特性に優れた厚肉鋼管用鋼板。
2.上記成分系に加え、Al:0.005〜0.1%、Cu:1.00%以下、Ni:1.00%以下、Cr:0.50%以下、V:0.05%以下のうち1種または2種以上を含有することを特徴とする1に記載の円周溶接の熱影響部のCTOD特性に優れた厚肉鋼管用鋼板。
3.1または2記載の成分系の鋼を、連続鋳造法によってスラブとし、その後、1050〜1200℃の温度に再加熱後、熱間圧延し、熱間圧延終了から550〜250℃まで加速冷却を施すことを特徴とする円周溶接の熱影響部のCTOD特性に優れた厚肉鋼管用鋼板の製造方法。
4.1又は2に記載の厚肉鋼管用鋼板を冷間成形により円形とした後、突合せ面に内外面1層のシーム溶接を施して鋼管とした円周溶接の熱影響部のCTOD特性に優れた厚肉高強度鋼管。
5.円周溶接が、1パスあたりの入熱量が5〜70kJ/cmの多層溶接であることを特徴とする、4記載の円周溶接の熱影響部のCTOD特性に優れた厚肉高強度鋼管。
【発明の効果】
【0018】
本発明の厚肉鋼管用鋼板を、小〜中入熱の多層盛溶接となる円周溶接などにより溶接した場合、熱影響部は優れたCTOD特性を有する。このため、本発明の厚肉鋼管用鋼板は、熱影響部の高靭性が要求される海洋構造物、パイプライン等の厳しい環境で使用される厚肉高強度鋼管の原板として好適である。このように、本発明は、産業上極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、Pcm*とCTOD値との関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明は、成分組成とミクロ組織を規定する。
[成分組成]
説明において%は質量%とする。
【0021】
C:0.030〜0.10%
C含有量は、溶接部の熱影響部に生成するMAの生成抑制のために、低減する必要がある。一方で、Cは鋼の強化元素として必須である。そこで、C含有量を0.030〜0.10%の範囲とした。鋼の強度の確保のためには、C含有量は0.04%以上であることが好ましい。また、MA生成抑制の観点からC含有量は0.08%以下であることが好ましい。
【0022】
Si:0.05〜0.50%
Siは、脱酸成分として用いられ、その含有量は0.05%以上とする必要がある。一方、Si含有量が0.50%を超えると、MAの生成が促され、母材の靱性が劣化する。そこで、Si含有量を0.50%以下に制限する必要がある。好ましくは、0.30%以下である。
【0023】
Mn:1.00〜2.00%
Mn含有量は、母材の強度を確保するために1.00%以上とする必要がある。好ましくは1.20%以上である。一方、Mn含有量が2.00%を超えると、溶接部の靱性が著しく劣化する。このため、Mn含有量は2.00%以下とする必要がある。1.80%以下であることが好ましい。より好ましいMn含有量は、1.20〜1.80%である。
【0024】
P:0.015%以下
P含有量が0.015%を超えると、溶接部の靱性が劣化する。そこで、P含有量は0.015%以下に制限する。好ましくは、0.012%以下である。
【0025】
S:0.005%以下
S含有量が0.005%を超えると、母材および溶接部の靱性が劣化する。このため、S含有量は0.005%以下とする。好ましくは、0.0035%以下である。
【0026】
Mo:0.20%以下(0%を含む)
Moは、母材の高強度化に有効な元素である。この効果はMo含有量を0.01%以上にすることで奏される。多量にMoを含有するとMAが生じ、靱性に悪影響を与える。そこで、Moを含有する場合には、Mo含有量の上限を0.20%とする。Moを含有すると、特にCTOD特性に悪影響を及ぼす場合がある。このため、Mo含有量は0.10%以下が好ましく、さらに好ましくは0.05%以下である。本発明ではMoを含有しなくてもよい。
【0027】
Nb:0.01〜0.05%
Nbは、鋼の強化に有効な元素である。このため、Nb含有量を0.01%以上とする。好ましくは0.015%以上とする。一方、Nb含有量が0.05%を超えると、溶接部の靱性が劣化する。そこで、Nb含有量は0.01〜0.05%とする。
【0028】
Pcm*(%)(=C+Si/30+(Mn+Cu+Cr)/20+Ni/60+Mo/2+V/10:式において、各合金元素は含有量(質量%)を示し、含有しないものは0とする。)≦0.20
本発明範囲内の成分組成でPcm*を変化させた種々の成分系の供試鋼板を製造した。供試鋼板の厚みは熱間圧延により27〜101mmとした。得られた供試鋼板の熱影響部のCTOD試験を行った。
【0029】
CTOD試験は、上記供試鋼板の突合せ部を入熱45kJ/cmのサブマージアーク溶接により多層盛溶接した溶接継手から試験片を採取し、試験温度−10℃において、切欠位置を二相域再加熱粗粒域として実施した。CTOD試験はAPI RP 2Zに準拠して行い、試験後の試験片において切欠位置が二相域再加熱粗粒域であることを確認した。
【0030】
また、上記供試鋼板より再現熱サイクル試験片を採取して、二相域再加熱粗粒域相当の熱サイクルを付与し、MA量を測定した。MA量は、圧延方向や板幅方向等の鋼板の任意の断面において観察されるMAの面積の全観察視野に対する割合の平均値から算出するMAの面積分率である。
【0031】
図1に、Pcm*とCTOD値との関係を示す。Pcm*の増加とともにCTOD値が低下することが認められる。Pcm*の増加とともに上記領域(二相域再加熱粗粒域)でMA量が増加することによりCTOD値の低下が生じていると考えられる。従って、Pcm*≦0.20とすることにより、多層盛溶接部で、二相域再加熱粗粒域を含むボンド部を切欠位置とするCTOD試験で、−10℃におけるCTOD値が0.30mm以上の厚肉鋼管用鋼板の製造が可能である。Pcm*≦0.20の供試鋼板の場合、再現熱サイクル試験により測定されたMA量は5.0%以下であった。
【0032】
以上が本発明の必須成分で残部Feおよび不可避的不純物である。更に、強度および靱性を高めるために、Al、Cu、Ni、CrおよびVから選ばれる少なくとも1種または2種以上をPcm*≦0.20の範囲内で含有させることができる。
【0033】
Al:0.005〜0.1%
Alは、溶鋼を脱酸するために添加される元素であり、0.005%以上含有させる必要がある。一方、0.1%を超えて添加すると母材および溶接部靭性を低下させるとともに、溶接による希釈によって溶接金属部に混入し、靭性を低下させるので、0.1%以下に制限する。好ましくは、0.08%以下である。
【0034】
Cu:1.00%以下
Cuは、析出強化により鋼の強度を向上する元素である。この効果はCu含有量を0.01%以上にすることにより発揮される。また、Cuを過剰に含有すると、熱間脆性が生じ、鋼板の表面性状が劣化するおそれがある。そこで、Cuを含有する場合、Cu含有量を1.00%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.50%以下である。
【0035】
Ni:1.00%以下
Niは、母材の高靱性を保ちつつ強度を増加させる元素である。Niは、さらにHAZのCTOD特性を安定に向上させる作用を有する。この効果はNi含有量を0.01%以上にすることにより発揮される。ただし、Niは高価であるため、Ni含有量が多くなると経済的に不利となる場合がある。このため、Niを含有する場合、その含有量を1.00%以下にすることが好ましい。
【0036】
Cr:0.50%以下
Crは、母材の高強度化に有効な元素であり、この効果はCr含有量を0.01%以上にすることで発揮される。ただし、Crを多量に含有すると靱性が低下する場合がある。そこで、Crを含有する場合、その含有量は0.50%以下とする。より好ましくは、0.20%以下である。
【0037】
V:0.05%以下
VはNbと同様、鋼の強化に有効な元素である。この効果はV含有量を0.001%以上含有することにより発揮される。ただし、0.05%を超えるVの含有は溶接部の靱性を劣化させる。このため、Vを含有する場合、その含有量を0.05%以下とする。より好ましくは、0.03%以下である。
【0038】
[ミクロ組織]
母材のミクロ組織は、TSが500MPa以上となるように、ベイナイト分率:50%以上とする。ここで、ベイナイト分率は面積率とする。残部のミクロ組織は特に規定しない。本発明の作用効果を損なわない程度で、ベイナイトおよびMA以外の組織や析出物を含有するものも、本発明の範囲に含む。残部組織の例としては、フェライト(具体的には、ポリゴナルフェライトなど)、パーライト、セメンタイトなどが挙げられる。マルテンサイトは靭性の大幅な低下につながるため、残部組織には含めないことが好ましい。
【0039】
また、二相域再加熱粗粒域における島状マルテンサイト(MA)分率が、5.0%超えの場合、−40℃における母材シャルピー靭性が目標値を満足しない。たとえ、−40℃における母材シャルピー靭性が目標値を満足したとしても、−10℃におけるCTOD値が0.30mm以上となるCTOD特性が得られない。そこで、MA分率を5.0%以下とする。好ましくは、3.5%以下である。
【0040】
本発明に係る厚肉鋼管用鋼板は、上記成分組成の鋼を、連続鋳造法によってスラブとし、その後、1050〜1200℃の温度(スラブ再加熱温度)に再加熱後、熱間圧延し、熱間圧延終了から550〜250℃まで加速冷却を施して製造することが可能である。
【0041】
スラブ再加熱温度が、1050℃未満では、その後の熱間圧延を行い難くなる。一方、スラブ再加熱温度が1200℃を超えると靭性が低下する。そこで、スラブ再加熱温度は1050〜1200℃とする。
【0042】
熱間圧延の手法は特に規定しない。例えば未再結晶温度域(900℃以下)での圧下率を40%以上とし、圧延終了温度を700〜850℃とすることで、結晶粒の微細化が促される。その結果、高強度かつ母材靭性の良好な素材を製造できる。
【0043】
熱間圧延後、ベイナイト分率が50%以上となるように、冷却停止温度を550〜250℃とする加速冷却を行う。なお、加速冷却後の等温保持無しにベイナイト変態を生じるためには5℃/s以上の冷却速度で加速冷却を行う必要がある。冷却停止温度が高すぎるとベイナイト変態が十分には進行せず、フェライトやパーライトが生成し、母材のミクロ組織のベイナイト分率が50%を下回る。そこで、冷却停止温度は550℃以下とし、500℃以下であることがさらに好ましい。一方、冷却停止温度が低すぎると、マルテンサイト変態が進行し、母材のミクロ組織のベイナイト分率が50%を下回り、かつ母材の靭性が大きく劣化する。このため、冷却停止温度は250℃以上とし、300℃以上であることがさらに好ましい。
【0044】
上記製造方法で作製された厚肉鋼管用鋼板から鋼管を製造する場合は、通常のUOE鋼管の製造方法に準じて、冷間成形により円形とした後、突合せ面に内外面1層のシーム溶接を施して鋼管とする。より具体的には以下の通りである。
【0045】
本発明は上述の方法によって製造された鋼板を用いて鋼管となす。鋼管の成形方法としては、UOEプロセスやプレスベンド(ベンディングプレスとも称する)等の冷間成形によって鋼管形状に成形する方法が挙げられる。
【0046】
UOEプロセスでは、素材となる厚鋼板の幅方向端部に開先加工を施したのち、プレス機を用いて鋼板の幅方向端部の端曲げを行い、続いて、プレス機を用いて鋼板をU字状にそしてO字状に成形することにより、鋼板の幅方向端部同士が対向するように鋼板を円筒形状に成形する。次いで、鋼板の対向する幅方向端部を突き合わせて溶接する。この溶接をシーム溶接と呼ぶ。このシーム溶接においては、円筒形状の鋼板を拘束し、対向する鋼板の幅方向端部同士を突き合わせて仮付溶接する仮付溶接工程と、サブマージアーク溶接法によって鋼板の突き合わせ部の内外面に溶接を施す本溶接工程との、二段階の工程を有する方法が好ましい。シーム溶接を行った後に、溶接残留応力の除去と鋼管真円度の向上のため、拡管を行う。拡管工程において拡管率(拡管前の管の外径に対する拡管前後の外径変化量の比)は、通常、0.3%〜1.5%の範囲で実施される。真円度改善効果と拡管装置に要求される能力とのバランスの観点から、拡管率は0.5%〜1.2%の範囲であることが好ましい。
【0047】
プレスベンドの場合には、鋼板に三点曲げを繰り返すことにより逐次成形し、ほぼ円形の断面形状を有する鋼管を製造する。その後は、上述のUOEプロセスと同様に、シーム溶接を実施する。プレスベンドの場合にも、シーム溶接の後、拡管を実施してもよい。
【0048】
得られた鋼管は、円周溶接の熱影響部のCTOD特性に優れる。
【0049】
円周溶接を多層溶接で実施する場合、1パスあたりの入熱量を5〜70kJ/cmとすることが好ましい。1パスあたりの入熱量が過小だと、施工条件の安定性に劣り、かつ、溶接パス数を多くしなければならなくなるので、1パスあたりの入熱量は5kJ/cm以上とすることが好ましく、6kJ/cm以上とすることがさらに好ましい。一方、1パスあたりの入熱量が過大だと、二相域に再加熱される局所脆化域が拡大してしまうため、1パスあたりの入熱量は70kJ/cm以下とすることが好ましく、50kJ/cm以下とすることがさらに好ましい。
【実施例】
【0050】
表1に示す種々の成分組成に調整した鋼スラブを素材とし、表2に示す製造条件により板厚:27〜101mmの厚鋼板を製造した。得られた各厚鋼板について、引張試験、シャルピー試験及びCTOD試験を実施した。なお、表2に記載していないが、熱間圧延において、未再結晶温度域(900℃以下)での圧下率を40%以上とした。また、加速冷却での冷却速度は5℃/s以上とした。
【0051】
各鋼板の板厚中央部から圧延幅方向に引張試験片を採取して、引張試験を行い、引張強さ(TS)を求めた。シャルピー試験は、2mmVノッチ試験片を用いて、試験温度−40℃で実施し、シャルピー衝撃値(3本平均値)を求めた。
【0052】
また、各鋼板から採取した溶接試験板にレ開先(開先角度30°)を加工し、入熱45kJ/cmのサブマージアーク溶接を行って多層盛溶接継手を作製し、板厚方向にほぼ直線的なボンド部を切欠位置としたCTOD試験を試験温度−10℃で行った。なお、CTOD試験片の作製および試験条件は、API RP 2Zに準拠して行い、切欠位置のボンド部に二相域再加熱粗粒域が含まれていることを確認した。
【0053】
更に、No.1〜7の鋼板を常法によりUOE鋼管とし、各鋼管から採取した試験片を用いて、引張強さ(TS)、試験温度−40℃でのシャルピー衝撃値(3本平均値)を求めた。鋼管同士を接合する円周溶接部の熱影響部から採取したCTOD試験片を用い、鋼板の多層盛溶接継手の試験に準じてCTOD試験を行った。
【0054】
上記の試験結果を表2中に併記した。表2に示す試験結果から、本発明例の鋼材は、いずれもTSが500MPa以上の強度とシャルピー吸収エネルギー(vE−40℃)が250J以上の靭性を有しており、母材の強度・靭性が共に優れている。さらに多層盛溶接継手のCTOD値は0.30mm以上であり、本発明の鋼板は、多層盛溶接熱影響部の靭性特性にも優れる。
【0055】
また、これらの発明鋼を冷間成形した鋼管は、円周溶接部のCTOD値にわずかな低下が見られるものの良好な値を示す。
【0056】
一方、比較鋼は化学成分や、Pcm*が本発明範囲外のため、強度、母材靭性およびCTOD値が劣っている。比較鋼1、2は成分組成の各合金元素量が本発明範囲内で、−40℃における母材靭性は高いが、Pcm*が0.20を超えるため、CTOD値が小さい。比較鋼3は、C含有量が高すぎるために母材の靭性が劣っている。また、比較鋼4はC含有量が低いためTSが劣る。比較鋼5、6、8、10は、それぞれ、Si含有量、Mn含有量、S含有量、Nb含有量が本発明範囲外で高すぎるため、母材靭性の劣化をまねいている。比較鋼7、9は、母材靭性は良いが、それぞれP含有量、Mo含有量が本発明範囲外で高すぎるため、CTOD値が劣っている。
【0057】
発明鋼から製造した鋼管は、表2に示すように円周溶接継手部のCTOD値が若干、母材での値より低下する傾向があるが、0.3mm以上の良好な特性を有し、円周溶接の熱影響部の靭性が要求される海洋構造物、パイプライン等の厳しい環境での使用に好適である。
【0058】
【表1】
【0059】
【表2】
図1