特許第6010508号(P6010508)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6010508摺動部材の製造方法、ならびにチェーン用リンクの製造方法および当該リンクを備えたチェーンの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6010508
(24)【登録日】2016年9月23日
(45)【発行日】2016年10月19日
(54)【発明の名称】摺動部材の製造方法、ならびにチェーン用リンクの製造方法および当該リンクを備えたチェーンの製造方法
(51)【国際特許分類】
   F16G 13/02 20060101AFI20161006BHJP
   F16G 13/06 20060101ALI20161006BHJP
【FI】
   F16G13/02 G
   F16G13/06 B
【請求項の数】7
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-139629(P2013-139629)
(22)【出願日】2013年7月3日
(65)【公開番号】特開2015-14300(P2015-14300A)
(43)【公開日】2015年1月22日
【審査請求日】2015年5月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】500124378
【氏名又は名称】ボーグワーナー インコーポレーテッド
(73)【特許権者】
【識別番号】500122330
【氏名又は名称】堀切川 一男
(74)【代理人】
【識別番号】100103241
【弁理士】
【氏名又は名称】高崎 健一
(72)【発明者】
【氏名】江田 純一
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 康
(72)【発明者】
【氏名】吉田 幸生
(72)【発明者】
【氏名】堀切川 一男
【審査官】 藤村 聖子
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許第05900077(US,A)
【文献】 特開昭49−065944(JP,A)
【文献】 特開2007−009325(JP,A)
【文献】 特開昭62−222084(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16G 1/00−17/00
C22C 38/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製の摺動部材の製造方法において、
Cr,V,Ti,Nbのいずれかの元素を元々含んでいた炭素鋼材からなる摺動部材を用意し、
拡散浸透処理を含まない熱処理を前記摺動部材に施すことにより、前記摺動部材の表面に硬化層を形成するとともに、前記硬化層の表層部に、当該硬化層の表面硬度と同じかまたはこれよりも硬度が高くかつ前記Cr,V,Ti,Nbのいずれかの元素の酸化物、炭化物または窒化物(Tiの窒化物を除く)からなる多数の硬質粒子をそれぞれ結晶状態で点在させるようにした、
ことを特徴とする摺動部材の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、
前記炭素鋼材がCrの元素を元々含んでおり、前記熱処理後には、前記摺動部材の表面に形成される硬化層の表層部に、前記Crの酸化物からなる多数の硬質粒子が結晶状態で点在している、
ことを特徴とする摺動部材の製造方法。
【請求項3】
請求項1において、
前記硬化層がマルテンパー処理により形成され、前記硬質粒子が数ミクロン〜十数ミクロンの結晶粒度を有し、マルテンサイトの組織中に結晶状態で点在している、
ことを特徴とする摺動部材の製造方法。
【請求項4】
請求項1において、
前記硬化層の厚みが20〜30μmである、
ことを特徴とする摺動部材の製造方法。
【請求項5】
請求項1において、
前記硬質粒子の硬度がHv550〜2500であって、当該摺動部材の前記硬化層の表面硬度がHv500〜600である、
ことを特徴とする摺動部材の製造方法。
【請求項6】
連結ピンを挿入するためのピン孔を有する鋼製のチェーン用リンクの製造方法において、
Cr,V,Ti,Nbのいずれかの元素を元々含んでいた炭素鋼材からなるチェーン用リンクを用意し、
拡散浸透処理を含まない熱処理を前記チェーン用リンクに施すことにより、前記チェーン用リンクのピン孔の内周面に硬化層を形成するとともに、前記硬化層の表層部に、当該硬化層の表面硬度と同じかまたはこれよりも硬度が高くかつ前記Cr,V,Ti,Nbのいずれかの元素の酸化物、炭化物または窒化物(Tiの窒化物を除く)からなる多数の硬質粒子をそれぞれ結晶状態で点在させるようにした、
ことを特徴とするチェーン用リンクの製造方法。
【請求項7】
請求項6記載のチェーン用リンクを備えたチェーンの製造方法において、
前記連結ピンに、Cr,V,Ti,Nb,Wのいずれか一つまたは二つ以上の元素の炭化物または窒化物(Tiの窒化物を除く)からなる硬化層を形成するとともに、当該硬化層の表面硬度を、前記硬質粒子の硬度と同じかまたはこれよりも高くした、
ことを特徴とするチェーンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、凝着系モードの潤滑条件下でも耐摩耗性を向上できる摺動部材、とくにチェーン用リンクに関する。
【背景技術】
【0002】
サイレントチェーン、ローラチェーンおよびリーフチェーンのような動力伝達用チェーンや、エンジンのカムシャフト駆動チェーン、オイルポンプ駆動チェーン、バランサチェーンなどにおいては、多数のリンクが連結ピンを介して無端状に連結されており、チェーンの運転時にはリンクが連結ピンの回りを回転摺動することによって連結ピンおよび(または)リンクのピン孔が摩耗する。そこで、従来より、連結ピンやリンクのピン孔の耐摩耗性を向上させるための種々の方法が提案されている。
【0003】
連結ピンの耐摩耗性の向上を図ったものは、これまで多数に上り、たとえば、特開昭56−41370号公報、特開平10−169723号公報、特開2002−195356号公報、特開2006−336056号公報、特開2011−122190号公報等に記載されている。
【0004】
上記特開昭56−41370号公報に記載のものでは、ピン素材にクロマイジング処理を施すことによりピン素材の表面にクロム層を形成するとともに、クロム層中に炭素、クロムおよび金属元素が結合した金属炭化物を多数点在させており、特開平10−169723号公報に記載のものでは、ピン素材の表面にクロム、チタニウム、バナジウム、ニオビウムのうちの少なくとも一つの元素の炭化物層を形成しており、特開2002−195356号公報に記載のものでは、ピン素材にクロムおよびバナジウム浸透処理を施すことによりピン素材の表面にバナジウム炭化物およびクロム炭化物を含む炭化物層を形成しており、特開2006−336056号公報に記載のものでは、ピン素材にクロムおよびバナジウム浸透拡散処理を施すことによりピン素材の表面に二重バナジウム炭化物層(VxC+VyC)を形成しており、特開2011−122190号公報に記載のものでは、ピン素材に浸透処理を施すことによりピン素材の表面に複合炭化物からなる中間層を介して炭化物層を形成している。
【0005】
また、リンクのピン孔の耐摩耗性の向上を図ったものは、たとえば特開2008−223859号公報に記載されている。
【0006】
上記特開2008−223859号公報に記載のものでは、リンクのピン孔内周面に、炭素鋼の露出面である低硬度面と、拡散浸透処理による炭化物層からなる高硬度面とを形成している。
【0007】
さらに、連結ピンおよびリンクのピン孔の耐摩耗性の向上を図ったものは、たとえば、特開2000−249196号公報、特開2003−269550号公報、特開2005−291349号公報、特開2006−132637号公報に記載されている。
【0008】
上記特開2000−249196号公報に記載のものでは、ピン素材に拡散浸透処理を施すことによりピン素材の表面に金属炭化物層を形成するとともに、リンク表面に拡散浸透処理を施すことによりリンク表面に窒化層または金属炭化物層を形成しており、特開2003−269550号公報に記載のものでは、ピン素材に浸透処理を施すことによりピン素材の表面にバナジウム炭化物およびクロム炭化物を含む炭化物層を形成するとともに、リンクのピン孔に仕上加工を施しており、特開2005−291349号公報に記載のものでは、ピン素材に対して拡散浸透処理を施すことによりピン素材の表面に硬質炭化物層を形成しかつ当該硬質炭化物層の表面にDLC層を形成するとともに、当該DLC層をリンクのピン孔の内周面に転写しており、特開2006−132637号公報に記載のものでは、ピン素材の表面にVC層を形成するとともに、リンク表面にクロマイジング処理を施している。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記各公報に記載のものでは、十分なオイルが供給されている潤滑条件下では一定の効果が期待できるものの、オイルの希釈化や供給オイルの減少、オイルの粘性の低下、オイルの劣化等による油膜切れ、またはオイル中のスーツ(煤)の存在による侵食(soot attack)といったいわゆる凝着系モードの潤滑条件下においては、必ずしも良好な耐摩耗性が得られていなかった。
【0010】
本発明は、このような従来の実情に鑑みてなされたもので、本発明が解決しようとする課題は、凝着系モードの潤滑条件下でも耐摩耗性を向上できる摺動部材の製造方法およびチェーン用リンクの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本願発明に係る発明者らは、チェーン部品、とくにチェーン用リンクのピン孔の耐摩耗性に関して、組成の異なる種々の材料を用いて様々な凝着系モードの潤滑条件下で試験を行い鋭意研究を進めてきた結果、本願発明を想到するに至ったのである。
【0012】
本発明に係る鋼製の摺動部材の製造方法は、Cr,V,Ti,Nbのいずれかの元素を元々含んでいた炭素鋼材からなる摺動部材を用意し、拡散浸透処理を含まない熱処理を前記摺動部材に施すことにより、前記摺動部材の表面に硬化層を形成するとともに、硬化層の表層部に、当該硬化層の表面硬度と同じかまたはこれよりも硬度が高くかつ前記Cr,V,Ti,Nbのいずれかの元素の酸化物、炭化物または窒化物(Tiの窒化物を除く)からなる多数の硬質粒子をそれぞれ結晶状態で点在させるようにしたことを特徴としている(請求項1参照)。
【0013】
本発明に係る摺動部材の製造方法によれば、摺動部材の表面に形成された硬化層の表層部に多数の硬質粒子を点在させるようにしたので、とくに、オイルの希釈化や供給オイルの減少、オイルの粘性の低下、オイルの劣化等による油膜切れ、またはオイル中のスーツ(煤)の存在による侵食(soot attack)といったいわゆる凝着系モードの潤滑条件下において、摺動部材が被摺動部材に対して摺動したときに、硬化層の表層部に露出した多数の硬質粒子がいわゆる「アンカー効果」を発揮してその場所に留まろうとすることによって、硬質粒子の周囲の硬化層表層部が被摺動部材の摺動によって塑性流動を起こすのを効果的に防止でき、その結果、摺動部材の表面の凝着摩耗を低減でき、耐摩耗性を向上できる。
【0014】
炭素鋼材がCrの元素を元々含んでおり、熱処理後には、摺動部材の表面に形成される硬化層の表層部に、Crの酸化物からなる多数の硬質粒子が結晶状態で点在している(請求項2参照)。
【0015】
硬化層がマルテンパー処理により形成され、硬質粒子が数ミクロン〜十数ミクロンの結晶粒度を有し、マルテンサイトの組織中に結晶状態で点在している(請求項3参照)。
【0016】
前記硬化層の厚みが20〜30μmである(請求項4参照)。
【0017】
硬質粒子の硬度がHv550〜2500であって、摺動部材の硬化層の表面硬度がHv500〜600である(請求項5参照)。
【0018】
また、本発明に係るチェーン用リンクの製造方法は、連結ピンを挿入するためのピン孔を有する鋼製のチェーン用リンクの製造方法において、Cr,V,Ti,Nbのいずれかの元素を元々含んでいた炭素鋼材からなるチェーン用リンクを用意し、拡散浸透処理を含まない熱処理をチェーン用リンクに施すことにより、チェーン用リンクのピン孔の内周面に硬化層を形成するとともに、硬化層の表層部に、当該硬化層の表面硬度と同じかまたはこれよりも硬度が高くかつ前記Cr,V,Ti,Nbのいずれかの元素の酸化物、炭化物または窒化物(Tiの窒化物を除く)からなる多数の硬質粒子をそれぞれ結晶状態で点在させるようにしたことを特徴としている(請求項6参照)。
【0019】
本発明に係るチェーン用リンクの製造方法によれば、ピン孔内周面に形成された硬化層の表層部に多数の硬質粒子を点在させるようにしたので、とくに、オイルの希釈化や供給オイルの減少、オイルの粘性の低下、オイルの劣化等による油膜切れ、またはオイル中のスーツの存在による侵食といったいわゆる凝着系モードの潤滑条件下において、リンクが連結ピンに対して摺動したときに、リンクのピン孔内周面の硬化層の表層部に露出した多数の硬質粒子がいわゆる「アンカー効果」を発揮してその場所に留まろうとすることによって、硬質粒子の周囲の硬化層表層部が連結ピンの外周面の摺動によって塑性流動を起こすのを効果的に防止でき、その結果、リンクのピン孔内周面の凝着摩耗を低減でき、耐摩耗性を向上できる。
【0020】
上記チェーン用リンクを備えたチェーンの製造方法において、連結ピンに、Cr,V,Ti,Nb,Wのいずれか一つまたは二つ以上の元素の炭化物または窒化物(Tiの窒化物を除く)からなる硬化層を形成し、当該硬化層の表面硬度を、硬質粒子の硬度と同じかまたはこれよりも高くした(請求項7参照)。
【発明の効果】
【0021】
以上のように、本発明によれば、摺動部材の表面(またはリンクのピン孔の内周面)に形成された硬化層の表層部に多数の硬質粒子を点在させるようにしたので、とくに、オイルの希釈化や供給オイルの減少、オイルの粘性の低下、オイルの劣化等による油膜切れ、またはオイル中のスーツ(煤)の存在による侵食(soot attack)といったいわゆる凝着系モードの潤滑条件下において、摺動部材(またはリンク)が被摺動部材(または連結ピン)に対して摺動したときに、硬化層の表層部に露出した多数の硬質粒子がいわゆる「アンカー効果」を発揮してその場所に留まろうとすることによって、硬質粒子の周囲の硬化層表層部が被摺動部材(または連結ピン)の摺動によって塑性流動を起こすのを効果的に防止でき、その結果、摺動部材の表面(またはリンクのピン孔の内周面)の凝着摩耗を低減でき、耐摩耗性を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明の一実施例によるリンクプレートを採用するサイレントチェーンの平面概略部分図である。
図2】サイレントチェーン(図1)の正面概略部分図である。
図3】リンクプレート(図1)の正面拡大図である。
図4】リンクプレート(図1)のプレス打抜き加工工程を説明するための図である。
図5】リンクプレート(図1)のピン孔断面の電子顕微鏡写真である。
図6】従来のリンクプレートのピン孔断面の電子顕微鏡写真である。
図7】サイレントチェーン摩耗試験装置の概略構成を試験条件とともに示す図である。
図8】摩耗試験装置(図7)による摩耗試験結果を示すグラフであって、各種試験モード下で本発明のリンクプレート(L)およびピン(P)の摩耗量を従来のリンクプレート(L)およびピン(P)の摩耗量と対比して示している。
図9図8の各種試験モード下において本発明のサイレントチェーンの伸びを従来のサイレントチェーンの伸びと対比して示している。
図10】サイレントチェーンの運転時において、本発明によるリンクプレートおよび連結ピンの摺動接触状態を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施例を添付図面に基づいて説明する。
図1ないし図5は、本発明の一実施例を説明するための図である。ここでは、摺動部材として、サイレントチェーンのリンクプレートを例にとって説明する。
【0024】
図1および図2に示すように、サイレントチェーン1は、各々一対の歯部21およびピン孔22を有する多数のリンクプレート2を厚み方向(図1上下方向、図2紙面垂直方向)および長手方向(図1図2左右方向)に積層するとともに、各ピン孔22内に挿入した連結ピン3で各リンクプレート2を枢支可能にかつ無端状に連結することにより構成されている。リンクプレート2の最外側には、図示しないチェーンガイドやテンショナアームに対して当該サイレントチェーンのガイド機能を有するガイドリンク4が配置されており、ガイドリンク4のピン孔41内には、連結ピン3の端部が固定されている。
【0025】
リンクプレート2の各歯部21は、図3に示すように、それぞれ内側フランク面21aおよび外側フランク面21bから構成されており、各内側フランク面21aはクロッチ部21cで連結されている。また、リンクプレート2の各歯部21の逆側には、背面23が設けられている。なお、ここでは、リンクプレート2のピン孔22として、円形状の穴の例を示すとともに、連結ピン3として、横断面円形状(つまり円柱形状)のピンの例を示している。また、ガイドリンクとして、その背面側にクロッチ部42が形成されたいわゆる低剛性ガイドを例にとっている。
【0026】
リンクプレート2を構成する炭素鋼材としては、たとえば表1に示すような化学組成を有するクロムモリブデン鋼の一種が用いられる。同表において、下段の各数字は、上段の各化学成分の割合を%で示している。同表に示すように、この炭素鋼材は、炭素(C)、ケイ素(Si)、マンガン(Mn)、リン(P)、硫黄(S)、銅(Cu)、ニッケル(Ni)、クロム(Cr)およびモリブデン(Mo)を含んでおり、従来の一般的なクロムモリブデン鋼に比べて、炭素含有量が多くなっている。
【表1】
【0027】
表2は、表1の炭素鋼材の各化学成分の割合を最小値と最大値の範囲で示したものである。表2の下段中、上側の数字が最小値を、下側の数字が最大値を示している。本実施例で使用される炭素鋼材の各化学成分の割合としては、少なくとも、表2に示された範囲にあるものが適しているといえる。
【表2】
【0028】
ここで、参考までに、従来のリンクプレートを構成する炭素鋼材である機械構造用炭素鋼の化学組成を表3に示す。表1と同様に、表3において、下段の各数字は、上段の各化学成分の割合を%で示している。同表に示すように、この炭素鋼材は、炭素(C)、ケイ素(Si)、マンガン(Mn)、リン(P)、硫黄(S)の他に、少量のクロム(Cr)を含んでいる。
【表3】
【0029】
また、表4は、表3の炭素鋼材の各化学成分の割合を最小値と最大値の範囲で示したものであって、同表の下段中、上側の数字が最小値を、下側の数字が最大値を示している。
【表4】
【0030】
リンクプレート2の外形およびピン孔は、表1または表2に示すような化学組成を有する炭素鋼製の帯鋼をプレス打抜き加工することにより形成される。図4は、このようなプレス打抜き加工の一例を示す工程図である。
【0031】
図4に示すように、帯鋼のブランク材Bを矢印方向に搬送して、同図左方に設けられた加工位置(図示せず)に移動させつつ、順次(a)〜(c)のプレス打抜き加工を行う。なお、同図中、斜線部分は、抜きかす(スクラップ)となる部分を示している。
【0032】
まず、図4中の第1の工程(a)において、斜線部分S1を打ち抜く(ピアシングする)ことにより、リンクプレートのピン孔22となる一対の穴を開ける。次に、第2の工程(b)において、斜線部分S2を打ち抜くことにより、リンクプレートの背部を構成する背面23を形成する。次に、第3の工程(c)において、斜線部分S3を打ち抜くことにより、リンクプレートの各歯部21となる略W字状の面を形成する。そして、図示していないが、最後の工程において、リンクプレートの左右の肩部を打ち抜くことで、リンクプレートがブランク材Bから取り出されることになる。
【0033】
なお、ここでの詳細な説明は省略するが、必要に応じて、リンクプレートのプレス打抜き加工工程において、シェービング工具やバニシ工具を用いることにより、リンクプレートのピン孔22や歯部21、背面23に対して、面粗度を向上させるためのシェービング加工やバニシ仕上加工が施される。
【0034】
プレス打抜き加工されてブランク材Bから取り出されたリンクプレートは、次工程において熱処理される。
【0035】
ここで、一般に、「熱処理」という用語は、金属をある温度まで加熱した後、冷却して所望の金属組織に改質する操作を意味しており、焼入れ、焼もどし、焼なまし(焼鈍)、焼ならし(焼準)、マルテンパー(マルテンパリング)等の処理を含んでいるが、本明細書中で使用する「熱処理」には、クロマイジングやバナダイジング等のように、金属の外部からCrやV等の元素を金属の内部に拡散浸透させるような処理は含まないものとする。
【0036】
本実施例においは、リンクプレートはマルテンパー処理されている。このマルテンパー処理の条件は以下のとおりである。
1)加熱温度: 890℃
2)加熱時間: 38min.
3)CP値: 0.55
4)ソルトテンパー温度: 280℃
5)ソルトテンパー時間: 70min.
【0037】
従来のリンクプレートに対してもマルテンパー処理が行われているが、その条件は、本実施例の場合と異なり、以下のとおりである。
1)加熱温度: 850℃
2)加熱時間: 38min.
3)CP値: 0.50
4)ソルトテンパー温度: 280℃
5)ソルトテンパー時間: 70min.
【0038】
両者を比較すると分かるように、本実施例においては、従来のマルテンパー処理と比較して、加熱温度が高くかつ雰囲気CP(カーボンポテンシャル)値が高くなっている。
マルテンパー処理後、リンクプレートは、混転機に入れられてバレル研磨される。
【0039】
次に、バレル研磨後のリンクプレートをピン孔を通る断面で切断して、その切断面を電子顕微鏡で撮影した写真(反射電子像)を図5に示す。同図において、上部の黒い帯状の部分は、切断したリンクプレートを保持するための樹脂部材であり、樹脂部材との境界面において左右方向に延びる面がピン孔の内周面である。
【0040】
図5には、リンクプレートの硬化層およびその下層の芯部(母材)の断面が示されており、同図には明確に表されていないが、硬化層の厚みは約20μmである。硬化層の厚みとしては20〜30μmあればよい。硬化層の表層部(つまりピン孔内周面近傍領域)において円または楕円で囲んだ個所には、その周囲に比べて黒っぽい領域が多数点在している。これらは、硬化層の表面硬度よりも硬度の高い硬質粒子の結晶であって、本実施例では、クロム(Cr)の酸化物(CrxOy)であると考えられる。これらのクロム酸化物は、マルテンパー処理時にCP0.55の炉雰囲気内の酸素成分がリンクプレート内に元々存在していたクロムと結合して生じた析出物と推測される。各硬質粒子の結晶粒度は、数ミクロン〜十数ミクロンである。
【0041】
その一方、従来のリンクプレートのピン孔を通る断面の電子顕微鏡写真(反射電子像)を図6に示す。同図には明確に表されていないが、従来のリンクプレートにおいても、硬化層の厚みは約20μmである。従来のリンクプレートの硬化層の表層部(つまりピン孔内周面近傍領域)には、図5に示したような、その周囲領域に比べて黒っぽくかつ硬度が高くしかも表層部に多数点在するような硬質粒子の結晶領域は見られない。なお、図6中、硬化層の表層部にいくつかまばらに見られる黒っぽい領域は、マルテンパー処理される前から(つまり鋼生成時に)すでにリンクプレート材に存在していた介在物であると推測される。
【0042】
また、本実施例によるリンクプレートにおいて、硬質粒子の硬度は、リンクプレートの硬化層の表面硬度と同じであってもよい。具体的には、硬質粒子の硬度およびリンクプレート硬化層の表面硬度は以下のとおりである。
a)硬質粒子の硬度: Hv550〜2500
b)リンクプレート硬化層の表面硬度: Hv500〜600
【0043】
一方、連結ピン3には、クロム(Cr)、バナジウム(V)、チタン(Ti)、ニオビウム(Nb)またはタングステン(W)のいずれか一つまたは二つ以上の元素の炭化物または窒化物からなる硬化層が形成されている。好ましくは、連結ピン3の硬化層の表面硬度は、硬質粒子の硬度と同じかまたはこれよりも高くなっている。具体的には、硬化層がたとえばクロム炭化物層の場合、硬化層の硬度はHv600〜1700であり、硬化層がたとえばバナジウム炭化物層の場合は、硬化層の硬度はHv2400〜2500である。
【0044】
次に、上述したリンクプレートおよび連結ピンからなるサイレントチェーンを用いた摩耗試験方法について説明する。
なお、ここでは、連結ピンとして、硬化層にバナジウム炭化物層が形成されたいわゆるVCピンを採用した例を示す。
【0045】
摩耗試験は、図7にその概略構成を試験条件とともに示す摩耗試験装置によって行われた。同図に示すように、この摩耗試験装置は、離隔配置された駆動軸D1および従動軸D2にいずれも歯数23枚のスプロケットS1、S2を取り付けて構成されており、これらのスプロケットS1、S2に試験用のサイレントチェーンCが巻き掛けられている。
【0046】
摩耗試験装置の駆動軸D1および従動軸D2の回転数はいずれも3000rpmであって、チェーン張力は2000Nである。潤滑油の油温は120℃で、油量は毎分0.5リッターである。潤滑油は、模擬スーツ入りオイル0.4%を含む低粘度オイルを使用した。より詳細には、模擬スーツ入りオイル0.4%を含む10W−30の潤滑油、および模擬スーツ入りオイル0.4%を含む0W−20の潤滑油をそれぞれ用いた二種類の試験条件の他に、実機ファイアリング条件下でも摩耗試験を行った。摩耗試験は、チェーンサイクルとして450万サイクル(つまりチェーン総回転数として450万サイクル)行った。
【0047】
上記摩耗試験装置による摩耗試験後の試験結果を図8および図9に示す。
各図には、上述したように、10W−30の潤滑油+模擬スーツ、0W−20の潤滑油+模擬スーツ、および実機ファイアリング試験という三種類の試験モードに分けて摩耗試験結果が示されている。図8は、リンクプレート(L)のピン孔およびピン(P)のそれぞれの摩耗量を本発明品および従来品で対比しつつ示しており、図9は、サイレントチェーンの伸びを本発明品および従来品で対比しつつ示している。
【0048】
図8中、本発明品のリンクプレート(L)とは、上述した硬質粒子を含むリンクプレートであり、従来品のリンクプレート(L)とは、硬質粒子を含まない従来のリンクプレートである。また、図8中、本発明品および従来品における連結ピン(P)とは、いずれもVCピンである。一方、図9中、本発明品のサイレントチェーンとは、上述した硬質粒子を含むリンクプレートおよびVCピンからなるサイレントチェーンであり、従来品のサイレントチェーンとは、硬質粒子を含まない従来のリンクプレートおよびVCピンからなるサイレントチェーンである。
【0049】
図8から明らかなように、10W−30の潤滑油+模擬スーツ、0W−20の潤滑油+模擬スーツ、および実機ファイアリング試験のいずれの試験モードにおいても、本発明品のリンクプレート(L)の方が従来品のリンクプレート(L)よりもピン孔の摩耗量が少なかった。より詳細には、10W−30の潤滑油+模擬スーツの試験モード下では、本発明品の方が従来品よりもピン孔摩耗量が約48%減少し、0W−20の潤滑油+模擬スーツの試験モード下では、本発明品の方が従来品よりもピン孔摩耗量が約60%減少し、実機ファイアリング試験の試験モード下では、本発明品の方が従来品よりもピン孔摩耗量が約36%減少した。なお、ピン(P)の摩耗量に関しては、いずれの試験モード下でも両者にほとんど差はなかった。
【0050】
また、図9から分かるように、チェーン伸びに関しては、いずれの試験モードにおいても、本発明品のサイレントチェーンの方が従来品のサイレントチェーンよりも伸びが少なかった。このことは、図8の結果からも容易に類推できる。より詳細には、10W−30の潤滑油+模擬スーツの試験モード下では、本発明品の方が従来品よりもチェーン伸びが約41%減少し、0W−20の潤滑油+模擬スーツの試験モード下では、本発明品の方が従来品よりもチェーン伸びが約48%減少し、実機ファイアリング試験の試験モード下では、本発明品の方が従来品よりもチェーン伸びが約22%減少した。
【0051】
次に、図10は、サイレントチェーンの運転時において、本発明によるリンクプレートおよび連結ピンの摺動接触状態を拡大して模式的に示したものである。同図に示すように、リンクプレートのピン孔22の内周面近傍領域(つまり硬化層の表層部)には、多数の硬質粒子hpが点在している。各硬質粒子hpは、ピン孔内周面の周方向(図10左右方向)およびピン孔内周面の円筒面に沿う方向(同図紙面垂直方向)のみならず、ピン孔22の法線方向つまりピン孔内周面から母材に進入する方向(同図下方向)に互いに不規則な間隔で点在している。リンクプレートのピン孔22には、連結ピン3が挿入されている。ここでは、図示の便宜上、リンクプレート2のピン孔22の内周面および連結ピン3の外周面30を曲線ではなく直線で描いている。連結ピン3の外周面30とピン孔22の内周面との間には、クリアランスCが形成されている。連結ピン3の外周面30には、外方に突出する多数の凸部30aが形成されているが、これらの凸部30aは外周面30の面粗さを誇張して描いたものである。また、連結ピン3およびピン孔22間のクリアランスCには、スーツsが存在している状態が示されている。
【0052】
上述した摩耗試験において、本発明品の方が従来品よりもリンクプレートのピン孔摩耗量が著しく減少した理由について、図10を用いて説明する。
サイレントチェーンの運転時には、サイレントチェーンがスプロケットの周りを回転する際にリンクプレート2が関節運動を繰り返すことにより、リンクプレート2が連結ピン3の周りを回転摺動する(図10中の白抜き矢印参照)。
【0053】
このとき、連結ピン3およびピン孔22間のクリアランスCに十分な量のオイルが供給されている場合には、リンクプレート2が連結ピン3の周りを回転摺動したときにリンクプレート2のピン孔22の内周面が凝着摩耗を起こすのを防止できる。その一方、供給オイルの減少やオイルの希釈化、オイルの粘性の低下、オイルの劣化等によって、クリアランスCに油膜切れが発生した場合、または連結ピン3およびピン孔22に対してオイル中のスーツsによる侵食(soot attack)が生じた場合には、リンクプレート2のピン孔22の内周面が連結ピン3の外周面30に直接またはスーツsを介して接触して塑性流動を起こすことで、ピン孔内周面が凝着摩耗を起こす恐れがある。
【0054】
ところが、本実施例においては、上述したように、リンクプレート2のピン孔内周面の硬化層の表層部に多数の硬質粒子hpを点在させるようにしたので、油膜切れやスーツsによる侵食を含むいわゆる凝着系モードの潤滑条件下において、ピン孔22が連結ピン3の外周面に対して摺動したとき、ピン孔内周面に露出した多数の硬質粒子hpがいわゆる「アンカー効果」を発揮してその場所に留まろうとすることによって、硬質粒子hpの周囲の硬化層表層部が連結ピン3の摺動によって塑性流動を起こすのを効果的に防止でき(図10中のピン孔内周面上の矢印参照)、その結果、ピン孔22の内周面の凝着摩耗を低減でき、耐摩耗性を向上できる。
【0055】
なお、硬質粒子hpは、ピン孔内周面の表層部のみならずピン孔断面の深さ方向にも存在しているので、ピン孔内周面の表層部が摩耗して表層部の硬質粒子hpが剥離した場合には、ピン孔断面の深さ方向に存在していた硬質粒子hpがピン孔内周面の表層部に露出してきて、新たに「アンカー効果」を発揮する。このようにして、ピン孔内周面の表層部の塑性流動を防止でき、その結果、ピン孔内周面の凝着摩耗を低減でき、耐摩耗性を向上できる。
【0056】
前記実施例では、リンクプレートのピン孔として円形状の穴を用いるとともに、連結ピンとして横断面円形状のピンを用いた例を示したが、本発明は、その他の任意の形状のピン孔および連結ピンにも適用可能である。
【0057】
前記実施例では、鋼製材料としてクロムモリブデン鋼の一種を採用するとともに、硬質粒子としてクロム酸化物を採用した例を示したが、本発明の適用はこれに限定されず、クロム炭化物やクロム窒化物であってもよい。また、鋼製材料としては、バナジウム、チタンまたはニオビウムを含む鋼(例えばバナジウム鋼、チタン合金またはニオブ鋼)を採用するようにしてもよく、硬質粒子としては、各鋼の内部に元々含まれていたバナジウム(V)、チタン(Ti)またはニオビウム(Nb)の酸化物、炭化物または窒化物であってもよい。
【0058】
前記実施例では、本発明によるリンクプレートがサイレントチェーンに適用された例を示したが、本発明は、ローラチェーン用のリンクプレートおよびリーフチェーン用のリンクプレートにも同様に適用でき、さらに、チェーン用リンクプレートのみならず、互いに摺動する摺動部材にも適用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明は、サイレントチェーン、ローラチェーンおよびリーフチェーンのような動力伝達用チェーンや、エンジンのカムシャフト駆動チェーン、オイルポンプ駆動チェーン、バランサチェーンなどにおいて、とくに、連結ピンにより無端状に連結されるリンクに適している。
【符号の説明】
【0060】
1: サイレントチェーン

2: リンクプレート(摺動部材)
22: ピン孔

3: 連結ピン

hp: 硬質粒子
【先行技術文献】
【特許文献】
【0061】
【特許文献1】特開昭56−41370号公報(特許請求の範囲参照)
【特許文献2】特開平10−169723号公報(請求項1参照)
【特許文献3】特開2002−195356号公報(請求項1参照)
【特許文献4】特開2006−336056号公報(請求項1参照)
【特許文献5】特開2011−122190号公報(請求項1参照)
【特許文献6】特開2008−223859号公報(請求項1参照)
【特許文献7】特開2000−249196号公報(請求項1、3参照)
【特許文献8】特開2003−269550号公報(請求項1参照)
【特許文献9】特開2005−291349号公報(請求項1参照)
【特許文献10】特開2006−132637号公報(請求項1参照)
図1
図2
図3
図4
図7
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図10
図5
図6
図8