【実施例】
【0047】
衝突誘起解離実験
すべての実験は、エレクトロスプレーイオン化(ESI)および常圧光イオン化(APPI)を装備した12テスラBruker Apex FTICR−MSで行われた。APPIは、芳香環クラス画分、スルフィドおよびアスファルテンについての本CID研究においては第一のイオン化法である。3〜8L/分の乾燥ガス(N
2)および1〜3L/分の霧化ガスの向流フローが脱溶媒和プロセスを支援するために用いられた。霧化温度は450℃に設定された。ソース圧力は、イオンの十分な緩和を可能にするために2〜3ミリバールに維持された。APPIによって形成された分子イオンは、2段階イオン漏斗によって集められ、四重極分析計への注入前に先ずrf−オンリー六重極に蓄積された。六重極は、5MHzの周波数で200〜400Vppの電圧で操作される。四重極質量分析計が、CID実験の対象となる質量を選択するために使用された。四重極質量分析計を通ったイオンは、690Vに設定されたVppのrf−オンリーモードで操作される線形四重極からなる衝突セルに蓄積された。衝突セル圧力は、衝突ガスとしてのアルゴンで約10
−2ミリバールに制御された。スペクトルは、ブロードバンドモードで取得される4Mデータ点からなる20〜100の過渡信号の共添加から取得された。時間領域信号は、マグニチュードモードのフーリエ変換の前に半正弦窓関数でアポダイズされた。パルス列制御、データ収集、および収集後処理のすべての態様は、PCにおいてBruker Daltonics Compass apexControl 3.0.0ソフトウェアを用いて行われた。
【0048】
分子イオンのフラグメンテーションを行うことができる2つの場所がBruker FTICR−MSに存在する。第一の場所は、RFオンリー四重極イオントラップ(衝突セル)である。フラグメンテーションは、10
−2ミリバールの圧力での中性分子(Ar)とのイオンの多重衝突によって誘起されるまたは活性化される。衝突セル前の四重極質量フィルタの分解能は非常に制限される。第二の場所はFTICRセルである。フラグメンテーションメカニズムは赤外多光子解離(IRMPD)である。ここでは、この報告のうち、衝突セル領域で行われるCID反応に焦点を置く。
【0049】
残油コア構造解析のためのCID−FTICR−MS実験の簡略図が
図2に例示される。様々なソフトイオン化法によって発生したイオンは、すべて一緒にかまたは選択的に衝突セルに移すことができる。フラグメントイオンは、標準FTICR分析のためのICRセルに導かれる。分子が(ジアルキルナフタレンなどの)シングルコアである場合には、分子量低下が予期されるにすぎないであろう。分子の不飽和の程度(Z数)は変わらないはずである。分子が(ビナフタレニルテトラデカンなどの)マルチコアである場合には、分子量低下およびZ低下の両方が見られるであろう。すべてのモデル化合物実験において、イオンは、1〜5ダルトンに設定された分離ウィンドウ(isolation window)の四重極分析計によってフィルタにかけられる。実験室衝突セル電圧は、0〜50Vで変わる。エネルギーブレークダウン曲線を構築するために、方程式1
E
CM=M
Ar/(M
Ar+M
ion)×E
lab×23.06 方程式1
を用いて実験室エネルギー(E
lab)は、質量中心のエネルギー(E
CM)へ変換され、エネルギー単位は、eVからKcal/モルへ変換される。
【0050】
ここで、M
Arはアルゴンガスの質量であり、M
ionは親イオンの質量である。エネルギーブレークダウン曲線は、主要生成物信号の合計を百万に標準化することによってプロットされる。
【0051】
石油試料については、すべてのイオンをFTICRセルへ送り、それらをアルゴンガスとの衝突にかけるように選ばれる。フラグメントはその結果として超高分解能モードでFTICR−MSによって分析される。衝突エネルギーは、減圧残油については30Vに、ガスオイルについては20Vに固定された(考察を参照されたい)。
【0052】
試料
モデル化合物は、内部で合成されるかまたは商業的供給源から購入される。表2は、CID実験にかけられるモデル化合物および実験の目的をまとめた。あるものは、異なるアルキル置換の化合物の混合物である。ほとんどのモデル化合物実験において、CID前に分子イオンを分離するために四重極質量フィルタが使用される。
【0053】
VR試料は、原油蒸留試験から生成された。計4つのVRがCIDによって特性化された。さらに、石油分子に関するCID化学を理解するのを支援するために3つのガスオイルHDHA留分もまた分析された。試料は、表3にまとめられる。
【0054】
結果および考察
CIDの基本の概要
衝突誘起解離(CID)は、有機分子および混合物の質量分析特性化に広く適用されてきた。CIDメカニズム、反応速度論および動力学の基本は、幅広く研究されてきた。CIDは通常は2段階プロセスと考えられる。第1段階は、その後単分子イオン解離プロセスを通過する、励起状態への親イオンの衝突活性化を含む。フラグメンテーション経路は、RRKM理論または準平衡理論(QET)において示されるように内部エネルギー付与およびイオン構造に従い、親イオンを作り出すために用いられるイオン化プロセスとは無関係である。2つのコアシステムについて、このプロセスは、
図3に図示することができる。イオン化ポテンシャル(IP)と臨界エネルギー(E)との間の簡単な近似関係は、方程式2から導き出すことができる。
ΔE=E
1−E
2=ΔH
f(A
+)+ΔH
f(B
・)−ΔH
f(B
+)−ΔH
f(A
・)
=(ΔH
f(A
+)−ΔH
f(A
・))−(ΔH
f(B
+)−ΔH
f(B
・))
≒IP
A−IP
B=ΔIP 方程式2
【0055】
それ故に、アレニウス単分子速度をk=A×exp(−E/kT)と表し、反応1および2について前指数頻度因子を仮定すると、
Ln(k
1/k
2)=(E
2−E
1)/kT≒ΔIP/kT 方程式3
が得られる。
【0056】
こうして、電荷を帯びているコアの存在度は、それらの相対イオン化ポテンシャルによっておおよそ決定される。これは一般に、質量分析においてはStevenの規則と言われる。残油分子のコア成分がそれらのイオン化ポテンシャルの点で非常に異なる場合、CID生成物は、最低イオン化ポテンシャルを有するコアに有利に働くと予期される。応答係数検定がしたがって必要になる。より詳細なフラグメンテーションメカニズムは、質量スペクトルの解釈に関するMcLaffertyの本に見いだすことができる
6。
【0057】
単一の衝突事象の衝突エネルギーは、実験室衝突エネルギー、検体イオンの質量および中性分子の質量によって制御される。エネルギー付与は通常は、質量中心の衝突エネルギーによって提供されるものよりも小さい。単一の衝突は、より高い減圧環境中で起こるにすぎず、低いフラグメンテーション効率のために実際の分析においては非常に限定された適用を見いだした。線形四重極イオントラップの場合には、イオン滞留時間は長く(0.1〜10ms)、圧力は高く(約10−2ミリバール)、実験室衝突エネルギーによって規定されるものよりもはるかに高いエネルギー付与につながる多重衝突が起こっている。内部エネルギー分布は、ボルツマン分布に非常によく似ており、プロセスが事実上熱的であることを暗示することが分かった。相違は、CIDプロセスでの電荷排除のためにCIDにおいて検体イオン間の二分子反応がまったく存在しないことである。こうして熱的プロセスにおける多核芳香族成長(コーキング)は、大部分は最小限にされる。CIDエネルギー付与に関するより詳細は、LaskinおよびFutrellによってまとめられている
7。
【0058】
多重極蓄積支援解離(MSAD)によるフラグメンテーションの増進
CIDフラグメンテーションは、イオンが衝突セル中で一定の濃度に蓄積された場合に増進され得る。この現象は、多重極蓄積支援解離(MSAD)と命名されている
8。フラグメンテーションパターンがイオン蓄積および試料濃度に関係すると分かっている石油試料のCIDにおいて、MSAD効果が明らかに観察された。本実験のほとんどにおいて、Q1は、すべてのイオンを衝突セル中へ通すために開かれている。分子イオンは、イオンが孤立している場合よりも容易にフラグメント化される。これはMSAD効果によるとされる。MSADの現在の理論は、いったんイオン密度が多重極における電荷限界に達すると、クーロン力が、イオン集合を放射状に広がるように後押しし、イオンがより高い大きさで振動するのを可能にするというものである。これは、イオンとの六重極ロッドでのrfエネルギーの結合を可能にし、それらをより高い運動エネルギーへと効果的に加速するであろう。広範なフラグメンテーションが、衝突セル(10
−2ミリバール)中での励起イオンとガス分子との衝突によって引き起こされる。しかし、解離プロセスの基本は、CIDと同じものである。
【0059】
モデル化合物のCID
モデル化合物実験が、CID化学に関する多数の重要な疑問に答えるために行われた。発明者らは、CIDプロセスにおける弱い結合対強い結合、ナフテン環構造へのCIDの影響、生成物分布、とりわけコア分布を知ることを望んでいる。この理解は、石油試料の結果を理論的に説明するのに役立つであろう。
【0060】
シングルコア分子の脱アルキル化
図4は、ジ−C16アルキルナフタレンのCID質量スペクトルを示す。合成プロセスにおける1−ヘキサデセンの二重結合移動のためにα炭素位にメチル分岐が存在する場合がある。この化合物は異性体的に純粋ではなく、アルキルは、様々な芳香環位置に存在することができる。したがってCIDフラグメンテーション経路の解釈は、厳格でなくてもよい。CIDがオフの場合、フラグメンテーションは予期されるようにまったくない。CIDがオンの場合、フラグメンテーションの程度は、衝突エネルギーの増加とともに増加する。15kcal/モルでは、モノ−およびジ−置換アルキルナフタレンのフラグメンテーション生成物が観察された。30kcal/モルでは、ほとんどすべてのフラグメントは、モノ−置換アルキル(C1〜C4)ナフタレンであり、C2生成物が最も豊富である。この化合物のエネルギーブレークダウン曲線は、
図5に示される。ジ−置換生成物の存在度は、フラグメント化イオンのさらなる解離を反映して、衝突エネルギーが増加するにつれて最初は上がり、次に低下する。ほとんどのフラグメントは、それらが反応スキーム1に示されるようにα開裂によって形成される偶数電子(EE)イオンであることを示唆する奇数の質量化学種である。
【化1】
【0061】
図6および
図7は、ジ−C16アルキルジベンゾチオフェンの質量スペクトルおよびエネルギーブレークダウン曲線を示す。アルキルナフタレンとは違って、アルキルDBTは、低い衝突エネルギーでさえもほとんどないジ−置換生成物と主にモノ−置換の生成物とを示す。C1〜C4DBTが主反応生成物である。フラグメンテーションメカニズムは、アルキルナフタレンによく似ている。
【0062】
全体的に見て、シングルコア芳香族化合物はCIDにおいて芳香族構造を保持すると結論される。言い換えればZ数は保持される。主反応は、より短い鎖の生成物への脱アルキル化である。転位反応がイオン解離プロセスにおいて起こり得るので、熱化学においては稀である、多重置換芳香族化合物が脱アルキル化されてC1置換構造になることが観察された。
【0063】
マルチコア構造のブレークダウン
図8は、2コア芳香族化合物(ビナフチルテトラデカン)のCID質量スペクトルを示す。主生成物は、反応スキーム2に示されるようにα開裂から生じる、C2−ナフタレンである。
【化2】
【0064】
偶数質量生成物イオン(m/z 156)は、水素転位、引き続くα開裂によって生成する(反応スキーム3)。この反応は、CIDオフ条件でさえも起こる(ゼロ衝突エネルギーでの小さいm/z 156ピークに留意されたい)。別の生成物、m/z 181はアルキル側鎖の環化からであるように思われる。両反応スキーム3および4は、構成コアのZ数の変化を引き起こす。一般に、アルキル結合マルチコア構造は、CID条件下で開裂し、元の構造のZ低下をもたらすであろう。主要生成物は、構成コアのZ数を保持している。
【化3】
【0065】
コアサイズおよびヘテロ原子の影響
残油マルチコアは、異なるコアサイズの芳香族コアと硫黄および窒素含有芳香族化合物とを含有する可能性がある。CID生成物分布へのこれらの因子の影響を評価するために、3つのモデル化合物が合成され、CID−FTICR−MSによって評価された。これらは、ナフタレン−C
14−ピレン、フェナントレン−C
14−ジベンゾチオフェンおよびフェナントレン−C
14−カルバゾールである。
【0066】
図9は、ナフタレン−C
14−ピレンのCID質量スペクトルを示す。高い衝突エネルギーでの主生成物は、C
1およびC
2コア芳香族化合物である。m/z 141、155、169は、C
1〜C
3ナフタレンである。m/z 215および229は、C
1およびC
2ピレンである。33/kcal/モルで幾つかの偶数質量イオンが観察されたが、これらは、鎖長が低減したアルキル鎖の転位からのものである可能性が高い。この時点では理論的に説明できない幾つかの生成物イオンが存在する。m/z 167および181は、スキーム4に例示されるように類似のメカニズムによって形成される環化生成物である可能性が高い。m/z 202は、露出したピレンコアである。それは高い衝突エネルギーでは豊富であり、分子内水素転位によって形成される可能性が高い。
図10は、CIDオフ条件下ならびに23および39kcal/モルのCIDエネルギー条件下でのフェナントレン−C
14−DBT分子のCID質量スペクトルを示す。予期されるように、C
1およびC
2DBTおよびフェナントレンが主として観察された。低レベルの環状フェナントレンおよびDBT生成物(m/z 231および237)もまた観察された。
図11は、フェナントレン−C
14−カルバゾールのCID質量スペクトルを示す。最も豊富なイオンは、C
1、C
2およびC
3カルバゾールに相当する、m/z 180、194および208である。C
1およびC
2フェナントレン(m/z 191および205)はより低いレベルで存在する。m/z 206および220は環状カルバゾールである。
【0067】
これらの芳香族コアの相対応答を評価するために、相当するコアからのすべてのイオンが合計され、フラグメンテーションパターンが安定化されている高エネルギー領域においてそれらの相対存在度が比較された。結果は表1にまとめられる。イオン化ポテンシャルもまたこの表にリストされる。ピレンは、より低いイオン化ポテンシャルのためにナフタレンよりも高い応答を有する。フェナントレンおよびDBTは、それらの近いイオン化ポテンシャルおよび非常に同様の分子量によって予期されるように非常に近い応答を有する。カルバゾール応答は、一つにはカルバゾールのより低いIPのためにフェナントレンよりもはるかに高い。より重要な因子は、カルバゾールが、反応スキーム5に示されるように窒素原子上のプロトンを転位することによってより安定なイオンを形成できることである場合がある。
【化4】
【0068】
C1、C2および芳香族S結合の強度
本発明者らには、CIDプロセスが芳香族結合およびビアリール結合を壊さないであろうことがわかっている。CIDがC
1、C
2および芳香族硫黄結合を壊すかどうかは知られていない。
図12は、C
22−トルエン−C
1−トルエン(C
22アルキル化p−ジ−トリルメタン)のCIDを示す。いかなるアルキルトルエン生成物もないことによって証明されるように、CIDがC1結合を壊さないことは明らかである。
図13は、C
22−ベンゼン−S−ベンゼン(C
22アルキル化ジフェニルスルフィド)のCIDを示し、再び主としてC
1およびC
2ジフェニルスルフィドが観察された。スルフィド結合の破断の証拠はまったくない。高い衝突エネルギーで、2つのフェニル基の閉環ならびにC
1およびC
2ジベンゾチオフェンの形成が観察された。この反応は、芳香族スルフィドがDBT形成に関与するであろうからCIDデータの解釈に悪影響を及ぼし得る。C
2結合のCIDは、
図14に例示される。穏和な衝突エネルギー(29kcal/モル)で、この分子は、C
2〜C
6ナフタレンへと分解している。このようにC
2結合は、CIDによって容易に壊され得る弱い結合である。任意のより長いアルキル結合はさらにより低い衝突エネルギーで壊れるであろうと予期される。
【0069】
ナフテン環への影響
CIDに関する重要な疑問の一つは、ナフテン環構造へのその影響である。ここで試験されるモデル化合物は、5および6員環ナフテン構造の両方を含有するC
9アルキルジ芳香族ステランである。
図15に示されるように、24kcal/モルのエネルギーで、主生成物イオンは、C
1ジ芳香族ステランに一致する235のm/zを有する。9員環構造、これは、より安定な生成物イオンである可能性がある。非常に高い衝突エネルギー(71kcal/モル)で、開環および環状オレフィン芳香族構造の形成の明らかな証拠が観察された。興味深いことに、Z数は、コア構造が変化した場合でさえも依然として保全される。これは、Z数が環プラス二重結合の総数の合計であるので、ナフテン構造を表すためにZ数が用いられてもよいことを暗示する。高エネルギーが、高い衝突エネルギーでの形成フェナントレンによって示されるような分子の芳香族化を誘起することに留意されるべきである。
図16は、主生成物イオンのエネルギーブレークダウン曲線を示す。環構造は、広範囲の衝突エネルギーにわたって保持される。しかし、40kcal/モル後には開環生成物が支配的になる。
【0070】
石油留分のCID
CID生成物分布に影響を及ぼす因子
石油留分のCIDは、モデル化合物のそれよりも複雑である。衝突エネルギーに加えて、多数の因子が、CIDの基本の概要において説明されたようにMSAD効果によって主としてもたらされるCID生成物分布に影響を及ぼすことが分かっている。MSADの効果は、モデル化合物実験と比べてはるかにより多くのイオンが衝突セル中に存在し、はるかにより高い電荷密度が存在するので、石油試料のCIDにおいてより顕著である。その結果として、フラグメンテーションパターンは、イオン蓄積時間および試料の濃度による影響を受ける。イオンは、一連の電界レンズを用いてICRセルへ配送される。分子量分布は、ビームステアリング電圧、ステアリングレンズからセルまでの飛行時間およびICR励起エネルギーの影響を受けることが分かっている。モデル化目的のためには、一貫性のあるフラグメンテーションパターンを生成するであろう条件一式を有することが決定的に重要である。減圧残油試料については、衝突エネルギーは30eVに設定される。APPIによってイオン化される減圧残油分子は、400〜1200Daの分子量範囲および約700Daのピークを有する。これは、約37kcal/モルの平均CM衝突エネルギーになる。モデル化合物研究に基づき、このエネルギーは、分子のほとんどをC1〜C3置換コアへ変換するはずである。APPIによってイオン化されるVGO分子は、約450Daの平均分子量を有する。同様のCM衝突エネルギーを得るために、実験室エネルギーは、VGO試料のCIDについては20eVに設定される。
【0071】
CIDデータの品質保証
すべてのVR DAO画分について、試料の濃度は、約2mg/10cc(約200ppm W/V)で調製される。試料注入流量は、120μL/時に維持される。アスファルテン試料は、不十分な感度を有するので、これらの試料は、より高い濃度(約500ppm)およびより高い注入流量(約600μL)で準備される。衝突セル蓄積時間は0.5〜2秒である。励起エネルギー(RF減衰)は、低いm/z検出を高めるために14〜20に設定される。DOBA ARC4画分が、
図17に示されるようにフラグメンテーション一貫性を監視するために使用される。実施例は6週間の期間に及ぶ。結果として生じる二峰性分布は、低い質量分布で、より高い質量分布の強度のおおよそ半分であると予期される。2つの分布についての分離質量は約m/z 229である。オーバーオール強度は約4×10
7であると予期される。
【0072】
減圧残油中のマルチコア構造
本発明の第1セットのCID実験は、DOBA芳香族環クラス画分に関して行われた。
図18は、DOBA ARC4画分のCID前後の分子量分布およびz数分布(z−number distribution)の変化を示す。分子量の低下はVR分子の脱アルキル化のためであると予期される。最も興味深い結果は、二峰性分布が観察されたz数分布にある。Z=−6〜−20の分布は、1〜3芳香環の小さい芳香族分子である。Z=−20後の分布は、より多く縮合した芳香族構造(4〜9環芳香族化合物)である。このデータは、マルチコア構造概念と減圧残油中の高縮合および小芳香族構成単位の存在とを裏付けた。
図19は、CID前後のDOBA ARC1〜ARC4の二次元プロット(ZおよびMW)を明らかにする。負のZおよびMW低下がすべての画分について観察された。分子は、CIDによってそれらのコア構造へと効果的に低減した。マルチコア特徴は、ARC+4画分において一層明らかである。
【0073】
VRとVGOとの間のCID生成物の比較
減圧ガスオイル範囲中の石油分子の組成および構造は、HDHAの枠組みの下で十分に特性化されているので、VGOおよびVRのCIDを比較することは有用である。
図20は、DOBA ARC1画分のCIDを示す。CID前に、VRはとりわけVGOとは異なり、VRは、VGOが有する(−6〜−24)よりも幅広いz分布(−6〜−30)を有する。CID後に両z分布は0〜−24に低下する。VGOの低いZ限度(−24)はCID前後で変化しなかったし、CIDが縮合反応を促進しないことを示唆することに留意されたい。CID生成物分布は、VGOとVRとの間で似ており、それらがシングルコア分子の同様のセットで構成されている場合があることを暗示する。最も豊富な生成物は、スチレン、インダンまたはテトラリンであり得る、−8のz数を有する。VRは、ナフタレンコアの存在のためであり得るZ=−12化学種の幾分より高いレベルを示した。
【0074】
図21は、DOBA ARC2画分のCIDを示す。再びCID前に、VRは、VGOの−12〜−30に対してはるかにより幅広いZ分布、−12〜−40を有する。CID後に、VGO Z分布は0から−30に変化する。VGOのZ分布の下限は、CID前後で同じものであるが、VRのそれは−40から−32に変化することに留意されたい。最も豊富な生成物は、それぞれ、VGOおよびVRにおいてナフタレンおよびフルオレンである。VGOおよびVR CIDの両方で低レベルのモノ芳香族化合物が観察される。
【0075】
図22は、DOBA ARC3画分のCIDを示す。VGOのZ分布の下限は、CID前後で同じ(−40)であるが、VRのそれは、−52から−42に変化する。生成物の存在度は、VGOとVRとの間で明らかに異なる。より高いレベルの1および2環芳香族化合物がVR CIDにおいて見いだされた。VGOはまた、幾つかの1および2環芳香族生成物を示した。最も豊富な化学種は、それぞれ、アセフェナントレンおよびフルオランテンであり得る約−20および−22に中心を置く。インダンが、VRにおいて最も豊富な小構成単位である。CID前後のVGO Z分布は、高いZ領域(Z<−18)においてよく似ており、VGOのシングルコア性を示唆する。VRは、CID後にZ数の非常に大きい低下を示した。Z分布は二峰特性を示す。
【0076】
図23は、DOBA ARC4+画分のCIDを示す。生成物分布は両方とも二峰性である。VRはより多く縮合したコア(Z<−40)を含有する。VGOおよびVRにおける最も豊富な大きいコアは、それぞれ、ベンゾピレンおよびジベンゾピレンである。インダンは、VGOおよびVRの両方で最も豊富な小さい構成単位である。CID前後のVGO Z分布は、高いZ領域(Z<−18)においてよく似ている。VRは、CID後にZ数の非常に大きい低下を示した。アスファルテン分子は、標準脱アスファルテン手順によってDOBAから沈澱させることができないので、DOBA ARC4およびスルフィドは、アスファルテン分子の一部を含むと予期される。これは、DOBA ARC4+画分のCIDが(後で考察されるようなMaya ARC4+とは異なる)より多い負のZ値の化合物を生成することの理由である。
【0077】
図24は、DOBAスルフィド画分のCIDを示す。DOBAは低硫黄原油であるので、スルフィド画分がほとんどの窒素化合物を含有する。CID前後にVGO 1N Z分布に小さいシフトがあり、シングルコアのみが1N化合物中に存在することを示唆する。z分布は、4環芳香族窒素化合物(ベンゾカルバゾール)と一致する約−21でピークに達する。VRは、CID後にZ数の非常に大きい低下を示した。分布は二峰性である。VRにおける平均コアサイズは、VGOにおけるそれよりも小さい。最も豊富な構成単位は、VRスルフィド画分中の窒素化合物がマルチコアであることを示すインドールである。
【0078】
VGOおよびVR構造をさらに比較するために、高硫黄および高アスファルテン減圧残油、Mayaが研究された。ARC1〜4+およびスルフィド画分の生成物分布が
図25〜29に示される。存在度は異なるが、VGOとVRとの間のZ分布の範囲は、ARC4+およびスルフィド画分を含めて、非常に似ていることは明らかである。これは主として、アスファルテン分子が脱アスファルテンプロセスにおいてこれらの画分から除去されているという事実による。
【0079】
Maya ARC1画分のCIDは、ベンゼン、ナフテノベンゼンおよびジナフテノベンゼンを最も豊富な炭化水素コアとして生成する(
図25)。最も豊富は硫黄コアはベンゾチオフェンである。VRは、VGOよりも多くのベンゾチオフェンを産生し、環クラス分離がVRにおいてあまり完全ではないことを暗示する。Maya ARC2画分のCIDは、主にビフェニル、ナフタレンおよびフルオレンを最も豊富な炭化水素コアとして生成する(
図26)。最も豊富な硫黄コアは依然としてベンゾチオフェンである。しかし、VRはまた、より多くのジベンゾチオフェンを生成する。VRがVGOよりも高いレベルのナフテノベンゼン、マルチコア構造の明らかな指標を生成することに留意されたい。Maya ARC3画分のCIDは、炭化水素、モノ硫黄およびジ硫黄コアを生成する(
図27)。Z分布範囲はVGOおよびVRについて同じものであるが、分布は明らかに異なる。VRは、より多く縮合した構成単位(高い負のZ値の)を産生する。同じ傾向は、ARC4+(
図28)およびスルフィド画分(
図29)にも当てはまる。DOBA ARC4+およびスルフィドとMaya ARC4+およびスルフィドとの間の主な相違は、DOBAがより多くの縮合構造を有することである。DOBAおよびMaya VR ARC4+についてのZ下限は、それぞれ、−52および−44である。別の興味深い観察は、Maya VRスルフィド1Nが、DOBA画分が示したような高レベルのインドール特性を示さなかったことであり、MayaスルフィドがDobaよりも少ないマルチコアを含有することを示唆する。
【0080】
全体的に見て、本発明者らの結論は、DAO画分は、減圧ガスオイル中に存在しているコアタイプでできているというものである。VGOのARC4+画分もマルチコアを、はるかに低い存在度で含有する場合がある。
【0081】
アスファルテンのCID
この研究におけるアスファルテンは、n−ヘプタン不溶性物質と定義される。VRアスファルテン含有率は、0(たとえばDobaおよびRangdong)〜38パーセント(たとえばMaya)までの幅広い範囲を有する。アスファルテン画分は、石油の最も複雑な部分を表す。それは高沸点である(約50%分子が1300Fよりも高い沸点を有する)。それは、マルチヘテロ原子および様々な官能基を含有する。
図30は、CID前後のBasrahアスファルテンの質量スペクトルを示す。CID前に、1350Daまでの上方質量が観察された。800〜1350Daの異なるピークがアルキル化ベンゾチオフェンであると同定される。これらの分子は、それらの高いワックス性のために脱アスファルテンプロセス中に共沈澱する可能性が高い。CIDは、アスファルテン分子の分子量を100〜600Da範囲に効果的に低下させた。
【0082】
図31は、CIDによって引き起こされる分子クラスの変化を例示する。CID前に、VRは、非常に少量の炭化水素分子を含有する。ほとんどの分子は、1〜5個のS原子を含有し、3S化学種が最も豊富である。CID後に、最も豊富なコアは1Sおよび炭化水素分子である。すべての4Sおよび5S化学種が完全に除去される。ほとんどの3S分子もまたCIDによって除去された。BasrahアスファルテンのZ分布が
図32に示される。Z分布の下限は、−70から−52に変化する。Z数の大きい低下は、アスファルテン分子のマルチコア解離の明らかな指標である。CIDによる被観察アスファルテンコアは、
図33および34に示される。
【0083】
CID−FTICR−MSとMCR−MHAとによるコア分布の比較
2005年後半に、発明者らは、prep−scaleのMCR装置を使用してVR DAOおよびアスファルテンに関して一連の熱的実験を行った。ヘッドスペース液体が集められ、ミクロ炭化水素分析(Micro−Hydrocarbon Analysis)
3によって分析された。減圧残油の1つは、CID−FTICR技術によって本研究においてまた特性化されるCold Lakeである。2つの特性化の結果を比較するために、発明者らはCID−FTICRデータをARCおよびスルフィド画分の重量で結びつけた。APPIは飽和分子をイオン化することができないので、芳香族化合物のみが比較される。DAO液体のMHAデータがそれらのZ分布によって一まとめにされる。2つのデータセットは、
図35において比較された。全体的に見て2つの分布は似ているように見え、CIDが事実上熱的であることを暗示する。しかし、二分子反応がないために、コーキング(芳香族縮合)はCIDプロセスにおいて起こらない。CIDは、DAO中の芳香族コアサイズが6を超えないことを示した。MHAが5超環芳香族化合物を検出しなかった事実は、大部分はGCの揮発度制限のためである。
【0084】
Cold Lakeアスファルテン画分のCID−FTICRおよびMCR−MHAの比較は、
図36に示される。2つの間の相違は、はるかにより顕著である。基本的には、CIDは、MCR液体のMHA分析では不在であるはるかにより多くの多環芳香族構造(−32〜−50)を検出する。MCR実験においては、これらの大きいPNAはコークスとなる可能性が高い。さらに、GC温度制限はまた、MHAによるこれらの縮合芳香族化合物の検出を阻む。データは、コア構造スペシエーションにとってのCIDの優位性を実証している。
【0085】
結論
本提示は、CID−FTICR−MS技術を用いて減圧残油の構造を測定するものである。減圧残油のマルチコア性が確認される。マルチコア特性は、より高い芳香環クラスおよびアスファルテン画分において一層顕著である。幅広い範囲のモデル化合物が、CID化学および残油組成の解釈を理解するために合成された。モデル化合物実験は、シングルコア構造の脱アルキル化およびZ数(またはコア構造)の保全を実証した。35〜40kcal/モルの質量中心の衝突エネルギーは、C1〜C4置換コアへの残油分子の脱アルキル化を可能にする。ヘテロコアタイプが、コア生成における相対効率を評価するために研究された。一般に、Stevenの規則がこのプロセスに適用される。より低いイオン化ポテンシャルを有するコアは、電荷を帯びている可能性がより高い。C1および芳香族スルフィド結合はCIDによって壊すことができないが、C2結合は容易に壊すことができる。ナフテン開環およびオレフィン結合の付加が観察された。しかし、Z数は本プロセスにおいて保全される。スルフィド画分のCID結果を解釈する場合にチオフェン類、ベンゾチオフェン類およびジベンゾチオフェン類の過大評価の原因となり得る芳香族閉環が芳香族スルフィドについて観察された。
【0086】
減圧残油および減圧ガスオイル画分は、減圧残油の構造を理解するために並行して特性化された。DAO画分のCIDは、コアの存在度が異なるがVGOが有したものに似たZ範囲を有する生成物を産生する。この結果は、DAO画分がVGO中に存在しているコアでできていることを暗示する。DOBA ARC4+およびスルフィドのCIDは、主としてDOBAがn−ヘプタンによって脱アスファルテンされ得ないので、VGOとは非常に異なるZ範囲を有する生成物を生成する。こうしてARC4+およびスルフィド画分は、一層縮合した構造を含有する可能性が高い。アスファルテン画分のCIDは、偏向したZ分布を産生する。すなわち、縮合および軽質芳香族構成単位の両方が観察された。−52のZ数は、CIDによってさらに分解され得ない8つまでの芳香環構造を暗示する。
【0087】
CID−FTICR−MS実験からの結果は、Cold Lake減圧残油からのMCR液体のミクロ炭化水素分析(MHA)から導き出された組成と比較された。2つの実験間のDAOのZ分布は非常によく似ており、CID化学が熱的化学と類似性を有することを示唆する。アスファルテンに関する結果は非常に異なり、CID−FTICR−MSははるかにより多くの縮合芳香族構造を認知するが、MHA−MCRは、6つまでの芳香環の芳香族化合物を認知するにすぎない。これらの相違はある程度、GCの沸点制限による。さらに、CIDプロセスはコークスを形成せず、こうしてコア分布に関するより完全な像を提供する。
【0088】
【表2】
【0089】
【表3】
本明細書の開示内容は、以下の態様を含み得る。
(態様1)
芳香族コアを有する分子を含む重質石油および炭化水素資源においてコアを決定する方法であって、
前記重質石油および炭化水素をソフトにイオン化して、分子イオンおよび擬分子イオンを形成する工程と、
実質的にC1〜C3置換コアを生成するために、前記イオンのヘテロ原子を含む脂肪族結合のみを壊すように衝突セル中の衝突エネルギーおよびイオン濃度ならびに他の機器パラメータを用いて質量分析計の内部で前記イオンをフラグメント化する工程と
を含む方法。
(態様2)
前記C1〜C3置換コアを生成するために、ヘテロ原子を含む脂肪族結合のみを壊すように衝突セル中の衝突エネルギーおよびイオン濃度で前記イオンをフラグメント化する、態様1に記載の方法。
(態様3)
約95kcal/モル未満の結合エネルギーを有する結合が壊される、態様1または2に記載の方法。
(態様4)
前記イオンの芳香族−芳香族炭素結合、芳香族−脂肪族炭素結合および芳香族炭素−ヘテロ原子結合が壊されないままである、態様1〜3のいずれか1項に記載の方法。
(態様5)
Z数または二重結合当量(DBE)分布または相同分布における前記フラグメントを体系化して、同じZ数の前記フラグメントの存在度を合計することによってZ数分布を決定する工程であって、Z数が構造に割り当てられ、前記構造が前記コアを構成する工程をさらに含む、態様1に記載の方法。
(態様6)
前記構造または構成単位を統計的に組み立てることによって前記重質石油および炭化水素資源の分子構造を再構築する工程をさらに含む、態様1または2に記載の方法。
(態様7)
飽和物、芳香族化合物、極性化合物、スルフィド、アスファルテンおよび金属含有分子として前記分子が分類される、態様5に記載の方法。
(態様8)
制御されたフラグメンテーションが、衝突誘起解離によって行われる、態様1〜7のいずれか1項に記載の方法。
(態様9)
制御されたフラグメンテーションが、多重極蓄積支援解離によって増進される、態様1に記載の方法。
(態様10)
制御されたフラグメンテーションが、赤外多光子解離によって行われる、態様1に記載の方法。
(態様11)
制御されたフラグメンテーションが、衝突セル中かイオンサイクロトロン共鳴質量分析計のセル中かのいずれかで起こる、態様1に記載の方法。
(態様12)
前記重質炭化水素が、同様の沸点範囲を有する減圧残油もしくは減圧ガスオイルまたは石油留出物である、態様1〜11のいずれか1項に記載の方法。
(態様13)
前記イオン化工程がソフトイオン化であり、分子イオンまたは擬分子イオン構造が無傷のままである、態様1〜12のいずれか1項に記載の方法。
(態様14)
前記イオン化工程が、エレクトロスプレーイオン化、常圧化学イオン化、常圧光イオン化(または光子イオン化)、マトリックス支援レーザー脱離イオン化、直接レーザー脱離イオン化および電界脱離イオン化の1つによって行われる、態様1〜13のいずれか1項に記載の方法。