(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
Cを0.1〜0.4質量%、Siを0.2〜3質量%、Crを0.1〜5質量%及びMoを0.1〜0.5質量%の割合で含有し、残部は、Feと、Mnを含む不可避的不純物とでなり、858℃〜980℃のAc3変態温度を有する高張力鋼板を母材とし、
前記高張力鋼板をオーステナイト域に加熱した後で、該高張力鋼板を金型内でプレス成形及び冷却して高強度成形品とする工程を備え、
前記高張力鋼板に、前もって炭化物を微細分散し、
前記焼入れ温度を、前記高張力鋼板のAc3変態温度に対して−50K〜+50Kの温度範囲とすることで、前記高強度成形品に未固溶炭化物を含有するようにし、
前記高張力鋼板の組織中の前オーステナイト粒径を10μm以下とし、
前記炭化物微粒子の粒子直径を10nm以上とし、
前記炭化物微粒子の粒子直径をd(nm)とし、該粒子間の間隔をL(nm)としたとき、下記(1)式:
粒子分散指数=(粒子直径の平方根)/粒子間隔=(d)1/2/L (1)で表わされる前記炭化物微粒子の粒子分散指数を、0.02以上とし、
前記高強度成形品の金属組織を、前オーステナイト粒界を含む全領域において炭化物微粒子が微細分散されたマルテンサイト組織とする、高強度成形品の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の高強度成形品について詳細に説明する。なお、本明細書及び特許請求の範囲において、濃度,含有量等についての「%」表記は、特記しない限り質量百分率を表わすものとする。
本発明の高強度成形品は、高張力鋼板をオーステナイト域に加熱し、金型内でプレス成形及び冷却して成るものである。そして、この高張力鋼板は、炭化物を微細分散させたマルテンサイト組織を有し、好ましくはその組織中の前オーステナイト粒径が10μm以下である。
ここで、高張力鋼板の金属組織は、炭化物が前オーステナイト粒界を含む全領域において微細分散されている。このため、金属組織中の微細分散された炭化物微粒子は、前オーステナイト粒界上にはフィルム状には析出していない状態となる。
このような構成とすることにより、延性を向上させた高強度成形品となる。
【0024】
ここで、オーステナイト域に加熱する際には、所望の高強度成形品が得られれば加熱方法について特に限定されるものではないが、(Ac3変態温度−50K)〜(Ac3変態温度+50K)程度に加熱することが好ましい。
【0025】
加熱温度が(Ac3変態温度−50K)未満である場合には、高張力鋼板の金属組織を逆変態させることができず、優れた延性を有する高強度成形品が得られにくい。
一方、加熱温度が(Ac3変態温度+50K)より高い場合には、高張力鋼板の金属組織に残存する未固溶炭化物が著しく減少するため好ましくない。
【0026】
加熱後に金型内でプレス成形及び冷却することにより得た高強度成形品の金属組織は、微細化された10μm以下の前オーステナイト粒径からなるマルテンサイト組織となる。このマルテンサイト組織は、驚くべきことには、従来のように炭化物が前オーステナイト粒界にフィルム状に析出せず、前オーステナイト粒界を含む金属組織の全領域において微細分散されていることが判明した。これにより、優れた延性を有する高強度成形品を得ることができる。
【0027】
以下に、高張力鋼板の成分元素等について説明する。
C:Cは強度増加に最も有効な元素である。980MPa以上の強度を得るためには、Cを0.1%以上含有することが好適であるが、0.4%を超えると、靭性劣化を招き易いことから、0.1〜0.4%含有するものとした。
【0028】
Si:Siは脱酸及び強度増加に有効な元素である。従って、Siは、脱酸材として添加したもので鋼中に残るものを含め、含有量を0.2%以上とすることがよい。但し、過剰な添加は靭性劣化を起こす場合があるため、上限を3%とすることがよい。
【0029】
Cr:Crは焼入れ性向上に有効な元素であると共に、セメンタイト中に固溶して鋼板の強度上昇に有効な元素である。従って、焼入れ性と強度を確保するため、0.1%以上含有するものとした。一方、Crを過剰に添加すると、その効果が飽和すると共に、靭性が低下してしまうため、上限を5%とした。
【0030】
Mo:Moは用いる高張力鋼板において重要な元素であり、鋼板の加熱後の冷却によって、安定してマルテンサイトを生成させるのに有効である。また、Moは合金炭化物を形成することで微細粒化に有効である。このような効果は、0.1%以上で現われる。一方、Moは高価な合金元素である。そのため、0.1〜0.5%含有するものとした。
【0031】
B:Bは焼入れ性向上に有効な元素である。焼入れ性と強度を確保するため、0.0005%以上含有するものとした。一方、Bを過剰に添加すると、その効果が飽和すると共に、靭性が低下してしまうため、上限を0.005%とした。
【0032】
熱間プレス前の高張力鋼板中の組織を金属(合金)炭化物が微細分散化したマルテンサイトとすることにより、再加熱し、冷却した後に得られる高強度成形品中の合金炭化物は、部材全体で均一微細となり、より延性を向上させることができる。
但し、高張力鋼板中の金属炭化物の粒径は0.01μm未満では、その効果が期待できず、5μmを超えると、粗大過ぎて延性を低下させることになる。
【0033】
また、本発明においては、当該高強度成形品の組織中の前オーステナイト粒径が10μm以下であることが好ましい。これにより、さらに延性を向上させることができる。前オーステナイト粒径が10μmを超えると、深絞り性,張出し性,形状凍結性等の成形性の向上効果が小さいものとなる。
【0034】
高張力鋼板には、上述した成分元素以外にも、所期の効果を妨げない範囲で各種元素を添加することができる。
【0035】
高張力鋼板の好適例として、C:0.1〜0.4%、Si:0.2〜3%、Cr:0.1〜5%の割合で含有し、残部は実質的に鉄(Fe)及び不可避的不純物であるものを挙げることができる。高張力鋼板は、上記組成にさらにMoを添加した組成としてもよい。例えば、高張力鋼板は、C:0.1〜0.4%、Si:0.2〜3%、Cr:0.1〜5%、Mo:0.1〜0.5%の割合で含有し、残部は実質的に鉄(Fe)及び不可避的不純物であるものを挙げることができる。これらの高張力鋼板には、上記組成にさらにBを0.0005〜0.005%の割合で含有させてもよい。高張力鋼板の組成は、必ずしもこれらの組成に限定されるものではない。
【0036】
次に、本発明の高強度成形品の製造方法について詳細に説明する。
上述のごとく、本発明の高強度成形品の製造方法は、上記本発明の高強度成形品を製造するに当たり、後述する加熱装置により通電加熱又は高周波加熱により上記高張力鋼板を急速加熱することにより、オーステナイト域に加熱し、金型内でプレス成形及び冷却する方法である。
このような構成とすることにより、鋼板を均一に、しかも短時間で温度精度良く、さらに鋼板表面の酸化を抑制した状態で加熱することができるが、本発明の高強度成形品はこのような製造方法によって作製されたものに限定されるものではない。
【0037】
図1は、本発明による高強度成形品及び現行鋼板による熱間プレス部材の引張り強さと伸びの関係を示すグラフである。
図1に示すように、上記方法で製造された高強度成形品は、例えば
図1に符号Aで示すように、現行の鋼板(符号B参照)と比較して、より高い引張り強度及び伸びを有している。そして、現行の鋼板による熱間プレス部材(ダイクエンチ)は、符号Cで示すように、1500MPa程度の高い引張り強さを有しているが、その伸びは5%強であるのに対して、本発明による高強度成形品は、符号D,Eで示すように、1500MPa程度又は1400MPa弱の引張り強さを備えつつ、15%以上の伸びを有している。
ちなみに、現行の所謂980MPa鋼板(符号F参照)では、冷間プレス成形後(符号G参照)の伸びは10%程度になるので、本発明による高強度成形品は、従来980MPa鋼板が使用される部位にも適用することが可能である。
【0038】
本発明による高強度成形品は、短時間加熱で得られるミクロ組織の特徴として、加熱到達温度が低いほど、前オーステナイト粒径が微細になる。ここで、ダイクエンチ前の鋼板の前オーステナイト粒径は10μmよりも小さい。
図2は、本発明による高強度成形品の一例における加熱温度が低い場合の未固溶炭化物の微細分散状態を示す電子顕微鏡像である。電子の加速電圧は15kVであり、倍率は2万倍である。
図2に示すように、高強度成形品中の前オーステナイト粒径は例えば3μm程度になる。
図2に示す白い粒がマルテンサイト組織中に分散している炭化物である。炭化物は、前オーステナイト粒界にフィルム状に析出していないことと、前オーステナイト粒界を含む金属組織の全領域において微細分散されていることが分かる。つまり、本発明の高強度成形品の金属組織では、炭化物が前オーステナイト粒界を含めて微細分散していることが、従来技術にはない重要な特徴である。従来、炭化物を前オーステナイト粒界にフィルム状に析出するのを抑制することが困難であった。
なお、加熱温度が高いと、高強度成形品の金属組織には未固溶炭化物が残存しなくなってしまう。
【0039】
炭化物を微細分散させ、マルテンサイト組織とした高強度成形品の炭化物の分散状態について説明する。
分散した炭化物の粒子直径をdとし、粒子間の間隔(粒子間隔)をLとすると、下記(1)式で炭化物の粒子分散指数を定義する。
粒子分散指数=(粒子径の平方根)/粒子間隔=(d)
1/2/L (1)
粒子分散指数は、Ashbyの歪硬化理論に基づけば、歪硬化率に比例する量である。
微細分散における「微細」とは(1)式で表わされる炭化物の粒子分散指数が、0.02以上であることを意味する。
【0040】
図3は、(A)が(1)式を、(B)が粒子間隔Lに対する強度増分の関係を示す図である。横軸は、粒子間隔L(nm)を示している。
図3(A)の縦軸は(d)
1/2を、
図3(B)の縦軸は強度増分(相対目盛)を示している。
図3(A)においては、(1)式は原点を通る直線勾配となる。歪硬化率はこの直線勾配に比例する。このため、炭化物の粒子分散は直線勾配が大きくなるように、つまり、粒子分散指数を大きくするとより高延性が得られる。粒子体積率を点線で示しているが、体積率が大きすぎると延性低下の要因になり、少なすぎると歪硬化率向上の効果が発揮できず延性向上に至らないため、上限は10%とし、最低でも1%以上が望ましい。粒子径が10nm以下では、高強度成形品の応力増加の効果がない。このため、応力増加のためには、粒子径は10nm以上とする。
【0041】
図3(B)に示すように、粒子分散による強度増分は粒子間隔にのみ依存し、粒子間隔が小さいほど大きい。従って、上記粒子分散指数としては、0.02以上が必要である。
【0042】
(粒子分散指数の測定方法)
粒子分散指数は、以下の手順で測定することができる。
(イ)高強度成形品の金属組織を、電子顕微鏡で観察する。例えば、倍率は2万倍の視野とする。
図4は、炭化物の分散状態を模式的に示す図である。図示するように、高強度成形品1中に炭化物2が分散している。
図4に示す切片法で、分散した炭化物2の粒子直径dと粒子間隔Lを求める。ここで、粒子直径dが10nm以下(d<10nm)の炭化物の粒子は除外して観察する。電子顕微鏡観察のための高強度成形品1の金属組織は、特許文献3及び非特許文献1に開示されている電解研磨方法で平坦化することができる。
(ロ)一視野毎に、炭化物2の粒子直径dと粒子間隔Lの平均値を、それぞれ求める。
ここで、複数の視野で、それぞれの視野の平均値が、いわゆるBi−modal分布となる場合は適用外とする。
(ハ)少なくとも三視野以上の値の平均値を持って、粒子分散指数を計算する。
(1)式及び上記測定方法で求める粒子直径dと粒子間隔Lは、あくまでもより高延性を得ようとする際の指標となる粒子分散指数を求めるために有効なものである。
【0043】
本発明の高強度成形品は、全ゆる機械部品に適用でき、例えば輸送用車両の各種部品に用いることをできる。このような部品としては、ボデー構造で使用される各種ピラー、バンパーの補強部材、ガードバー等のドアガード用の補強材等が挙げられる。
図5は、本発明の高強度成形品の応用例として、自動車のボデー構造を示す斜視図である。本発明の高強度成形品は、ボデー構造5の内、強度が必要なピラー、特にフロントピラー6やセンターピラー7に好適に使用することができる。
【0044】
図6は、本発明による高強度成形品の製造方法で使用する通電加熱のための加熱装置の構成の一例を示す図である。
図6において、加熱装置10は、加熱すべき高張力鋼板11を両端でそれぞれ挟持可能に構成された二つの電極12,13と、これらの電極12,13をそれぞれ加圧する加圧シリンダ14,15と、これらの電極12,13に二次側が接続されるトランス16と、このトランス16の一次側に位相制御のためのサイリスタ17を介して接続される交流電源18と、から構成されている。
【0045】
これにより、交流電源18からの電力を、サイリスタ17により位相制御して、トランス16を介して電極12,13に対して電力制御を行い、高張力鋼板11に通電する。
ここで、高張力鋼板11は、例えば幅400mm,長さ800mm,高さ1.6mmの大きさである。これに対して、例えば通電電流20000A,通電時間10秒で加熱を行うことにより、高張力鋼板11は、加圧シリンダ14,15により加圧された状態で、例えば約950℃程度まで加熱される。
【0046】
高張力鋼板11を均一加熱するためにトランス16の出力リード線19から高張力鋼板11までの往復長さを同じにすることが好ましい。このため、図示するように、トランス16を高張力鋼板11の上方に配置し、左右の出力リード線19の長さが同一となるように配線をしている。このような配線をすることで、出力リード線19の各ポイントの電流密度を同様にして、高張力鋼板11に均一電流を流すことができる。これにより、高張力鋼板11の均熱化を図っている。
【0047】
図7は、本発明による高強度成形品の製造方法で使用する高周波誘導加熱のための加熱装置の構成の一例を示す図である。
図7において、加熱装置20は、加熱すべき高張力鋼板11を包囲するように配置された加熱コイル21と、この加熱コイル21に二次側が接続されるトランス22と、このトランス22の一次側に通電を行うインバータ23と、インバータ23に給電する高周波電源24と、から構成されている。
ここで、上記加熱コイル21は、好ましくは、高張力鋼板11が両端まで均一に加熱され得るように、両端部分が中央部分と比較して巻線が密に巻回される。
【0048】
これにより、高周波電源24からインバータ23を介して供給される高周波電流が、トランス22を介して加熱コイル21に対して供給され、加熱コイル21内に配置された高張力鋼板11を誘導加熱する。
ここで、例えば電源周波数400kHz,電源容量500kW,通電時間10秒で誘導加熱を行うことにより、高張力鋼板11は、例えば約950℃程度まで加熱される。
この場合、従来の熱間プレス加工における加熱方法、即ち加熱した鋼材で高張力鋼板を挟んで加熱する方法と比較して、急速加熱が可能である。
【0049】
このようにして、加熱装置10又は20により約950℃まで急速加熱された高張力鋼板11は、その後ロボット等によりプレス用型に装着され、プレス加工されると共に、型冷され、高い延性を有する高強度成形品が製造される。
【0050】
図8は、
図7の加熱装置20による焼入れの加熱状態を示すグラフである。
図8に示す加熱サイクルでは、加熱装置20により、高張力鋼板を10秒間で温度T1まで急速加熱した後、大気中又は所定の圧力の不活性ガス雰囲気にし、金型内に搬送して金型を加圧しながらプレスすることにより、金型によって冷却され、焼入れが行われる。ここで、不活性ガスとしてはヘリウム(He)や窒素を用いることができる。圧力は例えば0.5MPaである。
【0051】
図9は、
図7の加熱装置20による焼入れの変形例を示すグラフである。
図9に示す加熱サイクルでは、
図7に示した方法と同様に焼入れを行った後、再び加熱装置20により、高張力鋼板を5秒間で温度T2まで加熱し、5秒間放冷してから、大気中又は所定の圧力の不活性ガス雰囲気にし、金型内に搬送し、金型を加圧しながらプレスすることにより、金型によって冷却され、焼入れが行われる。ここで、不活性ガスとしてはHeや窒素を用いることができる。圧力は例えば0.5MPaである。
【0052】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
各実施例に共通な項目として、高強度成形品の母材は、C:0.18%,Mn:0.4%,Mo:0.30%を含有する高張力鋼板である。さらに、Si及びCrを含む高張力板(幅400mm,長さ800mm,高さ1.6mmの大きさ)を用いて、上述した
図8又は
図9の加熱方法により、各実施例の高強度成形品を作製した。
【0053】
〔参考例1〕
図10は、用いた高張力鋼板のSi及びCrの組成と加熱装置20による実施例の高強度成形品の作製条件及び作製後の高強度成形品の硬さを示す図である。
参考例1の高張力鋼板は、上記組成にさらにSi:0.2%,Cr:1%が添加されている。T1を1000℃とし、T1まで5秒間で加熱し、ダイクエンチをして高強度成形品を作製した。この高強度成形品の硬さは411HVであった。
【0054】
〔実施例2〕
実施例2の高張力鋼板は、上記組成に、さらにSi:0.2%,Cr:2%が添加されている。T1を950℃として、
参考例1と同様にダイクエンチをして高強度成形品を作製した。この高強度成形品の硬さは448HVであった。
【0055】
〔実施例3〕
実施例3の高張力鋼板は、上記組成に、さらにSi:0.2%,Cr:3%が添加されている。T1を900℃として、
参考例1と同様にダイクエンチをして高強度成形品を作製した。この高強度成形品の硬さは431HVであった。
【0056】
〔実施例4〕
実施例4の高張力鋼板は、上記組成に、さらにSi:0.2%,Cr:4%が添加されている。T1を850℃として、
参考例1と同様にダイクエンチをして高強度成形品を作製した。この高強度成形品の硬さは419HVであった。
【0057】
〔実施例5〕
実施例5の高張力鋼板は、上記組成に、さらにSi:1.0%,Cr:1%が添加されている。T1を1000℃として、
参考例1と同様にダイクエンチをして高強度成形品を作製した。この高強度成形品の硬さは452HVであった。
【0058】
〔実施例6〕
実施例6の高張力鋼板は、上記組成に、さらにSi:1.5%,Cr:1%が添加されている。T1を950℃として、
参考例1と同様にダイクエンチをして高強度成形品を作製した。この高強度成形品の硬さは453HVであった。
【0059】
〔実施例7〕
実施例7の高張力鋼板は、上記組成に、さらにSi:2.0%,Cr:1%が添加されている。T1を950℃として、
参考例1と同様にダイクエンチをして高強度成形品を作製した。この高強度成形品の硬さは412HVであった。
【0060】
〔実施例8〕
実施例8の高張力鋼板は、上記組成に、さらにSi:1.0%,Cr:2%が添加されている。T1を950℃として、
参考例1と同様にダイクエンチをして高強度成形品を作製した。この高強度成形品の硬さは461HVであった。
【0061】
〔実施例9〕
実施例9の高張力鋼板は、上記組成に、さらにSi:1.5%,Cr:3%が添加され
ている。T1を950℃として、
参考例1と同様にダイクエンチをして高強度成形品を作製した。この高強度成形品の硬さは448HVであった。
【0062】
〔実施例10〕
実施例10の高張力鋼板は、上記組成に、さらにSi:2.0%,Cr:4%が添加されている。T1を950℃として、
参考例1と同様にダイクエンチをして高強度成形品を作製した。この高強度成形品の硬さは450HVであった。
【0063】
各実施例の硬さから、目標硬さ420〜450Hvに対して、
参考例1を除いて、何れも良好な硬さであった。
【0064】
図11は、
参考例1,
実施例4,7,10について、加熱温度と母材の前オーステナイト粒径(μm),γ化下限温度,Ac3変態温度を測定した結果を示す図である。
参考例1では、加熱温度900℃,950℃,1000℃における前オーステナイト粒径は、それぞれ、10.5μm,14.8μm,17.6μmであった。γ化下限温度は975℃であり、Ac3変態温度は878℃であった。
【0065】
実施例4では、加熱温度850℃,900℃,950℃,1000℃における前オーステナイト粒径は、それぞれ、5.2μm,6.2μm,7.4μm,8.8μmであった。γ化下限温度は820℃であり、Ac3変態温度は873℃であった。
【0066】
実施例7では、加熱温度900℃,950℃,1000℃における前オーステナイト粒径は、それぞれ、6.2μm,7.4μm,10.5μmであった。γ化下限温度は925℃であり、Ac3変態温度は980℃であった。
【0067】
実施例10では、加熱温度850℃,900℃,950℃,1000℃における前オーステナイト粒径は、それぞれ、5.2μm,6.2μm,7.4μm,8.8μmであった。γ化下限温度は925℃であり、Ac3変態温度は972℃であった。
【0068】
参考例1及び実施例2〜10における引張り強さと伸びとの関係を測定した。
図12は、
参考例1及び実施例2〜10の引張り強度と伸びの関係を示すグラフである。
図12の横軸は引張り強度(MPa)であり、縦軸は伸び(%)である。ここで、引張り強さは、プレス型ポンチ底にあたる部位の引張り強度(TS)として、JIS Z2201の5号試験片を用い、JISZ2241に準拠した引張り試験により、評価を行った。
図12によれば、
参考例1を除いて、現行鋼板を用いた熱間プレス部材と比較して、より大きい伸びを示しており、延性が向上していることが分かる。特に、実施例4及び7で
は、15%以上の伸びを示しており、より良好な延性を有していることが分かる。
なお、
参考例1では、Ac3変態温度878℃に対して、焼入れ温度が1000℃と高く、未固溶炭化物が残存しておらず、また前オーステナイト粒径が10μm以上であるため、延性が低くなっていると考えられる。
これに対して、実施例3,4,6,7,9,10においては、焼入れ温度T1は、Ac3変態温度に対して、−50K〜+50Kの温度範囲に収まっている。
【0069】
より詳細には、引張り強さ×伸びに関して、
図12に示すように、
参考例1ではかなり低下するものの、実施例4及び7では、25000程度を維持している。また、他の実施例2,3,5,6,8〜10では、15000程度である。
【0070】
次に、実施例3,4,10について、引張り試験結果と、熱間プレス成形後の金属組織の状態について説明する。板状試験片(例えばJIS Z2201に規定される5号試験片や13号試験片)を用いた引張り試験を行い、応力・歪線図を作製した。
【0071】
図13は、実施例3の高強度成形品の応力・歪線図である。
図13の横軸は引張歪(%)であり、縦軸は引張応力(MPa)である。
図13から明らかなように、実施例3の高強度成形品は、1300MPa以上の高い引張り応力まで一様な伸びを示した後、引張り歪10%弱で破断している。
【0072】
図14は、実施例3の高強度成形品の金属組織を示す電子顕微鏡像である。電子の加速電圧は15kVであり、倍率は2万倍である。
図14から明らかなように、炭化物が微細分散したマルテンサイト組織が観察される。さらに、
図2で示した金属組織と同様に、炭化物は、前オーステナイト粒界にフィルム状に析出していないことと、前オーステナイト粒界を含む金属組織の全領域において微細分散されていることが分かる。
ここで、実施例3では、
図10に示すように、Ac3変態温度(868℃)より高い温度T1(900℃)で焼入れされている。
【0073】
図15は、実施例3の高強度成形品の粒子分散を調べた結果を示す図である。
図15の横軸は、炭化物の平均粒径(nm)であり、縦軸が頻度である。
測定結果を以下に示す。
粒子数:215個
平均粒径d:32.5nm
粒子間隔L:291nm
平均粒径dと粒子間隔Lから粒子分散指数を求めると、0.02となった。この試料の破断時の伸びは8%であった。
【0074】
図16は、実施例4の高強度成形品の応力・歪線図である。
図16の横軸及び縦軸は
図13と同じである。
図16から明らかなように、実施例4の高強度成形品は、1300MPa以上の高い引張り応力まで一様な伸びを示した後、引張り歪16%で破断している。これにより、実施例4の試験片では、高い延性を有していることが分かる。
【0075】
実施例4の試験片の金属組織においても、炭化物が微細分散したマルテンサイト組織が形成されていることが観察された。炭化物は、前オーステナイト粒界にフィルム状に析出していないことと、前オーステナイト粒界を含む金属組織の全領域において微細分散されていることが分かった(
図2参照)。
ここで、実施例4では、
図10に示すように、Ac3変態温度(873℃)より低く且つγ化下限温度820℃より高い温度T1(850℃)で焼入れされており、前オーステナイト粒径が5.2μmである。
【0076】
図17は、実施例4の高強度成形品の粒子分散を調べた結果を示す図である。
図17の横軸及び縦軸は
図15と同じである。
測定結果を以下に示す。
粒子数:289個
平均粒径d:42.9nm
粒子間隔L:216nm
平均粒径dと及び粒子間隔Lから粒子分散指数を求めると、0.03となった。この試料の伸びは16%であった。実施例4の粒子分散指数は、実施例3の場合よりも大きく、それに伴い、破断時の伸びが実施例3の2倍となることが判明した。これから、高強度成形品の延性を評価するには、(1)式の粒子分散指数が有効であることが分かった。
【0077】
図18は、実施例10の高強度成形品の応力・歪線図である。
図18の横軸及び縦軸は
図13と同じである。
図18から明らかなように、実施例10の高強度成形品は、1300MPa以上の高い引張り応力まで一様な伸びを示した後、引張り歪13%弱で破断している。これにより、実施例10の試験片も高い延性を有していることが分かる。
【0078】
図19は、実施例10の高強度成形品の金属組織を示す電子顕微鏡像である。電子の加速電圧は15kVであり、倍率は5千倍である。
図19から明らかなように、炭化物が微細分散したマルテンサイト組織が形成されていることが観察される。さらに、
図2で示した金属組織と同様に、炭化物は、前オーステナイト粒界にフィルム状に析出していないことと、前オーステナイト粒界を含む金属組織の全領域において微細分散されていることが分かる。
ここで、実施例10では、
図10に示すようにAc3変態温度(972℃)より低く且つγ化下限温度925℃より高い温度T1(950℃)で焼入れされており、前オーステナイト粒径が7.4μmである。
【0079】
上記結果から、実施例2〜9、特に実施例4及び7は、延性が向上していることが分かる。より具体的には、実施例2〜9は、最初に準備された鋼板は炭化物を微細分散させたマルテンサイト組織を主相とし、その他残留オーステナイトや合金析出物を含み、Ac3変態温度が858〜980℃の材料である。
【0080】
加熱時の温度をAc3変態温度の直上から一定の温度範囲に加熱保持した実施例3,6,9では、逆変態したオーステナイトはそれほど粗粒化せず、また合金析出物も完全に再固溶せず微細分散するため、この状態から焼入れた高強度成形品は、細粒で微細な炭化物からなる合金が析出した延性に優れる組織となり、部材の引張り試験においても高い伸び率を有する結果となった。このように合金析出物が炭化物として微細に残存する場合、母相の固溶炭素量を実質的に下げることになり、延性向上に寄与する。
【0081】
また、Ac3変態温度−50℃の範囲で加熱した実施例4,7,10では、合金析出物があまり粗大化しないので、延性が向上する。これに対して、Ac3変態温度−50℃以下に加熱した場合に、合金析出物が粗大化するので、延性はそれほど向上しない。
従って、加熱温度は、前オーステナイト粒径の微細化と合金析出を微細分散させる観点から、好ましくはAc3変態温度に対して−50K〜+50Kの範囲であれば、十分に延性を向上させる効果が得られると考えられる。
【0082】
上述した実施形態においては、高張力鋼板の急速加熱を
図7に示した高周波加熱装置20により行うようにしているが、これに限らず、例えば10秒程度で所望の加熱温度まで急速加熱できるものであれは、
図6に示した通電方式の加熱装置10や他の方式の加熱装置を使用して、急速加熱するようにしてもよい。
【0083】
本発明によれば、熱間プレス部材であっても、高延性を有する高強度成形品及びその製造方法を提供することができる。
【0084】
本発明は、上記実施の形態に限定されることなく、特許請求の範囲に記載した発明の範囲内で種々の変形が可能であり、それらも本発明の範囲内に含まれることはいうまでもない。