(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0009】
〔実施例1〕
図1は実施例1の車両の制御装置を表すシステム概略図である。車両には、動力源であるエンジン1と、各輪に摩擦力による制動トルクを発生させるブレーキ20(以下、個別の輪に対応するブレーキを表示するときには右前輪ブレーキ:20FR、左前輪ブレーキ:20FL、右後輪ブレーキ:20RR、左後輪ブレーキ:20RLと記載する。)と、各輪と車体との間に設けられ減衰力を可変に制御可能なショックアブソーバ3(以下、S/Aと記載する。個別の輪に対応するS/Aを表示するときには右前輪S/A:3FR、左前輪S/A:3FL、右後輪S/A:3RR、左後輪S/A:3RLと記載する。)と、を有する。
【0010】
エンジン1は、エンジン1から出力されるトルクを制御するエンジンコントローラ(以下、エンジン制御部とも言う。動力源制御手段に相当)1aを有し、エンジンコントローラ1aは、エンジン1のスロットルバルブ開度や、燃料噴射量、点火タイミング等を制御することで、所望のエンジン運転状態(エンジン回転数やエンジン出力トルク)を制御する。また、ブレーキ20は、各輪のブレーキ液圧を走行状態に応じて制御可能なブレーキコントロールユニット2から供給される液圧に基づいて制動トルクを発生する。ブレーキコントロールユニット2は、ブレーキ20の発生する制動トルクを制御するブレーキコントローラ(以下、ブレーキ制御部とも言う)2aを有し、運転者のブレーキペダル操作によって発生するマスタシリンダ圧、もしくは内蔵されたモータ駆動ポンプにより発生するポンプ圧を液圧源とし、複数の電磁弁の開閉動作によって各輪のブレーキ20に所望の液圧を発生させる。
【0011】
S/A3は、車両のばね下(アクスルや車輪等)とばね上(車体等)との間に設けられたコイルスプリングの弾性運動を減衰する減衰力発生装置であり、アクチュエータの作動により減衰力を可変に構成されている。S/A3は、流体が封入されたシリンダと、このシリンダ内をストロークするピストンと、このピストンの上下に形成された流体室の間の流体移動を制御するオリフィスとを有する。更に、このピストンには複数種のオリフィス径を有するオリフィスが形成され、S/Aアクチュエータの作動時には、複数種のオリフィスから制御指令に応じたオリフィスが選択される。これにより、オリフィス径に応じた減衰力を発生することができる。例えば、オリフィス径が小さければピストンの移動は制限されやすいため、減衰力が高くなり、オリフィス径が大きければピストンの移動は制限されにくいため、減衰力は小さくなる。
【0012】
尚、オリフィス径の選択以外にも、例えばピストンの上下に形成された流体を接続する連通路上に電磁制御弁を配置し、この電磁制御弁の開閉量を制御することで減衰力を設定してもよく、特に限定しない。S/A3は、S/A3の減衰力を制御するS/Aコントローラ3a(減衰力制御手段に相当)を有し、S/Aアクチュエータによりオリフィス径を動作させて減衰力を制御する。
【0013】
また、各輪の車輪速を検出する車輪速センサ5(以下、個別の輪に対応する車輪速を表示するときには右前輪車輪速:5FR、左前輪車輪速:5FL、右後輪車輪速:5RR、左後輪車輪速:5RLと記載する。)と、車両の重心点に作用する前後加速度、ヨーレイト及び横加速度を検出する一体型センサ6と、運転者のステアリング操作量である操舵角を検出する舵角センサ7と、車速を検出する車速センサ8と、エンジントルクを検出するエンジントルクセンサ9と、エンジン回転数を検出するエンジン回転数センサ10と、マスタシリンダ圧を検出するマスタ圧センサ11と、ブレーキペダル操作が行なわれるとオン状態信号を出力するブレーキスイッチ12と、アクセルペダル開度を検出するアクセル開度センサ13と、各輪のS/A3のストローク速度を検出するストロークセンサ14(以下、個別の輪に対応するストローク速度を表示するときには右前輪ストローク速度:14FR,左前輪ストローク速度:14FL,右後輪ストローク速度:14RR,左後輪ストローク速度:14RLと記載する。)と、各輪のS/A3のばね上付近に設けられ、上下加速度を検出する上下加速度センサ15(以下、個別の輪に対応するばね上の上下加速度を表示するときには右前輪上下加速度:15FR,左前輪上下加速度:15FL,右後輪上下加速度:15RR,左後輪上下加速度:15RLと記載する。)と、を有する。これら各種センサの信号は、S/Aコントローラ3aに入力される。尚、一体型センサ6の配置は車両の重心位置でもよいし、それ以外の場所であっても、重心位置における各種値が推定可能な構成であればよく、特に限定しない。また、一体型である必要は無く、個別にヨーレイト、前後加速度及び横加速度を検出する構成としてもよい。
【0014】
(車両の制御装置の全体構成)
実施例1の車両の制御装置にあっては、ばね上に生じる振動状態を制御するために、3つのアクチュエータを使用する。このとき、それぞれの制御がばね上状態を制御するため、相互干渉が問題となる。また、エンジン1によって制御可能な要素と、ブレーキ20によって制御可能な要素と、S/A3によって制御可能な要素はそれぞれ異なり、これらをどのように組み合わせて制御するべきかが問題となる。
例えば、ブレーキ20はバウンス運動とピッチ運動の制御が可能であるが、両方を行なうと減速感が強く運転者に違和感を与えやすい。また、S/A3はロール運動とバウンス運動とピッチ運動の全てを制御可能であるが、S/A3によって全ての制御を広い範囲で行う場合、S/A3の製造コストの上昇を招き、また、減衰力が高くなる傾向があることから路面側からの高周波振動が入力されやすく、やはり運転者に違和感を与えやすい。言い換えると、ブレーキ20による制御は高周波振動の悪化を招くことは無いが減速感の増大を招き、S/A3による制御は減速感を招くことは無いが高周波振動の入力を招くというトレードオフが存在する。
【0015】
そこで、実施例1の車両の制御装置にあっては、これらの課題を総合的に判断し、それぞれの制御特性として有利な点を活かしつつ、相互の弱点を補完しあう制御構成を実現することで、安価でありながらも制振能力に優れた車両の制御装置を実現するために、主に、以下に列挙する点を考慮して全体の制御システムを構築した。
(1)エンジン1及びブレーキ20による制御を優先的に行うことで、S/A3による制御量を抑制する。
(2)ブレーキ20の制御対象運動をピッチ運動に限定することで、ブレーキ20による制御での減速感を解消する。
(3)エンジン1及びブレーキ20による制御量を実際に出力可能な制御量よりも制限して出力することで、S/A3での負担を低減しつつ、エンジン1やブレーキ20の制御に伴って生じる違和感を抑制する。
(4)S/A3によるばね上制御を行なう際、スカイフック制御のようなベクトル制御では対応が困難な高周波振動の入力に対し、新たにスカラー制御(周波数感応制御)を導入する。
(5)走行状態に応じて、S/A3が実現する制御状態を適宜選択することで、走行状況に応じた適切な制御状態を提供する。
以上が、実施例において構成した全体の制御システムの概要である。以下、これらを実現する個別の内容について、順次説明する。
【0016】
図2は実施例1の車両の制御装置の制御構成を表す制御ブロック図である。実施例1では、コントローラとして、エンジンコントローラ1aと、ブレーキコントローラ2aと、S/Aコントローラ3aとの3つで構成され、エンジンコントローラ1a及びブレーキコントローラ2aにあっては上下加速度に基づくフィードバック制御系が構成され、S/Aコントローラ3aにあってはストローク速度に基づくフィードバック制御系が構成されている。
尚、実施例1では、コントローラとして、3つのコントローラを備えた構成を示したが、各コントローラを全て一つの統合コントローラから構成してもよく特に限定しない。実施例1において3つのコントローラを備えた構成としたのは、既存の車両におけるエンジンコントローラとブレーキコントローラをそのまま流用してエンジン制御部1a及びブレーキ制御部2aとし、別途S/Aコントローラ3aを搭載することで実施例1の車両の制御装置を実現することを想定したものである。
【0017】
(エンジンコントローラの構成)
エンジンコントローラ1aは、主に上下加速度センサ15により検出されたばね上上下加速度によるフィードバック制御を行う。エンジンコントローラ1aは、後述するばね上制振制御部101aにおいて使用するピッチレイトを推定する第1走行状態推定部100と、エンジントルク指令であるエンジン姿勢制御量を演算するエンジン姿勢制御部101と、演算されたエンジン姿勢制御量に基づいてエンジン1の運転状態を制御するエンジン制御部102とを有する。尚、第1走行状態推定部100の推定処理は、サイドビューモデルに基づいて、前後の上下加速度の差からピッチレイトを算出するものであるが、他のモデルを用いて推定してもよく特に限定しない。
【0018】
エンジン姿勢制御部101は、ピッチ運動を抑制するばね上制御量を演算するばね上制振制御部101aと、前輪と後輪の接地荷重変動を抑制する接地荷重変動抑制制御量を演算する接地荷重制御部101bと、舵角センサ7や車速センサ8からの信号に基づいて運転者の達成したい車両挙動に対応するヨー応答制御量を演算するエンジン側ドライバ入力制御部101cとを有する。エンジン姿勢制御部101は、これら各制御部により演算された制御量が最小となるエンジン姿勢制御量を最適制御(LQR)により演算し、エンジン制御部102に対して最終的なエンジン姿勢制御量を出力する。このように、エンジン1によってバウンス運動及びピッチ運動を抑制することで、S/A3では、減衰力制御量を低減できるため、高周波振動の悪化を回避できる。また、S/A3はロール運動の抑制に注力できるため、効果的にロール運動を抑制することができる。
エンジン姿勢制御部101は、運転者に違和感を与えないためにエンジン姿勢制御量に応じたエンジントルク制御量を制限する制限値が設定されている。これにより、エンジントルク制御量を前後加速度に換算したときに所定前後加速度範囲内となるように制限している。よって、エンジン姿勢制御量(エンジントルク制御量)を演算し、制限値以上の値が演算された場合には、制限値によって達成可能な制御量をエンジン姿勢制御量を出力する。エンジン制御部102では、制限値に対応するエンジン姿勢制御量に基づいてエンジントルク制御量が演算され、エンジン1に対して出力する。
【0019】
(ブレーキコントローラの構成)
ブレーキコントローラ2aは、上下加速度センサ15により検出されたばね上上下加速度に基づいてストローク速度及びピッチレイトを推定する第2走行状態推定部200と、推定されたストローク速度及びピッチレイトに基づいてスカイフック制御に基づくブレーキ姿勢制御量を演算するスカイフック制御部201(詳細については後述する。)と、演算されたブレーキ姿勢制御量に基づいてブレーキ20の制動トルクを制御するブレーキ制御部202とを有する。このように、ブレーキ20によってピッチ運動を抑制することで、S/A3では、減衰力制御量を低減できるため、高周波振動の悪化を回避できる。また、S/A3はロール運動の抑制に注力できるため、効果的にロール運動を抑制することができる。
【0020】
(S/Aコントローラの構成)
S/Aコントローラ3aは、運転者の操作(ステアリング操作、アクセル操作及びブレーキペダル操作等)に基づいて所望の車両姿勢を達成するドライバ入力制御を行うドライバ入力制御部31と、各種センサの検出値(主にストロークセンサ14のストローク速度)に基づいて走行状態を推定する第3走行状態推定部32と、推定された走行状態に基づいてばね上の振動状態を制御するばね上制振制御部33と、推定された走行状態に基づいてばね下の振動状態を制御するばね下制振制御部34と、ドライバ入力制御部31から出力されたショックアブソーバ姿勢制御量と、ばね上制振制御部33から出力されたばね上制振制御量と、ばね下制振制御部34から出力されたばね下制振制御量とに基づいて、S/A3に設定すべき減衰力を決定し、S/Aの減衰力制御を行う減衰力制御部35とを有する。
【0021】
ここで、実施例1では、エンジン1及びブレーキ20にあっては上下加速度センサ15を用いたフィードバック制御系を構成し、S/A3にあってはストロークセンサ14を用いたフィードバック制御系を構成することとした。
図3は実施例1の各フィードバック制御系の構成を表す概念図である。
一般に、エンジン1やブレーキ20は制御指令に対して実際にトルクが変動するまでの応答性がS/A3に比べて低い。そこで、上下加速度センサ15のように位相の早いセンサによりばね上状態を検出することで、より早くエンジン1及びブレーキ20に対する制御指令を出力する。一方、S/A3はエンジン1やブレーキ20に比べて応答性が高いことから、仮に上下加速度センサ15に基づいて制御すると、エンジン側の制御とのバランスの悪化が懸念される。そこで、上下加速度センサ15よりも位相が遅いストロークセンサ14によりばね上状態を検出する。
すなわち、S/A3よりも応答が遅いエンジン1やブレーキ20におけるフィードバック制御系には、位相が早い上下加速度センサ15を採用し、エンジン1やブレーキ20よりも応答が早いS/A3におけるフィードバック制御系には、位相が遅いストロークセンサ14を採用する。これにより、各フィードバック制御系の応答バランスを確保するものである。尚、実施例1には、上下加速度センサ15及びストロークセンサ14により検出された各センサ値の位相を保証する位相補償器500を有する。これにより、上述のようなバランスを取りつつも、更にそれぞれのフィードバック制御系における位相を補償することで、システム全体としての安定化を図るものである。以下、各フィードバック制御系について順次説明する。
【0022】
(走行状態推定部について)
まず、第3走行状態推定部について説明する。
図4は実施例1の第3走行状態推定部の構成を表す制御ブロック図である。実施例1の第3走行状態推定部32では、ストロークセンサ14により検出されたストローク速度に基づいて、後述するばね上制振制御部33のスカイフック制御に使用する各輪のストローク速度、バウンスレイト、ロールレイト及びピッチレイトを算出する。ストロークセンサ14により各輪におけるストローク速度Vz_sFL、Vz_sFR、Vz_sRL、Vz_sRRが検出されると、ばね上速度演算部322においてスカイフック制御用のバウンスレイト、ロールレイト及びピッチレイトが演算される。
【0023】
(推定モデルについて)
スカイフック制御とは、S/A3のストローク速度とばね上速度の関係に基づいて減衰力を設定し、ばね上を姿勢制御することでフラットな走行状態を達成するものである。ここで、スカイフック制御によってばね上の姿勢制御を達成するには、ばね上速度を推定モデルを用いて推定してフィードバックする必要がある。以下、推定モデルの課題及び採用すべきモデル構成について説明する。
【0024】
図5は車体振動モデルを表す概略図である。
図5(a)は、減衰力が一定のS/Aを備えた車両(以下、コンベ車両と記載する。)のモデルであり、
図5(b)は、減衰力可変のS/Aを備え、スカイフック制御を行う場合のモデルである。
図5中、Msはばね上の質量を表し、Muはばね下の質量を表し、Ksはコイルスプリングの弾性係数を表し、CsはS/Aの減衰係数を表し、Kuはばね下(タイヤ)の弾性係数を表し、Cuはばね下(タイヤ)の減衰係数を表し、Cvは可変とされた減衰係数を表す。また、z2はばね上の位置を表し、z1はばね下の位置を表し、z0は路面位置を表す。
【0025】
図5(a)に示すコンベ車両モデルを用いた場合、ばね上に対する運動方程式は以下のように表される。なお、z1の1回微分(即ち速度)をdz1で、2回微分(即ち加速度)をddz1で表す。
(推定式1)
Ms・ddz2=−Ks(z2−z1)−Cs(dz2−dz1)
この関係式をラプラス変換して整理すると下記のように表される。
(推定式2)
dz2=−(1/Ms)・(1/s
2)・(Cs・s+Ks)(dz2−dz1)
ここで、dz2−dz1はストローク速度(Vz_sFL、Vz_sFR、Vz_sRL、Vz_sRR)であることから、ばね上速度はストローク速度から算出できる。しかし、スカイフック制御によって減衰力が変更されると、推定精度が著しく低下するため、コンベ車両モデルでは大きな姿勢制御力(減衰力変更)を与えられないという問題が生じる。
【0026】
そこで、
図5(b)に示すようなスカイフック制御による車両モデルを用いることが考えられる。減衰力を変更するとは、基本的にサスペンションストロークに伴ってS/A3のピストン移動速度を制限する力を変更することである。ピストンを積極的に望ましい方向に移動することはできないセミアクティブ(パッシブ制御とも言う。)なS/A3を用いるため、セミアクティブスカイフックモデルを採用し、ばね上速度を求めると、下記のように表される。
(推定式3)
dz2=−(1/Ms)・(1/s
2)・{(Cs+Cv)・s+Ks}(dz2−dz1)
ただし、
dz2・(dz2−dz1)≧0のとき Cv=Csky・{dz2/(dz2−dz1)}
dz2・(dz2−dz1)<0のとき Cv=0
すなわち、Cvは不連続な値となる。
【0027】
今、簡単なフィルタを用いてばね上速度の推定を行いたいと考えた場合、セミアクティブスカイフックモデルでは、本モデルをフィルタとして見た場合、各変数はフィルタ係数に相当し、擬似微分項{(Cs+Cv)・s+Ks}に不連続な可変減衰係数Cvが含まれるため、フィルタ応答が不安定となり、適切な推定精度が得られない。特に、フィルタ応答が不安定となると、位相がずれてしまう。ばね上速度の位相と符号との対応関係が崩れると、スカイフック制御を達成することはできない。そこで、セミアクティブなS/A3を用いる場合であっても、ばね上速度とストローク速度の符号関係に依存せず、安定的なCskyを直接用いることが可能なアクティブスカイフックモデルを用いてばね上速度を推定することとした。アクティブスカイフックモデルを採用し、ばね上速度を求めると、下記のように表される。
【0028】
(推定式4)
dz2=−(1/s)・{1/(s+Csky/Ms)}・{(Cs/Ms)s+(Ks/Ms)}(dz2−dz1)
この場合、擬似微分項{(Cs/Ms)s+(Ks/Ms)}には不連続性が生じず、{1/(s+Csky/Ms)}の項はローパスフィルタで構成できる。よって、フィルタ応答が安定し、適切な推定精度を得ることができる。尚、ここで、アクティブスカイフックモデルを採用しても、実際にはセミアクティブ制御しかできないことから、制御可能領域が半分となる。よって、推定されるばね上速度の大きさはばね上共振以下の周波数帯で実際よりも小さくなるが、スカイフック制御において最も重要なのは位相であり、位相と符号との対応関係が維持できればスカイフック制御は達成され、ばね上速度の大きさは他の係数等によって調整可能であることから問題はない。
【0029】
以上の関係によって、各輪のストローク速度が分かれば、ばね上速度を推定できることが理解できる。次に、実際の車両は1輪ではなく4輪であるため、これら各輪のストローク速度を用いてばね上の状態を、ロールレイト、ピッチレイト及びバウンスレイトにモード分解して推定することを検討する。今、4輪のストローク速度から上記3つの成分を算出する場合、対応する成分が一つ足りず、解が不定となるため、対角輪の動きを表すワープレイトを導入することとした。ストローク量のバウンス項をxsB、ロール項をxsR、ピッチ項をxsP、ワープ項をxsWとし、Vz_sFL、Vz_sFR、Vz_sRL、Vz_sRRに対応するストローク量をz_sFL、z_sFR、z_sRL、z_sRRとすると、以下の式が成り立つ。
【0030】
(式1)
以上の関係式から、xsB、xsR、xsP、xsWの微分dxsB等は以下の式で表される。
dxsB=1/4(Vz_sFL+Vz_sFR+Vz_sRL+Vz_sRR)
dxsR=1/4(Vz_sFL−Vz_sFR+Vz_sRL−Vz_sRR)
dxsP=1/4(−Vz_sFL−Vz_sFR+Vz_sRL+Vz_sRR)
dxsW=1/4(−Vz_sFL+Vz_sFR+Vz_sRL−Vz_sRR)
【0031】
ここで、ばね上速度とストローク速度との関係は上記推定式4より得られているため、推定式4のうち、−(1/s)・{1/(s+Csky/Ms)}・{(Cs/Ms)s+(Ks/Ms)}部分をGと記載し、それぞれCsky,Cs及びKsのバウンス項、ロール項、ピッチ項に応じたモーダルパラメータ(CskyB,CskyR,CskyP,CsB,CsR,CsP,KsB,KsR,KsP)を考慮した値をGB,GR,GPとし、各バウンスレイトをdB、ロールレイトをdR、ピッチレイトをdPとすると、dB、dR、dPは以下の値として算出できる。
dB=GB・dxsB
dR=GR・dxsR
dP=GP・dxsP
以上から、各輪のストローク速度に基づいて、実際の車両におけるばね上の状態推定が達成できる。よって、S/A3にあっては、ストローク速度に基づいてばね上速度を推定し、これを用いてばね上挙動の推定を行う。
【0032】
一方、エンジン1及びブレーキ20にあっては、上下加速度センサ15を備えており、検出された上下加速度を積分することで各輪のばね上速度を求めることができる。よって、例えば、前輪左右平均ばね上速度と後輪左右平均ばね上速度との差分からピッチレイトを、前後輪右側平均ばね上速度と前後輪左側平均ばね上速度との差分からロールレイトを、全ての輪の平均ばね上速度からバウンスレイトを推定するような構成とすることが可能であり、エンジン1及びブレーキ20は、上下加速度センサ15により演算されたばね上速度を推定する。尚、エンジン1やブレーキ20にあっても、S/A3で用いた推定式を用いて上下加速度センサ15からばね上状態を推定するように構成してもよい。
【0033】
(ばね上制振制御部)
次に、ばね上制振制御部101a,スカイフック制御部201及びばね上制振制御部33において実行されるスカイフック制御構成について説明する。スカイフック制御では、上述のようにストローク速度に基づいて推定されたばね上状態を目標ばね上状態となるように制御する。言い換えると、ストローク速度はばね上状態に対応して変化するものであり、バウンス,ロール,ピッチといったばね上状態を目標ばね上状態に制御する場合、検出されたストローク速度が目標ばね上状態に対応するストローク速度となるように制御するものである。
【0034】
〔スカイフック制御部の構成〕
実施例1の車両の制御装置にあっては、エンジンコントローラ1aにおけるばね上制振制御部101aにおいては、バウンスレイト、ピッチレイトの二つを制御対象とし、ブレーキコントローラ2aにおけるスカイフック制御部201においてはピッチレイトを制御対象とし、S/Aコントローラ3aにおけるスカイフック制御部33aでは、バウンスレイト、ロールレイト、ピッチレイトの3つを制御対象とする。
【0035】
バウンス方向のスカイフック制御量は、
FB=CskyB・dB
ロール方向のスカイフック制御量は、
FR=CskyR・dR
ピッチ方向のスカイフック制御量は、
FP=CskyP・dP
となる。
(バウンス方向のスカイフック制御量FB)
バウンス方向のスカイフック制御量FBは、スカイフック制御部33aにおいてS/A姿勢制御量の一部として演算される。
(ロール方向のスカイフック制御量FR)
ロール方向のスカイフック制御量FRは、スカイフック制御部33aにおいてS/A姿勢制御量の一部として演算される。
(ピッチ方向のスカイフック制御量FP)
ピッチ方向のスカイフック制御量FPは、スカイフック制御部201においてブレーキ姿勢制御量として演算される。また、スカイフック制御部33aにおいてS/A姿勢制御量の一部として演算される。
【0036】
スカイフック制御部201には、エンジン1と同様に運転者に違和感を与えないために制動トルク制御量を制限する制限値が設定されている(尚、制限値の詳細については後述する。)。これにより、制動トルク制御量を前後加速度に換算したときに所定前後加速度範囲内(乗員の違和感、アクチュエータの寿命等から求まる制限値)となるように制限している。よって、FPに基づいてブレーキ姿勢制御量を演算し、制限値以上の値が演算された場合には、制限値によって達成可能なピッチレイト抑制量(以下、ブレーキ姿勢制御量と記載する。)をブレーキ制御部202に出力する。ブレーキ制御部202では、制限値に対応するブレーキ姿勢制御量に基づいて制動トルク制御量(もしくは減速度)が演算され、ブレーキ20に対して出力される。
【0037】
〔ブレーキピッチ制御〕
ここで、ブレーキピッチ制御について説明する。一般に、ブレーキ20については、バウンスとピッチの両方を制御可能であることから、両方を行うことが好ましいとも言える。しかし、ブレーキ20によるバウンス制御は4輪同時に制動力を発生させるため、制御優先度が低い方向にも関わらず、制御効果が得にくい割には減速感が強く、運転者にとって違和感となる傾向があった。そこで、ブレーキ20についてはピッチ制御に特化した構成とした。
図6は実施例1のブレーキピッチ制御を表す制御ブロック図である。車体の質量をm、前輪の制動力をBFf、後輪の制動力をBFr、車両重心点と路面との間の高さをHcg、車両の加速度をa、ピッチモーメントをMp、ピッチレイトをVpとすると、以下の関係式が成立する。
【0038】
BFf+BFr=m・a
m・a・Hcg=Mp
Mp=(BFf+BFr)・Hcg
ここで、ピッチレイトVpが正、つまり前輪側が沈み込んでいるときには制動力を与えてしまうと、より前輪側が沈み込み、ピッチ運動を助長してしまうため、この場合は制動力を付与しない。一方、ピッチレイトVpが負、つまり前輪側が浮き上がっているときには制動ピッチモーメントが制動力を与えて前輪側の浮き上がりを抑制する。これにより、運転者の視界を確保し、前方を見やすくすることで、安心感、フラット感の向上に寄与する。以上から、
Vp>0(前輪沈み込み)のとき Mp=0
Vp≦0(前輪浮き上がり)のとき Mp=CskyP・Vp
の制御量を与えるものである。これにより、車体のフロント側の浮き上がり時のみ制動トルクを発生させるため、浮き上がりと沈み込み両方に制動トルクを発生する場合に比べて、発生する減速度を小さくすることができる。また、アクチュエータ作動頻度も半分で済むため、低コストなアクチュエータを採用できる。
【0039】
以上の関係に基づいて、ブレーキ姿勢制御量演算部334内は、以下の制御ブロックから構成される。不感帯処理符号判定部3341では、入力されたピッチレイトVpの符号を判定し、正のときは制御不要であるため減速感低減処理部3342に0を出力し、負のときは制御可能と判断して減速感低減処理部3342にピッチレイト信号を出力する。
【0040】
〔減速感低減処理〕
次に、減速感低減処理について説明する。この処理は、ブレーキ姿勢制御量演算部334内で行なわれる上記制限値による制限に対応する処理である。2乗処理部3342aでは、ピッチレイト信号を2乗処理する。これにより符号を反転させると共に、制御力の立ち上がりを滑らかにする。ピッチレイト2乗減衰モーメント演算部3342bでは、2乗処理されたピッチレイトに2乗処理を考慮したピッチ項のスカイフックゲインCskyPを乗算してピッチモーメントMpを演算する。目標減速度算出部3342cでは、ピッチモーメントMpを質量m及び車両重心点と路面との間の高さHcgにより除算して目標減速度を演算する。
【0041】
ジャーク閾値制限部3342dでは、算出された目標減速度の変化率、すなわちジャークが予め設定された減速ジャーク閾値と抜きジャーク閾値の範囲内であるか否か、及び目標減速度が前後加速度制限値の範囲内であるか否かを判断し、いずれかの閾値を越える場合は、目標減速度をジャーク閾値の範囲内となる値に補正し、また、目標減速度が制限値を超える場合は、制限値内に設定する。これにより、運転者に違和感を与えないように減速度を発生させることができる。
【0042】
目標ピッチモーメント変換部3343では、ジャーク閾値制限部3342dにおいて制限された目標減速度に質量mと高さHcgとを乗算して目標ピッチモーメントを算出し、ブレーキ制御部2aに対して出力する。
【0043】
〔周波数感応制御部〕
次に、ばね上制振制御部内における周波数感応制御処理について説明する。実施例1では、基本的にストロークセンサ14の検出値に基づいてばね上速度を推定し、それに基づくスカイフック制御を行うことでばね上制振制御を達成する。しかしながら、ストロークセンサ14では十分に推定精度が担保出来ないと考えられる場合や、走行状況や運転者の意図によっては積極的に快適な走行状態(車体フラット感よりも柔らかな乗り心地)を担保したい場合もある。このような場合には、スカイフック制御のようにストローク速度とばね上速度の符号の関係(位相等)が重要となるベクトル制御では僅かな位相ずれによって適正な制御が困難となる場合があることから、振動特性のスカラー量に応じたばね上制振制御である周波数感応制御を導入することとした。
【0044】
図7はストロークセンサのストローク周波数特性を書き表した図である。ここで、周波数特性とは、周波数に対する振幅の大きさをスカラー量として縦軸に取った特性である。ストロークセンサ14の周波数成分のうち、ばね上共振周波数成分が存在する領域を、乗員の体全体が振れることで乗員が空中に放り投げらたような感覚、更に言い換えると、乗員に作用する重力加速度が減少したような感覚をもたらす周波数領域としてフワ領域(0.5〜3Hz)とし、ばね上共振周波数成分とばね下共振周波数成分との間の領域を、重力加速度が減少するような感覚ではないが、乗馬で速足(trot)を行う際に人体が小刻みに跳ね上がるような感覚、更に言い換えると、体全体が追従可能な上下動をもたらす周波数領域としてヒョコ領域(3〜6Hz)とし、ばね下共振周波数成分が存在する領域を、人体の質量が追従するまでの上下動ではないが、乗員の太ももといった体の一部に対して小刻みな振動が伝達されるような周波数領域としてブル領域(6〜23Hz)と定義する。
【0045】
図8は実施例1のばね上制振制御における周波数感応制御を表す制御ブロック図である。バンドエリミネーションフィルタ350では、ストロークセンサ値のうち、本制御に使用する振動成分以外のノイズをカットする。所定周波数領域分割部351では、フワ領域、ヒョコ領域及びブル領域のそれぞれの周波数帯に分割する。ヒルベルト変換処理部352では、分割された各周波数帯をヒルベルト変換し、周波数の振幅に基づくスカラー量(具体的には、振幅と周波数帯により算出される面積)に変換する。
車両振動系重み設定部353では、フワ領域、ヒョコ領域及びブル領域の各周波数帯の振動が実際に車両に伝播される重みを設定する。人間感覚重み設定部354では、フワ領域、ヒョコ領域及びブル領域の各周波数帯の振動が乗員に伝播される重みを設定する。
【0046】
ここで、人間感覚重みの設定について説明する。
図9は周波数に対する人間感覚特性を表す相関図である。
図9に示すように、低周波数領域であるフワ領域にあっては、比較的周波数に対して乗員の感度が低く、高周波数領域に移行するに従って徐々に感度が増大していく。尚、ブル領域以上の高周波領域は乗員に伝達されにくくなっていく。以上から、フワ領域の人間感覚重みWfを0.17に設定し、ヒョコ領域の人間感覚重みWhをWfより大きな0.34に設定し、ブル領域の人間感覚重みWbをWf及びWhより更に大きな0.38に設定する。これにより、各周波数帯のスカラー量と実際に乗員に伝播される振動との相関をより高めることができる。尚、これら二つの重み係数は、車両コンセプトや、乗員の好みにより適宜変更してもよい。
【0047】
重み決定手段355では、各周波数帯の重みのうち、それぞれの周波数帯の重みが占める割合を算出する。フワ領域の重みをa、ヒョコ領域の重みをb、ブル領域の重みをcとすると、フワ領域の重み係数は(a/(a+b+c))であり、ヒョコ領域の重み係数は(b/(a+b+c))であり、ブル領域の重み係数は(c/(a+b+c))である。
スカラー量演算部356では、ヒルベルト変換処理部352により算出された各周波数帯のスカラー量に重み決定手段355において算出された重みを乗算し、最終的なスカラー量を出力する。ここまでの処理は、各輪のストロークセンサ14のセンサ値に対して行なわれる。
【0048】
最大値選択部357では、4輪においてそれぞれ演算された最終的なスカラー量のうち最大値を選択する。尚、下部における0.01は、後の処理において最大値の合計を分母とすることから、分母が0になることを回避するために設定したものである。比率演算部358では、各周波数帯のスカラー量最大値の合計を分母とし、フワ領域に相当する周波数帯のスカラー量最大値を分子として比率を演算する。言い換えると、全振動成分に含まれるフワ領域の混入比率(以下、単に比率と記載する。)を演算するものである。ばね上共振フィルタ359では、算出された比率に対してばね上共振周波数の1.2Hz程度のフィルタ処理を行い、算出された比率からフワ領域を表すばね上共振周波数帯の成分を抽出する。言い換えると、フワ領域は1.2Hz程度に存在することから、この領域の比率も1.2Hz程度で変化すると考えられるからである。そして、最終的に抽出された比率を減衰力制御部35に対して出力し、比率に応じた周波数感応減衰力制御量を出力する。
【0049】
図10は実施例1の周波数感応制御によるフワ領域の振動混入比率と減衰力との関係を表す特性図である。
図10に示すように、フワ領域の比率が大きいときには減衰力を高く設定することで、ばね上共振の振動レベルを低減する。このとき、減衰力を高く設定しても、ヒョコ領域やブル領域の比率は小さいため、乗員に高周波振動やヒョコヒョコと動くような振動を伝達することはない。一方、フワ領域の比率が小さいときには減衰力を低く設定することで、ばね上共振以上の振動伝達特性が減少し、高周波振動が抑制され、滑らかな乗り心地が得られる。
【0050】
ここで、周波数感応制御とスカイフック制御とを対比した場合における周波数感応制御の利点について説明する。
図11はある走行条件においてストロークセンサ14により検出されたストローク速度の周波数特性を表した図である。これは、特に石畳のような小さな凹凸が連続するような路面を走行した場合に表れる特性である。このような特性を示す路面を走行中にスカイフック制御を行うと、スカイフック制御では振幅のピークの値で減衰力を決定するため、仮に高周波振動の入力に対して位相の推定が悪化すると、誤ったタイミングで非常に高い減衰力を設定してしまい、高周波振動が悪化するという問題がある。
これに対し、周波数感応制御のようにベクトルではなくスカラー量に基づいて制御する場合、
図11に示すような路面にあってはフワ領域の比率が小さいことから低い減衰力が設定されることになる。これにより、ブル領域の振動の振幅が大きい場合であっても十分に振動伝達特性が減少するため、高周波振動の悪化を回避することができるものである。以上から、例え高価なセンサ等を備えてスカイフック制御を行ったとしても位相推定精度が悪化することで制御が困難な領域では、スカラー量に基づく周波数感応制御によって高周波振動を抑制できるものである。
【0051】
(S/A側ドライバ入力制御部について)
次に、S/A側ドライバ入力制御部について説明する。S/A側ドライバ入力制御部31では、舵角センサ7や車速センサ8からの信号に基づいて運転者の達成したい車両挙動に対応するドライバ入力減衰力制御量を演算し、減衰力制御部35に対して出力する。例えば、運転者が旋回中において、車両のノーズ側が浮き上がると、運転者の視界が路面から外れやすくなることから、この場合にはノーズ浮き上がりを防止するように4輪の減衰力をドライバ入力減衰力制御量として出力する。また、旋回時に発生するロールを抑制するドライバ入力減衰力制御量を出力する。
【0052】
(S/A側ドライバ入力制御によるロール制御について)
ここで、S/A側ドライバ入力制御によって行われるロール抑制制御について説明する。
図12は実施例1のロールレイト抑制制御の構成を表す制御ブロック図である。横加速度推定部31b1では、舵角センサ7により検出された前輪舵角δfと、車速センサ8により検出された車速VSPに基づいて横加速度Ygを推定する。この横加速度Ygには、車体プランビューモデルに基づいて以下の式より算出される。
Yg=(VSP
2/(1+A・VSP
2))・δf
ここで、Aは所定値である。
【0053】
90°位相進み成分作成部31b2では、推定された横加速度Ygを微分して横加速度微分値dYgを出力する。第1加算部31b4では横加速度Ygと横加速度微分値dYgとを加算する。90°位相遅れ成分作成部31b3では、推定された横加速度Ygの位相を90°遅らせた成分F(Yg)を出力する。第2加算部31b5では、第1加算部31b4において加算された値にF(Yg)を加算する。ヒルベルト変換部31b6では、加算された値の包絡波形に基づくスカラー量を演算する。ゲイン乗算部31b7では、包絡波形に基づくスカラー量にゲインを乗算し、ロールレイト抑制制御用のドライバ入力姿勢制御量を演算し、減衰力制御部35に対して出力する。
【0054】
図13は実施例1のロールレイト抑制制御の包絡波形形成処理を表すタイムチャートである。時刻t1において、運転者が操舵を開始すると、ロールレイトが徐々に発生し始める。このとき、90°位相進み成分を加算して包絡波形を形成し、包絡波形に基づくスカラー量に基づいてドライバ入力姿勢制御量を演算することで、操舵初期におけるロールレイトの発生を抑制することができる。次に、時刻t2において、運転者が保舵状態となると、90°位相進み成分は無くなり、今度は位相遅れ成分F(Yg)が加算される。このとき、定常旋回状態でロールレイト自体の変化はさほどない場合であっても、一旦ロールした後に、ロールの揺り返しに相当するロールレイト共振成分が発生する。仮に、位相遅れ成分F(Yg)が加算されていないと、時刻t2から時刻t3における減衰力は小さな値に設定されてしまい、ロールレイト共振成分による車両挙動の不安定化を招くおそれがある。このロールレイト共振成分を抑制するために90°位相遅れ成分F(Yg)を付与するものである。
【0055】
時刻t3において、運転者が保舵状態から直進走行状態に移行すると、横加速度Ygは小さくなり、ロールレイトも小さな値に収束する。ここでも90°位相遅れ成分F(Yg)の作用によってしっかりと減衰力を確保しているため、ロールレイト共振成分による不安定化を回避することができる。
【0056】
(ばね下制振制御部)
次に、ばね下制振制御部の構成について説明する。
図5(a)のコンベ車両において説明したように、タイヤも弾性係数と減衰係数を有することから共振周波数帯が存在する。ただし、タイヤの質量はばね上の質量に比べて小さく、弾性係数も高いため、ばね上共振よりも高周波数側に存在する。このばね下共振成分により、ばね下においてタイヤがバタバタ動いてしまい、接地性が悪化するおそれがある。また、ばね下でのバタつきは乗員に不快感を与えるおそれもある。そこで、ばね下共振によるバタつきを抑制するために、ばね下共振成分に応じた減衰力を設定するものである。
【0057】
図14は実施例1のばね下制振制御の制御構成を表すブロック図である。ばね下共振成分抽出部341では、走行状態推定部32内の偏差演算部321bから出力されたストローク速度にバンドパスフィルタを作用させてばね下共振成分を抽出する。ばね下共振成分はストローク速度周波数成分のうち概ね10〜20Hzの領域から抽出される。包絡波形成形部342では、抽出されたばね下共振成分をスカラー化し、EnvelopeFilterを用いて包絡波形を成形する。ゲイン乗算部343では、スカラー化されたばね下共振成分にゲインを乗算し、ばね下制振減衰力制御量を算出し、減衰力制御部35に対して出力する。
【0058】
(減衰力制御部の構成について)
次に、減衰力制御部35の構成について説明する。
図15は実施例1の減衰力制御部の制御構成を表す制御ブロック図である。等価粘性減衰係数変換部35aでは、ドライバ入力制御部31から出力されたドライバ入力減衰力制御量と、スカイフック制御部33aから出力されたS/A姿勢制御量と、周波数感応制御部33bから出力された周波数感応減衰力制御量と、ばね下制振制御部34から出力されたばね下制振減衰力制御量と、走行状態推定部32により演算されたストローク速度が入力され、これらの値を等価粘性減衰係数に変換する。
【0059】
減衰係数調停部35bでは、等価粘性減衰係数変換部35aにおいて変換された減衰係数(以下、それぞれの減衰係数をドライバ入力減衰係数k1、S/A姿勢減衰係数k2、周波数感応減衰係数k3、ばね下制振減衰係数k4と記載する。)のうち、どの減衰係数に基づいて制御するのかを調停し、最終的な減衰係数を出力する。制御信号変換部35cでは、減衰係数調停部35bで調停された減衰係数とストローク速度に基づいてS/A3に対する制御信号(指令電流値)に変換し、S/A3に対して出力する。
【0060】
〔減衰係数調停部〕
次に、減衰係数調停部35bの調停内容について説明する。実施例1の車両の制御装置にあっては、4つの制御モードを有する。第1に一般的な市街地などを走行しつつ適度な旋回状態が得られる状態を想定したスタンダードモード、第2にワインディングロードなどを積極的に走行しつつ安定した旋回状態が得られる状態を想定したスポーツモード、第3に低車速発進時など、乗り心地を優先して走行する状態を想定したコンフォートモード、第4に直線状態の多い高速道路等を高車速で走行する状態を想定したハイウェイモードである。
【0061】
スタンダードモードでは、スカイフック制御部33aによるスカイフック制御を行いつつ、ばね下制振制御部34によるばね下制振制御を優先する制御を実施する。
スポーツモードでは、ドライバ入力制御部31によるドライバ入力制御を優先しつつ、スカイフック制御部33aによるスカイフック制御とばね下制振制御部34によるばね下制振制御とを実施する。
コンフォートモードでは、周波数感応制御部33bによる周波数感応制御を行いつつ、ばね下制振制御部34によるばね下制振制御を優先する制御を実施する。
ハイウェイモードでは、ドライバ入力制御部31によるドライバ入力制御を優先しつつ、スカイフック制御部33aによるスカイフック制御にばね下制振制御部34によるばね下制振制御の制御量を加算する制御を実施する。
以下、これら各モードにおける減衰係数の調停について説明する。
【0062】
(スタンダードモードにおける調停)
図16は実施例1のスタンダードモードにおける減衰係数調停処理を表すフローチャートである。
ステップS1では、S/A姿勢減衰係数k2がばね下制振減衰係数k4より大きいか否かを判断し、大きいときはステップS4に進んで減衰係数としてk2を設定する。
ステップS2では、周波数感応制御部33bにおいて説明したフワ領域、ヒョコ領域及びブル領域のスカラー量に基づいて、ブル領域のスカラー量比率を演算する。
ステップS3では、ブル領域の比率が所定値以上か否かを判断し、所定値以上の場合は高周波振動による乗り心地悪化が懸念されることからステップS4に進み、減衰係数として低い値であるk2を設定する。一方、ブル領域の比率が上記所定値未満の場合は減衰係数を高く設定しても高周波振動による乗り心地悪化の心配が少ないことからステップS5に進んでk4を設定する。
【0063】
上述のように、スタンダードモードでは、原則としてばね下の共振を抑制するばね下制振制御を優先する。ただし、ばね下制振制御が要求する減衰力よりスカイフック制御が要求する減衰力が低く、かつ、ブル領域の比率が大きいときには、スカイフック制御の減衰力を設定し、ばね下制振制御の要求を満たすことに伴う高周波振動特性の悪化を回避する。これにより、走行状態に応じて最適な減衰特性を得ることができ、車体のフラット感を達成しつつ、高周波振動に対する乗り心地悪化を同時に回避できる。
【0064】
(スポーツモードにおける調停)
図17は実施例1のスポーツモードにおける減衰係数調停処理を表すフローチャートである。
ステップS11では、ドライバ入力制御により設定された4輪のドライバ入力減衰係数k1に基づいて4輪減衰力配分率を演算する。右前輪のドライバ入力減衰係数をk1fr、左前輪のドライバ入力減衰係数をk1fl、右後輪のドライバ入力減衰係数をk1rr、左後輪のドライバ入力減衰係数をk1rl、各輪の減衰力配分率をxfr、xfl、xrr、xrlとすると、
xfr=k1fr/(k1fr+k1fl+k1rr+k1rl)
xfl=k1fl/(k1fr+k1fl+k1rr+k1rl)
xrr=k1rr/(k1fr+k1fl+k1rr+k1rl)
xrl=k1rl/(k1fr+k1fl+k1rr+k1rl)
により算出される。
【0065】
ステップS12では、減衰力配分率xが所定範囲内(αより大きくβより小さい)か否かを判断し、所定範囲内の場合は各輪に対する配分はほぼ均等であると判断してステップS13に進み、いずれか1つでも所定範囲外の場合はステップS16に進む。
ステップS13では、ばね下制振減衰係数k4がドライバ入力減衰係数k1より大きいか否かを判断し、大きいと判断した場合はステップS15に進み、第1減衰係数kとしてk4を設定する。一方、ばね下制振減衰係数k4がドライバ入力減衰係数k1以下であると判断した場合はステップS14に進み、第1減衰係数kとしてk1を設定する。
【0066】
ステップS16では、ばね下制振減衰係数k4がS/A3の設定可能な最大値maxか否かを判断し、最大値maxと判断した場合はステップS17に進み、それ以外の場合はステップS18に進む。
ステップS17では、4輪のドライバ入力減衰係数k1の最大値がばね下制振減衰係数k4となり、かつ、減衰力配分率を満たす減衰係数を第1減衰係数kとして演算する。言い換えると、減衰力配分率を満たしつつ減衰係数が最も高くなる値を演算する。
ステップS18では、4輪のドライバ入力減衰係数k1がいずれもk4以上となる範囲で減衰力配分率を満たす減衰係数を第1減衰係数kとして演算する。言い換えると、ドライバ入力制御によって設定される減衰力配分率を満たし、かつ、ばね下制振制御側の要求をも満たす値を演算する。
【0067】
ステップS19では、上記各ステップにより設定された第1減衰係数kがスカイフック制御により設定されるS/A姿勢減衰係数k2より小さいか否かを判断し、小さいと判断された場合はスカイフック制御側の要求する減衰係数のほうが大きいためステップS20に進んでk2を設定する。一方、kがk2以上であると判断された場合はステップS21に進んでkを設定する。
【0068】
上述のように、スポーツモードでは、原則としてばね下の共振を抑制するばね下制振制御を優先する。ただし、ドライバ入力制御側から要求される減衰力配分率は、車体姿勢と密接に関連し、特にロールモードによるドライバの視線変化との関連も深いことから、ドライバ入力制御側から要求された減衰係数そのものではなく、減衰力配分率の確保を最優先事項とする。また、減衰力配分率が保たれた状態で車体姿勢に姿勢変化をもたらす動きについてはスカイフック制御をセレクトハイで選択することで、安定した車体姿勢を維持することができる。
【0069】
(コンフォードモードにおける調停)
図18は実施例1のコンフォートモードにおける減衰係数調停処理を表すフローチャートである。
ステップS30では、周波数感応減衰係数k3がばね下制振減衰係数k4より大きいか否かを判断し、大きいと判断した場合はステップS32に進んで周波数感応減衰係数k3を設定する。一方、周波数感応減衰係数k3がばね下制振減衰係数k4以下であると判断した場合はステップS32に進んでばね下制振減衰係数k4を設定する。
【0070】
上述のように、コンフォートモードでは、基本的にばね下の共振を抑制するばね下共振制御を優先する。もともとばね上制振制御として周波数感応制御を行い、これにより路面状況に応じた最適な減衰係数を設定しているため、乗り心地を確保した制御を達成でき、ばね下がばたつくことによる接地感不足をばね下制振制御で回避することができる。尚、コンフォートモードにおいても、スタンダードモードと同様に、周波数スカラー量のブル比率に応じて減衰係数を切り替えるように構成してもよい。これにより、スーパーコンフォートモードとして更に乗り心地を確保することができる。
【0071】
(ハイウェイモードにおける調停)
図19は実施例1のハイウェイモードにおける減衰係数調停処理を表すフローチャートである。尚、ステップS11からS18までは、スポーツモードにおける調停処理と同じであるため、説明を省略する。
ステップS40では、ステップS18までで調停された第1減衰係数kにスカイフック制御によるS/A姿勢減衰係数k2を加算して出力する。
【0072】
上述のように、ハイウェイモードでは、調停された第1減衰係数kにS/A姿勢減衰係数k2を加算した値を用いて減衰係数を調停する。ここで、図を用いて作用を説明する。
図20はうねり路面及び凹凸路面を走行する際の減衰係数変化を表すタイムチャートである。例えば高車速走行時にわずかな路面のうねり等の影響で車体がゆらゆらと動くような動きを抑制しようとした場合、スカイフック制御のみで達成しようとすると、僅かなストローク速度を検知する必要があることから、スカイフック制御ゲインをかなり高く設定する必要がある。この場合、ゆらゆらと動くような動きを抑制することはできるが、路面の凹凸などが発生した場合、制御ゲインが大き過ぎて過剰な減衰力制御を行うおそれがある。これにより、乗り心地の悪化や車体姿勢の悪化が懸念される。
【0073】
これに対し、ハイウェイモードのように第1減衰係数kを常時設定しているため、ある程度の減衰力は常時確保されることになり、スカイフック制御による減衰係数が小さくても車体がゆらゆらと動くような動きを抑制できる。また、スカイフック制御ゲインを上昇させる必要がないため、路面凹凸に対しても通常の制御ゲインにより適切に対処できる。加えて、第1減衰係数kが設定された状態でスカイフック制御が行われるため、セミアクティブ制御領域内において、減衰係数制限とは異なり、減衰係数の減少工程の動作が可能となり、高速走行時において安定した車両姿勢を確保することができる。
【0074】
(モード選択処理)
次に、上記各走行モードを選択するモード選択処理について説明する。
図21は実施例1の減衰係数調停部において走行状態に基づくモード選択処理を表すフローチャートである。
ステップS50では、舵角センサ7の値に基づいて直進走行状態か否かを判断し、直進走行状態と判断された場合にはステップS51に進み、旋回状態と判断された場合にはステップS54に進む。
ステップS51では、車速センサ8の値に基づいて高車速状態を表す所定車速VSP1以上か否かを判断し、VSP1以上と判断された場合にはステップS52に進んでスタンダードモードを選択する。一方、VSP1未満と判断された場合にはステップS53に進んでコンフォートモードを選択する。
ステップS54では、車速センサ8の値に基づいて高車速状態を表す所定車速VSP1以上か否かを判断し、VSP1以上と判断された場合にはステップS55に進んでハイウェイモードを選択する。一方、VSP1未満と判断された場合にはステップS56に進んでスポーツモードを選択する。
【0075】
すなわち、直進走行状態において、高車速走行する場合にはスタンダードモードを選択することで、スカイフック制御による車体姿勢の安定化を図り、かつ、ヒョコやブルといった高周波振動を抑制することで乗り心地を確保し、更に、ばね下の共振を抑制することができる。また、低車速走行する場合にはコンフォートモードを選択することで、ヒョコやブルといった振動の乗員への入力を極力抑えながら、ばね下の共振を抑制することができる。
【0076】
一方、旋回走行状態において、高車速走行する場合にはハイウェイモードを選択することで、減衰係数を加算した値によって制御されるため、基本的に高い減衰力が得られる。これにより、高車速であってもドライバ入力制御によって旋回時の車体姿勢を積極的に確保しつつ、ばね下共振を抑制することができる。また、低車速走行する場合にはスポーツモードを選択することで、ドライバ入力制御によって旋回時の車体姿勢を積極的に確保しつつ、スカイフック制御が適宜行われながら、ばね下共振を抑制することができ、安定した車両姿勢で走行できる。
【0077】
尚、モード選択処理については、実施例1では走行状態を検知して自動的に切り替える制御例を示したが、例えば運転者が操作可能な切換スイッチ等を設け、これにより走行モードを選択するように制御してもよい。これにより、運転者の走行意図に応じた乗り心地や旋回性能が得られる。
【0078】
以上説明したように、実施例1にあっては下記に列挙する作用効果を奏する。
(1)ばね上の上下加速度を検出する上下加速度センサ15と、上下加速度センサ15により検出された加速度に基づいて第2走行状態推定部200により推定されたばね上状態が、安定したばね上状態(目標ばね上状態に対応する加速度)となるようにブレーキ20(摩擦ブレーキ)から出力されるブレーキ姿勢制御量を演算し(スカイフック制御部201)、ブレーキ20を制御するブレーキコントローラ2a(摩擦ブレーキ姿勢制御手段)と、S/A3(減衰力可変ショックアブソーバ)のストローク速度を検出するストロークセンサ14と、ストロークセンサ14により検出されたストローク速度に基づいて第3走行状態推定部32により推定されたばね上状態及び/又はばね下状態が目標ばね上状態及び/又は目標ばね下状態となるようにS/A3の減衰力制御量を演算し、S/A3を制御するS/Aコントローラ3a(減衰力制御手段)と、を備えた。
【0079】
すなわち、高周波振動特性の悪化と何ら関係の無いアクチュエータであるブレーキ20によってS/A3の減衰力制御量を低下させることができ、高周波振動特性の悪化を回避することができる。また、ブレーキ20によって減衰力制御量を減少させることができるため、S/A3の制御可能領域を比較的狭くすることができ、安価な構成により車体姿勢制御を達成することができる。
【0080】
また、ブレーキ20は制御指令に対して実際にトルクが変動するまでの応答性がS/A3に比べて低い。そこで、上下加速度センサ15のように位相の早いセンサによりばね上状態を検出することで、より早くブレーキ20に対する制御指令を出力する。一方、S/A3はエンジン1やブレーキ20に比べて応答性が高いことから、仮に上下加速度センサ15に基づいて制御すると、エンジン側の制御とのバランスの悪化が懸念される。そこで、上下加速度センサ15よりも位相が遅いストロークセンサ14によりばね上状態を検出する。すなわち、S/A3よりも応答が遅いブレーキ20におけるフィードバック制御系には、位相が早い上下加速度センサ15を採用し、ブレーキ20よりも応答が早いS/A3におけるフィードバック制御系には、位相が遅いストロークセンサ14を採用する。これにより、各フィードバック制御系の応答バランスを確保することができ、車両全体としての制御安定性を図ることができる。
尚、実施例1ではスカイフック制御により車体姿勢制御を行なう例を示したが、他の車体姿勢制御によって達成してもよい。また、実施例1ではブレーキ20の制御対象をピッチレイトとしたが、バウンスレイト等を制御対象としてもよい。また、実施例1では目標姿勢としてフラットな姿勢としたが、例えば旋回中に運転者の視界を確保する観点からノーズダイブ気味の車体姿勢を目標姿勢としてもよい。また、ばね上姿勢に限らず、ばね下制振を目的として制御してもよい。
【0081】
(2)上下加速度センサ15の検出値と、ストロークセンサ14の検出値との位相ズレを補償する位相補償器500(位相補償手段)を備えた。これにより、各フィードバック系における応答性のバランスを取りつつも、更にそれぞれのフィードバック制御系における位相を補償することで、システム全体としての安定化を図ることができる。
【0082】
(3)スカイフック制御部201(摩擦ブレーキ姿勢制御手段)は、車体のピッチ運動を抑制する。
一般に、ブレーキ20については、バウンスとピッチの両方を制御可能であることから、両方を行うことが好ましいとも言える。しかし、ブレーキ20によるバウンス制御は4輪同時に制動力を発生させるため、制御優先度が低い方向にも関わらず、制御効果が得にくい割には減速感が強く、運転者にとって違和感となる傾向があった。そこで、ブレーキ20については、バウンス運動の抑制よりもピッチ運動の抑制を優先することとし、特に実施例1ではピッチ制御に特化した構成とした。これにより、減速感を抑制することができ、乗員への違和感を低減することができる。
【0083】
ここで、実施例1では、ピッチレイトVpが正、つまり前輪側が沈み込んでいるときには制動力を与えてしまうと、より前輪側が沈み込み、ピッチ運動を助長してしまうため、この場合は制動力を付与しない。一方、ピッチレイトVpが負、つまり前輪側が浮き上がっているときには制動ピッチモーメントが制動力を与えて前輪側の浮き上がりを抑制する。これにより、運転者の視界を確保し、前方を見やすくすることで、安心感、フラット感の向上に寄与する。また、車体のフロント側の浮き上がり時のみ制動トルクを発生させるため、浮き上がりと沈み込み両方に制動トルクを発生する場合に比べて、発生する減速度を小さくすることができる。また、アクチュエータ作動頻度も半分で済むため、低コストなアクチュエータを採用できる。
【0084】
尚、実施例1ではピッチ制御に特化した例を示したが、ピッチ運動とバウンス運動の両方を制御するにあたり、ピッチ運動の抑制を優先的に行なう、もしくはバウンス運動の制御量に制御量が小さくなるゲインを乗算して制御することとしてもよい。バウンス制御に優先してピッチ制御が成されれば、本発明の目的は満たされるからである。
また、実施例1ではピッチ制御としてスカイフック制御を適用した例を示したが、ピッチレイトを抑制する制動トルクを出力する構成であれば、他の制御理論であっても構わない。
【0085】
(4)スカイフック制御部201(摩擦ブレーキ姿勢制御手段)は、車体減速度の変化率が所定値以下となるようにブレーキ姿勢制御量を所定値に制限する制限値を有する。
具体的には、ジャーク閾値制限部3342dにおいて、算出された目標減速度の変化率、すなわちジャークが予め設定された減速ジャーク閾値と抜きジャーク閾値の範囲内であるか否か、及び目標減速度が前後加速度制限値の範囲内であるか否かを判断し、いずれかの閾値を越える場合は、目標減速度をジャーク閾値の範囲内となる値に補正し、また、目標減速度が制限値を超える場合は、制限値内に設定する。これにより、運転者に違和感を与えないように減速度を発生させることができる。
【0086】
(5)第3走行状態推定部32(減衰力制御手段)は、ばね上速度とストローク速度の符号によらず推定可能なアクティブスカイフックモデルに基づいて減衰力制御量を演算する。
よって、フィルタ応答が安定し、適切な推定精度を得ることができる。尚、ここで、アクティブスカイフックモデルを採用しても、実際にはセミアクティブ制御しかできないことから、制御可能領域が半分となる。よって、推定されるばね上速度の大きさはばね上共振以下の周波数帯で実際よりも小さくなるが、スカイフック制御において最も重要なのは位相であり、位相と符号との対応関係が維持できればスカイフック制御は達成され、ばね上速度の大きさは他の係数等によって調整可能であることから問題はない。
【0087】
(6)第3走行状態推定部32(減衰力制御手段)は、4輪の上下方向運動を表すバウンス項と、前後輪の上下方向運動を表すピッチ項と、左右輪の上下方向運動を表すロール項と、対角輪の上下方向運動を表すワープ項と、に基づいて4輪モデルに展開することで、走行状態を推定する。
すなわち、4輪のばね上速度からロール項、ピッチ項及びバウンス項にモード分解する際、対応する成分が一つ足りず、解が不定となる。そこで、対角輪の動きを表すワープ項を導入することで、上記各項を推定することができる。
【0088】
(7)ばね上の上下加速度を検出する上下加速度センサ15と、S/A3のストローク速度を検出するストロークセンサ14と、上下加速度センサ15により検出された加速度に基づいて第2走行状態推定部200により推定されたばね上状態が、安定したばね上状態(目標ばね上状態に対応する加速度)となるようにブレーキ姿勢制御量を演算し(スカイフック制御部201)、ブレーキ20(摩擦ブレーキ)にブレーキ姿勢制御量に応じた制動力を要求すると共に、ストロークセンサ14により検出されたストローク速度に基づいて第3走行状態推定部32により推定されたばね上状態及び/又はばね下状態が目標ばね上状態及び/又は目標ばね下状態となるようにS/A3の減衰力制御量を演算し、S/A3に減衰力制御量に応じた減衰力を要求するブレーキコントローラ2a及びS/Aコントローラ3a(コントローラ)と、を備える。
【0089】
すなわち、高周波振動特性の悪化と何ら関係の無いアクチュエータであるブレーキ20によってS/A3の減衰力制御量を低下させることができ、高周波振動特性の悪化を回避することができる。また、ブレーキ20によって減衰力制御量を減少させることができるため、S/A3の制御可能領域を比較的狭くすることができ、安価な構成により車体姿勢制御を達成することができる。
【0090】
また、S/A3よりも応答が遅いブレーキ20におけるフィードバック制御系には、位相が早い上下加速度センサ15を採用し、ブレーキ20よりも応答が早いS/A3におけるフィードバック制御系には、位相が遅いストロークセンサ14を採用する。これにより、各フィードバック制御系の応答バランスを確保することができ、車両全体としての制御安定性を図ることができる。
【0091】
(8)ブレーキコントローラ2a及びS/Aコントローラ3a(コントローラ)が、ばね上上下加速度が目標ばね上状態に対応するばね上上下加速度となるようにブレーキ20から出力されるブレーキ姿勢制御量を演算してブレーキ20の制動力を制御し、S/A3のストローク速度が目標ばね上状態及び/又は目標ばね下状態に対応するストローク速度となるようにS/A姿勢制御量を演算し、S/A3の減衰力を制御する。
【0092】
すなわち、高周波振動特性の悪化と何ら関係の無いアクチュエータであるブレーキ20によってS/A3の減衰力制御量を低下させることができ、高周波振動特性の悪化を回避することができる。また、ブレーキ20によって減衰力制御量を減少させることができるため、S/A3の制御可能領域を比較的狭くすることができ、安価な構成により車体姿勢制御を達成することができる。
【0093】
また、S/A3よりも応答が遅いブレーキ20におけるフィードバック制御系には、位相が早い上下加速度センサ15を採用し、ブレーキ20よりも応答が早いS/A3におけるフィードバック制御系には、位相が遅いストロークセンサ14を採用する。これにより、各フィードバック制御系の応答バランスを確保することができ、車両全体としての制御安定性を図ることができる。