【実施例1】
【0010】
まず、構成を説明する。
実施例1における構成を、「全体システム構成」、「エンジンコントロールモジュールの内部構成」、「車体制振制御装置の入力変換部構成」、「車体制振制御装置の車体振動推定部構成」、「車体制振制御装置のトルク指令値算出部構成」に分けて説明する。
【0011】
[全体システム構成]
図1は、実施例1の車体制振制御装置が適用されたエンジン車を示す全体システム構成図である。以下、
図1に基づき、全体システム構成を説明する。
ここで、「車体制振制御」とは、車両のアクチュエータ(実施例1では「エンジン106」)による駆動トルクを車体の振動に合わせて適切に制御することにより、車体振動を抑制する機能を持つ制御をいう。実施例1の車体制振制御においては、操舵時のヨー応答向上効果、操舵時のリニアリティ向上効果、ロール挙動の抑制効果も併せて得られる。
【0012】
実施例1の車体制振制御装置が適用されたエンジン車は、
図1に示すように、マニュアル変速による後輪駆動車であり、エンジンコントロールモジュール(ECM)101と、エンジン106と、を備えている。
【0013】
前記エンジンコントロールモジュール101(以下、「ECM101」という。)は、エンジン106の駆動トルク制御を行う。このECM101には、左右前輪102FR,102FL(従動輪)と左右後輪102RR,102RL(駆動輪)に接続された車輪速センサ103FR,103FL,103RR,103RLからの信号と、ステアリングホイール110に接続された操舵角センサ111からの信号と、が入力される。さらに、ブレーキペダルへのドライバ操作量を検出するブレーキストロークセンサ104からの信号と、アクセルペダルへのドライバ操作量を検出するアクセル開度センサ105からの信号と、が入力される。これらの入力信号に応じてエンジン106を駆動するトルク指令値を算出し、トルク指令値をエンジン106へ送る。
【0014】
前記エンジン106は、ECM101からのトルク指令値に応じた駆動トルクを発生し、発生した駆動トルクは、MT変速機107でドライバのシフト操作に応じて増減速される。MT変速機107で変速された駆動トルクは、シャフト108及びディファレンシャルギア109でさらに変速され、左右後輪102RR,102RLへと伝達され、車両を駆動する。
【0015】
[エンジンコントロールモジュールの内部構成]
車体制振制御装置は、ECM101内に制御プログラムの形で構成されていて、ECM101内部の制御プログラムをあらわすブロック構成を
図2に示す。以下、
図2に基づき、ECM101の内部構成を説明する。
【0016】
前記ECM1101は、
図2に示すように、ドライバ要求トルク演算部201と、トルク指令値演算部202と、車体制振制御装置203と、を備えている。
【0017】
前記ドライバ要求トルク演算部201は、ブレーキストロークセンサ104からのドライバによるブレーキ操作量情報と、アクセル開度センサ105からのドライバによるアクセル操作量情報を入力し、ドライバ要求トルクを演算する。
【0018】
前記トルク指令値演算部202は、ドライバ要求トルク演算部201からのドライバ要求トルクに車体制振制御装置203からの補正トルク値を加算したトルク指令値と、車載の他システム(例えば、VDCやTCS等)からのトルク要求を入力する。そして、これらの入力情報に基づき、エンジン106への駆動トルク指令値を算出する。
【0019】
前記車体制振制御装置203は、入力変換部204と、車体振動推定部205と、トルク指令値算出部206と、の3部構成となっている。前記入力変換部204は、走行中に取得される車両からのセンシング情報を車輪入力に変換する。前記車体振動推定部205は、入力変換部204からの各車輪入力と車両モデルを用いて車体のばね上挙動を推定する。前記トルク指令値算出部206は、車体振動推定部205により推定された車体のばね上挙動状態量(バウンス速度、バウンス量、ピッチ速度、ピッチ角度)に基づき、車体のばね上挙動を抑制するように補正トルク値を算出する。
【0020】
[車体制振制御装置の入力変換部構成]
図3は、車体制振制御装置203の内部を詳細にあらわしたブロック構成を示す。以下、
図3〜
図7に基づき、3部構成の車体制振制御装置203のうち、入力変換部204の構成を説明する。
【0021】
前記入力変換部204は、車両からのセンシング情報を、後段の車体振動推定部205で用いる車両モデル307への入力形式(具体的には、車輪に加わるトルクまたは力の次元)に変換する。この入力変換部204は、
図3に示すように、駆動トルク変換部301と、サスストローク算出部302(外乱推定部)と、上下力変換部303と、車体速度推定部304と、旋回挙動推定部305と、旋回抵抗力算出部306と、ハイパスフィルタ316と、を有する。
【0022】
前記駆動トルク変換部301では、ドライバ要求トルクにギア比を積算してエンジン端トルクから駆動軸端トルクTwに変換する。ギア比は、車輪速(駆動輪の左右平均回転数)とエンジン回転数の比より算出する。このギア比は、MT変速機107とディファレンシャルギア109を合わせた総ギア比となる。
【0023】
前記サスストローク算出部302では、ハイパスフィルタ処理後の車輪速情報に基づいてサスペンションストローク速度及びサスペンションストローク量を算出する。サスペンションがストロークする際には、
図4に示すように、タイヤは前後方向にも変位をもち、この関係性は車両のサスペンションのジオメトリによって決まる。これを図示したものが
図5及び
図6である。この関係性を線形近似し、前後変位に対する上下変位の係数を前輪と後輪でそれぞれKgeoF,KgeoRとすると、前後輪の上下変位Zf,Zrはタイヤの前後位置xtf,xtrに対して次式の関係となる。
Zf=KgeoF・xtf
Zr=KgeoR・xtr
上式を微分すると、タイヤの前後速度と上下速度の式となるため、この関係を用いてサスペンションストローク速度とサスペンションストローク量を算出する。
【0024】
前記上下力変換部303では、サスストローク算出部302で算出したサスペンションストローク速度とサスペンションストローク量に対し、ばね係数と減衰係数をそれぞれ積算し、その和をとることで、前輪上下力Ffと後輪上下力Frに変換する。
【0025】
前記車体速度推定部304では、車輪速情報のうち、従動輪102FR,102FLの車輪速度平均値を車体速度Vとして出力する。
【0026】
前記旋回挙動推定部305では、車体速度推定部304からの車体速度Vと、操舵角センサ111からの操舵角を入力し、操舵角によりタイヤ転舵角δを算出し、周知の線形2輪モデルの式を用いて、ヨーレイトγと車体スリップ角βvを算出する。
【0027】
前記旋回抵抗力算出部306では、旋回挙動推定部305からヨーレイトγと車体スリップ角βv及びタイヤ転舵角δを入力し、ドライバ操舵による前輪旋回抵抗力Fcfと後輪旋回抵抗力Fcrを演算する。すなわち、ヨーレイトγと車体スリップ角βv及びタイヤ転舵角δに基づき、下記の式を用いて、タイヤ横滑り角である前後輪のタイヤスリップ角βf,βrを算出する。
前輪タイヤスリップ角βfと後輪タイヤスリップ角βrは、
βf=βv+lf・γ/V−δ
βr=βv−lr・γ/V
の式により計算される。但し、lf及びlrは、車体重心から前後車軸までの距離である。
そして、前後輪のタイヤスリップ角βf,βrと前後輪のコーナリングパワーCpf,Cprの積により、前後輪のタイヤ横力Fyf,Fyrを算出する。さらに、前後輪のタイヤスリップ角βf,βrと前後輪のタイヤ横力Fyf,Fyrの積により、前輪旋回抵抗力Fcfと後輪旋回抵抗力Fcrを算出する。
【0028】
前記ハイパスフィルタ316は、車輪速センサ103FR,103FL,103RR,103RLとサスストローク算出部302(外乱推定部)との間に設けられ、車輪速信号から低次の定常成分を除去する。このハイパスフィルタ316としては、安定性が高く、かつ、演算負荷が低い低次フィルタが使用される。
【0029】
[車体制振制御装置の車体振動推定部構成]
図3は、車体制振制御装置203の内部を詳細にあらわしたブロック構成を示す。以下、
図3及び
図7に基づき、3部構成の車体制振制御装置203のうち、車体振動推定部205の構成を説明する。
【0030】
前記車体振動推定部205は、
図7に示すように、車両モデル307(「振動モデル」ともいう。)を有する。この車両モデル307は、本システムが搭載される実車(車体、前輪サスペンション、後輪サスペンション等)をモデル化して得られる上下運動方程式とピッチング運動方程式によりあらわしている。そして、入力変換部204での変換処理により算出した駆動軸端トルクTw、前後輪上下力Ff,Fr、前後輪旋回抵抗力Fcf,Fcrを車両モデル307に入力する。これにより、車体のばね上挙動状態量(バウンス速度・バウンス量・ピッチ速度・ピッチ角度)の車両モデル307による推定値を算出する。
【0031】
[車体制振制御装置のトルク指令値算出部構成]
図3は、車体制振制御装置203の内部を詳細にあらわしたブロック構成を示す。以下、
図3及び
図8〜
図10に基づき、3部構成の車体制振制御装置203のうち、トルク指令値算出部206の構成を説明する。
【0032】
前記トルク指令値算出部206は、
図3に示すように、第1レギュレータ部308と、第2レギュレータ部309と、第3レギュレータ部310と、第1チューニングゲイン設定部317と、第2チューニングゲイン設定部318と、第3チューニングゲイン設定部319と、加算器320と、リミット処理部311と、バンドパスフィルタ312と、非線形ゲイン増幅部313と、リミット処理部314と、エンジントルク変換部315と、を備えている。そして、第2チューニングゲイン設定部318には、ゲイン補正処理部321が接続されている。
【0033】
前記第1レギュレータ部308は、制御対象である「トルク入力によるばね上挙動」に対し、ばね上挙動を最小に抑えるレギュレータゲインF1,F2を与える。この第1レギュレータ部308は、「トルク入力によるばね上挙動」に対して、
図8に示すように、Trq-dZvゲインF1(バウンス速度ゲイン)と、Trq-dSpゲインF2(ピッチ速度ゲイン)と、を与える。これらのレギュレータゲインF1,F2は、
図9に示すように、荷重の安定化に寄与するもので、Trq-dZvゲインF1はバウンス速度を抑制し、Trq-dSpゲインF2はピッチ速度を抑制する。
【0034】
前記第2レギュレータ部309は、制御対象である「外乱によるばね上挙動」に対し、ばね上挙動を最小に抑えるレギュレータゲインF3〜F6を与える。この第2レギュレータ部309は、「外乱によるばね上挙動」に対して、
図8に示すように、Ws-SFゲインF3(前後バランスゲイン)と、Ws-dSFゲインF4(前後バランス変化速度ゲイン)と、Ws-dZvゲインF5(バウンス速度ゲイン)と、Ws-dSpゲインF6(ピッチ速度ゲイン)と、を与える。これらのレギュレータゲインF3〜F6は、
図9に示すように、荷重の安定化に寄与するもので、Ws-SFゲインF3は前後荷重変化を抑制し、Ws-dSFゲインF4は前後荷重変化速度を抑制し、Ws-dZvゲインF5はバウンス速度を抑制し、Ws-dSpゲインF6はピッチ速度を抑制する。
【0035】
前記第3レギュレータ部310は、制御対象である「操舵によるばね上挙動」に対し、操舵による挙動応答性を向上させるレギュレータゲインF7,F8を与える。この第3レギュレータ部310は、「操舵によるばね上挙動」に対して、
図8に示すように、Str-dWfゲインF7(前輪荷重変化速度ゲイン)と、Str-dWrゲインF8(後輪荷重変化速度ゲイン)と、を与える。これらのレギュレータゲインF7,F8は、
図9に示すように、荷重の付加に寄与するもので、Str-dWfゲインF7は前輪荷重を上乗せし、Str-dWrゲインF8は後輪荷重変動を抑制する。
【0036】
前記第1チューニングゲイン設定部317は、第1レギュレータ部308からの出力に対し重み付け調整を行うため、
図8に示すように、Trq-dZvゲインF1に対しチューニングゲインK1を設定し、Trq-dSpゲインF2に対しチューニングゲインK2を設定する。このチューニングゲインK1,K2は、振動を抑制する正方向の値で、かつ、違和感を与えない前後G変動範囲に含まれる値である。そして、チューニングゲインK1,K2は、予め設定した初期値に対し、車両状態や走行状態やドライバ選択等に応じて重み係数が決定された場合、重み係数との積算によりゲイン補正を可能としている。
【0037】
前記第2チューニングゲイン設定部318は、第2レギュレータ部309からの出力に対し重み付け調整を行うため、
図8に示すように、Ws-SFゲインF3に対しチューニングゲインK3を設定し、Ws-dSFゲインF4に対しチューニングゲインK4を設定し、Ws-dZvゲインF5に対しチューニングゲインK5を設定し、Ws-dSpゲインF6に対しチューニングゲインK6を設定する。このチューニングゲインK3〜K6は、チューニングゲインK1,K2と同様、振動を抑制する正方向の値で、かつ、違和感を与えない前後G変動範囲に含まれる値である。そして、チューニングゲインK3〜K6は、予め設定した初期値に対し、車両状態や走行状態やドライバ選択等に応じて重み係数が決定された場合、重み係数との積算によりゲイン補正を可能としている。なお、実施例1においてチューニングゲインK3〜K6は、ゲイン補正部321にて加速成分積算値により決定された重み係数との積算によりゲイン補正が行われる。
【0038】
前記第3チューニングゲイン設定部319は、第3レギュレータ部310からの出力に対し重み付け調整を行うため、
図8に示すように、Str-dWfゲインF7に対しチューニングゲインK7を設定し、Str-dWrゲインF8に対しチューニングゲインK8を設定する。このチューニングゲインK7,K8は、チューニングゲインK1〜K6と異なり、振動を助長する負方向の値で、かつ、違和感を与えない前後G変動範囲に含まれる値に設定される。そして、チューニングゲインK7,K8は、予め設定した初期値に対し、車両状態や走行状態やドライバ選択等に応じて重み係数が決定された場合、重み係数との積算によりゲイン補正を可能としている。
【0039】
前記加算器320は、車体振動推定部205で算出された車体のばね上挙動状態量(バウンス速度、バウンス量、ピッチ速度、ピッチ角度)について、制御対象とする挙動毎にレギュレータ処理を行い、これらにチューニングゲインK1〜K8を積算し、その総和をとり、制御に必要な補正トルク値を算出する。この補正トルク値は、チューニングゲインK1,K2による補正トルク値Aと、チューニングゲインK3〜K6による補正トルク値Bと、K7,K8による補正トルク値Cと、を加算した値になる。
【0040】
前記ゲイン補正処理部321は、
図10に示すように、第2チューニングゲイン設定部318(ゲイン設定部)に接続して設けられ、車輪速センサ103FR,103FL,103RR,103RLからの車輪速信号に車体の前後加速度成分が含まれる状態か否かを判定する加速状態判定部321fと、第2チューニングゲインK3〜K6の優先度算出処理部321e(重み付け変更処理部)と、を有する。そして、車輪速信号に車体の前後加速度成分が含まれる状態の場合、車体の前後加速度成分が含まれない状態の場合に比べ、車輪速に対する制御指令値の重み付けを低下させる構成とされる。
【0041】
前記加速状態判定部321fは、
図10に示すように、4輪平均値算出部321aと、微分器321bと、疑似積分器321cと、リセット判定部321dと、を有する。
【0042】
前記4輪平均値算出部321aは、車輪速センサ103FR,103FL,103RR,103RLからの車輪速信号による4輪の車輪速平均値を算出する。
【0043】
前記微分器321bは、4輪平均値算出部316eからの車輪速平均値を時間微分することで、車輪加速度(=車体の前後加速度成分)を算出する。
【0044】
前記疑似積分器321cは、微分器321bからの車体の前後加速度成分の大きさと時間の積算値(=前後加速度の時間積分値)を算出するもので、その積分演算を、積分器に時定数を設けて古い情報を消去する擬似積分としている。
【0045】
前記リセット判定部321dは、疑似積分器321cにより車体の前後加速度成分の大きさと時間の積算値を算出する際、加速度の正負が反転することで、車体前後加速度の方向が切り替わると、疑似積分器321cにより算出された積算値をリセットする(積算値=0)。
【0046】
前記優先度算出処理部321eは、疑似積分器321cからの積算値に応じて、第2チューニングゲインK3〜K6の重み係数を連続的に変化させる。
具体的には、積算値−重み係数マップ(演算式)を用意する。重み係数特性は、疑似積分器321cからの積算値がi1までは1であり、積算値がi1から大きくなるほど徐々に小さくなり、積算値がi2以上になると0になる。すなわち、優先度算出処理部321eから第2チューニングゲイン設定部318へ重み係数が出力されると、チューニングゲインK3〜K6に対して積算され、第2チューニングゲイン設定部318からの補正トルク値B(制御指令値)となる。なお、積算値がリセットされた際、重み係数特性からは重み係数が急に1に戻るが、優先度算出処理部321eは、低下させていた重み係数の復帰を時間に応じて徐々に実施する。
【0047】
前記リミット処理部311は、加算器320からの補正トルク値に対して、駆動系共振対策として、補正トルク値の絶対値の最大値制限処理を行い、ドライバが前後G変動として感じない範囲のトルクに制限する。
【0048】
前記バンドパスフィルタ312は、リミット処理部311と同様に駆動系共振対策として、車体のばね上振動成分を抽出すると共に、ばね上共振を抑制するように駆動系共振周波数成分の除去を行う。その理由は、実際の車両、特に、エンジン車などにおいては、駆動トルクに不用意に振動成分を付加すると、駆動系共振と干渉して違和感となる振動が発生することがあることによる。加えて、エンジン車などは、駆動トルク指令に対する応答性の悪さや不感帯があるため、期待した制御効果を十分に得ることができないおそれがあるために必要となる。
【0049】
前記非線形ゲイン増幅部313は、バンドパスフィルタ312から出力される補正トルク値に対し、アクチュエータ(エンジン106)の応答性対策として、補正トルク値の正負切り替わり領域付近(=アクチュエータの不感帯領域)での補正トルク値の増幅を行う。
【0050】
前記リミット処理部314は、非線形ゲイン増幅部313から出力される増幅処理後の補正トルク値に対し、最終的なリミット処理を行う。
【0051】
前記エンジントルク変換部315は、リミット処理部314からのリミット処理後の補正トルク値を、ギア比に応じたエンジン端トルク値に変換し、これを最終の補正トルク値として出力する。
【0052】
次に、作用を説明する。
実施例1の車体制振制御装置における作用を、「車体制振制御の基本作用」、「車体制振制御処理作用」、「車体制振制御で性能向上を狙うシーンと効果」、「車体制振制御ロジックと車体制振制御効果」、「加速/減速が続く走行シーンでのチューニングゲイン補正作用」、「加速→減速/減速→加速の走行シーンでの積算値リセット作用」に分けて説明する。
【0053】
[車体制振制御の基本作用]
駆動トルクによる車体制振制御において、具体的にどのようなメカニズムにより車体のばね上挙動がコントロールされるかを把握しておくことが必要である。以下、
図11に基づき、これを反映する車体制振制御の基本作用を説明する。
【0054】
まず、本車体制振制御は、トルク変動や外乱による車体挙動の変化速度を、エンジントルクの補正で抑制し、荷重の安定化と旋回性能の向上を狙う制御である。
そこで、具体的な走行状況として、
図11(a)に示すように、停車から発進加速した後、定速状態に入り、その後、減速して停車する場合を例にとる。
【0055】
停車から発進加速すると、駆動トルクが急増することで、後輪の輪荷重が増加し、前輪の輪荷重が減少するという荷重移動が生じ、車体挙動としては、車体前方側が持ち上がるノーズアップとなる。このとき、
図11(a),(b)に示すように、駆動輪である後輪への駆動トルクをダウンさせると、減速時のように車体前方側が沈み込むノーズダウンの挙動を発生させ、荷重移動によるノーズアップと、トルクダウンによるノーズダウンが相殺し、車体挙動が安定する。
【0056】
発進後、定速状態に入る定常状態では、車体挙動が安定しているため、駆動トルクを補正する制御は行わない。その後、ブレーキ操作等を行って減速停車する場合には、駆動トルクが急減することで、後輪の輪荷重が減少し、前輪の輪荷重が増加するという荷重移動が生じ、車体挙動としては、車体前方側が沈み込むノーズダウンとなる。このとき、
図11(a),(b)に示すように、駆動輪である後輪への駆動トルクをアップさせると、加速時のように車体前方側が持ち上がるノーズアップの挙動を発生させ、荷重移動によるノーズダウンと、トルクアップによるノーズアップが相殺し、車体挙動が安定する。
【0057】
したがって、車体のピッチ角速度の変化をみると、
図11(c)に示すように、“制振なし”の点線特性に比べ、“制振あり”の実線特性が車体のピッチ角速度の変化が小さく抑えられることになる。
【0058】
[車体制振制御処理作用]
実施例1のエンジンコントロールモジュール101にて実行される車体制振制御処理の流れを示すのが
図12のフローチャートであり、以下、
図12に基づき、車体制振制御処理作用を説明する。
【0059】
車体制振制御処理を開始すると、ステップS1401では、ドライバ要求トルク演算部201にてドライバ要求トルクが演算される。次のステップS1402では、駆動トルク変換部301にてドライバ要求トルクにギア比を積算してエンジン端トルクから駆動軸端トルクTwに単位変換される。次のステップS1403では、ハイパスフィルタ316にて車輪速センサ103FR,103FL,103RR,103RLの車輪速信号から低次の定常成分を除去するフィルタ処理が行われる。次のステップS1404では、サスストローク算出部302にてハイパスフィルタ処理後の車輪速情報に基づいてサスペンションストローク速度とサスペンションストローク量が算出される。次のステップS1405では、上下力変換部303にてサスペンションストローク速度とサスペンションストローク量が前後輪上下力Ff,Frに変換される。次のステップS1406では、操舵角センサ111により操舵角が検出される。次のステップS1407では、車体速度推定部304にて車体速度Vが算出される。次のステップS1408では、旋回挙動推定部305にてヨーレイトγと車体スリップ角βv(=車体横滑り角)が算出される。次のステップS1409では、旋回抵抗力算出部306にて前後輪のタイヤスリップ角βf,βr(タイヤ横滑り角)が算出される。次のステップS1410では、旋回抵抗力算出部306にて前後輪のタイヤ横力Fyf,Fyrが算出される。次のステップS1411では、旋回抵抗力算出部306にて前後輪旋回抵抗力Fcf,Fcrが算出される。以上の処理は、入力変換部204においてなされる。
【0060】
次のステップS1412では、車体振動推定部205にて、駆動軸端トルクTw,前後輪上下力Ff,Fr,前後輪旋回抵抗力Fcf,Fcrを車両モデル307に入力することで、車体のばね上挙動状態量(バウンス速度、バウンス量、ピッチ速度、ピッチ角度)が算出される。次のステップS1413では、車輪速信号に含まれる車体の加速成分積算値により決定された重み係数により第2チューニングゲイン設定部318のチューニングゲインK3〜K6が補正される。次のステップS1414では、第1チューニングゲイン設定部317にてドライバ要求トルクによる振動を抑制する補正トルク値Aが算出される。次のステップS1415では、第2チューニングゲイン設定部318にて外乱による振動を抑制する補正トルク値Bが算出される。次のステップS1416では、第3チューニングゲイン設定部319にて操舵による前後荷重変動を増幅する補正トルク値Cが算出される。次のステップS1417では、補正トルク値Aと補正トルク値Bと補正トルク値Cの和による補正トルク値が出力される。
【0061】
次のステップS1418では、リミット処理部311にて補正トルク値に対し駆動系共振対策のリミット処理が施される。次のステップS1419では、バンドパスフィルタ312にて補正トルク値に対し駆動系共振成分を除去するフィルタ処理が施される。次のステップS1420では、非線形ゲイン増幅部313にて正負切り替わり領域付近で補正トルク値を増幅する非線形ゲイン処理が行われる。次のステップS1421では、リミット処理部314にて増幅処理後の補正トルク値に対して最終的なリミット処理が行われる。次のステップS1422では、エンジントルク変換部315にて駆動軸端の補正トルク値がエンジン端補正トルク値に単位変換され、これが最終の補正トルク値として出力される。
上記ステップS1401からステップS1422へと進む車体制振制御処理は、所定の制御周期毎に繰り返される。
【0062】
[車体制振制御で性能向上を狙うシーンと効果]
上記の車体制振制御処理により、実施例1の車体制振制御により性能向上を狙うシーンと効果について、
図13に基づき説明する。
【0063】
実施例1の車体制振制御で性能向上を狙うシーンとその効果は、
(a)車線変更時やS字路等のシーンで、穏やかなロールとリニアリティの良さにより、安定感のあるリニアな旋回性能を得ること。
(b)高速巡航時等のシーンで、修正操舵の少なさやピッチダンピングの良さにより、車両の安定した巡航性能を得ること。
にある。
【0064】
上記(a)の効果を達成するには、「操舵応答の向上」と「ロール速度の抑制」が必要であり、上記(b)の効果を達成するには、「荷重変動の抑制」が必要である。以下、
図13に基づき、車体制振制御により、これらの効果を実現できる理由を説明する。
【0065】
「操舵応答の向上」は、
図13に示すように、操舵時、減速=トルクダウンを行うと、前輪荷重が増加し、前輪タイヤのコーナリングパワーCpが増大し、タイヤ横力が増大することで、操舵応答が向上する。すなわち、コーナリングパワーCpは、輪荷重が大きいほど大きくなるという荷重依存特性を用い、操舵時に輪荷重を増加させることで、「操舵応答の向上」が実現される。
【0066】
「荷重変動の抑制」は、
図13に示すように、例えば、ノーズアップ挙動が発生した場合には、減速=トルクダウンを行うと、車体振動と逆位相の運動(ノーズダウン)が発生し、荷重変動の相殺により、荷重変動が抑制される。一方、ノーズダウン挙動が発生した場合には、加速=トルクアップを行うと、車体振動と逆位相の運動(ノーズアップ)が発生し、荷重変動の相殺により、荷重変動が抑制される。そして、ドライバ入力により振動(荷重変動)が発生した場合も、路面外乱により振動(荷重変動)が発生した場合も、荷重変動が抑制される。すなわち、トルク変動と路面外乱によるピッチ挙動を推定すると、推定したピッチ挙動とは逆位相の駆動トルクで、「荷重変動の抑制」が実現される。
【0067】
「ロール速度の抑制」は、
図13に示すように、上記した「操舵応答の向上」と「荷重変動の抑制」によりヨーレイトのリニアリティが向上する。したがって、ヨーレイトに比例して穏やかな横G変化となり、ロールレイトのピーク値が小さくなって、ロール速度が抑制される。すなわち、「操舵応答の向上」と「荷重変動の抑制」が組み合わされる結果として「ロール速度の抑制」が実現される。
【0068】
したがって、操舵時には、前輪荷重が増加するよう積極的にノーズダウン挙動を助長することでヨー応答を向上させ、同時に余計な振動成分は抑制することでリニアリティを確保する。そして、これらの制御を同時に行うことで横Gの急変が抑えられるため、ロールレイトを抑制できるという本制御が狙いとする効果(a)を実現できる。
【0069】
一方、操舵を伴わない直線路の巡航時には、トルク変動と路面外乱によるピッチ挙動を推定し、推定したピッチ挙動とは逆位相の駆動トルクを与えることで、荷重変動が抑制され、車両の安定した巡航性能を得るという本制御が狙いとする効果(b)を実現できる。
【0070】
[車体制振制御ロジックと車体制振制御効果]
上記車体制振制御で性能向上を狙うシーンと効果を達成する実施例1の車体制振制御ロジックと車体制振制御効果を、
図14及び
図15に基づき説明する。
【0071】
まず、実施例1の車体制振制御ロジックは、
図14に示すように、ドライバ要求トルク(駆動軸端トルクTw)、前輪上下力Ff、後輪上下力Fr、前輪旋回抵抗力Fcf、後輪旋回抵抗力Fcrを、車両モデル307に入力する。これにより、車体のばね上挙動状態量であるバウンス速度・バウンス量・ピッチ速度・ピッチ角度を算出する。
【0072】
そして、車体のばね上挙動状態量のそれぞれに、
図14に示すように、バウンス速度・バウンス量・ピッチ速度・ピッチ角度を適正化するレギュレータゲインF1〜F8を掛け合わせ、さらに、調整代となるチューニングゲインK1〜K8を掛け合わせる。
【0073】
上記処理により制御対象である「トルク入力によるばね上挙動」と「外乱によるばね上挙動」と「操舵によるばね上挙動」のそれぞれについて補正トルク値A,B,Cを得る。そして、各補正トルク値A,B,Cを合算することで、最終の補正トルク値(=
図14の制御トルク)とし、ドライバ要求トルクに制御トルクを加算した駆動トルクを得る駆動トルク指令値を、実車のエンジン106に出力する。
【0074】
ここで、各補正トルク値A,B,Cのうち、補正トルク値Cは、操舵時において、前輪荷重を上乗せするように駆動トルクを補正し、左右前輪102FR,102FLに積極的に輪荷重を乗らせるための補正トルク値である。
したがって、操舵時には、補正トルク値Cにより、前輪荷重が増加するよう積極的にノーズダウン挙動を助長することでヨー応答を向上させ、同時に補正トルク値A,Bにより余計な振動成分は抑制することでリニアリティが確保される。すなわち、ロールレイトを抑制するという本制御が狙いとする効果(a)が、補正トルク値A,Bに補正トルク値Cが加わることで実現される。
【0075】
一方、上記各補正トルク値A,B,Cのうち、補正トルク値A,Bは、直進路走行中において、駆動トルクの変動や路面外乱にかかわらず、前後荷重変動を安定化し、車体振動を抑制するために補正トルク値である。
したがって、操舵を伴わない直線路の巡航時には、トルク変動と路面外乱によるピッチ挙動やバウンス挙動や前後荷重変化を推定し、補正トルク値A,Bにより、推定したピッチ挙動やバウンス挙動や前後荷重変化とは逆位相の駆動トルクが与えられることで、ピッチ挙動やバウンス挙動(上下挙動)や前後荷重変化が抑制される。すなわち、車両の安定した巡航性能を得るという本制御が狙いとする効果(b)が、補正トルク値A,Bにより実現される。
【0076】
次に、上記実施例1の車体制振制御ロジックにより狙いとする効果(a),(b)が実現されることを、
図15に基づき説明する。なお、
図15は、直進走行から操舵したときの対比特性(制御有りが実線特性、制御無しが点線特性)を時系列であらわしている。
【0077】
車体制振制御では、
図15の矢印Jに示すように、(車体振動を抑制する指令トルク)+(操舵応答をコントロールする指令トルク)による制御指令値(=駆動トルク指令値)が出力される。
このため、時刻t1までの直進走行域では、
図15の矢印Eに示すように、制御無しに比べ、ピッチレイトが抑制され、車両の安定した走行性能により、乗心地の向上が実現されていることが分かる。
【0078】
そして、時刻t1以降の操舵過渡領域においては、
図15の矢印Fに示すように、ピッチレイトの変化が抑制されていて、適切な荷重移動が実現されていることが分かる。操舵過渡領域のうち、旋回初期においては、
図15の矢印Gに示すように、制御無しに比べてヨーレイトが早期に立ち上がり、初期応答性が向上していることが分かる。さらに、操舵過渡領域のうち、旋回後期においては、
図15の矢印Hに示すように、制御無しに比べてヨーレイトが緩やかに変化し、旋回巻き込みが抑制されていることが分かる。
【0079】
そして、操舵過渡領域(旋回初期〜旋回後期)においては、ピッチレイトの変化を抑制する制御と、ヨーレイトの変化を抑制する制御と、を同時に行うことで、横Gの急変が抑えられるため、
図15の矢印Iに示すように、制御無しに比べてロールレイトが抑制されていることが分かる。
【0080】
[加速/減速が続く走行シーンでのチューニングゲイン補正作用]
上記本制御が狙いとする効果(a),(b)を実現するには、走行中のセンシング情報に基づき各車輪入力が精度良く算出されることが前提となる。したがって、車輪速信号から定常成分を除去できない走行シーンにおいては、前後輪上下力Ff,Frの算出精度が確保されないため、何らかの対策を施す必要がある。以下、
図16に基づき、これを反映する加速/減速が続く走行シーンでのチューニングゲイン補正作用を説明する。
【0081】
まず、車輪速センサからの車輪速信号に対し、走行シーンにかかわらず低次のハイパスフィルタを通すことで定常成分を除去し、車輪速情報を得るものを比較例とする。
この比較例の場合、
図16の車輪速特性に示すように、車輪速度が上昇して加速走行が続くシーンにおいて、低次のハイパスフィルタを通すだけの処理を行うと、
図16のフィルタ処理後車輪速特性に示すように、除去できない定常成分が残る。この除去できない定常成分の積算値は、時間経過と共に次第に大きくなり、加速走行の継続時間が長くなると、
図16の推定ピッチ角度特性に示すように、推定ピッチ角度が急勾配の特性にて増加し続ける。
したがって、加速走行の継続時間が長くなると、車輪速変動に基づき行われる外乱によるばね上挙動の抑制制御を行うことが、車体をより揺り動かすことになりかねないというように、車体制振制御が目指す本来の目的を損なわせてしまうという影響を与える。
【0082】
これに対し、実施例1では、車輪速信号に車体の前後加速度成分が含まれる状態の場合に、車体の前後加速度成分が含まれない状態の場合に比べ、車輪速に対する補正トルク値B(制御指令値)の重み付けを低下させる構成によるゲイン補正処理部321を採用した。以下、加速が続く走行シーンでのゲイン補正処理部321によるチューニングゲイン補正作用を説明する。
【0083】
例えば、アクセル操作量を一定に保ちながらの緩勾配の下り坂走行時には、走行抵抗が低下することで、車両加速が継続する。このような加速が続く走行シーンでは、微分器321bからの車体の前後加速度成分が正の値となり、疑似積分器321cで算出される車体の前後加速度成分の大きさと時間の積算値は、徐々に増加する。このため、積算値がi1以上になると、優先度算出処理部321eからは、積算値が大きくなるほど重み係数が1から徐々に低下する値が出力される。したがって、第2チューニングゲイン設定部318では、優先度算出処理部321eからの重み係数に、チューニングゲインK3〜K6をそれぞれ掛け合わせたゲイン補正値の加算値が補正トルク値Bとされ、加算器320に出力される。
【0084】
その後、さらに加速走行を継続するシーンでは、疑似積分器321cで算出される車体の前後加速度成分の大きさと時間の積算値は、時間の経過に伴って値が大きくなる。このため、積算値がi2以上になると、優先度算出処理部321eからは、重み係数が0の値が出力される。したがって、第2チューニングゲイン設定部318では、優先度算出処理部321eからの重み係数(=0)に、チューニングゲインK3〜K6をそれぞれ掛け合わせたゲイン補正値の加算値が補正トルク値B(=0)とされ、加算器320に出力される。
【0085】
すなわち、加速走行を継続するシーンでは、外乱によるばね上挙動を抑制する補正トルク値Bが、時間の経過と共に徐々に低下する。つまり、疑似積分器321cで算出される積算値が増加すると、車輪速情報に基づくばね上挙動の推定信頼性が低下する。このため、ばね上挙動の推定信頼性の低下に合わせて、外乱によるばね上挙動を抑制する制御の重み付けを低下させることで、車体制振制御全体へ与える影響が徐々に取り除かれる。
【0086】
そして、疑似積分器321cで算出される積算値がi2以上になると、補正トルク値B=0となり、外乱によるばね上挙動と抑制する制御が停止とされる。つまり、疑似積分器321cで算出される積算値がi2以上になると、車輪速情報に基づくばね上挙動の推定信頼性が無くなる。このため、ばね上挙動の推定信頼性が無くなるのに合わせて、外乱によるばね上挙動を抑制する制御を停止させることで、車体制振制御全体へ与える影響が完全に取り除かれる。
【0087】
このため、加速走行が続くシーンにおいて、ばね上挙動の推定信頼性をあらわす積算値の大きさに応じて重み係数を低下させることで、外乱によるばね上挙動の抑制制御(補正トルク値B)が、車体制振制御全体(補正トルク値A,B,Cの合計)に与える影響が適切に取り除かれる。なお、減速走行が続くシーンにおいても、疑似積分器321cで算出される積算値が増加するため、加速走行が続くシーンと同様の作用を示す。
【0088】
[加速→減速/減速→加速の走行シーンでの積算値リセット作用]
上記のように、実施例1では、加速度または減速度が発生している状態が継続している場合、加速度であるか減速度であるかにかかわらず、時間の経過に伴って次第に大きくなる積算値が算出される疑似積分器321cを用いている。このため、加速→減速、或いは、減速→加速の走行シーンでは、積算値の上乗せ加算により、外乱によるばね上挙動の抑制制御停止状態が続くことを回避する対策が必要である。以下、加速→減速/減速→加速の走行シーンでの積算値リセット作用を説明する。
【0089】
例えば、アクセル踏み込みによる加速走行からアクセル戻し操作により減速走行に移行するシーンでの積算値リセット作用を説明する。
【0090】
加速走行領域では、疑似積分器321cで算出される車体の前後加速度成分の大きさと時間の積算値は、時間の経過に伴って値が大きくなる。このため、積算値がi2以上になると、優先度算出処理部321eからは、重み係数が0の値が出力される。したがって、第2チューニングゲイン設定部318では、優先度算出処理部321eからの重み係数(=0)に、チューニングゲインK3〜K6をそれぞれ掛け合わせたゲイン補正値の加算値が補正トルク値B(=0)とされ、加算器320に出力される。
【0091】
そして、加速走行から減速走行に移行すると、加速度の正負が反転するため、リセット判定部321dからの出力により、疑似積分器321cにより算出された積算値がリセット(積算値=0)される。したがって、減速走行領域では、疑似積分器321cで算出される車体の前後加速度成分の大きさと時間の積算値は、積算値がゼロの状態から時間の経過に伴って値が大きくなる。このため、加速走行から減速走行に移行するシーンで、減速走行領域に移行したとき、加速走行領域での積算値が上乗せされることが無く、外乱によるばね上挙動の抑制制御が、積算値の上乗せ加算により停止した状態(補正トルク値B=0)が続くことが回避される。
【0092】
但し、積算値がリセットされた際、優先度算出処理部321eの重み係数特性により重み係数が急に1に戻ることになるが、優先度算出処理部321eは、低下させていた重み係数の復帰を時間に応じて徐々に実施する。このため、外乱によるばね上挙動の抑制制御する補正トルク値Bが徐々に復帰し、車体のばね上挙動の急変が防止される。なお、減速走行から加速走行に移行するシーンにおいても、加速度の正負が反転するため、リセット判定部321dからの出力により、疑似積分器321cにより算出された積算値がリセットされ、上記加速走行から減速走行に移行するシーンと同様の作用を示す。
【0093】
次に、効果を説明する。
実施例1の車体制振制御装置にあっては、下記に列挙する効果を得ることができる。
【0094】
(1) 走行中に取得される車両からのセンシング情報を車輪入力に変換する入力変換部204と、前記車輪入力と車両モデル307を用いて車体のばね上挙動を推定する車体振動推定部205と、前記ばね上挙動の推定結果に基づき駆動トルクの補正を行うトルク指令値算出部206と、を備えた車体制振制御装置において、
前記入力変換部204は、車輪速センサ103FR,103FL,103RR,103RLからの車輪速信号とサスペンションジオメトリに基づき、車輪速変動からサスペンションストローク速度、もしくは、車体のピッチング挙動、ロール挙動、バウンス挙動のいずれかを推定演算する外乱推定部(サスストローク算出部302)を備え、
前記トルク指令値算出部206は、車体のばね上挙動のうち、外乱による挙動を抑える制御指令値(補正トルク値B)のゲイン(チューニングゲインK3〜K6)を設定するゲイン設定部(第2チューニングゲイン設定部318)を備え、
前記ゲイン設定部(第2チューニングゲイン設定部318)に、前記車輪速センサ103FR,103FL,103RR,103RLからの車輪速信号に車体の前後加速度成分が含まれる状態か否かを判定する加速状態判定部321fと、ゲイン(チューニングゲインK3〜K6)の重み付け変更処理部(優先度算出処理部321e)と、を有するゲイン補正処理部321を設け、
前記ゲイン補正処理部321は、車輪速信号に車体の前後加速度成分が含まれる状態の場合、車体の前後加速度成分が含まれない状態の場合に比べ、車輪速に対する制御指令値(補正トルク値B)の重み付けを低下させる構成とする(
図3)。
このため、加速走行や減速走行が続くシーンにおいて、外乱によるばね上挙動の抑制制御が車体制振に与える影響を取り除くことができる。
【0095】
(2) 前記加速状態判定部321fは、車体に同一方向の加速度または減速度が発生している状態が継続している場合、車輪速信号に車体の前後加速度成分が含まれる状態であると判定する(
図10)。
このため、(1)の効果に加え、加速走行や減速走行が続くシーンのように、車体に同一方向の加速度または減速度が発生する走行シーンを、車輪速信号に車体の前後加速度成分が含まれる状態と判定し、外乱によるばね上挙動の抑制制御が車体制振に与える影響を取り除くことができる。
【0096】
(3) 前記重み付け変更処理部(優先度算出処理部321e)は、車輪速信号に含まれる車体の前後加速度成分の大きさ、継続時間、大きさと時間の積算値のいずれかに応じて、ゲイン(チューニングゲインK3〜K6)の重み付けを連続的に低下させる(
図10)。
このため、(1)又は(2)の効果に加え、車輪速信号に含まれる車体の前後加速度の大きさ等が変化したとき、ゲイン(チューニングゲインK3〜K6)の急変を防止することができる。
【0097】
(4) 前記重み付け変更処理部(優先度算出処理部321e)は、車体の前後加速度成分の大きさと時間の積算値に応じてゲインの重み係数を連続的に低下させることで、外乱による挙動を抑える制御指令値(補正トルク値B)を徐々に変更する構成とする(
図10)。
このため、(3)の効果に加え、車輪速信号に含まれる車体の前後加速度の大きさ時間の積算値が変化したとき、積算値に応じた重み係数を用いたゲイン補正により、外乱による挙動を抑える制御指令値(補正トルク値B)の急変を防止することができる。
【0098】
(5) 前記加速状態判定部321fは、車体の前後加速度成分の大きさと時間の積算値を算出する積分演算を、積分器に時定数を設けて古い情報を消去する擬似積分とする(
図10の疑似積分器321c)。
このため、(4)の効果に加え、積算値の古い情報が擬似積分により消去されることで、センサノイズやセンサドリフトによる積算値の発散を防止することができる。
【0099】
(6) 前記加速状態判定部321fは、車体の前後加速度成分の大きさと時間の積算値を算出する際、車体前後加速度の方向が切り替わると、算出された前記積算値をリセットする構成とする(
図10のリセット判定部321d)。
このため、(4)又は(5)の効果に加え、車体前後加速度の方向が切り替わった後、積算値が上乗せされることが無くなることで、加速から減速に移行する走行モード、或いは、減速から加速に移行する走行モードにおいて、定常成分の積算値が大きくなる積算値の発散予防することができると共に、外乱による挙動を抑える制御停止状態が続くことを回避することができる。
【0100】
(7) 前記重み付け変更処理部(優先度算出処理部321e)は、前記加速状態判定部321fにより算出された前記積算値がリセットされたとき、低下した重み係数の復帰処理を時間に応じて徐々に実施する(
図10)。
このため、(6)の効果に加え、積算値のリセット時、外乱によるばね上挙動の抑制制御する補正トルク値Bが徐々に復帰することで、積算値のリセットに伴う車体のばね上挙動の急変を防止することができる。