(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記コイル温度演算部は、前記回転電機の回転速度が、回転停止状態を含む予め規定された下限回転速度以下である場合には、複数相の前記ステータコイルの各相の前記コイル電流と前記印加電圧とに基づいて相ごとに前記コイル抵抗を演算して、相ごとの前記コイル温度を演算し、
前記回転速度が前記下限回転速度より大きい場合には、全相の前記コイル電流を統合した電機子電流と前記印加電圧とに基づいて全相の電気抵抗を合成した前記コイル抵抗を演算して、全相の前記コイル温度を演算する請求項1から3の何れか一項に記載の回転電機制御装置。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態を、1モータハイブリッド駆動系を備えた車両における回転電機制御装置に適用する場合を例として、図面に基づいて説明する。
図1は、当該車両の駆動系を模式的に示している。
図1に示すように、ここでは、エンジンE(内燃機関)と回転電機MとがダンパDを介して接続され、回転電機MがギアトレインGを介して駆動輪DWに接続されたパラレルハイブリッド方式の車両を例示している。例えば、エンジンE及び回転電機Mにより駆動される駆動輪DWは前輪であり、後輪は従動輪FWである。
【0015】
回転電機Mは、直流電力と交流電力との間で電力変換を行うインバータ81を介して駆動制御される。インバータ81は、ECU(electronic control unit)70により制御される。回転電機Mは交流回転電機であり、電動機及び発電機として機能する。回転電機Mが電動機として機能する場合、インバータ81は、直流電源から供給される直流電力を交流電力に変換して回転電機Mを駆動する。ここでは、直流電源として蓄電可能なバッテリー80を例示している。回転電機Mが発電機として機能する場合には、インバータ81は、回転電機Mにより発電された交流電力を直流電力に整流してバッテリー80に回生する。バッテリー80は、回生された電力を蓄電する。尚、直流電源は、蓄電池や二次電池の他、キャパシタなどにより構成されていてもよい。
【0016】
ECU70は、本発明の回転電機制御装置の中核である。以下、回転電機制御装置(ECU70)の機能部を模式的に示したブロック図である
図2も参照して説明する。回転電機Mは、永久磁石を備えるロータ40と複数相(ここでは3相)のステータコイル32を備えるステータ30とを有した交流回転電機である。回転電機制御装置は、マイクロコンピュータやDSP(digital signal processor)等の論理プロセッサを中核として構成されたECU70を有して構成されている。ECU70には、
図2に示すように、論理プロセッサなどのハードウェアとプログラムなどのソフトウェアとの協働により実現される各種の機能部が構築されている。本実施形態におけるECU70は、そのような機能部として、少なくとも主制御部71と温度推定部72とを有して構成されている。
【0017】
主制御部71は、回転電機制御装置の中心となる機能部である。主制御部71は、ステータコイル32に実際に流れるコイル電流(iu,iv,iw)と回転電機Mの目標トルクT
*に基づく電流指令(id
*,iq
*)との偏差に基づいて、回転電機Mをフィードバック制御する。温度推定部72は、ステータコイル32の温度を推定する機能部である。ステータコイル32には、絶縁が施されているが、この絶縁素材(例えば絶縁紙、絶縁被膜など)の耐温度性能は高くなく、ステータコイル32が高温となると絶縁性能が低下する可能性がある。このため、ステータコイル32の温度が予め規定された上限温度に達した場合、例えば主制御部71は、ステータコイル32に流す電流を減少させてステータコイル32の温度を低下させる。温度推定部72は、そのような制御に利用するために、ステータコイル32の温度を推定する機能部である。
【0018】
本実施形態において、主制御部71は、トルク制御部(電流指令決定部)1と、電流指令マップ1aと、電流制御部(電圧指令決定部)3と、フィードバック電流座標変換部4と、電圧制御部(駆動指令演算部)5と、変調率導出部6と、条件判定部7と、位置検出部93と、速度検出部94とを備えている。電圧制御部(駆動指令演算部)5により生成された駆動指令に基づいて、バッテリー80とステータコイル32との間で直流交流変換を行うインバータ81が駆動制御される。主制御部71は、ロータ40に備えられた永久磁石による磁極の方向に設定されたd軸と当該d軸に直交するq軸とで規定された直交ベクトル座標系におけるベクトル制御によって回転電機Mを駆動制御する。この直交ベクトル座標系は、ロータ40と同速で回転する回転座標系に設定された座標系である。
【0019】
トルク制御部1(電流指令決定部)は、回転電機Mの目標トルクT
*に応じて、ステータコイル32に流す電流の指令であってd軸及びq軸に対応した電流指令(id
*,iq
*)を、電流指令マップ1aに基づいて決定する機能部である。d軸電流指令id
*は、直交ベクトル座標系の一方の座標軸であり、回転電機Mの界磁磁束に寄与するd軸の成分である。q軸電流指令iq
*は、直交ベクトル空間のもう一方の座標軸であり、回転電機M(ロータ40)のトルクに寄与するq軸の成分である。電流指令マップ1aは、
図3に例示するようなトルクマップに基づいて予め生成されたマップである。尚、後述するように、トルク制御部1(主制御部71)は、予め規定された電流増加制御実行条件を満たす場合に、回転電機Mの効率が最大となる制御条件での値よりも電流を増加させるように、電流指令を一時的に変更する電流増加処理を実行する。電流増加処理実行条件を満たすか否かは、後述するように、条件判定部7により判定される。
【0020】
電流制御部(電圧指令決定部)3は、ステータコイル32に印加する電圧の指令である電圧指令(vd
*,vq
*)を決定する機能部である。具体的には、電流制御部3は、実際にステータコイル32を流れるコイル電流(iu,iv,iw)がフィードバックされたフィードバック電流(id,iq)と電流指令(id
*,iq
*)との偏差に基づいて、比例積分制御(PI制御)や比例積分微分制御(PID制御)を用いた電流制御を行って電圧指令(vd
*,vq
*)を決定する。本実施形態では、ホール効果を利用してバスバーなどの電流配線に近接して非接触で電流を計測する電流センサ91によりコイル電流(iu,iv,iw)が計測される例を示している。
【0021】
フィードバック電流座標変換部4は、3相のコイル電流(iu,iv,iw)を、ロータ40の回転角度θ(電気角)に基づいて直交ベクトル座標系の2相のフィードバック電流(id,iq)に座標変換する機能部である。ロータ40の回転角度θは、レゾルバなどの回転センサ92の計測結果を利用して位置検出部93において検出される。同様に、ロータ40の回転速度ωは、回転センサ92の計測結果を利用して速度検出部94において検出される。当然ながら、回転センサ92が直接、回転角度θや回転速度ωを出力するように構成されていてもよい。
【0022】
電圧制御部(駆動指令演算部)5は、d軸電圧指令vd
*及びq軸電圧指令vq
*に基づいてインバータ81を構成するIGBTなどのスイッチング素子を駆動する駆動信号を生成して、インバータ81をスイッチング制御する。インバータ81は、よく知られているように、3相それぞれに対応する3アームのブリッジ回路により構成される。バッテリー80の正極と負極との間に2つのIGBTが直列に接続され、この直列回路が3回線並列接続される。つまり、モータのU相、V相、W相に対応するステータコイル32のそれぞれに1組の直列回路(アーム)が対応したブリッジ回路が構成される。対となる各相のIGBTによる直列回路の中間点、つまり、IGBTの接続点は各相のステータコイル32にそれぞれ接続される。尚、IGBTには、それぞれフリーホイールダイオード(回生ダイオード)が並列に接続される。フリーホイールダイオードは、カソード端子がIGBTのコレクタ端子に接続され、アノード端子がIGBTのエミッタ端子に接続される形で、IGBTに対して並列に接続される。
【0023】
駆動信号は、例えば各IGBTのゲート駆動信号として生成される。一般的に、インバータを駆動するパワー系の電気回路と、マイクロコンピュータなどの電子回路とは、電源電圧が大きく異なる。このため、低電圧の電子回路により生成されたIGBTのゲート駆動信号は、ドライバ回路を介して高電圧のパワー系の電気回路に配置された各IGBTに供給される。
図1及び
図2では、このようなドライバ回路もインバータ81に含むものとして図示している。
【0024】
変調率導出部6は、バッテリー80の直流電圧値Vdcに対するステータコイル32の3相交流電圧の実効値の比率であり、電力変換における変換率を示す変調率MIを演算する機能部である。具体的には、下記式(1)に示すように、d軸電圧指令vd
*及びq軸電圧指令vq
*の2乗和の平方根を直流電圧値Vdcで除した値が変調率MIとして求められる。
【0026】
温度推定部72は、コイル電流検出部11と、印加電圧取得部12と、コイル温度演算部13とを有して構成されている。コイル電流検出部11は、ステータコイル32に実際に流れるコイル電流(iu,iv,iw)を検出する機能部である。上述したように、コイル電流(iu,iv,iw)は、直接的には、電流センサ91により計測される。コイル電流検出部11は、電流センサ91の計測結果を取得してコイル電流(iu,iv,iw)を検出する。
図2においては発明の要旨を理解し易いように、主制御部71とは別にコイル電流検出部11を設けているが、当然ながらコイル電流検出部11の一部又は全てが、主制御部71に含まれていてもよい。例えば、フィードバック電流座標変換部4が、コイル電流検出部11として機能することを妨げるものではない。また、コイル電流は、3相の電流(iu,iv,iw)でも良いし、2相の電流(id,iq)でもよい。演算時の利用形態に応じて何れの形態も採り得る。
【0027】
印加電圧取得部12は、ステータコイル32に対する印加電圧を取得する機能部である。ステータコイル32に対する印加電圧は、電圧指令(vd
*,vq
*)でもよいし、実際にステータコイル32に掛かる電圧を電圧計等によって計測した値であってもよい。印加電圧取得部12も、コイル電流検出部11と同様に、その一部又は全てが、主制御部71に含まれていてもよい。例えば、電流制御部3や電圧制御部5が、印加電圧取得部12として機能することを妨げるものではない。また、コイル電流と同様に、印加電圧も、3相の電圧でも2相の電圧でもよい。
【0028】
コイル温度演算部13は、少なくともコイル電流(iu,iv,iw)と印加電圧とに基づいてステータコイル32の電気抵抗であるコイル抵抗Raを演算すると共に、このコイル抵抗Raに基づいてステータコイル32の温度であるコイル温度Tcを演算する機能部である。ところで、電流制御部3は、電流指令(id
*,iq
*)から、電圧方程式に基づいて、電圧指令(Vd
*,Vq
*)を演算する。d軸の電圧Vd及びq軸の電圧Vqを表す電圧方程式は、ψa:電機子の鎖交磁束、ω:角速度、Id:d軸電流、Iq:q軸電流、Ld:d軸インダクタンス、Lq:q軸インダクタンス、Ra:コイル抵抗(電機子抵抗)、p:微分演算子として、以下の式(2)のように表される。従って、コイル抵抗Raは、式(3)のように表される。
【0030】
インダクタンス(Ld,Lq)は、非線形なパラメータであるため、電圧、回転速度ω、目標トルクT
*などを引数としてマップから参照される。コイル抵抗Raが演算されると、当該コイル抵抗Raに基づいて下記式(4)を用いてステータコイル32の温度であるコイル温度Tcが演算される。式(4)において、R
20は、20℃におけるコイル抵抗を示し、αは、熱抵抗率(=234.5)を示している。
【0032】
ところで、式(3)に示すように、コイル抵抗Raを求めるに際しては、d軸及びq軸の電流が必要である。これは、
図2に示すブロック図では、フィードバック電流(id,iq)に相当する。フィードバック電流(id,iq)は、コイル電流(iu,iv,iw)が座標変換されたものであり、コイル電流(iu,iv,iw)は、電流センサ91により測定されたものである。被測定対象のコイル電流(iu,iv,iw)の値が小さい場合には、電流値に対する誤差の割合が相対的に高くなり、電流センサ91による測定精度が低下する。このため、コイル抵抗Raの演算精度も低下し、結果としてコイル温度Tcの演算精度も低下する。
【0033】
そこで、トルク制御部1は、コイル電流(iu,iv,iw)が小さい場合や、小さくなると予想される場合、電流増加制御を実行する。つまり、トルク制御部1は、後述するように、回転電機Mの通常時の制御条件を定めた通常制御条件に従って定まる通常電流指令に基づくフィードバック制御の実行中に、回転電機Mの制御状態を表す指標が電流増加制御実行条件を満たす場合に、電流増加制御を実行する。具体的には、少なくともコイル電流検出部11による電流検出の間、通常電流指令よりも電流を増加させるように、電流指令(id
*,iq
*)を一時的に変更する電流増加制御を実行する。ここで、通常制御条件とは、回転電機Mの効率が最大となる制御条件(最大効率制御)や、回転電機Mのトルクが最大となる制御条件(最大トルク制御)である。以下、そのような電流増加制御の実行時を含めた、トルク制御部1による電流指令(id
*,iq
*)の決定について説明する。
【0034】
上述したように、トルク制御部(電流指令決定部)1は、目標トルクT
*に応じ、電流指令マップ1aに基づいて電流指令(id
*,iq
*)を決定する。電流指令マップ1aは、
図3に例示するようなトルクマップに基づいて予め生成されたマップである。以下、そのような電流指令マップ1aの基準となるトルクマップについて説明する。上述したように、電流指令(id
*,iq
*)は、直交ベクトル座標系の一方の座標軸でありトルクに寄与するq軸の成分と、他方の座標軸であり界磁磁束に寄与するd軸の成分とに電流ベクトルを分割して設定される。
【0035】
トルクマップ(電流指令マップ1a)には、
図3に示すように、d−q軸直交ベクトル座標系(d−q電流ベクトル座標系)における等トルク線CTと、電圧制限楕円LVと、基本制御線MTと、限界トルク線LTと、最大電流ラインLIとが規定されている。等トルク線CTは、トルクの値に応じて設定され、各トルクを出力するためのd軸電流指令id
*とq軸電流指令iq
*との合成ベクトルの軌跡である。電圧制限楕円LVは、ロータ40の回転速度ω及び直流電圧値Vdcに応じて設定され、設定可能なd軸電流指令id
*とq軸電流指令iq
*との範囲をこれらの合成ベクトルの軌跡で示したものである。
【0036】
基本制御線MTは、電圧制限楕円LVの内側で実行する通常制御の際の電流指令(id
*,iq
*)として設定され、トルクに応じた通常制御の際の電流指令(id
*,iq
*)をこれらの合成ベクトルの軌跡により示した線である。つまり、基本制御線MTは、通常制御条件を示した線ということができる。一例として、基本制御線MTは、最も少ない電流で各トルクを出力可能なd軸電流とq軸電流とを組み合わせた合成ベクトルの軌跡を示す最大トルク線とすることができる。
【0037】
限界トルク線LTは、等トルク線CT及び電圧制限楕円LVに基づいて設定され、各トルクを出力可能な限界の電流指令(id
*,iq
*)の組み合わせた場合のベクトル軌跡である。具体的には、限界トルク線LTは、各等トルク線CTが電圧制限楕円LVの接線となる際の接点を結んだ線に相当する。最大電流ラインLIは、出力可能な最大の電機子電流(電流ベクトルの大きさ)のベクトル軌跡、つまり電流指令(id
*,iq
*)の合成ベクトルの軌跡である。
【0038】
電流指令(id
*,iq
*)は、
図3に示すトルクマップ上の動作点における電流ベクトルをd軸及びq軸にベクトル分解したものに相当する。通常の制御時には、トルク制御部1は、上述した等トルク線CTと基本制御線MTとの交点が動作点として設定される。
図3における動作点“P1”,“P2”,“P5”がそのような動作点に相当する。目標トルクT*が変化すると、通常は基本制御線MTに沿って動作点が移動する。一方、いわゆる弱め界磁制御や強め界磁制御のように、界磁磁束を調整する制御を行う場合には、基本制御線MTから外れた位置に動作点が設定される。
【0039】
例えば、回転電機Mが基本制御線MT上の動作点“P2”において制御されている場合に、等トルク線“CT2”に沿って動作点“P4”の方向へ動作点を移動させると、出力トルクは維持した状態で界磁磁束を弱める弱め界磁制御となる。一方、等トルク線“CT2”に沿って動作点“P3”の方向へ動作点を移動させると、界磁磁束を強める強め界磁制御となる。このように動作点を移動させると、動作点が基本制御線MT上に設定されている場合と比べて電機子電流(電流ベクトルの大きさ)が大きくなり、効率が低下する。このため、弱め界磁制御や強め界磁制御は、特定の目的を有する場合に実行される。例えば、高回転時において逆起電力を抑制するために界磁磁束を弱める目的で弱め界磁制御が実施されたり、逆に例えば回生時において逆起電力を大きくするために界磁磁束を強める目的で、d軸電流指令id
*が正側に変化するように動作点を移動させる強め界磁制御が実施されたりする。
【0040】
本実施形態では、電機子電流が増加するように、電流指令(id
*,iq
*)を一時的に変更する電流増加制御を行うために、弱め界磁制御や強め界磁制御が実行される。上述したように、基本制御線MT上の動作点は、最も少ない電流で各トルクを出力可能な電機子電流のベクトル軌跡を表している。従って、動作点を基本制御線MTから移動させることによって、電機子電流の絶対値を大きくすることができる。つまり、等トルク線CT上において動作点を移動させることによって、出力トルクを維持した状態で電機子電流の絶対値を増やすことが可能である。
【0041】
トルク制御部1(主制御部71)は、通常制御条件で実行される通常制御で取得される指標が電流増加制御実行条件を満たす場合に、少なくともコイル電流検出部11による検出の間、通常制御条件での値よりも電流を増加させるように、電流指令(id
*,iq
*)を一時的に変更する電流増加制御を実行する。電流増加制御実行条件は、種々の条件を設定可能である。つまり、条件判定部7は、通常制御条件で実行される通常制御で取得可能な種々の指標を利用して電流増加制御実行条件を満たすか否かを判定することができる。1つの態様として、条件判定部7は、電流指令(id
*,iq
*)により示される電機子電流(電流ベクトル)の絶対値をこの指標として電流増加制御実行条件を満たすか否かのを判定することができる。
【0042】
図3において、動作点“P1”は、回転電機Mの出力トルクが最大トルクの50%の際の等トルク線“CT1”と、基本制御線MTとの交点に設定されている。この際の電機子電流(電流ベクトル)の絶対値を基準とすると、同一の絶対値を有するベクトルの軌跡は、原点を中心として動作点“P1”を通る円弧“K”となる。この円弧“K”を下限電流基準線と称する。条件判定部7は、動作点が下限電流基準線Kよりも原点側の範囲に存在するときに、電流増加制御実行条件を満たすと判定することができる。この場合の電流増加制御実行条件は、電流指令(id
*,iq
*)により規定される動作点の直交ベクトル座標系における座標が下限電流基準線Kよりも原点側であることとすることができる。換言すれば、電流増加制御実行条件は、電流指令(id
*,iq
*)の合成ベクトルの絶対値(大きさ)が、予め規定された値よりも小さいこととすることができる。
【0043】
また、主制御部71は、電流指令(id
*,iq
*)にフィードバック電流(id,iq)が一致するようにフィードバック制御するものである。従って、フィードバック電流(id,iq)の合成ベクトルの絶対値を判定の指標として利用し、電流増加制御実行条件を満たすか否かが判定されてもよい。即ち、この場合の電流増加制御実行条件は、フィードバック電流指令(id,iq)により規定される点の直交ベクトル座標系における座標が、下限電流基準線Kよりも原点側であることとすることができる。換言すれば、電流増加制御実行条件は、フィードバック電流(id,iq)の合成ベクトルの絶対値(大きさ)が、予め規定された値よりも小さいこととすることができる。尚、この合成ベクトルは、コイル電流(iu,iv,iw)の合成ベクトルでもある。従って、フィードバック電流id,iqの座標変換前の値、つまりコイル電流(iu,iv,iw)に基づいて規定される点の直交ベクトル座標系における座標が、下限電流基準線Kよりも原点側であることを電流増加制御実行条件としてもよい。当然ながら、電流増加制御実行条件は、コイル電流(iu,iv,iw)の合成ベクトルの絶対値(大きさ)が、予め規定された値よりも小さいこととすることができる。また、コイル電流(iu,iv,iw)の実効値に対してしきい値を設定することも、好適な実施形態の1つである。
【0044】
また、電流増加制御実行条件として設定される指標に目標トルクT
*を用いることもできる。上述したように、トルク制御部1は、基本的には基本制御線MT上の動作点におけるd軸、q軸の値を電流指令(id
*,iq
*)として決定する。目標トルクT
*が小さくなると、動作点は基本制御線MT上を原点方向へ移動する。一方、目標トルクT
*が大きくなると、動作点は基本制御線MT上を原点とは反対方向へ移動する。つまり、例えば基本制御線MTに沿って移動する動作点が、下限電流基準線Kよりも原点側であるか否かは、目標トルクT
*によって判定可能である。よって、条件判定部7は、目標トルクT
*に基づいて電流増加制御実行条件を満たすか否かを判定するように構成されていてもよい。例えば、目標トルクT
*が予め規定された基準トルクより小さいことを電流増加制御実行条件とすることができる。
【0045】
さらに、電力変換における変換率である変調率MIは、目標トルクT
*が高くなると大きくなり、目標トルクT
*が低くなると小さくなる傾向がある。従って、判定のために取得される指標として変調率MIを用い、条件判定部7が、変調率MIに基づいて電流増加制御実行条件を満たすか否かを判定することも好適な実施形態の1つである。例えば、変調率MIが予め規定された基準変調率より小さいことを電流増加制御実行条件とすることができる。
【0046】
上述したように、条件判定部7は、回転電機Mの目標トルクT
*、電力変換における変調率MI、コイル電流(iu,iv,iw又はid,iq)、電流指令id
*,iq
*の少なくとも1つに基づいて、電流増加制御実行条件を満たすか否かを判定する。そして、トルク制御部1による電流増加制御は、直交ベクトル座標系において等トルクを出力可能なq軸の成分とd軸の成分とを規定した等トルク線CT上の動作点を移動させることによって実行される。この際、トルク制御部1は、動作点を設定可能な範囲内において、等トルク線CT上の動作点を移動させる。つまり、電流位相(
図3において電機子電流を示す合成ベクトルとd軸とのなす角)を変化させる。
【0047】
具体的には、
図3に示す第4象限内であって、最大電流ラインLIよりも原点側であり、限界トルク線LTよりも原点側の範囲内において、トルク制御部1は動作点を移動させる。例えば、等トルク線“CT2”の場合には、動作点“P2”から動作点“P3”及び“P4”への移動が可能である。等トルク線“CT3”の場合には、動作点“P5”から動作点“P6”への移動が可能である。動作点“P6”とは逆方向への移動では、電流ベクトルの絶対値が所望の値となるまでに、第1象限に入ってしまうので、等トルク線“CT3”の場合には、動作点“P5”から“P6”への一方向への移動となる。
【0048】
尚、等トルク線“CT2”のように、複数方向へ動作点の移動が可能な場合には、
図4のフローチャートに例示するように、直交ベクトル座標系における電流ベクトルの等トルク線CTに沿った移動量が相対的に少なくなる側に、動作点を移動させると好適である。つまり、条件判定部7により電流増加制御実行条件を満たすか否かが判定され(#11)、条件を満たす場合には、弱め界磁方向及び強め界磁方向への動作点の移動量の大小関係が判定される(#12)。この際、移動先の動作点が、動作点を設定可能な範囲外となる場合には、設定可能な最大値が移動量としてECU70の内部レジスタ等に設定される。そして、より移動量の少ない側への移動が選択される(#13,#14)。つまり、弱め界磁方向への移動量が強め界磁方向への移動量よりも大きい場合には、強め界磁制御が選択され、動作点は強め界磁方向へ移動される。弱め界磁方向への移動量が強め界磁方向への移動量以下の場合には、弱め界磁制御が選択され、動作点は弱め界磁方向へ移動される。このように、移動量が少ない側へ動作点を移動させることによって、動作点の移動をより早く完了させることができる。例えば、
図3において例示した等トルク線“CT2”上での移動では、動作点“P3”及び“P4”の内、相対的に移動量の少ない動作点“P3”へ移動すると好適である。
【0049】
また、複数方向へ動作点の移動が可能な場合に別の条件で動作点の移動方向を決定することもできる。
図5のフローチャートに例示するように、弱め界磁電流又は強め界磁電流の内、電流値(絶対値)が少ない側に対応させて動作点を移動させることも好適である。つまり、条件判定部7により電流増加制御実行条件を満たすか否かが判定され(#21)、条件を満たす場合には、それぞれの移動方向へ移動する際の弱め界磁電流及び強め界磁電流の大小関係が判定される(#22)。この際、移動先の動作点が、動作点を設定可能な範囲外となる場合には、設定可能な最大値が電流の値としてECU70の内部レジスタ等に設定される。そして、より電流の少ない側への移動が選択される(#23,#24)。即ち、弱め界磁制御、強め界磁制御を実行するために、基本制御線MT上におけるd軸電流よりも、絶対値において増加するd軸成分の電流が少なくなるように動作点を移動させてもよい。トルクに寄与しないd軸成分の電流の増加量を抑制することにより、効率の低下を抑制することができる。
【0050】
このように、電流位相を変更することによってコイル抵抗Raの推定精度が向上し、コイル温度Tcの推定精度が向上する。発明者らによる実験によれば、本実施形態のように電流位相を変更しない場合には、約50〜60℃生じていたコイル温度Tcの誤差が、電流位相を変更した場合には、約12〜17℃となり、温度の推定誤差が大幅に改善されることが確認された。
【0051】
ところで、上述したように、コイル抵抗Raは、式(3)に示したように電圧方程式を利用して演算される。つまり、コイル抵抗Raの演算に際しては、回転電機Mの運転状態が影響する。回転電機Mが所定の回転速度以上や所定のトルク以上で運転しているような、いわゆる通常運転している場合には、式(3)を利用してコイル抵抗Raを求め、式(4)を利用してコイル温度Tcを求めることが可能である。しかし、例えば、車両がストール状態となった場合などでは、回転電機Mの回転速度が著しく低下する。最も極端に、回転速度が“0”の場合には、3相各相の電流及び電圧が一定値となる。また、極めて回転速度が低い場合には、コイル抵抗Raを演算する演算周期内における回転速度がほぼ“0”と見なせる場合もある。従って、このような場合には、3相各相の相電圧と各相の相電流とに基づいて、各相のステータコイル32のコイル抵抗(Ru,Rv,Rw)を個別に演算し、各相のコイル抵抗に基づいて、各相のコイル温度(Tu,Tv,Tw)を個別に演算すると好適である。
【0052】
図6は、回転電機Mの回転速度とトルクとの関係を示すトルクマップである。このトルクマップにおいて、回転速度が“ωmin”以下の低回転領域“H2”においては、コイル温度演算部13は、相ごとにオームの法則に基づいてコイル抵抗(Ru,Rv,Rw)を演算して、式(4)に基づいて相ごとのコイル温度(Tu,Tv,Tw)を演算する。即ち、回転電機Mの回転速度が、回転停止状態を含む予め規定された下限回転速度ωmin以下である場合には、複数相のステータコイル32の各相のコイル電流(iu,uv,iw)と印加電圧とに基づいて相ごとにコイル抵抗(Ru,Rv,Rw)が演算される。下限回転速度ωminは、例えば“10[rpm]”である。回転速度が下限回転速度ωminより大きい場合には(トルクマップにおける領域“H1”では)、上述したように式(3)に基づいてコイル抵抗Raが演算され、式(4)に基づいてコイル温度Tcが演算される。
【0053】
尚、領域“H1”において、回転電機Mがシャットダウン制御中(出力トルクを“0”とする制御中)の場合には、トルクに寄与するq軸電流Iqが“0”となるように制御されており、回転速度は一定である。従って、式(3)において“Iq”を含む項は“0”となり、微分演算子“p”を含む項は定数の微分であるから“0”となる。つまり、コイル抵抗Raは、“Vd/Id”となる。
【0054】
ところで、コイル温度Tcの推定精度を向上するためには、コイル抵抗Raの演算精度の向上が必要であり、コイル抵抗Raの演算精度の向上にはコイル電流(iu,iv,iw)の検出精度の向上が効果的である。コイル電流(iu,iv,iw)は交流であるから、その瞬時値は検出タイミングによって異なる。従って、コイル電流検出部11は、ステータコイル32を流れる交流電流が最大振幅のタイミングにおいて電流値をサンプリングすると好適である。換言すれば、コイル電流検出部11は、ステータコイル32を流れる交流電流の最大値及び最小値の少なくとも一方のみをサンプリングすると好適である。
【0055】
図7は、3相のステータコイル32を流れる交流電流を模式的に示している。例えば、交流電流をサンプリングするストローブポイントとして、3相の交流電流のボトム(最小値)及びピーク(最大値)のみ、具体的には“sp1”、“sp2”、“sp3”、“sp4”、“sp5”、“sp6”が設定されるとよい。あるいは、3相の交流電流のピーク(最大値)のみ、具体的には“sp2”、“sp4”、“sp6”や、ボトム(最小値)のみ、具体的には“sp1”、“sp3”、“sp5”がストローブポイントして設定されてもよい。
【0056】
発明者らによる実験によれば、同じW相の電流値を検出した場合において、ボトム及びピーク以外のストローブポイントも用いて、“sp1(w1)”、“w2”、“w3”、“sp4(w4)”の順に電流を検出し、各ストローブポイントにおける電流値に基づいて推定したコイル温度Tcの誤差は、“36度”、“96度”、“55度”、“9度”であった。つまり、ボトム及びピーク以外のストローブポイント(w2,w3)における検出値に基づいて推定されたコイル温度Tcは、相対的に誤差が大きくなっている。
【0057】
一方、3相の交流電流のボトム及びピークのみをストローブポイントに設定した場合、具体的には“sp1”、“sp2”、“sp3”、“sp4”、“sp5”、“sp6”をストローブポイントとして設定した場合には、推定されたコイル温度Tcの誤差は、“36度”、“16度”、“29度”、“9度”、“24度”、“16度”であった。ボトム及びピーク以外のストローブポイント(w2,w3)における電流の検出値に基づくコイル温度Tcの誤差(96度、55度)に比べて高い精度でコイル温度Tcが推定できている。また、この結果からは、ピークにおける電流の検出値を用いた場合の方が、ボトムにおける電流の検出値を用いた場合よりも精度よくコイル温度Tcが推定できていることもわかる。従って、3相の交流電流の最小値及び最大値の何れか一方のみを用いる場合には、最大値のみを用いてコイル温度Tcを推定すると好適である。