(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、C:0.08%以下、Si:2.0〜4.5%およびMn:0.5%以下を含有すると共に、S,SeおよびOをそれぞれ50ppm未満、sol.Alを100ppm未満に抑制し、さらにNを[sol.Al]×(14/27)ppm≦N≦80ppmの範囲に制御し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になる鋼スラブを、再加熱することなくまたは再加熱後、熱間圧延により熱延板としたのち、焼鈍および冷間圧延を施して最終板厚の冷間圧延板とし、ついで一次再結晶焼鈍を施したのち、焼鈍分離剤を塗布してから、二次再結晶焼鈍を施す方向性電磁鋼板の製造方法において、
上記鋼スラブに、さらに質量%で、SbとPをそれぞれ、0.01%≦Sb≦0.50%、0.1×[Sb]%≦P≦2.0×[Sb]%の範囲で含有させること、
上記冷間圧延の最終冷間圧延における温度を150〜250℃、圧下率を84〜92%の範囲にそれぞれ制御すること、
上記冷間圧延後、二次再結晶焼鈍開始前までに、窒素量が50ppm以上1000ppm以下となる窒化処理を施すこと、
上記窒化処理を、NH3ガスまたはNH3-N2混合ガス雰囲気での処理温度:500〜800℃、処理時間:10〜300sのガス窒化、またはNaCN−Na2CO3−NaCl系の塩浴による塩浴温度:400〜600℃、処理時間:30〜600sの塩浴窒化とすること、および
上記二次再結晶焼鈍の昇温過程において、300〜800℃の温度域における滞留時間を5時間以上確保すること、
を特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、変圧器や発電機の鉄心材料として用いられる軟磁性材料で、鉄の磁化容易軸である<001>方位が鋼板の圧延方向に高度に揃った結晶組織を有するものである。このような集合組織は、方向性電磁鋼板の製造工程中、二次再結晶焼鈍の際にいわゆるゴス(Goss)方位と称される(110)〔001〕方位の結晶粒を優先的に巨大成長させる、二次再結晶を通じて形成される。
【0003】
従来、このような方向性電磁鋼板は、4.5mass%以下程度のSiと、MnS,MnSe,AlNなどのインヒビター成分を含有するスラブを、1300℃以上に加熱して、インヒビター成分を一旦固溶させたのち、熱間圧延し、必要に応じて熱延板焼鈍を施したのち、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延によって最終板厚とし、ついで湿潤水素雰囲気中で一次再結晶焼鈍を施して、一次再結晶および脱炭を行い、ついでマグネシア(MgO)を主剤とする焼鈍分離剤を塗布してから、二次再結晶およびインヒビター成分の純化のために1200℃で5h程度の最終仕上焼鈍を行うことによって製造されてきた(例えば、特許文献1、特許文献2、特許文献3)。
【0004】
上述したとおり、従来の方向性電磁鋼板の製造に際しては、MnS,MnSe,AlNなどの析出物(インヒビター成分)をスラブ段階で含有させ、1300℃を超える高温のスラブ加熱により、これらのインヒビター成分を一旦固溶させ、後工程で微細析出させることにより、二次再結晶を発現させるという工程が採用されてきた。このように、従来の方向性電磁鋼板の製造工程では、1300℃を超える高温でのスラブ加熱が必要であったため、その製造コストは極めて高いものとならざるを得ず、近年の製造コスト低減の要求に応えることができないというところに問題を残していた。
【0005】
上記の問題を解決するために、例えば特許文献4では、酸可溶性Al(sol.Al)を0.010〜0.060%含有させ、スラブ加熱を低温に抑え、脱炭焼鈍工程で適正な窒化雰囲気下で窒化を行うことにより、二次再結晶時に(Al,Si)Nを析出させてインヒビターとして用いる方法が提案されている。(Al,Si)Nは鋼中に微細分散して有効なインヒビターとして機能するが、Alの含有量によってインヒビター強度が決まるため、製鋼でのAl量的中精度が十分ではない場合は、十分な粒成長抑制力が得られない場合があった。このような途中工程で窒化処理を行い、(Al,Si)NあるいはAlNをインヒビターとして利用する方法は数多く提案されており、最近ではスラブ加熱温度も1300℃を超える製造方法等も開示されている。
【0006】
一方、そもそもスラブにインヒビター成分を含有させずに二次再結晶を発現させる技術についても検討が進められ、例えば特許文献5では、インヒビター成分を含有させなくとも二次再結晶ができる技術、いわゆるインヒビターレス法が開発された。このインヒビターレス法は、より高純度化した鋼を利用し、テクスチャー(集合組織の制御)によって二次再結晶を発現させる技術である。
このインヒビターレス法では、高温のスラブ加熱が不要であり、低コストでの方向性電磁鋼板の製造が可能ではあるが、インヒビターを有しないが故に製造時に、途中工程での温度のバラツキ等の影響を受け、製品の磁気特性もバラツキやすいという特徴があった。なお、集合組織の制御は、本技術においては重要な要素であり、集合組織制御のため温間圧延などの多くの技術が提案されている。但し、こうした集合組織制御が十分に行えない場合は、インヒビターを用いる技術に比べて二次再結晶後のゴス方位((110)〔001〕)への集積度は低く、磁束密度も低くなる傾向にあった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したとおり、これまで提案されてきたインヒビターレス法を用いた方向性電磁鋼板の製造方法では、良好な磁気特性を安定的に実現することは必ずしも容易ではなかった。
【0009】
本発明は、Alを100ppm未満に抑制したインヒビターレス成分に準じた成分を用い、高温スラブ加熱を回避しつつ、窒化によりAlNではなく窒化珪素(Si
3N
4)を析出させ、この窒化珪素のインヒビター効果と、PとSbの複合添加による一次再結晶集合組織の改善効果によって、正常粒成長の抑制力を向上させることにより、磁気特性のバラつきを大幅に低減して、工業的に安定して良好な磁気特性を有する方向性電磁鋼板の製造を可能にしたものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは、スラブ加熱温度を抑えつつ、磁気特性のバラツキを低減した方向性電磁鋼板を得るために、インヒビターレス法を用いて一次再結晶集合組織の作り込みを行い、これに途中工程で窒化を利用して窒化珪素を析出させ、これをインヒビターとして利用する検討を行った。
【0011】
すなわち、発明者らは、方向性電磁鋼板で一般に数%程度含有される珪素を窒化珪素として析出させ、これをインヒビターとして利用することが可能であれば、窒化処理時の窒化量を制御することにより、窒化物形成元素(Al,Ti,Cr,V等)の多寡によらず同等の粒成長抑制力が得られるのではないかと考えた。
【0012】
一方で純粋な窒化珪素は、AlN中にSiが固溶した(Al,Si)Nとは異なり、鋼と結晶格子の整合性が悪く、また共有結合性の複雑な結晶構造を有するため、粒内に微細に析出させることは極めて困難であることが知られている。したがって、従来法のように窒化後に、粒内に微細に析出させることは困難であると考えられる。
【0013】
しかしながら、これを逆に利用すれば、窒化珪素を粒界に選択的に析出させることができる可能性が考えられる。そして、仮に粒界に選択的に析出させることが可能であれば、析出物が粗大となっていても十分な抑制力が得られると考えられる。
【0014】
また、発明者らは、上述した窒化珪素のインヒビター効果に加えて、粒界偏析元素であるPを活用して一次再結晶集合組織を改善させれば、粒成長抑制力のさらなる向上が望めるのではないかと考えた。
【0015】
そこで、発明者らは、上記の考えに立脚し、素材の成分組成をはじめとして、窒化処理後の窒素量、窒素を粒界に拡散させて窒化珪素を形成するための熱処理条件、さらにはPの添加条件およびその他の製造条件について鋭意検討を重ねた。
その結果、適量のPをSbと併せて添加すると共に、冷間圧延条件を制御し、さらには所定量のNとするための窒化処理を施すことが、所期した目的の達成に関し、極めて有効であることを新たに見出し、本発明を完成させるに至ったのである。
【0016】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.質量%で、C:0.08%以下、Si:2.0〜4.5%およびMn:0.5%以下を含有すると共に、S,SeおよびOをそれぞれ50ppm未満、sol.Alを100ppm未満に抑制し、さらにNを[sol.Al]×(14/27)ppm≦N≦80ppmの範囲に制御し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になる鋼スラブを、再加熱することなくまたは再加熱後、熱間圧延により熱延板としたのち、焼鈍および冷間圧延を施して最終板厚の冷間圧延板とし、ついで一次再結晶焼鈍を施したのち、焼鈍分離剤を塗布してから、二次再結晶焼鈍を施す方向性電磁鋼板の製造方法において、
上記鋼スラブに、さらに質量%で、SbとPをそれぞれ、0.01%≦Sb≦0.50%、0.1×[Sb]%≦P≦2.0×[Sb]%の範囲で含有させること、
上記冷間圧延の最終冷間圧延における温度を150〜250℃、圧下率を84〜92%の範囲にそれぞれ制御すること、
上記冷間圧延後、二次再結晶焼鈍開始前までに、窒素量が50ppm以上1000ppm以下となる窒化処理を施すこと、
上記窒化処理を、NH3ガスまたはNH3-N2混合ガス雰囲気での処理温度:500〜800℃、処理時間:10〜300sのガス窒化、またはNaCN−Na2CO3−NaCl系の塩浴による塩浴温度:400〜600℃、処理時間:30〜600sの塩浴窒化とすること、および
上記二次再結晶焼鈍の昇温過程において、300〜800℃の温度域における滞留時間を5時間以上確保すること、
を特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【0018】
2.前記鋼スラブが、さらに質量%で、
Ni:0.005〜1.50%、 Sn:0.01〜0.50%、
Cu:0.01〜0.50%、 Cr:0.01〜1.50%、
Mo:0.01〜0.50%およびNb:0.0005〜0.0100%
のうちから選んだ1種または2種以上を含有する組成となることを特徴とする前記
1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、高温スラブ加熱の必要なしに、磁気特性のバラツキを大幅に低減して、良好な磁気特性を有する方向性電磁鋼板を、工業的に安定して製造することができる。
また、本発明では、Alとの複合析出ではない純粋な窒化珪素を利用するので、純化に際しては、比較的拡散の早い窒素のみを純化するだけで鋼の純化を達成することができる。
さらに、析出物として、従来のようなAlやTiを利用する場合には、最終的な純化と確実なインヒビター効果という観点から、ppmオーダーでの制御が必要であったが、本発明のように析出物としてSiを利用する場合には、製鋼時にそのような制御は一切不要である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を具体的に説明する。
まず、本発明において、鋼スラブの成分組成を前記の範囲に限定した理由について説明する。なお、成分に関する「%」表示は特に断らない限り質量%を意味するものとする。
C:0.08%以下
Cは、一次再結晶集合組織を改善する上で有用な元素であるが、含有量が0.08%を超えるとかえって一次再結晶集合組織の劣化を招くので、C量は0.08%以下に限定した。磁気特性の観点から望ましい含有量は0.01〜0.06%の範囲である。なお、要求される磁気特性のレベルがさほど高くない場合には、一次再結晶焼鈍における脱炭を省略あるいは簡略化するために、C量を0.01%以下としてもよい。
【0022】
Si:2.0〜4.5%
Siは、電気抵抗を高めることによって鉄損を改善する有用元素であるが、含有量が4.5 %を超えると冷間圧延性が著しく劣化するので、Si量は4.5%以下に限定した。一方、Siは窒化物形成元素として機能させる必要があるため、2.0%以上含有させることが必要である。また鉄損の観点からも望ましい含有量は2.0〜4.5%の範囲である。
【0023】
Mn:0.5%以下
Mnは、製造時における熱間加工性を向上させる効果があるので0.03%以上含有させることが好ましいが、含有量が0.5%を超えた場合には、一次再結晶集合組織が悪化して磁気特性の劣化を招くので、Mn量は0.5%以下に限定した。
【0024】
S,SeおよびO:それぞれ50ppm未満
S,SeおよびO量がそれぞれ50ppm以上になると、二次再結晶が困難となる。この理由は、粗大な酸化物や、スラブ加熱によって粗大化したMnS,MnSeが一次再結晶組織を不均一にするためである。従って、S,SeおよびOはいずれも50ppm未満に抑制するものとした。
【0025】
sol.Al:100ppm未満
Alは、表面に緻密な酸化膜を形成し、窒化の際にその窒化量の制御を困難にしたり、脱炭を阻害することもあるため、Alはsol.Al量で100ppm未満に抑制する。但し、酸素親和力の高いAlは、製鋼工程で微量添加することにより鋼中の溶存酸素量を低減し、特性劣化につながる酸化物系介在物の低減などを見込めるため、100ppm未満(好ましくは20ppm以上)の範囲で添加することにより磁性劣化を抑制することができる。
【0026】
[sol.Al]×(14/27)ppm≦N≦80ppm
本発明は、窒化後に窒化珪素を析出させることが特徴であるため、含有するAl量に対してAlNとして析出させるのに必要なN量以上のNを事前に含有させておくことが肝要である。すなわち、AlNはそれぞれ1:1で結合しているため、[sol.Al]×N原子量(14)/Al原子量(27)以上のNを含有させておくことで、鋼中に含まれる微量Alを窒化処理前に完全に析出させておくことができる。一方で、Nは、スラブ加熱時にフクレなどの欠陥の原因になることがあるため、N量は80ppm以下に抑制する必要がある。望ましくは60ppm以下である。
【0027】
また、本発明では、一次再結晶集合組織を改善して粒成長抑制力の向上を図るために、上記の成分に加えて、PとSbをそれぞれ、以下に示す範囲で含有させることが極めて重要である。
0.1×[Sb]%≦P≦2.0×[Sb]%
Pは、粒界偏析元素であり、粒界からの再結晶核形成を抑制し、粒内からの再結晶核形成を促進することにより、一次再結晶集合組織中のゴス方位を増加させる働きがある。また、二次再結晶核形成を安定化させて磁気特性を向上させる効果がある。このようなPの添加に伴う一次再結晶集合組織の改善効果を有効に発揮させるためには、後述するSbの含有量に応じてPの含有量を適正範囲に調整することが重要である。
ここに、上記の効果を得るには、PをSb量の0.1倍以上含有させる必要がある。一方、P量がSb量の2.0倍を超えて含有されると、二次再結晶焼鈍時の窒化および酸化が過剰に発生したり、冷間圧延性の劣化を来たす。それ故、Pは、Sb量との関係で以下の範囲で含有させるものとする。
0.1×[Sb]%≦P≦2.0×[Sb]%
【0028】
0.01%≦Sb≦0.50%
Sbは、表面偏析元素であり、二次再結晶焼鈍時の窒化量と酸化量を適正化して二次再結晶の発現を安定化させる働きがあり、特に、Pの添加による二次再結晶焼鈍時の窒化および酸化の過剰な促進を緩和する働きがある。そのためには、Sbを0.01%以上含有させる必要がある。一方、Sbの含有量が0.50%を超えると、冷間圧延性が劣化する。このため、Sbは0.01〜0.50%の範囲で含有させるものとした。好ましくは0.03〜0.10%の範囲である。
【0029】
ここに、PとSbの含有量をそれぞれ上記の範囲に制御する基になった実験結果について説明する。
C:0.03%、Si:3.3%、Mn:0.07%、S:0.002%、Al:0.006%およびN:0.0035%を含有し、さらにPとSbをそれぞれP:0〜0.6%、Sb:0〜0.1%の種々の範囲で含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成からなる鋼スラブを、1200℃で30分加熱後、熱間圧延により2.2mm厚の熱延板とし、1055℃,1分間の焼鈍を施したのち、最終冷間圧延における温度を200℃とした冷間圧延を施して板厚:0.22mm(圧下率90%)の最終板厚とし、ついで得られた冷間圧延コイルの中央部から100mm×400mmサイズの試料を採取し、ラボにて一次再結晶と脱炭を兼ねた焼鈍を行った。続いて、NH
3:30vol%、N
2:70vol%の混合雰囲気中で750℃,30分間の窒化処理を行った。なお、窒化処理後のN量はいずれも200〜300ppmの範囲であった。
【0030】
その後、MgOを主成分としTiO
2を5%含有する焼鈍分離剤を水スラリ状にしてから塗布乾燥し、鋼板上に焼き付けたのち、300〜800℃の温度域における滞留時間が30時間、800〜1200℃の温度域を24時間で昇温する条件で最終仕上げ焼鈍を行い、ついでリン酸塩系の絶縁張力コーティングを塗布焼付けて製品とした。
得られた製品について、磁化力:800A/mでの磁束密度B
8(T)を測定した。測定した磁束密度B
8(T)と、PおよびSbの含有量との関係を整理して
図1に示す。
【0031】
図1より、Sbを含有させずにPのみを含有させた場合は、磁束密度の向上効果は見られず、むしろ磁束密度は低下していることがわかる。一方、Sbに加えてPを含有させた場合、Pの含有量がSbの含有量の半分以下、すなわちPの含有量が2.0×[Sb]%以下となるときには、磁束密度は向上する一方で、Pの含有量がSbの含有量の0.1倍未満、すなわちPの含有量が0.1×[Sb]%未満となるときには、かえって磁束密度が低下することがわかる。
この結果から、PとSbを所定の範囲に制御することにより、一次再結晶集合組織が改善され、これが粒成長抑制力の向上に寄与して、さらに優れた磁気特性が得られるようになることが明らかとなったのである。
【0032】
以上、基本成分について説明したが、本発明では、工業的により安定して磁気特性を改善する成分として、以下の元素を適宜含有させることができる。
Ni:0.005〜1.50%
Niは、熱延板組織の均一性を高めることにより、磁気特性を改善する働きがあり、そのためには0.005%以上含有させることが好ましいが、一方で含有量が1.50%を超えると二次再結晶が困難となり、磁気特性が劣化するので、Niは0.005〜1.50%の範囲で含有させることが望ましい。
【0033】
Sn:0.01〜0.50%
Snは、二次再結晶焼鈍中の鋼板の窒化や酸化を抑制し、良好な結晶方位を有する結晶粒の二次再結晶を促進して磁気特性を向上させる有用元素であり、そのためには0.01%以上含有させることが好ましいが、一方で0.50%を超えて含有されると冷間圧延性が劣化するので、Snは0.01〜0.50%の範囲で含有させることが望ましい。
【0034】
Cu:0.01〜0.50%
Cuは、二次再結晶焼鈍中の鋼板の酸化を抑制し、良好な結晶方位を有する結晶粒の二次再結晶を促進して磁気特性を効果的に向上させる働きがあり、そのためには0.01%以上含有させることが好ましいが、一方で0.50%を超えて含有されると熱間圧延性の劣化を招くので、Cuは0.01〜0.50%の範囲で含有させることが望ましい。
【0035】
Cr:0.01〜1.50%
Crは、フォルステライト被膜の形成を安定化させる働きがあり、そのためには0.01%以上含有させることが好ましいが、一方で含有量が1.50%を超えると二次再結晶が困難となり、磁気特性が劣化するので、Crは0.01〜1.50%の範囲で含有させることが望ましい。
【0036】
Mo:0.01〜0.50%、Nb:0.0005〜0.0100%
MoおよびNbはいずれも、スラブ加熱時の温度変化による割れの抑制等を介して、熱延後のヘゲを抑制する効果を有している。これらはそれぞれ、Moは0.01%以上、Nbは0.0005%以上含有させなければヘゲ抑制の効果は小さく、一方Moは0.50%を超えると、Nbは0.0100%を超えると炭化物、窒化物を形成するなどして最終製品まで残留した際、鉄損の劣化を引き起こすため、それぞれ上述の範囲とすることが望ましい。
【0037】
次に、本発明の製造方法について説明する。
上記の好適成分組成範囲に調整した鋼スラブを、再加熱することなくまたは再加熱したのち、熱間圧延に供する。なお、スラブを再加熱する場合には、再加熱温度は1000℃以上、1300℃以下程度とすることが望ましい。というのは、1300℃を超えるスラブ加熱は、スラブの段階で鋼中にインヒビターをほとんど含まない本発明では無意味であって、コストアップとなるだけであり、一方1000℃未満では、圧延荷重が高くなり、圧延が困難となるからである。
【0038】
ついで、熱延板に、必要に応じて熱延板焼鈍を施したのち、1回の冷間圧延または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して、最終冷延板とする。
ここに、本発明では、Pの偏析効果を高めて一次再結晶集合組織を改善するため、冷間圧延の最終冷間圧延における温度を150〜250℃に高めることが重要である。好ましくは180〜220℃の範囲である。
また、適正な圧下率は84〜92%とする。圧下率が84%に満たないと、一次再結晶集合組織の改善効果が十分でなく、一方92%を超えると二次再結晶が不安定となるからである。
【0039】
ついで、最終冷間圧延板に一次再結晶焼鈍を施す。
この一次再結晶焼鈍の目的は、圧延組織を有する冷間圧延板を一次再結晶させて、二次再結晶に最適な一次再結晶粒径に調整することである。そのためには、一次再結晶焼鈍の焼鈍温度は800℃以上、950℃未満程度とすることが望ましい。また、この時の焼鈍雰囲気を、湿水素窒素または湿水素アルゴン雰囲気とすることで脱炭焼鈍を兼ねさせても良い。
【0040】
そして、本発明では、上記した冷間圧延後、二次再結晶焼鈍開始までの間に、窒化処理を施す。この窒化の手法については、窒化量を制御することができればいずれでも良く、特に限定はしない。例えば、過去に実施されている、コイル形態のままNH
3雰囲気ガスを用いてガス窒化を行ってもよいし、走行するストリップに対して連続的に窒化を行ってもよい。この場合における好適処理条件は処理温度:500〜800℃、処理時間:10〜300sである。
また、ガス窒化に比べて窒化能の高い塩浴窒化処理を利用することも可能である。ここに、塩浴としては、NaCN−Na
2CO
3−NaCl系の塩浴が好適である。この場合における好適処理条件は塩浴温度:400〜600℃、処理時間:30〜600sである。
【0041】
上記の窒化処理において重要な点は、表層に窒化物層を形成することである。鋼中への拡散を抑制するためには、800℃以下の温度で窒化処理を行うことが望ましいが、時間を短時間(例えば30秒程度)とすることで高温であっても表面のみに窒化物層を形成させることができる。
ここに、窒化後の窒素量は50ppm以上1000ppm以下とする必要がある。窒素量が50ppm未満では、その効果は十分に得られず、一方1000ppmを超えると窒化珪素の析出量が過多となり二次再結晶が生じ難くなる。好ましくは200ppm以上1000ppm未満の範囲である。
【0042】
上記の一次再結晶焼鈍および窒化処理を施したのち、鋼板表面に焼鈍分離剤を塗布する。二次再結晶焼鈍後の鋼板表面にフォルステライト被膜を形成するためには、焼鈍分離剤の主剤をマグネシア(MgO)とする必要があるが、フォルステライト被膜の形成が必要ない場合には、焼鈍分離剤主剤として、アルミナ(Al
2O
3)やカルシア(CaO)など、二次再結晶焼鈍温度より高い融点を有する適当な酸化物を用いることができる。
【0043】
これに引き続き二次再結晶焼鈍を行う。この二次再結晶焼鈍では、その昇温工程中、300〜800℃の温度域における滞留時間を5時間以上とすることが好ましい。この間に、窒化処理により形成された表層のFe
2N,Fe
4Nを主体とする窒化物層は分解し、Nが鋼中へ拡散する。本発明の成分系では、AlNを形成することができるAlが残存しないため、粒界偏析元素であるNは粒界を拡散経路として、鋼中へ拡散する。
【0044】
窒化珪素は、鋼との整合性が悪い(misfit率が大きい)ため、析出速度は極めて遅い。とはいえ、窒化珪素の析出は、正常粒成長の抑制が目的であるため、正常粒成長が進行する800℃の段階では十分な量を粒界上に選択的に析出させておく必要がある。この点については、300〜800℃の温度域における滞留時間を5時間以上とすることにより、窒化珪素を粒内で析出させることはできないものの、粒界を拡散して来たNと結び付けて、粒界上に選択的に析出させることができる。滞留時間の上限については必ずしも設ける必要はないが、150時間を超える焼鈍を行っても効果の向上は望めないので、上限は150時間とすることが好ましい。なお、焼鈍雰囲気は、N
2,Ar,H
2あるいはこれらの混合ガスのいずれもが適合する。
【0045】
上記したように、鋼中のAl量が抑制され、AlN析出に対して過剰のNを添加し、さらにMnSやMnSe等に代表されるインヒビター成分をほとんど含有しないスラブに対して、上述の工程を経て製造される方向性電磁鋼板では、二次再結晶焼鈍の昇温過程中、二次再結晶開始までの段階において、従来インヒビターに比べて粗大なサイズ(100nm以上)の窒化珪素を粒界に選択的に形成させることができる。
【0046】
本発明の特徴であるAlとの複合析出ではない純粋な窒化珪素を利用するという点は、鋼中に数%というオーダーで存在し、鉄損改善に効果を有するSiを有効に活用するという点において、極めて高い安定性を有している。すなわち、これまでの技術で利用されてきたAlやTiといった成分は、窒素との親和力が高く、高温まで安定な析出物であることから、最終的に鋼中に残留しやすく、また残留することにより磁気特性を劣化させる要因となるおそれがある。
しかしながら、窒化珪素を利用した場合、比較的拡散の早い窒素のみを純化するだけで磁気特性に有害となる析出物の純化を達成することができる。また、AlやTiについては、最終的に純化しなければならないという観点と、インヒビター効果を確実に得なければならないという観点から、ppmオーダーでの制御が必要であるが、Siを利用する場合には、製鋼時にそのような制御が不要であることも、本発明の重要な特徴である。
【0047】
ついで、850℃程度の温度で二次再結晶焼鈍を施し、引き続き1200℃程度の温度で純化焼鈍を施す。
その後、鋼板表面に、さらに絶縁被膜を塗布、焼き付けることもできる。かかる絶縁被膜の種類については、特に限定されることはなく、従来公知のあらゆる絶縁被膜が適合する。たとえば、特開昭50−79442号公報や特開昭48−39338号公報に記載されているリン酸塩−クロム酸塩−コロイダルシリカを含有する塗布液を鋼板に塗布し、800℃程度で焼き付ける方法が好適である。
また、平坦化焼鈍によって鋼板の形状を整えることも可能であり、さらにこの平坦化焼鈍を絶縁被膜の焼き付け処理と兼備させることもできる。
【実施例】
【0048】
(実施例1)
C:0.03%、Si:3.4%、Mn:0.07%、S:0.002%、Al:0.005%、N:0.003%、P:0.02%およびSb:0.05%を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成からなる鋼スラブを、1220℃で30分加熱後、熱間圧延により2.2mm厚の熱延板とし、1065℃,1分間の焼鈍を施したのち、表1に示す条件で冷間圧延を施して最終板厚とし、ついで得られた冷間圧延コイルの中央部から100mm×400mmサイズの試料を採取し、ラボにて一次再結晶と脱炭を兼ねた焼鈍を行った。続いて、表1に示す条件でガス処理または塩浴処理による窒化処理を行い、鋼中の窒素量を増加させた。
【0049】
ガス処理の窒化条件としては、NH
3:30vol%、N
2:70vol%の混合雰囲気を用いた。
また、塩浴処理の窒化条件としては、NaCN−Na
2CO
3−NaClの溶融塩を用いた。
上記の窒化処理後に鋼板のN量を測定した。
【0050】
その後、MgOを主成分としTiO
2を5%含有する焼鈍分離剤を水スラリ状にしてから塗布乾燥し、鋼板上に焼き付けたのち、300〜800℃の温度域における滞留時間が30時間、800〜1200℃の温度域を24時間で昇温する条件で最終仕上げ焼鈍を行い、ついでリン酸塩系の絶縁張力コーティングを塗布焼付けて製品とした。
得られた製品について、磁化力:800A/mでの磁束密度B
8(T)を評価した。
【0051】
【表1】
【0052】
表1に示したように、発明例はいずれも、従来のインヒビターレスの製造工程で製造されたものに比べ、磁気特性が改善している。
【0053】
(実施例2)
表2に示す成分を含有する鋼スラブを、1215℃で20分加熱後、熱間圧延により2.4mm厚の熱延板とし、1065℃,1分間の焼鈍後、最終冷間圧延における温度を250℃とした冷間圧延により板厚:0.27mm(圧下率:88.8%)の最終板厚としてから、P(H
2O)/P(H
2)=0.3の雰囲気下で焼鈍温度:840℃となる条件で2分間保持する脱炭焼鈍を行った。その後、一部コイルに対して750℃で20秒間のガス窒化処理(NH
3:30vol%+N
2:70vol%雰囲気下)を行ったのち、鋼板のN量を測定した。
ついで、MgOを主成分とし、TiO
2を10%添加した焼鈍分離剤を水と混ぜてスラリ状としたものを塗布してから、コイルに巻き取り、300〜800℃間の滞留時間が30時間、800〜1200℃の温度域を24時間で昇温する条件で最終仕上げ焼鈍を行い、引き続きリン酸塩系の絶縁張力コーティングの塗布焼付けと鋼帯の平坦化を目的とする平坦化焼鈍を施して製品とした。
かくして得られた製品コイルからエプスタイン試験片を採取し、磁束密度B
8を測定した結果を、表2に示す。
【0054】
【表2】
【0055】
表2から明らかなように、本発明に従い得られた発明例はいずれも、高い磁束密度が得られていることが分かる。
【0056】
(実施例3)
表3に示す成分を含有する鋼スラブを、1235℃で30分加熱後、熱間圧延により2.0mm厚の熱延板とし、1025℃,1分間の焼鈍後、最終冷間圧延における温度を
250℃とした冷間圧延により板厚:0.23mm(圧下率:88.5%)の最終板厚としてから、P(H
2O)/P(H
2)=0.35の雰囲気下で焼鈍温度:850℃となる条件で2分間保持する脱炭焼鈍を行った。その後、780℃で20秒間のガス窒化処理(NH
3:30vol%+N
2:70vol%雰囲気下)を行ったのち、鋼板のN量を測定した。
ついで、MgOを主成分とし、TiO
2を5%添加した焼鈍分離剤を水と混ぜてスラリ状としたものを塗布してから、コイルに巻き取り、300〜800℃間の滞留時間を表3に示す条件で、また800〜1200℃の温度域を24時間で昇温する条件で最終仕上げ焼鈍を行い、引き続きリン酸塩系の絶縁張力コーティングの塗布焼付けて製品とした。
かくして得られた製品コイルからエプスタイン試験片を採取し、磁束密度B
8を測定した結果を、表3に示す。
【0057】
【表3】
【0058】
表3から明らかなように、本発明に従い得られた発明例はいずれも、高い磁束密度が得られていることが分かる。特に、二次再結晶焼鈍の昇温過程において、300〜800℃の温度域における滞留時間を5時間以上確保したNo.1〜3は、該温度域における滞留時間が5時間未満であったNo.4と比較して、高い磁束密度が得られている。