特許第6011629号(P6011629)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6011629-熱間プレス部材およびその製造方法 図000005
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6011629
(24)【登録日】2016年9月30日
(45)【発行日】2016年10月19日
(54)【発明の名称】熱間プレス部材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25D 5/26 20060101AFI20161006BHJP
   C25D 5/50 20060101ALI20161006BHJP
   C23C 28/00 20060101ALI20161006BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20161006BHJP
   C21D 1/18 20060101ALI20161006BHJP
   C22C 18/00 20060101ALI20161006BHJP
   B21D 22/20 20060101ALI20161006BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20161006BHJP
   C22C 38/60 20060101ALN20161006BHJP
   C22C 19/03 20060101ALN20161006BHJP
【FI】
   C25D5/26 G
   C25D5/50
   C23C28/00 B
   C21D9/00 A
   C21D1/18 C
   C22C18/00
   B21D22/20 G
   B21D22/20 H
   !C22C38/00 301T
   !C22C38/00 301W
   !C22C38/60
   !C22C19/03 L
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-538017(P2014-538017)
(86)(22)【出願日】2014年5月13日
(86)【国際出願番号】JP2014002504
(87)【国際公開番号】WO2014203445
(87)【国際公開日】20141224
【審査請求日】2014年8月7日
(31)【優先権主張番号】特願2013-128201(P2013-128201)
(32)【優先日】2013年6月19日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126701
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】中島 清次
(72)【発明者】
【氏名】森本 美奈子
(72)【発明者】
【氏名】安藤 聡
【審査官】 伊藤 寿美
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2012/070482(WO,A1)
【文献】 特開2011−246801(JP,A)
【文献】 特開2012−197505(JP,A)
【文献】 特許第4039548(JP,B2)
【文献】 特表2013−503254(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 5/00− 7/12
C23C 24/00−30/00
B21D 22/00−22/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
部材を構成し、成分組成が、質量%で、C:0.15〜0.50%、Si:0.05〜2.00%、Mn:0.5〜3.0%、P:0.10%以下、S:0.05%以下、Al:0.10%以下、N:0.010%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼板表面に、ZnおよびNiを含有するめっき層を有し、さらに該めっき層の上に、Znを含有する酸化皮膜を有する熱間プレス部材であって、前記めっき層と前記酸化皮膜との間の空隙形成率が0%であることを特徴とする熱間プレス部材。
【請求項2】
部材を構成し、成分組成が、質量%で、C:0.15〜0.50%、Si:0.05〜2.00%、Mn:0.5〜3.0%、P:0.10%以下、S:0.05%以下、Al:0.10%以下、N:0.010%以下、さらに、Cr:0.01〜0.2%、Ti:0.20%以下、B:0.0005〜0.0800%のうちから選ばれた少なくとも一種、および/またはSb:0.003〜0.030%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼板表面に、片面あたりの付着量が50〜90g/mのZnおよびNiを含有するめっき層を有し、さらに該めっき層の上に、Znを含有する酸化皮膜を有する熱間プレス部材であって、前記めっき層と前記酸化皮膜との間の空隙形成率が0%であることを特徴とする熱間プレス部材。
ただし、成分組成が、質量%で、C:0.23%、Si:0.25%、Mn:1.2%、P:0.01%、S:0.01%、Al:0.03%、N:0.005%、Cr:0.2%、Ti:0.02%、B:0.0022%、Sb:0.008%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼板表面に、12質量%のNiを含有し、残部がZnおよび不可避的不純物からなり、片面あたりの付着量が90g/mのめっき層を有する熱間プレス部材を除く。
【請求項3】
請求項1に記載の熱間プレス部材の製造方法であって、成分組成が、質量%で、C:0.15〜0.50%、Si:0.05〜2.00%、Mn:0.5〜3.0%、P:0.10%以下、S:0.05%以下、Al:0.10%以下、N:0.010%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼板表面に、10〜25質量%のNiを含有し、残部がZnおよび不可避的不純物からなり、片面あたりの付着量が10〜90g/mのめっき層を有するめっき鋼板を、下記式(1)および下記式(2)を満足する加熱条件で加熱後、熱間プレスすることを特徴とする熱間プレス部材の製造方法。
850≦T≦950 (1)
0<t≦{20−(T/50)+(W/10)} (2)
ただし、T:めっき鋼板の最高到達板温(℃)、t:めっき鋼板の昇温開始から加熱終了までの総加熱時間(分)、W:片面あたりのめっき付着量(g/m)とする。
【請求項4】
請求項2に記載の熱間プレス部材の製造方法であって、成分組成が、質量%で、C:0.15〜0.50%、Si:0.05〜2.00%、Mn:0.5〜3.0%、P:0.10%以下、S:0.05%以下、Al:0.10%以下、N:0.010%以下、さらに、Cr:0.01〜0.2%、Ti:0.20%以下、B:0.0005〜0.0800%のうちから選ばれた少なくとも一種、および/またはSb:0.003〜0.030%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼板表面に、10〜25質量%のNiを含有し、残部がZnおよび不可避的不純物からなり、片面あたりの付着量が50〜90g/mのめっき層を有するめっき鋼板を、下記式(1)および下記式(2)を満足する加熱条件で加熱後、熱間プレスすることを特徴とする熱間プレス部材の製造方法。
ただし、前記めっき鋼板として、成分組成が、質量%で、C:0.23%、Si:0.25%、Mn:1.2%、P:0.01%、S:0.01%、Al:0.03%、N:0.005%、Cr:0.2%、Ti:0.02%、B:0.0022%、Sb:0.008%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼板表面に、12質量%のNiを含有し、残部がZnおよび不可避的不純物からなり、片面あたりの付着量が90g/mのめっき層を有するめっき鋼板を除く。
850≦T≦950 (1)
0<t≦{20−(T/50)+(W/10)} (2)
ただし、T:めっき鋼板の最高到達板温(℃)、t:めっき鋼板の昇温開始から加熱終了までの総加熱時間(分)、W:片面あたりのめっき付着量(g/m)とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の足廻り部材や車体構造部材などへの適用に好適な熱間プレス部材およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、自動車の足廻り部材や車体構造部材などの多くは、所定の強度を有する鋼板をプレス加工して製造されている。近年、地球環境の保全という観点から、自動車車体の軽量化が熱望され、使用する鋼板を高強度化して、その板厚を低減する努力が続けられている。しかし、鋼板の高強度化に伴ってそのプレス加工性が低下するため、鋼板を所望の部材形状に加工することが困難になる場合が多くなっている。
【0003】
そのため、特許文献1には、加熱された鋼板をダイとパンチからなる金型を用いて加工すると同時に、急冷することにより、加工の容易化と高強度化の両立を可能にした熱間プレスと呼ばれる加工技術が提案されている。しかし、この熱間プレスでは、熱間プレス前に鋼板を950℃前後の高い温度に加熱するため、鋼板表面にはスケール(鉄酸化物)が生成し、そのスケールが熱間プレス時に剥離して、金型を損傷させる、または熱間プレス後の部材表面を損傷させるという問題がある。
また、部材表面に残ったスケールは、外観不良や塗装密着性の低下の原因にもなる。このため、通常は酸洗やショットブラストなどの処理を行うことにより、部材表面のスケールが除去される。しかし、これは製造工程を複雑にし、生産性の低下を招く。
さらに、自動車の足廻り部材や車体構造部材などには優れた耐食性も必要とされる。しかし、上述のような工程により製造された熱間プレス部材ではめっき層などの防錆皮膜が設けられていないため、耐食性が甚だ不十分である。
【0004】
このようなことから、熱間プレス前の加熱時にスケールの生成を抑制するとともに、熱間プレス後の部材の耐食性を向上させることが可能な熱間プレス技術が要望されており、表面にめっき層などの皮膜を設けた熱間プレス用鋼板やそれを用いた熱間プレス方法が提案されている。例えば、特許文献2には、ZnまたはZnベース合金で被覆された鋼板を熱間プレスし、Zn−Feベース化合物またはZn−Fe−Alベース化合物を表面に設けた耐食性に優れる熱間プレス部材の製造方法が開示されている。
【0005】
また、特許文献3には、特に熱間プレス用亜鉛めっき鋼板の塗装密着性を改善することを目的として、シラノール基を有するシリコーン樹脂皮膜で被覆されたホットプレス用溶融亜鉛めっき鋼板が開示されており、りん酸塩処理性、塗装後耐食性、耐亜鉛揮発性にも優れることが述べられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】英国特許第1490535号公報
【特許文献2】特許第3663145号公報
【特許文献3】特開2007−63578号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献2に記載の方法で製造された熱間プレス部材では、融点の低い亜鉛めっき鋼板や亜鉛アルミニウムめっき鋼板を用いる。このため、熱間プレス前の熱処理工程において、めっき表面における亜鉛の酸化反応が激しく生じ、最終製品として得られる熱間プレス部材の塗装密着性は不十分である。また、特許文献3に記載の熱間プレス用鋼板を使用する場合、めっき表面に施された樹脂皮膜と塗料との密着性は向上するものの、熱間プレス前の熱処理の条件によっては溶融亜鉛めっき層自体の酸化が激しく進むため、良好な塗装密着性を安定して確保することはできない。
【0008】
本発明は、上記のような従来技術の課題を解決することを目的としてなされたものであり、塗装密着性に優れた熱間プレス部材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、熱間プレス部材およびその製造方法について鋭意検討を行った。その結果、亜鉛系めっき鋼板を熱間プレスした場合に生じる塗装密着性不良は、めっき層とその表面に生成する酸化亜鉛皮膜との間の空隙形成に起因すること、この空隙形成を抑制するためには融点の高いZn−Ni合金めっき層を表面に有するめっき鋼板を用いることが有利であること、さらに空隙形成の程度は加熱前のめっき付着量、めっき鋼板の最高到達板温および総加熱時間に依存することを新たに見出し、本発明の完成に至った。
【0010】
本発明の熱間プレス部材は、このような知見に基づきなされたものであり、部材を構成する鋼板表面に、ZnおよびNiを含有するめっき層を有し、さらに該めっき層の上に、Znを含有する酸化皮膜を有する熱間プレス部材であって、前記めっき層と前記酸化皮膜との間の空隙形成率が80%以下であることを特徴とする熱間プレス部材である。
【0011】
また、本発明の熱間プレス部材の製造方法は、鋼板表面に、10〜25質量%のNiを含有し、残部がZnおよび不可避的不純物からなり、片面あたりの付着量が10〜90g/mのめっき層を有するめっき鋼板を、下記式(1)および下記式(2)を満足する加熱条件で加熱後、熱間プレスすることを特徴とする熱間プレス部材の製造方法である。
850≦T≦950 (1)
0<t≦{20−(T/50)+(W/10)} (2)
ただし、T:めっき鋼板の最高到達板温(℃)、t:めっき鋼板の昇温開始から加熱終了までの総加熱時間(分)、W:片面あたりのめっき付着量(g/m)とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、塗装密着性に優れた熱間プレス部材を製造することが可能となる。本発明により製造された熱間プレス部材は、自動車の足廻り部材や車体構造部材に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、空隙形成率の異なる代表的な熱間プレス部材のEPMA(Electron Probe Micro Analyzer)の組成像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1)熱間プレス部材
1−1)めっき層
本発明では、部材を構成する鋼板表面に、ZnおよびNiを含有するめっき層を有する。このめっき層を表面に有する鋼板により構成される熱間プレス部材は、塗装密着性に優れる。これは、めっき層とその表面に生成する酸化亜鉛皮膜との間の空隙形成を抑制できるからである。
【0015】
1−2)酸化皮膜
本発明の部材では、ZnおよびNiを含有するめっき層の上に、Znを含有する酸化皮膜を有し、めっき層と酸化皮膜との間の空隙形成率が80%以下であることを特徴とする。
【0016】
亜鉛系めっき鋼板を熱間プレスした場合に生じる塗装密着性不良は、めっき層とその表面に生成する酸化亜鉛皮膜との間の空隙形成に起因する。この空隙形成を抑制するためには、まず高融点の亜鉛系めっき鋼板を用いることが有効である。本発明の熱間プレス部材はZnおよびNiを含有するめっき層を有するめっき鋼板を使用する。そして、熱間プレス前の加熱により、めっき層の表面にはZnを含有する酸化皮膜が形成される。酸化皮膜に含有されるZn以外の元素としては、例えば、下地鋼板に含有されるMnなどが例示される。
【0017】
本発明の部材では、めっき層と酸化皮膜との間の空隙形成率を80%以下に限定する。空隙形成率が80%を超えると、この空隙が剥離界面となって部材に施された塗装が剥離するため、塗装密着性が劣化する。空隙形成率が80%以下であれば、たとえ空隙があったとしても、空隙でない部分が密着性を確保するための保持点として機能するため、塗装密着性は良好である。
【0018】
空隙形成率は、熱間プレス部材の断面観察を行うことにより測定可能である。空隙形成率は、光学顕微鏡、SEM(Scanning Electron Microscope)、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)等を用いて、断面長さ100μm以上の領域を観察し、空隙形成率を求めればよい。例えば、熱間プレス部材から10mm×10mmの小片を切り出し、樹脂に埋め込む。埋め込まれた熱間プレス部材小片の断面を、EPMAを使用し観察する。EPMAにより500倍の視野の組成像を得て、めっき層全長さに占める空隙形成部長さの比率を、空隙形成率として数値化すればよい。図1に、空隙形成率の異なる代表的なサンプルのEPMA(視野500倍)による観察結果(組成像)と空隙形成率の関係を示す。
【0019】
上述の、めっき層と酸化皮膜との間に形成された空隙の比率、すなわち空隙形成率は、後述する熱間プレス前の加熱条件により制御することができる。
【0020】
2)熱間プレス部材の製造方法
2−1)めっき鋼板
本発明の熱間プレス部材の製造方法では、鋼板表面に、10〜25質量%のNiを含有し、残部がZnおよび不可避的不純物からなり、片面あたりの付着量が10〜90g/mのめっき層を有するめっき鋼板を用いる。
【0021】
めっき層中のNi含有率を10〜25質量%とする理由は、めっき層の相構造を融点が881℃であるγ相とするためである。γ相は融点が高いため、Znを含有する酸化皮膜の生成が抑制される。したがって、めっき層と酸化皮膜との間の空隙形成率も低く抑えることができ、良好な塗装密着性を確保することが可能となる。なお、γ相は、NiZn11、NiZn、NiZn21のいずれかの結晶構造を有し、X線回折法により確認することが可能である。
【0022】
本発明の熱間プレス部材の製造方法において、使用するめっき鋼板の片面あたりのめっき層の付着量は10〜90g/mとする。付着量が10g/m未満では空隙ができやすいため、熱間プレス部材の塗装密着性が不十分となる。付着量が90g/mを超えるとコストアップを招く。以上より、めっき層の付着量は10〜90g/mの範囲とする。ここで、めっき層の付着量は、湿式分析法により求めることができる。具体的には、例えば、6質量%塩酸水溶液にインヒビターとしてヘキサメチレンテトラミンを1g/l添加した水溶液に付着面積既知のめっき層全体を溶解し、このときの重量減少量からめっき層の付着量を求めればよい。
【0023】
なお、本発明の熱間プレス部材の製造方法においては、上記めっき層の下層に、下地めっき層を設けてもよい。下地めっき層は塗装密着性には何ら影響をおよぼさない。下地めっき層としては、例えば、60質量%以上のNiを含有し、残部がZnおよび不可避的不純物からなる、付着量が0.01〜5g/mのめっき層などが挙げられる。
【0024】
こうしためっき層の形成方法は特に限定されるものではなく、公知の電気めっき法が好適である。また、めっき層の付着量は、通常行われているように、通電時間を調整することにより制御することができる。
【0025】
2−2)下地鋼板
980MPa以上の強度を有する熱間プレス部材を得るには、めっき層の下地鋼板として、例えば、質量%で、C:0.15〜0.50%、Si:0.05〜2.00%、Mn:0.5〜3.0%、P:0.10%以下、S:0.05%以下、Al:0.10%以下、N:0.010%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する熱延鋼板や冷延鋼板を用いることができる。各成分元素の限定理由を、以下に説明する。ここで、成分の含有量を表す「%」は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0026】
C:0.15〜0.50%
Cは、鋼の強度を向上させる元素であり、熱間プレス部材のTSを980MPa以上にするには、その量を0.15%以上とする必要がある。一方、C量が0.50%を超えると、素材の鋼板のブランキング加工性が著しく低下する。したがって、C量は0.15〜0.50%とする。
【0027】
Si:0.05〜2.00%
Siは、Cと同様に、鋼の強度を向上させる元素であり、熱間プレス部材のTSを980MPa以上にするには、その量を0.05%以上とする必要がある。一方、Si量が2.00%を超えると、熱間圧延時に赤スケールと呼ばれる表面欠陥の発生が著しく増大するとともに、圧延荷重が増大したり、熱延鋼板の延性の劣化を招く。さらに、Si量が2.00%を超えると、ZnやAlを主体としためっき皮膜を鋼板表面に形成するめっき処理を施す際に、めっき処理性に悪影響を及ぼす場合がある。したがって、Si量は0.05〜2.00%とする。
【0028】
Mn:0.5〜3.0%
Mnは、フェライト変態を抑制して焼入れ性を向上させるのに効果的な元素であり、また、Ac変態点を低下させるので、熱間プレス前の加熱温度を低下するにも有効な元素である。このような効果の発現のためには、その量を0.5%以上とする必要がある。一方、Mn量が3.0%を超えると、偏析して素材の鋼板および熱間プレス部材の特性の均一性が低下する。したがって、Mn量は0.5〜3.0%とする。
【0029】
P:0.10%以下
P量が0.10%を超えると、偏析して素材の鋼板および熱間プレス部材の特性の均一性が低下するとともに、靭性も著しく低下する。したがって、P量は0.10%以下とする。
【0030】
S:0.05%以下
S量が0.05%を超えると、熱間プレス部材の靭性が低下する。したがって、S量は0.05%以下とする。
【0031】
Al:0.10%以下
Al量が0.10%を超えると、素材の鋼板のブランキング加工性や焼入れ性を低下させる。したがって、Al量は0.10%以下とする。
【0032】
N:0.010%以下
N量が0.010%を超えると、熱間圧延時や熱間プレス前の加熱時にAlNの窒化物を形成し、素材の鋼板のブランキング加工性や焼入れ性を低下させる。したがって、N量は0.010%以下とする。
【0033】
残部はFeおよび不可避的不純物である。なお、以下の理由により、Cr:0.01〜1.0%、Ti:0.20%以下、B:0.0005〜0.0800%のうちから選ばれた少なくとも一種や、Sb:0.003〜0.030%が、個別にあるいは同時に含有されることが好ましい。
【0034】
Cr:0.01〜1.0%
Crは、鋼を強化するとともに、焼入れ性を向上させるのに有効な元素である。こうした効果の発現のためには、Cr量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、Cr量が1.0%を超えると、著しいコスト高を招くため、その上限は1%とすることが好ましい。
【0035】
Ti:0.20%以下
Tiは、鋼を強化するとともに、細粒化により靭性を向上させるのに有効な元素である。また、次に述べるBよりも優先して窒化物を形成して、固溶Bによる焼入れ性の向上効果を発揮させるのに有効な元素でもある。しかし、Ti量が0.20%を超えると、熱間圧延時の圧延荷重が極端に増大し、また、熱間プレス部材の靭性が低下するので、その上限は0.20%とすることが好ましい。
【0036】
B:0.0005〜0.0800%
Bは、熱間プレス時の焼入れ性や熱間プレス後の靭性向上に有効な元素である。こうした効果の発現のためには、B量を0.0005%以上とすることが好ましい。一方、B量が0.0800%を超えると、熱間圧延時の圧延荷重が極端に増大し、また、熱間圧延後にマルテンサイト相やベイナイト相が生じて鋼板の割れなどが生じるので、その上限は0.0800%とすることが好ましい。
【0037】
Sb:0.003〜0.030%
Sbは、熱間プレス前に鋼板を加熱してから熱間プレスの一連の処理によって鋼板を冷却するまでの間に鋼板表層部に生じる脱炭層を抑制する効果を有する。このような効果の発現のためにはその量を0.003%以上とする必要がある。一方、Sb量が0.030%を超えると、圧延荷重の増大を招き、生産性を低下させる。したがって、Sb量は0.003〜0.030%とすることが好ましい。
2−3)加熱および熱間プレス
本発明の熱間プレス部材の製造方法では、上記のめっき鋼板を、下記式(1)および下記式(2)を満足する加熱条件で加熱後、熱間プレスすることを要件とする。
850≦T≦950 (1)
0<t≦{20−(T/50)+(W/10)} (2)
ただし、T:めっき鋼板の最高到達板温(℃)、t:めっき鋼板の昇温開始から加熱終了までの総加熱時間(分)、W:片面あたりのめっき付着量(g/m)とする。
【0038】
本発明では、上記式(1)に示すように、熱間プレス前の加熱時のめっき鋼板の最高到達板温は850〜950℃とする。最高到達板温が850℃未満であると鋼板の焼入れが不十分となり、所望の硬さが得られない場合がある。また、加熱温度が950℃を超えると、エネルギー的に不経済であるばかりでなく、酸化皮膜の形成が過度に進行し、空隙形成率が増大するため、塗装密着性が劣化する。
【0039】
さらに、最高到達板温はAc変態点以上であることが好ましい。最高到達板温をAc変態点以上とすることにより鋼板の焼入れが十分となり、所望の硬さが得られる。
【0040】
本発明では、上記式(2)に示すように、熱間プレス前の加熱時のめっき鋼板の昇温開始から加熱終了までの総加熱時間を、限定する。ここで、塗装密着性劣化の原因となる空隙の形成過程について説明する。めっき鋼板の加熱を続けると、めっき層の成分であるZnの酸化反応が進行し、Znを含有する酸化皮膜の厚みが増大していく。これと並行して、めっき層の成分であるZnおよびNiの下地鋼板への拡散反応も進行する。これら両者の反応により、もともとめっき層が存在した場所に空隙が形成される。したがって、めっき鋼板の最高到達板温が高いほど、また、めっき鋼板の総加熱時間が長いほど、空隙形成率が増大する。さらに、加熱前のめっき付着量が少ないほど、酸化皮膜形成と下地鋼板への拡散によりZnを消耗し尽くすまでの時間が短いため、空隙形成に至るまでの時間が短い。また、加熱前のめっき付着量が多いほど、空隙形成に至るまでの時間が長くなる。
【0041】
上記式(2)は、これらの関係を一元的に整理した式である。すなわち、空隙形成率を80%以下にするための総加熱時間が、最高到達板温が高くめっき付着量が少ないほど短く限定され、一方で、最高到達板温が低くめっき付着量が多いほど長い時間まで許容されることを、示している。
【0042】
総加熱時間(t)が、{20−(T/50)+(W/10)}の値を超えると、めっき層と酸化皮膜との間の空隙形成率が80%を超えるため、塗装密着性が不良となる。
【0043】
熱間プレス前の加熱方法としては、電気炉やガス炉などによる加熱、火炎加熱、通電加熱、高周波加熱、誘導加熱、遠赤外線加熱などを例示できる。通常、熱間プレス前の加熱は、板温が室温である鋼板を、上記したいずれかの加熱装置に挿入して加熱されることにより開始される。本発明では、このように室温の鋼板が加熱開始されたときを昇温開始と定義する。室温からある温度まで加熱して、その温度で保持した後に、さらに板温を上昇させて加熱を継続する場合には、室温の鋼板の加熱開始を昇温開始とする。
【0044】
上記の加熱条件で加熱されためっき鋼板を、ダイとパンチを有する金型にセットし、プレス成形を行い、所望の冷却条件で冷却することにより、熱間プレス部材が製造される。
【実施例1】
【0045】
下地鋼板として、質量%で、C:0.23%、Si:0.25%、Mn:1.2%、P:0.01%、S:0.01%、Al:0.03%、N:0.005%、Cr:0.2%、Ti:0.02%、B:0.0022%、Sb:0.008%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、Ac変態点が820℃で、板厚1.6mmの冷延鋼板を用いた。この冷延鋼板の表面に、電気めっき法により、Zn−Niめっきを施して鋼板No.1〜20を作製した。Zn−Niめっきは、200g/Lの硫酸ニッケル六水和物および10〜100g/Lの硫酸亜鉛七水和物を含有し、pH1.5、浴温50℃のめっき浴中で、電流密度を5〜100A/dmとしてめっきを行った。硫酸亜鉛七水和物の添加量と電流密度とを変化させることにより、Ni含有率を調整した。また、通電時間を変化させることにより、めっき付着量を調整した。
【0046】
このようにして作製した鋼板No.1〜20を、表1に示す最高到達板温および総加熱時間となるように加熱を行った。なお、鋼板No.8は通電加熱、鋼板No.9は遠赤外線加熱により加熱を行い、他の鋼板はすべて電気炉を用いて加熱を行った。いずれの鋼板も、所定時間の加熱が終わった後、直ちにAl製の平金型で挟み込み、急冷を行った。
【0047】
作製したサンプルについて、以下の方法により空隙形成率の測定、および塗装密着性の評価を行った。
空隙形成率:加熱および急冷後のサンプルから10mm×10mmの小片を切り出し、樹脂に埋め込み後、EPMAを使用して前述の通り断面観察を行った。EPMAにより500倍の視野を観察し、めっき層全長さに占める空隙形成部長さの比率を、空隙形成率として数値化した。
塗装密着性:加熱および急冷後のサンプルから70mm×150mmの小片を採取し、日本パーカライジング株式会社製PB−L3020を使用して標準条件で化成処理を施した後、関西ペイント株式会社製GT−10を用いた電着塗装により膜厚20μmの電着塗膜を形成し、試験片を作製した。試験片の中央部において、カッターナイフを使用して鋼素地まで達する1mm角の碁盤目状傷を100個入れ、セロハン粘着テープにより貼着・剥離する碁盤目テープ剥離試験を行った。以下の基準により、塗装密着性を判定した。
○:塗膜残存率=100%
×:塗膜残存率≦99%
鋼板No.1〜20のめっき層の詳細、空隙形成率の測定結果および塗装密着性の評価結果を表1に示す。
【0048】
【表1】
【0049】
本発明の製造方法により製造された鋼板No.1〜3、6〜は、空隙形成率が0%を満足しており、塗装密着性に優れていることがわかる。また、本発明の製造方法により製造された鋼板No.1〜3、6〜および比較例となるNo.12、13、15〜20は980MPa以上の強度が得られた。しかしながら、最高到達板温を800℃とした鋼板No.14の強度は980MPa未満であり、強度不足となった。
【実施例2】
【0050】
下地鋼板として、表2に示す成分組成を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、表2に示すAc変態点を有する、板厚が1.6mmの冷延鋼板を用いた。この冷延鋼板の両面に、実施例1と同様にしてZn−Niめっきを施して、表3に示すNi含有率およびめっき付着量の鋼板No.21〜35を作製した。
【0051】
このようにして作製した鋼板No.21〜35を、表3に示す最高到達板温および総加熱時間となるように電気炉を用いて加熱を行い、所定時間の加熱が終わった後、直ちにAl製の平金型で挟み込み、急冷を行った。
【0052】
作製したサンプルについて、実施例1と同様に、空隙形成率の測定、および塗装密着性の評価を行った。
【0053】
鋼板No.21〜35のめっき層の詳細、空隙形成率の測定結果および塗装密着性の評価結果を表3に示す。
【0054】
【表2】
【0055】
【表3】
【0056】
本発明の製造方法により製造された鋼板No.21〜25、27〜35は、空隙形成率が80%以下を満足しており、塗装密着性に優れていることがわかる。また、本発明の製造方法により製造された鋼板No.21〜25、27〜35は980MPa以上の強度が得られた。
図1