(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項1〜3のいずれかに記載の硬質皮膜被覆工具において、前記炭窒化チタン層を第一層としてその直上に平均厚さ0.5〜4μmの炭窒化チタン層からなる第二層を有し、前記第二層が76〜85質量%のチタン、10〜14質量%の炭素及び5〜10質量%の窒素を含有する組成を有し、かつ柱状結晶組織を有することを特徴とする硬質皮膜被覆工具。
請求項6〜9のいずれかに記載の硬質皮膜被覆工具の製造方法において、前記炭窒化チタン層を第一層としてその直上に、76〜85質量%のチタン、10〜14質量%の炭素及び5〜10質量%の窒素を含有する組成を有し、かつ柱状結晶組織を有する平均厚さ0.5〜4μmの炭窒化チタン層からなる第二層を化学蒸着法により形成し、その際前記基体の温度を800〜880℃とし、TiCl4ガス、N2ガス、CH3CNガス、及びH2ガスからなる原料ガスを用いることを特徴とする方法。
【発明を実施するための形態】
【0024】
[1] 第一の硬質皮膜被覆工具
本発明の第一の硬質皮膜被覆工具は、WC基超硬合金からなる基体に直接化学蒸着法により炭窒化チタン層を形成してなる。炭窒化チタン層は74〜81質量%のチタン、13〜16質量%の炭素及び6〜10質量%の窒素を含有する組成を有し、柱状結晶組織を有する。炭窒化チタン層は0.01〜0.22μmの平均横断面径を有する柱状結晶粒からなる柱状結晶組織を有し、前記基体から前記炭窒化チタン層内へのWの拡散層の平均厚さは30〜200 nmの範囲内にある。前記炭窒化チタン層の(422)面のX線回折ピーク位置2θは122.7〜123.7°の範囲内にある。
【0025】
(A) 基体
強度、硬度、耐摩耗性、靱性、熱安定性等の観点から、基体はWC基超硬合金からなる。WC基超硬合金は、炭化タングステン(WC)粒子と、Co又はCoを主体とする合金の結合相とからなるのが好ましい。結合相は1〜13.5質量%が好ましく、3〜13質量%がより好ましい。結合相が1質量%未満では基体の靭性が不十分になり、結合相が13.5質量%超では硬度(耐摩耗性)が不十分になる。焼結後のWC基超硬合金の未加工面、研磨加工面及び刃先処理加工面のいずれに対しても本発明の炭窒化チタン層を形成することができる。研磨加工をしていない基体焼結面に形成した炭窒化チタン層も十分に高い硬度及び耐摩耗性を有するが、基体の研磨面及び刃先処理加工面に形成した炭窒化チタン層の方が、結晶粒が微細化するためにさらに高い硬度及び耐摩耗性を有する。
【0026】
(B) 炭窒化チタン層
インコネル(登録商標)等のNi基耐熱合金、耐熱ステンレススチール等の難削性合金を切削加工する場合、インサートの硬質皮膜に被削材が溶着することが多く、その結果硬質皮膜の剥離が発生するおそれがある。そのため、硬質皮膜はWC基超硬合金製基体に対して高い密着力を有する必要がある。従来からTiN層又はTiC層を下地層とすることが行われているが、基体を900℃超の高温に長時間曝す必要があるために、基体とTiN層との界面に脱炭層が形成され、基体は脆くなる。そこで、TiCl
4ガス、CH
3CNガス及びH
2ガスを用いてTiCN膜を形成することが提案されたが、基体との密着力が低く、また基体との密着力を高めるためには成膜温度を900℃超にする必要があり、基体成分のW及びCoの拡散が過剰になる問題が生じる。そのため本発明では、後述するように原料ガスにTiCl
4ガス、CH
3CNガス、基体との反応性の低いC
2H
6ガス、C
2H
6ガスの反応性を更に抑制して基体成分の炭窒化チタン層への拡散を抑制するN
2ガス、及びH
2ガスを用いて、炭窒化チタン層を形成する。このような原料ガスの使用により炭窒化チタン層の成膜時の基体温度を800〜880℃に制御できるので、Wの拡散層の平均厚さを30〜200 nmの範囲内に制御できる。これにより、耐摩耗性及び耐チッピング性に優れた硬質皮膜被覆工具が得られる。
【0027】
炭窒化チタン層は、柱状組織を有するとともに全体の組成をTi+C+N=100質量%で表すと、74〜81質量%のチタン、13〜16質量%の炭素及び6〜10質量%の窒素を含有する。炭窒化チタン層の組成は後述するEPMA、EDS及びAESの測定結果に基づき求めた。炭窒化チタン層の炭素濃度が13質量%未満であると、WC基超硬合金基体の構成成分(W)の炭窒化チタン層中への拡散が十分でないために、炭窒化チタン層と基体との密着力が低下し、炭窒化チタン層が剥離しやすくなり、もって耐チッピング性が低下する。炭素濃度が16質量%超であると、基体成分の拡散が過剰となり、もって炭窒化チタン層の下に脆化層が形成され、炭窒化チタン層の耐チッピング性が大きく低下する。
【0028】
炭窒化チタン層の窒素濃度が6質量%未満であると、靱性が低下して脆くなり、耐チッピング性が低下する。また、窒素濃度が10質量%超であると、炭窒化チタン層の硬度が低下し、耐摩耗性が低下する。炭窒化チタン層の炭素濃度C及び窒素濃度Nの合計(C+N)に対する炭素濃度Cの原子比:C/(C+N)は0.61〜0.73であるのが好ましい。C/(C+N)の比が0.61未満又は0.73超では、耐チッピング性が悪化する傾向がある。
【0029】
炭窒化チタン層の柱状結晶粒の平均横断面径は0.01〜0.22μmであり、0.05〜0.20μmであるのが好ましい。「平均横断面径」とは、前記基体表面に平行な面における前記柱状結晶粒の断面の平均径を意味する。平均横断面径が0.01μm未満のものは工業的に生産するのが困難であり、0.22μm超では硬度が大きく低下し耐摩耗性が低下する。
【0030】
炭窒化チタン層は、(422)面のX線回折ピーク位置2θが122.7〜123.7°の範囲内にある。X線回折の条件は後述する。(422)面のピーク位置は炭窒化チタン層中の炭素量や窒素量及び結晶粒径により変化する。X線回折ピーク位置2θが122.7°未満であると炭窒化チタン層の炭素量が多くなり、基体に炭素が拡散して濃縮されることや、過剰な炭素が原料ガスの金属成分と反応することなくフリーカーボンが生成し、基体上や炭窒化チタン層に残留し、密着力の低下や炭窒化チタン層の靱性の低下を招く。このため、炭窒化チタン層の耐チッピング性が低下する。X線回折ピーク位置2θが123.7°超であると炭窒化チタン層の窒素量が過多になり、炭窒化チタン層の膜硬度が低下し、耐摩耗性が低下する。
【0031】
優れた耐摩耗性及び耐チッピング性を有するために、炭窒化チタン層の平均厚さは1〜8μmにするのが好ましい。平均厚さが1μm未満であると耐摩耗性が低下する。さらに、8μm超と厚膜になると、耐チッピング性が低下する。難削材を本発明の硬質皮膜被覆工具を用いてターニング加工する場合、炭窒化チタン層の平均厚さは2〜5μmであるのがより好ましい。ターニング加工では、皮膜の剥離とともに基体のチッピングが発生し易い。しかし、炭窒化チタン層の平均厚さを2〜5μmにすると耐チッピング性が顕著に優れる。
【0032】
ナノインデンテーション(押込み)法により測定した炭窒化チタン層の硬さは30〜38 GPaであるのが好ましく、32〜36 GPaであるのがより好ましい。炭窒化チタン層の硬さが30 GPa未満では耐摩耗性が劣る。また38 GPa超では炭窒化チタン層中の炭素濃度が高すぎ、基体から基体成分であるWの炭窒化チタン層中への拡散が増加し、脆化する。
【0033】
(C) 拡散層
WC基超硬合金の基体成分であるW及びCoは、基体中のCとともに炭窒化チタン層の形成中に基体から炭窒化チタン層中に拡散する。W及びCoの拡散量が過剰であると基体に脆化層が形成され、耐チッピング性が低下する。W及びCoは単独で拡散することはなく、Wの拡散を制御することによりCoの拡散も制御することができる。炭窒化チタン層中にCoが過剰に拡散すると炭窒化チタン層の硬度が下がり、耐摩耗性が低下する。
【0034】
Wの拡散層(単に「W拡散層」といい、所定量のCoを含有していても良い。)の平均厚さは30〜200 nmの範囲内である。W拡散層の平均厚さが30 nm未満であるとWの炭窒化チタン層への拡散が不十分であり、炭窒化チタン層の基体への密着力が不十分である。更に炭窒化チタン層の剥離を起点としたチッピングが発生し、耐チッピング性が低下する。一方、W拡散層の平均厚さが200 nm超であるとWの拡散が過剰であり、炭窒化チタン層の下に脆化層が形成され、炭窒化チタン層の耐チッピング性が低下する。W拡散層の平均厚さは、原料ガス組成及び圧力、基体温度及び成膜時間により制御することができる。
【0035】
上記拡散層において、炭窒化チタンの結晶粒界の組成は質量比で(Tix
1, Wy
1, Coz
1)(C, N) (但し、x
1=0.20〜0.75であり、y
1=0.2〜0.6であり、z
1=0.05〜0.2であり、x
1+y
1+z
1=1である。)で表され、炭窒化チタン結晶粒内の組成は質量比で、(Tix
2, Wy
2, Coz
2)(C, N) (但し、x
2=0.55〜1であり、y
2=0〜0.3であり、z
2=0〜0.15であり、x
2+y
2+z
2=1である。)で表される。結晶粒界組成及び結晶粒内組成が上記要件を満たさないと、基体成分のW及びCoの炭窒化チタン層中への拡散は不十分であるか過剰である。拡散が不十分な場合、基体と炭窒化チタン層との密着力が低く、炭窒化チタン層の基体からの剥離箇所を起点とするチッピングが増加し、耐チッピング性が低下する。また拡散が過剰な場合、基体が脆化して靱性が低下し、炭窒化チタン層の耐チッピング性が低下する。
【0036】
前記結晶粒界組成を満たすことにより、主に前記結晶粒界を通過して炭窒化チタン層内に拡散するW及びCo量を抑制することができる。また、W及びCoが前記結晶粒内に過剰に拡散すると前記炭窒化チタン層の膜硬度が低下することや、主に前記結晶粒界を通過して前記炭窒化チタン層中に拡散するW及びCoが、前記炭窒化チタン層の膜成長方向において200 nmを超えて拡散し、耐チッピング性が低下する。前記の結晶粒界及び結晶粒内のW及びCoの拡散距離の特定範囲は、原料ガス組成、成膜時の基体温度、成膜時の原料ガスの圧力及び成膜時間により制御することができる。
【0037】
[2] 第二の硬質皮膜被覆工具
(A) 炭窒化チタン層の第二層
第二の硬質皮膜被覆工具では、第一の硬質皮膜被覆工具における炭窒化チタン層を第一層として、その直上に第二層として炭窒化チタン層を有する。第二層は、76〜85質量%のチタン、10〜14質量%の炭素及び5〜10質量%の窒素を含有する組成(Ti+C+N=100質量%)を有し、柱状結晶組織を有する。第一層と同様に、第二層の組成もEPMA、EDS及びAESにより測定する。
【0038】
第二層の炭素濃度が10質量%未満であると、硬度及び耐摩耗性が十分でない。第二層の炭素濃度が14質量%超であると、炭窒化チタン層中に欠陥やフリーカーボンが増加し、耐チッピング性に劣るという問題が生じる。第二層の炭素濃度は第一層の炭素濃度より0.1質量%以上低いのが好ましい。第二層の方が第一層より炭素濃度を低くすることにより、第二層の上に形成する上層との密着性が高くなり、耐チッピング性が高くなる。第二層の炭素濃度を第一層の炭素濃度より0.1質量%以上低くするために、第二層用の原料ガスはC
2H
6ガスを含まず、TiCl
4ガス、N
2ガス、CH
3CNガス及びH
2ガスからなる。
【0039】
第二層の窒素濃度は5〜10質量%が好ましい。窒素濃度が5質量%未満であると、第二層は靱性が十分でなく、10質量%超であると第二層は耐摩耗性が低下する。第二層の炭素濃度C及び窒素濃度Nの合計(C+N)に対する炭素濃度Cの原子比:C/(C+N)は0.50〜0.60であるのが好ましい。C/(C+N)の比が0.50未満又は0.60超であると、耐摩耗性及び耐チッピング性が悪化する傾向がある。
【0040】
第二層は、第一層と連続して形成するのが好ましい。連続して形成する場合、柱状結晶が微細であるので、高い硬度及び耐摩耗性を有する。第二層における柱状結晶粒の平均横断面径は0.01〜0.5μmが好ましい。平均横断面径が0.01μm未満のものは工業的に生産するのが困難であり、0.5μm超では硬度が大きく低下する。
【0041】
第二層の平均厚さは、0.5〜4μmが好ましい。平均厚さが0.5μm未満では靱性が低下して短寿命となり、4μm超では耐チッピング性が大きく低下する。
【0042】
ナノインデンテーション(押込み)法により測定した第二層の硬さは29〜38 GPaであるのが好ましく、31〜36 GPaであるのがより好ましい。第二層の硬さが29 GPa未満では耐摩耗性が低く、38 GPa超では第二層中の炭素濃度が高すぎて脆化し、耐チッピング性が低下する。
【0043】
(C) 上層
第一層又は第二層の上に上層として、(a) Ti、Cr、Al、Si、V、B及びZrからなる群から選ばれた少なくとも一種の金属元素と、C、N及びOからなる群から選ばれた少なくとも一種の非金属元素とを必須とする単層又は多層の硬質皮膜、又は(b) Al及び/又はCrの酸化物層を形成するのが好ましい。(b) の場合、第二層と酸化物層との間に結合層を設けるのが好ましい。以下、(a) の上層を第一の上層と呼び、(b) の上層を第二の上層と呼ぶ。
(1) 第一の上層
第一の上層は、Ti及びC並びにN及び/又はOを必須元素とし、Al、Cr、Si、V、B及びZrからなる群より選ばれた少なくとも一種の元素を任意元素とし、第一層又は第二層と同じ面心立方(fcc)構造を主構造とする結晶構造を有するのが好ましい。第一の上層の具体例としては、TiC,CrC,SiC,VC,ZrC,TiN,AlN,TiBN,Si
3N
4,CrN,VN,ZrN,TiAlN,TiCrN,TiSiN,TiVN,TiZrN,TiCN,TiAlCN,TiCrCN,TiSiCN,TiVCN,TiZrCN,TiBCN,TiCNO,TiAlCNO,TiCrCNO,TiSiCNO,TiZrCNO,TiVCNO,TiCO,TiAlCO,TiCrCO,TiSiCO,TiVCO,TiZrCO、TiB
2等が挙げられる。
【0044】
(2) 第二の上層
(a) 結合層
化学蒸着法により第二層の上に形成する結合層は、Ti、Al、B及びZrからなる群から選ばれた少なくとも一種の金属元素と、C、N及びOからなる群から選ばれた少なくとも一種の非金属元素とを必須とする単層又は多層の硬質皮膜である。この結合層は、第一層又は第二層とAl及び/又はCrの酸化物層とを強固に接合するために形成する。高い密着力を発揮するために、結合層は、第一層又は第二層と同じ結晶構造を有するTi(CN)層と、前記酸化物層との密着力が高いTi(CNO)層、Ti(CO)層、(TiAl)(CNO)層又は(TiB)(CNO)層とからなる多層構造とするのが好ましい。
【0045】
(b) Al及び/又はCrの酸化物層
結合層の直上に化学蒸着法によりAl及び/又はCrの酸化物層を形成する。この場合、Al及び/又はCrの酸化物層(酸化アルミニウム層、酸化クロム層又は酸化アルミニウム・クロム層)は、必要に応じてAr、Cr又は両者の合計の含有量のうちの10原子%以下をZr及びTiのうちの少なくとも一種の元素で置換しても良い。前記酸化物層はα型を主構造とするのが好ましく、α型の単一構造(
図13(a) に示すようにα型のX線回折パターンのみが観察される。)がより好ましい。耐熱性及び耐酸化性を十分に発揮するために、前記酸化物層の平均厚さは0.5〜8μmが好ましく、1〜6μmがより好ましく、2〜4μmが最も好ましい。平均厚さが0.5μm未満では酸化物層は短寿命であり、8μm超では密着力が大きく低下する。
【0046】
[3] 製造方法
第一及び第二の硬質皮膜被覆は、熱化学蒸着装置又はプラズマ支援化学蒸着装置(単に「CVD炉」とも言う。)を用いた化学蒸着法により形成する。以下熱化学蒸着法の場合を例にとって本発明の方法を説明するが、勿論本発明はそれに限定されるものではなく、他の化学蒸着法にも適用できる。
【0047】
(A) 第一の硬質皮膜被覆工具の製造方法
WC基超硬合金からなる基体をセットしたCVD炉内にH
2ガス、N
2ガス及び/又はArガスを流し、800〜880℃の基体温度まで昇温した後、TiCl
4ガス、N
2ガス、CH
3CNガス、C
2H
6ガス、及びH
2ガスからなる原料ガスをCVD炉内に流し、炭窒化チタン層を形成する。
【0048】
(1) 原料ガス
図1に概略的に示すように、原料ガスでは、C
2H
6ガスの濃度がCH
3CNガスの濃度より高い。C
2H
6ガス量及び/又はCH
3CNガス量を傾斜状又は階段状に増加させることにより、最終的にC
2H
6ガスの濃度をCH
3CNガスの濃度より高くなるようにしても良い。原料ガスの具体的組成は、TiCl
4ガス、N
2ガス、CH
3CNガス、C
2H
6ガス、及びH
2ガスの合計を100体積%として、1〜3体積%のTiCl
4ガス、5〜30体積%のN
2ガス、0.1〜1.5体積%のCH
3CNガス、0.5〜2.5体積%のC
2H
6ガス、及び残部H
2ガスからなるのが好ましい。原料ガスはCH
4ガスをC
2H
6ガスの50体積%未満の割合で含有しても良い。C
2H
6ガスに対するCH
4ガスの割合が低い程、得られる炭窒化チタン層の硬度及び耐摩耗性は高い傾向がある。従って、C
2H
6ガスに対するCH
4ガスの割合は30体積%以下が好ましく、20体積%以下がより好ましく、実質的に0体積%が最も好ましい。
【0049】
TiCl
4ガスが1体積%未満であると均一な炭窒化チタン層とならず欠陥が増加し、耐チッピング性が低下する。一方、TiCl
4ガスが3体積%を超えると、基体と原料ガスが過剰に反応し、基体との間に脆化層が形成され耐チッピング性が低下する。
【0050】
N
2ガスが5体積%未満であると、基体と原料ガスが過剰に反応して基体との間に脆化層が形成されるために、耐チッピング性が低下する。一方、N
2ガスが30体積%を超えるとその分反応成分が希薄となり、均一な炭窒化チタン層が得られず欠陥が増加し、耐チッピング性が低下する。
【0051】
CH
3CNガスが0.1体積%未満であると、反応速度が遅く炭窒化チタン層の形成に時間がかかり基体に脆化層が形成されるために、耐チッピング性が低下する。一方、CH
3CNガスが1.5体積%を超えると成長速度が速く結晶粒径が粗大化し、耐チッピング性が低下する。
【0052】
C
2H
6ガスが0.5体積%未満であると、炭窒化チタン層の炭素濃度が不十分になり、硬度が低下し耐摩耗性に劣る。一方、C
2H
6ガスが2.5体積%を超えると、基体と原料ガスが過剰に反応し、基体との間に脆化層が形成され耐チッピング性が低下する。
【0053】
(2) 成膜条件
成膜時の基体温度は800〜880℃であり、810〜870℃が好ましく、820〜860℃がより好ましい。基体温度が800℃未満では原料ガス中の塩素が炭窒化チタン層中に過剰に残留し耐摩耗性が低下する。一方、基体温度が880℃を超えると基体と原料ガスが過剰に反応し、基体との間に脆化層が形成され、耐チッピング性が低下する。基体温度は、CVD炉に設置した基体を保持するホルダー内に熱電対を埋め込み、この熱電対により測定する。
【0054】
原料ガスの圧力は5〜10 kPaが好ましい。原料ガスの圧力が5 kPa未満であると、基体との密着力が高い炭窒化チタン層を得ることができない。一方、原料ガスの圧力が10 kPaを超えると、炭窒化チタン層の結晶粒径が粗大化し耐摩耗性が低下する。
【0055】
(B) 第二の硬質皮膜被覆工具の製造方法
(1) 炭窒化チタン層の第二層の形成
(a) 原料ガス
第一の硬質皮膜被覆工具における炭窒化チタン層と同じ炭窒化チタン層を第一層とし、CVD炉に供給する原料ガスを第二層用の原料ガスに切り換え、連続的に第二層を形成するのが好ましい。これにより微細な柱状結晶が連続的に成長し第一層と第二層の密着力が高い炭窒化チタン層が得られる。
図2に示すように、第二層の原料ガスは、TiCl
4ガス、N
2ガス、CH
3CNガス及びH
2ガスからなり、C
2H
6ガスを含有しない。その結果、第二層の炭素濃度は第一層の炭素濃度より0.1質量%以上低くすることができ、第二層は第一層との密着力が高い。また第二層を第一層と連続して形成することにより、柱状結晶粒の粗大化を抑制することができ、高い硬度及び高い耐摩耗性を維持できる。第二層は炭窒化チタン層の第一層と比較して炭素濃度が低いため、直上層である第一の上層との密着力を向上させることができる。
【0056】
第二層の原料ガスの具体的組成は、TiCl
4ガス、N
2ガス、CH
3CNガス及びH
2ガスの合計を100体積%として、1〜3体積%のTiCl
4ガス、5〜30体積%のN
2ガス、0.3〜2体積%のCH
3CNガス、及び残部H
2ガスからなるのが好ましい。TiCl
4ガスが1体積%未満であると成膜速度が遅く、炭窒化チタン層中に欠陥が増加し耐チッピング性が低下する。一方、TiCl
4ガスが3体積%を超えると、柱状結晶が粗大化し、耐チッピング性が低下する。
【0057】
N
2ガスが5体積%未満であると、炭窒化チタン層の窒素濃度が低すぎ欠陥が増加し耐チッピング性が低下する。一方、N
2ガスが30体積%を超えると、均一な炭窒化チタン層が得られない。
【0058】
CH
3CNガスが0.3体積%未満であると、成膜速度が遅すぎるだけでなく、均一な炭窒化チタン層が得られない。一方、CH
3CNガスが2体積%を超えると、柱状結晶粒が粗大化して耐摩耗性が低下する。
【0059】
(b) 成膜条件
第二層の成膜時の基体温度は800〜880℃が好ましく、810〜870℃がより好ましく、820〜860℃が最も好ましい。基体温度が800℃未満では成膜速度が遅すぎ、原料ガス中の塩素が第二層中に残留し耐摩耗性が低下する。一方、成膜温度が880℃を超えると基体と原料ガスが過剰に反応し、結晶粒が粗大化し、耐摩耗性が低下する。
【0060】
第二層の成膜時の原料ガスの圧力は5〜10 kPaが好ましい。原料ガスの圧力が5 kPa未満であると均一な炭窒化チタン層が得られない。一方、原料ガスの圧力が10 kPaを超えると、結晶粒が粗大化し、耐摩耗性が低下する。
【0061】
(2) 第一の上層の形成
第二層との密着力が高い(第一層に直接第一の上層を形成する場合には、第一層との密着力が高い)第一の上層は、公知の化学蒸着法により形成することができる。成膜温度は700〜1150℃で良い。第一の上層を形成するのに用いる原料ガスの例は下記の通りである。
1. TiC膜 TiCl
4ガス、CH
4ガス及びH
2ガス。
2. CrC膜 CrCl
3ガス、CH
4ガス及びH
2ガス。
3. SiC膜 SiCl
4ガス、CH
4ガス及びH
2ガス。
4. VC膜 VClガス、CH
4ガス及びH
2ガス。
5. ZrC膜 ZrCl
4ガス、CH
4ガス及びH
2ガス。
6. TiN膜 TiCl
4ガス、N
2ガス及びH
2ガス。
7. AlN膜 AlCl
3ガス、NH
4ガス及びH
2ガス。
8. CrN膜 CrCl
3ガス、NH
4ガス及びH
2ガス。
9. Si
3N
4膜 SiCl
4ガス、NH
4ガス及びH
2ガス。
10. VN膜 VCl
3ガス、NH
4ガス及びH
2ガス。
11. ZrN膜 ZrCl
4ガス、N
2ガス及びH
2ガス。
12. Ti(CN)膜 TiCl
4ガス、CH
4ガス、N
2ガス及びH
2ガス、又はTiCl
4ガス、CH
3CNガス、N
2ガス及びH
2ガス。
13. (TiAl)N膜 TiCl
4ガス、AlCl
3ガス、N
2ガス及びNH
3ガス。
14. (TiSi)N膜 TiCl
4ガス、SiCl
4ガス、N
2ガス及びNH
3ガス。
15. (TiB)N膜 TiCl
4ガス、N
2ガス及びBCl
3ガス。
16. TiZr(CN) 膜 TiCl
4ガス、ZrCl
4ガス、N
2ガス、CH
4ガス及びH
2ガス、又はTiCl
4ガス、ZrCl
4ガス、N
2ガス、CH
3CNガス及びH
2ガス。
17. TiAl(CN) 膜 TiCl
4ガス、AlCl
3ガス、N
2ガス、CH
4ガス、NH
3ガス及びH
2ガス、又はTiCl
4ガス、AlCl
3ガス、N
2ガス、CH
3CNガス及びH
2ガス。
18. TiSi(CN) 膜 TiCl
4ガス、SiCl
4ガス、N
2ガス、CH
4ガス、NH
3ガス及びH
2ガス、又はTiCl
4ガス、SiCl
4ガス、N
2ガス、CH
3CNガス及びH
2ガス。
18. TiCr(CN) 膜 TiCl
4ガス、CrCl
3ガス、N
2ガス、CH
4ガス、NH
3ガス及びH
2ガス、又はTiCl
4ガス、CrCl
3ガス、N
2ガス、CH
3CNガス及びH
2ガス。
19. TiV(CN) 膜 TiCl
4ガス、VCl
3ガス、N
2ガス、CH
4ガス、NH
3ガス及びH
2ガス、又はTiCl
4ガス、VCl
3ガス、N
2ガス、CH
3CNガス及びH
2ガス。
20. TiZr(CN)膜 TiCl
4ガス、ZrCl
3ガス、N
2ガス、CH
4ガス、NH
3ガス及びH
2ガス、又はTiCl
4ガス、ZrCl
4ガス、N
2ガス、CH
3CNガス及びH
2ガス。
21. Ti(CNO) 膜 TiCl
4ガス、N
2ガス、CH
4ガス、COガス及びH
2ガス、又はTiCl
4ガス、N
2ガス、CH
3CNガス、COガス及びH
2ガス。
22. TiAl(CNO) 膜 TiCl
4ガス、AlCl
3ガス、N
2ガス、CH
4ガス、COガス及びH
2ガス、又はTiCl
4ガス、AlCl
3ガス、N
2ガス、CH
3CNガス、COガス及びH
2ガス。
23. Ti(CO) 膜 TiCl
4ガス、N
2ガス、CH
4ガス、COガス、CO
2ガス及びH
2ガス。
24. TiB
2膜 TiCl
4ガス、BCl
3ガス、H
2ガス。
【0062】
(3) 第二の上層(結合層+Al及び/又はCrの酸化物層)の形成
(a) 結合層の形成
第二層と上記酸化物層との密着力を高めるために、両層の接合層として結合層を形成する。結合層は、少なくとも第二層との密着力が高い層と、上記酸化物層との密着力が高い層とを有する多層皮膜であるのが好ましい。いずれの層も公知の化学蒸着法により形成することができる。結合層の成膜温度は950〜1050℃であり、例えば約1000℃で良い。
【0063】
第二層との密着性が高い結合層としては、Ti(CN)膜、TiN膜又はTiC膜等が挙げられる。Ti(CN)膜は、例えばTiCl
4ガス、N
2ガス、CH
4ガス及び残部H
2ガスからなる原料ガスを用いて形成することができる。TiN膜は、TiCl
4ガス、N
2ガス及びH
2ガスからなる原料ガスを用いて形成することができる。TiC膜は、TiCl
4ガス、CH
4ガス及びH
2ガスからなる原料ガスを用いて形成することができる。
【0064】
上記酸化物層との密着力が高い層としては、Ti(NO)膜、Ti(CO)膜、Ti(CNO)膜、(TiAl)(CNO)膜又は(TiB)(CNO)膜等が挙げられる。Ti(NO)膜は、TiCl
4ガス、N
2ガス、COガス、CO
2ガス及びH
2ガスからなる原料ガスを用いて形成することができる。Ti(CO)膜は、TiCl
4ガス、CH
4ガス、COガス、CO
2ガス及びH
2ガスからなる原料ガスを用いて形成することができる。Ti(CNO)膜は、TiCl
4ガス、CH
4ガス、N
2ガス、COガス、CO
2ガス及びH
2ガスからなる原料ガスを用いて形成することができる。(TiAl)(CNO)膜は、TiCl
4ガス、AlCl
3ガス、CH
4ガス、N
2ガス、COガス、CO
2ガス及びH
2ガスからなる原料ガスを用いて形成することができる。(TiB)(CNO)膜は、TiCl
4ガス、BCl
3ガス、CH
4ガス、N
2ガス、COガス、CO
2ガス及びH
2ガスからなる原料ガスを用いて形成することができる。
【0065】
第二層との密着性が高い結合層及び上記酸化物層との密着力が高い結合層の膜厚はいずれも、0.1〜2μmで良く、0.3〜1μmが好ましい。膜厚が0.1μm未満では短寿命であり、2μm超では密着力が大きく低下する。
【0066】
(b) Al及び/又はCrの酸化物層の形成
酸化アルミニウム層は公知の化学蒸着法により形成することができる。例えば、335℃に保温したAl金属片にHClガス及びH
2ガスを流すことにより発生させたAlCl
3ガスと、CO
2ガスと、H
2Sガスと、HClガスと、H
2ガスとを800〜1050℃(例えば、約1000℃)に保温したCVD炉内に流し、化学蒸着法により結合層上に酸化アルミニウムを形成する。酸化クロム層及び酸化アルミニウム・クロム層も公知の化学蒸着法により形成することができる。
【0067】
(C) 硬質皮膜被覆後の刃先処理
硬質皮膜被覆後の表面をブラシ、バフ又はブラスト等により機械加工することにより、硬質皮膜の表面が平滑化されて耐チッピング性に優れる。また、投射材にアルミナ粒子、ジルコニア粒子又はシリカ粒子等のセラミックス粉末を用い、湿式又は乾式のブラスト法による硬質皮膜被覆後の刃先処理を行うと、硬質皮膜の表面が平滑化されるとともに硬質皮膜の引張残留応力が解放又は低減されて、耐チッピング性に優れるため好ましい。投射圧力は、投射材や硬質皮膜の膜厚により適宜調整する。例えば、WC基超硬合金基体上に被覆される硬質皮膜の総厚が8〜20μmの場合、平均粒径30μmのアルミナ粉末を用いて、投射圧力を0.20〜0.40 MPaにするのが好ましい。また硬質皮膜の総厚が2〜8μmの場合では、投射圧力を0.10〜0.20 MPaにするのが好ましい。
【0068】
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明するが、勿論本発明はそれらに限定されるものではない。以下の実施例及び比較例において、流量(ml/分)は1気圧及び25℃における毎分のmlである。なお、実施例及び比較例ではインサートを例にとって第一及び第二の硬質皮膜被覆工具を具体的には説明するが、本発明の硬質皮膜被覆工具は勿論インサートに限定されず、例えばソリッド工具も範囲内である。
【0069】
実施例1
(1) 第一の硬質皮膜被覆工具としての炭窒化チタン層の単層を被覆したターニング用インサートの作製
図3(a) に示すWC基超硬合金(Co 5.2質量%、Cr 0.4質量%、WC 94.4質量%、及び不可避的不純物からなる組成を有する。)製のターニング用インサート基体(DNMG150408)1と、
図3(b)に示すWC基超硬合金(Co 7.5質量%、TaC 3.2質量%、TiC 1.7質量%、TiN 0.3質量%、ZrC 0.3質量%、WC 87.0質量%、及び不可避的不純物からなる組成を有する。)製の物性評価用インサート基体(SEE42TN-G9)2をそれぞれホーニング処理した。
【0070】
両インサート基体(DNMG150408及びSEE42TN-G9)1,2をCVD炉内にセットし、H
2ガスを流しながらCVD炉内の基体温度を850℃に上昇させた。その後、基体温度850℃で、81.7体積%のH
2ガス、15.0体積%のN
2ガス、1.5体積%のTiCl
4ガス、0.5体積%のCH
3CNガス、及び1.3体積%のC
2H
6ガスからなる組成の原料ガスを6,700 ml/分の流量でCVD炉に流し、前記原料ガスの圧力を8 kPaとした条件で、両インサート基体の直上に化学蒸着法により平均厚さ3.0μmの炭窒化チタン層を形成した。両インサートの炭窒化チタン層の全面に、投射材として平均粒径30μmのアルミナ粉末を含むスラリーにより、投射圧力0.10 MPaの条件でウエットブラスト処理を行い、硬質皮膜被覆工具(ターニング用インサート及び物性評価用インサート)を得た。
【0071】
(2) 膜厚の測定
炭窒化チタン層の平均厚さは、皮膜面に対して5°の角度で斜めに研磨することにより得たラップ面を村上試薬を用いてエッチングし、エッチング面の任意の5箇所を1,000倍の光学顕微鏡で観察することにより各層の膜厚を測定し、平均することにより求めた。
【0072】
(3) 結晶構造の測定
炭窒化チタン層の結晶構造を同定するため、X線回折装置(PANalytical社製のEMPYREAN)により、管電圧45 kV及び管電流40 mAでCuKα
1線(波長λは0.15405 nmである。)を、前記物性評価用インサート(SEE42TN-G9)のすくい面に形成された炭窒化チタン層の表面に照射した。
図4(a)は、2θが9〜145°の範囲のX線回折パターンを示す。
図4(b)は、
図4(a)について2θが121.0〜125.0°の範囲を拡大したX線回折パターンであり、123.0°付近に炭窒化チタンの(422)面の回折ピークが観察された。
図4(a)では、基体のWCの回折ピークとともに炭窒化チタン層のTi(CN)の回折ピークが観察された。
【0073】
(4) 炭窒化チタン層の結晶組織の観察及び柱状結晶粒の平均横断面径の測定
倍率10,000倍の走査型電子顕微鏡(SEM、株式会社日立作製所製S-4200)を用いて、前記物性評価用ミーリングインサート(SEE42TN-G9)のホーニング処理した切れ刃部の炭窒化チタン層の破断面を観察した。その結果、
図5 に示すように炭窒化チタン層が柱状結晶組織を有することが確認された。
図5から明らかなように、実施例1の炭窒化チタン層は非常に微細な結晶粒からなっていた。
図5から求めた炭窒化チタン結晶粒の平均横断面径dは、0.09μmであった。
【0074】
(5) 組成の測定
炭窒化チタン層中のTi、C及びNの含有量は電子プローブマイクロ分析装置(EPMA、日本電子株式会社製JXA-8500F)により、加速電圧10 kV、照射電流0.05 uA、及びビーム径0.5μmの条件で測定した。薄い下層や直上層の組成は、電界放射型透過電子顕微鏡(TEM、日本電子株式会社製JEM-2010F)に搭載のエネルギー分散型X線分光器(EDS、NORAN社製、UTW型Si(Li)半導体検出器、ビーム径約1 nm)、及び走査型オージェ電子分光装置(PHI製SMART200型、加速電圧10 kV、試料電流10 nA、電子プローブ径0.1μm以下)を用いて分析した。EPMA、EDS及びオージェ電子分光法(AES)による組成分析は、各々任意5箇所の膜厚方向中心位置で行い、平均値を求めた。
【0075】
炭窒化チタン層の結晶粒界及び結晶粒内の組成はTEMに搭載のEDS(ビーム径0.2nm)を用いて分析した。結晶粒界の金属成分の質量比はx
1=0.47、y
1=0.43、及びz
1=0.10であり、結晶粒内の金属成分の質量比はx
2=0.86、y
2=0.11、及びz
2=0.03であった。結果を表1に示す。
【0076】
(6) W拡散層の平均厚さの測定
炭窒化チタン層中のW拡散層の平均厚さを測定するために、硬質皮膜被覆工具から試料を切断し、切断片を研磨後、ディンプリング及びArイオンミリングを行って断面組織観察用の試料とした。この試料について、加速電圧120 kVで暗視野STEM像を観察した。結果を
図6(a) に示す。
【0077】
図6(a) に示すように、主に炭窒化チタン結晶粒の結晶粒界に沿って拡散する基体成分のWは暗視野STEM像において白い線状に分布している。Wの拡散状態を明瞭に示すために,STEM像の任意の結晶粒内領域の平均強度及び標準偏差σを求め,各ピクセル強度−平均強度−3σの画像処理を行った結果を
図7に示す。このようにして求めたWの拡散した粒界について、
図6(b) に概略的に示すように、Wの拡散領域の先端部(画像処理を行った暗視野STEM像上で白線の先端部)を結ぶ包絡線と基体との間の領域をW拡散層とした。各視野におけるW拡散層の平均厚さは、W拡散層の面積SをW拡散層の長さLで割ることにより求めることができる。そこで、任意の3つの視野についてS/Lを求め、それを平均することによりW拡散層の平均厚さを求めた。その結果、W拡散層の平均厚さは68 nmであった。
【0078】
(7) 硬さの測定
Si単結晶を標準試料とする超微小押し込み硬さ試験機(株式会社エリオニクス製ENT-1100)を用いて、ナノインデンテーション(押込み)法により、炭窒化チタン層の硬さを厚さ方向の中心位置で5回測定し、平均した。測定条件は、最大負荷:4900 mN、負荷速度:49mN/秒、及び保持時間:1秒であった。結果を表1に示す。
【0079】
(8) 性能評価
炭窒化チタン層を被覆したターニング用インサートを用いて、難削材であるインコネル718(52.5質量%のNi、19.0質量%のCr、18.5質量%のFe、5.0質量%の(Nb+Ta)、3.0質量%のMo、0.8質量%のTi、0.5質量%のAl、及び0.04質量%のCを含有する組成を有する。)を被削材として、下記旋削条件で炭窒化チタン層の剥離の有無及び工具寿命を評価した。炭窒化チタン層の逃げ面摩耗幅やチッピングの有無は、倍率100倍の光学顕微鏡で観察することにより評価した。工具寿命は、逃げ面の最大摩耗幅が0.350 mmを超えたとき、又はチッピングが発生したときの加工時間とした。結果を表2に示す。
被削材: インコネル718
加工方法: 連続旋削
インサート形状: DNMG150408
切削速度: 40 m/分
送り速度: 0.20 mm/rev.
切り込み量: 0.8mm
水溶性切削油使用
【0080】
実施例2〜21
第一層の成膜条件を表1に示すように変更した以外、実施例1と同様にして硬質皮膜被覆インサートを作製し、物性及び性能を評価した。実施例4の硬質皮膜被覆インサートのW拡散層を
図8に示す。図中、4は結晶粒を示し、5は結晶粒界に拡散したWを示す。
【0081】
比較例1〜8
比較例1〜3では、WC基超硬合金基体に直接被覆するTiCN層の成膜条件を、表3に記載の条件に変更した以外、実施例1と同様にして硬質皮膜被覆インサートを作製し、物性及び性能を実施例1と同様に評価した。比較例4〜8では、WC基超硬合金基体に直接被覆するTiN層、TiC層、及びTiCN層の成膜条件を、表5及び表6に記載の条件に変更した以外、実施例1と同様にして硬質皮膜被覆インサートを作製し、物性及び性能を実施例1と同様に評価した。
【0082】
比較例1では、実施例1と同じ基体の直上に、C
2H
6ガスを含有するがCH
3CNガスを含有しない原料ガスを用いて、単層の炭窒化チタン層を形成した。比較例2では、実施例1と同じ基体の直上に、CH
3CNガスを含有するがC
2H
6ガスを含有しない原料ガスを用いて、単層の炭窒化チタン層を形成した。比較例3では、実施例1と同じ基体の直上に、特開2008-87150号の表1中の発明品1及び2と同様にして、単層の炭窒化チタン層を形成した。比較例4では、実施例1と同じ基体の直上に、特開平9-262705号の表3中、本発明被覆切削工具1と同様にして、窒化チタン層及び炭窒化チタン層を形成した。比較例5では、実施例1と同じ基体の直上に、特開2008-87150号の表1中の発明品1及び2と同様にして、窒化チタン層及び炭窒化チタン層を形成した。比較例6では、実施例1と同じ基体の直上に、特許第3503658号と同様にして、炭化チタン層及び炭窒化チタン層を形成した。比較例7では、実施例1と同じ基体の直上に、特許第4720283号の表6中の本発明被覆サーメット工具3と同様に、TiCN層及びTiCN種薄膜iを形成した。比較例8では、実施例1と同じ基体の直上に、特許第4534790号の表5中の従来TiCN層を形成し、その直上に特許第4534790号の表4中の改質TiCN層(g)を形成した。
【0083】
比較例5の窒化チタン層におけるW拡散層を
図9に示す。窒化チタン層内へのW拡散層の平均厚さは1255 nmであった。
【0084】
実施例1〜21について、第一層(炭窒化チタン層)の成膜条件及び物性(組成、組織、膜厚、平均横断面径d、硬さ、及び(422)面の2θピーク位置)を表1に示し、切削評価結果を表2示す。
【0085】
比較例1〜3について、基体直上層(TiCN層)の成膜条件及び物性(組成、組織、膜厚、平均横断面径d、硬さ、及び(422)面の2θピーク位置)を表3に示し、切削評価結果を表4に示す。比較例4〜8について、第一層の成膜条件及び第二層の成膜条件及び物性(組成、組織、膜厚、平均横断面径d、硬さ、及び(422)面の2θピーク位置)を表5及び表6に示し、切削評価結果を表7に示す。なお、実施例1〜21及び比較例1〜8の各層の組成は、各層の厚さ方向中央に対応する位置で測定した。
【0087】
【表1-2】
注:(1) 平均横断面径。
【0089】
【表2】
注:(1) 寿命時チッピングの有無。
(2) 工具寿命。
【0091】
【表3-2】
注:(1) 平均横断面径。
【0093】
【表4】
注:(1) 寿命時チッピングの有無。
(2) 工具寿命。
【0095】
【表5-2】
注:(1) 平均横断面径。
【0098】
【表6-2】
注:(1) 平均横断面径
【0099】
【表7】
注:(1) 寿命時チッピングの有無。
(2) 工具寿命。
【0100】
難削材(インコネル718)の旋削加工でも、実施例1〜21の硬質皮膜被覆インサートの工具寿命はいずれも10分以上であり、比較例1〜8の工具寿命の2倍以上長いことから、従来にない高性能インサートであることが分かる。これは、実施例1〜21の硬質皮膜被覆インサートにおけるW拡散層の平均厚さが30〜200 nmの範囲内にあるため、基体との密着性が高いとともに基体の脆化が少なく、耐チッピング性に優れ、更に第一層の膜硬度が高く耐摩耗性に優れるからである。
【0101】
これに対して、単層の炭窒化チタン層を有する比較例1及び比較例3では、W拡散層の平均厚さが1,000nm以上であるので、旋削加工において工具刃部へ被削材が溶着し、脱着を繰り返す際に、工具の基体の一部と皮膜が剥離してチッピングが発生し、工具寿命が短かった。また、単層の炭窒化チタン層を有する比較例2の硬質皮膜被覆インサートでは、基体成分Wの拡散が観察されず、基体と炭窒化チタン層との密着性が劣り、剥離して工具寿命が短かった。比較例4〜6の硬質皮膜被覆インサートも、W拡散層の平均厚さが1,000nm以上であり、工具刃部へ被削材が溶着し、脱着を繰り返す際に、基体の一部と硬質皮膜との剥離によりチッピングが発生し、工具寿命が短かった。比較例7及び8の硬質皮膜被覆インサートは、W拡散層の平均厚さが30 nm未満であり、密着性が劣る硬質皮膜が剥離し、工具寿命が短かった。
図10(a) は実施例1のインサートが寿命に至ったときの刃先を示し、
図10(b) は比較例4のインサートが寿命に至ったときの刃先を示す。比較例4のインサートは刃先が大きくチッピングして寿命が短かかったが、実施例1のインサートは刃先が大きくチッピングすることなく長寿命であり、耐チッピング性に優れていた。
【0102】
実施例22〜26
第一層の平均厚さ
実施例1と同じ基体に直接、成膜時間のみを適宜変更して第一層の膜厚を1.0〜8.0μmに形成した以外、実施例1と同様にして硬質皮膜被覆インサートを作製した。これらのインサートについて、実施例1と同様に測定した物性を表8に示し、切削評価結果を表9に示す。
【0103】
【表8-1】
注:(1) 平均横断面径。
【0105】
【表9】
注:(1) 寿命時チッピングの有無。
(2) 工具寿命
【0106】
実施例22〜26の硬質皮膜被覆インサートの工具寿命はいずれも10分以上であり、比較例1〜8の工具寿命の2倍以上長かった。なお、実施例22〜24に比べて、実施例25及び26は膜厚が厚いことから、切削初期のチッピングは発生しなかったものの、工具刃先への被削材の溶着による刃先のチッピングによりやや短寿命になった。
【0107】
実施例27
<第一層+第二層>
実施例1と同じ基体の直上に実施例1と同様にして第一層を形成した。続いて、連続して、表10に示すように、基体温度700℃で、83.0体積%のH
2ガス、15.0体積%のN
2ガス、1.5体積%のTiCl
4ガス、及び0.5体積%のCH
3CNガスからなる組成の原料ガスを6,600 ml/分の流量でCVD炉に流し、前記原料ガスの圧力を8 kPaとした条件で、化学蒸着法により平均厚さ1.0μmの第二層(炭窒化チタン層)を形成した硬質皮膜被覆インサートを作製した。このインサートについて、実施例1と同様にして測定した第二層の物性を表10に示し、切削評価結果を表12に示す。
【0108】
実施例28及び29
<第一層+第二層>
実施例1と同じ基体の直上に実施例1と同様にして第一層を形成した。続いて、連続して、表10に示すように、第二層を成膜するに際し、基体温度を850℃(実施例28)及び1,000℃(実施例29)とした以外、実施例27と同様にして、化学蒸着法により平均厚さ1.0μmの第二層(炭窒化チタン層)を形成した硬質皮膜被覆インサートを作製した。これらのインサートについて、実施例1と同様にして測定した第二層の物性を表10に示し、切削評価結果を表12に示す。
【0110】
【表10-2】
注:(1) 平均横断面径。
【0111】
実施例30
<第一層+第一の上層>
実施例1と同じ基体の直上に実施例1と同様にして第一層を形成した。続いて、連続して、表11に示すように、第一の上層(TiZrCN層)を成膜するに際し、基体温度850℃で、77.5体積%のH
2ガス、20.0体積%のN
2ガス、0.5体積%のTiCl
4ガス、1.0体積%のCH
3CNガス及び1.0体積%のZrCl
4ガスからなる組成の原料ガスを6,600 ml/分の流量でCVD炉に流し、前記原料ガスの圧力を8 kPaとした条件で、化学蒸着法により平均厚さ1.0μmの第一の上層を形成した硬質皮膜被覆インサートを作製した。このインサートについて、実施例1と同様にして測定した物性を表11に示し、性能評価結果を表12に示す。
【0112】
実施例31〜37
<第一層+第一の上層>
実施例1と同じ基体の直上に実施例1と同様にして第一層を形成した。続いて、連続して、表11に示す基体温度、原料ガスの組成及び圧力とした成膜条件で、化学蒸着法により平均厚さ1.0μmの第一の上層を形成した硬質皮膜被覆インサートを作製した。これらのインサートについて、実施例1と同様にして測定した物性を表11に示し、性能評価結果を表12に示す。
【0114】
【表11-2】
注:(1) 平均横断面径。
(2) Me元素はZr、Al、Si、AlSi又はZrからなる。
【0115】
【表12】
注:(1) 寿命時チッピングの有無。
(2) 工具寿命。
【0116】
表12から明らかなように、実施例27〜37は、比較例1に比べて2倍以上の工具寿命を有していた。
【0117】
実施例38
<第一層+第二層+第二の上層(結合層+酸化物層)>
実施例1と同じ基体の直上に実施例1と同様にして第一層を形成した。続いて、連続して、表13に示すように、基体温度850℃で、88.0体積%のH
2ガス、10.0体積%のN
2ガス、1.5体積%のTiCl
4ガス、及び0.5体積%のCH
3CNガスからなる原料ガスを6,600 ml/分の流量でCVD炉に流し、前記原料ガスの圧力を8 kPaとした条件で、化学蒸着法により平均厚さ1.0μmの第二層を形成した。
【0118】
次にTi(CN)層及びTi(CNO)層からなる結合層を形成するために、まず基体温度1,000℃で、63.5体積%のH
2ガス、32.0体積%のN
2ガス、3.2体積%のCH
4ガス、及び1.3体積%のTiCl
4ガスからなる組成の原料ガスを6,300 mlの流量でCVD炉に流し、前記原料ガスの圧力を20 kPaとした条件で、平均厚さ0.5μmの第二層側Ti(CN)層を形成した。連続して基体温度1,000℃で、61.3体積%のH
2ガス、30.7体積%のN
2ガス、3.0体積%のCH
4ガス、1.2体積%のTiCl
4ガス、3.0体積%のCOガス、及び0.8体積%のCO
2ガスからなる組成の原料ガスを6,500 ml/分の流量でCVD炉に流し、前記原料ガスの圧力を20 kPaとした条件で、平均厚さ0.5μmのAl
2O
3層側Ti(CNO)層を形成した。
【0119】
続いて、基体温度1,010℃で、9.2体積%のAlCl
3ガス、85.3体積%のH
2ガス、4.3体積%のCO
2ガス、0.2体積%のH
2Sガス、及び1.0体積%のHClガスとからなる組成の原料ガスを4,700 mlの流量でCVD炉に流し、前記原料ガスの圧力を10 kPaとした条件で、平均厚さ1μmのα型酸化アルミニウム層を形成した。その後、実施例1と同様にウエットブラスト処理を行った。実施例1と同様にして測定した第二層の物性を表13に示し、切削評価結果を表14に示す。
【0121】
【表13-2】
注:(1) 平均横断面径。
【0122】
【表14】
注:(1) 寿命時チッピングの有無。
(2) 工具寿命。
【0123】
表14から明らかなように、実施例38は、比較例1に比べて2倍以上の工具寿命を有していた。なお、実施例28と38との比較から、実施例38は、実施例28に更に第二の上層が付加された構成であり、膜厚が厚くなったために、硬質皮膜の摩耗の進行とともに工具刃先へ被削材が溶着して刃先がチッピングし、寿命がやや短くなる傾向を示した。
【0124】
実施例39
(1) 第一層(炭窒化チタン層)、第二層(炭窒化チタン層)、及び第二の上層(結合層及び酸化物層)を被覆したミーリング用インサートの作製
図11に示すWC基超硬合金(Co 11.5質量%、TaC 1.5質量%、Cr 0.7質量%、WC 86.3質量%、及び不可避的不純物からなる組成を有する。)製のミーリング用インサート基体(RDMT10T3M0TN)6と物性評価用インサート基体(SEE42TN-G9)2をホーニング処理した。
【0125】
これら2種のインサート基体6,2をCVD炉内にセットし、H
2ガスを流しながらCVD炉内の基体温度を850℃に上昇させた。その後、基体温度850℃で81.7体積%のH
2ガス、15.0体積%のN
2ガス、1.5体積%のTiCl
4ガス、0.5体積%のCH
3CNガス、及び1.3体積%のC
2H
6ガスからなる原料ガスを6,700 ml/分の流量でCVD炉に流し、前記原料ガスの圧力を7 kPaとした条件で、両インサート基体6,2の直上に化学蒸着法により平均厚さ2.0μmの炭窒化チタン層(第一層)を形成した。さらに連続して850℃及び7 kPaで、88.0体積%のH
2ガス、10.0体積%のN
2ガス、1.5体積%のTiCl
4ガス、及び0.5体積%のCH
3CNガスからなる原料ガスを6,600 ml/分の流量でCVD炉に流し、化学蒸着法により平均厚さ1.5μmの炭窒化チタン層(第二層)を形成した。
【0126】
次にTi(CN)層及びTi(CNO)層からなる結合層を形成するために、まず基体温度1,000℃で、63.5体積%のH
2ガス、32.0体積%のN
2ガス、3.2体積%のCH
4ガス、及び1.3体積%のTiCl
4ガスからなる原料ガスを6,300 ml/分の流量でCVD炉に流し、前記原料ガスの圧力を20 kPaとした条件で、平均厚さ0.5μmのTi(CN)層を形成した。連続して基体温度1,000℃で、61.3体積%のH
2ガス、30.7体積%のN
2ガス、3.0体積%のCH
4ガス、1.2体積%のTiCl
4ガス、3.0体積%のCOガス、及び0.8体積%のCO
2ガスからなる原料ガスを6,500 ml/分の流量でCVD炉に流し、前記原料ガスの圧力を20 kPaとした条件で、平均厚さ0.5μmのTi(CNO)層を形成した。
【0127】
さらに、基体温度1,010℃で、9.2体積%のAlCl
3ガス、85.3体積%のH
2ガス、4.3体積%のCO
2ガス、0.2体積%のH
2Sガス、及び1.0体積%のHClガスからなる原料ガスを4,700 ml/分の流量でCVD炉に流し、前記原料ガスの圧力を10 kPaとした条件で、平均厚さ2μmのα型酸化アルミニウム層を形成した。インサートのα型酸化アルミニウム層の全面に、投射材として平均粒径30μmのAl
2O
3粉末を含むスラリーを用いて、投射圧力0.30 MPaの条件でウエットブラスト処理を行い、硬質皮膜を被覆したミーリング用インサートを得た。
【0128】
(2) 膜厚の測定
第一層、第二層、結合層及びα型酸化アルミニウム層の各々の平均厚さは、皮膜面に対して2°の角度で斜めに研磨することにより得たラップ面を村上試薬を用いてエッチングし、エッチング面の任意の5箇所を1,000倍の光学顕微鏡で観察することにより各層の膜厚を測定し、平均することにより求めた。第一層と第二層は、原料ガスによる組成の差異を反映した明暗の差により識別することができる。
【0129】
(3) 結晶構造の測定
実施例1と同様にして、上記本発明のミーリング用インサート(物性評価用のミーリングインサート(SEE42TN-G9))2のすくい面の表面にX線を照射し、結晶構造を測定した。
図13(a) は2θが10〜145°の範囲のX線回折パターンの測定結果を示す。
図13(b) は
図13(a) における2θが121.0〜125.0°の範囲を拡大したX線回折パターンであり、炭窒化チタン層の(422)面の回折最強ピークが、2θが123.0〜123.5°の間にあることを示す。
図13(a) のX線回折パターンには、Ti(CN)膜の回折ピークとともに、α型酸化アルミニウムの回折ピークが観察された。
【0130】
(4) 第一層、第二層(炭窒化チタン層)の結晶組織の観察及び柱状結晶粒の平均横断面径の測定
倍率10,000倍の走査型電子顕微鏡(SEM、株式会社日立作製所製S-4200)を用いて、物性評価用ミーリングインサート(SEE42TN-G9)のホーニング処理した切れ刃部の硬質皮膜の破断面を観察した結果、
図14に示すように炭窒化チタン層(第一層と第二層)が柱状結晶組織を有することが確認された。
【0131】
(5) 組成の測定
第一層、第二層、及び第二の上層のTi、C及びNの含有量は、実施例1と同様にして測定した。薄い下層や直上層、結晶粒界及び結晶粒内の組成は、電界放射型透過電子顕微鏡(TEM、日本電子株式会社製JEM-2010F)に搭載のエネルギー分散型X線分光器(EDS)、及び走査型オージェ電子分光装置(PHI製SMART200型、加速電圧10 kV、試料電流10 nA、電子プローブ径0.1μm以下)を用いて分析した。EPMA、EDS及びオージェ電子分光法(AES)による組成分析は、各々任意5箇所の膜厚方向中心位置で行い、平均値を求めた。
【0132】
(6) W拡散層の平均厚さの測定
実施例1と同様にして、第一層(炭窒化チタン層)中のW拡散層の平均厚さを測定した。その結果、第一層におけるW拡散層の平均厚さは90 nmであった。また、第一層の結晶粒界の金属成分の質量比はx
1=0.40、y
1=0.48、及びz
1=0.12であり、第一層の結晶粒内の金属成分の質量比はx
2=0.83、y
2=0.12、z
2=0.03であった。これらの測定結果を表15に示す。
【0133】
(7) 硬さの測定
Si単結晶を標準試料とする超微小押し込み硬さ試験機(株式会社エリオニクス製ENT-1100)を用いて、ナノインデンテーション(押込み)法により、第一層と第二層の硬さをそれぞれの厚さ方向の中心位置で5回測定し、平均した。測定条件は、最大負荷:4900 mN、負荷速度:49mN/秒、及び保持時間:1秒であった。結果を表15及び表16に示す。
【0134】
(8) 性能評価
得られたミーリング用インサート6を、
図12に示すように、刃先交換式回転工具7の工具本体71の先端部72に止めねじ73で装着し、下記転削条件で硬質皮膜の剥離及び工具寿命を評価した。インサート6の締結手段としては、楔によるクランプ等の公知の締結手段を採用することができる。
難削材であるSUS316を被削材として、下記ミーリング加工条件で硬質皮膜の剥離及び工具寿命を評価した。硬質皮膜の逃げ面摩耗幅やチッピンングの有無は、倍率100倍の光学顕微鏡で観察することにより評価した。工具寿命は、逃げ面の最大摩耗幅が0.350 mmを超えたとき、又はチッピングが発生したときの加工時間とした。結果を表17に示す。
被削材: SUS316(オーステナイト系ステンレススチール)
加工方法: 連続ミーリング加工
使用工具: ARS3032R
インサート形状: RDMT10T3M0TN
切削速度: 200 m/分
一刃あたりの送り: 0.20 mm/tooth
Z方向の切り込み: 1mm
径方向の切り込み: 16mm
単一刃加工
エアーブロー
【0135】
比較例11及び12
第一層及び第二層の成膜条件を表18及び表19に示すように変更した以外、実施例39と同様にして硬質皮膜被覆切削インサートを作製し、物性及び性能を測定した。
比較例11ではCH
3CNガスを含有しない原料ガスを用いた。比較例12ではC
2H
6ガスを含有しない原料ガスを用いた。
【0136】
実施例39について、第一層の成膜条件及び物性を表15に示し、第二層の成膜条件及び物性を表16に示し、結合層及び酸化物層の構成及び切削評価結果を表17に示す。
【0137】
比較例11及び12について、第一層の成膜条件及び物性を表18に示し、結合層の構成及び切削評価結果を表19に示す。
【0139】
【表15-2】
注:(1) 平均横断面径。
【0142】
【表16-2】
注:(1) 平均横断面径。
【0143】
【表17】
注:(1) 寿命時チッピングの有無。
(2) 工具寿命。
【0145】
【表18-2】
注:(1) 平均横断面径。
【0147】
【表19】
注:(1) 寿命時チッピングの有無。
(2) 工具寿命。
【0148】
実施例39の硬質皮膜被覆インサートの工具寿命はいずれも25分であり、比較例11及び12の工具寿命の2倍以上長く、非常に高性能であることが分かった。これは、実施例39の硬質皮膜被覆インサートにおけるW拡散層の平均厚さが30〜200 nmの範囲内であるため、WC基超硬合金基体との密着性が高いとともに、前記基体の脆化が抑制されて耐チッピング性に優れ、第一層(炭窒化チタン層)の膜硬度が高く耐摩耗性に優れるからである。
【0149】
これに対して、比較例11のインサートにおけるW拡散層の平均厚さが1,000 nm超であり、工具刃部へ被削材が溶着し、脱着を繰り返す際に、基体の一部と第一層との間で剥離しチッピングが発生し、工具寿命が短かった。比較例12のインサートは、基体成分Wの拡散が30 nm未満であり、基体と第一層との密着性が劣り、第一層が剥離し、工具寿命が短かった。
【0150】
実施例40〜42
<第一層の平均厚さ>
実施例39と同じ基体に直接、第一層及び第二層の成膜時間のみを適宜変更した以外は実施例39と同様にして、第一層の膜厚を0.9〜5.0μmに形成するとともに、第二層の膜厚を1.0〜2.6μmに形成した。続いて実施例39と同様に、連続して結合層及びα型酸化アルミニウム膜を形成し、その後ウエットブラスト処理を行って本発明のミーリング用インサートを作製し、物性及び性能を評価した。
【0151】
実施例40〜42について、第一層(炭窒化チタン層)の物性を表20に、第二層の膜厚を表21に、第二の上層の構成及び切削評価結果を表22に示す。
【0152】
【表20-1】
注:(1) 平均横断面径。
【0155】
【表22】
注:(1) 寿命時チッピングの有無。
(2) 工具寿命
【0156】
表22から明らかなように、第一層(炭窒化チタン層)の平均厚さが1〜5μmの場合は、15分以上の工具寿命を有し、従来にない高性能を示すことが分かる。
【0157】
実施例43
<C
2H
6ガスのCH
4ガス置換>
表23に示すように、第一層の原料ガスを構成する炭化水素ガスとしてのC
2H
6ガスの25体積%をCH
4ガスで置換した以外、実施例39と同様にして、本発明のミーリング用インサートを作製し、切削評価を行った。結果を表23に示す。
【0158】
実施例44
表23に示すように、第一層の原料ガスを構成する炭化水素ガスとしてのC
2H
6ガスの45体積%をCH
4ガスで置換した以外、実施例39と同様にして、本発明のミーリング用インサートを作製し、切削評価を行った。結果を表23に示す。
【0159】
比較例13
表23に示すように、第一層の原料ガスを構成する炭化水素ガスの全量をCH
4ガスに変更した以外、実施例39と同様にして、
比較例13のミーリング用インサートを作製し、切削評価を行った。結果を表23に示す。
【0160】
【表23】
注:(1) 2分間の切削後の剥離の有無。
(2) 工具寿命。
【0161】
表23から明らかなように、第一層の原料ガスを構成する炭化水素ガスとしてのC
2H
6ガスのそれぞれ25体積%及び45体積%をCH
4ガスで置換して製造した実施例43及び実施例44の硬質皮膜被覆インサートは非常に良好な切削性能を有していた。これに対して、炭化水素ガスとしてCH
4ガス100体積%を使用して製造した比較例13の硬質皮膜被覆インサートは短寿命であった。