【実施例1】
【0025】
図1は、本実施形態に係る訓練装置の概要構成を示す説明図である。以下、本図を参照して説明する。
【0026】
本実施形態に係る訓練装置101は、取得部102、シナジ計算部103、特徴量計算部104、出力部105を備える。訓練装置101は、所定のプログラムをコンピュータ上で実行することにより実現することが可能であるが、専用の電子回路により実装したり、FPGA(Field Programmable Gate Array)等のように、ソフトウェアからハードウェアを構成することによって実現することもである。
【0027】
本実施形態では、ある振舞いを被験者がした間、あるいは、振舞いk = 1,2,...,pからなるタスクを被験者がした間の筋電位に基づいて、当該被験者の当該振舞いあるいは当該タスクに対する熟練度を計算して出力する。
【0028】
たとえば、右手のリハビリを行っている被験者の場合、右手首を曲げて伸ばすことを繰り返す訓練を行うことがある。この訓練において、一回の右手首の曲げ伸ばしが、1つの振舞いに相当する。また、繰り返しをp回行うことで、1回目の曲げ伸ばし、2回目の曲げ伸ばし、...、p回目の曲げ伸ばしのそれぞれが、振舞い1、振舞い2、...、振舞いpに相当する。なお、タスクにおける各振舞いは、同じものとするのが典型的であるが、1つのタスクにおいて、異なる振舞いをすることとしても良い。
【0029】
以下では、まず、ある振舞いを被験者がした間の筋肉1,2,...,mの筋電位の時系列に基づく場合について説明する。
【0030】
図2は、本実施形態に係る訓練装置が実行する訓練処理の制御の流れを示す説明図である。以下、本図を参照して説明する。
【0031】
まず、取得部102は、ある振舞いを被験者がした間の筋肉1,2,...,mの筋電位の時系列を取得する(ステップS201)。本実施形態では、被験者の体のm箇所の筋電位を測定する。筋電位を測定すべき箇所は、訓練を行う部位(たとえば右手)の振舞い(たとえば右手の曲げ伸ばし)に関わる筋肉である。
【0032】
測定は、一定の時間間隔で、1つの振舞いが開始されてから終了するまで行われる。i番目の筋肉のj番目の時点における筋電位の値は、筋電位行列Mのi行j列の要素M[i,j]に格納される。すなわち、
筋肉1の筋電位の時系列からなる横ベクトルM
(1)と、
筋肉2の筋電位の時系列からなる横ベクトルM
(2)と、…、
筋肉mの筋電位の時系列からなる横ベクトルM
(m)と、
を縦に並べたものが、筋電位行列Mである。
【0033】
したがって、筋電位行列Mの行数は、mである。また、筋電位行列Mの列数は測定の時間長、すなわち、振舞いの時間長と、当該振舞いの間の測定頻度、測定間隔によって変わる。
【0034】
このようにして、筋電位行列Mが取得されると、シナジ計算部103は、
M = WC+E
が成立するように、筋シナジ行列W、制御行列C、誤差行列Eを計算する(ステップS202)。この際には、non-negative matrix factorizationが使用される。
【0035】
以下、理解を容易にするため、添字
kを適宜省略して説明する。
【0036】
さて、non-negative matrix factorizationでは、誤差度を最小化、あるいは、類似度Lを最大化する。
【0037】
ここで、筋電位行列Mの列数、制御行列Cの列数、誤差行列Eの列数がいずれもtであるとし、筋電位行列Mの行数、筋シナジ行列Wの行数、誤差行列Eの行数がいずれもmであるとし、筋シナジ行列Wの列数、制御行列Cの行数がいずれもnであるとすると、類似度Lは、以下のように定義できる。
L = 1 - 1/m × Σ
i=1m √〔Σ
j=1t E[i,j]
2〕/√〔Σ
j=1t (WC)[i,j]
2〕
【0038】
ここで、nは、シナジ数を表す数値である。一般に、nを大きくすれば、Lも大きくなるが、適切なnの大きさも、non-negative matrix factorizationを適宜用いることで、以下のように定めることができる。
【0039】
一般に、non-negative matrix factorizationにおいては、類似度Lが70%以上となるようなシナジ数nを選択することが望ましいとされている。一方で、シナジ数nが大きすぎると、計算負荷が高まるほか、過適応が生じて、かえって適切な処理ができなくなる。
【0040】
そこで、以下のような手法を用いる。
【0041】
すなわち、n = 1,2,3,4,...のそれぞれについて、上記の類似度Lを計算する。
【0042】
図3は、ある振舞いについてシナジ数nで計算された類似度Lを示すグラフである。以下、本図を参照して説明する。
【0043】
本図の横軸Number of synergies nは、シナジ数nを表し、縦軸Similarity L(%)は、類似度Lを表す。本図に示すように、シナジ数nが大きくなると、類似度Lも大きくなっていくが、シナジ数nが5程度で、増加の度合が飽和しており、しかも70%以上となっていることがわかる。したがって、飽和し始めの前後の数値、たとえば、4、5あるいは6を、以降の計算を行うためのシナジ数nとして採用することができる。
【0044】
シナジ数nは、各被験者ごとに異なる値としても良いし、人間がある振舞いを行う際のシナジ数に大きな差はないと考えられるので、全被験者に共通する値としても良い。後者の場合には、あらかじめ実験的に何人かの被験者に振舞いをさせ、適当なnの値をnon-negative matrix factorizationにより定めてから、以降は、これで定めたnの値を他の被験者に対しても、そのまま用いる。
【0045】
このモデルでは、被験者の中枢神経がn個の制御用信号C
(1),C
(2),...,C
(n)をm個の筋肉に与えると、筋肉1は、筋電位W C
(1)を満たすように動こうとし、筋肉2は、筋電位W C
(2)を満たすように動こうとし、...、筋肉mは、筋電位W C
(m)を満たすように動こうとする、と想定している。
【0046】
発明者らの研究によれば、後に実験結果を示す通り、制御用信号C
(1),C
(2),...,C
(n)が、互いにできるだけ独立して、非冗長なものとなっているほど、すなわち、筋シナジ行列Wにおける単位縦ベクトルW
(1),W
(2),...,W
(n)が、互いにばらつかず、まとまっているほど、その振舞いに対する中枢神経の働きが良好であり、熟練度が高い、との結果が得られている。
【0047】
そこで、特徴量計算部104は、制御行列Cや筋シナジ行列Wから、中枢神経の働きや熟練度と関連する特徴量を計算する(ステップS203)。
【0048】
単位縦ベクトルW
(1),W
(2),...,W
(n)が、互いにばらつかず、まとまっている、ということは単位縦ベクトルW
(1),W
(2),...,W
(n)によって現わされる空間の広がりが狭いことを意味する。すなわち、各辺の長さが1で、各辺の方向がW
(1),W
(2),...,W
(n)のいずれかであるn次元平行多面体のn次元体積が小さいことになる。
【0049】
また、単位縦ベクトルW
(1),W
(2),...,W
(n)同士のなす角がそれぞれ直角から遠ければ遠いほど、単位縦ベクトルW
(1),W
(2),...,W
(n)は互いにばらつかず、まとまっていることになる。
【0050】
1つの振舞いに対する筋シナジ行列Wに含まれる単位縦ベクトルW
(1),W
(2),...,W
(n)がばらつかず、まとまっていることを表す特徴量としては、種々のものを採用することが可能である。
【0051】
たとえば、ベクトルの内積を利用することが考えられる。2つのベクトルx,yに対する内積p(x,y)は、ベクトルxの各要素をx[1],x[2],...,x[u]と、ベクトルyの各要素をy[1],y[2],...,y[u]と、それぞれ表記することにより以下のように定義できる。
p(x,y) = Σ
i=1u(x[i]×y[i])
【0052】
すると、筋シナジ行列Wに対する特徴量SCIを、以下のように定めることができる。
SCI = 2/〔n(n+2)〕×Σ
i=1n Σ
j=1n,j≠i p(W
(i),W
(j))
【0053】
特徴量SCIは、振舞いに対する熟練度が高ければ高いほど、大きくなる数値である。
【0054】
出力部105は、このようにして計算された特徴量を出力して(ステップS204)、本処理を終了する。
【0055】
計算されたSCI等の特徴量は、リハビリ等を行っている被験者に対して出力しても良いし、その医師や監督者、トレーナーなどに対して出力することとしても良い。
【0056】
上記のように、特徴量SCIは、振舞いに対する熟練度が高ければ高いほど、大きくなる数値である。発明者の研究によれば、特徴量SCIは、健常な人においてはある閾値以上の数値をとることがわかっている。
【0057】
一方で、リハビリにおいては、振舞いがうまくできていることを被験者にフィードバックすることが良い、と考えられている。
【0058】
そこで、リハビリ中の被験者がある振舞いをしたときに、その振舞いに対して計算された特徴量SCIが、上記の閾値以上であれば、その旨を被験者にフィードバックすることによって、訓練がうまく進んでいることを被験者に知得させることができる。
【0059】
フィードバックの手法としては、たとえば、画面に特徴量SCIのグラフを表示してこれが閾値以上となればグラフの色を変化させる手法、特徴量SCIが閾値以上となれば電気刺激をリハビリ中の体の部位に与える手法、特徴量SCIが閾値以上となれば音声でその旨を知らせる手法などを採用することができる。さらに、特徴量SCIが閾値未満の場合には、リハビリに対して被験者が前向きになるような音声や画像などを出力することしても良い。
【0060】
さて、同じ振舞いの繰り返しからなるタスクによってリハビリをしている場合、タスクに含まれる振舞いk = 1,2,...,pのそれぞれに対して、SCI
kを以下のように計算しても良い。
SCI
k = 2/〔n(n+2)〕×Σ
i=1n Σ
j=1n,j≠i r(W
k(i),W
k(j))
【0061】
すると、リハビリが順調に進んでいるときは、各振舞いに対するSCI
1,SCI
2,...,SCI
pは増加の傾向にあると考えられ、ある程度の成果が得られた後は、飽和するものと考えられる。そこで、各振舞いについて順次SCIを計算して出力することにより、当該振舞いにおける成果を被験者に確認させてから、次の振舞いを開始させることによって、リハビリの効果を高めることができる。
【0062】
なお、上記の例では、右手首の1回の曲げ伸ばしを1つの振舞いと考えて説明したが、右手首の曲げ伸ばしの繰り返しを1つの振舞いと考えても良い。この場合には、複数の振舞いからなるタスク全体や複数のタスクからなる訓練メニュー全体を、まとめて1つの振舞いと解釈することで、SCIを計算することが可能である。たとえば、「ある日におこなったリハビリ全体のSCI」などを計算することとしても良い。
【0063】
この場合、一人の被験者について日毎にSCIの変化を蓄積し、SCIが増加の傾向にあるようであれば、現在被験者が行っているタスクや訓練メニューは適切であると考えることができる。SCIの増加が飽和した段階で、このタスクや訓練メニューは終了し、新たなタスクや訓練メニューを開始することで、リハビリの進行を客観的に調整することができる。
【0064】
さて、上記実施形態では、1回の振舞いに対する特徴量としてSCIを計算したが、以下の実施形態では、振舞いk = 1,2,...,pからなる1つのタスクに対する特徴量であるSSIもしくはSSI
Cを計算する。典型的には、1つのタスクに含まれる振舞いk = 1,2,...,pは、同じ動作とすべきであるが、異なる動作としても良い。
【0065】
取得部102は、上記と同様に、p個の振舞いk = 1,2,...,pからなるタスクに対して、筋肉1,2,...,mの振舞い1を被験者がした間の筋電位の時系列からなる筋電位行列M
1,振舞い2を被験者がした間の筋電位の時系列からなる筋電位行列M
2,...,振舞いpを被験者がした間の筋電位の時系列からなる筋電位行列M
pを取得する(ステップS201)。
【0066】
ここで取得される筋電位行列M
1,M
2,...,M
pの行数はいずれもmであるが、筋電位行列M
1,M
2,...,M
pの列数は、それぞれの振舞いをする時間長によって異なっても良い。
【0067】
ついで、シナジ計算部103は、上記と同様に、
M
k = W
kC
k+E
k (k = 1,2,...,p)
が成立するように、筋シナジ行列W
k、制御行列C
k、誤差行列E
kを計算する(ステップS202)。
【0068】
さて、振舞いを繰り返すことでその振舞いに対する熟練度が増すと、筋シナジ行列W
1,W
2,...,W
pは、次第に変化しなくなっていくと考えられる。
【0069】
このため、熟練度が増すと、筋シナジ行列W
1,W
2,...,W
pの同じ位置に含まれる単位縦ベクトルは、次第にまとまり、ばらつきがなくなっていく。
【0070】
SSIは、筋シナジ行列W
1,W
2,...,W
pの同じ位置に含まれる単位縦ベクトルのまとまりの度合を示す特徴量である。
【0071】
一方で、振舞いを繰り返すとしても、被験者の状態や環境は刻一刻と変化する。したがって、各シナジに与える制御信号は、この変化に呼応するため、次第にまとまるのではなく、大きくばらつく可能性がある。
【0072】
このため、筋シナジ行列W
1,W
2,...,W
pの同じ位置に含まれる縦ベクトルが次第にまとまるのとは裏腹に、制御行列C
1,C
2,...,C
pの同じ位置に含まれる横ベクトルはばらつく。
【0073】
SSI
Cは、制御行列C
1,C
2,...,C
pの同じ位置に含まれる横ベクトルのまとまりの度合を示す特徴量である。
【0074】
以下では、ベクトルxに含まれる要素の平均e(x)、ベクトルxに含まれる要素の分散v(x)、ベクトルxに含まれる要素の標準偏差s(x)、2つのベクトルx,yに対する相関係数演算r(x,y)は、ベクトルxの各要素をx[1],x[2],...,x[u]と、ベクトルyの各要素をy[1],y[2],...,y[u]と、それぞれ表記すると、以下のように定義できる。
e(x) = (1/u)×Σ
i=1u x[i],
v(x) = (1/u)×Σ
i=1u (x[i]-e(x))
2,
s(x) = v(x)
1/2,
r(x,y) = Σ
i=1u(x[i]-e(x))×(y[i]-e(y))/〔m×s(x)×s(y)〕
【0075】
特徴量計算部103は、特徴量SSIあるいはSSI
Cを、以下のように計算する。
SSI = 2/〔n×p(p-1)〕×Σ
i=1n Σ
k=1p Σ
h=1p,h≠k r(W
k(i),W
h(i)),
SSI
C = 2/〔n×p(p-1)〕×Σ
i=1n Σ
k=1p Σ
h=1p,h≠k r(C
k(i),C
h(i))
【0076】
上記のように、SSIは、大きければ大きいほど
単位縦ベクトルW
1(1),W
2(1),...,W
p(1)のまとまり、
単位縦ベクトルW
1(2),W
2(2),...,W
p(2)のまとまり、...、
単位縦ベクトルW
1(n),W
2(n),...,W
p(n)のまとまり
が大きく、熟練度が高いものと考えられる。
【0077】
一方、SSI
Cは、小さければ小さいほど
横ベクトルC
1(1),C
2(1),...,C
p(1)のばらつき、
横ベクトルC
1(2),C
2(2),...,C
p(2)のばらつき、
横ベクトルC
1(n),C
2(n),...,C
p(n)のばらつき
が大きく、すなわち、それぞれのまとまりが小さく、熟練度が高いものと考えられる。
【0078】
また、タスクが被験者にとって有用なものであれば、pが増加していくにつれ、SSIは増加の傾向になりSSI
Cは減少の傾向になる、と考えられる。
【0079】
そこで、出力部104は、上記と同様に計算された特徴量を出力して(ステップS204)、本処理を終了する。
【0080】
本実施形態では、p回目の振舞いが終了した段階で、振舞い1,2,...,pに対するSSIやSSI
Cを計算して、これらをグラフ等で出力しても良いし、SSIが、ある閾値以上であるか増加傾向であれば、および/またはSCI
kが、ある閾値以下であるか減少傾向であれば、その旨を電気刺激や音声などで被験者に知得させることとしても良い。
【0081】
また、これと合わせて、SCI
kをグラフ等で出力しても良いし、SCI
kがある閾値以上であるか増加傾向であれば、その旨を電気刺激や音声などで被験者に知得させることとしても良い。
【0082】
図4A、4B、4Cは、被験者があるタスクを一日おきに行った際の、そのタスクに対するスコア、SSI、SSI
C、SCIの変化を示すグラフである。以下、これらの図を参照して説明する。
【0083】
図4Aは、縦軸がスコア、横軸が経過日数を表すグラフである。スコアは、被験者に与えられたタスクに対してあらかじめ定められた動作を行った場合には加点がされ、動作に失敗した場合には減点がされるように定められており、リハビリが進むにつれて、スコアが向上の傾向にあることがわかる。
【0084】
図4Bは、縦軸がSSIならびにSSI
C、横軸が経過日数を表すグラフである。リハビリが進むにしたがって、SSI(W)が増加の傾向にあり、SSI
C(C)が減少の傾向にあることがわかる。
【0085】
図4Cは、縦軸がSCI、横軸が経過日数を表すグラフである。リハビリが進むにしたがって、SCIが増加の傾向にあることがわかる。
【0086】
このように、リハビリ等で被験者にあるタスクをさせるときを考えると、最初は、被験者は熟練度が低い。
【0087】
1つ以上の振舞いからなるタスクを被験者が繰り返して訓練すると、SSIの増加、SSI
Cの減少が見られる。また、タスク全体のSCIの増加が見られるほか、タスクに含まれる振舞いの多くについて、SCI
1,SCI
2,SCI
3,...は次第に増加する。
【0088】
すなわち、これらの現象が見られる間は、リハビリ用の運動として当該タスクが有効に機能していることを意味する。
【0089】
この後、被験者が十分にタスクに熟練すると、SSI、SSI
C、SCI、SCI
kがあまり変化しなくなる。
【0090】
この段階に至れば、他のタスクを課したり、タスクにおける振舞いの回数を変化させたり、などによって、被験者のリハビリをさらに進めることができる。また、リハビリを終了しても良い、と判定することも可能である。
【0091】
このように、本実施形態によれば、リハビリにおいて被験者に与えられるタスクや振舞いに対して被験者がどの程度熟練したかを客観的に把握することができるようになる。