(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
X線応力測定法は、材料(特に、金属などの結晶性材料)にX線を照射したときの回折の情報から、材料中の応力の状態を求める方法である。X線応力測定法では、応力によって格子面間隔が変化することが利用され、その変化を、回折X線の角度と強さの関係を測定することで求め、歪や応力が算出される。
【0003】
X線応力測定は、軟X線による背面反射回折を利用するため吸収の影響を受けやすく、サンプリング領域は深さ数10μm程度以下の極表層となる。表面の応力測定のため、平面応力状態を仮定した測定原理が用いられている。
一方、X線回折現象を利用してひずみ測定が行われるため、多相材料においては測定に関与する構成相が1つに限定される性質もある。その結果、X線応力測定には微視的な応力状態(ミクロ応力)の影響が現れることも知られている。研削加工後の鋼材や、鉄道レール等のX線応力測定においては3軸応力が測定され、これらのsin
2Ψ線図は、いわゆるΨスプリットと称される楕円状の分布を示す場合がしばしばある。
3軸応力は、被検物の表面(x−y平面)に沿った成分(x軸、y軸方向の成分)と、該表面の法線に沿った方向(垂直方向、z軸方向)の成分とを持った、3次元方向の応力を同時に含む応力状態である。
【0004】
変形挙動が異なる微細な第二相が分布する材料においては、単軸応力の負荷においても、微視的スケールでは構成相間に3軸応力が発生して平衡しているとの報告もある。このため、様々な外力にさらされる機械部品中の各構成相においては3軸応力状態が出現し、部品の材料強度に大なり小なり関わっていることが想像される。
このようなミクロレベルの3軸応力状態を解明する上では、結晶格子レベルの現象を利用することと、構成相ごとに回折線が別々に分離する性質を利用できることからX線応力測定技術が最適であり、しかも実用的な利用も期待できるという利点がある。
【0005】
X線照射によって3軸応力を測定する方法(X線3軸応力測定法)の別方式の技術は、デール(Dolle("o"はウムラウト付き))らによって提案されている。しかしながら、デールらの測定法は、合計
6方向の格子ひずみ分布(sin
2Ψ線図)を用いるために、測定と解析に、複雑な装置と多大な測定時間とを要するという問題がある。このような方法では、実験室での実施では特に問題は生じないが、建設現場、被検物が敷設された現場、生産ラインなど、比較的迅速な測定作業が求められる現場などでは適用が困難である。
【0006】
上記のような従来のX線応力測定方法の問題に対し、本発明者は、X線を照射して得られる回折環の全体の情報を、イメージングプレート(IP)やCCDなどのエリアディテクタによって解析に利用するX線平面応力測定法(特許文献1、2)、X線3軸応力測定法(非特許文献1〜3)を提案しており、測定と解析の無駄を軽減している。以下、非特許文献1に記載された基本的なX線3軸応力測定法を、「基本的なエリアディテクタ方式のX線3軸応力測定法」と呼んで説明する。
基本的なエリアディテクタ方式の3軸応力測定法では、例えば、回折環の中心角を1度間隔に解析すると、回折環全体からは合計360個の格子ひずみが得られるので、6個の3軸応力成分の決定に対して十分なデータが得られる。
【0007】
次に、基本的なエリアディテクタ方式のX線3軸応力測定法について、その測定の原理を説明する。
尚、現場での測定や実用性を考慮すると、試料の設定の影響を受けやすくなる回折データの絶対値の使用をなるべく避け、相対的な変化を利用することが望ましい。この点から、以下の説明では、平面応力測定法(sin
2Ψ法)のような、回折データの相対的変化を通した3軸応力測定法について述べる。
【0008】
実使用される金属材料の多くは、微細な結晶粒の集合体であり、X線を照射すると、次式(1)のブラッグの条件に従って回折X線が発生する。
〔式(1)〕
ここで、dは格子面間隔、θはブラッグ角、λはX線の波長、nは回折次数である。以下、n=1を用いる。
回折X線は、照射点(X線照射の標的となる測定点)を頂点とする円錐の側面を形成するように発生するため、入射X線に対して垂直にエリアディテクタを置くと、ほぼ円形の回折環が測定される。
デールらの測定方法では、回折環の一端の回折強度分布測定を通してθを決定し、応力計算に用いる。
これに対して、基本的なエリアディテクタ方式の3軸応力測定法では、
図8のように最初に回折環半径Rが得られ、次いで次式(2)を用いてブラッグ角θ(単位:ラジアン)を得る。
〔式(2)〕
ここで、C
Lは、X線照射点と検出器との距離である。
【0009】
上記のようにして得られるブラッグ角θの値は、回折に寄与した一群の格子面に対する平均値である。上記式(1)の微分から、格子面の法線方向の縦ひずみεとブラッグ角θとの関係が次式(3)のように導かれる。
〔式(3)〕
ここで、Δdは、格子面間隔dの変化量、即ち、無ひずみ時のdの値をd
0としたとき
に、Δd=d−d
0である。
また、Δθは、ブラッグ角θの変化量、即ち、無ひずみ時のθの値をθ
0としたときに
、Δθ=θ−θ
0である。
【0010】
次に、
図9に示すように、被検物表面の照射点(測定点)において直交するxy座標を該表面に規定し、かつ、該表面の法線をz軸と規定し、原点(=照射点)における3軸方向の各応力(即ち、x軸方向の応力σ
x、y軸方向の応力σ
y、z軸方向の応力σ
z)と、
各剪断応力(τ
xy、τ
xz、τ
yz)とを次式(4)のように表記する。尚、τ
xyは、xy面のずれを生じさせる応力を表し、同様に、τ
xzは、xz面のずれを生じさせる応力を表し、τ
yzは、yz面のずれを生じさせる応力を表している。
〔式(4)〕
【0011】
回折環の中心角がαの位置から上記式(3)を用いて得られるひずみをε
αと書くと、上記式(4)の応力に対して、次式(5)が成立する。
〔式(5)〕
ここで、Eは縦弾性定数、vはポアソン比である(いずれも回折弾性定数)。
【0012】
上記式(5)は、基本的なエリアディテクタ方式の3軸応力測定法の基礎式である。該式中のn
1〜n
3は、試料座標系に対するε
αの方向余弦であり、それぞれ次式(6)で表される。
〔式(6)〕
ここで、
ηは、ブラッグ角θの補角〔(π/2)−θ〕であり、
Ψ
0は、測定点における被検物表面に対する法線と入射ビームとのなす角であり、
φ
0は、被検物表面への入射ビームの投影とx軸とのなす角である。
【0013】
図8に示すように、任意のφ
0に対する回折環において、
ε
α:中心角α方向のひずみ、
ε
π+α:ε
αに対して中心角がπだけ異なる方向のひずみ、
ε
-α:中心角−α方向のひずみ、
ε
π-α:ε
-αに対して中心角がπだけ異なる方向のひずみ
について考え、これらを用いて次式(7)で表されるa
1〜a
3を求める。
〔式(7)〕
【0014】
上記式(7)に上記式(5)を代入すると、φ
0=0°のとき、次式(8)が得られる
。
〔式(8)〕
ここで、ΦおよびΨは、それぞれ、次式(9)のとおりである。
〔式(9)〕
【0015】
上記式(8)より、a
1およびa
2は、それぞれ、cosα、sinαに関して直線的であることが判明する。また各直線の傾きは次式(10)で表される。
〔式(10)〕
【0016】
次に、上記式(10)のそれぞれについて、Ψ
0>0(即ち、φ
0=0°側に傾いた方向からの入射)と、Ψ
0<0(即ち、前者とは逆方向の、φ
0=180°側に傾いた方向からの入射)とに関する平均および偏差を求め、次式(11)のように、b
1〜b
4と表す。
〔式(11)〕
上記式(10)を上記式(11)へ代入して整理すると、φ
0=0°のとき次式(12
)が得られる。
〔式(12)〕
上記式(12)から、全ての剪断応力成分(τ
xy、τ
xz、τ
yz)と、x軸z軸の応力関係式(σ
x−σ
z)とが得られる。
【0017】
一方、上記式(8)、上記式(9)のΦより、y軸方向、z軸方向の応力の関係式(σ
y−σ
z)に関する次式(13)の関係が得られる。
〔式(13)〕
ここで、Φは、ε
αによって求められた上記式(7)のa
3を、cos
2αに対して直線近
似したときの傾きであり、測定により得ることができる。
既に、上記式(12)によって、上記式(13)の右辺の(σ
x−σ
z)とτ
xzが判明しているので、上記式(13)とΦとから、(σ
y−σ
z)が決定できる。
【0018】
垂直応力成分σ
zを明らかにするためには、上記式(5)から導出される次式(14)
の関係を用いる。
〔式(14)〕
ここで、Xは、次式(15)のように表される。
〔式(15)〕
上記式(15)のとおり、Xは、ここまでに判明した応力成分と既知数だけからなり、計算により値が確定する。従って、得られたXを上記式(14)に代入すると、Eおよびvは既知であるから、σ
zが判明する。
このようなσ
zは、回折環全体から得られる360個のデータの1つ1つからσ
zが得られるが、ばらつきの影響を考慮して、それらの平均値を採用することが好ましい。
σ
zと、既に得られている応力関係式(σ
x−σ
z)と(σ
y−σ
z)とから、σ
xとσ
yが
判明し、その結果、6個の3軸応力成分(σ
x、σ
y、σ
z、τ
xy、τ
yz、τ
xz)がすべて
判明する。
【0019】
以上が、基本的なエリアディテクタ方式の3軸応力測定法における3軸応力成分決定の原理である。しかし、このような基本的な方法では、ポアソン効果のために、φ
0=0°
および180°方向だけから測定した回折環の半径変化にσ
yの作用が反映され難く、結
果、σ
y成分についての測定精度が低くなる。
一方、上記したデール(Dolle)らの方法は、X線3軸応力測定法の標準法とも言える
ものであるが、上記したとおり6方向に対する〔2θとsin
2Ψとの関係〕を必要とするため、計測時間を要するという問題があり、また、スラストベアリングなどの溝部や狭いスペースを有する機械部品等においては必要な〔2θとsin
2Ψとの関係〕についての計測データが得られないケースも起こり得る。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0022】
本発明の課題は、上記した従来の種々の3軸応力測定法の問題点を解決し、高い精度の測定を可能にしながらも、照射方向が限定された用途にも対応可能なX線応力測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明は、次の構成を有することを特徴とする。
(1)被検物にX線を照射して得られる回折環に基いて被検物内に存在する応力を測定するX線応力測定方法であって、
被検物表面の測定点において直交するxy座標を被検物表面に規定しかつ該測定点における該被検物表面の法線をz軸と規定して、該測定点に対して、下記(I)で規定される垂直入射方向と1つの斜め入射方向にてX線を照射し、それぞれに回折環を得、
垂直入射方向の回折環からは、剪断応力τ
xz、τ
yzを得、
斜め入射方向の回折環からは、剪断応力τ
xy、および、〔x軸方向、z軸方向の応力の関係式(σ
x−σ
z)〕、および、〔y軸方向、z軸方向の応力の関係式(σ
y−σ
z)〕を得、
以上によって得られた剪断応力および応力の関係式からz軸方向の応力σ
zを求め、こ
れらをもって、6個の3軸応力成分σ
x、σ
y、σ
z、τ
xy、τ
yz、τ
xzを得ることを特徴
とする、X線応力測定方法。
(I)測定点における被検物表面の法線に沿って測定点へ向かう垂直入射方向と、該法線から所定の入射角度Ψ
0だけ傾いて測定点へ向かう1つの斜め入射方向であって、該斜
め入射方向は、被検物表面に投影したときに、その投影がxy座標のx軸に一致する方向である、前記垂直入射方向と斜め入射方向。
(2)z軸方向の応力σ
zを、垂直入射方向および斜め入射方向の回折環から複数得られ
る応力σ
zの平均値とする、上記(1)記載のX線応力測定方法。
(3)被検物が溝の底面であって、上記xy座標のx軸の方向を、該溝の長手方向に一致するように規定する、上記(1)または(2)記載のX線応力測定方法。
【発明の効果】
【0024】
回折環を二次元計測して得られる個々のひずみε
αと、回折環中心角αとの関係は、Dolleらの方法における(2θとsin
2Ψとの関係)に代替可能であり、また、豊富な二次元情報によって大幅な測定時間短縮効果が可能である。
上記した基本的なエリアディテクタ方式による3軸応力測定法では、測定点における被検物表面の法線について対称な一対の入射方向だけを用いている。この一対の入射方向は、
図9に示すように、これらを被検物表面に投影したとき、測定点において被検物表面上に規定したxy直交座標のx軸に一致し(その投影方向をx軸とすると考えることもできる)、互いに対向する方向である。即ち、一対の入射方向の投影の一方を規準方向としてφ
0=0°の方向としたとき、他方はφ
0=180°の方向である。
【0025】
これに対して、本発明の測定方法では、2方向からのX線照射だけによって3軸応力を測定することが可能である。この2方向は、被検物表面の測定点に、直交するxy座標を該表面に規定し、かつ、該測定点における該表面の法線をz軸として、xyz座標を規定したとき、z軸に沿って測定点へ向かう垂直入射方向と、該法線から所定の入射角度Ψ
0
だけ傾いて測定点へ向かう1つの斜め入射方向である。
本発明の方法によって、高い精度の測定を可能としながらも、例えば幅が狭く深い溝の底面など、X線照射の方向が限定されるような場合でも、X線3軸応力の測定が可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明のX線応力測定方法は、エリアディテクタを用いるX線3軸応力測定法であって、被検物にX線を照射して得られる回折環に基いて被検物内に存在する応力を測定する方法である。
本発明では、
図1に示すように、被検物表面の測定点に上記したようにxyz座標を規定し、該測定点に対して2つの入射方向(垂直入射方向、斜め入射方向)にてX線を照射し、それぞれに回折環を得る。
斜め入射方向は、それを被検物表面に投影したときに、その投影がxy座標のx軸に一致する方向である(斜め入射方向を被検物表面に投影したときの方向をx軸として定めてもよい)。被検物表面に対してxy座標は任意の向きに設定してよい。
前記の2つの入射方向でのX線の照射において、垂直入射方向の回折環からは、剪断応力τ
xz、τ
yzを得る。
また、斜め入射方向の回折環からは、剪断応力τ
xy、および、〔x軸方向、z軸方向の応力の関係式(σ
x−σ
z)〕、および、〔y軸方向、z軸方向の応力の関係式(σ
y−σ
z)〕を得る。
以上によって得られた剪断応力τ
xz、τ
yz、および、応力の関係式(σ
x−σ
z)、(σ
y−σ
z)からz軸方向の応力σ
zを求め、これらから、6個の3軸応力成分σ
x、σ
y、σ
z、τ
xy、τ
yz、τ
xzを得る。
【0028】
本発明では、垂直入射方向(Ψ
0=0°の法線方向)にX線ビームを入射させて得られ
る回折環を使用し、それによって、必要な回折環の測定数を減らしている。
本発明における、2つの入射方向のX線照射の回折環から応力を求める計算手法は次のとおりである。
【0029】
〔垂直入射方向でのX線照射による回折環〕
垂直入射方向(Ψ
0=0°の法線方向)からのX線ビーム照射による回折環を使用する
場合、上記式(10)は次式のようになる。
〔式(16)〕
上記式(16)から、剪断応力τ
xz、τ
yzが次式のように得られる。
〔式(17)〕
【0030】
回折環の形状に対するτ
xz、τ
yzの影響は垂直入射方向(Ψ
0=0)のときが最も大き
く、従って、垂直入射方向は、これらの剪断応力の測定には最適な条件を与える。
以上のように、垂直入射方向のX線照射によって、剪断応力τ
xz、τ
yzが得られる。
【0031】
〔斜め入射方向でのX線照射による回折環〕
上記式(17)のとおりτ
xzが得られると、上記式(10)の第一式から(σ
x−σ
z)が、次式のように得られる。
〔式(18)〕
同様に、上記式(17)の第二式から得られるτ
yzを用いると、上記式(7)のa
3を
利用して、(σ
y−σ
z)に関する次の関係式が導出される。
〔式(19)〕
上記式(19)の右辺には(σ
x−σ
z)とτ
xzとが含まれているが、これらは既に決定済みの応力成分である。その結果、上式によって(σ
y−σ
z)を決定することができる。
【0032】
また、斜め入射方向でのX線照射による回折環からは、x軸方向にΨ
0傾斜した場合(
φ
0=0°)についての上記式(8)の第二式のa
2(0)の関係を用いτ
xyが求められる。
即ち、同式中のτ
yzは、既に上記式(17)から得られているので、上記式(10)の第二式より次式の関係が得られる。
〔式(20)〕
【0033】
以上において決定された垂直応力成分差(〔x軸方向、z軸方向の応力の関係式(σ
x
−σ
z)〕、および、〔y軸方向、z軸方向の応力の関係式(σ
y−σ
z)〕)から、さら
に各垂直応力成分を明らかにするためには、上記式(5)から導かれる次の関係を用いる。
〔式(21)〕
ここで、上記式中のXは次式のように表される。
〔式(22)〕
【0034】
上記式(22)のとおり、Xは、既に求められている応力成分と既知数のみからなるので、計算により求めることができる。
こうして得られたXを上記式(21)に代入するとσ
zが決定できる。このとき、σ
zは、回折環全体から複数得られるのでその平均値を取ることが好ましい。
σ
zと、すでに得られている(σ
x−σ
z)、(σ
y−σ
z)とから、σ
xとσ
yが判明する
。その結果、6個の3軸応力成分(σ
x、σ
y、σ
z、τ
xy、τ
yz、τ
xz)が、全て判明す
る。
【0035】
本発明の測定方法を適用すべき被検物は、多結晶性の材料(例えば、金属、セラミックス、特定のプラスチックなど)からなるものであればよく、特に限定はされないが、鉄道などの車輪やコロ(特にその外周面)、レール、ベアリングなどといった、転動接触を繰り返し受けるような物品に対して、また、研削加工された部品、析出相が存在する材料などに対して、3軸応力を測定する本発明の有用性は顕著になる。
とりわけ、本願発明では、X線の斜め入射方向が1つだけであるから、幅が狭く深い溝における溝内の底面など、X線を照射する方向が限定される用途に対して特に有用となる。例えば、溝の底面を3軸応力の測定対象とする場合には、X線の斜め入射方向を測定面に投影したときの方向をx軸として、それが該溝の長手方向に一致するように、該X線を入射させればよい。
尚、本発明の応力測定方法は、3軸応力を求めるステップを有するので、X線3軸応力測定方法と呼ぶことができるが、当然に、1軸、2軸の応力測定に利用してもよい。
【0036】
本発明によるX線3軸応力測定方法を実施するための測定装置の態様は、特に限定は、されず、当該測定方法に必要な方向からのX線照射とそれによって生じる回折環を解析しえる手段とを有して構成すればよい。
照射に用いられるX線は、従来公知のX線応力測定法に用いられる特性X線であってよく、例えば、Crターゲットを有するX線管球によるCrKα特性X線などが好ましいものとして挙げられる。
【0037】
回折環を解析するための手段は特に限定はされないが、例えば、イメージングプレートや、CCD(Charge Coupled Device)、半導体検出器、C−Mosイメージセンサー等の
エリアディテクタによって回折環を全体的に検地し解析する装置が好ましいものとして挙げられる。
イメージングプレートは、上記特許文献1に記載されたとおり、X線エネルギーをいったん蓄積した後に、光による励起によって蛍光を発生する光輝尽性発光現象を利用して回折環の全体画像を撮像する放射線画像センサであって、例えば、BaFBr:Eu
2+などの輝尽性蛍光体の微結晶を、プラスチックフィルムの表面に塗布して形成され、X線が入射すると輝尽性蛍光体中にこのX線エネルギーが蓄積される。
イメージングプレートの中心部には、
図1に示すように、通常、X線照射管が貫通する貫通孔が形成されており、そこから測定点に向かって特性X線を照射し、回折環となって戻ってきた反射X線を、その周囲で受光する構成となっている。
【0038】
CCD、半導体検出器、C−Mosイメージセンサーなどは、それ自体から、コンピュータによる画像処理や演算処理が可能な回折環の画像データについての出力信号を得ることが可能である。一方、イメージングプレートなどの記録媒体は、該プレートに記録された回折環画像を読み取るための読取装置(イメージングプレート・リーダ)と共に用いられる。該読取装置は、He−Neレーザなどの励起光をイメージングプレート上に走査して照射し、このイメージングプレート内のX線エネルギーの蓄積部分から発生する蛍光を光電子倍増管によって増幅し、X線の強度を測定して回折環画像を読み出すように構成され、該読取装置を通じて、回折環の画像データについての出力信号が得られる。
【0039】
図8に示す回折環上のひずみを解析するに際しては、回折環全周を細かく分解しより多くのデータを得ることが好ましく、例えば、角度αの間隔(インターバル)を1°とし、回折環全周にわたって計360個のデータを得ることが好ましい態様である。
【0040】
イメージングプレートやCCD等を被検物の表面に対して所定の角度にて保持するための装置構成は、本発明の第一、第二の態様において必要な入射方向を達成し得るものを、適宜製作すればよい。
イメージングプレートとその中央に位置するコリメーターとの組は、1組だけを用意し、必要な入射方向へと配置位置を変えて、即ち、1組で多方向の測定を兼用して、測定を行うように構成してもよいし、必要な全ての照射方向の分だけの組を用意してもよい。
【0041】
被検物表面の測定点への斜め入射方向の角度(即ち、測定点における法線からの傾きの角度Ψ
0)は、上記した従来の基本的なエリアディテクタ方式による3軸応力測定法にお
ける照射角度を参照してよい。
Ψ
0は、45°が最も好ましく、他のΨ
0の場合には、Ψ
0=45°の場合に対して(sin2Ψ
0)倍の測定感度(精度)となる。Ψ
0<45°では、Ψ
0が0°に近いほど、X線吸
収の影響が少なく、良好な回折環が得られる。45°<Ψ
0では、Ψ
0が90°に近づくと、X線浸入深さを浅くできるため、表面部の測定に適する。
【実施例】
【0042】
実施例1
本実施例では、本発明による応力測定法の検証のため、シミュレーションを行った結果を示す。当該シミュレーションは、実際の被検物とX線とを用いたものではないが、充分に一実施例として示すことができるものである。
先ず、次式(23)のような単純な応力成分を仮定した。
〔式(23)〕
そして、標準的な特性X線であるCrKα線の照射による鋼(フェライト)の211回折の測定を想定して、以下に示す計算条件を設定した。
材料 :鋼(フェライト)
ヤング率 :206.0(GPa)
ポアソン比 :0.28
回折面のミラー指数(hkl) :211
応力の無い状態での回折角度 :156.4(度)
X線入射角度(法線との間の角度)Ψ
0 :30.0(度)、0.0(度)
材料とディテクタとの間の距離 :100.0(mm)
計算に用いたひずみε
α の数 :360
角度αの間隔(インターバル) :1.0(度)
【0043】
上記のような場合について、回折環上のひずみε
αをαに関して1°ずつ1°から360°まで求めた。
このε
αを仮想的に測定データと見なして本願発明の各応力計算法を適用し、応力値が正しく逆解析できるかを検証した。
図2は、角度α(単位:度)とひずみε
αとの関係を示すグラフ図であって、
図2(a)は順解析計算によって得られた(斜め入射:φ
0=0°およびΨ
0=30°)に対するε
α分布を示し、
図2(b)は、(垂直入射:φ
0=0°およびΨ
0=0°)に対するε
α分布を示すグラフ図である。
【0044】
〔検証結果〕
図2(a)、(b)にそれぞれ示したε
α分布から、上記式(7)の第一式のa
1を求
め、該a
1とcosαとの関係として図示した結果を、
図3(a)にグラフ図として示す。
また、同様に、上記式(7)の第二式のa
2を求め、該a
2とsinαとの関係を
図3(b
)にグラフ図として示す。
図3(a)、(b)のグラフ図から明らかなとおり、両グラフ図ともプロット点は直線分布を示している。前者の直線の勾配からは剪断応力τ
xzが得られ、後者の直線の勾配からはτ
yzが得られる。
【0045】
次に、φ
0=0およびΨ
0=30°に対するε
α分布から、a
1とcosαとの関係、および、a
2とsinαとの関係、さらに、上記式(7)の第三式のa
3とcos
2αとの関係を求めた
。これらの関係を、それぞれ
図4(a)〜(c)に示す。
図4(a)〜(c)のグラフ図から明らかなとおり、いずれのグラフにおいても直線関係が認められる。
a
1とcosαとの関係の傾きと、既に得られているτ
xzを上記式(18)に代入すると、
垂直応力成分の差(σ
x−σ
z)が得られる。
また、a
2とsinαとの関係の傾きと、既に得られているτ
yzを上記式(20)に代入すると剪断応力τ
xyが得られる。
さらに、a
3とcos
2αとの関係の傾きと、既に得られている(σ
x−σ
z)とτ
xzとを上
記式(19)に代入すると垂直応力成分の差(σ
y−σ
z)が得られる。
【0046】
こうして得られた2種類の垂直応力成分の差(σ
x−σ
z)、(σ
y−σ
z)、および、3種類の剪断応力τ
xy、τ
xz、τ
yzを、それぞれ上記式(22)に代入すると、上記式(21)から垂直応力σ
zが決定できる。
その結果、σ
z、(σ
x−σ
z)、(σ
y−σ
z)が判明するので、3種類の垂直応力成分
σ
x、σ
y、σ
zが決定できる。
こうして3軸応力成分σ
x、σ
y、σ
z、τ
xy、τ
yz、τ
xzのすべてが確定する。
【0047】
以上のようにして、
図2〜
図4のシミュレーション結果から3軸応力成分の計算を行った結果を次式(24)に示す。
〔式(24)〕
【0048】
上記式(23)と上記式(24)とが一致していることからも明らかなように、上記式(17)〜(22)から全ての応力成分が完全に再現できていることが判明した。この結
果より、本発明のX線応力測定法の妥当性を確認することができた。
【0049】
実施例2
本実施例では、具体的な適用例として、平面研削加工(grinding)した鋼材(S50C)について本発明の方法を適用し、表面の残留応力を調べた。
試験片は、素材を長さ60mm、幅9mm、厚さ4mmの短冊状に切り出した後、表面を研削加工して残留応力を付与したものである。
X線測定にはイメージングプレートを二次元検出器として用い、CrKα線によるαFe−211回折環を2方向について計測した。
主なX線条件は、次のとおりである。
特性X線 :CrKα
回折面のミラー指数(hkl) :αFe−211
X線管の電圧 :20(kV)
X線管の電流 :1(mA)
コリメーターの直径 :1(mm)
試料に対するX線の入射角度Ψ
0 :0(度)、30(度)
【0050】
回折環は、垂直入射方向(Ψ
0=0°、φ
0=0°)のX線照射の場合、および、斜め入射方向(z軸からx軸方向にΨ
0=30°傾斜し、φ
0=0°の方向)のX線照射の場合について計測した。
図5は、イメージングプレートを用いて測定して得られた回折環の画像であって、
図5(a)は垂直入射方向の場合、
図5(b)は斜め入射方向の場合を示している。
次に、
図5(a)、(b)の各回折環を画像解析し、各回折環全周から半径を求め、それを回折角2θに変換してグラフ化した。
図6(a)、(b)はそれぞれのグラフを示したものである。
図6(a)、(b)の各グラフ図から明らかなとおり、2θは、回折環上において一定ではなく、試験片の残留応力により中央部(α=180°)付近にピークを取るような分布を示していることが判明した。
【0051】
次に、応力計算に必要な(a
1−cosα)線図を求めた結果、
図7のグラフ図が得られた。
図7(a)は(垂直入射:Ψ
0=0°、φ
0=0°)の場合の(a
1−cosα)線図を示し、
図7(b)は(斜め入射:Ψ
0=30°、φ
0=0°)の場合の(a
1−cosα)線図を示している。
垂直入射の場合(
図7(a))、および、斜め入射の場合(
図7(b))ともに、実験誤差範囲で直線的な分布傾向が得られており、本発明の応力測定理論の予想と一致していることが分かる。
そこで、これら
図7(a)、(b)の線図を用いて本発明の応力計算法により求めた残留応力値を下記表1にまとめて示す。表中の各応力の値の単位はMPaである。また、比較のため、Dolle-Hauk法による応力測定結果を併記した。
【0052】
【表1】
【0053】
上記表1からも明らかなとおり、剪断応力成分(τ
xy、τ
xz、τ
yz)に関しては本発明の方法による値とDolle-Hauk法による値とは、概ねよく一致していることが確認できた。また、垂直応力成分に関しても、それぞれの応力成分差(σ
x−σ
z)、(σ
y−σ
z)に関しては剪断応力と同様に良好な対応関係が得られていることがわかった。
なお、垂直応力成分の個々の値については、本発明の方法、Dolle-Hauk法ともに、応力計算に使用する2θ
0値の精度の影響を強く受け、さらに、装置ごとの機差も重畳すると
考えられるので、適宜の補正を加えることが好ましい。
【0054】
以上、実施例1のとおり、本発明の検証として、数値的なシミュレーションを行い、正しい値が得られることを確認した。また、実施例2のとおり、鋼材に研削加工を行った面の3軸残留応力を本方法を用いて求め、Dolle-Hauk法と比較し、剪断応力および垂直応力成分差において両者の結果が良い相関性を示すことが確認できた。