【文献】
岡本理志、高橋政代,iPS細胞の網膜色素上皮細胞への分化誘導,移植,2009年 6月10日,Vol. 44, No. 3,pp. 231-235
【文献】
OSAKADA, F. et al.,Toward the generation of rod and cone photoreceptors from mouse, monkey and human embryonic stem cel,Nature Biotechnology,2008年 2月,Vol. 26, No. 2,pp. 215-224
【文献】
鎌尾浩行他,サルiPS細胞から網膜色素上皮細胞への分化誘導,日眼会誌,2010年11月22日,第114巻 臨時増刊号,p. 200, O1-019
【文献】
細胞培養なるほどQ&A,2005年 2月10日,第3刷,p. 78, 79
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明を詳細に説明する。
本発明は以下の工程を含む、細胞シートの製造方法を提供する。
(1)コラーゲンゲル上に網膜色素上皮細胞を播種、培養し、網膜色素上皮細胞で構成された細胞シートを形成させる工程;
(2)コラーゲンゲルをコラゲナーゼで分解し、網膜色素上皮細胞で構成された細胞シートを剥離する工程
【0013】
工程(1)において、播種される網膜色素上皮細胞としては、哺乳動物(例:ヒト、サル、マウス、ラット、イヌ、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ネコ、ウサギ、ハムスター、モルモット等)由来の細胞であれば、いずれの哺乳動物由来の細胞であってもよいが、好ましくはヒト由来の細胞である。
【0014】
播種される網膜色素上皮細胞は、眼球から直接採取した初代細胞でもよく、あるいは、それらを何代か継代させたものでもよい。初代網膜色素上皮細胞は公知の方法で単離することができ、例えば、眼球由来の網膜色素上皮細胞は死体眼球摘出後、速やかに赤道部で眼球を分割し、硝子体と網膜を除去した後、必要に応じてコラゲナーゼやヒアルロニダーゼ等で処理し、セルスクレーパーによる擦過またはトリプシンやEDTA溶液にて細胞をブルッフ膜より遊離させて回収した後、培養液の中で静置することにより培養皿への接着、増殖を誘導することにより必要量の細胞を増殖させ、トリプシン処理などで適宜継代し細胞数を確保することができる。
【0015】
さらにこれら細胞は、未分化細胞である胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)などの多能性幹細胞、神経幹細胞などの体性幹細胞を含む幹細胞、あるいは神経前駆細胞、網膜前駆細胞を含む前駆細胞を分化誘導することによって得られる細胞であっても良い。ES細胞は体細胞から核初期化されて生じたES細胞であってもよい。また、幹細胞としては、近年報告された人工多能性幹細胞(iPS細胞)を分化誘導することにより、目的の細胞を調製してもよい。iPS細胞は、ある特定の核初期化物質(核酸、タンパク質、低分子化合物等)を、体細胞に導入することにより作製することができる、ES細胞と同等の特性を有する体細胞由来の人工の幹細胞である[Takahashi, K. and Yamanaka, S., Cell,126:663−676(2006);Takahashi, K. et al., Cell,131:861−872(2007)]。前記幹細胞を目的の分化細胞に分化させる条件・培地は従来公知の条件・培地に従ってもよいし、当業者が適宜設定してもよい。本発明においては、細胞シートに用いる網膜色素上皮細胞として、幹細胞又は前駆細胞、好ましくは多能性幹細胞を分化誘導して得られた細胞を用いることにより、適宜な成熟段階の網膜色素上皮細胞を調製することができる点で好ましく、特に比較的未熟な網膜色素上皮細胞を調製し、細胞シートを形成することができる点で有利である。また、本発明によって作成される細胞シートを移植用とする場合、移植する対象の体細胞をiPS細胞のソースとして用いることによって、得られる細胞シートは対象に対して抗原性を持たない細胞シートとなる点でiPS細胞の使用は好ましい。幹細胞を分化誘導させる場合は、例えばヒトES細胞やiPS細胞等の多能性幹細胞を、Dkk−1やCKI−7等のWntアンタゴニストおよびLefty AやSB−431542等のNodalアンタゴニストを添加したES分化培地で培養を行う。一定期間培養することで網膜前駆細胞マーカーであるRx、Pax6、Mitfが発現し、光学顕微鏡観察による形態観察から多角性形態と色素を有する細胞を確認することで、ヒト網膜色素上皮細胞を得ることができる[Neuroscience Letters 2009 Jul 24 458(3) 126−31、Journal of Cell Science 2009 Sep 1 122(Pt 17) 3169−79]。
【0016】
本発明の網膜色素上皮細胞はコラーゲンゲル上に播種されることによって、培養される。コラーゲンゲルに用いられるコラーゲンは、哺乳動物(例:ヒト、サル、マウス、ラット、イヌ、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ネコ、ウサギ、ハムスター、モルモット等)由来のコラーゲンであれば、いずれのものであってもよいが、例えば、ヒト、ブタ由来のコラーゲンを用いることが挙げられる。また、コラーゲンの由来する組織としては、腱、皮膚などが挙げられる。また、コラーゲンの種類としては、いずれの型のコラーゲンであってもよいが、ヒトの基底膜を構成するコラーゲンと異なるものが好ましく、具体的にはIV型コラーゲン以外のコラーゲンが好適であり、そのなかでもI型コラーゲンを用いることが好ましい。コラーゲンゲルは、例えば、従来公知の製造方法で作成することができるが、本発明においては、後述の実施例に記載のように、コラーゲンの線維化を誘発させ、コラーゲン線維ネットワークから構成されるゲルを作成している。線維化されたコラーゲンは、強度および柔軟性を合わせ持つため取り扱いが容易であり、細胞増殖および細胞分化の維持に良好であり、本発明で用いられるコラーゲンゲルとして好ましい。また、本発明に用いられるコラーゲンは、コラーゲンゲル上に細胞を播種した際、ゲルの層に沈み込むことなく、ゲル表面に保持されていることが必要である。従って、コラーゲンとしては、ゲルが細胞増殖に必要な強度を有するものが好ましく、例えば分子間架橋量の多いコラーゲンが好ましい。このようなコラーゲンとして、腱由来のコラーゲンが挙げられる。
【0017】
前記コラーゲンゲルのコラーゲン濃度は、網膜色素上皮細胞が定着し、増殖することができる強度があり、コラゲナーゼで容易に分解できるような溶解性、取り扱い易い粘性、等が満たされたゲルを作成しうる濃度であれば、どのような範囲であってもよいが、好ましくは0.1%(W/V)〜0.5%(W/V)、より好ましくは0.2%(W/V)〜0.3%(W/V)である。コラーゲンゲルのコラーゲン濃度が0.1%(W/V)未満である場合には、コラーゲンゲルの強度が不足するため、網膜色素上皮細胞の定着率、細胞増殖速度が低下する。また、コラーゲンゲルのコラーゲン濃度が0.5%(W/V)を超える場合は、コラーゲンゲルを分解するためのコラゲナーゼ処理時間が長くなり、細胞に悪影響を与えることが懸念される。
【0018】
前記コラーゲンゲル作成に用いられるコラーゲンゲル混合溶液の容量は、細胞培養に用いる培養用基材の培養面積、形状にもよるが、単位面積(cm
2)当たり約100μl〜約250μlが好ましく、より好ましくは約150μl〜約200μlである。コラーゲンゲル混合溶液量が少なすぎる場合は、ゲル表面に働く表面張力の影響で中央部分が薄いコラーゲンゲル層が形成され、網膜色素上皮細胞の培養に伴い、細胞が直接培養用基材に接触するため、細胞シートの切り出しの際に、シートにダメージが起きやすい。また、コラーゲンゲル混合溶液量が過剰な場合は、培養用基材に厚みのあるコラーゲンゲル層が形成され、相対的に培養液量が少なくなるため、維持培養が行いにくく、またコラゲナーゼ処理に時間がかかり、細胞シートへのダメージが懸念される。
【0019】
工程(1)において、前記網膜色素上皮細胞を細胞培養基材のコラーゲンゲル上に播種し、培養することによって細胞シートを作成することができる。本明細書における細胞培養基材としては、細胞培養用であれば特に限定されないが、例えば、トランスウェル等の多孔質膜を有する培養用容器、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチデッシュ、マイクロプレート、マイクロウエルプレート、マルチプレート、マルチウエルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、ローラーボトルが挙げられるが、コラゲナーゼ処理や細胞シートの切除の操作の簡便性から多孔質膜を有する培養用容器が好ましく、例えば市販されているトランスウェルを用いることが好ましい。本明細書における細胞培養基材の材質としては、例えば、金属、ガラス、セラミック、シリコン等の無機材料、エラストマー、プラスチック(例えば、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂)で代表される有機材料を挙げることができるが、それらに限定されない。
【0020】
播種される網膜色素上皮細胞の細胞数は、細胞シートを形成させることができる細胞密度であればいかなる範囲であってもよい。しかし、細胞密度が疎にすぎる場合は、細胞の形が悪く、細胞がコンフルエントな状態に達するまでの培養時間が長く、さらに細胞が成熟して着色するまでにかかる時間も長くなり、また密にすぎる場合であっても同様に細胞増殖を抑制し、コンフルエントな状態に達するまでの培養時間が長くなる傾向がある他、過密なために細胞が死んでしまうこともある。従って播種される細胞密度は、好ましくは、約4.5×10
4細胞数/cm
2〜約8.5×10
5細胞数/cm
2、より好ましくは、約8.5×10
4細胞数/cm
2〜約8.5×10
5細胞数/cm
2、最も好ましくは約4.5×10
5細胞数/cm
2である。
【0021】
コラーゲンゲル上に播種した網膜色素上皮細胞を培養液中で培養することにより、該網膜色素上皮細胞で構成された単層状の細胞集団(細胞シート)を形成することができる。培養液としては、当技術分野で通常用いられる細胞培養用培地であれば特に制限なく用いることができる。例えば、F−10培地、F12培地、MEM、BME培地、DMEM、αMEM、IMD培地、ES培地、DM−160培地、Fisher培地、WE培地およびRPMI1640培地等、朝倉書店発行「日本組織培養学会編 組織培養の技術第三版」581頁に記載されているような基礎培地を用いることができる。さらに、基礎培地に血清(ウシ胎児血清等)、各種増殖因子(EGF、FGF、HGF、PDGFなど)、抗生物質、アミノ酸などを加えてもよい。培地のpHは、好ましくは約6〜約8である。培養は、例えば、通常約30〜約40℃で、約15〜約60時間、網膜色素上皮細胞がコンフルエントな状態になるまで一次培養が行なわれる。その後培地を交換しつつ、約1週間〜約2ヶ月間二次培養を行い、必要に応じて通気や撹拌を行いながら、細胞シートの形成まで培養が行われる。かかる培養によって得られる細胞シートを構成する細胞は、網膜色素上皮細胞として維持される。細胞が網膜色素上皮細胞として維持されていることは、特異的な分化マーカーとしてBEST1、RPE65、MERTK、またはCRALBPなどを検出することで確認できる。
【0022】
工程(1)で形成された細胞シートはコラーゲンゲルに接着しているため、例えば、移植などの用途に用いる場合、そのままではコラーゲンゲルが被移植者への定着を妨げることが懸念される。コラーゲンゲルを予め除去することができれば、かかる問題の解決に資する。本発明の工程(2)においては、工程(1)で形成された細胞シートに接着しているコラーゲンゲルをコラゲナーゼで分解する。コラーゲンゲルの調製の際に用いられたコラーゲンの種類に応じて、当業者であれば適切なコラゲナーゼを選択することができる。コラーゲンゲルの分解に用いられるコラゲナーゼとしては、コラーゲンゲルを消化できる活性を有するものであれば特に限定されるものではないが、ヒト基底膜を構成するコラーゲン(例えばIV型コラーゲンなど)を分解しにくいものが好ましく、例えば、商業レベルで入手可能であり、安全で高い酵素活性を有するクロストリジウム(Clostridium histolyticum)やストレプトマイセス(Streptomyces parvulus)から誘導される微生物由来のコラゲナーゼを用いることができる。
【0023】
上記コラゲナーゼの活性としては、その単位質量あたりの活性やコラゲナーゼ水溶液の単位容積あたりの活性よりもむしろ、コラーゲンゲル中のコラーゲン質量に対する比活性が重要である。コラーゲンゲル溶解に用いられるコラゲナーゼの比活性(コラゲナーゼ活性/コラーゲン質量)としては、0.1U/mg以上であることが好ましい。コラゲナーゼの比活性が0.1U/mg未満である場合、コラーゲンゲルの溶解に時間がかかりすぎる場合、あるいはゲルが十分に溶解されない場合があり好ましくない。より好ましくは0.1〜10,000U/mg、さらに好ましくは1〜3,000U/mgの範囲である。
【0024】
本発明の細胞シート製造方法において、コラーゲンゲルにコラゲナーゼを作用させる方法は、特に限定されるものではない。培地または緩衝能を有する等張液を溶媒として調製したコラゲナーゼ溶液を培地に添加してもよいし、細胞培養ディッシュから剥離した細胞付着コラーゲンゲルを前記コラゲナーゼ溶液に浸漬してもよい。本発明では、細胞培養基材としてトランスウェルを用いているため、インサートを回収し、該インサート底面のメンブレンを除去することによってコラーゲンゲル層を露出させることができ、露出したコラーゲンゲルに直接上記コラゲナーゼ溶液を浸漬させることが好ましい。
【0025】
本発明の細胞シート製造方法において、コラゲナーゼによってコラーゲンゲルを溶解させる場合の時間については特に限定されないが、コラゲナーゼを作用させる時間が長すぎると接着能、増殖能などの細胞機能が低下する場合があり好ましくない。コラゲナーゼ溶解を行う時間は、コラゲナーゼの比活性、温度、コラーゲンゲルの形状、コラゲナーゼ処理方法などの影響を受けるが、通常15分〜60分である。また、コラゲナーゼ処理は単回処理でもよいし、複数回に分けて行ってもよい。
【0026】
本発明の細胞シート製造方法におけるコラーゲンゲルのコラゲナーゼ処理時の温度は、細胞は一般に生体内温度の10℃以下(人では約30℃)になると細胞質の流動性が低下して代謝能が低下する場合、温度が42℃を超えるとタンパク質が変性して細胞機能が低下する場合、また、コラゲナーゼの至適温度は37℃であるものが多くこれ以下の温度では溶解時間が長くなる場合があるので、10〜42℃の範囲で設定するのが好ましい。より好ましくは30〜40℃、さらに好ましくは36〜38℃である。
【0027】
本発明の細胞シート製造方法において、コラーゲンゲルの溶解が進行すると、細胞シートがゲルから徐々に剥離し、ついにはコラゲナーゼ溶液中に遊離する。細胞シートを回収するために、細胞シートを残存ゲルから機械的に剥離してもよいし、ゲルが完全に溶解してから細胞シートを回収してもよい。機械的に剥離させることで細胞シートを回収するまでの時間が短縮されるが、細胞シートが破壊される場合があるため、ゲルが完全に溶解してから細胞シートを回収することが好ましい。
【0028】
上記の如く回収された細胞シートは、そのまま各種用途に用いることができるが、細胞シート同士の接着性や組織への接着性を残留コラゲナーゼが阻害する場合があるので、培地または緩衝能を有する等張液で洗浄することが好ましい。洗浄時の温度はコラーゲンゲルのコラゲナーゼ溶解処理に準じて設定することができる。残留コラゲナーゼを十分に除去するために、培地または緩衝能を有する等張液で1回以上洗浄するのが好ましい。
本発明の方法で得られる細胞シートは、網膜色素上皮細胞特有のサイトカインが生体内と同様の極性をもって分泌しており、また細胞間の密着結合の指標となる経上皮電気抵抗(TER)が生体内と同様に上昇していたことから生体内と同様の細胞層のバリア機能を有している。本発明の方法によれば、このように、生体内と同様の機能を有する細胞シートを得ることができる。
【0029】
本発明の方法で得られる細胞シートは、網膜色素上皮細胞間にタイトジャンクションが形成され、且つコラーゲンゲルとの接触面に基底膜が形成される。本明細書において「基底膜」とは、網膜色素上皮細胞から産生された成分で形成された膜であって、基底膜成分の少なくとも一部を含む膜(以下、「網膜色素上皮細胞の基底膜」という。)を意味している。生体内における網膜色素上皮細胞の基底膜は、網膜色素上皮細胞層とブルッフ膜を構成する内コラーゲン層の間に薄い膜状で存在し、IV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン(パールカン)、ニドゲン等を代表的な成分とする細胞外マトリックスである。なお、ブルッフ膜とは、網膜色素上皮細胞層と脈絡膜の間にある薄い膜で、網膜色素上皮細胞の基底膜、内コラーゲン層、エラスチン層、外コラーゲン層、脈絡膜毛細管板の基底膜の5層構造からなる膜であり、本発明の細胞シートは当該ブルッフ膜の構造の一部(網膜色素上皮細胞の基底膜)を含んでいる。タイトジャンクション形成は、6角形状の密着しあう細胞形態と、免疫染色による細胞間のオクルディンやZO−1等の発現を観察することで確認できる。基底膜の形成は、免疫染色によりラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン(パールカン)、ニドゲン、またはIV型コラーゲン等の基底膜マーカーの細胞表面での発現を観察することや、走査型電子顕微鏡による観察により確認することができる。
一般に、網膜色素上皮細胞は、培養皿の上で培養した場合、基底膜成分を産生するものの、培養皿から剥離して使用可能な状態の網膜色素上皮細胞シートとして剥離することが極めて困難であるが(Invest.Ophthalmol.Vis.Sci.,36(2),1995,381−390)、本発明の方法によれば、人工膜を利用することなく、網膜色素上皮細胞から産生された基底膜を伴う網膜色素上皮細胞をシートとして回収することが可能である。また、網膜色素上皮細胞は単層構造であるため、それ単独で扱おうとするとシート構造が崩壊し、細胞単位にばらばらになってしまいシートとして移植することが極めて困難であった。一方、本発明の細胞シートは、基底膜を伴い十分な剛性を有するため、シートを回収時にしわになりにくく、取扱いが極めて容易となる。そのため、細胞移植デバイスへの搭載や移植操作を円滑に行うことができるため、細胞移植を最小限の侵襲で実施でき、効果、予後、ともに向上することが期待される。また、細胞シートが基底膜を伴うことは、基底膜も同時に障害を受けている疾患に対する移植用途として極めて有利である。例えば、加齢黄斑変性は、ブルッフ膜も障害を受けている場合があるが、本発明の細胞シートが有する基底膜がその障害部分を補うことにより、細胞シートの生着率を向上させることができ、これによる治療効果も期待できる。このため、本発明の細胞シートは、基底膜の障害を伴う疾患を対象とする移植用シートとして好適であり、特に加齢黄斑変性を対象とする移植用シートとして好適に利用できる。
【0030】
本発明の細胞シートの作成方法は、以下の工程(3)をさらに含んでもよい。
(3)剥離された細胞シートのコラーゲンゲルとの接触面に基底膜の有無を確認する工程
【0031】
工程(3)において、細胞シートにおける基底膜の有無を確認することによって、網膜色素上皮細胞で構成される細胞層と基底膜からなる細胞シートの形成を判定することができる。基底膜の有無の確認は、基底膜マーカーの発現や走査型電子顕微鏡による観察など上述の基底膜の形成の確認と同様の方法で行うことができる。基底膜の検出は基底膜マーカーの発現を細胞の任意の箇所(例えば、細胞質、細胞膜、核膜など)で確認してもよいが、好ましくは、コラーゲンゲルとの接触面で発現しているマーカーを対象とする。
【0032】
本明細書における基底膜マーカーとしては、基底膜において特異的に発現している遺伝子の転写産物、翻訳産物またはその分解産物が含まれる。そのような遺伝子としては、例えば、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン(パールカン)、ニドゲンまたはIV型コラーゲンなどが挙げられる。なかでも、基底膜の主成分であるラミニン、IV型コラーゲンなどが好ましく用いられる。
【0033】
「剥離された細胞シートのコラーゲンゲルとの接触面に基底膜の有無の確認」に用いられる試料としては、工程(2)で剥離された細胞シート(または細胞)由来の基底膜マーカー(例、RNA、タンパク質、その分解産物など)を含有するものであれば特に制限されない。
【0034】
上記試料がRNAの場合における基底膜マーカー遺伝子の発現は、工程(2)で剥離された細胞シートの細胞からRNA(例:全RNA、mRNA)画分を調製し、該画分中に含まれる該マーカー遺伝子の転写産物を検出するか、あるいは該細胞からRNAを抽出せずに直接細胞中のマーカー遺伝子産物を検出することにより調べることができる。
【0035】
細胞からRNA(例:全RNA、mRNA)画分を調製する場合、RNA画分の調製は、グアニジン−CsCl超遠心法、AGPC法など公知の手法を用いて行うことができるが、市販のRNA抽出用キット(例:RNeasy Mini Kit; QIAGEN製等)を用いて、微量試料から迅速且つ簡便に高純度の全RNAを調製することができる。RNA画分中の基底膜マーカー遺伝子の転写産物を検出する手段としては、例えば、ハイブリダイゼーション(ノーザンブロット、ドットブロット、DNAチップ解析等)を用いる方法、あるいはPCR(RT−PCR、競合PCR、リアルタイムPCR等)を用いる方法などが挙げられる。微量試料から迅速且つ簡便に定量性よく基底膜マーカー遺伝子の発現変動を検出できる点で競合PCRやリアルタイムPCRなどの定量的PCR法が、また、複数のマーカー遺伝子の発現変動を一括検出することができ、検出方法の選択によって定量性も向上させ得るなどの点でDNAチップ解析が好ましい。
【0036】
ノーザンブロットまたはドットブロットハイブリダイゼーションによる場合、基底膜マーカー遺伝子の検出は、該遺伝子の転写産物とハイブリダイズし得る核酸(プローブ)を用いて行うことができる。そのような核酸としては、基底膜マーカー遺伝子の転写産物とハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸が挙げられる。「ハイストリンジェントな条件」とは、例えば、6×SSC(sodium chloride/sodium citrate)中45℃でのハイブリダイゼーション反応の後、0.2×SSC/0.1% SDS中65℃での一回以上の洗浄などが挙げられる。当業者は、ハイブリダイゼーション溶液の塩濃度、ハイブリダゼーション反応の温度、プローブ濃度、プローブの長さ、ミスマッチの数、ハイブリダイゼーション反応の時間、洗浄液の塩濃度、洗浄の温度等を適宜変更することにより、所望のストリンジェンシーに容易に調節することができる。該核酸はDNAであってもRNAであってもよく、あるいはDNA/RNAキメラであってもよい。好ましくはDNAが挙げられる。
【0037】
プローブとして用いられる核酸は、二本鎖であっても一本鎖であってもよい。二本鎖の場合は、二本鎖DNA、二本鎖RNAまたはDNA:RNAのハイブリッドでもよい。一本鎖の場合は、アンチセンス鎖を用いることができる。該核酸の長さは標的核酸と特異的にハイブリダイズし得る限り特に制限はなく、例えば約15塩基以上、好ましくは約30塩基以上である。該核酸は、標的核酸の検出・定量を可能とするために、標識剤により標識されていることが好ましい。標識剤としては、例えば、放射性同位元素、酵素、蛍光物質、発光物質などが用いられる。放射性同位元素としては、例えば、〔
32P〕、〔
3H〕、〔
14C〕などが用いられる。酵素としては、安定で比活性の大きなものが好ましく、例えば、β−ガラクトシダーゼ、β−グルコシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、パーオキシダーゼ、リンゴ酸脱水素酵素などが用いられる。蛍光物質としては、例えば、フルオレスカミン、フルオレッセンイソチオシアネートなどが用いられる。発光物質としては、例えば、ルミノール、ルミノール誘導体、ルシフェリン、ルシゲニンなどが用いられる。さらに、プローブと標識剤との結合にビオチン−(ストレプト)アビジンを用いることもできる。
【0038】
ノーザンハイブリダイゼーションによる場合は、上記のようにして調製したRNA画分をゲル電気泳動にて分離した後、ニトロセルロース、ナイロン、ポリビニリデンジフロリド等のメンブレンに転写し、上記のようにして調製された標識プローブを含むハイブリダイゼーション緩衝液中、上記「ハイストリンジェントな条件下で」ハイブリダイゼーションさせた後、適当な方法でメンブレンに結合した標識量をバンド毎に測定することにより、各基底膜マーカー遺伝子の発現量を測定することができる。ドットブロットの場合も、RNA画分をスポットしたメンブレンを同様にハイブリダイゼーション反応に付し(各マーカー遺伝子についてそれぞれ行う)、スポットの標識量を測定することにより、各マーカー遺伝子の発現量を測定することができる。
【0039】
DNAチップ解析による場合、例えば、上記のようにして調製したRNA画分から、逆転写反応によりT7プロモーター等の適当なプロモーターを導入したcDNAを合成し、さらにRNAポリメラーゼを用いてcRNAを合成する(この時ビオチンなどで標識したモノヌクレオチドを基質として用いることにより、標識されたcRNAが得られる)。この標識cRNAを、上記したプローブを固相化したチップと接触させてハイブリダイゼーション反応させ、固相上の各プローブに結合した標識量を測定することにより、各基底膜マーカー遺伝子の発現量を測定することができる。当該方法は、検出する分化マーカー遺伝子(従って、固相化されるプローブ)の数が多くなるほど、迅速性および簡便性の面で有利である。
【0040】
一方、細胞からRNAを抽出せずにマーカー遺伝子を検出する場合、その検出手段として、in situ ハイブリダイゼーションを用いることができる。該方法では、細胞からRNAを抽出する代わりに、細胞を固定剤、好ましくは沈殿固定剤、例えばアセトンで処理するか、又は緩衝ホルムアルデヒド溶液の中に短い時間インキュベーションすることによって細胞を固定する。固定化後、細胞をパラフィンの中に包埋してブロックを形成し、薄片を切り取ることで試料として用いることができる。良好に調製したパラフィン包埋サンプルは室温で何年も保存できる。プローブとして用いられる核酸は、上記したものと同様のものを用いることができる。in situ ハイブリダイゼーションは、細胞のコラーゲンゲルとの接触面に基底膜マーカーの発現を直接確認することができる点で、本発明において好適に用いられる。
【0041】
あるいは、工程(2)における剥離された細胞シートにおける基底膜マーカー遺伝子の発現の確認は、該細胞シート(または細胞)からタンパク質画分を調製し、該画分中に含まれる該マーカー遺伝子の翻訳産物(即ち、マーカータンパク質)を検出するか、あるいは該細胞シート(または細胞)からタンパク質を抽出することなく直接細胞シート(または細胞)中のマーカー遺伝子の翻訳産物を検出することにより調べることができる。マーカータンパク質の検出は、各タンパク質に対する抗体を用いて、免疫学的測定法(例:ELISA、FIA、RIA、ウェスタンブロット等)によって行うこともできるし、酵素などの測定可能な生理活性を示すタンパク質においては、該生理活性を、各マーカータンパク質について公知の手法を用いて測定することによっても行い得る。あるいはまた、マーカータンパク質の検出は、MALDI−TOFMS等の質量分析法を用いても行うことができる。
尚、各マーカータンパク質に対する抗体は、該マーカータンパク質または該タンパク質、あるいはその部分ペプチドを感作抗原として、通常使用されるポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体作製技術に従って取得することができる。
【0042】
個々の免疫学的測定法を本発明の検査方法に適用するにあたっては、特別の条件、操作等の設定は必要とされない。それぞれの方法における通常の条件、操作法に当業者の通常の技術的配慮を加えて基底膜マーカータンパク質の測定系を構築すればよい。これらの一般的な技術手段の詳細については、総説、成書などを参照することができる。例えば、入江寛編「ラジオイムノアッセイ」(講談社、昭和49年発行)、入江寛編「続ラジオイムノアッセイ」(講談社、昭和54年発行)、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(医学書院、昭和53年発行)、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(第2版)(医学書院、昭和57年発行)、石川栄治ら編「酵素免疫測定法」(第3版)(医学書院、昭和62年発行)、「Methods in ENZYMOLOGY」Vol. 70(Immunochemical Techniques(PartA))、同書 Vol. 73(Immunochemical Techniques(PartB))、同書 Vol. 74(Immunochemical Techniques(PartC))、同書 Vol. 84(Immunochemical Techniques(PartD:Selected Immunoassays))、 同書 Vol. 92(Immunochemical Techniques(PartE:Monoclonal Antibodies and General Immunoassay Methods))、 同書 Vol. 121(Immunochemical Techniques(PartI:Hybridoma Technology and Monoclonal Antibodies))(以上、アカデミックプレス社発行)などを参照することができる。
【0043】
本発明は、また前記細胞シート作製方法に従って、得られる細胞シート、好ましくは、生体外で分化誘導して得られた網膜色素上皮細胞で形成された細胞層と基底膜からなる移植用細胞シートに関する。本発明の網膜色素上皮細胞シートは、眼疾患患者への網膜治療用移植材料として好適である。眼疾患としては、例えば、加齢黄斑変性疾患、網膜色素変性症、糖尿病性網膜症、及び網膜剥離等の網膜変性疾患が挙げられる。本発明の細胞シートは、基底膜を伴うため、ブルッフ膜も同時に障害を受けた疾患に対しても高い生着率で移植することができる。また、本発明の網膜色素上皮細胞シートは、生体と同様の成分からなる基底膜を有するため、前記眼疾患に対する薬効スクリーニングや毒性評価などの各種スクリーニング用途としても利用できる。前記眼疾患に対する薬効スクリーニングとしては、例えば、特表2007−500509に記載の方法に従って、前記眼疾患に対して薬効を有する物質のスクリーニングに本発明の細胞シートを適用することができる。具体的には、薬効を有する候補物質の存在下または非存在下において本発明の細胞シートを、前記眼疾患の原因となり得るストレス条件下(例えば、光(例えば、白色光、青色光;光は網膜細胞、特に光受容体細胞の死を引き起こし、黄斑変性誘発因子になり得る)、A2E[レチノイドN−レチニリデン−N−レチニル−エタノールアミン](A2Eの蓄積は加齢性の網膜細胞の神経変性、特に黄斑変性の発現へ寄与すると考えられている)、タバコ煙凝集物(喫煙は黄斑変性の危険因子と考えられている)、外圧(例えば、静水圧;眼圧の上昇は緑内障との関連が疑われている))で培養し、ロドプシン発現する光受容体の数、抗カスパーゼ3抗体を用いた免疫染色によって評価することができる。また、毒性評価としては、例えば、特表2007−517210に記載の方法に従って、毒性物質のスクリーニングに本発明の細胞シートを適用することができる。具体的には、毒性候補物質の存在下または非存在下において、本発明の細胞シートを特表2007−517210に記載のインテグリンマーカーペプチドを用いて培養し、488nm波長のレーザーで励起し、520nmで蛍光を検出することで評価できる。さらに、本発明の網膜色素上皮細胞シートは、視細胞外節の貪食能や神経保護作用などの視細胞の維持に関わる機能、ポンプ作用、タイトジャンクションによる網膜血管バリア機能などの、生体内における網膜色素上皮細胞が備える種々の様々な機能を評価するためのvitroモデルとして利用することも可能である。
【0044】
本発明の移植用細胞シートは、ヒト、ヒト以外の哺乳動物(例:サル、マウス、ラット、イヌ、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ネコ、ウサギ、ハムスター、モルモット等)における上記疾患を治療するために用いることができる。
【0045】
本発明の移植用細胞シートの適用可能な疾患部位の範囲は、対象疾患、投与対象の動物種、年齢、性別、体重、症状などに依存して適宜選択される。
【0046】
本発明の移植用細胞シートは、一度にもしくは数回に分けて移植してもよい。移植の適用回数は疾患に応じて医療従事者、ガイドラインに従って決定されるが、例えば疾患が加齢黄斑変性疾患であった場合には、本発明の移植用細胞シートを、その重篤度によって2回以上移植してもよい。また複数回移植を行う場合、インターバルは特に限定されないが、数日〜数週間の期間を置いても良い。
【0047】
本発明の移植用細胞シートは、医療従事者、ガイドラインに沿った適切な移植方法に従って移植される。網膜下に本発明の網膜色素上皮細胞シートを移植する場合、眼球網膜下の移植部位まで刺入した注射針から水流に乗せる移植方法のほか、専用の運搬用治療器具によっても行うことができる。
【実施例】
【0048】
以下に実施例を示して、本発明をより詳細に説明するが、これらは単なる例示であって、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【0049】
製造例1.網膜色素上皮細胞の調製
下記実施例1のシート化に用いる網膜色素上皮細胞として、Neuroscience Letters 458(2009)126-131に記載の方法に準じて、iPS細胞から分化誘導した成熟網膜色素上皮細胞(253G1、K11PD2、59M8、59SV2、59SV3、59SV9、46a、K21EV15、101EV3、K11EV9、454E2)、及びES細胞から分化誘導した網膜色素上皮細胞(hES,CMK6)を用いた。
<ヒトiPS由来網膜色素上皮細胞>
253G1は健常者に由来、K11PD2と59M8は互いに異なる網膜色素変性症患者に由来する、ヒトiPS細胞から分化誘導した網膜色素上皮細胞であり、同iPS細胞は、Cell 131,861-872,2007に記載の方法に準じて、レトロウィルスを用いてヒト皮膚由来線維芽細胞にOct3/4、Sox2、Klf4、c−Myc遺伝子を導入する方法で樹立された細胞である。
59SV2、59SV3、59SV9は、同一の網膜色素変性症患者に由来するヒトiPS細胞から分化誘導した網膜色素上皮細胞であり、同iPS細胞は、Proc.Jpn.Acad.,Ser.B 85(2009)348−362に記載の方法に準じて、センダイウィルスを用いて、ヒト皮膚由来線維芽細胞にOct3/4、Sox2、Klf4、c−Mycを導入する方法で樹立された細胞である。
K21EV15、101EV3、K11EV9、454E2は互いに異なる網膜色素変性症患者に由来する、ヒトiPS細胞から分化誘導した網膜色素上皮細胞であり、同iPS細胞は、Nat Methods.2011 May;8(5):409−12)に記載の方法に準じて、エピソーマルベクターを用いて、ヒト皮膚由来線維芽細胞にヒトOct3/4、Sox2、Klf4、L−Myc、LIN28を導入する方法で樹立された細胞である。
<サルiPS由来網膜色素上皮細胞>
46aは、Jpn.J.Transplant.44,231-235に記載の方法に従ってサル(cynomolgus monkey)iPS細胞から分化誘導した網膜色素上皮細胞である。
<ES由来網膜色素上皮細胞>
hESは、ヒトES細胞株khES−1から分化誘導した網膜色素上皮細胞である。CMK6は、Neuroscience Letters 458(2009)126-131に記載の方法に準じて、サルES細胞から分化誘導した網膜色素上皮細胞である。
【0050】
実施例1.網膜色素上皮細胞シートの製造方法
<コラーゲンゲル混合溶液の調製>
A:ブタ腱由来酸可溶性のType−IコラーゲンCellmatrix I−A(新田ゼラチン)3.0mg/ml、B:5倍濃度の濃縮培養液(DMEM/F12(Invitrogen、12500−062)3gをMilliQ水に溶解させ、total volume 50mlをフィルター処理)、C:再構成用緩衝液(1N NaOH (50mM)5ml、NaHCO
3(260mM)2.2g、HEPES(200mM)4.77gをMilliQ水に溶解させ、total volume 100mlをフィルター処理)を調製した。冷却しながらA(7容量)にB(2容量)を泡立てないように混合(薄黄色)した。次に、C(1容量)を加え混合(薄ピンク色)し、0.21%コラーゲンゲル混合溶液とした。
<網膜色素上皮細胞シートの作成>
12mmトランスウェルインサート(0.4μm Pore Polyester メンブレン;Cornig、3460)のインサート内に0.21%コラーゲンゲル混合溶液を200μl加え、37℃で30minインキュベートした。次に、F10−10%FBS(F−10(Sigma、N6908)445ml,FBS 50ml,Penicilin−Streptomycin(Invitrogen、15140−122)5ml)をインサート外に1500μl、インサート内に500μl加え、37℃で24hrインキュベートした。その後、インサート内およびインサート外をF10−10%FBSで1回洗浄し、インサート内に製造例1で得た各網膜色素上皮細胞が5×10
5個(F10−10%FBS,500μl)となるように播種し、インサート外にF10−10%FBSを1500μl加えた。網膜色素上皮細胞がコンフルエントになるまでF10−10%FBSで培養し、コンフルエント後、培地をSFRM−B27(DMEM(Sigma、D6046)350ml,F12 HAM(Sigma、N6658)150ml,B27(Invitrogen、17504−044)10ml,200mM L−Glutamine(Sigma、G7513)5ml,Penicilin−Streptomycin(Invitrogen、15140−122)5ml,bFGF(wako、060−04543)10ng/ml)に交換し(インサート外1500μl、インサート内500μl、培地交換は3回/week)網膜色素上皮細胞の色や形が適当になるまで培養した。
<切り出し>
培養開始から6週間経過後、インサートのメンブレンを切除したコラゲナーゼ L(コラゲナーゼ L:新田ゼラチン,PBS(+):Sigma,2600U/ml)100μlをインサート下に加え、37℃で60分インキュベートしPBS(+)で3回洗浄した。網膜色素上皮細胞シートが乾かないようにSFRM−B27を滴下し、PALM MicroBeam(ZEISS)にて好みの大きさに切除した。
【0051】
実施例2.網膜色素上皮細胞シートの製造方法(コラーゲンの種類)
実施例1の253G1(iPS−網膜色素上皮細胞)を用いた細胞シートを作成する工程において、ブタ腱由来酸可溶性のType−IコラーゲンCellmatrix I−A(新田ゼラチン)3mg/mlを0.21%コラーゲン混合溶液/wellとして用いるのに代えて、(A)ブタ皮由来Type−IコラーゲンTE(特注品:主にI型コラーゲン、若干のIII型コラーゲンを含む)(新田ゼラチン)5mg/mlを0.35%コラーゲン混合溶液/well、(B)ブタ腱由来Type−IコラーゲンT−1002(特注品:I型コラーゲン)(新田ゼラチン)5.1mg/mlを0.35%コラーゲン混合溶液/well、(C)FITC標識コラーゲンI(Chondrex)1mg/mlを0.07%コラーゲン混合溶液/well、(D)FITC標識コラーゲンI(特注)(Chondrex)3mg/mlを0.21%コラーゲン混合溶液/well、(E)アテロコラーゲン(高研)3mg/mlを0.21%コラーゲン混合溶液/well、(F)細胞培養用透過性コラーゲン膜(高研)としてそれぞれ用いた点以外は実施例1と同様の方法で細胞シートを作成し、切り出すことにより網膜色素上皮細胞シートを回収した。
実施例1と前記の各コラーゲンを用いた場合の試験結果を4つの項目[1.ゲルの強度;2.細胞の接着;3.細胞の増殖;4.安全性]において比較・評価した。その結果、(A){1.劣る;2.同等;3.劣る;4.良}、(B){1.良(5.1mg/ml);2.同等;3.劣る;4.良}、(C){1.劣る(1mg/ml);2.劣る;3.不明 ;4.不明}、(D){1.同等(3mg/ml);2.同等;3.劣る;4.不明}、(E){1.同等(3mg/ml);2.劣る;3.不明;4.良}、(F){コラゲナーゼで溶解せず使用できなかった}であった。ゲルの強度に関して、網膜色素上皮細胞が増殖するためにはある程度の固さが求められる。このような観点からはコラーゲンの種類と濃度は、実施例1のブタ腱由来酸可溶性のType−IコラーゲンCellmatrix I−Aと(B)ブタ腱由来Type−IコラーゲンT−1002を上記の濃度で用いることが特に好適であった。基質がある程度固くない場合、網膜色素上皮が増殖しないため本発明の使用に耐えない。
【0052】
実施例3.網膜色素上皮細胞シートの製造方法(コラーゲン量)
実施例1の253G1(iPS−網膜色素上皮細胞)を用いた細胞シートを作成する工程において、コラーゲンゲル混合溶液の使用量を200μlに代えて、100μl、または300μlとした点以外は実施例1と同様の方法で細胞シートを作成し、切り出すことにより網膜色素上皮細胞シートを回収した。
実施例1と比較して、コラーゲンゲル混合溶液の使用量が100μlの場合はコラーゲンゲル混合溶液量が少ないため、表面張力の影響で中央部分が薄いコラーゲンゲル層が形成され、培養が進むと、播種した網膜色素上皮細胞が底部のメンブレンに直接接触しやすく、シートの切り出し作業時に網膜色素上皮細胞シートが破れる場合があった。コラーゲンゲル混合溶液の使用量が300μlの場合はコラーゲンゲル混合溶液量が多いため、厚みのあるコラーゲンゲルの層が形成され、相対的にインサート内に保持することができる培地の量が少なくなり維持培養が行いにくく、また、コラゲナーゼ処理に時間がかかるため細胞シートへのダメージが大きくなる恐れがある。コラーゲンゲル混合溶液の使用量が100μlの場合、細胞が直接メンブレンに接触し、メンブレンを除去する際に当該箇所から細胞シートが破砕してしまった。
【0053】
実施例4.網膜色素上皮細胞シートの製造方法(コラゲナーゼの量と処理時間)
実施例1の253G1(iPS−網膜色素上皮細胞)を用いた細胞シートを作成する工程において、1%コラゲナーゼL(新田ゼラチン)又はI型コラゲナーゼ(ロシュ)を30μl用いて網膜色素上皮細胞シートに30min接触する条件に代えて、それぞれ10μlで10min、10μlで20min、10μlで30min、20μlで20min、20μlで60min、30μlで50minとした点以外は実施例1と同様の方法で細胞シートを作成し、切り出すことにより網膜色素上皮細胞シートを回収した。
その結果、コラゲナーゼ処理を10μlで60min又は20μlで60min行った場合、30μlで30minと同程度のコラーゲンの分解が見られた。
【0054】
実施例5.網膜色素上皮細胞シートの製造方法(播種細胞数)
実施例1の253G1(iPS−網膜色素上皮細胞)を用いた細胞シートを作成する工程において、インサート内に播種する細胞数を5×10
5個/500μlに代えて、(A)5×10
4/500μl、(B)1×10
5/500μl、(C)1×10
6/500μlとした点以外は実施例1と同様の方法で細胞シートを作成し、切り出すことにより網膜色素上皮細胞シートを回収した。
実施例1と比較して、(A)、(B)は細胞数が少ないため細胞がコンフルエントになるまでに時間が長く、(C)は増殖が遅くやはり細胞がコンフルエントになるまでの時間が長くなる傾向にあった。
【0055】
実施例6.網膜色素上皮細胞シートに形成された基底膜
実施例1において、253G1(iPS−網膜色素上皮細胞)から作成した細胞シートについて、cryo section(凍結切片)を作成し、免疫組織化学染色を行った。ZO−1の発現によりタイトジャンクションが形成されていること、ラミニン、IV型コラーゲンの発現により基底膜が構成されていることを確認した。各タンパク質の検出には、Zymed社製rabbit anti−ZO−1(1:100希釈)、Abcam社製rabbit laminin(1:200希釈)、Calbiochem社製mouse anti−human collagen type IV antibody(1:40)の各抗体を用いた。さらに、Molecular Probes社製4’,6−diamidino−2−phenylindole(DAPI;1μg/ml)を用いた核染色の状態から網膜色素上皮細胞シートは単層上皮形態をとっていることが確認された。
【0056】
評価1.細胞シートの網膜色素上皮特異的遺伝子発現プロファイル
実施例1において、59SV3、59SV9(iPS−網膜色素上皮細胞)から細胞シートを作成する工程において、細胞がコンフルエントになってから培地をSFRM−B27へ交換した日を0日として、1週間、4週間、2カ月経過後のシートを構成する細胞について、RT−PCRによりBEST1、RPE65、MERTK、CRALBPの発現を確認したところ、ポジティブコントロール(ヒト網膜色素上皮細胞total RNA(ScienCell社製、Cat NO.6545))と同程度以上の発現が認められた。ここで、BEST1、RPE65、MERTKは網膜色素上皮細胞に特異的に発現する遺伝子である。また、CRALBPは網膜色素上皮細胞とミューラー細胞に発現する遺伝子である。
【0057】
評価2.網膜色素上皮シートのコラーゲン残存測定
実施例1において、253G1(iPS−網膜色素上皮細胞)から作成した細胞シートについて、コラゲナーゼ処理前及び後に切り出した各シートについてcryo section(凍結切片)を作成し、免疫組織化学染色を行った。核をMolecular Probes社製4’,6−diamidino−2−phenylindole(DAPI;1μg/ml)で染色し、Collagen type1の染色にCalbiochem社製rabbit anti−human collagen type I antibody(1:40希釈)を用いたところ、コラゲナーゼ処理後のシートからはコラーゲンは検出されず、コラゲナーゼにより培養皿にコートしたコラーゲンが除去されていることを確認した。一方、コラゲナーゼ処理前に切り出したシートからはコラーゲンが検出された。
【0058】
評価3.網膜色素上皮細胞シートのサイトカイン分泌能
実施例1において、253G1(iPS−網膜色素上皮細胞)及び454E2(iPS−網膜色素上皮細胞)から作成した細胞シートについて、ぞれぞれ網膜色素上皮細胞シートを切り出す工程の前に、トランスウェル内のApical側及びBasal側の培養液を回収し、Arvydas M, IOVS.2006;47:3612−3624に記載の方法に準じて、ELISAでVEGF及びPEDFの産生量を検出した。その結果、Arvydas M, IOVS.2006;47:3612−3624で報告されているヒト胎児由来網膜色素上皮と同様、VEGFはBasal側に主に分泌され、PEDFはApical側に主に分泌されていることが確認された(
図1)。本発明の細胞シートは生体内と同様のサイトカイン分泌能を有し、機能性に優れていることが示された。
【0059】
評価4.網膜色素上皮細胞シートの経上皮電気抵抗
細胞層のバリア機能と電気抵抗、いわゆる経上皮/内皮電気抵抗(TER)には強い相関関係が見られる。実施例1において、454E2(iPS−網膜色素上皮細胞)から作成した細胞シートについて、網膜色素上皮細胞シートを切り出す工程の前に、MILLIPORE社記載の方法(Millicell ERS−2を使用)に準じて、インサートの内側と外側の培地中にプローブを入れ、TERを電気的に測定した。その結果、TERは640Ω・cm
2であり、Nature Protocols vol4,No5 662−673 (2009)のFig10で報告されているヒト胎児由来網膜色素上皮と同様、高いTER値を示した。本発明の細胞シートは生体内と同様の高いバリア機能を有していることが示された。
【0060】
評価5.サルES細胞由来網膜色素上皮細胞シートの移植
実施例1においてサルES細胞由来網膜色素上皮細胞、CMK6から作成したサル網膜色素上皮細胞シートを、Invest Ophthalmol Vis Sci.1995 Feb;36(2):381−90.に記載の方法に準じてサルの片眼に移植した。移植前に、移植予定の眼の網膜に障害を与える目的で網膜光凝固術を施し、網膜光凝固班を形成させたサルの片眼移植後28日目に、眼底写真、及びOCT(Optical coherence tomograph)光干渉断層計を用いて眼底の断面を組織切片のように画像し、網膜の状態を確認したところ、蛍光眼底造影検査による蛍光の漏出はなく、移植片は生着しており、感覚網膜の菲薄化などの障害は起きていなかった。
【0061】
評価6.サルiPS細胞由来網膜色素上皮細胞シートの移植
実施例1においてサルiPS細胞由来網膜色素上皮細胞、46aから作成したサル網膜色素上皮細胞シートを、Invest Ophthalmol Vis Sci. 1995 Feb;36(2):381−90.に記載の方法に準じて自家移植1眼、他家移植3眼の網膜下に移植した。移植後1年後まで、眼底写真、及びOCT(Optical coherence tomograph)光干渉断層計を用いて眼底の断面を組織切片のように画像し、網膜の状態を経過観察したところ、他家移植は移植片周囲の線維性変化や蛍光眼底造影検査による蛍光の漏出、OCTでは網膜下の高輝度病変といった明らかな拒絶反応がみられた。一方、自家移植ではこの様な明らかな拒絶反応は認められず、蛍光眼底造影検査による蛍光の漏出はなく、移植片は生着しており、感覚網膜の菲薄化などの障害は起きていなかった。