特許第6012013号(P6012013)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6012013水生生物の体内に有用成分を取り込ませる方法、およびそれを用いて得られた水生生物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6012013
(24)【登録日】2016年9月30日
(45)【発行日】2016年10月25日
(54)【発明の名称】水生生物の体内に有用成分を取り込ませる方法、およびそれを用いて得られた水生生物
(51)【国際特許分類】
   A01K 61/00 20060101AFI20161011BHJP
【FI】
   A01K61/00 B
【請求項の数】10
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-62948(P2013-62948)
(22)【出願日】2013年3月25日
(65)【公開番号】特開2014-183810(P2014-183810A)
(43)【公開日】2014年10月2日
【審査請求日】2016年1月14日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】591079487
【氏名又は名称】広島県
(74)【代理人】
【識別番号】100163647
【弁理士】
【氏名又は名称】進藤 卓也
(74)【代理人】
【識別番号】100182084
【弁理士】
【氏名又は名称】中道 佳博
(74)【代理人】
【識別番号】100123489
【弁理士】
【氏名又は名称】大平 和幸
(72)【発明者】
【氏名】永井 崇裕
(72)【発明者】
【氏名】川口 修
【審査官】 大熊 靖夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭56−099423(JP,A)
【文献】 特開平05−023115(JP,A)
【文献】 特開2008−035855(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 61/00−63/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水生生物の体内に有用成分を取り込ませるための方法であって、
(A)水生生物をプロテアーゼ水溶液に浸漬する工程;および
(B)該(A)工程の後、該水生生物を、有用成分を含有する液体に浸漬する工程;
を包含する、方法。
【請求項2】
前記有用成分が水溶性成分である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記有用成分が、薬剤、栄養強化剤、色素、旨み成分、鮮度保持剤、腐敗防止剤、酸化防止剤、消臭剤、および香料からなる群から選択される少なくとも1種の成分である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記水生生物が魚である、請求項1から3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
さらに、(C)前記(B)工程の後、0.5重量%から2重量%の塩化ナトリウム濃度を有する塩水で飼育する工程を包含する、請求項1から4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
水生生物の体内に有用成分を取り込ませるための方法であって、
(A’)水生生物を、プロテアーゼと有用成分とを含有する液体に浸漬する工程;
を包含する、方法。
【請求項7】
前記有用成分が水溶性成分である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記有用成分が、薬剤、栄養強化剤、色素、旨み成分、鮮度保持剤、腐敗防止剤、酸化防止剤、消臭剤、および香料からなる群から選択される少なくとも1種の成分である、請求項6または7に記載の方法。
【請求項9】
前記水生生物が魚である、請求項6から8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
さらに、(C’)前記(A’)工程の後、0.5重量%から2重量%の塩化ナトリウム濃度を有する塩水で飼育する工程を包含する、請求項6から9のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水生生物体内に有用成分を取り込ませる方法、およびそれを用いて得られた水生生物に関し、より詳細には、水生生物の体内に目的とする有用成分を効率良く取り込ませるための方法、および当該方法により得られた水生生物に関する。
【背景技術】
【0002】
養殖魚などの水生生物の体内に体表から目的の物質(有用成分)を効率よく取り込ませることができれば、その水生生物に対して様々な効果を期待することができる。例えば、水生生物の体内に抗原を取り込むことができれば感染症に対する免疫力が高まる、罹患した水生生物の体内に種々の薬効成分を取り込むことができれば回復が早まる、などである。
【0003】
水生生物の体内に有用成分を取り込ませるために、従来よりいくつかの方法が知られている。例えば、有用成分を餌に混ぜて摂取させる方法、飼育水に混ぜて体表および/または鰓から取り込ませる方法、注射などにより個体ごとに強制的に注入する方法が挙げられる。
【0004】
ただし、これらの方法はいずれも実質的な効率性の観点から見て、未だ不充分と言わざるを得ない。
【0005】
例えば、餌に混ぜて摂取させる方法は、大量の水生生物を処理するには一見効率的でありかつコストを低く抑えることができるとも考えられる。しかし、水生生物の有用成分の取り込みは餌の摂取量に影響されるため、個体ごとの活性の相違によって、有用成分の摂取量にばらつきが生じやすい。さらに摂取された有用成分の全てが確実に体内に吸収されるものでもない。
【0006】
飼育水に混ぜて体表および/または鰓から取り込ませる方法についても、一見大量の水生生物を一度に処理することができ、コストを低く抑えることができるとも考えられる。しかし、水生生物の体表の保護層により、有用成分を効率的に体内に浸透させることは困難である。
【0007】
体内への取り込みにあたり最も確実な方法は、注射などで強制的に注入する方法である。しかし、水生生物の一尾ずつに注入操作を必要とする点、および対象の水生生物が小さい場合には、作業が特に煩雑となる点、大量の尾数を処理するには高コストとならざるを得ない点が懸念される。さらに注入自体も体に外傷を負わすものであるため、注入後に斃死する場合もある。
【0008】
生きている水生生物に有用成分を効率良く取り込ませる方法として、例えば、ワクチン成分を溶解した飼育水に水生生物を浸漬し、その環境下にて超音波を照射するとにより、水生生物の体表や鰓から直接ワクチン成分を体内に取り込ませる方法も知られている(特許文献1)。しかし、この方法は大量の魚を処理する場合に超音波の分布が偏ることがある。
【0009】
このように水生生物への有用成分のさらに効率的な取り込みを可能にする技術の開発が所望されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第4910188号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記問題の解決を課題とするものであり、その目的とするところは、水生生物に対して外傷を負わすことなく有用成分を効率良く取り込ませることができ、かつ取り込み後の斃死の可能性をも低減し得る、水生生物体内に有用成分を取り込ませる方法、およびそれを用いて得られた水生生物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、生きている水生生物の体表および鰓表面にプロテアーゼを作用させることにより、その体表および鰓表面に存在する保護組織を一時的に除去し、有用成分を当該体表および鰓表面から効率良く取り込ませることを見出し、本発明を完成させた。
【0013】
本発明は、水生生物の体内に有用成分を取り込ませるための方法であって、
(A)水生生物をプロテアーゼ水溶液に浸漬する工程;および
(B)該(A)工程の後、上記水生生物を、有用成分を含有する液体に浸漬する工程;
を包含する、方法である。
【0014】
1つの実施形態では、上記有用成分は水溶性成分である。
【0015】
さらなる実施形態では、上記有用成分は、薬剤、栄養強化剤、色素、旨み成分、鮮度保持剤、腐敗防止剤、酸化防止剤、消臭剤、および香料からなる群から選択される少なくとも1種の成分である。
【0016】
1つの実施形態では、上記水生生物は魚である。
【0017】
1つの実施形態では、本発明の上記方法は、さらに、(C)上記(B)工程の後、0.5重量%から2重量%の塩化ナトリウム濃度を有する塩水で飼育する工程を包含する。
【0018】
本発明はまた、水生生物の体内に有用成分を取り込ませるための方法であって、
(A’)水生生物を、プロテアーゼと有用成分とを含有する液体に浸漬する工程;
を包含する、方法である。
【0019】
1つの実施形態では、上記有用成分は水溶性成分である。
【0020】
さらなる実施形態では、上記有用成分は、薬剤、栄養強化剤、色素、旨み成分、鮮度保持剤、腐敗防止剤、酸化防止剤、消臭剤、および香料からなる群から選択される少なくとも1種の成分である。
【0021】
1つの実施形態では、上記水生生物は魚である。
【0022】
1つの実施形態では、本発明の上記方法は、さらに(C’)上記(A’)工程の後、0.5重量%から2重量%の塩化ナトリウム濃度を有する塩水で飼育する工程を包含する。
【0023】
本発明はまた、上記方法により得られた水生生物である。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、淡水魚および海水魚の区別なく水生生物に対し、ワクチン成分などの所望の有用成分を効率良く取り込ませることができる。さらに、この取り込みにあたり、当該水生生物には何ら外傷を与えることがないため、本発明の方法によって水生生物が斃死する可能性も著しく低減することができる。本発明の方法は、水生生物の個体毎に操作を必要とすることなく、一度に大量の水生生物に対して有用成分の取り込みを行うことができる。さらに本発明の方法によれば、有用成分の取り込みにあたり個々の水生生物に対してより均質な環境を提供することができる。これにより、有用成分で強化された水生生物を大量に生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】実施例1ならびに比較例1および2で行ったアユにおける冷水病ワクチンの効果を試験した際の、各試験区における累積死亡率(%)の経時変化を示したグラフである。
図2】参考例1および2ならびに参考比較例1で行ったアユにおける冷水病感染に対する効果を試験した際の、各試験区における累積死亡率(%)の経時変化を示したグラフである。
図3】実施例2ならびに比較例3および4で行ったヒラメにおけるレンサ球菌症ワクチンの効果を試験した際の、各試験区における累積死亡率(%)の経時変化を示したグラフである。
図4】参考例3および4ならびに参考比較例2で行ったヒラメにおけるレンサ球菌症感染に対する効果を試験した際の、各試験区における累積死亡率(%)の経時変化を示したグラフである。
図5】実施例3および比較例5および6で行ったアユにおけるレンサ球菌症ワクチンの効果を試験した際の、各試験区における抗体価測定のためのELISA吸光度(492nm)の平均値を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
まず、本発明の水生生物の体内に有用成分を取り込ませるための第一の方法について説明する。
【0027】
本発明の方法では、工程(A)として、水生生物がプロテアーゼ水溶液に浸漬される。
【0028】
本発明において対象となる水生生物は、生きている状態の生物であって水中に生息するもの全般を指して言う。水生生物は、淡水魚または海水魚のように、淡水または海水のいずれに生息するものであってもよく、例えば、海洋、河川、湖沼、池などの自然水域に生育するもの、および養殖筏、養殖施設、水槽などの人工水域にて生育するもののいずれをも包含する。水生生物としては、必ずしも限定されないが、例えば、アユ、コイ、キンギョ、ヒラメ、マダイ、マグロ、カンパチ、ブリ、フグ、サケ、マスなどの硬骨魚類;エイ、サメなどの軟骨魚類;エビ、カニなどの甲殻類;イカ、タコ、貝類などの軟体動物;ならびにナマコ、ウニなどの棘皮動物;が挙げられる。
【0029】
本発明に用いられるプロテアーゼは、タンパク質を分解する任意の酵素であってよく、例えば、エンドペプチフダーゼおよびエキソペプチダーゼのいずれであってもよく、例えば、アミノペプチダーゼおよびカルボキシペプチダーゼのいずれであってもよい。さらに、実用的にはコスト、入手しやすさ、安全性に優れているなどの観点から、例えば食品加工用に使用されるプロテアーゼを用いてもよい。プロテアーゼの例としては、パパイン、ブロメライン、アクチナーゼ、トリプシンが挙げられる。例えば、パパイン製剤は、新日本化学工業株式会社よりスミチームP、天野エンザイム株式会社よりパパインw−40などの商品名で市販されている。
【0030】
本発明において、プロテアーゼは、飼育水(例えば、海水、河川水、水道水、およびイオン交換水)に所定量を溶解させることにより、プロテアーゼ水溶液が調製される。
【0031】
また、プロテアーゼは種類によってその作用が異なるため、水生生物の体表および/または鰓の表面に存在する保護組織を一時的に効率よく除去するためには、複数のプロテアーゼを組み合わせることによって、プロテアーゼ水溶液を調製してもよい。
【0032】
このプロテアーゼ水溶液におけるプロテアーゼの含有量(濃度)は、水生生物の種類、成長段階、個体数または密度などの条件によって変動するため必ずしも限定されないが、例えば、上記パパイン製剤などのプロテアーゼを使用する場合に調製される濃度は、好ましくは0.01mg/ml〜10mg/ml、より好ましくは0.1mg/ml〜5mg/mlである。プロテアーゼの濃度が0.01mg/ml未満であると、水生生物に対して、その体表または鰓の保護層に当該プロテアーゼが充分に機能せず、後述する有用成分の取り込みが充分に達成されない場合がある。一方、プロテアーゼの濃度が10mg/mlを上回ると、水生生物の体表等の保護層への影響が大きくなり、当該水生生物が斃死に至る場合がある。あるいは、例えば、上記パパイン製剤などのプロテアーゼを使用する場合に調製される濃度は、好ましくは4ユニット(U)/ml〜4000ユニット(U)/ml、より好ましくは40ユニット(U)/ml〜2000ユニット(U)/mlである。
【0033】
プロテアーゼ水溶液には、必要に応じて、水生生物の生育に必要な他の添加剤(例えば、ブドウ糖)が含有されていてもよい。さらに、プロテアーゼ水溶液には、浸漬の間の水生生物の活性を低下させないために、エアーポンプなどの当該分野にて周知の手段を用いて充分な酸素が予めおよび/または浸漬の間供給されていてもよい。さらにヒーター等を用いて、当該水生生物の生育に通常要求される水温に予め設定がなされていてもよい。
【0034】
このようなプロテアーゼ水溶液への水生生物の浸漬は、例えば、所定容量の水槽中で1個体毎に行われてもよく、あるいは複数個体を一括して行ってもよい。作業効率性を勘案すれば、複数個体を一括して浸漬することが好ましい。
【0035】
水生生物の浸漬時間もまた、水生生物の種類、成長段階、個体数および密度、ならびにプロテアーゼ水溶液の調製濃度などによって変動するため必ずしも限定されないが、好ましくは1分〜30分、より好ましくは5分〜20分である。
【0036】
プロテアーゼ水溶液への浸漬によって、水生生物の体表および/または鰓の表面に存在する保護層のタンパク質が分解される。その結果、後述する有用成分の取り込みが一層容易な環境が水生生物に形成される。
【0037】
浸漬後、水生生物はプロテアーゼ水溶液から取り出される。取り出された水生生物は、特に水洗等が行われることなく、そのまま次の工程に供される。
【0038】
上記プロテアーゼ水溶液への浸漬の後、水生生物は有用成分を含有する液体に浸漬される。
【0039】
本発明に用いられる有用成分は、水生生物の成長促進、病気等の予防または治療、商品としての価値向上等の目的で、通常、給餌、注射その他任意の手法を用いて水生生物の体内に取り込みが行われる物質、または当該物質を含有する材料を包含する。このような有用成分の例としては、薬剤(ワクチン成分、ホルモン成分を包含する)、栄養強化剤、色素、旨み成分、鮮度保持剤、腐敗防止剤、酸化防止剤、消臭剤、および香料、ならびにこれらの組合せが挙げられる。有用成分は水溶性のものであることが好ましい。
【0040】
本発明において、有用成分は、飼育水(例えば、海水、河川水、水道水、およびイオン交換水)に所定量を溶解または懸濁させることにより、有用成分を含有する液体(以下、「有用成分液」という)が調製される。このような有用成分液は、含有される有用成分の種類に応じて、水溶液または懸濁液のいずれかである。
【0041】
この有用成分液における有用成分の含有量(濃度)は、水生生物の種類、成長段階、個体数または密度などの条件によって変動するため必ずしも限定されず、有用成分の種類に応じて当業者が任意の濃度を調製することができる。
【0042】
有用成分液には、必要に応じて、他の有用成分および/または水生生物の生育に必要な他の添加剤(例えば、ブドウ糖)が含有されていてもよい。さらに、有用成分液には、浸漬の間の水生生物の活性を低下させないために、エアーポンプなどの当該分野にて周知の手段を用いて充分な酸素が予めおよび/または浸漬の間供給されていてもよい。さらにヒーター等を用いて、当該水生生物の生育に通常要求される水温に予め設定がなされていてもよい。
【0043】
このような有用成分液への水生生物の浸漬もまた、例えば、所定容量の水槽中で1個体毎に行われてもよく、あるいは複数個体を一括して行ってもよい。作業効率性を勘案すれば、複数個体を一括して浸漬することが好ましい。
【0044】
水生生物の浸漬時間もまた、水生生物の種類、成長段階、個体数および密度、ならびに有用成分液の調製濃度などによって変動するため必ずしも限定さえないが、好ましくは1分〜60分、より好ましくは5分〜30分である。
【0045】
このような浸漬後、水生生物は有用成分液から取り出される。
【0046】
なお、本発明においては、上記有用成分液への浸漬の後、水生生物を当該生物の体液と等張の飼育水、あるいは0.5重量%から2重量%の塩化ナトリウム濃度を有する塩水(例えば、河川水、水道水および/またはイオン交換水を用いて希釈した海水、あるいは当該濃度範囲になるように人工的に調製した食塩水であって、水生生物の体液と等張またはほぼ等張の飼育水)で飼育してもよい。上記プロテアーゼ水溶液への浸漬によって、除去または弱められた水生生物の体表等の保護層をより早期に回復させるためである。
【0047】
このような飼育は保護層の回復のために一時的に行われる。飼育期間は、水生生物の種類、成長段階、個体数および密度等によって変動するため必ずしも限定されないが、例えば、1日〜3日程度である。
【0048】
このようにして水生生物の体内に有用成分を取り込ませることができる。
【0049】
次に、本発明の水生生物の体内に有用成分を取り込ませるための第二の方法について説明する。
【0050】
本発明の第二の方法では、水生生物が、プロテアーゼと有用成分とを含有する液体(以下、「プロテアーゼ−有用成分液」という)に浸漬される。このようなプロテアーゼ−有用成分液は、含有される有用成分の種類に応じて、水溶液または懸濁液のいずれかである。
【0051】
上記第一の方法と異なり、浸漬される液体は1種類であり、当該液体に上記プロテアーゼおよび有用成分が共存する。本発明の第二の方法で使用され得るプロテアーゼの種類および調製濃度、有用成分の種類および調製濃度、その他添加可能な材料等は上記第一の方法と同様である。
【0052】
水生生物の浸漬時間は、水生生物の種類、成長段階、個体数および密度、ならびに有用成分水溶液の調製濃度などによって変動するため必ずしも限定されないが、好ましくは1分〜60分、より好ましくは5分〜30分である。
【0053】
これにより、水生生物の体表および/または鰓の保護層におけるタンパク質の分解と、当該体表および/または鰓からの有用成分の取り込みが一度の浸漬操作によって達成され得る。
【0054】
所定時間の浸漬の後、水生生物はプロテアーゼ−有用成分液から取り出される。
【0055】
なお、本発明においては、上記プロテアーゼ−有用成分液への浸漬の後、水生生物を0.5重量%から2重量%の塩化ナトリウム濃度を有する塩水(例えば、河川水、水道水および/またはイオン交換水を用いて希釈した海水、あるいは当該濃度範囲になるように人工的に調製した食塩水であって、水生生物の体液と等張またはほぼ等張の飼育水)で飼育してもよい。このような飼育手法および飼育手段は上記第一の方法と同様のものが当業者によって適宜選択される。
【0056】
このようにして水生生物の体内に有用成分を取り込ませることができる。
【0057】
本発明の上記第一または第二の方法を経て取り出された水生生物は、特に水洗等が行われることなく、例えば、元の飼育環境(例えば、海洋、河川、湖沼、池、養殖筏、養殖施設、水槽など)に戻される。あるいは、当該水生生物を水産加工食品として使用する場合は、水産加工のための次の工程に移されてもよい。
【0058】
なお、上記第一の方法および第二の方法では、生きている水生生物を用いた場合の例について説明したが、本発明は必ずしも上記に限定されない。すなわち、有用成分の取り込みは、例えば、水産加工を目的として水揚げ後、すでに死んでいる状態である水生生物に対しても適用することができる。
【実施例】
【0059】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0060】
(実施例1:アユへの冷水病ワクチンの取り込み)
ワクチン作製用の菌株として、2004年に広島県内の養殖場の冷水病のアユから分離されたFlavobacteirum psychrophilum PH−0424株を、CGY培地(0.25重量%カシトン、0.15重量%ゼラチン、および0.05重量%酵母エキスを含有)を用い、対数増殖後期まで15℃にて振盪培養(110rpm)したものに、0.3(v/v)%となるようにホルマリンを添加して不活化させることにより、冷水病ワクチンを得た。
【0061】
平均体重2.0gの人工生産されたアユ30尾を実験区の1区として用いた。パパイン製剤(新日本化学工業株式会社製スミチームP)1gを5Lの淡水に溶解した水溶液を水槽に仕込み、この水槽に当該区のアユを14.0℃で15分間浸漬した。その後、全てのアユを水槽から取り出し、これらのアユを、淡水で容量比1/10まで希釈した上記冷水病ワクチン懸濁液5Lに14.0℃で15分間浸漬した。
【0062】
全てのアユをワクチン懸濁液から取り出し、通常の飼育水槽に移して15日間飼育した。
【0063】
上記ワクチン処理から15日経過後、この実験区の全てのアユを、冷水病菌培養液(PH−1037株培養液;106.8CFU/mL)に30分間浸漬した。なお、当該PH−1037株は、2010年に広島県内の養殖場で発生した冷水病のアユから分離されたF.psychrophilumである。
【0064】
その後アユを通常の飼育環境に戻し、このまま14日間アユの飼育を継続し、その期間における死亡したアユの個体数をカウントした。この死亡した個体数について、飼育期間の累積死亡数の割合として算出したものを図1に示す。
【0065】
(比較例1:アユへの冷水病ワクチンの取り込み)
パパイン製剤を溶解した水溶液への浸漬を行わず、ワクチン懸濁液への浸漬のみを行ったこと以外は実施例1と同様にしてアユの飼育を行った。その後、実施例1と同様にしてアユを冷水病菌培養液にて浸漬し、その後アユを通常の飼育環境に戻した状態で飼育し、その期間における死亡したアユの個体数をカウントした。この死亡した個体数について、飼育期間の累積死亡数の割合として算出したものを図1に示す。
【0066】
(比較例2:対照区(非免疫区))
対照区として、パパイン製剤を溶解した水溶液への浸漬を行わず、かつワクチン懸濁液への浸漬も行わなかったこと以外は実施例1と同様にしてアユの飼育を行った。その後、実施例1と同様にしてアユを冷水病菌培養液にて浸漬し、その後アユを通常の飼育環境に戻した状態で飼育し、その期間における死亡したアユの個体数をカウントした。この死亡した個体数について、飼育期間の累積死亡数の割合として算出したものを図1に示す。
【0067】
図1に示すように、14日後の累積死亡率は比較例2の対照区で63.3%,ワクチンのみで処理した比較例1の実験区で73.3%、プロテアーゼ処理かつワクチン処理した実施例1の実験区44.8%となり、ワクチン処理前にプロテアーゼ水溶液で処理することにより、該当する実験区のアユに対してワクチンの効果が高まっていたことがわかる。
【0068】
(参考例1:アユへのプロテアーゼ処理の効果)
平均体重4.7gの人工生産されたアユ20尾を実験区の1区として用いた。パパイン製剤(新日本化学工業株式会社製スミチームP)0.5gを10Lの淡水に溶解した水溶液を水槽に仕込み、この水槽に当該区のアユを15.5℃で30分間浸漬した。
【0069】
全てのアユをパパイン水溶液から取り出し、この実験区の全てのアユを、冷病菌培養液(PH−0424株培養液;106.9CFU/mL)に1時間浸漬した。
【0070】
その後アユを通常の飼育環境に戻し、このまま14日間アユの飼育を継続し、その期間における死亡したアユの個体数をカウントした。この死亡した個体数について、飼育期間の累積死亡数の割合として算出したものを図2に示す。
【0071】
(参考例2:アユへのプロテーゼ処理および回復処理の効果)
参考例1と同様にしてプロテアーゼ水溶液によるアユの浸漬処理を行った。全てのアユをプロテアーゼ水溶液から取り出して、1日間淡水中で飼育した(回復処理)。
【0072】
その後、参考例1と同様にしてアユを冷水病菌培養液にて浸漬し、その後アユを通常の飼育環境に戻した状態で飼育し、その期間における死亡したアユの個体数をカウントした。この死亡した個体数について、飼育期間の累積死亡数の割合として算出したものを図2に示す。
【0073】
(参考比較例1:対照区(非免疫区))
対照区として、パパイン製剤を溶解した水溶液への浸漬を行わなかったこと以外は参考例1と同様にしてアユの飼育を行った。その後、参考例1と同様にしてアユを冷水病菌培養液にて浸漬し、その後アユを通常の飼育環境に戻した状態で飼育し、その期間における死亡したアユの個体数をカウントした。この死亡した個体数について、飼育期間の累積死亡数の割合として算出したものを図2に示す。
【0074】
図2に示すように、14日後の累積死亡率は参考比較例1の対照区で45%、プロテアーゼ処理のみを行った参考例1の実験区で70%、プロテアーゼ処理と回復処理とを行った参考例2の実験区で20%となった。このことから、プロテアーゼ処理によって、アユは、実施例1のようなワクチンだけでなく、水溶液中の細菌を取り込みやすくなっており、むしろ参考例1と参考比較例1とを比較した場合は、プロテアーゼ処理を行った参考例1の方が冷水病菌の取り込みが増大されたことがわかる。これに対し、プロテアーゼ処理と回復処理とを行った参考例2の実験区では、プロテアーゼ処理で失われた体表粘液が1日後には回復していることがわかる。
【0075】
(実施例2:ヒラメへのレンサ球菌症ワクチンの取り込み)
平均体重28.5gの人工生産されたヒラメ20尾を実験区の1区として用いた。パパイン製剤(新日本化学工業株式会社製スミチームP)5gを1Lの海水に溶解した水溶液を水槽に仕込み、この水槽に当該区のヒラメを19.0℃で15分間浸漬した。その後、全てのヒラメを水槽から取り出し、これらのヒラメを、海水で容量比1/10まで希釈したレンサ球菌ワクチン(Mバックイニエ;共立製薬株式会社製)を含有する懸濁液1Lに19.0℃で30分間浸漬した。
【0076】
全てのヒラメをワクチン懸濁液から取り出し、通常の飼育水槽に移して14日間飼育した。
【0077】
上記ワクチン処理から14日経過後、この実験区の全てのヒラメを、トリプトソーヤブイヨン(日水製薬株式会社製)で培養したStreptococcus iniae Psi402株(松岡ら、魚病研究、2007年、第42号、pp.181−189)を104.1CFU/個体となるようにそれぞれ腹腔内注射した。
【0078】
その後ヒラメを通常の飼育環境に戻し、このまま13日間ヒラメの飼育を継続し、その期間における死亡したヒラメの個体数をカウントした。この死亡した個体数について、飼育期間の累積死亡数の割合として算出したものを図3に示す。
【0079】
(比較例3:ヒラメへのレンサ球菌症ワクチンの取り込み)
パパイン製剤を溶解した水溶液への浸漬を行わず、ワクチン懸濁液への浸漬のみを行ったこと以外は実施例2と同様にしてヒラメの飼育を行った。その後、実施例2と同様にしてPsi402株の腹腔内注射を行い、その後ヒラメを通常の飼育環境に戻した状態で飼育し、その期間における死亡したヒラメの個体数をカウントした。この死亡した個体数について、飼育期間の累積死亡数の割合として算出したものを図3に示す。
【0080】
(比較例4:対照区(非免疫区))
対照区として、パパイン製剤を溶解した水溶液への浸漬を行わず、かつワクチン懸濁液への浸漬も行わなかったこと以外は実施例2と同様にしてヒラメの飼育を行った。その後、実施例2と同様にしてPsi402株の腹腔内注射を行い、その後ヒラメを通常の飼育環境に戻した状態で飼育し、その期間における死亡したヒラメの個体数をカウントした。この死亡した個体数について、飼育期間の累積死亡数の割合として算出したものを図3に示す。
【0081】
図3に示すように、13日後の累積死亡率は比較例4の対照区で95.0%、ワクチンのみで処理した比較例3の実験区で45.0%、プロテアーゼ処理かつワクチン処理した実施例2の実験区で20.0%となりワクチン処理前にプロテアーゼ水溶液で処理することにより、該当する実験区のヒラメに対してワクチンの効果が高まっていたことがわかる。
【0082】
(参考例3:ヒラメへのプロテアーゼ処理の効果)
平均体重28.5gの人工生産されたヒラメ10尾を実験区の1区として用いた。パパイン製剤(新日本化学工業株式会社製スミチームP)2gを溶解させ、かつ容量比で1/4にまで淡水で希釈した海水2Lで構成される水溶液を水槽に仕込み、この水槽に当該区のヒラメを26.5℃で15分間浸漬した。
【0083】
全てのヒラメをパパイン水溶液から取り出し、この実験区の全てのヒラメを、レンサ球菌培養液(Psi402株培養液;108.1CFU/mL)に30分間浸漬した。
【0084】
その後ヒラメを通常の飼育環境に戻し、このまま2週間ヒラメの飼育を継続し、その期間における死亡したヒラメの個体数をカウントした。この死亡した個体数について、飼育期間の累積死亡数の割合として算出したものを図4に示す。
【0085】
(参考例4:ヒラメへの酵素処理および回復処理の効果)
参考例3と同様にしてパパイン水溶液によるヒラメの浸漬処理を行った。全てのヒラメをパパイン水溶液から取り出して、1日間海水中で飼育した(回復処理)。
【0086】
その後、参考例3と同様にしてヒラメをレンサ球菌培養液にて浸漬し、その後ヒラメを通常の飼育環境に戻した状態で飼育し、その期間における死亡したヒラメの個体数をカウントした。この死亡した個体数について、飼育期間の累積死亡数の割合として算出したものを図4に示す。
【0087】
(参考比較例2:対照区(非免疫区))
対照区として、パパイン製剤を溶解した水溶液への浸漬を行わなかったこと以外は参考例3と同様にしてヒラメの飼育を行った。その後、参考例1と同様にしてヒラメをレンサ球菌培養液にて浸漬し、その後ヒラメを通常の飼育環境に戻した状態で飼育し、その期間における死亡したヒラメの個体数をカウントした。この死亡した個体数について、飼育期間の累積死亡数の割合として算出したものを図4に示す。
【0088】
図4に示すように、2週間後の累積死亡率は、参考比較例2の対照区で10%、プロテアーゼ処理のみを行った参考例3の実験区で90%、プロテアーゼ処理と回復処理とを行った参考例4の実験区で10%となった。このことから、プロテアーゼ処理によって、ヒラメは、実施例2のようなワクチンだけでなく、水溶液中の細菌を取り込みやすくなっており、むしろ参考例3と参考比較例2とを比較した場合は、プロテアーゼ処理を行った参考例3の方がレンサ球菌の取り込みが増大されたことがわかる。これに対し、プロテアーゼ処理と回復処理とを行った参考例4の実験区では、プロテアーゼ処理で失われた体表粘液が1日後には回復していることがわかる。
【0089】
(実施例3:アユへのレンサ球菌症ワクチンの取り込み)
平均体重12.5gの人工生産されたアユ25尾を実験区の1区として用いた。パパイン製剤(新日本化学工業株式会社製スミチームP)0.4gを2Lの淡水に溶解した水溶液を水槽に仕込み、この水槽に当該区のアユを20.0℃で15分間浸漬した。その後、全てのアユを水槽から取り出し、これらのアユを、淡水で容量比1/10まで希釈したレンサ球菌ワクチン(Mバックイニエ;共立製薬株式会社製)を含有する懸濁液1Lに20.0℃で10分間浸漬した。
【0090】
全てのアユをワクチン懸濁液から取り出し、通常の飼育水槽に移して13日間飼育した。
【0091】
上記ワクチン処理から13日経過後、この実験区から5尾のアユを取り出し、それぞれ尾部血管から採血し、血液を遠心分離(5000g、5分間)にかけて血清を回収した。得られた血清から、抗体価を、抗アユIgMモノクローナル抗体(フナコシ株式会社製)を用いたELISA法によって測定した。得られた結果を図5に示す。
【0092】
(比較例5:アユへのレンサ球菌症ワクチンの取り込み)
パパイン製剤を溶解した水溶液への浸漬を行わず、ワクチン懸濁液への浸漬のみを行ったこと以外は実施例3と同様にしてアユの飼育を行った。その後、実施例3と同様にして血清を得、抗アユIgMモノクローナル抗体を用いたELISA法によって抗体価を測定した。得られた結果を図5に示す。
【0093】
(比較例6:対照区(非免疫区))
対照区として、パパイン製剤を溶解した水溶液への浸漬を行わず、かつワクチン懸濁液への浸漬も行わなかったこと以外は実施例3と同様にしてアユの飼育を行った。その後、実施例3と同様にして血清を得、抗アユIgMモノクローナル抗体を用いたELISA法によって抗体価を測定した。得られた結果を図5に示す。
【0094】
図5に示すように、抗体価は、プロテアーゼ処理かつワクチン処理した実施例3のアユの場合に最も高くなっており、プロテアーゼ処理によってワクチン成分の取り込みが促進されていたことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明によれば、水生生物の体内に有用成分を効率良く取り込ませることができる。このことにより、大多数の水生生物に対しても低コストで効率的に有用成分を取り込ませることが可能である。さらに、本発明は、水生生物の成長段階に関わらず適用可能なため、例えば、従来では注射による取り込みが困難であった稚魚に対しても適用することができる。このように本発明は、例えば水産分野等において有用である。
図1
図2
図3
図4
図5