特許第6012040号(P6012040)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6012040
(24)【登録日】2016年9月30日
(45)【発行日】2016年10月25日
(54)【発明の名称】ワックスの塗布範囲評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 25/72 20060101AFI20161011BHJP
   G01B 11/06 20060101ALI20161011BHJP
   G01N 21/84 20060101ALI20161011BHJP
   G01B 21/08 20060101ALI20161011BHJP
【FI】
   G01N25/72 J
   G01B11/06 H
   G01N21/84 Z
   G01B21/08
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-263493(P2012-263493)
(22)【出願日】2012年11月30日
(65)【公開番号】特開2013-137304(P2013-137304A)
(43)【公開日】2013年7月11日
【審査請求日】2015年11月17日
(31)【優先権主張番号】特願2011-261993(P2011-261993)
(32)【優先日】2011年11月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002967
【氏名又は名称】ダイハツ工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【弁理士】
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【弁理士】
【氏名又は名称】熊野 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100155457
【弁理士】
【氏名又は名称】野口 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】中田 裕二
(72)【発明者】
【氏名】塚本 信久
(72)【発明者】
【氏名】高垣 公志
(72)【発明者】
【氏名】川村 貴紀
【審査官】 後藤 大思
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−112806(JP,A)
【文献】 特開平4−333341(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 25/00−25/72
G01B 11/00−11/30
G01B 21/00−21/32
G01J 5/00− 5/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被塗布部材のうちワックスが塗布されていない非塗布領域の表面温度と、前記ワックスを塗布して一定時間が経過した後の前記ワックスの塗布領域の裏面温度とを、前記被塗布部材を赤外線サーモグラフで撮像することで取得する温度取得工程と、
前記塗布領域の裏面温度と、前記非塗布領域の表面温度との実温度差を算出する実温度差算出工程と、
前記ワックスの塗布による前記塗布領域の温度上昇を考慮して、前記塗布領域の裏面温度と前記非塗布領域の表面温度との温度差の許容下限値を設定する許容下限値設定工程と、
前記実温度差と、前記温度差の許容下限値とに基づき、前記ワックスの塗布範囲を評価する塗布範囲評価工程とを具備し、
前記許容下限値設定工程において、前記ワックスの塗布領域から非塗布領域への熱伝達による前記非塗布領域の温度上昇を加味して、前記温度差の許容下限値を設定するワックスの塗布範囲評価方法。
【請求項2】
前記温度取得工程において、前記ワックスを塗布する前の前記被塗布部材の表面温度を前記非塗布領域の表面温度として取得する請求項1に記載のワックスの塗布範囲評価方法。
【請求項3】
前記温度取得工程において、前記ワックスの塗布予定領域を除く前記被塗布部材の表面温度を前記非塗布領域の表面温度として取得する請求項1に記載のワックスの塗布範囲評価方法。
【請求項4】
前記被塗布部材に対する前記ワックスの塗布条件に基づいて、前記塗布領域の裏面温度と前記非塗布領域の表面温度との温度差と、前記ワックスの塗布膜厚との関係を示す理論式を導出する理論式導出工程をさらに具備し、
前記許容下限値設定工程において、前記理論式に基づき、前記塗布膜厚の許容下限値に対応する前記温度差の許容下限値の理論値を算出し、該理論値に、前記ワックスの塗布領域から非塗布領域への熱伝達による前記非塗布領域の温度上昇を加算して、前記温度差の許容下限値を算出する請求項1〜3の何れかに記載のワックスの塗布範囲評価方法。
【請求項5】
前記赤外線サーモグラフで撮像することで得た前記実温度差が、前記温度差の許容下限値以上である領域のみを、前記ワックスの塗布作業者に視認可能な位置に配設したモニタに表示する請求項1〜4の何れかに記載のワックスの塗布範囲評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワックスの塗布範囲を評価する方法に関し、特に、目視できない箇所に塗布されるワックスの塗布範囲を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、自動車の車体の塗装工程においては、車体を構成するドアやフード等の袋構造部に対して、雨水等の浸入による鋼板の腐食を防止する目的で、塗装工程の後に防錆用のワックスを塗布する防錆処理工程が設けられている。
【0003】
上述のように、この種のワックスを塗布する目的は防錆であることから、ワックスの塗布作業の後には、適正にワックスが塗布されているか否か、具体的には塗布されたワックスが十分な防錆性能を発揮できる範囲に塗布されているか否かを検査する必要がある。ところが、上記ワックスの塗布箇所は、ドアやフード等の袋構造部の内面であることから、目視で直接確認できる範囲が限られてしまい、塗布範囲を漏れなく確認することが難しい。そのため、この種の検査については、被塗布部材(ドアなど)に設けられた水抜き穴からのワックスの垂れ具合でもってその塗布量(実際に塗布できた領域の広さ)を間接的に評価しているのが現状である。
【0004】
この他にも、定期的に一定数を抜き取って、内視鏡による検査や、解体による目視確認が行われているが、何れも確認数が必然的に少なくなり、ばらつきの程度が不明なために、全量評価による十分な品質保証がなされているとは言い難かった。
【0005】
ここで、例えば下記特許文献1には、赤外線サーモグラフで撮像した画像を解析することで、ワックスの塗布状態を評価する方法が開示されている。具体的には、赤外線サーモグラフで撮像して得た画像をピクセル単位に分割すると共に、分割した単位ピクセルごとの温度上昇速度を計算し、これを予め設定しておいた2つのしきい値と比較することで、当該単位ピクセルにおける温度上昇が、ワックスを直接塗布したことによるもの(高いほうのしきい値より大きい場合)か、ワックスからの熱拡散によるもの(上下のしきい値間の値を示す場合)かを判定する手法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−112806号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記特許文献1に記載の評価技術では、温度上昇速度を用いて塗布範囲を評価するために、作業終了後に、撮像した画像を解析するための時間が必要となる。これでは、解析時間の経過後でなければ、塗布範囲の評価を行うことができないため、作業時間の増加、ひいては作業コストの増加を招く。また、被塗布部材が車体のドアやフード等の場合、ワックスの塗布作業は、複数のドアやフードに対して複数の作業者が同時に行われることが望ましい。しかしながら、このような場合には、所定のワックス塗布領域の裏面を塗布直後から連続して一定時間撮像しようとしても、他の作業者やドア等が妨げとなるため、上述の如く連続して撮像することは難しい。これでは、一枚ずつドアの塗布作業と撮像作業を行う必要が生じ、上述の場合と同様、作業時間の増加を招く。
【0008】
以上の事情に鑑み、短時間でワックスの塗布範囲を全数評価することを、本発明により解決すべき技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記技術的課題の解決は、本発明に係るワックスの塗布範囲評価方法によって達成される。すなわち、この評価方法は、被塗布部材のうちワックスが塗布されていない領域の表面温度と、ワックスを塗布して一定時間が経過した後のワックスの塗布領域の裏面温度とを、被塗布部材を赤外線サーモグラフで撮像することで取得する温度取得工程と、塗布領域の裏面温度と、非塗布領域の表面温度との実温度差を算出する実温度差算出工程と、ワックスの塗布による塗布領域の温度上昇を考慮して、塗布領域の裏面温度と非塗布領域との温度差の許容下限値を設定する許容下限値設定工程と、実温度差と、温度差の許容下限値とに基づき、ワックスの塗布範囲を評価する塗布範囲評価工程とを具備し、許容下限値設定工程において、ワックスの塗布領域から非塗布領域への熱伝達による非塗布領域の温度上昇を加味して、温度差の許容下限値を設定する点をもって特徴付けられる。
【0010】
このように、本発明では、被塗布部材のうちワックスが塗布されていない領域の表面温度と、ワックスを塗布して一定時間が経過した後のワックスの塗布領域の裏面温度との温度差に基づき塗布膜厚を評価するようにしたので、ワックスの塗布領域と非塗布領域それぞれ1回ずつの温度測定(撮像)作業でもって、ワックスの塗布範囲を評価することができる。これにより、塗布直後から連続的に撮像し続ける必要のあった従来の赤外線サーモグラフによる評価手法に比べて、温度測定作業に要する時間を短縮することができる。また、被塗布部材のうちワックスが塗布されていない領域の表面温度と、塗布して一定時間が経過した後の塗布領域の裏面温度さえ測定できれば足りるので、測定作業自体は非破壊で実施でき、かつ短時間で済む。そのため、特段の作業時間の増加を招くことなく塗布範囲の全数評価が可能となり、一層の品質保証機能の向上を図ることが可能となる。
【0011】
また、本発明では、上記温度差の許容下限値を設定するに際し、ワックスの塗布による塗布領域の温度上昇だけでなく、ワックスの塗布領域からこれに隣接する非塗布領域(よって、表面温度の取得対象となるワックスの非塗布領域とは結果的に異なる領域であってもよい。)への熱伝達による非塗布領域の温度上昇も考慮して、温度差の許容下限値を設定するようにした。この種のワックスの塗布作業において、実際に必要とされるワックスの塗布量はそれほど多くなく、一方で、鋼板やアルミ合金板のように被塗布部材が比較的伝熱性に優れた材料で形成される場合、ワックスの塗布領域からこれに隣接する非塗布領域への熱伝達による非塗布領域の温度上昇量は無視できない大きさになる。以上の点に鑑み、本発明では、塗布領域からの熱伝達による非塗布領域の温度上昇も考慮して、上記温度差の許容下限値を設定するようにしたので、ワックスが適正に塗布されていない領域を塗布領域であると誤判定する事態を回避することができる。また、ワックスの塗布作業が予定より長引いたり、あるいは短時間で完了した場合には、塗布開始から撮像までの経過時間が変動するため、実際に得られる温度差の値はばらつくが、上述のように非塗布領域への熱伝達による温度上昇を加味して評価しているのであれば、撮像時刻に関係なく、ワックスの塗布範囲を高精度に評価することができる。また、評価結果に対する信頼性を高めることが可能となる。
【0012】
また、本発明に係るワックスの塗布範囲評価方法は、温度取得工程において、ワックスを塗布する前の被塗布部材の表面温度を非塗布領域の表面温度として取得するものであってもよい。
【0013】
このように、非塗布領域として、ワックスを塗布する前の被塗布部材の表面温度を取得することで、ワックスの塗布予定領域における塗布前後の温度差に基づき塗布範囲を評価することができる。これにより、ワックスの塗布による熱伝達の影響を一切受けていない(温度変化を生じていない)状態の被塗布部材の表面温度を基準としてワックスの塗布範囲を評価することができる。また、被塗布部材ごとの温度のばらつきの影響を受けることなく、安定した塗布範囲の評価結果を得ることができる。
【0014】
あるいは、本発明に係るワックスの塗布範囲評価方法は、温度取得工程において、ワックスの塗布予定領域を除く被塗布部材の表面温度を非塗布領域の表面温度として取得するものであってもよい。
【0015】
本発明の趣旨は、ワックスの塗布による塗布領域の温度上昇及びワックスの塗布領域からこれに隣接する非塗布領域への熱伝達による非塗布領域の温度上昇を加味して、温度差の許容下限値を設定する点にあることを鑑みると、表面温度の取得対象となるワックスの非塗布領域は、ワックスの塗布予定領域に限ることはなく、例えば、被塗布部材のうちワックスの塗布予定領域から外れた領域であってもよい。このように、ワックスの塗布予定領域から外れた領域を表面温度の取得領域とすることで、例えば作業者や周辺設備により、塗布作業の前後を通じてワックスの塗布予定領域が赤外線サーモグラフで安定的に撮像できない場合であっても、被塗布部材のうちワックスの塗布予定領域とは直接関係ない領域(例えばドアパネルであれば、その上方部位など)の表面温度を基準として実温度差を算出することができる。また、塗布予定領域とは離れた領域であれば、熱伝達による塗布作業中の温度変化も非常に小さいか、あるいは無視できるレベルと推察されるので、塗布作業前に限らず、塗布作業中に取得した当該領域の表面温度であっても実温度差の算出基準として問題なく使用することができる。
【0016】
また、本発明に係るワックスの塗布範囲評価方法は、許容下限値設定工程において、ワックスの塗布後、一定時間の経過に伴う塗布領域の温度低下をさらに加味して、温度差の許容下限値を設定するものであってもよい。
【0017】
ワックスが塗布された領域では、ワックスからの熱伝達により温度が上昇するが、一定時間の経過後には、周囲への熱伝達(熱拡散)量がワックスからの熱伝達量を上回る事態が起こり得る。そのため、上記温度差の許容下限値を必要以上に大きく設定していると、ワックスが適正に塗布された領域であっても、既に温度低下が始まっている領域を、非塗布領域と誤って判定するおそれが生じる。この点、上述のように、ワックスの塗布後、一定時間(すなわち塗布開始から撮像開始までの時間)の経過に伴う塗布領域の温度低下をさらに加味して温度差の許容下限値を設定することで、上述の不具合(誤判定)を防止して、より正確な塗布範囲の評価が可能となる。
【0018】
また、本発明に係るワックスの塗布範囲評価方法は、被塗布部材に対するワックスの塗布条件に基づいて、塗布領域の裏面温度と非塗布領域の表面温度との温度差と、ワックスの塗布膜厚との関係を示す理論式を導出する理論式導出工程をさらに具備し、許容下限値設定工程において、理論式に基づき、塗布膜厚の許容下限値に対応する温度差の許容下限値の理論値を算出し、この理論値に、ワックスの塗布領域から非塗布領域への熱伝達による非塗布領域の温度上昇を加算して、温度差の許容下限値を算出するものであってもよい。
【0019】
ワックスを塗布する目的は被塗布部材の防錆にあることから、許容される塗布膜厚の下限値が規格等で定められている。この点、ワックスの塗布領域と非塗布領域との温度差と塗布膜厚との関係を示す理論式に基づいて上記温度差の許容下限値の理論値を求めるようにしたので、これに塗布領域からの熱伝達による非塗布領域の温度上昇を加算して、上記温度差の許容下限値を算出することで、適正にワックスが塗布された範囲をより正確に評価することが可能となる。
【0020】
また、本発明に係るワックスの塗布範囲評価方法は、赤外線サーモグラフで撮像することで得た実温度差が、温度差の許容下限値以上である領域のみを、ワックスの塗布作業者に視認可能な位置に配設したモニタに表示するものであってもよい。
【0021】
上述のようにすれば、実際にワックスが適正に塗布された範囲のみをモニタに表示することができる。これにより、ワックスが塗布されていない領域をワックスの塗布作業者が正確に把握できるばかりでなく、同者がモニタで確認した直後にワックスの塗り直しを行うことができる。これにより、塗り直しを含めたワックスの塗布作業を非常に短時間で行うことが可能となる。
【発明の効果】
【0022】
以上のように、本発明によれば、短時間でワックスの塗布範囲を全数評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本発明の一実施形態に係るワックスの塗布範囲評価方法のフローチャートである。
図2】ワックスの塗布範囲評価方法を実施するための設備の一例を示す斜視図である。
図3】ワックスの塗布領域を含む被塗布部材としてのドアの袋構造部の断面図である。
図4】ワックスの塗布領域の裏面温度と塗布前の表面温度との温度差と、ワックスの塗布膜厚との関係を示すグラフである。
図5】本実施形態に係るワックスの塗布範囲評価方法により得た評価結果のモニタへの表示例である。
図6】他のワックスの塗布範囲評価方法により得た評価結果のモニタへの表示例である。
図7】本発明の他の実施形態に係るワックスの塗布範囲評価方法により得た評価結果のモニタへの表示例である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明に係るワックスの塗布範囲評価方法の一実施形態を図面に基づき説明する。この実施形態では、車体のドア及びフードの袋構造部に塗布したワックスの塗布範囲を評価する場合を例にとって説明する。
【0025】
図1は、本発明の一実施形態に係るワックスの塗布範囲評価方法のフローチャートを示している。同図に示すように、この評価方法は、ワックスを塗布する前の被塗布部材の表面温度と、ワックスを塗布して一定時間が経過した後のワックスの塗布領域の裏面温度とを、被塗布部材を赤外線サーモグラフで撮像することで取得する温度取得工程S1と、塗布領域の裏面温度と、塗布前の表面温度との実温度差を算出する実温度差算出工程S2と、ワックスの直接塗布による温度上昇、及び、ワックスの塗布領域から非塗布領域への熱伝達による非塗布領域の温度上昇を考慮して、塗布領域の裏面温度と塗布前の表面温度との温度差の許容下限値を設定する許容下限値設定工程S3と、実温度差と、温度差の許容下限値とに基づき、ワックスの塗布範囲を評価する塗布範囲評価工程S4とを具備する。
【0026】
また、この実施形態では、許容下限値設定工程S3の前に、被塗布部材に対するワックスの塗布条件に基づいて、塗布領域の裏面温度と塗布前の表面温度との温度差と、ワックスの塗布膜厚との関係を示す理論式を導出する理論式導出工程S5をさらに具備すると共に、塗布範囲評価工程S4で得た評価結果として、赤外線サーモグラフで撮像することで得た実温度差が、温度差の許容下限値以上である領域のみを、ワックスの塗布作業者に視認可能な位置に配設したモニタに表示する評価結果表示工程S6をさらに具備する。以下、各工程を詳細に説明する。
【0027】
(温度取得工程S1)
まず、ワックスを塗布する前の被塗布部材の表面温度と、ワックスを塗布して一定時間が経過した後のワックスの塗布領域の裏面温度とを、被塗布部材を赤外線サーモグラフで撮像することで取得する。具体的に説明すると、図2に示すように、被塗布部材としての車体1の塗布作業ステーション2に、ワックスの塗布対象となるサイドドア3やバックドア4、及びフード5を個別に撮像可能な赤外線サーモグラフ6を複数設置すると共に、赤外線サーモグラフ6と同数のモニタ7を設置する。この実施形態では、図2に示すように、ワックスの塗布作業を行う塗布作業者8がその作業位置において、担当する塗布対象(サイドドア3など)の塗布範囲の評価結果を視認できる位置及び向きに、モニタ7を設置する。
【0028】
そして、実際に車体1が塗布作業ステーション2の所定位置(塗布作業位置)に搬入されると、まず、サイドドア3、バックドア4、及びフード5を開いた状態で、対応する赤外線サーモグラフ6でサイドドア3やバックドア4、及びフード5の表面を撮像し、ワックスを塗布する前の表面温度TP1を測定する。この実施形態では、図2に示すように、サイドドア3等のアウタ側の外表面のうち、ワックスの塗布が予定される領域(図5で言えば、ワックスが実際に塗布された領域9)が撮像範囲に含まれるように、赤外線サーモグラフ6による撮像を行い、これにより撮像領域の温度(分布)を測定する。
【0029】
このようにして、ワックスを塗布する前の表面温度(分布)を測定したら、複数の塗布作業者8がそれぞれ担当の塗布対象となるサイドドア3やバックドア4、及びフード5の前に移動し、手に持った塗布ガン10で各塗布対象(サイドドア3、バックドア4、フード5)の袋構造部11に向けて防錆用のワックスを噴射し塗布する。サイドドア3を例に挙げて詳細に説明すると、図3に示すように、サイドドア3の袋構造部11は、例えばアウタパネル12とインナパネル13との重ね合わせ部に接着剤14を充填した状態でアウタパネル12の周縁部を折り返して(ヘミング加工を施して)アウタパネル12とインナパネル13とを一体化することにより形成される。そして、塗布作業者8は、袋構造部11の周囲に設けられた隙間から塗布ガン10を差し込んで塗布することで、袋構造部11を構成するアウタパネル12の内面と、インナパネル13の内面とにワックス15を塗布する。
【0030】
そして、ワックス15の塗布作業が終了した後、ワックスの塗布領域9(図5を参照)の裏面を赤外線サーモグラフ6で再度撮像し、塗布領域9の裏面温度TP2を測定する。この実施形態では、車体1と赤外線サーモグラフ6との相対位置は一定であるので、塗布前の際と同じく、サイドドア3等のアウタ側の外表面のうち、ワックスの塗布領域9が撮像範囲に含まれるように、赤外線サーモグラフ6による撮像を行い、これにより撮像領域の温度(分布)を測定する。
【0031】
(実温度差算出工程S2)
次に、温度測定工程S1で取得した塗布領域9の裏面温度TP2と、塗布前の表面温度TP1との実温度差TRを算出する。通常、ワックス15の塗布により被塗布部材(サイドドア3等)の被塗布表面温度が上昇することから、実温度差TRは、以下の式で表される。
式1:TR=TP2−TP1
【0032】
(理論式導出工程S5)
また、後述する温度差の許容下限値TLを設定するに際し、先に、本実施形態では、サイドドア3等に対するワックス15の塗布条件に基づいて、塗布領域9の裏面温度TP2と塗布前の表面温度TP1との温度差Tと、ワックス15の塗布膜厚tWAXとの関係を示す理論式を導出する。ここでは、塗布されたワックス15と被塗布部材としてのサイドドア3等を構成する鋼板との間でのみ熱交換が行われる(ワックス15の熱は全て鋼板に伝達される)と仮定した場合の、上記温度差Tと塗布膜厚tWAXとの関係を示す理論式を導出する。ここで、アウタパネル12を上記温度差T分だけ上昇させるのに必要な熱量CPは、以下の式2で表される。
式2:CP=cP×MP×T
ただし、cPはアウタパネルの比熱、MPはワックスの塗布領域9におけるアウタパネルの質量を示す。
また、この場合、塗布されたワックス15が失った熱量CWAXは、以下の式3で表される。
式3:CWAX=cWAX×MWAX×{TWAX−(TP1+T)}
ただし、cWAXはワックスの比熱、MWAXは塗布されたワックスの質量、TWAXは塗布直後のワックスの温度を示す。
また、アウタパネルの質量MP、ワックスの質量MWAXはそれぞれ、
式4:MP=A×tP×ρP
式5:MWAX=A×tWAX×ρWAX
で表される。ただし、Aはワックスの塗布面積、tPはアウタパネルの板厚、tWAXはワックスの塗布膜厚、ρPはアウタパネルの密度、ρWAXはワックスの密度をそれぞれ示す。
そして、式1及び式2において、CP=CWAXとした場合、ワックスの塗布膜厚tWAXは、温度差Tの関数として
式6:tWAX={CP×tP×ρP×T}/[cWAX×ρWAX×{TWAX−(TP1+T)}]
のように表される。
【0033】
なお、より厳密に温度差Tと塗布膜厚tWAXとの理論式を導出するのであれば、例えばワックス15から空気中に拡散する熱量等も考慮して、熱平衡式を構築するようにしてもよいが、今回は、上述のように、塗布膜厚tWAXの許容下限値さえ保証できればよいので、より簡易な条件下で導出可能な理論式を採用した。また、後述するように、空気中への熱拡散がないとした場合に導出した温度差の許容下限値よりも実際の温度差(実温度差TR)が大きければ、実際のワックス15の塗布膜厚tWAXはさらに大きい値を示すことになるため、品質保証の面でも問題ない。
【0034】
(許容下限値設定工程S3)
このようにして、温度差Tと塗布膜厚tWAXとの理論式を求めたら、当該理論式に基づき、塗布膜厚の許容下限値tLに対応する温度差の許容下限値TLの理論値を算出し、この理論値に、ワックスの塗布領域9から非塗布領域16(図5等を参照)への熱伝達による非塗布領域16の温度上昇を加算して、温度差の許容下限値TLを算出する。図4は、温度差Tと塗布膜厚tWAXとの関係を示すグラフであって、同図中、一点鎖線で示す曲線は、温度差Tと塗布膜厚tWAXとの関係を示す理論式、プロットは、温度差T及び塗布膜厚tWAXを実際に測定して得た値である。なお、実際のワックスの塗布膜厚は例えばウェットゲージを用いて測定することが可能である。この図より、温度差Tと塗布膜厚tWAXとの関係を示す理論式を用いて、温度差の実測値(実温度差TR)からワックス15の塗布範囲を評価することの妥当性が立証される。従い、例えば規格値である塗布膜厚の許容下限値tLに対応する温度差の許容下限値TLの理論値を、式6に示す理論式から算出し、当該理論値に、ワックスの塗布領域9から非塗布領域16への熱伝達による非塗布領域16の温度上昇を加算して、温度差の許容下限値TLを算出する。また、この実施形態では、ワックス15の塗布後、一定時間(ここでは、ワックス15の塗布作業時間)の経過に伴う塗布領域9の温度低下分をさらに考慮して、温度差の許容下限値TLを設定する。
【0035】
なお、上記ワックスの塗布領域9から非塗布領域16への熱伝達による非塗布領域16の温度上昇分の算出方法は特に問わず、例えば実際に塗布されたワックスや、熱伝達媒体となる鋼板の熱伝達に関連する物性値に基づく計算や、実際にワックスをアウタパネル12に塗布して温度測定を行うことによるトライアンドエラーにより求めてもよい。あるいは、塗布領域及び塗布量と温度上昇分との相関を取得し、当該取得した相関に基づき、温度上昇分を算出するようにしてもよい。ワックス15の塗布後、一定時間の経過に伴う塗布領域9の温度低下分の算出方法についても同様である。
【0036】
(塗布範囲評価工程S4)
このようにして、温度差の許容下限値TLを算出したら、先に求めた実温度差TRと、直前に求めた温度差の許容下限値TLとに基づき、ワックス15の塗布範囲を評価する。具体的には、実温度差TRが、温度差の許容下限値TL以上である領域については、実際に所要の塗布膜厚を有するワックス15が塗布されたものと判定する。一方で、実温度差Rが、温度差の許容下限値TL未満である領域については、ワックス15が塗布されておらず、あるいは塗布されていたとしても十分な塗布膜厚を有していないものと判定する。
【0037】
(評価結果表示工程S6)
そして、塗布範囲評価工程S4で得た評価結果として、赤外線サーモグラフ6で撮像することで得た実温度差TRが、温度差の許容下限値TL以上である領域のみを、ワックス15の塗布作業者8に視認可能な位置(図2を参照)に配設したモニタ7に表示する。これにより、実際にワックス15が適正に塗布された範囲のみがモニタ7に表示される。従って、このモニタ7の表示内容を塗布作業者8が見て、例えば図5に示すように、本来塗布すべき領域全てが表示されていると判断した場合には、ワックス15は適正に塗布されたものとして当該塗布作業を終了し、次の工程に車体1が搬送される。また、図示は省略するが、本来塗布すべき領域の一部に表示されていない箇所が見受けられる場合には、確認した当の塗布作業者8が、そのまま塗布ガン10で対応箇所にワックス15を塗布し直す。なお、必要と思われる場合には、再度、塗布終了後に塗布領域9の裏面温度を赤外線サーモグラフ6でもって測定し、以下、上記S2〜S6の工程を繰り返し実行することで、塗布範囲の再評価を行ってもよい。
【0038】
このように、本発明では、ワックス15を塗布する前のサイドドア3等の表面温度TP1と、ワックス15を塗布して一定時間(ここでは、ワックスの塗布作業開始から終了までの時間)が経過した後のワックスの塗布領域の裏面温度TP2との実温度差TRに基づき塗布膜厚tWAXを評価するようにしたので、ワックス15塗布の前後1回ずつの温度測定(撮像)作業でもって、ワックス15の塗布範囲を評価することができる。これにより、塗布直後から連続的に撮像し続ける必要のあった従来の赤外線サーモグラフによる評価手法に比べて、温度測定作業に要する時間を短縮することができる。また、ワックス15を塗布する前のサイドドア3等の表面温度TP1を基準としてワックスの塗布膜厚tWAXを評価することができるので、被塗布部材ごとの温度のばらつきの影響を受けることなく、安定した塗布範囲の評価結果を得ることができる。また、ワックス15を塗布する前のサイドドア3等の表面温度TP1と、塗布して一定時間が経過した後の塗布領域9の裏面温度TP2さえ測定できれば足りるので、測定作業自体は非破壊で実施でき、かつ短時間で済む。そのため、特段の作業時間の増加を招くことなく塗布膜厚tWAXの全数評価が可能となり、一層の品質保証機能の向上を図ることが可能となる。
【0039】
また、本発明では、上記温度差の許容下限値TLを設定するに際し、ワックス15の塗布による塗布領域9の温度上昇だけでなく、ワックスの塗布領域9から非塗布領域16への熱伝達による非塗布領域16の温度上昇も考慮して、温度差の許容下限値TLを設定するようにした。ここで、例えば上記熱伝達による非塗布領域16の温度上昇を考慮せずに理論式から上記温度差の許容下限値TLを設定した場合、その値は、非塗布領域16の温度上昇を考慮した場合と比べて小さいものとなる。そのため、例えば塗布直後に撮像すれば、実際の塗布領域9を良く反映したモニタ表示結果が得られるところ、一定時間(例えばワックス塗布作業時間)の経過後においては、図6に例示のように、実際には塗布していない箇所までもがモニタに着色表示(なお、同図中のグレースケールにおいては、白色に近いほど高温を、黒色に近いほど低温を表すものとする。図5図7についても同様とする。)されてしまい、正確な塗布範囲を表示することができない。これに対して、本発明のように、塗布領域9からの熱伝達による非塗布領域16の温度上昇を加味して温度差の許容下限値TLを設定すれば、ワックス15が適正に塗布されていない領域を塗布領域であると誤判定する事態を回避することができる。また、ワックス15の塗布作業が予定より長引いたり、あるいは短時間で完了した場合には、塗布開始から撮像までの経過時間が変動するため、実際に得られる温度分布はばらつくが(図5(a)及び(b)を参照)、上述のように非塗布領域16への熱伝達による温度上昇を加味して評価しているため、表示領域に大差はない。よって、この評価方法であれば、塗布開始から温度測定作業までの時間にある程度弾力を持たせつつも、ワックスの塗布範囲を高精度に評価することができる。また、評価結果に対する信頼性を高めることが可能となる。
【0040】
ところで、ワックスが塗布された領域9では、ワックス15からの熱伝達により温度が上昇するが、一定時間の経過後には、周囲への熱伝達(熱拡散)量がワックス15からの熱伝達量を上回る事態が起こり得る。そのため、上記温度差の許容下限値TLを必要以上に大きく設定していると、例えば図7(a)に示すように、塗布開始から所定時間の経過後であれば、ワックス15の塗布範囲を正確に評価できるものの、さらに時間が経過した後には、塗布領域9の一部で温度低下が始まってしまい、図7(b)に示すように、適正にワックス15が塗布された領域であるにも関らず、表示されない(非塗布領域16と判定される)おそれが生じる。この点、上述のように、ワックス15の塗布後、一定時間(すなわち塗布開始から撮像開始までの時間)の経過に伴う塗布領域の温度低下をさらに加味して温度差の許容下限値TLを設定することで、図5(b)に示すように、塗布作業終了直後からさらに一定の時間が経過した後であっても、ほぼ同じ表示結果(表示範囲)を得ることができる。
【0041】
もちろん、本発明に係るワックスの塗布範囲評価方法は、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で任意の構成を採ることが可能である。例えば、上記実施形態では、温度取得工程S1において、ワックス15を塗布する前のサイドドア3等の表面温度TP1を、非塗布領域、すなわち塗布予定領域を含めワックス15が塗布されていない領域の表面温度TP1として取得する場合を例示したが、もちろん、塗布予定領域を除く非塗布領域16の表面温度TP1を、ワックス15が塗布されていない領域の表面温度TP1として取得することも可能である。この場合には、例えばサイドドア3等の被塗布部材のうち塗布領域9から離れた領域を赤外線サーモグラフ6で撮像することで、当該領域の表面温度TP1を取得することができる。また、ワックス15の塗布による温度変化の非常に小さい領域を非塗布領域とすることから、その取得タイミングについても特に問われず、例えば塗布作業中に撮像することで取得したものであってもよい。
【0042】
また、上記実施形態では、被塗布部材(サイドドア3等)のうちワックス15が塗布されていない領域の表面温度TP1と、ワックス15を塗布して一定時間が経過した後のワックスの塗布領域9の裏面温度TP2とをそれぞれ1回ずつ取得し、この際の実温度差TRに基づき塗布範囲を評価するようにしたが、もちろんこの形態には限られない。例えば、ワックス15の塗布開始直後から、連続的に赤外線サーモグラフ6による熱画像(温度分布画像)を撮像すると共に、撮像した熱画像につき順次上述の塗布範囲の評価のための演算処理(画像取得時の実温度差TRと許容下限値TLとの比較)を行い、その結果をモニタ7に連続的に表示するようにしてもよい。すなわち、ワックス15の塗布作業が開始されたら、上記工程S1〜S6までの工程(特に、時々刻々と変化する実温度差TRの温度分布の取得及び許容下限値TLとの比較)を繰り返し実施し、その評価結果をモニタ7に表示するようにしてもよい。これにより、作業者によるワックス15の塗布作業の進行に伴って、ワックス15が適正に塗布された領域から順次モニタ7に表示される。この場合、非塗布領域の表面温度TP1としては、ワックス15を塗布する前の表面温度と、ワックス15の塗布予定領域を除く領域(非塗布領域16)の何れであってもよく(後者の場合、取得される表面温度TP1についても順次最新の熱画像の直前に取得した熱画像に基づいて更新可能である。)、また、このようにして順次取得した実温度差TRに基づく塗布膜厚の評価結果をモニタ7に連続的に表示するようにしてもよい。
【0043】
また、以上の説明では、全数評価を前提とした場合を例示したが、本発明に係るワックスの塗布範囲評価方法は、複数台(例えば3台)に1台の割合で評価するものであってもよいし、あるいは、所定時間(例えば1時間)ごとに1回の割合で評価するものであってもよいことはもちろんである。
【符号の説明】
【0044】
1 車体
2 塗布作業ステーション
3 サイドドア
4 バックドア
5 フード
6 赤外線サーモグラフ
7 モニタ
8 塗布作業者
9 塗布領域
10 塗布ガン
11 袋構造部
12 アウタパネル
13 インナパネル
14 接着剤
15 ワックス
16 非塗布領域
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7