特許第6012065号(P6012065)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6012065リチウムイオン電池用正極の製造方法及びリチウムイオン電池の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6012065
(24)【登録日】2016年9月30日
(45)【発行日】2016年10月25日
(54)【発明の名称】リチウムイオン電池用正極の製造方法及びリチウムイオン電池の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/1391 20100101AFI20161011BHJP
   H01M 4/66 20060101ALI20161011BHJP
【FI】
   H01M4/1391
   H01M4/66 A
【請求項の数】8
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2012-117613(P2012-117613)
(22)【出願日】2012年5月23日
(65)【公開番号】特開2013-246893(P2013-246893A)
(43)【公開日】2013年12月9日
【審査請求日】2015年4月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】310010081
【氏名又は名称】NECエナジーデバイス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123788
【弁理士】
【氏名又は名称】宮崎 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100127454
【弁理士】
【氏名又は名称】緒方 雅昭
(72)【発明者】
【氏名】濱中 信秋
【審査官】 小森 重樹
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−165388(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/008280(WO,A1)
【文献】 特開2004−349079(JP,A)
【文献】 特開2004−362837(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2012/0082898(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/1391
H01M 4/52
H01M 4/62
H01M 4/66
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム箔上に、アルミニウムと錯体を形成するカルボン酸と、該カルボン酸のアルカリ金属塩と、水とを含む緩衝溶液を塗布する工程と、
前記塗布された緩衝溶液が乾燥する前に、正極活物質と、溶媒としての水とを含む塩基性の正極材スラリを、前記緩衝溶液が塗布された領域に塗布する工程と、
を含むリチウムイオン電池用正極の製造方法。
【請求項2】
前記カルボン酸が、クエン酸、リンゴ酸、コハク酸、マレイン酸、安息香酸及びサリチル酸からなる群から選択される少なくとも一種である請求項1に記載のリチウムイオン電池用正極の製造方法。
【請求項3】
前記緩衝溶液中の前記カルボン酸および該カルボン酸のアルカリ金属塩の濃度の和が、0.001mol/L以上、0.1mol/L以下である請求項1又は2に記載のリチウムイオン電池用正極の製造方法。
【請求項4】
前記正極活物質がオキソニッケルリチウムを含む請求項1から3のいずれか1項に記載のリチウムイオン電池用正極の製造方法。
【請求項5】
前記カルボン酸のアルカリ金属塩が、前記カルボン酸のリチウム塩である請求項1から4のいずれか1項に記載のリチウムイオン電池用正極の製造方法。
【請求項6】
前記緩衝溶液のpHが3.7以上、4.3以下である請求項1から5のいずれか1項に記載のリチウムイオン電池用正極の製造方法。
【請求項7】
前記緩衝溶液を塗布する工程及び前記正極材スラリを塗布する工程において、前記アルミニウム箔の表面の温度が45℃以上、50℃以下である請求項1から6のいずれか1項に記載のリチウムイオン電池用正極の製造方法。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか1項に記載の方法によりリチウムイオン電池用正極を製造する工程と、
前記リチウムイオン電池用正極を備えるリチウムイオン電池を組み立てる工程と、
を含むリチウムイオン電池の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本実施形態は、リチウムイオン電池用正極の製造方法、及び、該方法を用いて製造されるリチウムイオン電池用正極を備えるリチウムイオン電池に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン電池用正極の製造方法としては、正極活物質及びバインダとしてのポリフッ化ビニリデンを含む正極材スラリを集電体に塗布する方法が挙げられる。ポリフッ化ビニリデンを溶解する溶媒としては、N−メチル−2−ピロリドンが好ましい。このため、正極材スラリの主たる溶剤には、N−メチル−2−ピロリドンが用いられる。一方、環境保護の観点から、N−メチル−2−ピロリドンの代わりに、水を溶媒とした正極材スラリを用いる方法が検討されている。
【0003】
また、正極活物質としてオキソニッケルリチウム等のリチウム含有複合酸化物を用いることで、高容量用途のリチウムイオン電池を作製することができる。
【0004】
ここで、オキソニッケルリチウム等のリチウム含有複合酸化物を、水を溶媒としてスラリ化した場合、混練工程においてリチウムイオンが溶出し、正極材スラリのpHは上昇する。このため、該正極材スラリを集電体として用いられるアルミニウム箔に塗布した場合、アルミニウム箔が酸化腐食されるとともに、正極活物質がアルミニウム箔から剥離する。これにより、正極活物質のアルミニウム箔への結着性が低下するため、正極の抵抗が高くなり、電池の内部抵抗が上昇し、電池特性が低下する。
【0005】
これらの課題を解決するために、正極活物質の表面に保護膜を設け、正極活物質と溶媒として用いる水との反応を抑制し、正極材スラリのpHの上昇を抑制する技術が開示されている(例えば、特許文献1参照)。また、カップリング剤を用いて、アルミニウム箔表面にカップリング処理を行う技術が開示されている(例えば、特許文献2、3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−157836号公報
【特許文献2】特開2008−153053号公報
【特許文献3】特開平09−199112号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に示されるポリテトラフルオロエチレンのような保護膜や、特許文献2及び3に示されるアルキルアセトアセテートアルミニウムジイソプロレートのようなカップリング材は高価であるため、アルミニウム箔の腐食防止効果は高いものの、正極製造コストが高くなる課題がある。
【0008】
また、例えば、オキソニッケルリチウムの他にマンガン酸リチウムを混合した正極活物質を用いる場合、正極材スラリのpHを必要以上に下げると、電池を作製した後、電池を高温環境下、長期間保管する場合、正極表面でマンガン酸リチウムの還元反応が進み易くなる。これにより、正極中のマンガンが電解液に溶出し、電池の容量低下が早まる課題がある。
【0009】
本実施形態は、集電体であるアルミニウム箔の酸化腐食が抑制され、正極活物質のアルミニウム箔への結着性が向上したリチウムイオン電池用正極を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本実施形態に係るリチウムイオン電池用正極の製造方法は、アルミニウム箔上に、アルミニウムと錯体を形成するカルボン酸と、該カルボン酸のアルカリ金属塩と、水とを含む緩衝溶液を塗布する工程と、前記塗布された緩衝溶液が乾燥する前に、正極活物質と、溶媒としての水とを含む塩基性の正極材スラリを、前記緩衝溶液が塗布された領域に塗布する工程と、を含む。
【0013】
本実施形態に係るリチウムイオン電池の製造方法は、本実施形態に係る方法によりリチウムイオン電池用正極を製造する工程と、前記リチウムイオン電池用正極を備えるリチウムイオン電池を組み立てる工程と、を含む。
【発明の効果】
【0014】
本実施形態によれば、集電体であるアルミニウム箔の酸化腐食が抑制され、正極活物質のアルミニウム箔への結着性が向上したリチウムイオン電池用正極を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[リチウムイオン電池用正極の製造方法]
本実施形態に係るリチウムイオン電池用正極の製造方法は、アルミニウム箔上に、アルミニウムと錯体を形成するカルボン酸と、該カルボン酸のアルカリ金属塩と、水とを含む緩衝溶液を塗布する工程と、前記塗布された緩衝溶液が乾燥する前に、正極活物質と、溶媒としての水とを含む塩基性の正極材スラリを、前記緩衝溶液が塗布された領域に塗布する工程と、を含む。
【0016】
本実施形態では、正極の集電体であるアルミニウム箔上に、アルミニウムと安定な錯体を形成するカルボン酸と、そのカルボン酸のアルカリ金属塩との緩衝溶液を塗布し、連続して水を溶媒とした塩基性の正極材スラリを塗布することによって、正極材スラリのpHを必要以上に下げることなく、アルミニウム箔上に、弱塩基性条件下においても酸化防止膜を形成することができる。これにより、正極材スラリとアルミニウム箔との接触過程において、アルミニウム箔の酸化腐食を抑制することができ、正極活物質の密着性を向上させることができる。
【0017】
具体的には、アルミニウム箔上に緩衝溶液を塗布する緩衝溶液塗布工程において、アルミニウム箔に緩衝溶液を塗布した直後に、アルミニウム箔表面にカルボン酸アルミニウム錯体が形成される。それと同時に、アルミニウムの酸化反応により微量の水素ガスが発生する。
【0018】
次に、正極材スラリを塗布する正極材スラリ塗布工程において、アルミニウム箔上に塗布された緩衝溶液が乾燥する前に、正極材スラリを塗布することで、水溶液中に溶解したカルボン酸アルミニウム錯体が、塩基との中和により、水酸化アルミニウムとして再析出する。この水酸化アルミニウムが生成する反応は、アルミニウム箔表面で最も発生し易いため、アルミニウム箔表面に水酸化アルミニウムの安定不動態が形成される。一方、この中和反応においてはアルミニウムの酸化反応は生じないため、水素ガスは発生しない。したがって、正極材スラリ塗布工程において気泡は生じず、乾燥後における正極活物質の剥離が抑制される。
【0019】
なお、予め正極材スラリにカルボン酸を混合した場合には、正極活物質の骨格構成金属とカルボン酸とが錯形成反応を起こし、正極活物質の溶解を引き起こす。したがって、本実施形態では、緩衝溶液をアルミニウム箔上に塗布し、アルミニウム箔表面上にアルミニウムカルボン酸錯体を形成し、かつ緩衝溶液が乾燥する前に正極材スラリを塗布することが必要である。
【0020】
また、本実施形態においては、アルミニウムと錯体を形成するカルボン酸を用いることにより、アルミニウムはカルボン酸水溶液中においてアルミニウム錯体として安定して存在することができるため、余剰の塩基により水酸化アルミニウムが水溶液中に溶解する反応を抑制することができる。すなわち、カルボン酸を混合しない水溶媒中においては、水酸化アルミニウムはpHが4〜8.5で安定なのに対し、例えばカルボン酸としてクエン酸を混合した水溶液中では、pHが7.5〜10.5で安定である。
【0021】
ここで、本実施形態では、緩衝溶液をアルミニウム箔に塗布する工程において、アルミニウム箔表面のアルミニウムは常に緩衝溶液に接した状態になっており、アルミニウム箔表面付近の溶液中にはアルミニウム錯イオンが高濃度で存在する。次に、塩基性の正極材スラリを塗布する工程において、塩基とアルミニウム箔近傍の溶液中に存在するアルミニウム錯イオンが反応する。アルミニウム錯イオンと塩基とが反応することにより、価数変化のないままに不動態の水酸化アルミニウムが生成し、再度アルミニウム箔表面に付着する。塩基性の正極材スラリの影響により溶液のpHが7.5から10.5に上昇しても、水酸化アルミニウムが安定してアルミニウム箔表面を覆うように存在するため、アルミニウムの溶出反応が抑制される。その結果、水素ガスの発生が抑制された状態で正極材スラリを塗布することができる。
【0022】
なお、カルボン酸としてクエン酸以外のカルボン酸を用いた場合、例えばカルボン酸としてリンゴ酸、コハク酸等を用いた場合にも、アルミニウムが水酸化アルミニウムとして安定に存在する領域が、カルボン酸を混合しない水溶媒に比べ、pHの高い領域に移行する。
【0023】
以上のように、本実施形態に係る緩衝溶液を先に塗布する方法を用いれば、正極材スラリを塗布する段階で水素を発生させずに水酸化アルミニウムを生成できるだけでなく、水酸化アルミニウムが安定に存在しうるpH領域を緩衝溶液未塗布の場合よりも高い領域に移行することができる。これにより、より高いpH領域の正極材スラリをそのままアルミニウム箔に塗布することができる。
【0024】
以下、本実施形態における各工程の詳細を示す。
【0025】
(緩衝溶液塗布工程)
本実施形態に係る方法は、アルミニウム箔上に、アルミニウムと錯体を形成するカルボン酸と、該カルボン酸のアルカリ金属塩と、水とを含む緩衝溶液を塗布する工程を含む。
【0026】
アルミニウムと錯体を形成するカルボン酸としては、アルミニウムと錯体を形成可能なカルボン酸であれば特に限定されない。しかしながら、アルミニウムとより安定な錯体を形成することで、塩基性状態でも酸化防止膜である水酸化アルミニウムをアルミニウム箔上に安定に形成できる観点から、クエン酸、リンゴ酸、コハク酸、マレイン酸、安息香酸及びサリチル酸からなる群から選択される少なくとも一種であることが好ましい。
【0027】
前記カルボン酸のアルカリ金属塩としては、特に限定されない。しかしながら、正極材スラリ及び緩衝溶液を乾燥した後の正極に、リチウム以外の金属イオンが混在することで、正極活物質へのリチウムのインターカレーション反応に影響を及すことを防ぐ観点から、前記カルボン酸のアルカリ金属塩は前記カルボン酸のリチウム塩であることが好ましい。
【0028】
前記緩衝溶液中のカルボン酸および該カルボン酸のアルカリ金属塩の濃度の和は、カルボン酸がアルミニウムと安定な錯体を形成するのに適する観点から、0.001mol/L以上、0.1mol/L以下であることが好ましく、0.01mol/L以上、0.095mol/L以下であることがより好ましく、0.05mol/L以上、0.09mol/L以下であることがさらに好ましい。
【0029】
前記緩衝溶液のpHは、酸化防止膜である水酸化アルミニウムをアルミニウム箔上に安定して形成するのに適する観点から、3.7以上、4.3以下であることが好ましく、3.8以上、4.2以下であることがより好ましく、3.9以上、4.1以下であることがさらに好ましい。前記緩衝溶液のpHを前記範囲内とすることにより、緩衝溶液及び正極スラリとアルミニウム箔表面との反応による気泡の発生を抑制することができるため、得られる正極の正極活物質塗布部におけるひび割れの発生、及び正極活物質の結着性の低下を抑制することができる。
【0030】
緩衝溶液の調製方法は特に限定されず、アルミニウムと錯体を形成するカルボン酸と、該カルボン酸のアルカリ金属塩と、水とを所定の配合比で混合することで調製することができる。
【0031】
緩衝溶液のアルミニウム箔上への塗布方法は特に限定されないが、例えば、アルミニウム箔をスラリ塗布コータ装置に充填し、該アルミニウム箔上に緩衝溶液を塗布することができる。
【0032】
緩衝溶液を塗布する際のアルミニウム箔の表面の温度は、45℃以上、50℃以下が好ましい。本緩衝溶液塗布工程及び後述する正極材スラリ塗布工程においてアルミニウム箔の表面の温度を前記範囲内とすることにより、緩衝溶液をアルミニウム箔上に塗布した後に生じる酸化反応を抑制し、錯形成反応を選択的に進行させることができる。このため、気泡の発生による正極活物質塗布部におけるひび割れの発生、及び正極活物質の結着性の低下を抑制することができる。
【0033】
緩衝溶液の塗布量は特に限定されないが、後述する正極材スラリの塗布量を1とした場合、体積比で、0.1以上、1以下が好ましく、0.3以上、0.7以下がより好ましい。
【0034】
(正極材スラリ塗布工程)
本実施形態に係る方法は、塗布された緩衝溶液が乾燥する前に、正極活物質と、溶媒としての水とを含む塩基性の正極材スラリを、緩衝溶液が塗布された領域に塗布する工程を含む。
【0035】
正極活物質としては、リチウムイオン電池用正極に用いることができる正極活物質であれば特に限定されず、リチウム含有複合酸化物等を用いることができるが、正極活物質がオキソニッケルリチウムを含むことが好ましい。正極活物質がオキソニッケルリチウムを含むことにより、緩衝溶液と正極材スラリとの中和過程において、酸化防止膜である水酸化アルミニウムをアルミニウム箔上により安定に形成することができる。ここで、オキソニッケルリチウムとは、ニッケルと、リチウムと、酸素とを少なくとも含む化合物を示す。オキソニッケルリチウムとしては、例えばLixNi1-yM1y2(0.90≦x≦1.15、0≦y≦0.3である。M1はCo、Mn及びAlからなる群から選択される少なくとも一種である。)が挙げられる。これらは一種のみを用いてもよく、二種以上を併用してもよい。
【0036】
正極活物質は、オキソニッケルリチウムに他に、マンガン酸リチウムを含んでもよい。前述したように、正極活物質がオキソニッケルリチウムの他にマンガン酸リチウムを含む場合、正極材スラリのpHを必要以上に下げることで、電池を作製した後、電池を高温環境下、長期間保管する際に、正極表面でマンガン酸リチウムの還元反応が起こることがある。本実施形態に係る方法によれば、正極材スラリのpHは高いままで正極を作製することができるため、マンガン酸リチウムの還元反応が抑制され、電池の容量低下を抑制することができる。マンガン酸リチウムとしては、例えばLixMn2-yM2y4(0.90≦x≦1.15、0≦y≦0.2である。M2はCo、Mg及びAlからなる群から選択される少なくとも一種である。)が挙げられる。これらは一種のみを用いてもよく、二種以上を併用してもよい。
【0037】
正極活物質がオキソニッケルリチウムとマンガン酸リチウムとを含む場合、オキソニッケルリチウムとマンガン酸リチウムとの配合比は特に限定されないが、オキソニッケルリチウムとマンガン酸リチウムとの合計に対するオキソニッケルリチウムの量は、5質量%以上、50質量%以下が好ましく、10質量%以上、40質量%以下がより好ましい。
【0038】
正極材スラリは塩基性である。ここで、塩基性とはpHが9.0以上であることを示す。正極材スラリのpHは10.0以上、10.8以下が好ましい。
【0039】
正極材スラリに含まれる正極活物質量は、特に限定されないが、正極材スラリの質量に対し90質量%以上、98質量%以下であることが好ましい。
【0040】
正極材スラリは、さらに増粘剤を含んでもよい。増粘剤としては、例えばカルボキシアルキルセルロースの塩を用いることができる。増粘剤の配合量は、例えば正極活物質に対して1質量%とすることができる。また、正極材スラリは、さらにバインダを含んでもよい。バインダとしては、スチレン・ブタジエンゴム、アクリル樹脂、ポリオレフィン等が挙げられる。これらは一種のみを用いてもよく、二種以上を併用してもよい。バインダの配合量は、例えば正極活物質に対して2質量%とすることができる。
【0041】
正極材スラリの調製方法は特に限定されず、正極活物質と、水とを所定の配合比で混合することで調製することができる。
【0042】
正極材スラリのアルミニウム箔上への塗布方法は、塗布された緩衝溶液が乾燥する前に、正極材スラリを緩衝溶液が塗布された領域に塗布することができれば特に限定されない。例えば、スラリ塗布コータ装置を用いて正極材スラリを塗布することができる。
【0043】
正極材スラリを塗布した際、緩衝溶液と正極材スラリとの混合液のpHは7.5以上、10.5以下であることが好ましい。緩衝溶液と正極材スラリとの混合液のpHが前記範囲内であることにより、アルミニウム箔表面にアルミニウムの安定不動態である水酸化アルミニウムがより安定に形成されるため、アルミニウム箔の酸化腐食の進行が抑えられる。その結果、酸化反応に伴う気泡の発生が抑制され、正極材スラリとアルミニウム箔との密着性が向上するため、正極活物質とアルミニウム箔との剥離が抑制される。前記緩衝溶液と正極材スラリとの混合液のpHは、8.0以上、10.0以下がより好ましく、9.0以上、9.8以下がさらに好ましい。なお、緩衝溶液と正極材スラリとの混合液のpHは、緩衝溶液のpH、正極材スラリのpH、緩衝溶液及び正極材スラリの塗布量の比率等を前記好ましい範囲内に適宜調整することで、前記範囲内に調整することができる。
【0044】
正極材スラリを塗布する際のアルミニウム箔の表面の温度は、45℃以上、50℃以下が好ましい。前記緩衝溶液塗布工程及び本正極材スラリ塗布工程においてアルミニウム箔の表面の温度を前記範囲内とすることにより、緩衝溶液をアルミニウム箔上に塗布した後に生じる酸化反応を抑制し、錯形成反応を選択的に進行させることができる。このため、気泡の発生による正極活物質塗布部におけるひび割れの発生、及び正極活物質の結着性の低下を抑制することができる。
【0045】
[リチウムイオン電池用正極、リチウムイオン電池]
本実施形態に係るリチウムイオン電池用正極は、本実施形態に係る方法により製造される。また、本実施形態に係るリチウムイオン電池は、本実施形態に係るリチウムイオン電池用正極を備える。本実施形態に係るリチウムイオン電池の正極以外の構成は特に限定されない。なお、リチウムイオン電池はリチウムイオン二次電池も含む。本実施形態に係るリチウムイオン電池用正極は、アルミニウム箔の腐食や正極活物質の剥離が抑制されているため、該リチウムイオン電池用正極を備える本実施形態に係るリチウムイオン電池は、正極の抵抗が低く、電池の内部抵抗が低く、高い電池特性を示す。
【0046】
[リチウムイオン電池用正極の製造方法]
本実施形態に係るリチウムイオン電池用正極の製造方法は、本実施形態に係る方法によりリチウムイオン電池用正極を製造する工程と、前記リチウムイオン電池用正極を備えるリチウムイオン電池を組み立てる工程と、を含む。リチウムイオン電池を組み立てる工程としては、本実施形態に係るリチウムイオン電池用正極を正極として用いれば特に限定されない。
【実施例】
【0047】
以下、本実施形態に係る実施例を示すが、本実施形態はこれらに限定されず、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。
【0048】
(実施例1)
緩衝溶液として、緩衝溶液中のクエン酸の総量が2質量%であり、クエン酸とクエン酸二水素リチウムの濃度の和が0.07mol/Lであり、pHが4.0であるクエン酸・クエン酸二水素リチウム水溶液を調製した。
【0049】
次いで、Li1.10Mn24及びLi0.99Ni0.80Co0.15Al0.052の混合物(混合比3:1(質量比))93質量%と、炭素4質量%と、カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩1質量%と、スチレン・ブタジエンゴム2質量%とを混合した。該混合物の総量に対し50質量%の水を該混合物に加え、正極材スラリを調製した。該正極材スラリのpHは10.8であった。
【0050】
表面の温度を50℃に制御したダイコータ上にアルミニウム箔を充填した。該アルミニウム箔上に、前記緩衝溶液を塗布量が0.02g/mm2となるように塗布した。5分経過後、塗布された緩衝溶液が乾燥していないことを確認し、アルミニウム箔表面の前記緩衝溶液が塗布された領域に、前記正極材スラリを、塗布量が0.04g/mm2となるようにダイコータヘッドから塗布した。
【0051】
次いで、さらに50℃で5分間乾燥し、アルミニウム箔表面の水分を乾燥させた。これにより、リチウムイオン電池用正極を作製した。このとき、正極活物質とアルミニウム箔との間に、はがれは確認されなかった。また、正極の密度は23〜25mg/cm2であった。なお、正極の密度は、30cm×8cmの正極活物質塗布部より7cm×7cmのアルミニウム箔を10点切り出して測定した。さらに、ピーリング試験による剥離強度は26〜34mN/mmであった。
【0052】
(実施例2)
クエン酸・クエン酸二水素リチウム水溶液の代わりに、リンゴ酸・リンゴ酸二水素リチウムの濃度の和が0.07mol/Lであり、pHが4.0であるリンゴ酸・リンゴ酸二水素リチウム水溶液を調製し、これを緩衝溶液として用いた以外は実施例1と同様にリチウムイオン電池用正極を作製し、評価した。このとき、正極活物質とアルミニウム箔との間に、はがれは確認されなかった。また、正極の密度は21〜24mg/cm2であった。さらに、ピーリング試験による剥離強度は25〜33mN/mmであった。
【0053】
(実施例3)
クエン酸・クエン酸二水素リチウム水溶液の代わりに、コハク酸・コハク酸二水素リチウムの濃度の和が0.07mol/Lであり、pHが4.0であるコハク酸・コハク酸二水素リチウム水溶液を調製し、これを緩衝溶液として用いた以外は実施例1と同様にリチウムイオン電池用正極を作製し、評価した。このとき、正極活物質とアルミニウム箔との間に、はがれは確認されなかった。また、正極の密度は20〜23mg/cm2であった。さらに、ピーリング試験による剥離強度は22〜29mN/mmであった。
【0054】
(実施例4)
クエン酸・クエン酸二水素リチウム水溶液の代わりに、サリチル酸・サリチル酸二水素リチウムの濃度の和が0.07mol/Lであり、pHが4.0であるサリチル酸・サリチル酸二水素リチウム水溶液を調製し、これを緩衝溶液として用いた以外は実施例1と同様にリチウムイオン電池用正極を作製し、評価した。このとき、正極活物質とアルミニウム箔との間に、はがれは確認されなかった。また、正極の密度は20〜24mg/cm2であった。さらに、ピーリング試験による剥離強度は19〜24mN/mmであった。
【0055】
(実施例5)
クエン酸・クエン酸二水素リチウム水溶液の代わりに、安息香酸・安息香酸二水素リチウムの濃度の和が0.07mol/Lであり、pHが4.0である安息香酸・安息香酸二水素リチウム水溶液を調製し、これを緩衝溶液として用いた以外は実施例1と同様にリチウムイオン電池用正極を作製し、評価した。このとき、正極活物質とアルミニウム箔との間に、はがれは確認されなかった。また、正極の密度は21〜24mg/cm2であった。さらに、ピーリング試験による剥離強度は18〜23mN/mmであった。
【0056】
(実施例6)
クエン酸・クエン酸二水素リチウム水溶液の代わりに、クエン酸・クエン酸二水素ナトリウムの濃度の和が0.07mol/Lであり、pHが4.0であるクエン酸・クエン酸二水素ナトリウム水溶液を調製し、これを緩衝溶液として用いた以外は実施例1と同様にリチウムイオン電池用正極を作製し、評価した。このとき、正極活物質とアルミニウム箔との間に、はがれは確認されなかった。また、正極の密度は21〜24mg/cm2であった。さらに、ピーリング試験による剥離強度は26〜33mN/mmであった。
【0057】
(実施例7)
Li1.10Mn24の代わりにLi1.05Mn24を用いて実施例1と同様に正極材スラリを調製し、これを用いた以外は実施例1と同様にリチウムイオン電池用正極を作製し、評価した。なお、該正極材スラリのpHは10.6であった。このとき、正極活物質とアルミニウム箔との間に、はがれは確認されなかった。また、正極の密度は21〜24mg/cm2であった。さらに、ピーリング試験による剥離強度は28〜36mN/mmであった。
【0058】
(実施例8)
Li0.99Ni0.80Co0.15Al0.052の代わりにLi1.02Ni0.80Co0.15Al0.052を用いて実施例1と同様に正極材スラリを調製し、これを用いた以外は実施例1と同様にリチウムイオン電池用正極を作製し、評価した。なお、該正極材スラリのpHは11.0であった。このとき、正極活物質とアルミニウム箔との間に、はがれは確認されなかった。また、正極の密度は21〜24mg/cm2であった。さらに、ピーリング試験による剥離強度は19〜25mN/mmであった。
【0059】
(実施例9)
Li0.99Ni0.80Co0.15Al0.052の代わりにLi1.02Ni0.52Co0.17Mn0.312を用いて実施例1と同様に正極材スラリを調製し、これを用いた以外は実施例1と同様にリチウムイオン電池用正極を作製し、評価した。なお、該正極材スラリのpHは10.6であった。このとき、正極活物質とアルミニウム箔との間に、はがれは確認されなかった。また、正極の密度は23〜26mg/cm2であった。さらに、ピーリング試験による剥離強度は28〜35mN/mmであった。
【0060】
(実施例10)
緩衝溶液として、緩衝溶液中のクエン酸の総量が2質量%であり、クエン酸・クエン酸二水素リチウムの濃度の和が0.07mol/Lであり、pHが3.5であるクエン酸・クエン酸二水素リチウム水溶液を調製した。該水溶液を緩衝溶液として用いた以外は実施例1と同様にリチウムイオン電池用正極を作製し、評価した。前記緩衝溶液を塗布した直後に、アルミニウム箔表面で酸化反応が進行し、気泡の発生が見られた。また、緩衝溶液が塗布された領域に正極材スラリを塗布した際にも、継続的に気泡が発生し、正極活物質塗布部に一部ひび割れが発生した。しかしながら、実用上問題ない程度であった。
【0061】
(実施例11)
緩衝溶液として、緩衝溶液中のクエン酸の総量が2質量%であり、クエン酸・クエン酸二水素リチウムの濃度の和が0.07mol/Lであり、pHが4.5であるクエン酸・クエン酸二水素リチウム水溶液を調製した。該水溶液を緩衝溶液として用いた以外は実施例1と同様にリチウムイオン電池用正極を作製し、評価した。なお、アルミニウム箔に塗布する量と等量の緩衝溶液と正極材スラリとを混合し、5分静置した際の溶液のpHは10.5であった。前記緩衝溶液が塗布された領域に正極材スラリを塗布する際、気泡が発生し、正極活物質塗布部に一部ひび割れが発生した。しかしながら、実用上問題ない程度であった。
【0062】
(実施例12)
アルミニウム箔の表面の温度を60℃に制御した以外は、実施例1と同様にリチウムイオン電池用正極を作製し、評価した。前記緩衝溶液を塗布した直後に、アルミニウム箔表面で酸化反応が進行し、気泡の発生が見られた。また、緩衝溶液が塗布された領域に正極材スラリを塗布した際にも、継続的に気泡が発生し、正極活物質塗布部に一部ひび割れが発生した。しかしながら、実用上問題ない程度であった。
【0063】
(実施例13)
緩衝溶液として、緩衝溶液中のクエン酸の総量が0.1質量%であり、クエン酸・クエン酸二水素リチウムの濃度の和が0.0002mol/Lであり、pHが4.0であるクエン酸・クエン酸二水素リチウム水溶液を調製した。該水溶液を緩衝溶液として用いた以外は実施例1と同様にリチウムイオン電池用正極を作製し、評価した。この場合、実施例1と比較して緩衝溶液中の溶媒量が増加しているため、アルミニウム箔の表面の溶液が乾燥するまでに多くの時間を要し、本来塗布すべきでない領域にまで緩衝溶液が拡散していった。このため、正極材スラリを塗布する際に、局所的にクエン酸濃度が低下する部分が発生し、正極活物質塗布部に一部ひび割れが発生した。しかしながら、実用上問題ない程度であった。
【0064】
(実施例14)
緩衝溶液として、緩衝溶液中のクエン酸の総量が2質量%であり、クエン酸・クエン酸二水素リチウムの濃度の和が0.15mol/Lであり、pHが4.0であるクエン酸・クエン酸二水素リチウム水溶液を調製した。該水溶液を緩衝溶液として用いた以外は実施例1と同様にリチウムイオン電池用正極を作製し、評価した。この場合、正極材スラリ塗布直後においてアルミニウムと溶液との反応が進行し、正極材スラリを乾燥する段階において正極活物質塗布部に一部ひび割れが発生した。しかしながら、実用上問題ない程度であった。