特許第6012081号(P6012081)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6012081辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化の評価方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6012081
(24)【登録日】2016年9月30日
(45)【発行日】2016年10月25日
(54)【発明の名称】辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化の評価方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 10/00 20060101AFI20161011BHJP
   A61B 5/1455 20060101ALI20161011BHJP
【FI】
   A61B10/00 EZDM
   A61B10/00 X
   A61B5/14 322
【請求項の数】4
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2013-179965(P2013-179965)
(22)【出願日】2013年8月30日
(65)【公開番号】特開2015-47246(P2015-47246A)
(43)【公開日】2015年3月16日
【審査請求日】2015年5月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000214537
【氏名又は名称】長谷川香料株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100108143
【弁理士】
【氏名又は名称】嶋崎 英一郎
(72)【発明者】
【氏名】飯泉 佳奈
(72)【発明者】
【氏名】中村 明朗
(72)【発明者】
【氏名】藤原 聡
【審査官】 宮川 哲伸
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−127377(JP,A)
【文献】 特開2011−117839(JP,A)
【文献】 特開2010−051610(JP,A)
【文献】 特開2010−046000(JP,A)
【文献】 特開2008−304445(JP,A)
【文献】 特開2008−281386(JP,A)
【文献】 特開2008−278997(JP,A)
【文献】 特開2007−252350(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 10/00
A61B 5/1455
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
呈味成分と香気成分を組み合わせた試料を被験者に摂食させた後、近赤外線分光法を用いて、唾液腺活動に伴うヘモグロビン濃度の変化量を計測する第1のステップと、
呈味成分、香気成分および辛み物質または苦味物質を組み合わせた試料を被験者に摂食させた後、近赤外線分光法を用いて、唾液腺活動に伴うヘモグロビン濃度の変化量を計測する第2のステップと、
第1のステップで計測したヘモグロビン濃度の変化量と、第2のステップで計測したヘモグロビン濃度の変化量との間の相対値を求め、該相対値を辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化の指標とする第3のステップと、
を備えることを特徴とする、辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化の評価方法。
【請求項2】
呈味成分と辛み物質または苦味物質を組み合わせた試料を被験者に摂食させた後、近赤外線分光法を用いて、唾液腺活動に伴うヘモグロビン濃度の変化量を計測する第1のステップと、
呈味成分、香気成分および辛み物質または苦味物質を組み合わせた試料を被験者に摂食させた後、近赤外線分光法を用いて、唾液腺活動に伴うヘモグロビン濃度の変化量を計測する第2のステップと、
第1のステップで計測したヘモグロビン濃度の変化量と、第2のステップで計測したヘモグロビン濃度の変化量との間の相対値を求め、該相対値を辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化の指標とする第3のステップと、
を備えることを特徴とする、辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化の評価方法。
【請求項3】
唾液腺活動に伴うヘモグロビン濃度の変化量が、耳下腺活動に伴うヘモグロビン濃度の変化量である請求項1または2に記載の評価方法。
【請求項4】
辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化を、辛み物質または苦味物質による食品に対する嗜好性変化と関連付けている請求項1〜のいずれか1項に記載の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
香辛料(例えば、唐辛子、コショウ、山椒、ショウガ、ワサビ)は、食欲を増し、新陳代謝を促進する働きがあるため、暑さ負けなどに効果があり、また衛生面でも有益な作用があることから、実際の食生活において広く利用されている。この香辛料は、料理や食品に辛みという独特の刺激的な味を付与する働きをもつが、辛みのもとになる辛み物質は多数存在している。例えば、唐辛子に含まれるカプサイシン、コショウに含まれるピペリン、山椒に含まれるサンショオール、ショウガに含まれるショウガオール、ワサビに含まれる硫化アリルなどがよく知られている。辛み物質の種類によって辛みの感じ方は異なり、大きく2つに大別される。1つは、唐辛子、コショウ、ショウガ、山椒などによって感じられる口の中がカーッと熱くなり、ヒリヒリする辛み感が後まで残るホットな感覚であり、もう1つは、ワサビ、マスタードなどによって感じられる舌や鼻にツーンとした刺激であるシャープな感覚である。
【0003】
5つの基本味(甘味、塩味、酸味、苦味、うま味)とは異なり、辛みは味覚受容体とは関与していないため、厳密には味覚としてではなく、痛覚として捉えられている。例えば、香辛料を摂取した場合に得られる感覚は、5つの基本味の組み合わせに対し、痛覚や温度感覚などの刺激が加わった総合的な感覚であると考えられている。辛みに関する最近の知見によれば、辛み発現は、味覚受容体とは異なる舌・口腔のバニロイド受容体(カプサイシン受容体)TRPV1が、唐辛子辛み成分であるカプサイシンに反応して知覚神経を直接刺激することによって生じるとされており、また、このTRPV1は唐辛子の辛みを受容するほか、コショウ、ショウガ、山椒などの代表的な香辛料の辛みを受容することがわかっている。
【0004】
辛みは刺激的な味であるため、辛みに対する嗜好は分かれるものの、辛みは実際の食生活において重要な味である。強烈な刺激を持つ辛みそのものに対する嗜好もあり、実際、辛みはさまざまな国、地域で料理に利用されている(例えば、韓国のキムチ、タイのトムヤムクン、インドのカレーなど)。特に唐辛子の辛さを好み日常的に多量に使う食文化が世界各地にみられる。
【0005】
一方、5つの基本味の1つである苦味は、多くの毒物は苦いことから有害物のシグナルとして機能し、本能的には不快な味として忌避される。そのため、苦味の閾値は他の基本味に比べてはるかに低い値であり、苦味物質を口に入れた場合、ごくわずかな量でも敏感に感知される。辛み物質の場合と同様に、苦味のもとになる苦味物質についても多くの種類がある。代表的な苦味物質としてはアルカロイド類があり、コーヒーやお茶に含まれるカフェイン、ココアに含まれるテオブロミン、タバコに含まれるニコチンなどが該当する。その他、グレープフルーツや柑橘類に含まれるナリンジンなどのフラバノン配糖体、ワインやお茶に含まれるカテキン、ビールのホップに含まれるテルペノイドのフムロン類、ゴーヤに含まれるモモルデシン、しょうゆや清酒に含まれる苦味アミノ酸、チーズに含まれる苦味ペプチド、にがりに含まれる無機塩類などが挙げられる。
【0006】
一般的に、苦味は忌避される味ではあるが、実際の食生活においては重要な味であり、ビールやコーヒーなどの嗜好品や珍味など、多くの食品において欠かせない味の要素となっている。また、苦味物質の多くは、健胃作用、食欲増進作用、抗酸化作用、抗ストレス作用など、さまざまな生理活性作用をもつことが明らかになっている。例えば、ビールの原料であるホップは、ビールに独特の芳香と爽快な苦味を与え、泡立ちを良くして、雑菌の繁殖を抑える働きをするほか、ホップ由来のフムロン類は、肥満、糖尿病、動脈硬化の予防や改善、発がんの抑制などの生理活性作用があることが近年明らかになっている。
【0007】
辛みや苦味は一般に好まれない味ではあるものの、食品の味わいを複雑で深みのあるものにすることができる重要な味であり、必ずしも抑制すべき味ではない。また、辛みや苦味は、それらの味をもつ食品を継続的に摂取して食経験を積み重ねることにより、それらの味に対して嗜好性が形成、獲得されることがわかっている。すなわち、食経験を通じて、辛みや苦味のある食品や料理をおいしいと感じて好んで摂取したり、逆に辛みや苦味がないと、むしろ物足りないと感じて摂食意欲が低下したりする。
【0008】
このように、辛みや苦味は、それらに対する嗜好性が食経験を通じて形成されるが、食経験は個人によって異なるため、辛い食品および苦い食品に対する嗜好性は個人差が大きい。そのため、辛みや苦味は、食品に対する摂食意欲および嗜好性を考える上で重要な味として注目されている。
【0009】
前述したように、辛みおよび苦味はそれぞれ1種類の味ではなく多様な種類が存在しているが、特定の辛みまたは苦味が、ある食品に対する摂食意欲や嗜好性に及ぼす影響を客観的に評価することができれば、その食品に対して付与すべき好ましい辛みまたは苦味の種類や程度の選択が可能となる。
【0010】
前述したように、辛みまたは苦味を有する食品に対する摂食意欲や嗜好性は個人差が大きいため、該食品を摂取するヒトと切り離してそれらを測定することは困難である。そこで、辛みまたは苦味を有する食品に対する摂食意欲や嗜好性を評価するには、専らヒトの感覚に頼った官能評価を用いることになる。
【0011】
しかしながら、官能評価は、総合的な評価には適しているが個人差、感覚疲労、体調変化などの主観的要素が評価に影響する欠点があり、再現性の点でも問題がある。その主観的な評価に客観性を与えた手法としてQDA法(定量的記述分析法)があるが、共通用語の選定やパネルの訓練などに時間を要するという欠点がある。
【0012】
また、官能評価に代わる方法として、液体クロマトグラフをはじめとする種々のクロマトグラフや匂いセンサ、味センサなどの機器による評価が利用されている。
【0013】
しかしながら、液体クロマトグラフなどの機器による評価は客観的であるが、対象項目ごとの分析が必要であり総合的な評価を行うにはかなりの時間を要する。そして、ヒトの嗅覚、味覚を代用したセンサは、測定時間は短いが、安定性や再現性、被験者による官能評価との相関性に問題がある。
【0014】
そこで、ヒトによる主観評価を客観化するために、これらに加えて、生体内に生じている生理応答を観察・計測する精神生理学の手法を採用することが試みられている。精神生理学とは、瞳孔の大きさ、心拍数、血圧、脳波、脳磁波、脳血流、ストレスホルモン濃度など計測できる生体反応の指標を手がかりにして、心の状態や動きを研究する心理学の新しい領域である。例えば、ヒトは匂いを嗅ぐことによって感覚や情動が変化すると同時に、血圧の変動や心拍数、唾液中のストレス物質の変化といった生理応答を示す。これらの生理応答の観察・計測は、従来の機器分析や官能評価とは異なった角度から風味を評価する方法であり、風味評価の新たな一手法となる。
【0015】
生理応答を計測する装置として知られている生体光計測装置は、可視から近赤外の光を用いて生体内に照射し、生体の表面近傍から反射あるいは生体内通過光を検出し、光の強度に対応する電気信号を発生する装置であり、無侵襲的に生体機能をリアルタイムに計測することができる(例えば、特許文献1、2)。
【0016】
また、近年、光ファイバーを用いて複数の位置から光を照射し、複数の検出点で生体通過光強度を計測し、これら検出点を含む比較的広い領域の通過光強度情報を得て、脳活動の応答信号を時間波形(タイムコース)や2次元の画像(トポグラフィ画像)として表示する生体光計測装置(以下、「光トポグラフィ装置」という。)も開発されている(例えば、特許文献3)。
【0017】
これらの装置による生体光計測は、主として、刺激等の負荷前後の血中物質の相対的変化と脳機能との関連性に基づくものであり(例えば、視覚刺激を与え、視覚野の脳活動を知る。)、一般的に脳機能計測手法として利用されている。脳の特定部位は生体の特定機能の制御に関連しており、その特定機能を動作することで、脳の特定部位の血液動態が変化する。神経活動が起こった脳の部位では、神経活動に数秒遅れて、毛細血管の拡張、酸素化ヘモグロビンの増加、脱酸素化ヘモグロビンの減少が起こる。生体光計測装置はこのヘモグロビン濃度の変化を非侵襲的に測定する。血液中のヘモグロビンには近赤外光を吸収しやすいという性質があり、この性質を利用して近赤外光を頭皮上に照射して反射光を検出すれば、大脳皮質の血流量が分かり、ひいてはその活性の状態も分かることになる。
【0018】
ところで、従来、脳以外の器官の機能変化・生理変化を計測する生体光計測装置はほとんどなかったが、この装置を用いて、こめかみ部付近で計測された信号が味刺激に伴う唾液腺応答、なかでも耳下腺活動に付随した血流変化に基づくものであることが報告されている(非特許文献1)。
【0019】
脳以外の器官である唾液腺の機能変化を臨床検査する場合、一般的には、MRIや超音波エコー、シンチグラフィーが利用されているが、計測時間が長く、拘束性や侵襲性があり、リアルタイムに機能変化をモニターすることができなかった。また、通常、唾液分泌能を計測するためには、数分〜数十分かけて唾液を吐き出す、脱脂綿を口腔内へ入れて取り出すという手法がとられているが、リアルタイムに唾液腺分泌能を計測することはできなかった。
【0020】
唾液分泌量の変化は、口腔状態(ドライマウス、口臭、嚥下や咀嚼のしやすさ、発話)、精神状態の変化とも関連している。こうした状態変化による影響を避けるため、唾液分泌量を計測する場合には、上記のように、脱脂綿を噛む、数分間にわたり自分で唾液を吐き出すという方法がとられている。このように、唾液腺の機能変化を無侵襲にリアルタイムで計測することは困難であることから、拘束性の低い装置による計測方法の開発が求められていた。こうした状況に対し、近年、唾液腺機能をリアルタイムに計測することができる生体光計測装置が報告されるに至り(特許文献4)、光トポグラフィ装置により唾液腺機能を測定できることが次第に明らかとなってきた。
【0021】
このような背景の元、本出願人は光トポグラフィ装置を用いた飲食物の風味評価方法として、以前より研究を重ねてきており、これまでに、以下の多数の発明を開発し開示してきた。例えば、特許文献5では、ターゲットとする風味をコントロールとして飲用した後に試料を飲用する比較呈示法により、該試料飲用時のこめかみ部付近の血流量の変化がコントロール飲用時の血流量の変化に対してより少ない試料がターゲットとする風味に近い味覚を有するものとしてスクリーニングを行うことにより、該風味改良剤の種類若しくは添加量を選択することを特徴とする味覚物質または飲食物の風味改良方法を開示している。
【0022】
また、特許文献6では、飲食物を飲食する際に、匂いを嗅ぐ段階(フェーズ1)、口に含む段階(フェーズ2)および飲み込む段階(フェーズ3)の各フェーズごとの血流の変化を測定することにより匂いと味の調和を評価する飲食品の風味評価方法において、フェーズ2の血流の変化量が相対的に高いほど匂いと味が調和しているものとして評価することを特徴とする飲食物の風味評価方法を開示している。
【0023】
また、特許文献7では、被験者にコントロール(1回目)、評価対象試料、コントロール(2回目)の順で順次風味評価させ、その際の血流の変化量を測定し、コントロール(1回目)の応答強度に対しコントロール(2回目)の応答強度が小さいときほど、評価対象試料の風味がコントロールに近いと判断する評価方法を開示している。
【0024】
また、特許文献8では、あらかじめターゲットとなるフレーバーが存在する場合に、被験者に飲食物基材にターゲットフレーバーを添加した飲食物、次いで、飲食物基材にターゲットフレーバーあるいはイミテーションフレーバーを添加した飲食物を飲食させて風味を評価させる際に血流の変化量を測定し、ターゲットフレーバーを2回続けて飲食させたときは、2回目のターゲットフレーバーにおける応答強度が順応により低下するが、イミテーションフレーバーの官能的な差がターゲットフレーバーと比べて大きい時ほど応答強度の低下が少ないことを利用して、イミテーションフレーバーの評価を行う方法を開示している。
【0025】
また、特許文献9では、被験者に濃度の異なる味覚物質水溶液を複数飲用させ、そのときに官能評価と血流量変化の測定を行い、官能評価による味の強度と血流量変化の応答強度が正の相関を有することを利用して味覚物質の適正濃度を評価する方法を開示している。
【0026】
また、特許文献10では、被験者に、被験者の好みの飲食物に属する同一カテゴリー上の複数の飲食物を飲食させ、その際の血流量変化を測定し、その際の応答強度が大きいほど、被験者の嗜好性に合う飲食品であると評価する方法を開示している。
【0027】
また、特許文献11では、被験者に2以上の同種の刺激を連続して呈示し、各呈示時間内に被験者の感覚的応答である血流変化を測定して得られる、該血流変化の大きさに基づいた2以上の刺激の嗜好性評価方法であって、該測定前に該嗜好性評価の課題を与えて、該課題が付加された状態で血流変化を測定することを特徴とする2以上の刺激の嗜好性評価方法を開示している。
【0028】
また、特許文献12では、特定濃度の味覚物質水溶液に対し、既知の風味改良剤を添加したものを被験者に飲用させ、被験者に対して、生体光計測装置を利用して、こめかみ部付近を含む領域で信号強度の変化を計測し、血流量変化の信号強度が変化する被験者をあらかじめ選抜し、その後、この選抜された被験者を対象にして風味改良剤を添加した味覚物質水溶液を飲用させ、そのときの血流量変化の信号強度を計測することによる風味改良剤の評価を行う方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0029】
【特許文献1】特開昭57−115232号公報
【特許文献2】特開昭63−275323号公報
【特許文献3】特開平9−98972号公報
【特許文献4】特開2010−100号公報
【特許文献5】特許第4557917号公報
【特許文献6】特許第4673341号公報
【特許文献7】特許第4814152号公報
【特許文献8】特許第4966790号公報
【特許文献9】特許第4974383号公報
【特許文献10】特開2010−51610号公報
【特許文献11】特開2011−117839号公報
【特許文献12】特願2011−276277
【非特許文献】
【0030】
【非特許文献1】J. Biomed. Opt.,16(4)、2011、047002
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0031】
しかしながら、上記研究を含め、これまでの研究では、辛み物質または苦味物質が食品や料理に対する摂食意欲に及ぼす影響を客観的な手法により評価した報告は全く見当たらない。
【0032】
こうした状況に鑑み、本発明が解決せんとする課題は、官能評価等に基づく欠点を解決し、無侵襲、低拘束、短時間で、辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化を効率的かつ客観的に評価することができる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0033】
本発明者らは前記課題を解決すべく検討を重ね、花椒などの辛み(麻辣味)の効いた麻婆豆腐シーズニングパウダーの成分を呈味成分、香気成分、辛み成分の3つのパートに分け、被験者に、呈味成分と香気成分を組み合わせた試料を摂食させた場合と、呈味成分、香気成分および辛み成分を組み合わせた試料を摂食させた場合の、こめかみ部付近の血流量変化を近赤外線分光法による生体光計測装置で測定、比較したところ、麻婆豆腐の呈味成分と香気成分を組み合わせた試料を摂食させた場合と比べ、呈味成分、香気成分および辛み成分を組み合わせた試料を摂食させた場合に、変化信号の応答強度が有意に増加することを見出した。
【0034】
この現象について、本発明者らは、辛み成分のみでも変化信号の応答強度が増加するかどうかを検討するために、上記各試料から香気成分を除いたもの、すなわち、呈味成分のみの試料、および呈味成分と辛み成分を組み合わせた試料を被験者に摂食させたところ、応答強度の有意な増加は認められなかった。
【0035】
一方、上記と同試料を用いて行った官能評価においては、香気成分を除いた試料を摂食させた場合には、香気成分を組み合わせた場合よりも辛みを有意に強く感じる結果が得られた。また、香気成分を除いた試料を摂食させた場合には、全体的な味の好ましさの点においては有意に低い結果が得られた。
【0036】
また、本発明者らは、グレープフルーツの成分を呈味成分、香気成分、苦味成分の3つのパートに分け、上記と同様に、被験者に、呈味成分と香気成分を組み合わせた試料を摂食させた場合と、呈味成分、香気成分および苦味成分を組み合わせた試料を摂食させた場合における、こめかみ部付近の血流量変化を近赤外線分光法による生体光計測装置で測定、比較したところ、グレープフルーツの呈味成分と香気成分を組み合わせた試料を摂食させた場合と比べ、呈味成分、香気成分および苦味成分を組み合わせた試料を摂食させた場合に、変化信号の応答強度が増加することを見出した。
【0037】
この現象について、本発明者らは、苦味成分のみでも変化信号の応答強度が増加するかどうかを検討するために、上記各試料から香気成分を除いたもの、すなわち、呈味成分のみの試料、および呈味成分と苦味成分を組み合わせた試料を被験者に摂食させたところ、応答強度の有意な増加は認められなかった。
【0038】
一方、上記と同試料を用いて行った官能評価においては、香気成分を除いた試料を摂食させた場合には、香気成分を組み合わせた場合よりも、全体的な味の好ましさの点において有意に低い結果が得られた。
【0039】
以上の事実から、辛み成分または苦味成分によるこめかみ部付近の血流量の増強には香気成分の存在が必要であり、香気成分が存在することによって、こめかみ部付近の血流量が増大する現象が現れ、辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化を正しく評価することができると考えた。また、こめかみ部付近のヘモグロビン量の変化信号の応答強度が唾液腺活動にともなう血流変化を反映しており、唾液腺活動の程度は、被験者の摂食意欲の強さを表すと考えられることから、該応答強度は、摂食意欲の強度として用いることが可能と考えた。なお、本発明において、摂食意欲とは、飲食物をもっと食べたいと思う意欲を意味する。
【0040】
また、辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化を近赤外線分光法による生体光計測装置で測定したところ、官能評価と相関する結果が得られたことから、近赤外線分光法による測定データが辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化の客観的な指標となることが確認された。
【0041】
以上の結果より、本発明者らは辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化を、被験者のこめかみ付近のヘモグロビン量の測定で評価する方法を確立した。
【0042】
かくして、本発明は、以下のものを提供する。
[1]近赤外線分光法を用いて、唾液腺活動に伴うヘモグロビン濃度の変化量を計測することを特徴とする、辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化の評価方法。
【0043】
[2]呈味成分と香気成分を組み合わせた試料を被験者に摂食させた後、近赤外線分光法を用いて、唾液腺活動に伴うヘモグロビン濃度の変化量を計測する第1のステップと、
呈味成分、香気成分および辛み物質または苦味物質を組み合わせた試料を被験者に摂食させた後、近赤外線分光法を用いて、唾液腺活動に伴うヘモグロビン濃度の変化量を計測する第2のステップと、
第1のステップで計測したヘモグロビン濃度の変化量と、第2のステップで計測したヘモグロビン濃度の変化量との間の相対値を求め、該相対値を辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化の指標とする第3のステップと、
を備えることを特徴とする、辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化の評価方法。
【0044】
[3]呈味成分と辛み物質または苦味物質を組み合わせた試料を被験者に摂食させた後、近赤外線分光法を用いて、唾液腺活動に伴うヘモグロビン濃度の変化量を計測する第1のステップと、
呈味成分、香気成分および辛み物質または苦味物質を組み合わせた試料を被験者に摂食させた後、近赤外線分光法を用いて、唾液腺活動に伴うヘモグロビン濃度の変化量を計測する第2のステップと、
第1のステップで計測したヘモグロビン濃度の変化量と、第2のステップで計測したヘモグロビン濃度の変化量との間の相対値を求め、該相対値を辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化の指標とする第3のステップと、
を備えることを特徴とする、辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化の評価方法。
【0045】
[4]唾液腺活動に伴うヘモグロビン濃度の変化量が、耳下腺活動に伴うヘモグロビン濃度の変化量である前記[1]〜[3]のいずれかに記載の評価方法
【0046】
[5]辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化を、辛み物質または苦味物質による食品に対する嗜好性変化と関連付けている前記[1]〜[4]のいずれか1項に記載の評価方法。
【発明の効果】
【0047】
本発明によれば、無侵襲、低拘束、短時間で、辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化を効率的かつ客観的に評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
図1図1は試料の呈示、飲用、評価のタイムスケジュールを示した説明図である(実施例1、2)。
図2図2は添加品M1の飲用後、添加品M2を飲用したときの被験者の平均血流変化(52個のチャンネルの測定結果)を示した説明図である(実施例1)。
図3図3は未添加品Mの飲用後、添加品M3を飲用したときの被験者の平均血流変化(52個のチャンネルの測定結果)を示した説明図である(比較例1)。
図4図4は実施例1、比較例1における官能評価アンケート用紙を示した説明図である。
図5図5は呈示順(A)における添加品M1(2試料目)を飲用したときの被験者の応答強度(CH43)に対する、添加品M1(3試料目)を飲用したときの応答強度(CH43)の比、および添加品M1(2試料目)を飲用したときの被験者の応答強度(CH43)に対する、添加品M2(3試料目)を飲用したときの応答強度(CH43)の比を示し(左側)、また、呈示順(B)における未添加品M(2試料目)を飲用したときの被験者の応答強度(CH43)に対する、未添加品M(3試料目)を飲用したときの応答強度(CH43)の比、および未添加品M(2試料目)を飲用したときの被験者の応答強度(CH43)に対する、添加品M3(3試料目)を飲用したときの応答強度(CH43)の比を示す(右側)、説明図である(実施例1、比較例1)。
図6図6は添加品M1、添加品M2を飲用したときの被験者の平均的な官能評価を示す説明図である(実施例1)。
図7図7は未添加品M、添加品M3を飲用したときの被験者の平均的な官能評価を示す説明図である(比較例1)。
図8図8は添加品G1の飲用後、添加品G2を飲用した場合の被験者の平均血流変化(52個のチャンネルの測定結果)を示した説明図である(実施例2)。
図9図9は未添加品Gの飲用後、添加品G3を飲用した場合の被験者の平均血流変化(52個のチャンネルの測定結果)を示した説明図である(比較例2)。
図10図10は実施例2、比較例2における官能評価アンケート用紙を示した説明図である。
図11図11は呈示順(C)における添加品G1(2試料目)を飲用したときの被験者の応答強度(CH44)に対する、添加品G1(3試料目)を飲用したときの応答強度(CH44)の比、および添加品G1(2試料目)を飲用したときの被験者の応答強度(CH44)に対する、添加品G2(3試料目)を飲用したときの応答強度(CH44)の比を示し(左側)、また、呈示順(D)における未添加品G(2試料目)を飲用したときの被験者の応答強度(CH44)に対する、未添加品G(3試料目)を飲用したときの応答強度(CH44)の比、および未添加品G(2試料目)を飲用したときの被験者の応答強度(CH44)に対する、添加品G3(3試料目)を飲用したときの応答強度(CH44)の比を示す(右側)説明図である(実施例2、比較例2)。
図12図12は添加品G1、添加品G2を飲用したときの被験者の平均的な官能評価を示す説明図である(実施例2)。
図13図13は未添加品G、添加品G3を飲用したときの被験者の平均的な官能評価を示す説明図である(比較例2)。
【発明を実施するための形態】
【0049】
前述したように、本発明は、辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化の評価方法であり、無侵襲的な測定手法である近赤外線分光法(NIRS)を用いて、唾液腺活動に伴うヘモグロビン濃度の変化量を計測することを特徴とする。以下、本発明を実施するための手順、およびその内容について詳しく説明する。
【0050】
まず、本発明の評価方法では、評価しようとする飲食物に基づいて、3つのパート、すなわち、呈味成分、香気成分および辛み物質または苦味物質を調製する。
【0051】
前記呈味成分は、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の基本5味に加え、渋味や辛みなどの呈味(舌に呈して感じる味)のみを呈する物質から構成される。ただし、本発明で評価対象となる辛み物質または苦味物質は含まない。前記香気成分は香気のみを呈する物質から構成される。前記辛み物質または苦味物質は、本発明によって摂食意欲の変化を評価する対象となる辛み物質または苦味物質である。
【0052】
これらの呈味成分、香気成分は、それぞれ、前記辛み物質または苦味物質由来の辛みまたは苦味を有する飲食物(該辛み物質または苦味物質が付与されることになる飲食物を含む。)の風味を構成する呈味成分、香気成分に相当する。したがって、本発明では、前記辛みまたは苦味を有する飲食物の風味を構成する要素を、呈味成分、香気成分および辛み物質または苦味物質に分けて、それぞれを調製する工程を行う。なお、前記呈味成分、香気成分および辛み物質または苦味物質は、飲食物に応じて、単独の構成成分または複数の構成成分から構成される。
【0053】
本発明における前記辛みを有する飲食物は、辛みを有するいかなる飲食物でも良いが、辛み成分として知られている成分、例えば、カプサイシン、ジヒドロカプサイシン、ピペリン、シャビシン、α−サンショオール、β−サンショオール、ジンゲロン、ショウガオール、タデナール、タデオン、ジアリルサルファイド、ジアリルジサルファイド、p-ヒドロキシベンジル・イソチオシアネート、アリル・イソチオシアネート、4−メチルチオ−3−ブテニルイソチオシアネートなどを含有する飲食品を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。なお、辛み成分のうち、例えば、カプサイシンまたはジヒドロカプサイシンはトウガラシに、ピペリンまたはシャビシンはコショウに、α−α−サンショオール、β−サンショオール、ジンゲロン、ショウガオール、タデナール、タデオン、ジアリルサルファイド、ジアリルジサルファイド、p-ヒドロキシベンジル・イソチオシアネート、アリル・イソチオシアネート、4−メチルチオ−3−ブテニル・イソチオシアネートまたはβ−サンショオールはサンショウに、ジンゲロンまたはショウガオールはショウガに、タデナールまたはタデオンはタデに、ジアリルサルファイドまたはジアリルジサルファイドはタマネギまたはニンニクに、p-ヒドロキシベンジル・イソチオシアネート、アリル・イソチオシアネートまたは4−メチルチオ−3−ブテニルイソチオシアネートはカラシ、西洋ワサビまたは大根にそれぞれ含有される成分である。
【0054】
前記辛み成分を有する飲食品としては、特に限定はないが、好ましくは、カレー、麻婆豆腐、麻婆茄子、坦々麺、エビチリなどの調理品、明太子、チョリソー等の魚介類、畜肉類の加工品、キムチなどの漬物、ラー油、タバスコソース、シーズニングスパイス等の調味料、ショウガ入りドリンクなどを挙げることができる。
【0055】
本発明における前記苦味を有する飲食物は、苦味を有するいかなる飲食物でも良いが、苦味成分として知られている成分、例えば、カテキン類(エピカテキン(EC)、エピカテキンガレート(ECg)、エピガロカテキン(EGC)、エピガロカテキンガレート(EGCg)など)、カフェイン、没食子酸、チロソール、アミノ酸類(アルギニン、ロイシン、イソロイシン、チロシン、プロリルロイシン、フェニルアラニンなど)、アントシアニジン、ケルセチン、サポニン、α−Gルチン、ナリンジン、リモニン、α−Gヘスペリジン、クロロゲン酸、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、硫酸マグネシウム、各種の塩基性薬物(アロエニン、アルカロイド、プロメタジン、プロプラノロール、ベルベリン、クロルプロマジン、クロルフェニラミン、パパベリン、チアミン、キニーネなど)やその無機酸塩(塩酸塩、硝酸塩、硫酸塩など)や有機酸塩(酢酸塩、クエン酸塩、炭酸塩、マレイン酸塩など)、漢方製剤や生薬製剤に用いられるオウレン、センブリ、ケイヒ、クジン、キハダ、コウカ、ダイオウ、オオゴン、オオバク、ギムネマ、ロガイ、イチョウ、クロレラ、なつめなどに由来する苦渋味成分、界面活性剤などとして用いられるアルキル硫酸ナトリウムやモノアルキルリン酸ナトリウムなど、香料などとして用いられるメントール、リナロール、フェニルエチルアルコール、プロピオン酸エチル、ゲラニオール、リナリールアセテート、ベンジルアセテートなど、殺菌剤などとして用いられるメチルパラベン、プロピルパラベン、ブチルパラベンなど、保湿剤などとして用いられる乳酸や乳酸ナトリウムなど、アルコール変性剤などとして用いられる8−アセチル化ショ糖やプルシンなど、収斂剤などとして用いられる乳酸アルミニウムなどを含有する飲食品を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0056】
前記苦味を有する飲食品としては、特に限定はないが、炭酸飲料;柑橘類(グレープフルーツ、オレンジ、レモンなど)の果汁や果汁飲料や果汁入り清涼飲料、柑橘類の果肉飲料や果粒入り果実飲料;トマト、ピーマン、セロリ、ウリ、ニガウリ、ニンジン、ジャガイモ、アルパラガス、ワラビ、ゼンマイなどの野菜や、これら野菜類を含む野菜系飲料、野菜スープ;コーヒー、ココア、緑茶、紅茶、烏龍茶、清涼飲料、ワイン、ビールなどの飲料;生薬やハーブを含む飲料;粉末飲料、濃縮飲料、スポーツ飲料、栄養飲料、アルコール飲料などの嗜好飲料;パン、マカロニ、スパゲッティ、めん類、ケーキミックス、から揚げ粉、パン粉、ギョーザの皮などの小麦粉製品;ソース、醤油、味噌、トマト加工調味料、みりん類、食酢類、唐辛子、カレー粉、スパイスミックス、うま味調味料などの調味料;豆腐、豆乳などの大豆食品;クリーム、ドレッシング、マヨネーズ、マーガリン等の乳化食品;食肉またはその加工食品、畜肉缶詰、畜肉ペースト、ハム、チキンナゲット、畜肉ソーセージなどの畜産加工品;魚肉、すり身、魚卵、水産缶詰、魚肉ハム、魚肉ソーセージ、水産練り製品、水産珍味類、水産乾物類、つくだ煮類などの水産加工食品;ピーナッツ、カシューナッツ、ピーカンナッツ、マカダミアナッツ、くるみなどのナッツ類;納豆などの発酵食品;漬物;チーズ、牛乳、加工乳、脱脂粉乳、乳飲料、ヨーグルトなどの乳製品;キャラメル、キャンディー、チューイングガム、チョコレート、クッキー、ビスケット、ケーキ・パイ、スナック、クラッカー、和菓子、米菓、豆菓子、デザート菓子などの菓子類;ベビーフード、ふりかけ、お茶漬けのりなどの市販食品などを挙げることができる。これらのうち特に、ナリンジンなどの苦味成分を含有するグレープフルーツなどの柑橘類、非常に苦いが種々の調理食品として好まれているニガウリ、苦味成分であるホップを利用したビール飲料が特に好ましい。
【0057】
前述したように、本発明においては、まず、前記辛みまたは苦味を有する飲食物を、呈味成分、香気成分および辛み物質または苦味物質の3つのパートに分けて、それぞれを調製する。該飲食物からの呈味成分、香気成分、および辛み物質または苦味物質の調製方法としては、実際の飲食物を水蒸気蒸留、超臨界炭酸ガス抽出などの香気成分を選択的に抽出する方法により香気成分を回収して、香気成分と味覚成分(評価対象となる辛み物質または苦味物質を含む。)に分け、該味覚成分について、さらに高速液体クロマトグラフィーなどの一般的手法により呈味成分と辛み物質または苦味物質とを分離することにより、呈味成分と辛み物質または苦味物質とを得る方法を例示することができる。また、飲食物は溶液とした方が評価を行いやすいが、溶液とするためには飲食物から味覚成分を水やエタノールなどの水性溶媒にて抽出し、抽出の前、あるいは抽出後に、水蒸気蒸留、超臨界炭酸ガス抽出、活性炭処理などの各種脱臭方法により香気成分のみを脱臭して、味覚成分を得た後、上記方法により呈味成分と辛み物質または苦味物質とを得る方法を例示することができる。
【0058】
また、呈味成分を得るための、別な方法としてリコンストラクトを例示することができる。リコンストラクトとは、飲食物の味覚成分の分析データを基に、各種味覚構成成分を混合し、再現する手法である(以下、この手法で得られる各種味覚構成成分の混合物を「呈味リコンストラクト品」と呼ぶ。)。リコンストラクトの一般的な方法としては、まず、飲食物中の各種味覚構成成分を高速液体クロマトグラフィーなどの一般的手法により分析する。各種味覚構成成分としては例えば、糖類などの甘味物質;食塩その他の塩類などの塩味物質;有機酸などの酸味物質;カフェイン、ポリフェノール、アルカロイドなどの苦味物質;核酸、アミノ酸などのうま味物質を挙げることができる。その後、分析値に基づき、甘味物質、塩味物質、酸味物質、苦味物質、うま味物質などから選ばれる味覚構成成分を調合し、これによって、飲食物の呈味成分からなる呈味リコンストラクト品を調製することができる。
【0059】
前記香気成分は、前記辛みまたは苦味を有する飲食物の香気部分のみを再現した香料を意味する。該香気成分の調製方法としては香気抽出物として調製する前記方法の他、その飲食物向けの、あるいはその飲食物の香気を再現したとされる一般的な既存処方、または、文献等に記載の香気分析データ、あるいは、独自の分析データに基づいて、あるいは、これらを参考にして調合した処方などから調製することができる。
【0060】
前記辛み物質または苦味物質は、本発明による評価対象である辛み物質または苦味物質であり、その調製方法としては抽出物として調製する前記方法の他、その飲食物向けの、あるいはその飲食物の辛み物質または苦味物質を再現したとされる一般的な既存処方、または、文献等に記載の辛み物質または苦味物質の分析データ、あるいは、独自の分析データに基づいて、あるいは、これらを参考にして調合した処方などから調製することができる。
【0061】
本発明では、前記呈味成分と香気成分(フレーバー成分)を組み合わせた試料、および前記呈味成分と辛み物質または苦味物質を組み合わせた試料のうちの任意の1種と、前記呈味成分、香気成分および辛み物質または苦味物質を組み合わせた試料とをそれぞれ被験者に摂食させる工程を行う。この工程では、前記呈味成分と香気成分を組み合わせた試料、および前記呈味成分と辛み物質または苦味物質を組み合わせた試料のうちの任意の1種を被験者に摂食させ(第1のステップ)、その後、前記呈味成分、香気成分および辛み物質または苦味物質を組み合わせた試料を摂食させる(第2のステップ)。
【0062】
被験者に摂食させる工程は、例えば、次のように行う。まず、1回の測定で3品の試料(試料1〜3)を下記呈示順(1)または(2)のいずれかにより順次評価する。呈示順は下記の通り2通り用意する。呈示順が下記いずれの呈示順であるかは、被験者には、事前には判らないようにしておく。各々の呈示順について、それぞれ数回(N回)ずつ行う(合計N×2回測定)。これらの呈示順についてランダムに同じ時間帯に行い、合計で(N×2)回の測定を行う操作を1つのセットとする。
呈示順(1):試料1:飲食物の呈味成分と香気成分を組み合わせた試料、試料2:飲食物の呈味成分と香気成分を組み合わせた試料、試料3:飲食物の呈味成分と香気成分を組み合わせた試料。
呈示順(2):試料1:飲食物の呈味成分と香気成分を組み合わせた試料、試料2:飲食物の呈味成分と香気成分を組み合わせた試料、試料3:飲食物の呈味成分、香気成分および辛み物質または苦味物質を組み合わせた試料。
【0063】
また、測定は、各々の呈示順について、例えば、それぞれ安静(休憩)期間(60秒を6回)と摂食期間(30秒を3回)を交互に組み合わせて行う。1つの試料の評価は、例えば、試料が溶液であれば次のように行う。被験者をまず安静な状態にしておき(60秒程度)、次に、検査者による「試料を味わってください。」の合図により、試料(試料溶液)を口に含み、普段、飲食物を飲むように口に含んだ後、特に保持せず自然なタイミングで飲み込み、口に含んでから30秒後に、検査者の「安静にしてください。」の合図により、再び60秒間安静にする。このようにして、あらかじめ選択した3点の試料を前記手順にて順次評価する。
【0064】
被験者に試料を摂食させる工程、すなわち、前述した第1のステップおよび第2のステップにおいては、飲食時や安静の時間も含め、被験者の生体信号を、近赤外線分光法(NIRS)を用いて測定し、唾液腺活動に伴うヘモグロビン濃度の変化量を計測する。そのための生体信号の測定法としては、例えば、生体光計測装置で、被験者のこめかみ部分付近の信号強度の変化を計測する方法が例示できる。
【0065】
被験者が試料溶液を飲用すると、試料溶液中の呈味成分等の情報が脳に伝達されて神経活動が起こり、神経活動が起こった脳では、神経活動に数秒遅れて毛細血管の拡張、酸素化ヘモグロビンの増加、および脱酸素化ヘモグロビンの減少が起こるが、生体光計測装置はこのヘモグロビン濃度変化を測定し、信号強度の変化として表示する。すなわち、生体光計測装置を用いて被験者の頭皮上から脳に近赤外光(700〜1500nm)を当てると、近赤外光は脳組織を通った後、反射して頭皮上に戻ってくるが、近赤外光はヘモグロビンにより吸収されるため、この反射光の減衰度合いの経時的変化からへモグロビン濃度の変化(血流の経時的変化)が分かる。本発明の評価方法では、脳で認知された辛み物質または苦味物質による刺激を、こめかみ部付近の唾液腺活動の応答信号、詳しくは主に耳下腺活動に伴うヘモグロビン量の変化信号として計測する。
【0066】
本発明の評価方法で使用しうる生体光計測装置は、光子エネルギーが低く、人体に対して良く透過する近赤外光を利用して、光ファイバーを通じて頭皮上から照射し、頭皮・頭蓋骨を透過して大脳で反射してきた光を再び頭皮上で電気信号に変えて検出する装置である。この装置を用いて、血液中に含まれる色素タンパク質であるヘモグロビンに吸収された近赤外光の反射光強度を計測することにより、血流変化を計測することができる。本発明の評価方法では、生体光計測装置の中でも、特に光トポグラフィ装置、すなわち近赤外分光法を利用して大脳皮質の神経活動に伴い変化するヘモグロビンの相対的変化量を多点で測定し、脳機能画像として表示する装置を使用することが好ましい。脳は、活動した部位で血流が増加することが知られていることから、光トポグラフィ装置を用いると、局所的な脳血流変化を多点で完全に同時計測することができ、脳活動を画像として観察できる。
【0067】
光トポグラフィ装置の基本構造は、近赤外半導体レーザから照射される光を光ファイバーに送る照射装置と、照射用ファイバーと検出用ファイバーを頭皮上の決められた位置に配置するための照射検出装置(プローブ)と、検出された光信号を処理し、演算・表示する計算部分からなる。頭皮から反射してきた光は検出用ファイバーからフォトダイオードに入り電気信号に変換され、その後、この電気信号はどの照射点から到達した光であるかが判別され、各計測点に対応した検出光強度データを基に、ヘモグロビンの濃度変化を演算し、トポグラフィ画像が生成される。
【0068】
辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化の評価は、生体光計測装置で被験者のこめかみ部分付近の信号強度の変化を計測し、こめかみ部付近に対応する各チャンネル(CH)の血流量のデータを統計処理することによって行うことができる。本発明で使用する光トポグラフィ装置としては、例えば、日立ETG−4000型光トポグラフィ装置((株)日立メディコ製:52チャンネル)を例示することができる。
【0069】
本発明の評価方法において、血流量変化の応答強度を計測するための部位は、上記の通り、こめかみ部付近とする。この部位においては、唾液腺、特に耳下腺活動に伴う信号がリアルタイムに計測される。こめかみ部付近の血流量変化の応答は、日立ETG−4000型光トポグラフィ装置を使用した場合、左側ではチャンネル20、21、30、31、40、41、42、50、51、52を挙げることができ、また右側ではチャンネル11、12、22、23、32、33、34、43、44、45を挙げることができる。また、これらのチャンネルのうち、左側ではチャンネル40、41、51、52、右側ではチャンネル33、34、43、44が特に好ましい。
【0070】
前述の手順で試料の飲食または試料溶液の飲用を行った場合、こめかみ部付近において、口に含んでから徐々に血流量が上昇し、約5秒から約30秒程度の間に血流量が最大値を示す。その後、徐々に血流量は下降し、口に含んでから約60秒でほぼ元のレベルとなる。
【0071】
そこで、ある特定の部位における口に含んでから約5秒から約30秒までの血流量の「最大値」から、口に含んだ瞬間から約15秒までの血流量の「最小値」を引いた値、すなわち血流量変化の「応答強度」を、こめかみ部付近の信号強度の変化とする。該信号強度の変化は、ヘモグロビン濃度の変化量に相当する。近赤外線分光法(NIRS)で得られる信号は、ヘモグロビン濃度と光路長の積であるため、ヘモグロビン濃度の絶対値として扱うことはできない。そこで、前記「最小値」をベースラインと仮定し、「最小値」から「最大値」までのヘモグロビン濃度の変化量を算出する。なお、NIRSで得られる信号データは、通常、数回の試行を加算平均することで、アーチファクトの混入したデータを取り除くことができる。
【0072】
本発明の評価方法では、前述した第1のステップで計測したヘモグロビン濃度の変化量と、第2のステップで計測したヘモグロビン濃度の変化量との間の相対値を求め、該相対値を辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化の指標とする(第3のステップ)。該相対値としては、第2のステップで計測したヘモグロビン濃度の変化量(信号強度の変化)を第1のステップで計測したヘモグロビン濃度の変化量(信号強度の変化)で割った値、あるいは、第2のステップで計測したヘモグロビン濃度の変化量から、第1のステップで計測したヘモグロビン濃度の変化量を差し引いて算出した値を用いることができる。該相対値は、辛み物質または苦味物質による摂食意欲の変化の指標だけでなく、摂食意欲の感覚の繰り返しが嗜好性に繋がることから、辛みまたは苦味を有する飲食品に対する嗜好性を評価するための指標としても用いることができる。
【0073】
辛み物質または苦味物質が被験者にとって好ましい味を呈したときは高い摂食意欲が惹起されるが、その場合における前記相対値は、辛み物質または苦味物質が被験者にとって好ましくない味を呈した際に比べて有意に増加する現象が認められる。本発明ではこのような場合を、辛み物質または苦味物質による摂食意欲が高いとする。本発明の評価方法では、前記相対値が大きいほど唾液腺活動が強く、摂食意欲、嗜好性が高く、小さいほど唾液腺活動が弱く、摂食意欲、嗜好性が低いと評価する。被験者に試料を摂食させる工程において、被験者の生体信号を、近赤外線分光法を用いて測定している際に、官能評価を行うことにより、本発明の評価方法で得られる評価結果と官能評価の結果との間の相関性を確認することができる。
【0074】
摂食意欲の程度は、第2のステップで計測したヘモグロビン濃度の変化量を第1のステップで計測したヘモグロビン濃度の変化量で割った値を「応答強度比」とすると、応答強度比の値により、例えば、以下のように評価することができる。すなわち、応答強度比が1より小さい場合または1に近い場合は、全く摂食意欲が生じていないか、その程度は極めて低い、1をやや超えた場合はやや摂食意欲が生じている、1.5程度の場合は高い摂食意欲が生じている、2を超える場合は非常に高い摂食意欲が生じている、3を超える場合は極めて高い摂食意欲が生じている、と評価することができる。
【実施例】
【0075】
以下に実施例を挙げ、本発明を更に詳細に説明する。
【0076】
(実施例1)摂食意欲の変化の評価−麻婆風味スープモデルの場合
麻婆風味スープモデルである表1の組成にしたがい、呈味組成物を調製した(未添加品M)。次に呈味組成物およびフレーバー組成物を調製し、良く混合した(添加品M1)。さらに呈味組成物、フレーバー組成物および辛み組成物を調製し、良く混合した(添加品M2)。これらの未添加品M、添加品M1および添加品M2の各試料を下記の手順にしたがい、被験者に摂食させ、こめかみ部付近の血流量を光トポグラフィ装置で測定すると共に、官能評価アンケートへの回答を行わせた。
【0077】
【表1】
【0078】
[被験者]
8名(20〜30代の男性6名、女性2名)。
[測定方法]
調製した試料は飲用前に60℃に加温し、プラスチックカップに40ml程度注ぎ入れて、被験者に飲用させる試料とした。被験者による試料の飲用および評価の手順は以下の通りである。
安静60秒→試料飲用(30秒間飲用した試料の評価)→安静60秒→180秒:その間に評価アンケートに記入→再度、最初の安静からの手順を繰り返す。試料の呈示、飲用、評価のタイムスケジュールを図1に示す。図1中、コントロール条件は下記の呈示順(A1)の2試料目と3試料目、テスト条件は下記の呈示順(A2)の2試料目と3試料目に対応する。
[呈示順(A)]
呈示順(A1):添加品M1→添加品M1→添加品M1
呈示順(A2):添加品M1→添加品M1→添加品M2
呈示順(A1)および(A2)を各1回ずつ計測した。
[測定装置]
日立ETG−4000型光トポグラフィ装置((株)日立メディコ製:52チャンネル)
[官能評価アンケート]
においの強さについて最低を「無」、最高を「非常に強い」として、その間を「弱い」、「普通」、「強い」として13段階、辛みの強さについて最低を「無」、最高を「非常に強い」として、その間を「弱い」、「普通」、「強い」として13段階、摂食した試料の各食品としての好ましさについて最低を「好ましくない」、最高を「好ましい」として13段階に分けた官能評価表を用いて被験者に記載させた。また、甘味、酸味、塩味、うま味、苦味についても同様に13段階に分けて記載させた。官能評価アンケート用紙を図4に示す。
【0079】
(比較例1)辛み組成物単独の摂食意欲の変化への影響の確認
麻婆風味スープモデルである表1の組成にしたがい呈味組成物を調製した(未添加品M)。次に呈味組成物および辛み組成物を調製し、良く混合した(添加品M3)。未添加品Mおよび添加品M3を下記の手順に従って被験者に飲用させて、こめかみ部付近の血流量を光トポグラフィ装置で測定すると共に、官能評価アンケートに記載させた。
[呈示順(B)]
呈示順(B1):未添加品M→未添加品M→未添加品M
呈示順(B2):未添加品M→未添加品M→添加品M3
実施例1と同じ被験者により、呈示順(B1)および(B2)を各1回ずつ計測した。測定方法、測定装置および官能評価アンケートの記載方法は実施例1と同じである。
【0080】
[実施例1および比較例1の結果]
呈示順(A2)において添加品M1(2試料目)の飲用後、添加品M2を飲用した場合の被験者の平均血流変化(52チャンネルの測定結果)を図2に示す。また、呈示順(B2)において未添加品M(2試料目)の飲用後、添加品M3を飲用した場合の被験者の平均血流変化(52チャンネルの測定結果)を図3に示す。また、呈示順(A1)における添加品M1(3試料目)および呈示順(A2)における添加品M2を飲用した場合の被験者の官能評価結果を図6に示す。また、呈示順(B1)における未添加品M(3試料目)および呈示順(B2)における添加品M3を飲用した場合の被験者の官能評価結果を図7に示す。
まず、呈示順(A1)における添加品M1(3試料目)、および呈示順(A2)における添加品M2を飲用した場合であるが、図6の官能評価の結果に示した通り、被験者は呈味組成物およびフレーバー組成物を混合した添加品M1に比べ、さらに辛み組成物を添加した添加品M2は有意に辛み、香りの強さおよび好ましさの評価が高かった。一方、甘味およびうま味は辛み刺激により抑えられ適度な程度に抑えられたと回答した。
次に、図2の結果に示した通り、血流増加量の大きいチャンネルとしては左側ではチャンネル19、20、21、29、30、32、40、41、42、43、44、51、52、右側ではチャンネル11、12、22、23、32、33、34、43、44、45であった。これらのうち、左側ではチャンネル30、40、41、42、51、52、右側ではチャンネル22、23、32、43、44が特に大きかった。これらのチャンネルは左右のこめかみ部付近の血流量変化の応答を反映するものであるが、この部位においては、唾液腺、特に耳下腺活動に伴う信号がリアルタイムに計測されることが知られている。
血流量については、8名中8名が添加品M1を飲用させた場合と比較して、添加品M2を飲用させた場合、左右のこめかみ部領域で唾液腺活動に伴う血流変化量の有意な増加が認められた(図2)。2試料目飲用後の3試料目に対する血流変化量の、2試料目に対する血流変化量に対するピーク比(応答強度比)を用いて比較した結果、添加品M1を連続して呈示した場合(呈示順(A1))と比較して、左右のこめかみ部の計測領域で、麻婆風味スープモデルフレーバーの存在下での辛み物質の添加により有意に血流量が増加することが確認された(図5)。
以上の結果から、麻婆風味スープモデルの呈味組成物とフレーバー組成物を含む試料に辛み物質を添加することにより、食べたい、飲みたいという摂食意欲が上昇し、唾液腺血流量も増強することが確認された。
【0081】
一方、呈示順(B2)において未添加品Mおよび添加品M3を飲用した場合からは次のことが確認された。すなわち、図7の官能評価の結果に示した通り、被験者8名全員が呈味組成物である未添加品Mは「飲めるがおいしくはない」と回答し、さらに辛み物質を添加した添加品M3は喉に残る強い辛みであり、辛みのインパクトばかりが強調されていると評価した。
また、血流量については、8名全員が未添加品Mを飲用させた場合と比較して、添加品M3を飲用させた場合、左右のこめかみ部領域での唾液腺活動に伴う血流変化量の有意な増加が認められなかった(図3)。このことは、2試料目飲用後の3試料目に対する血流変化量の、2試料目に対する血流変化量に対するピーク比(応答強度比)を用いた比較でより明確に示された。すなわち、未添加品Mを連続して呈示した場合(呈示順(B1))の未添加品Mの応答強度比と呈示順(B2)での添加品M3の応答強度比には有意な差は認められなかった(図5)。
以上の結果から、麻婆風味スープモデルフレーバーの不存在下で、麻婆風味スープモデルの呈味組成物に辛み物質を添加するだけでは、食べたい、飲みたいという摂食意欲が上昇することはなく、唾液腺血流量の増加は認められなかった。
【0082】
実施例1および比較例1の結果から、次の結論を導き出すことができる。すなわち、呈味組成物に辛み物質を添加した添加品M3の飲用では唾液腺血流量の増加はなく、摂食意欲の上昇がないことが確認された。
これに対し、呈味組成物、フレーバー組成物および辛み物質を添加した添加品M2では唾液腺血流量の有意な増加が認められ、麻婆風味スープモデルにおいて使用したフレーバー組成物および辛み物質の組合せは摂食意欲を上昇させることを確認することができた。
以上のように、本発明の評価方法により、辛み物質が摂食意欲に及ぼす効果を測定したところ、官能評価と相関する結果が得られ、本発明の評価方法で規定する相対値が辛み物質による摂食意欲の変化を評価するうえで、客観的な指標となりうることが確認された。また、本発明の評価方法を用いれば、辛み刺激を有する飲食品について添加するフレーバーが摂食意欲を上昇させる好ましいものであるかの評価を行うことや、辛み刺激を持たない食品に辛み物質を添加した場合に摂食意欲を上昇させることができるかなどの評価法として使用することが可能である。
【0083】
(実施例2)苦味物質による摂食意欲の変化の評価−グレープフルーツ風味飲料モデル
グレープフルーツ風味飲料モデルである表2の組成にしたがい呈味組成物を調製した(未添加品G)。次に呈味組成物および苦味組成物を良く混合した(添加品G1)。さらに呈味組成物、苦味組成物およびフレーバー組成物を良く混合した(添加品G2)。これらの未添加品G、添加品G1および添加品G2の各試料を下記の手順にしたがい、被験者に摂食させ、こめかみ部付近の血流量を光トポグラフィ装置で測定すると共に、官能評価アンケートへの回答を行わせた。
【0084】
【表2】
【0085】
[被験者]
8名(20代〜30代の女性5名、20代〜30代の男性3名)
[測定方法]
被験者による試料の飲用および評価の手順は以下の通りである。
安静60秒→試料飲用(30秒間飲用した試料の評価)→安静60秒→180秒:その間に評価アンケートに記入→再度、最初の安静からの手順を繰り返す。試料の呈示、飲用、評価のタイムスケジュールを図1に示す。試料の呈示、飲用、評価のタイムスケジュールを図1に示す。図1中、コントロール条件は下記の呈示順(C1)の2試料目と3試料目、テスト条件は下記の呈示順(C2)の2試料目と3試料目に対応する。
[呈示順(C)]
呈示順(C1):添加品G1→添加品G1→添加品G1
呈示順(C2):添加品G1→添加品G1→添加品G2
呈示順(C1)および(C2)を各1回ずつ計測した。
[測定装置]
日立ETG−4000型光トポグラフィ装置((株)日立メディコ製:52チャンネル)
[官能評価アンケート]
においの強さについて最低を「無」、最高を「非常に強い」として、その間を「弱い」、「普通」、「強い」として13段階、苦味、酸味、甘味、塩味、うま味の強さについて最低を「無」、最高を「非常に強い」として、その間を「弱い」、「普通」、「強い」として13段階、摂食した試料の各食品としての好ましさについて最低を「好ましくない」、最高を「好ましい」として13段階に分けた官能評価表を用いて被験者に記載させた。また、摂食した試料のグレープフルーツらしさ、および果汁感、さのう感、アルベド感のようなグレープフルーツらしさを評価する項目についても同様に13段階に分けて記載させた。
官能評価アンケート用紙を図10に示す。
【0086】
(比較例2)苦味組成物単独の摂食意欲の変化への影響の確認
グレープフルーツ風味飲料モデルである表2の組成にしたがい呈味組成物を調製した(未添加品G)。次に呈味組成物およびフレーバー組成物を調製し、良く混合した(添加品G3)。未添加品Gおよび添加品G3を下記の手順に従って被験者に飲用させて、こめかみ部付近の血流量を測定すると共に、官能評価アンケートに記載させた。
[呈示順(D)]
呈示順(D1):未添加品G→未添加品G→未添加品G
呈示順(D2):未添加品G→未添加品G→添加品G3
実施例2と同じ被験者により、呈示順(D1)および(D2)を各1回ずつ計測した。測定方法、測定装置および官能評価アンケートの記載方法は実施例2と同じである。
【0087】
[実施例2および比較例2の結果]
呈示順(C2)において添加品G1(2試料目)の飲用後、添加品G2を飲用した場合の被験者の平均血流変化(52チャンネルの測定結果)を図8に示す。また、呈示順(D2)において未添加品G(2試料目)の飲用後、添加品G3を飲用した場合の被験者の平均血流変化(52チャンネルの測定結果)を図9に示す。また、呈示順(C1)における添加品G1(3試料目)、および呈示順(C2)における添加品G2を飲用した場合の被験者の官能評価結果を図12に示す。また、呈示順(D1)における未添加品G(3試料目)、および呈示順(D2)における添加品G3を飲用した場合の被験者の官能評価結果を図13に示す。
まず、呈示順(C1)および(C2)の飲用の場合であるが、図12の官能評価の結果に示した通り、被験者は呈味組成物および苦味組成物を混合した添加品G1に比べ、さらにフレーバー組成物を添加した添加品G2は甘味、酸味の増強が確認された。また、フレーバー組成物の添加により、アルベド感(柑橘の果皮に由来する香味などの感覚)、果汁感が顕著に増加するとともに、グレープフルーツらしさ、まとまり・調和、好ましさが顕著に増加した。
また、血流量については、8名中8名が添加品G1を飲用させた場合と比較して、添加品G2を飲用させた場合、左右のこめかみ部領域で唾液腺活動に伴う血流変化量の顕著な増加が認められた(図8。なお、チャンネル9、10、20は測定不能であった。)。2試料目飲用後の3試料目に対する血流変化量の、2試料目に対する血流変化量に対するピーク比(応答強度比)を用いて比較した結果、添加品G1を連続して呈示した場合(呈示順(C1))と比較して、左右のこめかみ部の計測領域で、フレーバー組成物添加により有意に血流が増加することが確認された(図11)。
以上の結果から、グレープフルーツ飲料モデルの呈味組成物と苦味組成物を含む試料にフレーバー組成物を添加することにより、食べたい、飲みたいという摂食意欲が上昇し、唾液腺血流量も増強することが確認された。
【0088】
一方、呈示順(D2)の飲用の場合からは次のことが確認された。すなわち、図13の官能評価の結果に示した通り、フレーバー組成物を添加した添加品G3は苦味の増強に加え、さのう感、果汁感、アルベド感などのグループフルーツらしさが増強した。まとまり・調和、好ましさは増加したが、呈味組成物と苦味組成物を含む試料にフレーバー組成物を添加した添加品G2ほど顕著ではなかった。
また、血流量については、8名全員が未添加品Gを飲用させた場合と比較して、添加品G3を飲用させた場合、左右のこめかみ部領域での唾液腺活動に伴う血流変化量の有意な増加は認められなかった(図9)。このことは、2試料目飲用後の3試料目に対する血流変化量の、2試料目に対する血流変化量に対するピーク比(応答強度比)を用いた比較でより明確に示された。すなわち、未添加品Gを連続して呈示した場合の未添加品G(呈示順(D1))の応答強度比と呈示順(D2)での添加品G3の応答強度比には有意な差は認められなかった(図11)。
以上の結果から、グレープフルーツ風味飲料モデルの呈味組成物にフレーバー組成物を添加するだけでは、食べたい、飲みたいという摂食意欲の上昇は顕著ではなく、唾液腺血流量の明確な増加は認められなかった。
【0089】
実施例2および比較例2の結果から、次の結論を導き出すことができる。すなわち、呈味組成物にフレーバー組成物を添加した添加品G3の飲用では、唾液腺血流量の増加は、呈味組成物と苦味組成物を含む試料にフレーバー組成物を添加した添加品G2ほど多くはなく、摂食意欲の上昇も添加品G2ほどではないことが確認された。
これに対し、呈味組成物、フレーバー組成物および苦味組成物を添加した添加品G2では唾液腺血流量の有意な増加が認められ、グレープフルーツ風味飲料モデルにおいて、使用したフレーバー組成物および苦味組成物の組合せは摂食意欲を上昇させる組合せであることを確認することができた。
以上のように、本発明の評価方法により、苦味物質が摂食意欲に及ぼす効果を測定したところ、官能評価と相関する結果が得られ、本発明の評価方法で規定する相対値が苦味物質による摂食意欲の変化を評価するうえで、客観的な指標となりうることが確認された。また、本発明の評価方法を用いれば、苦味刺激を有する飲食品について添加するフレーバーが摂食意欲を上昇させる好ましいものであるかの評価を行うことや、苦味刺激を持たない食品に苦味物質を添加した場合に摂食意欲を上昇させることができるかの評価法として使用することが可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13