特許第6012371号(P6012371)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許60123714−ヒドロキシ−2−ブタノンまたはブタノールの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6012371
(24)【登録日】2016年9月30日
(45)【発行日】2016年10月25日
(54)【発明の名称】4−ヒドロキシ−2−ブタノンまたはブタノールの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/26 20060101AFI20161011BHJP
   C12P 7/16 20060101ALI20161011BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20161011BHJP
   C12N 1/21 20060101ALN20161011BHJP
   C12R 1/145 20060101ALN20161011BHJP
【FI】
   C12P7/26ZNA
   C12P7/16
   !C12N15/00 A
   !C12N1/21
   C12R1:145
【請求項の数】9
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2012-215129(P2012-215129)
(22)【出願日】2012年9月27日
(65)【公開番号】特開2014-68558(P2014-68558A)
(43)【公開日】2014年4月21日
【審査請求日】2015年7月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004628
【氏名又は名称】株式会社日本触媒
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100125508
【弁理士】
【氏名又は名称】藤井 愛
(72)【発明者】
【氏名】▲土▼▲橋▼ 幸生
(72)【発明者】
【氏名】向山 正治
(72)【発明者】
【氏名】市毛 栄太
(72)【発明者】
【氏名】中之庄 正弘
(72)【発明者】
【氏名】中山 俊一
【審査官】 森井 文緒
(56)【参考文献】
【文献】 特表2010−508017(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/127319(WO,A1)
【文献】 中国特許出願公開第101935677(CN,A)
【文献】 Appl. Microbiol. Biotechnol., (May 2012) vol.94, no.3, p.743-754
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15/90
C12P 7/26
C12P 7/16
PubMed
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
WPIDS/WPIX(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アセトアセチルCoAの蓄積に関連する少なくとも一つの遺伝子を改変したクロストリジウム属微生物の形質転換体を、炭素源を含む培地中で培養する工程、および培養液から4−ヒドロキシ−2−ブタノンを分離する工程を含む、4−ヒドロキシ−2−ブタノンの製造方法。
【請求項2】
形質転換体が、アセトアセチルCoAからアセトンが生成する経路に関与するアセトン生成酵素遺伝子の機能を欠損させた形質転換体である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
形質転換体が、ctfABまたはadcの機能を欠損させた形質転換体である、請求項2記載の方法。
【請求項4】
形質転換体が、アセチルCoAから酢酸が生成する経路に関与する酢酸生成酵素遺伝子の機能を欠損させた形質転換体である、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
形質転換体が、ptaまたはackの機能を欠損させた形質転換体である、請求項4記載の方法。
【請求項6】
形質転換体が、ctfABおよびptaの機能を欠損させた形質転換体である、請求項3記載の方法。
【請求項7】
クロストリジウム属微生物が、C.サッカロパーブチルアセトニカム、C.ベイジェリンキ、およびC.アセトブチリカムからなる群から選択される、請求項1〜6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
クロストリジウム属微生物がC.サッカロパーブチルアセトニカムである、請求項7記載の方法。
【請求項9】
培養液から4−ヒドロキシ−2−ブタノンを分離する一方でブタノールを回収する工程を含む、請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子改変微生物を用いて4−ヒドロキシ−2−ブタノンまたはブタノールを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
4−ヒドロキシ−2−ブタノンは、抗がん剤であるドキソルビシンなどの医薬中間体として利用できるほか、メチルビニルケトン、リネアチン、メバロノラクトンなどの原材料となる。現在、4−ヒドロキシ−2−ブタノンは、もっぱら化学法で、アセトンとホルムアルデヒドなどを原料として合成される。
【0003】
非特許文献1には、カンジダ属酵母が(S)−1,3−ブタンジオールを酸化して4−ヒドロキシ−2−ブタノンを合成する酵素を持つことが報告され、その後非特許文献2により、ロドコッカス属細菌などの酵素によって4−ヒドロキシ−2−ブタノンを還元し、1,3−ブタンジオールのS体、R体をある程度狙って合成できることが示された。また、特許文献1及び特許文献2では、1,3−ブタンジオールのラセミ体を原料とし、一方のエナンチオマーを選択的に資化させることによりもう一方のエナンチオマーを選択的に得る手法を提供している。さらに、特許文献3では、R体の1,3−ブタンジオールを4−ヒドロキシ−2−ブタノンを経て光学特異的に還元することにより、S体の1,3−ブタンジオールを得る手法が提供されている。
【0004】
しかしながら、4−ヒドロキシ−2−ブタノンを狙って生合成する手法はいまだ確立されていない。非特許文献3では、1,3−ブタンジオールを原料とし、酵素酸化による4−ヒドロキシ−2−ブタノンの合成を試みている。だが、原料として1,3−ブタンジオールが必要となる状況が依然改善されてはいない。また、特許文献4では、4−ヒドロキシ−2−ブタノンをアセトアセチルCoAから直接合成する酵素があるかのように記載されているが、これは1,3−ブタンジオールを合成する際の可能性のある経路として例示されているに過ぎず、実態を伴っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平03-236795
【特許文献2】特開平04-152895
【特許文献3】特開2002-345479
【特許文献4】WO 2011/071682
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Yamamoto et al., Biosci Biotechnol Biochem. 1995 Sep;59(9):1769-70.
【非特許文献2】Itoh et al., Appl Microbiol Biotechnol. 2007 Jul;75(6):1249-56. Epub 2007 Apr 19.
【非特許文献3】Liang et al., Appl Microbiol Biotechnol. 2012 Jun;94(5):1233-41. Epub 2011 Nov 25.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、炭素源を用いて微生物を培養し、直接4−ヒドロキシ−2−ブタノンを製造する手法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、クロストリジウム属微生物において、アセトアセチルCoAが蓄積するように遺伝子を改変し、炭素源を含む培地中で培養することにより、蓄積したアセトアセチルCoAから4−ヒドロキシ−2−ブタノンが産生されることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は以下を包含する。
(1)アセトアセチルCoAの蓄積に関連する少なくとも一つの遺伝子を改変したクロストリジウム属微生物の形質転換体を、炭素源を含む培地中で培養する工程を含む、4−ヒドロキシ−2−ブタノンの製造方法。
(2)形質転換体が、アセトアセチルCoAからアセトンが生成する経路に関与するアセトン生成酵素遺伝子の機能を欠損させた形質転換体である、(1)記載の方法。
(3)形質転換体が、ctfABまたはadcの機能を欠損させた形質転換体である、(2)記載の方法。
(4)形質転換体が、アセチルCoAから酢酸が生成する経路に関与する酢酸生成酵素遺伝子の機能を欠損させた形質転換体である、(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5)形質転換体が、ptaまたはackの機能を欠損させた形質転換体である、(4)記載の方法。
(6)形質転換体が、ctfABおよびptaの機能を欠損させた形質転換体である、(3)記載の方法。
(7)クロストリジウム属微生物が、C.サッカロパーブチルアセトニカム、C.ベイジェリンキ、およびC.アセトブチリカムからなる群から選択される、(1)〜(6)のいずれかに記載の方法。
(8)クロストリジウム属微生物がC.サッカロパーブチルアセトニカムである、(7)記載の方法。
(9)培養液から4−ヒドロキシ−2−ブタノンを分離する工程を含む、(1)〜(8)のいずれかに記載の方法。
(10)アセトアセチルCoAの蓄積に関連する少なくとも一つの遺伝子を改変したクロストリジウム属微生物の形質転換体を、炭素源を含む培地中で培養する工程、および培養液から4−ヒドロキシ−2−ブタノンを分離除去する工程を含む、ブタノールの製造方法。
(11)形質転換体が、アセトアセチルCoAからアセトンが生成する経路に関与するアセトン生成酵素遺伝子の機能を欠損させた形質転換体である、(10)記載の方法。
(12)形質転換体が、ctfABまたはadcの機能を欠損させた形質転換体である、(11)記載の方法。
(13)形質転換体が、アセチルCoAから酢酸が生成する経路に関与する酢酸生成酵素遺伝子の機能を欠損させた形質転換体である、(10)〜(12)のいずれかに記載の方法。
(14)形質転換体が、ptaまたはackの機能を欠損させた形質転換体である、(13)記載の方法。
(15)形質転換体が、ctfABおよびptaの機能を欠損させた形質転換体である、(12)記載の方法。
(16)クロストリジウム属微生物が、C.サッカロパーブチルアセトニカム、C.ベイジェリンキ、およびC.アセトブチリカムからなる群から選択される、(10)〜(15)のいずれかに記載の方法。
(17)クロストリジウム属微生物がC.サッカロパーブチルアセトニカムである、(16)記載の方法。
(18)培養液からブタノールを回収する工程を含む、(10)〜(17)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、炭素源を用いた微生物培養において、直接4−ヒドロキシ−2−ブタノンを製造することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】アセトン・ブタノール発酵の代謝経路を、中間体化合物、および関与する酵素遺伝子とともに示す。
図2】pNS44プラスミドのプラスミドマップを示す。
図3】pNS47プラスミドのプラスミドマップを示す。
図4】pKNT19−FLPプラスミドのプラスミドマップを示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の方法に用いる形質転換体は、クロストリジウム属微生物において、アセトアセチルCoAの蓄積に関連する少なくとも一つの遺伝子を改変することにより得られる。クロストリジウム属微生物は、特に制限されないが、C.サッカロパーブチルアセトニカム(C.saccharoperbutylacetonicum)、例えば、ATCC27021株、ATCC13564株;C.ベイジェリンキ(C.beijerinckii)、例えば、ATCC51743株、C.アセトブチリカム(C.acetobutylicum)、例えば、ATCC824株およびC.ブチリカム(C.butylicum)などが挙げられる。C.サッカロパーブチルアセトニカム、C.ベイジェリンキ、およびC.アセトブチリカムが好ましく、C.サッカロパーブチルアセトニカムが特に好ましい。
【0013】
一般的にクロストリジウム属微生物は、プラスミドの導入が困難であるが、C.サッカロパーブチルアセトニカムはプラスミドの導入を比較的容易に行うことができる。また、C.アセトブチリカムATCC824株などでは、プラスミドがDNAエンドヌクレアーゼによって切断されるためにそのまま導入することができず、メチル化処理をする必要があるが、C.サッカロパーブチルアセトニカムではその必要がない。
【0014】
アセトアセチルCoAの蓄積に関連する遺伝子は、微生物によるアセトン・ブタノール発酵の代謝経路において、アセトアセチルCoAの蓄積に関連する遺伝子であれば特に制限されず、直接的に関連する遺伝子に限られず、間接的に関連する遺伝子も包含される。具体的には、アセトン生成酵素遺伝子、酢酸生成酵素遺伝子、アセトアセチルCoA生成酵素遺伝子が挙げられる。4−ヒドロキシ−2−ブタノンをアセトアセチルCoAから合成する酵素は知られていないが、アセトアセチルCoAのCoA部位を還元することにより4−ヒドロキシ−2−ブタノンとなることから、4−ヒドロキシ−2−ブタノンの蓄積にはアセトアセチルCoAの蓄積が関与していると考えられる。
【0015】
アセトン生成酵素遺伝子は、アセトアセチルCoAからアセトンが生成する経路に関与する酵素をコードする遺伝子である。アセトン生成酵素遺伝子の機能を欠損させることにより、アセトアセチルCoAからアセトンが生成する経路が遮断され、アセトアセチルCoAが蓄積することとなる。アセトン生成酵素遺伝子には、ctfA(CoAトランスフェラーゼのAサブユニットをコードする遺伝子)、ctfB(CoAトランスフェラーゼのBサブユニットをコードする遺伝子)およびadc(アセトアセテートデカルボキシラ−ゼをコードする遺伝子)が含まれる。CoAトランスフェラーゼは、AサブユニットとBサブユニットを含み、アセトアセチルCoAをアセトアセテートに転化する反応を触媒する酵素である。ctfABと表記されている場合には、CoAトランスフェラーゼのAサブユニットをコードする遺伝子とBサブユニットをコードする遺伝子の両方を指す。アセトアセテートデカルボキシラ−ゼは、アセトアセテートを脱炭酸してアセトンを生成する反応を触媒する酵素である。アセトン生成酵素遺伝子の機能を欠損させることには、これらの遺伝子のうち単独の遺伝子の機能を欠損させること、および複数の遺伝子の機能を欠損させることが包含され、酵素サブユニットをコードする遺伝子の1つまたは複数の機能を欠損させることも包含される。アセトアセチルCoAを効率的に蓄積させる観点から、アセトアセチルCoAをアセトアセテートに転化する反応を触媒する酵素をコードするctfABの機能を欠損させることが好ましいが、アセトアセテートを脱炭酸してアセトンを生成する反応を触媒する酵素をコードするadcの機能を欠損させることでも同様にアセトアセチルCoAを蓄積させる効果が期待できる。
【0016】
酢酸生成酵素遺伝子は、アセチルCoAから酢酸が生成する経路に関与する酵素をコードする遺伝子である。酢酸生成酵素遺伝子の機能を欠損させることにより、アセチルCoAから酢酸が生成する経路が遮断され、アセチルCoAが蓄積することにより、結果、アセトアセチルCoAが蓄積することとなる。酢酸生成酵素遺伝子には、pta(ホスホトランスアセチラーゼをコードする遺伝子)およびack(アセテートキナーゼをコードする遺伝子)が含まれる。ホスホトランスアセチラーゼは、アセチルCoAからアセチルリン酸を形成する反応を触媒する酵素である。アセテートキナーゼは、アセチルリン酸を酢酸に転化する反応を触媒する酵素である。酢酸生成酵素遺伝子の機能を欠損させることには、これらの遺伝子のうち単独の遺伝子の機能を欠損させること、および複数の遺伝子の機能を欠損させることが包含され、酵素サブユニットをコードする遺伝子の1つまたは複数の機能を欠損させることも包含される。
【0017】
アセトアセチルCoAを効率的に蓄積させる観点から、アセトン生成酵素遺伝子と酢酸生成酵素遺伝子の機能を欠損させることが好ましく、また、よりアセトンや酢酸の生成を効果的に抑制できることから、ctfABとptaの機能を欠損させることがより好ましい。
【0018】
アセトアセチルCoA生成関連酵素遺伝子は、ピルビン酸からアセチルCoAを経てアセトアセチルCoAが生成する経路に関与する酵素をコードする遺伝子である。したがって、アセトアセチルCoA生成関連酵素遺伝子を過剰発現させることにより、アセトアセチルCoAが蓄積することとなる。アセトアセチルCoA生成酵素遺伝子には、pfiB(ピルビン酸-フェレドキシンオキシドレダクターゼ)およびthl(チオラーゼ)が含まれる。ピルビン酸-フェレドキシンオキシドレダクターゼは、フェレドキシンを補酵素としてピルビン酸からアセチルCoAを形成する反応を触媒する酵素である。チオラーゼは、アセチルCoAからアセトアセチルCoAを形成する反応を触媒する酵素である。アセトアセチルCoA生成関連酵素遺伝子を過剰発現させることには、これらの遺伝子のうち単独の遺伝子を過剰発現させること、および複数の遺伝子を過剰発現させることが包含される。また、真核生物のピルビン酸デヒドロゲナーゼは、NAD+を補酵素としてピルビン酸からアセチルCoAを形成する反応を触媒する酵素であり、この遺伝子を過剰発現させることも含包される。アセトアセチルCoA生成関連酵素遺伝子を過剰発現させる方法としては、当技術分野で公知の方法を使用でき、酵素遺伝子のプロモーターを、当該遺伝子を過剰発現させるようなプロモーターと交換する方法、突然変異誘導による方法などが挙げられる。
【0019】
本発明において遺伝子には、DNAおよびRNAが包含され、DNAには一本鎖DNAおよび二本鎖DNAが包含される。
【0020】
酵素遺伝子の機能を欠損させることには、酵素遺伝子の一部または全部を改変(例えば、置換、欠失、付加および/または挿入)または破壊することによって、該遺伝子の発現産物が当該酵素としての機能を有しないようにすること、ならびに酵素タンパク質が発現しないようにすることが包含される。例えば、酵素遺伝子のゲノムDNAの一部に欠失、置換、付加または挿入を生じさせることによって、該酵素遺伝子の機能を全くまたは実質的に不全とするかまたは欠損させることができる。酵素遺伝子のプロモーターの一部または全部を改変(例えば、置換、欠失、付加および/または挿入)または破壊することによって、酵素タンパク質が発現しないようにすることも包含される。ここで、遺伝子が破壊されているとは、その遺伝子配列の一部またはすべてが欠失するか、遺伝子配列中に別のDNA配列が挿入されているか、または遺伝子配列中の一部配列が他の配列と置換されることにより、該酵素遺伝子の機能を全くまたは実質的に不全とした状態のことをさす。
【0021】
本発明において、酵素遺伝子の機能を欠損させたクロストリジウム属微生物の形質転換体は、そのゲノム上の各酵素遺伝子が機能不全にされたノックアウト微生物である。このような形質転換体は、一般に、公知の標的遺伝子組換え法(ジーンターゲティング法:例えばMethods in Enzymology 225:803-890, 1993)を使用することにより、例えば相同組換えにより作製することができる。相同組換えによる方法は、ゲノム上の配列と相同な配列に目的のDNAを挿入し、このDNA断片を細胞内に導入して相同組換えを起こさせることにより実施できる。ゲノムへの導入の際には目的のDNAと薬剤耐性遺伝子を連結したDNA断片を用いると容易に相同組換えが起こった株を選抜することができる。また、薬剤耐性遺伝子と特定の条件下で致死的になる遺伝子を連結したDNA断片をゲノム上に相同組換えによって挿入し、その後、薬剤耐性遺伝子と特定の条件下で致死的になる遺伝子を置き換える形で導入することもできる。また、乳酸菌で発見されたグループIIイントロンを用いた手法(Guo et. al., Science 21;289(5478):452-7(2000))も知られている。グループIIイントロンは、乳酸菌のLtrAというタンパク質と複合体を形成し、ゲノム中の特定の領域に挿入される機能を持つイントロンである。このイントロンのターゲッティング領域と呼ばれる個所を適切に変更することにより、微生物ゲノム中の狙った場所にDNA配列を挿入することができる。DNAが挿入された場所が遺伝子の内部であった場合、その遺伝子の機能はほとんどの場合消失するため、遺伝子破壊の手法として利用することができる。この際、グループIIイントロン内部に適切な薬剤耐性遺伝子を挿入し、さらにその薬剤耐性遺伝子の内部にtdイントロンと呼ばれる自己離脱性(セルフ-スプライシング)DNA領域を挿入することにより、ベクターの状態では薬剤耐性遺伝子が発現できないが、グループIIイントロンとなりtdイントロンが自己離脱した状態でDNA配列が挿入されると、薬剤耐性遺伝子が機能を持つ状態となる。この手法で得た遺伝子破壊株は、ゲノム中に挿入された薬剤耐性遺伝子によって獲得される薬剤耐性をマーカーとすることにより容易に選抜することができる。
【0022】
ターゲッティング配列と呼ばれる個所に関しては、Perutkaらによって大腸菌を用いた解析が行われており(Perutka et al., J. Mol. Biol. 13;336(2):421-39(2004))、どの個所をどう改変すれば目的とするDNA配列に挿入されるのか予測することが可能となっている。この参考文献をもとにすれば、たとえばエクセルのマクロのプログラミングを行い、このマクロに対して破壊対象とする遺伝子の塩基配列を入力することによって、対象とする遺伝子へのDNA挿入部位とターゲッティング配列の改変方法を出力させることができる。
【0023】
一般的に遺伝子破壊株の選抜のために薬剤耐性遺伝子を用いる場合、複数遺伝子の破壊には別の薬剤耐性遺伝子を用いる必要がある。しかし、FLP−FRT法(Schweizer HP, J. Mol. Microbiol. Biotechnol. 5(2):67-77(2003))やCre−loxP法(Hoess et al. Nucleic Acids Res. 11;14(5):2287-300(1986))などを用いて薬剤耐性遺伝子を切り出すことにより、薬剤耐性をなくすことができる。FLP、CreはそれぞれFRT、loxPという25塩基前後の短いDNAを認識し、FRTまたはloxPに挟まれた領域を切り出すはたらきを持つ。すなわち、遺伝子破壊用ベクターの薬剤耐性遺伝子の側部にFRT配列またはloxP配列を配して遺伝子破壊を行い、その後薬剤耐性となった遺伝子破壊株に対してFLPまたはCre遺伝子をクローニングした別のベクターを導入して作用させることにより、薬剤感受性の遺伝子破壊株が取得できる。その後、同様の手法で再度遺伝子破壊を実施することができる。
【0024】
酢酸生成酵素遺伝子、アセトン生成酵素遺伝子、アセトアセチルCoA生成酵素遺伝子をコードするDNAの各配列として、GenBankに登録されている公知の配列を利用してもよい。なお、C.サッカロパーブチルアセトニカムATCC13564株のctfA、ctfB、およびadcの塩基配列は、アクセッション番号AY251646に登録されている。今回用いた、ATCC27021株のptaの塩基配列を配列番号1に、ctfBの塩基配列を配列番号2に示す。
【0025】
上記の塩基配列でコードされる酵素遺伝子と機能的に同等の遺伝子もまた、各酵素遺伝子に包含される。ある塩基配列からなる酵素遺伝子と機能的に同等の遺伝子としては、当該塩基配列と70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上相同な塩基配列からなり、同じ酵素活性を有するタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。例えば、配列番号1からなるptaと機能的に同等の遺伝子としては、配列番号1と70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上相同な塩基配列からなり、ホスホトランスアセチラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。また、当業者であれば既知の遺伝子に関してGenBankで得られた参照番号を用い、他の微生物において等価な遺伝子を決定することもできる。
【0026】
公知の配列に基づいてプローブ(例えば約30〜150塩基)を作製し、放射性または蛍光ラベルで標識し、各酵素遺伝子のゲノムDNAを検出または単離するために使用することができる。微生物細胞から定法に従いゲノムDNAを取り出したのち、制限酵素で切断後、サザンハイブリダイゼーション、in situハイブリダイゼーションなどのハイブリダイゼーション法によって上記プローブを用いて、目的の酵素遺伝子のオープンリーディングフレーム(ORF)を探索することができる。必要に応じて制限酵素地図を作成し、相同組換えを行うための任意のターゲット部位を決定し、ターゲティングベクターを設計する。
【0027】
組換えDNAを挿入してターゲティングベクターを作製するためのベクターは、クロストリジウム属微生物で複製可能なベクターであれば特に限定されない。大腸菌とクロストリジウム属微生物のシャトルベクターであれば都合がよくpIM13由来のpKNT19(Journal of General Microbiology, 138, 1371-1378 (1992))などのシャトルベクターが特に好ましい。
【0028】
形質転換により遺伝子の破壊された株を取得するためのベクターは、必要な配列を、微生物ゲノムDNAを鋳型にしてクローニングすることにより取得するか、または合成し、必要であればそれらを適切に連結することによって取得できる。微生物ゲノムDNAから所望の遺伝子又はプロモーターをクローニングにより取得する方法は、分子生物学の分野において周知である。例えば遺伝子の配列が既知の場合、制限エンドヌクレアーゼ消化により適したゲノムライブラリを作り、所望の遺伝子配列に相補的なプローブを用いてスクリーニングすることができる。配列が単離されたら、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)(米国特許第4,683,202号)のような標準的増幅法を用いてDNAを増幅し、形質転換に適した量のDNAを得ることができる。なお、クローニングに用いるゲノムDNAライブラリの作製、ハイブリダイゼーション、PCR、プラスミドDNAの調製、DNAの切断及び連結、形質転換等の方法は、Sambrook, J., Fritsch,E.F., Maniatis,T., Molecular Cloning, Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1.21(1989)に記載されている。DNA配列については、直接合成することも可能であるし、または、PCR等で取得したDNA配列を、制限酵素処理を行ってライゲーションを行うか、もしくはDNA配列の両端に相補的なプローブ(プライマー)に15bp分の別のDNA配列の相同領域を付加したものを用いてPCR反応を実施して増幅し、インフュージョン反応(米国特許第7,575,860号)を行うことにより、連結してより長鎖のDNA配列を取得することもできる。
【0029】
ターゲティングベクターの微生物への導入は、公知の方法で実施できる。導入方法は、特に制限されないが、例えば、ミクロセル法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、プロトプラスト法、DEAE−デキストラン法、エレクトロポレーション法等を挙げることができ、エレクトロポレーション法が好ましく用いられる。
【0030】
得られた形質転換体を培地で培養し発酵を行うことにより4−ヒドロキシ−2−ブタノンを製造する。培養に用いる培地および培養条件は、アセトン・ブタノール発酵の分野で慣用のものを使用できる。培養培地は、通常、炭素源、窒素源および無機イオンを含む。
【0031】
炭素源としては、好ましくは糖類、例えば、単糖類、オリゴ糖類、多糖類を用いる。好ましくは単糖類、特にグルコースを用いる。グルコースとともに、ラクトース、ガラクトース、フラクトースもしくはでんぷんの加水分解物などのその他糖類、ソルビトールなどのアルコール類、またはフマル酸、クエン酸もしくはコハク酸等の有機酸類を、併用してもよい。
【0032】
窒素源としては、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機アンモニウム塩、大豆加水分解物などの有機窒素、アンモニアガス、アンモニア水等を用いることができる。
【0033】
無機イオンとしては、リン酸カリウム、硫酸マグネシウム、鉄イオン、マンガンイオン等が添加される。有機微量栄養素としては、チアミン、p−アミノ安息香酸、ビタミンB1、ビオチンなどの要求物質または酵母エキス等を必要に応じ適量含有させることが望ましい。
【0034】
その他の培養条件は、特に制限されず、当技術分野で慣用の条件を採用することができる。例えば、バッチ培養を行う場合、培養時間は通常5〜100時間、好ましくは12〜48時間である。連続培養を行う場合には、培養時間は通常200時間以上、好ましくは500時間以上、より好ましくは1000時間以上である。培養温度は通常20〜55℃、好ましくは25〜40℃、例えば約30℃に調整する。
【0035】
形質転換体の培養により、好ましくは培養液に4−ヒドロキシ−2−ブタノンが10mM(約0.88g/L)以上の濃度で蓄積される。培養液からの4−ヒドロキシ−2−ブタノンの分離は、当技術分野で周知の蒸留、溶媒抽出その他の方法を組み合わせることにより、培養中または培養終了後に実施できる。
【0036】
形質転換体の培養液には、4−ヒドロキシ−2−ブタノンに加えて、ブタノールも生成することから、上記のとおり培養液から4−ヒドロキシ−2−ブタノンを分離する一方でブタノールを回収することにより、ブタノールを製造することもできる。培養液からのブタノールの回収は、当技術分野で周知のイオン交換樹脂法、蒸留、ガスストリッピング、溶媒抽出その他の方法を組み合わせることにより、培養中または培養終了後に実施できる。好ましくは培養中に、ブタノールをガスストリッピングまたは溶媒抽出により回収し、さらに蒸留により精製する。
【0037】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明の範囲は実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0038】
実施例1 形質転換微生物の作製
まず、Perutka et al., J. Mol. Biol. 13;336(2):421-39(2004)をもとにして、標的とする遺伝子の塩基配列を入力することにより、その遺伝子へのグループIIイントロンの挿入箇所とターゲッティング配列の改変方法が出力されるようなエクセルマクロのプログラミングを行った。次に、実際に遺伝子破壊を実施するctfB遺伝子及びpta遺伝子の塩基配列をこれに入力し、ターゲッティング配列の改変箇所を出力させた。pta遺伝子の塩基配列を配列番号1に、ctfB遺伝子の塩基配列を配列番号2に示す。
【0039】
この情報をもとに、ctfB遺伝子及びpta遺伝子の破壊ベクターであるpNS44プラスミドおよびpNS47プラスミドを設計した。構築には、DNA合成を利用した。その塩基配列をそれぞれ配列番号3および4に示す。プラスミドマップを図2及び図3に示す。また、FLPリコンビナーゼを含むpKNT19−FLPプラスミドを設計し、同様にDNA合成により構築した。その塩基配列を配列番号5に、プラスミドマップを図4に示す。
【0040】
作製したpNS44をC.サッカロパーブチルアセトニカムATCC27021株に形質転換した。具体的には、まず前培養として、サッカロパーブチルアセトニカムのグリセロールストック0.5mLをTYA培地5mLに接種し、30℃、24時間培養した。この前培養液をTYA培地10mLにOD=0.1となるよう接種、15mL容ファルコンチューブで37℃にてインキュベートした。OD=0.6となった段階で発酵液を遠心分離して上清を除去、氷冷しておいた65mM MOPSバッファー(pH6.5)10mLを加えピペッティングにより再懸濁し、遠心分離を行った。MOPSバッファーによる洗浄は2回繰り返した。遠心分離によりMOPSバッファーを除去した後、氷冷しておいた0.3Mスクロース100μLで菌体ペレットを再懸濁し、コンピテントセルとした。コンピテントセル50μLをエッペンドルフチューブに取り、プラスミド1μgと混合した。氷冷したエレクトロポレーション用セルに入れ、Exponential dcayモード、2.5kV/cm、25uF、350Ωで印加した。用いたエレクトロポレーション装置はGene pulser xcell(Bio−rad)である。その後5mL TYA培地に全量を接種し、30℃で2時間程度回復培養した。その後、回復培養液をクロラムフェニコール10ppmを含有するMASS固体培地に塗布し、30℃で数日間培養を行って出現したコロニーからの選抜を行い、プラスミドが導入されクロラムフェニコール耐性となった株を取得した。さらにpNS44保持株を複数回継代培養した後、エリスロマイシン200ppmを含有するMASS固体培地に植菌することにより、グループIIイントロンが機能し、標的遺伝子中にDNA配列が挿入され、アセトン生成遺伝子ctfBが破壊され、エリスロマイシン耐性を取得した株であるC.サッカロパーブチルアセトニカムΔctfB株の取得ができた。
【0041】
この株は、このままではエリスロマイシン耐性を保持しており、複数遺伝子の破壊が行えないため、エリスロマイシン耐性遺伝子をpKNT19−FLPプラスミド中のFLPリコンビナーゼにより除去した。まず、C.サッカロパーブチルアセトニカムΔctfBの継代培養を繰り返し、pNS44を自然に欠落した株を取得した。その株に対し、先ほどと同様にエレクトロポレーション法によりpKNT19−FLPプラスミドを導入し、クロラムフェニコール耐性で選抜した。pKNT19−FLPプラスミド導入株の継代培養を繰り返し、FLPの作用によりエリスロマイシン耐性遺伝子が除去され、エリスロマイシン感受性となった株をレプリカプレート法により選抜した。これを継代培養することによりpKNT19−FLPプラスミド自身をも欠損したC.サッカロパーブチルアセトニカムΔctfB(エリスロマイシン耐性なし)を取得した。このエリスロマイシン耐性のないC.サッカロパーブチルアセトニカムΔctfBに対し、上述と同様の手法を繰り返してpNS47を導入することにより、pta遺伝子の破壊も行ったC.サッカロパーブチルアセトニカムΔctfBΔpta株の取得に成功した。上記で用いた培地およびバッファーの組成を以下に示す。
【0042】
【表1】
【0043】
【表2】
【0044】
【表3】
【0045】
実施例2 形質転換微生物の培養
実施例1で作製した形質転換微生物(ΔctfB株、ΔctfBΔpta株)および野生株(C.サッカロパーブチルアセトニカムATCC27021株)を培養して、その性能を評価した。形質転換微生物または野生株のグリセロールストックを500μl分、TYA培地5mlに植菌し、試験管内で30℃にて24時間前培養を行った。また、TYS+CaCO培地50mlを100ml容メジウム瓶に入れ、116℃で15分滅菌後嫌気ボックス内に挿入した。前記前培養液をこのメジウム瓶に、最終吸光度(OD660)が0.05となるように植菌した。これを30℃のインキュベーター内に投入し、培養評価を行った。培養は、グルコースを充分消費できるよう、72〜96時間程度行った。ここで、培養液の攪拌はスターラーバーによってなされた。TYS+CaCO培地の組成を以下に示す。
【0046】
【表4】
【0047】
培養終了後、培地を取得し、液体クロマトグラフィーを用いてブタノール、4−ヒドロキシ−2−ブタノン(4h2b)、アセトン、エタノール、酢酸、酪酸の定量分析を実施した。カラムにはAminex HPX−87H Column(Bio−Rad)を使用した。結果を表5に示す。表中、「B/A+E+酢+酪」は、ブタノール(mM)を、アセトン(mM)とエタノール(mM)と酢酸(mM)と酪酸(mM)の合計で割った数値を表す。
【0048】
【表5】
【0049】
その結果、野生株では検出されなかった4−ヒドロキシ−2−ブタノンが遺伝子改変株で検出されるようになった。また、4−ヒドロキシ−2−ブタノンの産生がブタノール産生に悪影響を及ぼしていないことも示された。
図1
図2
図3
図4
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]